21 世紀の成形技術 3d プリンターによる医薬品製造技術─

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薬剤学 Vol. 76, No. 6 (2016) 398 ≪最近のトピックス≫ 薬剤学, 76 (6), 398-401 (2016) 21 世紀の成形技術 3D プリンターによる医薬品製造技術─ 槙 野   正* Tadashi Makino 静岡県立大学薬学部 実践薬学分野 1.は じ め に ロータリー式錠剤機が開発されて 1 世紀余りにな る.単発錠剤機から小型ロータリー錠剤機,中型錠 剤機そして(超)高速錠剤機へと変遷してきた.打 錠機構においても 1960 年頃の予圧機構付き錠剤機 から,画期的な 2 段圧縮機構付き錠剤機へと進化し てきた.しかし圧縮機構に関しては,金型を用いた 圧縮成形に変わりはなく進歩のない製剤プロセスと いわれてきた.一方,金型成形に起因した打錠障害 (キャッピング,スティッキング,バインディング) の発生も多く見られてきたのも事実である.そんな 折,2015 8 4 日のインターネットのホームペ ージに 3D プリンターによる錠剤が FDA より認可 されたというニュースが入ってきた.現在も話題 沸騰の技術でありデジタルもの作りである 3D プリ ンティング錠の内容と動向について解説したい. 2.3D プリンターによる錠剤 インターネットのホームページによると「Aprecia Pharmaceuticals 社は,同社が 3D プリンターを使 って製造を予定している精神病治療薬「Spritam Levetiracetam)」が FDA より認可されたことを発 表.3D プリンターを使った製造工程により最大 1,000 mg の薬剤成分を錠剤としたもので,2016 3 月に発売された.錠剤は,コンプライアンスが重 要な抗てんかん薬であり速溶性の飲みやすい錠剤 で,崩壊時間は数秒である.今後,こうした 3D リンターを使った製造が本格化した場合,患者の性 別,年齢,体重などに合わせたテーラーメイド医薬 品の製造も可能になるという.ここでキーワードと な る, ① Aprecia Pharmaceuticals 社, ②「Spri- tam」,③ 3D プリンター,④テーラーメイド薬につ いて簡単に説明する. 3.キーワードの解説 3.1 Aprecia Pharmaceuticals 社 2003 年創業で 2007 年より今回の新規技術Zip Doseの研究開発に取り組んでいる.その技術は, マサチューセッツ工科大(MIT)とのコラボレーシ ョンにより,「Spritam」は,2014 年に NDA 申請 をして,2015 8 月に認可され,2016 3 月に発 売された. 3.2 「Spritam」 薬物は,Levetiracetam で抗てんかん薬である. ベルギーの UCB 社が開発したもので,日本におい てはイーケプラー錠として大塚製薬が販売してい る.剤形は,通常のフィルムコート錠で 250 mg 500 mg 錠がある.今回の「Spritam」は,速崩錠で あり,水に入れると約 4 秒で崩壊するものである. また薬物の配合量が 1,000 mg と高含有量が特徴で ある.ただ,錠剤の強度については特許情報からす *1964 年武田薬品工業(株)製剤技術部入社,1997 製剤研究所主席研究員.2005 年京都薬品工業(株)取 締役創剤研究部長,顧問.2012 年静岡県立大学薬学部 実践薬学分野客員教授.2014 年マキノ製剤技術研究所 創設.アドバイザー契約 3 社.製剤機械技術学会(仲井 賞),日本薬剤学会(製剤の達人),粉体工学会・製剤と 粒子設計(学術賞).ライフワーク:古い夢(直打),新 しい夢(3D プリンティング),京都観光ガイド.連絡 先:〒567–0021 大阪府茨木市三島丘 2 丁目 5–23 E-mail: [email protected]

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Page 1: 21 世紀の成形技術 3D プリンターによる医薬品製造技術─

薬 剤 学 Vol. 76, No. 6 (2016)398

≪最近のトピックス≫

薬 剤 学, 76 (6), 398-401 (2016)

21世紀の成形技術 ─3Dプリンターによる医薬品製造技術─

槙 野   正* Tadashi Makino静岡県立大学薬学部 実践薬学分野

1.は じ め に

ロータリー式錠剤機が開発されて 1世紀余りになる.単発錠剤機から小型ロータリー錠剤機,中型錠剤機そして(超)高速錠剤機へと変遷してきた.打錠機構においても 1960年頃の予圧機構付き錠剤機から,画期的な 2段圧縮機構付き錠剤機へと進化してきた.しかし圧縮機構に関しては,金型を用いた圧縮成形に変わりはなく進歩のない製剤プロセスといわれてきた.一方,金型成形に起因した打錠障害(キャッピング,スティッキング,バインディング)の発生も多く見られてきたのも事実である.そんな折,2015年 8月 4日のインターネットのホームページに“3Dプリンターによる錠剤が FDAより認可された”というニュースが入ってきた.現在も話題沸騰の技術でありデジタルもの作りである 3Dプリンティング錠の内容と動向について解説したい.

2.3D プリンターによる錠剤

インターネットのホームページによると「Aprecia

Pharmaceuticals社は,同社が 3Dプリンターを使って製造を予定している精神病治療薬「Spritam

(Levetiracetam)」が FDAより認可されたことを発表.3Dプリンターを使った製造工程により最大1,000 mgの薬剤成分を錠剤としたもので,2016年3月に発売された.錠剤は,コンプライアンスが重要な抗てんかん薬であり速溶性の飲みやすい錠剤で,崩壊時間は数秒である.今後,こうした 3Dプリンターを使った製造が本格化した場合,患者の性別,年齢,体重などに合わせたテーラーメイド医薬品の製造も可能になるという.ここでキーワードとなる,① Aprecia Pharmaceuticals社,②「Spri-

tam」,③ 3Dプリンター,④テーラーメイド薬について簡単に説明する.

3.キーワードの解説

3.1 Aprecia Pharmaceuticals 社2003年創業で 2007年より今回の新規技術“Zip

Dose”の研究開発に取り組んでいる.その技術は,マサチューセッツ工科大(MIT)とのコラボレーションにより,「Spritam」は,2014年に NDA申請をして,2015年 8月に認可され,2016年 3月に発売された.

3.2 「Spritam」薬物は,Levetiracetamで抗てんかん薬である.ベルギーの UCB社が開発したもので,日本においてはイーケプラー錠として大塚製薬が販売している.剤形は,通常のフィルムコート錠で 250 mgと500 mg錠がある.今回の「Spritam」は,速崩錠であり,水に入れると約 4秒で崩壊するものである.また薬物の配合量が 1,000 mgと高含有量が特徴である.ただ,錠剤の強度については特許情報からす

*1964年武田薬品工業(株)製剤技術部入社,1997年製剤研究所主席研究員.2005年京都薬品工業(株)取締役創剤研究部長,顧問.2012年静岡県立大学薬学部実践薬学分野客員教授.2014年マキノ製剤技術研究所創設.アドバイザー契約 3社.製剤機械技術学会(仲井賞),日本薬剤学会(製剤の達人),粉体工学会・製剤と粒子設計(学術賞).ライフワーク:古い夢(直打),新しい夢(3Dプリンティング),京都観光ガイド.連絡先:〒567–0021 大阪府茨木市三島丘 2丁目 5–23 E-mail: [email protected]

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ると強くないようである.3.3 3D プリンティング技術とは2Dプリンティングより進化した,3Dプリンティ

ング技術は,1980年代より今から 30年前より研究されてきた技術である.他産業において既に実用化されている例えば航空機,自動車,家電,治具工具等が実用化されている.軽量化によるエネルギー効率向上と精密加工に用いられている.医療分野においても人工骨,歯,人工関節,臓器モデル等に使われているが,医薬品においては「Spritam」が一号商品である.ただ論文,特許の推移を見ると 1990

年代から 2000年は少なかったが,2010年から徐々に出始め 2014年から急激に増加傾向にある(図1)1).2015年の AAPSでは,ポスターで 20件の発表があった.

3.4 テーラーメイド医薬品のツール通常の医薬品は,大量生産のレディメード薬で,患者により用量調節くらいであるが,将来の個別化医療においては,バイオマーカーを用いた遺伝子検査および 3Dプリンティングを利用することにより薬物種,配合量,そして DDS技術等の最適化医療に供する技術になる可能性を持つ製造技術である.

4.3D プリンティングと錠剤機

現在,積層錠剤機の最高レベル機としては三和化学–菊水製作所により開発されたワンステップ有核錠剤機(OSDrC)があるので比較したい.2重杵を用いた積層錠剤機を図 2に示した.積層充塡により有核錠が製造される.錠剤機は,垂直方向の充塡は可能であるが,水平方向は難しい.ところが 3Dプリンターでは,垂直配置,水平配置とも自由自在でありその組み合わせも可能である(図 3)2).また錠剤内部の密度分布も自由自在であり,中空配置(中空)も可能である.

5.3D プリンティングによる製法

3Dプリンターによる製造法も数種類ある.物,目的により使い分けているが医薬品の場合下記の3.粉末固着方式か 4.インクジェット方式が用いられ

図 1  3Dプリンティング(DDS含む)関連技術論文等公表数 1)

図 2 ワンステップ有核錠剤機(OSDrC)の動作模式図

図 3  Aprecia Pharmaceuticals社の特許例(U.S. Patent Sep. 9. 2014 US 8,828,411)2)

図 4  3Dプリンティングの製法例〈粉末固着方式(石膏法)〉

インクジェットヘッド

接着剤ローラー

粉末

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ている(図 4).1.光造形法(レーザー,UV)2.熱溶解積層法(FDM)3.粉末固着方式(石膏法)4.インクジェット方式

6.3D プリンティングと医薬品添加剤

錠剤機に用いられる圧縮成形用の医薬品添加剤は,長年にわたり研究されよく知られている.例えば,乳糖,デンプン,結晶セルロース,HPC,PVP

等 3Dプリンティングについての医薬品添加剤については,図 4に示したように,圧縮成形に用いていたものをとりあえず使用している.パウダーベットの粉末とそれらを固着するバインダー(高分子添加剤)が用いられる.現在用いられている添加剤は,使用前例の問題があるためそのまま使用されている.今後は 3Dプリンティング用の添加剤の開発も重要なポイントになる.

7.3D プリンティング技術の実施例

文献,特許上の特徴のある 3Dプリンティング錠について 2,3実施例を紹介する.実施例 1)速溶性と徐放性の組み合わせ製剤 3);

機材の選択により放出制御可能(図 5)実施例 2)速崩壊製剤 4);粉末を内包した OD錠

(図 6)実施例 3)放出機構の異なる徐放性製剤 5);1錠

中に薬物に応じた放出制御可能(図 7)

図 5 実施例 1)速溶性と徐放性の組み合わせ製剤 3)

図 6 実施例 2)速崩壊製剤(粉末内包)4)

図 7 実施例 3)放出機構の異なる徐放性製剤 5)

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8.3D プリンティング(図 8)による造形試作 (造形品とモデルスライス図,図 9)

成 形方式:インクジェット粉末積層方式(粉末石膏造形)

本 体型式:Projet660Pro(3DSYSTEMS製)(株)イグアス

使 用ソフト:3D Print(ProjetX60シリーズ専用ソフト)

試 作形状:20×8 mmカプレット形状,厚さ 6.5

mm

造形材料:石膏バインダー:2-ピロリドン積層厚:100 μm

積層速度:28 mm/h

9.ま  と  め

3Dプリンティングによる製剤の内容と動向としてまとめた.文献,特許から見ると Aprecia Phar-

maceuticals社の「Spritam」は,MITとのコラボレーションで 20年目でついに出た 3Dプリンティング錠である.まさに金型成形から非金型成形へのパラダイムシフトである.技術的には,水平配置,垂直配置,中央配置(中空),刻印,割線付与が可能であり従来の最高レベルの有核錠剤機(OSDrC)を超

えるものといえる.おまけに,造粒フリー,ステマグフリー,スケールアップフリーのトリプルフリーも可能で,個別化医療としてのテーラーメード医療薬に貢献できるツールである.ただ,現時点では,生産性,コスト等解決すべき課題が多いが夢のある製造法である.第 4次産業革命といわれる今,デジタルもの作りの中心となる技術が 3Dプリンティングである.

引 用 文 献 1) G. Jonathan, A. Karim, 3D printing in Pharmaceu-

tics: A new tool for designing customized drug de-livery system, Int. J. Pharm., 499, 376–394 (2016).

2) Aprecia Pharmaceuticals, United States Patent No: US8828411B2 (2014).

3) C. W. Rowe, D. C. Monkhouse, TheriForm technol-ogy, In: Modified Release Drug Delivery Technology, Drugs and Pharmaceutical Sciences, vol. 126 (M. J. Rathbone et al., eds), CRC Press, 2000.

4) D. G. Yu, X.-X. Shen, Novel oral fast-disintegrating delivery devices with predefined inner structure fabrication by Three-Dimensional Printing, J. Pharm. Pharmacol., 61, 323–329 (2009).

5) S. A. Khaled, J. C. Burley, 3D printing tablets con-taining multiple drugs with defined release profiles, Int. J. Pharm., 494, 643–650 (2015).

図 8 3Dプリンター

図 9  3Dプリンティングによる造形試作(造形品(上)とモデルスライス図(下))