タイで活躍する日本企業 -ダイカスト関連企業の現...

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㈳ 日本ダイカスト協会  西  直 美 タイで活躍する日本企業 -ダイカスト関連企業の現状- 1.はじめに 2007年 9 月 8 日(土)~12日(水)にタイ王国(以 後、タイと略す)のバンコクを訪問した。訪問理由は、 茨城日立情報サービスで提供している鋳造シミュレー ションソフトADSTEFAN(アドステファン)の技術 セミナーでダイカストの講演を依頼されたためであ る。講演は 9 月11日であったが、9 月10日(月)に宇 部興産機械の竹村昌也氏に工場見学を設定していただ き、タイに滞在中の Chulalongkorn University(チュ ラロンコーン大学)の梅田高照教授(東京大学名誉教 授)と 3 名で、タイに進出している日系の鋳物・ダイ カスト関連の企業 5 社の工場見学をさせて頂いた。い ずれの会社もここ数年非常に好調で活気があり、ロー カルの社員とも良好な関係が築かれており、大変参考 になった。 ここに、訪問させて頂いた企業の了解が得られたの で、工場見学記を記した。タイに進出した企業の現状 を知る上で参考になれば幸いである。 2.タイの現状 2.1 タイの概要 タイは、図1 に示すようにインドシナ半島にある王 国で、カンボジア、ラオス、ミャンマー、マレーシア に囲まれ、インドシナ半島の中央部とマレー半島の北 部に位置する。現在の国王はラーマ 9 世プーミポン・ アドゥンラヤデートで、タイのチャクリー王朝の 9 代 目の王である。一般には「プミポン国王」とも呼ばれ、 タイ国民に大変尊敬されている。国土の面積は 51.4 万 km 2 (日本の約1.4倍)、人口は6,544万人である。民族 はタイ族(全人口の85%)、華人系(10%)、その他で 構成される。歴史的にタイは日本との関係が深く、日 本に対して親近感を持っている国である。タイは仏教 国であり、国民の90%以上が仏教徒であるといわれ る。タイは75県とバンコク首都府からなる。首都バ ンコクは、タイラン ド湾に面した場所に あり、人口は 600万 人弱である。 タ イ の 経 済 は、 1980 年 代 以 降、 経 済の安定や海外企業 の積極的な進出によ り著しい行動成長を 遂 げ、1985 年 か ら 1995 年 に か け て の 10年間の年間平均 経済成長率は 9%程 度であった。しかし、1997 年のアジア通貨危機により 経済は停滞した。1 ドル 25 バーツに固定していた固定 相場制を廃止し、1998 年 1 月には 1 ドル /56 バーツに まで下落し、経済規模は約 10 % も悪化することとなっ た。これにより、外国資本の参入が相次いだ。また、 タイは海外への輸出を積極的に推進し、1999 年には経 済成長率は再び 4%台を記録、2003年には 6%台を記 録し、通貨危機を脱することができた。2005年には 実質GDP成長率(前年同月比)は通年で4.5%となり、 2004年の成長率6.2%を下回り、タイの景気が調整局 面にある。 タイの最低労働賃金は、2005年 1 月より適用され ている最低賃金は地域によって異なるが、バンコク 近 郊 で 1 日 175 バ ー ツ( 約 700 円 )で あ る。 ち な み に JETRO の調べでは、日系企業のワーカーの賃金水準 は約7,200バーツ(約29,000円)以上である。 現在のタイ経済は、日本や欧米諸国から進出した企 業によって支えられており、トヨタ、ホンダ、いすゞ、 ヤマハ、スズキなどの自動車・二輪車関連企業の多く が進出し、家電メーカなども多く進出している。そし て、タイ国内市場への供給をはじめ、関税特典がある ASEAN 諸国内への輸出拠点となっている。 図1 タイ王国の地図

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㈳日本ダイカスト協会 西  直 美

タイで活躍する日本企業-ダイカスト関連企業の現状-

 1.はじめに

 2007年 9月 8日(土)~12日(水)にタイ王国(以後、タイと略す)のバンコクを訪問した。訪問理由は、茨城日立情報サービスで提供している鋳造シミュレーションソフトADSTEFAN(アドステファン)の技術セミナーでダイカストの講演を依頼されたためである。講演は 9月11日であったが、9月10日(月)に宇部興産機械の竹村昌也氏に工場見学を設定していただき、タイに滞在中の Chulalongkorn University(チュラロンコーン大学)の梅田高照教授(東京大学名誉教授)と 3名で、タイに進出している日系の鋳物・ダイカスト関連の企業 5社の工場見学をさせて頂いた。いずれの会社もここ数年非常に好調で活気があり、ローカルの社員とも良好な関係が築かれており、大変参考になった。 ここに、訪問させて頂いた企業の了解が得られたので、工場見学記を記した。タイに進出した企業の現状を知る上で参考になれば幸いである。

 2.タイの現状

 2.1 タイの概要 タイは、図 1に示すようにインドシナ半島にある王国で、カンボジア、ラオス、ミャンマー、マレーシアに囲まれ、インドシナ半島の中央部とマレー半島の北部に位置する。現在の国王はラーマ 9世プーミポン・アドゥンラヤデートで、タイのチャクリー王朝の 9代目の王である。一般には「プミポン国王」とも呼ばれ、タイ国民に大変尊敬されている。国土の面積は51.4万km2(日本の約1.4倍)、人口は6,544万人である。民族はタイ族(全人口の85%)、華人系(10%)、その他で構成される。歴史的にタイは日本との関係が深く、日本に対して親近感を持っている国である。タイは仏教国であり、国民の90%以上が仏教徒であるといわれる。タイは75県とバンコク首都府からなる。首都バ

ンコクは、タイランド湾に面した場所にあり、人口は 600万人弱である。 タイの経済は、1980年代以降、経済の安定や海外企業の積極的な進出により著しい行動成長を遂げ、1985 年から1995年にかけての10年間の年間平均経済成長率は 9%程度であった。しかし、1997年のアジア通貨危機により経済は停滞した。1ドル25バーツに固定していた固定相場制を廃止し、1998年 1月には 1ドル /56バーツにまで下落し、経済規模は約10%も悪化することとなった。これにより、外国資本の参入が相次いだ。また、タイは海外への輸出を積極的に推進し、1999年には経済成長率は再び 4%台を記録、2003年には 6%台を記録し、通貨危機を脱することができた。2005年には実質GDP成長率(前年同月比)は通年で4.5%となり、2004年の成長率6.2%を下回り、タイの景気が調整局面にある。 タイの最低労働賃金は、2005年 1月より適用されている最低賃金は地域によって異なるが、バンコク近郊で 1日175バーツ(約700円)である。ちなみにJETROの調べでは、日系企業のワーカーの賃金水準は約7,200バーツ(約29,000円)以上である。 現在のタイ経済は、日本や欧米諸国から進出した企業によって支えられており、トヨタ、ホンダ、いすゞ、ヤマハ、スズキなどの自動車・二輪車関連企業の多くが進出し、家電メーカなども多く進出している。そして、タイ国内市場への供給をはじめ、関税特典があるASEAN諸国内への輸出拠点となっている。

図 1 タイ王国の地図

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 2.2 タイの自動車産業の概要 タイの自動車産業は、最近大変好調である。図 2に1987年以降のタイにおける自動車生産台数の推移を示す 1)。1987年頃から急速に生産量が増加したが、先に述べたように1997年から98年の通貨危機で1/2以下に落ち込んだ。それ以降再び増加に転じ2005年には 110万台、2006年には119万 4千台に達した。この生産量は世界第14位、東南アジアでは第 1位である。タイ政府は2010年に200万台の生産を目標としている。 タイの自動車産業の特徴は、ピックアップトラックの生産が多いことで、2006年には86.6万台に達し世界最大の生産国となっている 2)。ちなみにこの年トヨタIMVが32.5万台、いすゞ I-190が26.1万台である。今後は中・高級車の生産にも力を入れるようだ。また、二輪車の生産量も多く、2005年、2006年と 350万台の大台を維持している 2)。 しかし、図 3に示すように自動車のタイ国内での新車販売台数は2005年から頭打ちになっており、2006年には通貨危機後初の前年実績を割っている 1)。 2007年の自動車生産台数は 1月~ 7月に70.7万台で前年同期比2.25%とわずかに上昇した。これは相変わらず国内販売は不振で約33.6万台(対前年比 -12.43%)であるが、輸出が好調で約37.1万台(前年比 22.5%増)であったことによる。今後も、輸出が順調に推移する

と考えられ、自動車生産台数は伸びる傾向にあるといえる 2)。 2005年のタイ国内自動車販売メーカ別のシェアを図4、図 5に示す。全体の販売台数は、約70万台で、その内トヨタ、いすゞが約65%を占めている 2)。また、全販売台数の70%が 1 tピックアップトラックで、トヨタ、いすゞで約73%を占める 2)。 2.3 タイのダイカスト関連産業の概要 タイにはダイカスト業界の実体を十分に把握できる団体、組織はないが、㈱軽金属通信ある社の調べによると、表 1に示すように2006年のタイのアルミニウム合金ダイカスト事業者数は、内製及び専業を合わせて93社、ダイカストマシン保有台数は890台、その生産量は11,808 t/月である 3)。2005年のタイ全体のダイカスト生産量は10,278 t/月であることから、わずか 1年で14%増加したことになる 2)。 タイにおけるアルミニウム合金ダイカストの用途は、自動車用が70%以上を占めている。日本では83%が自動車用であるがこれよりやや低い。これは、電気関係のHDDなどの生産量が多いことに起因すると考えられる。 日系のダイカスターは27社であるが、生産量は8,728 t/月でタイ全体の生産量の約70%を占める。進出している日系企業は、アイシン高丘株式会社のThai Engineering Products Co., Ltd.(1,600 t/月)、本

表1 2006年のタイのアルミニウム合金ダイカスト事業者数 3)

企業数 月間生産量 マシン保有台数日系ダイカスター 27 8,728 385

タイの大手ダイカスター 3 1,320 114タイの中堅ダイカスター 3 260 31

小計 33 10,308 530タイの小規模ダイカスター 60 1,500 360

合計 93 11,808 890㈱軽金属通信ある社調査

図 2 1987年以降のタイにおける自動車生産台数の推移     

図 3 タイ国内での自動車の新車販売台数

図 4 2005年のタイ国内自動車販売メーカ別のシェア   

図 5 2005年のタイ国内 1 tピック  アップ車メーカ別シェア

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TOPICS 

田技研工業株式会社のHonda Automobile(Thailand) Co., Ltd.(400 t/月)、Asian Auto Parts Co., Ltd.(1,000 t/月)、ヤマハ発動機株式会社の International Casting Co.,Ltd.(420 t/月)などの内製メーカが中心となっている。専業メーカには、旭テック株式会社が進出したAsahi Tec(Thailand)Co.,Ltd(650 t/月)、株式会社菊和が進出したThai Kikuwa Industries Co., Ltd(350 t/月)、美濃工業株式会社が進出したMino(Thailand ) Co., Ltd.(200 t/月)などがある。 なお、(  )内の生産量は2005年の数値を示した。 その他に亜鉛合金ダイカストでは、東海理化、ホンダロック、アルファ、ユーシンなどが進出している。 原材料である二次合金メーカも日本から進出しており、大紀アルミニウム工業所と日本軽金属が合弁で進出した Daiki-Nikkei Thai Co.,Ltd.(5,000 t/月)、ホンダグループのMiyuki Industries(Thailand)Co., Ltd.(4,000 t/月)、日軽エムシーが進出した Nikkei MC Aluminum(Thailand)Co.,Ltd(1,800 t/月)が中心となって二次地金の生産を行っている。なお、(  )内は2006年の生産量を示す。その他、ローカル企業が数社あり合計で12,600 t/月程の生産能力を有し、生産されている。

 3.日系企業の状況

 9月10日(月)に、Chulalongkorn Universityの梅田高照教授と宇部興産機械の竹村昌也氏と 3名でバンコクから東に約60km、車で約 1時間離れたチョンブリ県のアマタ・ナコーン工業団地(図 1参照)にある日系企業を訪問した。この工業団地は1989年に設立され、約16,000,000m2の敷地に約460社の工場があり、その内約7割近くが日系企業である(2007年9月現在)。全企業の内約37%が自動車部品関連、24%が鉄、非鉄

金属、プラスチック関連企業である。タイの中でも最も大きな工業団地である。 1日で5社を訪問するハードスケジュールであったが、5社とも比較的に隣接しており、各社 1~1.5時間ほど見学させて頂いた。会社によっては以前からお世話になっている方が駐在されている所もあり、大変有意義な工場見学をさせて頂いた。以下に、簡単に紹介する。 3.1  Daiki Nikkei Thai Co., Ltd.    (http://www.dnt.co.th/) Daiki Nikkei Thai Co.,Ltd.(写真 1)は、株式会社大紀アルミニウム工業所と日本軽金属株式会社の技術をベースに生産、販売する両社の合弁企業(出資比率:大紀アルミニウム工業所65%、日本軽金属35%)で、1999年11月にアマタ・ナコーン工業団地に 2億バーツで設立された。工場の敷地面積は30,568m2である。社長は、久保毅氏、工場長は門谷正雄氏である。従業員数は、130名、内日本人従業員は 3名である。 設備は溶解炉(回転炉を含む)0.5 t~40 tまでが10基、インゴット鋳造ラインが 4ライン(6 t/時間)を備える。 生産量は、2006年 5月の新設備増強で、月間生産は5,000トン超(生産能力6,500トン)に増加した。この生産量はタイ国内の約30%のシェアを占める。主な生産品目は、JIS規格のAD12, AD10, AD14, AD5.6などのダイカスト用アルミニウム合金とAC8A, AC4C, AC4Bなどの鋳物用アルミニウム合金である。 著者らは、門谷工場長に製造工程順に工場内を案内して頂いた。簡単に紹介すると以下の通りである。原材料は鋳物、ダイカスト工場から出る切り粉、鋳ばり、ドロスや市場から回収されるスクラップ、ロシアから輸入されるベースメタルなどである。写真 2にスクラップ置き場を示す。中には写真 3に示すように爆弾やロケット弾のケースなどもスクラップとして混入してくるとのことであった。スクラップ、ベースメタ

写真 1 Daiki Nikkei Thai Co., Ltd. の社屋前で      

   (左から竹村氏、著者、門谷氏、  梅田教授、R. Wanasai 氏)

写真 2 スクラップ置き場 写真 3 スクラップとして混入した爆弾などのケース

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ル、切り粉などの原材料を写真 4に示すような炉で熔解し、成分調整した後に、脱ガス処理(写真 5)を行い、インゴット鋳造ライン(写真6)で鋳造を行う。インゴットケースは水冷されており、鋳造からインゴット取り出しまでの工程が大変短いラインであった。 工場を案内して頂いた門谷工場長は、今から17~18年ほど前、まだ大紀アルミニウム工業所の研究所におられた頃に著者が大変お世話になった方で、まだ40代前半であるが落ち着いた大変温厚な方である。工場内は 5 Sが徹底されており、整理整頓の行き届いた大変綺麗な工場で、ローカルの従業員も礼儀正しく、私たちが近づくと立ち上がって挨拶をしてくれた。 タイのダイカストは今後もさらに増加が見込まれており、更なる地金品質の向上と生産量の拡大が期待される。 3.2  International Casting Co., Ltd.    (http://www.icc.th.com/) International Casting Co.,Ltd.(写真 7)は、ヤマハ発動機株式会社の鋳造専門工場として1990年にアマタ・ナコーンの工業団地に設立された。資本金は 4億9千バーツである。工場の敷地面積は115,300m2である。社長は川合修平氏で、社員は現在741名、平均年齢は28歳である。同社の事業内容は、アルミニウム合金ダイカストの他にアルミニウム合金の重力鋳造、低

圧鋳造、鋳鉄の鋳造の他、加工・鍛造などを行い素形材のかなりの分野を扱っている工場である。2006年の売り上げは18.26億バーツで、通貨危機直後の1998年の売り上げが 1億バーツ弱であったから、8年間で約20倍、対前年比50%弱の驚異的な成長を遂げている。 ダイカストマシンは、250 t~800 tまで15台を設置し、月産450 tを生産している。製品は写真 8に一例を示すが、二輪関係ではボディシリンダー、クランクケース、カバークランクケース、ハンドルシートなどで、自動車関連ではハウジングクラッチ、コンプレッサーハウジングなどを生産している。 ダイカストの顧客は、タイ国内のヤマハ発動機を始め、トヨタ、いすゞなどで系列外にもダイカストを提供している。また、タイ国内以外のヤマハグループにも輸出を行っている。 川合修平社長と湯川佳夫氏に広大な工場内を案内して頂いた。工場は大きく分けて 4工場に分かれており、チルカムシャフトを中心に350 t/月生産している鋳鉄の工場、アルミニウム鋳物、アルミニウム合金ダイカストの他、カムシャフト加工、冷間鍛造などが行われていた。写真 9にダイカスト工場の一部を示す。工業団地内ということもあり、工場は大きな開放された窓(というより壁そのものがないといった方がいいかもしれない)のためかダイカスト工場特有のミストの停滞がなく、また整理整頓が行き届いていて大変き

写真 4 溶解工程 写真 5 脱ガス処理工程 写真 6 インゴット鋳造ライン

写真 7 International Casting Co., Ltd. の事務所前で

   (左から梅田教授、川合氏、著者、湯川氏)  

写真 8 ICCでのアルミニウム合金ダイカスト製品例

写真 9 ICCのダイカスト工場の内部

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TOPICS 

れいであった。溶解は集中溶解で、配当は写真上部のレールに配当ロボットが 2台設置されており、自動で配当が行われていた。ちなみにタイの年間の平均気温は28.5℃だそうで、年間を通じて一番暑い 4月でも平均気温は30℃、一番気温が低いとされる11~ 2月でも平均は26~27℃で、6~10月雨期の高湿度(平均87%)を除けば、タイは鋳造プロセスにとっては最適の場所かもしれない。工場の片隅には、福利厚生施設として体育館、テニスコート、セパタクローコートなどがあり、大変充実していた。 同社のホームページのトップページに「A LEADER of CASTING」と書かれているが、ダイカストのみならず鋳造プロセスの総合力を有する実力派企業であるという印象を受けた。 3.3  Mino(Thailand)Co., Ltd.    (http://www.mino-thai.com/) Mino(Thailand)Co.,Ltd.(写真10)は、本社が岐阜県中津川市にある美濃工業株式会社の子会社で、1995年 8月にアマタ・ナコーンの工業団地に 1億バーツの資本金で設立された。工場の敷地面積は18,300m2である。会長は美濃工業本社社長の杉本潤氏で、社長は杉山直己氏である。社員数は398人で、その内日本人従業員は 5名である。

 ダイカストマシンは135 t~500 tが計16台設置され、マシニングセンター17台、NC旋盤 8台など機械加工設備も充実している。主要な製品は、写真11に示すようなアルミニウム合金ダイカストでECU筐体、シフト関係、オルタネータ、ワイパー関係部品などの自動車部品や二輪車部品である。売り上げの98.4%が自動車・二輪車関連である。得意先は、Denso(Thailand)Co., Ltd. やFujitu Ten Group(Thailand, Philipipines)、Aisin AI(Thailand)Co., Ltd 、Nippon Wiper Blade(M)Sdn. Bjd.など日系の企業が主体である。図 6に同社の売り上げ推移を示すが、2004年以降急速に売り上げが増加しており、タイの自動車産業の好調ぶりが反映されている。ただし、2007年の予想は先にも述べたように、タイ国内での自動車販売が落ち込んでいるためほぼ横ばいと予測されている。杉山社長の話では自動車関連の新規開拓、またそれ以外の顧客獲得が今後の一つの課題だそうである。 本社の坂本工場に代表されるように、美濃工業グループは「スリッパで歩けるダイカスト工場」や「ミストの出ないダイカスト工場」などクリーンなダイカスト工場を目指している。Mino(Thailand)Co., Ltd.でも同様で、社長を陣頭にクリーン化に取り組んでいる。クリーンにしないと問題点、改善点が見えてこな

いからだ(写真12)。工場内を見学している間も、切削加工機の下に切り粉が落ちていることを問題として指摘し、改善を指示しておられた(写真13)。 杉山社長から2006年に改正されたJIS H2118 ダイカスト用アルミニウム合金地金、JIS H5302 アルミニウム合金ダイカストに関して問題を提起された。2006年の改正では、日本の溶解

写真 11 Mino (Thailand)でのアルミニウム合金ダイカスト製品例

写真 12 整理整頓された製品置き場 写真 13 ダイカスト工場内

図 6 Mino (Thailand) の売り上げ推移 (2007年は予想 )

写真 10 Mino (Thailand) Co., Ltd. の社屋前で     

(後藤氏、梅田教授、著者、杉山氏、森本氏)

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設備の進歩、変化及び返り材の管理などの改善により溶解時の汚染が軽減されていることから、二次地金規格においてAD5.1, AD6.1以外のAD12.1といったAl-Si合金のFeの範囲を広げて0.6~1.0%にした。ちなみに、改正以前は0.9%以下となっていた。東南アジアでは日本のJIS規格で取引されることが多い。技術や管理が十分行き届かない東南アジアでは、地金規格の範囲が広くなったことで、ダイカスト製品規格であるJIS H5302のFeが、規格上限値の1.3%を超える危険性がある。そこで、従来通りに地金の受け入れ規格0.9%以下を地金メーカに要求すると、プレミアム価格になり原材料の値段が高くなる可能性があるそうだ。日本の高い技術では全く問題がないことも、海外ではその対応が難しく大幅なコスト高になってしまう。2006年の上記JIS規格の改正では著者も事務局を担当していたが、海外でJISが使われていることなど殆ど議論されずに改正が行われた。今後は、海外特にアジアではJIS規格で取引が行われていることを留意する必要がある。 3.4  Siam Sanpo Co., Ltd.    (http://www.sanpo-jp.co.jp) Siam Sanpo Co., Ltd.(写真14)は、本社が埼玉県比企郡の東松山工業団地内にある株式会社三峰の子会社で、1997年 4月にアマタ・ナコーンの工業団地に資本金 8千万バーツで設立された。工場の敷地面積は19,500m2である。社長は飯塚勝氏で、社員数は414人である。その内日本人従業員は 4名である。 日本の本社にはダイカスト部門はなく、海外拠点のマレーシアにおいて独学でダイカストを始めたそうである。また、本社は精密加工をキーテクノロジーとしており、その強みを活かして加工からみたダイカストにアプローチし、独自のダイカスト技術を確立している。さらに、本社の精密金型部門の強みを活かして金型技術にも力を入れており、同社の特徴となっている。 ダイカストマシンは80 t~500 tが18台設置され(写真15)、マシニングセンターが48台、NC旋盤33台な

どがあり、後加工設備が充実している(写真16)。また、同社は放電加工機 2台、ミリングマシン 2台など金型加工の設備も充実している。主な製品はプリンター部品、カーコンプレッサー部品、車載用ステレオ部品、オートバイ用テンショナー部品などのアルミニウム合金ダイカストで、いずれも寸法精度の厳しい部品が多い。中でも、写真17に示すようなインクジェットプリンターのレンズホルダーは、飯塚社長が赴任した2003年より生産を始めたもので、A4タイプが肉厚1mm、長さ290mm、幅10mm、高さ11.5mmで、A3タイプが肉厚1.2mm、長さ420mm、幅21.3mm、高さ14.2mmで、且つ中央部に細長いスリットがあり、ダイカストもかなり難度が高く、さらに加工も大変な製品である。独自の鋳造方案の考え方と自社の強みである金型技術、加工技術の結晶であると言える。 図 7に2002年以降の同社のADC12の使用量の推移を示す(2007年は予想)。毎年平均25%以上の成長を遂げている大変元気のある会社である。2004年にダイカスト工場の整備増設により2005年には約40%の増加となった。また、コンプレッサー部品の受注が使用量の増加につながったとのことである。 今後は、ダイカストに於いて重要な技術である金型技術を本社支援の元にさらに追求し、タイ社内で金型製作ができるようにする予定である。また、ローカルスタッフの人材教育にも力を入れており、歩留りの良

写真 14 Siam Sanpo Co., Ltd. の社屋前で(左から梅田教授、著者、飯塚氏、竹村氏)

写真 15 ダイカスト工場内

写真 16 NC加工工場内写真 17 インクジェットプリンター

のレンズホルダー

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TOPICS 

い、巣がでないダイカストを目指して市場拡大を図るとのことであった。 既成概念に縛られない新しい観点で独自のダイカスト技術を開発し、著しい成長を遂げている姿を目の当たりにして、その努力と熱意に敬服させられた。 3.5 Thai Kikuwa Industries Co., Ltd.    ( http://www.kikuwa.net/contents/thai.

htm) Thai Kikuwa Industries Co., Ltd.(写真18)は、東京都板橋区に本社がある株式会社菊和の海外子会社で、1991年 4月にシーラーチャーのサハパタナ工業団地に資本金1,000万バーツで設立された。1995年アマタ・ナコーン工業団地に新工場を建設し、移転及び設備を増設した。また、資本金を2,800万バーツに増資した。その後、工場の増設を続け、現在、敷地面積23,500m2の敷地に 4棟の工場を有する。会長は菊池昭二氏、社長は菊池英之氏である。従業員は1,444名(内正社員約 6割・日本人従業員11名)である。 4工場の内訳は、それぞれ第 1工場がダイカスト生産、第 2工場が表面処理(塗装・アルマイト・化成処理)、第 3工場が後加工、第 4工場がダイカスト及び金型製作を行っている。 また昨年より同団地内の他社工場を所得し、更なる拡張を図っている。 現在の生産品目は、約 7割が二輪・四輪自動車部品、残りが弱電部品(音響、電子、電気、情報通信機器)、精密機械部品、建築金物などである。得意先は、四輪、二輪の日系企業が中心である。納入国の割合はタイ国内で80%、中国 7%、日本 7%、アメリカ 6%などである。 設備は、ダイカストマシンがコールドチャンバー135 t~850 tを41台、ホットチャンバー15 t~100 tを 9台で、溶解設備は、集中溶解炉 4基、配湯はポーターで自動化されている(写真19)。

 主たる使用材料は、アルミニウム合金はADC12で同社の隣に工場を構えるDaiki Nikkei Co.,Ltd.より購入し、亜鉛はローカル企業より調達している。金型は40名の熟練したスタッフで 4割を内製し、3割を日本の親会社、残りを日系企業の外注より調達している。 ダイカストの生産量は、アルミニウムが約500 t/月でタイ国内生産の約 4%を占める。亜鉛は約50 t/月生産している。 著者らが訪問した時は、日本の本社で重要な会議があり同社会長、社長が不在で日本から出張で来られていた本社執行役員の泉剛夫氏と営業(アシスタントマネージャー)の榛葉貞志氏に工場を案内して頂いた。本社の㈱菊和は、社員数が81名(2007/10現在)であるから、同社の主力はタイにシフトしている。工場は5 Sが徹底されており、日本国内の他のダイカスト工場と比較してもかなり綺麗な工場である。また、1,400名を超える社員の内、創業当初から勤務している社員が100名以上いて、現在の職場のリーダーとなっているとのことで、定着率の良くないタイにおいては心強い限りである。人材育成にも力を入れており、やる気のある人間は日本の工場で長期の教育を行っているとのことである。 昨年に ISO/TS16949も取得しており、より一層の品質管理の向上に努め差別化を進めるとともに、更なる自動車関連部品へのシフトを目指している。

 4.ADSTEFAN講演会  (http://www.ubemachinery.co.jp/company/   exhibition/2007ADSTEFAN_report.htm)

 9月11日(火)午後13時からバンコクのThe Imperial Queen’s Park Hotel で宇部興産機械株式会社主催、茨城日立情報サービス株式会社後援の「第 2回ADSTEFAN技術セミナー」が開催された。

写真 18 Thai Kikuwa Industries Co., Ltd.の社屋        

(左から泉氏、梅田教授、著者、榛葉氏)

写真 19 ダイカスト工場内図 7 Siam Sanpo Co., Ltd. の 2002年  以降のADC12の使用量の推移(2007年は予想 )

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 ADSTEFANは元東北大学教授新山英輔氏、同大学院工学研究科教授安斎浩一氏らが中心となって発足・運営した産学共同プロジェクト

「鋳造CAE研究会(Stefan)」で開発された研究成果を、技術移転機関(TLO)である株式会社東北テクノアーチを通じて株式会社日立製作所が製品化した 3次元鋳造シミュレーションシステムである。日本国内での契約ライセンス数は、2007年 8月現在186本で、鋳造関連では実働ライセンスとしては最も多いシステムである。また、タイにおいてもすでに 6本契約されており、タイで最も多く導入されている。 セミナーは、昨年も同じ場所で第 1回目が開催され、80名の参加があり大変盛況を博した。今年で 2回目であるが、会場には日系企業の日本人が30名、日系企業、ローカル企業、またタイのMTEC(National Metal and Materials Technology Center)や TMC(Technology Management Center)の研究者などタイ人が50名ほど参加した。 今回のセミナーでの講演内容を以下に簡単に紹介する。 最初にADSTEFANの紹介として、茨城日立情報サービス株式会社の谷本雅俊氏と宇部興産機械株式会社田中元基氏による解析事例の紹介があり、活発な質疑応答が行われた。 続いて、Mino(Thailand)Co.,Ltd.の杉山直己社長より日本、中国、タイで調達したダイカスト用アルミニウム合金地金の品質特性の調査結果について報告があった。タイで調達した地金を用いて溶解するとドロス発生量が非常に多いことから調査を開始した。溶解した地金を濾過試験して濾過時間や残差物量を測定したところ、日本あるいは中国材に比較してタイ材は濾過時間が長く、また残差物量も多い傾向があることがわかった。ダイカスト工場での入念なフラックス処理の必要性があることとタイの材料メーカに品質の改善努力を訴えていた。 3番目に著者がアルミニウム合金ダイカストの歴史について調査した結果を報告した。これは、19世紀中

頃に登場した活字鋳造機を基に19世紀の終わりから20世紀の初頭にかけて、アルミニウム合金ダイカストへの挑戦が行われ、実用化するまでの先人達の努力と知恵を紹介したものである。 最後に、Chulalongkorn Universityの梅田高照教授から、先生が集めた統計、データを基にしてタイの工業の現状とダイカストの状況について講演があった。先にも述べたようにタイが1997年~1998年にかけて起きた通貨危機から脱して今日の発展を迎えるまでを紹介され、またタイのダイカスト業界の発展について自動車・二輪車業界の動向と併せて紹介された。そして、タイが東南アジアの工業の中心として今後も発展し続けるため、ダイカスト関連業界も国内外との連携を強化することが必要であること、特に日本の協力が大切であることを強調しておられた。 今回の技術セミナーは、講演者が全員日本人ということもあり、日本語での講演となったが、現在日本の㈱ナノキャストに勤務しているピラキット・ウィリヤラッタナサック氏にタイ語への同時通訳をして頂いた。長時間にわたる通訳に心から感謝申し上げたい。 講演会終了後、懇親会があり、タイで活躍する日系企業、ローカル企業、MTECやTMCなど公的研究機関の技術者、研究者と歓談し、今後日タイの協力関係をより活発に行うことを誓い合い、大変有意義な時間を過ごすことができた。

 5.まとめ

 今回、タイで日系企業の 5社を訪問したが、どの企業ともここ数年は大変好調で活気にあふれていた。また、日本式 5 Sを実践し、大変綺麗な工場であった。従業員教育にも力を入れ、やる気のあるローカル社員を幹部に登用するなど、大変良好な関係を築いていた。タイは昔から日本と友好関係にあり、この歴史は今後も引き続いてアジア地区でのパートナーとして相互に発展するものと期待される。

 参考文献1)http://home.att.ne.jp/yellow/tomotoda/index.html2)矢野徹:会報ダイカスト No.126(2007)3)梅田高照:第 2回 ADSTEFAN 技術セミナー資料(2007)

社団法人日本ダイカスト協会http://www.diecasting.or.jp/〒105-0011 東京都港区芝公園 3-5-8 機械振興会館 502TEL 03-3434-1885  FAX 03-3434-8829

写真20 ADSTEFANの技術セミナー講演会場