術中迅速病理診断が困難であった肺硬化性血管腫と...

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253 ●症 要旨:症例 1 は 38 歳男性.健診の胸部 X 線検査で結節影を指摘され,胸部 CT 検査で類円形の腫瘤影を認 めた.良性腫瘍と考えられたが,患者の希望で手術となった.術中迅速病理診断で肺末梢型カルチノイドと 診断され,肺葉切除術施行となった.最終病理診断はリンパ節転移のある肺硬化性血管腫であった.症例 2 は,81 歳女性.健診の胸部 X 線検査で結節影を認め,診断的治療で手術を行った.術中迅速病理診断で炎 症を伴うリンパ節と診断され,肺部分切除となった.最終病理診断は肺末梢型カルチノイドとなり,肺葉切 除術施行のため再手術となった.末梢型肺カルチノイドや肺硬化性血管腫の診断は,その多彩な組織像のた め術中迅速病理診断と最終病理診断とで違った診断になることがある.そのため結果的に再手術が必要にな る場合がある.これらの術中迅速病理診断は難しい場合があり,今後注意を要する貴重な症例と考えられた. キーワード:肺カルチノイド,硬化性血管腫,術中迅速病理診断,免疫染色 Pulmonary carcinoid,Sclerosing hemangioma,Frozen section examination, Immunohistochemistry 肺硬化性血管腫は原発性肺腫瘍の 2~7% とされる肺 良性腫瘍のうち過誤腫の次に多い腫瘍であり,組織学的 には乳頭状,硬化性,充実性,出血性部分の4つのパター ンが様々な割合で混在する .一方,肺カルチノイドは, 原発性肺腫瘍の中でも多くても 1~2% とされる稀な腫 瘍であり,大細胞神経内分泌癌,小細胞癌とともに神経 内分泌腫瘍に分類される低~中等度の悪性腫瘍である 組織学的には類器官,索状,島状,柵状,リボン状,ロ ゼット様などの多様な増殖像を示す腫瘍で,乳頭状,硬 化型,濾胞状,腺管状構造をとることもある .肺腫瘍 切除術施行時には,全組織の詳細な病理診断ができない 術中迅速病理診断では,観察した標本に含まれる組織で の診断となり,多彩な組織像をとる腫瘍では必ずしも正 確に診断できないと考えられる.今回,術中迅速病理診 断で肺カルチノイドと診断されたが,術後検索ではリン パ節転移のある肺硬化性血管腫と診断された症例と,術 中迅速診断で炎症性変化を伴う肺リンパ節と診断された が,術後検索では肺カルチノイドと診断された症例を経 験した.医学中央雑誌および MEDLINE で検索した範 囲では前者のような症例はこれまで 1 例しか報告がな く,後者のような症例は報告例がなかった.今後同様な 症例に遭遇する機会があると思われ,貴重な症例と考え られたため報告する. 症例 1:38 歳,男性. 主訴:健診での胸部異常陰影. 喫煙歴:40~60 本! day×20 年. 既往歴:26 歳時 急性膵炎. 現病歴:平成 18 年に健診の胸部 X 線検査で右下葉の 腫瘤陰影を指摘されたため当科を受診した. 18 F- fluorodeoxyglucose(FDG) -PET 検査で腫瘤部位に軽度 の集積を認めたが,気管支鏡検査で悪性所見を認めな かったため外来で経過観察していた.胸部 X 線検査で 陰影の増大傾向はなかったが,本人の手術による診断と 治療の希望が強いため平成 20 年に当院外科転科となっ た. 入院時検査所見:CEA が 5.2ng! mlと上昇していた が,血算・生化学検査で特に異常値を認めなかった(Ta- ble1). 画像所見:胸部 X 線写真では右肺門部に辺縁整な腫 瘤陰影を認める(Fig. 1a).胸部 CT では右 S 6 に 2cm 大 の類円形の境界明瞭な腫瘤影を認める(Fig.1b),FDG- PET では腫瘤部位に FDG の軽度集積を認める(Fig. 1 c). 術中迅速病理診断が困難であった肺硬化性血管腫と肺末梢型カルチノイドの 2 例 阿南栄一朗 白井 平田 範夫 仲間 牛島 千衣 門田 淳一 〒8700263 大分県大分市横田 2 丁目 11 番 45 号 1) 国立病院機構大分医療センター呼吸器科 2) 大分大学医学部総合内科学第二講座 3) 公立学校共済組合九州中央病院呼吸器外科 (受付日平成 21 年 9 月 7 日) 日呼吸会誌 48(3),2010.

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Page 1: 術中迅速病理診断が困難であった肺硬化性血管腫と …PETでは腫瘤部位にFDGの軽度集積を認める(Fig.1 c). 術中迅速病理診断が困難であった肺硬化性血管腫と肺末梢型カルチノイドの2例

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●症 例

要旨:症例 1は 38 歳男性.健診の胸部X線検査で結節影を指摘され,胸部CT検査で類円形の腫瘤影を認めた.良性腫瘍と考えられたが,患者の希望で手術となった.術中迅速病理診断で肺末梢型カルチノイドと診断され,肺葉切除術施行となった.最終病理診断はリンパ節転移のある肺硬化性血管腫であった.症例 2は,81歳女性.健診の胸部X線検査で結節影を認め,診断的治療で手術を行った.術中迅速病理診断で炎症を伴うリンパ節と診断され,肺部分切除となった.最終病理診断は肺末梢型カルチノイドとなり,肺葉切除術施行のため再手術となった.末梢型肺カルチノイドや肺硬化性血管腫の診断は,その多彩な組織像のため術中迅速病理診断と最終病理診断とで違った診断になることがある.そのため結果的に再手術が必要になる場合がある.これらの術中迅速病理診断は難しい場合があり,今後注意を要する貴重な症例と考えられた.キーワード:肺カルチノイド,硬化性血管腫,術中迅速病理診断,免疫染色

Pulmonary carcinoid,Sclerosing hemangioma,Frozen section examination,Immunohistochemistry

緒 言

肺硬化性血管腫は原発性肺腫瘍の 2~7%1)とされる肺良性腫瘍のうち過誤腫の次に多い腫瘍であり,組織学的には乳頭状,硬化性,充実性,出血性部分の 4つのパターンが様々な割合で混在する2)3).一方,肺カルチノイドは,原発性肺腫瘍の中でも多くても 1~2%とされる稀な腫瘍であり,大細胞神経内分泌癌,小細胞癌とともに神経内分泌腫瘍に分類される低~中等度の悪性腫瘍である4).組織学的には類器官,索状,島状,柵状,リボン状,ロゼット様などの多様な増殖像を示す腫瘍で,乳頭状,硬化型,濾胞状,腺管状構造をとることもある5).肺腫瘍切除術施行時には,全組織の詳細な病理診断ができない術中迅速病理診断では,観察した標本に含まれる組織での診断となり,多彩な組織像をとる腫瘍では必ずしも正確に診断できないと考えられる.今回,術中迅速病理診断で肺カルチノイドと診断されたが,術後検索ではリンパ節転移のある肺硬化性血管腫と診断された症例と,術中迅速診断で炎症性変化を伴う肺リンパ節と診断されたが,術後検索では肺カルチノイドと診断された症例を経験した.医学中央雑誌およびMEDLINEで検索した範

囲では前者のような症例はこれまで 1例しか報告がなく,後者のような症例は報告例がなかった.今後同様な症例に遭遇する機会があると思われ,貴重な症例と考えられたため報告する.

症 例

症例 1:38 歳,男性.主訴:健診での胸部異常陰影.喫煙歴:40~60 本�day×20 年.既往歴:26 歳時 急性膵炎.現病歴:平成 18 年に健診の胸部X線検査で右下葉の

腫瘤陰影を指摘されたため当科を受診した.18F-fluorodeoxyglucose(FDG)-PET検査で腫瘤部位に軽度の集積を認めたが,気管支鏡検査で悪性所見を認めなかったため外来で経過観察していた.胸部X線検査で陰影の増大傾向はなかったが,本人の手術による診断と治療の希望が強いため平成 20 年に当院外科転科となった.入院時検査所見:CEAが 5.2ng�ml と上昇していた

が,血算・生化学検査で特に異常値を認めなかった(Ta-ble 1).画像所見:胸部X線写真では右肺門部に辺縁整な腫

瘤陰影を認める(Fig. 1a).胸部 CTでは右 S6に 2cm大の類円形の境界明瞭な腫瘤影を認める(Fig. 1b),FDG-PETでは腫瘤部位にFDGの軽度集積を認める(Fig. 1c).

術中迅速病理診断が困難であった肺硬化性血管腫と肺末梢型カルチノイドの 2例

阿南栄一朗1) 白井 亮2) 平田 範夫1)

仲間 薫1) 牛島 千衣3) 門田 淳一2)

〒870―0263 大分県大分市横田 2丁目 11 番 45 号1)国立病院機構大分医療センター呼吸器科2)大分大学医学部総合内科学第二講座3)公立学校共済組合九州中央病院呼吸器外科

(受付日平成 21 年 9月 7日)

日呼吸会誌 48(3),2010.

Page 2: 術中迅速病理診断が困難であった肺硬化性血管腫と …PETでは腫瘤部位にFDGの軽度集積を認める(Fig.1 c). 術中迅速病理診断が困難であった肺硬化性血管腫と肺末梢型カルチノイドの2例

日呼吸会誌 48(3),2010.254

Table 1 Laboratory data on admission

(Case 1)Hemogram

/μl8,230WBC%56.1neut.%32.1lymph.%3.6eosin.%7.2mono./μl4.92×106RBCg/dl14.7Hb%44.6Ht/μl1.8×105Plt

Blood chemistryg/dl6.7TPg/dl4.4AlbIU/l13ASTIU/l13ALTIU/l13γ-GTPIU/l164LDHIU/l222ALPmg/dl16.1BUNmg/dl0.79Crmg/dl0.05CRPng/ml5.2CEApg/ml19.8proGRP

Table 2 Laboratory data on admission

(Case 2)Hemogram

/μl8,140WBC%71.9neut.%20.4lymph.%2.3eosin.%5.2mono./μl3.94×106RBCg/dl11.8Hb%35.4Ht/μl2.4×105Plt

Blood chemistryg/dl7.3TPg/dl4.4AlbIU/l23ASTIU/l20ALTIU/l13γ-GTPIU/l177LDHIU/l222ALPmg/dl17.5BUNmg/dl0.67Crmg/dl0.05CRPng/ml0.8CEApg/ml36.0proGRP

Fig. 1 a): Chest X-ray film showing a nodular shadow in the right lower lung field. b): Chest CT showing a tumor shadow with a well-defined margin in the right lower lobe. c): FDG-PET scan demonstrating slightly abnormal uptake in the right S6 lesion.

bc

a

Page 3: 術中迅速病理診断が困難であった肺硬化性血管腫と …PETでは腫瘤部位にFDGの軽度集積を認める(Fig.1 c). 術中迅速病理診断が困難であった肺硬化性血管腫と肺末梢型カルチノイドの2例

迅速診断困難な肺カルチノイド 255

Fig. 2 a): Fixed lung, lower lobe, cut surface with tumor. The tumor is 17 mm in size, well defined whitish and solid, with hemorrhage caused by surgery. b): Tumor tissue, frozen section, HE stain shows solid pro-liferation of polygonal tumor cells with fine fibrovascular stroma. c): Fixed tumor tissue, HE stain shows solid proliferation of polygonal tumor cells with fibrovascular stroma. d): Immunostain, TTF-1 (thyroid transcription factor-1): the tumor cells are positive: e) Immunostaining, synaptophysin. Part of the tumor is positively stained. f) Immunostaining, EMA (epithelial membrane antigen). Tumor cells are positive.

e

c

a

b

f

d

臨床経過:小開胸下胸腔鏡下肺部分切除術を施行した.腫瘍は右 S6にあり,腫瘍を含む部分切除を行い術中迅速病理診断に提出した.腫瘍は切除標本の肉眼所見では 20mmの白色調充実性軟で分葉傾向のある腫瘤であり(Fig. 2a),迅速病理標本の組織像は細胞密度の高い充実性腫瘍で,小型~中型主体の細胞で構成され,核は腫大し大小不同を認め,ロゼット様構造と思われる部分があり肺カルチノイドや硬化性血管腫が疑われた(Fig. 2b).このため引き続いて右下葉切除術を施行した.最終病理診断では,全般的に細胞密度が高く polygonal

cell 主体の増殖が見られ,(Fig. 2c),TTF-1 陽性(Fig.2d),EMA陽性(Fig. 2e),シナプトフィジン陽性(Fig.2f)で,血管で分葉されたような胞巣状増殖が主体なため硬化性血管腫と診断した.リンパ節に転移が認められたため悪性度の高い硬化性血管腫と考えられた.症例 2:81 歳,女性.主訴:胸部異常陰影.既往歴:75 歳時より 2型糖尿病で加療中.現病歴:糖尿病で近医に外来通院中,平成 19 年に健

診目的の胸部X線検査で右中肺野に結節陰影を認めた

Page 4: 術中迅速病理診断が困難であった肺硬化性血管腫と …PETでは腫瘤部位にFDGの軽度集積を認める(Fig.1 c). 術中迅速病理診断が困難であった肺硬化性血管腫と肺末梢型カルチノイドの2例

日呼吸会誌 48(3),2010.256

Fig. 3 a): Chest X-ray film lateral view showing a tumor shadow in the right lower lung field. b): Chest CT showing a tumor shadow with a sharp margin in the right middle lobe.

ba

ため,肺癌が疑われ当科紹介となった.気管支鏡検査を施行しTBLBで肺内リンパ節との診断を得たが,本人の手術による診断と治療の希望が強いため当院外科転科となった.血液検査:血算・生化学,腫瘍マーカーの異常は認め

ず(Table 2).画像所見:胸部X線写真では右中肺野に結節陰影を

認める(Fig. 3a).胸部 CTでは右肺 S5内側の心臓に接する部位に 1.5cm

大の境界明瞭な腫瘤影を認める(Fig. 3b).臨床経過:小開胸下胸腔鏡下右肺部分切除術を施行し

た.腫瘍は右 S5にあり,腫瘍を含む部分切除を行い術中迅速病理診断に提出した.腫瘍は切除標本の肉眼所見では,6mm前後の柔らかい被膜様構造を有する結節状病変であり(Fig. 4a),迅速病理標本では,リンパ節様のリンパ組織からなり,リンパ球,組織球の肺組織への浸潤が見られ,炎症性または反応性のリンパ球浸潤巣と診断した(Fig. 4b).そのため手術は閉胸終了となった.最終病理診断では,小型円形細胞の充実性増殖を認め,細胞は均一であり(Fig. 4c)免疫染色ではクロモグラニンA(Fig. 4d)とシナプトフィジン強陽性であったた

め肺カルチノイドと考えられた.このため十分な切除が必要と考え,後日右肺中葉切除術施行となった.なお病理組織では腫瘍組織に接する部分には強い慢性炎症を認めた.

考 察

肺腫瘍のうち肺過誤腫や肺硬化性血管腫のような良性腫瘍はその 2~7%程度を占めるとされる1).肺硬化性血管腫は 1956 年に Liebowと Hubbell によって初めて報告された成長の遅い比較的稀な良性腫瘍で6),良性腫瘍中 20%程度と報告されている7).ほとんどが無症状で,健診の胸部X線検査で偶然発見されることが多く,中年女性に多いとされ約 80%が女性である2)3).一方,肺カルチノイドは肺原発腫瘍中 1~2%を占める比較的稀な疾患であり8),気管支上皮基底部に存在する神経分泌顆粒を持つ kulchitsky 細胞由来の腫瘍と考えられる神経内分泌腫瘍に分類される低~中等度の悪性腫瘍である4).細胞の核分裂像と壊死巣の有無により定型カルチノイドと非定型カルチノイドに分類され,非定型カルチノイドの方がより悪性度が高いとされる8).頻度的には定型カルチノイドが 70~80%を占めるとされ,また

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迅速診断困難な肺カルチノイド 257

Fig. 4 a): Fixed VATS specimen. The tumor is defined. b): Tumor frozen section, HE stain: small-size lymphocyte-like tumor cells with marked hemosiderin deposits and loosely packed macrophage infiltra-tion (mimicking a lymph node). c): Fixed tumor tissue, HE stain. Small-size and uniform tumor cells are ar-ranged in ribbon or trabeculae, with a capillary network. d): Immunostaining, chromogranin A. Tumor cells are positive.

b

ca

d

60~82%が区域気管支より口側に発生する中枢型である4).中枢型は血痰や咳嗽,気管支狭窄による喘鳴などの症状が認められるが,末梢型では,肺硬化性血管腫と同様に無症状なことが多く,健診の胸部X線検査で偶然発見されることが多い4).肺硬化性血管腫も末梢型カルチノイドも胸部CT所見は比較的境界明瞭な類円形の腫瘤陰影で内部はほぼ均一で石灰化を伴う場合もあり,画像所見での鑑別は難しい.近年,肺野の孤立結節影の評価にFDG-PETが用いられているが,本例の肺硬化性血管腫では軽度の集積を認めた.これまでの報告では集積を認めた例9)~11)と陰性例11)12)があり一定の評価はない.また肺カルチノイドについては陰性となるものもあり,FDG-PETでの評価は難しいと考えられている13).肺硬化性血管腫の治療の第一選択は外科的切除であ

り,腫瘤核出術または部分切除術を行うとする意見3)と,核出術は好ましくなく区域切除か肺葉切除を行うという意見2)がある.一方,カルチノイドは化学療法や放射線療法の有効性は低いとされ,外科的切除が唯一の根治治療とされている4).非定型カルチノイドでは肺葉切除と系統的リンパ節郭清を基本術式とし,定型カルチノイドでは縮小手術でよいとする意見や,定型カルチノイドで

もリンパ節転移がある場合もあるためリンパ節郭清が必要との意見があり,一定の見解が得られていない4).肺硬化性血管腫の病理組織は,Katzenstein らによる

と①肺胞上皮様の立方状細胞の増殖からなる乳頭状部分,②淡明な細胞からなる充実性部分,③結合組織の増殖からなる硬化性部分,④赤血球を入れた血管腫様の構造を示す部分の 4つのパターンをとるとされる14).一方,肺カルチノイドは一般的に類器官,索状,島状,柵状,リボン状,ロゼット様の増殖像を示す腫瘍で,乳頭状,硬化型,濾胞状,腺管状構造をとることもある多様な組織像である5).肺腫瘍切除術施行中の全組織の免疫染色を含めた詳細な病理診断ができない術中迅速病理診断では,観察した標本に含まれる組織での診断となり,多彩な組織像をとる腫瘍では必ずしも正確に診断ができないと考えられる.こうした腫瘍に対して免疫染色は確定診断に有用であるが,術中迅速診断では各種の免疫染色はできないことが確定診断できなかった一因である.肺硬化性血管腫では標本中の組織が乳頭状部分のみであれば腺癌と診断されることがあり15),充実性部分であればカルチノイドと診断されることがある16).症例 1でも同様に迅速診断では充実性部分の組織が中心であったため,

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日呼吸会誌 48(3),2010.258

カルチノイドが第一に診断されたと考えられる.また症例 2では,腫瘍周囲に強い炎症があり,迅速診断ではこの部分での診断となりリンパ節周囲のリンパ球浸潤を伴う炎症性変化との診断となったと思われる.境界明瞭な円形腫瘤陰影を呈する場合には,肺カルチ

ノイドの可能性を考え,積極的に手術を考慮する必要があるとの意見もある17).また肺硬化性血管腫でリンパ節転移があるような症例ではリンパ節郭清も必要と考えられる18).症例 1のように術中迅速病理診断でカルチノイドと診

断されたが最終病理診断で肺硬化性血管腫であった報告例は,医学中央雑誌やMEDLINEで検索し得た範囲ではこれまで 1例のみであり,区域切除で済んだ術式が実際には肺葉切除とリンパ節郭清術を行っていた16).本例ではリンパ節転移があったため結果的に術式は同じでよかったが,転移がなかった場合はリンパ節郭清が不必要であったと考えられた.また症例 2では術中迅速病理診断でリンパ節周囲の炎症性変化と診断されたため,腫瘍を含む部分切除術で手術を終了したが,最終病理診断でカルチノイドと診断されたため肺葉切除術を再度施行した.このような報告例は検索し得た範囲ではなかった.いずれの症例も術中迅速病理診断で複数の異なる箇所での診断を行えば最終病理診断と同じとなった可能性があり,症例 2では術式も適したものになったかもしれない.また良性腫瘍の肺硬化性血管腫でも本例のようにリンパ節への転移がみられることがあり,肺硬化性血管腫と診断された場合でもリンパ節サンプリングを行い転移の有無を確認するのがよいかと思われる.肺カルチノイドの可能性のある場合には,術中迅速病

理診断で,リンパ節サンプリングや複数の箇所での診断を行うことが重要と思われるが,時間的制約などもありこれらについては今後の検討が必要と考えられる.わが国では画像検査が比較的簡易に行えるため,境界明瞭な類円形の腫瘤陰影を見つける機会が多いと思われる.今後同様な症例に遭遇する機会があると思われ,貴重な症例と考えたため報告した.謝辞:今回病理診断をして頂いた国立病院機構大分医療センター病理部 森内昭先生に深謝いたします.

文 献

1)吉村博邦.気管支・肺良性腫瘍.北村 諭,工藤翔二,石井芳樹編.呼吸器疾患 state of arts ver. 5.別冊・医学のあゆみ.医歯薬出版社,東京,2007 ;394―396.

2)四元秀毅.硬化性血管腫.北村 諭,工藤翔二,石井芳樹編.呼吸器疾患 state of arts ver. 5.別冊・医学のあゆみ.医歯薬出版社,東京,2007 ; 392―393.

3)小松 茂,高橋 宏.肺硬化性血管腫.日本臨床別冊 呼吸器症候群(第 2版)III.日本臨牀社,大阪,2009 ; 136―139.

4)峯岸裕司,弦間昭彦.気管支カルチノイド,肺カルチノイド.日本臨床別冊 呼吸器症候群(第 2版)III.日本臨牀社,大阪,2009 ; 25―28.

5)日本肺癌学会編.カルチノイド腫瘍.臨床・病理肺癌取扱い規約改訂第 6版.金原出版,東京,2003 ; ;130―131.

6)Liebow AA, Hubbell DS. Sclerosing hemangioma(histiocytoma, xanthoma) of the lung. Cancer 1956 ;9 : 53―75.

7)伊藤一寿,坂上拓郎,阿部徹哉,他.画像上,両肺に多発する結節影を呈し,開胸肺生検で硬化性血管腫と診断された 1例.日呼吸会誌 2006 ; 44 : 848―852.

8)Hage R, de la Rivière AB, Seldenrijk CA, et al. Up-date in pulmonary carcinoid tumors : a review arti-cle. Ann Surg Oncol 2003 ; 10 : 697―704.

9)de Koning DB, Drenth JP, Oyen WJ, et al. Pulmo-nary sclerosing hemangioma detected by fluorode-oxyglucose positron emission tomography in famil-ial adenomatous polyposis : report of a case. Dis co-lon rectum 2007 ; 50 : 1987―1991.

10)Hara M, Iida A, Tohyama J, et al. FDG-PET findingsin sclerosing hemangioma of the lung : a case report.Radiat Med 2001 ; 19 : 215―218.

11)松本真介,岩田 尚,白橋幸洋,他.FDG-PETで異なる所見を示した肺硬化性血管腫の 2例.日呼外会誌 2007 ; 21 : 950―955.

12)都築 閲,川名明彦,竹田雄一郎,他.硬化性血管腫の診断に 11C-Choline-positron emission tomogra-phy が有用であった 1例.日呼吸会誌 2002 ; 40 :402―407.

13)Marom EM, Sarvis S, Herndon JE 2nd, et al. T1 lungcancers : sensitivity of diagnosis with fluorodeoxy-glucose PET. Radiology 2002 ; 223 : 453―459.

14)Katzenstein AL, Gmelich JT, Carrington CB. Scle-rosing hemangioma of the lung : a clinicopathologicstudy of 51 cases. Am J Surg Pathol 1980 ; 4 : 343―356.

15)坂巻 靖,城戸哲夫,安川元章.術中迅速病理検査で肺原発腺癌と診断された多発性肺硬化性血管腫の1例.日呼外会誌 2007 ; 21 : 668―672.

16)片岡和彦,中村 泉,住吉秀隆,他.術中迅速病理検査にてカルチノイドと診断された肺硬化性血管腫の 1例.肺癌 2008 ; 48 : 861―865.

17)片岡和彦,松浦求樹,妹尾紀具.気管支動脈造影にて硬化性血管腫を疑った肺カルチノイドの 1例.気管支学 1997 ; 19 : 565―568.

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迅速診断困難な肺カルチノイド 259

18)Yano M, Yamakawa Y, Kiriyama M, et al. Sclerosinghemangioma with metastases to multiple nodal sta-

tions. Ann Thorac Surg 2002 ; 73 : 981―983.

Abstract

Two cases, of pulmonary sclerosing hemangioma, and peripheral lung carcinoid, in which thediagnoses were difficult by intraoperative frozen section examinations

Eiichiro Anan1), Ryo Shirai2), Norio Hirata1), Kaoru Nakama1),Chie Ushijima3)and Jun-ichi Kadota2)

1)Department of Respiratory Medicine, Oita Medical Center2)Second Department of Internal Medicine, Oita University Faculty of Medicine

3)Department of Respiratory Surgery, Kyushu Central Hospital

Case 1 : A 38-year-old man was referred to our hospital because of a chest nodular shadow found on a medicalcheck-up. Chest CT showed a mass about 2 cm in diameter with a sharp margin in the right S6 segment. Rightlower lobectomy was performed by video-assisted thoracoscopic surgery, because the mass was thought to be aperipheral lung carcinoid by intraoperative frozen section examination. However, the postoperative histopa-thological diagnosis was pulmonary sclerosing hemangioma with lymph node metastasis. Case 2 : An 81-year-oldwoman was referred to our hospital because of a chest nodular shadow found on a medical check-up. Chest CTshowed a mass about 1.5 cm in diameter with a sharp margin in the right S5. Partial lung resection was performedby video-assisted thoracoscopic surgery, because the mass was thought to be an inflammatory lymph node on in-traoperative frozen section examination. However, the postoperative histopathological diagnosis was peripherallung carcinoid. Then, a right middle lobectomy was performed. These cases suggest that it may be difficult to di-agnose peripheral lung carcinoid or pulmonary sclerosing hemangioma by intraoperative frozen section examina-tion because of their pathological diversity.