-薬物間相互作用の新規メカニズムとして- 13. 薬物 …...13....

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13. 薬物トランスポーターの持続的阻害の機序解析 -薬物間相互作用の新規メカニズムとして- 設楽 悦久 Key words:シクロスポリン,OATP1B1,OATP1B3, 薬物間相互作用 千葉大学 大学院薬学研究院 生物薬剤学 研究室 免疫抑制薬シクロスポリン (CsA) は,臓器移植患者や自己免疫疾患の患者に広く用いられている.CsA は,薬物代謝酵素で あるシトクロム P450 3A4 や薬物排出トランスポーターである P-糖タンパクを阻害することにより他の薬物の体内動態を変化させ る薬物間相互作用を引き起こす可能性があることが報告されていたが,肝取り込みトランスポーターである organic anion transporting peptide 1B1 (OATP1B1) および OATP1B3 を阻害し,実際に臨床で報告されている薬物間相互作用を引き起 こすことを我々が示した 1) .我々の報告に続いて,CsA が特に OATP1B1 を阻害することによって,多くの薬物との相互作用を 引き起こしていることが報告されてきた.そこで,数多くの OATP 阻害薬の中で,CsA によって,特に多くの薬剤との重大な相 互作用が報告されていることに着目し,その機序についてラットを用いた研究を行ってきた.この結果,ラットに CsA を投与した 翌日に,遊離肝細胞を調製し,有機アニオンの取り込み実験を行った場合であっても,取り込み機能が低下しており,肝取り 込み機能の低下は CsA 投与から3日後においても認められることを明らかにした 2) .また,培養肝細胞を用いた実験の結果か ら,CsA を添加した後,これを除去した後であっても阻害効果が持続的に認められることを明らかにした 2) .この持続的な阻害 が特に CsA において重大な相互作用が認められる原因ではないかと推察される.そこで,本研究では,ヒト型 OATP に対す る CsA の阻害効果について検討を行った. 1.OATP1B1 および OATP1B3 発現細胞における取り込み実験 既報に記した OATP1B1 および OATP1B3 発現 HEK293 細胞を用いた.細胞は 1.5 x 10 5 cells/mL/well で12穴プレート に播種し,2日培養した後で 10 mM 酪酸ナトリウムを添加した培地と交換し,さらに1日培養したものを用いた.OATP1B1 および OATP1B3 の機能を評価する目的で,それぞれの典型的な基質である estrone 3-sulfate (E 1 S) および cholecystokinin octapeptide (CCK8) の 3 H 標識体の取り込み量を測定した.取り込み実験を行う直前に培地を除去し,Ice-cold Krebs- Henseleit buffer (KHB)で wash した.取り込み実験では放射標識化合物を含む KHB を添加し,一定時間後,これを除 去してから ice-cold KHB で wash することで細胞への取り込みを停止した.細胞を可溶化した後,液体シンチレーションカウ ンターで添加した基質濃度および細胞内への取り込み量を測定した. 2.CsA による阻害効果の検討 CsA による阻害効果を検討する目的では,上記の取り込み実験を行う際に,基質化合物と同時に阻害剤を加えた.また,前処 理による阻害効果の増強を検討する目的では,細胞培養の際に培地中に CsA を加え,これを除去してから,再度同じ濃度の CsA および放射標識基質を含む KHB を加えることで取り込み実験を行った.また,持続的な阻害効果を検討する目的では, 細胞培養の際に CsA を添加した培地中で培養を行い,これを除去した後で,CsA 非存在下にて取り込み実験を行った. 上原記念生命科学財団研究報告集, 24(2010) 1

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13. 薬物トランスポーターの持続的阻害の機序解析-薬物間相互作用の新規メカニズムとして-

設楽 悦久

Key words:シクロスポリン,OATP1B1,OATP1B3,  薬物間相互作用

千葉大学 大学院薬学研究院 生物薬剤学研究室

緒 言

免疫抑制薬シクロスポリン (CsA) は,臓器移植患者や自己免疫疾患の患者に広く用いられている.CsA は,薬物代謝酵素であるシトクロム P450 3A4 や薬物排出トランスポーターである P-糖タンパクを阻害することにより他の薬物の体内動態を変化させる薬物間相互作用を引き起こす可能性があることが報告されていたが,肝取り込みトランスポーターである organic aniontransporting peptide 1B1 (OATP1B1) およびOATP1B3 を阻害し,実際に臨床で報告されている薬物間相互作用を引き起こすことを我々が示した 1).我々の報告に続いて,CsA が特に OATP1B1 を阻害することによって,多くの薬物との相互作用を引き起こしていることが報告されてきた.そこで,数多くの OATP阻害薬の中で,CsA によって,特に多くの薬剤との重大な相互作用が報告されていることに着目し,その機序についてラットを用いた研究を行ってきた.この結果,ラットに CsA を投与した翌日に,遊離肝細胞を調製し,有機アニオンの取り込み実験を行った場合であっても,取り込み機能が低下しており,肝取り込み機能の低下は CsA 投与から3日後においても認められることを明らかにした 2).また,培養肝細胞を用いた実験の結果から,CsA を添加した後,これを除去した後であっても阻害効果が持続的に認められることを明らかにした 2).この持続的な阻害が特に CsA において重大な相互作用が認められる原因ではないかと推察される.そこで,本研究では,ヒト型 OATP に対する CsA の阻害効果について検討を行った.

方 法

1.OATP1B1 および OATP1B3 発現細胞における取り込み実験既報に記したOATP1B1 および OATP1B3 発現HEK293 細胞を用いた.細胞は 1.5 x 105 cells/mL/well で12穴プレートに播種し,2日培養した後で 10 mM 酪酸ナトリウムを添加した培地と交換し,さらに1日培養したものを用いた.OATP1B1および OATP1B3 の機能を評価する目的で,それぞれの典型的な基質である estrone 3-sulfate (E1S) および cholecystokininoctapeptide (CCK8) の 3H 標識体の取り込み量を測定した.取り込み実験を行う直前に培地を除去し,Ice-cold Krebs-Henseleit buffer (KHB)で wash した.取り込み実験では放射標識化合物を含む KHB を添加し,一定時間後,これを除去してから ice-cold KHBで wash することで細胞への取り込みを停止した.細胞を可溶化した後,液体シンチレーションカウンターで添加した基質濃度および細胞内への取り込み量を測定した. 2.CsA による阻害効果の検討CsA による阻害効果を検討する目的では,上記の取り込み実験を行う際に,基質化合物と同時に阻害剤を加えた.また,前処理による阻害効果の増強を検討する目的では,細胞培養の際に培地中に CsA を加え,これを除去してから,再度同じ濃度のCsA および放射標識基質を含む KHB を加えることで取り込み実験を行った.また,持続的な阻害効果を検討する目的では,細胞培養の際に CsA を添加した培地中で培養を行い,これを除去した後で,CsA非存在下にて取り込み実験を行った.   

 上原記念生命科学財団研究報告集, 24(2010)

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3.細胞における OATP1B1 の発現量の解析CsA処理による OATP1B1 発現量の変化を検討する目的で,CsA により20分間処理した細胞を可溶化したものをサンプルとして,Western blot により発現量の変化について検討を行った.

結果および考察

1.CsA による OATP1B1 および OATP1B3 に対する持続的阻害効果の検討OATP1B1 においては,0.5μM以上のCsA を添加して preincubation したところ,除去した後であっても取り込み活性の有意な低下が認められた(図1). 

 図 1. シクロスポリンによる OATP1B1 (a) および OATP1B3 (b) に対する持続的阻害効果.

シクロスポリンを一定時間曝露した細胞を用い, 添加したシクロスポリンを除去してからそれぞれのトランスポーターの基質薬物の取り込み実験を行った. シクロスポリンを除去した後でも, トランスポーターに対する阻害効果が持続していた.**...p<0.01 vs. CsA 非処理群, #...p<0.05, ##...p<0.01 vs. 5 分間 preincubation 群

 阻害効果の増強には,濃度依存性が認められ,特に 1μM以上のCsA存在下では,5分間の preincubation により,E1S の取り込みが control の 20%程度以下に低下した.一方,OATP1B3 においても同様に,CsA 除去後においても取り込み活性の低下が認められたが,その程度は OATP1B1 に比べて小さかった.これまでに,ラットの初代培養肝細胞で CsA 曝露による取り込み活性の低下を示しているが,同様の現象がヒト OATP1B1 および OATP1B3 発現系において観察された.したがって,ヒトにおいても CsA による薬物間相互作用の程度が,競合阻害を仮定したときに比べて大きくなる可能性があることが示唆された. 2.Preincubation による CsA の阻害効果の増強CsA 存在下で preincubation を行った後に,同じ濃度の CsA 存在下で取り込み実験を行ったところ,OATP1B1 およびOATP1B3 のいずれにおいても阻害効果の増強が認められた(図2).

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 図 2. シクロスポリン処置によるトランスポーター阻害効果の増強.

シクロスポリン添加 20 分または 60 分後に, その存在下で取り込み実験を行うと, OATP1B1 (a) および OATP1B3 (b)のいずれにおいても添加しないときに比べて阻害効果が大きくなった. *...p<0.05, **...p<0.01 vs. CsA 非処理群,#...p<0.05, ##...p<0.01 vs. (-)preincubation 群

 このことは,CsA との preincubation により OATP1B1 および OATP1B3 の輸送活性が低下しており,残存している輸送活性が CsA による競合阻害で低下したために,preincubation を行ったときには競合阻害に比べて大きな阻害効果が得られたものと推察される. 3.CsA処理 OATP1B1 発現細胞におけるトランスポーター発現量の解析1μM CsA を添加した培地で培養した細胞を可溶化し,Western blot により OATP1B1 の発現量を解析したが,CsA非処置群と比べて大きな差は認められなかった.このことから,CsA による OATP1B1 機能の低下は,トランスポーター発現量の低下に伴うものではなく,トランスポーターの輸送機能を持続的に阻害しているものであることが示唆される.ここに示した実験とは別で行った,OATP1B1 および OATP1B3 発現細胞およびトランスポーター非発現細胞(発現ベクターのみを導入した細胞)を用いて行った[3H]標識 CsA の輸送実験で,いずれの細胞においても細胞内への高い取り込みまたは細胞表面への高い吸着が認められており,CsA は OATP1B1 あるいはOATP1B3 を介さなくても高い脂溶性により細胞表面または細胞内に輸送されていることが示されている.CsA を投与したラットにおいても,血中に比べて肝臓中には長時間にわたり残存していることが示されており,OATP1B1 および 1B3 の阻害効果についても,細胞内または細胞表面に残存している CsAが阻害効果を示している可能性も考えられる.

考 察

以上の研究より,CsAがヒト OATP1B1 および OATP1B3 に対しても持続的な阻害効果を有することが示された.この機序によって,CsA は臨床においても,競合阻害を仮定したときに比べてより重大な相互作用を引き起こす可能性があることが示唆された.本研究は,臨床での CsA使用時における安全性を高める上で重要な知見になるものと考える.

共同研究者

本研究の共同研究者は,東京大学大学院薬学系研究科の杉山雄一,千葉大学大学院薬学研究院の竹内久美子,和田怜美,永松佳子,堀江利治である. 

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文 献

1) Shitara, Y., Itoh, T., Sato, H., Li, A. P. & Sugiyama Y.:Inhibition of transporter-mediated hepaticuptake as a mechanism for drug-drug interaction between cerivastatin and cyclosporin A. J.Pharmacol. Exp. Ther., 304:610-616, 2003.

2) Shitara, Y., Nagamatsu, Y., Wada, S., Sugiyama, Y. & Horie, T.:Long-lasting inhibition of thetransporter-mediated hepatic uptake of sulfobromophthalein by cyclosporin A in rats. Drug Metab.Dispos. 37:1172-1178, 2009.

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