guidelines for treatment of acute heart failure (jcs 2006)¼Ž強心薬 4-5.昇圧薬...

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班 長 丸 山 幸 夫 福島県立医科大学内科学第一 班 員 和 泉   徹 北里大学循環器内科学 小 川 久 雄 熊本大学大学院医学薬学研究部循環器病態学 北 風 政 史 国立循環器病センター内科心臓血管部門 高 野 照 夫 日本医科大学附属病院第一内科 中 谷 武 嗣 国立循環器病センター臓器移植部 堀   正 二 大阪大学大学院医学系研究科循環器内科学 松 田   暉 兵庫医科大学 百 村 伸 一 自治医科大学附属大宮医療センター循環器科 協力員 青 山 直 善 北里大学循環器内科 浅 地 孝 能 金沢医科大学循環器内科 澤   芳 樹 大阪大学大学院医学系研究科心臓血管呼吸器外科 清 野 精 彦 日本医科大学第一内科学 平 光 伸 也 藤田保健衛生大学病院循環器内科 矢尾板 裕 幸 福島県立医科大学内科学第一 安 村 良 男 大阪医療センター循環器科 吉 村 道 博 熊本大学大学院医学薬学研究部循環器病態学 1 合同研究班参加学会:日本循環器学会,日本胸部外科学会,日本心臓血管外科学会,日本心臓病学会, 日本心不全学会 本文中に用いられる主な略語の一覧 改訂にあたって Ⅰ.総 論 1.定 義 2.症状と他覚所見及び原因 2-1.自覚症状および他覚所見 2-2.原 因 3.治療方針 3-1.治療法の基本 3-2.チェックすべきポイント Ⅱ.診 断 1.診断手順と治療へのトリアージ 2.救急処置室における診断手順 2-1.症状と身体所見 2-212 誘導心電図,心電図モニタリング 2-3.動脈血液ガス分析および血液生化学検査 2-4.(ポータブル)胸部 X 線写真 2-5.心エコー・ドプラ検査 3.集中治療室(ICUCCU)における診断手順 3-1.心血行動態の連続的モニタリング 3-2.心不全の基礎疾患の検索 3-3.心不全の誘因の検索 3-4.合併症の把握 Ⅲ.治 療 1.治療方針 1-1.新規発症の急性心不全 1-2.急性心原性肺水腫 1-3.心原性ショック 1-4.慢性心不全の急性増悪 1-5.難治性心不全 2.初期診療(救命処置室での治療イメージ) 3.治療・管理目標の設定 4.薬物療法 4-1.鎮 静 4-2.利尿薬 4-3.血管拡張薬 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告) 【ダイジェスト版】 急性心不全治療ガイドライン (2006年改訂版) Guidelines for Treatment of Acute Heart Failure (JCS 2006) 外部評価委員 今 泉   勉 久留米大学心臓・血管内科部門 米 田 正 始 京都大学医学部附属病院心臓血管外科 半 田 俊之介 東海大学医学部付属東京病院 松 h 益 Y 山口大学医学部器官病態内科学 矢 野 捷 介 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科循環病態制御内科学 (構成員の所属は 2006 11 月現在)

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Page 1: Guidelines for Treatment of Acute Heart Failure (JCS 2006)¼Ž強心薬 4-5.昇圧薬 4-6.心筋保護薬 4-7.抗不整脈薬 5.非薬物療法 5-1.救急処置・acls 5-2.人工呼吸管理

班 長 丸 山 幸 夫 福島県立医科大学内科学第一

班 員 和 泉   徹 北里大学循環器内科学

小 川 久 雄 熊本大学大学院医学薬学研究部循環器病態学

北 風 政 史 国立循環器病センター内科心臓血管部門

高 野 照 夫 日本医科大学附属病院第一内科

中 谷 武 嗣 国立循環器病センター臓器移植部

堀   正 二 大阪大学大学院医学系研究科循環器内科学

松 田   暉 兵庫医科大学

百 村 伸 一 自治医科大学附属大宮医療センター循環器科

協力員 青 山 直 善 北里大学循環器内科

浅 地 孝 能 金沢医科大学循環器内科

澤   芳 樹 大阪大学大学院医学系研究科心臓血管呼吸器外科

清 野 精 彦 日本医科大学第一内科学

平 光 伸 也 藤田保健衛生大学病院循環器内科

矢尾板 裕 幸 福島県立医科大学内科学第一

安 村 良 男 大阪医療センター循環器科

吉 村 道 博 熊本大学大学院医学薬学研究部循環器病態学

1

合同研究班参加学会:日本循環器学会,日本胸部外科学会,日本心臓血管外科学会,日本心臓病学会,

日本心不全学会

本文中に用いられる主な略語の一覧改訂にあたってⅠ.総 論

1.定 義2.症状と他覚所見及び原因

2-1.自覚症状および他覚所見2-2.原 因

3.治療方針3-1.治療法の基本3-2.チェックすべきポイント

Ⅱ.診 断1.診断手順と治療へのトリアージ2.救急処置室における診断手順

2-1.症状と身体所見2-2.12誘導心電図,心電図モニタリング2-3.動脈血液ガス分析および血液生化学検査2-4.(ポータブル)胸部 X 線写真2-5.心エコー・ドプラ検査

3.集中治療室(ICU,CCU)における診断手順3-1.心血行動態の連続的モニタリング3-2.心不全の基礎疾患の検索3-3.心不全の誘因の検索3-4.合併症の把握

Ⅲ.治 療1.治療方針

1-1.新規発症の急性心不全1-2.急性心原性肺水腫1-3.心原性ショック1-4.慢性心不全の急性増悪1-5.難治性心不全

2.初期診療(救命処置室での治療イメージ)3.治療・管理目標の設定4.薬物療法

4-1.鎮 静4-2.利尿薬4-3.血管拡張薬

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

【ダイジェスト版】

急性心不全治療ガイドライン(2006年改訂版)Guidelines for Treatment of Acute Heart Failure (JCS 2006)

目 次

外部評価委員

今 泉   勉 久留米大学心臓・血管内科部門

米 田 正 始 京都大学医学部附属病院心臓血管外科

半 田 俊之介 東海大学医学部付属東京病院

松 h 益 Y 山口大学医学部器官病態内科学

矢 野 捷 介 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科循環病態制御内科学

(構成員の所属は 2006年 11月現在)

Page 2: Guidelines for Treatment of Acute Heart Failure (JCS 2006)¼Ž強心薬 4-5.昇圧薬 4-6.心筋保護薬 4-7.抗不整脈薬 5.非薬物療法 5-1.救急処置・acls 5-2.人工呼吸管理

4-4.強心薬4-5.昇圧薬4-6.心筋保護薬4-7.抗不整脈薬

5.非薬物療法5-1.救急処置・ACLS

5-2.人工呼吸管理5-3.補助循環の種類と適応(IABP, PCPS, 人工心臓)5-4.ペーシング(心臓再同期療法および他のペーシン

グ)による管理5-5.急性血液浄化治療5-6.急性心不全時の手術適応と方法(心タンポナーデ,

急性弁膜症)5-7.急性心筋梗塞の機械的不全(左室自由壁破裂,心

室中隔穿孔,僧帽弁乳頭筋不全)の治療Ⅳ.代表的基礎疾患に基づく心不全の治療戦略

1.虚血性心疾患

2.高血圧緊急症・切迫症3.特発性心筋症4.心筋炎5.弁膜疾患

Ⅴ.併発病態と治療対策1.貧 血2.腎不全3.うっ血肝4.肺 炎5.脈拍異常

5-1.急性心不全における不整脈5-2.頻脈と急性心不全(頻拍誘発型心筋症)

Ⅵ.拡張不全の治療戦略Ⅶ.両心不全の治療戦略Ⅷ.急性心不全から慢性期への移行と退院の目安Ⅸ.治療のフローチャートⅩ.まとめ

(無断転載を禁ずる)

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

本文中に用いられる主な略語の一覧

ACC:American College of Cardiology

ACE:angiotensin converting enzyme(アンジオテンシン

変換酵素)

ACLS:Advanced Cardiovascular Life Support

ACT:accelerated coagulation time(活性凝固時間)

AHA:American Heart Association

AMI:acute myocardial infarction(急性心筋梗塞)

APTT:activated partial thromboplastin time(活性化部分

トロンボプラスチン時間)

ARB:angiotensin Ⅱ receptor blocker(アンジオテンシン

Ⅱ受容体拮抗薬)

ATP:adenosine triphosphate(アデノシン 3リン酸)

BLS:Basic Life Support

BNP:brain natriuretic peptide(脳性ナトリウム利尿ペプ

チド)

BSA:body surface area(体表面積)

Ca:calcium(カルシウム)

cAMP:cyclic adenosine monophosphate(環状アデノシン

一リン酸)

CCU:coronary care unit(冠動脈疾患集中治療室)

CHDF:continuous hemodiafiltration(持続性血液濾過透

析)

CI:cardiac index(心係数)

CK:creatine kinase

CPAP:continuous positive airway pressure(持続気道陽

圧)

CRT:cardiac resynchronization therapy(心臓再同期療法)

CVVH:continuous veno-venous hemofiltration(持続性静

脈-静脈血液濾過)

DCM:dilated cardiomyopathy(拡張型心筋症)

ECUM:extracorporeal ultrafiltration method(体外限外濾

過法)

FIO2:inspired oxygen fractional concentration(吸気酸素

分圧濃度)

hANP:human atrial natriuretic peptide(ヒト心房性ナト

リウム利尿ペプチド)

HD:hemodialysis(血液透析)

HR:heart rate(心拍数)

IABP:intraaortic balloon pumping(大動脈内バルーンパ

ンピング)

ICU:intensive care unit(集中治療室)

INR:international normalized ratio(国際標準化比)

ISDN:isosorbide dinitrate(硝酸イソソルビド)

LVAS:left ventricular assist system(左心補助装置)

LVEF:left ventricular ejection fraction(左室駆出率)

NIPPV:noninvasive positive pressure ventilation(非侵襲

的陽圧人工呼吸)

NYHA:New York Heart Association

PCI:percutaneous coronary intervention(経皮的冠動脈イ

ンターベンション)

PCPS:percutaneous cardiopulmonary support(経皮的心肺

補助装置)

PCWP:pulmonary capillary wedge pressure(肺毛細血管

楔入圧)

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PD:peritoneal dialysis(腹膜透析)

PDE:phosphodiesterase(ホスホジエステラーゼ)

PEEP:positive end-expiratory pressure(呼気終末陽圧呼

吸)

PT:prothrombin time(プロトロンビン時間)

QOL:quality of life(生活の質)

SVR:systemic vascular resistance(体血管抵抗)

V-A:veno-arterial(静脈動脈)

VAP:ventilator-associated pneumonia

ZEEP:zero end-expiratory pressure(無終末呼気圧)

3

急性心不全治療ガイドライン

改訂にあたって

心不全は中年以降,加齢とともに罹患率が増加し高齢

化社会を迎えている今日,大きな問題となっている.そ

の為の対応策について,近年多くの検討がなされ診断と

治療に著しい進歩がみられるが,一方で心不全の管理に

ついての具体的方策については見解の相違も目立つ.特

に,病態が急激に変化する急性心不全については,治療

法の評価が容易でなく,エビデンスとして明確に示し難

いことから統一された規準を得るに至っていない面もあ

る.このような状況の中で日本循環器学会は 2000 年に

急性重症心不全治療ガイドラインを発表し(Japanese

Circulation Journal 64 Suppl;Ⅳ1129-1165),これまで活

用されてきている.その後それほど時間は経過していな

いが,新しい知見も出されてきたことから,この度,日

本循環器学会学術委員会(委員長 堀 正二)より指定

された急性心不全治療ガイドライン作成班(班長 丸山

幸夫)により全面改訂の運びとなった.

まず,はじめに本ガイドラインが目指している方向性,

目標について簡単に触れておきたい.先のガイドライン

では急性重症心不全治療がタイトルに挙げられていたこ

とから“重症”ということが大きく取り扱われていた.

今回は重症を外した上記のような急性心不全治療ガイド

ラインとなり,急性心不全を全体的に取り上げることと

なった.これに見合った記載が新たに加わり,前回のガ

イドラインで記載されていた事項の一部を圧縮せざるを

得ない部分が出てきたが,これにより急性心不全の管理

法が広い範囲にわたり満遍なく示されたのではないかと

考えている.新たに加わった代表的なものとしては,収

縮不全とともに拡張不全の病態と治療戦略,救急処置

(ACLS),ペーシングによる管理法(心臓再同期療法を

含む),心不全病態の新しい捉え方と治療へのトリアー

ジ(どこで,何を,どうするか),及びよくみられる併

発病態に対する対策,急性期から移行期の管理,などが

あげられる.さらに,急性心不全は,慢性心不全の急性

増悪からしばしば発症することから,慢性心不全の管理

についても必要により言及した.

本ガイドラインの対象者は前回同様に循環器専門医及

び一般臨床医である.それに見合うガイドラインとなる

様に,まず,循環器専門医が評価できるものであること,

すなわち,診断法が過不足なく盛り込まれ,また,治療

法についても薬物療法,非薬物療法あるいは,内科的治

療と外科的治療が実行の手順も含めて具体的に示され利

用しやすいものであるよう心掛けた.加えて,専門的医

療の実施にあたり求められる人員,設備についても言及

した.一方,循環器疾患の罹患数が増加し,診療に携わ

る医師が多くなっている折,循環器専門医でなくとも理

解できる内容とし,循環器専門病院に依頼するタイミン

グあるいは病態をわかりやすく示した.さらに,多忙な

利用者が必要項目を選びながら読めるようにしたため,

重複する所(図,表を含む)があることを予めお断りし

たい.

正しい診断の下で適切な処置をすることが医療の原則

であるが,急性心不全の管理にあたっては救命処置と診

断を同時に進めていかなければならない状況がよく起こ

る.そのような場合を想定して先のガイドラインでも対

応策が詳しく言及されていたが,今回はその点を更に配

慮し実践的にしたつもりである.生命維持に必要な処置

が優先されるべきは今回のガイドラインでも強調されて

いる.しかし,同時に心のみならず脳,腎,肺,肝など

の重要臓器の保護,ひいては長期予後にとっても有用な

管理法のあり方について,現在考えうる最大限の処置が

示されている.但し,当然ながらそれらの診断法,治療

法は保険診療の範疇に入っていることを前提とした.し

かし,現時点で保険適応になっていない場合でも有用性

が期待されているものについては記載するよう努めた.

一方,先進医療の実践には医療費の増大,エビデンスの

不足などの問題もあり,ガイドラインとしては現実的で

中庸を得たものとならざるを得ないことを予めお断りし

ておく.

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

エビデンスに基づくガイドラインは説得力を持つ.し

かし,特に急性心不全に関しては国内外でエビデンスは

まだまだ不足しており,急性心不全診療の指針を全てエ

ビデンスに基づいて呈示することは困難である.ガイド

ライン作成にあたっては,前述のように今回も研究班が

設定され,この領域のエキスパートの委員が執筆にあた

ったが,エビデンスの不足している部分は委員間で合意

が得られるまで討議を重ねた.更に外部評価委員のコメ

ントも頂き,本ガイドラインとなった.従って,本ガイ

ドラインで示すのは繰り返しになるがあくまでも現状考

えられる標準的な診療情報の提供であり,個々の症例に

おける臨床的診断,治療法の決定・責任は担当医師と患

者にあることを念頭に置き,参考にしていただければ有

難い.斯くして,本ガイドラインも新たな知見が集積し

たと思われる適当な時期に改訂されるべきものであるこ

とをお断りしておく.本ガイドラインが日常診療のお役

に立てていただければ幸甚である.

尚,今回のガイドライン作成にあたっては診断法およ

び治療法の適応に関する推奨規準として,以下のクラス

分類及びエビデンスレベル表示を用いた.

クラス分類

クラスⅠ:手技,治療が有効,有用であるというエビ

デンスがあるか,あるいは見解が広く一致

している.

クラスⅡ:手技,治療の有効性,有用性に関するエビ

デンスあるいは見解が一致していない.

Ⅱa:エビデンス,見解から有用,有効である可

能性が高い.

Ⅱb:エビデンス,見解から有用性,有効性がそ

れほど確立されていない.

クラスⅢ:手技,治療が有効,有用でなく,時に有害で

あるとのエビデンスがあるか,あるいはそ

のような否定的見解が広く一致している.

エビデンスレベル

レベル A:複数の無作為介入臨床試験または,メタ解

析で実証されたもの.

レベル B:単一の無作為介入臨床試験または,大規模

な無作為介入でない臨床試験で実証された

もの.

レベル C:専門家及び/または,小規模臨床試験(後

向き試験及び登録を含む)で意見が一致し

たもの.

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急性心不全治療ガイドライン

急性心不全とは,「心臓に器質的および/あるいは機

能的異常が生じて急速に心ポンプ機能の代償機転が破綻

し,心室充満圧の上昇や主要臓器への灌流不全をきたし,

それに基づく症状や徴候が急性に出現した状態」をいう.

急性心不全の 6病態の血行動態的特徴を表 1に示す.

①急性非代償性心不全:心不全の徴候や症状が軽度

で,心原性ショック,肺水腫や高血圧症の診断基準

を満たさない新規急性心不全,または慢性心不全で

病態が急に明らかに変化した場合.

②高血圧性急性心不全:高血圧を原因として,心不全

の徴候や症状を伴い,多くは胸部 X 線写真で急性

肺うっ血・肺水腫を認める.

③急性心原性肺水腫:呼吸困難や起坐呼吸を認め,湿

性ラ音を聴取する.胸部 X 線写真で肺水腫を認め,

治療前の酸素飽和度は 90 % 未満であることが多

い.

④心原性ショック:心ポンプ失調により末梢および全

身の主要臓器の微小循環が著しく障害され,組織低

灌流に続発する重篤な病態である.

⑤高拍出性心不全:通常,甲状腺中毒症,貧血,シャ

ント疾患,脚気心,Paget 病,医原性などを基礎疾

患とし,末梢は暖かく,肺うっ血を認める.しばし

ば,敗血症性ショックでも認められる.

⑥急性右心不全:頸静脈圧の上昇,肝腫大を伴った低

血圧,低心拍出量症候群を呈している場合.

心不全の程度や重症度を示す分類には,自覚症状から

判断する NYHA(New York Heart Association)心機能分

類(表 2),急性心筋梗塞症(acute myocardial infarction,

AMI)では,他覚所見に基づく Killip 分類(表 3),血

行動態の指標による Forrester 分類(図 1a)がある.

Framingham Study のうっ血性心不全の診断基準(表 4)

を参照して,問診を行い,身体を評価する.また,心拍

出量の減少,肺動脈楔入圧の上昇,うっ血などの循環不

全に伴う自覚症状や他覚所見(表 5)に基づいて原因や

重症度を検討する.但し,循環時間の測定は現在はほと

んど施行されていない.

急性心不全の原因および発症増悪因子を表 6に示す.

総 論Ⅰ

定 義11

収縮期 脳など重心拍数/分 血圧 心係数 平均肺動 Killip Forrester 利尿 末梢循 要臓器の

mmHg 脈楔入圧 分類 分類 環不全 血流低下

表 1 急性心不全の各病態の血行動態的特徴

低下, 低下,①急性非代償性心不全 上昇/低下

正常/上昇 正常/上昇軽度上昇 Ⅱ Ⅱ あり/低下 あり/なし なし

あり ②高血圧性急性心不全 通常は上昇 上昇 上昇/低下 上昇 Ⅱ-Ⅳ Ⅱ-Ⅲ あり/低下 あり/なし 中枢神経症

状を伴う*

低下,③急性肺水腫 上昇

正常/上昇低下 上昇 Ⅲ Ⅱ/Ⅳ あり あり/なし なし/あり

④心原性ショック

④-(1)低心拍出量症候群 上昇 低下,正常 低下 上昇 Ⅲ-Ⅳ Ⅲ-Ⅳ 低下 あり あり

④-(2)重症心原性ショック >90 <90 低下 上昇 Ⅳ Ⅳ 乏尿 著明 あり

上昇あり⑤高拍出性心不全 上昇 上昇/低下 上昇 / Ⅱ Ⅰ-Ⅱ あり なし なし

上昇なし

⑥急性右心不全 低下が多い 低下 低下 低下 Ⅰ Ⅰ,Ⅲ あり/低下 あり/なし あり/なし

平均肺動脈楔入圧:上昇は 18 mmHg 以上を目安とする. *:高血圧性緊急症がある場合に認められる.

症状と他覚所見及び原因22

自覚症状および他覚所見2-1

原 因2-2

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

表 2 NYHA(New York Heart Association)分類

Ⅰ度 心疾患はあるが身体活動に制限はない.日常的な身体活動では著しい疲労,動悸,呼吸困難あるいは狭心痛を生じない.

Ⅱ度 軽度の身体活動の制限がある.安静時には無症状.日常的な身体活動で疲労,動悸,呼吸困難あるいは狭心痛を生じる

Ⅲ度 高度な身体活動の制限がある.安静時には無症状.日常的な身体活動以下の労作で疲労,動悸,呼吸困難あるいは狭心痛を生じる.

Ⅳ度 心疾患のためいかなる身体活動も制限される.心不全症状や狭心痛が安静時にも存在する.わずかな労作でこれらの症状は増悪する.

(付) Ⅱs 度:身体活動に軽度制限のある場合Ⅱm 度:身体活動に中等度制限のある場合

表 3 Killip 分類:急性心筋梗塞における心機能障害の重症度分類

クラスⅠ 心不全の徴候なし

クラスⅡ 軽度~中等度心不全ラ音聴取領域が全肺野の 50 % 未満

クラスⅢ 重症心不全肺水腫,ラ音聴取領域が全肺野の 50 % 以上

クラスⅣ 心原性ショック血圧 90 mmHg 未満,尿量減少,チアノーゼ,冷たく湿った皮膚,意識障害を伴う

図 1

うっ血所見 起坐呼吸 頸静脈圧の上昇 浮腫 腹水 肝頸静脈逆流低灌流所見 小さい脈圧 四肢冷感 傾眠傾向 低 Na 血症 腎機能悪化

a. Forrester の分類 b. 急性心不全の臨床病型 

心係数(L/min/m2)

Ⅰ正常

Ⅲ乏血性ショックを含む(hypovolemic shock)

Ⅳ心原性ショックを含む(cardiogenic shock)

2.2

018

肺動脈楔入圧(mmHg)

低灌流所見の有無

うっ血の所見の有無

なし

なし

あり

あり

dry-warmA

wet-warmB

dry-coldL

wet-coldC

表 4 うっ血性心不全の診断基準(Framingham criteria)

大症状 2 つか,大症状 1 つおよび小症状 2 つ以上を心不全と診断する

[大症状]・発作性夜間呼吸困難または起坐呼吸・頸静脈怒張・肺ラ音・心拡大・急性肺水腫・拡張早期性ギャロップ(Ⅲ音)・静脈圧上昇(16 cmH2O 以上)・循環時間延長(25 秒以上)・肝頸静脈逆流

[小症状]・下腿浮腫・夜間咳嗽・労作性呼吸困難・肝腫大・胸水貯留・肺活量減少(最大量の 1/3 以下)・頻脈(120/分以上)

[大症状あるいは小症状]・5 日間の治療に反応して 4.5 kg 以上の体重減少があった場合,それが抗心不全治療ならば大症状 1 つ,それ以外の治療ならば小症状 1 つとみなす

表 5 急性心不全の症状,所見

うっ血症状,所見

左心不全

症状:呼吸困難,息切れ,頻呼吸,起坐呼吸

所見:湿性ラ音,喘鳴,ピンク色泡沫状痰,Ⅲ音やⅣ音の聴取

右心不全

症状:右季肋部痛,食思不振,腹満感,心窩部不快感,易疲労感

所見:肝腫大,肝胆道系酵素の上昇,頸静脈怒張,右心不全が高度な時は,肺うっ血所見が乏しい

低心拍出量による症状,所見

症状:意識障害,不穏

所見:冷汗,四肢チアノーゼ,低血圧,乏尿,身の置き場がない様相

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急性心不全治療ガイドライン

うっ血および乏尿を伴った急性心不全患者では,的確

に利尿薬を増量し,体重の減少,動脈血酸素飽和度,肝

腎機能,電解質異常,血漿 BNP 値の改善を得て,

Nohria の Profile A(図 1b)に導くことが初期治療の目

標となる.

急性心不全の診断へのアプローチとチェックポイン

ト,緊急の処置をまとめてチャートに示す(図 2).

急性心不全の急性期診断におけるポイントは,1)今,

どのような急性心不全か,すなわち心血行動態を中心と

した心不全の病態および重症度を把握すること,2)急

性心不全をひきおこした基礎疾患はなにか,3)この基

礎疾患のもとで症状や所見の発現にいたらしめた誘因は

なにか,を検索することである(図 3).

1)急性心不全の症状

急性心不全の症状や身体所見はうっ血によるものと,

低心拍出状態による末梢循環不全によるものからなる

(表 5).聴診所見を主とした心不全重症度分類として

Killip の分類が用いられている(表 3).右心不全,左心

不全の場合の身体所見を表 5に示す.

2)心臓の聴診

心臓の聴診は,特に,緊急手術が必要になる心室中隔

穿孔や乳頭筋断裂による急性僧帽弁逆流の検出に有用で

あり,心エコー所見との相互所見より早期診断および見

落としを防ぐことができる.急性心不全では機能的僧帽

弁閉鎖不全による収縮期雑音を聴取することが多い.低

拍出性心不全の場合,Ⅰ音の減弱およびⅢ音,Ⅳ音を聴

取することが多く,心室性や心房性ギャロップ(奔馬調

律)を呈する.

3)体血圧の測定

急性心不全で血圧の上昇を認める場合は高血圧が放置

表 6 急性心不全の原因および増悪因子

1 慢性心不全の急性増悪:心筋症,特定心筋症,陳旧性心筋梗塞など

2 急性冠症候群

a)心筋梗塞,不安定狭心症:広範囲の虚血による機能不全

b)急性心筋梗塞による合併症(僧帽弁閉鎖不全症,心室中隔穿孔など)

c)右室梗塞

3 高血圧症

4 不整脈の急性発症:心室頻拍,心室細動,心房細動・粗動,その他の上室性頻拍

5 弁逆流症:心内膜炎,腱索断裂,既存の弁逆流症の増悪

6 重症大動脈弁狭窄

7 重症の急性心筋炎

8 たこつぼ心筋症

9 心タンポナーデ,収縮性心膜炎

10 先天性心疾患:心房中隔欠損症,心室中隔欠損症など

11 大動脈解離

12 肺(血栓)塞栓症

13 肺高血圧症

14 産褥性心筋症

15 心不全の増悪因子

a)服薬コンプライアンスの欠如

b)水分・塩分摂取過多

c)感染症,特に肺炎や敗血症

d)重症な脳障害

e)手術後

f) 腎機能低下

g)喘息

h)薬物濫用,心機能抑制作用のある薬物の投与

i) アルコール多飲

j) 褐色細胞腫

k)過労,不眠,情動的・身体的ストレス

16 高心拍出量症候群

a)敗血症

b)甲状腺中毒症

c)貧血

d)短絡疾患

e)脚気心

f) Paget 病

治療方針33

治療法の基本3-1

チェックすべきポイント3-2

診 断Ⅱ

診断手順と治療へのトリアージ11

救急処置室における診断手順22

症状と身体所見2-1

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8

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

され急性心不全に至った場合(Ⅳ.2 参照)と急性心不

全の結果,血圧が上昇している場合とがある.

4)重症度分類

急性心不全治療において Swan-Ganz カテーテル挿入

を全例に施行すべきではなく,症例ごとにその適応基準

を考慮してみる必要がある(表 7).AMI 急性期には後

述の如く Swan-Ganz カテーテルを用い心機能の重症度

分類(Forrester の分類, 図 1a)を行い,予後の予測や治

療方針の決定に利用される.Nohria らは前述のように

図 2

心拍出量保持,臓器灌流維持を示す臨床状況代謝性アシドーシスのあるなし

急性心不全

診断へのアプローチ

診断確定

診断に基づく治療

観血的血行動態モニター

急性蘇生の必要性

不穏状態,疼痛

動脈血酸素飽和度>95 %

正常心拍数及び調律

収縮期血圧(90 mmHg 未満)

適切な前負荷条件

あり なし あり なし 低下あり 低下なし 異常あり 異常なし 低下なし 低下あり 問題あり 問題なし 問題あり 問題なし

BLS, ACLS 鎮静,鎮痛緩和

FiO2 ↑(必要により酸素投与,NIPPV,IPPV, 肺うっ血あれば血管拡張薬,利尿薬)

ペーシング,不整脈対策他 血管拡張薬及び利尿薬 不充分 補液過剰 利尿薬及び血管拡張薬 強心薬,さらなる後負荷の調整経過観察,血行動態の評価を繰り返す

図 3 急性心不全の診断手順

緊急心臓カテーテル検査

自覚症状と病歴(急性心不全疑い)

全身所見の観察

聴診(肺野および心臓)

12 誘導心電図

心エコー検査

初期治療(硝酸薬スプレーなど)

(Swan-Ganz カテーテル)

心不全治療

血圧の測定

ルート確保

急性心筋梗塞疑い

動脈血液ガス分析,採血(ポータブル)胸部 X 線

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9

急性心不全治療ガイドライン

臨床所見から 4つのサブセットに分類し(図 1b),治療

方針の決定に利用することを提案しているが,この分類

は急性心不全にも利用できる可能性がある.

急性心不全時の検査項目として心電図を含めた基本的

なものを図 3に示す.

動脈血液ガス分析は,呼吸不全やアシドーシスの把握

に有用である.肺うっ血が明らかな急性心不全ではほと

んどの症例で血中 BNP 濃度は数 100 pg/mL 以上に上昇

しているため,その測定意義は必ずしも明らかでないが,

経過観察には有用である.

急性心不全の診断および治療効果判定に肺うっ血所見

の読影は重要である.肺うっ血の所見として,Kerley’s

B line,肺血管陰影の増強,気管支周囲(peribronchial)

や血管周囲(perivascular)の cuffing sign,葉間胸水,一

過性腫瘤状陰影(vanishing tumor),胸水などがある.

心エコー及びドプラ検査は急性心不全の原因疾患〔虚

血性心疾患,心タンポナーデ,弁膜症,心筋炎,感染性

心内膜炎,人工弁不全,心筋症,大動脈解離,肺(血栓)

塞栓症など〕の診断に不可欠である.

通常の急性心不全では血圧,心拍数,時間尿量,動脈

血酸素分圧,心エコードプラ法を用いた推定肺動脈圧な

どを用いて十分治療経過を評価できる.しかし,病態が

明らかではない症例や重症例では Swan-Ganz カテーテ

ルを用いた血行動態の管理が薦められる(表 7).但し,

Forrester 分類(図 1a)は,すべての急性心不全の重症

度評価法としては限界がある.連続的モニタリングによ

る診断の注意すべき点は,モニタリング値のみにて診断

し,患者の訴え,全身状態を見過ごすことである.モニ

ターのみにより治療方針を決定すべきではない(表 8).

1)冠動脈疾患

冠動脈疾患かどうかはっきり診断できない場合,血液

検査により白血球や心筋マーカー(CK-MB,トロポニ

ン T または I)の経時的変化が急性冠症候群の診断に有

用である.また心エコー検査にて,(部分的)壁運動低

下が認められた場合には,心筋障害が強く疑われる.

AMI による心不全治療

クラスⅠ

・急性冠症候群によるショック症例における冠動脈造

影および再灌流療法:レベル A

2)心筋疾患

左室が拡大し,壁運動が低下している場合は診断は容

表 7 心不全における Swan-Ganz カテーテルの適応(表 8参照)

クラスⅠ,レベル C

・適切な輸液に速やかに反応しない心原性ショック

・適切な治療手段に反応しない,または低血圧かショック/ニアショックを合併する肺水腫

・肺水腫が心原性か非心原性かが不確かな場合.それを解決する診断法として

クラスⅡ,レベル C

・通常の治療に反応しない心不全患者において,血管内容量,心室充満圧,全体的心機能を評価するために

・非代謝性の慢性肺疾患の患者における全体的な心血行動態の評価,または左心不全の除外のために

・急性心不全において新たに発生した収縮期雑音の原因,臨床的・血行動態的意義を検討する診断法として

クラスⅢ,レベル C

・心不全の評価,診断,治療に対するルーチンのアプローチとして

12誘導心電図,心電図モニタリング2-2

動脈血液ガス分析および血液生化学検査2-3

(ポータブル)胸部 X 線写真2-4

心エコー・ドプラ検査2-5

集中治療室(ICU,CCU)における診断手順33

心血行動態の連続的モニタリング3-1

表 8 急性心不全患者のモニタリング

クラスⅠ

・心電図モニター,血圧,パルスオキシメーター(SaO2):レベル C

クラスⅡa

・Swan-Ganz カテーテルによる血行動態の測定:急性心筋梗塞による心不全:レベル B

・Swan-Ganz カテーテルによる血行動態の測定:血行動態が不安定な場合:レベル B

・動脈圧ライン:血行動態が不安定な場合:レベル C

・心エコー・ドプラ法による血行動態の推定:レベル C

クラスⅡb

・中心静脈ライン:レベル C

心不全の基礎疾患の検索3-2

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10

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

易であるが,急性心不全の病像を呈していても左室の拡

大はなく収縮能も保たれている場合がある(Ⅵ.参照).

3)弁膜症

心エコー検査にて診断する.逆流所見はカラードプラ

法により,狭窄所見もドプラ法による圧較差より診断で

きる.

4)その他

主な基礎疾患を,表 6 に列挙するが,緊急性の高い

もの,頻度の高いものより疑い診断していく.

急性心不全の誘因には,過労,感染,貧血,精神的ス

トレス,内服薬の中断などがある(表 6).

急性心不全治療においては,感染症や腎機能障害など

を含めた合併症の併発により死亡率が高くなる(表 6).

急性心不全治療のフローチャートを図 4に示す.

急性心原性肺水腫の治療内容を表 9に示す.

心原性ショック/ニアショックの初期治療を表 10 に

示す.

自覚症状および血行動態の安定化,悪化要因(表 6

参照)の是正,さらに長期予後改善のための治療内容の

適正化を計る.

慢性心不全の急性増悪症例でβ遮断薬療法が施行され

ている場合には,β遮断薬の副作用として著しい徐脈や

血圧低下をきたしている場合以外には,β遮断薬はいき

なり投与を中止せずに継続(漸次減量することは可能)

すべきである(クラスⅡa,レベル B).もし減量する必

心不全の誘因の検索3-3

合併症の把握3-4

治 療Ⅲ

治療方針11

新規発症の急性心不全1-1

図 4 急性心不全治療のフローチャート

・身体所見[ Killip 分類(表 3),Nohria のプロフィール(図 1b)]・血行動態[ Forrester 分類(図 1a)]・フロセミド,硝酸薬,カルペリチド,ドパミン,ドブタミン,

PDE 阻害薬,アデニル酸シクラーゼ賦活薬・呼吸管理・補助循環(IABP,PCPS,LVAS)

入院 再入院

死亡

死亡    (NYHA 分類≦Ⅱ)

急性増悪

・身体所見・NYHA 分類(表 2),身体活動能力スケール,生活の質(QOL), 血中 BNP 値・胸部 X 線,心エコー,心臓核医学検査・運動耐容能(peak VO2, 6 分間歩行など)・ACE 阻害薬または ARB,利尿薬,ジギタリス,β遮断薬, 血管拡張薬

・身体所見[ラ音,心室性(Ⅲ音)ギャロップ(奔馬調律)]・胸部 X 線,血中 BNP 値,心エコー,心臓核医学検査・持続静注からの離脱・ACE 阻害薬または ARB,利尿薬,β遮断薬,血管拡張薬

S0 (集中治療)

S1 (一般病棟)

S2 (外来治療)

急性心原性肺水腫1-2

心原性ショック1-3

慢性心不全の急性増悪1-4

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11

急性心不全治療ガイドライン

減量継続:クラスⅡa,レベル B

β遮断薬服用中の心不全増悪症例に対する PDE 阻害

薬:クラスⅡa,レベル B

ACC/AHA 心不全診療ガイドラインにおける難治性心

不全(ステージ D)は,強心薬の持続静注,両心室ペー

シングによる心臓再同期療法(CRT)の適応(ステージ

C から),機械的補助循環の導入,心臓移植などが検討

にあげられる(図 5).

救命処置室での初期治療のイメージを表 11に示す.

治療・管理目標の設定を表 12に示す.

塩酸モルヒネ

使用法:5-10 mg/A をゆっくり,または 10 倍に希釈

して 2 mg 程度を 3 分間かけて静脈内に投与する.必要

要がある場合には,それまでの投与量の半量を目安にす

べきであろう.さらに,β遮断薬療法を実施している症

例では,β受容体を介さない強心薬としてミルリノン,

オルプリノンなどの PDE 阻害薬やコルフォルシンダロ

パートなどのアデニル酸シクラーゼ賦活薬(Ⅲ,4-4 参

照)が有効である(クラスⅡa,レベル C).また,カル

ペリチドは低血圧状態でなければ投与して有効性が期待

できる(Ⅲ.4-6参照).

慢性心不全の急性増悪

β遮断薬服用中の心不全増悪症例におけるβ遮断薬の

表 9 急性心原性水腫の治療

クラスⅠ

・酸素投与(SaO2>95 %,PaO2>80 mmHg を維持):レベル C

・硝酸薬(舌下,スプレー,静注)投与:レベル B

・フロセミド静注:レベル B

・血圧低下症例に対するカテコラミン静脈内投与:レベル C

・高血圧緊急症,大動脈弁閉鎖不全,僧帽弁逆流による急性心不全に対するニトロプルシド静脈内投与:レベル C

・著明な高血圧を伴う急性肺水腫における Ca 拮抗薬(ニカルジピンなど):レベル C

・著明な高血圧を伴う急性肺水腫における硝酸薬:レベル C

・著明な高血圧を伴う急性肺水腫におけるループ利尿薬:レベル C

・著明な高血圧を伴う急性肺水腫におけるカルペリチド:レベル C

・NIPPV 抵抗性,意識障害,喀痰排出困難な場合の気管内挿管における人工呼吸管理:レベル C

クラスⅡa

・NIPPV :レベル A

・カルペリチド,静脈内投与:レベル B

・PDE 阻害薬静脈内投与(非虚血性の場合):レベル A

・慢性期移行におけるトラセミド投与:レベル C

・アデニル酸シクラーゼ賦活薬(非虚血性の場合):レベル C

クラスⅡb

・PDE 阻害薬静脈内投与(虚血性の場合):レベル A

・腎機能障害合併例に対するカルペリチド,静脈内投与:レベル B

・モルヒネ静注:レベル B

・アデニル酸シクラーゼ賦活薬(虚血性の場合):レベルC

クラスⅢ

・腎機能障害,高 K 血症合併例に対する抗アルドステロン薬投与

・高血圧緊急症におけるニフェジピンの舌下:レベル C

表 10 心原性ショックに対する治療

クラスⅠ

・酸素投与(SaO2>95 %,PaO2>80 mmHg を維持):レベル C

・NIPPV 抵抗性,意識障害,喀痰排出困難な場合の気管内挿管における人工呼吸管理:レベル C

・循環血液量喪失に対する容量負荷:レベル C

・カテコラミン投与:レベル C

・強心薬併用(カテコラミンと PDE 阻害薬):レベル C

・薬物治療抵抗例に対する補助循環(IABP,PCPS):レベル C

・心停止時のエピネフリン静注:レベル B

・心停止時のエピネフリン気管内投与(静注量の 2-2.5倍を使用):レベル C

クラスⅡa

・NIPPV :レベル A

・薬物治療の限界を超えた重症心不全で回復の可能性あるいは心臓移植適応のある症例に対する補助人工心臓:レベル B

クラスⅢ

・心停止時の心腔内注射:レベル C

難治性心不全1-5

初期診療(救急処置室での治療イメージ)22

治療・管理目標の設定33

薬物療法44

鎮 静4-1

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12

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

図 5 難治性心不全の治療

一般療法安静・塩分制限・酸素療法・呼吸管理: NIPPV から

利尿薬,血管拡張薬,カルペリチド,ジギタリス

血圧低下 肺毛細管上昇心拍出量低下,末梢循環不全

カテコラミン PDE 阻害薬,アデニル酸シクラーゼ賦活薬

静注薬からの離脱補助

離脱困難(難治性心不全の治療)

経口強心薬 ドカルパミン デノパミン ピモベンダン

標準的心不全治療薬の強化

限外濾過療法(ECUM),CHDF,補助循環(IABP,PCPS,LVAS),心臓再同期療法

人工心臓,心臓移植

カテコラミン,PDE 阻害薬,血管拡張薬(カルペリチド,硝酸薬)

表 11 初期治療(救急処置室でのイメージ)

呼吸管理・気道確保:クラスⅠ,レベル C・酸素投与:クラスⅠ,レベル C・酸素投与のみで酸素化不十分の場合の CPAP,BiPAP などの NIPPV:クラスⅡa,レベル A・酸素投与のみで酸素化不十分の場合の気管内挿管(表

18 参照):クラスⅠ,レベル C基礎疾患の治療(可能な場合)・急性心筋梗塞に対する血栓溶解療法/経皮的冠動脈形成術:クラスⅠ,レベル A・急性大動脈解離に対する外科的治療:クラスⅠ,レベル C・徐脈性不整脈に対する一時的ペーシング:クラスⅠ,レベル C・心タンポナーデに対する心膜穿刺ドレナージ:クラスⅠ,レベル C

急性心不全の各病態に応じた薬物治療・硝酸薬舌下,スプレーまたは静脈内投与:クラスⅠ,レベル B・心停止時のエピネフリン静注:クラスⅠ,レベル B・急性肺水腫に対する利尿薬静脈内投与:クラスⅠ,レベル C・著明な高血圧を伴う急性肺水腫におけるニトログリセリン,Ca 拮抗薬(ニカルジピンなど),ニトロプロシド静脈内投与による降圧:クラスⅠ,レベル C・心原性ショックに対するカテコラミン:クラスⅠ,レベル C・薬物治療で循環動態が改善しない場合の補助循環:クラスⅠ,レベル C・救急処置室での初期治療の後,急性冠症候群の治療のため速やかに CCU へ搬送:クラスⅠ,レベル C・モルヒネ静注:クラスⅡb,レベル B・高血圧緊急症時のニフェジピン舌下:クラスⅢ,レベル C・心停止時の心腔内注射:クラスⅢ,レベル C

表 12 治療,管理目標の設定

安静度・Fowler 位による安静:クラスⅡa,レベル C・血行動態が安定している場合の速やかな安静度の緩和:クラスⅠ,レベル C・長時間安静が余儀なくされる場合,静脈血栓症の予防としての弾性ストッキングの使用クラスⅠ,レベル A

静脈確保・大口径のカニューレによる複数の静脈確保:クラスⅠ,レベル C・血行動態モニターおよび治療効果判定のための Swan-

Ganz カテーテルの挿入:クラスⅡb,レベル C食事,栄養摂取・循環と利尿の安定が得られるまでの栄養摂取を目的とした経口摂取の禁止:クラスⅠ,レベル C

尿量・時間尿量 40 mL の確保:クラスⅠ,レベル C・うっ血がある場合,1 日の体重減少 1-1.5 kg 以内の除水:クラスⅠ,レベル C

血圧・著明な高血圧に対して,ニトログリセリン,Ca 拮抗薬(ニカルジピンなど),ニトロプルシドの点滴投与による降圧:クラスⅡa,レベル C

心拍数・心房細動のレートコントロール(ジギタリスなどによる):クラスⅠ,レベル C・洞性頻脈(高度を除く)の積極的なレートコントロール:クラスⅡb,レベル C

動脈血酸素飽和度・酸素飽和度 95-98 % を目標とした酸素投与,実現できなければ CPAP,NIPPV,気管内挿管を考慮:クラスⅠ,レベル C

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13

急性心不全治療ガイドライン

に応じて 15 分毎に投与を繰り返す.呼吸停止を起すこ

とがあるのでバッグバルブマスクなどを用意する(クラ

スⅡb, レベル B).

急性心不全における利尿薬による治療を表 13に示す.

1)ループ利尿薬

(1)フロセミド

その効果は即効性である.腎機能障害例では通常より

高用量を必要とする.1 回静注投与で満足な利尿効果が

得られない場合には,むしろ持続静注のほうが有効であ

る.フロセミドによる利尿効果が減弱した場合には,作

用部位の異なる利尿薬との併用(ループ系とサイアザイ

ド,スピロノラクトン)が有効である.

(2)トラセミド

強力なループ利尿薬作用と抗アルドステロン効果を有

するトラセミドは,急性心不全から慢性期管理に移行す

る場合に有用である.

2)抗アルドステロン薬

今後急性心不全への導入が期待される.腎機能障害例

や血清 K がすでに 5.0 mEq/L を超えている例では適応

外である.

3)カルペリチド(hANP)

Ⅲ.4-3:血管拡張薬の項に記述

1)硝酸薬

ニトログリセリンや硝酸イソソルビド(ISDN)の舌

下,スプレーおよび静注投与が,急性心不全や慢性心不

全急性増悪時の肺うっ血の軽減に有効である.ただし,

比較的高用量の静注投与に伴って早期(16-24 時間)か

ら耐性が発現する.

急性大動脈弁閉鎖不全症,急性僧帽弁閉鎖不全症によ

る急性心不全では,ニトログリセリンや ISDN に比べて

動脈系抵抗血管拡張作用が大である.ニトロプルシドに

よる後負荷軽減作用が有効である(クラスⅠ,レベル C).

2)カルペリチド(hANP)

本剤は血管拡張作用,Na 利尿効果,レニンやアルド

ステロン合成抑制作用等により減負荷効果を発現し,肺

うっ血症例への適応と共に,難治性心不全に対しカテコ

ラミンなどの強心薬と併用される場合が多い(クラスⅡ

a,レベル B).肺毛細管圧を低下し心拍出量を増加する

が,他の血管拡張薬や強心薬と異なり,心拍数は増加し

ないので,心不全での有用性は高い(表 14,15 参照).

副作用として投与開始初期の血圧低下があるので,投与

開始の際には低用量〔0.025-0.05μg/kg/min(場合によ

り 0.0125μg/kg/min)〕より持続静脈内投与する.わが

国の実臨床における前向き調査では,0.05-0.1μg/kg/

min の投与量で使用されていることが多い(最大 0.2μ

g/kg/min まで使用可能).特に心筋症,高血圧性心疾患,

弁膜症などによる非代償性心不全症例において有効性が

高く(クラスⅡa,レベル B),これに対して重篤な低血

圧,心原性ショック,急性右室梗塞症例,脱水症では禁

忌である.

3)ホスホジエステラーゼ(PDE)阻害薬

PDE 阻害薬は,cAMP の分解に関与する PDE を選択

的に阻害し,β受容体を介さずに心筋および血管平滑筋

細胞内の cAMP を上昇させ,心筋収縮力の増大と血管

拡張作用を発現し,inodilator と呼ばれる(Ⅲ.4-4 参

照).

4)ACE 阻害薬,アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)

急性期から慢性期への移行治療では早期から開始すべ

利尿薬4-2

表 13 急性心不全における利尿薬治療

クラスⅠ

・急性心不全における肺うっ血,浮腫に対するフロセミド(静注および経口投与):レベル B

・重症慢性心不全 NYHA-Ⅲ-Ⅳに対するスピロノラクトン経口投与:レベル B

クラスⅡa

・カルペリチド静脈内投与:レベル B

・急性心不全から慢性期管理に移行する場合のトラセミド:レベル C

クラスⅡb

・フロセミド 1 回静注に抵抗性の場合の持続静脈内投与:レベル B

・フロセミドによる利尿効果減弱の場合の多剤併用(ループ系とサイアザイド,スピロノラクトン):レベル C

・腎機能障害合併例に対するカルペリチド静脈内投与:レベル B

クラスⅢ

・腎機能障害,高 K 血症合併例に対する抗アルドステロン薬投与

血管拡張薬4-3

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14

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

の急性心不全,特に AMI による急性心不全への投与は

推奨できない.ジギタリスの禁忌としては,徐脈,第二

度~第三度房室ブロック,洞不全症候群,WPW 症候群,

閉塞性肥大型心筋症,低K 血症,高Ca 血症があげられる.

3)PDE 阻害薬

PDE 阻害薬の長所は,①β受容体を介さずに作用す

るのでカテコラミン抵抗状態にも有効 ②血管拡張作用

と強心作用を併せ持ち,心筋酸素消費量の増加がカテコ

ラミンに比し軽度 ③硝酸薬に比し耐性が生じにくい,

ことがあげられる.

図 6 に,わが国で実施された代表的な急性心不全治

療薬の第三相臨床試験における血行動態に及ぼす効果を

示す.β受容体を介さない PDE 阻害薬やアデニル酸シ

クラーゼ賦活薬は,優れた心拍出量増加と肺毛細管圧低

下作用を得ることが出来る(表 9 参照)(クラスⅡa,

レベル C).しかしながら,従来想定されていた治療目

標としての速やかな血行動態の改善(肺毛細管圧低下と

心拍出量増大)が急性心不全の治療において必ずしも適

切な指標ではないことが示唆されている.基礎疾患や病

態に応じた至適投与量・血行動態の設定と,より早期か

らの強心薬離脱などに心がけるべきであろう(クラスⅡ

b,レベル B).

4)アデニル酸シクラーゼ賦活薬(コルホルシンダロパート)

PDE 阻害薬と同様に inodilator として作用するが,効

果発現が PDE 阻害薬に比べ遅いこと,心拍数増加が大

であること,催不整脈性などに留意しなければいけない

(表 9参照,虚血性心不全ではクラスⅡb,レベル C).

各種急性心不全治療薬の投与法,投与量を表 14 に示

す.

1)肺うっ血は強いが血圧が低下していない急性心不

全では, 利尿薬や血管拡張薬で治療する.

2)肺うっ血があり,収縮期血圧が 90 mmHg 以上あ

るものの血圧低下が危惧される症例ではドブタミ

ンを用いる.

3)肺うっ血と同時に収縮期血圧が 90 mmHg 未満の

症例では, ドパミンを 2-5μg/kg/min から開始す

る.心原性ショックで大量に用いなくてはならな

い症例では, 早急に IABP や PCPS などによる機械

的な循環補助を行い, ノルエピネフリンの使用量を

減らす.

4)肺うっ血と同時に収縮期血圧が 70 mmHg 未満の

きである.(クラスⅡa,レベル C)(表 15 参照).

血圧低下,末梢循環不全(ショック,末梢低灌流)の

状態に対して,循環血液量の補正にも抵抗性の場合に適

応される.しかし,強心薬は心筋酸素需要を増大し,心

筋 Ca 負荷を誘導するので,不整脈,心筋虚血,心筋傷

害などを生じることがあり,病態に応じた適応,薬剤の

選択,投与量,投与期間に十分注意を払うべきである.

1)カテコラミン製剤

(1)ドブタミン

β1 受容体への選択性が高く,用量依存的に陽性変力

作用を発揮する.β2 受容体刺激作用として,5μg/kg/

min 以下の用量では軽度の血管拡張作用による全身末梢

血管抵抗低下および肺毛細管圧低下をもたらす.また,

10μg/kg/min 以下では心拍数の上昇も軽度であり,心

筋酸素消費量の増加は少なく,虚血性心疾患にも使用し

やすい(クラスⅡa,レベル C,但し,急性心原性肺水

腫及び心原性ショックは表 9,10参照).

(2)ドパミン

低用量(2μg/kg/min 以下)から利尿効果を示す.中

等度の用量(2-10μg/kg/min)では,陽性変力作用,心

拍数増加,血管収縮作用をもたらす.高用量(10-20μ

g/kg/min)では血圧と血管抵抗が上昇する(クラスⅡa,

レベル C,但し,急性心原性肺水腫及び心原性ショック

は表 9,10参照).

ドパミンは至適用量で心拍出量,心拍数,収縮期血圧

を上昇するのに対し,ドブタミンは心拍出量と心拍数

(軽度)を上昇し,肺動脈拡張期圧と肺毛細管圧を低下

させる.AMI に伴うポンプ失調では,前負荷,後負荷

への影響からドブタミンの方が合目的な強心薬であるこ

とが示唆される.しかし血圧低下例では,両者の併用も

しくはノルエピネフリンの併用が必要とされる.

(3)ノルエピネフリン

陽性変力作用と陽性変時作用を示す.また,末梢血管

抵抗の増加により平均動脈圧が増加する.心筋酸素消費

量を増加させ,腎,脳,内臓の血流量を減少させるので

強心薬として単独で使用されることはほとんどない.

2)ジギタリス

急性心不全では,心房細動など頻脈誘発型心不全に対

して適応とされるが(クラスⅡa,レベル C),それ以外

強心薬4-4

昇圧薬4-5

Page 15: Guidelines for Treatment of Acute Heart Failure (JCS 2006)¼Ž強心薬 4-5.昇圧薬 4-6.心筋保護薬 4-7.抗不整脈薬 5.非薬物療法 5-1.救急処置・acls 5-2.人工呼吸管理

15

急性心不全治療ガイドライン

図 6 急性心不全症例における各種心不全治療薬の血行動態におよぼす効果の比較

iv-AMN90'(n= 30)

CI(△%)

50

40

30

20

10

0

0-50 -40 -30 -20 -10PCWP (△%)

iv-OLP(n=32) iv-MIL60

(n=31)

oral-PIM240'(n=11)

DB(n= 17)

DA+ ID(n= 9) hANP

(n= 30)

oral-PRA(n= 6)

DA(n= 17)

HR: heart rate (心拍数)mBP: mean blood pressure (平均血圧)SVR: systemic vascular resistance (全身血管抵抗)PCWP: pulmonary capillary wedge pressure (肺毛細管圧)CI: cardiac index (心係数)SVI: stroke volume index (一回心拍出係数)DA: dopamine, 2-5μg/kg/min 持続静注時DB: dobutamine, 2-5μg/kg/min 持続静注時

AMN90': amrinone 1 mg/kg loading 後 10μg/kg/min 持続静注 90 分後MIL60': milrinone 50μg/kg loading 後 0.5μg/kg/min 持続静注 60 分後PIM240': pimobendan 0.25mg 経口投与後 90 分DA + ID: dopamine (3-5γ)+ ISDN 2mg/hr 持続静注時の効果PRA: prazosin 1 mg 経口投与最大効果hANP: carperitide 0.1μg/kg/min 持続静注時の効果OLP: olpurinone 10μg/kg loading + 0.3μg/kg/min 持続静注時の効果

註: amrinone は 2006 年本邦で発売中止となった

表 14 わが国で使用されている急性心不全治療静注薬

モルヒネ 5-10 mg/A を希釈して 2-5 mg を 3 分かけて静注

フロセミド 一回静注投与量は 20-120 mg,持続静注は 2-5 mg/hr 程度

ジゴキシン 0.125-0.25 mg を緩徐に静注.有効血中濃度は 0.5-1.0 ng/mL.中毒に注意

ドパミン 0.5-20μg/kg/min:5μg/kg/min 以下で腎血流増加,2-5μg/kg/min で陽性変力作用,5μg/kg/min 以上で血管収縮・昇圧作用

ドブタミン 0.5-20μg/kg/min:5μg/kg/min 以下で末梢血管拡張作用,肺毛細管圧低下作用

ノルエピネフリン 0.03-0.3μg/kg/min

ミルリノン 50μg/kg を loading 後 0.25-0.75μg/kg/min 持続静注.最初から持続静注が多い

オルプリノン 10μg/kg を loading 後 0.1-0.3μg/kg/min 持続静注.最初から持続静注が多い

コルホルシンダロパート 0.1-0.25μg/kg/min を初期投与量として血行動態と心拍数により用量調節.心拍数増加に注意

ニトログリセリン 0.5-10μg/kg/min 持続静注.耐性現象に注意

硝酸イソソルビド 1-8 mg/hr,0.5-3.3μg/kg/min.耐性現象に注意

ニトロプルシド 0.5μg/kg/min 持続静注から開始し,血行動態により用量調節(0.5-3μg/kg/min)

カルペリチド 0.025μg/kg/min (時に 0.0125μg/kg/min)から持続静注開始し,血行動態により用量調節(0.2μg/kg/min まで).0.05-0.1μg/kg/min の用量が汎用されている

薬剤 用法・用量

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16

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

症例では,ドパミンとノルエピネフリンを併用する

が,必要に応じて IABP や PCPS などによる機械

的な循環補助を行う.

ACE 阻害薬と ARB,抗アルドステロン薬,カルペリ

チドは前述したが,これらは心筋保護薬としても作用す

る(表 15).

心不全にはあらゆるタイプの不整脈が出現するがその

際の抗不整脈薬の有効性に関しては,必ずしも結論が得

られていない.むしろ抗不整脈薬は心筋収縮力抑制や催

不整脈作用を有しており,保険適応がないものが多く,

使用する場合は必要最小限の使用が望ましい.

表 16 に抗不整脈薬ガイドラインに沿った形で,心機

能別の抗不整脈薬選択をまとめた.

心筋保護薬4-6

抗不整脈薬4-7

表 15 心筋保護薬としての ACE 阻害薬,ARB,抗アルドステロン薬とカルペリチド

ACE 阻害薬,ARB:

・急性心不全が安定病態に入ったと思われるところから,少量から使用して,ゆっくりと増量する:クラスⅠ,レベル A

・急性期は各症例の病型や重症度に応じて使用する:クラスⅡa,レベル B

・血行動態が極めて不安定な時期は,その使用は避ける:クラスⅡb,レベル C

抗アルドステロン薬:クラスⅠ,レベル A

カルペリチド:クラスⅡa,レベル B

表 16 抗不整脈薬

リドカイン ● ●

メキシレチン ● ▲

プロカインアミド ● ▲

ジソピラミド ▲ ×

キニジン ● ▲

プロパフェノン ▲ ×

アプリンジン ● ▲

シベンゾリン ▲ ×

ピルメノール ▲ ×

フレカイニド ▲ ×

ピルジガイニド ▲ ×

ベプリジル ▲ ×

ベラパミル ▲ ×

ジルチアゼム ▲ ×

ソタロール ▲ ×

アミオダロン ● ▲

ニフェカラント ● ▲

β遮断薬 ▲ ×

アトロピン ● ●

ATP ● ▲(注 2)

ジゴキシン ● ●

軽度心機能低下 中程度心機能低下

●=使用可能  ▲=慎重投与  ×=禁忌

但し,各症例に合わせて投与量の設定には十分な注意を要する.

注 1)本表の内容で,薬品添付文書の記載と異なるもの,または,掲載がないものは,抗不整脈ガイドラインのデータに基づいている.

注 2)ATP は,抗不整脈ガイドラインでは,中等度心機能低下例でも使用可能となっているが,心不全が高度の場合は,稀に高度徐脈が出現する可能性があるために慎重投与とすべきである.

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17

急性心不全治療ガイドライン

急性心不全の救急治療を表 17に示す.

1)酸素療法-非侵襲的陽圧呼吸の有用性

酸素投与の適応,非侵襲的陽圧呼吸(NIPPV)および

気管内挿管の適応を表 18 に示す.また,呼吸終末陽圧

呼吸(PEEP)の適応と中止の基準を表 19に示す.

2)人工呼吸からの離脱

抜管の基準を表 19 に示す.人工呼吸器を 24 時間以

上装着された患者では,①呼吸不全の基礎疾患の改善,

②十分な酸素化能,③循環動態の安定,④吸気努力を開

始する能力があること,について確認することが重要で

ある.

1)補助循環の目的と急性重症心不全におけるその位置づけ

大動脈内バルーンパンピング(IABP),経皮的心肺補

助装置(PCPS)は薬物療法に比して強力な循環補助を

行えるため急性重症心不全治療の第一線に位置している

(表 20).一方,これらの短期補助では充分でなく,よ

り強力かつ長期の補助が必要な場合,補助人工心臓が適

応され,自己心機能回復あるいは心臓移植へのブリッジ

として使用される.

補助循環の開始については Norman らの血行動態指標

を参考にする.すなわち,適切な薬物療法(強心薬を含

む)にもかかわらず,NYHAⅣ度の状態で収縮期血圧

90 mmHg 未満,心係数 2 L/min/m2 以下,左房または肺

動脈楔入圧 20 mmHg 以上である.

非薬物療法55

救急処置・ACLS5-1

表 17 急性心不全の救急治療(表 11参照)

クラスⅠ

・酸素投与:レベル C

・硝酸薬(舌下・スプレー・静注):レベル B

・フロセミド静注:レベル B

・心原性ショックでのカテコラミンの静脈内投与:レベル C

・気管内挿管による人工呼吸管理(表 18 参照):レベル C

・高血圧緊急症の場合のニトログリセリン,ニトロプルシドの点滴静注:レベル B

クラスⅡa

・非侵襲的陽圧呼吸(NIPPV):レベル A

・高血圧緊急症の場合のニカルジピンの点滴静注(0.5-2.0μg/kg/min):レベル C

人工呼吸管理5-2

表 18 急性心不全における呼吸管理

クラスⅠ

・酸素投与(SaO2>95 %,PaO2>80 mmHg を維持):レベル C

・非侵襲的陽圧呼吸(NIPPV)抵抗性,意識障害,喀痰排出困難な場合の気管内挿管による人工呼吸管理:レベル C

・NIPPV が実施できない場合の気管内挿管による人工呼吸管理:レベル C

クラスⅡa

・NIPPV:レベル A

表 19 PEEP の適応と中止,抜管の基準

適応

①気管内挿管による人工呼吸管理で吸入酸素濃度が 50 %で PaO2 60 mmHg 以下

②急性肺水腫に対する NIPPV として,または気管内挿管のもとに

③急性心不全に対し,利尿薬,血管拡張薬,強心薬などの薬物療法を実施しても PCWP 高値であり,かつ呼吸不全の状態にある場合

④低心拍出量に対して輸液による負荷をかける必要がある場合,肺水腫の予防のため

中止基準

①吸入酸素濃度 50 %,PEEP 0(ZEEP)で PaO2 80 mmHg以上

②肺毛細管圧低下(目安として 18 mmHg 未満),身体所見(ラ音,Ⅲ音など),胸部 X 線写真などを参考にする.

抜管の基準

① 1 回換気量 200 mL 以上

② ZEEP にて吸入酸素濃度 40 % で,PaO2 80 mmHg 以上

③抜管後 CPAP などの NIPPV が適応可能

補助循環の種類と適応(IABP,PCPS,人工心臓)5-3

表 20 急性重症心不全に対する補助循環

クラスⅠ

・薬物治療の限界を超えた重症心不全症例,診断治療に至るまでの急性僧帽弁閉鎖不全,心室中隔穿孔,重症心筋虚血症例に対する IABP による治療:レベル B

・急性心筋炎による重症心不全,致死性不整脈に対するIABP,PCPS による治療:レベル C

クラスⅡa

・薬物治療の限界を超えた重症心不全で回復の可能性あるいは心臓移植適応のある症例に対する補助人工心臓による治療:レベル B

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18

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

2)機械的補助循環の種類と各々の適応

補助循環を用いた急性心不全の治療体系を図 7 に,

機械的補助循環の種類とその特徴を表 21に示す.

(1)大動脈内バルーンパンピング(IABP)

(A)適 応

簡便な循環補助装置であるので,内科的治療に抵抗す

る急性心不全,心原性ショックでまず試みられるべきも

のである.心原性ショックに至らなくても,多量の薬剤

投与にても心不全所見や虚血心では心電図上虚血性変

化,狭心痛などを有するものにはその適応を考える.

(B)禁 忌

中程度以上の大動脈弁閉鎖不全を合併する症例,胸部

あるいは腹部に大動脈解離,大動脈瘤を有する症例では

禁忌である.大動脈に高度の粥状動脈硬化病変を有する

症例,下肢の閉塞性動脈硬化症を合併した症例に対する

図 7 補助循環を用いた急性心不全の治療体系

恒久的使用

主な適応AMI,急性心筋炎,慢性心不全の急性増悪,弁膜症などで,適切な薬物治療にも関わらず

以下の基準を満たす心原性ショックや難治性心不全(NYHA IV,収縮期血圧<90 mmHg,心係数<2.0 L/min/m2,肺動脈楔入圧>20 mmHg)

離脱

PCI/手術(AMI,弁膜症の場合)

ブリッジ療法

IABP/PCPS

心筋症の場合は心臓移植の禁忌がないことを予め確認

補助人工心臓

心臓移植

表 21 機械的補助循環の種類とその特徴

IABP 両心 急性冠症候群 中等度以上の大動脈弁閉鎖不全症 下肢虚血内科的治療に抵抗する急性心不全 大動脈解離・大動脈瘤 出血不安定狭心症 高度の大動脈粥状硬化症 動脈損傷(動脈解離を含む)

下肢閉塞性動脈硬化症 神経障害バルーンの損傷

PCPS 心肺 ショック,重症不整脈時の蘇生 下肢閉塞性動脈硬化症 下肢虚血短期間回復可能例での循環補助 左心系うっ血呼吸不全合併循環不全 出血

塞栓症

体外設置型補助人工心臓 両心 小体格成人,小児も可 主要臓器の不可逆的障害 塞栓症両心不全 重症感染症 感染自己心機能回復及び心移植 入院継続必要へのブリッジ

体内埋め込み型補助人工心臓 左心 長期左心補助 主要臓器の不可逆的障害 塞栓症自己心機能回復及び心移植 重症感染症 感染へのブリッジ 外来通院時BSA > 1.5 m2 以上 自己管理

補助 適応 禁忌 注意点

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19

急性心不全治療ガイドライン

使用は慎重におこなわれなければならない.

(C)合併症(主なもの)

a.下肢の虚血

b.動脈損傷(動脈解離を含む)

c.神経障害

d.バルーンの損傷

(2)経皮的心肺補助法[PCPS(V-A バイパス)]

(A)適 応

IABP を用いても循環補助が不十分な症例や,心停止

あるいは心原性ショック症例に対する緊急心肺蘇生や重

症冠動脈疾患症例の経皮的冠インターベンション(PCI)

時の循環補助(supported PCI)に適用される.この他,

急性呼吸不全に対する呼吸補助,肺や気管支及び大血管

手術の補助手段としても用いる.

(B)禁 忌

動脈硬化性病変が強い症例,小体格で大腿動脈が細く

カニュレーションができない症例,また両側の大腿静脈

が閉塞している症例には適応が困難である.さらに,中

等度以上の大動脈弁閉鎖不全症例への使用も問題があ

る.このような症例では開胸手術により,直接右心房と

上行大動脈にカニュレーションするか,左心補助装置

(LVAS)の装着を行う.

(C)方法及び管理

a.抗凝固薬療法

ヘパリンを用いて活性凝固時間(ACT)を 200-250 秒

に維持する.

(D)合併症(主なもの)

a.下肢の虚血

b.動脈損傷

c.出血

d.感染症

(3)- 1.体外設置型補助人工心臓

(A)適 応

比較的短期間(数ヶ月以内)での心機能回復が期待で

きる場合,心不全による致死的不整脈を有する場合,右

心不全も強く両心補助を要する場合,体表面積(BSA)

1.5 m2 未満の小体格の成人ではこの体外型循環補助の適

応となる.また,体重 20 kg 程度以上の小児においても

適応が考慮される.

(B)禁 忌

中枢神経系や肝,腎,肺等の主要臓器の不可逆的障害

や重篤な感染症の合併がある場合は禁忌となる.

(C)管 理

①抗凝固療法:ワルファリン[プロトロンビン時間

(PT)に基づく INR を 2.5-3.5 に維持]を基本とし

て抗血小板薬[アスピリン(100-300 mg/日)また

はチクロピジン(200 mg/日)など]を 1-2 剤追加

する.ワルファリンの効果が不十分な場合,活性化

部分トロンボプラスチン時間(APTT)を正常の

1.5-2 倍を目標にヘパリン 10 U/kg/時間程度を併用

する場合もある.また,それでもポンプ内に血栓形

成を見る場合には,抗血小板剤を 2 剤,すなわち,

アスピリンとチクロピジンをともに投与する.場合

によっては,血小板機能を評価しながら,抗血小板

剤の投与量を調節することも行われる.

②感染防止:ポンプチューブの皮膚挿入部の消毒,固

定に注意を要する.

(3)- 2.体内埋め込み型補助人工心臓

(A)適 応

現時点では,心臓移植待機中の特発性心筋症患者[拡

張型心筋症(DCM), 拡張相肥大型心筋症]が急性増悪

を来たした場合のみが適応となる.

(B)禁 忌

体外設置型と同様である.

(3)- 3.補助人工心臓を用いた治療の世界の現状

心移植までのつなぎ(bridge to transplant)として使わ

れてきたが,長期間補助人工心臓装着中に不全心が回復

する症例が散見され,'bridge to recovery'という概念が提

唱されている(図 7).

(急性心不全:クラスⅡa,レベル C)

1)心臓再同期療法(CRT)

右室と左室を同時にペーシング(biventricular pacing)

することにより左室の非同期性収縮を是正し,それによ

り効果的に心機能を改善させる方法である.

適応:拡張型心筋症などの慢性心不全急性増悪例や難

治性の心不全症例などで,NYHAⅢまたはⅣで QRS 幅

ペーシング(心臓再同期療法および他のペーシング)による管理

5-4

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20

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

130 msec 以上,EF 35 % 以下の左脚ブロック症例(特に

僧帽弁逆流合併症例)がよい適応である.

2)緊急一時ペーシング

表 22 に緊急ペーシングが必要か否かを考慮してみる

場合を挙げた.

心不全に対する急性血液浄化法の主な目的として,1)

肺水腫の治療,2)アシドーシスの改善,3)電解質異常

の補正,4)輸液スペースの確保,5)体液性の介在物質

(humoral mediator)の除去などが挙げられる(表 23).

1)心タンポナーデ

診断されれば速やかに心膜穿刺による減圧を行う必要

がある.

クラスⅠ

・心タンポナーデに対する心膜穿刺:レベル C

2)急性弁膜症

2)-(1)外傷に伴う場合

合併する心臓や他臓器の損傷に応じて対応を考える必

要がある.

2)-(2)感染性心内膜炎による場合

弁の破壊,腱索断裂,弁周囲感染からの心腔間シャン

トなどにより急性に心不全が生じる場合,感染の活動期

であることが多いが,時期を逸することなく手術を施行

する.

1)左室自由壁破裂

徐々に血性心嚢液が貯留し心タンポナーデ状態となる

oozing 型と急激に破裂する blow-out 型がある.前者で

は,心嚢ドレナージ後に手術を行うことで救命し得るが,

後者では,瞬時に無脈性電気活動(pulseless electrical

activity)となり,致命的になるため,破裂後短時間で

PCPS を開始し全身循環を確保した上で,手術に移行す

る必要がある.

2)心室中隔穿孔

当初シャント量が小さい状態でも,手術の適応となる

(Ⅲ.5-3 参照).左室の後負荷を軽減するために IABP

を挿入し,厳重な監視下に観察するが,IABP 補助下に

おいても,心拍出量の低下,肺高血圧の進行,体液貯留,

腎機能の低下などの徴候があれば,速やかに手術を行う

ことが妥当と思われる.

3)僧帽弁乳頭筋不全

血行動態が維持できない症例が大部分で,自然予後は

不良である.積極的に IABP を適応し,効果不良例では

PCPS を用い,早急に手術を行う.

表 22 経静脈的一時ペーシングの適応を考慮してみる病態

Ⅰ.急性心筋梗塞に伴う適応

1.収縮停止

2.症候性徐脈

3.両脚ブロック

4.新たに発現したか,あるいは発現時期が不明の 2 枝ブロックで,Ⅰ度房室ブロックを伴う場合

5.Mobitz Ⅱ型Ⅱ度房室ブロック

Ⅱ.急性心筋梗塞以外の場合

1.器質的心疾患に伴うⅡ-Ⅲ度房室ブロック

2.症候性徐脈

3.3-4 秒を越す洞停止

4.洞房ブロック

5.徐脈性心房細動

6.特殊な頻拍(器質的心疾患,代謝異常,薬剤によるtorsade de pointes など)

急性血液浄化治療5-5

表 23 急性心不全の際の血液浄化法

クラスⅡb

1)血液濾過

a)体外限外濾過法(extracorporeal ul trafi l trationmethod: ECUM):レベル B

b)持続性静脈・静脈血液濾過(continuous veno-venoushemofiltration: CVVH):レベル B

2)血液透析

a)血液透析(hemodialysis: HD):レベル B

b)腹膜透析(peritoneal dialysis: PD):レベル B

3)血液透析濾過

a)持続的血液濾過透析(continuous hemodiafiltration:CHDF):レベル C

急性心不全時の手術適応と方法(心タンポナーデ,急性弁膜症)

5-6

急性心筋梗塞の機械的不全(左室自由壁破裂,心室中隔穿孔,僧帽弁乳頭筋不全)の治療

5-7

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21

急性心不全治療ガイドライン

AMI における外科的適応

クラスⅠ

・左室自由壁破裂,心室中隔穿孔,僧帽弁乳頭筋不全

に対する外科的治療:レベル C

虚血,特に AMI が原因で心不全をきたしている場合

には速やかな再灌流療法(クラスⅠ,レベル A)を行う.

AMI に伴う心臓の構造物の障害(心室中隔穿孔など)

による急性心不全に対しては外科治療(クラスⅠ,レベ

ル C)が必要である.

AMI におけるポンプ失調の治療指針の概略を図 8 に

示す.

高血圧緊急性・切迫症の主な治療を表 24に示す.

肥大型心筋症および拡張型心筋症が原因で心不全を来

たした場合の急性心不全治療は,Ⅲ.治療(1-1~1-4)

を参照する.その他,必要に応じて他項を参照し適切に

対応する.

心筋炎による急性心不全の治療の中で,一般的治療以

外のものを表 25に示す.

代表的基礎疾患に基づく心不全の治療戦略Ⅳ

虚血性心疾患11

図 8 急性心筋梗塞におけるポンプ失調の治療の概略

IABP,PCPS

註※ Ca 拮抗薬の使用:高血圧性緊急症・切迫症(表 24)や虚血を伴う心不全を除いて,投与は慎重又は控える

一般的治療安静,酸素投与

硝酸薬,利尿薬,Ca 拮抗薬※,カルペリチド,ACE 阻害薬,ARB など可能ならば再灌流療法(PCI)

軽快 不十分

薬を経口や経皮に変更(β遮断薬も考慮)

心エコーSwan-Ganz カテーテル挿入

機械的合併症なし 機械的合併症あり

低血圧なし 低血圧あり 外科的治療

内服および点滴薬剤の増量 ドパミンドブタミン

ノルエピネフリン IABP,PCPS不十分

LVAS を検討

高血圧緊急症・切迫症22

表 24 高血圧性緊急症・切迫症の治療薬物

クラスⅠ

・肺水腫を伴う高血圧性心不全におけるニトログリセリン,Ca 拮抗薬(ニカルジピンなど),利尿薬,ニトロプルシド,カルペリチド,ACE 阻害薬,ARB の使用:レベル C

クラスⅢ

・高血圧性緊急症におけるニフェジピンの舌下投与:レベル C

特発性心筋症33

心筋炎44

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22

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

弁膜疾患による急性心不全の治療では薬物療法に加え

て,必要な場合には補助循環を用い(Ⅲ.5-3 参照),

さらに循環動態を監察し,病態不良であれば期を逃すこ

となく手術に踏み切るべきである.

心不全に合併した貧血は積極的に治療すべきである

(表 26).ただし,急速な輸血はうっ血や肺水腫を助長

する場合がある.

入院時には Cockcroft の計算式を用いてクレアチニン

クリアランスの推定値を計算すべきである.心不全,腎

不全,貧血の 3つの病態は,互いに影響し合い悪循環を

呈していることが注目されている(cardiorenal anemia

syndrome).腎不全を合併した心不全の治療薬剤を表 27

に示す.

総ビリルビン値が 3.0 mg/dL 以上では予後不良な症例

が多い.不可逆性の肝硬変症は,心臓移植の適応除外基

準の 1つにも含められている.治療は貯留した体液を減

少させることが最も重要であり,ループ利尿薬(クラス

Ⅰ,レベル B)が投与される.高度の右心不全を合併し

た症例では,ドパミン(クラスⅡa,レベル B),ドブタ

ミン(クラスⅡa,レベル B)や PDE 阻害薬(クラスⅡ

a,レベル C)などの強心薬が投与される.

急性心不全でも重症化するほど発症頻度が高く,さら

に人工呼吸管理症例,補助循環症例などに高頻度に発症

するので注意を要する.

経験的治療における抗菌薬選択

重症度ならびに危険因子から経験的に治療する群を 4

つに分類し,それぞれに対する抗菌薬選択を実施する

(図 9).治療効果と耐性菌予防の観点から,当初から広

域で強力な抗菌薬を十分量,短期間投与し,かつ施設に

おける抗菌薬の選択を偏りのないものとするが,最も頻

度の高い緑膿菌をはじめとしたグラム陰性桿菌に対し最

強の抗菌活性を示すのは,カルバペネム系抗菌薬とフル

オロキノロン系抗菌薬である(図 9).

表 25 心筋炎による急性心不全の治療

クラスⅠ

・IABP,PCPS やペースメーカーを用いたブリッジ療法:レベル C

クラスⅡb

・ステロイド短期大量療法:レベル C

・大量免疫グロブリン療法:レベル C

・血漿交換療法:レベル C

弁膜疾患55

併発病態と治療対策Ⅴ

貧 血11

表 26 心不全に合併した貧血の治療

クラスⅠ

・輸血:レベル B

・鉄剤:レベル B

クラスⅡb

・エリスロポエチン:レベル C

腎不全22

表 27 腎不全を合併した心不全の治療(腎機能障害の程度により異なるため,注意が必要である)

クラスⅡa

・ACE 阻害薬:レベル B

・ARB:レベル B

・カルペリチド:レベル C

・フロセミド(経口):レベル C

・フロセミドの間歇的静脈内投与/点滴静注:レベル C

・フロセミドとサイアザイドの併用:レベル C

クラスⅢ

・高カリウム血症例での抗アルドステロン薬:レベル C

うっ血肝33

肺 炎44

Page 23: Guidelines for Treatment of Acute Heart Failure (JCS 2006)¼Ž強心薬 4-5.昇圧薬 4-6.心筋保護薬 4-7.抗不整脈薬 5.非薬物療法 5-1.救急処置・acls 5-2.人工呼吸管理

23

急性心不全治療ガイドライン

急性心不全急性期に処置を必要とする不整脈には 1)

徐脈,2)上室性頻脈,3)心室頻拍などがある(表 16

参照).

1)徐 脈

Ⅲ度房室ブロックで,心不全や意識障害を伴う場合に

は一時的ペーシングを行う.右冠動脈を責任血管とする

心筋梗塞ではしばしば高度な徐脈が出現するが,その場

合,硫酸アトロピンを 0.5 mg 静注する.必要な場合は

3-4回反復投与する(トータルの最大量は 0.04 mg/kg ま

で).但し,MobitzⅡ型房室ブロック及びⅢ度房室ブロ

ック,広い QRS 幅の心室補充調律では効果が得られな

い可能性が高い.

クラスⅡa,レベル C

2)上室性頻脈,心房粗細動

洞頻脈では血行動態がゆるせば,プロプラノロールを

血行動態をモニターしながらゆっくり静注する.しかし,

洞頻脈へのβ遮断薬の投与は慎重であるべきである(表

12 参照).AMI 時,発作性上室性頻脈,心房細動の合

併があり,血行動態の悪化が強い場合は電気的除細動を

行う.ジギタリス製剤の急速投与はあまり有効ではない.

収縮能の低下が少ない場合はベラパミル(2.5 - 5 mg)

を 5分かけゆっくり静注すると有効なことがある.

クラスⅡb,レベル C

治療抵抗性の common type の心房粗動であれば,カテ

ーテルアブレーションも一つの選択肢である.

クラスⅡb,レベル C

心筋症による心房粗細動の場合はアミオダロンによる

徐拍化も有効なことがある.

クラスⅡb,レベル C

図 9 院内肺炎のエンピリック治療における抗菌薬の選択

危険因子:急性心不全,人工呼吸管理症例など 註: VAP: ventilator-associated pneumonia

Ⅰ群 軽症,中等症肺炎危険因子なし

Ⅲ群 中等症肺炎危険因子ありまたは重症肺炎

Ⅱ群 軽症肺炎危険因子あり

A

B

C

D

E

F

G

H

Ⅳ群 特殊病態下の肺炎

Ⅳ-1免疫能低下

Ⅳ-3誤嚥

Ⅳ-2人工呼吸管理下 (VAP)

Ⅳ-1-a好中球減少

Ⅳ-1-b細胞性免疫不全

Ⅳ-1-c液性免疫不全

1)第 2 世代セフェム系薬あるいは抗緑膿菌作用を持たない第 3 世代セフェム系2)経口または注射用フルオロキノロン系薬3)クリンダマイシン+モノバクタム系薬

A もしくは C の場合のいずれかの選択を主治医が決定する.以下の抗菌薬の選択も可能である1)抗緑膿菌作用を有する第 3 世代セフェム系薬や第 4 世代セフェム系薬2)カルバペネム系薬

1)抗緑膿菌作用を有するβ-ラクタム系薬(抗緑膿菌作用を有する第 3 世代セフェム系薬や  第 4 世代セフェム系薬,カルバペネム系薬)+フルオロキノロン系薬 or アミノ配糖体系薬2)注射用フルオロキノロン系薬+カルバペネム系薬3)MRSA を原因菌として否定できない場合  1)or 2)+グリコペプチド系薬(テイコプラニン,バンコマイシン)or アルベカシン4)レジオネラ肺炎を否定できない場合  1)or 2)のうちフルオロキノロン系薬を選択する  もしくは抗緑膿菌作用を有するβ-ラクタム系薬+マクロライド系薬 or リファンビシン

1)抗緑膿菌作用を有するβ-ラクタム系薬(抗緑膿菌作用を有する第 3 世代セフェム系薬や   第 4 世代セフェム系薬,カルバペネム系薬)+アミノ配糖体系薬2)注射用フルオロキノロン系薬+クリンダマイシン

レジオネラを含めて細菌性肺炎の治療として, C の選択薬にマクロライド系薬 もしくはフルオロキノロン系薬を追加併用する

第 3 ・第 4 世代セフェム系薬,カルバペネム系薬

1)早期 VAP :β-ラクタマーゼ阻害剤配合β-ラクタム系薬 or 第 2 ・第 3 世代セフェム系薬+フルオロキノロン系薬2)晩期 VAP :抗緑膿菌作用を有するβ-ラクタム系薬 or フルオロキノロン系薬 or カルバペネム系薬+アミノ配糖体系薬 or ミノサイクリン+グリコペプチド系薬

クリンダマイシン,β-ラクタマーゼ阻害剤配合ペニシリン系薬,カルバペネム系薬

脈拍異常55

急性心不全における不整脈5-1

Page 24: Guidelines for Treatment of Acute Heart Failure (JCS 2006)¼Ž強心薬 4-5.昇圧薬 4-6.心筋保護薬 4-7.抗不整脈薬 5.非薬物療法 5-1.救急処置・acls 5-2.人工呼吸管理

24

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

3)心室性期外収縮の頻発や心室頻拍

キシロカインやニフェカラントの持続静注を行っても

よい.血行動態の悪化する心室頻拍には電気的除細動を

要する.心室性不整脈の再発予防にはβ遮断薬やアミオ

ダロンを考慮する.

クラスⅡa,レベル C

不整脈の基質が局在性の場合はカテーテルアブレーシ

ョンも一つの選択肢である.

クラスⅡb,レベル C

頻拍誘発型心筋症の原因として最も多い心房細動症例

に対してジギタリス,β遮断薬,ベラパミルなどの Ca

拮抗薬投与により心拍数コントロールすることが重要で

ある(クラスⅡa,レベル C).さらにカテーテルアブレ

ーションを実施し洞調律化することにより再発予防と心

機能,運動耐容能,QOL のさらなる改善が得られる.

慢性心不全症例に頻脈性不整脈を合併した場合

発症後 48 時間以上経過した心房細動では,心エコー

(可能なら経食道心エコー)により血栓もしくはモヤモ

ヤエコーの有無を精査し,ワルファリン療法の導入を検

討する.持続性のものでは心室レートをコントロールし,

血栓塞栓症の合併を予防する.心房細動のレートコント

ロールではジギタリス療法(僧帽弁狭窄症に合併した頻

脈性心房細動などに対しては急速飽和療法が奏功),ジ

ギタリスと利尿薬との併用が第一選択であるが,無効例

や肥大型心筋症などにはベラパミルやβ遮断薬を用い

る.うっ血所見が消失し心不全状態が安定化すればβ遮

断薬療法の導入を検討する(表 16参照).

急性期に左室収縮機能が正常であることが確認でき,

心臓以外の疾患や拡張機能異常のない弁膜症などが除外

できれば拡張不全と考えてよく,拡張機能の詳細な評価

は安定期に心エコー・ドプラや心臓カテーテル検査によ

って行う.

拡張不全に基づく急性心不全の治療を表 28 に示す.

拡張不全に基づく急性心不全は殆どの場合,急性肺水腫

の形をとる.

利尿薬としてはフロセミドの静注が一般的である(Ⅲ.

4-2,Ⅴ.2,参照).血管拡張薬としてはニトログリセ

リン,硝酸イソソルビドなどの硝酸薬が主に用いられる.

カルペリチドは血管拡張作用と利尿作用を併せ持つた

め,急性期の治療薬としては適している(表 28).

心房細動を合併すると,心房収縮の消失と頻脈に伴う

拡張時間の短縮によって左室充満が著しく障害されるの

で,心拍数のコントロールが特に重要である(Ⅴ.5 参

照).

拡張不全に基づく急性心不全では著明な血圧の上昇を

伴っていることがある.この場合,血圧のコントロール

が最も重要であるが,急性期のコントロールは原則とし

て静注薬(血管拡張薬,利尿薬など)により行う(表

13及び 14参照).

頻脈と急性心不全(頻拍誘発型心筋症)5-2

拡張不全の治療戦略Ⅵ

急性期における拡張不全の診断11

拡張不全に基づく急性心不全の治療22

拡張不全の薬物療法33

心房細動の心拍数コントロール44

血圧のコントロール55

表 28 拡張不全に基づく急性心不全の治療

肺水腫の治療(表 9)

クラスⅠ

・利尿薬,硝酸薬,カルペリチドによるうっ血の軽減:レベル C

・Ca 拮抗薬(ニカルジピン,ジルチアゼム),ニトロプルシドの点滴静注による著明な高血圧のコントロール:レベル C

クラスⅡa

・心房細動を伴う症例のジギタリス,Ca 拮抗薬,β遮断薬による心拍数のコントロール:レベル C

クラスⅡb

・拡張不全に対する強心薬の投与:レベル C

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25

急性心不全治療ガイドライン

循環血液量の増加が主体の場合

基本的には利尿薬を中心とした治療となる(表 29).

また,心保護薬としてのカルペリチドも考慮されてよい

(表 13,14).

心拍出量の高度の低下が主体の場合

左室のみならず特に右室の収縮性を高めることが重要

である(表 29).

経口の慢性心不全治療薬は急性心不全治療開始後どの

時期に開始すればよいのか一定の指針は確立されていな

いが,一般的には,比較的早期に ACE 阻害薬を導入し

ている.ACE 阻害薬が使用できない場合は ARB を用い

てもよい(表 30).基礎疾患が収縮障害に基づくもので

あれば,β遮断薬を導入する(表 30).

退院基準としてまとめられたものはわが国にはなく,

欧米での基準を示す(表 31).

急性心不全に対する全般的アプローチ(表 1,図 2,

3,5 及び 8 参照)と代表的な心不全病態に対する治療

のアルゴリズムを示す(図 10-12).

急性心原性肺水腫の場合には呼吸管理が重要である.

酸素投与(クラスⅠ)のみで血液ガス像が改善しなけれ

ば,速やかに陽圧呼吸を行う.この場合,CPAP などの

NIPPV をまず試み(クラスⅡa),改善がみられない場

合には気管内挿管を行う(クラスⅠ).薬物療法ではル

ープ利尿薬静注または持続点滴(クラスⅠ),モルヒネ

静注(クラスⅡb),硝酸薬舌下または点滴(クラスⅠ),

カルペリチド点滴(クラスⅡa)などを行う.また著明

な高血圧を伴う場合には Ca 拮抗薬(ニカルジピンな

ど),ニトログリセリン,ニトロプルシドなどによる血

圧管理(クラスⅠ)が不可欠である.

心原性ショックでは,まず一定の容量の急速輸液を試

みる(クラスⅠ).血行動態が改善しない場合には血圧

のレベルに応じたカテコラミンの種類,用量の選択を行

い投与する(クラスⅠ).薬物で血行動態を維持できな

い場合には IABP や PCPS の適応を躊躇してはならない

(クラスⅠ).

慢性心不全の急性増悪では治療の基本はうっ血の改善

と心拍出量の増加を図ることである.うっ血の改善には

ループ利尿薬の経口・静注または点滴(クラスⅠ),硝

酸薬(クラスⅠ),カルペリチド点滴などを行う(クラ

スⅡa).一方,左室収縮機能が低下している場合には強

心薬の投与が一般的であるが,実際のところエビデンス

が欠如しておりその適応に関しては慎重を要する.低拍

出量と考えられる場合には,ドブタミンや PDE 阻害薬

を用い,場合により併用する(クラスⅡa).血圧が低い

場合にはカテコラミン製剤,特にドパミンの点滴を行う

両心不全の治療戦略Ⅶ

表 29

両心不全の治療:循環血液量の増加が主体の場合

クラスⅠ

・ループ利尿薬:レベル C

クラスⅡa

・強心薬(ドブタミン,PDE 阻害薬):レベル C

両心不全の治療:心拍出量の高度な低下が主体の場合

クラスⅡb

・強心薬(ドブタミンと PDE 阻害薬の併用):レベル C

急性心不全から慢性期への移行と退院の目安Ⅷ

表 30 急性心不全から慢性期への移行

クラスⅡb

・急性心不全の比較的早期から ACE 阻害薬(使用できない場合は ARB)を少量から開始し,漸増する:レベル C

・収縮不全による心不全の場合はうっ血所見がなくなればβ遮断薬を導入する:レベル C

表 31 急性心不全患者の退院基準

1.目標体重の達成

2.目標血圧の達成

3.日常労作時の息切れやめまいがないこと

4.経口治療薬追加・変更後少なくとも 24 時間以上状態が安定している

5.静注用治療薬中止後,少なくとも 48 時間以上状態が安定している

6.明らかな脱水がない

7.腎機能が安定しているか,もしくは改善に向っている

治療のフローチャートⅨ

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26

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2004-2005年度合同研究班報告)

(クラスⅡa).薬物治療によって血行動態が維持できな

い場合には PCPS,LVAS などの補助循環を考慮する

(クラスⅠ)(図 5,7,8 及び表 21 参照).さらにこれ

らの機械的循環補助から離脱できない場合には心臓移植

を検討する(クラスⅡa).

図 10 急性心原性肺水腫治療のフローチャート

急性心原性肺水腫

薬物治療 呼吸管理

酸素投与

非侵襲的陽圧呼吸

気管内挿管,PEEP

改善がみられない

改善がみられない 著明な 高血圧

ニトログリセリン点滴カルシウム拮抗薬点滴(ニカルジピンなど)ニトロプルシド点滴 

フロセミド静注または持続点滴硝酸薬舌下,スプレー点滴,カルペリチド点滴モルヒネ静注

それぞれの治療アルゴリズムへ

ショックを伴う,あるいは慢性心不全の急性増悪に基づく場合

図 11 心原性ショック治療のフローチャート

心原性ショック

容量負荷の所見がない

補液(生食 300-500 ml 急速輸液)

血行動態改善せず

収縮期血圧 70 mmHg 以下

呼吸管理,原因治療

収縮期血圧 70-90 mmHg

ドパミン 5-15(20)μg/kg/min

ノルエピネフリン 0.03-0.3μg/kg/min 静注

血行動態改善せず

血行動態改善せず

補助循環(IABP,PCPS)

ドパミン 5-15(20)μg/kg/minノルエピネフリン 0.03-0.3μg/kg/min 静注

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27

急性心不全治療ガイドライン

急性心不全は,発症の経過から「新規発症の急性心不

全」と「慢性心不全の急性増悪」に分類されるが,病態

の特徴から急性肺水腫や心原性ショックの病態を迅速に

見きわめ,すみやかに適切な処置を施さなければならな

い.改訂前の本ガイドラインのタイトルは,「急性重症

心不全治療ガイドライン」であったが,急性心不全の病

態の中で敢えて重症のみを対象にするよりも,初期病態

の把握―トリアージ-治療方針の決定という診断・治療

行為の一連の流れを重視すべきであるとの考えから,本

ガイドラインでは,「重症」を削除して急性心不全治療

のガイドラインとなった.また,先のガイドライン策定

以後,病態の認識が高まっている拡張不全の病態と治療

戦略,ペーシングによる管理法(心臓再同期療法を含む),

心不全病態の新しい捉え方と治療へのトリアージを加え

た.さらに,救急処置(ACLS),日常診療上よくみら

れる併発病態に対する対策や急性期から慢性期への移行

期の管理も加筆し充実させた.このような加筆により,

病態の把握を up to date なものに改訂し,より実践的な

治療戦略の指針を与えるガイドラインとなったと考えて

いる.すなわち,急性心不全の診療にあたっては,(1)

心不全の病態と重症度を把握し,(2)その基礎疾患や誘

因を同定して,(3)急性期の適切な処置を行い,(4)病

態に基づく治療方針の決定を行う.(5)基本的には薬物

治療が中心となるが,必要に応じて人工呼吸管理や補助

循環を用いた治療を行い,(6)病状が安定すれば移行期

への管理を行う,という一連の診療フローに沿ってガイ

ドラインをまとめた.さらに,今回のガイドラインでは

診断法および治療法の適応に関する推奨基準として,ク

ラス分類(クラスⅠ~Ⅲ),エビデンスレベル(レベル

A~C)の表記を可能な限り明記した.急性心不全の診

療は,経験的なコンセンサスに基づいてなされることが

多く,エビデンス確立のための臨床試験が殆ど実施され

ていない.この点は慢性心不全の治療指針と大きく異な

る.これは,急性心不全の新規治療薬が少ないことにも

基因するが,今後,エビデンスの蓄積が必要であること

も事実である.近年,拡張不全による急性心不全の認識

が高まっているが,海外も含めてその治療に関するエビ

デンスは極めて乏しい.しかし,急性心不全の治療は救

命及び QOL や長期予後改善の観点から極めて重要であ

り,本ガイドラインが診療指針として役に立てば幸いで

ある.本ガイドラインの策定にあたっては,ACC/

AHA ガイドライン(2001, 2005)及び ESC ガイドライ

ン(2005)を参考にさせて頂いたことを付記しておきた

い.

図 12 慢性心不全の急性増悪治療のフローチャート

慢性心不全の急性増悪

全身および肺うっ血

利尿薬 ループ利尿薬硝酸薬カルペリチド

心拍出量低下

補助循環(IABP など)

離脱困難

血液浄化

改善せず

血行動態改善せず

LVAS,心臓移植の検討

収縮期血圧90 mmHg 以上

血行動態改善せず低血圧なし

PDE 阻害薬アデニル酸シクラーゼ賦活薬

カテコラミン製剤 ドパミン ドブタミン

まとめⅩ