子宮穿孔し腹腔内に迷入したと思われるlng―ius...
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緖 言レボノルゲストレル放出子宮内避妊システム
(levonorgestrel-intrauterine system;LNG―IUS)は,LNGを定常的に放出する IUSであり,2007年より国内で使用されるようになった子宮内避妊具(IUD)である.その副効果にて子宮腺筋症の過多月経や月経痛の改善,子宮内膜症の月経痛の改善などにも有効であったとの報告を多数認める〔1―3〕.そのため LNG―IUSは,今後それらの症状改善に重要なストラテジーの1つになると考えられ,その使用頻度が増加する可能性が高い.われわれは子宮腔内に留置したLNG―IUSが子宮を穿孔して腹腔内に迷入したと思われる症例に対し,腹腔鏡下に除去した症例を経験した.LNG―IUSが腹腔内に迷入した報告は国内では認めず,このような合併症を周知することは重要と思われ報告する.
症 例年齢:43歳.妊娠歴:7回経妊4回経産.現病歴:生児3人を分娩後,3回の稽留流産,1回の死産を認めた.これ以上の流・死産を避けるため,避妊目的に LNG―IUSを近医にて挿入した.1ヵ月後の受診で子宮腔内に LNG―IUS
が確認できず,腹部単純 X線撮影にて右下腹部に T字状の LNG―IUSを認めた(図1).LNG
―IUSが子宮穿孔し腹腔内に迷入したと診断され,腹腔鏡下に摘出することを目的に紹介された.現症・検査:当院での内診でも LNG―IUSの除去糸を腟腔内に認めず,また経腟超音波検査にて子宮腔内,筋層内に LNG―IUSを認めなかった.腹腔内への迷入は明らかであるが,LNG―IUSの周囲組織との癒着,腸管穿孔,また膀胱穿孔などの有無を確認するために CTを行った
〔一般演題/症例3〕
子宮穿孔し腹腔内に迷入したと思われるLNG―IUS を腹腔鏡下に摘出した1例
1)高の原中央病院産婦人科2)大津市民病院産婦人科
谷口 文章1),藪田 真紀1),山口 昌美1),貴志 洋平1)
杉並留美子1),杉並 洋1),岡田由貴子2)
日エンドメトリオーシス会誌2014;35:187-191
図1 前医での腹部単純 X―P右下腹部に T字状の LNG―IUSを認める.
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が,そのような所見は認めなかった(図2).手術・経過:腹腔鏡を行い,右下腹部に体網内に巻き込まれた T字状の LNG―IUSを認めた(図3A).大網から LNG―IUSを除去しようとしたが,除去糸の付着部分に大網の癒着を認め(図3B),これを剥離した後(図3C),腹腔外
に抜去した(図4).手術終了前に子宮壁全体を確認したところ,子宮後壁右側に2mm程の陥凹を認め(図3D),この部分の穿孔にて腹腔内へ迷入したと思われた.創は修復されつつあり,縫合は行わなかった.手術後の経過は良好であり,術後2日目に退院した.現在経口避妊薬を内服中である.
考 察今回 LNG―IUSによる子宮穿孔の症例を経験
したが,この LNG―IUSによるこのような報告はこれまで国内ではなかった.しかし,他のIUDによる子宮穿孔の報告は国内ではいくつか認め〔4,5〕,海外では LNG―IUSを含め IUD
の子宮穿孔の報告を多数認める〔6―20〕.LNG―IUSを含む IUDの子宮穿孔の発生頻度は,1,000人あたり0.68~2.6人であり〔6〕,その原因としては,子宮の状態と挿入を行った術者の技量によることが主に考えられる〔4〕.子宮の状態の要因としては,子宮筋層に対する既往手術のある患者,流・早産,分娩後など非妊時よ
図2 当院の骨盤内 CT像右下腹部に T字状の LNG―IUSを認める.腸管,膀胱内への穿孔は認めず.
図3 A:右下腹部に体網に付着した LNG―IUSを認める.B:体網より LNG―IUSを除去.C:体網より除去できた LNG―IUS.D:子宮後壁の穿孔部分と思われる部位.
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り子宮が軟らかくなっている患者,多産婦,前屈または後屈が強い患者等が起こりやすいと考えられている.
IUDの子宮穿孔による腹腔内迷入の診断方法は,除去糸があるものは,内診にて IUDの除去糸の有無を確認する.そこで確認できなかった場合は,経腟超音波検査を行い,子宮腔内の IUDの有無を確認し,認めなければ子宮筋層内に埋没していないか確認する〔7〕.子宮腔内や筋層内にその存在が疑われるとき,子宮鏡にて確認することも可能である〔6〕.子宮腔内,筋層内に認めなかった場合は,体外に自然抜去されたか,または子宮の穿孔による腹腔内への迷入が考えられ,そのような場合は,一般に腹部単純 X線撮影にて診断が可能である.この腹部単純 X線撮影にて腹腔内に迷入したことが判明したとき,CTを行うことにより腸管穿孔,膀胱穿孔などの腹腔内の重篤な合併症の有無の診断が可能である〔7〕.しかし子宮腔内にIUDがなくなったことにより妊娠に至ることもあり,そのような場合,terminationの意志が確認できれば,腹部単純X線撮影や CTの撮影による診断は可能だが,できなければそれらの撮影はできなくなり診断は難しくなる〔8〕.Ter-
minationの希望のある患者に対して,curettage
を行い,そのときに IUDの有無の確認を行うことも可能である〔6〕.子宮穿孔にて IUDが腹腔内に迷入したとき
の症状をMosleyが多くの文献を集めて報告している〔9〕.発生頻度の少ない腸管穿孔や膀胱穿孔等は除外した報告ではあるが,IUDが腹腔内に迷入した129症例において,無症状が48.1%,妊娠が28.7%,疼痛が17.8%,不正性
器出血が4.7%,骨盤内の炎症が0.8%であり,無症状の症例が半数近くを占めていた.このように腹腔内に迷入したとしても軽度な症状がほとんどであり,手術のリスク等を考慮すると腹腔外への摘出を勧めない報告もある〔10〕.一方,IUDが腹腔内へ迷入後に腸管穿孔や膀胱穿孔を経験した報告者は,腹腔内に迷入したことが判明した段階で,症状を認めなくてもその抜去を勧めている〔11―13〕.またWorld Health
Organization(WHO)も腹腔内迷入後の腸管閉塞,穿孔の可能性があることより腹腔外に摘出することを勧めている〔14〕.今後さらなる検討が必要と思われる.しかし CT等により IUD
の腸管や膀胱内への穿孔が診断された場合は,軽度な症状しか認めなかったとしても腹腔外に摘出することに異論はないようである〔4,5,11,13,15―18〕.この IUDによる腸管狭窄や閉塞,穿孔,ま
た膀胱穿孔などの重篤な合併症の発生頻度は不明である.腸管穿孔を認めた時の症状として,最も多いのが腹痛であり,それ以外に血便,イレウス等の症状を認めることがある〔5,8,15〕.しかし IUDが腸管に穿孔しても,腸管内にはまり込んだ状態でとどまり,便汁が腹腔内に漏出しなければ発熱を認めることは少ない〔5,8,11,15〕.またなかには無症状であったとの報告もある〔13,16〕.これらは開腹下または腹腔鏡下に摘出され,穿孔部分は縫合が行われている〔8,11,15,16〕.膀胱内へ穿孔したときの症状は,反復性膀胱
炎,血尿,尿意切迫感,排尿障害,腹痛などであり,無症状ということは少ない〔4,17―19〕.そのほとんどが IUDを子宮腔内に挿入してから6ヵ月以上経過して診断されており,なかには30年以上経過して診断されているものもある〔4〕.膀胱内へ IUDがはまり込んだ状態で長期間経過すると IUD周囲に石灰化を認めるようになる〔4,17―19〕.そのため,腹部単純 X線撮影で IUDとその周囲の石灰化を認めたときは,膀胱内への穿孔が疑われる.膀胱穿孔の場合,開腹下または腹腔鏡下に摘出することもあ
図4 腹腔外に摘出した LNG―IUS
子宮穿孔し腹腔内に迷入したと思われる LNG―IUSを腹腔鏡下に摘出した1例 189
るが,なかには経尿道的膀胱砕石術を行い,その後に膀胱鏡下に IUDを摘出し,膀胱壁の瘻孔が閉鎖するまで数日間,尿道カテーテルを挿入していた報告もある〔17〕.なかには IUDが完全に膀胱内に入り,膀胱壁の瘻孔が自然閉鎖したため,膀胱鏡下に摘出しても膀胱壁の瘻孔を認めなかったとの報告もある〔4,19〕.以上 LNG―IUSを含む IUDが腹腔内に入った
ときの状態についてこれまでの報告をまとめたが,今回のわれわれが経験した LNG―IUSが腹腔内に迷入したときに特徴的なことを示す報告がある.Kaislasuoらは,腹腔内に迷入した LNG
―IUSの52例と Cu―IUDの21例の比較検討を行い,妊娠率が Cu―IUDに比べ有意に低かったと報告している〔6〕.その原因として,LNG―IUS
が腹腔内に迷入したとき,血漿内の LNG濃度が子宮腔内に留置されているときに比べ10倍高くなり,これにより排卵が抑制され妊娠率が低下すると報告している〔20〕.また腹腔内に迷入した LNG―IUSの報告のなかで,腸管や膀胱内に穿孔した重篤な合併症の報告は,調べた範囲内では膀胱穿孔が1例のみであった〔17〕.海外では LNG―IUSが多数使用されているにもかかわらずこのように報告が少ないのは,他のIUDに比べ LNG―IUSは腸管穿孔や膀胱穿孔が起こりにくいのかもしれない.今回われわれは,LNG―IUSが子宮を穿孔し
て腹腔内に迷入し,それを腹腔鏡下に摘出した症例を経験した.子宮腔内に挿入して1ヵ月以内という早期に発見し,強固な癒着や腸管穿孔,膀胱穿孔などに至ることなく摘出できた.LNG
―IUSは,過多月経や月経痛に対する治療のストラテジーの1つになり得るものであり,今後その使用頻度は増える可能性が高い.そのため,LNG―IUSの子宮腔内留置時には,稀ではあるがこのような子宮穿孔という合併症も考慮に入れて使用する必要がある.また,腹腔内に迷入したときは,腹腔内での状態を正確に診断し,摘出手術によるリスク,摘出しなかった場合,数十年後に渡って起こりうるリスクなどを十分に説明し,摘出手術を行うかどうか決める必要
があると考える.
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