「ノリ」や妬み,いじめに対抗する高等学校における授...

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Title 「ノリ」や妬み,いじめに対抗する高等学校における授 業モデルの提案 : 教職大学院授業科目「いじめ問題の対 応と課題」の講義を踏まえて Author(s) 島袋, 智識; 丹野, 清彦; 村末, 勇介 Citation 高度教職実践専攻(教職大学院)紀要, 4: 135-146 Issue Date 2020-03-06 URL http://hdl.handle.net/20.500.12000/45634 Rights

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Title「ノリ」や妬み,いじめに対抗する高等学校における授業モデルの提案 : 教職大学院授業科目「いじめ問題の対応と課題」の講義を踏まえて

Author(s) 島袋, 智識; 丹野, 清彦; 村末, 勇介

Citation 高度教職実践専攻(教職大学院)紀要, 4: 135-146

Issue Date 2020-03-06

URL http://hdl.handle.net/20.500.12000/45634

Rights

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序文

 琉球大学大学院教育学研究科高度教職実践専攻(教職大学院)後期授業科目では,生活指導領域にお

いて「いじめ問題の対応と課題」を開設し,今日ますます深刻化するいじめ問題への理解とそれに対す

る具体的な実践力の形成・獲得を目指している。例えば,本講義のシラバスでは,「いじめ問題について,

より広い視野と実践的な見地から学ぶ。演習を通して理論と実践の往還を図りながら,より実践的な対

応について修得し,理論と実践を融合した実践力を身につける。沖縄県では,毎年のようにいじめに関

した重大事案の報道がされ,多くの教育関係者や保護者・地域の方が胸を痛めている。いじめや不登校

の問題は発達障害を持つ子どもや貧困問題と関連し学級や学校,あるいは地域で孤立している子どもや

家庭も多く,沖縄県の抱える地域的な課題のひとつであるといえよう」と述べ,本講義を教育現場にお

いての最重要課題に応える役割を担うものと自覚している。

 さて,本講義は,具体的には次のような学習の流れで展開された。

 1.「いじめ」とは何か

 2.具体的「いじめ」事件の分析

 3.「いじめ」をテーマにした授業実践プランの作成と検討

 本講義では基本的に,受講生と担当教員による協働的学びを目指しており,前段の担当教員による話

題提起(講義)を中心とした「いじめ」に関する理論的研究を踏まえ,これまでに起こった具体的な「い

じめ」事案を受講生自身が分析・報告・集団的検討し,その成果として授業実践プランを作成,検討す

【実践研究】

「ノリ」や妬み,いじめに対抗する高等学校における授業モデルの提案

―教職大学院授業科目「いじめ問題の対応と課題」の講義を踏まえて―

島袋 智識1・丹野 清彦2・村末 勇介2

Proposal of high school’s classes to deal with “nori”, envy, and bullying―Based on The lecture of “The Bullying Problems and How to Deal with It”.

Satoshi SHIMABUKURO 1・Kiyohiko TANNO 2・Yusuke MURASUE 3

要 約

 平成29年度の文部科学省の調査によると,高等学校のいじめの認知件数は,小学校のいじめの認知件数に比

べて少ない。しかし,高等学校において,いじめ問題までは発展しないが,生徒間の人間関係のトラブルは度々

起こっている。筆者は,これまで勤務してきた高等学校において,生徒どうしの希薄な人間関係を感じることが

多々あるが,その希薄な人間関係が,生徒の人間関係のトラブルの原因となっていると考えている。いじめにつ

いて学ぶうちに,生徒どうしの希薄な人間関係の背景には,「ノリ」や妬みがあると考えた。そこで,「ノリ」や,

妬みについて研究し,学校生活の中で生徒たちはどのようにして「ノリ」を生み,授業の中でどのような妬みを抱

くのかを調査し,「ノリ」や妬み,いじめに対抗するには何が必要なのかを考え,高等学校における授業の在り方

を考察し,授業のモデルを提案する。

キーワード:「ノリ」,妬み,いじめ,大津中2いじめ自殺事件

1 琉球大学大学院教育学研究科 高度教職実践専攻・沖縄県立向陽高等学校2 琉球大学大学院教育学研究科 高度教職実践専攻

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琉球大学教職大学院紀要 第4巻

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るという過程である。

 本報では,2018年度の「いじめ問題の対応と課題」の授業内容を踏まえ,高等学校での授業実践に繋

いだ1人の受講生による実践研究の実際について報告する。

1.研究の目的

 筆者は,現在も含めこれまでに勤務してきた高等学校において,いじめ問題に直面したことは,幸い

なことに現在のところ一度もない。しかし時折,HRや部活動において,関わりのない存在,存在して

いることを意識しないなどといった生徒どうしの希薄な人間関係を感じることが多々ある。教職大学院

開設の講義において,様々な事例を通して,いじめについて学ぶうちに,生徒どうしの希薄な人間関係

の背景には,生徒どうしの「ノリ」や妬みが潜んでいるのではないかと考えた。

 そこで,本研究においては,学校生活の中で生徒たちはどのようにして「ノリ」を生み,授業の中で

どのような妬みを抱くのかを調査し,「ノリ」や妬み,いじめに対抗する高等学校における授業の在り

方について考察を行い,授業モデルを提案することを目的とする。

2.いじめとは何か

 ⑴ いじめの定義の変遷

 1986年当時の文部省は「①自分より弱い者に対して一方的に,②身体的・心理的な攻撃を継続的

に加え,③相手が深刻な苦痛を感じているものであって,学校としてその事実(関係児童生徒,い

じめの内容等)を確認しているもの。なお,起こった場所は学校の内外を問わないもの」といじめ

を定義し,実態把握のため調査を行っている。

 1994年のいじめの定義では,「①自分より弱い者に対して一方的に,②身体的・心理的な攻撃を

継続的に加え,③相手が深刻な苦痛を感じているもの。なお,起こった場所は学校の内外を問わない」

と1986年のいじめの定義を踏襲しつつ,「なお,個々の行為がいじめに当たるか否かの判断を表面的・

形式的に行うことなく,いじめられた児童生徒の立場に立って行うこと」という文言が付け加えら

れている。1986年の定義からの大きな変更点としては,「学校としてその事実(関係児童生徒,い

じめの内容等)を確認しているもの」が削除された点が挙げられる。見えにくいところで起こって

いるいじめにも目を向けることで,学校に訴えることができない児童生徒に対応できるようになっ

た。つまり,学校の事実確認の有無にかかわらず,個々の行為がいじめに該当するかを学校が判断

するのではなく,その行為を受けた児童生徒自身の立場から判断することができるようになったと

考えられる。

 2006年から,いじめの捉え方がさらに大きく変わる。1994年から追加された文言である「個々の

行為が『いじめ』に当たるか否かの判断は,表面的・形式的に行うことなく,いじめられた児童生

徒の立場に立って行うものとする」ことが前文に移動し,より一層いじめを受けた側の立場から定

義されている形になっている。前文に続いて,「『いじめ』とは,『当該児童生徒が,一定の人間関

係のある者から,心理的,物理的な攻撃を受けたことにより,精神的な苦痛を感じているもの。』

とする。なお,起こった場所は学校の内外を問わない」としている。1986年より踏襲されてきた「一

方的に」や「継続的に」,「深刻な」といった文言が削除されていることが大きな改変である。

 いじめ防止対策推進法(2013年法律76号,以下「いじめ防止法」という。)が施行された2013年

のいじめの定義では,「『いじめ』とは,『児童生徒に対して,当該児童生徒が在籍する学校に在籍

している等当該児童生徒と一定の人的関係のある他の児童生徒が行う心理的又は物理的な影響を与

える行為(インターネットを通じて行われるものも含む)であって,当該行為の対象となった児童

生徒が心身の苦痛を感じているもの。』とする。なお,起こった場所は学校の内外を問わない」と

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島袋ほか:「ノリ」や妬み,いじめに対抗する高等学校における授業モデルの提案

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改変された。主な改変箇所としては,「心理的,物理的な攻撃」から「心理的又は物理的な影響を

与える行為(インターネットを通じて行われるのも含む)」という部分が挙げられる。粕谷は,こ

れまでのいじめの定義の変遷は,「いじめの実態,多様化する現状,深刻な被害者への影響を踏ま

えて,できるだけ学校現場で広くいじめを捉えることを求めたもの」と述べている1)。いじめの定

義は,社会の変化や多様化する現状,さらには,その時々で起こった事件によってその都度改変さ

れ,いじめをより広い範囲から捉えることで,いじめの早期発見,早期解決を目指していると考え

ることができる。

 いじめの定義を大きく変えた事件の1つが,「大津中2いじめ自殺事件」である。次は,大津の

いじめ事件を振り返ることにする。

 ⑵ 大津中2いじめ自殺事件から見るいじめ

 2011年10月,大津市公立中学校男子生徒が自宅マンションから飛び降り自殺した(「大津中2い

じめ自殺事件」)。遺書は見つかっていない。本事件は,当時連日大きく報道され,世間を深い悲し

みに包んだ。大きく報道された理由の1つとして,警察の捜査が進むにつれ,学校側と教育委員会

の責任逃れや隠ぺい体質が明るみになり,いじめに対する対策について問題視された点が挙げられ

る。これらのことが契機となり,事件から2年後の2013年に,「いじめ防止法」が国会で可決され

ている。

 男子生徒の遺族はその後,自殺した原因は元同級生によるいじめとして,元同級生3人とその保

護者に損害賠償を求めた訴訟を起こしている。その判決が,2019年2月19日大津地方裁判所にて行

われた。大津地裁は「いじめが自殺の原因で,予見可能性はあった」と述べ,元同級生2人に賠償

を命じる判決を言い渡し,もう一人の同級生については,「一体となって関与していたとまではい

えない」として,賠償を命じなかった。公判中も元同級生側は,一部の行為自体は認めていたものの,

それらの行為はいじめではなく,「遊びだった」などと反論していたという2)。いじめをめぐる事

件は,いじめ行為があったことと,いじめと自殺の因果関係などを明確に立証する必要があり,そ

の立証が非常に難しく,現に「大津中2いじめ自殺事件」の場合も,元同級生側は一部の行為自体

は認めているが,他の行為についてはいじめではなくただの「遊びだった」と一貫として主張して

いるため,なかなか「いじめ行為があった」とは断定できないままであったという。さらには,い

じめと自殺の因果関係も大きな争点になり,事件からおよそ6年半を経て,ようやく判決が出たの

である。6年半という長い年月の間に被害者遺族が感じてきた苦しみと虚無感は,想像もつかない3)。

 この事件を受け文部科学省は,いじめをより広い範囲から捉えようといじめの定義を改め,さら

に,学校や地方公共団体,教育委員会,児童相談所や都道府県警察などの各関係機関の連携強化と

責任を明記する旨を含んだいじめ防止法を施行した。

 ⑶ いじめ防止対策推進法の概要

 いじめ防止法は,2013年6月議員立法によって可決成立し,同年9月に施行された。いじめ防止

法には,全35条の条文と附則があり,第1章総則(第1条~第10条),第2章いじめ防止基本方針等(第

11条~第14条),第3章基本的施策(第15条~第21条),第4章いじめの防止等に関する措置(第22

条~第27条),第5章重大事態への対処(第28条~第33条),第6章雑則(第34条・第35条)に章立

ててまとめられている4)。

 第1章は,第1条から第10条まであり,第1条に「いじめが,いじめを受けた児童等の教育を受

ける権利を著しく侵害し,その心身の健全な成長及び人格の形成に重大な影響を与えるのみならず,

その生命又は身体に重大な危険を生じさせるおそれがあるものであることに鑑み,児童等の尊厳を

保持するため」と本法律の目的を始め,第2条いじめの定義,第3条基本理念が続けて記載されて

いる。第4条では「児童等は,いじめを行ってはならない」といじめの禁止について述べられてい

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琉球大学教職大学院紀要 第4巻

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る。第5条から第10条に渡って,国や地方公共団体,学校の設置者,学校及び教職員,保護者のい

じめ問題克服のための責務について述べられている。

 第2章では,地方公共団体や学校が,国の定めるいじめ防止基本方針に則り,地域や学校の実情

に応じたいじめの防止等のための対策に関する基本的な方針を定める旨が述べられている。また,

地方公共団体は,条例により,学校,教育委員会,児童相談所,法務局又は地方法務局,都道府県

警察その他の関係者により構成されるいじめ問題対策連絡協議会を置き,当該協議会が学校におけ

るいじめ防止等に効果的でスムーズに連携され,活用されるよう必要な措置を講ずるとされている。

これは,2012年9月に出された文部科学省の「いじめ,学校安全等に関する総合的な取組方針」の「第

1 いじめの問題への対応強化」にある4つの柱の1つ「いじめの早期発見と適切な対応を促進する」

を踏襲されていると考えられる。

 第3章では,「学校の設置者及びその設置する学校は,児童等の豊かな情操と道徳心を培い,心

の通う対人交流の能力の素地をやしないことがいじめの防止に資することを踏まえ,全ての教育活

動を通じた道徳教育及び体験活動等の充実を図らなければならない」とされ,保護者や地域住人,

その他の関係者との連携し,子どもに対し,いじめを防止することの重要さを理解させる授業や活

動を実施しなければならないとされている。

 第4章では,いじめに対する具体的な学校や学校の設置者,教育委員会の講ずべき措置について

述べられており,いじめを防止するための専門家による組織を学校に設置することや,いじめの事

実があると思われる場合の各関係機関への通報の措置が述べられ 第5章については,「重大事態」

についてまとめられている。いじめ防止法でいう「重大事態」とは,以下の状態のことを指す。

一 いじめにより当該学校に在籍する児童等の生命,心身又は財産に重大な被害が生じた疑い

があると認めるとき。

二 いじめにより当該学校に在籍する児童等が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされ

ている疑いがあると認めるとき。

 上記のような重大事態が起こった場合は,速やかに,学校の下に組織を設け,質問票などを使用

し,事実関係を明確にする調査を行うことが規定されている。そこで得られた情報は,いじめを受

けた児童等やその保護者に対し適切に提供することも述べられている。いじめ防止法成立の意義に

ついて,堀井は,

いじめ問題はこれまで長い間,学校教育において重要な課題となっており,教育行政や学校

現場によりいじめの防止に向けた対策が講じられてきた。また,様々な対策が講じられつつも

いじめが被害者の自殺という結果を生じさせ,定期的に社会問題化してきたことは周知の事実

である。ところが,これまでたびたび社会問題化したとはいえいじめ防止立法までは検討され

たことはない。このような意味で,いじめ防止法は特別な意義を有するものであるとともに,

教育行政のいじめ対策や学校現場におけるいじめ防止に関する取組に一定の影響を及ぼすもの

であると考えられる5)。

と述べており,いじめ防止法成立により,いじめ問題解決に向けた一定の期待が高まっていると考

えられる。しかし一方で,いくらいじめ防止法が成立したからといって,児童生徒を取り巻く環境

からいじめが発見され,解決されるとは一概に言い難いのも事実である。現に,采女は「いじめ防

止対策推進法 : 大津いじめ事件遺族の声」の中で,岩手県矢巾町で起こったいじめ自殺事件につい

て触れ,いじめ防止法と文部科学省の施策が形骸化していることを指摘している。岩手県矢巾町で

は,いじめ防止法に従って「矢巾町いじめ防止基本方針」や「矢巾北中学校『いじめ防止基本方針』」

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島袋ほか:「ノリ」や妬み,いじめに対抗する高等学校における授業モデルの提案

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が策定され,対策組織も設置されていたのにも関わらず,である。さらに采女によると,いじめ防

止基本方針は,「初めから機能していなかった」という。続けて「教育組織の一人ひとりが亡くなっ

た生徒のSOSに耳をすませて行動していれば,避けることができた事態」であると述べ,いじめ防

止法に定める基本方針や調査委員会の組織と運営に関して,遺族の意見を反映することができるよ

う柔軟な解釈・運用が必要である」と,基本方針と組織についても言及し,法の下で遺族側が事件

についての意見を反映できるような公平性と透明性のある調査を行うべきだと主張し,いじめ防止

法の抱える課題を提起している6)。

 ⑷ 内藤朝雄のいじめ理論

  ① 「ノリ」の誕生

 いじめに関する定義を厳しくし,いじめに関する法律を施行したからといって,いじめ問題の

解決が進むとは考えられない。いじめとはどのような原理で発生するのか。内藤は,著書『いじ

めの構造』の中で,「狭い生活空間に人々を強制収容したうえで,さまざまな『かかわりあい』

を強制する。たとえば,集団学習,集団摂食,班活動,掃除などの不払い労働,雑用割り当て,

学校行事,部活動,各種連帯責任などの過酷な強制を通じて,ありとあらゆる生活活動が小集団

自治訓練となるように,しむける」と述べ,現行の学校制度を痛烈に批判し,現行の学校制度が

いじめを発生させている要因であると結論づけている。大勢の人間を抱えている現行の学校制度

上,学校全体の秩序を保つために,学年や学級という中間集団や小集団により,生徒を統率・管

理し,教育しなければならない。学年,学級という枠組みの中に無作為に割り振り所属された児

童生徒たちは,その中でさらに小さな「群れ」(グループ,あるいは小社会を指す)を各々で作り,

生徒は「群れ」に所属しながら1日の大半を過ごすようになる。例えば,同じゲームをしている者,

共通の趣味を持っている者,部活動が同じ者,性格の似ている者どうしといったように,ある共

通の何かを持った者どうしで群れ,1つの学級の中で,「群れ」は複数個出来上がる。内藤によれば,

「群れ」がある程度できあがると,この「群れ」の中で「濃密な同質性を要請」する群生秩序の

1つである「ノリ」が誕生する。1つの学級の中でつくられた複数の「群れ」は,「ノリ」が少

しでも違うと,「群れ」どうしはほとんど無頓着なレベルで交流をすることがない。

 「ノリ」について,内藤は,「大勢への同調は『よい』。ノリがいいことは『よい』。周囲のノリ

にうまく調子を合わせるのは『よい』。ノリの中心にいる強者(身分が上の者)は『よい』。強者

に対してすなおなのは『よい』」と理解しているという。また,「悪い」ことについては,「『みん

なから浮いて』いる者は『悪い』。『みんな』と同じ感情連鎖にまじわって表情や身振りをいきな

い者は『悪い』。『みんなから浮いて』いるにもかかわらず自信を持っている者は,とても『悪い』。

弱者(身分が下の者)が身の程知らずにも人並みの自尊感情を持つのは,ものすごく『悪い』。」

と説明している7)。このようにすべては,「ノリ」と呼ばれる群生秩序の独特の空気により,生徒

たちの群れは善悪を決めていると考えられる。「ノリ」ができあがった空間では,「ノリ」を乱す

ような発言は決してしてはならない。あっという間にその者は「みんなから浮き」,さらに場を仕

切っている「強者に対してすなおでない『悪い者』と『みんな』」から認定され,「群れ」から除

外されてしまうかもしれない。「みんなのノリにかなっている」ことに反することが「悪い」こと

だからだ。このように1つの学級で発生する群生秩序の中の「ノリ」とは,世間一般で悪いとさ

れていることすらも「よい」ことと認定してしまう恐ろしい空間を児童生徒に強いているのだ。

  ② 「不全感」と「全能感」について

 思春期真っただ中の児童生徒は,「何に対しても『むかつく』と言い」放ち,どんな手立てを

施そうにも素直に応じず,反抗することがあるだろう。しかし,内藤によると「じつのところ本

人たちも,自分が何に『むかついて』いるのかわかっていない」という7)。さらに「この『むか

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琉球大学教職大学院紀要 第4巻

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つき』は,何かに対する,輪郭のはっきりした怒りや不満ではなく」,「『存在していること自体

がおちつかない』,『世界ができそこなってしまっている』ような,漠然とした,いらだち,むか

つき,おちつかなさ」である7)。内藤は,このような不安定な感情のことを「不全感」と定義し

ている。この「不全感」こそが,思春期特有の「むかつき」である。この漠然とした「不全感」が,

群生秩序の上で成り立っている「群れ」を始め,学級全体の雰囲気すらも変えてしまう。みんな

の「ノリ」が同じ方向に向かえば,「突然,世界と自己が力に満ち,『すべて』が救済されるかの

ような『無限』の感覚」を味わうことができるのである7)。この感覚を「全能感」と内藤は定義

した。「全能感」を,例えば,部活動や学業などの世間一般で言われている良いことに向けるこ

とができれば,「全能感」は個人が持っている以上の力を引き出し,より大きな成果を得ること

もできるであろう。しかし,どんなに非人道的で残酷なことでもすべてよいこととなってしまう

「ノリ」の中では,そうは簡単にはいかない。得体の知らない「不全感」を抱えてしまった子ど

もたちは,「全能感」を味わうために突然にして牙を剥く。「全能感」を味わう手段として,「強者」

が「弱者」に対して暴力を振るって弱者を強者の思うままにコントロールする「他者コントロー

ルによる全能」がある7)。「ノリ」の中での強者は絶対であり,弱者に対して暴力を振るうことは「よ

い」ことであり,「強者」が「全能感」を味わう単なる手段なのである。

 馬が合う者どうしで群れ,一見すると日々を楽しそうに過ごしている児童生徒であるが,この

ような環境下で過ごす生きづらさは,想像を超えるものであると内藤はいう。「ノリ」に支配さ

れている生徒どうしの人間関係は,ますます希薄なものになっていくことは明白である。

 ⑸ 中井久夫のいじめ理論

  ① 「権力欲」について

 中井は「人間には『他人を支配したい』という権力欲があります」と述べている8)。中井はさ

らに,睡眠欲や食欲も人間には必ず備えられている欲求で,それらは一人で満たすことができる

欲求であり,欲求を満たそうとしても他に迷惑をかけることはないが,食欲については,他者の

食べ物を奪ったり,他の命を犠牲にしたりするため,睡眠欲ほどは良いと言えないとも述べてい

る8)。そして,これらの欲求の中で比較にならないほど恐ろしくかつ,その他大勢を巻き込んで

しまい,少し満たされることで絶大な快楽をその人自身が味わうことができる「権力欲」という

非常に厄介な欲求を,人は誰しもが備えていると中井はいう。「権力欲」とは使い方によっては,

人類を幸せの方向に導くことのできる力でもあるというが,そのコントロールを失うと,悲惨な

出来事を起こしかねない非常に危険な力である。中井がいうには,「権力欲には他の欲望と違って,

真の満足,真の快さが」ないのである8)。つまり,眠ったり,食べたい物を食べたりするとある

程度満たされる食欲や睡眠欲とは違い,権力欲は,自分の思い通りにならないことを思い通りに

することであり,それを満たそうと思っても際限がなく,もっと大きな権力を求めてしまい,人

間にとってコントロールが非常に難しい欲と言える。例えば,「大津中2いじめ自殺事件」での

出来事として,いじめ加害者はいじめ被害者に対して,商業施設で万引きを強要している。いじ

め加害者は一度の万引きで満足することはなく,何度も万引きを強要している。それだけに飽き

足らず,万引きをさせた商業施設の方向に向かっていじめ被害者に謝罪させるため土下座を強要

している。いじめ被害者が万引きをやめたいと申し出るが,いじめ加害者は暴力によりそれを拒

んでいる。犯罪である万引きをいじめ被害者に強い,拒めば暴力を振るうことで,絶対的な権力

を振りかざすいじめ加害者の姿は,まさに権力欲を満たそうとしていると言える9)。権力欲は「真

の満足,真の快さ」がないため,いじめ加害者はもっと大きな権力を求めてしまい,一度の万引

きでも飽き足らず,さらには,いじめ被害者を土下座させるというなんとも理不尽な要求をもし

ている。「いじめは,他人を支配しいいなりにすること」と中井が述べているように,いじめ加

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島袋ほか:「ノリ」や妬み,いじめに対抗する高等学校における授業モデルの提案

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害者はいじめ被害者を服従させ,自身に備わっている「権力欲」を満たそうとしていたと考えら

れる。

  ② 「遊び」と「いじめ」の違いについて

 中井は,「いじめかどうかをみわけるもっとも簡単な基準は,『立場の入れ替え』があるかどうか」

だと述べている8)。さらに中井はいじめを「鬼ごっこ」を例にとって,その構造を簡単に説明し

ている。「誰が鬼になるのかをジャンケンで決めるのが普通の鬼ごっこです。鬼がいつでも〇〇君,

あるいは〇〇さんと決まっていて『立場の入れ替え』がなければ,遊びではなくいじめです」と

述べている8)。どんなにジャンケンをしても負けるまでジャンケンをやめてくれず,負けると罰

ゲームと称していたずらをされたり,嫌がっているのに暴力によりその行為を強要したりすると,

いくらいじめ加害者にとっては単なる「遊び」であれども,そのどれもが「立場の入れ替え」が

できない行為であると考えることができ,中井によるとそれらの行為はいじめであると言えるこ

とになる。さらに,中井は,いじめは「孤立化・無力化・透明化」という段階を経て,進んでい

くと述べている。それは実に巧妙で他者にばれにくく,実に恐ろしいプロセスで人間を奴隷にし

てしまうプログラムであるという。中井によるいじめの「孤立化・無力化・透明化」の段階につ

いての詳細は,別の機会にまとめることとする。

3.高等学校におけるいじめの現状

 平成29年度の調査(表1)によれば,高等学校のいじめの認知件数は,他校種と比べ圧倒的に少ない

ことが,すべての都道府県に共通して言える10)。著者は,その理由として次の2点があると考えている。

1点目は,高校生ともなると年齢とともに知識を得,また精神的にも成長し,小学生よりもある程度の

善悪の分別がついているという点である。小・中の9年間を過ごしていく中で,高等学校に進学するま

でに,ある程度の生徒は,児童生徒間の人間関係や大人との上下関係,学校のルールなどを様々な経験

を通して学んでいる。だからこそ,高校生はこれまでの経験を通して,これをやったら叱られるだろう,

相手が嫌がるだろうとか,あるいは何をやったら褒められる,感謝されるだろうと,相手の気持ちを想

像して行動することができるため,いじめにまで発展するケースが少ないと考えられる。

 2点目は,高等学校に進学するともなると,生徒の欲求はより高次な欲求へと成長している点が挙げ

られる。例えば,学校を挙げて大学現役合格を目指し日々勉学に励むいわゆる進学校と呼ばれている高

等学校では,筆者の経験上,生徒指導上の問題は他の高等学校よりも圧倒的に少ない。進学校に入学す

る生徒は,「大学に入りたい」という自己の達成したい目標つまり「自己実現の欲求」が他の欲求より

も高く,「難しい問題を解決したい」や,「他者に分かりやすく教えたい」などといった勉学に対する欲

求が,内藤のいう「全能感」の代わりになっているのではないかと筆者は分析している。

 しかし,筆者が受け持つ授業において,グループでの話し合いや課題解決を促しても,誰も発言・協

力しようとせず,ただただ時間だけが過ぎていく場面や,問題が分からず困っている生徒が同じグルー

プにいても,「喋ったことがないから気まずい」などと,生徒どうしが積極的に関わらず,計画通りに

授業が実践できない場面が多々ある。いじめの認知件数が他校種よりも圧倒的に少ない高等学校におい

て,これらの授業場面には,いじめとは違った他の視点からも考察する必要があると筆者は考える。

 先述した通り,高等学校においても,いじめ問題にこそ発展しないが,それに近い生徒間の人間関係

のトラブルは多々ある。例えば,授業中に真面目な発言をした生徒に対し,クラスで冷やかすケースや,

成績が伸びない腹いせに他の生徒へ嫌がらせをするケースが挙げられる。冷やかしや嫌がらせを受けた

生徒へのケアや,クラス全体への指導に遅れを取ってしまうと,クラスの中で歪が生じ,より一層生徒

どうしの人間関係の希薄化が進んでしまう。先に挙げたケースには共通して,内藤の「ノリ」の他に,

相手に対してうらやましく思ったり,自分を卑下したりしてしまう妬みもあるのではないかと考えた。

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そこで,生徒がどのような場面で他者に対して妬みを抱くのか,また,その妬みの解消法について,筆

者が受け持つクラスに対しアンケートを実施し,その実態と課題を調べることにした。

表1 平成29年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果いじめの認知件数及びアンケート調査実施状況①都道府県別(国公私立)いじめの認知件数 (件) アンケート調査実施状況

都道府県 小学校 中学校 高等学校 特別支援学校 計1,000人当たり の認知件数

実施学校数 (校)

実施率

1 北 海 道 9,487 2,478 1,022 36 13,023 24.5 2,068 99.9%

2 青 森 県 5,658 1,171 219 17 7,065 53.9 559 99.6%

3 岩 手 県 5,291 1,388 295 55 7,029 53.6 595 99.7%

4 宮 城 県 15,979 3,127 276 73 19,455 79.5 719 98.0%

5 秋 田 県 2,194 634 214 13 3,055 32.4 388 98.2%

6 山 形 県 4,033 1,750 465 81 6,329 54.1 436 99.5%

7 福 島 県 3,374 1,174 325 10 4,883 24.3 798 98.5%

8 茨 城 県 15,749 3,856 221 44 19,870 60.4 898 98.6%

9 栃 木 県 2,638 1,274 205 36 4,153 19.2 638 99.5%

10 群 馬 県 2,302 535 461 69 3,367 15.7 606 99.3%

11 埼 玉 県 9,580 2,909 399 36 12,924 17.1 1,510 98.4%

12 千 葉 県 30,006 6,476 627 174 37,283 57.9 1,443 98.6%

13 東 京 都 26,457 5,420 481 48 32,406 25.7 2,543 93.6%

14 神 奈 川 県 16,139 4,073 379 142 20,733 22.6 1,618 95.9%

15 新 潟 県 14,882 2,339 253 39 17,513 74.6 860 99.1%

16 富 山 県 470 366 85 18 939 8.5 338 98.8%

17 石 川 県 826 427 98 14 1,365 10.8 368 98.9%

18 福 井 県 791 334 120 2 1,247 14.0 314 96.0%

19 山 梨 県 3,271 1,176 212 7 4,666 49.8 316 94.6%

20 長 野 県 3,988 1,091 214 36 5,329 22.8 691 96.8%

21 岐 阜 県 3,086 1,445 501 51 5,083 22.3 677 99.4%

22 静 岡 県 7,043 3,152 276 47 10,518 26.1 988 98.8%

23 愛 知 県 13,023 5,072 1,027 29 19,151 22.8 1,689 98.5%

24 三 重 県 1,652 629 158 18 2,457 12.2 626 98.7%

25 滋 賀 県 4,165 1,356 163 31 5,715 34.1 413 99.0%

26 京 都 府 21,009 3,093 595 127 24,824 90.7 706 97.1%

27 大 阪 府 22,778 4,007 515 116 27,416 29.4 1,836 97.7%

28 兵 庫 県 8,452 4,042 650 124 13,268 22.3 1,385 97.5%

29 奈 良 県 4,534 826 306 31 5,697 37.5 394 100.0%

30 和 歌 山 県 3,878 292 128 14 4,312 41.9 442 98.9%

31 鳥 取 県 517 242 45 40 844 13.8 233 98.3%

32 島 根 県 1,071 569 155 36 1,831 24.5 361 97.6%

33 岡 山 県 1,617 858 307 84 2,866 13.4 656 98.4%

34 広 島 県 2,963 1,202 283 14 4,462 14.5 898 97.3%

35 山 口 県 2,113 865 175 16 3,169 22.0 562 98.9%

36 徳 島 県 1,708 602 86 40 2,436 32.2 310 98.1%

37 香 川 県 513 435 111 32 1,091 10.2 292 97.7%

38 愛 媛 県 1,682 799 135 8 2,624 17.8 506 99.0%

39 高 知 県 1,314 502 315 40 2,171 30.0 378 97.4%

40 福 岡 県 6,432 2,217 260 17 8,926 16.1 1,337 99.3%

41 佐 賀 県 415 304 110 4 833 8.4 328 99.7%

42 長 崎 県 1,634 613 166 2 2,415 16.0 614 97.8%

43 熊 本 県 1,041 820 470 78 2,409 12.1 638 99.5%

44 大 分 県 4,334 934 211 14 5,493 44.2 457 97.0%

45 宮 崎 県 12,109 1,317 225 29 13,680 108.2 448 99.3%

46 鹿 児 島 県 3,538 1,228 672 35 5,473 28.3 854 99.0%

47 沖 縄 県 11,385 1,005 173 17 12,580 60.7 506 96.9%

合 計 317,121 80,424 14,789 2,044 414,378 30.9 36,240 98.0%

平 成 28 年 度 237,256 71,309 12,874 1,704 323,143 23.8 36,389 97.7%

(注)都道府県別には,指定都市を含む。   出典:文部科学省(2018)「平成29年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について」

4.生徒の妬みの実態について

 どのような場面で他者に対して妬みを抱くのか,また,その妬みの解消法について調査するため,3

種類のアンケートを実施した。アンケート①では,「数学の授業中に,あなたが感じていることのうち,

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当てはまる番号に〇をつけてください」という質問項目を設定し,筆者が受け持つクラスに対し実施し

たところ,以下のような結果を得た(表2)。表示されている数値の単位はすべて百分率表記となって

いる。「他の人より自分ができないと感じることがある」について,「はい,どちらかといえばはい」と

回答した生徒の割合が全体の85.5%を占めていることがわかった。私が受け持っているクラスの生徒は,

他の人と自分を比較して,自分を卑下する場面があると言える。生徒が,自分を卑下する場面をいかに

して授業で減らし,生徒に自信をつけさせるかどうかが課題となった。

表2 アンケート①:数学の授業中にあなたが感じていること

通番 質問項目 は いどちらかといえばは い

ど ち らと もいえない

どちらかといえばい い え

い い え

1 私は,数学の授業の時,他の人にうらやましさを感じている。 28.6 22.4 34.7 8.2 6.1

2 他の人より自分ができないと感じることがある。 36.7 38.8 12.2 8.2 4.1

3 自分だけが「できない」と感じることがある。 14.3 32.7 30.6 16.3 6.1

4 「何をやってもできる人」を見ることに不満がある。 8.2 14.3 24.5 22.4 30.6

 続いてアンケート②では,澤田が作成した妬みに関する対処方略「破壊的関与,意図的回避,建設的

解決」の3因子,16項目あるアンケートを使用し,私が受け持つクラスの生徒の妬みに対する対処方略

について調べた11)。「『うらやましい・くやしい・不満だ・ムカつく・恥ずかしい・苦しい』などと感じ

た時に,あなたはどのような行動をしますか。当てはまる番号に〇をつけてください」という主質問で

実施した(表3)。表示されている数値の単位はすべて百分率表記である。破壊的関与や意図的回避に

ある項目について,「そうする,たぶんそうする」と回答した生徒は少なく,建設的解決にある項目の

「その人に負けないように,自分なりに努力する」や「その人のことをほめる」について,「そうする,

たぶんそうする」と答えた生徒の割合が2項目とも70%を超えたことが読み取れる。この結果より,筆

者の受け持つクラスの生徒は,特に妬みに対して「建設的解決」を選択する特徴があることがわかった。

つまり,「妬み」により,数学の授業において自己を卑下する場面はあるものの,妬みの解消方法として,

生徒は相手を破壊したり,意図的に回避したりすることをせず,自己を高めるための動機にしたり,相

手を認め素直にほめたりする傾向にあると考えられる。

表3 アンケート②:妬みに関する対処法略について

因子名 通番 質問項目 そうするた ぶ んそうする

あ ま りそうしない

そ うし な い

破壊的関与 5 その人をたたいたりけったりする。 0.0 2.0 6.1 91.8

破壊的関与 6 だれかに頼んで,なんとかしてもらう。 2.0 10.2 18.4 69.4

破壊的関与 7 その人の悪口を言いふらす。 0.0 0.0 10.2 89.8

破壊的関与 8 自分よりもできない人やダメな人とくらべる。 0.0 6.1 26.5 67.3

破壊的関与 10 だれかに不満や文句を言って,当り散らす。 0.0 8.2 24.5 67.3

破壊的関与 13 その人のことを無視して,できるだけいっしょにいないようにする。 2.1 8.3 14.6 75.0

破壊的関与 15 近くにある物を投げたり壊したりして,八つ当たりをする。 2.0 2.0 12.2 83.7

意図的回避 3 そのことが自分にとってあまり大切なことではないと考えなおす。 10.4 27.1 50.0 12.5

意図的回避 4 何もしないで,そのことを忘れるようにする。 0.0 10.2 49.0 40.8

意図的回避 11 そのこととはまったく関係のないことをして,気をまぎらわす。 8.3 47.9 33.3 10.4

意図的回避 16 仕方がないとあきらめる。 10.2 18.4 49.0 22.4

建設的解決 1 その人に負けないように,自分なりに努力する。 36.7 53.1 10.2 0.0

建設的解決 2 どうすればよいのかを,だれかに相談する。 18.4 42.9 20.4 18.4

建設的解決 9 その人のことをほめる。 28.6 44.9 22.4 4.1

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琉球大学教職大学院紀要 第4巻

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因子名 通番 質問項目 そうするた ぶ んそうする

あ ま りそうしない

そ うし な い

建設的解決 12 自分の長所を思い出したり,自分が得意なことをしたりする。 8.2 32.7 32.7 26.5

建設的解決 14 自分の気持ちをだれかに話して,なぐさめてもらう。 2.0 16.3 40.8 40.8

 最後にアンケート③では,「どんな授業だったら,どんな場面が授業にあったら,いいなと思いますか。

色々な場面を想像しながら下記に記述してください」という質問に対し,自由記述式で生徒に回答を求

めた。その結果を以下のようにカテゴリー別(表2)にまとめる。

表4 アンケート③:自由記述欄による生徒の意見(カテゴリー別にまとめた)

<他者との話し合い・協同する授業>

・周りと話し合いながら,問題を解く。・席をいつもとは変えて,他の人と問題を解く,近くの人同士で,話しながらする授業。・お互いで話し合いながら,分からないことを解決する授業。・友達どうしの教え合いが多い授業,友だちとする,グループで考えて教えあう授業。・数学ができる人に問題を解説してもらいたい。・1つの問題に対して,複数人で話し合いながら解く。・1文字も文字を書かずに,当たってるか間違ってるかを抜きにして,自分達の考えを話し合ったり,解き方を考えたりする授業。

・みんなでわからないところを教え合う,理解し終えた人が回り分からない友達に教えてあげる。・グループで問題をたくさん解く。・分からなかった所を友達と共有して分かるようにする時間があったら良い。・グループ学習は自分たちで研究できるから楽しい。・友達同士で教え合いをして,わからないところは,その授業内でなくせると良いなと思う。・グループ活動があれば,色々な意見や答えの出し方があって,自分に合いそうなものが探せる。

<学習環境の改善>

・気楽に学習できるような環境で勉強したい,アットホームな雰囲気。・授業に関してのおしゃべりがもっと多くなるような授業がしたい,質問がしやすい授業。・全員が心から分かったと思えるような場面。・軽い緊張感がある授業。・問題がとけた人に対して拍手ができる(発表等)。

<教師への要望>

・新しい範囲でやり方だけでなく,問題を解いて解説をする。・間違えやすいところをゆっくり教える授業。・1つの考え方じゃなくて,答えがあっているのなら,いろんな考え方をきいてみたい。・分かんない所をくわしく教えてくれる授業。・(1人で)もう少し考える時間を増やしてほしい。・数学のお話しや面白い知識など。・とっても重要なところは細かく解説してくれたら良いと思います。・1授業ごとに,とても難しい問題や頭をやわらかくするような問題を1つ解きたい。・先生の話が長くない,クラスにあったスピードで丁寧にすすめてくれる授業。・授業始める前に前にやったことの確認テストがしたい。

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島袋ほか:「ノリ」や妬み,いじめに対抗する高等学校における授業モデルの提案

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 生徒の声をカテゴリー別に分けると,「他者との話し合い・協同する授業」,「学習環境の改善」,「教

師への要望」の3つのカテゴリーに整理できた。わからないところを教え合ったり,1つの問題をみん

なで協力して解いたりするといった「他者との話し合い・協同する授業」がしたいという声が多かった。

特筆すべき生徒の声としては,「学習環境の改善」のカテゴリー内にある「問題がとけた人に対して拍

手できる(発表等)」が挙げられる。高校生にとっても,他者の視線を一斉に集める授業中の発言や発

表はやはり緊張する場面である。その緊張のせいか,教師の発問に対する生徒の発言は控えめである。

そこで,日頃から「生徒の発言や発表に対し,拍手をみんなでする場面」をつくったり,全員の前では

発言や発表がしづらい生徒に対しては,小さいグループ活動で発言や発表をしてもらったりと,生徒が

発言や発表がしやすい雰囲気づくりが重要であると言える。次の章では,このアンケート結果を踏まえ,

「ノリ」や妬み,いじめについて,高等学校の授業の在り方を考察し,授業のモデルの提案をしていく。

5.「ノリ」や妬み,いじめに対抗するための授業のモデル

 ⑴ 本授業のねらい(授業者が意識して取り組むこと)

〇「ノリ」について他者とともに考えることで,「ノリ」と「いじめ」の境界線は人によって多種

多様であることに気付かせる。「ノリ」は時には人を傷つけ,苦しませていることに気付かせる。

〇人を傷つけた場合,その傷は元通りには戻らず,なかなか癒えることはないということを具体的

な活動を通して実感させる。

〇3~4名の小グループで組ませ,グループ内での意見に対し,「否定的な発言をせず,意見をし

た人をほめる」というルールを与えることで,生徒が気軽に発言しやすい雰囲気づくりを実践する。

 ⑵ 展開計画

過程 主な学習活動 ★教師の行動 〇生徒の行動 指導上の留意点

導入15分

★本時のねらいを確認し,3~4名のグループを作らせる★「ゼツメツ少年」12)と感想用紙①を配布する〇「ゼツメツ少年」をグループで協力して,声に出して読む(1人2文読んだら次の人にバトンタッチする)

〇読み終えたグループから感想用紙①を書く

・男女同じ比率が望ましい・机間指導

展開25分

★大津中2いじめ自殺事件について軽く触れ,元同級生が「遊び(ノリ)のつもりだった」という点について話し合わせる

発 問 「ゼツメツ少年」では,どこまでが「遊び(ノリ)」にあたるのだろう。また,どこからが「いじめ」にあたるのだろう。グループで考えて発表しよう。

〇グループ内で意見交換しながら,「遊び(ノリ)」と「いじめ」について考える(お互いの意見を否定しないようにする)

★1~2つのグループに発表させる(発表後は全員で拍手)

まとめ 個人個人で受け取り方が違うのにもかかわらず,それをよしとしない,みなさんを支配している「遊び(ノリ)」という名の魔物が,いつなんどきみなさんを襲うのかわかってもらえたでしょうか

<予想される生徒の反応>●遊び(ノリ) ①「ニシムラ,くさい」 ②「やめろよぉ」モノマネ ③ニシムラへの行為すべて ④クラス全員ノリだった●いじめ ①ニシムラへの対応すべて ②クラスの全員が参加した

時から※男女,個人,グループで分類が異なるのが狙い。

終末10分

★1枚の白紙(裏紙でも可)を配布する★配られた白紙を思いっきりぐしゃぐしゃにさせる〇すぐにぐしゃぐしゃにする者〇一瞬戸惑うが,周りにつられてぐしゃぐしゃにし始める者〇頑なにぐしゃぐしゃにすることを拒む者〇破ったり,地面に踏みつけたりする者〇キャッチボールをし始める者★(数分後)今度は,ぐしゃぐしゃにした白紙をしわ1つない元の綺麗な完璧な状態に戻すよう指示する

★感想用紙②を書かせる

・授業者も生徒と一緒になって白紙をぐしゃぐしゃにする

・生徒は色々な反応をする・授業者も生徒と一緒になって元通りにしようとする

・早めに書き終わった生徒には自身の感想①と感想②を比較させる

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琉球大学教職大学院紀要 第4巻

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6.まとめと今後の課題

 本報告の目的は,琉球大学大学院教育学研究科高度教職実践専攻(教職大学院)後期授業科目である

「いじめ問題の対応と課題」の講義で学んだことをもとに,いじめの定義や全国の高等学校のいじめの

実態,筆者が実際に所属している高等学校の生徒の実態について再度見つめ直し,いじめやいじめに似

た心理がどのように展開し,「ノリ」や妬み,いじめに対抗するためにはどのようなことが必要なのか

を考えるものであった。

 筆者が所属している高等学校において,授業中の生徒どうしの希薄な人間関係に違和感を覚え,ア

ンケートを実施した結果,「他の人より自分ができないと感じることがある」と回答した生徒は全体の

85.5%を占めることがわかった。このような自分と他者を比較する気持ちが,いじめや妬みの感情を生

んでいることが明らかになった一方で,どうして自分と他者とを比較する気持ちになるのか,自分と他

者とを比較する生徒や,自分と他者とを全く比較しない生徒がいるのはなぜか,などといった視点は,

分析の途中である。生徒の他者への妬みを晴らすには,生徒が自分を卑下する場面をいかにして授業で

減らし,生徒に自信をつけさせるかどうかが,ひとつの大きな課題であり,それに対応する授業のモデ

ルを考えることはできた。

 しかし,本報告の課題として,筆者が担当する生徒の数が少なく,今後もさらに継続する必要がある。

また授業のモデルは開発したが,その実践と効果の検証はこれからであり,高等学校における「ノリ」

や妬み,いじめについての課題解決に向けて,さらなる研究を重ねていきたい。

[文献]

1)粕谷 貴志(2017).「いじめの定義の理解と求められる教育実践」奈良教育大学教職大学院研究紀要「学校教

育実践研究」pp.109-114.

2)京都新聞(2019).「中2自殺,元同級生側に賠償命令 大津地裁『いじめが原因』」https://www.kyoto-np.

co.jp/politics/article/20190219000080(2019. 3. 8閲覧).

3)産経WEST(2018).「いじめではなく『ゲーム,遊びだった』…大津いじめ自殺,元同級生らが法廷で語ったこと」

2018. 2. 2,https://www.sankei.com/west/news/180202/wst1802020002-n1.html(2019. 1. 7閲覧).

4)文部科学省(2013).「別添3 いじめ防止対策推進法(平成25年法律第71号)」http://www.mext.go.jp

  /a_menu/shotou/seitoshidou/1337278.htm(2019.3.16閲覧).

5)堀井雅道(2015)「『いじめ防止対策推進法』の立法意義と課題;いじめに関する法政策の形成過程」国士舘

大学文学部人文学会紀要,第5号(通巻47号),国士舘大学文学部人文学会.

6)采女博文(2015).「いじめ防止対策推進法 : 大津いじめ事件遺族の声」鹿児島大学法学論集,第50巻,第1号,

pp.93-pp.141,鹿児島大学.

7)内藤朝雄(2009).『いじめの構造』講談社現代新書.

8)中井久夫(2016).『いじめのある世界に生きる君たちへ:いじめられっ子だった精神科医の送る言葉』中央

公論新社,第6版.

9)共同通信大阪社会部(2013).『大津中2いじめ自殺:学校はなぜ目を背けたのか』PHP新書.

10)文部科学省(2018).「平成29年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について」

http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/30/10/1410392.htm(2019. 3.16閲覧).

11)澤田匡人,新井邦二郎(2002).「妬みの対処方略選択に及ぼす,妬みの傾向,領域重要度,および獲得可能

性の影響」教育心理学研究,50(2),pp.246-256.

12)重松清(2016).『ゼツメツ少年』新潮文庫,pp.28-36.

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島袋ほか:「ノリ」や妬み,いじめに対抗する高等学校における授業モデルの提案