十勝nosai 本別家畜診療所 泉 大樹 -...

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提 言 1 − LIAJ News No.153 − はじめに ここ十数年の間に乳牛一頭当たりの乳量は右肩上がり に飛躍的に増加しています。酪農家戸数は減少していま すが、一戸当たりの飼養頭数は増加し農場の大規模化 が進んでいます。一方では発情徴候微弱による発情発 見率の低下や受胎率の低下および空胎日数の延長が酪 農経営上大きな問題となっています。発情徴候微弱化な どへの対策として、発情発見を必要としないオブシン ク、シダ―シンクに代表されるプログラム授精が応用さ れています。しかしながら、授精後の再発情の発見方法 に関しては今まで有効な手段がなく、農家の力量に任さ れています。そのため授精後妊娠鑑定に至るまで明確な 発情を示さなければ再授精されずに野放しになっている のが現状であり、空胎日数の延長につながっています。 筆者は、この状況から脱出するにはまず、高泌乳牛 の特性を理解すべきであり、高泌乳牛を単回の授精で 受胎させることは大変難しいという事を認識すべきであ ると考えています。高泌乳牛群を管理する上で、不受 胎牛の早期発見(発情発見率を上げること)こそが最 も大事なポイントであり、長期不受胎牛対策と合わせて 実施することが、牛群の空胎日数短縮への第一歩と考 えています。今回は不受胎牛の早期発見法を盛り込ん だリピートブリーダー対策(図1 )について紹介します。 リピートブリーダー対策を活用し牛群改善を実施 繁殖管理に何らかの問題がある牛群では、空胎日数 が延長してしまった長期不受胎牛の割合が増加してい ます。長期不受胎牛は、受胎したとしても過肥になり やすく、分娩時の胎子死や周産期疾病発生率が高く分 娩後の死廃リスクが高いことが知られています。ま た、周産期疾病を発症した場合、分娩後の牛体の回復 が遅れ、繁殖成績に悪影響を及ぼすため、図 2 のよう な負のスパイラルが繰り返され酪農経営を苦しめてい るのが現状です。 このような悪循環の状況から脱却するには、牛群に おける長期不受胎牛の割合を減らす、つまり、牛群の 妊娠牛割合を高めることが必要です。 個々の農家において牛群を改善するには、次乳期に リスクの高い牛を淘汰していくことが必要ですが、そ のためにはまず、淘汰できる余裕のある牛群にしなけ ればなりません。つまり、後継牛の確保につながる良 好な繁殖成績が不可欠となります。その第一歩として リピートブリーダー対策(図 3 )を活用し、牛群改善 に向けてチャレンジを行った農家があるのでご紹介し ます。 紹介する事例で実施したリピートブリーダー対策 は、授精後のホルモン処置によるものです。以下に概 図1 図2 十勝 NOSAI 本別家畜診療所 泉 大樹 リピートブリーダ-対策を活用し、正のスパイラルへ(1)

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Page 1: 十勝NOSAI 本別家畜診療所 泉 大樹 - LINliaj.lin.gr.jp/uploads/liaj153_01.pdfhCG群では、再発情の発見こそCIDR群に劣るもの の、再発情での受胎率が高い特徴。(図8)

提 言

1 − LIAJ News No.153 −

はじめにここ十数年の間に乳牛一頭当たりの乳量は右肩上がり

に飛躍的に増加しています。酪農家戸数は減少していますが、一戸当たりの飼養頭数は増加し農場の大規模化が進んでいます。一方では発情徴候微弱による発情発見率の低下や受胎率の低下および空胎日数の延長が酪農経営上大きな問題となっています。発情徴候微弱化などへの対策として、発情発見を必要としないオブシンク、シダ―シンクに代表されるプログラム授精が応用されています。しかしながら、授精後の再発情の発見方法に関しては今まで有効な手段がなく、農家の力量に任されています。そのため授精後妊娠鑑定に至るまで明確な発情を示さなければ再授精されずに野放しになっているのが現状であり、空胎日数の延長につながっています。

筆者は、この状況から脱出するにはまず、高泌乳牛の特性を理解すべきであり、高泌乳牛を単回の授精で受胎させることは大変難しいという事を認識すべきであると考えています。高泌乳牛群を管理する上で、不受胎牛の早期発見(発情発見率を上げること)こそが最も大事なポイントであり、長期不受胎牛対策と合わせて実施することが、牛群の空胎日数短縮への第一歩と考えています。今回は不受胎牛の早期発見法を盛り込んだリピートブリーダー対策(図 1 )について紹介します。

リピートブリーダー対策を活用し牛群改善を実施繁殖管理に何らかの問題がある牛群では、空胎日数

が延長してしまった長期不受胎牛の割合が増加しています。長期不受胎牛は、受胎したとしても過肥になりやすく、分娩時の胎子死や周産期疾病発生率が高く分娩後の死廃リスクが高いことが知られています。また、周産期疾病を発症した場合、分娩後の牛体の回復が遅れ、繁殖成績に悪影響を及ぼすため、図 2 のような負のスパイラルが繰り返され酪農経営を苦しめているのが現状です。

このような悪循環の状況から脱却するには、牛群における長期不受胎牛の割合を減らす、つまり、牛群の妊娠牛割合を高めることが必要です。

個々の農家において牛群を改善するには、次乳期にリスクの高い牛を淘汰していくことが必要ですが、そのためにはまず、淘汰できる余裕のある牛群にしなければなりません。つまり、後継牛の確保につながる良好な繁殖成績が不可欠となります。その第一歩としてリピートブリーダー対策(図 3 )を活用し、牛群改善に向けてチャレンジを行った農家があるのでご紹介します。

紹介する事例で実施したリピートブリーダー対策は、授精後のホルモン処置によるものです。以下に概

図1

図2

十勝NOSAI 本別家畜診療所 泉 大樹

リピートブリーダ-対策を活用し、正のスパイラルへ(1)

Page 2: 十勝NOSAI 本別家畜診療所 泉 大樹 - LINliaj.lin.gr.jp/uploads/liaj153_01.pdfhCG群では、再発情の発見こそCIDR群に劣るもの の、再発情での受胎率が高い特徴。(図8)

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要を示します。【授精後5日目のhCG投与】

新たな排卵を引き起こし、二個目の黄体を作ることで、黄体期の充実を図り妊娠の成立と維持をはかります。

【授精後5日目のCIDR挿入(2週間)】CIDR(シダー)は、黄体ホルモンをしみ込ませた

製剤で、腟内に留置することで、黄体ホルモンが吸収されるものです。この製剤を用い、授精後早期に黄体ホルモン濃度を上げることで、胎子のもととなる受精卵(胚)の成長を促します。

【hCG投与とCIDR挿入の併用】上記の相互作用が期待できます。

【不受胎牛の早期発見】図 4 に示したように無処置群、hCG群での不受胎牛

の発情回帰日数はばらけていて発見困難なのに対し、CIDR群(MFBP®群)では処置後不受胎となっても発

情回帰はCIDR抜去後 2 ~ 3 日後に集中しており、不受胎牛の早期発見に優れる。

hCG群では、再発情の発見こそCIDR群に劣るものの、再発情での受胎率が高い特徴。(図 8 )

◆A農家(フリーストール牛群)では、注射を主体と

した管理を行いました。 3 回目授精時には、授精後 5日目にhCG1500単位を投与し、発情が回帰した 4 回目授精では、授精後 5 日目からCIDRを 2 週間挿入する修正ファストバックプログラム(MFBP®)を実施しました。結果は、図 5 に示します。

B農家(高泌乳で繋ぎ飼い牛群)では、まず、授精後 5 日目のhCG投与、次に、hCGとCIDRの併用を試みました。さらに、授精を行った場合、MFBP®を実施しました。結果は、図 6 に示します。

いずれの農家においても個々の乳量の改善、大幅な空胎日数の短縮、そして何よりも発情発見率が上昇したことが、このリピートブリーダー対策の大きな特徴だと思われます。

ホルモン剤を投与して受胎しなかったとしても次の

図5

図6

図4

図3

Page 3: 十勝NOSAI 本別家畜診療所 泉 大樹 - LINliaj.lin.gr.jp/uploads/liaj153_01.pdfhCG群では、再発情の発見こそCIDR群に劣るもの の、再発情での受胎率が高い特徴。(図8)

3 − LIAJ News No.153 −

発情(再発情)を見逃さないことが重要であり、実際に利用した農家さんからも、受胎しなくても次の発情日の目安が分かりやすいので、早めから発情観察ができ繁殖管理がしやすくなったと聞いています。図 7 、8 に示すように、今回用いたホルモン処置は、分娩後日数の経過した長期不受胎牛の受胎率向上につながる

ことが明らかにされています。繁殖成績が向上し後継牛が増えたことで、牛群に余裕が生まれると、過肥の牛や肢の悪い牛などのリスクの高い牛に対して無理に授精をせずに搾りきり、積極的に淘汰することもできるようになります。それにより、図 2 に示したような負のスパイラルから抜け出し、牛群の生産性の向上につながったと考えられます。

まとめ飼料、燃料費等の高騰で、総収入よりも、経費をお

さえて純利益をいかに上げるかが今後の酪農経営においては大きな課題となるところだと思います。収入を効率的に増やすためには、単に増頭するだけでなく、その前に健康な牛群へのモデルチェンジが不可欠です。

負のスパイラルが繰り返される酪農現場では難しい課題ではありますが、各農場にあった淘汰基準をもうけて、受胎するまでエンドレスの授精をするのではなく、適切な淘汰を実施することが必要であると考えられます。そのためには、まず、リピートブリーダー対策等を有効利用して長期不受胎牛を受胎させ、牛群の妊娠頭数を増やし、後継牛を確保することで牛群に余裕を作ることが先決となります。そのうえで、次乳期にリスクをかかえている牛に関しては授精をせずに搾りきり、積極的な淘汰を行うことができれば、健康な牛群へとモデルチェンジすることが可能となります。

最終的な目標としては乾乳に入る前のBCSをそろえることが、次乳期における牛群の生産性および繁殖成績を向上する結果につながり、健康な牛群を継続して維持することを可能にすると思われます。

図7

お問い合わせ:前橋種雄牛センター 027-269-3311 まで

図8