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非整数階微分を用いて表される粘弾性要素を含む振動系の高速・高精度な確率論的応答解析手法の開発
東京工業大学 工学院 システム制御系
土田 崇弘
1
公益財団法人JKA 平成30年度機械振興補助事業
2
地震動や風荷重といった不規則励振を受ける機械・構造物の制振・免震のため,粘弾
性体が広く用いられているが,その動特性は非整数階微分を用いて良くモデル化でき
ることが知られている.
このような粘弾性要素を含む系,即ち非整数階微分を用いて表される系の不規則励
振に対する応答を求める際,現在は一般にモンテカルロ・シミュレーションが用いられ
ている.
しかし,この方法は,非整数階微分項の数値計算の煩雑さにより,著しく高い計算コス
トを要するため,効率的な新しい応答評価手法の開発が求められている.
以上の背景を受け,本研究では以下を目的とした.
1.非整数階微分を用いて表される粘弾性要素を含む振動系を対象に,不規則励振に
対する応答を簡便に評価可能な新しい確率論的応答解析手法を開発する.
2.従来の一般的な応答評価手法であるモンテカルロ・シミュレーションに比べ,計算コ
ストが十分低く,高速に解が得られる解析手法を目指す.
3.解析結果を機械・構造物の信頼性設計に有効活用できるよう,高速なだけでなく,
正確な解が得られる手法であることも目標とする.
研究の背景と目的
3
階数1/2の非整数階微分項を含む一自由度線形系
𝐷2𝑥 𝑡 + 2𝜁𝐷Τ1 2𝑥 𝑡 + 𝑥 𝑡 = 𝑓 𝑡
𝑘
𝑐, 𝛼𝑓
𝑚対象系
← 粘弾性ダンパーをもつ機械・構造物の物理モデル
• 系は因果的,加振以前は完全に静止
• 非整数階微分𝑫𝜶はCaputoの定義を採用 𝐷𝛼𝑥 𝑡 =1
Γ( 𝛼 −𝛼)0𝑡
𝑑 𝛼
𝑑𝑢 𝛼𝑥(𝑢)
𝑡−𝑢 𝛼+1− 𝛼 𝑑𝑢
• 𝒇 𝒕 はパワースペクトル𝑺𝒇𝒇 𝝎 により規定される定常非白色ガウス性励振
← 実在する様々な不規則励振(強地震動や波浪など)をモデル化可能
この系を対象に,モーメント方程式を利用した高速・高精度な確率論的応答解析手法を開発する.
モーメント方程式:不規則振動系の応答統計モーメントの支配方程式であり,整数階微分のみで構成される従来の系の不規則応答解析において最もよく用いられる手法の1つ
整数階微分のみを含む系のための従来のモーメント方程式手法[4]
次の運動方程式によって記述される線形多自由度系を考える
ሷ𝑿 = 𝒖 𝑿, ሶ𝑿 + 𝒇
1. 変位と速度を状態変数として定め,系の運動方程式を書き換える
ሶ𝒁 = 𝑾+𝟎𝒇
2. 状態ベクトル𝒁とその転置の積の一階微分を考える.𝑑
𝑑𝑡𝒁𝒁𝑻 = 𝒁 ሶ𝒁𝑻 + ሶ𝒁𝒁𝑻 = 𝒁𝑾𝑻 +𝑾𝒁𝑻 +
𝟎 𝒚𝟏𝒇𝑻
𝒇𝒚𝟏𝑻 𝒚𝟐𝒇
𝑻 + 𝒇𝒚𝟐𝑻
3. 両辺の期待値を取り,二次のモーメント方程式を得る.
ሶ𝐸[𝒁𝒁𝑻] = 𝐸[𝒁𝑾𝑻] + 𝐸[𝑾𝒁𝑻] +𝟎 𝑬[𝒚𝟏𝒇
𝑻]
𝑬[𝒇𝒚𝟏𝑻] 𝑬[𝒚𝟐𝒇
𝑻] + 𝑬[𝒇𝒚𝟐𝑻]
4
൞
𝑿:𝑛次元変位ベクトル
𝒖:線形関数
𝒇:非白色性不規則励振
[4]M.Sakata,K.Kimura,” The use of moment equations for calculating the mean square response of a linear system to non-stationary random
excitation”, Jornal of Sound and Vibration, Vol 67,Issue 3,1979,pp.383-393
𝒚𝟏 = 𝑦1, . . , 𝑦𝑛𝑇 = 𝑿, 𝒚𝟐 = 𝑦1+𝑛, . . , 𝑦2𝑛
𝑇 = ሶ𝑿
𝒁 =𝒚𝟏𝒚𝟐
, 𝑾 =𝟎𝒖
非整数階微分を含む系に対応するモーメント方程式
1. 対象系には,非整数階微分項が含まれる→非整数階微分を含む状態変数を採用
𝑧1 = 𝑥 𝑡 , 𝑧2 = 𝐷1/2𝑥 𝑡 , 𝑧3 = 𝐷𝑥 𝑡 , 𝑧4 = 𝐷 Τ3 2𝑥(𝑡)
2. 系の書き換え
𝐷 Τ1 2𝒁 = 𝑨𝒁 + 𝑭
𝒁 =
𝑧1𝑧2𝑧3𝑧4
, 𝑨 =
0 1 0 00 0 1 00 0 0 1−1 −2𝜁 0 0
, 𝑭 =
000
𝑓(𝑡)
3. 𝒁と𝒁𝑻の積の一階微分の計算𝑑
𝑑𝑡𝒁𝒁𝑻 = 𝒁 ሶ𝒁𝑻 + ሶ𝒁𝒁𝑻 = 𝑫 Τ𝟏 𝟐 𝑫 Τ𝟏 𝟐𝒁 𝒁𝑻 + 𝒁 𝑫 Τ𝟏 𝟐 𝑫 Τ𝟏 𝟐𝒁
𝑻
= ⋯ = 𝑨𝟐𝒁𝒁𝑻 + 𝑨𝑭𝒁𝑻 + 𝑫 Τ𝟏 𝟐𝑭 𝒁𝑻 + 𝒁𝒁𝑻 𝑨𝟐𝑻+ 𝒁𝑭𝑻𝑨𝑻 + 𝒁 𝑫 Τ𝟏 𝟐𝑭
𝑻
4. 両辺の期待値を取る(対象系に対応したモーメント方程式を新たに導出できた)
ሶ𝐸[𝒁𝒁𝑻] = 𝑨𝟐𝑬[𝒁𝒁𝑻] + 𝑨𝑬[𝑭𝒁𝑻] + 𝑬[ 𝑫 Τ𝟏 𝟐𝑭 𝒁𝑻] + 𝑬[𝒁𝒁𝑻] 𝑨𝟐𝑻+ 𝑬[𝒁𝑭𝑻]𝑨𝑻 + 𝑬[𝒁 𝑫 Τ𝟏 𝟐𝑭
𝑻]
𝐷2𝑥 𝑡 + 2𝜁𝐷Τ1 2𝑥 𝑡 + 𝑥 𝑡 = 𝑓 𝑡
5
0 0 0 0 0 2 0 0 0 00 0 0 0 0 0 0 0 2 00 0 0 0 0 −2 0 −4𝜁 0 00 0 0 0 0 0 0 0 −2 −4𝜁0 0 0 0 0 0 1 1 0 0−1 0 1 0 −2𝜁 0 0 0 0 00 0 0 0 −1 −2𝜁 0 0 0 10 −2𝜁 0 0 −1 0 0 0 0 10 −1 0 1 0 0 0 −2𝜁 0 00 0 −2𝜁 0 0 0 −1 −1 −2𝜁 0
𝐸[𝑧12]
𝐸[𝑧22]
𝐸[𝑧32]
𝐸[𝑧42]
𝐸[𝑧1𝑧2]
𝐸[𝑧1𝑧3]𝐸[𝑧1𝑧4]
𝐸[𝑧2𝑧3]
𝐸[𝑧2𝑧4]
𝐸[𝑧3𝑧4]
=
00
−𝐸 𝑓𝑧3 − 𝐸[𝑧3𝑓]
−𝐸 𝐷 Τ1 2𝑓𝑧4 − 𝐸[𝑧4𝐷Τ1 2𝑓]
0−𝐸 𝑧1𝑓
−𝐸[𝑧1𝐷Τ1 2𝑓]
−𝐸[𝑧2𝑓]
−𝐸[𝑧2𝐷Τ1 2𝑓 ]
−𝐸 𝑓𝑧4 − 𝐸[𝑧3𝐷Τ1 2𝑓]
対象系に対応する二次のモーメント方程式(定常応答)
6
方程式の解である応答モーメントを得るためには,励振と応答の相互相関項を評価する必要がある
励振と応答の相互相関項の例として,𝐸 𝑧1(𝑡)𝐷Τ1 2𝑓(𝑡) を考える
𝐸 𝑧1(𝑡)𝐷Τ1 2𝑓(𝑡) = න
0
𝑡 1
Γ Τ1 2
𝐸 𝑥 𝑡𝑑𝑑𝑢
𝑓(𝑢)
𝑡 − 𝑢 1/2𝑑𝑢
ここで,𝑠 = −(𝑡 − 𝑢)と置換.定常応答を考えていることから𝑡 = ∞とする
𝐸 𝑧1(𝑡)𝐷Τ1 2𝑓(𝑡) = න
−∞
0 1
Γ Τ1 2
𝐸 𝑥 𝑡𝑑𝑑𝑠
𝑓(𝑠 + 𝑡)
0 − 𝑠 1/2𝑑𝑠
= ተන−∞
𝜏 1
Γ Τ1 2
𝑑𝑑𝑠
𝑅𝑥𝑓 𝑠
𝜏 − 𝑠12
𝑑𝑠
𝜏=0
= ቚ−∞𝐷Τ1 2𝑅𝑥𝑓 𝜏
𝜏=0
7
𝐷𝛼𝑥 𝑡 =1
Γ( 𝛼 − 𝛼)න0
𝑡𝑑 𝛼
𝑑𝑢 𝛼 𝑥(𝑢)
𝑡 − 𝑢 𝛼+1− 𝛼𝑑𝑢
励振と応答の相互相関関数の非整数階微分で表現できる
𝑧1 𝑡 = 𝑥(𝑡)
モーメント方程式中の励振と応答の相互相関項の評価法
モーメント方程式中の励振と応答の相互相関項の評価法
応答と励振の相互相関関数𝑅𝑥𝑓 𝜏 は,ウィーナー・ヒンチンの関係から
𝑅𝑥𝑓 𝜏 = න−∞
∞
𝐻 𝑗𝜔 𝑆𝑓𝑓(𝜔)∗𝑒𝑗𝜔𝜏𝑑𝜔
8
𝐸 𝑧1𝑓 = ቚ𝑅𝑥𝑓 𝜏𝜏=0
𝐸 𝑧2𝑓 = ቚ−∞𝐷1/2𝑅𝑓𝑥 𝜏
𝜏=0
𝐸 𝑧3𝑓 = 𝐸 𝑓𝑧3 = ቚ𝑅𝑓 ሶ𝑥 𝜏𝜏=0
𝐸 𝑓𝑧4 = ቚ−∞𝐷1/2𝑅𝑓 ሶ𝑥 𝜏
𝜏=0
𝐸 𝑧3𝐷1/2𝑓 = ቚ− −∞𝐷
1/2𝑅 ሶ𝑥𝑓 𝜏𝜏=0
𝐸 𝑧2(𝐷1/2𝑓) = ඵ
−∞
0 1
Γ Τ1 2 2
1
𝑠𝑢 Τ1 2−𝐷2𝑅𝑥𝑓 𝑠 − 𝑢 𝑑𝑠𝑑𝑢
𝐸 (𝐷1/2𝑓)𝑧4 =ඵ−∞
0 1
Γ Τ1 2 2
1
𝑠𝑢 Τ1 2𝐷2𝑅𝑓 ሶ𝑥 𝑠 − 𝑢 𝑑𝑠𝑑𝑢
その他の相互相関項
*は複素共役
解析手順のまとめ
1. 状態変数を1/2階微分刻みで設定し,系を書き換える(非整数階微分項の微分階数が1/2)
2. 状態ベクトルとその転置の積の一階微分を計算する(一階微分を1/2階微分の二回演算と捉える)
3. 励振と応答の相互相関項の評価(相互相関関数の非整数階微分により評価できる)
4. 3.で求めた相互相関項をモーメント方程式に代入し,代数方程式を解いて,二次の応答モーメントを得る
9
妥当性検証2種のパワースペクトルをもつ励振を考える.
Case1.
𝑆𝑓𝑓 𝜔 =1
2𝜋exp −
𝜔2
2(1)
式(1) で示されるパワースペクトル形状
Case2.
𝑆𝑓𝑓 𝜔 =2𝜅
𝜋
𝜔2
𝜔2 + 𝜅2 2 (2)
式(2) (𝜅 = 0.5, 1, 1.5, 2 )で示されるパワースペクトル形状
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対象系の周波数応答関数
系の周波数応答関数
𝐻 𝑗𝜔 =1
−𝜔2 + 2𝜁 𝑗𝜔 Τ1 2 + 1
系のパラメータ𝜻も大きく変化させながら検証する.
𝜁の変化で周波数応答関数の形状が
大きく変化
Case1. 応答の二次モーメント
変位応答 速度応答
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解析結果
• 開発手法による解(青点)とモンテカルロ・シミュレーションによる解(赤点)は非常によく一致.
• 開発手法の計算時間はシミュレーションに比べ1/10以下
Case2. 応答の二次モーメント
変位応答 (𝜅 = 0.5, 1, 1.5, 2) 13
本研究の成果
• 不規則励振を受ける非整数階微分を用いて表される系を対象とした新しい応答解析手法を開発した.本手法は,非整数階微分を含む系に対するこれまでの解析手法の問題点を克服し,高速と高精度を両立した画期的な手法である.
• 手法開発に際し,非整数階微分を含む系に対しては,整数階微分のみで構成される従来の系のためのモーメント方程式を用いることはできない.非整数階微分を含む系に対応するモーメント方程式は先行研究で導出されていなかったため,本研究で新たに導出することで,手法を完成させた.
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今後予想される効果新しい応答評価手法の完成により,非整数階微分モデルで表される粘弾性要素
を含む系について,過大な計算コストを要するモンテカルロ・シミュレーションを行わずとも,その応答特性を低い計算コストで詳細に把握できるようになった.これにより,巨大地震や強風,道路交通振動などの不規則励振を受ける系に対し的確な効果を発揮する粘弾性制振・免震デバイスを従来よりも簡便かつ正確に設計できるようになり,より安全・安心・快適な機械・構造物の実現につながっていくことが期待される.