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第4 章 ダークマター (谷口)

1 . 概要

 ダークマター(暗黒物質、dark matter )は質量を持つが、光や電波な

どの電磁波をいっさい出さない物質のことである。電磁波で観測されない

ことから、その正体は現在のところ不明のままになっている。なお、ダー

クマターのダーク(dark )は「暗い」というよりは、「わからない」と

いう意味で用いられる。したがって、ストレートに日本語に訳すと「わか

らない物質」ということになる。ただし、日本語としては「暗黒物質」と

いう名称が一般的に用いられているが、本書では「ダークマター」を用い

る。

 ダークマターは現在の宇宙の質量密度の23 %を占めており1 、原子物

質(バリオン)の約5.5 倍の質量密度にもなる。宇宙における物質はダー

クマターとバリオンだが、ダークマターは物質世界の85 %を占めている

ことになる。これだけでも驚くべきことだが、宇宙全体の質量密度という

観点では、さらに奇妙な観測事実が得られている。図4− 1に示すように、

宇宙の質量密度のうち、物質(原子物質+ダークマター)の占める割合は

約 1/4 でしかなく、残りの約 3/4 は第2章で紹介したダークエネル

ギーが占めているのである。私たちの知っている原子物質は4 %程度しか

質量密度に寄与していないのである。普通の物質世界のまとめを図4 2−に示しておく。

1 WMAP(Wilkinson Microwave Anisotropy Probe)の7年間のデータ解析から、原子物質、ダークマター、およびダークエネルギーの比率として4.5%、22.5%、および73%という数値が得られている。

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図 4 1   宇 宙 の 質 量 密 度 を 占 め る も の 。− (WMAP/NASA)

Atoms  => 原子物質 4%

Dark matter  => ダークマター 23%

Dark energy  => ダークエネルギー 73%

に変更

図 4 2   普 通 の 物 質 世 界 の 素 粒 子−

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 現在観測される宇宙は、銀河(第5 章)や宇宙の大規模構造(第3 章)

で美しく彩られている。これらの構造を宇宙年齢(137 億年)の間に形成

するには、バリオン2 だけでは不可能で、ダークマターの助けが必須であ

ることが理論的に分かっている。

 実際、ビッグバン宇宙論による元素合成理論に基づくと、現在のバリオ

ンの密度パラメータは Ωb0 = 0.04 程度にしかならない [1−15 節の式

(1.15.1) でh =0.7 を採用して得られる値 ] 。Ω0 〜1 であることがわ

かっているので、バリオンの寄与はやはり4 %程度でしかない。

 以上のことから、宇宙における構造形成においてダークマターは極めて

重要な役割を果たしてきていることがわかる。本章では太陽系近傍、銀河

系、銀河、銀河団などのさまざまな階層で調べられてきているダークマ

ターの観測的証拠を概観した後で、ダークマターの候補として考えられて

いる理論モデルを解説する。

2 . ダークマターの観測的証拠

 ダークマターの存在を示唆する観測事実は、1930 年代に得られていた。

太陽系の近傍と銀河団という、全くスケールの異なる領域で発見されたこ

とは、ダークマターの普遍性を示唆しており意義深いことであった。しか

しながら、これらの発見からダークマターという概念に昇華するまでは長

い時間が必要だった。宇宙の基本的なユニットである銀河にダークマター

が普遍的に存在することがわかってきた1970 年代まで待つ必要があった

からである。この節ではさまざまな階層で見つかってきたダークマターの

観測的証拠をまとめる。

2 -1  太陽系近傍と銀河系

2 原子物質(図4 2)のうち、質量の大半を担うもの。原子物質の質量を議論する時は− 、バリオンの質量で代表させることが慣例となっている。

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 20 世紀初頭から天体の撮像観測のみならず、分光観測も軌道に乗って

きたので、比較的明るく見える天体の性質を調べることができるように

なっていた。

太陽系近傍の星々の運動を調べていたオランダの天文学者であるオー

ルト3 (J. H. Oort)は奇妙な事実に気がついた。太陽や太陽の近傍の星々は

銀河系の円盤の中にあり、銀河中心の周りを回っている。このとき、銀河

円盤と垂直方向にも振れながら運動していく。そのため、太陽系近傍の

星々の銀河円盤に垂直な方向の運動の速度分散を測定すれば、太陽系近傍

における銀河円盤の力学的な質量密度を求めることができる(ρkin) 。一方、

太 陽 系 近 傍 の星々の 質 量 密 度 (ρstar) は星の 質 量 光 度 比− (mass-luminosity ratio) を用いて評価することができる。その結果、オールトは

以下の値を得た。

ρkin = 0.092 M☉ pc - 3

  ρstar = 0.038 M☉ pc - 3

この結果は、約60 %の物質は電磁波による観測では見えていないことを

意味する。したがって、電磁波で観測されない質量が大量にあることにな

り、それを“ 失われた質量問題(missing mass problem )” と呼ぶよう

になった。ちなみに、現在での観測値は以下のようになっている。

ρkin = 0.18 M☉ pc - 3

   ρbaryon = 0.11 M☉ pc- 3

ここでは、ρstar の代わりにバリオンの質量密度であるρbaryon が使われてい

るが、星だけでなくガスの寄与も含まれているためである。約40 %の質

量が未だに観測されておらず、“ 失われた質量問題” は解決していない。

3 オールト(1900-1992)は以下の重要な研究もしたことで著名な天文学者である。(1)銀河系のハローに星が存在すること、(2)銀河系はいて座方向にある銀河系の中心の周りを回転している、(3)太陽系の彗星の起源が太陽系の外縁部にある(オールトの雲)、(4)電波天文学の発展に貢献。(2)の業績で第 3回京都賞を受賞した(1987 年)。

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しかし、これこそが太陽系近傍に存在するダークマターの証拠であると考

えられるようになった。

2 -2  銀河

円盤銀河

 銀河を取り巻くダークマター・ハローの存在が指摘されたのは1970 年

代になってからである。ルービン(V. C.  Rubin) はアンドロメダ銀河の

円盤部がどのように回転しているかを調べた。銀河の質量分布が中心に集

中している傾向があれば、銀河円盤の外側ではケプラー回転に近づき、回

転速度 vrot はr -1/2 で減少していくことが予想された。ところが得られ

た回転曲線(rotation curve )は、図4-3に示すように、銀河円盤の外

側でも回転速度が減少することはなく、回転速度が円盤部全体にわたって

ほぼ同じ値であることがわかった。このような回転曲線を“ 平坦な回転曲

線(flat rotation curve)” と呼ぶ。なお、この図で外縁部の回転曲線は星で

はなく、中性水素原子(H I ガス)の放射するスペクトル輝線で観測され

たものである。

 なお、銀河系の回転曲線については第6 章を参照されたい。

図 4 - 3   ル ー ビ ン とフォード (K.C.Jr. Ford) が 観 測 し たアンドロメ ダ 銀 河

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の回転曲線 (http://www.dtm.ciw.edu/users/rubin/)

 アンドロメダ銀河で観測された平坦な回転曲線を説明するには、銀河は

見えない質量に支配されていることを示す。

 質量分布が球対称であると仮定すると、回転速度は

   vrot (r )= √GM (r)/r

       => √ は右辺全体にかかる

で与えられる。ここでG は万有引力定数、M (r) は半径r 内に含まれる質

量である [ なお、球対称でない場合は、球対称からのずれの係数をf(r)とすると、質量分布はM (r)= f(r)r vrot(r)2 /G で表わせる。f(r) は1 のオー

ダーである。] 。

 vrot (r )= 一定の条件から、銀河の質量分布を半径r の関数で表すと、

   M (r)∝r

を得る。この関係を質量密度分布で表わせば、体積V は半径r とV∝r3 と

いう関係があるので、

   ρ (r)= M (r)/V ∝r -2

となる。円盤銀河の表面輝度は半径が大きくなるにつれて、指数関数的に

減少する(第5章参照)。したがって、銀河円盤の質量 光度比がおおむ−ね一定であるとすれば、星やガスだけでは上記のような質量分布を実現す

るだけの物質があるとは考えられない。そのため、平坦な回転曲線は円盤

銀河の周りに大量の見えない物質がある観測的証拠として考えられるよう

になった。

 その後、多数の円盤銀河の回転曲線が観測されたが、いずれもアンドロ

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メダ銀河のように平坦な回転曲線を示すことがわかった( 図4 4− ) 。し

たがって、銀河は普遍的に見えない物質( ダークマター) に取り囲まれて

いることが認識されるに至った。

 ここで、質量 光度比の観点からダークマターの量について見ておくこ−とにする。もし銀河に星しかないとすれば、銀河の質量 光度比は含まれ−る星々の平均的な質量 光度比になる。近傍宇宙の銀河は星質量の約1−0%がガスなので、ガスの質量の効果を入れると、バリオンの質量 光度−比が推定できる。

図 4 - 4   近 傍 宇 宙 に あ る円盤銀 河 の回転曲線

(Sofue & Rubin 2001, ARA&A, 39, 137 よ り改変 )

 質量 光度比は太陽の質量 光度比である− − M☉/L☉ を単位とする。主系列

星や巨星の質量 光度比は概ね− 0.7-1.3 であり、白色矮星や中性子星など

では0.15‐0.6程度である。ガスの寄与も入れると、太陽近傍での値は2 -

3 になる。実際、円盤銀河では約3 、楕円銀河では約10 になっている。

楕円銀河で大きな値が得られるのは質量 光度比の大きな低質量星が相対−的に多いからである。しかし、ここでの質量は星の総質量を使っているこ

とに注意が必要である。本来は力学的な質量を使うべきだからである。実

際、円盤銀河の力学的質量を中性水素原子ガスの運動から評価すると、質

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量 光度比は約− 10 から20 に跳ね上がる。つまり、星やガスでは賄えな

いような質量を持つもの(ダークマター)が円盤銀河には存在するという

ことを意味する。しかもダークマターの質量はバリオンの数倍は必要にな

る。

 銀河の回転曲線の観測とは別に、1970 年代、理論的な考察からも円盤

銀河にはダークマターが必要であることが指摘されていた。それは、銀河

円盤の棒状構 造 不安定性 に関す る も の で あ る 。 オ ス ト ライカー (J. P. Ostriker) とピーブルス(P. J. E. Peebles) はコンピュータによる重力多体

系計算ができるようになったので、銀河円盤の力学的安定性を調べてみた。

その結果わかったことは、銀河円盤は自己重力だけでは安定せず、棒渦巻

構造を持つ銀河に進化してしまうことであった(図4 5)。いったん棒−渦巻構造が銀河円盤にできると、棒渦巻構造を壊すメカニズムがないため、

ずっとその構造が残る。近傍宇宙にある円盤銀河のうち、約半数は棒渦巻

構造を持つが、残りの半数は普通の円盤銀河(渦巻銀河)である。そのた

め、銀河円盤を安定化させるメカニズムが必要であることが強く示唆され

ることになった。

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図 4 - 5   オ ス ト ライカー とピーブル ス に よ る 銀 河円盤の安定性 に関す る

コンピュー タ・シミュレ ーション 。円盤が棒状構 造 を 持 つ よ う に進化し て

い く様子 が わ か る 。 (Ostriker & Peebles 1973, ApJ, 186, 467 よ り改変 )

  銀河円盤を安定化するには、銀河のハローの重力ポテンシャルを増やす

ことである。彼らは銀河円盤が安定であるための条件として次の関係を得

た。

  力学的エネルギー/ 重力ポテンシャル < 0.14

こ れ は オ ス ト ライカー・ピーブル ス の判定条件 (Ostriker-Peebles criterion) と呼ばれている。つまり、銀河円盤を安定させるためには円盤

の力学的エネルギーの5 倍以上の重力ポテンシャルが必要である。しかし、

銀河のハロー領域にこのような重力ポテンシャルを担うような物質がある

ようには観測されない。そのため、彼らの研究はダークマターの必要性を

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示唆する重要な理論的研究として評価されている。

楕円銀河

 楕円銀河内の星の運動は、円盤銀河のように回転運動しているのではな

く、銀河の中をランダムな方向に軌道運動している。したがって、楕円銀

河の形状は星々の速度分散の異方性で支配されている( 第5 章参照) 。つ

まり、速度分散の大きな方向に延びた形状になる。そのため、円盤銀河の

ように回転運動から楕円銀河の力学的質量を評価することはできない。そ

のため、楕円銀河の力学的質量は、主として以下に示すような方法で評価

されてきている。

(1) コア・フィッティング法:円盤銀河のように回転曲線から銀河の質量

分布を評価することはできないが、楕円銀河の中心領域の速度分散は

容易に測定できる。もし、楕円銀河の中心領域が等温球(isothermal sphere) であるとみなせれば、中心領域の表面輝度分布と速度分散か

ら楕円銀河の力学的質量を評価することができる。

(2) 楕円銀河に属する球状星団の運動:楕円銀河の周りにある球状星団の

運動を調べ、力学的質量を評価する。(1) の方法に比べると、より直

接的に楕円銀河の質量を評価できる。しかし、球状星団の軌道要素は

視線速度しか測定できないため、正確には評価できない。一つの楕円

銀河に対して多数の球状星団が観測されていれば、統計的に質量測定

の不定性を減らすことはできる。球状星団は楕円銀河本体に比べて非

常に暗いので、この方法が適用できる楕円銀河は近傍宇宙にあるもの

に限られる。

(3) X 線ハローの観測:楕円銀河の周りにある高温(~107 K )プラズマ

の放射するX 線の強度分布から、電離水素ガスの密度と温度分布を調

べることができる。静水圧平衡を仮定すれば楕円銀河の質量分布及び

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力学的質量を評価することができる。

これらの観測から楕円銀河の質量 光度比は約− 10‐20 であることが調

べられている。この値は楕円銀河内の星やガスだけで説明できないほど大

きなものである。したがって、円盤銀河と同様にダークマターが存在しな

ければ、観測された大きな質量 光度比を説明することはできない。−

2 -3  銀河団

連銀河(binary galaxies) 、銀河群(group of galaxies) もあるが、まと

めてこの銀河団(cluster of galaxies )の項で説明することにしよう。

 連銀河、銀河群、及び銀河団は多体(N 体)系であるが、統計学的な観

点からN が大きい系ほど、質量決定精度はよくなる。観測できる量は天球

面に投影した距離と視線速度のみなので、N の小さな系である連銀河や銀

河群の質量決定は多くの場合困難である。銀河群の場合は楕円銀河の項で

説明したX 線観測の結果が利用できる場合が多いので、銀河群の質量決定

はもっぱらX 線観測によっているのが現状である。

 銀河団の場合もX 線観測が有効だが、重力レンズ効果を利用した質量の

評価が行われるようになってきている(後述)。 ただし、銀河団の場合

はN ~100‐1000 なので、銀河の運動学からも銀河団の力学的質量を評価

することができる。

 銀河団がビリアル平衡にあるとすると次の関係が成り立つ。

   2T + U = 0

ここでT は銀河団に含まれる全銀河の運動エネルギーの和であり、U は重

力エネルギーである。銀河団の総質量をM 、銀河団の半径をR 、速度分散

をσ2とすると、T とU はそれぞれ以下のように表わせる。

   T = Mσ2 / 2

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U = - G M2 / (f R)

ここで、fは銀河の分布に依存した因子で1 のオーダーの値である。これ

らの関係から銀河団の質量は次式で与えられる。

   M = fσ2R / G

 1933 年、ツビッキー(F. Zwicky )はまさにこの考えに基づき、かみ

のけ座銀河団の質量を評価した。銀河の星質量の総和から推定される速度

分散はσ= 80 km s-1であったが、実際に観測から得られた速度分散はσ= 1500 km s-1 もあった。つまり、力学的質量は星質量の総和の350 倍も多

いことになる。ツビッキーは銀河団には見えない物質が存在すると主張し

たのである(ツビッキーはかみのけ座銀河団内の銀河の平均質量を 109

M☉ 、銀河の個数を800個とし、銀河団の星質量の総和として2×1011 M☉

を得た。これは過小評価であるが、まだ銀河の性質がよく分かっていな

かったのでやむを得ないだろう。)。

 X 線観測やビリアル平衡モデルの他にも、楕円銀河の質量評価の項で紹

介したフィッティング法もある。銀河団のコア( 銀河の個数密度が高い銀

河団の中心部) や銀河団全体の密度分布を仮定する必要があるが、あとは

速度分散の観測から銀河団の力学的質量を評価することができる。

 このような評価方法を用いて、銀河団の質量 光度比は− 100 から500 と

いう大きな値が得られている。したがって、より大きな階層構造で、より

多くのダークマターが付随している傾向が観測されている( 図4 -6)。

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図 4 - 6   さ ま ざ ま な 階 層 に対す る 質 量 光 度 比 と 階 層 の 大 き さ− ( 半径 R)

の関係。

(Bahcall et al. 1995, ApJ, 447, L81 よ り改変 )

<< 暗 黒 宇 宙 の謎 図「 」 10- 6 を使う > >

 近年、ハッブル宇宙望遠鏡やすばる望遠鏡などのおかげで、高解像度の

撮像観測ができるようになった。そのため、重力レンズ (gravitational lens) 効果を用いた銀河団のダークマターの研究が盛んに行われている。

 重力レンズの理論は1936 年、アインシュタイン(A. Einstein) によって

提案された。その後、銀河を重力レンズ源とした二重クェーサーが1979年に発見され、銀河団を重力レンズ源としたレンズ像が1987 年に発見さ

れた。ちなみに、重力レンズ現象による銀河の質量測定法はツビッキーに

よって1937 年に提案されていた。

重力レンズ効果には“ 強い重力レンズ(strong lens)” と“ 弱い重力レ

ンズ(weak lens あるいはcosmic shear)” の2 種類がある。強い重力レ

ンズ効果は背景の銀河が視線上、あるいは視線に近い方向にある銀河や銀

河団の重力場の影響を受ける場合に起こる( 図4 -7 および図4 -8)。

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図 4 - 7  赤方偏移 z = 0.17 に あ る 銀 河 団 Abell 2218 方向で 観 測 さ れ た

重力レ ンズ像 。 (STScI/NASA)

 アインシュタインの一般相対性理論によれば質量は時空の歪みとして理

解される。光( 電磁波) は宇宙の中で最短距離を取るように進むが、時空

の歪みのために光路が変化する。そのため、重力レンズ効果が起こる。図

4 -8 にAbell 2218の方向で起こっている重力レンズ効果を概念的に示し

た。Abell 2218の背景にある銀河からやってくる光はAbell 2218の近くを

通過する際、Abell 2218の質量によって時空が歪んでいるので光路が曲げ

られ、私たちに観測される。そのため、天球面に投影すると、Abell 2218と背景銀河が重力レンズ効果を受けて歪められた像が重なって見える。

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図 4 - 8   図 4 - 5 の 重力レ ンズ効果 を 説 明 す る 図 。 (STScI/NASA)

 一方、弱い重力レンズ効果は一つの銀河や銀河団による効果ではなく、

光が宇宙の中の多数の歪んだ重力場を伝播してくるときに、累積効果とし

て現れるものである。たとえば、Abell 2218のような銀河団があったとし

ても、視線から大きく離れた方向にある銀河を見れば影響は弱い( 図4 -

9)。

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図 4 - 9  強い 重力レ ンズと弱い 重力レ ンズの効果 の違い を 説 明 す る 概 念

<<こ れ を 元 に リ ライト す る:線を滑ら か に曲げて描く > >

 弱い重力レンズ効果で生じる背景銀河の像のゆがみの程度は小さいので、

高解像度の画像が必要であることと、歪み情報の信頼性を高めるために多

数の銀河の像を統計的に解析する必要がある

 弱い 重力レ ンズ効果 を 用 い て評価し た 銀 河 団 の 質 量 光 度 比 も 約−100−500 になる。このように、様々な手法で評価された値がおおむね一

致している。

 最後に弱い重力レンズ効果とX 線観測から得られたダークマターの観測

的証拠を見ておくことにしよう。赤方偏移 z = 0.296 にある1E 0657-558( 通称は“ 弾丸銀河団 [bullet cluster]”) は二つの銀河団が衝突して

いる場所である。衝突後、二つの銀河団に属する銀河は単にすり抜けるだ

けである。またダークマターも相互作用しないので、そのまますり抜けて

いる。ところが、銀河団のガスは衝突して運動量を失い、衝突現場に近い

場所に留まる。まさにこの現象が観測されたのである(図4− 10 )。こ

の観測結果はダークマターの動かぬ証拠として評価されている。

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図 4 - 10 弾丸銀 河 団 に お け る 、 ダ ー ク マ タ ー 、 高温ガス 、 お よ び 銀 河 の

分布。 (Chandra X-ray Observatory/NASA)

2 -4  大規模構造の形成とダークマター・ハロ-

 第1章と第3章で紹介したように、宇宙における構造形成はダークマ

ター(正確には後述する“ 冷たいダークマター” )の重力のおかげで進ん

だと考えられている。バリオンの重力では弱すぎて構造形成ができないた

め、80 年代中盤からダークマターによる構造形成の理論的研究が盛んに

行わ れる よう にな った ( 例 え ば 、 VIRGO プ ロ ジ ェ ク ト を 参 照 : http://www.mpa-garching.mpg.de/Virgo/)。

 2007 年、ハッブル宇宙望遠鏡のトレジャリー・プログラムである「宇

宙進化サーベイ(COSMOS プロジェクト) 」が宇宙におけるダークマター

の3 次元地図を初めて作ることに成功した。この研究では約50 万個の銀

河の高解像度画像を用いて弱い重力レンズ効果の解析が行われた。銀河ま

での距離が測定されているので、トモグラフィー解析が可能であり、赤方

偏移 z = 1 ( 約 80 億 光 年 ) ま で の 3 次元地図 が 得 ら れ た ( 図

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4−11 )。銀河の空間分布を調べてみると、ダークマターの空間分布とよ

く合っていることが確認された。これにより、冷たいダークマターによる

宇宙の構造形成論が検証されるに至った。

図 4−11   COSMOS プロジェク ト に ダ ー ク マ タ ー の 3 次元地図 。赤方偏移

z = 1 ( 約 80億 光 年 ) で の空間 の広が り は 2.4 億 光 年 ×2.4億 光 年 に相当。

(提供: Richard Massey )

3 . ダークマターの理論

 ダークマターはあらゆる波長の電磁波を用いても、観測することができ

ない。したがって、電荷を持っていない未知の素粒子であると考えられて

いる。また、寿命は少なくとも宇宙年齢以上あること、構造形成を担うの

で非相対論的な速度で運動すること、質量密度にしてバリオンの数倍は存

在すること、そしてバリオンと相互作用する確率が非常に小さいことが要

求される。

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 この節では、理論上考えられるダークマターの候補( 第1 章12 節も参

照) と、その検出に向けた実験について解説することにする。ただし、バ

リオンも予想される全ての量が観測されているわけではないので、見えて

いないバリオンについてまず言及しておくことにする。

3 -1  バリオン・ダークマター

 すでに述べたように、ビッグバン宇宙論で予想されるバリオンの密度パ

ラメータはΩb0 = 0.04程度である。一方、今までに検出されているバリオ

ンではΩb0 = 0.02程度にしかならず、残り半分のバリオンは現在のところ

検出されていない。

 近傍の宇宙では星が担うバリオンの密度はΩb0 = 0.0035 であり、低温

の分子ガスや中性水素原子ガスではΩb0 = 0.0006 にしかならない。じつ

は、ほとんどのバリオンは銀河団や銀河群に付随するプラズマが担ってい

ると考えられている。温度が2 万K 以下のプラズマは紫外線領域に放射を

出すが、銀河系のガスによる吸収を受けるため観測が難しい。近傍銀河の

約7 割は銀河群に属しているように、多数の銀河群が近傍宇宙には存在し

ている。したがって、観測されていない大半のバリオンはこれらの銀河群

に付随する低温プラズマであろうと予測されているのである。

 もう一つの可能性はハローにある暗いコンパクト天体(褐色矮星、星質

量ブラックホールなど)である。これはMACHO (Massive Compact Halo Object) と呼ばれている。大マゼラン雲や銀河系のバルジの方向には多数

の星があるので、MACHO がそれらの星の視線上に近づいたときは強い重

力レンズ効果で星の増光が観測される。実際、このような現象が観測され、

MACHO の存在は確認されている。しかし、その寄与はΩb0 = 0.001 程度

であると推定されている。

 では、遠方の宇宙ではどうなっているだろうか。赤方偏移z 〜3 では、

ク エ ーサー吸収線系 ( 第 14 章参照) で あ る ライマ ン α フォレ ス と

(Lyman α forest) の観測からΩb0 = 0.04という値が得られており、ビッグ

バン宇宙論の予測とよく合っている。ライマンα フォレストの正体は確定

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されていないが、銀河などの構造形成の際に取り残された低質量( 107 – 108 M☉ )の原子ガス雲であると考えられている。

3 -2  非バリオン・ダークマター

 ビッグバン宇宙論によるバリオン量の制限から、どうしても非バリオ

ン・ダークマターが必要になる。現時点でもその正体は不明のままである

が、ここではどのような候補があるのか見ていくことにする。

 非バリオン・ダークマターはまず温度で次の3種類に分類される:

   1 )熱いダークマター(hot dark matter, HDM)   2 )温かいダークマター(warm dark matter, WDM)   3 )冷たいダークマター(cold dark matter, CDM)

 相対論的な速度( 光速度あるいはそれに近い速度 ) で運動するものを

HDM 、非相対論的な速度で運動するものがCDM である。WDM は両者

の中間的な速度で運動する。この差は、宇宙初期に熱化学平衡にあったか

どうか、あるいは熱化学平衡から離脱したときの運動速度の違いで生じて

いる。

 HDM の例はニュートリノである。ニュートリノはレプトン族の電子、

ミュー粒子(ミューオン)、およびタウ粒子(タウオン)に対応して、電

子ニュートリノ、ミューニュートリノ、およびタウニュートリノがある。

これら3種類のニュートリノの質量はきわめて軽いので、宇宙の質量密度

への寄与はΩb0 = 0.1 以下であると評価されている。また、そもそも 、

HDM は現在観測されているような宇宙の構造形成を促進できないことも

あり、ダークマターのよい候補とはなり得ない。

宇宙の構造形成に本質的な役割を果たすダークマターは、銀河のス

ケール( 〜10 kpc – 100 kpc) から銀河団のスケール( 〜数 Mpc) に局

在できなければならない。そのため、運動速度は数百 km s-1 程度の非

相対論的な速度であることが要請される。したがって、宇宙の進化に本質

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的な役割を果たしているダークマターはCDM である。

非 バ リ オ ン 的 CDM の 候 補 粒 子 は 1 − 12 節 で 紹 介 さ れ た

WIMP(Weakly Interacting Massive Particle 、弱い相互作用をする重たい

粒子) とアクシオン(axion) である。

3 -3  素粒子理論からの予測

WIMP

WIMP の中でCDM の候補となるのは超対称性粒子 (supersymmetric particles, SUSY 粒子) のうち、電気的に中性な以下のニュートラリーノ

(neutralino) である。

 1 .フォティーノ(photino) :光子の超対称性パートナー

 2. ジーノ(zino) :Z 粒子の超対称性パートナー

 3. グラビティーノ(gravitino):重力子の超対称性パートナー

 4. 中性のヒッグシーノ(higgsino) :ヒッグス粒子の超対称性

   パートナー

 なお、1− 12 節で紹介されたカルツア・クライン粒子 (Kluza-Klein particle)もWIMP の候補である。

 このうち、フォティーノの質量は光子の質量がゼロなので、ゼロである

可能性が高いが、弱い相互作用をする場合はCDM の候補になりうる。

 宇宙初期に生成されたSUSY 粒子はエネルギーの低いSUSY 粒子に崩壊

し て い く が 、崩壊先の な い最も軽い 粒 子 [LSP (Lightest Supersymmetric Particle) と呼ばれ る ] は安定であり、その状態で宇宙に残されると考えて

よい。そのため、それが最も可能性の高いCDM 粒子となる。

 また、SUSY 粒子ではR− パリティ(R-parity) が保存される [ 空間反

転に伴う保存量であるパリティと区別するためにR− パリティと呼ぶ。R

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= (-1)2S+3B+L で定義され、S 、B 、およびL はそれぞれスピン数、クオ ー

ク数、およびレプトン数である] 。したがって、生成の際には必ずペアで

生成される。崩壊のときも同様である。

 SUSY 粒子の質量としては100 〜数百 GeV( ギガ電子ボルト:1 電子

ボルトは1.78×10—36 kg に相当する。ちなみに陽子の質量は1.67×10—

27 kg = 0.938 GeV である) 程度が予想されている。

ヒッグス粒子

 素粒子の標準理論では、すべての素粒子は、生まれたときには質量を

持っていなかったことが要請される。しかし、実際には素粒子はさまざま

な質量を獲得している。この質量の起源を説明するために、 1964 年に

ヒッグス(P. W. Higgs) は「宇宙初期に素粒子が質量を獲得する場(ヒッグ

ス場と呼ばれる)を通過したときに、さまざまな素粒子が質量を獲得し

た」とするアイデアを提案した。

 このヒッグス場を担う量子をヒッグス粒子と呼ぶ。ヒッグス粒子には電

荷の違いでH+ 、H0 、およびH - の3 種類がある。ヒッグス粒子の超対

称性パートナーはヒッグシーノだが、H0 のパートナーは電荷を持たない

WIMP の性質を持つのでCDM の候補になる。ヒッグス粒子の質量、すな

わちヒッグシーノの質量はまだよく分かっていないが陽子の質量の100 倍

(100 GeV) 以上で1000 倍(1000GeV) 以下と推定されている(本章4節、

134頁も参照)。

アクシオン

 基本素粒子であるクォークは「強い力」で結びつけられ、陽子や中性子

などを構成している。この強い力を記述するのは量子色力学と呼ばれるが、

一般にはCP 対称性がなくても問題はない [ 電荷を反転させても、方程

式系は保存されることをC 対称性と呼ぶ(荷電共役とも呼ばれる)。また、

鏡に映した系で、方程式系は保存されることをP 対称性と呼ぶ(パリティ

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保存とも呼ばれる)。これら二つの対称性が同時に成立している場合を

CP 対称性と呼ぶ] 。

 ところが、CP 対称性は保存されていることが実験から判明した。この

矛盾を説明するにはクォークが三世代あればよいことを小林誠と益川俊英

が指摘し、その後、実際に三世代のクォークが確認されるに至った。

 アクシオンは素粒子同士に働く「強い力」のCP 対称性を保証するため

に理論的に提唱されたものである。これも、CDM の候補だが、質量は電

子の一億分の一にも満たないと(10-5 eV 程度)考えられている。した

がって、アクシオンだけでCDM のすべてを担う場合は、バリオン総数の

10 兆倍は必要になる。

修正ニュートン力学

 銀河あるいはそれ以上のスケールではニュートン力学が成立していない

という立場を採るアイデアもある。たとえば、銀河の平坦な回転速度曲線

を説明する修正ニュートン力学(Modified Newtonian Dynamics 、MONDと略される) はミルグロム(M. Milgrom)によって1983 年に提案されてい

る(第2章で紹介されたダークエネルギーを説明する修正重力理論とは異

なることに注意)。

 ニュートンの運動方程式は、力をF 、重力質量をm、加速度をa とする

   F = ma

となる。一方、MONDでは

   F = mμ(a/a0) a

で表される。ここでa0は加速度の次元を持つ定数である。μ はa/a0 の関数

であり、a/a0   >> 1 の場合μ≈1 、 a/a0   << 1 の場合はμ≈a/a0   とな

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る。このように運動方程式を修正すると、銀河のような巨大なシステムで

は影響が出てくる。銀河円盤の外縁部回転速度は系の総質量をM とすると、

銀河の回転速度は

   vrot = (M G a0)1/4

で与えられ、銀河の半径によらず一定になる。したがって、ダークマター

の存在を導入することなく、銀河の平坦な回転速度曲線が説明できること

になる。

 しかしながら、MONDの仮定は理論的な必然性があるものではない。ま

た、弾丸銀河団( 図4−11)の観測結果はダークマターとバリオンが明らか

に異なる空間分布をしていることを示しており、ダークマター存在の明ら

かな証拠であると考えられている。以上のことからMONDを積極的に指示

する理論も観測もない状況である。

4 . 素粒子実験による検証

ニュ-トラリ-ノの検出

 ニュートラリーノは、衝突断面積はきわめて小さいがゼロではないので、

まれにバリオンと衝突することがある。そのイベントを利用してニュート

ラリーノの検出実験が1990 年代後半から行われてきている。

 ニュートラリーノと衝突して原子核が反跳されるとき、微弱な熱や光を

放出する。したがって、どの効果を用いるかで実験方法が異なる。

 熱を検出 す るプロジェク ト の 例 は CDMS(Cryogenic Dark Matter Search 、冷却ダークマター探査) である。このプロジェクトでは米国ミ

ネソタ州のソウダン鉱山の地下700m の場所に、0.04K に冷却したゲルマ

ニウム検出器を設置して実験を続けている(CDMS II )。

 一方、光を検出する実験(シンチレーション観測法)では、最初はヨウ

化ナトリウムが用いられたが、最近は液体キセノンを用いた実験が行われ

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てきている(DAMA 、XENON100 、ZEPLIN II など)。国内でも、東京

大学宇宙線研究所を中心にした研究チームは史上最大の冷却液体キセノン

実験装置を神岡鉱山に設置し、実験を開始している(図4−12 )。

図 4−12   XMASS の検出装置。 重 さ 1 ト ン の冷却さ れ た液体キセノン タ ン

ク を 642 本 の 光 電 子増倍管で 観 測 す る 。 ( 写真提供 東京大学宇 宙線研究

所 神岡宇 宙 素 粒 子研究施設 )

 2008 年、CDMS II が2 個のイベントを検出したとの報告をしたが、統

計的に有為な結果とは認められていない。また、イタリアのグランサッソ

鉱山で行われているDAMAプロジェクト( 名称はDArk Matter の略) はヨ

ウ化ナトリウム検出器を用いて、ダークマター検出量の季節変動を調べる

実験を行っている。なぜ季節変動があるかというと、地球が 30 km s-1

の速度で太陽の周りを公転運動しているためである。このため、ダークマ

ター粒子に対する相対速度が季節によって変わる。それに伴う検出エネル

ギーの変化を調べるのである。なお、DAMA では液体キセノンを用いた実

験なども行ってきており、季節変動を確認したと報告したが、この結果も

信頼性が低いと考えられている。したがって、いずれの方法でも、今のと

ころ未検出の状況が続いている。

ヒッグス粒子の検出

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 CERN(European Organization for Nuclear Research 、欧州共同原子核

研究所) の運用するLHC(Large Hadron Collider 、大型ハドロン衝突器)の二つの実験装置ATLAS(A Troidal LHC Apparatus)とCMS(Compact Muon Solenoid) がヒッグス粒子存在の兆候をつかんだことが2011 年

12 月に発表された。検出された粒子の質量は116−130 GeV (ATLAS) お

よび115−127 GeV (CMS) のレンジに来る。また、2012年7月4日に

は、125− 126 GeV の範囲にあることが発表された。まだ確実な

検証とはいえないが、今後の追実験に期待が寄せられている。

 なお、ヒッグス粒子やニュートラリーノなどのSUSY 粒子が直接検出さ

れるわけではない。LHCで検出されるのは通常の粒子のみだが、衝突前後

の粒子系の運動量が保存されることから、見えない粒子の運動量とエネル

ギーが推定できる。

アクシオンの検出

 アクシオンはバリオンとは相互作用しないが、強磁場とはフェルミオン

を介して相互作用して電波(マイクロ波)を放射する(図4−13 )。この

メカニズムは1983 年にシキヴィー(P.Sikivie) によって提案されたので、

シキヴィー効果と呼ばれている。

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図 4−13  シキヴィー効果 。 図中央の 3 個のフェルミオ ン の ル ープを 介 し

て 、アクシオ ン が強磁場と相互作用 し 、 マイクロ波 を放射す る 。

 この原理や他の方法を用いてさまざまなグループがアクシオンの検出に

向けて実験を続けてきているが、今ところ未検出に終わっている。

 以上のように、ダークマターの候補粒子はかなりしぼられてきており、

またその検出に向けた実験が鋭意進められてきている。ここ数年のうちに

大きな進展がある事を期待したい。

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