グロ ーバ ル 視点 に基 づ く社 会 科 カ リキ ュ ラ ム...

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社 会 系 教 科 教 育 学 会『 社 会系 教科 教育 学 研 究 』 第 9号 1997 (pp.55-62) グローバル視点に基づく社会科カリキュラムの構成原理 ―W.M.Kneip の社会科カリキュラムをてがかりにして- Construction Principles of the Social Studies Curriculum from the Global Perspective: Through 七he Social Studies Curriculum Developed by W.M.Kneip (兵庫教育大学大学院) はじめに 現代の政治・経済・社会・文化等の国際的諸関 係が強まっていく中で,世界的諸問題が生じてい る。さらに,各国の独自的主権と伝統を保つため のナショナリズムと,人類の生存に大きな影響を 及んでいる食糧・人権・環境・平和等のグローバ ル問題等が日増しに深刻化している。そこで,世 界各国は,独自的文化の価値尊重と,人類共同の 問題を正しく認識し解決する方法として,多様な 形 態 の国 際 理 解 教 育 の活 動 に取 り 組 ん で い る のような教育活動 においては,独自的な研究理論 と実践の特徴を持つ平和教育・開発教育・環境教 育と,ユネスコの国際理解教育等が代表的である。 それらの中で, 中心的役割を担ってきたユネスコ は,設立当時から国際理解教育のために協同実験 学校を推進してきた。そして,協同実験学校の研究 主題として,「国連の研究」「他国・他文化の研究」 「人 権の研究」 厂人間 と環境」を設定 し, 国際 理解 と 国際協力に重点を置いた教育活動をしてきている。 このような国際理解のための諸教育活動の研 究内容と方法を,永井滋郎氏は歴史的・地理的条 件及 び価値の相対吐を重視する文化理解的アプロー チと,人類が直面する問題を共通的相互認識を通 して解決する問題解決的アプローチによって取ら えている。O これら2つのアプローチは, 社会事 象に対する各個体の多様な特性を理解し,人類が 直面する問題を解決することに重点を置いている。 しかし,相互関係が強まっていく未来社会に対処 するためには, これらのアプローチでは研究の限 界がある。その為,地球全体をひとつのシステム として認識し,社会事象の相互依存的関連を把握 るグロ ーバ ル教育 の必 要性 が提起 れ, 1970 代初期からアメリカにおいてグローバル教育活動 が取 り組 ま れ て きた 。 に, 1979 年NCSS (National Council for the Social Studies) の「社会科カリキュラムの ガイ ライ ン」2)と, 1987 年民間教育団体である GPE( GlobaI Perspectives in Education) の「グ ローバル教育の強化のための提案」の発表をきっ かけに各州レベルの段階で多様なプロジェクトが 実 施 されてい る。3) そこで,本稿では小・中・高の一貫性のあるカ リ キ ュ ラ ム 案 を 提 示 し たW.M.Kneip のK-12 案o を手がかりにして,グローバル教育の目標・内容・ 方法についてのカリキュラムの構成原理を分析し よ う と す る。 こ の分 析 に あ た って は , 次 の2 点 に ついて解明する。 ①グローバル教育のカリキュラム構成視点と目 標及び内容はどのように構成されているか。 ②グローバル教育のカリキュラムにおけるシー クエンスとスコープの特徴及び構成原理はどのよ うになっているか。 H W.M.Kneip の社会科カリキュラムの構成 社会科カリキュラムの構成の視点 アメリカの社会科教育の基本目標 は,「学生 た ちに相互依存性が深くなる世界に人間的で,合理 的に社会に参加する有能な市民を育てる」5)とし て,市民性教育を社会科教育の中心目標に位置づ けている。グローバル教育 は,このような市民性 の意味と視点を地域社会や国家次元だけではなく, グロ ーバル社会まで拡大して社会事象を認識し, ― 55 ―

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社会系教科教育学 会『 社会系 教科 教育 学研究』第 9号 1997 (pp.55-62)

グ ロ ー バ ル 視 点 に 基 づ く 社 会 科 カ リ キ ュ ラ ム の 構 成 原 理

―W.M.Kneip の社会科カリキュラムをてがかりにして-

Construction Principles of the Social Studies Curriculum from the Global Perspective:

Through 七he Social Studies Curriculum Developed by W.M.Kneip

田    鎬  潤

(兵庫教育大学大学院)

I はじめに

現代の政治・経済・社会・文化等の国際的諸関

係が強まっていく中で,世界的諸問題が生じてい

る。さらに,各国の独自的主権と伝統を保つため

のナショナリズムと,人類の生存に大きな影響を

及んでいる食糧・人権・環境・平和等のグローバ

ル問題等が日増しに深刻化している。そこで,世

界各国は,独自的文化の価値尊重と,人類共同の

問題を正しく認識し解決する方法として,多様な

形態 の国際理解教育の活動に取り組んでいるO

のような教育活動 においては,独自的な研究理論

と実践の特徴を持つ平和教育・開発教育・環境教

育と,ユネスコの国際理解教育等が代表的である。

それらの中で, 中心的役割を担ってきたユネスコ

は,設立当時から国際理解教育のために協同実験

学校を推進してきた。そして,協同実験学校の研究

主題として,「国連の研究」「他国・他文化の研究」

「人権の研究」厂人間と環境」を設定し, 国際理解と

国際協力に重点を置いた教育活動をしてきている。

このような国際理解のための諸教育活動 の研

究内容と方法を,永井滋郎氏は歴史的・地理的条

件及 び価値の相対吐を重視する文化理解的アプロー

チと,人類が直面する問題を共通的相互認識を通

して解決する問題解決的アプローチによって取ら

えている。O これら2つのアプローチは, 社会事

象に対する各個体の多様な特性を理解し,人類が

直面する問題を解決することに重点を置いている。

しかし,相互関係が強まっていく未来社会に対処

するためには, これらのアプローチでは研究の限

界がある。その為,地球全体をひとつのシステム

として認識し,社会事象の相互依存的関連を把握

す るグロ ーバ ル教育 の必 要性 が提起 さ れ, 1970 年

代初 期 か らアメ リカにおいて グローバ ル教育 活動

が取 り組 ま れて きた。

特 に, 1979 年NCSS (National Council for

the Social Studies) の 「社 会 科 カ リ キュ ラ ムの

ガイ ド ライ ン」2)と, 1987 年民 間教 育 団 体 で あ る

GPE(GlobaI Perspectives in Education) の「 グ

ロ ーバル教育 の強化 のため の提案」 の発表 を きっ

かけ に各州 レベル の段 階で多 様な プロ ジェ クトが

実 施 されてい る。3)

そ こで, 本稿 で は小 ・中 ・高 の一貫 性 のあ るカ

リキ ュ ラ ム案 を提 示 し たW.M.Kneip のK-12 案o

を手 が かりにして, グローバル教育の目標・内容 ・

方 法 につ いて のカ リキュ ラムの構成原 理を分 析 し

よう とす る。 こ の分析 にあ た って は, 次 の2 点 に

つ いて解 明す る。

① グローバ ル教育 のカ リキュ ラム構成視点 と目

標及 び内容 はどのよ うに構成 さ れて い るか。

② グローバ ル教育 のカ リキュ ラムにおけ る シー

クエ ンスと スコープ の特徴及 び構成原 理 はど のよ

うにな って い るか。

H W.M.Kneip の社会科カリキュラムの構成

1 社会科カリキュラムの構成の視点

アメリカの社会科教育の基本目標 は,「学生 た

ちに相互依存性が深くなる世界に人間的で,合理

的に社会に参加する有能な市民を育てる」5)とし

て,市民性教育を社会科教育の中心目標に位置づ

けている。グローバル教育 は,このような市民性

の意味と視点を地域社会や国家次元だけではなく,

グロ ーバル社会まで拡大して社会事象を認識し,

― 55 ―

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人類共通的問題解決に参加することに重点を置いている

。このグローバル市民性の視点を設けたこ

とは,現代社会の政治・経済的発達による次の

2つの事実に基づいている。6)

ひとつは,人間は地域・国家という単純な世界

だけではなく,地球全体のすべての人々たちの間

に相互影響を及ぶような組織的で,多様な世界で

住んでいることであるo他のひとつは,人間の生

活が国家的次元だけでは解決することができない問題,すなわち,環境汚染・飢餓・国際テロ・核

兵器等によって脅威を受けていることである。

そして, W.M.Kneipは,グローバル視点に基づ

く社会科教育のカリキュラム構成についての基本的視点を次のように提示した

。7)

教育目標は,相互依存と変化の特徴をもってい

る現代社会に学生たちがよく適応し,参加し,責

任をもって生きていく民主的市民を育てることに置くべきである

。特に,アメリカの文化・経済等

の国際的支配は,全世界の国家と国民に影響をあ

たえているので,この責任を尽くすことができる

市民性教育がアメリカの社会科に明確に反映しなければならな

い。教育内容は

,主に歴史・社会科学・人文分野か

ら抽出して構成されるが,自然科学・開発教育・

環境教育等からの教育的成果も取り入れるべきである。特に多様性・相互依存性・葛藤と変化に対

する重要な国家的・国際的実際を解明し,統合的

思考が要求される未来社会に備える総合的内容にしなければならない。教育方法は

,学習者の経験と発達を基にして,

学生たちが学習過程に能動的で,相互作用的に学

習に参加するべきである。これは学生たちが社会

現象に直接参加することからグローバルシステム

の多様な関係を把握し,相互依存の重要性を認識

することができるからである。このような視点を

踏まえてW.M.Kneipのカリキュラムの目標と内容を考察すると,次のようである。

2 社会科カリキュラムの目標

グローバル視点に基づく社会科カリキュラムの

教育目標は,知識・能力・価値・社会参加の4領域

に分けられている。一般教科学習の目標に社会参

加を加えていることが特徴である。そして,これ

らの4つの目標は,相互関連性が強くて,4日標

が相互補完的に機能するよう設定されている。剛 知識NCSSの社会科カリキュラムガイドラインによっ

て提示された知識目標を基にして, W.M Kniepは次のように3つの知識目標を設定している

。8)

①歴史的視点の認識一普遍的人間価値と独特

な世界観の展開についての理解,現代グローバル

システムの歴史的発展についての理解,そして,

今日のグローバル問題とイシューの前提条件・原因の理解を図る。

②システム認識一全地球上に拡散されている

経済的,政治的,生態学的,技術的システムの中

で生活する行為者としての認識を基にして,自己・

地域・国家について相互関連性の理解を図る。’

③社会参加のための基礎知識の認識―社会参

加についての基礎的知識として歴史的視点認識とシステム認識だけではなく

,現代の大きな問題と

イシューについての原因・影響・解決方法の理解を図る

。(2)能力能力目標としては

,社会事象についての因果関

係・関係性・多様な問題解決方法を知って,明確な視点を持つ

,次のような能力を育てることを設定している。9)①学生たちは

,既存知識を基にして判断する批

判的思考能力を持っている。したがって,子供の

時から関係性の理解と分析,新しい状況への情報

応用,多様な資料から情報を総合して批判的思考

能力を育てる。②学生たちは

,社会科学者や歴史学者によっ

てモデル化した科学的調査方法を活用する技術を学習する

。これは観察,インタビュー,調査,

読書を通してデータを収集し,チャート,地図,

モデル等の道具を使用するデータ組織化,多様な

方法で学習する内容についてのコミュニケーションの能力を育てる

。(3)価値教授と学習過程

,社会的・自然的環境構造に含

まれている価値は,学習目標によって選択されな

ければならない。社会科の主要目標は,学生たち-56-

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が相互依存的世界で民主的市民としての役割を尽くすよう

,次のように目標を設定している。10)

①視点一他人との関係性の理解を図る。

②関心一生命,個人の責任,人権,生態学的

バランスについての関心を身につける。

③傾向性一参加,協調,多様性の収容,葛藤

の平和的解決についての態度をもたせる。

④規範一公正,平等,自己決定,個人の自由,

人間の尊厳等についての価値認識をもたせる。(4)社会参加

社会科教育は学生たちに彼らの生活に関連するすべてのシステムに責任を持って

,有能に組織に

参加することを助けることである。それはグ゙ロー

バル問題やイシューに対する問題解決の代案を合

理的・創造的に表現し,思考し,直接社会事象に

参加する手段と機会を提供することで,次のよう

な社会参加目標を設定している。11)

①学生たちは社会参加に伴う権利と責任を充分に自覚し

,民主的制度がどうして・なぜ機能

するのかを正しく認識して社会活動に参加する。

②学生たちは,世界の人々が相互依存し,影

響を及ぶことを知て,個人的・社会的利益を極大

化する経済的意思決定をする。

③社会的,生態学的利益と損失を考慮し,個

人的満足と幸福に貢献する生活様式を決定する。

以上のようにグローバル視点に基づく社会科教

育目標においては,人間価値とグローバル史及び

グローバルシステムについての社会事象を理解し,

システムの中で相互依存性を分析・判断する能力

を習得し,価値認識の内面化の形成に重点を置い

ている。また,現代グローバル問題についての原

因を科学的に分析し,解決方法を探究して,社会

活動に能動的に参加する民主的市民を育成する目標を置いている。

3 社会科カリキュラムの内容

W.M.Kniepは,初等学校から中等学校までの一

般学校で適用することができるグローバル視点に

基づく社会科のカリキュラムーを提案している。こ

れは,学生の学習及び発達段階に基づいて初等学

校カリキュラム<表1>と中等学校カリキュラム<表2>のように構成されている。s

初等学校カリキュラムは,各学年ごとに社会事

象を示すテーマ学習が単元名で設定されている。

さらに,この単元に関連づけてグローバル問題の

学習を行うことが特徴である。中等学校カリキュ

ラムでは,グローバルシステムの相互依存的認識

を通じて社会問題解決と社会参加能力の育成に重点を置いていることが特徴である

。これらのカリ

キュラムの重要な内容は次のようである。

初等学校段階では,1学年は,子供だちと関わっ

ている身のまわりの人々と環境との関係とモノ(物)の大事さを通じて希少性と相互依存性の概念を理解する

。2学年は,子供と環境どの関係・

世界の子供たちの生活様子を調べて,変化性と多

様な文化が存在することを理解し,3学年は,地

域経済活動の行為者として相互依存性と葛藤の原因及び解決方法を明らかにする

。4学年は,州に

ついての地理学習を,5学年は,アメリカの歴史

学習,6学年は,開発途上国についての地理・歴

史学習を通して,人間と環境,各国家と民族の間

の相互依存性及び文化と変化,そして資源の希少

性による葛藤等の概念を学習する。

中学校段階では,7学年は,世界をシステムと

して認識する視点で諸社会事象を学習し,8学年

は,人間の基本的価値(文化・風習・言語等)を

探究する。9学年は,グローバル史として,文明

の発展の過程で相互依存と変化・葛藤等の歴史的概観を学習する。

高等学校段階では,10学年は,アメリカ史をグ

ローバル史に関連して独自性を強調し,11学甲は,

近代グローバル史の重要事件及び影響を及ぼした

人物について探究する。 12学年は,現代グローバ

ル問題の原因と解決方法を探究し,地域活動の主

体者として社会に参加する能力を育てる内容で構成されているO

Ⅲ W.M.Kniepの社会科カリキュラムの構成原理1 シークエンスの特徴

カリキュラム内容を学習目標,学習内容,学習

方法の視点で分析すると次のようなシークエンスの特徴が見られる。

学習目標視点においては,学生たちが社会事象

に対する知識と能力形成からの価値と社会参加の-57-

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<表1>  初等学校カリキュラム

学年 学習 テ ーマ 学    習    内    容 関連概念 グロ ーバル問題

1 相互 依存性

希 少 性

・子供 たちの探 究は人 々との関連 哇, 彼ら の活動場で の役割 に焦点を 置く。

・ 自然環境 の中で生 物・無生 物の間の相互依存関係を理解す る。

・単純 な機械的,生 物的システムがともに技能するよう構成 要素 を ど う作 るべ

きかを学習 する。

・ 欲望 と必要 との差 異を理解する。

・機 会費 用に関する経済原理によって経済活動・意思決定を分析す る。

相互依存性

希 少 性

環境 一学校 と地 域 社

会 の中 で汚染 や 浪 費

の事例と原因を知 り,

これ の 解決 方法 を 模

索 する。

2 変    化

文    化

・学生 自身 の変化 に対 する連続性を明確に理解する。

・記録文書を 使用して 地域 社会や環境の変化を理解する。

・学生 自身 や学 校文化 及び世界の子供たちの文化を調査して 文化 の 普遍 的な 特

徴を理解 する。

変    化

文    化

開発 一世界 各地 域 に

ある 飢 餓や 貧困 問 題

を 理解し責 任を とる。

3 葛    藤 ・葛藤状況 とそ の原因 を理 解して, 共同で問題解決のための技術を開発す る。

・事象的 テーマとして経済 シ ステムの中で地域行為者を学習する。

・地域企業,市場等で の共同 的な側面 と需要・ 供給の相互依存性を明か にする。

葛    藤

相互 依存性

平 和 と安 全 一世 界 の

平 和 と安 全を 脅 か す

葛藤 の原 因 と解 決 の

方 法を 模索 する。

4 州 ・文化 の概念を使 用して州 の発展に貢 献した色々の グループを分析す る。

・「現代生活 の学習」で は州 と他の国家, 世界の経済的・政 治的 ・文 化 的・ 技

術的関連性を明 らか にする。

文    化

相互 依存性

環 境 一州 の環 境 問 題

(地域・ 河川・ 森 林・

都市等)を 調査する。

5 アメ リカ史

(主題別)

・他の国と区別さ れるアメリカの独特 な要 素や価値に重点を 置い て アメ リカ の

発展に対する理解を図 る。

・概念学習 は,世界 との相互 関係・国家 発展において 葛藤の役 割・ アメ リカ の

経済発展等を歴史的・現代的視点で分析 する。

・アメ リカ憲法・連邦制・大統領 制等 国家 として のアメリカの独自性に寄与 す

る構成要素を学習す る。

相互 依存性

葛    藤

希 少 性

人 権 - すべて の 市 民

に公正 ・平 等 ・ 自 由

の基 本的 価値 を 付 与

した過程を調 査す る。

6 ラテンアメリカ

ア メ リ カ

ア  ジ  ア

・変化・文化・葛藤・相互 依存の概念を ふまえ て歴史 的, 現代 的視 点 で 各大 陸

について学習 する。

変化・文化

葛藤 ・ 相 互

依存性

開 発 ~ アメ リカ と 開

発 途上 国 と の関 係 性

を調査 する。

<表2>  中等学校カリキュラム

学年 学習 テ ーマ 学      習      内      容

7 グロ ーバルシステ ム

・ グロ ーバル経 済システムとアメリカ経済を初め グロ ーバ ル経済 の相互 依存性を分析 する。

・生態的・技術的 システムに焦点 を置いて綜合的に学習する。

・主 に,社 会科 学と自然科学を利 用する。

8 人 間 価 値 の 研 究

・ アメ リカにお ける自由・ 権利・ 労働倫理・多数決原理・平等のような基本的価イ直を 初め,人 間価値の領

域を分析 する。

・西欧文明を形成 した著作物 や運 動より人間価値の変遷過程を探究する。

・非西欧的伝統をお なじ方 法で探 究し, 特に主 要行為者に対して重点を置 く。

9 グ ロ ー バ ル 史

・過去2000 年間 の文明が相互 依存性を持っていかに発展して きたか のプロ セスを探究 する。

・初期文明 にお いて情報的・物的・ 芸術 的交流の結果, 移住, 技術,輸出,戦争等を探究 する。

・目標 は現代 の国際関係を解明 するための広い歴史的概観を提供する。

10 アメ リカ史(年代順)・概念的テ ーマを利用 し, グローバル史 とアメリカ史の関係性を強調する。

・国内的・国際的領域 の側面で グローバル問題 についての, アメリカのアプロ ーチの独 自性を 強調 する。

11近代 グロ ーバル史 の

主 要 行 為 者

・ グロ ーバル政治・経済的領域 にお ける行為者 としての国家に焦点を置 く。

・選定さ れた国家が,永続的問題を 解決 するアプローチを比較する。

・基本的な社会的・政治的価値を分 析する。

・UN, NGO, 多国籍企業,労 働組合 やグローバル団 体の役割を分析する。

12 現代 グロ ーバル問題

・概念的テ ーマを利用 する探究プロ ジェクトにおいて, デ ータ収集や分析,結論 の導 き出し,解決方 法を

探究す る。

・民主社会市民 として の役割を経 験するため, 地域機関・非 営利組織等と協力 して地域プロ ジェクト に参

加する。

* W.M.Kniep,「Social Studies Within A Global Education」, Social Education, V50, 1986, pp.540-

5410より作成

― 58 ―

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態度を育てるように配列されていることが特徴であるO初等学校段階では

,主に社会事象の概念を

理解し,これらの相互関連性を分析する能力を高

めるのに重点を置いている。中等学校段階では,

社会事象のシ不テム的視点と人間の普遍的価値等を内面化し

,現代グローバル問題の解決のために

社会活動に能動的に参加する民主的市民を育てるように構成され

ている。学習内容視点においては

,学習領域は,家庭・

学校・地域から州・国家・世界で学習経験を広げ

る伝統的なカリキュラムの順次性を基にしながらも,グローバル問題を低学年からテーマ学習で取

り上げていることが特徴である。即ち,初等学校

では,1学年からグローバル問題を単元で提示し

てグローバル視点を重視し,中等学校では,テー

マ学習が相互密接に関連づけて綜合的に探究するように構成されている

。また,学習内容の知識の

構成は,単純概念の認識から総合概念の認識に配

列されていることが特徴である。初等学校段階で

は,学習すべき中心概念テーマを決めて提示した

が,教育内容は教師が子供たちの状況に合う題材

を選択して構成する。しかし,4学年からは内容

が特殊化・総合化されレ地理・歴史を中心とする

学習過程で,社会事象についての科学的社会認識

を意図している。中等学校段階では,テーマが主

題学習に含まれる総合的な概念として抽象的事象を探究するように構成されている

学習方法視点においては,社会機能の理解から

社会問題解決という配列が特徴である。初等学校

段階では,まだ社会事象に対する問題意識が発

達していないので,子供が自分の身のまわりの環

境を中心としていかに社会事象を理解し,適応す

るかに重点を置いている。中等学校段階では,グ

ローバル問題の分析を通じてグローバルシステム

の相互関連哇を把握し,ここで生じる葛藤の原因

と解決方法を知って,積極的に社会問題に参加す

るように構成されている。また,学習形態として

は,受動的・一方的学習活動から能動的・相互作

用的活動という特徴がある。初等学校段階では,

社会事象に対する理解を中心として教師の指導による受動的な学習活動が行われる

。中等学校段階では,グローバル教育の重要目標である社会参加

の機会を提供し,学生が主体になってグローバル

問題を解決する能力を身につけて民主的市民としての能動的な役割を尽くすよう構成されているOこのような学習目標

・内容・方法をシークエンスの特徴に基づいて図で示すと<図1>のようである。      ‥

目標

学習内容

学習

知能

識力

家庭,学校,地  域

単純概念認 識二社会機能理 解的的

動方受一

価 値社会参加州世

国家,界

総合概念認 識二社会問題解 決二能 動的相互作用的

<図1> シークエンスの構造図

初等学校段階では,学生の身のまわりを中心と

して社会事象に対する単純な知識習得と社会機能を理解し

,システム的相互関連性を把握する能力

を形成するように配列されている。

中等学校段階では,学習内容が国家・世界に拡

大されて,社会事象をそれぞれ切り離して捉える

事ではなく,相互関連性を総合的に分析して能動

的に社会に参加し,社会問題を解決する態度を形

成するように配列されている。

2 スコープの特徴

多元主義,相互依存生変化の特徴を持つグロー

バル社会の現在及び過去の歴史的実際から,グロー

バル教育の基本的学習領域として,人間価値,グ

ローバルシステム,グローバル史,グローバル問

題を取り上げている。13)これは,グローバル教育

のプログラム開発に利用される多くの先行研究の教育内容を分析して

一番必須的な4つの学習要素を選定しているが,1‘)その内容は次のようである。

出 人間価値の学習

これは普遍的であり,多様な人間価値が,相互

に違う環境の中で独特に形成・発展してきたこと

を理解し,受容する態度を育てる学習である。普― 59

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遍的価値は,グループの独自性を超越した人類の

価値として人間の平等・正義・自由等である。多

様な価値は,哲学的・宗教的・国家的伝統の多様

性を基にして独特な形態で発展してきた言語・価

値・信念・慣習等である。その内容としては,各

学年ごとに文化の領域が学習主題に総合的に含まって学習されているOたとえば

,2学年では,自分

の文化の特徴を中心として世界の子供たちの文化との類似性を理解する

。8学年では,自由・平等・

宗教・言論の自由等の市民的・政治的権利をはじ

め,人間の基本生活に必要不可欠な健康・衣食住・

老後保障等の社会的・経済的権利に対する価値認

識と,これらのための人間の努力を学習するよう

に構成されている。

(2)グローバルシステムの学習

これは,経済的・政治的・生態学的・技術的シ

ステムの相互関連性を把握して,諸社会事象を全

体的システムとして取られて綜合的認識を育てる学習であるO学生たちは

,自分が生きていく世界

の社会現象が相互作用していることを理解し,グ

ローバルシステムの基本要素である行為者と構成

要素,そして,これらの相互関連と影響などの規

則を探究する。たとえば,4学年では,州を中心

とするして人間と事物の関係で相互関連性及び構成要素の役割を学習する

。特に,7学年では,学

生たちがグローバルな経済的・政治的・生態学的・

技術的システムの本質を理解し,このシステムの

行為者として責任を持って効果的に社会活動に参加することができる内容が重点的に構成されている。(3)グロLバル史の学習これは歴史的

・現代的実際を基にして,普遍的

であり,多様な人間価値の発展,現代グローバル

システムの歴史的発展,グローバル問題の前提条

件と原因を歴史的視点で探究する学習である。こ

のグローバル史の学習は,小学校5学年から州・

国家・世界という領域で拡大させながら歴史学習

を重視している。特に,人間価値とグローバルシ

ステムの相互関連性・変化のプロセス及び世界発

展に役に立った行為者について集中的に探究するよう構成されている

。(4)グローバル問題の学習

これは,今日の人類を脅かし,国家・民族間の

紛争を起こすグローバル問題とイシューについて

学生たちがこの問題の原因を理解し,解決能力を

育てる学習である。このグローバル問題学習は初

等学校では昌各学年ごとに学習単元と関連する問題テ

ーマを提示して学習するように構成されてい

る。中等学校では,学生たちが民主社会に参加す

る有能な市民の資質を持たせるため,総合的なグ

ローバル問題の学習を重点的に取り上げている。

このように4つの学習領域は別々の領域ではなく,相互密接に関連づけて構成されている。これ

は,学習者が社会事象の本質的要素である人間価

値の現象を分析して,多様であり,普遍的な人間

価値を探究することにもっとも魚点を置いている。

そして,この人間価値の探究方法において,社会

的機能の相互関連性を把握するグローバルシ'ステ

ムと,これらの発展過程を歴史的に考察するグロー

バル史の学習に結び付けて探究する。また,これ

をふまえて学生たちが未来のグローバル問題を解

決できるように学習内容を選定して構成しているととが特徴である。

3 カリキュラムの構成原理

W.M.Kneipは,社会諸事象を全体的なシステ

ムとして認識して,グローバル問題の解決を重視

するシークエンスとスコープに基づいて学習テー

マモデルを提示している。学生たちの思考活動を

組織し,関心を集中させるための学習原理として

次の3つのテーマを取り上げている。

(1)概念的テーマ

概念的テーマは,人間・事物・事件がいかに相

互関連し,役割をするかを認識する知識の構造で

ある。これは,各学習領域の多様な知識を体系化

するため中心概念を設定し,グローバル視点を開

発する一番基本的な要素として文化・相互依存・

変化・希少性・葛藤の5つの中心概念を学習内容で提示している。

文化の概念は,グローバル社会には

√普遍的で多様な人間価値が柤互違う環境の中で独特に形成

発展してきたことを理解し,受容することである。

相互依存性の概念は,社会事象の全体が相互関連

の中でひとつに統合された全体的システムとして-60-

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機能することを認識することである。変化の概念

は,社会事象が時間と空間を超越し,常に変化し

つつあることとして人間と自然を普遍的に認識することである

。希少哇の概念は,資源の不足によっ

ていろいろの問題が生じるので,これをいかに配

分するかをグローバル経済的視点で探究すること

である。葛藤の概念は,現代グローバル問題によっ

て生じる葛藤の原因と解決方法を探究することである。このような概念的テ

ーマ学習は,初等学校3学

年までは学習単元で設定して提示することによって子供のときからグローバル認識をしっかり育てるよう構成されている

。(2)事象的テーマこの事象的テ

ーマは,多様な概念的テーマ学習

の理解を図るのため,学習の対象で選定された社

会事象の基本要素である。

これは人間の文化と価値,グローバルシステム

での重要な役割をする行為者(特殊な民族・宗

教・文化団体)と構成要素(地域・地形・重要

文書),そして,重要事件で構成されている。こ

のような事象的要素は国家や民族によってそれぞれ多様な特徴を持っているので

,学生たちが経験

する社会認識も多様である。それで,学生たちは

自分が属している事象的要素に対する明確な理解が必要である

。たとえば,3学年では,経済主体

である地域行為者を探究する。4学年では,州の

自然・環境等の事物について探究し,11学年では,

グローバル行為者についての問題を探求することである。

(3)永続的な問題のテーマ

永続的な問題のテーマは,社会事象の要素であ

る行為者と構成要素のかかわりで絶えなく発生する人類共同の問題についての原因と解決方法を探究することである。

学生たちは永続的な問題の学習を通じてグロー

バルシステムの相互依存性の本質を明確に理解し,

その問題に多様な行為者が相互影響を及ぼし合うことを認識することができる

。そして,このよう

な問題の解決方法としては,多様な文化的特性と

独自性を持っている世界をひとつのシステムとして認識し,その問題の解決過程を歴史的視点で探-

究することである。 たとえば,初等学校では,

グローバル問題を学年ごとに単元で設定している。

中学校では,各学習内容にグローバル問題が含ま

れて綜合的学習ができるように構成されている。

これらの3つのテーマ学習が,カリキュラムの

構成において次のような重要な役割を有している。

概念的テーマは,5つの中心概念を設定して4つ

の学習領域と関連づけて提示している。文化の概

念は,人間価値の学習から普遍的であり多様な人

間価値の特徴を把握することである。相互依存性

の概念は,グローバルシステム学習から諸社会事

象の相互関連性を把握することである。変化の概

念は,グローバル史から人間価値・グローバルシ

ステム・グローバル問題等がどう変化しつつある

かを歴史的視点で分析することである。希少性の

概念は,グローバル問題の学習から資源の不足と

これの効果的な分配方法を把握することである。

そして,葛藤の概念は,グローバル問題の学習か

ら諸社会事象で生じる葛藤・紛争等の原因と解決方法を把握する

ことである。

事象的テーマは,概念的テーマに基づく学習対

象の事象的要素である行為者・構成要素・事件が

システムの中でどのような役割をするかを学習することに関連づけている

。永続的テーマは,概念

的テーマの学習内容を基にして事象的テーマの要

素的関連から生じる人類共同のグローバル問題に

ついて解決方法を学習することに関連する。

このように3つのテーマに基づく学習原理がグ

ローバル教育の目標・内容・方法に貫らぬく機能

を尽くしていることが,W.M.Kneipのカリキュ

ラムの構成原理であると考えられる。

これを図で示すと次の<図2>のようである。

IVおわりに

アメリカにおいてグローバル教育の展開は,

1979年のNCS Sの社会科カリキュラムガイドラインが提示された後

,いろいろな研究実践活動が

おこなわれている。その中で,初等学校から高等

学校まで一貫性のあるカリキュラムを提示したW.

M.Kneipのカリキュラム案を考察した。ここで明

らかになったグローバル教育は,学生たちが相互

依存と変化していくグローバル社会を正しく理解61-

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ステ

グローバル

- - - - 一 一 一 - - - 一 一 一 - - - 一 一 -

ローバル史

題 グ

ノマ

‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾‾1

二 九

概念的テーマ

文  化 相 互

依存性

変 化 希少性 葛  藤

/事象的テーマ

行為者

構成要素

事件

永続的テーマ

平和と安全,

開発,環境,

人権

V.43, 1979, pp.261-780 社 会 科 教 育 目 標 と し

て知 識・能力 ・価値 外 に社 会参加 の 目標を提示

して グロ ーバ ルな相 互依存 性を強 調 した。

3) W.M.Kneip “Global Education : The Road

Ahead ”, Social Education, V.50. 1986. p.455.

4 ) W.M.kniep ” Social Studies Within A Global

Education”, Social Education, V.50, 1986.

pp. 536-410 魚住 忠久 は [ グロ ー バ ル教 育 の理

論 と展開-21 世紀を開 く社会 科教育] で, W.M.

Kneip のカリキュ ラムを紹介 した が, グローバ ル

視点を一高める目標,内容,中心概念を 貫 く体系的

な分析が不備である。

5) NCSS, op.cit., p. 262

6) W.M.Kniep, op.cit. p. 536

7) Ibid, p.536

8) Ibid, p.536

9) Ibid, p.537

10)lbid ,p.537

11) Ibid, p.537

12) Ibid, pp.540-41

13) W.M.Kneip. “Defining A Global Education

By Its Content”, Social Education, V.50, 1986.

p.437

14) Jaimie P. Cloud and Lynn Parisi バDefining

Global Education : A Resource List ”, Social

Education, V.50. 1986. p.448

j I        F    I

|_____________________________________< 図 2>  カ リ キ ュ ラ ム の 構 成 原 理 構 造 図

し, グローバル問題を解決する能力を備えて社会

活動に参加する民主的市民を育てることに重点を

置いている。そして, カリキュラムの構成原理と

しては, 3つのテーマモデルを提示している。社

会事象 の認識内容として概念的テーマを取り上げ,

認識対象としては事象的テーマで限定し, それら

の役割を把握する。そして,人類共同のグロ ーバ

ル問題を永続的テーマで提示している。

このようなW.M.Kniep の社会科カリキュラム

はアメリカという多民族・多文化 の特性をふ まえ

て作成されているため,他の国 にそのまま適用す

ることは限界があると思われる。 しかし,アメリ

カの多民族・多文化そのものが,全世界をひとつ

に縮小したシステムとして取らえることはできる。

したがって, W.M.Kneip のカリキュラム案 は,

グローバル視点を高める教育内容の選定と構成原

理を提示した面で,今後のグローバル教育におい

て, カリキュラムの構成に対する基本方向を提示

したことに価値があると思われる。

<註>

1)永井滋郎『国際理解教育一地球的な協力のだ

めに』,第一学習社, 1989, p. 144

2) NCSS, “Revision Of NCSS Social Studies

Curriculum GuidelinesでSocial Education 。

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