s = 1nakazawa/iminonitroxide.pdf · t‐t 曲線は修正bleaney-bowers...
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[アブストラクト]
非常にコンパクトな、ニトロキシド置換したニトロニルニトロキシド_1とイミノニトロキ
シド_2 について報告する。これらの分子はトリメチレンメタンと等電子構造をもっている。 ジラジカル1と2は空気中、室温で安定であり、大きな正の交換相互作用をもっている(H=
‐2JS1/2・S1/2)。
N N
N
O
OtBu
N N
N
O
OtBu
O
1 2
交換相互作用 J/kB = +390 K J/kB = +550 K
スピン双極子相互作用
|D/hc| = 0.0250 cm-1 |D/hc| = 0.0639 cm-1
|E/hc| = 0.0016 cm-1 |E/hc| = 0.0050 cm-1
trimethylenemethane
π電子構造
Huckel MO 計算結果
|D/hc| = 0.024 cm-1 |E/hc| < 0.001 cm-1 2J/k > 300 K
液体窒素温度で保存しておけば1カ月間安定。温度を‐150°Cにすると三重項ESRスペクトルは消失する。
( Dowd, P.J., J. Am. Chem. Soc. 1966, 88, 2587)
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[序]
電子スピンに基づく特異的性質により、安定開殻分子の研究は最近かなりの注目を集め
てきている。例えば、安定高スピン分子、一重項ジラジカル、様々な典型元素をもつ安定
ラジカルなどいくつかのアプローチが現れた。
高スピン分子の例(Ref. 1(a))
SAVE= 5400
一重項ジラジカルの例 (Ref. 2(b))
典型元素を含む安定ジラジカル
(Ref. 3(b))
S = 1S = 0
これらのうち、大きな正の交換相互作用を示す最も単純な種類はトリメチレンメタン
(TMM)である。TMM は、123 K (150℃)以上で熱的に到達しやすい一重項ジラジカル状態を
経てメチレンシクロプロパンを生成する環形成反応を起こしやすい。今までに、典型的な
m-フェニレンやアルキリデン架橋したニトロキシド、ニトロニルニトロキシド(NN)、イ
ミノニトロキシド(IN)を用いていくつかの高スピン分子が設計され、合成されてきた。
R2C
m-フェニレン架橋 アルキリデン架橋 しかし、大きな交換相互作用(J/kB > +300 K)を持つ安定ジラジカルはほとんど発表されて
いない。筆者たちは大きな正の交換相互作用を持つとてもコンパクトな TMM 類似体 1.、2
について報告する。
[合成]
ジラジカル 1 は、2-リチオ(ニトリルニトロキサイド)の 2-メチル 2-ニトロソプロパンへ
の求核付加反応後、過酸化鉛による酸化によって合成された。1 は二つのラジカル部位が近
接しているにもかかわらず安定であった。ジラジカル1は従来のシリカゲルカラムクロマ
トグラフィーを用いて容易に精製された。その後、ヘキサン‐ベンゼン混合液からの再結
晶化によって、空気中で安定な赤い柱状の結晶を得た。ジラジカル2は1を亜硝酸処理す
ることによって得た。
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[実験結果と解析]
ジラジカル1、2の分子構造とパッキング構造
ジラジカル1のX線結晶構造解析の結果を Figure 1 に示す。NO 結合長(I, iv, vi in Figure 1I)
は NN と tert-butyl nitroxide frameworks の典型的な値を示している。C-N 結合長(v, 1.391 Å)
は 2-dimethylamino-NN (1.377 Å)と同程度であった。O-N=C2-N-O 面と C2-(N-O)-C(sp3)面間
の二面角は 73°であった。ジラジカル1は結晶内で六角形の構造を形成し酸素原子と炭素
原子(H3C)間に短い分子間接触をもっている。六角形が作る疎水性のホールの直径は約5Å
である。再結晶溶媒のベンゼン、ヘキサンはホール間に入り込んでいる。
1.273 A
1.276 A
1.282 A
1.391 A
ii : 1.338 Aiii: 1.346 A
1.275 A
1.281 A
1.403 A
vii : 1.277 Aviii: 1.392 A
3.028 A
3.380 A
r
r ~5 A
C2 C2
C(sp3)C(sp3)
Crystallographic data for 1: trigonal, space group: R-3 (#148), a = b = 34.674(2) Å, c = 6.0958(4) Å, α = β = 90.0°, γ = 120.0�, V = 6347.2(7) Å3, Z = 18, ρcalcd = 1.146 g cm3, T = 170(2) K, R = 0.0756, Rw = 0.1840, GOF = 1.172 (CCDC#:783983)
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ジラジカル2の N=C2-N-O と C2-(N-O)-C(sp3)面間の二面角は約40°であった。ジラジカ
ル1の二面角より小さい。2つのニトロキシドは cissoid conformation(凹面、二つの面の内
側)にあることが分かった。分子間の接触(sp3炭素とニトロキシドの酸素原子間)は 3.468
から 3.596Åであった。
Crystallographic data for 2: monoclinic, space group P21/c (#14), a = 6.118(2) Å, b = 17.652(6) Å, c = 12.494(4) Å, α = γ = 90°, β = 109.434(6)°, V = 1272.4(7) Å3, Z = 4, ρcalcd = 1.187 g cm3, T = 150(2) K, R = 0.0793, Rw = 0.1235, GOF = 1.153 (CCDC#:783982)
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ジラジカル1のESR測定
2つのスピン中心間のスピン-スピン相互作用を調べるためにESR測定を行った。スピン
中心が近接しているので基底一重項状態かもしれない。あるいは、スピン中心がTMMタ
イプの cross-conjugation なら基底三重項状態かもしれない。Diethtylphthalate 凍結溶媒中のジ
ラジカル1のESRスペクトルは無秩序配向三重項パターンを示している。|D/hc|= 0.025
cm-1, |E/hc|= 0.0016 cm-1。少し2重項状態の不純物がある。|Δms| = 2 の半磁場信号も明瞭に
観測された。温度の逆数に対する|Δms| = 2 の信号強度のプロットは直線を与えた。これは基
底三重項状態を示している。
ジラジカル2のESR測定
ジラジカル2に対しても三重項スペクトルが観測された。|D/hc|= 0.0639 cm-1, |E/hc|= 0.0050
cm-1。興味深いことに、ジラジカル2はジラジカル1よりもかなり大きなD値をもち、|Δms|
= 2 の信号強度も大きい。ジラジカル2の方がより大きなD値を持つことはスピン中心間距
離がより短いことによって定性的に説明される。
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ジラジカル1の磁性の測定
ジラジカル1、2の巨視的な磁気的性質を調べるためにモルあたり常磁性磁化率の温度依
存性を測定した。
ジラジカル1のχpT の値は室温で 0.983 emu K mol-1であった。有効磁気モーメントはμeff=
2.804 μB。温度を 150 K まで下げるにつれてχpT の値は徐々に増大し 150 K で最大値を示し
た(χpT=1.000 emu K mol-1、μeff= 2.828 μB)。χpT の値は、150 K よりさらに下げると30K
までゆっくりと小さくなり、30K以下で急激に小さくなった。300Kから150Kで
のχpT の増大は、比較的大きな強磁性相互作用を示している。
観測されたχpT‐T 曲線は修正 Bleaney-Bowers モデルでシミュレートされた(式 1)。大き
な強磁性相互作用 J/kB = +350 K、と小さな反強磁性相互作用θ = -1.5 K が得られた。大きな
J/kB 値は2つのスピン中心間の分子内強磁性相互作用に帰属された。小さな反強磁性相互
作用は結晶構造解析で観測された sp3炭素‐NO酸素原子接触の分子間反強磁性相互作用に
帰属された。分子間接触に基づくモデルをもちいた交換相互作用の理論計算
(ub3lyp/6-31G(d))は同程度の値を与える。
(NAはアボガドロ数、μBはボーア磁子、kBはボルツマン定数)
ジラジカル2の磁性の測定
ジラジカル2は室温でジラジカル1よりも大きなχpT 値(0.983 emu K mol-1)(μeff= 2.814 μB)
を示す。χpT 値の値は300Kから100Kまでほとんど一定であり、100K以下で減少
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した。300Kから100Kの範囲では、230Kで最大値(χpT=0.995 emu K mol-1、μeff=
2.821 μB)が観測された。これは2つのスピン中心間の大きな分子内磁気相互作用を示して
いる。χpT‐T 曲線のシミュレーションによって、大きな強磁性相互作用 J/kB = +550K、と
小さな反強磁性相互作用θ = -2.7 K が得られた。ジラジカル2の交換相互作用Jはジラジカ
ル1よりも大きい。これは、スピン中心間の二面角が小さいことが原因である。
分子間の交換相互作用Jの計算
結晶構造に基づいて三重項分子間の交換相互作用を山口式より見積もった。計算結果は
実測のθ と同程度の値であった。 山口式:
UHF
LS
UHF
HS)UHF(
HS)UHF(
LS
)UHF(ŜŜ
EEJ
22 −
−=
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三重項-一重項状態間のエネルギーギャップ(EST gap)
三重項状態と一重項状態間のエネルギーギャップ(EST gap)は、ジラジカル1に対して EST
gap=2J/kB = +780 K(1.56 kcal/mol)、ジラジカル2に対して EST gap=2J/kB = +1100 K(2.20
kcal/mol)であった。一重項ジラジカル状態は室温で容易に届く範囲にあるが、O-O 結合形成
による環形成物への変換の傾向は観測されなかった。TMM では 123 K以上で環形成が見ら
れるのと対照的である。環形成構造は、理論計算によると五員環(-C2-N-O-O-N-)内の6
つのローンペア電子間の電気的反発のためにとても高いエネルギーレベルをもっていると
考えられる。環形成物の不安定性が結果的にジラジカル1,2の化学的安定性に寄与して
いる。
[まとめ]
室温で三重項占有率がほぼ 100%の、新しい TMM-型の三重項ジラジカルの高い安定性を証
明した。構造的な見通しから、ジラジカル1、2は磁気的金属配位子として使える。さら
に、これらのジラジカルは低圧(約 70℃/20 mmHg for 1, 約55℃/ 20 mmHg for 2)で分解
することなく簡単に昇華される。これらの特徴により、ジラジカル1、2はスピントロニ
クスにおいて様々な潜在的応用を持っている。そのような研究は現在進行中である。
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