中国環境都市

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日本総合研究所

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中国全土で進む環境都市建設。

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中国全土で進む環境都市建設。

その裏にある中国の戦略とは?

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Page 6: 中国環境都市

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中園の環境産業戦略と舌シティビジネス

Page 10: 中国環境都市
Page 11: 中国環境都市

はじめに

中新天津生態城に初めて足を運んだのは2008年の冒頭である。クモの巣の

ような高速道路の足場の間からは生態城に続く橋が見えるものの、足元には泥

だらけの道が続いていた。1990年代に日本国内で幾多の地域開発の失敗に立

ち会ってきた経験から、正直なところ大きな希望を感じることはできなかっ

た。しかし、この事業に関わる方々の情熱と理想を伺ううちに、新しい時代の

幕開けを感じ、「日本として何かできることがないか」と考え、天津の浜海地

区に通いつめるようになったのである。

その後、いくつかの環境都市開発に関わりを持つ中で二つのことを考えるよ

うになった。

一つ目は、環境都市が中国の環境産業のレベルを大きく引き上げる、という

ことだ。リーマンショックを契機に圧倒的な市場となった中国が進める環境都

市には世界中から毎日のように先端技術の提案がある。今や、知的所有権を気

にして晴路しているような企業が中国で事業を拡大できることはない。環境都

市では世界中の先端技術がインテグレートされ、オペレーション・ノウハウを

始めとする新たな環境ビジネスの付加価値が生み出されるだろう。それを手に

するのは、第一に都市のオーナーである中国だ。

二つ目は、日本が世界の環境市場での劣勢を挽回する数少ない機会になる、

ということである。世界最高レベルの技術を持ちながら、太陽光発電、風力発

電を始めとする再生可能エネルギーの分野で日本は他国の後塵を拝している。

低炭素化分野の市場での日本の成長は省エネルギー技術にかかっている、と考

えていい。しかし、省エネルギー技術の多くは組み込むべき設備や組み合わせ

る技術があってこそ利用に供することができるため、具体的なテーマが不可欠

だ。環境都市は、そのためのまたとない場になる。見方を変えると、中国の環

境都市での劣勢は環境市場での日本の将来に大きな影を落とすことになろう。

Page 12: 中国環境都市

本書は、以上のような認識に基づき、中国の環境都市に向けた日本の取り組

むべき方策を示したものである。まず、中国の経済、環境政策、都市・地方政

策を概観し環境都市の政策的な位置づけを捉えた後で、他国の参入状況を踏ま

え、日本の取るべき方向性や戦略について述べた。

国内では、将来に向けた成長戦略が問われる中、中国を始めとする新興国へ

の焦点が日増しに強まっている。本書が、日本が劣勢を跳ね返し成長機会を手

にすると同時に、中国との新たな共創のあり方を見出すことの一助になること

があれば著者として望外の幸せである。

本書は、株式会社日本総合研究所の王停女史との共著である。女史は中国と

日本の環境の懸け橋となることを志して、日本総合研究所に入社した才媛であ

る。彼女の協力なしに中国市場への参入も本書の執筆も有り得なかった。この

場を借りて御礼申し上げたい。

本書の企画、執筆、出版に当たっては、日刊工業新聞社の奥村功氏にご協力

いただいた。長年にわたるご理解、ご支援に厚く御礼申し上げたい。

最後に、筆者の日頃の活動にご指導、ご支援をいただいている株式会社日本

総合研究所に厚く御礼申し上げたい。

2010年麗春

井熊均

Page 13: 中国環境都市

はじめに …・・・・・…・I

;1-:COP15からCOP16へ…………………………………………8

1.2存在感増す中国…………………………………………………・12

1-3国レベルから都市レベルの合意へ………………………・……16

1-4世界経済の中心となった中国…………・………………………20

1-皇エネルギーと環境に悩む中国…・………………………………25

1-6深刻化する環境問題……………………………………………・29

1-7中国の環境政策…………… …..………33

鷺=W中央集権と地方の主体性…・……………………………………40

2-2地方の活力を支える中国の開発スキーム………・……………44

2-3巨大な中国の都市需要…………………………………….……48

Z-4中国版グリーン・ニユーデイール政策…………・……………53

2-5最大最先端の環境都市=中新天津生態城…………………・…58

璽噸初の中国一シンガポールの合作都市…………………………63

2-7循環工業都市、曹妃旬……………-……………………………68

Page 14: 中国環境都市

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蒜 朝一 寺 。 ご

柵識Iiil癖棚

望-1躍進する中国の地球温暖化ビジネス……………・……………74

爵-Z太陽光発電市場をリードする中国…・…………………………78

3-塁風力発電産業のメッカとなる中国・……………………………83

爵-4交通分野で進む国産化……………………・……………………87

ヨ岬畠電気自動車に見る中国の潜在力……………・…………………92

3-6中国の先端技術開発…………………・…………………………96

3御7産業戦略としての環境都市…・…………………. 100

4壱?産業創出の生態系となる環境都市……………………………106

4-2先進技術を吸引する環境都市…………………………………111

4-爵構造改革が遅れたツケ……………・……………・……・………115

4-4海外勢のマーケットアプローチ………………………………119

4-畠シンガポールに学ぶ……………………………………………123

4.愚先行する海外勢の特徴…………………………………………127

Page 15: 中国環境都市

頂,.11=

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C○N.TENTS

3-'11市場参入のスピードを上げる…………………………………134

醤-2日本の良さを活かす:①強みの理由を探す…………………138

5-蚤日本の良さを活かす:②強みを活かす市場アプローチ……142

5-4「まるごと」思考からの脱却…………・……………………….146

5-畠社会システムを売り込む………………………………………150

5-鴫改めて現地化を進める…………………………………………155

編-7モノづくりの基盤を中国に……………………………………158

5-職日中共創関係を作る……………………………………………162

Page 16: 中国環境都市
Page 17: 中国環境都市

戸】

環境先進国への戦略

Page 18: 中国環境都市

寵 コペン八一ケン協定としての帰着

2009年デンマークのコペンハーゲンで開催されたCOPl5はポスト京都に向

けた国際的な約束を決める重要な会議として期待されていた。しかし、結果的

には、京都議定書に参加していた先進国、ブッシュ政権の環境モンロー主義か

ら脱したアメリカ、中国を始めとする新興国、途上国など、立場の異なる国々

の意見がまとまらず、明確な目標設定を掲げることはできなかった。その代わ

りに合意されたのがコペンハーゲン協定である(図表1-1)。

この協定では京都議定書のような定量的な目標を共有するに至らなかったも

のの、「温暖化による気温上昇を2度以下に抑えるべきとの見解を持ち温室効

果ガス排出を早期に減少に転じるよう協力する」、ことが合意された。人類の

活動に深刻な影響を与えるとされる3度の気温上昇を食い止めよう、というマ

クロな目標だけが共有されたことになる。具体的なコミットメントとならな

かったことに対する批判も多いが、温暖化対策のベースが共有されたことは評

価していい。

拙書「グリーン・ニューデイールで始まるインフラ大転換」(2009年、日刊

工業新聞社)で述べたように、ポスト京都で目されている温室効果ガスの削減

目標を達成するには、エネルギー、交通分野を中心としたインフラの抜本的な

転換が必要である。どこの国にとっても1世紀に1回あるかないかの大事業が

始まる。ましてや、先進国、新興国、途上国など立場の異なる多くの国が参加

するのだから、何らかの形の国際合意を成すには相当な忍耐が要ることは間違

いない。COP15の結果については、合意の基本線がプレなかったことを、ま

ずは良しとすべきである。

Page 19: 中国環境都市

第1章環境先進国への戦略

畿瀧 総気温上昇を2度以下に抑えるべきとの見解のもと、温室効果ガス排出が早期に減少

に転じるよう協力

灘灘i耀織2020年までの排出削減目標を2010年1月31日までに提出。締約国は京都議定書

で始めた削減を一層強化

農繍繍i識!「共通だが差異ある責任」原則や途上国の約束履行は先進国の資金や技術移転に依存、

など気候変動枠組み条約の規定に沿い、2010年1月31日までに提出の排出対策を

実施。対策は隔年で国内的な検証を受け、データを国際的な協議や分析に供する

購織驚鴬森林破壊や劣化対策のため、先進国からの資金導入を可能にする仕組みを早急に創設

騰霧繍繍繍繍2年に計対策の費用対効果を高めるための手段を追求。先進国全体で2010~2012

300億ドル、2020年までに年間1000億ドルを供与。「コペンハーゲン・

ン気候基金」、「技術機構」を設立

鴬雛耀灘I2015年までの実施状況を評価し、温度上昇を1.5度にとどめることなど長強化を検討

グリー

期目標

~’

出典:各種メディアより日本総合研究所作成

図表1-1コペン八一ケン協定の要点

童』if淫?証コペンハーゲン協定のもう一つの特徴は、先進国の責任が明確にされたこと

である。新興国、途上国からは地球温暖化が現在の状況に至ったのは、産業革

命以来の先進国の化石燃料使用に因るところが大きいとの意見が示され、先進

国側もそれを否定することができなかった。結果として、先進国は新興国、途

上国の温暖化対策のために、2010~2012年までは合計300億ドル、以降2020

年までは年間1000億ドルもの資金を供与することとなったのである。2008年

の金融危機以来の財政難に苦しむ先進諸国にとって小さな負担とはいえない。

先進国が地球温暖化対策の重要性に加え、今日に至るまでの自らの責任を認識

Page 20: 中国環境都市

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90年対比▲20~30%

コペンハーゲン協定に基づいて、先進国は2010年1月31日に2020年までの

排出削減目標を提出した(図表1-2)。

EUは従来どおり1990年対比20%減、アメリカなどが積極的な目標を提示す

るという条件を満たせば、目標を30%減まで引き上げる、という案を提示し

た。ここまで国際的な温暖化対策を主導してきたEUならではの、駆け引きの

要素を含めた姿勢である。

日本は2009年9月に鳩山由紀夫首相が明示した1990年対比25%減の目標を

堅持した。筆者は、自民党政権時代、政府の極めて消極的な目標提示に対し

て、国際的な合意形成に貢献するには15%減程度の目標提示が必要、と述べ

てきた。その意味で、民主党の提示した目標にはEUの代替案にも通じる国際

合意を引っ張るための「頑張り代」が含まれている。現に、年初に発表された

温室効果ガス削減のためのロードマップでは、10%分を海外から調達するとさ

れた。「頑張り代」がどれだけ国外に流出するか、国内に投資されるかは今後

90年対比▲34~42%

(CO2は▲26~32%)

90年対比▲40%

〆I…"''畠,乎隅w抄

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日本

アメリカ

EU

イギリス

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2Q5O焦ま石)目標“;I:息期(自城轄石jI

90年対比▲25%

05年対比▲17%

90年対比

05年対比

90年対比

90年対比

し、相当な国際的責任を覚悟せざるを得ない、と思っていることの現れと言え

る。

90年対比▲20%

GDP当たりエネルギー消費量05年比鼻40~45%

10

ドイツ

フランス

90年対比

90年対比

出典;各種メディアより日本総合研究所作成

図表1-2各国の温室効果ガス肖I減目標

中国、 庶

Page 21: 中国環境都市

第1章環境先進国への戦略

の政策運営の重要な課題になる。

一層の積極姿勢が期待されたアメリカは国内事情を鑑み、2020年末までの

2005年対比17%減を踏襲した。積極的な姿勢を示さないアメリカへの批判は

少なくないが、筆者が昨年末、シンクタンクを始めとするアメリカのいくつか

の機関と意見交換した際の印象では、確かに、温室効果ガス削減に対する国内

のコンセンサスが取れていない。こうした現状を踏まえるのであれば、ブッ

シュ政権時代の孤立主義から、国際協調へと舵を切ったことを評価せざるを得

まい。

ポスト京都に向けての議論はCOPl6、COP17へと継承されるが、すでに

COPl6では、具体的な合意を目指さない、との意見が示されている。新興国かたく

の姿勢も頑なだ。当面、温室効果ガスの肖I減目標が重要な国際交渉のカードと

なることは避けられない。

11

Page 22: 中国環境都市

COPで明らかになったのは、先進国の国際的な発言力や世界の牽引役とし

ての力の低下である。2008年以来の金融危機で経済力を大幅に減じたうえに、

実質的に世界第二の経済大国となり、なおも急成長を続けている中国が途卜国

側にいるので無理もない面はある。また、途上国サイドが主張するように、現

在の温暖化の多くが先進国の化石燃料の使用によるものであり、今になって横

並びで約束をしろ、と言われるのはフェアでないことも確かだ。それにして

も、主張を受け止める傍らで彼等を説得できる案を提示できないところに、先

進国の力の低下が見て取れる。

先進国が強い発言ができない第一の理由は、何だかんだ言っても、経済面で

の問題である。金融危機以来の負担などで財政面の余裕がないうえ、温暖化対

策には多かれ少なかれ経済制約的な性格があるため、先進国の間での意見がま

とまらない。

加えて、中国が国債購入による資金調達元、規模と成長性を兼ね備えた随一

の市場として経済的な位置づけを高める、など世界経済が新興国抜きでは成り

立たなくなってしまった、という理由が重なる。日本でも、ほとんどの企業

が、日本市場の成長性を悲観し、中国シフト、あるいは新興国シフトとでも言

える状況を呈している。

もう一つは、国民1人当たりの温室効果ガスの排出量は先進国が新興国、途

上国をはるかに上回っていることである。ポスト京都の長期目標で目されてい

る1990年対比温室効果ガス80%減という目標を達成でもしない限り、1人当

たり炭素排出量という点で先進国は新興国、途上国に対して低炭素社会の範を

12

Page 23: 中国環境都市

第1章環境先進国への戦略

示すことができない。快適な暮らしをしている国がインフラも十分に整備され

ていない国にコミットメント求めるという構造には無理がある。先進国同士の

議論では、原単位が軽視された感があるが、経済的な事情が異なる新興国、途

上国との議論では重要性が増さざるを得ない。

禽発言拶亜目先進国が新興国、途上国の指摘に窮する中、際立ったのは中国の存在感であ

る。日本やEUに比べて削減目標が見劣りするアメリカに対しては公然と非難

し、産業界の反対を振り切り首相肝いりで掲げた日本の目標すら不十分であ

る、とした。一方で、自らについては、総量目標を掲げることなく、GDP対

比の排出削減目標を掲げるに留めた。原単位ベースの削減幅は40~45%と大

きいものの、旺盛な経済成長が見込まれる中国おいては2020年に向けて総排

出量が2倍程度まで拡大するとされる。

巧みな交渉術も中国の存在感を高めている。国際交渉の場で総量削減義務を

避ける傍ら、国内の公共団体や企業には厳しい目標を要求するなど環境政策に

力を入れている。この分野での産業育成も盛んだ。すでに、太陽光発電では

10社が株式上場を果たしている。

禽危睡樋旦杢蝿劫中国に比べ、交渉力の低さが懸念されるのが日本だ。国l際交渉では、交渉の

流れを作るとことと国内での動きを両呪みで議論を進めることが必要だ。

COPl5について言えば、地球温暖化を抑制するという大儀をまっとうしなが

らも、相対的に過剰な負担を負うことなく、関連産業を盛り上げる、という複

数の目的を頭に置く必要があった。そのためには、国内外に対する表現の使い

分けも必要になる。日本にはこの辺りのしたたかさが不足していた。

中国に限らず、海外諸国の交渉姿勢はしたたかだ。欧州はこれまで議論を

リードすることによって実行可能で先進性のある目標をタイミングよく掲げて

きた。その結果、ドイツやデンマークは地球温暖化の分野で世界をリードする

企業を育てることに成功した。アメリカはブッシュ政権からの方針転換を明示

13

Page 24: 中国環境都市

☆ 新しい合意の知恵を

しながらも、国内に負担を押し付けるような条件は受け入れない。一方で、低

炭素型の技術や事業への投資の動きを作ることには積極的だ。

日本がポスト京都に向けて、したたかな諸外国と互していくためには、戦略

の立案と交渉の体制を見直すことが必要だ。

京都議定書は先進国が世界経済に対する強い発言力を持っていた1997年に

合意された。京都議定書とポスト京都の議論が行われた時代を比較すると、気

候変動の顕在さのレベル、IPCC報告書などによる国際的なコンセンサスの高

さ、太陽光発電を始めとする再エネ、省エネ技術の進歩、などで大きな違いが

ある(図表1-3)。しかし、それにも増して大きいのは、世界的な合意形成を

図るに当たってさまざまな国情の国が参加する、という議論の枠組みが必須に

なったことである。今や、新興国、特に中国の理解なしに国際的な合意を形成

図表1-3京都議定書:ポスト京都の枠組み

14

▲経済力

地球温暖化の影響

ポスト京都の議論の枠組み

_=

Page 25: 中国環境都市

第1章環境先進国への戦略

することは難しくなっている。

しかし、これをもって困難な時代と考えるのは先進国の微‘慢というものだ。

今日の地球環境の状況を作り出した最大の責任は先進国にあるうえ、京都議定

書の合意から10年以上経っても先進国の中でのコンセンサスが取れていない。

先進国だけを見ても、ポスト京都の合意に向けて、これまでとは違った知恵が

必要なことは間違いない。新興国や途上国との意見の違いに落胆するのではな

く、異なる事情を有する国々との議論の中で今までにはなかった合意形成のあ

り方を学ぶ、という謙虚で前向きな姿勢が求められている。

15

Page 26: 中国環境都市

A新興国、駕篭--- 徐卜両の事'情

先進国が新興国、途上国との溝を埋めるためには、彼等の抱えている構造的

な問題への配慮が必要だ。例えば、中国の場合、北京や上海のような国際的な

大都市がある一方で、内陸にはインフラも十分に整備されていない広大な農村

部を抱えている。新しいビルが立ち並ぶ北京や天津であれば、先進国と同じレ

ベルの二酸化炭素の削減目標を求めることは不合理とは言えない。欧米や日本

よりも近代的なビルが立ち並ぶこうした大都市が途上国側に立った主張に終始

するのであれば、まやかしと言われても仕方がない。

しかし、農村部では、あらゆる生活環境が先進国とは比べものにならないほ

ど低いレベルにある。そうした地域に対して、快適な家に住まい、エアコンの

効いたオフィスで働き、自家用車を乗り凹している先進国の人達が、同じよう

な二酸化炭素の削減義務を求める権利があるとは思えない。新興国途上国に

は、そうした先進国の身勝手さが見透かされている。

☆ 都市単位での合意形成を

徐卜国、新興国は概ね中国と同じような国内のアンバランス問題を抱えてい

る。先進国に比べて、国内の生活環境、産業基盤などのギャップが大きいのが

新興国、途上国の特徴といえる。

そこで、交渉の一つの落とし所として、都市や地域単位で先進国と同じ枠組

みに入ってもらう、という選択肢が考えられる(図表1-4)。例えば、中国に

は北京や上海を筆頭に、人口が1000万人を超える都市がいくつもある。その

ほかにも、数多くの先進的な開発区が多数存在する。合計すれば、日本の人口

16

Page 27: 中国環境都市

伽.世,唖

第1章環境先進国への戦略

彰日本僧アメリカ

、鵜 畢i;、EU「途上国十開発途上地域」「先進国十先進都市」

図表1-4都市レベルでのポスト京都への参加

を上回る規模で温室効果ガス削減の枠組みへの参加が可能になる。先進国が経

済的に意識しているのは中国などの大都市部や開発区であるから、国際競争の

面からもバランスが取れる。その結果、新興国、途上国の国内では、大都市部

から地方部への産業の流出が起こるかもしれないが、それはそれで、地方振興

に役に立つ。

これまでもアメリカでは連邦政府が後ろ向きな中、都市単位で排出量取引に

参加したという実績があるし、日本でも東京都が国に先んじてキャップアン

ド・トレード型の排出量取引を導入した。都市、地域レベルで排出削減のコン

センサスを図ることは現実的な選択肢だ。

禽溌蝿抑配慮農村部など、まさしく開発途上にある地域に対して、現状からの総量削減を

17

Page 28: 中国環境都市

20102020

蕊蕊鋒騨鋒蝉鋒鰯

驚蕊鍔爵鋪函錬斑〕

図表1-5段階的目標達成

求めることはできない。後述するように、中国にとって都市部と農村部の格差

解消は重要な政策テーマでもあるからだ。先進国のほとんどの人が現在快適な

生活環境を維持しようと思っているのであれば、ある程度の環境を求める権利

は世界中のすべての人にある。そのレベルは他国から押し付けられるものでは

なく、自らが決めるべきものでなくてはならない。

したがって、新興国の農村部などについては、地球温暖化対策に積極に取り

組むことを前提として、自ら目指すべき都市や地域の生活環境のレベルを定

め、温室効果ガスの排出量をできるだけ低くするための方法論を考え、時間的

な猶予をもって国際的な枠組みに参加するスケジュールを組んでもらえばいい

(図表1-5)。コペンハーゲン協定で合意された先進国から新興国、途上国への

資金はこうした地域の施策作りや、枠組みへの参加を促すことに焦点を当てて

用いられるべきである。

寵 求められる先進国の歴史見識

振り返れば、日本、アメリカ、欧州にも今の新興国、途上国と同じような発

18

Page 29: 中国環境都市

第1章環境先進国への戦略

展の時代があった。そのとき、経済成長と並行して二酸化炭素を削減する、と

いう芸当を求められなかったことが、順調な経済発展を可能にした面があるこ

とは否定できない。自らの過去を忘れ、国内に多くの問題を抱える新興国や途

上国に、先進国と同じ国単位の合意の枠組みに参加せよ、と言うのは乱暴なの

である。地球環境の利用は早い者勝ち、と取られかねない姿勢が垣間見られる

ことがあれば、どんな条件でも合意されることはあるまい。

ポスト京都に向けた議論はCOP16、COPl7へと引き継がれた。そこで、先

進国が新興国や途上国の理解を得るためには、歴史を振り返る見識と率先して

行動しようとする姿勢が求められている。

19

Page 30: 中国環境都市

歴史的経済発展

1978年の改革開放以来30年間、中国経済は右上がりの成長を遂げてきた。

特に、市場経済導入の方針が示された1990年代以降の経済成長は顕著で、

1990年~2008年までに年率9%の成長を遂げ、名目GDPは13倍増にもなっ

た。かつて、日本も戦後の荒廃から立ち直り、朝鮮戦争特需で経済成長が加速

し始めた1955年から第一次オイルショックの1973年までの18年間に高度成長

を遂げ、その間の平均成長率は9%に達した。しかし、1970年代の2度のオ

イルショック、1980年代の円高、1990年代初めのバブル経済崩壊で日本経済

の成長のペースは大幅に低下した。日本の高度経済成長は概ね20年で幕を閉

じたことになる。

そう考えると、2010年段階でも10%近い経済成長が持続している中国の経

済成長は、日本を含む先進国が経験した高度成長をも上回る持続性を持つ歴史

的な成長であることがわかる。

資 国際的プレゼンスの向上

歴史的経済成長は国際経済における中国のプレゼンスを高めた。特に、2002

年にWTOに加盟しグローバル経済に組み込まれて以降は高度成長と合間っ

て、その傾向は一層顕著なった。今日の中国経済のプレゼンスの高さは二つの

観点から指摘することができる。

一つは、経済規模である。中国は2007年にドイツを抜きアメリカ、日本に

次ぐ世界3位の経済大国となった(図表1-6)。現状の為替レートでも2010年

には日本を抜き、その後も10%近い成長が見込まれることから、2030年には

20

Page 31: 中国環境都市

第1章環境先進国への戦略

21

予測

鯉選婁遡哩窒篭曹鐘葦蒐竺鐸:Lf:塾雲一皇畢酢雲一雲雲董懇蕊雲誘唇雲譲兼雲懸蒜霊'震尋:蕊婁認鯖認識議禰雷識瀧議IllIアメリカ

日本

中国

ドイツ

フランス

イギリス

イタリア

ロシア

スペイン

ブラジル

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需麺謹謹霧義、厩雪騒塞溺‘雲1T

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幽謹聯麹li “2008年

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(10億ドル)

出典:国際貿易投資研究所

図表1-6名目GDPのランキング

EU

.、,増加率

日本

中国

予測

日本

中国

韓国

GQ其千億ドル)’1人当たりGDP(千ドル)》

インド

ASEAN

米国

ASEAN

米国

韓国

イ ンド

EU

図表1-7経済成長の長期予測

出典:日本経済研究センター

Page 32: 中国環境都市

アメリカを凌駕する可能性があるとされる(図表1-7)。それでも、1人当た

りのGDPから見れば成長余地はあるため、中国は圧倒的な経済的求心力を持

つ可能性がある。世界の工場から世界の市場としての位置づけを得て中国経済

の評価は今後ますます高まることになる。

産業革命以来、これだけの規模の国がこれだけの経済成長を遂げた例はな

い。今後、中国が経済、政治、文化面でどれだけの影響を及ぼすか予想もつか

ない。

二つ目は、世界経済の中国への依存度の高まりである。まず、今や多くの企

業が中国市場なくして成長を語れなくなっている。外貨準備については、2008

年末で1.53兆ドルと2位の日本の0.97兆ドルを大きく引き離している。外資投

資の受入額も1.38千億ドルと、インドの7倍超にも達し、BRIC,s諸国の中で

ダントツの1位だ。最近は、財政赤字に悩むアメリカの国債を中国が買い支え

るなど、他国の経済運営にも大きな影響を及ぼすようになっている。

☆ 中国経済の強さの背景

中国経済の強さの背景には、世界一の輸出力と健全な財政がある。

国民所得の向上で内需も旺盛だが、世界の工場と呼ばれる生産力を背景とし

た世界最高の輸出力はこれからも中国経済の牽引力である。

先進諸国と比べると中国は財政の健全さが際立つ。日本は長期にわたる経済

不振により国と地方の抱える長期債務残高がGDP対比180%にも達し、危機感

が強まっている。アメリカも金融危機の影響で債務が積み上がり、国の長期債

務負担はGDPの100%近くに及ぶ。これに対して、中国が抱える国債残高は

GDP対比20%程度に過ぎない(2009年2月、金融危機に対応するため一部認

められるようになったものの、原則、中国では地方政府の債券発行が制限され

ている)。ここ1,2年は金融危機に伴う財政出動により大きな赤字を計上し

たが、今後も税収の伸びが予測されるから健全化の余地は大きい(図表1-8)。

歳入面で見た場合の中国の財政の特徴は不動産収入が多いことである。中国

では国が土地を所有しているので、工業団地などの長期貸し付けによる収入は

国の懐に入る。地方政府では、こうした不動産収入が歳入の半分にも達する例

22

Page 33: 中国環境都市

20

(億元)

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(注)2007年は財政黒字のため、本図ではマイナス表記

出典:中国国家統計局『中国統計年鑑』、財政部など

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…国債発行残高(年末)

一吟対名目GDP比(右目盛)

第1章環境先進国への戦略

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(注)2009年、10年は、2010年予算掲載の数値から算出

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図表1-8中国の財政の健全さ

2010(年)

出典:中国国家統計局、財政部など

唾ヨ財政赤字(中央-L地方)

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Page 34: 中国環境都市

があるという。

☆冒聡鋤中国経済の特徴として最後に指摘できるのは機動力である。2008年9月に

リーマン・ブラザーズ証券が破綻し、世界経済が一気に下降してから2カ月も

経たない2008年11月、中国政府は4兆元の経済対策を発表した。リーマン・

ブラザーズ証券の破綻以前から検討されてきたとはいえ、先進国では考えられ

ない、驚くべきスピードの対応である。

そのうえで、温家宝首相は「我々はすでにもっと大きな困難に対応できる方

案を用意しており、十分な「弾薬(資金)』を準備し、いつでも新たな景気刺

激策を打ち出すことができる」としたのである。健全な財政力と力強い経済成

長を背景とした中国政府の自信が読み取れる。

中国経済の強さは、いまや底知れない力を得つつある感がある。

24

Page 35: 中国環境都市

吾豊雲拡大するエネルギー需要織11!ー坐全学要÷副Y里E__』璽三

歴史的な経済発展の影で、中国は深刻なエネルギー問題を抱えている。13

億人の民が高成長を続けるための燃料を確保することは中国にとっても世界に

とっても容易ではない。

中国のエネルギーの生産量と消費量は、1990年から2007年の間に、それぞ

れ2.3倍と2.7倍増となった。元来中国は大慶油田を始めとする油田を擁するな

ど、石油、石炭、天然ガスなどの資源に恵まれた国であり、1993年までは国

内のエネルギー需要を賄ったうえで輸出に回すだけの余裕があった。しかし、

1990年代に入ると、中国政府の一層の開放政策により経済成長が加速したこ

とや、旧来の油田の供給力が低下したことなどにより、2002年にはエネルギー

の純輸入国に転じた。

その後も旺盛な経済成長を背景にエネルギー需要は伸び続け、世界のエネル

ギー需給に大きな影響を与えるようになっている。特に、石油については、

2003年に世界第2の消費国、第3の輸入国となり、2008年には対外依存度が

514%に達し、国際的な需給バランスに大きな影響を与えるようになっている

(図表1-9)。石炭は国内に豊富な埋蔵量を抱えているが、環境負荷の問題で野

放図に利用を拡大することはできない。

環境面の配慮から利用が拡大しているのが天然ガスだが、中国の天然ガスの

埋蔵量は必ずしも豊富ではない。世界の埋蔵量に占める割合はわずか13%に

過ぎないうえ、埋蔵地域にも偏りがある。そこで、政府は天然ガスの三つの供

給ルートの建設に力を入れている。「西気東輪」(四川省や狭西省など埋蔵量が

多い西部地域より東の沿海地域に輸送)、「北気南下」(ロシアから輸入した天

25

Page 36: 中国環境都市

(万t)

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エネルギー消費呈と牛産室の推移

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出典:中国国家統計局!,中国統計年鑑』

(10億t)

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エネルギー由来のCO2排出量の現状と見通し

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醗噸園ロシア

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出典:WorldEnergyOutiook200g

図表1-9中国のエネルギー消費

26

Page 37: 中国環境都市

第1章環境先進国への戦略

然ガスを潮海湾、揚子江デルタ地域、珠江デルタ地域に輸送)、「海気登陸」(沿

海地域において輸入の液化天然ガスを導入)、の3つだ。

鱗: エネルギーを求めた海外進出

国民の支持を得るために8%もの経済成長が必要であるとし、経済成長には

エネルギーの安定確保が必須であることから、中国政府は国際的なエネルギー

の権益確保に力を入れている。特に、2007年にエネルギー価格が急落して以

降はその動きが加速している。先進各国が国内の経済問題の処理に翻弄されて

いる中、エネルギー獲得競争における中国の競争力は際立っている。

中国の石油会社の海外進出は1992年より始まった。当初は探鉱、開発とい

う上流の事業に集中していたが、1990年代後半からは石油生産まで手がける

ようになった。2000年代になると海外直接投資が一層拡大し、2008年段階で、

石油企業3社は、世界各地に100以上のプロジェクトを展開し、権益ベースの

原油生産は年間4000万トンを上回るようになった。

資 海外との摩擦

中国の海外進出は、探鉱、開発、生産、事業権の獲得、石油や天然ガス資産

を保有する第3国石油企業の買収に加え、政府首脳による石油外交を伴う点に

特徴がある。エネルギーの権益確保に奔走する中国に対して世界中で警戒感が

高まり、一部では摩擦も起きている。

例えば、企業買収の急増につれ、買収先国の政治介入によって買収が阻止さ

れるケースも顕著に出ている。中国海洋石油がアメリカの石油会社ユノカルを

買収しようとした際、同社のアメリカでの原油生産は全米の1%しか占めてお

らず、また、アメリカで生産した石油は一滴も中国に持ち帰らず、アメリカで

の事業をアメリカ企業に売却してよいとの説明があったにもかかわらず、アメ

リカ議会の反対により買収が成立しなかった。

日本との間でも、東シナ海の春暁・断橋ガス田の埋蔵地域が日本と中国の排

他的経済水域内にあることから、その権益に関する摩擦が生じたことは記憶に

新しい。

27

Page 38: 中国環境都市

識 生命線としてのエネルギー問題

中国はエネルギーの権益確保という供給面の政策に加え、需要面での政策に

も力を入れている。中国政府は1997年に省エネルギー政策を制定し、省エネ

ルギーに関する規制の整備や技術開発を進めた。2006年から始まった第11次

5カ年規画では、2010年までの期間中にGDP当たりのエネルギー消費量を

2005年比20%削減する目標を掲げ、地方政府や主要企業に目標達成に向けた

義務を割り当てた。地方政府では、目標が達成できなかった場合には責任者の

更迭もあり得る、という拘束力の強い政策である。

昨年末のCOPl5を巡る国際的な議論で、中国政府は2020年までにGDP当た

りのエネルギー消費量を2005年比40~45%削減するという目標を公表した。

2011年から始まる新しい5カ年規画には、この表明が明確に反映されるはず

である。

地球温暖化問題に関する国際的な議論の中で提示された目標であるため、こ

うした政策姿勢は中国政府の環境志向の強化と受け取られがちだ。中国の国際

的な地位の高まりや、国内での環境問題への関心の高まりを考えると正しい捉

え方である。しかし、1990年代からの政策とのつながりを考えると、エネル

ギー需要政策の一環としての性格が強い、と考えることができる。旺盛な経済

成長と国際的なエネルギー調達環境への備えを背景としている点は、かつて、

日本が石油ショック以降、省エネルギー政策に力を入れたのと相似の構造にあ

る。

中国では当而の間、高い経済成長と旺盛なエネルギー需要が続くことは間違

いない。しばらくの間、エネルギーの安定確保は中国の経済、外交面での生命

線とも言える重要問題であり続けそうだ。

28

Page 39: 中国環境都市

識経澄成副つは歴史的な経済成長を遂げた中国だが、「世界の工場」となり、長期にわっ

たって石炭、石油を大量消費した結果、環境面で大きな問題を呈するように

なった。

中国の環境汚染は大気、水、土壌などあらゆる分野に及んでいる。化石燃料

消費に伴う主要な有害排気ガスであるSO2の排出量は、2002年から2005年の

間に27%増加し各地で呼吸器系の疾患を引き起こしている。主要河川の70%

は汚染が極めて高いレベルにあり、安全な水の取得が脅かされている。また、

廃棄物の適正処理が遅れ、各地で有機物質や重金属などによる土壌汚染が問題

となっている。こうした汚染により、環境問題に関わる事件が中国全土で842

件も発生し(2006年)、直接的な経済損失は'億3471万元にも及んだ。

日本では高度経済成長に突入してから10年程度を経た1960年代に各地で公

害問題が発生した。また、ここ20年程度の間各地で顕在化している廃棄物の

不法投棄問題、土壌汚染などの問題の多くも、この時期に端を発する。歴史的

な経済成長を背景として世界最先端の都市機能やインフラが導入される一方

で、日本の半世紀前の公害問題と同じような負の課題を背負っているのが今の

中国と言える。

最近の特徴は環境問題に対する国民レベルの関心が高まっていることだ。環

境問題に関する事件が多発していることもその現れだが、潜在的な環境リスク

への関心も高まっている。例えば、農産物については、農薬や水質汚染に伴う

重金属の含有などを懸念し、多少高くても安心できる農産物を買おうとする層

が増えている。すでに、大都市では日本並み、一部では日本を上回る価格で安

29

Page 40: 中国環境都市

全・安心をi湿った農産物が買われている。

中国の環境問題は、発生した汚染に対処する対症療法的な取り組みから、汚

染などが発生しないように対策を講じる予防型の取り組みが求められるように

なっている。

☆ グローバルな中国の環境問題

他国にない中国の環境問題の特徴は、グローバルな影響が大きい、という点

である(図表1-10)。

SO2、NOxについて見ると、2005年の実績で中国の排出量は実にアジア全体

の排出量の67%、57%を占めている。今後は利用技術の向上や石炭を中心と

したエネルギー構造からの転換などにより、経済原単位ベースのSO2とNOx排

出量は大幅に改善されるものの、総量ベースでは2030年までに各々10%、

34%増加すると予測されている。日本では以前から中国で排出される大量の

図表1-10グローバルな中国の環境問題

30

量|本な

って有

本など

Page 41: 中国環境都市

第1章環境先進国への戦略

SOx,NOxが酸性雨の原因と指摘されてきたが、排出量のシェアから考えても

中国の環境問題はアジアの環境問題と言うことができる。

大気以外でも、圧倒的な流量を有する中国の河川の問題は海洋の汚染を通じ

て周辺国に波及する可能性がある。日本では、近年日本海などでのクラゲの大

量発生は中国第二の大河である黄河などから大量の生活排水、工業排水が注が

れる潮海の汚染が原因、という指摘もある。

このように13億人の人口を要する大国の歴史的な経済発展は、今まで国内

問題と思われてきた環境汚染を国際問題とするリスクがある。多かれ少なか

れ、すべての先進国が経済成長に伴う環境汚染を経験してきたが、10億人を

超える人口を有する国が成長することによる環境問題のグローバル化は、世界

が経験したことのない事態である。地球環境の面からも健全な世界経済の成長

のためにも、先進国にはこれまで蓄積した環境保全のためのノウハウを中国に

提供していく責任がある。

識グロゴjllル確哩型と区Q地球湿潤蝿中国の環境問題の中でも、よりグローバルな性格が強いのが地球温暖化問題

である。もともと地球温暖化がグローバルな問題であることに加え、エネル

ギーや資源分野にも波及するうえ、中国が2007年に世界一の温室効果ガス排

出国になったからである。

中国が経済大国になったといっても、その経済規模はアメリカの3分の1程

度に過ぎない。にもかかわらず、世界最大の温室効果ガス排出国になってし

まったのは、中国のエネルギー効率が極めて低いからである。もちろん、日本

のように省エネルギーのための技術や社会基盤が整備された国も、温室効果ガ

スの削減に取り組まなくてはならないことは間違いない。しかし、地球温暖化

問題がグローバル問題である、という基本論に立ち返るのであれば、先進国は

中国の温室効果ガスをいかに削減するかを国内問題と並行して考える必要があ

る。

前述したとおり、国内問題を抱え、8%程度の経済成長を必須としている中

国では、エネルギー効率を相当に高めても、当分の間エネルギー消費量も温室

31

Page 42: 中国環境都市

効果ガス排出量も増大せざるを得ない。それを先進国の尺度で押さえつけるこ

とは諸分野の国際協議に影を落とすことに繋がる。今や、経済面でも環境面で

も特別な存在になってしまった中国であるからこそ、世界中の英知を集めて特

別な解を模索せざるを得ないのが中国の環境問題なのである。

32

Page 43: 中国環境都市

'窓離間鷺蝋購日本でマスメディアなどを通して見聞する中国の情報からは理解されにくい

が、中国政府は10年以上前から環境・エネルギー問題の解決に腐心している。

その先がけは、経済成長追求一辺倒の成長路線からバランスが取れた発展へと

転換するため、1996年に全人代第8次4回会議において「持続的発展戦略」

が提示された時と考えられる。

2004年になると、中国共産党16期4中全会で共産党指導部が「社会主義和

譜社会の構築能力の向上」を訴え、行き過ぎた経済至上主義を修正し、都市と

農村の調和、地域発展の調和、経済と社会の発展の調和、人と自然の調和ある

発展、国内発展と対外開放の調和を目指す、という方向性が示された。

これらを受け、2006年からスタートした「国民社会発展第11次5カ年規画」

で「和譜社会」の理念が明記され、「環境友好型社会の構築」と「資源節約型

社会の構築」が環境政策の基本方針として位置づけられたことが以降の政策に

反映されている。

訓禽1溌蕊;i環馳憲中国の環境政策は、時代によって主たる対象を変えてきた。国の発展段階に

よって中国の抱える環境問題の所在が変遷してきたことの反映である(図表1

-11)。

一つ目の段階は、1970年以前であり、環境保全やエネルギーの政策は農村

を主たる対象としていた。工業化が始まる以前の中国では、農業が経済の中心

であったことから、環境問題も農村を中心に発生していたのである。

33

Page 44: 中国環境都市

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図表1-11中国の環境政策の変遷

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Page 45: 中国環境都市

第1章環境先進国への戦略

二つ目の段階は、1980年代~1990年代である。改革開放政策の下、経済発

展を追求し、「世界の工場」としての評価を得る一方で、環境汚染やエネル

ギー不足が大きな社会問題となった時代である。これと共に環境政策も、工場

からの排出物による汚染の修復や省エネルギーなど、対象が多様化していっ

た。1979年には「環境保護法」が策定され、大気汚染、水質汚染、廃棄物汚

染などに関する法律が制定された。

三つ目の段階は、1990年代末から現在に至る期間である。経済発展一辺倒

を是正し持続的発展(生活環境、環境被害や経済格差などに対する国民感情、

エネルギー確保などに係る持続性)への転換を図るため、環境政策も、汚染修

復や省エネルギーに加え、温室効果ガス排出削減のような、より広い分野を視

野に入れるようになった。1997年には省エネルギー法、2006年に再生可能エ

ネルギー法が制定されるなど、低炭素型社会に向けた政策的な基盤が形成され

たのもこの時期である。

☆刈漣誰即瀧確日本では1960年代の公害問題を受けて1967年に公害対策基本法、1979年に

は石油ショックを受けて省エネルギー法が制定された。したがって、上述した

第三段階の前半までは、中国では日本より十数年程度遅れて環境関係の法律が

作られてきたことになる。

しかし、2000年を超えると中国の環境関連政策には加速感が出てくる。

2006年の再生可能エネルギー法については、日本を追い越す面も含まれてい

る。例えば、2009年に開始された「太陽光発電建築の財政補助金に関する管

理弁法の暫定規定」、「金太陽モデル事業の実施に関わる通達」では、日本では

まだ実行されていない太陽光の固定価格買取制度が導入され、中国でも本格的

な大規模太陽光発電の事業がスタートした。

エネルギー事業の面でも、中国ではすでに発電事業と送配電事業が分離され

ており、2000年前後に議論されていたエネルギー分野の構造改革が日本より

進んだ状態にある。送配電網は国家管理だが、発電サイドでは民間資金を取り

込んだ事業が立ち上がっており、再生可能エネルギーの発電事業の立ち上げに

35

Page 46: 中国環境都市

ついては日本より中立的な議論ができているように見える。

風力で発電された電力が一部送電できないケースがあるなど、送配電機能の

脆弱性などの課題もあるが、再生可能エネルギーの事業環境については、環境

政策、電気事業政策の両面で日本より進んでいると考えていい。

訓鯉11鴬tW翻蕊'甥2011年からスタートする中国第12次5カ年規画は現在素案作成の段階にあ

るが、資源循環と低炭素社会作りがキーワードになる。政府は省エネルギーな

どの環境対策投資を現5カ年規画の22倍の3兆元にまで拡充する方向で検討

している、とされる。

かつての日本と同じように、中国でも汚染修復に偏重した環境政策の考え方

は過去のものになろうとしている。背景には、経済成長や都市化の進展に伴う

生活レベルの向上、快適な生活環境を追求するニーズ、中国の国際的なプレゼ

ンスや、環境産業政策の重要性の高まり、などがある。第12次5カ年規画が

始まる2011年以降には、環境関連の法律が順次改正される予定となっており、

2000年を超えて加速した中国の環境政策がさらに勢いを増すことは間違いな

い。2004年に提示された和階社会構築の中で訴えられた「人と自然との調和」

は本格的な実行段階に入ると考えることができる。それは、環境ビジネスの後

押しという形で経済活動にも反映されることになろう。

36

Page 47: 中国環境都市

「新中華の時代」の幕開けに立ち会っているのかもしれない。

一方、不動産価格の高騰など、中国経済のバブル性を指摘する声が多くなって

いる。確かに、海南島のような-部の地域で見られるリゾート用不動産の価格に

バブルの要素があることは否定できない。しかし、価格が高騰したとはいえ、上

海や北京のオフィスの賃貸料や不動産価格はいまだに東京より安い。割安な人民

元レートで換算しても経済規模で並ばれ、成長率で大きな差がつけられ、世界経ひが

済における注目度では彼我の違いが明らかな中国と日本の大都市の価値を考える

と、上海や北京のオフィス賃貸料が割高とは思えない。

1990年前後の日本のバブル経済のときのように、すべての価格が高騰して

いると必ずしも言えないのが中国経済の現状なのである。経済が旺盛な成長過程まだらもよう

の下、価格は総じて上昇傾向にあるが、地域や分野|こよって斑模様があるのが

中国の不動産市場、と言うことができる。中国経済のバブル性を語るとき、「中

国の」という国レベルの評価を行うことは正しくない。一つの国として語るには

あまりにも大きく底深いのが中国という国なのである。世界は13億人が成長過

程に入ることを正確に評価するだけの十分な知見を有していない。

一方で、中国政府はかつて日本経済を陥れた石油ショック、為替レートの急激

な変動、バブル対策について、相当に学び対策を打っている。地方政府レベルで

も中国経済の行方に対する関心が高いなど、政府サイドでは経済政策に対する理

解が普及している。リーマンショック以降の2年間を見ても中国政府の経済の手

綱さばきは世界経済の中で際立って見事だ。

経済構造、経済運営能力のいずれで見ても中国経済のポテンシャルは相当高い

蕊鍵鶏蕊鍵鍵譲議鍵鶴蕊

雛識貰1

識譲鱗譲識一議騨識

§蝋熱,

Page 48: 中国環境都市
Page 49: 中国環境都市

第Z 章

中国の都市事情

J』

Page 50: 中国環境都市

識 中央集権と地方都市

世界経済の牽引役となった中国には二つの顔がある。一つは、言うまでもな

く、今や世界でも少数派となった共産党による一党独裁の統治構造であり、い

ま一つは資本主義諸国と一体となった市場経済の信望者という側面である。そ

の矛盾については多くの指摘があるが、少なくともこれまでの間、中国は二つ

の顔を上手くコントロールしてきた。むしろ、2008年の金融危機以降は、資本

主義を信望する旧西側民主主義諸国より経済環境の変化に上手く対応してきた。

中国は、一党独裁と市場経済に加えて、もう一つの二重構造を持つ。共産党

による中央集権と地方政府の主体性という組み合わせである。共産党が国の方

向性や政策について強い指導力を持っていることは確かだが、中国の地方政府

と付き合うと、地方の政策運営に独自の主体性があることがわかる。中央集権

国家でありながら、長らく地方分権が叫ばれながらも自立できないでいる日本

の地方都市、都道府県より主体的な地域運営を見ることができるのだ。

まず、中国の国家構造を概観しよう。

☆ 桁違いの中国の地方

中国の国家機構は、日本の国会に当たる全国人民代表大会、行政機関である

国務院、最高裁を頂点としたH本の司法機構に当たる最高人民法院、最高人民

検察院、国家元首である国家主席、国家中央軍事委員会の6つの機能から構成

される(図表2-1)。このうち、全国人民代表大会、国務院、最高人民法院、

最高人民検察院は地方を管轄する機構を有している。

一方、地方政府は省級、地級、県級、郷級に分かれ、各々上位の地方政府は下

40

Page 51: 中国環境都市

位の地方政府に対して管轄権を有している(図表2-2)。地級、県級はいずれ

も市と称されるが、地域における求心力には大きな違いがある。また、北京、

上海、天津、重慶については、直轄市として省と同等の位置づけとされている。

概ね、省が日本の県、地級、県級が市、郷級が町村、そして、直轄市が政令

41

中国人民政治協商会議全国委員会

-L -L-L

出典:外務省ホームページ

図表2-1中国の国家機構

第2章中国の都市事情

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全国人民

常務委員

代表大会

会委員長

中国中央軍事委員会

国務院

総理

副総理

国務委員

弁公庁

外交部

国防部

国家発展改革委員会教育部

科学技術部

:::業・信息化部

国家民族事務委員会

公安部

国家安全部

監察部

民政部

司法部

財・蚊部

人力資源・袖会像障部

匡土資源部

環境保護部住宅・城郷津設部

交通運輸部

鉄道部

水利部

農業部商務部

文化部

衛生部国家人;畷画生育委員会中国人民銀行皆言蓄

国家主席

国家副主席

最高人民法院

最高人民検察院

Page 52: 中国環境都市

省級

地級

県級 (県級市)

郷級 (街道)

(省)

(地区)

:郷・鎮』・ツ

「晒砺詞

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(市轄区〕(県級市)

(街道)

[直轄市」

(市轄市1

〒(街道)

(郷・鎮)

(居民委員会)(村民委員会)(居民委員会)(村民委員会)(居民委員会)

※にJはいわゆる地方政府出典:国土交通省ホームページ

図表2-2中国の地方行政階層

指定都市に相当すると考えれば、日本の地方自治の構造に類似している。ただ

し、最も人口の多い広東省の人口は1億人、最も人口の多い直轄市である重慶

市の人口は3000万人に達するなど、文字どおり日本とは桁違いの規模を持っ

ている。

☆ 中央集権による歳入構造

日本では歳出の際には国と地方の比率が概ね4対6程度であるのに対して、

歳入の比率は概ね逆となっている。そのギャップを地方交付税や補助金といっ

た国から地方への資金還流で埋めていることが、地方分権が進まない大きな原

因とされている。資金還流の中心である地方交付税は地方自治体の歳入の2割

程度を占めている。

中国では、中央政府は関税、外資系企業の所得税、消費税、中央企業の所得

税、増値税と証券取引税の過半などを歳入とする一方、地方政府は地方企業所

得税、個人所得税、土地使用税、相続税、土地増値税、家屋税などの収入手段

42

Page 53: 中国環境都市

第2章中国の都市事情

を持っている(1994年までは中央政府が一元管理していたが、構造改革の一

環で中央と地方に分かれた税収体系となった)。日本の地方自治体の収入手段

が、固定資産税、地方税、消費税・法人税の一部、事業所税であるのと比べ、

必ずしも豊富とは言えない。また、平均的に見ると、地方政府独自の収入に対

する中央政府からの税収返還と補助金などの割合は7割程度に達するとされる

うえ、地方政府は原則として地方債を発行する権限を有しない。財政面で言う

と、むしろ日本の地方自治体より中央政府に対する依存度が大きいと言える。

強い統治構造

人事面で見ても、地方人民代表大会と地方人民政府による二重構造が存在

し、前者が後者に対して強い影響力を有する、中央政府が地方政府幹部の実質

的な罷免権を有する、など中国特有の中央政府の強い権力がある。確かに、地

方政府と仕事をしていると、中央政府からの指示や呼び出しは絶対的に見える。

直轄市と日本の政令指定都市の違いにも中央政府の影響力の強さが見て取れ

る。最近、日本では相対的に地方自治の自由度が高い政令指定都市への移行が

盛んだ。それを可能としているのは、一定の条件を満たせば政令指定都市とし

ての認可が受けられる地方自治の構造にある。中国の4つの直轄市の中で最も

新しいのは重慶市である。同市は、元の重慶市、万県市、権陵市などが合併し

全国人民代表大会での承認を受け1997年に誕生した。その際、以下のような

理由が付議されている。

。四川省東部、中国西南地区、長江上流地区の経済および社会発展の牽引

・三峡ダム建設事業とそれに伴う移民問題の解決促進

・四川省の負担軽減、経済発展の加速

。省とすることによる不経済性

こうした条件には重慶市特有の事由も含まれていることから、直轄市の指定しりょう

については中央政府が裁量権を持っていると思料することができる。

以上のように、中国の国と地方の関係は日本より中央集権構造が強い。にも

かかわらず、我々が中国の地方を訪れて、地方の主体的な活力を感じるのは、

ほかに理由がある。

43

Page 54: 中国環境都市

禽些睡雅通る成長中国の地方政府に日本の地方'.治体以上の活力や主体性を感じるのは、いく

つかの理由が考えられる(図表2-3)。

一つ目は、地域間の競争意識である。中国の各地域は他の地域に対する競争

意識独自性に対するこだわりが強く、自らの地域に対する誇りも高い。中央

政府の政策運営の影響もあるかもしれないが、土地が変われば食も言葉も変わ

る、という中国の広大さ、あるいは地方ごとに特有の歴史を持つ中国ならでは

文化によるところが多いように見える。

二つ目は、中国が旺盛な成長過程にあることだ。|~{本でも、かつて神戸市が

「株式会社神戸市」と称され、各地で大型開発を進められた時代には、地域が

独自で新たな事業を立ち上げ、「自らの力で自らの地を豊かにしよう」、という

意識があった。地方政府に限らず、成長過程にあるときは、人間は自らビジョ

ンを描き、達成しようという意識が強まる。歴史的な成長期にある中国の地方

政府は、こうした積極姿勢の真っ只中にある。

44

Page 55: 中国環境都市

地域間競争

45

=亀、kWi

どの開発による収入が歳入の半分を占めた地方政府もあるとされる。

日本でも高度成長期に同じような構造があったが、世界の需要を背景とし、

平坦で広大な土地を豊富に有する中国では、用地開発に要する投資が相対的に

小さく回収額が大きいので、開発行為のリスク.アンド・リターンの構造が異

なる(相対的に小さな開発コストで大きな開発利益を得ることができる)。

中央政府の統制が強いだけ、こうした収入インセンテイブが地方政府を開発

に駆り立て、地域としての主体性を醸成するのだろう。

地方政府中央政府(|党独裁)

四つ目は、中国特有の開発スキームである。中国では地方政府の職員も国家

公務員制度に属しており、日本のような現場の技術系職員は含まれない。その

結果か、都市開発などについては、地方政府が管理監督の権限を有しながら

も、国家公務員以外の人材が事業に当たる仕組みができあがった。ここで完全

な民間投資による都市開発を思い浮かべる人がいるかもしれないが、ドバイの

都市開発が破綻したように、民間資金だけで規模の大きな都市開発を行えると

考えるのは行き過ぎた市場信仰である。10km2単位の開発規模を持つ中国の都

市開発であればなおさらである。

中国特有の開発スキーム黄

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図表2-3中央集権と地方の主体性のバランス

|旺盛な成長

第2章中国の都市事情

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Page 56: 中国環境都市

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図表2-4開発区の構造

中国では大規模な都市開発に当たって、開発区と呼ばれる地方政府の管理単

位が設定され、その下で、地方政府の息がかかった国有企業が出資し、支配権

を持つ開発有限公司が設立されることが多い(図表2-4)。後で紹介する蘇州

工業園区のように民間資金や海外の資金が投入されることもある。開発公司は

インフラの整備、運営、工場などの誘致、プロモーションなど、都市開発を成

功させるために必要と思われる手段を尽くし、整備した土地を民間企業などに

有償で長期貸し付ける。企業誘致のために外国語を話せるスタッフを数十人確

保したり、海外の企業と成功報酬型のプロモーション契約をしたりと、日本の

公共団体にはない高い成果志向で事業に取り組む。

46

地方政府は開発事業の管理監督のために、管理委員会と呼ばれる組織を設立

する。日本で言うと地方自治体の出先機関のようなものだが、地方政府内での

Page 57: 中国環境都市

第2章中国の都市事情

位置づけも高く、優秀な職員が配置されているように見える。中国の地方政府

が開発事業を重要視していることの表れである。

開発有限公司は事業意識が強いので、開発区間には強い競争意識が生まれ、

競争相手より秀でるためにさまざまな工夫を凝らす。海外の企業であろうと、

開発事業を成功に導くための能力を有していると思えば手を組むし、都市の魅

力を上げると思えば値が張る設備やシステムでも導入する。中国というと、

「安く買い叩かれる」、という認識を持っている日本人が多いが、経済的に豊か

になったこともあり、最近の中国は魅力があれば高い設備でも苦もなく購入す

る。

その一方で、誰でも作れるものは徹底的に競争させて安く買う、というメリ

ハリの利いた調達姿勢を持っているのが今の中国である。土地バブルの時代、

すべてのコストが上がってしまった日本の開発事業の経験を振り返ると学ぶと

ころが多い。日本の地方自治体の開発事業でも地域間の競争意識、価値やコス

ト意識はあるのだろうが、スキルの高い民間人を擁し、高い事業志向を持つ中

国の開発方式には及ばない。

成功裏に推移する中国の開発事業については、政府による強力な土地収用、

世界の工場あるいは世界の市場としての中国の魅力、などを指摘する向きが多

い。しかし、政府が管理権を持ちながら、民間事業に負けないインセンテイブ

を発揮することができる、開発区型の事業モデルの成果を見過ごしてはいけな

いo

ここにも、統治と市場を巧みに使い分ける中国の知恵を見ることができる。

47

Page 58: 中国環境都市

寅屋謂重塑壁都市建設中国全土で都市建設が進んでいる。企業の進出が旺盛な南部の一部の地域で

は、すでにマンションの採算が取れないような地価になっている、価格が高騰

する一方でマンションだけでなくオフィスにも空き室が多い、などバブルの様

相を呈していると思われる面もある。しかし、二つの理由で中国の都市づくり

には10億人を超える人口を擁する大国ならでは実需がある。

一つ目は、世界第二の大国の経済成長を支えるためには先進的な都市機能と

都市就業者のための膨大な需要がある、ということだ。経済が成長すればオ

フィス、商業、都市型居住のための需要が急増することは日本を含む先進国が

経験してきたことだ。日本の農業就業人口は高度経済成長が始まった直後の

1960年にピークとなり1455万人に達したが、2009年には約2割の290万人ま

で減少した。高度経済成長に伴い一次産業から二次産業、三次産業へと就業人

口が移行した結果だ。

経済成長を遂げ先進国になることは、一次産業から他産業へ労働人口が移動

することにほかならない。ちなみに、日本では2010年段階でも一次産業から

他産業へ、あるいは地方から都市部への人口移動は続いているが、これは高度

経済成長に起因するものではなく、一次産業と地方部の衰退によるものと考え

られる。

愛 人口移動の受け皿、都市開発

一次産業からの大規模な人口移動を可能にするためには大規模な都市建設が

必要となる。現在、日本人が目にしている国内の都市機能の多くは大規模な人

48

Page 59: 中国環境都市

30砺率

口移動の間に形成されている。何しろ、1968年に完工した霞ヶ関ビル以前、

日本には30階を越えるビルは一棟もなかったのである。

2010年段階で東京周辺の都市開発は概ねひと段落している。景気が多少回

復してもこうした状況は相当な期間続くだろう。2000年代中盤の金融ブーム

時代に進められた大型都市開発は、1990年前後の土地バブルの時代の積み残

しが多かったからである。言い換えると、バブル経済の崩壊がなければ、日本

の都市開発は10年程度前にひと段落していたと考えることができる。高層ビ

ルを中心とした都市開発の起点を霞ヶ関ビルが着工された1960年代前半とす

ると、東京の近代化には概ね40年を要したことになる。いかに中国のスピー

ドが速いといっても、10倍の人口を持つ国の都市建設が日本と同じかそれ以

上の期間を要すると考えることに無理はない。

2010年2月に発表された統計広報によると、2009年の中国の都市人口は総

人口比で46.9%となり2008年より0.9%増大したとされる(図表2-5)。1年間

で、13億人の人口の約1%、1000万人強の人口が農村から都市部へ移動して

いることになる。その受け皿を作ろうとしたら、毎年東京を一つ作るくらいの

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第2章中国の都市事情

出典:中国国家統計局『中国統計年遡

図表2-5中国の者I市人口の推移

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49

|雷都市人口(億人)酉農村人口(億人)-←都市化率(%)

Page 60: 中国環境都市

都市建設が必要になる。中国の都市人口の割合は今後も増え、2050年には

70%程度に達するとされているから、今のペースで都市化が進んでも四半世紀

かかる計算になる。

黄 中国と都市規模

都市の規模も桁違いである。都市の人口規模のランキングを見ると、3000

万人を擁する重慶市を筆頭に1000万人以上の都市が8個もある。人口100万人

以上の都市となると2005年段階で75を数え、2010年には125,2020年には200

を超えるとされる。日本では概ね従来100万人以上の人口を擁する都市が政令

指定都市とされ、広域エリアの経済的な中心となってきた。近年、指定の考え

方が緩和され人口70万人に満たない岡山市まで政令指定都市となったが、そ

れでも、その数は19に過ぎない。人口規模が1億から1000万人単位の国が中

心の先進国の経験ではイメージすることが難しいほど、中国の都市需要は巨大

だ。

真さらの土地に新しく建設される都市の規模も大変なものだ。例えば、シン

ガポールと中国の共同プロジェクトである蘇州工業園区の計画人口は40万人、

今や東アジアの金融センターになろうとしている上海の浦東地区の計画人口は

250万人(2020年)、北部地域でもTEDA(天津経済技術開発区)の最終計画

人口も100万人に上る。これに対し、日本で最大級の新都市建設である横浜の

MM21の計画人口は就業ベースでは19万人に達するものの、居住ベースでは

1万人に過ぎない。首都圏最大の住宅開発である多摩ニュータウンですら計画

人口は34万人である。計画段階から中国の都市規模は桁違いである。

責 都市化政策の重要性

中国の都市開発に実需があるとする二つ目の理由は、中国政府が都市化を重

要政策に位置づけていることだ。そこには、二つの背景がある。

一つは、内需拡大である。都市で生活する国民が増えることにより、近代的

な住宅に加え、電化製品を始めとする設備、機器が必要になる。また、都市で

提供されるさまざまなサービスに対する需要も増える。外需依存で進んできた

50

Page 61: 中国環境都市

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中国の経済成長が相応の内需を背景とした先進国型の成長に切り替わるために

は、都市生活者によるハード、ソフト両面の旺盛な需要を喚起することが必要

なのである。

もう一つ言えるのは格差是正に資することだ。旺盛な経済成長の副作用とし

て生まれた格差の是正は、今や中国にとって最も重要な政策テーマとなってい

る。特に、農村生活者と都市生活者の格差が著しい(図表2-6)。最新の発表

では、2009年の都市部の1人当たり可処分所得は1万2000元弱であるのに対

して、農村部では5000元強に過ぎないとされる。前年比伸び率でも、都市部

が98%と10%近くに達しているのに対して、農村部では85%に過ぎない。今

でも都市部と農村部の格差拡大の傾向は止まっていないのである。

これを解消するためには、先に述べた二次産業、三次産業への人口移動に加

えて、一次産業の付加価値を高めることが重要だ。しかし、中国の農業の生産

性は低い。その原因は、農業技術と農民l人当たりの生産規模にある。欧米に

比べて狭い耕地での就農を余儀なくされている日本と比べても、中国の農民1

人当たりの耕地面積は小さい。実際には、億単位の農村失業者がいるとされ

る。そこで、農業と他産業との経済的な格差を是正するには、生産技術を高め

生産性を大幅に向上しなくてはならない。農民l人当たりの耕地面積の拡大が

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第2章中国の都市事情

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l99C 2000 2006 2007

出典:中国統計年鑑

図表2-6中国の都市家庭収入と農村家庭収入

51

Page 62: 中国環境都市

避けられなくなるので、農地を大幅に増やし、農産物輸出を拡大するという政

策でもない限り、労働力に過剰が生じる。農業従事者の収入増のためにも第二

次、第三次産業への労働力シフトは不可避なのである。都市化は「和譜社会」

実現のための重要な受け皿と言える。

都市開発の持続可能性を語るうえでもう一つ重要なのは、中国政府の学習力

である。日本の経済成長に大きな打撃を与えたのは、オイルショック、為替制

度の変更、バブル経済の崩壊という当時の日本としては未体験の経済環境変化

であった。中国政府はこうした海外諸国の経済政策をよく研究している。例え

ば、オイルショックについては、上述したエネルギー権益の確保、省エネル

ギー政策を進め、為替制度の変更については慎重な対応を続けている。また、

バブルの発生についても警戒と速動を怠らない。こうした中国政府の姿勢は、

少なくとも学習機会のなかった日本より、安定した経済運営につながる可能性

が高いはずである。それは、上述したような重要性を持つ都市化政策の下支え

にもなろう。

52

Page 63: 中国環境都市

w鐙E_を型二Z二三ユテ茜一ル政策の出現

アメリカのオバマ大統領が2009年2月にグリーン・ニューデイール政策を

発表すると、日本でも同3月、環境大臣名で「緑の経済と社会変革」が発表さ

れ、続けて、ドイツやイギリスも環境を柱とする経済刺激策を発表した(図表

2-7)。金融危機を契機に、世界は一気に「低炭素経済」に向けて舵を切った。

今では、持続可能な社会作りだけでなく、経済の建て直しの面からも、低炭素

型のインフラ、産業構造、社会システムを作ることが不可欠、との認識が世界

中で共有されている。

中国も、低炭素技術を軸とした産業構造の転換、エネルギーセキュリティの

向上、経済規模に相応しい国際的環境政策への貢献、などの観点からこうした

動きに同調せざるを得ない。実際、グリーン。ニューデイールという言葉は使

われていないが、中国もアメリカを上回る規模の「中国版グリーン・ニュー

デイール」と言える政策を進めている。

謝紅掴i型!三ン室=デイー ル」を形成する政策2008年11月、国務院常務会は「内需拡大、経済安定的成長促進」のための

10の措置を発表した。その中心となっているのが、リーマンショック直後に

発表された4兆元(約57兆円)の投資だ(図表2-8)。内容を見ると、1.5兆元

を軌道交通、空港・港湾、再生可能エネルギー、省エネルギー、汚染対策など

に振り向ける、「中国版グリーン・ニューデイール」の第一弾とも言えるとい

う政策であることがわかる。発表からわずか3カ月の2009年3月には全人代

で採択され、以降各地の事業に大きな影響を与えている。

53

Page 64: 中国環境都市

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・2009年4月に日本版ニューデイール構想を発表

・同年同月に総事業費57兆円規模の経済危機対策を発表

・日本版グリーン・ニューディールでは6つの柱に基づき事業展開し、環境ビジネスの市場規模を70兆円から120兆円、雇用を140万人から280万人へ

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出典:「諸外国の動向」(環境省)ほかより日本総合研究所作成

図表2-7世界のグリーン・ニユーデイール政策

54

、2009年4月に日本版ニューデイール構想を発表

・同年同月に総事業費57兆円規模の経済危機対策を

日本発表・日本版グリーン・ニューディールでは6つの柱に基づき事業展開し、環境ビジネスの市場規模を70兆円から120兆円、雇用を140万人から280万人へ

、止品和画需=萱認如両面霊宜E固き団荊、減価弔里垂=誼ョ罰wR1ワT可蒜宅春迄毎榊雨vR蒔雪無等需舘弓酷'園'印画リーー宅電弓」A祇岬品圭=E雲原島再'車w罰=程詞司藷騨JPFm言言霊呈幸嘘w守琴=垂=唖=身

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2008年11月と2009年1月に10〔)0億ユー[;の大型景気刺激策を発表樗生可能工ネルギーー産業は、現在24,0億ドル規模、25万人を園.l新車購入苔への環境奨励金の交付および自動章税の免除

POOBfrl2月、景気復興計画として2,09~2do年の2年で実施する260億ユーロの景気対策を発表環境分野の雇用創出計画を盛り込んだ法律を制憲し、雇用を創出

2008年11月、景気対策として、20朝〈)隼末までに4兆元を投入する計画を発表2()08年に1.COO億元を先1・ルて投L》、うち1割強は環境・省エネ分野へ投資

.2009年1月に緑色ニー…ディール家業推進方策を発表

・2()弓2年までに環境事業への投貰を実施

500億ポンド

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Page 65: 中国環境都市

価格の分譲・賃貸住宅の建設

村民生計画と農村インソラ施設建設

'③蕊《熟鴬重大インフフ施設の建設と謝市の④医療衛生、教育文化等社会事業の発展

⑤省:Iニネ・排I梢l減と環境建設

⑥自営獄新と産業櫛造改革

⑦四川省大地震後の再建

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⑦四川省大地震後の再建

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第2章中国の都市事情

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出典;中国国家発展改革委員会資料に基づき日本総合研究所作成

図表2-84兆元経済対策の内容

2009年1月には、電力、自動車、鉄鋼、石油化工、物流などGDPの3分の

1を占める10産業を対象に「十大産業における産業調整と振興規画」が策定

された。産業調整と内需拡大投資を中心とした内容だが、省エネルギーや低炭

素関連の新産業が含まれており、「中国版グリーン・ニューデイール」の一環

と捉えることができる。電力など主要業界の内需拡大関連投資、地方政府の独

自の需要拡大策のための投資も相次ぎ公表されている。

これらを合わせた総投資額は、実に26兆元(370兆円)にも上るとされてお

り、規模の面から言えば、「中国版グリーン・ニユーデイール」政策は世界最

大級と言うことができる。

「これだけの規模の投資を実行できるのか」、と疑問を呈する声もあるが、第

1章で述べたとおり、中国政府の財政は先進諸国に比べ際立って健全であるた

め、政府の意向次第と考えることもできる。課題は、4兆元規模の投資のうち

中央政府の負担は約1兆8000万元で、残りは中央政府に比べ財政健全度が劣

る地方政府と企業が負担する、という構造になっていることだ。しかし、この

点についても、地方政府の中央政府への財政依存度が高く中央政府次第の面が

あること、中国経済の成長性が高いことから、少なくとも、中央も地方も財政

が危機的状況にある日本やアメリカの政策より実行可能性は高い、と考えるこ

55

Page 66: 中国環境都市

とができる。

貴躯臓リ三里皇三1房方罵1鵬徴デ環騨mfi「中国版グリーン・ニューデイール」政策の特徴の一つとなりそうなのが環

境都市である。中国語では生態城と呼ばれ、すでに20を超える都市が環境都

市を表明している(図表2-9)。非公式に名乗っているものを含めると、最近

では、その数は220にも上るとされる。工場を中心とした環境配慮の生態工業

園区、環境配慮の居住型都市など、さまざまなタイプがあるが、低炭素型の環

境基礁轄備がテーマとなっていることは共通している。

中国で環境都市への関心が高まった理由は二つある。

一つ目は、政策の重なりである。先に述べたように、中国には持続的かつ膨

大な都市建設需要とそれを後押しする都市化政策がある。そこに、ここまで述

べた中国独自の環境政策の流れ、世界的な低炭素経済への移行、グリーン・

ニューデイール政策による投資が重なることで生まれたのが環境都市である。

二つ目は、開発区間の競争である。次項に紹介する中国の環境都市をリード

する中新天津生態城の計画が決定したのはリーマンショック以前の2007年で

あることから、基本コンセプトは世界的なグリーン・ニューデイール政策の流

れや低炭素経済への急激なシフトの影響は受けていない。一方で、本事業が、

これも後で紹介する蘇州工業園区につぐ中国とシンガポールの共同事業である

ことから、都市開発の求心力を挙げるための付加価値の一つとして環境都市が

生まれたと考えることができる。

そして、開発区間の競争意識が強いゆえ、ひとたび環境都市のコンセプトが

表明されると、あらゆる都市開発事業が競争意識から追随せざるを得なくなっ

たのである。今や、「環境都市は標榛していません」、とは言い難くなっている

のが中国の都市開発市場の状況と言える。

56

Page 67: 中国環境都市

計画中(『‘

計画中(提携企業募中)

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第2章中国の都市事情

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出典:公開資料に基づき日本総合研究所作成

図表2-g中国の環境者B市

57

Page 68: 中国環境都市

☆ 国家レベルの環境都市

中国の環境都市の中で、最大級の規模を有し、最も建設が進んでいるのが中

新天津生態城(SmO-SmGAPORETIANJmECO-CITY)である(図表2-

10)。

中新天津生態城は、中国の環境・エネルギー政策に沿った初の国家レベルの

大規模環境都市である。蘇州工業園区で協働の実績を持つシンガポールを開発

パートナーとして、両国政府主導の下で進められている。2006年5月、国務

院が天津演海新区に環境都市の建設を要請、2007年4月、シンガポールのゴー

チョクトン上級相が温家宝首相に環境都市の共同建設を提案、同07年11月、

両国首相が環境都市建設の骨子に合意し、2008年9月に正式着工された。

中新天津生態城は、首都北京への大動脈である天津港や北京空港のバック

アップ機能も持つ天津空港に近く、天津旧市内から45km、北京から150kmに

ある演海新区の北部に位置している。

☆ 圧倒的な開発規模

開発面積は34km2,2020年の計画人口35万人、官民を合わせた想定投資額

2500億元(3兆5000億円)が見込まれる巨大開発である。

筆者が現地を訪れたのは中国・シンガポールの正式合意がなされた直後の

2008年初頭であるが当時は道路も整備されていない荒地であった。そこに10

年余の間に人口35万人の都市を建設するとは、日本人にはおよそ信じられな

い事業計画である。しかし、中新天津生態城の南側には、1984年から建設が

始まった中国最初の開発特区であるTEDA(TIANJmECONOMICALDEVE

58

Page 69: 中国環境都市

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第2章中国の都市事情

夕一)

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~初期開発区(2009~2012年)

図表2-10中新天津生態城

天津潰海新区北部に位置

北京市区より150km(高速鉄道で30分/京津高速道で90分)

天津市区より45km

出典:中新天津生態城資料

テーマパーク

/(薪エネルギー対象)

国家アニメ産業園

/『 の育成拠点)アニメ産業

-生態城業務中心

(事業体の業務センター)

Page 70: 中国環境都市

LOPMENTAREA)が建設され、2007年には就業人口33万人、居住人口14

万に達し、その後も順調に人口を増やしている。思えば、今や中国を代表する

金融センターになりつつある上海浦東地区も十数年前は荒地と小さな農村で

あった。

日本人が開発事業に対してネガティブな印象を持つのは、国内で多くの失敗

例を見てきたからである。古くは筑波学園都市が国の肝いりで開発されなが

ら、いまだに計画時の人口に達していない。首都機能分散政策の中で実施され

た、首都圏の3大業務核都市、横浜、幕張、大宮あるいはお台場の臨海副都心

も初期の目標の達成が可能と思っている人はいない。そうこうしているうち

に、日本は人口減少の時代に入り、東京自体が都市としての国際競争力を問わ

れるようになった。

しかし、n本でも遡れば、多摩ニュータウン、新宿副都心という巨大開発が

概ね成功裏に推移した歴史がある。成否を分けたのは、経済成長に伴う都市へ

の人口移動スケジュールのどの時点で事業が行われたかである。都市開発の成

否は、規模の大小ではなく、先進国に移行する期間における都市需要の多寡に

よるのである。

高い環境目標

世界的な環境ブームに乗じて環境都市を標傍する開発は多い。その中で、中

新天津生態城が最先端の開発と言われている一つの理由は環境目標の明確さだ

(図表2-11)。図表に示すように、自然環境、生活環境、インフラ、資源効率

など、20を超える項目について定量目標が掲げられている。日本から見た場

合、目標のレベルはさまざまだが、インフラ、資源効率については非常に高く

なっている。

例えば、再生可能エネルギー比率は20%とされている。日本の一次エネル

ギーベースの再生可能エネルギー比率が1%に過ぎないことと比べると圧倒的

に高い。北欧や中東には、すべてのエネルギーを再生可能エネルギーで賄おう

とする都市の事例もあるが、都市の規模が小さいうえ、人口に比べて周辺地域

の再生可能エネルギーの賦存量が膨大であるために可能となっているにすぎな

60

Page 71: 中国環境都市

61

第2章中国の都市事情

に難職モ

即日執行

即日執行

2013年

50人以上

出典:中新天津生態城資料

図表2-11中新天津生態城の環境目標

50人以上

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蕊零蕊琴霊講:や演目':;... 蕊霞霧蕊謹蕊慧蕊蕊

社会調和

経済成長

自然環境

環境調相

大気質

地表水質

)の炭素排出

損失

グ:ノーン建築比率

原とI:植物指数

可人当たり公共緑地

三級基準を達成。、る劉数がB弓〔〕

ヨ/年以_i,

SO2・NOxが・・級基準を達成。.

る'二l数が155t-:/年以.‘:

《環境大気質基準》

(GB3(〕95.弓996〉達成

《地表水環境質基準》

(GB3B382〔〕()2)現行基準Ⅳ

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生活・健殿

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その他

経済発展

1人当たり生活用水量

1人当たりこみ諜牛宝

グリーン交通比幸

:iiミ回収利用準

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ポーツ施設湾の比率危険廃棄物と家庭浸み

の無壱化処理率

バジアノゾー施設率

・ラ政配管普及率

廉価侯零(賃貸含i1.$〉の割合

再生可能ニネルギ眼20%以汽

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新水資源利用率50%以ド

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技術革新 技術者数〈労働者¥万人当たり)

就労者住宅の割合

2020年

2013鐸

Page 72: 中国環境都市

い。中国沿海地域のような人口密度の多い地域で再生可能エネルギー比率

20%を達成するのは容易ではない。中新天津生態城では目標を達成するため

に、太陽光発電を始め、バイオエネルギー、太陽熱、ヒートポンプなどをバラ

ンスよく配置する計画が策定された。

都市交通ではグリーン交通比率90%という目標がある。軌道交通や電気自

動車、あるいは自転車などでほとんどの移動を賄うという趣旨で、極めてチャ

レンジングな目標と言える。

水については、再生水、海水淡水化、雨水利用により、水需要の50%以上

を賄う計画となっている。水源が不足がちな天津エリアの特徴を反映した目標

である。ここでは、水を輸入に頼ってきたシンガポールの水リサイクルのノウ

ハウが反映されると考えられる。いそ

このほか、どこでもスポーツに勤しめる環境を整備する、など生活空間とし

ての整備目標も含まれている。こうした都市の開発指標の実現の任を担うの

が、開発区の投資公司の下で設けられた、エネルギー、環境、建築などの事業

公司である。

黄 中国環境都市の起点に

中新天津生態城では、「能実現」(実現可能)、「能複製」(複製可能)、「能推

広」(普及可能)という目標を掲げている。国家プロジェクトとして環境都市

のモデルを構築し、中国全土に普及しようという考え方だ。中新天津生態城の

計画人口が35万人となっているのは、中国で最も需要の多い中型都市のモデ

ルを作るためとされる。ここでのモデル開発が成功すれば、中国中に環境性の

高い都市基盤が普及することになる。中国の環境都市建設の起点となることも

あり、昨今、世界中の企業、政府から注目が集まっている。

環境都市の事業が進むか否かは地方政府の財政力によるところもあるが、中

央集権と地方の主体性を併せ持つ中国ならではの推進力に期待したい。

62

Page 73: 中国環境都市

中新合作の先進都市弓‘:1綱;i能MIii蘇州は中国の繁栄を象徴する巨大都市となった上海から東へ100kmほどに

位置し、琵琶湖の3倍の面積を有する中国有数の湖「太湖」を領域内に含む人

口600万人の市だ。近年、日本企業を中心とした企業進出が進み、高い経済の

集積を誇っている。そうした経済発展を牽引した開発区の中でも最も有名なの

が蘇州工業園区である(図表2-12)。

正式には「中新蘇州工業園区」と称する、中国とシンガポール政府合同によ

る初の開発区プロジェクトである。中新天津生態城と同じように、中国政府、

シンガポール政府が共同出資する開発会社が都市整備を進めた。

蘇州工業園区の開発面積は計画ベースで約260km2,居住人口は40万人であ

る。1994年に開発が始まって以来、15年間で3200社あまりの外資系企業と

1万社以上の中国企業が進出している。IT産業、精密機械、製薬、新素材な

どのハイテク産業、あるいは商業、貿易といった第三次産業の誘致が目標とさ

れ、付加価値の高い産業集積が形成されつつある。

電伽ア恵まれた交通インフラ鱗噺胤…,…‘…卿…卿……凧卿……‘卿岬………

蘇州工業園区の一つの魅力は立地条件である。市街の東側に金鶏湖を配する

自然環境と上海まで80kmという交通アクセスの良さを有しているからであ

る。蘇州と上海の間には、既存の上海一南京間高速道路、蘇州一嘉興一杭州高

速道路および各国道が陽子江デルタ地区の整備と並行して建設されてきた。将

来は、蘇州、上海、杭州、無錫、南京などが2時間経済圏として連結されるよ

うになるうえ、北京一上海高速道路が2000年に竣工したことから、広域交通

63

Page 74: 中国環境都市

図表2-12蘇州工業園区の位置

ネットワークにも組み込まれることになる。

鉄道網の整備も進んでいる。すでに、上海と蘇州は時速200kmの高速鉄道

で結ばれているが、今年中に俗称「新幹線」と呼ばれる旅客専用の高速鉄道も

追加される。これが完成すると、南京まで約1時間、上海まではわずか約15

分、北京までも約4時間30分で移動できるようになる。高速鉄道の整備は二

つの意味で蘇州の都市開発に大きな影響を与える。

一つは他の大都市に短時間で移動できるようになること、もう一つは高速鉄

道の駅ができることによる都市構造の変化である。市内で整備される地下鉄と

の相乗効果で新たな人口流動の拠点ができる。蘇州園区の中には二つの高速鉄

道の駅ができるため、拠点開発の内容によっては、開発区の構造にも大きな影

響を与える可能性がある。

64

Page 75: 中国環境都市

灘、鰯勇IMlff闇雲業と都市の運営

第2章中国の都市事情

蘇州工業園区では400社の日本企業が進出している。同区に進出した外資系

企業の1割以上に当たる数だ。世界中の企業が進出していることを考えると、

かなりの数である。これだけの日本企業が進出したのは、蘇州工業園区側のプ

ロモーションによるところが大きい。最盛期には日本企業の誘致のために日本

語を話せるスタッフを数十人擁していたと言われる。

開発後の蘇州工業園区については二つの特徴を指摘することができる。

一つは、美しい町並みである。蘇州工業園区は蘇州に元来ある水資源と植栽

を活かした水と緑の工業団地となっている。水辺エリアの整備に力を入れた

り、施設が建っていない区画にも敢えて植栽することで緑を保つ、などの工夫

出典:蘇州工業園区ホームページ

図表2-13蘇州工業園区全体計画図

65

Page 76: 中国環境都市

図表2-14蘇州工業園区

卓?

出典:蘇州工業園区資料

の成果だ。景観のレベルは中国屈指である。ガーデンシテイと呼ばれる都市国

家シンガポールのノウハウを活かした開発区作りと言える(図表2-13,2-14)。

もう一つは、進出した企業の満足度が高いことである。蘇州工業園区に進出

した企業へのフォローを行うために、シンガポールは園区完成後も中国側の開

発区のスタッフを受け入れ、都市のマネジメントに対するトレーニングを続け

ている。こうした継続的な努力が進出企業から高い評価を得ることにつながっ

ている。

66

以上のようなハード、ソフト両面での特徴が、工業団地開発のモデル地区、ゆえん

街作りの先進地区としてに1.国国内では高く評価されている所以である。現在、

シンガポールは中国政府と第二弾の両国共同事業である中新天津生態城の事業

を進めているが、都市開発事業の付加価値戦略という意味では、蘇州工業園区

と同一線上にある。シンガポールのノウハウを持ち込むことで、都市環境と

Page 77: 中国環境都市

第2章中国の都市事情

サービスのレベルの際立った高さという付加価値付けをしたのが蘇州工業園区

であり、それに加えて環境都市という付加価値付けをしたのが中新天津生態

城、ということができるからである。

シンガポールの取り組みには海外諸国が中国の都市開発事業に参画するため

の付加価値付けの基本を見ることができる。

67

Page 78: 中国環境都市

詞;i:窪豊自然1蝿IL唾餓Q大緬唐山市は東に北京から約150km、天津から約100kmに位置し、潮海湾に面

する。100年以上前から重化学工業の立地が進み、人口730万人に達する華北

地域有数の工業都市となった。自動車を使えば2時間程度で行き来することが

できる北京、天津と合わせた地域の人口は4000万人に達し、北部中国の大首

都圏を構成している(図表2-15)。2000年代に入ってからの中国政府の北部経

済振興政策に基づく「環潮海経済圏規画」もあり、一層の発展が期待されてい

る都市だ。

唐山市の工業を支えているのが充実した交通インフラだ。重化学工業を支え

る唐山港は潮海湾有数の港であり、空港にも近接している。鉄道についても、

内陸に向けた三つの幹線を軸にして東西南北に鉄道網が広がる。近年では、北

京、天津などと結ばれる高速道路網の整備も進み、多面的な交通ネットワーク

ができあがっている。

自然環境にも恵まれている。海洋に面しているため、周辺都市に比べて、比

較的温暖であるうえ土地も肥沃だ。平野部では水田、トウモロコシ・落花生・

麦などの畑が広がり、中国の穀倉地帯の一つとされる。長い海岸線を有し海産

物も豊富で、塩田も広がっている。

工業資源に加え、自然環境にも恵まれるという豊かさを持つのが、唐山市な

のである。

責 唐山市の成長を担う曹妃旬工業開発区

工業、自然環境面に恵まれた唐山市の一層の発展を期すために、第11次5

68

Page 79: 中国環境都市

第2章中国の都市事情

そう

力年規1mによって国家重点プロジェクトとして進められてきたのが、唐山港曹ひでん

妃旬港区建設と曹妃旬工業区'3N発である(図表2-16)。

曹妃旬工業開発区は唐山市の南約80km,海岸から20kmほど離れた潮海湾

内の島上に位置する。唐山市の工業地帯の拡大と、沖合に位置する30万トン

級の埠頭の活用による工業団地の機能アップを狙った立地と言える。工業区の

面積は310km2に及び、20年間かけて開発が進められる計画だ。2010年までに

整備された第1期開発区だけでも総投資額は2000億元(2.8兆円)に及び、首

都鉄鋼グループの製鉄所などが立地している。

曹妃何工業区開発の目的は以下の4点である。

①潮海地域のエネルギーと原材料供給基地の整備

②中国北部における世界レベルの重化学工業基地の整備

③エネルギーの備蓄・調達センターの整備

④国家レベルの重化学工業循環型経済モデル区の形成

唐山市地域の一層の発展、中国の工業の基盤整備、そして、重化学工業の先

進モデルの形成を図る政府の姿勢が読み取れる。中新天津生態城が居住、業務

機能を中心とした環境都市のモデル形成をu的としているのに対して、重化学

工業の先進モデルを築こうとしているのが曹妃旬工業区開発ということができ

る。特定の開発区を対象に国が資金を投じ、発展モデルを創り上げようとする

中国の政策手法である。

資 曹妃旬工業開発区の循環機能

曹妃旬工業開発区の名を高めているのは、敢えて環境負荷が重い重化学工業

地帯を対象に循環機能を取り入れた点にある。こうした、敢えて課題を設定す

る点も、河川汚染などを抱える地に環境都市を建設しようとする中新天津生態

城に通じる。

エネルギー利用の面では、ある工場の排熱を他の工場で有効利用するような

効率化、マテリアルの面では、製鉄所から出たスラグをセメント原料に利用す

る、といったリサイクルなどが進められている。また、中国北部地域では水資

源が不足していることもあり、工場排水を処理し工業用水としてリサイクルす

69

Page 80: 中国環境都市

出典I中国唐山市日本駐在事務所ホームページ

図表2-15曹妃旬の位置

出典:中国唐山市日本駐在事務所ホームページ

図表2-16曹妃旬工業開発区の概要

70

Page 81: 中国環境都市

第2章中国の都市事情

るシステムも取り入れられている。

工業地帯で、こうした循環システムを形成するには、立地する企業の協力が

欠かせない。そこで、曹妃旬工業開発区では、立地する企業に対して厳しい環

境評価を求めている。立地を計画している企業は、まず、プロジェクトの環境

保護評価を求める申請害を提出する。これに対して行政側の意見害を取得する

ことが曹妃旬工業開発で営業許可を得るための条件となる。実際の環境影響評

価については、専門性を有する第三者機関の評価を得るなど、客観性について

も配慮されている。

日本でも工業地帯の中での循環システムが検討され、一部では実施されてい

るが、エネルギー、マテリアル、水資源について取り組みがなされ、許可制度

まで導入されている例は見当たらない。国が認可権を持つ中国の開発区方式と

旺盛な立地需要があって可能となる、中国ならでは取り組みということができ

る。

71

Page 82: 中国環境都市

~Jf」

驚 中国の環境政策 難

Page 83: 中国環境都市

垂早

《宮二画》

侍弟

覇権戦略

中国の環境。エネルギー

Page 84: 中国環境都市

賞 地球温暖化で生まれる市場

エネルギー利用の市場

2008年の金融危機の前後から世界中の企業が地球温暖化関連の市場に将来

の成長を託すようになった。この市場にはいくつかの側面がある(図表3-1)。

一つ目は、エネルギー供給に関わる市場である。地球温暖化は人類の過剰な

化石燃料使用に起因するものであるから、解決には化石燃料に代わるエネル

ギー源を開発することが必須だ。再生可能エネルギーはこの市場に属する。

二つ目は、エネルギー利用に関わる市場である。産業革命後の豊かな生活は

化石燃料とそれを消費する機器や設備に依存している。化石燃料が再生可能エ

ネルギーなどに代替されると、機器や設備も大きく変わる。省エネルギー設

備、交通関連のインフラ・機器、などがこの市場に属する。

-、

水源開発、農業、造林、防災対策、など

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74

エネルギー供給の市場!I#噸

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太陽光発電、風力発電バイオエネルギー、小水力発電、

など

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.地球垣皿暖化?

省エネルギー技術・サービス、電気自動車、公共交通、

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温暖化の影響による市場

図表3-1地球温暖化ビジネスの体系

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Page 85: 中国環境都市

第3章中国の環境・エネルギー覇権戦略

三つ目は、地球温暖化により影響を受ける市場である。例えば、地球温暖化

は世界中の水の分布に影響を与えるため、水不足が起こったり、これまでとは

違った治水、利水の仕組みが必要になる。水を大量に使用する産業は大きな影

響を受ける。環境に良いと考えられている農業はその代表だ(工業、生活など

に比べ農業の水利用は圧倒的に大きい)。ここに水関連の機器・設備、農業関

連技術の市場が顕在化する。

☆ エネルギー供給市場の可能性

三つの市場ではさまざまな商品が生まれる。その数やボリュームはかつてな

い規模となる。

第一の市場で最も大きな商品となるのは太陽光発電であろう。太陽光こそ、

人類のエネルギー需要を十分に満たすことができる唯一の再生可能エネルギー

であるからだ。風力発電やバイオエネルギーなども大きな賦存量を持っている

が、現状の世界のエネルギー消費に対する実効的な供給量は、各々3割、5割

(エネルギー作物と廃棄物などの資源循環双方を含む)程度とされる。

太陽光発電の最終的な市場規模は正確には予想しにくいが、現在の世界のエ

ネルギー消費の10%を代替したと仮定したとすると、設備投資ベースの市場

規模は数百兆円レベルになる。2050年までに二酸化炭素の排出量を80%減に

しようとすれば、太陽光発電の代替シェアが10%より大きくなる可能性もあ

る。

場は最大の可能性

第二の市場は三つの中で最も大きな市場となる可能‘性がある。累積投資額は

交通分野だけでもエネルギー分野の数倍もあるからだ。その中でも最大の潜在

的な市場規模を有しているのは自動車であろう。地球温暖化対策の中で、理論

的には、自動車は最もエネルギー効率が高い軌道交通に代替されていくべきで

ある。しかし、実際の都市の交通計画に関わっていると、軌道交通への一元的

なシフトは住民に不便さを強いる結果となるケースが少なくない。

世界で最も軌道交通のネットワークが発達している東京でも、自動車なしで

75

Page 86: 中国環境都市

不便なく生活できる、と多くの人が感じるのは区部だけと言っていい。東京都

の市部、周辺3県では自動車なしでは不自由を感じる人が相当数いるはずだ。

また、アメリカのように自動車を前提とした都市作りが普及してしまった国で

は、軌道交通の整備だけで低炭素型の交通システムを完結することは不可能と

言っていい。

電気自動車については、当面の間、蓄電池の十分な容量を確保したうえで、

ハイブリッド車並みまでコストが落ちるのは容易ではないから、バイオ燃料を

使ったハイブリッド車や水素で走る燃料電池自動車などさまざまな技術の可能

性がある。

溝潜勧の副水、謹物市場第三の市場は人間が生きていくに当たって不可欠なものだけに、今後の需給

動向次第で高い成長を遂げる可能性がある。昨今、100兆円市場として水ビジ

ネスが注目されているが、その中心となっているのは水道事業である。除卜同

を除くと水道市場は安定しているし、地球温暖化により必ず成長する市場とい

う訳ではない。地球温暖化により深刻さを増すのは水源問題である。地球上の

雪氷の量が変化したり、降雨量の減少や降雨の分布が変わり水源不足が起こる

可能性があるからだ。水リサイクルや淡水化などの技術開発が進んでいるもの

の、水源問題を解決するための抜本的な手法は開発されていない。本格的な水

不足に向けた技術やシステムの開発が待たれるところだ。

糞 農業の潜在力

飽食の日本にいると感じることは少ないが、世界中には10億人(2009年)

の飢餓に苦しむ人がいる。しかも、地球上で農地に適した土地のほとんどが開

墾されている一方で、食料需要は三つの理由で今後も増え続ける。一つ目は人

口増、二つ目は経済成長に伴う1人当たりのカロリー摂取量の増加、三つ目は

食生活の変化による穀物需要の増加である(肉によるカロリー摂取が増えると

穀物需要が増えること。一定カロリーの鶏肉、豚肉、牛肉を生産するためには

各々3倍、5倍、10倍のカロリーの穀物が必要になる)。

76

Page 87: 中国環境都市

第3章中国の環境・エネルギー覇権戦略

遺伝子組み換え作物により農地単位面積当たりの生産量を増やせたり、これ

まで耕作ができなかった土地で農業生産ができるようになる可能性はある。し

かし、いずれは限界が来るし、遺伝子組み換えに対する拭いがたい不安を解消

することは難しい。また、遺伝子組み換え技術が普及しても水不足が農業生産

のボトルネックとなる(農業が疲弊した口本でさえ、利水の7割は農業向けで

ある。世界的に見れば水不足とは農業用水の不足とも言える)。したがって、

エネルギー供給の問題を解消すれば、植物工場のような技術がブレークスルー

となる可能性もある。

以上、地球温雲暖化を背景とした市場を概観したが、中国はこの内、第一、第

二の市場で世界をリードする可能性がある。

77

Page 88: 中国環境都市

2006年まで国別、企業別共に世界最大の太陽光発電生産を誇った日本だが、

2007年、ドイツのQセルにシャープが企業としての世界トップの座を譲り渡

した。同じ年、国別の生産量ではサンテックパワーを筆頭とする企業群を擁す

る中国に世界トップの座を奪われる。その後中国の太陽光発電の生産量は

2008年には世界の4分1を占めるまでになった(図表3-2)。

中国の太陽光発電産業世界一の座に押し上げたのはベンチャービジネスであ

る。サンテック・パワーが2005年に米・ナスダックに上場したことを皮切り

に、10社以上の太陽電池メーカーが海外の証券取引所に上場を果たした(図

表3-3)。こうした企業は二つの理由から今後も高い成長を続ける可能性があ

る。

一つ目は、専業ならではの選択と集中が可能だからだ。IT産業の例を見て

も、新しい市場が急速に立ち上がるときには、大胆かつ迅速な投資が求められ

る。大企業は企業全体としての力は大きいが企業規模は大きくても、一部門と

してできる投資の規模には限界があるし、大企業がゆえの経営スピードの課題

がある。

二つ目は、グローバル志向が明確であることだ。筆者が中国トップ5に入る

太陽光発電メーカーのCEOと意見交換した際、市場構造を見据えたグローバ

ル戦略の明確さに感銘した。太陽光発電ビジネスが典型的なグローバル市場と

なることを見越し、設立当初から人材の確保、資金調達、生産体制、技術評価

などを徹底してグローバル化してきたという。こうした中国の太陽光ベン

チャービジネスの洞察が正しかったことは、会社設立後極めて短期間で海外上

78

Page 89: 中国環境都市

第3章中国の環境・エネルギー覇権戦略

識議繍議繕

図表3-2世界の太陽光発雷牛産

79

Page 90: 中国環境都市

場を果たした実績が証明している。

ドイツやアメリカでも太陽光発電市場をリードしてきたのはベンチャービジ

ネスである。一社ごとの競争力もさることながら、ベンチャービジネスの頭数

でリードする中国の優位性は当面は続くと思われる。

ずi;iと雌幽旦LzIるさ陽工祉美三壁F』一一一一=二一--====-二言ニニヨー髭--

ベンチャービジネスが切り拓いた産業を中国政府の政策が後押ししている。

2006年の「再生可能エネルギー法」の施行、2007年の「再生可能エネルギー

中長期発展規而」の公表をきっかけに関連産業が急ピッチで成長しているの

だ。

グローバルなベンチャービジネスが生産量規模を拡大してきたのと裏腹に、

2,3年前まで中国政府は高コストを理由に太陽光発電の導入に消極的であっ

た。現状、中国国内の導入規模は世界全体の1%にも満たず、2007年公表さ

れた「再生可能エネルギー中長期発展規面」における2020年の太陽光発電の

導入目標も180万kW程度に過ぎない。

しかし、金融危機を契機とした内需拡大政策の一環として、「太陽光発電建

築の財政補助金に関する管理弁法の暫定規定」や「金太陽モデル事業の実施に

関する管理弁法の暫定規定」が公表され、補助金と固定価格買取が組み合わ

さった制度が導入されると、急速にメガソーラー、ときにはギガw規模のソー

ラー発電事業市場が立ち上がっている。2008年に敦煙で初のメガソーラー事

業が実施されると、中国中で同種の事業が計画されるようになった。政策サイ

ドでも、現在作成中の「再生可能エネルギー産業振興規画」では2020年まで

の導入U標を2000kWにすると言われている。

識毒鷺饗哩呼師馳真龍ベンチャービジネスの実績や政府の後押しもあり、現在中国には、シリコン

メーカー70社、太陽電池セルメーカー50社、モジュール生産メーカーが数百やゆ

社、存在すると言われる。日本にはこうした乱立状態を見て中国市場を洲I撤す

る声もあるが、成長市場を見て桁違いの企業が参入し、淘汰をいとわず成長に

80

Page 91: 中国環境都市

南京中電

(ChinaSune「gyCo.‘Ltd)

江西害維

(LDKSola「CO.,Ltd.)

第3章中国の環境・エネルギー覇権戦略

2006.11

2006.12

2006.3

2007.52007.5

2007.6

2006.8

2007.7

証券取引所

NASDAQ

NYSE

NASDAQ

NASDAQ

NASDAQ

NYSE

AlM

AlM

15.OOUSD

I出典:公開資料を基づき日本総合研究所作成

図表3-3海タト上場した中国の太陽光発電企業

たくま

挑む逢しさこそ中国市場の真髄なのである。激烈な中国国内Tl了場を勝ち上がっ

た企業が世界市場を席巻する日が来るかもしれない。

実際、将来の中核技術として期待される薄膜技術についても、中国企業の技

術力が高まっている。天威薄膜公司は2007年から薄膜太陽光電池の製造を始

め、2009年5月には河北新奥太陽光エネルギー 有限公司が5.7,2の超大型シリ

コン薄膜太陽光電池を第三何国際太陽光大会に展示した。後者は2007年に薄

膜技術に参入したばかりだが、2010年には500MWを生産するとしている。こ

のほかにも、多くの中国企業が薄膜市場に研究開発と生産のための投資を始め

ている。

巨額の資金が投じられ才能あふれる膨大な数の企業家が参入する中国市場の

底深さはこれまでの先進国の経験では計り知れない。

81

Page 92: 中国環境都市

付記になるが、中国の太陽エネルギーについては太陽熱利用を無視すること

はできない。中国の太陽熱利用は2007年の累積設置量が1億800万m2(約

7万5600GM)と世界の設備容量の65%、生産量の50%を占めているからだ。

コア技術の95%以上が国産と言われる。中国政府の国産化政策により、環境

都市に太陽熱利用が条件とされることもある。中国国内の先進都市での実績を

重ねれば、再生可能エネルギーベースのコストが低いことから他の新興国市場

に浸透する可能性もある。

82

Page 93: 中国環境都市

w;:灘Epiiヨ但張i§風力発電市場地球温暖化問題が注目され始めた時期、風力発電市場をリードしたのは、デ

ンマークやドイツのような北部欧州諸国である。人口1000万人にも満たない

デンマークを支えたのは15世紀から風車を使ってきた歴史であり、ドイツを

台頭させたのは世界をリードした環境政策である。

しかし、京都議定書が発効し、地球温暖化抑制に向けた世界的なコンセンサ

スが形成されると、アメリカや中国といった大国の位置づけが大きくなってき

た。2008年、アメリカは長らく風力発電導入量で世界一の座を保ってきたド

イツを抜き、世界一の風力発電導入国になった。風力発電に限らず、再生可能

エネルギーの脈存量は土地の広さに相関するので、広い国土を有する国の位置

づけが高まるのは避け得ない流れである。

中国では今世紀に入ってから風力発電の導入量が急増している。2001年に

400MWだった導入量は、2008年に1万2210MWと、7年足らずで3倍となっ

た。2008年の設備容量は世界の10%を占め世界第3位となっている。2007年

に公表された「再生可能エネルギー中長期発展計画」では、2010年、2020年

の風力発電導入量が各々 1000万kW,3000万kWとされていたが、現状を見る

限り大幅な超過達成になると考えられる。

米中での市場争奪戦

風力発電メーカーの競争も米中市場が主戦場となっている。日本では三菱重

[がアメリカ市場に軸足を置いて急成長したことが記憶に新しい。

世界一の風力発電メーカーは依然としてデンマークのベスタスだが、アメリ

83

Page 94: 中国環境都市

62%

2008年の供給量2007年までの集計

:拶可/燕I州〉20OB年のシェアリ“:‘,‘ーや~需聯ぶ・も;

罰!,‐r『,〃'鼠齢:傭WMMm17.8%5‘57629.509VESTAS(デンマーク)

'6.7%5231GEWIND(アメリカ) 12,979

3.388 10.8%GAMESA(スペイン) 13,306一P

9.0%ENERCON(ドイツ) 2,81913.770

8.1%2,537SUZLON(インド) 4.723

3.6%

1,942SlEMENS(デンマーク) 7,002-M

4.5%1,410746SlNOVEL(中国)

4.1%ACC|ONA(スペイン) 12841.671

NORDEX(ドイツ) 3.885

1.128GOLDWlND(中国) 1,457

3.4%1,065

力市場の成長を背景としてGEの躍進が目覚しい。また、中国では一足先に世

界のベストテン入りを果たした金風(GOLDWmD)に続き、華鋭(SnJOVEL)、

東方電気(DONGFANG)がベストテンに顔を出すようになった(図表3-4)。

ベストテンに3社が名を連ねている国は中国だけだ。ランキングもさることな

がら、近年の急成長振りが注目されるところだ。東方電気は2008年、琴星の

ようにランキングに顔を出した。

①2011年から始まる第12次5カ年規画で国内の風力発電の導入が一層加速

されること、②中国メーカーが高いコスト競争力を持つうえ技術力も高めてい

ること、③世界市場での中国市場の位置づけがますます大きくなっているこ

と、④中国メーカーが中国国内での事業獲得に欠かせないネットワークに長け

ていること、などから、しばらくの間、中国メーカーの躍進は続きそうだ。

I |’p65-=---………………_黒鯉DONGFANG(中国)

出典:BTMConsultApS

図表3-4・世界の風力発電の生産ベストテン

84

Page 95: 中国環境都市

第3章中国の環境・エネルギー覇権戦略

愈腔プ嵯壁fM髄職階中国の風力発電の研究開発は1950年代から始まった。先進諸外国に比べ技

術が遅れていたため、政府は2003年から国産化計画と風力発電市場の拡大政

策を掲げた。独自技術を高めるための特許権事業と国産化率70%以上を公募

要件とする技術移転と国産化の政策だ。目論見どおり、世界トップメーカーの

ベスタス(デンマーク)や、ガメサ(スペイン)、GE(アメリカ)などが独資

や合弁により生産拠点を設けた。2006年には、外資独資企業が占める市場シェ

ア65.8%まで高まり、国内企業と合弁企業が占めるシェアは342%に留まった。

しかし、国内市場の拡大と並行して、国内企業と合弁企業が技術力を増し、

2008年には外資独資企業のシェアが382%に下がったのに対して、国内企業や

合弁企業はシェアを61.8%まで高まった。現在では、国内に約70社の風力発

電メーカーが立地し、技術面でも一部の分野を除けば海外メーカーとの差は少

なくなったと言われている。中国市場の規模と特性を見据えた政府の戦略眼の

賜物である。風力発電の国産化は中国の国産化政策の成功モデルとされてい

る。

中国の風力発電ビジネスをリードする金風(GOLDWIND)は、600W級風

力発電機の国の研究開発プロジェクトに携わったことをきっかけに1998年に

設立された企業だ。翌年に600W級の開発を成功させると、2001年にドイツの

リパワー社から750W級発電設備の技術を導入し、2005年には1200kW級設備

の開発に成功した。2008年までの累積で中国国内市場のシェア25%を獲得し、

国内トップメーカーとしての地位を確立している。2008年にはドイツ・ヴェ

ンシス(VENSYS)社を買収、2007年には中国の会社として初めて風力発電

生産量の世界ベストテンに顔を出す、という成長ぶりだ。破竹のような勢い

は、会社設立から数年で海外市場上場、さらに国としての世界シェアNo.lと

なった太陽光発電産業と通じるものがある。

‘産業政策の成功モデルツル噸…,………!…………

コスト面では、中国メーカーのコストが概ね5000元/kWであるのに対し、

85

Page 96: 中国環境都市

海外企業は8000元/kW程度、とされており中国メーカーが高い競争力を有

している。また、トップメーカーの金風は2008年にキューバに750W発電機を

輸出しており、今後は海外市場でも他国企業の強敵となろう。

2009年11月の米中会議により、国産化率70%の公募要件は取り消されるこ

とになったが、すでに中国メーカーは技術、コスト両面で高い競争力を培って

おり、成長が阻害されることはあるまい。むしろ、世界最大級の規模と成長性

を有する中国市場を背景としているだけ、成長余地の面では他国メーカーより

有利だ。

課題と言えば、中国を含め、今後の重要分野となる洋上発電に関する技術力

が必ずしも十分と言えないことだ。国産化率の制限がなくなり、海外勢にとっ

ては中国での市場拡大のチャンスだが、それは成長した中国メーカーにとって

も海外の5MW規模の洋上発電技術を取り込む機会でもある。

86

Page 97: 中国環境都市

、愈幽謎嘘淳掘すでに述べたように、地球温暖化関連の分野で、交通関連の産業は最大の投

資対象となる可能性がある。なかでも、温室効果ガスの圧倒的な少なさから、

急速に整備が進んでいるのが鉄道である。中国では5つの種類の鉄道が急速な

勢いで整備されている(図表3-5)。これらにより、中国は近い将来世界で最

延長距離の鉄道網を有する国となる。

国際鉄道連合によれば中国の高速鉄道は4つの形態に分かれる。

一つ目は、旅客専用線(PassengerDedicatedLine,PDL)である。時速

350kmの完全旅客専用の高速新線で、貨物列車は走行せず、中国では「新幹

線」と呼ばれている。4本の東西路線と4本の南北路線からなる7000kmの整

備が計画されており、完成すれば世界トップレベルの超高速鉄道網となる。北

京一天津間を皮切りに全土で整備が進み、2008年には上海一北京が寝台付き

の高速鉄道により5時間程度で結ばれた。

二つ目は、時速200~250kmの高速鉄道であり、日本で言えば山形新幹線の

ような位置づけである。整備当初は貨物と軌道を共用するが、最終的に貨物は

別途建設される貨物専用線にシフトされる。旅客専用線となった後は、300km

級に高速化される。新幹線と重複感があるが、すでに多くの地域で実用に供さ

れている。

三つ目は、都市間線(IntercityLine)であり、大都市を時速200~300km

で結ぶ。

四つ目は、改良線(Updatedconventionalrailway)という従来路線を改良

した時速200km走行、一部区間では時速250km走行が可能な路線である。

87

Page 98: 中国環境都市

総延長12

雷州○屯’

:世

も町寺睡■■

成都○…・わ

b‘・

重慶

織繊ルリ'・柵鯉鰐

旅客専用線プロジエクト

ー着工 区間

………未着工区間

都市間旅客輸送線プロジエクト

ー着工区間

・・・……未着工区間

出典:国土交通省ホームページ

図表3-5中国の新幹線計画

このほかに、多くの都市で地下鉄が建設されている。新設された路線の駅、

車両、改札システムなどはいずれも先進国並みのレベルだ。都市内鉄道として

は地上軌道よりはるかにコストがかかるが、中国では用地に余裕があるにもか

かわらず、地下鉄が選択されるケースが多い。主要都市では複数の路線が整

備、計画されており、2010年には上海市の地下鉄の総延長は420kmと世界最

長のロンドンに迫る(図表3-6)。

☆童連ijt豊唾進廻園上中国は交通分野でも、整備と並行して着実に国産化を進めてきた。地下鉄と

高速鉄道についてはすでに国産化を終えた。開札機器などで海外製品が使われ

88

Page 99: 中国環境都市

盤ざ

第3章中国の環境・エネルギー覇権戦略

ている面もあるが、競争力を維持できなければ国産の機器に代替されていくだ

ろう。新幹線については、北京一天津の車而はドイツのシーメンスが供給した

が、以降の路線は国産の車両が使われることになりそうである。巨大な市場で

外資を引きつけて技術を導入し、実機レベルで果敢に国産化を図る、という中

国ならでは国産化戦略がここでも活かされている。

中国の高速新幹線の技術的な信頼性について郷撤する声もある。しかし、実

図表3-6上海市の地下鉄整備計画

偶哩需踊恥牒が

89

出典:上海市政府ホームページ

Page 100: 中国環境都市

際に乗車した印象では大きな差は認められないし、差したる事故も発生してい

ない。そこで専門的な細い技術の差を説明しても、中国に限らず、海外ではな

かなか理解してもらえない。日本との技術差がどれだけ評価されるかどうか

は、どのくらいの信頼性を求めるか、という対象国の価値観に依存する。

例えば、東海道新幹線のように5分刻みで16両編成の新幹線を的確にさば

くだけの制御機能が求められる国はそれほど多くない。中国では、時速300km

超の新幹線が15分刻みで正確に運行されている。これで満足だとすれば、日

本の実績は評価されないことになる。今後、日本を含む海外勢は中国の輸送シ

ステムの現状を前提として中国企業との競争に臨まなくてはならない。

黄豊富稀却蝿中国の鉄道事業の強みは圧倒的な需要である。日本人の感覚では、所要時間

わずか30分の北京一天津間の高速新幹線に十分な需要があるとは思えなかっ

たが、現在ではかなりの時間帯で満員状態で運行されている。3000万人近い

北京、天津地域の人口と、旺盛な経済成長に伴う人口当たりの移動量の増加が

公共交通インフラ事業のリスクを低減している。

新興国の事業環境に比べると先進国の事業は常に需要リスクにさらされる。

例えば、アメリカではいくつかの地域で新幹線の整備が計画されているが、十

分な需要を確保できるかは予断を許さない。交通機関の発達したアメリカでは

国民の移動手段は概ね充足されているため、新幹線が事業として成り立つか否

かは潜在需要者が自動車や航空機から新幹線に乗り換えてくれるかどうかにか

かっているからだ。多くの人が、時間に制約されず軒先から自動車に乗ること

ができるアメリカの交通システムが公共交通より便利で快適、と感じている中

で乗換えを促すにはよほどの動機づけが必要になる。

こうした新興国と先進国の決定的とも思える需要リスクの差がありながら、

日本では今なお先進国の事業を優先する向きが少なくない。新興国には政治や

マクロ経済などに関する事業環境の脆弱性があることは確かだが、公共交通の

事業での最大のリスクは何といっても需要リスクである。日本でも移動の需要

が増大している時期(高度経済成長期など)に建設された公共交通プロジェク

90

Page 101: 中国環境都市

第3章中国の環境・エネルギー瀧権戦略

トの多くは成功したが、需要が減退してから建設されたプロジェクトは苦戦し

た歴史がある。

公共交通の事業について先進国を優先する見方は、先進国市場での成功体験

に影響された思考によるものと考える。それは、自動車のように、ファンダメ

ンタルズを直視せず、確実な需要増がある中国市場よりバブルに踊ったアメリ

カ市場を重視した2008年以前の事業の考え方に通じるところがある。中国に

は、国産化政策とどのように付き合っていくかなど、難しい課題はあるが、需

要リスクの絶対的な低さと健全な財政力など、公共交通のための良好な事業環

境があることが見直されていい。

91

Page 102: 中国環境都市

食 先行する中国の電気自動車

2008年、アメリカの投資家ウオーレン・バフェット氏が18億香港ドルを投

じて中国の電気自動社メーカーBYD(比亜迫)の株を10%強取得した。中国

では、すでに、BYD,上海自動車、吉利、QQ(奇瑞)など十数社が、相次い

でハイブリッド車や電気自動車を商品化している。その中で、いち早く電気自

動車とハイブリッド車を商品化したのがBYDである。

BYDは1995年に設立されたばかりの電池メーカーだが、ニッケル電池とリ

チウムイオン電池について、世界市場で各々60%、30%のシェアを有する企

業に成長した。電池市場で培った資金力で2003年に西安のバスメーカーを買

収し自動車市場に参入した。BYDの狙いは、当初から、コア技術である電池

に関する強みを活かして電気自動車とプラグイン・ハイブリッド車の市場で優

位性を保つことである。

同社のプラグイン・ハイブリッド車は2008年12月に商品化され、電気モー

ドとハイブリッドモードのいずれでも走行できる点に特徴がある。専門の充電

スタンドではなく、自家用の充電器で充電できるという、プラグイン・ハイブ

リッドにも通じる仕様を有している。トヨタがプリウスのプラグイン・ハイブ

リッドをリリースしたのは2009年末で、本格的な普及は2年後とされている

から意欲的な試みである。性能面でも、モーター出力125kW、最高時速は

160km/時、1回の充電による走行距離100km、とまずまずのレベルだ。得

意の電池については、10分で50%充電、自家用電源により7時間でフル充電、

2000回以上のフル充電と合計60万kmの走行が可能、と高い性能を有してい

る。何といっても、販売価格が14.9万元(約200万円)と手ごろ感があるのが

92

Page 103: 中国環境都市

第3章中国の環境・エネルギー覇権戦略

強みだ。

2006年に開発された電気自動車は、ET-powerという新型の電池を搭載し、

1回の充電により350km走ることができるQ現状計画されている電気自動車

の中でも最高レベルの性能だ。今年にも市場投入される予定となっており、実

現されれば世界でも最先端となる。

蹴跡電気自動車での覇権狙う中国jlIf萄(…蝿……勤蝿……,

中国政府は2009年7月に「新エネルギー自動車生産企業および製品参入管

理規則」を公表し、新エネルギー自動車を生産するメーカーの補助を開始し

た。2011年には新エネルギー自動車の年間生産量を50万台まで引き上げる計

画だ。政府資金を投じ、各地に充電ステーションを建設する計画も盛り込まれ

ており、実現すると中国が電気自動車市場をリードする可能性がある。

世界最大の自動車市場になったとはいえ、中国企業はガソリン自動車市場で

世界のトップグループに入ることができていない。欧米の自動車ブランドを買

収するなどの取り組みもあるが、日米欧あるいは韓国の自動車会社を凌駕でき

る状況にあるとは思えない。しかし、電気自動車が普及すると中国が世界の自

動車産業界でのポジションを一気に上げるかもしれない。自動車の動力源がガ

ソリンエンジンからモーターと蓄電池に移ると、自動車の技術体系が根本的に

変わるうえ、過去の資産が少ない分、成長性の高い中国市場で思い切った投資

ができるからだ。

ガソリンエンジンがモーターと蓄電池に変わると、自動車の部品点数は半減

すると言われる。また、モーターは基本的な物理法則に則った動力源であるた

め、燃焼という化学反応をピストンの直線運動で受け止めクランクで回転運動

に転換する従来型のエンジンに比べて技術の差が出にくい。企業としては技術

開発のための投資リスクを負う意義が薄れるので市場調達が進むことになる。

電池についても、今は群雄割拠の感があるが、技術が安定するようになれば

メーカーの数は絞られていくはずだ。

93

Page 104: 中国環境都市

その結果、電気自動車では、モーターと電池という基幹部品を市場調達する

ようになり、自動車の事業構造が一変する。そうなると、CPUのような基幹

部品を市場調達し、インターフェースやデザイン、あるいはコストで競争力が

決まるパソコンと似た市場となる。

中国では電動機付き自転車が急速に普及し、電気自動車についても従来型の

自動車用蓄電池を搭載したモデルが展示されたりしている。日本人から見ると

何とも危なっかしい感じだが、こうした大胆なセッティングと実装こそ、中国

の強みであり、モジュール型産業のメリットでもある。

‘、ビジネスモデルの転換求められる日本鶴WW:…日本の自動車メーカーが考えている電気自動車の普及は10年先である。自

動車自体の技術の向上、充電インフラの整備、コスト削減などについて、綿密

な検討をしたうえで、確実な普及を図る日本の取り組みが誤っている訳ではな

い。しかし、それより何年も前に世界最大の自動車市場である中国で大量の電

気自動車が走っているような事態になったら、国際的な競争力を確保すること

はできない。

電気自動車

ガソリン車

〔市場調達〕〔信頼性の平準化〕

T 守

嘩駕雛に]匿灘目輔図表3-7ガソリン車と電気自動車の違い

94

モジュール型

丁〔中国企業の強み〕

・スピード

・提携力

・資金力

摺り合わせ型

Page 105: 中国環境都市

第3章中国の環境・エネルギー覇権戦略

電気製品の分野では、日本企業はアナログからデジタルに転換することによ

る市場のスピードとグローバル化についていけず競争優位を失った。ガソリン

車から電気自動車に移行すると、摺り合わせのノウハウや最大の基幹部品であ

るエンジンンによる差別化、という日本の強みが大きく低下する(図表3-7)。

その結果、日本の自動車産業の競争力も下がることになる可能性がある。優れ

た摺り合わせノウハウによる信頼性とエンジンの動力性能を除くと、日本車の

競争力は、例えば、欧州車に比べて見劣りするからだ。

BYDは電池の技術力を差別化要素として電気自動車に参入したが、中国企

業には基幹部品のオープン化を前面に出す企業も出現しよう。自動車産業のモ

ジュール化は、産業基盤が十分に育っていない中国の課題を大きく緩和するこ

とになる。太陽電池の節では、グローバル化する市場を先取りして急成長した

ベンチャービジネスを紹介した。ガソリン車時代の技術戦略、日本ならでは官

民協働、業界内協調に縛られていると、パソコン、半導体、太陽電池で起こっ

た逆転が自動車業界で再現する可能性も否定できない。

95

Page 106: 中国環境都市

禽唖主導嘘術溌中国は政府主導で省エネルギー、再生可能エネルギー、環境分野の技術開発

を進めてきた。国の発展目標に基づいて、研究開発の方向性を定め、予算を取

り、技術開発を行う、という中国ならではの体制だ。政策は国家科学技術部が

筆頭となって作成し、科学技術部が直轄する中国科学院や大学が研究開発を担

当する。ひとたび掲げた政策には強い実行力を発揮する中国の政策の特徴は技

術開発にも反映されている。

1986年にスタートした「863計画」は、国の発展に重大な影響があるテーマ

を対象としたハイテク研究開発の計画だ。計画のきっかけは、1986年3月3

日に4名の学者が連名で都小平に出した、中国におけるハイテク技術開発の必

要性を直訴する手紙だ。都小平はすぐに返事を出して、計画の実施を支持した

と言われる。その後、手紙の日付を取って「863計画」と呼ばれるようになっ

た。

この計画では、「バイオ技術」、「宇宙開発」、「IT技術」、「レーザー技術」、

「自動化技術」、「エネルギー技術」、「新材料技術」の7つが掲げられ、以降、

時代の要請に応じた開発が進められることになっている。例えば、1990年代

には「電気自動車」、「LED照明」、「風力と太陽光」、「クリーンコール利用」、

などに重点が置かれた。また、2005年から始まった第11次5カ年規画では、

資源循環技術が指定され、太陽光、風力、バイオマス、クリーンコール、石炭

層ガスなどの技術開発が進められてきた。技術開発に続き技術の普及にも政府

が指導力を発揮する。

96

Page 107: 中国環境都市

第3章中国の環境・エネルギー覇権戦略

鶏i趣Zmiに鞭やる中国政府中国での仕事に関わっていると国としての技術力の向上、国産化に対する強

いこだわりを感じる。第一に国産化を目指し、国内でどうしても開発できない

技術については、膨大な国内市場を背景に海外から技術を引き込み技術を習得

する。その際、輸入に当たって技術移転を前提とした輸入関税の減免のような

インセンテイブ措置もとられる。こうした政策の背景には、歴史に学び、先進

国になるためには高い技術力が不可欠、という理解があると思われる。

過去、日本企業や欧米は東南アジアを始めとする多くの途上国の市場に参入

し成果を挙げてきた。そうした経‘験との対比でもあろう、「中国市場は難し

い」、「あるいは儲からない」という言葉を耳にすることは多い。「技術が模倣

される」、「契約が守られない」、など、中岡市場の難しさに関する理由は多々

指摘されるが、技術の国産化政策も大きな理由の一つである。

日本企業は、自国による技術開発にこだわりのある途上国、新興国市場に参

入した経験があるようには見えない。これに対して、欧米企業は日本という技

術力と国産化にこだわりのある成長市場に参入した経験を持つうえ、植民地時

代から培われた融和策に関するノウハウも持っている。中国市場への進出につ

いて欧米企業がF1本企業に対して一日の長があるのは、こうした経験に基づく

中国市場への理解と戦略の巧拙の差が関係していると考えられる。日本企業は

技術というコアを持っているが、これを新しい市場に浸透させるためのソフト

が不足しているのである。おうよう

中国が、海外からの技術導入に対してI警揚であった途上国での経験、日本で

の技術開発の考え方や技術の自前主義をそのまま持ち込めない国であることは

間違いない。中国市場で、日本企業にはこれまでとは違う技術戦略が求められている。

雷'雲中央政府とシンクロする地方政府と民間企業/I'‘雪‘#胤卿…………………………………---

技術開発に対する中国政府の強い姿勢は地方政府や民間企業にも影響を与え

ている。計画を掲げたら実行される可能性が高い、と信じることができれば、

97

Page 108: 中国環境都市

000

6420

(%)

100

(億元)

500

成長率

80

OOO

OOO

432

市場規模

民間企業は投資をしやすいし、地方政府も中央政府の支援や民間企業の投資を

期待した産業戦略や開発事業を打ち立てやすいからだ。

例えば、省エネルギーについて見ると、日本は長い経験と技術を持っている

が、省エネルギービジネスの立ち上がり、という点では必ずしも十分な成果が

上がっていない。市場の立ち上がりが緩慢なため、事業としての投資回収が難

しくなるうえ、エネルギー消費設備を抱えている企業が技術面でキャッチアッ

プできてしまうことが大きな理由だ。これに対して、中国の省エネルギーサー

ビス市場の成長は顕著だ(図表3-8)。政府が高い目標を明確に掲げ、確実に

実行するとなれば、エネルギー消費設備を保有する企業としては省エネルギー

を積極的に進めよう、という気持ちになる。加えて、中国の成長が速いため、

日本企業のように省エネルギーのノウハウを内包するより市場からサービスを

調達する方が合理的、と考えるようになる。実際、中国では省エネルギーサー

ビス市場の伸びは日本よりはるかに高い。

地方政府では開発事業などに中央政府の政策の意向が反映される。中央から

の要請が来る場合もあるし、地方政府が中央政府の用意した補助制度などを利

用しようとする場合もある。産業戦略での連動もある。例えば、広東省では中

央政府の戦略技術であるLED産業に力を入れている。LEDの付加価値は光源

100

出典:中国節能協会節能服務産業委員会公表資料

図表3-B中国の省エネルギービジネス

98

Page 109: 中国環境都市

第3章中国の環境・エネルギー覇権戦略

となるチップに集約されるため、その知的財産を海外に依存する中国としては

独自の戦略が必要になる。そこで、地方政府が地方企業を巻き込み現場レベル

で戦略を策定することの意義が生まれる。例えば、技術力のある海外企業を誘

致する、付加価値を高めるための技術開発やサービス化を支援する、地方政府

自らが省エネルギーサービスを調達することで需要を作る、などの施策を打っ

ていく。日本でも1990年代に三重県が民間に先駆けてESCOサービスを調達

したことが、同サービスの普及に大きく貢献した。

こうした施策を1億人近い人口を有する省レベルで行えば相当な効果が生ま

れるし、前章で述べた地域間の競争意識が地方政府の取り組みを波及する。政

府の産業政策と連動して、企業の信頼を得た地方政府と意欲的な地方企業が集

う有様は、中小企業対策の感が強いロ本の地方の産業政策と大分雰囲気が異な

る。

99

Page 110: 中国環境都市

黄革雌唄重蕊劉宙前章では中国の都市化政策と環境政策の観点から環境都市を位置づけたが、

産業政策としての位置づけを考えておくことも重要だ。中国政府が意図しよう

としていまいと、環境都市には以下に述べるような産業政策としての効果が期

待されるからだ。

話を具体的にするために、中新天津生態城で計而されている再生可能エネル

ギープランを対象に説明しよう(図表3-9)。株式会社日本総合研究所は2008

年初頭に中新天津生態城能源有限公司より「再生可能エネルギー規画」の策定

業務を受託した。同都市で消費するエネルギーの20%以上を再生可能エネル

ギーで賄うための具体的な方策を策定することが目的だ。導入されることに

なったエネルギー供給技術は以下のようなものだ。

賞 中新天津生態城の再生可能エネルギーメニュー

①高効率ヒートポンプ

水源を利用して暖房、冷房を供給。

②地熱ヒートポンプ

地熱を利用して暖房を供給。

③バイオエネルギーシステム

下水から発生するメタン系バイオガスと乾燥ゴミから発生する乾留ガスを

天然ガスで熱量調整して高効率.ジェネレーションに投入。

④太陽熱温水器

住宅用の温水供給。

100

Page 111: 中国環境都市

精製混合

固体

〈分離)

第3章中国の環境,エネルギー覇権戦略

電力

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水処理・利用

下水道

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図表3-9中新天津生態城の再生可能エネルギー計画

給湯

燃料ガス

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⑦埼○詞総

Page 112: 中国環境都市

⑤太陽光発電

公共施設などにシンボル的に配置。後に、設置範囲の拡張、メガソーラー

の導入により大幅に導入量が拡大。

⑥風力発電

風が弱いためシンボル的に数千kW導入。

⑦CO2冷媒ヒートポンプ)

現状では再生可能エネルギーに含まれないが、将来を見越して導入。

☆Ⅲ蜂の影響受けるエネルギー ラン1用亭==-1害ごL,I叩--瓦==_=課画一---==L--=乱.串司一睡-=卸■ニーローーー■一画1-=-ヨーーーL--5画--回■=一~~出湧毛~。'~~=写=■q

上述した中新天津生態城の再生可能エネルギーのメニューにも政府の意向は

反映されている。

まず、ヒートポンプが多用されているのは、風力が少ない中で再生可能エネ

ルギーを確保することに加え、この地域では比較的地熱が豊富である、地熱

ヒートポンプについては国産化が進んでいる、といった理由がある◎

太陽熱については高層住宅を含め相当な量が導入される予定になっている。

これも本章の前段で示したとおり、中国が世界最大の太陽熱利用国であるとい

う理由がある。

こうして国産技術の普及が重視される一方で、.ジェネレーションについて

は、欧州製の高性能機器の導入が決まっている。中国は先進性の高い技術につ

いて、最近特に積極的である。

多分に結果論の面もあるが、中国で検討されているエネルギーシステムは、

中国が国産化し強みを持っている技術をできるだけ取り込みながらも、一部に

ついては海外の高性能機器を取り入れ、ネットワークを構成する、という形態

になっている。こうしたシステムの成り立ちは、次章で述べるとおり、中国の

新たなステージの国産化政策として意味を持つことになる。

☆ 巧みな中国の国産化政策

中新天津生態城の再生可能エネルギーの導入量は政府のトップダウンで決め

られた。上述した技術構成と合わせると、可能な範囲でチャレンジングな目標

102

Page 113: 中国環境都市

第3章中国の環境・エネルギー覇権戦略

を課し、国産技術をふんだんに盛り込んだうえで海外先進技術のネットワーク

を形成しようとしていることになる。これは、中国という巨大な蝋に先進技術を取り込み、やがては国産化する、という政策の一環と捉えることもでき

る。そうだとしたら、実に巧みな中国政府の手綱さばきである。

中国では2008年から固定価格買取制度と補助制度を組み合わせたメガソー

ラー事業が開始された。これも、中国が世界最大の太陽光発電生産国となった

のと時を同じくしていることから、国産化政策と密接に関係しているものと考

えることができる。

海外勢は中国政府に求心力が一層高まる市場を見せつけられ、中国企業の体

制が整った中で虎の子の技術を投入せざるを得ない、という厳しい状況にあ

る。一方で、ほとんどの産業にとって、中国が世界最大の市場となることが明

らかとなり、この市場での勝敗が世界中の市場に反映されることは間違いな

い、という国際情勢がある。

いつまでも引いていれば衰退は不可避、進んでも困難は避けられない、とい

う実に厳しい状況に先進国企業は置かれている。世界経済の中心が東から南ア

ジア諸国に移りつつある時代の避け難い現実でもある。

問題は、そうした中でも遥しく市場開拓に励む欧米企業に比べ、巨大な市場

を前に足踏みしている日本勢に若干のひ弱さを感じることなのである。

103

Page 114: 中国環境都市
Page 115: 中国環境都市

第 4章

環境都市は環境ビジネスの

生態系

Page 116: 中国環境都市

愛 技術を磨く環境都市

中国の環境都市には中国で国産化され、それなりの差別性を持った技術と海

外の企業と公的機関が競ってセールスした先端技術が装備される。こうした構

造が中国の環境産業の新たなステージを生み出すことになる。四つの観点から

述べてみよう。

一つ目は、先進的な都市の中で国産技術が磨かれることである。再生可能エ

ネルギーシステムのように、環境都市の中では複数の技術がネットワークして

機能することになる。そこで国産技術が劣っていればすぐに発覚し、改善に向

けたポイントも明らかになる。技術を供給している企業や政府が積極的になれ

ば技術を一段進歩させることは容易なはずだ。環境都市はそのためのベンチ

マークをネットワーク上で提供する。もともと中国が相応の差別性を持った技

術が抽出されているから、改善が進めば、当該技術の国際市場での位置づけが

高まる可能性もある。

禽遡蝿哩国産化が唾二つ目は、海外から導入された先進技術の国産化が進むことである(図表4

-1)。環境都市に技術を納入することは当該技術を公的な都市運営者に委ねる

ことにほかならない。中国政府は運営者の立場から技術を評価し、技術を学ぶ

ことができる。基本理論が中国にない技術の場合には、運営者が学んだ内容が

産業界に波及することは少ないかもしれない。しかし、基本的な技術があれ

ば、運営者の有する情報が伝わることによりキャッチアップが可能となるケー

スは少なくないだろう。例えば、今は技術差があるCO2冷媒のヒートポンプで

106

Page 117: 中国環境都市

第4章環境都市は環境ビジネスの生態系

:途i卜国 堅〕図表4-1中国の海外展開

も、中国は初期的な製品を構成するための基盤があるから、環境都市が技術導

入のための機会を提供する場になる可能性がある。技術の課題を把握すること

ができれば、より優れた技術の開発につなげることも不可能ではない。

もちろん、技術を調達する中国の公的団体には守秘義務が課されるだろう

が、環境都市には公的な施設が数多く建設され、中国中から見学者が来訪す

る。そこで、見学、説明、資料提供を通じてさまざまな情報が中国企業の手に

渡ることは避けられない。これをもって中国の模倣を批判する向きがあるかも

しれないが、それは当たらない。ここで述べているのは公的な施設の運営者と

しての公正な情報提供でも中国企業の技術改善に効果がある、ということであ

107

Page 118: 中国環境都市

る。日本もそうして欧米の技術から学び今日の経済大国の地位を築いた。

問題は、それこそ桁違いの数の企業が先進技術に群がってくる中国市場のパ

ワーにある。それは世界経済を支える中国市場の活力の源泉でもあるのだか

ら、先進国が中国市場の活力を取り込もうとする以上、避けて通れない洗礼と

言える。

瀞禽迩E榊咽唾饗出す環境都市三つ目は、環境都市が中国に新しい付加価値を植えつけることである。現段

階で、中国の先端的な環境都市で計画されているほど、バラエティのある技術

を10万人単位の都市で実装し、他都市にも横展開できるようなシステム化を

図っている例は世界的にない。そこではさまざまなノウハウが生まれる。

まずは、先端的な技術の組み合わせに関するノウハウが得られる。いくつか

の都市での事例を経‘験すれば、中国が他国に先んじて最適な環境・エネルギー

システムを構築するための知見を獲得することになるだろう。第3章で述べた

とおり、中新天津生態城には中国国内の他の環境都市に展開できるモデルを構

成しようという目的がある。

先端技術の運営ノウハウも蓄積されるはずだ。環境都市に関わっていればわ

かることだが、先端技術をふんだんに盛り込んだ環境都市の運営には、これま

での都市運営とは次元の異なる技術的な知見や体制が必要になる。ポスト京都

に向け世界中の都市が省エネルギーや再生可能エネルギーの技術を装備するの

であれば、中国は世界に先駆けて次世代都市の運営ノウハウを身につけること

になる。その中には、人的な資源や今の都市にはない新しいサービスも含まれ

るだろう。

十数年前、インターネットが出現した頃、ITの世界では付加価値の根本的

な転換が起こった。それまで、市場をリードしてきたのは、コンピュータ、

サーバー、パッケージソフトといったコンポーネンツを提供する企業であっ

た。しかし、インターネットが登場すると、市場をリードするのはネットワー

クの構築や運営を司るポジションとなった。例えば、田Mはこうした時代の

転換を捉え、華麗な転身を|到った。

108

Page 119: 中国環境都市

第4章環境都市は環境ビジネスの生態系

Iiilじことが、エネルギーの世界でも起こる。これまでエネルギーの市場を

リードしてきたのは、主として発電機やエネルギー消費設備を提供する企業で

あった。しかし、スマートグリッドやエネルギーマネジメントシステムが普及

すると付加価値の源泉はネットワークを司るポジションへと移動することにな

る。そう考えるとき、環境部市はエネルギーの需要と供給を高いレベルでネッ

トワークすることができる受け皿になる。

四つ目は、中国が他の新興国や途上国への展開のための競争力のある知見を

獲得することだ。最近、官民をあげてアフリカ市場への展開を図っているよう

に、中国は今後成長性のある国々への展開に力を入れていく。中国経済の安定

した成長を支えるには海外市場への参入が必須であり、アメリカを始めとする

先進国経済のl叫復が当面期待できないのであれば、成長性のある市場に焦点を

当てるのは当然だからだ。中国内でのインフラ建設がひと段落すれば、中国企

業の側からも海外展開の必要性が増すはずだ。それを受け、中国政府は13億

人の国民生活を豊かにするために、需要創造、企業の成長の後押しと、あらゆ

る手段を講じていくことになろう。

今のところ、海外市場における中国の強みはコスト競争力や先進諸国が真似

のできない働きぶり、などだが、今後は中国の国産化政策が功を奏し、付加価

値の高い商品やサービスが確実に増えていく。その意味で、官民が一体となっ

た施策を講じやすく、公的資金が活かせる環境都市の建設は中国にとって効果

的なテーマなのである。

先進的な技術をネットワークし、これを運営するための知見を備えた中国は

付加価値の面でも先進国にとって手ごわい競争相手になる。

禽掴fi凝迦馬ノⅧ場でのすみ分けを学ぶ中国の取り組みを真似ようにも、先進国には中国の環境都市に匹敵するほど

の集中的な環境投資の場は見当たらないし、追随するだけの財政力もない。

中国が環境都市で培った知見を引っさげて海外展開することを想定するので

109

1.,『.、.~E

Page 120: 中国環境都市

あれば、中国市場を避けて他の新興国や途上国への展開を図る、という戦略に

は将来性がないことがわかる。中国国内での競争を避けて他のアジア諸国に進

出しても、数年もしない内に成長した中国企業と第三国で合い見えることにな

るからである。中国と伍していくためには、中国市場でどのように棲み分ける

かを学ぶしかないのである。視点を数年先に向ければ、現段階での中国市場の

難しさとは数年先のグローバル市場の難しさそのものということができる。そ

の難しさが、新興国、途上国に留まることなく先進国市場にも及ぶ可能性は十きすう

分にある。中国の環境都Tl丁の中での競争は世界の環境・エネルギー市場の帰趨

を占う場になる。

こうした認識に基づき、本章では、欧米先進企業などの環境都市へのアブ

ローチ方策と日本の課題に焦点を当てる。

110

Page 121: 中国環境都市

麹旦j参弱瞬嵯再生可能エネルギーの分野で巨大な市場を背景に海外企業を呼び込んだのと

同じように、中国の環境都市は世界中の企業を引きつけている。環境都市に

限ったことではないが、欧米ではインフラ事業に対しては官民が一体となって

取り組むのが一般的だ。筆者が関わっている中新天津生態城でも、各国が早い

段階から積極的なアプローチを仕掛けている。

最も一般的なのは大使館を窓口としたアプローチだ。ここでも、オランダ、

ドイツ、フィンランド、アメリカなどの国の大使館から接触があったという。

アメリカでは大臣経験者クラスによる中国の指導者レベルへの働きかけもあっ

たとされる。

こうした欧米のアプローチは着実に成果を上げている。中新天津生態城で

は、例えば、開発の基本プランはイギリスのエンジニアリング企業ARUP(ア

ラップ)社が受託し、都市機能の中で最も早く整備される下水道についてはオ

ランダの先進技術が導入されている。後者については臭気対策に優れているこ

とが評価されたようだ。下水道は都市の中でも最も早く計画されるインフラだ

から、早い段階から、住環境を重視する環境都市の特性を掴み、アプローチし

たことの成果と言える。

環境都市に関わるイベントでよく目にするのは北欧系の企業である。北欧企

業は総じて海外進出に対して積極的である。人口数百万程度に過ぎず、国内市

場には鼻から期待できない、と思っていることが彼らを地球の裏側の都市開発

案件に駆り立てる。後で紹介するシンガポールにも北欧諸国と同じような事情

がある。

111

Page 122: 中国環境都市

蕊'鞭出遅れる日本企業擬鋤澱識…、剛鍔………………….…………“

これに対して日本勢は決定的に出遅れている。中新天津生態城にかかわら

ず、中国の都市開発の現場で日本人に出会うことは稀である。中新天津生態城

の場合、日本企業がその存在を知ったのは、早い企業で2009年初頭、遅い企

業では2009年も押し迫ってきた頃だ。この頃、オランダが受注した下水道施

設は完成に向けて工事のピッチをあげていたのである。に|」国以外のプロジェク

トの現場でも欧米人が多数参加する中、日本人は見かけないという経験をし

た。インフラプロジェクトでは計画の上流段階からのアプローチが有効だか

ら、出遅れは致命的だ。

日本が出遅れる最大の理由は何といっても情報不足である。中国に限らず、

海外の都市開発の情報を先手先手で入手するルートがないことと、アンテナが

立っていないことなどが原因だろう。一方、日本企業はプラントについては上

流段階から情報を入手しているし、競争力もある。にもかかわらず、都市開発

について出遅れているのは、市場としての認識度が低いからではないか。ま

た、事業の対象として捉えていなかったこともあり、新興国の各地域に密着し

た情報ルートも整備されていない。

識i罵醗MIMli譜kh例えば、後述するように欧米の設計会社は都市の基本プランを多数受託して

いるので、都市開発が榊想される段階から新興国の情報を取れているはずだ。

また、欧米の大手コンサルティング会社は主要都市の顧問となっていることも

あるので、政策段階から情報を得ることができる。これに対して、日本が情報

を得るのは、プラントや設備の計画が進んでからである。

欧米が新興国に進出する際には、まず、法律、会計、コンサルティングのよ

うなソフト分野の企業・団体が進出し、設計会社やプロジェクトマネジメント

会社などが続き、制度面での情報が十分に得られた段階で建設会社や製造業者

が進出すると言われる。100%正しい指摘と言えない面があるかもしれないが、

本隊の上陸を前にした日本と欧米諸国との情報量に大きな差があることは間違

112

Page 123: 中国環境都市

いない。

日本には総合商社があり、世界中に国々 の駐在員がさまざまな情報を入手し

ている。そのさまは、かつて日本経済の強さの源泉と言われたこともあった。

しかし、都市計画のような分野ではこうした日本の強みが必ずしも発揮されて

いないようである。

識朔畷f似r

113

中国進出と言うと、二言目には「難しい」と言う日本人ビジネスマンが多

い。間違った指摘ではないが、十分な情報を得ながら進出を図っている欧米人

から見れば、情報不足で上陸すれば痛い目を見ても仕方がない、と思われてい

るのかもしれない。

理屈の上では、上流からの情報を手にしている欧米に対・抗するために、日本

もコンサルティング会社、法律事務所、会計事務所が先行的に進出すればい

い。しかし、残念ながら、こうした分野の企業。団体については質、量共に、

欧米先進国のはるか後塵を拝しているのが実態である。

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第4章環境都市は環境ビジネスの生態系

Page 124: 中国環境都市

仕様

設計

だけ上流側に強みを持つ国の企業はプロジェクトの上流側の情報に触れ、影響

を与えられる可能性が高くなる。

グローバル化と情報化が進んでも、国内の企業間の情報交流は国際間の情報

交流よりはるかに盛んだ。例えば、アメリカの設計会社が業務を受託すれば、

アメリカの製造業が他国の同業者に比して早く情報を得る可能性が高い。グ

ローバル化、ボーダレス化、あるいは情報化、と言われて久しいが、海外の事

業リスクなどを検討するには、まだまだ、同じ国の中に、同じ言語で、フェー

ス.トウ.フェースでやり取りできる情報がどれだけあるかが重要だ。国内に

プロジェクトの上流側にルートを持っている企業がいることは、メーカーや建

設会社にとっても事業運営上有利に働くのである。

国際的なインフラ市場のために国内の都市建設の体制を作るのは本末転倒だ

が、結果論として、インフラ分野での推進転換の遅れた日本が国際的な市場で

不利な状況に立たされていることは否めない。もしかしたら、転換の進んだ欧

米の企業が有利なように国際市場の枠組みが形成されてきたのかもしれない。

問題は、筆者を含むほとんどの日本人が、現状の優劣が偶然の結果なのか、窓

意によるものなのかを想定することすらできないことにある。

政事業の上流

企画

計画

図表4-2上流からのアプローチのメリット

114

篭建設

価格競争

Page 125: 中国環境都市

禽節雲加弓中新天津生態城でARUP社が受託したような都市開発の基本プランについ

ては欧米大手設計会社の独壇場となっている。都市のコンセプトから事業計

画、あるいは上下水道のような技術的素養を要するインフラの設計まで一貫し

て担うことができる企業がL1本を含むアジア諸国にはほとんど存在しないこと

が理由だ。日本ではどんなに実力のある建設会社や設計会社でも、都市建設を

司る公共団体から基本プランの一部分である計画、設計、建設、監理などの業

務を受託してきたに過ぎないのである。

理論的には、日本でも設計会社、建設コンサルタント会社、事業コンサル

ティングを提供する会社、などがコンソーシアムを組成してコンセプトから個

別施設の設計まで包含する業務を受託することはできる。しかし、実際には豊

富な実績を有する欧米設計会社と比べて、提案内容についても素養や実績面に

ついても同等の評価を受けるのは極めて困難だ。仮に、政府支援などと結びつ

けて受託することができたとしても、コンソーシアムの中でのリスクや収入の

配分、プロジェクトマネジメントは容易にいかないだろう。損失を出せば、社

内で対象国の事業の位置づけが下げられ、次回からコンソーシアムへの組成も

難しくなる、というジレンマに陥る。複数の企業による海外案件への参加を続

けるのは困難を伴う。日本が、包括的なサービスの提供能力と中期的な目線で

市場開拓に取り込める企業が十分に育てられなかった歴史を擬ね退けるのは容

易ではない。

115

Page 126: 中国環境都市

-=-ご垂=---=一=---曲=ご=や酉==--卸酋ご-時画=ー唾一画ロ ー 一 雨 、 ー = ー ー ー 一 堂 一 一 = =

ビジネス劣勢の理由

116

日本で都市開発事業に関する素養がバラバラになってしまったのは、官公庁

が都市計画の業務を抱え込み、民間企業に個別の業務だけを発注してきたから

だ。世界的にインフラビジネスの市場が拡大する中で、民営化や民間移転が進

まなかったことが仇になっている(図表4-3)。

最も顕著な例が水ビジネスの世界である。世界中で100兆円を超える市場が

あると言われながら、ベオリア、スエズといったフランス企業の圧倒的な競争

力を前に対抗する方策を見出しかねているのが現状だ。

フランス企業の力の源泉は、ナポレオン三世の時代に遡る150年もの歴史を

背景とした、ノウハウ、体制、経験、データの蓄積などにある。両社は現在の

パリが建設された時代、水道事業を運営するために設立された会社を起源とし

ている(この時代に設立されたデゾーという会社が分割され後年ベオリア、ス

エズとなった)。150年も前に都市のインフラの運営を民間に委ねようという、

フランス人の都市運営上の大発明が今日のグローバル市場での競争力につな

識'K-zk

行政

「一驚スーT~墓'菖 「一f

図表4-3構造改革の遅れ

欧米のレベル

民営化、コンセッション

運転

「一一『一一

包括一括発注

塾.一

個別一括発注

設備運営

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‘レベル

燕工鐸 ↑一分

割発注

産 麺il設計 建設

Page 127: 中国環境都市

第4章環境都市は環境ビジネスの生態系

がっているのである。長い歴史の中で彼等は何万件という契約実績を重ね、世

界中で事業を展開するための経営、技術、資金、人材、などに関する基盤を

培ってきた。それを覆すのは並大抵のことではない。

一方、日本では公共団体が水道事業を運営し、民間事業者には設計、建設工

事、部分的な施設の維持管理・運営しか委託してこなかったため、水道事業を

丸ごと任える企業が輩出しなかった。2002年の水道法改正で、ある程度包括

的なサービスができるようになったが、肝心の公共団体の改革が進まず、市場

は全く成長しなかったのである。そこで、個別の機能を持つ企業が集まってフ

ランス系企業に対抗しようとする動きが出てくる訳だが、要素を集めることで

彼らと対等に戦うことはできない。

事業全体のリスクを左右するような中核技術がある場合は技術を束ねるごと

が事業全体としての競争力を高めることにつながる。しかし、技術が概ね成熟

した水道事業では、個々 の技術のリスクやコストより、全体を運営する際に生

じる摺り合わせのコストやリスクを管理するノウハウの方が重要度が高いのである。

公共団体では対抗できない国際市場

民間企業のコンソーシアムが十分な運営能力を持っていないのなら、水道事

業を運営している水道局を参加させようという動きがある。例えば、日本の水

道の漏水率は際立って低いから、そのための知見は付加価値になるし、水道事

業全体を管理、運営するノウハウを供与することは可能だ。しかし、公共団体

が参加したからといって、フランス勢に対抗することはできない。全体運営に

関わるコストやリスクの所在はわかっていても、それを民間企業の財務的な拘

束の中で管理した経験がないからである。リスクの所在はわかっていても、管

理するレベルが違っていたら、少なくとも国際的な競争を勝ち抜くための入札

価格を提示することはできない。

公共団体として培ったノウハウを生き馬の目を抜くような国際競争の中で活

かすには、公共団体を民営化し、民間企業としてのリスク管理や財務運営の蓄

積を図るしかない。水分野では、かつてのサッチャー改革の民営化によって誕

117

Page 128: 中国環境都市

生したテムズウォーターが数少ないフランス系企業の対抗馬となっている。民

営化を経ずに公共団体として国際競争に参加することは、国内の構造改革派か

らは議論のすり替えに見える。

118

Page 129: 中国環境都市

禽鳶i屑誰9画ロ罵訪法中国の環境都市への参入を図っている欧米企業は、どのようなアプローチを

すれば自らの商品を売り込むことができるかを心得ているように見える。

北欧にはエネルギー分野などで優れた技術やノウハウを持っている企業が少

なくない。しかし、人口規模が小さいこともあり、国として得意な分野は限ら

れている。こうした場合は、競争力を発揮できる分野にターゲットを絞り、都

市の開発スケジュールを踏まえたうえで、官民が連絡を取り合いながら、商品

をプロモーションしていけばいい。

一方、アメリカやドイツのような広範な事業範囲を有する大企業を抱える国

が海外のプロジェクトに商品を売り込もうとする場合には、北欧諸国などと

違ったアプローチが必要だ。まず、商品によって都市に装備される時期が違う

ので、商品ごとに整備、建設スケジュールに合わせたアプローチが必要だ。例

えば、下水道は都市開発の初期段階に整備されるので土木設計の早い段階から

のアプローチが必要だが、住宅用太陽光発電は用地が売買され民間の不動産業

者が決まってから具体的な仕様作りに入る。いかに中国の都市建設のスピード

が速いといっても、その間2,3年はある。

こうした広範囲にわたる商品ラインアップを売り込むには、長期間にわたり

アプローチを続けるか、組織のより上層部にアプローチし、さまざまな設備に

対して決定権を持つ層に情報を届けなくてはならない。低空飛行で長い間追いち生うかん

かけ続けるか、鳥IliWtできる立場でアプローチするか、である。後者の手段を

選ぶのであれば、政治によるトップダウン外交も有効になる。

我々が耳にする欧米諸国のアプローチは、企業を特定しない政治家や行政マ

119

Page 130: 中国環境都市

ンの動きだが、個別企業に対して彼等が動くこともある。企業を特定しない

ケースが目立つのは政治的な目的もあろう。

資 先進企業の動き

欧米の先進企業は単独で幅広いマーケットアプローチができる体制を整えて

いる。アメリカのGE社を例に考えてみよう。

筆者の知る限り、同社のマーケットアプローチは三つの点で優れていると言

える(図表4-4)。

一つ目は、商品群のコンセプトである。同社は2005年から環境問題に関す

る革新的なソリューションの開発や価値のある製品やサービスの提供などを目

指して、エコマジネーションというコンセプトを掲げている。毎年エコマジ

ネーション・レポートを公表しており、ソリューション指向の事業が実践、評

価されるようになっている。こうしたコンセプトは事業の現場にも浸透し、担

当者レベルでも単体の機器売りに埋没せず、ソリューション提案が心がけられ

ている。企業としてのコンセプトが世界中の現場の動きに反映されていること

〔顧客サイド〕

中央政府

地方政府 |’ 地方政府

開発区

一 一一

マーケットチャネル

く拝

,塚聞発区

責任者

部門長

担当

図表4-4先進企業のアプローチ

120

〔企業サイド〕

政府

孟竺r,

差別化

された

製品群

Page 131: 中国環境都市

第4章環境都市は環境ビジネスの生態系

Iま見事である。

二つ目は、重層的なアプローチルートを持っていることである。最上層は、

相応の立場の政治家や行政マンを同行して、中央政府や地方政府上層部にアプ

ローチするルートである。次の層は、支社レベルのアプローチルートであり、

支社長クラスには地方政府の上層部などにルートを持っている人材が登用され

ている。その次の層は、支店レベルのルートで、開発区などの部門長、責任者

レベルに通じた人材が配置されている。当然、主要ポストには現地の人材が配

置されている。他国市場に参入するための、レベルに応じた人材配置と徹底し

た現地化の成果が見て取れる。

三つ目は、筋肉質の商品ラインアップである。数々の書籍などで紹介されて

いるように、同社では、ジャック・ウェルチCEOの時代から、国際市場で1

位、2位レベルにない商品を淘汰することで高い競争力と収益性を維持してき

た。一方で、総合電機、エンジニアリング会社として幅広い商品構成が必要に

なるため、淘汰により抜け落ちた分野については収益力で培われた資金力に

よって、世界中から競争力の高い商品や企業を買収した。こうすることで広範

かつ競争力の高い商品ラインアップが構成されている。

環境の時代に即した経営戦略とそれを現場まで浸透される経営力、政権層か

ら事業現場に至る重層的なマーケティング体制、競争力の高い商品ラインアッ

プを兼ね備えているのがインフラ分野のトップ企業GEである。そして、これ

ほど隙のない企業との競争が避けられないのが中国市場なのである。

刊W咋僧」1両wl:11i1i鷺月率嵯との格差

こうした国際的なトップ企業に比べると日本企業の体制面での劣勢は否めな

い。まず、これまで日本の政治家や行政は民間企業の営業支援をしようとしな

かった。これだけ国際市場での競争力の低下が叫ばれても、官民の間に線を引

こうとする行政マンは少なくない。最近になって、政治レベルでは「日本を売

り込もう」という姿勢が見えるが、動いたからといってすぐに結果が出るほど

国際市場は甘くない。政治家にしても行政にしても、営業支援のノウハウを蓄

積していないからスマートに民間を売り込めないだろうし、官民の間のスムー

121

Page 132: 中国環境都市

ズな引き継ぎのためのプラットフォームもない。また、これらの問題が解決さ

れたとしても、ようやく欧米諸国と肩を並べただけなので、すぐに成果が出る

とは限らない。

政治家や行政が営業支援をしなかったことについては、民間の側にも責任が

ある。例えば、平等な成果配分を求める傾向がある。行政マンが民間の営業支

援に慎重になる一つの理由はこの点にある。国際競争の世界で政治家や行政が

どれほど営業支援をしようが、野球の打率ほどの成果を上げるのも難しかろ

う。当然のことながら、運良く果実を手にすることができる企業もあれば、で

きない企業もある。政治家や行政の営業支援を求めるのであれば、民間の側も

横並びの評価を受けようとする姿勢を払拭しなくてはいけない。

国際市場のマーケティングに向けた官民協働体制については第5章で再度述

べることとする。

122

Page 133: 中国環境都市

食 都市国家シンガポール

中国の都市建設や不動産開発で注目されるのはシンガポールである。

1965年に都市国家としてマレーシアから分離独立したものの、十分な農地

を持たず、水すらも輸入に頼る立地条件での独り立ちとなった。そうした不利

な状況を覆そうと、シンガポールは建国以来わずか数百km2の国土に国民が快

適な生活を送ることができる高度な都市機能を作り上げ、美しい町並みと快適

な機能を持つアジア有数の都市となった。

国の成り立ち自体がチャレンジングであった歴史を持つシンガポールはその

後も積極果敢な政策姿勢を維持している。外国人から見て最もわかりやすいの

は国際交通インフラである。国内の経済規模が限られ、海外への経済的依存度

が高まらざるを得ないシンガポールにとって、国際空港は成長のために欠かせ

ないインフラだ。そこで、横浜市ほどの人口のシンガポールが成田空港に比肩

する機能を有するチャンギ国際空港への投資を行ったのである。世界の国際空

港建設のトレンドをリードしてきた先見性と、一歩間違えば国家財政が揺らぐ

ほどの投資を断行した決断力と実行力には驚かされる。

国際港湾についても、シンガポール港は貨物の取扱量と機能で世界のトップ

グループにいる。

竜:芦計画的な都市作り』I’蝋,畔封上‘罵鱈急弓罵窯蝉悪,W…烹

国際交通インフラと並んで注目されるのは計ijII的な都市作りである。チャン

ギ空港と都市部は地下鉄から延長した中距離電車で結ばれ、沿線にはリゾート

施設や居住施設が立地する。整然と整備され、緑に覆われた街並みはガーデン

123

Page 134: 中国環境都市

図表4-5美しいシンガポールの街並み

シティとも呼ばれる(図表4-5)。

都市の中心部には高層ビルが立ち並び、業務、商業、居住が近接した密度の

高い都市となっている。これが古くから国際的な交通の要所とされる立地条件

とあいまってアジア屈指の金融業、サービス産業の中心となった。最近では先

端技術開発のための都市機能整備も進んでいる。シンガポールは土地の制約を

逆手にとって、高度な都市機能を整備し、海外にも通用するレベルの都市計

画、都市運営のノウハウを身につけたのである。

都市建設と並行して発達したのは、システマティックなユーティリティ整備

である。水の確保は建国以来シンガポールが抱え続ける重要なテーマだが、マ

レーシアから輸入される限られた水を大事に使うことで、都市レベルでの水の

処理、リサイクルのノウハウが培われた。

責 海外展開する都市建設のノウハウ

都市国家として築き上げたノウハウを活かしてシンガポールは海外のインフ

ラ事業に積極的に進出している。チャンギ空港は国際空港のトレンドを牽引し

てきた経験を盾に海外の国際空港プロジェクトに参画している。

124

Page 135: 中国環境都市

第4章環境都市は環境ビジネスの生態系

二うでい

水のリサイクル技術の海外展開も盛んだ。イロ別技術に拘泥せず、水リサイク

ルのマネジメントノウハウを有することがシンガポールの強みだ。

都市の建設・運営のノウハウは中国の都市開発事業に反映されている。中国

江蘇省蘇州市の蘇州工業園区はシンガポールの資金とノウハウが注入されたプ

ロジェクトである。都市の計画や事業の立ち上げ段階での支援はもちろんのこ

と、今でも蘇州市の職員がシンガポールに派遣されるなど、息の長い運営支援

やノウハウ移転が行われている。現在、我々が関わっている中国最大最先端の

環境都市、中新天津生態城もシンガポールと中国の共同出資による事業だ。

国際空港、水インフラ、都市開発のいずれも、建国以来の国の課題を克服

し、国際市場に向けた強みに変えたことの成果だ。

☆鴬:《ガ淵L92通都市建設という視点から見たとき、シンガポールにはいくつかの優れた点が

ある。

一つ目は、官民一体となった投資力である。中新天津生態城にもシンガポー

ルの民間の投資会社が参加しているが、国とがっちり四つに組んだ投資体制が

とられている。シンガポール投資団が手掛けている足の長い壮大な不動産開発

の投資に追随できる日本の金融機関はいないだろう。

二つ目は、都市の梱密性である。中国の都市開発は基本的に不動産事業であ

るから、投資回収率が重視される。いかに土地が広くても単位面積当たりどの

くらいの経済力を持つかが重要になる。そこで、限られた土地の価値を計画的

に高めてきたシンガポールの経‘験が活きる。

三つ目は、都市計画の能力である。シンガポールはここ半世紀の間に計画的

な都市国家を建設した先端的な都市計画のノウハウを有している。この間、日

本も数多くの都市開発を手掛けたが、対象となる都市の規模が違う。

四つ目は、都市運営のノウハウが形になっていることだ。シンガポールでは

建設が完了した後でも、インフラ運営、立地企業へのフォローなどを行う機能

が明確だ。中国でもシンガポールが関わった都市の立地企業の満足度は高いと

いう。都市運営の歴史が強みに転じた点は、水道の分野で、ベオリアウォー

125

Page 136: 中国環境都市

ターなどの競争力の高いインフラ企業を生み出したフランスの歴史に通じる。

五つ目は、華僑ネットワークによる政治レベルでのアクセスや情報力を有す

ることである。中国では、民間の不動産投資でも華僑資本が有利な立地を確保

している、という指摘もあり、先行的な不動産投資を行うには、独自の情報力

が欠かせない。この点でシンガポールに追随できるのは香港資本くらいであろ

うo

都市国家を建設した経験と一党独裁の強みを市場に展開するシンガポールは

新興国市場で特異のポジションを獲得している。

126

Page 137: 中国環境都市

賞z塾リヵ槌耐暁些2三21中国市場で成果を上げる海外勢には国の特性に応じた工夫や強みがある。

アメリカを代表する企業であるGEの取り組みは、先進国大企業の新興国進

出のお手本のようだ。エコマジネーションのように、企業トップから現場まで

浸透するコンセプトを掲げ実行できる体制を作り上げるあたりは、企業経営ノ

ウハウとマネジメント人材で世界の先端を走るアメリカの力量を感じることが

できる。また、空洞化が進んだといっても、世界最大の経済大国アメリカの製

品供給力は世界のトップレベルにある。

アメリカでの留学経験者が増えていることも有利に働いている。今や、

MBA,・博士号、論文投稿数など、アメリカにおける知的資産形成のあらゆる

分野で中国人が他を圧倒している。中国経済の隆盛と共に、多くの優秀な人材

が中国での活動機会を求めている。グローバルな経営感覚と経済理念を身につ

けた優秀な人材が重要なポジションにつけば、企業や公共団体のマネジメント

レベルで米中の価値のあるネットワークが形成される。実際、中国のベン

チャービジネスの上場などについてはアメリカの金融機関が活躍した。

必要に応じて政界の重鎮を引きずりだせるのは「回転ドア」と言われる、政

界、財界、アカデミアの間での人材交流基盤を有するアメリカならでは環境が

あるからと考えられる。これが上述したアメリカのマネジメント基盤と結びつ

いて、政府要人クラスへのアプローチと、重層的なマーケティングを可能とし

ている。同じような基盤がない日本が同じような取り組みを行ったとしても、

官民チームとしてどれだけ機能するか見えないところがある。

127

Page 138: 中国環境都市

☆恩擢蝿確持.z型超し人口わずか数百万人のシンガポールの中国での特異な位置づけは、この国の

成り立ちと密接に関係している。まず言えるのは、華僑ネットワークによる強

力な人的つながりと情報力である。この点で日本や欧米が肩を並べるのは困難

だ。次に言えるのは、建国以来の伝統に支えられた国としての統率力と官民一

体の機構である。こうした体制がなければ、チャンギ空港やシンガポール港が

今日の競争力を備えることはなかったし、ガーデンシテイと称される美しい街

並みを作り上げることもできなかっただろう。中国にも官民の関係が入り組ん

だ事業体制があるから、事業構造の面での親和性も高い。

シンガポールの官民一体構造は他国が追随できないリスクを取れる資金を生

み出し、投資家という事業上最も影響力のあるポジションの確保を可能として

いる。こうしたポジションがあるからこそ、人的なネットワークも生きてく

る。いかに華僑ネットワークがあるからといっても、交渉巧者の中国相手に、

差し出すものなしに優位なポジションを確保することはできまい。

一方、シンガポールには製造業の基盤が弱いゆえ環境都市が必要とするすべ

ての技術を供給することができない、という課題はある。いきおい、上述した

強みを活かしながら、投資家としてのリターンと特定分野の技術やノウハウに

よって事業上のメリットを得るのがシンガポールのポジションとなる。

寅 堅実なヨーロッパ諸国

ヨーロッパ諸国はアメリカやシンガポールほどの強みを持っている訳ではな

い。大使館が事業の計画段階から情報を収集しアプローチを行い、フランスの

ようなトップセールスを行える、と言っても際立って高い競争力があるとは思

えない。彼等に特段の特徴があるのではなく、日本が彼等から差別化されてい

るに過ぎない、というのが実態であろう。

ただし、個別企業のレベルで見れば、早い段階から中国の事業の現場に足を

運び、情報収集と売り込みを行っているさまは、一般の日本企業より遅しく映

る。特に、北欧諸国の積極的なアプローチについては学ぶべき点がある。

128

Page 139: 中国環境都市

129

このように中国で活躍している国々は、各々の特徴を活かして市場参入を

図っている(図表4-5)。

日本が中国という世界最大の成長市場で彼らと互していこうとする場合、中

国市場には二つのタイプの競争者しかいない、という認識が必要だ。

一つは、中国国内での実績とネットワークを有し、中国の制度や慣習に馴染

み、国産化政策などで中国政府の支援を受けることもできる現地企業である。

中国で、中国法人を顧客とする場合、彼等にとって海外企業より中国企業の方

が付き合いやすいのは当然である。そこで敢えて取り引きをしていくために

は、彼等に対して明確な差別性が必要だ。

もう一つは、成長市場に進出するだけの体力を持った第三国のグローバル企

業である。世界に通じる商品や現地に送り込むだけの人材、市場参入を決定す

るだけの戦略、などを持った先進国のトッププレイヤーの企業群である。彼等

と互するためには世界選手権に出場するくらいの意気込みが必要だ。

こうした厳しい環境の中で自らの存在価値を認めさせることができなけれ

事業のプロセス

第4章環境都市は環境ビジネスの生態系

シンガポールの

アクセスレベル政策

事業の企画

r粥eベル言…。ファTイナンス

華僑ネットワーク鴨財の人材回転・都市国家としての、グローバル企業の商品性

経営カ

ク‘□-バルなアラ.現地化のノウハウイアンス

・高度かつ先端的ななど

技術基盤

&一麺一晶肩-4-銅一ふ

図表4-6諸外国と日本のアプローチ

政策で補完すべき

範囲帥

欝鴬卿j嶋淵

日ア

=ひ高度かつ先端的な技術基盤

基本計画

設計

建設

Page 140: 中国環境都市

ば、存在すらおぼつかないのが中国というマーケットである。次章では、そこ

での事業展開のためのポイントを考えることとする。

130

Page 141: 中国環境都市

での柔らかい成果があたかも「戦果」として報じられる。あるいは、大手建設会

社が新興国の事業で大きな赤字を出している傍らで、過剰なリスクを取ったイン

フラ事業を目指して国を挙げた受注活動が加速される。情報不足の末のリスク

テークだとすれば、いつか来た道である。日本が血眼を上げる一方で、ここのと

ころ欧米は意外に慎重に見える。

戦線が特定されない場合は、何を獲るかより、どこで勝てるか、の方が重要

だ。どうしても負けられない分野があるのだとしたら、徹底的に情報を集めて戦けんこんいってき

Ⅲ各を練り、乾坤一郷の勝負に出る。これが戦略の基本である。

しかるに、日本の新興国インフラ市場に向けた取り組みからは、国としての戦

略が見えてこない。厳しい財政事情の中で敢えて海外に公的資金を振り向けるの

であれば、日本が勝てる将来の成長市場に資金を集中しなくてはいけない。民間

が取れない将来に向けた投資のリスクを補完するのが公的資金の基本的な役割

だ。逆に、欧米の後塵を拝していて、技術も市場も成熟している分野に資金を振

り向けることは、欧米との格差を公的資金で補完していることになる。これで

は、実績とノウ八ウを獲得できたとしても、欧米と肩を並べられるのがせいぜい

で、日本としての差別性の向上にはつながらない。

I‘鴬中国を始めとする新興国は開発余地が大きいので、構想力があれば時代を先取繍#

M”Ⅲ

情報戦での敗北再び緋騨鍵鶏蕊議

どんなに大きな大砲を作っても敵がどこにいるのかわからなくては当たらない

のと同じように、どんなに良いものを作っても誰が買うのかわからなければビジ

ネスは成功しない。敵を知り己を知れば百戦危うからず、の故事を引用するまで

もなく情報は勝利の源泉である。

情報の重要さをいやと言うほど学んできたはずなのに、日本は再び国際競争の

舞台で情報戦に敗れつつある。その一方で、新間市場では新興国のインフラ市場

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Page 142: 中国環境都市
Page 143: 中国環境都市

第 5章

環境都市への参入戦略

Page 144: 中国環境都市

禽噺スピードで負ける日本

世界最高レベルの技術力を有する日本が世界最大の中国市場で出遅れてい

る。自動車、家電、インフラなどの分野も存在感を増す欧米、韓国企業に対し

て後塵を拝している。最大の理由は二つの意味でのスピード感がないからだ。

一つ目は、情報収集の面で出遅れていることだ。筆者が関わっている中新天

津生態城では、平均的な日本企業と海外展開に積極的な欧米の企業では情報把

握の時期に1年以上の差があった。ドッグイヤーと言われるくらいスピード感

のある中国市場で年単位での情報の遅れは致命的だ。次元が違うくらい進んだ

技術を持っていれば別だが、多少の技術差でこれだけの出遅れを挽回すること

はできない。

二つ目は、現場レベルでのスピード感のなさだ。中国への関心が高まり、毎

日のように日本からの使節団が中国を訪問している。しかし、多くは単なる見

学に終わり、事業の話に展開するケースは少ない。急激な経済成長で忙しいへきえき

中、情報を出すばかりの見学に中国1Ⅲが鮮易とするケースは少なくない。事業

提携のための打ち合わせに入ってからも、現場の担当者に決定権がないうえ、

本社に持ち、返ってもなかなか返事が来ない、という意思決定の遅さに対.して

不満を表する向きも多い。

欧米企業の動きが速いのは、中国市場に対する大きな方針が決まった後の実

行レベルでの動きが速いからだ(図表5-1)。方針が明確であることに加え権

限移譲のような戦略実行のための体制ができているから、ひとたび方針が決ま

るとスピーディな対応が可能となる。国家レベルで方針が決まっているシンガ

ポールのスピードは欧米と比べても、さらに速いと言われる。これに対して日

134

Page 145: 中国環境都市

日本型

第5章環境都市への参入戦略

政府

灘シンカボー ル型

曇蛎よるトップ一一一一一企業.”

欧米型

社内での調整反復 ネジメントマネジメントによるトップダウン

事業部門 事業部P5

、==ヨーーー~一面一一一一==一==邑一--==--キーーーーーー一一一‐~画面一一==-=耳亭一等←-ご‐J

図表5-1日本、欧米、シンガポールの方針の違い

本は現場部隊から上がってくる情報を頼りに徐々に戦略ができ、体制作りも対

症療法的に決まるので後手に回りがちだ。

日本が情報と戦略で遅れたのは今に始まったことではない。60余年前の大

戦でも、情報や戦略に対する認識の低さが命取りになった。

例えば、戦争の頭脳である参謀本部の人数は陸海各々わずか十数人しかいな

かったというし、近代戦の決め手となったレーダーの導入も遅れた。技術力の

差もあったが、情報の重要さに対する認識が低かったことも原因だ。

自らを正確に評価するための情報も不足していた。例えば、アメリカの物量

戦に負けた、と言われる一方で、実態は、ほとんどの分野で日本の技術は劣っ

ていた。当時の工業力の差を考えれば当然だが、情報を正確に扱おうとしな

かったことが現実逃避を生んだ。

残念ながら、60余年の時を経ても、日本の実態は変わっていないのかもし

れない。例えば、日本企業が外部のコンサルティング会社などに支払う金額は

135

Page 146: 中国環境都市

低い。情報に金を払い外部の意見に耳を傾けよう、という姿勢に欠けているこ

とが一つの理由だ。「本業については当人が一番よく知っている」、という当た

り前の事実にはまり込み情報と戦略への投資を怠っている。

自らが見えていないという点でも変わっていないところがある。例えば、

「日本の技術は優れている」と言われる。概ね事実とは思うが、環境分野では

太陽光発電や風力発電のように市場競争で後塵を拝している重要技術もある

し、そのほかでもコスト差や出遅れを挽回できるほど技術の差があるケースは

少ない。

リスクについても、日本には「中国はリスクがある」と言う人は多いもの

の、体系的なリスクの話を聞けることは稀だ。

☆ lT分野での二の舞を避ける

情報に関する認識の低さは1990年代末以降のIT技術やデジタル技術の分野

でも指摘された。そして、日本はこれらの分野での出遅れをいまだに取り戻せ

ていない。同じことが、中国を始めとする新興国市場で繰り返されれば、日本

の将来の成長はあるまい。その後は、GDPの2倍にも達した負債が将来世代

の肩に重く圧しかかってくる。

そうした事態を避けるために、中国進出に対する明確な方針を定め、そこで

勝ち抜くための戦略を考えなくてはいけない。確かに、中国には法制度、知的

財産、コスト、取引慣行、などに関するリスクがあるし、国産化指向や無数の

競争者がいることなど、極めて難しい市場であることに間違いない。しかし、

いずれのリスクも、中国に出ないリスク、中国市場で敗退することのリスクを

上回るものではない。日本が中国に進出せずに成長するのは、中国で戦い抜く

より難しいのである。

1億人の人口を有する日本という先進国の成長を支える市場規模を有する国

は中国を置いてほかにない。すべての戦略は、こうした前提に立って語られな

くてはいけない。

かつて日本は世界最大のアメリカ市場に参入し大きな成果を上げた。それが

なかったら、今の日本の繁栄はない。重要なことは、当時のアメリカが伍しや

136

Page 147: 中国環境都市

第5章環境都市への参入戦略

すぐ今の中国が伍しにくい、とは言えないということである。当時の日本に困

難を克服してでも世界最大の市場で成功しようという意志と気概があり、今の

日本にはそれが欠けている、というのが正しい見方ではないのか。

以上を踏まえたうえで、環境都市という巨大な市場で、出遅れを挽回し日本

が優位に立てるための戦略を考えよう。

137

Page 148: 中国環境都市

☆難l唾iilii優位誌唾。脱却何度か述べたように、中国市場で日本の競争相手となるのは、現地の事情に

精通した中国企業と中国市場に参入するだけの力を持ったグローバル企業だけ

である。そこで勝ち抜くには、日本の良さを徹底的に活かすことを考えなくて

はいけない。アピールするものがなければ現地の企業との底なしの価格競争に

巻き込まれ疲弊して撤退することになる。

「日本の良さ」と言った場合、多くの日本人は技術と答える。間違ってはい

ないが、二つの点が重要になる。

一つ目は、日本が優れているのはどのような技術かを明らかにすることだ。

技術全般において日本が優れている、ということは考えられない。欧米より日

本が優れている技術はわずかだし、中国の急激な成長を考えれば、数年先に中

国より日本が優れていると言える技術は少ない。

多くの日本人が「先端技術は日本が中国より進んでいる」、と考えているが、

近い将来そうは言えなくなる。先端技術を「先端的な研究や技術開発から新た

に生まれる技術」と考えると、そのための基盤については中国が日本を凌駕し

つつあるからだ。

先端技術に関する競争力は、高度な教育を受けた人材の厚さと資金力に依存

する。前者については、例えば、アメリカのアカデミアでの日本と中国の存在

感の差や日本の大学の国際的な評価などを踏まえると、日本が優れているとは

いえない。また、今後、企業の収益力や国の財政力を考えると、日本が中国以

上の研究開発投資を行うのは容易ではない。こうした人材、資金面での差に加

え、中国の方が新しい技術を使おうとする姿勢が明確なのだから、近い将来、

138

Page 149: 中国環境都市

第5章環境都市への参入戦略

先進技術について日本が中国に凌駕される可能性が高いと考えるのが妥当では

ないか。

日本が強いのは、この手の先端技術ではなく、商品化の技術や生産技術であ

る。自動車について言えば、エンジンの性能と全体的な信頼性である。エンジ

ンの基本技術は100年前に開発されており、現在の日本の技術力はカイゼンの

賜である。カイゼンとは性能向上やコスト削減に向けた組織的な取り組みであ

り、商品としての信頼性もトヨタ・プロダクション・システムのような生産技

術や設計陣と生産部門との連携といった組織力によるところが多い。そもそ

も、2万点もの部品を組み合わせる自動車では、実証された技術を使うことが

前提とされているため、上述した意味での先端技術が信頼性を高めているとは

言えない。

雷11;、『菖言蝋騨醐融髭謹日本の技術の強みを考えるための二つ目の視点は、なぜ優れているのかを明

らかにすることである。理由が明らかでない技術や商品はいずれ競争力を失

う。自動車を例にとれば、微妙な設計や工作精度が性能に直結するエンジンや

2万点に及ぶ部品の確実な組立に強いことは、H本の競争力の理由が丁寧な作

り込みや粘り強いカイゼン、あるいは何人もの人が関わる摺り合わせを可能と

する組織力に根ざしていることを示している。後述するコンポーネンツ産業の

強みも同じような理由によるものだ。太陽光発電で1990年代以来の実績を有

しながら、数年の間に中国に世界最大の生産国の座を明け渡してしまったの

は、基本となる技術さえあれば性能や生産能力に大きな差が出ない商品である

からだ。デジタル家電で韓国に抜き去られたのも同じ理由だ。

こうした視点で見ると、省エネルギー、再生可能エネルギーの分野で日本が

力を入れていくべきなのは、例えば、ヒートポンプやエンジン、タービンのよ

うな高速可動部分を含み高度な加工を要する製'』M'、いくつもの技術が組み合わ

さった総合的な省エネルギーシステム、といったことになる。

そのうえで重要なのは、こうした分野で強みを発揮できる理由となっている

基盤を維持することである。言うまでもなく、組.織を重んじる価値観、指摘さ

139

Page 150: 中国環境都市

の維持

禽嶋型食える市場を侭

政策による底上げ

日本の競争力の低下が懸念される中でも、コンポーネンツに関する競争力は

極めて高いものがある(図表5-2)。原子力発電所については圧力容器の重要

部材を製造できるのは世界中で川本製鋼所だけ、という話は有名だし、鉄道車

両でも車軸や制御装置などの競争力は高い。このほかにも、蓄電池の部品や素

材、炭素素材、モーター、など、日本が圧倒的な競争力を有しているコンポー

ネンツは枚挙にいとまがない。仮に、中国の太陽電池、蓄電池メーカーが世界

市場を席捲することがあっても、日本のコンポーネンツ産業は共に成長するこ

一複雑さ

競争力

エ卿ユ

リ刊兄

れなくてもきちんとした仕事をしようとする個人やコミュニティが持っている

モラル、あるいは末端まで浸透した基礎教育などである。一見、中期的な課題

のようにも見えるが、企業ベースで取り組めば短期的に一定の成果を上げるこ

ともできる。

単品、

モジュール

可コンポーネンツ

140

複合

システム

図表5-2複合システムへの期待

Page 151: 中国環境都市

第5章環境都市への参入戦略

とができよう。コンポーネンツ産業の競争力の維持は日本にとって重要なテー

マだ。

しかし、1億人の人口を抱える日本の経済をコンポーネンツ産業に頼る訳に

はいかない。コンポーネンツ市場の大きさは、それを構成要素とする単体やモ

ジュール製品の市場規模に及ばないからだ。言い換えると、日本経済の昨今の

危機感は、自動車や家電といった、優れたコンポーネンツから構成された単体

製品の競争力が低下してきたことにある。コンポーネンツという細かい作り込

みと自動車や家電といった多数の部品,を要する製品の作り込み、という日本の

産業を支えた両翼の片翼が弱ってきたのである。

この不安感から脱出する唯一の方法は、単体製品に代わる、作り込みを活か

した競争力の源泉を創り上げることにある。次節以降は、この点について述べ

ることとする。

141

Page 152: 中国環境都市

鶴撫 複合システムのためのアプローチ

「単体製品に代わる、作り込みを活かした競争力の源泉」とは言うまでもな

く、複数の技術から構成される複合システムである。例えば、ヒートポンプ単

体より、.ジェネレーションと一体化された熱供給システム、制御機能を追加

した熱エネルギーシステム、太陽光や系統電力を一体となった総合エネルギー

システム、といった複合化を図つた方が摺り合わせによる差別化を狙える可能

性が高い。実際、日本国内の先端的な熱供給事業は中国人技術者から高い評価

を受けている。他の分野でも、軌道車両単体より、線路、制御系、プラット

フオーム設計、改札システム、といった複合化による競争力強化を図ることが

できる。システムを実現するには複数の企業の参加が必要だが、ハード面での

協調は日本企業の得意とするところでもある。

問題は新興国市場に対してこうした複合システムを提案するためのアプロー

チ体制ができていないことだ。

どんなに優れた製品でも単体だけ売り込んでいたら対応するのは先方の担当

者になる。これを複合システムに組み上げることができれば、部門長あたりに

提案することができるかもしれない。さらに、エネルギーマネジメント事業の

ような形にまとめ、開発事業全体の事業性を高めるような提案をすれば事業全

体の責任者に会うことができる。開発事業の枠組みを超え、産業育成、開発区

間の相乗効果、環境政策といったテーマまで提案する機会があれば、地方政府

の管理者クラスに会うこともできる(図表5-3)。

どんな組織でも所掌範囲に従って役割が決まっているため、複合システムを

売り込むには組織の階段をいかに上がるかを考えなくてはいけない。

142

Page 153: 中国環境都市

』w-1/、

flフーマ

I提案者(民間事業者)】

提案の幅

【事業実施者(行政等)I

F1

第5章環境都市への参入戦略

杉戸

一}

〆r恥

一方、上流にアプローチできるほど、早い段階から事業に関する情報を得る

ことができるし、設備などの仕様に影響を与えることができる、といったメ

リットもある。日本企業は、こうしたアプローチができずに、仕様が決まった

段階で入札せざるを得ない状況に追い込まれ、価格競争で太刀打ちできずに敗

退する、というケースが少なくない。これをもって、「中国市場が難しい」と

言う向きもあるように見える。だとすれば、問題は市場構造にあるのではな

く、市場アプローチの方法にある。

複合システムの提案を行おうとしたとき、課題となるのは、システム提案の

中心となる人材が不足していることである。例えば、多くのメーカーのチーム

は技術者、営業マンで構成されている。結果として、地方政府関係者に日本の

技術者がいきなり細かい技術の質問をする、というケースが発生してしまう。

片や、営業マンはシステムのコンセプトを語れず、単品の紹介にとどまること

が少なくない。コンサルタントを使っても、技術の専門知識を縦横に操り、顧

143

技術屋と営業マンしかいない日本の最前線

、/

図表5-3複合システムと顧客の意思決定構造

日本の活動領域

意思決定

Page 154: 中国環境都市

客サイドの責任者の心を動かすコンセプトが語れる人材は極めて希有だ。商社

ですら十分な人材を抱えているようには見えない。

噸ilI’w:_Zス王醒謎弘睡霊掘すう上流志向のアプローチをしようと思ったときに理解しなくてはいけないの

は、「中国の意思決定者の知的レベルがかなり高い」という事実である。経験

的に、地方政府については日本の地方自治体のレベルを十分に凌駕しているよ

うに見える。人材の素養もさることながら、国が急成長している中で公務員と

しての目線が高くなっていることが大きな理由と考えられる。

目線の高い地方政府の人材に対して複合システムの提案をするには、単に

個々の技術の内容や複数の技術が組み合わさったシステムの機能を説明するだ

けでは不十分である。他国から来たどこの馬の骨かわからない立場をアピール

し、顧客の効用を前面に出したうえで、複合システムが必要とされる社会的な

背景についての知見、あるいはそれがもたらす社会的効用に関する思想を持

ち、必要に応じて披露できることが求められるのである。こうした人的な要請

への対応の巧拙が日本が中国市場で欧米の先行を許す理由になっていると考え

る。

日本では、公私を問わず、ビジネスの分野で社会システムに関する論を展開

する必要に迫られるケースは稀だ。哲学や思想に関する教育や個人としての意

見を述べる文化を軽んじてきたことが、この手の能力を持った人材の厚みを減

じ、欧米諸国の後塵を拝する原因となったのであろう。第4章で述べた構造改

革の遅れも人材不足の背景となっている可能性がある。「霞ヶ関が日本最大の

シンクタンク」と言われるように、日本では数多くの社会システムが官主導で

作られてきたからだ。

最近になって、日本でもようやく、複合システムの重要性に関するコンセン

サスは形成されてきたが、システムの背景にある思想を含めて提案できる人材

を確保する方法を考えないと効果的な市場アプローチは実現できない。日本の

教育や社会構造が阻害要因となってきたのであるから、こうした人材は偶発的

にしか存在しない。問題を指摘してばかりでは時間を浪費するだけだ。今は、

144

Page 155: 中国環境都市

第5章環境都市への参入戦略

社内で型破りな人材を発掘する、外部から素質のある人材をリクルートする、

といった取り組みを通じて、複合システムの市場アプローチを引っ張る人材の確保を優先すべきだ。

145

Page 156: 中国環境都市

☆ 「まるごと」という単純発想

複合システムの必要性が語られるようになってよく耳にするのが「~まるご

と」といった表現だ。例えば、特定地域のマイクログリッドを構成する再生可

能エネルギー、送配電網、制御システムからなるパッケージ、あるいは、電車、

軌道、制御システム、改札システムなどからなる公共交通システム、あるい

は、一定区画のビルの省エネルギーのためのパッケージ、といった技術のパッ

ケージを「まるごと」受注してしまおう、という考え方である。

確かに、まとまったパッケージを受託できれば、高い付加価値を提供できる

し、競争力も高まるだろう。しかし、以下に示すような特殊なケースを除け

ば、これだけのパッケージを構成する設備を一事業者がまとめて受託できるこ

とはあるまい。

一つ目は、世界的に見て対象となるパッケージを構成する機器を提供できる

事業者が極めて限られているケースである。環境都市の分野でのこのような技

術はほとんどない。

二つ目は、複数の技術をまとめて提供しないと適切な機能を発揮できない

ケースである。こうしたケースも環境都市の分野ではほとんどない。

三つ目は、海外協力のタイド案件(資金提供国の企業が優先的に受注できる

事業)のように、資金提供により対象事業に関する優先的なポジションを確保

しているケースである。今のところ、日本には国際的な環境市場に対して優先

的ポジションを確保できるだけの資金を提供できる仕組みはない。

四つ目は、民営化やコンセッションのように複合システムを資産とする事業

を運営リスクごと引き受けるケースである。リスクと引き換えに複合システム

146

Page 157: 中国環境都市

第5章環境都市への参入戦略

をまるごと取ってしまう、という最も有り得る方法だが、新興国の事業リスク

を引き受けるだけの評価、判断をするのは容易ではない。リスクを定量化でき

るとすれば、低コストで受注しているのと同値になることもある。複合システ

ムの「まるごと」受注を目的としているとすれば本末転倒な話だ。また、事業

者の立場に立って見れば、個々 の設備を11本企業だけから調達するようでは収

益性が確保できないことは明らかだ。

A提案と受託の線引き聯隠……………………

「複合システムを提案すること」と「複合システムをまるごと受託すること」

は分けて考えなくてはいけない。そのためには、以下に示すような複合システ

ムを提案することのメリットを改めて確認することが必要だ。

一つ目は、前述したように、提案範囲を広くすることにより、事業を司って

いる組織の意思決定機構の上流にアピールでき、同時に事業に関する情報を得

られることである。

二つ目は、上流で提案を行うことにより設備、機器、システムの仕様に自ら

の意向を反映するチャンスが得られることである。どんな事業でも潜在的受託

者からの何らかの情報を得て発注仕様が作成されている。

三つ目は、前者と共通するが、自らの強みを発揮できる事業の枠組みを提案

し、競争上のポジションを高められることである。

以上から、複合システムを提案することの目的は売り込みたいと思っている

設備や機器を鳥倣できる立場で顧客と意見のやり取りをし、自らが有利な競争

条件に誘導することにある(図表5-4)。そこでは、「まるごと」受注すること

が必ずしも目的にならない。

ツル瀧罵I醗謝:言需椛先進企業では、複合システムの提案の幅と納入したい技術の範囲の間にきち

んとした線引きがある。先に、GEはエコマジネーションという広いコンセプ

トがある一方で、個々の技術については選択と集中が進んでいることに強みが

あると述べたのがそれだ。

147

Page 158: 中国環境都市

電気自動車十ITS バイオ+コジェネ+熱融通システム

図表5-4複合システムと烏職的ポジション

一方、提案の幅と納入する技術の'幅の線引きができていない日本企業は、自

社で無理に複合システムを内包しようとしている。しかし、一企業が複合シス

テムを構成するすべての技術について競争力を確保することはできないから、

「まるごと」受注は必ずしも収益の向上につながらない。

今や世界中の企業が環境・エネルギーの分野に参入している。一つか二つの

技術について世界トップクラスの競争力を得ることすら容易ではない。にもか

かわらず無用に商品ラインアップを拡大することは企業としての収益力を低下

させる。国の戦略として実施する場合でも、すべてを日本製にすることに固執

すれば、競争力の低い産業を温存することにつながる可能性もある。「まるご

と」受注に固執する日本には、総合電機、総合機械、など総合化によって収益

性の低下を招いたかつての姿が見て取れる。

国産化に力を注ぎ、資金力も潤沢な中国で日本が大型の複合システムを「ま

るごと」受注できる可能性は、巨額のリスクマネーを投じない限りほとんどな

い、と考えるべきだ。今、日本がすべきなのは、企業ベース、政策ベースで改

めて選択と集中を徹底し、足りないところは他企業、他国と連携してでも複合

148

Page 159: 中国環境都市

第5章環境都市への参入戦略

システムを提供しようとすることである。

コンセプトベースでは単独の国や企業が一つのまとまった提案を行う一方

で、実行ベースでは市場から優れた技術を調達するオープン志向の複合システ

ムが、これからの環境・エネルギービジネスのモデルといえる。そのうえで、

事業を烏倣できる立場を確保し、鷹のように鋭い目のつけどころで収益源を見

出すことこそ、日本が目指すべき複合システムの市場アプローチなのである。

149

Page 160: 中国環境都市

禽糾)風鰹多くの外国人が日本を訪れて「美しい」、「締麗だ」と言う。しかし、京都や

北海道を訪れた人だけがそうした感想を口にする訳ではない。彼らの視線の先

にあるのはどこにでもある日本の都会であり、街並みである。きちんと作ら

れ、手を入れて維持されている日本の普通の街並みが美しさを感じさせている

のである。こうした称賛にこそH本の強みが隠されている。

美しい建物を建てるために必要なのは、設計、意匠、施工監理などである。

しかし、設計については日本のビルの設計が特に優れているとは言えないか

ら、強みとしての日本の美しさの源は、意匠や施工監理にあるのではないか。

だとしたら、その強みを持っているのは、顧客への商品アピールを考える不動

産企業や品質を管理しているゼネコンということになる。しかしながら、不動

産企業の海外進出はバブル崩壊以降途絶えがちだったし、日本のゼネコンの多

くは自らの強みを切り出して、これを海外に展開しようという発想がない。後

者については、施主から建物の建設を請け負い、下請への発注額と受託額の差

を収益源とするビジネスモデルから抜け出ることができていない。

禽 美しさを売るための工夫

日本的な美しさの源を見出したら、厳しい監理の下で建設され、丁寧に維持

管理された建物、設備、街区などをどのように売り込むかを考えなくてはなら

ない。そこで重要になるのは美しさに価値を感じてもらうことと、美しさを発

揮できるような買い方をしてもらうことである。

まず、美しさの価値を感じてもらうためのプロモーション方法を考える。プ

150

Page 161: 中国環境都市

第5章環境都市への参入戦略

ロモーションビデオやパンフレットを作るのは当然としたうえで、効果的なの

は日本に招き、日本の良さをとことん知ってもらうことである。今でも世界中

から日本に見学者が来ているが、プロモーション戦略と来訪者受入れのスケ

ジュール、アテンド、アピールのための企画や体制が上手く組み合わさってい

るケースは少ない。

もう一つ考えられるのは、維持管理の良さが発揮できるように設計、建設だ

けでなく、維持管理も含めたライフサイクルで業務が発注されるように提案す

ることである。そのためには、ライフサイクルベースで業務を発注する方がコ

スト、リスク管理などの面でメリットが多いことを説明しなくてはいけない。

低炭素型のシステムを構成する技術は、初期投資に比して維持管理費が高く、

維持管理に専門性が必要であるから、こうした提案に対して理解を得るのは容

易なはずだ。

禽目裡露協働ライフサイクルベースでの発注の提案とは、BOTのような事業方式の提案

にほかならない。しかし、都市整備おいては、イギリス育ちのPFI的な事業方

式を活用するだけでなく、日本で培われた事業方式の価値を見直すことが大切

だ。都市の整備には日本で培われた調整型の官民協働が有効だからである。日

本が公共交通機関の整備や沿線ないしは駅周辺の都市機能整備が世界で最も進

んだ国となったのは、日本が独自の開発手法を立ち上げてきたことと無縁では

ない。

1990年前後、東京の一極集中を緩和するために周辺県に都市機能を分散す

る業務核都市という都市開発が行われた。神奈川県の横浜、千葉県の幕張、埼

玉県の大宮での大規模開発が代表的である。1986年に制定された民活法の影

響もあり、こうしたプロジェクトでは第三セクターのような官民協働事業が多

用された(図表5-5)。そのうえで、駅部においては公共団体とJRなどが協力

してペデストリアンデッキや開放的な通路を整備し、区画整理なども利用して

駅前を開発する、駅前には民間のキーテナントや第三セクターによる大規模施

設を配置し、それを求心力として民間の業務・商業ビルやマンションなどを誘

151

Page 162: 中国環境都市

中核施設

H-1種"也壷読致

典|蓉暑、計匙=智訂どむ¥叫口』Aj出j」K』岨、FII」Id卿L1

L,L公共交通

区画轄弾

図表5-5日本的官民協働

致する、といった開発モデルが各所で採用された。

しかしながら、こうした開発モデルの多くは、土地バブルの時代の過剰な箱

モノ開発というイメージを持たれ、成功モデルと解釈されることは稀だ。企業

誘致が目標を下回り、第三セクターが破綻、低迷するケースが頻発したから

だ。確かに、第三セクターは華美過剰な投資の原因となったが、事業が破綻し

た本質的な理由は経済環境の変化や需要の減退にある。同じ時代に民間の不動

産開発も数多く破綻しているし、バブル崩壊がひと段落した後に実施された大

都市部の駅前開発には、商業面でも賑わい創出といった街並み作りの面でも成

功していると思われる例が散見される。第三セクターにしても、民間だけでは

投資が難しい分野に公共が先行的にリスクマネーを供与するという考え方自体

に誤りはなかった。問題の原因は、公共の肥大化指向、官民双方の事業経験の

少なさ、といった当時の事業環境にある。1990年代末以来の構造改革を経て、

PFIを始めとする事業手法を経験した現在、同じような問題が頻発することは

考えられない。

152

Page 163: 中国環境都市

蝿霞i;11”日本モデルの再評価をj震雲へ-鰍---=瀞澱………‐…………………

第5章環境都市への参入戦略

日本が中国を始めとする新興国の環境都市に対して独自の提案を行うには、

日本で実施された過去の事業モデルを正確に再評価することが必要である。欧

米にはない都市としての付加価値の向上や事業立ち上げのための知恵は新興国

で日本が差別性を確保するのに有効だからである。日本での事業を破綻させた

バブル崩壊後の急激な需要や単価の減少を今の新興国の旺盛な需要に置き換え

れば事業の収益性は激変するはずである。ここ十数年の経験を反映して修正型

日本モデルを投入すれば、BOTのような紋切り型の民間主導型事業より、柔

軟で付加価値の高い都市開発が可能となる。

ここでも問題となるは、バブル時代の反省のフィルターをかけて、日本モデ

ルをブラッシュアップし、過去の経験から紡ぎ出される日本の良さをアピール

し、プロジェクトにつなげていくという、マーケットアプローチの司令塔の役

を果たす人材が非常に少ないことにある。街作りの経‘験を最も豊富に持ってい

るのは地方自治体だが、新興国のエリートと渡り合い、自らの強みをアピール

してビジネスにつなげられる人材は稀だ。また、長期にわたり開発事業がス

トップしていることから、経験のある人材が散々になっている。霞ヶ関には優

秀でアピールカのある人材が数多くいるが、ビジネスとの連携については未知

数だ。

民間企業については、公共団体にも増して単品モノ売り型の人材が多くなっ

てしまっているように見える。原子力発電でも新幹線でも、定義が明確な一つ

の機能、という意味では巨大な単品である。モノづくりを輸出することに力を

注いできた日本企業はこの手の案件を追いかけることには長けているが、コン

セプトから事業まで一貫した提案が必要な都市分野で牽引役となれる人は希有

だ。また、国内で都市開発、地域開発事業が長らく低迷していることからも、

筆者が属するシンクタンク、コンサルティング業界を始め、都市整備関連の人

材は枯渇している。

日本が環境都市の分野で出遅れを解消するためには、こうした稀な人材をい

かに発掘できるかにかかっている。一方、欧米やシンガポールのように、都市

153

Page 164: 中国環境都市

開発の上流からアプローチできる組織を持たない日本では、人材だけでなく

マーケティングを先導する専門組織作りについても考えるべきだ。存在してい

ない以上、強制的にそうした機能を作ることも有効な選択肢だ。公共関与と言

われようと、日本の置かれた立場を考えるのであれば、劣勢挽阿のための策を

国として講じることは間違っていない。

154

Page 165: 中国環境都市

雲‘霞現地化は情報基盤である巌電&,,…零忌黒埠畠: … _ …

先に、GE社の重層な市場アプローチ戦略について述べた。徹底した選択と

集中、現場まで届く経営コンセプト、など、日本企業が学ぶべき点は多い。し

かし、仮に、こうした点が満たされていても、一般の日本企業が同社に対抗す

ることはできない。現地化のレベル量が違うからである。

他国の市場に本格的に参入する際の現地化の重要性が指摘されて久しい。現

地の優秀な人材を引きつけたり、現地のニーズに即した製品開発などが容易に

なるからだ。

インフラ事業のように、案件受託をベースとしたビジネスではこれに情報戦

略上の重要性が加わる。

日本人が中国に10年住み、中国人の友人と交流し、中国語を堪能に操るこ

とができるようになっても、中国人同士で交わしている会話をすべて理解する

ことは難しい。現地の微妙なニュアンスをかぎ取ることは至難である。また、

親戚や古くからの友人を含めれば、日本人がどんなに努力したところで、中国

人と同じだけの情報ネットワークを築くことはできない。

したがって、例えば、日本人がトップの企業と中国人がトップを務める企業

とでは手に入れることができる情報の量に差がつかざるを得ない。インフラビ

ジネスではこれが業績に少なからぬ影響を与える。先進国を含め、どんな国で

も、政策がらみで実施されるインフラ事業の進捗状況を公開情報だけで判断す

ることはできないし、多かれ少なかれ縁故間の情報がビジネスに影響を与える

からだ。新興国や途上国であればなおさらである。

欧米の先進企業が中央ベースとローカルベースの双方のネットワークに通じ

155

Page 166: 中国環境都市

た現地人材を配置しているとしたら、日本企業との情報格差は相当に大きいと

考えるべきだ。欧米の先進企業と互するには、一層の現地化は不可欠だ。

爽環Wl新1HMI壷ルiii冒侭…現地化に加え、企業間のアライアンスについて決め手を欠いていることも日

本企業の課題だ。日本企業の中には中国進出の拠点を作るに当たり、独資でい

くか、合資でいくかの方向性も確定せず、知的財産やノウハウの扱いの方針に

ついても明確になっていないケースが少なくない。これでは対応が遅れるし、

毎度オーダーメードで対応する分リスクも増える。改めて、中国進出に当たっ

ての前提条件を確認したうえで、現地化やアライアンスのモデルを作っておく

ことが必要だ。

第一に言えるのは、多くの企業にとって中国の成長を取り込むことが不可欠

である以上、日本側としても出すものを出さなくてはいけない、ということで

ある。中国がやみくもに経済成長を追っている時代には、日本企業が立地し、

雇用を生むこと自体が中国に対する貢献であった。しかし、世界第二の経済大

国となり、成長力と財政運営に自信を持った中国を雇用だけで満足させること

はできない。中国が欲しがっている、技術、ノウハウ、人材、などを差し出さ

ないことには今後の中国との連携は成り立たない。

第二に言えるのは、知的財産などについて日本が恐れるブーメラン効果がど

の程度のあるのか、ということである。日本がそうであるように、今、世界市

場に通じる事業資源があったら、日本よりも中国やインドのような成長性が高

く、規模の大きな市場に向けるはずだ。ブーメラン効果で日本市場を奪われる

ことを過剰に恐れるより、中国市場で事業を拡大できない事態を恐れるべき

だ。

第三に言えるのは、中国法人と組まなければできないことがある、というこ

とだ。例えば、中国法人に対する販路拡大や入札対応である。特に、インフラ

事業の入札で勝利するための情報を確保するには、現地企業とのアライアンス

が欠かせない。

中国企業とのアライアンスについては知的所有権の問題などを懸念する向き

156

Page 167: 中国環境都市

第5章環境都市への参入戦略

が多い。しかし、今後の中国市場の位置づけを考えるのなら、

先して提供することでアライアンスを先行させた方が戦略的、

なっている。

寅駈四動き

重要な技術を率

と言える時代に

日本企業の中にも中国での新しい動きが出てきている。

一つ目は、中国を新興国市場に進出するための研鎖の場として捉える動き

だ。中国企業と合弁会社を作るなどして中国市場向けの商品を作ろうとする日

本企業は、忘れていた視点やノウハウを気づかされるという。例えば、品質の

高さは日本の売り物だが、知らず知らずのうちに、必要でないところにまでコ

ストをかけるようになっていたことに気づくという。中国側に学ぶ姿勢を持

ち、アライアンスにより賛肉が削ぎ落とされた製品ができれば、他の新興国市

場での競争力も向上する。

二つ目は、中国に根を下ろそうという動きだ。中国市場の重要性が増すに

従って、企業は中国に多くの事業資源を投入し、多くの収益を上げるように

なっている。一方で、人民元の還流についてはいまだに制約があるうえ、所得

税などの負担も大きい。そうであるなら、人民元で得た収益を人民元の投資に

換え、事業を拡大し、中国に根を下ろした企業としての中国人採用を拡大す

る、といった方向性である。市場の大きさを考えると、将来は中国の本社を置

く企業が出てくるかもしれない。

157

Page 168: 中国環境都市

☆塑竪中小のモノづくりを活かす

大企業や政府が成長戦略として新興国市場を目指す一方で、取り残され感が

あるのが中堅、中小企業である。確かに、大企業でさえ厳しいと言われている

中国市場でのリスクを中堅、中小企業が管理するのは容易ではない。しかしな

がら、産業構造を見ると、中堅、中小企業の持っている事業資産には新興国市

場に向けて可能性のあるものが少なくない。

例えば、生産技術である。日本の技術の信頼性は中堅、中小企業に支えられ

ているところが多い。先に述べたように、日本の技術の本当の強みは先端技術

よりも生産技術にあるのだから、中国企業には日本の中堅、中小企業に対する

ニーズがある。先月も中国の先進電気自動車会社BYDが日本の金型メーカー

の工場を買収した。

新興国市場の構造も中堅、中小企業の可能性を示唆している。例えば、自動

車分野では部品メーカーの収益率が完成車メーカーの収益率より高くなってい

る。完成車の価格が現地の所得水準に影響されて低下するのに対して、部品の

価格は性能が同じなら先進国と大きく変わらないからだ。トヨタのリコール問

題で部品の信頼性に対する認識が強まっているので、こうした傾向は高まる傾

向にある。

黄 まずは、既存ルートで足がかりを

このように、日本の中堅、中小企業には新興国市場から求められる素養があ

るはずだが、国をあげた新興国シフトの中で置いてけぼり感が強まっているよ

うに見える。リサイクル産業などでは、中堅企業が果敢に独自で市場開拓をし

158

Page 169: 中国環境都市

第5章環境都市への参入戦略

ている例もあるが、日本の産業基盤を支えている中堅、中小企業の実力を考え

れば、まだまだ一部に過ぎない。

その理由は、日本の中堅、中小企業の多くが大企業を頂点とするB2Bモデ

ルの事業を展開してきたこと、産業ピラミッドを支える立場にあったがゆえ

に、一企業で中国市場向けの完結した商品を持っていないケースが多い、など

にある。上述したリサイクル産業は、大手企業を頂点とした産業ピラミッドに

も属していないし、商品としての完結性もある。

例えば、自動車の完成車メーカーを頂点とする産業ピラミッドでは、力のあ

る大手部品メーカーは完成車メーカーに合わせて概ね中国進出を果たしている

が、セカンド.テイア、サード・テイアと言われる層の進出はまだまだ拡大の

余地がある。

そこで、中堅、中小企業が中国での事業に関わるためには、まず、現状の産

業ピラミッドの中で大手に合わせて進出を図ることが適切だろう。将来的に中

国法人向け、あるいは中国での事業に関わるにしても、日系対象の事業を足が

慧繍霧諭繍繍識

竺欝=雷脅

政府機関、金融機関、商社、コンサルタント

図表5-6中堅・中小企業の市場アプローチ

159

Page 170: 中国環境都市

かりにすることが手堅い手法と言える(図表5-6)。中国は今でも全国で工業

誘致を含む開発を進めており、大企業の進出が一巡する中で、日本の中堅、中

小企業の進出を期待しているところは少なくない。

黄 新たなルートの模索

-方、大企業を頂点としたピラミッドだけに頼るのではなく、中堅、中小企

業独自でのルート開拓も必要だ。しかし、個別企業での進出には体力的な限界

もあるし、情報も不足している。進出を図るには中堅、中小同士で企業グルー

プを組み、技術的な相乗効果や投資効率の向上を図ることが有効だ。そうする

ことにより、現地機関との交渉力も増すし、日本の調査機関なども使いやすく

なる。

本書が対象としている環境都市市場では、よほど競争力のある製品を持って

いない限り、中堅、中小企業が単独で業務を直接受託できるケースは稀だろ

う。一方で、日本の大手企業は、コストが厳しい中国市場でも品質を維持でき

る現地企業を探している。だとすれば、川本の中堅、中小企業と中国の企業が

手を組めば、日本を始めとする国際的企業に対する交渉力が得られるはずだ。

こうした日中の中堅、中小企業の協働体制を構築しようとする場合、日本で

はどこの地域でも中堅、中小企業のネットワーク作りが行われているので、企

業グループを形成するための基盤はある。それを活かして、目標を定め、本書

で述べたようなマーケットアプローチのための体制作りや人材確保を図れぱ、

日本側の体制を作ることはできる。

中国側にも日本と同じような産業振興のための基盤がある。日本で都道府県

が中堅、中小企業育成の中心となっているように、中国でも省や市レベルでの

産業振興基盤があるからだ。どこでも、技術力のある日本の企業グループとの

連携は歓迎されるはずだ。したがって、中堅、中小企業独自のルートを開拓す

るには、特定の地域に焦点を当て、企業グループ同士の連携を進め、中国での

業務推進のための体制作りを図れぱいい。中国は、1980年代には深jjll・広州

地域、1990年代には上海・蘇州地域、2000年以降は北京、天津地域で産業基

盤整備が進んできたので、提携の相手先となる企業グループもこうしたエリア

160

Page 171: 中国環境都市

第5章環境都市への参入戦略

を中心に存在する。

中堅、中小企業の主体的な中国進出を実現することは、日本の競争力と産業

基盤を維持するために重要な取り組みとなる。持続性のある市場参入のために

も、インフラ分野での案件開拓と並行して、中堅、中小企業グループのアライ

アンスを後押しすべきだ。

161

Page 172: 中国環境都市

禽嘱地1謎景気が戻りつつあると言っても、日本を始めとする先進国経済の先行きは安

閑とできるものではない。企業にしても国にしても、少なくとも成長を旨とす

るなら、新興国市場への参入を図ることは必須である。巨額の公的負債を抱え

る日本にとって、新興国市場の重要性は特に高い。その意味で最近になって、

国をあげてインフラ市場を始めとする新興国市場への参入を強化しようとして

いることは間違っていない。

しかし、各種の報道で目にする新興国市場向けの活動には、自国経済優先の

利己的な姿勢を感じることが少なくない。どこの国に対してであろうと、他国

の市場に参入しようとする場合、何よりも優先しなくてはいけないのは、対象

となる国の発展であり利益である。そうした視点を失い、新興国市場が先進国

経済回復のための草刈り場となってしまうのであれば、市場はほどなく萎み、

世界経済はいずれ行く先を失うことになろう。

2007年までの好景気に他国で投資熱を煽り、景気が低迷すると臆面もなく

引き上げていった一部の外資的金融機関のような姿勢は新興国の健全な発展を

阻害し、経済成長の種を摘み取ることにつながる。金融危機の反省には、こう

した国際ビジネス上のモラルも含まれるべきである。

黄 耳薫互利

経済が発展段階にある新興国においては、当該国の成長と社会的利益を第一

としたうえで、企業としての利益を求めるという姿勢が重要になる。

商品を売ろうとする場合には、商品のアピールばかりするのではなく、相手

162

Page 173: 中国環境都市

第5章環境都市への参入戦略

にどんな益をもたらすのかを先に語ることを心がけたい。

自社の技術を守ることは企業として当然だが、新興国にも先端技術が普及す

るよう促そうとする姿勢を持っていたい。

アライアンスを図る場合には、リスクヘッジばかり考えるのではなく、良縁

を得ることこそ、アライアンスの基本であり、それ以上のリスクヘッジはな

い、という基本に返りたい。むしろ、自らに向けて、そのための会社や個人と

しての品格があるかを問いたい。悠久の歴史を持つ中国はそうした姿勢を評価

してくれる国であると信じている、

霊ルア共創を理念とする農竜一至竺_二窒噌、三男程昌目

中国の環境都市市場への参入を考えるときには、上述した理念が特に重要で

ある。単なる環境インフラの巨大な納入先と考えていては、中国と長い関係を

築くことはできないし、長い関係が築けなければ中国市場で利益を上げること

もできない。

環境都市市場については、インフラは重要な社会基盤であるという理念に立

ち返らなくてはいけない。そして、先進国自身も次世代に向けた社会基盤作り

を試みる機会が必要であり、自国の中に本格的な環境都市を建設する場や資金

が不十分であることを考えるのなら、他国の地を借りて、先進的な技術や経験

をつぎ込んで、将来に向けた社会基盤を共に創造する、という気持ちを持つべ

きである。そこには、地球環境の危機が叫ばれて久しいにもかかわらず、旧来

の社会システムを変えることができず、次世代につながる社会基盤を十分形成

することができなかった、という反省も含めなくてはいけない。そうすること

が、国境を超え、次世代に新たな社会基盤作りを託すことにつながる。幕末、

敗戦直前、戦後、など日本には次世代を想う姿勢があった。

歴史を遡れば、日本の今日の繁栄は中国から多くの恩恵を受けた歴史を抜き

に語ることはできない。目先の市場のトレンドに惑わされることなく、時の流

れを烏脈することができるのならば、中国市場に対する日本の取るべき姿勢が

見えてくる。

それは、欧米諸国にはない日本の強みにもなるはずだ。

163

Page 174: 中国環境都市

鍵灘I

進国経済を支えるだけの成長源が見当たらないのだから仕方がない。振り返って

みれば先進国市場の成長は1980年代で頭打ちになっていた。90年前後の日本

のバブル経済は短期で消滅したが、世界経済を牽引したアメリカ市場も持続不可

能な借金構造によって成り立っていたことがわかった。日本の成長を考えるので

あれば、新興国、特に中国シフトは不可避の選択だ。しかし、その際には、千年

を優に超える中国との歴史を振り返ることが必要だ。

日本は百年余前、中国との戦争を契機に半世紀にわたり中国に進出した。欧米

の帝国主義の脅威など、日本としての言い分もあろうが、その間の振る舞いは日

本の歴史に暗い影を落とした。一方、中国は古代より日本に技術や文化を供与

し、異国が支配した時代を除けば日本に進出したことはない。また、太平洋戦争

終結時には世界で最も大きな被害を受けた国でもあるにかかわらず、日本に対す

る戦後賠償を放棄した、という歴史もある。

欧米との競争に煽られ、利益だけを目的に中国進出に血眼を上げることは、形

を変え愚かな歴史を繰り返すことになる可能性はないのだろうか。欧米には日本

のように古くから中国から恩恵を受けた歴史はないし、過去の帝国主義を反省す

ることもなかろう。日本には、そうした国に引きずられることなく、歴史を振り

返り、中国市場に向けて独自の価値観を持つことが求められている。

本文でも述べた通り、他国の市場に足を踏み入れる以上、第一に重視すべきな

のは対象国の発展を考えることである。特に、国が資金を投じるのであれば、ま

ずは、この理念を掲げるべきであり、民間の利益志向に安易に迎合してはいけな

い。歴史を踏まえるのであれば、今こそ環境問題、高齢化問題など、日本が蓄積

してきた知見を惜しみなく注ぎ込み中国の国づくりに貢献しようと考えるべきで

ある。

中国市場に進出するに当たり、日本の差別性を問われることが多い。世界トッ

プレベルの技術力はもちろんだが、歴史を踏まえた価値観こそ、その筆頭に位置

づけられなくてはならないのである。

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◎著者略歴◎

井熊均(いくまひとし)1958年生まれ。1981年早稲田大学理工学部機械工学科卒業、1983年早稲田大学大学院理工学‘研究科

修了。同年三菱重工業株式会社入社、1989年同社退社。1990年株式会社日本総合研究所入社。現在、

|司社執行役員、創発戦略センター所長。1995年株式会社アイエスブイ・ジャパン設立と同時に同社取

締役に就任、現在、同社顧問(兼務)。2003年イーキュービック株式会社設立と同時に同社取締役に

就任(兼務)。早稲田大学大学院非常勤講師。

著書:「PFI公共投資の新手法」「PFIビジネス参入の戦略」(編著)「自治体破綻」「環境倒産」

(編著)「『ゼネコン」危機からの脱出」(編著)「電子''1治体」「社内起業家になるための24の法則」「エ

ネルギーベンチャー」(編著)「『電子自治体』ビジネスモデル」(編著)「構造改革で『地方』はどう生

き残るか」「図解よくわかるリサイクルエネルギー」(編著)「第3セクターをリストラせよ」(編著)

「自治体の知的財産経営」(共著)「エナジー・サービス・プロバイダー」(編著)「徹底検証電子自治

体」(編著)|図解よくわかるバイオエネルギー」(編著)「燃料電池ビジネスの本命“住宅市場”を

狙え!」(編著)「図解よくわかる分散型エネルギー」(編著)「図解よくわかる公共マーケットビ

ジネス」(編著)「図解でわかる京都議定書で加速されるエネルギービジネス」(編著)、「中国エネル

ギービジネス」(共著)「だから日本の新エネルギーはうまくいかない!」「次吐代農業ビジネス」(編

著、以上日刊工業新聞社)「図解企業のための環境問題」(編著)「図解eガバメント」(編著)「テ

クノ図解次世代エネルギー」(編著)「電力取引ビジネス」(編著)「図解企業のための環境問題第

二版」(編著)「自治体PFIプロジェクトの実務」「ICタグビジネス」「図解企業のための環境問題

Ver、3」(共著、以上東洋経済新報社)「自治体のためのPFI実務」(術著)「実践|総合評価方式」(編

著)「実践lPFI適用事業」(編著)、「実践的事業者評価による自治体の調達革命」(以上ぎようせ

い)、「都市再生プロジェクトを読む!」(編著)「事業計画の立て方書き方通し方」「プロジェク

ト・マネジメントの考え方.進め方」(以上オーエス出版)、「私はこうして社内起業家/イントラプレ

ナーになった」(生産性出版)、「プロフェッショナル・サラリーマン」(水曜社)|ポスト京都時代のエ

ネルギーシステム」(北星堂書店)「図解入門よくわかるバイオ燃料の基本と仕組み」(秀和システ

ム)「自治体再生一資産リストラで財政破綻を回避せよ」(編著)、「蘇る農業’(編著、以上学陽書房)等

王停(おうてい)

1970年生まれ。1993年北京大学卒業、1998年東京大学大学院総合文化研究科国際関係論専攻修士課

程修了。2000~2001年ハーバード大学東アジア研究センター客員研究員、2002年東京大学大学院総合

文化研究科国際関係論専攻博士課程を経て、株式会社日本総合研究所入社。現在、創発戦略センター

主任研究員、日綜(上海)投資諮諭有限公司北京分公司総経理。

専門分野:環境、エネルギー、中国政策(経済、環境、都市)

箸書:「燃料電池ビジネスの本命“住宅市場”を狙え!」(共著)「図解よくわかる分散型エネル

ギー」「中国エネルギービジネス」(共著、以上日刊工業新聞社)

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