第6章 微小な結晶からの回折 diffraction from small...

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名古屋工業大学大学院 結晶構造解析特論担当:井田隆(名工大セラ研) 2020528更新 第6章 微小な結晶からの回折 Diffraction from small crystallites 第5章で,「結晶が充分に大きければ …… 回折条件を満たすことが必要」ということを 述べました。一方で,もし結晶の形状が単位格子を平行六面体状に集合させたようなもの だとすれば,結晶が有限な大きさの場合の回折ピークの形状 diffraction peak profile も計算できるということがわかりました。どうやら結晶が小さくなると,そのせいで回折 ピークの幅が広がる傾向があるようです。 実際に,小さい結晶の電子顕微鏡観察の結果と,X線回折測定の結果を比較すると,結晶 が小さくなるほど回折ピークの幅が広がる傾向があることが確かめられます。 しかし,小さい結晶で平行六面体の形状を取る場合はそれほど多くはありません。とく に,結晶が非常に小さい場合には,表面エネルギーを減少させる(なるべく表面を小さく する)ために外形が球形に近づく傾向があります。 また,もちろん物質によっては方向によって成長のしやすさが違っていて,細長い結晶に なりがちの場合や,平べったい結晶になりがちな場合もあるわけです。任意の形状を持っ た結晶の厳密な構造因子を計算することは実際に可能なのでしょうか? 6-1 フーリエ変換に関する数学的な基礎  Mathematical theories for Fourier transformation この章のはじめに,フーリエ変換 Fourier transform と呼ばれる数学的な処理に関連した基 礎的なことがらについて,紹介します。もう少し詳しいことについて別のところで説明し ていますので参考にしてください。 6-1-1 ディラックのデルタ関数 Dirac delta function ディラックのデルタ関数 Dirac delta function は理学や工学の広い分野で良く使われます。 ここでは数学的な厳密さはあまり気にしないことにして,その性質を計算のための道具と して利用することにします。 ディラックのデルタ関数 は,原点 での値が無限大で,それ以外の場合にはゼロ の値をとり,その囲む面積は1であるというような関数です。 例えば, δ(x) x =0

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名古屋工業大学大学院 「結晶構造解析特論」

担当:井田隆(名工大セラ研)

2020年5月28日 更新

第6章 微小な結晶からの回折

    Diffraction from small crystallites

第5章で,「結晶が充分に大きければ …… 回折条件を満たすことが必要」ということを述べました。一方で,もし結晶の形状が単位格子を平行六面体状に集合させたようなものだとすれば,結晶が有限な大きさの場合の回折ピークの形状 diffraction peak profile も計算できるということがわかりました。どうやら結晶が小さくなると,そのせいで回折ピークの幅が広がる傾向があるようです。

実際に,小さい結晶の電子顕微鏡観察の結果と,X線回折測定の結果を比較すると,結晶が小さくなるほど回折ピークの幅が広がる傾向があることが確かめられます。

しかし,小さい結晶で平行六面体の形状を取る場合はそれほど多くはありません。とくに,結晶が非常に小さい場合には,表面エネルギーを減少させる(なるべく表面を小さくする)ために外形が球形に近づく傾向があります。

また,もちろん物質によっては方向によって成長のしやすさが違っていて,細長い結晶になりがちの場合や,平べったい結晶になりがちな場合もあるわけです。任意の形状を持った結晶の厳密な構造因子を計算することは実際に可能なのでしょうか?

6-1 フーリエ変換に関する数学的な基礎      Mathematical theories for Fourier transformation

この章のはじめに,フーリエ変換 Fourier transform と呼ばれる数学的な処理に関連した基礎的なことがらについて,紹介します。もう少し詳しいことについて別のところで説明していますので参考にしてください。

6-1-1 ディラックのデルタ関数 Dirac delta function

ディラックのデルタ関数 Dirac delta function は理学や工学の広い分野で良く使われます。ここでは数学的な厳密さはあまり気にしないことにして,その性質を計算のための道具として利用することにします。

ディラックのデルタ関数 は,原点 での値が無限大で,それ以外の場合にはゼロの値をとり,その囲む面積は1であるというような関数です。

例えば,

δ(x) x = 0

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(6.1.1)

という関数について, での極限をとれば,これがデルタ関数とみなせるものになります。つまり,

(6.1.2)

と書くことができます。

デルタ関数には,任意の関数 に対して,

(6.1.3)

が成立するという重要な性質があります。この関係は,式 (6.1.1), (6.1.2) の定義から

(6.1.4)

のように導かれます。したがって,デルタ関数の1次元でのフーリエ変換ないし逆フーリエ変換(偶関数の場合にはフーリエ変換と逆フーリエ変換は同じことです)は,

(6.1.5)

となり,逆に「常に の値を返す関数」の逆フーリエ変換またはフーリエ変換がデルタ関数であると見ることができます。このことを数式で表現すれば

(6.1.6)

となります。

1次元のデルタ関数を3次元に拡張することは容易です。3次元のデルタ関数は,単純に と書けて,このとき

(6.1.7)

(6.1.8)

という関係が成り立つことが確かめられます。ただし,式 (6.1.8) では としま

す。

gR(x) ≡

1w [−

w2

< x <w2 ]

0 [x ≤ −w2

,w2

≤ x]w → 0

δ(x) = limw→0

gR(x)

f (x)

∫∞

−∞f (x) δ(x) dx = f (0)

∫∞

−∞f (x) δ(x) dx = lim

w→0

1w ∫

w/2

−w/2f (x) dx = f (0)

∫∞

−∞δ(x) e±2π ikx dx = 1

1

δ(x) = ∫∞

−∞e∓2πikx dk

δ3(r) = δ(x) δ(y), δ(z)

∫ℛ3δ3(r) dv = 1

∫ℛ3f (r) δ3(r) dv = f (0)

0 = (000)

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6-1-2 畳み込みと相関 Convolution and correlation

畳み込み convolution とは,二つの関数 , に対して

(6.1.9)

という式で表される関数のことです。デルタ関数 を使えば,式 (6.1.9) の代わりに

(6.1.10)

という式で定義する事もできます。また,この関係が

(6.1.11)または

(6.1.12)と表現される場合があります(「*」の記号はアスタリスク asterisk と呼ばれます。「 」の記号はオー・タイ

ムズと呼ばれることがあります)。

畳み込み( )のフーリエ変換は,成分関数( )のフーリエ変換の積に等しいという関係があります。この関係を畳み込み定理 convolution theorem と呼びます。

畳み込みも3次元に拡張することは容易で,3次元の畳み込みは

(6.1.13)

または

(6.1.14)

と表現できます。

関数 と の相関 correlation は

(6.1.15)

で定義されます。これは「 と との畳み込み」と同じことです。関数 が実関数(実数値を取る関数)の場合に,「 の Fourier 変換」は,「 の

Fourier 変換」と 「 の Fourier 変換の複素共役」との積に等しくなります。この関係は相関定理 correlation theorem と呼ばれます。

特に が に等しいとき,

(6.1.16)

f (x) g(x)

h(x) = ∫∞

−∞f (x − y) g(y) dy

δ(x)

h(x) = ∫∞

−∞ ∫∞

−∞δ(x − y − z) f (y) g(z) dy dz

h(x) = f (x) * g(x)

h(x) = f (x) ⊗ g(x)⊗

h(x) f (x), g(x)

h(r) = ∫ℛ3f (r − r′ ) g(r′ ) dv′

h(r) = ∫ℛ3 ∫ℛ3δ3(r − r′ − r′ ′ )f (r′ ) g(r′ ′ ) dv′ dv′ ′

f (x) g(x)

Corr [ f (x), g(x)] = ∫∞

−∞f (x + y) g(y) dy

f (x) g(−x) g(x)Corr [ f (x), g(x)] f (x)

g(x)

g(x) f (x)

Corr [ f (x), f (x)] = ∫∞

−∞f (x + y) f (y) dy

Page 4: 第6章 微小な結晶からの回折 Diffraction from small crystallitestakashiida.floppy.jp/.../CrystalStructureAnalysis/6/6.pdf6-1-2 畳み込みと相関 Convolution and correlation

のことを自己相関 autocorrelation と呼びます。「自己相関の Fourier 変換」は,「Foureir 変換の絶対値の二乗」に等しくなります。

6-2 微小結晶からの回折強度の散乱ベクトル依存性     Dependence of diffraction intensity from a small crystallite     upon diffraction vector

結晶の形状を表す関数を体積関数 volume function と呼ぶことにします(この呼び方は一般的ではありません)。体積関数は,結晶の表面に対応する閉曲面で囲まれた内部でのみ という値を取り,閉曲面の外側では という値を取るような関数です。

例えば結晶の形状が半径 の球形の場合に体積関数 は

(6.2.1)

あるいは

(6.2.2)

となります。

また,たとえば直方晶(斜方晶)orthogonal crystal の結晶軸 が 軸に一致している場合で,結晶の外形が結晶軸の方向に沿った3辺の長さ の直方体の形状である場合には

(6.2.3)

と表現できるわけです。

このような体積関数 を定義すれば,結晶構造因子 を使って結晶全体の構造因子 を

(6.2.4)としたときに

(6.2.5)

と書けて,式 (6.2.4) 中の関数 に明確な意味を持たせることができます。

10

R V(r) = V(x, y, z)

V(r) = {1 [ |r | ≤ R]0 [ |r | > R]

V(x, y, z) = {1 [x2 + y2 + z2 ≤ R2]0 [x2 + y2 + z2 > R2]

a, b, c x, y, zA, B, C

V(x, y, z) =1 [ |x | ≤

A2

and |y | ≤B2

and |z | ≤C2 ]

0 [ |x | >A2

or |y | >B2

or |z | >C2 ]

V(r) = V(x, y, z) F(K)Ftotal(K)

Ftotal(K) = G (K) F(K)

G (K) = ∑ξ,η,ζ

exp [2π iK ⋅ (ξa + ηb + ζc)]=

∑ξ=−∞

∑η=−∞

∑ζ=−∞

V (ξa + ηb + ζc) exp [2π iK ⋅ (ξa + ηb + ζc)]G (K)

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さらに,デルタ関数の性質から,式 (6.2.5) は

(6.2.6)

と書き直すこともできます。

ここで

(6.2.7)

という関数を定義します。関数 は仮想的に無限に大きい結晶の格子点に位置した3次元デルタ関数 を集めたものという意味になります。式 (6.2.6) と (6.2.7) から,有限の大きさを持つ現実の結晶では

(6.2.8)

と書けます。式 (6.2.8) は, が「 と の積のフーリエ変換として表されることを意味します。畳み込み定理から, は「 のフーリエ変換と のフーリエ変換の畳み込み」としても表されることがわかります。

式 (6.2.7) で定義される に対してフーリエ変換を施すと,どのような関数になるのかを調べます。

(6.2.9)

とも書けます。これは第5章で求めたラウエ関数で,「結晶の大きさが無限に大きい場合」に対応しています。このことは「 のフーリエ変換」は,「指数 によって指定されるラウエ条件を満たす位置(ピーク位置) に置いたデルタ関数を,すべての について足し合わせたものと同等のものになる」ことを意味します。したがって,実際に観測される回折ピーク形状(ピーク位置の近傍での強度図形)を考える場合には,「デルタ関数との畳み込みはピーク形状を変化させない」ことか

ら,回折ピーク位置からの微小なずれ にともなう強度変化 は,「体積

関数 のフーリエ変換の絶対値の二乗」で表されると考えられます。

「体積関数 のフーリエ変換」を とします。つまり,

(6.2.10)

とします。このとき回折ピーク近傍の散乱ベクトル に対して,

(6.2.11)

G (K) = ∫ℛ3

∑ξ=−∞

∑η=−∞

∑ζ=−∞

V(r) δ3(r − ξa − ηb − ζc) e2π iK⋅r dv

σ∞(r) ≡∞

∑ξ=−∞

∑η=−∞

∑ζ=−∞

δ3 (r − ξa − ηb − ζc)

σ∞(r)δ3(r)

G (K) = ∫ℛ3V(r) σ∞(r) e2π iK⋅r dv

G (K) V(r) σ∞(r)G (K) V(r) σ∞(r)

σ∞(r)

∫ℛ3e2π iK⋅r σ∞(r) dv =

∑ξ=−∞

∑η=−∞

∑ζ=−∞

∫ℛ3e2π iK⋅r δ3 (r − ξa − ηb − ζc) dv

=∞

∑ξ=−∞

∑η=−∞

∑ζ=−∞

exp [2π iK ⋅ (ξa + ηb + ζc)]

σ∞(r) h , k , ld*hkl = ha* + kb* + lc*

h , k , l

k G (dhkl + k)2

V(r)

V(r) H(k)

H(k) ≡ ∫ℛ3V(r) e2π ik⋅r dv

dhkl + k

G (dhkl + k) ∼ H(k)

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とみなすことができるわけです。ピーク位置を中心とした回折ピークの強度分布は

に比例すると考えられますが,6-1-2節の相関定理から は「体積関数

の自己相関」のフーリエ変換に等しくなります。つまり,

(6.2.12)

と書けることになります。

6-3 粉末回折における有限サイズ効果     Effect of finite size on powder diffraction

現実の問題として,小さい結晶1粒から,その有限な大きさによる回折ピーク形状の変化を実験的に検出することは非常に困難です。しかし,粉末回折法 powder diffraction method を使えば,小さい結晶粒の集まりであるような試料から,結晶の有限な大きさによるピーク形状の変形を観測することが可能です。

粉末回折では,試料中の小さな結晶の粒はでたらめな方向を向いていると仮定します。このとき,回折されるX線は,入射ビームに対して一定の角度をもった円錐面に沿った方向に進みます。これを回折円錐 diffraction cone と呼びます(図 6.3.1)。

図 6.3.1 粉末X線回折での回折条件。回折ビームは円錐面に沿って進む。

図 6.3.2 縦型回折計の模式図

H(k)2

H(k)2

V(r)

H(k)2

= ∫ℛ3 ∫ℛ3V(r + r′ ) V(r′ ) dv′ e2π ik⋅r dv

粉末試料

θ

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X線検出器を使った粉末回折測定装置では,回折円錐の円錐面を垂直に横切るように検出器を動かします。よく使われる縦型回折計と呼ばれるタイプの装置の模式図を図 6.3.2 に示します。X線源は固定して,試料と検出器を連動して回転させます。検出器の手前にあるスリットで,回折円錐の一部を切り出して検出するとみることができます。図 6.3.3 のように,試料を固定してX線源と検出器を対称的に動かすタイプの回折装置もあります。このような装置は「バンザイ(万歳)型回折計」と呼ばれます。このバンザイ型回折計では,理想的には散乱ベクトルが必ず垂直上方向を向いているのでイメージしやすいのではないかと思います。

図 6.3.3 バンザイ型回折計

バンザイ型の回折計がやっていることは,散乱ベクトルの方向はそのままで,散乱ベクトルの長さを伸ばしたり縮めたりしているだけです(図 6.3.4)。

図 6.3.4 バンザイ型回折計の動きと散乱ベクトルの変化

「一つの結晶」の回折強度が散乱ベクトルによってどのように変化するかは,3次元空間で格子状に配置された斑点のようなもので表されます。試料の散乱ベクトルが,回折計の散乱ベクトルとたまたま一致したときだけ回折強度が現れます。粉末試料の回折条件はこれを3次元的に回転させて平均化したものと考えられ,タマネギ(球殻状)のようなものになります(図 6.3.5)。

図 6.3.5 一つの結晶からの回折(左)と粉末試料からの回折(右)

θθ

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したがって,粉末試料からの回折を測定した場合の強度が散乱ベクトルによってどのように変化するかを表す関数 は,

(6.3.1)

ただし

(6.3.2)

(6.3.3)

と書けるはずです。

回折斑点の大きさが散乱ベクトルの長さに比べて充分に小さい場合には,球面を平面で近似しても良いでしょう(図 6.3.6)。

図 6.3.6 球面(左)を平面(右)で近似する

そうすれば,式 (6.3.1) の代わりに

(6.3.4)

と書けます。

回折斑点の濃さの相対的な分布は式 (6.2.10) で定義される の絶対値の二乗,

に比例すると考えられます。そこで,ピーク形状 は,

(6.3.5)

とかけて,式 (6.3.5) と 式 (6.2.12) から

IPD(K )

IPD(K ) ∼ ∫2π

0 ∫π

0⟨ F(K)

2⟩ sin θK dθK dφK

K = K

K =Kx

Ky

Kz

=K sin θK cos φK

K sin θK sin φK

K cos θK

IPD(K ) ∼ ∫∞

−∞ ∫∞

−∞⟨ F(K)

2⟩ dKx dKy

H(k)

H(k)2

pPD(k)

pPD(k) ∼ ∫∞

−∞ ∫∞

−∞H(k)

2dkx dky

pPD(k) ∼ ∫∞

−∞ ∫∞

−∞ ∫ℛ3 ∫ℛ3V(r + r′ ) V(r′ ) dv′ e2π ik⋅r dv dkx dky

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(6.3.6)

となります。ここで, は 方向を向いた単位ベクトルです。式 (6.3.6) は, が

「 を一次元で Fourier 変換したもの」であることを意味します。こ

こで は,「『結晶を 方向に距離 だけずらしたもの(ゴースト;

ghost)』と,『元の位置にある結晶の形』との共通部分の体積」という意味になります(図 6.3.7)。

図 6.3.7  の意味。図の斜線部分の体積である。

式 (6.3.6) の関係を使えば,任意の形状の結晶粒について,有限なサイズの効果による粉末回折ピーク形状を求めることができます。このことはストークス−ウィルソン Stokes-Wilson の理論 (Stokes, 1948) として知られています。

6-4 小さい球形の結晶粒からの粉末回折ピーク形状     Powder diffraction peak profile from small spherical crystallite

この節では球形の結晶粒に限って,ピーク形状がどうなるかを調べます。結晶粒が直径

diameter の球形のとき,距離 ずらしたときに共通部分が存在するのは,

の場合に限られます。共通部分は図 6.4.1 の斜線部のような凸レンズの形をしたものになります。

= ∫ℛ3 ∫ℛ3V(r + r′ ) V(r′ )∫

−∞ ∫∞

−∞exp [2π i (kx x + kyy + kzz)] dkx dky dv dv′

= ∫ℛ3 ∫ℛ3V(r + r′ ) V(r′ ) δ(x) δ(y) exp (2π ikzz) dv dv′

= ∫ℛ3 ∫∞

−∞V(zez + r′ ) V(r′ ) exp (2π ikzz) dz dv′

= ∫∞

−∞ [∫ℛ3V(r)V(r + zez) dv] exp (2π ikzz) dz

ez z pPD(k)

∫ℛ3V(r)V(r + zez) dv

∫ℛ3V(r)V(r + zez) dv ez z

z

∫ℛ3V(r)V(r + zez) dv

D z −D < z < D

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図 6.4.1 球形の場合の共通部分(斜線の部分)

位置 での断面は円形で,区間 に限ればその面積は です。したがって共通部分の体積は, の場合に

(6.4.1)

で, の場合も含めて書けば

(6.4.2)

という式で表されます。式 (6.4.2) で表される関数を図示すると,図 6.4.2 のようになります。

0

z / 2

z

D / 2

z′ z /2 < z′ < D /2 π [(D /2)2 − z′ 2]z > 0

2∫D/2

z /2π [( D

2 )2

− z′ 2] dz′ = 2π [ D2z′ 4

−z′ 3

3 ]D/2

z /2

= 2π ( D3

8−

D2z8 ) − ( D3

24−

z3

24 ) =π6 (D3 −

3D2z2

+z3

2 )z < 0

∫ℛ3V(r)V(r + zez) dv =

π6 (D3 −

3D2 |z |2

+|z |3

2 ) [ |z | < D]

0 [ |z | ≥ D]

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図 6.4.2 式 (6.4.2) で表される関数の形状

回折ピークの形状は,式 (6.3.5) と式 (6.3.6), (6.4.2) から

pPD(k) = ∫∞

−∞ ∫∞

−∞H(k)

2dkx dky

= ∫∞

−∞ [∫ℛ3V(r)V(r + zez) dv] exp (2π ikzz) dz

= ∫D

−D

π6 (D3 −

3D2 |z |2

+|z |3

2 ) e2π ikz dz

=π3 ∫

D

0 (D3 −3D2z

2+

z3

2 ) cos (2πkz) dz

=π3 (D3 −

3D2z2

+z3

2 )sin (2πkz)

2πk

D

0

−3

4πk ∫D

0(−D2 + z2) sin (2πkz) dz

=14k [−(D2 − z2)

cos (2πkz)2πk ]

D

0

−1

πk ∫D

0z cos (2πkz) dz

=D2

8πk2−

14πk2 [

z sin (2πkz)2πk ]

D

0

−1

2πk ∫D

0sin (2πkz) dz

=D2

8πk2−

14πk2

D sin (2πk D)2πk

−1

2πk [−cos (2πkz)

2πk ]D

0

−D 0 Dz

π D3

6⟶

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(6.4.3)

となります。ただし, とします。また,式 (6.4.3) を級数展開すれば,

となって, のとき,

(6.4.4)

となることがわかります。

ピーク形状図形 の面積は,式 (6.2.12) の関係とデルタ関数の性質を使って

(6.4.5)

=D2

8πk2−

14πk2 [

D sin (2πk D)2πk

−cos (2πk D) − 1

4π2k2 ]=

D2

8πk2−

14πk2 [

D sin (2πk D)2πk

−sin2 (πk D)

2π2k2 ]=

D2

8πk2 [1 −sin (2πk D)

πk D+

sin2 (πk D)π2k2D2 ]

=πD4

2s2 [1 −2 sin s

s+

4 sin2 (s /2)s2 ]

s ≡ 2πk D

pPD(k)

∼πD4

2s21 −

2 (s − s3/6 + s5 /120 − ⋯)s

+ 4 ( s /2 − s3/48 + s5 /3840 − ⋯s )

2

=πD4

2s21 − 2 (1 −

s2

6+

s4

120− ⋯) + (1 −

s2

24+

s4

1920− ⋯)

2

=πD4

2s2 (1 − 2 +s2

3−

s4

60+ ⋯ + 1 +

s4

576+ ⋯ −

s2

12+

s4

960− ⋯)

s → 0

pPD(k) →πD4

8

pPD(k)

∫∞

−∞pPD(k) dk = ∫

−∞ ∫∞

−∞ ∫∞

−∞H(k)

2dkx dky dkz

= ∫∞

−∞ ∫∞

−∞ ∫∞

−∞ ∫ℛ3 ∫ℛ3V(r + r′ ) V(r′ ) dv′ e2π ik⋅r dv dkx dky dkz

= ∫ℛ3 ∫ℛ3V(r + r′ ) V(r′ ) ∫

−∞ ∫∞

−∞ ∫∞

−∞e2π ik⋅r dkx dky dkz dv dv′

= ∫ℛ3 ∫ℛ3V(r + r′ ) V(r′ ) δ3(r) dv dv′

= ∫ℛ3 ∫ℛ3V(r + r′ ) V(r′ ) δ3(r) dv dv′

= ∫ℛ3[V(r)]2 dv = ∫ℛ3

V(r) dv =πD3

6

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となります。なお,体積関数 の定義から, の関係は常に成立します。

図 6.4.4 に式 (6.4.3) で表される図形の形状を示します。

任意のピークの形状について,面積と高さの等しい長方形の幅を積分幅 integral breadth と呼びます。

式 (6.4.4) と (6.4.5) とから,直径 の球形結晶子について,有限なサイズによる回折ピー

ク形状の積分幅は になります。

図 6.4.4 直径 の球形の結晶粒からの回折ピーク形状(実線)。破線はこのピーク図形と面積も高さも等しい長方形で,幅が になる。

6-5 結晶粒子の大きさの分布の効果     Effect of crystallite size distribution

前節まで,結晶の粒がすべて「同じ形」で「同じ大きさ」の場合の回折ピーク形状が求められることが示されました。しかし,現実の粉末試料では,粒子の大きさや形状は必ず統計的な分布を持っています。その効果は,実際に観測されるピーク形状に影響を与えます。

大きさの分布 size distribution の確率密度関数が で表されるとします。たとえば「対数正規分布 log-normal distribution」と呼ばれる分布の確率密度は

V(r) [V(r)]2 = V(r)

DπD3/6πD4 /8

=4

3D

-4 -3 -2 -1 0 1 2 3 4

D4/3D

fSD(D)

π D4

8

43D

1D

−1D

−2D

−3D

−4D

2D

3D

4D

0

k

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(6.5.1)

のような数式で表されます。ここで, はメジアン(中位数)径, は対数スケールでの標準偏差です。

一つの結晶からの回折ピークの積分強度は,体積あるいは に比例し,一方で回折ピークの高さは に比例します。そのことから, 個の粒子のうちの 番目の粒子の大きさ

を すれば,全体からの回折ピークの積分強度は粒径の3乗の平均 に

比例し,ピークの高さは粒径の4乗の平均 に比例します。粒子の大き

さの分布がどのような分布関数に従うかによって,結晶粒の集合体からの回折ピーク形状は変化しますが,積分幅は積分強度と高さの比で定義されるので,どのような確率分布に

よるかとは関係なく で決まります。粒径の4乗の平均と3乗の平均との比は体積

加重平均径 volume weighted average diameter とも呼ばれ,

(6.5.2)

という式で定義されます。結晶粒の形状を球形とみなせる場合には,散乱ベクトルの大きさ を横軸に取ったときの積分幅 は,

(6.5.3)

という式で表されます。波長を ,回折角を としたときに,

(6.5.4)

の関係から,

(6.5.5)

となるはずです。そこで,球形結晶子の集合体について現実の測定で求められる(はずの)回折線(積分)幅 と体積加重平均粒径の間には

(6.5.6)

の関係があることがわかります。ただし,式 (6.5.6) の は散乱角を横軸にとったときの回折ピークの積分幅(ラジアン単位)です。この式を使えば,回折ピークの積分幅から体積加重平均粒径を求めることができます。

fSD(D; m , ω) =1

2πωDexp {−

[ln(D /m)]2

2ω2 }m ω

D3

D4 N j

Dj ⟨D3⟩ =1N

N

∑j=1

D3j

⟨D4⟩ =1N

N

∑j=1

D4j

⟨D4⟩⟨D3⟩

⟨D⟩V

⟨D⟩V ≡ ⟨D4⟩⟨D3⟩

K β

β =4

3 ⟨D⟩V

λ 2θ

K =2 sin θ

λ

ΔK =2 cos θ

λΔθ =

(Δ2θ ) cos θλ

Δ2θ

⟨D⟩V =4λ

3(Δ2θ ) cos θΔ2θ

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式 (6.5.6) は,結晶子が球形の場合のシェラー Scherrer の式と言えます。結晶子(結晶

粒)が球形でない場合でも,体積加重平均粒径 は に比例しますが,比

例係数は粒子の形状と散乱ベクトルの方向によっても変わります。そのような意味合いもあって,結晶粒の大きさ を回折測定から求めるために一般的に用いられる「シェラーの式」では,

(6.5.7)

という形式が使われます。ここで, はシェラー定数 Scherrer’s constant と呼ばれます。ただし,式 (6.5.7) で求められる は「体積加重平均径」に比例する値であること,式 (6.5.7) で用いられる積分幅 は,「半値全幅」や「標準偏差」などとは,意味が違うことに注意して下さい。

微粒子の集合体の「粒の小ささ」を特徴づけるために「体積加重平均径」はあまり実用的ではありません。例えば触媒として利用される白金など貴金属の微粒子は「体積あたりの表面積」で触媒としての性能が決まりますし,流体中での沈降速度は粒子の体積に比例する重力と表面積に比例する摩擦力で決まります。多くの場合に,体積加重平均径 ではなく

(6.5.8)

として定義される「面積加重平均径 area-weighted average diameter」の方が実用的には有効です。

回折ピーク形状分析によって面積加重平均径を見積もる方法も提案されています

(Langford et al. 2000, Popa & Balzar, 2002, Ida et al. 2003 など)。

参考文献6

Ida, T., Shimazaki, S., Hibino, H. & Toraya, H. (2003). “Diffraction peak profiles from spherical crystallites with lognormal size distribution,” J. Appl. Crystallogr. 36, 1107–1115. [doi: 10.1107/S0021889803011580]

Langford, J. I., Louër, D. & Scardi, P. (2000). “Effect of a crystallite size distribution on X-ray diffraction line profiles and whole-powder-pattern fitting, ” J. Appl. Crystallogr. 33, 964–974. [doi: 10.1107/S002188980000460X]

Popa, N. C. & Balzar, D. (2002). “An analytical approximation for a size-broadened profile given by the lognormal and gamma distributions,” J. Appl. Crystallogr. 35, 338–346. [doi: 10.1107/S0021889802004156]

Stokes, A. R. (1948). “A Numerical Fourier-analysis Method for the Correction of Widths and Shapes of Lines on X-ray Powder Photographs,” Proc. Phys. Soc. London, 61, 382–393. [article PDF]

⟨D⟩Vλ

(Δ2θ ) cos θ

D

D =KScherrerλ

(Δ2θ ) cos θKScherrer

DΔ2θ

⟨D⟩V

⟨D⟩A ≡ ⟨D3⟩⟨D2⟩