柴田教授夜話(第 回)「自律神経系に感謝しよう!...

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1 柴田教授夜話(第 38 回)「自律神経系に感謝しよう!」2019 4 3 ■我々人間は、何となく体調を崩したとき、ともすれば「それって自律神経じゃ ないの?」とか「やっぱり自律神経のせいだよ」などと軽口を叩く。自律神経系 による制御機構が昼夜を問わず作動し続けることによって我々の快適な生活を 支えてくれていることも知らずに、よくもそんな不遜なことが言えたものだ! と私は思う。自律神経系の調子が狂いだすと、我々は自律神経系の存在を意識し 始め、不具合を自律神経系のせいにしまいがちだが、回復するとすっかり忘れて しまうのである。全く現金で薄情なものだ。ほぼ全ての臓器や組織は交感神経系 と副交感神経系の二重支配を受けている。今回はその一端を紹介する。はじめに、 自律神経系に関する基本事項とヒエラルキーについて触れておく。 ■交感神経系の上位中枢は視床下部にあり、大脳辺縁系と相互に影響し合いな がら情報を発信し、下行路を経由して頸胸髄移行部 (C8L2) の中間質外側核に 伝えられる。これとは別に、橋から延髄にかけて呼吸中枢が、延髄には血管運動 中枢が存在し、自律神経系に連絡している。これら脳幹諸核が司る呼吸と循環の 機能は、植物状態では保たれ、脳死状態では失われるという現実を突きつけられ ると、脳幹部が担うヒトの生死に関わる重要な役割が見えてくる。胸髄中間質外 側核はアセチルコリン (ACh) 作動性の節前ニューロンで構成され、その軸索 (節前線維) は交感神経節 (上頸神経節・星状神経節・腹腔神経節・腰神経節など を含む) に到達し、ニコチン NN 受容体を介してシナプス接続した節後ニューロ ンに電気的興奮をもたらす。その軸索 (節後線維) は効果器官に投射し、シナプ スを形成する。交感神経の末梢作用は効果器官の種類に応じて、血管運動 (vasomotor)、立毛運動 (pilomotor)、発汗運動 (sudomotor) などに分類される。前 二者の軸索終末から放出される主な伝達物質はノルアドレナリン (NA) であり、 後述するように効果器官細胞に様々な組み合わせで発現する α1α2β1β2β3 受容体を介し、多様な作用を発揮する。NA 以外の伝達物質として、ドパミン (DA)、神経ペプチド Y (NPY)ATP なども知られている。DA の作用は D1D2D3 受容体などを介する。心臓交感神経終末から放出されるか薬物として投与さ れた ATP は、細胞外で直ちにアデノシンに代謝され、心筋細胞膜上の A1 受容体 に結合すると陰性変時作用を発揮する。汗腺に分布する節後線維終末からは ACh が放出され、汗腺細胞表面のムスカリン M3 受容体に結合し発汗を促す。 ■副交感神経系の上位中枢は脳幹と仙髄に分布する。上位中枢に由来する節前 線維は各効果器官に宿る副交感神経節に到達する。節前線維終末からは ACh 放出され、NN 受容体を発現する節後ニューロンに伝えられる。これにより興奮

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柴田教授夜話(第 38回)「自律神経系に感謝しよう!」2019年 4月 3日

■我々人間は、何となく体調を崩したとき、ともすれば「それって自律神経じゃ

ないの?」とか「やっぱり自律神経のせいだよ」などと軽口を叩く。自律神経系

による制御機構が昼夜を問わず作動し続けることによって我々の快適な生活を

支えてくれていることも知らずに、よくもそんな不遜なことが言えたものだ!

と私は思う。自律神経系の調子が狂いだすと、我々は自律神経系の存在を意識し

始め、不具合を自律神経系のせいにしまいがちだが、回復するとすっかり忘れて

しまうのである。全く現金で薄情なものだ。ほぼ全ての臓器や組織は交感神経系

と副交感神経系の二重支配を受けている。今回はその一端を紹介する。はじめに、

自律神経系に関する基本事項とヒエラルキーについて触れておく。

■交感神経系の上位中枢は視床下部にあり、大脳辺縁系と相互に影響し合いな

がら情報を発信し、下行路を経由して頸胸髄移行部 (C8~L2) の中間質外側核に

伝えられる。これとは別に、橋から延髄にかけて呼吸中枢が、延髄には血管運動

中枢が存在し、自律神経系に連絡している。これら脳幹諸核が司る呼吸と循環の

機能は、植物状態では保たれ、脳死状態では失われるという現実を突きつけられ

ると、脳幹部が担うヒトの生死に関わる重要な役割が見えてくる。胸髄中間質外

側核はアセチルコリン (ACh) 作動性の節前ニューロンで構成され、その軸索

(節前線維) は交感神経節 (上頸神経節・星状神経節・腹腔神経節・腰神経節など

を含む) に到達し、ニコチン NN受容体を介してシナプス接続した節後ニューロ

ンに電気的興奮をもたらす。その軸索 (節後線維) は効果器官に投射し、シナプ

スを形成する。交感神経の末梢作用は効果器官の種類に応じて、血管運動

(vasomotor)、立毛運動 (pilomotor)、発汗運動 (sudomotor) などに分類される。前

二者の軸索終末から放出される主な伝達物質はノルアドレナリン (NA) であり、

後述するように効果器官細胞に様々な組み合わせで発現する α1・α2・β1・β2・β3

受容体を介し、多様な作用を発揮する。NA 以外の伝達物質として、ドパミン

(DA)、神経ペプチド Y (NPY)、ATP なども知られている。DAの作用は D1・D2・

D3 受容体などを介する。心臓交感神経終末から放出されるか薬物として投与さ

れた ATP は、細胞外で直ちにアデノシンに代謝され、心筋細胞膜上の A1受容体

に結合すると陰性変時作用を発揮する。汗腺に分布する節後線維終末からは

AChが放出され、汗腺細胞表面のムスカリン M3受容体に結合し発汗を促す。

■副交感神経系の上位中枢は脳幹と仙髄に分布する。上位中枢に由来する節前

線維は各効果器官に宿る副交感神経節に到達する。節前線維終末からは ACh が

放出され、NN受容体を発現する節後ニューロンに伝えられる。これにより興奮

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した節後線維終末からは ACh が放出され、その情報はムスカリン M1~M5受容

体 (後述) を介して効果器官細胞に伝えられる。

■自律神経は通常、遠心性線維のみで構成されると認識されがちであるが、神経

束には内臓感覚を伝える無髄 C 線維も混在しており、効果器官の機能に少なか

らず影響を与える。この内臓感覚線維は体性感覚線維と同様、後根神経節に細胞

体を置く偽単極細胞 (一次ニューロン) であり、樹状突起を欠き、1 本の軸索が

中枢側へ向かう近位軸索と末梢側へ向かう遠位軸索に分岐する。近位軸索は脊

髄後角で二次ニューロンに接続し、内臓の異変を上位中枢に伝える。遠位軸索は

枝別れしながら効果器官の複数部位に分布するのみならず、並走する交感神経

線維や副交感神経線維にも連絡する。遠位軸索終末は各種受容体を発現してお

り、温冷痛覚刺激などの物理的刺激やカプサイシン、ヒスタミン、ブラジキニン

などの化学的刺激により電位を発生する。その興奮伝導は軸索反射を介して近

隣に波及し、各終末からサブスタンス P、カルシトニン遺伝子関連ペプチド

(CGRP)、神経ペプチド Y (NPY) などの生理活性物質を放出する。更に、効果器

官内には内在性感覚ニューロンも散在しており、一般内臓求心性線維とともに

自律神経活動の制御に与る。

■ここで、自律神経系に関与する伝達物質受容体に関する情報を整理しておく。

★《アルファ受容体を発現する細胞とその作用》

►α1 (α1A/α1B/α1D):血管平滑筋細胞 (血管収縮)、瞳孔散大筋細胞 (散瞳)、立毛

筋細胞 (立毛)、内尿道括約筋細胞 (畜尿)、内肛門括約筋細胞 (畜便)、輸精管~

前立腺平滑筋細胞 (前立腺収縮)、腎糸球体輸出入細動脈平滑筋 (血管収縮)、腎

尿細管上皮基底膜 (Na+/HCO3-/尿再吸収)

►α2 (α2A/α2B/α2C):血小板 (血小板凝集)、脂肪細胞 (脂肪分解抑制)、骨格筋細

胞 (筋弛緩)、傍糸球体装置顆粒細胞 (レニン分泌抑制)

■循環器系を例にとり、α 受容体の細胞内下流シグナルについて説明する。NA

は効果器官細胞表面に発現する α1 受容体に結合すると脱分極を惹き起こし、こ

れによって開口する電位依存性Ca2+チャンネル (VGCC) と受容体作動性カチオ

ンチャンネル (ROCC) を通って、Ca2+が細胞外から細胞内へ流入する。NAの代

謝型受容体への結合やアンギオテンシンⅡの 1 型受容体 (AT1R) への結合は、

低分子 G 蛋白 Gq を介してホスホリパーゼ C (PLC) を活性化し、細胞膜を構成

するホスファチジルイノシトール-4,5-二リン酸 (PIP2) をイノシトール-1,4,5-三

リン酸 (IP3) とジアシルグリセロール (DAG) に分解する。IP3 は筋小胞体表面

に局在する IP3 受容体 (IP3R) に結合することにより、筋小胞体に貯蔵されてい

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る Ca2+を細胞質に流出させ、細胞質内 Ca2+濃度を高める。その結果、Ca2+が結合

して活性化したカルモジュリン 1 (CAM1) がミオシン軽鎖キナーゼ (MLCK) 活

性を脱リン酸化により増強し、ミオシンをリン酸化活性化することで α-アクチ

ンとの架橋反応を開始させ、Ca2+依存性の平滑筋細胞収縮を惹き起こす。また、

DAG はプロテインキナーゼ C (PKC) の活性化を介して収縮蛋白の Ca2+感受性

を高める。一方、Ca2+非依存性の平滑筋細胞収縮機構も存在する。NAが α1受容

体に結合すると、細胞質側に隣接する低分子 G蛋白 Rhoを GTP と結合させて活

性化する。活性型 Rho は Rho キナーゼの活性を高めてミオシン軽鎖ホスファタ

ーゼ (MLCP) 活性をリン酸化により低下させ、拮抗関係にある MLCKの活性を

優位に立たせて収縮蛋白架橋反応の引き金を引く。循環器系において α2 受容体

は交感神経節後線維軸索終末に発現している。NAが α2受容体に結合すると、共

役する Gi 蛋白の活性化によりアデニル酸シクラーゼ活性を低下させるため、細

胞質 cAMP 濃度が低下する結果、節後線維からの NA放出を抑制する。

★《ベータ受容体を発現する細胞とその作用》

►β1:固有心筋細胞 (心収縮力増強=陽性変力作用)、特殊心筋細胞 (心拍数増

加=陽性変時作用)、腎傍糸球体装置顆粒細胞 (レニン分泌促進)

►β2:血管平滑筋細胞 (血管拡張)、気管支平滑筋細胞 (気管支拡張)、脂肪細胞

(脂肪分解促進)

►β3:白色脂肪細胞 (脂肪分解促進)、褐色脂肪細胞 (熱産生)、膀胱平滑筋細胞

(畜尿)、直腸壁平滑筋細胞 (蓄便)

■β 受容体刺激に起因する細胞内下流シグナルは、専らアデニル酸シクラーゼの

活性化にもとづく細胞内 cAMP 濃度上昇である。β1 受容体刺激は、プロテイン

キナーゼ A (PKA) の活性化に引き続き、L型 Ca2+チャンネル、ホスホランバン、

トロポニン I などをリン酸化活性化することで心筋の陽性変力作用と陽性変時

作用を発揮する。β2受容体刺激は、最終的に血管壁や気管支の平滑筋細胞を弛緩

させる。そのメカニズムは、MLCK のリン酸化不活性化による α-アクチンとミ

オシンとの架橋反応停止、あるいは局所的な Ca2+スパークに端を発し、リアノ

ジン受容体を経由する Ca2+放出の増加および近傍カベオラのK+/Ca2+チャンネル

開口に起因する過分極反応にある。β3受容体刺激は、白色脂肪細胞での脂肪分解

促進、褐色脂肪細胞での熱産生、膀胱壁・直腸壁の平滑筋細胞弛緩をもたらす。

★《ドパミン受容体を発現する細胞とその作用》

►D1:前頭葉皮質 (精神興奮・幻覚妄想)、腎血管平滑筋細胞 (血管収縮)、腎

近位尿細管上皮細胞 (Na+/H+対向輸送抑制)、胃底腺壁細胞 (胃酸分泌抑制)

►D2:線条体 (運動亢進・筋緊張緩和)、腎血管平滑筋細胞 (血管拡張)、腎交

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感神経節後線維軸索終末 (NA分泌抑制)、消化管平滑筋細胞 (蠕動抑制・鎮吐)

►D3:前頭葉側坐核 (報酬系反応)

■D1~D3受容体の下流シグナルは一様でない。DAによる D1受容体刺激はアデ

ニル酸シクラーゼの活性化による cAMP 産生増加を惹き起こす。D2受容体刺激

はアデニル酸シクラーゼの不活性化による cAMP 産生減少を惹き起こす。D3受

容体刺激によって発生する細胞シグナルは明らかにされていない。

★《ニコチン受容体を発現する細胞とその作用》

►NM:運動神経横紋筋接合部のシナプス後部 (横紋筋収縮)

►NN:交感神経節・副交感神経節のシナプス後部、副腎髄質細胞

►NCNS:中枢神経系シナプス後部

■N受容体下流シグナルは以下の如くである。NM受容体は下位運動ニューロン

とシナプスを形成する横紋筋細胞表面に発現しており、AChが結合すると、Na+

チャンネル開口により Na+が細胞内へ流入して細胞内電位がプラス側に傾くた

め、興奮性シナプス後電位 (EPSP) が発生する。ACh放出量が増して EPSP が閾

値を超えると脱分極が繰り返されてスパイク電位が T 管を伝わり、細胞膜の窪

みに隣接する筋小胞体から細胞質へ Ca2+が放出され、収縮蛋白の架橋反応が筋

組織全体に波及する結果、筋収縮が起こる。NN受容体は交感神経節と副交感神

経節の節後ニューロンに発現しており、シナプス前終末である節前線維から放

出される ACh の結合により、NM受容体刺激と同様の下流シグナルが発生する。

★《ムスカリン受容体を発現する細胞とその作用》

►M1:前脳海馬皮質シナプス後部、外分泌腺細胞、自律神経節細胞

►M2:後脳皮質シナプス後部、心筋細胞 (徐脈)

►M3:気管支 (喘息)・消化管 (蠕動)・膀胱壁 (排尿)・直腸壁 (排便)・子宮壁

(分娩) の平滑筋細胞、外分泌腺細胞 (発汗・胃酸分泌)

►M4:前脳線条体シナプス後部

►M5:中脳黒質、毛様体筋細胞 (水晶体圧迫)、瞳孔括約筋細胞 (縮瞳)

■M 受容体下流シグナルのうち、代表的な M2および M3について述べる。ACh

が心筋細胞膜上の M2受容体に結合すると、共役 Gi/Go 蛋白を介して ACh 感受

性 K+チャンネル電流 (IK.ACh) が発生し、K+が細胞外へ流出することにより細

胞内電位がマイナス側に傾く結果、細胞膜電位を過分極させる。これが M2受容

体刺激を介する心筋陰性変時作用 (徐脈) のメカニズムである。M3 受容体は副

交感神経節後線維が接続する気管支・消化管・子宮壁・膀胱壁・直腸壁の平滑筋

細胞、汗腺細胞および胃粘膜壁細胞に発現している。AChがM3受容体に結合す

ると、細胞を脱分極させるため、VGCC の開口を介して Ca2+の細胞内流入を招

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き、平滑筋細胞収縮と胃酸分泌をきたす。

■以上を踏まえ、主な効果器官に対する自律神経系の支配様式を述べる。

■ヒトは怒りの感情を抱いたり、痛み刺激を受けると、両目を見開き (瞼裂開大)、

両側の瞳孔が散大 (散瞳) する。不随意に目を見開くのはミュラー筋という平滑

筋が収縮する結果である。ミュラー筋は上眼瞼挙筋の後ろ側に隣接し、交感神経

支配を受けている。瞳孔散大筋は瞳孔に対して放射状に配列する平滑筋であり、

交感神経に支配されている。痛み刺激は頭頸部由来なら三叉神経脊髄路を介し、

体幹四肢由来なら脊髄視床路を介し、脊髄 C8~T2にある両側の中間質外側核の

交感神経節前ニューロンに到達する。怒りの情報も交感神経節前ニューロンに

達する。節前線維は NN受容体を介して星状神経節から上頸神経節にかけて分布

する交感神経節後ニューロンに接続し、節後線維は内頸動脈周囲交感神経叢を

通って上行した後、毛様体神経節を素通りして、ミュラー筋、瞳孔散大筋、毛様

体などに達する。節後線維軸索終末から放出された NA は受容体の種類に応じ

て様々な作用を発揮する。すなわち、α1受容体刺激は瞼裂開大と瞳孔散大 (毛様

体脊髄反射) を、α2受容体刺激は毛様体上皮の眼房水産生分泌抑制を、β2受容体

刺激は毛様体上皮の眼房水産生分泌促進を生じる。甲状腺機能亢進症では交感

神経活動が高まるため、瞼裂開大と散瞳が出現する。ホルネル症候群は頭頸部交

感神経活動の低下を反映するため、瞼裂狭小、縮瞳、皮膚粘膜の発赤および発汗

低下を呈する。

■眼球を支配する副交感神経線維は専ら中脳の動眼神経副核 (Edinger-Westphal

核) に由来する。この神経核から始まる節前線維は動眼神経束の表層を走行する

が、眼窩内で外眼筋支配運動線維と別れ、毛様体神経節に到達し、NN受容体を

介して接続した節後ニューロンの軸索は M3 受容体を介して瞳孔括約筋と毛様

体筋を支配する。眼球から近い距離に存在する対象物を注視しようとすると、瞳

孔括約筋が収縮して縮瞳が起こり、毛様体筋が収縮して水晶体が全周性に圧迫

されて厚みを増す。この現象は近見反応と称され、近距離にある対象物の映像焦

点を網膜上に結びやすくする。寄り目 (輻輳) をしても縮瞳反応が起こる。この

現象は輻輳反射と呼ばれ、寄り目をした際、両側の眼球内転筋 (内直筋) の張力

増加を検知した深部感覚情報が三叉神経中脳路核に達し、ここでシナプスを形

成した後、軸索が Edinger-Westphal 核に接続し、副交感神経遠心路を辿って成立

する。対光反射は、光刺激を受容した網膜で発生する活動電位を運ぶ視神経線維

の一部が視神経から視交叉を経て外側膝状体に至る手前で視索から分岐し、中

脳 Edinger-Westphal 核に到達し、副交感神経遠心路を辿って成立する。輻輳反射

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も対光反射も縮瞳は両側性に起こるので、片側の視神経が障害されても健常側

の光刺激で両側の対光反射を誘発できるが、動眼神経が障害されると患側の対

光反射は消失する。神経梅毒患者に対光反射消失と縮瞳が出現し、輻輳反射が保

持される場合がある。これは Argyll-Robertson 瞳孔と呼ばれ、両反射弓の経路の

違いを浮き彫りにする神経学的に重要な神経症候と認識されている。

■糖尿病性ニューロパチーといえば動眼神経麻痺という発想は耳タコである。

糖尿病性動眼神経麻痺は糖尿病性細血管障害が末梢神経束を虚血に貶めた糖尿

病性モノニューロパチーの代表であるが、その他に、顔面神経、外転神経、正中

神経 (手根管症候群)、体幹神経、大腿神経なども侵され、血糖値の正常化により

軽快する。体幹神経麻痺では疼痛を伴いやすい。一般に、糖尿病性動眼神経麻痺

では内眼筋 (瞳孔括約筋・毛様体筋) 機能が保たれる。その理由は、内眼筋を支

配する Edinger-Westphal 核由来の副交感神経線維が動眼神経束の表層を走行す

るため虚血を免れやすいのに対し、外眼筋を支配する体性運動線維が動眼神経

束の中心部を走行するため虚血に陥りやすいからであると説明される。これは、

内眼筋と外眼筋の両方を同程度に侵す内頸動脈後交通動脈分岐部脳動脈瘤によ

る圧迫性動眼神経麻痺や中脳内側領域の脳梗塞 (Weber症候群) に伴う動眼神経

麻痺との鑑別に役立つ着眼点である。しかし、糖尿病性ニューロパチーと言えば

動眼神経麻痺しか思いつかないのは馬鹿の一つ覚えである。糖尿病性ニューロ

パチーは、ポリオール経路の代謝異常を背景とした細胞内ソルビトール蓄積に

起因する軸索浮腫 (アクソノパチー) によっても起こり、左右対称性で長い軸索

ほど侵されやすいポリニューロパチーの表現型をとる。これは、アルドース還元

酵素阻害薬の内服により軽快する。感覚障害は手袋靴下型の症候を呈するが、自

律神経障害の場合は、効果器官によって支配する交感神経と副交感神経の長さ

が異なるため、両神経系の障害の優位性は部位により様々である。例えば、眼球

を支配する交感神経の脊髄を出てから眼球に到達するまでの距離は約 30 cm な

のに対し、副交感神経の中脳から眼球までの距離はせいぜい 10 cm 程度に過ぎ

ない。従って、頭頸部の糖尿病性自律神経障害は両側性ホルネル症候群を呈する。

一方、心臓を支配する交感神経は脊髄を出て高々15 cm 程度で心臓に達するのに

対し、副交感神経 (迷走神経) は延髄を出て 40 cm 以上走行した後、漸く心臓に

辿り着く。このため、心臓の糖尿病性自律神経障害では、心拍リズムの呼吸性変

動消失に代表される迷走神経障害が前景に立つ。

■柴田教授夜話 (37) でも取り上げたように、涙腺、鼻腺、口蓋腺、大唾液腺な

どに代表される頭頸部粘膜分泌腺は脳幹部に散在する副交感神経核によって促

進的に制御されている。橋延髄移行部の上唾液核に由来する節前線維は顔面神

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経に含まれる形で脳幹外に出て内耳孔を通過した後、翼口蓋神経節で接続する

節後ニューロンを介して涙腺、鼻腺および口蓋腺に、顎下神経節で接続する節後

ニューロンを介して顎下腺と舌下腺に、それぞれ到達する。橋延髄移行部の下唾

液核に由来する節前線維は舌咽神経に含まれる形で脳幹外に出て経静脈孔を通

過した後、耳神経節で接続する節後ニューロンを介して耳下腺に到達する。これ

らにおける外分泌機能は交感神経によって抑制的に制御されている。頭頸部を

支配する交感神経は頸胸髄移行部 (C8~T2) の中間質外側核に始まる節前線維

に由来し、星状神経節や上頸神経節で接続した節後線維は内外頸動脈周囲交感

神経叢を形成しながら上行し、各分泌腺に分布して分泌能を抑制する。精神的に

緊張すると口が渇く現象は交感神経活動が優位に立った場合に起こる。頭頸部

の交感神経はまた、皮膚粘膜の微小動脈や皮膚汗腺を支配する。

■延髄の疑核に由来する副交感神経節前線維は、気道壁で節後ニューロンに接

続し、M3受容体を介して気管支平滑筋を収縮させるとともに気管支線からの粘

液分泌を促す。気道壁には β2 受容体も発現しており、交感神経活動が高まると

気管支平滑筋の弛緩により気管支拡張を生じる。

■ヒトは二足歩行を開始して以来、重力による失神を免れるため、周到な血圧制

御システムを構築してきた。坐位でも立位でも、脳を収めた頭部は心臓よりも 50

cm 程度高いところに位置する。このようなヒト固有の事情は、心臓と頭部がほ

ぼ同じ高さにある四足歩行動物に比べ、脳血流を一定に保つことを遥かに難し

くさせている。そこで進化とともに発達してきたのは、大動脈弓や頸動脈分岐部

(頸動脈洞) に存在する圧受容体 (baroreceptor) である。ヒトは仰臥位から坐位あ

るいは立位へと姿勢を変換すると、上半身の血圧は一瞬低下する。その情報は圧

受容体で速やかに検知され、これに接続する舌咽神経内の一般内臓求心性線維

によって延髄血管運動中枢に伝えられ、反射性に迷走神経活動を弱め、交感神経

活動を強める。その結果、洞結節・房室結節では β1受容体を介する脈拍増加 (陽

性変時作用) が、固有心筋では β1 受容体を介する心拍出量増加 (陽性変力作用)

が、末梢血管では α1受容体を介する細動脈収縮がそれぞれ起こり、上半身の血

圧低下を回復させる。更に、下肢の粗大筋収縮や膝屈伸動作は深在静脈を揉み解

すポンプ作用により下半身に停滞した静脈血を右心系に還流させ、血圧正常化

に貢献する。逆に、立位や坐位から仰臥位になると、上半身の血圧は一過性に上

昇する。その情報も圧受容体で検知され、反射性に交感神経活動を弱め、迷走神

経活動を強める。その場合に高まる迷走神経活動の源は延髄にある迷走神経背

側核であり、これに由来する節前線維が心臓の洞結節と房室結節の近傍にある

神経節で節後線維に接続し、M2 受容体刺激を介して脈拍減少 (陰性変時作用)

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を惹き起こし、血管拡張も相俟って上半身の血圧上昇を回避する。この精巧な制

御システムが破綻するとどうなるか?交感神経活動が過剰になると、起立性高

血圧や高血圧性脳症による眩暈感、意識障害、痙攣発作などが出現する。交感神

経活動の低下や圧受容体由来信号の減少は、短期的には起立性低血圧を生じる

が、長期的には視床下部の室傍核や視索上核におけるバゾプレッシン産生とそ

れらの軸索末端が分布する下垂体後葉から血中への放出が高まり、抗利尿ホル

モン分泌異常症 (SIADH) を併発する。迷走神経活動が過剰 (ワゴトニー=

vagotony) になると、縮瞳や徐脈を伴う失神を呈する。このからくりを利用して、

上室性頻脈患者に対し、薬物投与の前に眼球圧迫、頸動脈マッサージ、バルサル

バ (Valsalva) 洞手技を試験的に施す場合がある。迷走神経活動が低下すると散

瞳や血圧上昇が出現する他、脈拍の呼吸性変動が消失することは既に述べた。

■副交感神経終末から放出される主な血管作動性物質は ACh、血管作動性腸管

ペプチド (VIP) および一酸化窒素 (NO) であるが、明確な血管拡張作用を示す

のは NO である。神経興奮伝導により開口した VGCC を通って Ca2+が軸索細胞

質へ流入する結果、神経細胞型 NO 合成酵素 (nNOS) が活性化して NO を産生

する。NO は血管内皮細胞からも放出される。NO はガス状であるため容易に細

胞膜を透過して血管平滑筋細胞内に拡散し、グアニル酸シクラーゼを活性化す

る結果、細胞質 cGMP 濃度を高め、細胞質 Ca2+の筋小胞体内への再取り込みを

促して細胞質 Ca2+濃度の低下を招き、平滑筋細胞弛緩により血管を拡張させる。

■糖尿病性自律神経ポリニューロパチー、レビー小体型進行性自律神経機能不

全症、アミロイドポリニューロパチー、ファブリー病など自律神経節後線維を侵

す疾患では、交感神経節後線維終末からの NA 放出量が減少する。そこで、NA

と同様の薬理動態を示す MIBG を用いて心筋シンチグラフィーを行うと、心臓

は cold spot として描出される。これに対し、多系統萎縮症 (Shy-Drager 症候群)

のように節後線維が保持される自律神経障害患者に MIBG 心筋シンチグラフィ

ーを行うと、心臓は正常人と同じ hot spot として描出される。自律神経機能低下

は起立性低血圧、発汗低下、便秘、膀胱直腸障害、陰萎などを生じる。また、交

感神経終末からの NA 放出量減少が長期化すると、血管平滑筋が脱神経過敏に

陥るため、α1受容体が過剰発現して末梢皮膚温低下と蒼白を生じる。同時に起こ

る副交感神経終末からの NO放出量減少も同様の症候をもたらす。一方、膠原病

に随伴するレイノー現象では交感神経活動が発作性に高まる場合があり、神経

終末からの NA放出量増加を反映して末梢皮膚温低下と蒼白を生じる。

■消化管の機能は自律神経系と消化管ホルモンによって営まれている。消化管

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を支配する交感神経は主に腹腔神経節や腰神経節を経由して到達した節後線維

である。消化管を支配する副交感神経のうち、食道から横行結腸までは延髄迷走

神経背側核に由来する副交感神経に支配されており、下行結腸から直腸までは

仙髄中間質外側核に由来する副交感神経に支配されている。粘膜下には内在性

感覚ニューロンが散在し、筋層間には副交感神経節前線維、節後ニューロンとそ

の軸索、内在性感覚ニューロンおよび一般内臓求心性線維からなるアウエルバ

ッハ (Auerbach) 神経叢が存在する。消化管壁粘膜固有層には腸管クロム親和性

(EC) 細胞≒基底顆粒細胞と呼ばれる内分泌細胞が散在しており、ガストリン、

VIP、セロトニン (5-HT) をはじめとする消化管ホルモンを適宜血液中に分泌し

ている。節前線維軸索終末には 5-HT4受容体が発現しており、これに 5-HTが結

合すると AChが放出される。節後ニューロンには ACh の NN受容体、5-HTの 5-

HT3受容体、NAの α1受容体、DAの D2受容体などが発現している。5-HT3受容

体が刺激されると節後ニューロンからの ACh 分泌は亢進し、α1 受容体や D2 受

容体が刺激されると節後ニューロンからの ACh分泌は抑制される。D2受容体ア

ゴニスト (メトクロプラミド・ドンペリドン・スルピリド・イトプリド) は順行

性蠕動促進作用にもとづく鎮吐薬として用いられる。内在性感覚ニューロン軸

索終末にも 5-HT3 受容体が発現しており、これが刺激されると消化管蠕動過剰

に起因する筋痙攣痛として自覚される。アウエルバッハ神経叢に隣接する平滑

筋細胞にはM3受容体と 5-HT2受容体が発現しており、これらが刺激されると筋

層が収縮する。刺激が高度であれば下痢を起こし、軽微であれば便秘となる。消

化管平滑筋細胞とシナプスを形成する副交感神経節後線維にはオピオイド μ 受

容体が発現しており、内因性または外因性オピオイドが結合すると ACh 放出量

が減少して消化管蠕動が抑制される。オピオイド μ 受容体アゴニスト (トリメ

プチン) や 5-HT4アゴニスト (モサプリド) は消化管蠕動を正常化する。

■胃では、幽門線領域の EC 細胞から放出されたガストリンが血流に乗って胃底

腺領域に到達し、同部位の EC 細胞に発現するガストリン受容体に結合すると、

ヒスタミンをパラクリン放出する。ヒスタミンが隣接する壁細胞の細胞膜に発

現する H2受容体に結合すると、壁細胞の胃内腔に面する細胞膜のプロトンポン

プを活性化し、胃酸を内腔に分泌させる。一方、迷走神経節後線維も壁細胞とシ

ナプスを形成しており、神経終末から放出された ACh が壁細胞の基底側に発現

するM3受容体に結合することにより、内腔への胃酸分泌を促進する。交感神経

活動が高まって神経終末からの NA 放出量が増加すると、α1 受容体を介して血

管平滑筋収縮が起こり、粘液分泌量の減少とともに胃壁の虚血が起こる。DA放

出量が増加すると、D1受容体を介して壁細胞からの胃酸分泌が抑制される。

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■腎臓は交感神経節を経由する腎神経の支配を受けている。節後線維は腎糸球

体輸出入動脈壁平滑筋細胞、傍糸球体装置顆粒細胞、近位尿細管上皮細胞、ヘン

レ上行脚細胞、遠位尿細管上皮細胞および集合管上皮細胞に分布している。交感

神経活動が高まり、軸索終末からの NA放出量が増えると、α1受容体を介して糸

球体輸出入動脈壁平滑筋細胞が収縮するため、糸球体濾過量が減少する。これを

受けてヘンレ上行脚細胞での Cl-再吸収が促進され、遠位尿細管に到達する尿中

Cl-濃度が低下する。これを検知した遠位尿細管上皮の緻密斑がプロスタグラン

ジン (PG) を産生放出し、PG 受容体を発現する傍糸球体装置顆粒細胞が PG を

検知してレニンを血中に分泌する。交感神経終末から放出される NA はまた傍

糸球体装置顆粒細胞に発現する β1 受容体を直接刺激して、レニン分泌を促す。

NAは β2受容体を介して、近位尿細管上皮細胞、遠位尿細管上皮細胞および集合

管上皮細胞での Na+/H+対向輸送亢進にもとづく Na+再吸収促進ならびにヘンレ

上行脚細胞における Cl-再吸収促進をもたらす。一方、放出された NA は神経終

末に発現する α2受容体を刺激して NA 放出を制御するとともに、傍糸球体装置

顆粒細胞からのレニン分泌抑制、近位尿細管での Na+/H+対向輸送抑制を介した

Na+再吸収抑制、集合管での Gi を介したバゾプレッシンの作用抑制などをもた

らす。D1 受容体に結合する DA は血中を流れるレボドパが近位尿細管上皮細胞

に取り込まれ、ドーパ脱炭酸酵素 (DDC) の作用で産生されたものであり、アデ

ニル酸シクラーゼ活性化を介して cAMP産生を増加させ、Na+/H+対向輸送抑制、

Na+/K+-ATPase 不活性化、Na+再吸収抑制などにより利尿作用を発揮するする。

D2受容体は交感神経終末に発現し、DA刺激により NA放出を制御する。

■尿や便の排泄 (畜尿便・排尿便) に関わる機構は交感神経、副交感神経、内臓

感覚神経、体性感覚神経、体性運動神経などによる多重支配を受けている。膀胱

および直腸の機能は脊髄にある下位中枢によって直接的に制御されている。畜

尿と蓄便は交感神経と体性運動神経が担っている。このうち、交感神経中枢は胸

腰髄移行部 (T12~L2) の中間外側核にあり、これに由来する節前線維は近隣分節

に存在する交感神経節で NN受容体を介して節後線維に接続し、下腹神経となっ

て α1A/α1D 受容体を発現する尿道肛門内括約筋を収縮させるとともに、β3 受容

体を発現する膀胱壁と直腸壁の平滑筋を弛緩させる。膀胱内の尿や直腸内の便

が蓄積していく内臓感覚は脊髄に伝えられるが、初期において尿意や便意は自

覚されず、不随意な反射性の交感神経活動により畜尿と蓄便は継続される。しか

し、蓄積量が一定の水準を超えると尿意便意は内臓・体性求心性線維を伝わって

意識に上るようになり、仙髄 (S2~S3) の前角にあって一般体性下位運動ニュー

ロンの集合体であるオヌッフ (Onufcrowicz) 核の活動が高まる。その軸索は陰部

神経となって外尿道肛門括約筋に到達し、NM 受容体を介して随意的な「我慢」

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を遂行する。やがて、我慢の限界を超えたとき、排尿もしくは排便が始まる。脊

髄の排尿排便中枢は仙髄 (S2~S3) の中間質外側核にあり、ここに由来する副交

感神経の節前線維は骨盤神経を経て膀胱や直腸の壁在神経節に到達し、NN受容

体を介して節後ニューロンに接続する。節後線維の軸索終末から放出された

AChはM3受容体を発現する平滑筋を収縮させ、排尿排便に至る。これらの脊髄

排尿排便反射とは別に、脊髄と脳幹の間を行き交う長経路排尿反射もある。すな

わち、尿意を届ける下部尿路からの求心性入力が仙髄後角から後側索を上行し、

中脳水道周囲灰白質に到達した後、橋にある排尿中枢バーリントン (Barrington)

核を経て脊髄側索を下行し、グルタミン酸シナプスを介して仙髄中間質外側核

に至るというものである。この長経路排尿反射は更に、線条体や前頭葉内側面に

存在する、より上位の排尿中枢から両側性支配を受け、制御されている。これら

の経路を侵す疾患は排尿筋過活動または排尿筋無収縮を生じる。

■男性の性機能 (勃起・射精) にも自律神経が関与している。勃起は陰茎内部の

海綿体に血液が貯留することにより陰茎が体積と硬度を増す現象である。陰茎

は、上面 (背側面) にある左右一対の陰茎海綿体、下面 (腹側面) にある尿道海

綿体、これに連なる亀頭およびこれらを区画する線維性隔壁 (白膜) で構成され

る。左右の陰茎海綿体を仕切る線維性の隔壁には多数の小孔が開いており、血液

は相互に行き交う。陰茎への血流は内腸骨動脈に由来する内陰部動脈を経て供

給され、更に陰茎背動脈、海綿体動脈、球部動脈および尿道動脈に分かれる。海

綿体動脈は海綿体内部に入るとラセン状に枝分かれして海綿体洞に流入した後、

白膜下静脈を経て大循環に戻っていく。陰茎海綿体に血液が充満すると硬度を

増す。一方、尿道海綿体と亀頭は血液の貯留によって膨張するが、硬度は高まら

ないので、尿道海綿体の中央部を貫く尿道は射精の妨げになるような虚脱状態

には至らない。従って、性交を可能にする勃起状態は陰茎海綿体の硬度に依存し

ている。視覚・聴覚・味覚・嗅覚・想像などによる脳への性的な刺激や陰部への

触覚刺激を契機として仙髄 (S2~S4) の中間質外側核にある勃起中枢が興奮す

ると、これに由来する副交感神経活動は骨盤神経を経由して海綿体洞の壁を構

成する平滑筋細胞に伝えられる。その際、興奮伝導により神経終末に存在する

VGCC が開口し、これを通過する Ca2+の細胞内流入に伴って nNOS が活性化す

る。また、海綿体洞内皮細胞も eNOS を恒常的に発現している。nNOS および

eNOSにより合成された大量のNOは細胞外に拡散し、海綿体洞壁に到達すると、

平滑筋細胞のグアニル酸シクラーゼを活性化して cGMP 産生量を増やす。cGMP

は細胞質Ca2+の筋小胞体内への取り込みを促して細胞質Ca2+濃度を低下させる。

その結果、平滑筋細胞の弛緩が起こり、拡張した海綿体洞に血液が充満する。こ

うして、海綿体洞内圧が白膜下静脈圧を凌駕すると白膜下静脈血流が途絶し、陰

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茎海綿体が緊満して勃起が成立する。陰茎からの性的快感を含む持続的な求心

性信号が陰茎背神経を介して仙髄後角に入り、脊髄を上行して胸腰髄移行部

(T10~L4) の中間質外側核にある射精中枢に伝えられる。この辺りまで来ると、

精液が漏れ出てしまいそうになる感覚の裏で、仙髄オヌッフ核の随意運動神経

活動が必死に外括約筋を収縮させ、射精を堪えようとする。しかし、性的快感刺

激が「我慢」の限界を超えて閾値に達すると、射精中枢の交感神経節前ニューロ

ンが爆発的に興奮し、その情報は交感神経節で NN受容体を介して節後線維に伝

えられ、下腹神経を経て輸精管、前立腺および内尿道括約筋の平滑筋細胞に到達

する。節後神経終末から放出される NA は α1受容体を介して平滑筋細胞を収縮

させ、前立腺液、精管内用液および精嚢液の混合物を尿道経由で一気に体外へ噴

出 (射精) させる。射精が終了すると勃起中枢からの副交感神経活動が静まり、

節後線維終末からの NO 放出が停止するため、残存する cGMP はホスホジエス

テラーゼ 5 (PDE5) の働きで速やかに分解され、勃起が消退する。

■自律神経系は代謝や免疫を含む全身組織の制御機構にも影響を与えている。

頸凝り肩凝りが α2受容体アゴニストやGABA誘導体の投与により緩和すること

は夜話 (35) で触れた。骨格筋の血流は β2受容体刺激で増加し、副交感神経刺激

で減少する。白色脂肪細胞における脂肪分解は α1/β3受容体を介して促進され、

α2 受容体および副交感神経刺激により抑制される。褐色脂肪細胞における熱産

生は β3 受容体刺激と依存している。膵島からのインスリン分泌はおよび肝細胞

でのグリコーゲン合成と解糖は、α2 受容体刺激で抑制され、β2 受容体刺激で促

進される。膵島からのグルカゴン分泌および肝細胞でのグリコーゲン分解と糖

新生は α1受容体刺激で促進される。副腎髄質細胞からの NA とアドレナリンの

分泌は交感神経節前線維から放出される ACh の NN 受容体刺激で促進され、血

圧と血糖値を上昇させる。食欲は交感神経活動により低下し、副交感神経活動で

亢進する。消化管における消化吸収機能は交感神経刺激で低下し、副交感神経刺

激で亢進する。交感神経活動の高まりは食欲中枢抑制と体重減少を招き、副交感

神経活動の高まりは食欲中枢刺激と体重増加を招く。NK活性は交感神経刺激で

低下し、副交感刺激で上昇する。血中の NA やコルチゾールの濃度上昇は骨髄か

ら血中へ好中球を一過性に動員するが、長期的にはリンパ球減少と免疫能低下

をもたらす。創傷治癒は交感神経活動で抑制され、副交感神経活動で促進される。

■本稿では、哺乳動物であるヒトが営む生命活動のかなりの部分が自律神経系

によって支えられている点にスポットを当てて解説してきた。進化の過程で獲

得してきた精巧な自律神経系の仕掛けを前に、私は驚嘆し、脱帽するのである。

改めて『自律神経系に感謝しよう!』という言葉が自然に湧いてくる。