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走査型容量顕微鏡(SCM)技術とその応用
山本亮一
群馬産業技術センター 環境材料グループ
要旨 走査型容量顕微鏡(SCM)は走査型プロ-ブ顕微鏡(SPM)技術の一つであるが、本稿ではそ
の現状と応用についてレビューした。現在その性能は、面内空間分解能が約2 nm、容量検出感度
が約10-21Fに達している。SCMの応用として最も盛んな分野は、半導体分野におけるキャリア
濃度分布のイメージングである。SIMS、シミュレーション等との比較検討が重ねられ、測定結果
に対して定量性が得られつつある。 また、 SCMの高密度記録への応用研究も行われている。現在
では、強誘電体分極ドメインを用いたTbit/inch2の記録再生が実現されている。今後、 SCM自
体の性能向上に関する研究と、 SCMの高面内分解能、高感度容量計測、高信号帯域等の特徴を生
かした新たな分野への展開、発展が期待される。
Keywords :走査型容量顕微鏡,Scaning Capacitance Microscopy,SCM
1 はじめに
走査型容量顕微鏡(SCM)は、いわゆる走査型プ
ローブ顕微鏡(SPM)技術の一つである。SCMの容
量検出技術の原型は、実はSPM技術の先駆けとなっ
た走査型トンネル顧微鏡の発明よりも古く、 1970年
台後半RCA社によりビデオディスク用に開発され
たものにまで遡る[1]。その後、 1986年に原子間力
顕微鏡(AFM) [2]が発明されたことを契機に、その
力検出技術と位置制御技術を応用して様々なSPM
が開発されてきた SCMも、その一つとして発展
を遂げてきた。
本稿では、SCMの原理を簡単に鋭明し、 SCM技
術の最新研究レベル、また、SCMのいわゆる顕微
鏡としての代表的な応用事例を紹介する。最後に、
SCMの情報記録応用について紹介する。
2 SCMの原理と最新の研究レベル
SCMを構成する重要な部分は、 SCMの特徴であ
る静電容量検出部と、 SPMには必須となるプロー
ブ-試料スペーシング制御部の2つである。各々これ
までに様々な方式が研究され、その組み合わせが試
みられてきている。その代表的なものを以下に示す。
先ず、静電容量検出方式としては、
・ 高周波共振器型
- RCA型[1]
- VHF型[3]
- 同軸共振器型[4]
・ 力検出型[5]、
また、プローブ-試料スペーシング制御方式としては、
・ コンタクトモード
- コンタクトモードAFM型
- タッピングモードAFM型
・ ノンコンタクトモード
- ノンコンタクトモードAFM型
- 容量フィードバック型[6]
- エバネッセント光フィードバック型[7]
等がある。
SCMの典型的な概念図を図1 [8]に示す。図の例
では、図中Capacitance SensorがRCA型容量セン
サーであり、これで容量(C)の検出する。更に、試
料に交流電圧を印可しlock-in検出する事によって
dC/dVも検出し得る系になっている。プローブ(図
中はtip)-スペーシング制御は、レーザー光の反射を
用いた光てこ方式によるコンタクトモードAFM型
群馬県分析研究会会報第29号よりの再録である。同研究会事務局の許可済み。
を用いている。従って、SCM像とコンタクモード
AFM像とを同時に取得することができる。このよ
うなSCMは、マルチモードSPMとして市販もさ
れている[9]。
SCMの中で最も特徴的なRCA型容量検出の原
理を簡単に説明する(図2)。
検出回路は、ストリップラインを用いたLC共振
回路を基本としている。Lはストリップラインとプ
ローブまでのフライリード、Cは測定すべき試料とプ
ローブ間の容量(Ctip)とその他の浮遊容量(Cstray)
である。ここでCtipが変化すると、共振周波数が変
化する。その変化をフィードバックしバラクタダイ
オード容量で補償する。このバラクタダイオードへ
の補償電圧をもって、試料とプローブ間の容量変化
(△Ctip)を代表する訳である。
典型的な回路定数とその時の容量検出感度は、キャ
リア周波数が1GHz、共振回路のQが約30、Cstray
が約0.1pであり、その時、△Ctip=0.1×10-15Fの
検出が可能である。これは、シリコン中で0.1μm口
の平行平板コンデンサーを考えた時の10nmの
ギャップ変化に相当するものである。
現在では、さらに試料面内の空間分解能、及び
容量検出感度の向上が図られている。最新の報告
では、空間分解能が約2nm[10]、容量検出感度は
10-21F(zepto-farad)[11]に達している。
これまで面内空間分解能が他のSPMに比べて劣
る事がSCMの応用の拡大を妨げてきた一因であっ
たが、近年AFMと同様な分解能が得られるよう
になった事で、SCMの適用分野の広がりが期待さ
れる。
このRCA型容量センサーのもう一つの大きな特
徴として、信号帯域が広い事もあげられる。前述の
例では約10MHz程度の信号帯域が得られている。
これは、SPM技術の中では最も高速に信号が検出
できるもののひとつである。
SCMの代表的な特徴をまとめると、
・ 超高感度な容量検出
・ 高帯域な容量信号
・ AFMレベルの高面内分解能
である。
3 SCM技術の分析的な応用
3.1 半導体キャリア濃度分布のイメージ
ング
SCMが、いわゆる顕微鏡として最も多く用いら
れている分野が、半導体のキャリア濃度のイメージ
ングである。
LSIプロセスにおいては、Siウエファーに種々の
デバイスを形成してゆく。この時、キャリアのp,n
の極性やその濃度のコントロールをすべく、不純物
ドープが行われる。これまで、そのドープ部分の境
界の区別や、その結果としてのキャリア濃度の変化の
様子を、直接的にイメージングする方法が無かった。
これが、SCMの出現により可能になったのである。
SCMにより半導体のキャリア濃度がイメージングで
きる原理を簡単に説明する。半導体キャリア濃度と静
電容量は、MIS(Metal-Insulator-Semiconductor)
ダイオードの原理により直接的に関係する。SCM
測定の様子を概念的に表すと、図3に示す様に、SCM
のプローブがゲート電極(MISのM)、プローブと半
導体(MISのS)の間のギャップが絶縁層(MISのI)
となり、MISダイオードを形作る。MISダイオード
では、良く知られているように、ゲート電極の極性
と半導体の極性との関係で、表面近傍の半導体キャ
リアに蓄積、空乏が生じ、容量が変化する。
ここで、半導体がp型、プローブに+電位が印可
された時(n型に-電位でも同じ)、空乏層の飽和深
さ(dm)とキャリア濃度(Na)とは、
の関係がある[12]。ここで、Aは、プローブ-試料が
形成する容量の有効電極面積、ε0は真空の誘電率、
εsは半導体の比誘電率、kはボルツマン定数、Tは
温度、niは真性キャリア濃度、qはキャリア電荷で
ある。
SCMの計測にかかる容量(C)は、平行平板近似で、
であるから、キャリア濃度がSCMによりイメージ
ングできるわけである。
図4は、DigitalEquipment社(現Veeco社)のカ
タログにあるSCMによるSiの不純物ドープ部分の
キャリア濃度のイメージング例である。図中には、
SCM測定に基づいたキャリア濃度コンターが描か
れている。彼らによれば、SIMSによる不純物濃度
の計測結果と比較しても、比較的定量性をもってイ
メージングできている由である。
Kopanskiらは、SCMのデータから3次元的な
ドーパント濃度を決定する為の研究を精力的に続け
ている[13]。
3.2 誘電率分布のイメージング
SCMは、静電容量の変化をイメージングするも
のであるから、局所的な誘電率の変化をイメージン
グする事ができる。
例えば、強誘電体あるいは高誘電率材料の薄膜に
おいては、表面モフォロジー的には変化が見られな
くても、局所的な膜構造の違いにより誘電率が異なっ
ている部分が存在することがある。これをSCMに
よってイメージングすることができる。図5[8]に
は、Nakagiriらによる典型的な測定例を示す。
Choらは、同軸型検出器を用いることにより誘電
率の非線形成分を測定する事で、強誘電体分極をイ
メージングすることに成功している。
強誘電体の分極の方向の違いは、原理的には、線
形誘電率の変化に反映されない。いわゆる容量測定
は誘電率の線形部分のみを計測しているものであり、
従って分極の方向は区別できない。Choらのように
非線形成分を計測することによって、はじめて分極
方向の直接計測が可能になるわけである。
Choらは、ドメインサイズ25nmの分極のイメー
ジングに成功しており、後述するように、これを応
用した超高密度記録の研究も行っている。
以上のようなSCMによるイメージング技術は、近
年のSCM性能の向上と、半導体技術分野における
強誘電体あるいは高誘電率材料薄膜の必要性の向上
に伴い、今後ますます広がって行くものと思われる。
4 SCM技術の情報記録への応用
4,1 電荷保持型メモリー
元来が情報記録技術として開発されたSCM技術
は、様々な高密度記録に応用する研究が行われて
いる。
最も多い例は、シリコンメモリーのEEPROMと
呼ばれるプログラマブルメモリの原理を応用した
ものである。その代表的な例、Iwamuraらによる
電荷保持層としてSiNを用いたSiN/SiO2/Si積層
(NOS)媒体用いた例を図6[14]に示す。
この系において、プローブ(図6中ではrotating
electrode)とシリコンとの間にある一定以上の電圧
を印可すると、半導体キャリアが薄いSiO2層をト
ンネリングしてSiN層に注入され、トラップされ
る。これで情報がメモリーされたわけである。§3.1
で述べた様に、MISダイオードでは、絶縁層上のポ
テンシャルの影響により半導体層のキャリアに空乏、
蓄積が生じ容量が変化する。図6では、SiN層にト
ラップされた電荷の影響により空乏層の有無が生じ、
SCMによりその変化が検出される。すなわち、情
報が再生されたことになる。
このようなキャリアを保持する機構を用いたメモ
リーとしては、他に様々な媒体が研究されている。
ONOS媒体[15]、絶縁体中の金属ナノクラスタ[16]
を用いた例などがある。
4.2 強誘電体メモリー
前述の電荷保持型メモリーの記録密度、情報不揮
発性、オーバーライト性などを改良したものに、強
誘電体分極を用いたものがある。
図7[17]は、強誘電体/半導体積層構準(FS)媒
体を用いた例である。(図中のMobile electrodeが
SCMのプローブに相当する。)この例では、図のよ
うに反平行の分極を交互に存在させることで、電荷
保持型メモリーに比べて、より高密度な記録が可能
となる事が示されている。
さらに前述のように、Choらは単層の強誘電体を
媒体に用い、より高密度化な情報記録再生を実現して
いる[4]。彼らは、強誘電体として単結晶のLiTaO3
を、検出方法としては同軸型検出方法(図8[4])を
用い、記録再生実験を行った。最も高密度なケース
では、記録ドメインサイズ25nm、記録密度に換
算してTbit/inch2の記録再生に成功している(図9
[4])。これは、他のSPMによる高密度記録研究に
匹敵するレベルである。
今後は、ここで紹介したような技術を基盤として、
SCM技術の特徴を組み合わせてゆく事により、他
のSPM技術には無い特徴的な情報記録技術が開発
されて行くものと期待される。
5 まとめ
SCMは、ビデオディスクの技術から端を発し、
SPM技術の発展と相まって発展を続けてきている。
その性能は、面内空間分解能が約2nm、容量検出感
度が約10-21Fに達している。拙文では、SCMの
原理と、その応用についてレビューした。
ここでは紹介仕切れなかった研究例として、例え
ばSCMの信号帯域の広さを生かし、表面弾性波の
振動を直接計測する[18]、といったユニークな研究
もある。
今後のSCM技術は、顕微鏡としての基本的な性
能の向上を目指す研究と、SCMのもつ特徴をさら
に存分に発揮するような応用的研究とが、ともに広
がって行くものと期待している。
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