心房細動治療(薬物)ガイドライン · 2007. 12. 13. ·...

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班 長 小 川   聡 慶應義塾大学呼吸循環器内科 班 員 相 澤 義 房 新潟大学大学院医歯学総合研究科循環器学分野 新   博 次 日本医科大学付属多摩永山病院 井 上   博 富山大学第二内科 奥 村   謙 弘前大学循環器内科 鎌 倉 史 郎 国立循環器病センター心臓内科 熊 谷 浩一郎 福岡大学第二内科 班 員 是 恒 之 宏 大阪医療センター臨床研究部 杉     薫 東邦大学医療センター大橋病院循環器内科 三田村 秀 雄 東京都済生会中央病院 矢 坂 正 弘 九州医療センター脳血管センター脳血管内科 山 下 武 志 (財)心臓血管研究所付属病院循環器内科 1 合同研究班参加学会:日本循環器学会,日本心臓病学会,日本心電学会,日本不整脈学会 「改訂にあたって」 「心房細動(薬物)の治療ガイドライン」作成の方針 Ⅰ.弁膜症 Ⅱ.高血圧性心疾患 Ⅲ.虚血性心疾患 Ⅳ.拡張型心筋症(DCMⅤ.肥大型心筋症(HCMⅥ.甲状腺機能亢進症 Ⅶ.重症心不全 Ⅷ.WPW 症候群 Ⅸ.洞不全症候群 Ⅹ.孤立性心房細動 ⅩⅠ.高齢者の心房細動 ⅩⅡ.小児の心房細動 ⅩⅢ.発作性心房細動(孤立性)の薬物による除細動 (無断転載を禁ずる) 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005 年度合同研究班報告) 心房細動治療(薬物)ガイドライン (2006年改訂版) Guidelines for Pharmacotherapy of Atrial Fibrillation (JCS 2006) 外部評価委員 大 江   透 岡山大学大学院医歯学総合研究科循環器内科 児 玉 逸 雄 名古屋大学環境医学研究所循環器分野 比江嶋 一 昌 九段坂病院 矢 野 捷 介 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科循環病態制御内科学 (構成員の所属は 2006 11 月現在)

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  • 班 長 小 川   聡 慶應義塾大学呼吸循環器内科

    班 員 相 澤 義 房 新潟大学大学院医歯学総合研究科循環器学分野

    新   博 次 日本医科大学付属多摩永山病院

    井 上   博 富山大学第二内科

    奥 村   謙 弘前大学循環器内科

    鎌 倉 史 郎 国立循環器病センター心臓内科

    熊 谷 浩一郎 福岡大学第二内科

    班 員 是 恒 之 宏 大阪医療センター臨床研究部

    杉     薫 東邦大学医療センター大橋病院循環器内科

    三田村 秀 雄 東京都済生会中央病院

    矢 坂 正 弘 九州医療センター脳血管センター脳血管内科

    山 下 武 志 (財)心臓血管研究所付属病院循環器内科

    1

    合同研究班参加学会:日本循環器学会,日本心臓病学会,日本心電学会,日本不整脈学会

    「改訂にあたって」「心房細動(薬物)の治療ガイドライン」作成の方針

    Ⅰ.弁膜症Ⅱ.高血圧性心疾患Ⅲ.虚血性心疾患Ⅳ.拡張型心筋症(DCM)Ⅴ.肥大型心筋症(HCM)Ⅵ.甲状腺機能亢進症

    Ⅶ.重症心不全Ⅷ.WPW症候群Ⅸ.洞不全症候群Ⅹ.孤立性心房細動ⅩⅠ.高齢者の心房細動ⅩⅡ.小児の心房細動ⅩⅢ.発作性心房細動(孤立性)の薬物による除細動

    (無断転載を禁ずる)

    循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005年度合同研究班報告)

    心房細動治療(薬物)ガイドライン(2006年改訂版)Guidelines for Pharmacotherapy of Atrial Fibrillation (JCS 2006)

    目 次

    外部評価委員

    大 江   透 岡山大学大学院医歯学総合研究科循環器内科

    児 玉 逸 雄 名古屋大学環境医学研究所循環器分野

    比江嶋 一 昌 九段坂病院

    矢 野 捷 介 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科循環病態制御内科学

    (構成員の所属は 2006年 11月現在)

  • 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005年度合同研究班報告)

    2

    1999~ 2000年度合同研究班報告では外山淳治班長の

    もと,1)不整脈を専門としない医療従事者を対象とし,

    2)我が国の医療の現状に沿う形で,3)心房細動の基礎

    疾患を班員毎に分担し,各施設における実態調査を加え

    たガイドラインをまとめた.循環器を専門としない医師

    にも判りやすい日常診療の指針として役立てられて来た

    が,この間欧米のみならず我が国でもエビデンスが集積

    され,新規薬剤の臨床応用も進み,さらには非薬物療法,

    中でもアブレーション治療の目覚ましい進歩により,心

    房細動に対する治療パラダイムが変化しつつある.折し

    も 2006年 8月には ACC / AHA / ESC合同の心房細動ガ

    イドライン 2006が発表された.これらの流れを受けて,

    本ガイドライン作成班では今回の改訂にあたっては外山

    班ガイドラインにおける誤植の修正程度に留め,2007

    ~ 2008年度で全面改訂を目指すことを決定し,現在準

    備を進めている.

    「改訂にあたって」

    AHA ガイドラインには 2種類ある

    循環器病に関する治療適応のガイドラインに関しては

    米国心臓学会が発行する AHA guideline series(ACC /

    AHA practice guidelines)があまりにも有名であり,以下

    の2種類に大別される.

    「Guidelines for……」のタイトルで始まるガイドライ

    ンでは,勧告の内容の一般性をクラス分け(クラスⅠ:

    有効性を一般的に合意,クラスⅡ:有効性に賛否あり,

    クラスⅢ:無効との一般的合意)して呈示する工夫がな

    されている.これに属するものとしては,心臓ペースメ

    ーカーと除細動器の植え込み術の適応(Guideline for

    implantation of cardiac pacemaker and antiarrhythmia

    devices)とか臨床心内電気生理学的検査とカテーテルア

    ブレーション(Guidelines for clinical intracardiac

    electrophysiological and catheter ablation procedures)があ

    り,これらは不整脈の侵襲的治療に携わる専門医を対象

    としている.

    他方,「A statement for……」のそれでは,心房細動患

    者の管理(Manegement of patients with atrial fibrillation)

    があり,疫学,病態生理,臨床像,治療の順で記載され

    ており,クラス分けされた勧告はなく,不整脈を専門と

    しない医療従事者ヘの提言(ステートメント)としての

    内容に留まっている.

    我々のガイドライン作成の基本方針

    1.AHAのそれに習って,不整脈を専門としない医療

    従事者を対象とする.その理由としては,心房細

    動の薬物治療の歴史は古くあまりにも一般化した

    が故に,確かな科学的根拠の無いままに専門医療

    施設で経験的に行われている現状を追認した提言

    とした.

    2.ガイドラインを我が国の医療の現状に沿うものと

    した.我が国の循環器病の拠点施設から班員を選

    び,その施設での治療の現状を踏まえた内容とし

    た.これにより治療域が狭く不整脈を誘発し易い

    Na遮断薬を使用すべき場合には,我が国で最もよ

    く使われ“使い勝手がよく分かっている”薬物が

    選択されている.また選択の対象となる薬物が我

    が国の保険診療の適応を受けているか否かも診療

    の現場では重要であり,これも提言に加えること

    にした.

    3.班員の担当する各基礎疾患ごとに,心房細動が合

    併する頻度,基礎疾患の病態・予後に対する影響,

    班員の所属する施設における治療の現状と展望

    (除細動の適応と使用薬物,レートコントロールと

    使用薬物,抗凝血薬の適応,保険適応の可否,そ

    の他)を記述した.

    4.とりあげた基礎疾患として,弁膜症,高血圧性心

    疾患,虚血性心疾患,拡張型心筋症,肥大型心筋

    症,甲状腺機能亢進症,WPW症候群,洞不全症

    候群である.更に,重症心不全,孤立性心房細動,

    高齢者心房細動,小児の心房細動,発作性心房細

    動の除細動の項目を付け加えた.

    5.ガイドラインの各項目に共通した記述を避けるた

    めに「解説1:抗不整脈薬ガイドラインに基づく

    心房細動の薬物治療」,「解説2:電気的除細動の

    実際」,「解説3:抗凝血療法の実際」,「解説4:

    心房筋の電気的リモデリング」を設けた.

    6.我が国の日常臨床で使い慣れた薬物を中心にして

    「心房細動(薬物)の治療ガイドライン」作成の方針

  • 心房細動治療(薬物)ガイドライン

    3

    作成されたこのガイドラインが,循環器を専門と

    しない医師にも使い易いマニュアルとして利用さ

    れることを期待する.

    1.心房細動の合併頻度

    僧帽弁狭窄,僧帽弁逆流,大動脈弁逆流での合併率が

    高く,弁機能異常の重症度,左房径,左室拡張期径,心

    機能,ANP,BNP等の心不全重症度の指標,年齢,罹

    病期間に依存して増加する.

    2.病態・予後への影響

    心房細動の合併は血行動態および心機能悪化の表現で

    あるとともに,それ自体が心機能の悪化要因でもある.

    発作回数の多さ,発作時間の長さ(慢性固定化)や,左

    房径の拡大が著しいほど(50 mm以上)血栓塞栓症の

    合併頻度が高くなり,生命予後や QOL阻害の要因とな

    る.

    3.基礎疾患の治療を指向した心房細動治療のあり方

    心房細動の合併は弁装置の機械的障害によるもので,

    基本的には外科的手術を考慮すべきであり,漫然と抗不

    整脈薬の投与を行なわない.

    心機能が保たれている例では発作予防として Naチャ

    ネル遮断薬のうち,Kチャネル遮断作用およびムスカリ

    ン(M2)受容体遮断作用を併せ持つ薬剤を用いるが,

    心機能低下が中等以上の例では心抑制が強い薬物は避

    け,血行動態,心機能の悪化を常に警戒する.

    血行動態破綻があれば直ちに電気的除細動を行うが,

    それ以外の例では待機的にレートコントロールあるいは

    血栓塞栓予防処置下で電気的除細動あるいは薬理学的除

    細動を行う.

    4.レートコントロールと使用薬物

    ジギタリス,β遮断薬,Ca拮抗薬を用いる.使用に

    あたっては薬物相互作用に注意する.

    5.抗凝血薬の適応

    アスピリン,チクロピジン等の抗血小板薬投与を原則

    とするが,血栓塞栓症のリスクが高い例ではワルファリ

    ンによる抗凝血療法(「解説 3」参照)を行う.

    心房細動の合併頻度

    心臓弁膜症における心房細動合併頻度は,弁機能異常

    の部位とその重症度に依存する.代表的弁膜疾患のうち,

    狭窄性弁疾患では僧帽弁狭窄で特に高率であり,逆流性

    弁疾患では僧帽弁逆流,大動脈弁逆流での合併率が高く,

    自験例(逆流度Ⅱ度以上)の検討では発作性心房細動,

    慢性心房細動の合併率は僧帽弁逆流で各々 26 .5 %,

    30.1%,大動脈弁逆流で 25.4%,14.3%であった.ま

    た,心房細動合併率は,左房径,左室拡張期径,心機能,

    ANP,BNP 等心不全重症度の指標とも密接に関連し,

    洞調律維持率と NYHA心不全分類の関係を見ると,ス

    テージⅠで 72.9 %であるのに対し,ステージⅡでは

    51.5%,ステージⅢで 24.1%,ステージⅣで 18.2%と

    低下する.さらに,年齢,罹病期間も重要な因子であり,

    発作性心房細動の初発発作から罹病期間が長くなるとと

    もに経年的に慢性固定化例が増加する.

    病態・予後への影響

    発作性心房細動の合併は弁機能異常の進展による血行

    動態および心機能の悪化の表現であるとともに,その発

    生が血行動態,心機能をさらに悪化させる要因となり,

    しばしば心不全の顕在化をもたらす.特に初発発作を含

    む心房細動合併の早期では心拍数が 120~ 180拍/分に

    なることが多く,動悸,息切れなどの自覚症状も激烈な

    ことが多い.

    発作回数が頻回,発作時間が長い,細動の慢性固定化,

    あるいは左房径が 50 mmを越える例では左房内血栓形

    成による全身の血栓塞栓症の合併頻度が高まり,生命予

    後や QOL阻害の要因となる.

    基礎疾患の治療を指向した心房細動治療のあり方

    前述のように心房細動の合併は心不全の表現であるだ

    けでなくその悪化要因でもあるため,血行動態の改善,

    すなわち心不全の治療管理が初期治療として最も重要で

    あり,心房細動発作の停止,予防は心不全管理のための

    二次的な治療であることに留意する.弁機能異常の評価

    を行い,適応があるものでは待機的にバルーンカテーテ

    ルによる交連切開術を含め,弁形成,弁置換などの外科

    的手術を考慮すべきであり,漫然と抗不整脈薬投与を行

    うべきではない.

    弁膜症Ⅰ

    要 旨

  • 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005年度合同研究班報告)

    4

    心房細動発作の予防

    弁機能異常が軽度で,心機能が保たれている例では抗

    不整脈薬による発作予防療法の適応がある.発作予防と

    しては通常 Vaughan-Williams分類Ⅰ群の Naチャネル遮

    断薬のうち,K チャネル遮断作用およびムスカリン

    (M2)受容体遮断作用を併せ持つ薬剤が第一選択であり

    (「解説 1」参照),心機能正常例に対しては,本邦では

    ジゾピラミド,シベンゾリン,ピルメノール等が繁用さ

    れているが,純粋な Naチャネル遮断薬(Slow kinetic

    drug)のピルジカイニド,フレカイニドなども使用され

    ている.薬剤選択にあたっては,年齢,心機能の障害度,

    抗コリン作用の有無とその強さの他,肝機能,腎機能な

    ど薬物代謝排泄にも留意して症例ごとに薬剤を選択する

    必要がある.これら薬剤の2剤以上に抵抗性を示す例で

    は,キニジン,アプリンジン,プロパフェノン等の薬剤

    やベプリジル,ソタロール,アミオダロンなどのⅢ群作

    用(Kチャネル遮断作用)を有する薬剤が選択される

    (37頁,図 14参照).

    心機能低下が中等以上の例では,心抑制が強いチャネ

    ルからの解離速度が遅い特性を持つ Naチャネル遮断薬

    (「解説 1」参照)の適応は慎重になされなくてはならな

    い.なお,抗不整脈薬とともに,発作時のレートコント

    ロールや,抗不整脈薬による QT延長などの副作用軽減

    を目的にβ遮断薬の併用がなされる場合がある.

    抗不整脈薬投与期間中は,心電図,胸部 X線,心エ

    コーあるいは心房利尿ホルモン測定を経時的に施行し,

    抗不整脈薬の心抑制作用に起因する血行動態,心機能の

    悪化を常に警戒するとともに,弁機能異常進展の有無を

    監視し,手術療法の適応についても常に考慮しながら経

    過観察する.

    発作性心房細動の停止1)2)

    細動発作時の心拍数が 100拍/分以上で血圧低下など

    の血行動態の著しい悪化があり,緊急を要する場合には

    電気的除細動の適応となる.ヘパリン静注(70-150

    IU / kg)の後,チオペンタール(ラボナール 2-5 mg / kg)

    等の静注麻酔薬を用いた軽麻酔下で行うが,100 Jほど

    の低エネルギー量から実施し,無効の場合は段階的に増

    加させる(「解説 2」参照).

    心拍数が 100拍/分以下あるいは血行動態が比較的保

    たれており,発症 48時間以内の場合,あるいは発症 48

    時間を越えても経食道心エコー法により左房,特に左心

    耳内血栓の無い場合には,ヘパリン投与下で,電気的除

    細動あるいは薬理学的除細動を行う.薬理学的除細動に

    は心機能の保たれている例ではチャネルからの解離速度

    が中等度ないしは遅い Naチャネル遮断薬(ジソピラミ

    ド,シベンゾリン,ピルジカイニド静注,39頁,図 16

    参照)が使用される.経口薬としては上記の薬剤の他に

    ピルメノール,フレカイニドがある.心機能の低下例で

    はチャネルからの解離速度が中等度の Naチャネル遮断

    薬が第一に選択されるべきである(「解説 1」参照).

    発症 48時間を越え,経食道心エコー法が施行できな

    い場合,あるいは同法で左房,特に左心耳内血栓が確認

    された例では,ワルファリンによる抗凝血療法を最低3

    週間以上行なった上で除細動を行う.また,除細動後も

    心房の収縮異常は遷延し(atrial stunning),血液凝固能

    も亢進して,血栓形成リスクは続くことから,最低4週

    間以上の抗凝血療法を継続する必要がある.

    レートコントロールと使用薬物

    心拍数 100拍/分以上の発作性心房細動であっても血

    行動態が保たれている場合,慢性固定化しているものの,

    心拍数が 100拍/分以上を示す場合にはレートコントロ

    ールの対象となる.使用される薬剤には,ジギタリス,

    β遮断薬,またはベラパミル,ジルチアゼムなどの Ca

    拮抗薬がある.ジギタリスは強心作用を有する利点があ

    るが,その徐拍化作用は迷走神経刺激作用を介するもの

    であるため,労作時の心拍数増加には有効性が低い.一

    方,β遮断薬,Ca拮抗薬は労作時の心拍増加を抑制す

    る効果を有するが,心抑制作用を現すため慎重に投与す

    る必要がある.また,ジギタリスと Ca拮抗薬の併用は

    薬物相互作用によりジギタリスの血中濃度を上昇させる

    作用があり注意する.

    抗凝血薬の適応

    心房細動の発作が頻発する例ではアスピリンの他,チ

    クロピジンなどの抗血小板薬を投与する.また,血栓塞

    栓症の既往のあるもの,経食道心エコーにより左房内血

    栓が確認された例,左房径が 50 mmを越える例等では

    ワルファリンによる抗凝血療法(「解説 3」参照)を行

    う必要があり,INR(2.0~ 3.0)を指標にコントロール

    する.

  • 5

    心房細動治療(薬物)ガイドライン

    1.心房細動の合併頻度

    高血圧症の 7%(男性 8.8%,平均 67歳,女性 5.0%,

    平均 70.0歳)に心房細動を合併(発作性心房細動を含

    む)する.

    2.病態・予後への影響

    高血圧症による圧負荷が左室のリモデリング(「解説

    4」参照)や左房壁の伸展をもたらし,心房細動を誘発

    し,難治としている.

    3.除細動の適応と使用薬物

    高血圧性の心不全があれば電気的除細動が第一選択と

    なる.

    それ以外では十分な降圧治療を基本にチャネルからの

    解離速度が遅い,あるいは中程度~遅い Naチャネル遮

    断薬を使用する(「解説 1」参照).

    4.レートコントロールと使用薬物

    心不全傾向のある患者ではジギタリス薬を,血行動態

    的に安定している場合では,ベラパミル,ジルチアゼム

    やβ遮断薬を使用する.

    5.抗凝血薬の適応

    ワルファリンによるコントロールが良いが,採血によ

    るモニタリングが困難な場合は抗血小板薬にて脳塞栓症

    を予防する(「解説 3」参照).

    心房細動は,日常外来診療でしばしば遭遇する不整脈

    であり,種々の病態を基礎疾患として発症することが多

    いが,本邦にける EBM(evidence-based medicine)に基

    づく統計的なデータは少ない.本稿では,高血圧症に伴

    う心房細動治療に関して自験例を中心に述べる.

    心房細動の合併頻度

    心房細動の罹患率は加齢とともに増加し,米国では 40

    歳以上では 2.3%,65歳以上では 5.9%が罹患している

    と報告されている 3)が,本邦での大規模な集計データは

    まだ少ない.

    1999年 11月の金沢医科大学循環器内科の外来予約通

    院加療中の 1464名(平均 65.4歳,男性 827例,女性

    637例)を対象に高血圧症と心房細動合併症例の頻度を

    検討した.明らかな弁膜症,心筋症,心筋梗塞,心不全,

    甲状腺疾患を除く心房細動合併症例は,発作性心房細動

    38例(全患者の 2.6%,全発作性心房細動患者の 47%

    で,男性は女性の 1.3倍),慢性心房細動 20例(全患者

    の 1.3%,全慢性心房細動患者の 23.5%を占め,男性は

    女性の 4倍)であった.これらのなかで高血圧症は 826

    例(対象患者の 56.4%)を占め,平均年令 66.4歳,男

    性 429例,女性 397例で性差はなかった.高血圧症例だ

    けでの心房細動合併頻度を検討すると発作性心房細動を

    含む心房細動は,高血圧症の 7%にみられ,これは高血

    圧を有する男性の 8.8%(平均年齢 67歳),高血圧を有

    する女性の 5.0%(平均年齢 70歳)と,男性の頻度が

    高かった(表 1).一方,米国では男女の発生頻度はほ

    ぼ同数であるとの報告 4)や男性に多いという報告 5)など,

    高血圧性心疾患Ⅱ

    要 旨

    表1.高血圧性心疾患における心房細動合併頻度

    対      象 症例数 合  併  率 年 齢 性差(女対男)

    外来通院患者に占める高血圧症 826 全 症 例 の 56.4% 66.4 1対 1.1男性 429 66.2女性 397 66.6

    高血圧に占める心房細動 58 全高血圧の 7% 68 1対 1.9男性 38 高血圧男性の 8.8% 67女性 20 高血圧女性の 5.0% 70

    発作性心房細動 38 全高血圧の 4.6% 65.3 1対 1.37男性 22 63女性 16 68

    慢性心房細動 20 全高血圧の 2.4% 73.3 1対 4.0男性 16 72.1女性 4 78

    (金沢医科大学循環器内科の資料)

  • 6

    循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005年度合同研究班報告)

    一定の傾向はない.

    年令に関して,各 10歳ごとの心房細動の頻度をみる

    と,対象患者全体では,慢性心房細動は加齢にともない

    合併頻度が増加し,60 歳代では 5.7 %,70 歳代では

    6.9%,80歳代では 13.2%(113人中 15例)を占めた.

    高血圧症例だけでは,60歳代,70歳代では約 2%,80

    歳代では 10.3%(74人中 8例)を占め,やはり加齢と

    ともに増加の傾向が見られた(表 2).

    病態・予後への影響

    心エコー図より計測した左房径と左室拡張末期径を発

    作性心房細動症例と慢性心房細動症例で比較すると左房

    径は発作性心房細動症例 39.7± 4.8 mm,慢性心房細動

    症例 47.2± 7.3 mmと慢性例で有意に拡大傾向を示して

    いた.左室拡張末期径は発作性心房細動症例 47.9± 5.2

    mm,慢性心房細動症例 47.2± 3.8 mmと差は認められ

    なかった.左房径の拡大は左房の収縮不全や血流停滞に

    よる血栓形成の要因となり,さらに洞調律の維持を困難

    にしていると考えられる.

    また,Ganauら 6)の方法に従い,心エコー図から計測

    した値を基に,横軸に左室重量係数(左室重量/体表面

    積),縦軸に相対的左室壁厚(2×左室後壁厚/左室拡張

    末期径)をとり,高血圧による左室肥大と左室の形態変

    化を正常左室,求心性リモデリング,求心性左室肥大,

    遠心性左室肥大の 4形態に分類し,対象とした発作性心

    房細動症例と慢性心房細動を伴った高血圧症例がどの左

    室形態に位置するかを比較検討すると,発作性心房細動

    群では正常左室もしくは求心性リモデリングを示すもの

    が 14例中 5例(35.7%)で,9例(64.2%)は遠心性

    左室肥大もしくは求心性左室肥大を示した.慢性心房細

    動群では 10例中 9例(90%)が遠心性左室肥大もしく

    は求心性左室肥大を示していた(図 1).これは,心房

    細動を合併している高血圧症患者は左室の形態から見る

    と,心臓に長期に過剰な負荷がかかり形態的にも進行し

    た左室肥大をきたしている症例に多いことが推測される.

    液性因子から心房細動合併症例を見ると,血中 ANP

    濃度は慢性心房細動群が発作性心房細動群に比し有意に

    高値を示した.血中 BNP濃度においても慢性心房細動

    群が発作性心房細動群に比し有意に高値を示した.特に

    BNPは求心性左室肥大において分泌の亢進が著しいと

    表2.慢性心房細動の年齢別合併率

    年   齢合  併  率

    全 患 者 高血圧症

    60歳代 5.7% 2.1%

    70歳代 6.9% 1.8%

    80歳代以上 13.2% 10.3%

    (金沢医科大学循環器内科の資料)

    図1 発作性心房細動と慢性心房細動を伴う高血圧症例の左室形態の比較

    1.0

    0.8

    0.6

    0.4

    0.2

    0

    50 75 100 125 150 175 200 225 250

    左室重量係数 (g/m2)

    相対的左室壁厚

    求心性リモデリング 求心性左室肥大 発作性心房細動     (n=14)

    慢性心房細動     (n=10)

    正常 遠心性左室肥大

  • 7

    心房細動治療(薬物)ガイドライン

    報告 7)されており,高血圧患者の左室肥大の評価に有用

    な指標と考えられ,BNP高値の症例に心房細動合併症

    例が多いのは,左室拡張期圧の上昇のため左房圧が上昇

    し,左房壁の伸展という解剖学的なリモデリング(「解

    説 4」参照)を引き起こし,心房細動を発症し易く,ま

    た難治にしていると推測される.

    基礎疾患の治療を指向した心房細動治療のあり方

    高血圧症に合併した心房細動の場合,長年の左室圧負

    荷が左房におよび,左房筋の伸展を来たし,心房細動を

    起こし易くしているのではないかと推測されるため,心

    房細動発症予防には高血圧に対する十分な降圧治療によ

    る左室肥大進展の抑制が基本に必要と考えられる.心肥

    大の退縮効果は大規模臨床試験 8)では ACE阻害薬の効

    果が大きいと報告されているが,他の降圧薬でも十分な

    持続的な降圧が得られれば,退縮効果は認められる 9).

    また,動物実験ではアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬が

    心房の電気的なリモデリングを抑制するとの報告 10)も

    あり,ヒトにおいてもその効果が期待される(「解説 4」

    参照).このような高血圧に対する基本的な治療を行な

    った上で,抗不整脈薬を使用することが必要である.

    除細動の適応と使用薬物

    心肥大の著しい高血圧症の患者や高血圧性心不全患者

    が心房細動となった場合は心不全を助長するため,緊急

    の対応が必要であり,電気的除細動を施行する(「解説

    2」参照).血行動態が安定している症例ではチャネルか

    らの解離速度が中等度~遅い Naチャネル遮断薬を使用

    し薬理学的除細動を行う(「解説 1」参照).

    レートコントロールと使用薬物

    心房細動の頻脈のレートコントロールには心不全傾向

    のある症例ではジギタリス薬が,血行動態的に安定して

    いる症例ではベラパミル,ジルチアゼムやβ遮断薬が適

    応となる.一方,慢性心房細動の徐脈の場合や洞不全症

    候群を伴った発作性心房細動には,植え込み式ペースメ

    ーカーが必要となる.

    抗凝血薬

    高血圧症に伴う心房細動合併例は脳塞栓症の高リスク

    群であるため,脳塞栓症予防のため,ワルファリンを用

    いた抗凝血療法(INR値を 2.0~ 3.0)が推奨される 11).

    INR値の厳密なモニタリングが困難な症例ではアスピリ

    ンの投与が薦められるが,予防効果に関する確かな証拠

    はない(「解説 3」参照).

    1.心房細動の合併頻度

    虚血性心疾患の 7.0%(男性: 7.3%,平均年令 65歳,

    女性: 6.3%,平均年令 71歳)に心房細動を合併する.

    2.病態・予後への影響

    心拍出量の減少と脈拍数の増加により狭心症発作や心

    不全を惹起する.

    虚血性心疾患に心房細動を合併すると死亡率は増加す

    る.

    血栓塞栓症の発生率も増加する.

    3.除細動の適応と使用薬物

    急性心筋梗塞で心不全を呈している場合は,緊急電気

    的除細動の適応となる.

    それ以外では薬理学的除細動の適応となる.

    心不全がなければ使い慣れたチャネルからの解離速度

    の遅い Naチャネル遮断薬を用いる(「解説 1」参照).

    心不全があれば解離速度が中等度の Naチャネル遮断

    薬を用いる.

    4.レートコントロールと使用薬物

    狭心症発作と心不全の予防のために厳重なレートコン

    トロールが必要である.

    冠拡張・冠攣縮予防作用をもつ Ca拮抗薬が第一選択

    である.

    Ca拮抗薬でコントロール不十分な場合や心不全合併

    例ではジギタリスを併用する.

    5.抗凝血薬の適応

    心房拡大,僧帽弁逆流,心室瘤,心不全合併例ではワ

    ルファリンによる抗凝血療法を行う(「解説 3」参照).

    虚血性心疾患では,冠動脈のバイパスやインターベン

    ション後の抗血小板薬の併用が多く,抗凝血療法の実際

    では出血に注意が必要である.

    心房細動が合併する頻度

    虚血性心疾患に心房細動を合併する頻度は 0.6~ 2%

    とされ,それほど高くはないが,高齢者,男性,心不全

    虚血性心疾患Ⅲ

    要 旨

  • では 0 .9 %/年であるのに比べ虚血性心疾患群では

    2.5%/年と有意に上昇すると報告されている 16).

    治療の現状と展望

    除細動の適応と使用薬剤

    著しい頻脈性不整脈により,血圧低下,狭心症発作,

    心不全をきたしたり,患者の自覚症状が強く苦痛を伴う

    場合には除細動の適応となる.特に,急性心筋梗塞に心

    房細動を合併し急速に血行動態が悪化して,ショックや

    肺水腫をきたしている場合には緊急に電気的除細動を行

    う(「解説 2」を参照).

    それ以外の場合には原則的に薬理学的除細動を行う

    が,一般的にはチャネルからの解離速度が中等度あるい

    は遅い Naチャネル遮断薬が選択される.Sicilian Gambit

    に基づいた我が国のガイドラインでは,虚血性心疾患で

    は陰性変力作用と催不整脈作用を避ける目的で,解離速

    度の遅い Naチャネル遮断薬(ジソピラミド,ピルメノ

    ール,シベンゾリン,フレカイニド,ピルジカイニド)

    は禁忌とされているので,その投与は慎重であらねばな

    らぬ 17)(「解説 1」を参照).

    しかし当院における 102例の虚血性心疾患に伴う心房

    細動の除細動の現状では,静注薬ではジソピラミドが第

    一選択薬(症例の 44.7%),ついでベラパミルが 23.7%

    の症例に第二選択薬として使用され,これらと併用して

    ジギタリスが 36.8%の症例に使用されていた.経口薬

    ではピルジカイニドが 31%,ベラパミルが 11%,ジソ

    ピラミドとプロパフェノンが 4%に使用されていた(図

    3).

    8

    循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005年度合同研究班報告)

    例で合併率が有意に高くなる 12)13)14).当院の集計では

    7.0%となった(男性: 7.3%,平均年令 65歳,女性:

    6.3%,平均年令 71歳).

    愛知県立尾張病院循環器科において 1998年 1月から

    1999年 12月までの 2年間に心臓カテーテル検査で診断

    した虚血性心疾患 1151名のうち 81名(7.0%)に心房

    細動を合併していた.うち,間歇性心房細動は 47 名

    (58%),持続性心房細動は 34名(42%)であった.男

    性は 64名(平均年令 65歳,合併率 7.3%),女性は 17

    名(平均年令 71歳,合併率 6.3%)であった.心房細

    動の合併率を年代別にみると,50歳代は男性 4.7%,女

    性 3.8%,60歳代は男性 8.0%,女性 4.0%,70歳代は

    男性 9.8%,女性 8.5%,80歳代は男性 16.7%,女性

    20.0%と加齢により増加を示した(図 2).

    虚血性心疾患の内訳は,急性心筋梗塞 10%,陳旧性

    心筋梗塞 17%,冠攣縮性狭心症 13%,労作性狭心症

    60%で,冠動脈の病変枝数による心房細動の発生率に

    は有意差を認めなかった.

    病態,予後に対する影響

    心房細動では洞調律時に比べ心拍出量が 15~ 20%減

    少すること,心拍数の上昇による拡張期時間の短縮が冠

    血流量の減少をきたすこと,心拍数の増加により心筋酸

    素消費量が増加することにより心筋虚血が増悪するた

    め,狭心症発作の誘発や,心機能低下例での心不全悪化

    をきたし易い.虚血性心疾患に慢性心房細動が合併する

    と男性での死亡率は著しく高く(4.6倍)なる 15).また,

    心房細動による血栓塞栓症の発生率は,心疾患のない群

    図2 虚血性心疾患に合併した心房細動の年齢と男女比

    男性

    女性

    年齢

    25

    20

    15

    10

    5

    040-49 50-59 60-69 70-79 80-

    合併頻度(%)

  • 9

    心房細動治療(薬物)ガイドライン

    レートコントロールと使用薬物

    虚血性心疾患においては,心拍数の増加は狭心症発作

    や心不全を惹起する危険性から厳重なレートコントロー

    ルが必要となる.このためには房室伝導を抑制するβ遮

    断薬,ジギタリス,Ca拮抗薬が使用される.心機能低

    下例では,β遮断薬や Ca拮抗薬の陰性変力作用や陰性

    変時作用に注意を要する.ジギタリスは心房筋の有効不

    応期を短縮させ,心房細動の再発をむしろ促進するとの

    報告 20)もあり,予防効果は疑問視されているが,陽性

    虚血性心疾患においても,心機能が正常または軽度の

    低下であれば,たとえ解離速度の遅い Naチャネル遮断

    薬であっても臨床的な有効性が認められており,かつ副

    作用や作用機序などを熟知した日頃使い馴れたこれらの

    薬剤を第一選択薬として使用すべきと考える.Kチャネ

    ル遮断作用を主体としたアミオダロンが治療抵抗性の心

    房細動や再発予防に有効であるとの報告 18)19)があり,

    我々も心不全を伴った症例での有効性を経験したが,我

    が国では肥大型心筋症に伴う心房細動以外には保険適応

    を受けていない.

    図3 除細動および洞調律維持に使用された経口薬と静注薬

    上段:ジルチアゼムが最も高頻度に洞調律維持の目的で用いられている。ピルジカイニドは除細動を目的として最も多く用いられている。    ※は単回投与による除細動例である。 下段:ジソピラミドまたはジソピラミドとジキタリスの併用が除細動を目的として最も多く用いられている。

    Dis:ジソピラミド, Cib:シベンゾリン, Pir:ピルメノール, Apr:アプリンジン, Prop:プロパフェノン, Flec:フレカイニド, Pils:ピルジカイニド, Am:アミオダロン, Ver:ベラパミル, Dil:ジルチアゼム, Bep:ベプリジル, Dig:ジギタリス                                                  (愛知県立尾張病院の資料)

    Dis

    Cib

    Pir

    Apri

    Prop

    Flec

    Pils

    Pils※

    Am

    Ver

    Ver※

    Dil

    Be

    Dig

    Dis

    Dis+Dig

    Dis+Ver

    Diso+Dig+Ver

    Digitalis

    Dig+Ver

    Ver

    Dil

    Cib

    DC

    0

    0 2 4 6 8 10 12 14

    5 10 15 20 25 30 35 40

    経口薬

    静注薬

    症例数

  • 変力作用を持つので,心機能の低下した例では心不全の

    予防をも目的として使用される.当院の現状では,ジギ

    タリスが 56%の患者に,次いでジルチアゼム 35%,ベ

    ラパミル 8%,β遮断薬が 5%の患者にレートコントロ

    ール目的で使用されていた.Ca拮抗薬は冠動脈拡張作

    用,冠攣縮抑制作用を合わせ持つことから虚血性心疾患

    においては,特に使用頻度が高かったと考えられた.

    抗凝血薬の適応

    我が国の不整脈薬物療法研究会報告によれば,虚血性

    心疾患を合併した心房細動での血栓塞栓症の発生率は心

    疾患のない心房細動の約 3倍であり,より厳重な予防が

    必要である 16).当院においては虚血性心疾患に合併した

    心房細動 202名のうち 10名(5%)に脳硬塞の既往を

    認めた.

    心房細動での塞栓症予防にはワルファリンが有効とさ

    れ,抗血小板薬のアスピリンは 65歳以上の高齢者や心

    不全を合併した例では有効性に限界があるとされる 21).

    心筋梗塞二次予防やステント留置を始めとする冠動脈イ

    ンターベンション後の急性期および慢性期の再狭窄予防

    にはアスピリンを始めとする抗血小板薬が有効とされて

    いる 22).しかし,冠動脈硬化の進展予防およびインター

    ベンション後の再狭窄予防に対するワルファリン単独の

    有効性は明らかにされていない.当院での現状では,ワ

    ルファリンは 32%の症例で使用されていたのに対し,

    アスピリンやチクロピジンなどの抗血小板薬は 46%の

    症例に使用され,さらに両者の併用も 18%に見られた.

    虚血性心疾患に心房拡大,僧帽弁逆流,心室瘤,心不全

    を合併した症例ではワルファリンの適応となるが,冠動

    脈病変に対する抗血小板薬が併用されることが多く,出

    血の危険性が増加する.今後,虚血性心疾患に合併した

    心房細動において,抗凝血薬と抗血小板薬を併用する場

    合の適切な用量の検討が必要である(「解説 3」参照).

    1.心房細動の合併頻度

    拡張型心筋症の 38%に心房細動を合併する.

    (男性: 36.3%,平均年齢 59歳,女性: 40.7%,平

    均年齢 58歳)

    10

    循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005年度合同研究班報告)

    2.病態・予後への影響

    心房寄与は消失し心拍出量は減少する.頻脈性心房細

    動は心不全を増悪させる.

    心房細動により血栓塞栓症の頻度は増加する.

    予後は非合併例より悪いと考えられる.

    3.除細動の適応と使用薬物

    頻脈性心房細動により肺うっ血をきたしたり血行動態

    の悪化(血圧 80 mmHg以下)を認める場合は緊急電気

    的除細動をする(「解説 2」参照).

    血行動態が保たれていれば薬物によるレートコントロ

    ールを行い,心不全を管理した上で除細動の適応を検討

    する.

    左房内血栓に注意する.

    4.レートコントロールと使用薬物

    心不全の改善と予防を目的とする.

    ジギタリスが第一選択,不十分な場合には,β遮断薬

    あるいは Ca拮抗薬を考慮する.

    後 2者は陰性変力作用を有するため,投与は少量から

    開始する.

    5.抗凝血薬の適応

    DCM例では心腔内血栓の合併例も多く,禁忌がない

    限りワルファリンの適応とする.

    拡張型心筋症(DCM)は,心筋細胞の変性や間質の

    線維化により左室の拡大及び収縮能の低下を主徴とする

    疾患である.臨床像はうっ血性心不全を呈し,心房圧の

    上昇と左房拡大のため心房細動の合併率は増す 23)24).頻

    脈性心房細動は心不全を増悪する.

    慢性心不全例では洞調律化が期待できることは少ない

    ので,レートコントロールにより血行動態の安定化を図

    ることと,塞栓の防止も図ることが標準的な治療とな

    る.

    合併頻度

    DCMでは様々な心電図異常を伴い(表 3),心房細動

    の合併頻度は 20~ 40%と報告されている 23)24).本研究

    班の検討でも 104例中 39例(37.5%)と高率に認めら

    れ,うち慢性心房細動例が 33例であった.心房細動例

    の左室駆出率は平均 32%で,洞調律例と有意差は認め

    なかったが,左房径は平均 48 mmと洞調律例(平均 40

    mm)に比べ有意に拡大していた.

    拡張型心筋症(DCM)Ⅳ

    要 旨

  • な場合にはβ遮断薬あるいはジハイドロピリジン系に比

    べ心筋により選択性の高い Ca拮抗薬(ベラパミル,ジ

    ルチアゼム)も考慮する,いずれも陰性変力作用を有す

    るため,投与は少量から開始する必要がある.最近

    DCMの心不全に対して,β遮断薬による生命予後の改

    善が定説になりつつある.とくに心房細動合併例では,

    レートコントロールにもβ遮断薬の効果が期待される.

    薬物の投与では,レートの目標は安静時の心拍数を 80

    拍/分以下とし,運動中も極度に上昇しない様にする.

    徐脈性心房細動

    徐脈のために十分な心拍出量を維持できない場合は,

    ペースメーカーによる適正な心室レートの確保が心不全

    の改善に有用である.

    除細動及び再発予防

    緊急電気的除細動

    頻脈性心房細動により,肺うっ血(呼吸困難と低酸素

    血症を伴う)をきたしたり血行動態が悪化(血圧 80

    mmHg以下)した例では適応となる(「解説 2」参照).

    待機的除細動

    血行動態的に許されると判断される場合,薬物による

    レートコントロールを行い,心不全を管理した上で除細

    動の適応を検討する(図 4).薬理学的除細動は Naチ

    ャネル遮断薬を用いるが,陰性変力作用を考慮しチャネ

    ルとの解離速度が中等度である Naチャネル遮断薬(プ

    ロカインアミド,アプリンジン)が奨められる(「解説

    1」参照).それでも催不整脈作用や陰性変力作用には充

    分な注意が必要である.

    薬剤の無効例では,電気的除細動を行う.この場合,

    11

    心房細動治療(薬物)ガイドライン

    基礎疾患の病態・予後に対する影響

    心房細動出現による心房収縮寄与の消失は,健常人で

    は問題にならない場合が多いが,左室機能の低下した

    DCM例では心拍出量が有意に低下する.更に心房と心

    室収縮の同期性の消失は僧帽弁逆流をきたし,また房室

    伝導性が亢進した例では心室レートが速くなり,頻脈に

    よる心不全が惹起される.DCM例では心腔内血栓の合

    併例も多く,全身性血栓塞栓症の合併頻度は 10~ 20%

    と高いが 25),心房細動の合併例ではその頻度は一段と高

    くなる.

    洞調律化例では予後も改善する可能性があるが,それ

    ができない場合はレートコントロールで血行動態の安定

    を図る.

    心房細動治療の現状と展望

    心不全治療

    DCMでは心不全管理が重要となる.まず ACE阻害

    薬は慢性心不全での第一選択薬となっており 26),利尿薬

    も前負荷の軽減に有用である.重症心不全患者を対象と

    した大規模試験は,スピロノラクトンの併用が心不全死

    亡率,突然死のいずれも減少させることを明らかにし

    た 27).

    ジギタリスの心不全コントロールの意義 28)やβ遮断

    薬の予後改善効果も実証されている.29)30)

    心室のレートコントロール

    頻脈性心房細動

    心室レートの適正化を図るが,心機能抑制を避けるた

    めジギタリスが第一選択薬となる.ジギタリスで不十分

    表3.拡張型心筋症での心電図異常の頻度 (%)

    心電図異常河合ら Robertsら 本研究班

    200症例 101症例 104症例

    完全右脚ブロック 14 06 10

    完全左脚ブロック 09 41 21

    異常 Q 波 36 38 11

    ST-T異 常 83 12 31

    心房粗細動 28 25 38

    1度房室ブロック 17 23 11

    完全房室ブロック 07 01 04

    持続性心室頻拍 11 05 14

    非持続性心室頻拍 31

    WPW 0.5 02

    図4 頻脈性心房細動での電気的除細動の適応

    頻度性心房細動

    ショック状態 (血圧が 80 mmHg 以下で,肺水腫を伴う場合など)

    あり なし

    電気的除細動 (ヘパリン前投与の後)

    薬物による レートコントロール

    (日本循環器学会「Sicilian Gambit に基づく抗不整脈薬選択のガイ ドライン」より改編)

  • 心房細動が一年以上持続,左房径が 50 mm以上の症例

    では,再発の可能性が高く除細動の適応はない.DCM

    では心不全のため除細動後の再発も高いことから,やが

    てレートコントロールと塞栓予防の治療に切り替える.

    再発予防

    キニジンでは洞調律維持率は偽薬より高いが,死亡率

    も高めることが報告されている.Ⅲ群薬剤は心機能抑制

    は少なく 31),特にアミオダロンは DCMの心不全死を減

    少させ予後を改善する可能性がある.しかし本邦では保

    険適応となっていない.

    抗凝血療法

    発作性心房細動では除細動に際し,発症より 48時間

    以内の症例ではヘパリン投与下に除細動を行う.48時

    間を越える場合は左房内血栓の可能性があるので,経食

    道心エコーで心房内(特に左心耳)血栓を否定した上で

    ヘパリンを投与しつつ除細動する.経食道心エコーによ

    る血栓検索が不可能,あるいは血栓を認める例ではワル

    ファリン療法を行い,それが治療レベルに達してから 3

    週間以後に除細動を検討する.

    心房細動は脳梗塞をはじめとする塞栓症の危険因子で

    あるので,禁忌がない限り抗凝血療法の適応となる.ワ

    ルファリン投与の治療目標は INR 2.0~ 3.0とされるが

    (日本人ではそれより少なくてもよい),INR 2.5以上で

    は出血事故に注意する(「解説 3」参照).

    1.心房細動の合併頻度

    初診時 10~ 20%に心房細動を合併.経過と共に心房

    細動の合併頻度は増加する.

    2.病態・予後への影響

    高率に血栓塞栓症を合併し,脳塞栓症はしばしば致命

    的となる.

    心不全が増悪し,特に左室収縮機能低下を伴った例で

    は難治性心不全を示すことが多い.

    3.除細動の適応と使用薬物

    心不全,心原性ショックを示す例は緊急の電気的除細

    動の適応となる(「解説 1」参照).

    それ以外は薬理学的除細動の適応となる.

    Naチャネル遮断薬(チャネルからの解離速度が中等

    ~遅い薬物)をもちいる.

    薬物無効例では電気的除細動を行う.

    4.発作性心房細動の予防,除細動後の洞調律の維持

    Naチャネル遮断薬(チャネルからの解離速度が中等

    ~遅い薬物),アミオダロンを用いる.

    5.レートコントロールと使用薬物

    左室収縮障害がなければ Ca拮抗薬,β遮断薬を用い

    る.

    左室収縮障害を合併する例ではジギタリスを用いる.

    但しジギタリスは流出路狭窄例では禁忌となる.

    6.抗凝血薬の適応

    全例ワルファリン療法の適応となる(「解説 3」参照).

    できれば抗血小板薬を併用する.

    7.患者教育

    あらかじめ心房細動の症状,塞栓症の危険性,初期治

    療の重要性を教育する.

    肥大型心筋症(HCM)は錯綜配列を伴う心筋肥大と

    結合繊の増生を来す疾患で,収縮機能は一般に正常に保

    たれるが,心室のコンプライアンスの低下(拡張障害)

    を来すことが特徴である.この為に心房負荷が増加し,

    しかも心房筋自身も病的細胞であり,高率に上室性不整

    脈,心房細動がみられる 32-34).これは血栓塞栓症の機序

    として重要で,心房細動は本症の予後を左右する重要な

    不整脈である.

    心房細動の合併頻度

    HCMにおける心房細動の頻度は 10~ 20%と報告さ

    れている 35-39).しかしこれは初診時の頻度であり,心房

    細動の合併頻度は経過と共に増加し,左房が拡大し左室

    収縮能が低下傾向を示す時期から高率となる 36)37).した

    がって本症の心筋病変や拡張障害が進行性であることを

    考慮すると,HCMでは全例が心房細動の危険性を有す

    ると考えておくべきであろう.実際 10年以上の長期観

    察例では約半数が心房細動(70%は発作性)をきたし

    た.

    12

    循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005年度合同研究班報告)

    肥大型心筋症(HCM)Ⅴ

    要 旨

  • HCM の病態と予後に対する影響

    塞栓症

    HCMに心房細動が合併すると高率に塞栓症を発症す

    ることが知られている 40-42).柴田,戸嶋 43)は 8年間の観

    察期間で,洞調律では 1.4 %に対して心房細動例では

    27.1%に塞栓症が発生したと報告している.しかしこの

    中には抗凝血療法を行った例も含まれているので,無治

    療例では塞栓症の発生率は更に高率と推測されるが正確

    な資料はない.脳塞栓(脳卒中)による 10年死亡率に

    関しては,橋本,戸嶋 44)は洞調律で 1.4%に対して心房

    細動例で 12.6%と高率となると述べているが,最近の

    抗凝血療法を行った例ではその死亡率は著明に改善して

    いる.

    塞栓症の大半は脳塞栓症で,慢性と発作性心房細動で

    塞栓症の発生頻度に差はない.なかには脳塞栓を初発症

    状とした例や,来院時には洞調律でその後発作性心房細

    動を示す症例が経験される.脳塞栓症は致死的ではなく

    ても,その後遺症は QOLを大きく損ない,HCMの重

    要な合併症である.

    心不全

    HCMでは心房細動の合併により心房収縮によるブー

    スター効果が失われ,心不全が急速に増悪する例がみら

    れ,心不全による死亡率は有意に高い 32-34).しかし多変

    量解析では左室内径短縮率や左室拡張末期径に加えて心

    房細動が独立した心不全死の予測因子になるとの結果は

    得られない 44).これは左室収縮不全を伴った重症例が心

    房細動に陥ると急速に心不全が増悪するが,逆に収縮機

    能が正常に保たれた例では,心室レートコントロールと

    利尿薬の併用で心不全の予防可能であることを示すと解

    釈される.

    突然死

    これまでの報告では心房細動と突然死に明らかな関係

    はみられていない.しかし心房細動後数日以内に突然死

    した例や,薬理学的除細動時に致死的心室不整脈

    (torsade de pointes)を来した例がある.

    HCM における心房細動の治療の特殊性

    患者教育

    HCMの心房細動の管理上重要な点は患者にあらかじ

    め,1)いずれは心房細動になる危険性があること,2)

    心房細動になれば高率に塞栓症を合併すること,3)適

    切な治療を行えば塞栓症の予防が可能であること,をあ

    らかじめ理解させ心房細動の症状と初期治療の重要性を

    説明しておくことである.

    左室拡張障害,流出路狭窄の軽減による心房細動の予防

    Ca拮抗薬は,心筋 Ca代謝の改善と末梢血管拡張の作

    用により左室拡張障害の改善に有効であり,ジルチアゼ

    ム,ベラパミルが主に用いられる.左室流出路狭窄を有

    する閉塞性例ではβ遮断薬を併用し,治療抵抗例では

    DDDペースメーカー,PTSMA(経皮的中隔心筋焼灼術)

    または心筋切開・切除術による流出路狭窄の軽減・解除

    が心房細動の予防に有効な場合がある.

    発作性心房細動の予防と除細動後の洞調律の維持

    一般の心房細動に対する治療と同様で,Naチャネル

    遮断薬が使用される(解説 1参照).治療困難な例では

    アミオダロンが有効なことが多い(HCMに合併した心

    房細動に対しては保険適応を受けている).また同時に

    抗凝血療法を開始する.これらの抗不整脈薬で房室ブロ

    ック,徐脈性不整脈を来した場合には,DDDペースメ

    ーカーを併用することがある.

    除細動

    HCMにおける除細動の絶対適応は血圧低下,ショッ

    クや左心不全を伴う場合である.強い心症状がなくても

    塞栓症が高率で心機能障害も強い HCMでは,発症後半

    年~ 1年以内の例では除細動の相対的な適応となる.除

    細動に先立って必ず抗凝血療法を行う.除細動時の抗凝

    血療法については American College of Chest Physiciansの

    ガイドライン 45)に準じて行う.血栓・塞栓症の危険が

    高い HCMでは,血行動態的に可能であれば除細動前に

    抗凝血療法を充分に行うことが望まれる.除細動の方法

    は他の心疾患と同様であるが,強い心室拡張障害を示す

    HCMでは,抗コリン作用を有する薬物により頻脈性心

    房細動が誘発されると血行動態の破綻や致死的心室不整

    脈をきたす危険性があり,除細動前に Ca拮抗薬やβ遮

    断薬で心室レートをコントロールしておく.緊急を要す

    る場合や薬理学的除細動が無効な場合には,電気的除細

    動(解説 2参照)を試みる必要がある.

    慢性心房細動のコントロール

    抗不整脈薬の使用にもかかわらず洞調律が維持できな

    い例や,頻回に発作性心房細動を繰り返す例では,抗不

    整脈薬を中止し,心房細動の心室レートコントロールに

    治療方針を変更した方が QOLの改善に有効なことが多

    い.心室のレートコントロールには,主に Ca拮抗薬や

    13

    心房細動治療(薬物)ガイドライン

  • β遮断薬が用いられる.ジギタリスは非閉塞性例では禁

    忌ではないが,心室性不整脈に注意する.心不全の予防

    に利尿薬が必要なことが多く,収縮不全を合併した例で

    は ACE阻害薬を併用する.

    抗凝血療法

    発作性および慢性心房細動例では必ずワルファリンに

    よる抗凝血療法を行う(解説 3参照).投与量は症例ご

    とに異なり,欧米では INR 2.0~ 3.0(トロンボテスト 8

    ~ 16%)を目標に使用されているが,本邦ではトロン

    ボテストで 15~ 25%を目標に使用されていることが多

    い.抗血小板薬としてアスピリン(81~ 330 mg /日)

    を併用することが望ましい.

    1.心房細動の合併頻度

    甲状腺機能亢進症の 1 .7 %に心房細動を合併(男

    2.8%,女 1.4%)する.加齢とともに頻度は増大(20

    歳以下 0%~ 70歳以上 7.1%)する.

    2.病態・予後への影響

    頻脈を伴う.

    甲状腺機能の正常化とともに多くが自然停止する.

    除細動成功率が高く,再発率が低い.

    3.除細動の適応と使用薬物

    甲状腺の治療を優先させる.

    甲状腺治療の遅れで細動自然停止率,除細動率,洞調

    律維持率は悪化する.

    甲状腺機能の回復後 3ヶ月を経過しても持続する心房

    細動の自然停止は見こめず,除細動の適応となる.除細

    動に際しては,日本心電学会・日本循環器学会編集「抗

    不整脈薬ガイドライン」(「解説 1」参照)に従って抗不

    整脈薬を試み,無効例には電気的除細動をおこなう.

    洞調律維持には抗不整脈薬ガイドラインに従って抗不

    整脈薬を使用する.

    4.レートコントロールと使用薬物

    甲状腺機能亢進の急性期にはβ遮断薬を優先にして用

    いる.

    心房細動慢性期の治療には抗不整脈薬ガイドラインに

    従う.

    5.抗凝血薬の適応

    抗凝血療法を除細動施行前に併用する.

    細動持続期間が 20ヶ月未満の例での細動再発率は低

    いので,抗凝血療法の早期中止も可能である.

    心房細動の合併頻度

    甲状腺機能亢進症に伴う心房細動の合併頻度は,対象

    患者の年齢,心疾患合併の有無,機能亢進症の重症度,

    罹病期間,治療の有無などによって異なるため,対象と

    なる患者母集団,医療施設毎に不定である.ここでは,

    甲状腺専門病院を受診した甲状腺機能亢進症患者におい

    て,心電図上確認された心房細動の合併率を参考値とし

    てあげる(表 4).4 年間の集計で 10,297 例中 172 例

    (1.67%)に心房細動の合併が認められた.

    病態・予後への影響

    甲状腺機能亢進症に合併した心房細動の特徴は,1)

    頻脈を伴うこと,2)甲状腺機能の正常化とともに多く

    が自然停止すること,3)除細動成功率が高く再発率の

    低い点にある.

    除細動の適応と使用薬物

    除細動の適応決定にあたっては,甲状腺機能亢進症に

    14

    循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005年度合同研究班報告)

    甲状腺機能亢進症Ⅵ

    要 旨表4.甲状腺機能亢進における心房細動の合併

    年度 患者数 心房細動合併数 発生率(%)

    1995年 2,562 45 1.7

    1996年 2,567 44 1.7

    1997年 2,475 37 1.5

    1998年 2,693 46 1.7

    総  数 10,297 45 1.7

    年  齢

    20以下 617 0 0

    20~ 29 2,977 10 0.33

    30~ 39 2,415 20 0.83

    40~ 49 1,960 41 2.09

    50~ 59 1,479 49 3.31

    60~ 69 671 40 5.96

    70以上 168 12 7.14

    性差男性 1,894 53 2.8女性 8,403 119 1.4

  • 伴う心房細動の自然経過が基準となる.甲状腺機能が正

    常化後,心房細動の 70%程度は甲状腺の治療のみで自

    然停止する(停止例の 75%は 3週間以内で洞調律復帰)

    (図 5)46).甲状腺機能の正常化後には 4ヶ月間以上心房

    細動が持続した例での以後の自然停止は見られないこと

    から,3ヶ月を経過しても持続する心房細動に対しては

    除細動治療が奨められる.心房細動の持続と関連する臨

    床的因子は,細動持続期間,心疾患合併,心不全の合併,

    などである.

    心疾患非合併の甲状腺機能亢進症例で 3ヶ月以上持続

    した心房細動に対する除細動成功率は 92.5%(106例中

    98例)と高い 47).電気的除細動実施前には抗不整脈薬

    の経口ないし静脈内投与を試みることが奨められる.こ

    れにより約 15%の症例で除細動が可能(ジソピラミド

    600 mg /日,3日間による除細動成功例は 106例中 17例

    で,不成功例 81例には電気的除細動で洞調律に復帰)

    であった 47).抗不整脈薬による効果の比較についての報

    告はないが,抗不整脈薬ガイドライン(日本心電学会・

    日本循環器学会編)が選択の参考となる(「解説 1」参

    照).

    甲状腺機能亢進症治療後の心房細動の除細動成功率が

    慢性期においても高いことから 47),除細動適応として一

    般的にいわれる発症一年未満に限定する必要は無い.自

    験例による除細動成功例の 87%が 1年以上(55%は 2

    年以上)持続例である.

    除細動成功例には抗不整脈薬の慢性投与による洞調律

    維持を図る(ジソピラミド 300 mg /日の維持療法による

    平均 79.7ヵ月間の洞調律維持率は 67.3%であった 47)).

    レートコントロールと使用薬物

    甲状腺機能亢進症急性期にはβ遮断薬を優先する.心

    房細動慢性期に対しては抗不整脈薬ガイドラインに従う

    (「解説 1」参照).

    抗凝血薬の使用

    抗凝血療法施行下の除細動による塞栓症の合併は稀で

    ある.平均観察期間 80ヵ月の心房細動再発率は 57%

    (98例中 56例)であるが,25例は甲状腺機能亢進症再

    燃時の再発で,それ以外の再発例は 31例(32%)と少

    なかった.特に心房細動持続期間が 20ヵ月以内の例での

    洞調律維持率が高く,抗凝血療法の中断も可能である.

    1.心房細動の合併頻度

    20~ 35%である.

    2.病態・予後への影響

    心機能を悪化させ,血栓塞栓症の発症および生命予後

    を悪化させうる.

    3.基礎疾患の治療を指向した心房細動治療のあり方

    基礎心疾患および心不全に対する治療,除細動と洞調

    律の維持,心室レートコントロールと抗凝血療法が基本

    15

    心房細動治療(薬物)ガイドライン

    図5 甲状腺機能正常化から洞調律回復までの期間

    50

    40

    30

    20

    10

    0

    患者比率(%)

    <1w 1-3w

    44

    32

    12

    64 3

    0

    4-6w 7-9w 10-12w 13-15w 16w< 週 数

    重症心不全Ⅶ

    要 旨

  • である.

    抗不整脈薬は陰性変力作用および催不整脈作用に注意

    する.

    4.除細動と洞調律の維持

    発作性心房細動には電気的除細動が第一選択的治療法

    である.

    中等症から重症心不全例はアミオダロンが有用であ

    る.

    また,血行動態が悪化している心不全増悪期にはニフ

    ェカラントの静注が有用なこともある.

    5.心室レートコントロール

    ジギタリス薬が第一選択.β遮断薬は心不全治療薬と

    しても有効(陰性変力作用に注意)である.

    ベラパミルも使用可能であるが,陰性変力作用に注意

    する.

    6.抗凝血薬:抗凝血療法(ワルファリン)が第一選択

    である.

    ワルファリン使用困難例には抗血小板薬を使用する.

    除細動時の抗凝血療法は「解説 2」を参照.

    7.その他

    薬物は肝機能や腎機能,心機能により体内薬物動態が

    変化しうることに留意し,低~中用量から開始する.

    Ⅲ群抗不整脈薬は QT延長に伴う多形性心室頻拍の出

    現に留意する.

    心不全症例に心房細動が合併する頻度

    日本人における報告はない.左室駆出率 40%未満の

    心不全患者 750名のうち 22%に心房細動の既往があっ

    たとの報告がある 48).一方,Framingham studyでは 40

    年間の観察期間中,心房細動例では男性 21.8%,女性

    28.9%に心不全を合併したが,非心房細動例では男性

    3.2%,女性 3.7%にしか心不全を合併しなかった 49).

    病態と予後

    心不全は血行動態と神経体液性因子による調節の破錠

    が病態である.心房細動では心房ポンプ機能の欠如と心

    室収縮の不規則性による心拍出量の減少(30~ 40%),

    心房-心室の同期性消失による僧帽弁逆流などから心不

    全が惹起される.肥大型心筋症(拡張相)など拡張期コ

    ンプライアンスの低下例では,頻脈による拡張末期容積

    の減少から心拍出量が低下する 50).また,拡張期充満時

    間の短縮による左室拡張末期圧の上昇は,左房圧,肺毛

    細管圧の上昇を来たす.一方,心不全の増悪は自律神経

    やレニン・アンジオテンシン系を活性化させ,神経内分

    泌調節の障害を引き起こすことから心房細動をより促進

    する可能性がある 51).

    心房細動に心不全を合併した例は非合併例より生存率

    が低いと報告されている 52).一方,心房細動が心不全患

    者の予後にどのように影響するかは長期観察による成績

    がないため不明である.

    重症心不全を伴った心房細動の治療(図 6)

    除細動と洞調律の維持

    洞調律に復すると正常な房室興奮過程が回復し心拍が

    規則的になり,心拍数が低下し,心房ポンプ機能が働く

    ことで左室収縮能は改善する 51).血行動態が不安定な発

    作性心房細動には電気的除細動を行う.血行動態が比較

    的安定していれば心室レートコントロールと心不全治療

    を行う.中等症から重症心不全例では陰性変力作用と催

    不整脈作用を有するⅠ群抗不整脈薬は避ける.血行動態

    の改善から洞調律に復する例もあるが,心房細動が持続

    していれば(血栓塞栓症の危険が少ない時点で)電気的

    除細動を行うのが望ましい.

    欧米では大規模臨床試験から心不全・低心機能に伴っ

    た心房細動にはアミオダロン治療が望ましいとされてい

    る 53).心房細動患者を対象とした CTAFでは,アミオダ

    ロンがソタロールやプロパフェノンより心房細動の予防

    効果があったと報告されている 18).当施設において心室

    頻拍を有する心不全・低心機能に伴った心房細動 108例

    に対するアミオダロン治療の成績を検討した.対象例の

    うち 35例はⅠ群抗不整脈薬無効ないし副作用のため使

    用困難であった.アミオダロンによる累積非再発率は

    1年で 68%,3年で 55%,5年で 47%であった(図 7).

    また,アミオダロン開始時に心房細動が持続していた

    32 例中 6 例がアミオダロン治療中に洞調律に復した.

    日本人においてもアミオダロンが心不全に伴った心房細

    動治療薬として有用性があると思われる.ただし,アミ

    オダロンには重篤な心外副作用があり,とくに肺機能

    (とくに拡散能)低下例,高齢者は慎重な投与が必要で

    ある.洞調律維持の有用性と抗不整脈薬使用の危険性と

    の兼合いで薬を選択すべきと思われる.比較的血行動態

    が安定している心不全例に対しては Kチャネル遮断作

    用を有するソタロールやベプリジルの有効性も期待され

    る.しかし,ソタロールはβ遮断作用を有しベプリジル

    は Ca拮抗作用による陰性変力作用を有すること,さら

    にいずれもアミオダロンに比し QT延長とそれに伴う多

    16

    循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005年度合同研究班報告)

  • 17

    心房細動治療(薬物)ガイドライン

    図6 重症心不全を伴った心房細動の治療

    重症心不全に 伴う心房細動

    電気的除細動

    洞調律維持

    除細動

    心室レートコントロール

    抗凝血療法

    基礎心疾患・心不全の治療

    薬理学的除細動 アミオダロン※ (ソタロール) (ベプリジール) (ニフェカラント)

    アミオダロン※ (ソタロール) (ベプリジール) (ニフェカラント)

    ジギタリス β遮断薬 ベラパミル

    抗凝固療法 ワルファリン 抗血小板療法

    ( )の薬物は保険適応ではない。※:肥大型心筋症,心室頻拍を伴う発作性心房細動のみ保険適応

    図7 アミオダロンによる心房細動再発予防(洞調律維持効果)

    累積非再発率

    0 12 24 36 48 60

    1.0

    n=82

    0.8

    0.6

    0.4

    0.2

    0.0

    観察期間(月)

  • 形性心室頻拍(Torsades de pointes)の頻度が高いことか

    らその使用には十分な注意が必要である.また,米国で

    心不全に伴う心房細動に対して適応とされているドフェ

    チリド(Dofetilide)やセマチリド(Sematilide)(陽性変

    力作用を有する)は日本で使用できない(前者は治験中

    止,後者は治験の予定がない).なお,日本でのみ使用

    されている純粋な Kチャネル遮断薬であるニフェカラ

    ントの静注は陰性変力作用を有さないことから,血行動

    態が悪化している心不全増悪期に出現した心房細動に対

    しての有用性が期待される.

    一方,洞調律の維持を行ううえで基礎心疾患と心不全

    の治療が重要であり,ACE阻害薬やβ遮断薬などの導

    入を検討する.

    心室レートコントロール

    心不全患者では,例え洞調律の維持が困難でも十分な

    心室レートコントロールを行うことが左室収縮能の改善

    に働くため重要である.頻脈性心房細動の心室レートコ

    ントロールとしてジギタリス薬が第一選択薬となる.た

    だし,ジギタリス薬は運動時のレートコントロールが不

    十分なことがある 51).β遮断薬は心不全治療薬としても

    有効であり使用するが過度になると心不全を増悪する.

    ベラパミルは陰性変力作用が強いので,著しい低心機能

    例には使用しない.

    抗凝血薬の適応

    心房細動例で心不全の合併は血栓塞栓症の危険因子と

    なりうる 54)ため,原則的に抗凝血療法(ワルファリン)

    の適応となる.しかし,出血の危険性を有する症例には

    抗血小板薬(アスピリンなど)を使用する.抗凝血療法

    の実際については「解説 3」を参照.

    保険適応の可否

    日本では,心不全に合併した心房細動はアミオダロン

    の適応でない.使用可能なのは,心室頻拍を併発した場

    合および肥大型心筋症に合併した場合のみである.一刻

    も早く,保険適応に認められることが期待される.

    ソタロールやベプリジル,ニフェカラントは保険適応

    でない.

    その他

    薬物は肝機能や腎機能,心機能により体内薬物動態が

    変化しうることに留意し,低~中用量から開始する.ま

    たアミオダロンはワルファリンやジゴキシンと相互作用

    を起こす.Ⅲ群抗不整脈薬,とくに純粋な Kチャネル

    遮断薬は QT延長から多形性心室頻拍を呈する危険性が

    あり,心電図モニターを行いながら使用する.

    1.心房細動の合併頻度

    WPW症候群の 15-30%に認められる.

    2.病態・予後への影響

    突然死の可能性がある(特に副伝導路の伝導能が亢進

    している場合).

    3.除細動の適応と使用薬物

    血行動態の破綻した例では緊急電気的除細動の適応と

    なる.

    血行動態が保たれていれば,Naチャネル遮断薬によ

    る薬理学的除細動(「解説 1」参照)を行う.

    4.レートコントロールと使用薬物

    Naチャネル遮断薬によってレートコントロールを行

    う.

    房室結節の伝導性を抑制する薬物(ジギタリス,Ca

    チャネル遮断薬など)は禁忌となる.

    5.抗凝血薬の投与

    弧立性心房細動に準じる(「解説 3」参照).

    WPW症候群に合併した心房細動は,副伝導路の電気

    生理学的性質によってその重症度が異なる.すなわち副

    伝導路からの伝導によって短い興奮間隔の心室応答があ

    る場合,心房細動から心室細動をきたし突然死の危険が

    高いことが知られている.従って,副伝導路の電気的な

    性質を調べることは非常に重要であり,副伝導路の不応

    期が短い症例では,高周波カテーテルアブレーションや

    積極的な抗不整脈薬治療による心房細動発生の予防が必

    要である.

    心房細動の合併頻度

    諸家の報告 55)では,発作性心房細動は WPW症候群

    の 15-30%にみられるとされている.国立循環器病セン

    ターにおける成績でも,カテーテルアブレーション目的

    18

    循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005年度合同研究班報告)

    WPW 症候群Ⅷ

    要 旨

  • で紹介されたWPW症候群 958例中 260例(27.1%)に

    おいて発作性心房細動が確認された.WPW症候群を除

    いた集団における心房細動の頻度は 5~ 6% 4)56)57)とさ

    れているので,WPW症候群それ自体が心房細動の誘発

    因子となる(図 8).

    除細動の適応と使用薬物(「解説 1」参照)

    米国で作成された提言によれば,副伝導路による順行

    性伝導がある患者に心房細動が発生した場合,ジギタリ

    スや Caチャネル遮断薬,β遮断薬の使用は副伝導路の

    伝導を遮断する効果がない.また,これらの薬物の使用

    は,副伝導路の伝導をむしろ高めてしまい,結果的に低

    血圧や心停止を促す可能性があり,投与禁忌としている.

    このような場合,血行動態が安定していればプロカイン

    アミドの静注を選択すべきとしている.この薬物は副伝

    導路の伝導を抑制し,さらに心房細動を停止させる可能

    性もある.一方,非常に心室応答が速く血行動態が不安

    定であれば,直流除細動が必要である(「解説 2」参

    照).

    日本の現況も米国のそれとほぼ同様であるが,ジソピ

    ラミドの使用頻度が高いことがわが国の特徴である .

    我々の 61名の心房細動を伴ったWPW症候群患者の経

    験では,初期治療として 47例(77%)の患者に抗不整

    脈薬の静注が行われていた.初期から直流通電を選択さ

    れた患者は 5例(8%)に過ぎなかった.使用された抗

    不整脈薬は全て Naチャネル遮断薬(Ia群 44例,Ib群

    3例)である.心房細動停止,あるいは副伝導路の伝導

    遮断の効果が得られた患者は 31例(66%),無効例は

    14例(30%),心室細動への移行例が 2例(4%)であ

    った.薬物無効例はその後全ての症例で直流通電が行わ

    れた.使用された薬物は,プロカインアミドとジソピラ

    ミドが,それぞれ 63%,55%(併用例あり,効果は同

    等)であり,日常臨床で使い慣れたジソピラミド使用例

    が多かった.薬物による除細動あるいは副伝導路の伝導

    遮断効果が約半数に得られていることから,血行動態が

    安定していれば初期治療として Naチャネル遮断薬の静

    注を選択すべきであるが,心室細動への移行を考慮して

    電気的除細動器の準備が必須と考えられる.

    心房細動の予防(「解説 1」参照)

    米国の提言では,発作中の最短 RR間隔が 260 ms以

    下の患者では失神や心室細動の危険性が高いとされ 58),

    高周波カテーテルアブレーションによる副伝導路切断が

    積極的に行われるべきであると報告している.従って,

    このような高リスクの患者では,洞調律の維持を目的と

    した薬物治療はアブレーションまでの一時的なものにな

    る.薬物としては Naチャネル遮断薬が効果的で,一時

    的に使用する薬物としては,副伝導路の伝導を抑制し,

    心房細動の発生を予防するプロカインアミドが選択され

    る.

    19

    心房細動治療(薬物)ガイドライン

    図8 心房細動の合併頻度

    60

    50

    40

    30

    20

    10

    0

    合 併 率(%)

    50-60 >60人口統計における合併(年齢別)

    80-90 WPW(米国)

    WPW(国循センター)

    一般人口においては,5-6%程度の有病率であるが,WPW症候群において有病率 が高い。(文献61,4,62,63から改変)国循センター : 国立循環器病センター

  • 日本の現況も米国のそれとほぼ同様である.通常は,

    カテーテルアブレーションで副伝導路を切断し,心房細

    動が再発した場合に薬物を投与している.我々が経験し

    た高周波カテーテルアブレーション後の心房細動の再発

    が確認された 61例の検討でも,54例(89%)で抗不整

    脈薬(Naチャネル遮断薬)の投与が行われていた.内

    訳は図 9 に示すように,経口薬においてもジソピラミ

    ドの使用頻度が圧倒的に多いことがわが国の特徴と考え

    られた.また併用薬としてβ遮断薬が 7例に使用されて

    いた.しかし内 2例で経過中に再発作を生じており,高

    周波カテーテルアブレーションによる副伝導路切断を早

    急に行うことで再発率が低下することが期待される.

    高周波カテーテルアブレーション後の心房細動再発,脳塞栓

    心房細動の合併症として塞栓があるが,WPW症候群

    に伴う心房細動の塞栓の頻度における報告は少ない.副

    伝導路に対する高周波カテーテルアブレーション施行後

    の心房細動再発検討した我々のデータでは(心房細動を

    合併したWPW症候群 68例),21例で心房細動が再発

    し,7例に脳梗塞が発生していた.心房細動の発生は孤

    立性の心房細動と同様に高齢者,左房拡大例で再発が多

    かった.従って,一般の心房細動の場合と同様に,塞栓

    症の高リスクと考えられる患者では抗凝血薬の投与を積

    極的に行い,ワルファリンコントロールによる血栓塞栓

    症の予防を行うことが望ましいと考えられる(「解説 3」

    参照).

    1.心房細動の合併頻度

    年齢とともに増加する.

    洞不全症候群の中で心房細動を伴う徐脈頻脈症候群は

    最も頻度が高く,40-60%に合併する.

    2.病態・予後への影響

    細動発作の初期に頻脈による著しい動悸を訴えたり,

    心房細動停止に引き続く長い(5-10秒以上)洞停止に

    より失神状態になることも稀ではない.

    心房の壁在血栓に由来した脳梗塞の合併が年間 5-6%

    で発生する.

    3.除細動の適応と使用薬物

    一時的ペースメーカーの併用が望ましい.

    除細動時の使用薬物としては Naチャネル遮断薬が中

    心となる(「解説 1」参照).

    4.レートコントロールと使用薬物

    恒久的ペースメーカーの植え込みが必要である.

    Caチャネル遮断薬,β遮断薬が第一選択となる.

    5.抗凝血薬の投与

    ワルファリンの投与を原則とする(「解説 3」参照).

    生理的ペーシングが塞栓予防に有効である.

    合併頻度

    洞不全症候群に合併した心房細動は,Rubenstein分類

    の III型,すなわち徐脈頻脈症候群に含まれる.この徐

    脈頻脈症候群は洞不全症候群の中で最も頻度が高く,合

    併頻度は 40-60%にのぼると報告されている 59)60).

    また,洞不全症候群患者のうち,1年で 7%,5年で

    16%,10年で 28%の患者が慢性心房細動に移行したと

    報告 61)されており,極めて高率に心房細動を合併する

    ことが窺える.

    病態・予後への影響

    失神は心房細動停止後の心停止の場合が多く,心房細

    動による頻脈性不整脈の場合は少ない.また,後述する

    20

    循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005年度合同研究班報告)

    図9 心房細動の再発予防として用いられる抗不整脈薬

    ジソピラミド

    プロカインアミド

    キニジン

    シベンゾリン

    プロパフェノン

    ピルジカイニド フレカナイド

    約60%の症例でジソピラミドが使用されており,わが国の特徴と言える.

    洞不全症候群Ⅸ

    要 旨

  • ように(心原性)脳塞栓の合併頻度が高いので(図 10),

    積極的にワルファリンの投与を行うべきである.

    除細動の適応と使用薬物

    除細動の適応と心房細動の停止,予防に使用する薬物

    としては,一般の心房細動に対する場合と同一(Naチ

    ャネル遮断薬,Caチャネル遮断薬,β遮断薬,ジギタ

    リス)(「解説 1」参照)であるが,いずれの薬物も洞結

    節機能を低下させる恐れがあるので,洞機能低下が明ら

    かな場合は,これらの薬物によって徐脈が出現すること

    を念頭におき,一時的ペーシングを併用することが望ま

    しい.アメリカ心臓病学会(AHA)の提言でも,心房

    細動の停止を目的として薬物を使用する場合には一時的

    ペーシングの併用を推奨している.洞不全症候群に合併

    する心房細動に対する除細動目的で投与する薬剤は,通

    常の心房細動に準じる.我々が検討した 68例では,使

    用頻度が高かった抗不整脈薬は Na チャネル遮断薬

    (89 %),