plgaナノ粒子調製技術とその実用化€¦ ·...

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JETI 51 Vol.62,No.8(2014) 筆者らは,川島(岐阜薬科大学・名誉教授,愛 知学院大学・特任教授)らが考案した高分子球形 晶析法のひとつである「水中エマルション溶媒拡 散(ESD)法」 1) にて,薬物封入 PLGA(乳酸・ グリコール酸共重合体)ナノ粒子を作製し,それ を利用したドラッグデリバリーシステム(DDS, 薬物送達システム)機能を有する医薬品・医療デ バイスの受託研究や化粧品・育毛剤等の製造販売 事業を行っている。 本稿では,PLGA ナノ粒子の特徴と最新の医薬 品,化粧品へのPLGA ナノ粒子技術の応用につい て紹介する。 1. PLGA ナノ粒子の特徴 PLGAは,「乳酸」と「グリコール酸」がランダ ムに共重合したポリマーである。疎水性で非晶質 のポリ乳酸(PLA)と,親水性で結晶性が高く有 機溶媒に不溶であるポリグリコール酸(PGA)の 性質を相補した物性をもち(第1図),医薬品原料 としても多くの使用実績がある。水共存下でエス テル結合部位が加水分解するため,体内に取り込 まれた PLGA は元来生体内に存在する乳酸とグリ コール酸に戻り,さらにTCA回路(Tricarboxylic acid cycle )で水と二酸化炭素に分解され,体外へ排泄 されるため体内残留のない安心で安全な材料である。 著者らが作製する PLGA ナノ粒子は平均粒子 径 160nm の球形微粒子であり,有用成分を内包 し,加水分解を制御することで内包成分の粒子外 部への徐放機能を有する。リポソームやエマル ションといった他の DDS 基材と異なり,リジッ トな固体粒子であるため固形製剤化が可能であ る。一方で PLGA ナノ粒子の実用化には熱や水分 の影響を受けやすく,ナノ粒子特有の高付着性, 高凝集性や低ハンドリング性などの短所を補いう PLGA ナノ粒子調製技術とその実用化 笹井 愛子 (ささい・あいこ) 辻本 広行 (つじもと・ひろゆき) ホソカワミクロン㈱マテリアル事業部 製薬・美容科学研究センター 2 0 0 n m PLGAナノ粒子の構造 P L G A ( 2 0 0 n m ) I n v i t r o 1μm 有用成分 time 1μm 1μm PLGAの化学構造 + 乳酸 C C CH C O O O H C OH n m CO2 + H2O (無触媒) グリコール酸 CH3 CH2 O HO CH OH CH3 O OH HO CH2 O 第1図 PLGA の化学構造式と PBS(リン酸緩衝生理食塩水)中での分解過程 特集 ナノテクノロジーの最新技術

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Page 1: PLGAナノ粒子調製技術とその実用化€¦ · 本稿では,plgaナノ粒子の特徴と最新の医薬 品,化粧品へのplgaナノ粒子技術の応用につい て紹介する。

JETI 51Vol.62,No.8(2014)

は じ め に

 筆者らは,川島(岐阜薬科大学・名誉教授,愛

知学院大学・特任教授)らが考案した高分子球形

晶析法のひとつである「水中エマルション溶媒拡

散(ESD)法」1)にて,薬物封入 PLGA(乳酸・

グリコール酸共重合体)ナノ粒子を作製し,それ

を利用したドラッグデリバリーシステム(DDS,

薬物送達システム)機能を有する医薬品・医療デ

バイスの受託研究や化粧品・育毛剤等の製造販売

事業を行っている。

 本稿では,PLGA ナノ粒子の特徴と最新の医薬

品,化粧品への PLGA ナノ粒子技術の応用につい

て紹介する。

 1. PLGA ナノ粒子の特徴

 PLGA は,「乳酸」と「グリコール酸」がランダ

ムに共重合したポリマーである。疎水性で非晶質

のポリ乳酸(PLA)と,親水性で結晶性が高く有

機溶媒に不溶であるポリグリコール酸(PGA)の

性質を相補した物性をもち(第1図),医薬品原料

としても多くの使用実績がある。水共存下でエス

テル結合部位が加水分解するため,体内に取り込

まれたPLGAは元来生体内に存在する乳酸とグリ

コール酸に戻り,さらに TCA 回路(Tricarboxylic

acid cycle)で水と二酸化炭素に分解され,体外へ排泄

されるため体内残留のない安心で安全な材料である。

 著者らが作製する PLGA ナノ粒子は平均粒子

径 160nm の球形微粒子であり,有用成分を内包

し,加水分解を制御することで内包成分の粒子外

部への徐放機能を有する。リポソームやエマル

ションといった他の DDS 基材と異なり,リジッ

トな固体粒子であるため固形製剤化が可能であ

る。一方で PLGA ナノ粒子の実用化には熱や水分

の影響を受けやすく,ナノ粒子特有の高付着性,

高凝集性や低ハンドリング性などの短所を補いう

PLGAナノ粒子調製技術とその実用化

笹 井  愛 子(ささい・あいこ)

辻 本  広 行(つじもと・ひろゆき)

ホソカワミクロン㈱マテリアル事業部製薬・美容科学研究センター

200nm

PLGAナノ粒子の構造

PLGAナノ粒子(200nm)の分解 (In vitro評価)

1μm

有用成分

time

1μm 1μm

PLGAの化学構造

+

乳酸

CC

CH CO

O

OH C OH

n m

CO2 + H2O

加水分解縮合重合

(無触媒)

グリコール酸

CH3

CH2

O

HO CH OH

CH3

O

OHHO CH2

O

第 1 図 PLGA の化学構造式と PBS(リン酸緩衝生理食塩水)中での分解過程

特集 ナノテクノロジーの最新技術

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52 JETI Vol.62,No.8(2014)

る新しい製剤粒子設計が必須であった。これらの

課題に対し著者らは水溶性の糖アルコールや乳糖

などをマトリックスとし,その中に PLGA ナノ粒

子を分散・担持させうる機械的粒子複合化技術

(凍結乾燥法,噴霧式乾燥流動層造粒法)を開発し

ている(第2図)。得られた複合粒子は保存安定性

が向上し,見かけ上もマイクロ粒子としてふるま

うのでハンドリング性も改善され,多くの剤形(カ

プセル剤,錠剤,注射剤,粉末吸入剤等)への応

用が可能である 2)。そして用時調製時ないし投与

後に体内で水を吸収し,マトリックスが即溶する

ことで,PLGA ナノ粒子が再構築(分散)され,

ナノ粒子本来の諸機能を発揮できる。

 PLGA ナノ粒子を配合する製剤は,その加水分

解に伴う安定性の観点から,応用可能な剤形が,

①非含水剤形や,②使用直前に液剤と PLGA ナノ

粒子を混ぜて使う用時調製(二剤)型に限定され,

注射製剤やドリンク剤,化粧水,育毛剤などの水

系液剤への直接配合は出来なかった。前記の通

り,PLGA ナノ粒子の安全性と内包薬物の徐放性

は加水分解特性によって制御されるため,「PLGA

ナノ粒子の加水分解を液剤中で抑制し,目的部位

(例:体内,皮膚上)で再開させることで DDS 機

能を発揮する」といった,加水分解のオン / オフ

制御機能をもつ製剤システム開発が,PLGA 粒子

の適用を拡大するうえで重要な課題となっていた。

 著者らは本課題に対し研究開発を進め,①

PLGA の加水分解速度と pH の関係性と,②加水

分解生成物の自己触媒性に着目し,特定の pH 領

域に設定した緩衝溶液が PLGA ナノ粒子の加水

分解を制御しうることを見出し,本技術開発に

よって PLGA ナノ粒子を水系製剤中でも一定期

間安定に配合することが可能になった3)。

 2. 医薬 DDS としての有用性

 PLGA ナノ粒子は,さまざまな用途で機能性が

見出され,基礎研究から応用研究へと展開されて

いる(第3図)。例えば PLGA ナノ粒子は,ヒト

の臍帯静脈内皮細胞や骨格筋細胞に効率的に取り

込まれ,内皮細胞の血管新生を促進しうることが

見出されており,虚血性疾患の主因である平滑筋

増殖・遊走作用を抑制する遺伝子や分子標的薬を

PLGA ナノ粒子に封入し,それらを虚血性疾患

(血管狭窄,動脈硬化,重症下肢虚血,肺高血圧

症)治療を目的とする注射剤(筋肉)や吸入剤へ

応用しようとする開発が進められている4)。

 また人工核酸 NDON(NFkB decoy oligodeoxy-

nucleotide)を封入した PLGA ナノ粒子の経口投

第 2 図 実用化のための粉体技術・造粒プロセスによる PLGA ナノ粒子の作成

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JETI 53Vol.62,No.8(2014)

与による潰瘍性大腸炎への有効性が,マウス病態

モデルを用いた評価で世界で初めて報告された 5)。

本成果は患者の生活の質(QOL:Quality of life)

を改善する究極の経口投与型の核酸医薬 DDS と

位置づけられ,国家プロジェクトに採択され開発

が進められた。さらに,最近では「核酸医薬と

PLGA ナノ粒子を組み合わせた革新的抗インフ

ルエンザ薬」の国家プロジェクトを筆者らは立命

館大学と共に進めている。

 3. 化粧品への応用展開

 PLGA ナノ粒子は従来の課題であった有用成分

の肌奥への浸透性を改善し,かつ成分の徐放に伴

う作用の持続化を可能にさせうる機能を有するこ

とがヒト摘出皮膚片を用いた三羽(県立広島大

学・名誉教授,大阪物療大学・教授)らとの共同

研究で見出されている 6)。また PLGA の加水分解

の過程で生成する乳酸とグリコール酸が,穏やか

な角質層の細胞代謝(ターンオーバー)促進作用

を有することも確認され 6),角層バリア機能の改善

や美白,アンチエイジングなど美容全般を司る

ターンオーバー制御剤としての効果も加わって

様々な機能性化粧品へと応用されだした。

 最新の化粧品向け技術として筆者らは,PLGA

ナノ粒子のユニークな特徴である「毛穴ルート」

による薬物の浸透促進性 7)と毛穴内部での持続効

果を用いた「抗ニキビ PLGA ナノ粒子」の開発を

進めている8)。ニキビの発症は複数の原因が重なり

合って生じるが,その作用点はいずれの場合も毛

穴内部に存在するため,有効成分を毛穴の内部へ

送達することが重要となる。各原因に対する有効

なアプローチには有効成分が持続的に作用する必

要があり,毛穴への浸透性と封入成分の徐放性に

優れたPLGAナノ粒子は好適な素材であると考え

る。ここでは抗アクネ菌成分を封入した PLGA ナ

ノ粒子を用いてニキビの抑制作用を検証した結果

を第4図に示す。試験はハーフフェイス法を用い

て実施し,右顔:「アクネ菌殺菌成分封入 PLGA

ナノ粒子(成分濃度 0.001%),(a)」,左顔:「アク

ネ菌殺菌成分単体(成分濃度 0.2%),(b)」のサン

プルを 1 日 2 回洗顔後に塗布した。その結果,成

分単体 (b)の場合,ニキビの状態に改善傾向は見

られなかったが,PLGA ナノ粒子を用いた (a)の

場合では 200 分の1の殺菌成分濃度にも拘らずニ

キビが沈静化し,新たなニキビの抑制効果も確認

され,PLGA ナノ粒子のニキビへの有効性が明ら

かとなった。

 化粧品分野における「PLGA ナノ粒子」は,消

費者が求めるイメージやブランド力だけではなく

医薬品のように効果が期待でき,かつ安全である

(ESD法)

応用

取込み

(ESD法)

応用

取込み

プロセス工学

細胞内取込み

細胞内動態

膜の透過性

人工核酸治療

機能性化粧品ホソカワミクロン化粧品スキンケア化粧品・育毛剤

皮膚科領域

組織消化管・肺

粘膜

化粧品・医薬部外品用世界初PLGAナノ粒子

量産工場

薬剤溶出バルーンカテーテルアンジェス・メディキット

【NEDO】薬剤溶出ステント・九大医

【厚生科研 ・テルモ財団 etc】

応用基礎 医療デバイス

冠動脈

アトピー性皮膚炎アンジェス・阪大医・人工核酸

【地域コンソーシアム】

インスリンの粉末吸入製剤

【NEDO:2001】

PLGANSの肺・循環器動態・病理的評価

PLGAナノ粒子安全性評価

皮膚動態・薬理評価

人工核酸の大腸ターゲティング(錠剤・大腸炎)

アンジェス・阪大・愛知学院大・森下仁丹

【近経局地域イノベーション】

PLGAナノ粒子システム

肺癌、肺線維症肺高血圧症

【厚生科研、他】

経肺局所

経口

経肺全身 皮下投与

虚血性心疾患

動脈硬化・下肢虚血【NEDO/JST/スーパー特区etc】

新規調製法量産(スケールアップ)・

複合化・無菌管理

DDS製剤用PLGAナノ粒子の

無菌・GMP製造工場

前臨床毒性試験・体内動態

アンジェス

【NEDO】

〔粒子設計〕 ・ 薬物の封入化 ・ 粒子径 ・ 表面物性 〈改質〉 ・ 複合化

参考資料;愛知学院大・薬学部 川島特任教授・山本教授 作成資料

人工核酸結合アンジェス・阪大医・ジーンデザイン

【近経局地域イノベーション】

皮膚動態・薬理評価

第3図 PLGA ナノ粒子の応用例

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54 JETI Vol.62,No.8(2014)

商品,いわゆる「コスメシューティカル」な化粧

品技術として活用され出している。

お わ り に

 著者らが2002年に川島研究室からESD法の技術

を導入して 12 年が経過した。この間,PLGA ナノ

粒子の機能性・有用性・安全性等に関する情報が

集積でき,本粒子は化粧品・育毛剤へと実用化さ

れ,さらには,医薬品・医療デバイスに応用された

技術は臨床試験が現在進められている。今後とも,

本PLGAナノ粒子技術の実用化にむけ,多様なニー

ズに対応した製剤技術の提供を担い,人々の健康と

美容に貢献できるよう研究開発を進めていきたい

と考える。

参 考 文 献

1) Y. Kawashima et al., Euro. J. Pharm. Biopharm.,

45, 45-48 (1998).

2) H. Yamamoto et al., J. Soc. Powder Technol. J.,

41(7), 514-521(2004).

3) 笹井愛子他 , FRAGRANCE J., 11, 49-54 (2013).

4) Y. Tsukada et al., Int. J. Pharm., 370, 196-201

(2009).

5) K. Tahara et al., Biomaterial, 32, 870-878 (2011).

6) 板東容平他 , COSME TECH JAPAN, 1(1), 77-84

(2011).

7) 三羽信比古編著 , 「美肌・皮膚防御とバイオ技術バイ

オ化粧品・美肌健康食品・ハイテク美肌機器の最新

動向」, CMC 出版 , 301-302 (2003).

8)笹井愛子他 , COSMETIC STAGE, 8(3), 27-31(2014).

a) 抗アクネ菌成分封入 PLGA ( 抗アクネ菌成分: 0.001% )、 b) 抗アクネ菌成分単体 (抗アクネ菌成分: 0.2%)

第4図 抗アクネ菌活性成分封入 PLGA ナノ粒子のニキビ肌へのアプローチ

☆           ☆           ☆