発熱と著明な炎症反応を呈した肺多形癌の2例 · 751 症 例...

7
751 ●症 要旨:症例 1 : 63 歳男性.血痰と右肺門に腫瘤影を認め,肺癌の診断で肺右上葉切除術施行.病理診断は肺 多形癌(c-stage IIB)であった.術後 7 カ月に発熱・胸痛が出現し,白血球数の著増と CRP 高値,前縦隔 腫瘤影の出現を認めた.縦隔膿瘍が疑われたが抗菌薬無効で,副腎・鼠径リンパ節に転移が確認されたこと から,肺多形癌の再発と診断した.血清 G-CSF が高値であり,G-CSF 産生腫瘍の可能性が考えられた.症 例 2:77 歳男性.持続する高熱のため近医を受診し,血清 CRP 高値,肺多発結節影,縦隔リンパ節腫脹を 指摘された.感染症や膠原病,リンパ増殖性疾患が疑われたが,右鎖骨上窩リンパ節生検の結果から肺多形 癌の転移および腫瘍熱と診断した.肺多形癌では腫瘍に随伴した炎症反応の亢進が初発症状となる例が散見 される.これらはその典型例として示唆に富む症例であった. キーワード:肺多形癌,炎症,発熱,G-CSF,IL-6 Pleomorphic carcinoma of lung,Inflammation,Fever, Granulocyte colony-stimulating factor,Interleukin-6 肺多形癌は肺原発悪性腫瘍の 0.1~0.3% を占める比較 的稀な腫瘍であり,発症年齢は平均 62 歳,約 8 割は胸 痛,血痰,咳嗽で発症し,男女比 2.7 : 1 で,概ね予後不 良と言われている 今回我々は,発熱と著明な炎症反応の亢進を呈した肺 多形癌の 2 例を経験したので,若干の文献的考察を加え て報告する. 1 63 歳,男性. 主訴:胸痛,発熱. 既往歴:24 歳時肺結核,55 歳時舌癌手術,60 歳時脳 出血,62 歳時より高血圧症. 喫煙歴:17 歳から 63 歳まで 20 本! 日,飲酒歴:機会 飲酒.職業歴:元配管空調工. 現病歴:約 2 カ月間持続する血痰を主訴に X 年 1 月 当科外来を受診した.胸部 X 線(Fig. 1A)および CT 写真(Fig. 1B)で右肺門部に腫瘤影を認め,経気管支 肺生検の病理所見で adenocarcinoma を認めた.肺癌 (T2N1M0,c-stage IIB)の診断で同年 3 月 29 日右上葉 切除およびリンパ節郭清を施行した.病理診断は Pleo- morphic carcinoma with adenocarcinoma component(p- stageIIB)であった(Fig.2).退院後近医よりUFT 400 mg! 日内服処方されていたが,同年 10 月 26 日発熱と左 胸痛を主訴に当科外来を受診した.胸部 X 線写真では 肺癌の再発や発熱の原因となりうる異常を指摘できず (Fig.1C),血液検査で白血球数増多および炎症マーカー の上昇(WBC,CRP)を認めたため,精査目的で第 2 回目の入院となった. 入院時身体所見:身長 165cm,体重 43kg,血圧 95! 76 mmHg,脈拍 121! 整,体温 37.7℃,SpO2 95%(室 内気),貧血・黄疸なく,心音・呼吸音ともに正常であっ た.右腸骨に接して弾性硬・可動性不良の径 2cm 大の 腫瘤を触知した.その他腹部,四肢に特記すべき所見を 認めなかった. 入院時検査所見(Table 1):白血球数 28,800! µlおよ び CRP9.73mg! dl といずれも高値であり,白血球分画で は核の左方移動を認めた.血清 β-D グルカン値は 37.7 pg! ml と上昇していたが,精査の結果真菌症は確認され ず,他の感染症を示唆する所見も認めなかった. 入院時の胸部 CT 写真(Fig. 1D)では,気管前方に 軟部組織影の出現を認めた.肺野には術後の変化を除き 明らかな異常を認めなかった. 臨床経過(Fig.3):入院時の検査では明らかな感染巣 発熱と著明な炎症反応を呈した肺多形癌の 2 例 依田 彩文 中山 聖子 阿部 井上 圭太 中村 洋一 田川 徳真吉 河野 大園 惠幸 〒8528501 長崎市坂本 1 丁目 7 番 1 号 1) 長崎大学病院総合診療科 2) 長崎大学医学部第二内科 3) 長崎大学医学部第一外科 4) 長崎大学医学部・歯学部附属病院病理部 (受付日平成 21 年 1 月 30 日) 日呼吸会誌 47(8),2009.

Upload: lamminh

Post on 11-Jun-2019

249 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

751

●症 例

要旨:症例 1 : 63 歳男性.血痰と右肺門に腫瘤影を認め,肺癌の診断で肺右上葉切除術施行.病理診断は肺多形癌(c-stage IIB)であった.術後 7カ月に発熱・胸痛が出現し,白血球数の著増とCRP高値,前縦隔腫瘤影の出現を認めた.縦隔膿瘍が疑われたが抗菌薬無効で,副腎・鼠径リンパ節に転移が確認されたことから,肺多形癌の再発と診断した.血清G-CSFが高値であり,G-CSF産生腫瘍の可能性が考えられた.症例 2:77 歳男性.持続する高熱のため近医を受診し,血清CRP高値,肺多発結節影,縦隔リンパ節腫脹を指摘された.感染症や膠原病,リンパ増殖性疾患が疑われたが,右鎖骨上窩リンパ節生検の結果から肺多形癌の転移および腫瘍熱と診断した.肺多形癌では腫瘍に随伴した炎症反応の亢進が初発症状となる例が散見される.これらはその典型例として示唆に富む症例であった.キーワード:肺多形癌,炎症,発熱,G-CSF,IL-6

Pleomorphic carcinoma of lung,Inflammation,Fever,Granulocyte colony-stimulating factor,Interleukin-6

緒 言

肺多形癌は肺原発悪性腫瘍の 0.1~0.3%を占める比較的稀な腫瘍であり,発症年齢は平均 62 歳,約 8割は胸痛,血痰,咳嗽で発症し,男女比 2.7 : 1 で,概ね予後不良と言われている1).今回我々は,発熱と著明な炎症反応の亢進を呈した肺

多形癌の 2例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.

症 例 1

63 歳,男性.主訴:胸痛,発熱.既往歴:24 歳時肺結核,55 歳時舌癌手術,60 歳時脳

出血,62 歳時より高血圧症.喫煙歴:17 歳から 63 歳まで 20 本�日,飲酒歴:機会

飲酒.職業歴:元配管空調工.現病歴:約 2カ月間持続する血痰を主訴にX年 1月

当科外来を受診した.胸部X線(Fig. 1A)およびCT写真(Fig. 1B)で右肺門部に腫瘤影を認め,経気管支

肺生検の病理所見で adenocarcinoma を認めた.肺癌(T2N1M0,c-stage IIB)の診断で同年 3月 29 日右上葉切除およびリンパ節郭清を施行した.病理診断は Pleo-morphic carcinoma with adenocarcinoma component(p-stageIIB)であった(Fig. 2).退院後近医よりUFT 400mg�日内服処方されていたが,同年 10 月 26 日発熱と左胸痛を主訴に当科外来を受診した.胸部X線写真では肺癌の再発や発熱の原因となりうる異常を指摘できず(Fig. 1C),血液検査で白血球数増多および炎症マーカーの上昇(WBC,CRP)を認めたため,精査目的で第 2回目の入院となった.入院時身体所見:身長 165cm,体重 43kg,血圧 95�76

mmHg,脈拍 121�分 整,体温 37.7℃,SpO2 95%(室内気),貧血・黄疸なく,心音・呼吸音ともに正常であった.右腸骨に接して弾性硬・可動性不良の径 2cm大の腫瘤を触知した.その他腹部,四肢に特記すべき所見を認めなかった.入院時検査所見(Table 1):白血球数 28,800�µl およ

び CRP9.73mg�dl といずれも高値であり,白血球分画では核の左方移動を認めた.血清 β-D グルカン値は 37.7pg�ml と上昇していたが,精査の結果真菌症は確認されず,他の感染症を示唆する所見も認めなかった.入院時の胸部CT写真(Fig. 1D)では,気管前方に

軟部組織影の出現を認めた.肺野には術後の変化を除き明らかな異常を認めなかった.臨床経過(Fig. 3):入院時の検査では明らかな感染巣

発熱と著明な炎症反応を呈した肺多形癌の 2例

依田 彩文1) 中山 聖子1) 阿部 航1) 井上 圭太1) 中村 洋一2)

田川 努3) 林 徳真吉4) 迎 寛2) 河野 茂2) 大園 惠幸1)

〒852―8501 長崎市坂本 1丁目 7番 1号1)長崎大学病院総合診療科2)長崎大学医学部第二内科3)長崎大学医学部第一外科4)長崎大学医学部・歯学部附属病院病理部

(受付日平成 21 年 1月 30 日)

日呼吸会誌 47(8),2009.

日呼吸会誌 47(8),2009.752

Fig. 1 A: Chest X-ray film of Case 1 before operation showing a mass is the right hilar region. B: Chest CT of Case 1 before operation showing a cavity-forming mass shadow of right hilum. C: Chest X-ray on the second admission showing no abnormalities except the effects of resection. D: Chest CT on second admis-sion showing anterior mediastinal mass shadow with soft tissue density appearance.

Fig. 2 Microscopic findings of the tumor showing mainly sarcomatous components consisting of spindle cells (A), and partially poor-differentiated adenocarcinoma (B).

A B

を認めず,血液培養検査も陰性であったが,白血球増多,炎症マーカー高値に加えて,前縦隔病変が膿瘍である可能性も考えられたため,抗菌薬(PAPM�BP,CPFX,BIPM)の点滴静注による治療を行ったが,発熱や炎症

所見は改善しなかった.入院後に施行した腹部CT写真では左副腎の腫大を認め,副腎転移再発が疑われた.触診で認めた右腸骨部腫瘤に穿刺吸引細胞診を施行した結果,肺多形癌の右腸骨リンパ節転移と診断された.以上

発熱と著明な炎症反応を呈した肺多形癌の 2例 753

Table 1 Laboratory data on admission

Case 2Case 1SerologyHematologySerologyHematology

mg/dl10.33CRP/μl403×104RBCmg/dl9.06CRP/μl373×104RBCmg/dl1,810IgGg/dl11.3Hbng/dl1.6CEAg/dl12.6Hbmg/dl318IgA%35.1Htng/dl11CYFRA%36.9Htmg/dl92.9IgM/μl6,700WBCU/ml79SLX/μl28,800WBCng/ml562Ferritin%68Segpg/ml75G-CSF%88Segng/dl1.1CEA%19Lympg/ml44.5IL-67Lympg/ml30.6ProGRP%12Mon%5Monng/dl1.8CYFRA%1EosOthers%0EosU/ml32.3SLX/μl21.8×104Plt(-)Candida Ag/μl43.8×104Pltng/ml1.7PSAmm/Hr101.6ESRpg/ml37.0β-D glucan×1,024HTLV-1 Ab(-)Aspergillus AgBiochemistry×320ANABiochemistry(-)Aspergillus Abg/dl6.4TP

(Speckled)g/dl6.5TP(-)Cryptococcus Agmg/dl0.5T.Bilmg/dl0.6T.BilCulture (bacterial, fungal)mg/dl13AST

Othersmg/dl27AST(-)SputumIU/l9ALT(-)Candida AgIU/l36ALT(-)BloodIU/l159LDHpg/ml14.0β-D glucanIU/l145LDHIU/l340ALP(-)Aspergillus AgIU/l194ALPIU/l31γ-GTP(-)Cryptococcus AgIU/l43γ-GTPIU/l28BUN

Culture (bacterial, fungal)IU/l15BUNmg/dl0.6Cr(-)Sputummg/dl0.71CrmEq/l132Na(-)BloodmEq/l136NamEq/l4.2K

mEq/l4.1KmEq/l101ClmEq/l103Cl

Fig. 3 Clinical course of Case 1. CEZ: cefazolin, CFPN-PI: cefcapene pivoxil, PAPM/BP: panipenem/beta-mipron, CPFX: ciprofloxacin, BIPM: biapenem.

日呼吸会誌 47(8),2009.754

の結果から肺多形癌の再発による前縦隔リンパ節・右腸骨リンパ節・左副腎への転移と診断した.白血球数増多,炎症マーカー高値についてはサイトカイン産生腫瘍である可能性を考え,血中G-CSF 値,IL-6 値を測定したところそれぞれ 75pg�ml,44.5pg�ml と高値であった.抗rhG-CSF を用いた肺切除標本・右腸骨リンパ節細胞診の免疫組織化学染色では腫瘍細胞の染色を認めなかった.11 月 13 日誤嚥性肺炎を合併したが絶飲食管理,抗菌

薬(BIPM)点滴投与により症状,検査所見は改善した.緩和ケア目的で他院転院し,12 月 9 日原病死となった.

症 例 2

77 歳,男性.主訴:発熱,咳嗽,漿液性痰,全身倦怠感,体重減少.既往歴:72 歳時虫垂炎 74 歳より前立腺肥大症.喫煙歴:20 歳から 60 歳まで 12 本�日.飲酒歴:機会飲酒.職業歴:元国鉄職員.現病歴:Y年 4月初旬より 39℃台の高熱と,咳嗽,

漿液性痰が出現し,近医にて抗菌薬の投与が行われたが改善しなかった.その後全身倦怠感,1カ月で 4kg の体重減少を認めたため同年 5月 7日前医を受診した.血清CRP高値,胸部異常陰影,抗HTLV-1 抗体陽性,抗核抗体 320 倍(speckled)を指摘され,発熱の原因として膠原病やリンパ腫等の疾患が疑われたため,精査目的でY年 5月 21 日当科紹介入院となった.入院時現症:身長 162cm,体重 58.5kg,血圧 119�69

mmHg,脈拍 95bpm,体温 37.3℃,右鎖骨上窩リンパ節を 1個触知(母指頭大,表面平滑,圧痛なし,可動性不良).貧血,黄疸なし.心音正常.呼吸音では右下肺野に fine crackles を聴取した.腹部異常所見なし.下腿浮腫なし.神経学的異常所見なし.入院時検査所見(Table 1):血液検査において,白血

球数および血清CRP値はいずれも高値で,血沈の亢進がみられた.各種腫瘍マーカーの上昇は認めなかった.感染症の検索を行うも異常を認めなかった.抗核抗体

が高値であり,全身性エリテマトーデス,シェーグレン症候群,強皮症等,膠原病の存在が疑われたが,発熱以外に皮膚症状,関節症状,乾燥症状を認めず,抗 ds-DNA抗体,抗 Sm抗体,抗 SS-A 抗体,抗 SS-B 抗体,抗 Scl-70 抗体,抗 Jo-1 抗体,MPO-ANCA,PR3-ANCAは全て陰性で,膠原病内科での診察所見も含め,膠原病の存在を積極的に示す所見は得られなかった.抗HTLV-1抗体は陽性であり,血清 SIL-2R 値も上昇していたが,末梢血リンパ球表面マーカーおよび末梢血サザンブロッティングで異常を認めず,血液内科での診察結果,リン

パ腫発病前又はくすぶり型の状態であると考えられ,発熱や胸部異常陰影との関連は否定された.入院時画像所見:胸部X線写真では,上縦隔の拡大

と両肺野に粒状影を認めた(Fig. 4A).胸部CT写真では,両肺野に多発する小結節影を認めた(Fig. 4C,D).縦隔条件では右鎖骨上窩リンパ節および縦隔リンパ節の腫大を認めた(Fig. 4B).臨床経過:入院後も 38~39℃台の発熱が持続し,午

後から夜間にかけて上昇する傾向があった.同年 5月 31日右鎖骨上窩リンパ節生検を施行した.病理組織学的所見(Fig. 5)では巨細胞,紡錘細胞に加えて,一部には腺癌を思わせる立方細胞配列を認め,組織学的に肺多形癌の転移が疑われた(metastatic,probably pleomorphiccarcinoma of lung).胸部 CT画像上肺内に多発する小結節影と縦隔リンパ節の腫大を認めていたが,肺内に原発巣と思われる主病変の指摘が困難であった.気管支鏡検査については患者の同意が得られず施行していない.他臓器の多形癌が転移している可能性も考えられたが,検索した結果,口腔外科,耳鼻咽喉科での診察や,乳房の診察,頭頸部CT,腹部・骨盤腔CT画像上他には病変を認めなかった.以上より,肺多形癌の右鎖骨上窩リンパ節転移と診断した.他に原因を認めなかったことから,発熱に関しては腫瘍熱と考え,6月 9日よりナプロキセンの内服を開始したところ速やかに解熱を認めた.患者本人が自宅近くでの治療を希望したため,化学療

法目的で同年 6月前医へ転院となった.転院後TXT単剤 3コース,その後GEM�VRB 1 コースによる化学療法が行われたが奏功せず,翌年 4月 26 日原病死となった.

考 察

肺多形癌は肺腫瘍WHO分類第 3版で Carcinomawith pleomorphic,sarcomatoid or sarcomatous ele-mants(多形・肉腫様・肉腫成分を含む癌)という疾患概念が新たに設けられ,その中のCarcinoma with spin-dle and�or giant cells(紡錘細胞・巨細胞癌)の項目に新しく定義された原発性肺癌である2).今回我々は発熱と著明な炎症反応を呈した肺多形癌の

2例を経験した.我々が検索しえた範囲では,炎症反応が高値であった肺多形癌の本邦における文献報告は,今回報告した 2例を含めて計 7例であった(Table 2)3)~6).白血球数は 6,700~28,800�µl,平均 17,942�µl,血清 CRP

値は 3.4~20.4mg�dl,平均 11.9mg�dl と高値であり,文献上体温の記載がない 1例を除くと全例で発熱を認めていた.血中G-CSF 値は,我々の症例 1と水野らの症例6)

の計 2例で上昇しており,これらはG-CSF 産生腫瘍であった可能性が考えられる.G-CSF 産生腫瘍の診断基

発熱と著明な炎症反応を呈した肺多形癌の 2例 755

Fig. 4 A: Chest X-ray film of Case 2 on admission showing a widened mediastinum and nodular shadows of both lung fields. B, C, D: Chest CT of Case 2 on admission showing swelling of right supraclavicular and mediastinal lymphnodes (B), and nodular shadows of both lung fields (C, D).

A B

Fig. 5 Microscopic findings of the tumor showing mainly sarcomatous components consisting of giant cells and spindle cells (A), and partially adenocarcinoma (B).

準については,浅野7)が提唱した①他に原因のない著明な白血球増多,②血清中G-CSF 活性の上昇,③腫瘍切除による白血球数の減少およびG-CSF 活性値の低下,④腫瘍組織内におけるG-CSF 産生の証明の 4項目がある.我々の症例 1では①と②を満たしたものの,③は証明されず,抗 rhG-CSF を用いた腫瘍の免疫組織化学染

色では前述のとおり陰性であった.なお水野らの症例6)

でも血清G-CSF 値は上昇していたが,免疫組織化学染色では陰性であった.G-CSF は腫瘍細胞内で産生された後,速やかに分泌されるため,免疫組織化学染色で陽性所見を得るのは困難とする報告8)や免疫組織化学染色では陰性であっても腫瘍細胞での自律的なG-CSF 遺伝

日呼吸会誌 47(8),2009.756

Table 2 Seven cases of pleomorphic carcinoma of lung complicated with inflammatory reaction reported in Japan

Outcome(month)TherapyPathological

StageG-CSF(pg/ml)BT (℃)WBC (/μl)/

CRP (mg/dl)Size(mm)BIAge &

SexYearReporter

dead (2.5)chemotherapyI VNDND13,500/6.870051/F2002Minami3)

dead (2.5)operationI IBND37.528,000/14.45090065/M2004Koga4)

dead (3)operation/chemotherapyI VND37.712,200/3.4401,56072/M2004Koga4)

dead (9)operation/radiationI I IBND37 9,000/18.648042034/M2004Aketa5)

alive (11)operation/chemotherapyI I IB14837.127,400/20.4601,20052/M2006Mizuno6)

dead (8)operation/chemotherapyI V 7537.728,800/9.733592063/M2007Our Case

dead (10)chemotherapyI VND37.3 6,700/10.331552077/M2007

BI: Brinkman index, BT: body temperature, F: female, M: male, ND: not described.

子の発現を分子生物学的に証明した報告もあり9),症例1が G-CSF 産生腫瘍であった可能性は否定できないと思われる.一般にG-CSF 産生肺癌では発熱や炎症反応を伴うこ

とが多いが,G-CSF 単独では発熱や著明な炎症反応を引き起こすことはないと考えられており,富井ら10)は発熱を伴うG-CSF 産生肺癌においては IL-6 などのサイトカインが同時に産生されていると推測している.症例 1では血中のG-CSF 高値に加えて血中 IL-6 値も上昇していた.転写因子である nuclear factor IL-6(NFIL-6)結合モチーフが IL-6 と G-CSF のプロモーター領域に共通して認められるという報告や11),G-CSF が IL-6 などの炎症性サイトカインを惹起するという報告もあり12),症例 1においても両者が関連して著明な炎症反応を呈していたと推測される.なお肺多形癌でのG-CSF 産生腫瘍については未だ報

告が少ないが13),従来大細胞癌あるいは巨細胞癌と分類されていたG-CSF 産生肺癌症例については比較的報告が多く10)14)15),今後は肺多形癌についても同様の報告が増加すると思われる.症例 2では持続する発熱に対してナプロキサンが著効

した.ナプロキセンの腫瘍熱に対する特異的効果については従来から多くの報告があり16),その機序については未だ不明な点もあるが,河本らはナプロキセンが癌局所における PGE2 産生を抑制したと報告している17).症例2においてもナプロキセンが癌細胞によって産生されたサイトカインを抑制し,腫瘍熱を制御したと推測される.なお肺多形癌の画像所見としては,内部に空洞や液体

の貯留を認める腫瘤影を認めることが多く18)~20),肺結核や肺膿瘍等の感染症との鑑別が重要である.今回報告した症例 1では原発巣が肺真菌症や肺結核に類似した空洞性病変であり,再発時には縦隔膿瘍に類似した病変を呈していた.症例 2では敗血症性肺塞栓症に類似する多発結節影を認めており,いずれの症例も臨床像と相まって

感染症との鑑別が困難であった.以上,発熱と著明な炎症反応を呈した肺多形癌の 2例

について報告した.これらの症例では感染症等の他疾患との鑑別が必要であった.肺多形癌と診断した場合には速やかに集学的治療を考慮して予後の改善に努めなければならず,一般臨床医においても本疾患の多彩性について十分に認識しておく必要があると思われた.本論文の要旨は第 59 回日本呼吸器学会�日本結核病学会九州地方会(2007 年 11 月,大分)にて発表した.

引用文献

1)Fishback NF, Travis WD, Moran CA, et al. Pleomor-phic (spindle�giant cell) carcinoma of the lung. Aclinicopathologic correlation of 78 cases. Cancer1994 ; 73 : 2936―2945.

2)下里幸雄.WHO肺ならびに胸膜腫瘍組織型分類第三版の解説:肺上皮性腫瘍について.肺癌 2000 ;40 : 1―10.

3)南 誠剛,小牟田清,辻本正彦,他.歯肉転移で発症した肺原発 Pleomorphic Carcinoma の 1 症例.肺癌 2002 ; 42 : 595―599.

4)古賀 聡,矢野篤次郎.著明な炎症所見を伴った未分化肺癌の 2例.胸部外科 2004 ; 57 : 245―248.

5)明田晶子,山田 玄,明田克之,他.若年男性に発症し急速に進行した肺原発多形癌の 2例.日呼吸会誌 2004 ; 42 : 164―169.

6)水野 学,三好 立,鍋島一樹,他.血中顆粒球コロニー刺激因子が高値を示し肺膿瘍との鑑別が困難であった肺多形癌の 1例.胸部外科 2006 ; 59 :859―863.

7)浅野茂隆.GM-CSF(granulocyte-macrophage colo-ny-stimulating factor)産生腫瘍.最新医学 1983 ;3 : 1290―1295.

8)Shimamura K, Fujimoto J, Hata J, et al. Establish-ment of specific monoclonal antibodies against re-

発熱と著明な炎症反応を呈した肺多形癌の 2例 757

combinant human granulocyte colony-stimulatingfactor (hG-CSF) and their application for immunop-eroxidase staining of paraffin- embedded sections. JHistochem Cytochem 1990 ; 38 : 283―286.

9)阿部良行,中村雅登,加藤優子,他.顆粒球コロニー刺激因子産生肺癌の一例.肺癌 1992 ; 32 : 279―284.

10)富井啓介,岩田猛邦,種田和清,他.抗 rhG-CSF血清で免疫組織学的に陽性所見を呈したG-CSF 産生巨細胞型大細胞肺癌の一例.肺癌 3 : 563―568.

11)Shannon MF, Coles LS, Fielke RK, et al. Three es-sential promoter elements mediate tumour necrosisfactor and interleukin-1 activation of the granulo-cyte-colony stimulating factor gene. Growth Factors1992 ; 7 : 181―193.

12)Nakamura H, Ueki Y, Sakito S, et al. High serum andsynovial fluid granulocyte colony stimulating factor(G-CSF) concentrations in patients with rheumatoidarthritis. Clin Exp Rheumatol 2000 ; 18 : 713―718.

13)荒牧竜太郎,久良木隆繁,白石素公,他.多形癌の3例.肺癌 2007 ; 47 : 59―64.

14)倉田宝保,宮沢輝臣,土井正男,他.GranulocyteColony-stimulating Factor(G-CSF)産生肺大細胞

癌の 1例.肺癌 1995 ; 35 : 187―193.15)藤野道夫,木村秀樹,山口 豊,他.白血球と血小

板の異常高値を示したColony stimulating Factor(CSF)産生大細胞癌の一手術例.肺癌 1992 ; 32 :245―251.

16)Chang JC, Gross HM. Neoplastic fever responds tothe treatment of an adequate dose of naproxen. JClin Oncol 1985 ; 3 : 552―558.

17)河本英作,岩崎正憲,高橋 裕,他.腫瘍熱がみられた進行卵巣癌に naproxen(NaixanⓇ)が著効し予後の改善がえられた 1症例.産科と婦人科 1992 ;5 : 1705―1710.

18)Kim TS, Han J, Lee KS, et al. CT findings of surgi-cally resected pleomorphic carcinoma of the lung in30 patients. AJR Am J Roentgenol 2005 ; 185 : 120―125.

19)吉田和夫,小林宣隆,兵庫谷章,他.画像上急速に形態が変化した肺原発多形癌の 1例.日臨外会誌2006 ; 67 : 1773―1776.

20)北 雄介,野木村宏,加藤真人,他.空洞形成を呈した肺多形癌の 1例.胸部外科 2006 ; 59 : 959―961.

Abstract

Two cases of pleomorphic carcinoma with severe systemic inflammation

Aya Yoda1), Seiko Nakayama1), Koh Abe1), Keita Inoue1), Yoichi Nakamura2),Tsutomu Tagawa3), Tomayoshi Hayashi4), Hiroshi Mukae2),

Shigeru Kohno2)and Yoshiyuki Ozono1)1)Department of General Medicine, Nagasaki University Hospital

2)Second Department of Internal Medicine, Nagasaki University School of Medicine3)Division of Surgical Oncology, Department of Translational Medical Sciences,

Nagasaki University Graduate School of Biomedical Sciences4)Department of Pathology, Nagasaki University Hospital

We report two cases of pleomorphic carcinoma with fever and severe inflammatory reaction. In case 1, an ab-normal mass shadow was found on the chest X-ray film of a 63-year-old man with bloody sputum. After right up-per lobectomy, the tumor was diagnosed as pleomorphic carcinoma. About 7 months after surgical operation, hehad fever and chest pain. Although his test results showed leukocytosis and his elevated serum CRP level indi-cated some infection, there were no signs of bacterial or fungal infection. Further examination revealed metases oflung cancer in the left adrenal gland, mediastinal and iliac lymph nodes. Serological study revealed elevated levelof G-CSF, likely due to G-CSF producing metastatic tumors. In case 2, a 77-year-old man presented with continu-ous high fever. Examinations revealed elevated serum CRP level and multiple nodular shadows and enlarged su-praclavicular and mediastinal lymph nodes on the chest CT, suggesting some infectious, connective tissue, or lym-phoproliferative diseases. He was finally found to have pleomorphic carcinoma of the lung by histological examina-tion of lymph nodes. The continuous high fever seemed to be a tumor-related fever, because it rapidly disap-peared after administration of naproxen.