地誌的なアプローチで「学び方を学ぶ」...マジュヌーン、同60億バレルのビン・ウムル、同...

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1 新課程の授業 地理B編 地誌的なアプローチで「学び方を学ぶ」 神奈川県立横須賀高等学校 勝山雅法 ますます重要性を増す地理学習 世界の国々の結びつきが強まっていることは異 論のないところであるが、政治・経済・環境問題 などさまざまな事象が世界で同時的に展開してい るのが現代世界の一つの特徴といえる。政治的な 視点だけで国家を論じたり、経済的な利害関係の みで地域を見ることも許されなくなった。多くの 情報から必要なものをセレクトし、的確に処理す る能力が要求される時代なのである。 まさに地理の出番というところであるが、従前 の『地理』が生徒たちにとって本当に魅力ある科 目として存在しただろうか。 地理はおもしろいはずなのになあ、という我々 地理教師のもやもやを新しい地誌学習で解消して みたいものである。 新学習指導要領における地理Bの性格 何が重視されているか 本年度から施行される新学習指導要領では、地 理Bの科目の目標として、「現代世界の地理的事象 を系統地理的、地誌的に考察し、現代世界の地理 的認識を養うとともに、地理的な見方や考え方を 培い、国際社会に主体的に生きる日本人として自 覚と資質を養う。」としている。従前の学習指導要 領と比較すると、地理的な見方考え方の指導が重 視され、『学び方を学ぶ学習』という点が強調され ている。 事項羅列型に陥りがちであった従来の社会科 (地歴・公民科)の反省の上に立っていることは いうまでもないが、現場の教師の立場からいえば、 生徒の側から見た『暗記科目』のイメージを払拭 させることもねらいの一つとしてとらえることが できよう。 なぜ地誌学習なのか 系統的地理と地誌を両輪とするのが地理の特徴 であるが、今回の指導要領ではとくにその部分が

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新課程の授業 地理B編

地誌的なアプローチで「学び方を学ぶ」神奈川県立横須賀高等学校 勝 山 雅 法

ますます重要性を増す地理学習

 世界の国々の結びつきが強まっていることは異

論のないところであるが、政治・経済・環境問題

などさまざまな事象が世界で同時的に展開してい

るのが現代世界の一つの特徴といえる。政治的な

視点だけで国家を論じたり、経済的な利害関係の

みで地域を見ることも許されなくなった。多くの

情報から必要なものをセレクトし、的確に処理す

る能力が要求される時代なのである。

 まさに地理の出番というところであるが、従前

の『地理』が生徒たちにとって本当に魅力ある科

目として存在しただろうか。

 地理はおもしろいはずなのになあ、という我々

地理教師のもやもやを新しい地誌学習で解消して

みたいものである。

新学習指導要領における地理Bの性格

何が重視されているか

 本年度から施行される新学習指導要領では、地

理Bの科目の目標として、「現代世界の地理的事象

を系統地理的、地誌的に考察し、現代世界の地理

的認識を養うとともに、地理的な見方や考え方を

培い、国際社会に主体的に生きる日本人として自

覚と資質を養う。」としている。従前の学習指導要

領と比較すると、地理的な見方考え方の指導が重

視され、『学び方を学ぶ学習』という点が強調され

ている。

 事項羅列型に陥りがちであった従来の社会科

(地歴・公民科)の反省の上に立っていることは

いうまでもないが、現場の教師の立場からいえば、

生徒の側から見た『暗記科目』のイメージを払拭

させることもねらいの一つとしてとらえることが

できよう。

なぜ地誌学習なのか

 系統的地理と地誌を両輪とするのが地理の特徴

であるが、今回の指導要領ではとくにその部分が

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強調され、従来よりも地誌学習が重視される傾向

がはっきりしている。私も現任校では地誌学習を

基軸に地理Bを行っているので、世界の諸地域を

地誌的に考察することの有用性を訴えてみたい。

①世界の諸地域に暮らす人々の生活を知る

 ある生徒から『地理は人の名前が出てこない』

といわれたことがあるが、確かに人の顔の見えな

い学問でもあった。近年はとくに地域に暮らす人

人の『生活者』としての視点の醸成が叫ばれてい

るところであり、『ところ変われば』という地理

の興味の原点に立ち返るためにも地誌学習は有用

である。

②一つの地域の学習の成果を他の地域へと応用す

ることが比較的容易である

 今回の指導要領でとくに強調されている『学び

方を学ぶ』題材としては地誌的なアプローチが適

している。系統地理で、たとえば地形学習の後に

その学習の成果を念頭に同様の手法で気候学習を、

といっても無理がある。それに対して地誌学習で

は、取り上げる地域によっては、学習が比較的コ

ンパクトにまとめやすく、また、地域の理解のた

めの一つの方法(=学び方)を他の地域に同様に

当てはめてみる、ということができる。さらに、

学習の成果が目に見えやすく、次の自ら学ぶ意欲

につながるという側面も持っている。

地理的な見方考え方とは何か

 地理の授業を担当するものにとって、

今さら何を、ということになりそうで

ある。しかし、新学習指導要領が目標

としている『学び方を学ぶ学習』を成

功させるためには、我々教師が普段無

意識のうちに行っている情報処理と思

考の道筋をいったん解体し、順序立て、

さらに学習課題として生徒に提示する

必要がある。

 どのような観点を押さえれば地理的な見方で、

A国を把握させることができ、さらにその方法で

B国を知ってみたい、という気持ちを生徒たちに

持たせられるのか。この部分を解明できれば、生

徒の能動的な知の欲求を引き出すことができると

思うのである。

地誌学習の方法論を学ぶ

 地域の学習が単に知識の習得に終わらないよう

にするためには、

①あらかじめアプローチのしかたをわかりやすく

 提示し、ある地域での学習によって身につけた

 地誌的なとらえ方を他地域に応用できること、

②ある地域での学習が、知識の習得と同時に他の

 地域への興味関心を沸き上がらせるものである

 こと、

が必要である。

 新しい地理Bの教科書として16年度発行予定の

帝国書院の地理Bでは、地誌を重視した内容構成

となっており、カラー化と大判の特徴を生かし、

写真、図版の多いビジュアルな内容となってい

る。逆に文章は最小限にとどめられ、生徒が疑問

に思ったことを調べたり、教師が説明したりする

「すき間」を多く持った教科書となっている。

 この地理B教科書では、表1のように事例国の

取り扱い方をはっきりとさせ、それぞれ異なった

事例国 アプロ-チのしかた

中国

項目整理型:自然(地形・気候)

生活・文化(漢民族と少数民族ごとに衣食住)

経済(沿岸部と内陸部の経済)

オーストラリア

テ-マ追求型:テーマを人口に関することに設定

①人口分布  ②人口分布の偏りの要因

③住民の構成 ④人口の少ない地域の特色

アメリカ合衆国

地域区分型:アメリカ合衆国の4つの性質の異なる大都市を取

(テーマ追求型)り上げ、それぞれ異なった後背地を持ち、成立要

件を考えてゆくことによって、結果としてアメリ

カ合衆国の地誌を、地域を追うかたちで展開

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アプローチで展開している。

項目整理型のアプローチ

 例示された中国での取り扱いは、地誌学習の最

もオーソドックスなスタイルともいえるもので、

自然・産業・民族・生活文化など項目ごとにまと

めていくかたちとなっている。このアプローチの

方法は生徒にとっても取りつきやすく、また、複

数の国を後で比較するのに都合が良い。この中国

での方法論で、特徴ある中規模国の集まる東南ア

ジアなどを生徒が分担して調べたとき、もし成果

を発表する機会があれば、各国の比較が項目ごと

に容易にできる。

テーマ型のアプローチ

 もう一つの例示国であるオーストラリアでは、

人口の分布(大都市の所在)の偏りを手がかりに、

牧畜との関係、さらに降水量と農業地域を考えさ

せる。また、人口を「移民」という見方からとら

えイギリス系住民中心の社会から多文化社会へと

変化していることを指摘している。

 ある地域に特徴的なテーマを見つけ、それを基

軸に「調べ」を展開してゆくことは、地域につい

てある程度の知識がないと難しい。学校の実情に

応じてあらかじめいくつかのテーマを設定するな

ど、教師サイドでのアドバイスが必要であろう。

写真資料の読み方

 生徒が自ら調べようとするときは写真資料など

の映像情報が地域のイメージ形成に役立ち、地域

への関心を持つのにももちろん好都合である。こ

の教科書の本文にはオーストラリアの12ページだ

けで26点ものカラー写真が掲載されている。慎重

に選ばれた写真資料は添えられている数行のキャ

プション以外にも発展的に話題にできる内容がた

いへん多い。教師の写真資料への姿勢は、写真資

料をきちんと「読む」習慣へとつながり、他の地

域の取り組みにもおおいに役立つと思われる。

おわりに

 地理に特有な見方・考え方にはいろいろな側面

が考えられる。しかし、他の社会科学に見られな

い地理独特の方法の特徴は、地域の空間的広がり

や、関連する事物の相互の位置関係をベースにさ

まざまな情報を立体的に構成してしてゆくところ

にある。生徒の地誌学習を通じて身につけた能力

が、複雑な現代の世界を理解する能力につながる

ことを期待したい。

生徒の興味をひきつける観光パンフレットのような写真から、深い読み取りに適したものまで、学習を助ける最新の写真が多数用意されている。

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地図

に見る現代世界

イラク戦争と石油

㈶国際開発センターエネルギー・環境室 主任研究員 須 藤 繁

イラクは中東第二の石油資源大国

 イラクは確認埋蔵量に関しては、サウジアラビ

アに次ぐ、中東第2位の資源保有国である。世界

全体ではサウジ、カナダに次ぎ第3位の埋蔵量を

誇る。イラクには現在、約80の油田が発見されて

いるが、このうち本格的に生産に移行しているも

のは15油田に過ぎない。確認埋蔵量180億バレル

とみられる西クルナ、同100~300億バレル規模の

マジュヌーン、同60億バレルのビン・ウムル、同

25億バレルのハルファヤ等、未開発巨大油田が目

白押しである。このうち、西クルナの開発はルク

オイルはじめロシア勢と契約がなされており、マ

ジュヌーン、ナハル・ウマルはトタール・フィナ・

エルフ(フランス)が押さえている。その他、中

国勢、マレーシア勢などがイラクとの交渉を行っ

てきた。

 石油開発利権に加えて、ロシア・フランス両国

が確保しているのは、1970~80年代の武器輸出に

絡む巨額の債権である。ロシアの未回収分は約90

億ドル、フランスは約50億ドルが未回収と伝えら

れる。

 米英主導のイラク攻撃でフセイン体制が崩壊す

れば、これらの権益が新政権に引き継がれる保証

はないので、両国は権益の防衛に向けた様々な駆

け引きに動いてきた。とくにロシアは、イラク問

題で譲歩することにより、経済援助等に関し米国

の譲歩を引き出そうともした。

 イラクは、湾岸戦争以後、国連から経済制裁を

課せられているが、1990年代後半に結ばれたロシ

ア・フランス等との石油開発契約は、国連安全保

障理事会決議を分断する目的で、イラクが仕掛け

たものであった。つまり、イラクはそれらの国に

油田の開発権を与えることにより、経済制裁解除

の働きかけを期待し、安保理の分断化を図ろうと

した。

 長期的にはともかく、米国は、軍事作戦終了後

短期間の単独暫定統治を考えている模様である。

この場合、新生イラクにおいて米国主導で石油産

業を運営・管理することが国際法上合法か否かと

いう点に関しては議論があるが、米国防総省は、

そうした点に関し合法性を主張している。この点

に関しては英国は米国とは一線を画した立場をと

っており、「米国は暫定的であっても国連安保理の

承認なしでは石油輸出を行い得る法的権限を持た

ない」と解釈している。また当然のことながら、

フランス・ロシア・中国、のみならずその他の安

保理事国の多くも、「イラクの石油産業は国連の管

理下に置くべきである」との立場を採っている。

米国のエネルギー事情とイラク石油

 「イラク戦争は石油のための戦争である」とい

う論評もみられたが、筆者は、今回のイラク攻撃

は、基本的には、大量破壊兵器とテロリスト集団

との結びつきを先制的に断つためであり、その目

的は、イラクの大量破壊兵器の排除にあると認識

する。米国の石油確認埋蔵量は224億バレルで可

採年数は約11年に過ぎないと計算される。しかし

ながら、1990年代以後の石油市場のグローバル化

の中で、石油は従前の戦略物資というよりは、市

場商品(コモディティー)の要素を強めている。

また2002年の米国石油輸入依存度は約60%である

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が、中東依存度は24%に過ぎず、大半は周辺諸国、

非OPEC諸国からの輸入であった。2002年のイラ

ク原油輸入量(45万B/D)は、総原油輸入量(909

万B/D)の5%に過ぎなかった。

 実際には米国が戦後イラクの単独統治を行うと

しても石油開発を行うのはイラク人であり直接米

国企業の利権が確保される保証はなく、その点か

らはイラク戦争は、米国石油会社の利権確保につ

ながるというよりは、中東地政学、ないしは国際

石油情勢の面でより大きい影響をもたらすと考え

られる。

 その場合、最大の影響は、米国とサウジアラビ

アの関係の変化という形で顕在化する可能性が大

きい。これまで60年間米国とサウジアラビアは密

接な関係にあったが、9.11航空機テロの実行犯

19名のうち15名がサウジ国籍であったこと、およ

びテロリストへの資金提供に係る疑念等から、両

国関係に軋轢が生じた。ブッシュ政権内のタカ派

には、両国関係を変える必要があるとし、そのた

めイラクを梃子に石油市場におけるサウジアラビ

アの影響力の低下を図ろうという考え方があると

いう。ブッシュ政権は中東地域の民主化、市場経

済化、グローバル化を標榜しており、カルテルと

してのOPECの価格支配に対抗しようとしている。

イラクが市場に復帰し、積極的に石油開発を進め、

OPECの生産調整に加わらず増産すれば、将来の

石油需給バランスは大きく過剰となり、原油価格

は低落する可能性がある。その場合、多かれ少な

かれ石油モノカルチャー経済の域を出ないペルシ

ャ湾岸産油国は、経済運営上の困難さに直面し、

社会不安要因を増加させよう。

 イラク戦争後の石油情勢においては、サウジア

ラビアの影響力の相対的低下、イラクの対応如何

によってはOPEC生産調整機能の崩壊、22~28ド

ルを価格目標とするOPECプライスバンド制の崩

壊等が起こる可能性が大きい。

求められる国連の枠組での戦後復興

 戦後、誰がイラクを統治するのか。少なくとも

米国は、大量破壊兵器の排除、そのためのフセイ

ン政権打倒を目的に、多額の戦費・有形無形の犠

牲を払い、国際社会に代わって戦争を遂行した以

上、戦後フランス、ロシア等が戦果の共有を主張

するのは受け入れがたいことであろう。

 とはいっても、米国単独ですべての復興・再建

事業を担うことは難しい以上、米国には「李下に

冠を正さず」というべき自戒が求められている。

イラクの復興・再建を米国主導で行うか、国連主

導で行うか、基本路線の確定に関しては、今後外

交の果たす役割が大きい。また、そのことはイラ

ク戦争がどのような形で終結するかという点によ

るところも大きいが、米国主導の再建、とくに石

油利権の米国企業の一元的掌握に対してはアラブ

陣営の猛反発が不可避であり、慎重な対応が必要

となろう。

 その点からは、イラク再建は国連主導で行われ

るべきであり、わが国としてもこうした方向での

外交努力の積み重ねが求められているといえよう。

帝国書院版「新詳高等地図 最新版」p.31 ~ 32

原油確認埋蔵量(バレル)2002年末現在原油確認埋蔵量(バレル)2002年末現在

250万250万

8970万8970万

1億1250万1億1250万

2億6180万2億6180万

1億5210万1億5210万

9650万9650万

9780万9780万

400万400万

400万400万イエメンイエメン

5510万5510万

2240万2240万アメリカアメリカ

10万バレル

原油確認埋蔵量(2002年末現在)3,000

2,500

2,000

1,500

1,000

500

0サウジアラビア

イラク

UAE

クウェート

イラン

その他中東

アジア太平洋

西欧旧ソ連・東欧

アフリカ

米国カナダ

ベネズエラ

メキシコ

その他南米北米

カタール国カタール国

オマーン国オマーン国

アラブ首長国連邦アラブ首長国連邦

サウジアラビア王国サウジアラビア王国

クウェート国クウェート国

イラク共和国イラク共和国

シリア・アラブ共和国シリア・アラブ共和国

イラン・イスラム共和国イラン・イスラム共和国

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いきいき体験 授業実践 地理A編

ジーンズを着てハンバーガーを食べてみよう  生活・文化(衣・食)のグローバル化

熊本県立球磨工業高等学校 蓑 田 隆 一

はじめに

 最近の高校生は、社会の変化に順応するのが早

い。音楽・映画・ファッション・インターネット

情報など難なく受け入れている。また、食文化も

輸入食材によって大きく変化しているが、それら

にもうまく対応している。そのような高校生に、

グローバル化する生活・文化などの変化を地理的

観点から考察させ、生徒の興味関心に重点を置き

内容や方法を工夫してみた。

1 グローバル化する衣と食を考察する

 衣と食のグローバル化を、今回ジーンズとハン

バーガーから考えてみた。世界の衣服には、気候・

風土・生活習慣から多種多様の民族衣装が存在す

る。インドのサリーは、通気性も良く、焼けつく

ような太陽などから身を守る衣服として適してい

る。イヌイットの衣服は、身近にいる獣の毛皮を

素材として使用し、寒い環境に適している。その

他、ベトナムのアオザイやアンデスのポンチョな

ど、世界のさまざまな民族衣装はそれぞれの環境

の中で適応し発展してきた。地域の環境から生ま

れた民族衣装を学習することは、「生活・文化を地

理的に考察する視点や方法を身につけさせる」た

めに必要である。しかし、近年、交通・通信・情

報・物資移動の高速化に伴い、世界各国の生活環

境が大きく変化してきている。衣服にもその影響

が現れ始めている。若者を中心に多く着られてい

るジーンズはその代表である。TVを見ていても、

そのジーンズ姿は世界の何処でも見ることができ

る。国際化する現代社会の中で、ジーンズのグロ

ーバル化には目を見張るものがある。ジーンズ姿

は街中でよく見られるし、ジーンズに興味関心の

ある生徒も多いだろう。

 食文化はどうだろうか。気候・環境・習慣・風

習の違いによって、世界各地では様々な食文化が

生まれた。小麦栽培地域ではパン・パスタ・麺類

を作り出し、稲作地域では米を蒸す・炊く・炒め

るなどの料理方法を生み出した。その他、地域独

特の食材が、環境に適応する料理を生み出した。

しかし、国際化に伴い、食文化にも大きな変化が

現れはじめた。物資の高速移動や長期保存技術が

食に変化をもたらし、食のグローバル化が始まっ

た。世界各地にファストフードが現れ、様々な味

が楽しめるようになった。食のグローバル化の中

で、代表的なものはファストフード店のハンバー

ガーであろう。現代人の食生活にしっかりとマッ

チしている。高校生の中でハンバーガーを食べた

ことのない生徒は1人もいないはずだ。ハンバー

ガーは、いつでも何処でも食べられる便利な食べ

物である。

2 ジーンズのグローバル化の流れは

 ジーンズのグローバル化は第二次世界大戦時に

すでに起こっている。世界各地で製造されている

ジーンズが、何故流行し世界でつくられるように

なったのか、生徒(1年生232名)の意識を見る

ためにジーンズに関するアンケートをとった。

 その他のアンケートの結果もあげておく。「旅

行へ行くとき何を着ますか。」の質問には9割の

生徒がジーンズをあげている。「ジーンズの似合

う有名人は誰ですか。」の質問には、ブラッド=

ピット、ハリソンフォード、藤原紀香などをあげ

ている。これらのことから何が考えられるか、ジ

ーンズのグローバル化を生徒の感覚から考察した。

ジーンズの機能性や、ファッション性(ファッシ

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ョンのカジュアル化)は世界共通として受けいれ

られるし、伸縮性のある生地(デニム)開発の影

響も考えられる。ファッション雑誌など情報も豊

富であり、雑誌の効果はジーンズの販売に大きく

影響していると考えられる。ジーンズは、実用品

であり性別も地域も宗教も年齢も乗り越えた普遍

性を持っていると考察できる。今では、ジーンズ

は世界のカジュアル衣服として普及しているし、

世界の人々に好まれる衣服はないのではないだろ

うか。

3 ハンバーガーのグローバル化の流れは

ハンバーガーショップは世界各地に存在する。

そして、食材やメニューも豊富である。 生徒に、

世界各国のハンバーガーの味を調べさせてみよう。

右上に挙げた例は、生徒にインターネット上で調

べさせたものである。

生徒の調査から何が分かるだろか。調理の方法

は様々であったり、パンの素材はライ麦であった

り、ピクルス・ソースの味が違ったり、宗教

上牛や豚の肉が使用されなかったりしている。

ハンバーガーは、その地域で生活している

人々の味覚や生活習慣の違いによって、様々

な味をつくり出していることが分かる。その

ことは、作物がその地域に強く関わっている

証と考えられる。ハンバーガーは、地域と融

合した食のグローバル化の例であろう。

4 まとめ

グローバル化するジーンズとハンバーガーは、

それぞれ違った道を歩き始めている。世界のどの

地域にも適応しているジーンズ。ジーンズはジー

ンズとして民族衣装とは異なった発展を遂げ、世

界の衣装として発展している。同じように見える

ハンバーガーだが、よく見ると個性的なハンバー

ガーである。ハンバーガーは食文化に同化して存

在している。このことはただ衣服と食の違いによ

るものでなく、その地域の文化といかに融合する

かの問題であろう。グローバル化には、様々なパ

ターンがあることを教えたい。その他グローバル

化する事例(牛丼・アニメ・TVゲームなど)を調

べさせたり、グローバル化することによって生じ

る問題(メリット・デメリット)を考えさせること

も大切である。ジーンズを着てハンバーガーを食

べながら、みんなと語り合ってみよう。

質問1 あなたはジーンズを持っていますか。(生徒 1年生 232名)

ハイ   207名   イイエ   25名

質問2 購入した理由を答えて下さい。(複数回答1質問4答)

どの服でも合わせやすいから   127名

生地が丈夫だから        107名

ファッション性があるから     81名

サイズが豊富である        57名

買いやすい            57名

どこでも着られる         49名

汚れが目立たない         47名 

動きやすい            41名

体にフィットする         38名

夏でも冬でも着られる       27名

質問3 海外でジーンズが普及した理由は何だと思いますか。(同上)

ファッション性があるから    107名

生地が丈夫だから         80名

どこでも着られる         6名

体型に合わせられる        39名

どの地域でもマッチする      39名

有名人が着ている         33名

女性の社会進出          29名

様々なハンバーガーの味

キムチ入り        韓国のキムチバーガー

ライ麦を使用した     フィンランドのライ麦バーガー

羊のミートボール入り   トルコのキョフテバーガー

チリビーンズ入り     メキシコのタコスバーガー

羊の肉入り        インドのマハラジャバーガー

(牛肉を使用しない)

ピザ入り         イタリアのピザバーガー

てりやきチキンを挟んで  タイのサムライバーガー

コロッケを挟んで     オランダのコロッケバーガー

などなど

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いきいき体験 授業実践 地理B編

授業用Webページを利用した地形図学習山口県立華陵高等学校 白 石 健 一 郎山口県立岩国高等学校 河 村  圭  

図1 「帝国書院ホームページ」より小・中・高生のページ

1.はじめに

 「IT(情報技術)社会」という言葉も流行語

から、しだいに定着してきた感があるが、学校現

場においても文書作成や成績処理などで、コンピ

ュータは校務に必要不可欠な存在となっている。

その一方で教員の主要業務、すなわち“授業”の

なかではどうかといえば、研究授業などの特別な

場合を除いては、相変わらずアナログ教材が主流

である。

 近年の教育情報化推進の流れの中で、新学習指

導要領でもすべての教科・領域でコンピュータや

情報通信ネットワーク等の活用が示されるなど、

現場教員にはIT活用による授業実践が強く求め

られるようになってきた。しかし、「地理情報」と

いう言葉があるように、もともとアナログの時代

から地理学習には、統計や地図などの情報を収集・

整理・分析・解釈する能力が求められており、こ

れらのことは、地理の教員であれば、本人の意志

とは無関係に、ITと真正面から向き合いながら

授業しなければならない時代がやってきたことを

意味しているのかもしれない。

2.地理授業のIT化

 コンピュータを授業に導入する方法としては、

教員がスクリーンなどに教材を提示する道具とし

ての利用と、生徒にコンピュータを利用して活動

させる授業とがある。前者は従来のOHPや写真

パネルなどを利用した授業形態と本質的な違いは

ないので、おもに後者を中心に考えてみたい。

 地理分野におけるコンピュータを利用した学習

活動としては、コンピュータを利用したシミュレ

ーション教材、インターネットやデータベースか

ら情報を収集する手段としての利用などが多く見

られる。教育用ソフトウエアが高価で、授業形態

に合うものも少なかった初期の実践は、その多く

がソフトウエアの自作により行われていたため技

術的なハードルも高かったが、近年ではプレゼン

テーションソフトなどの各種アプリケーションソ

フトの利用や、ホームページ作成ソフトを利用し

たWeb教材など、プログラミングの知識を持たな

い者でも教材の自作が容易になってきている。 

 また、近年学校現場に急速に整備されているネ

ットワーク環境を利用すれば、インターネットか

ら無数の情報を得ることができる。しかし、膨大

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な情報から、必要かつ信

頼できる情報のみを検索

するのは思いのほか難し

い。 つまり、インターネ

ットは豊富な情報が短時

間で安価に得られる利点

がある反面、生徒はおろ

か指導する側のわれわれ

教員自身でさえも、膨大

な情報の中に埋没しかね

ないという危うさもあわ

せもっている。

3.教材作成のIT化

 インターネットの利用

は教員が教材作成をする場合もたいへん有効であ

る。地理教員が授業に必要な情報を収集する際、

他校の地理教員が開設したWebページは貴重な

情報源となるので是非とも目を通しておきたい。

すでにそのリンク集も開設されており(1)、簡単に

検索できる。授業実践が紹介されているページな

どでは、ページの開設者にEメールで問い合わせ

ることで情報交換も可能であり、全国レベルの研

究会等になかなか参加できない地方の教員にとっ

ては、情報格差を埋める大きな可能性をもつ。

 ページそのものを授業教材として活用できる地

理関係のページは今のところまだ多くはないが、

出版社や各都道府県の教育研究機関などを中心と

して、生徒用ポータルサイトが盛んに開設されて

きている。また、帝国書院の公式ホームページ

(図1)(2)にも生徒を対象にした学習支援ページ

があり、授業にも利用しやすい。教科書や資料集

の記述内容に即した、高校生向けコンテンツのさ

らなる充実を期待したいところである。

 学校現場でハード面の整備が急速に進んでいる

現在、教員の教材研究の参考になるページととも

に、関係各方面からの生徒を対象にした学習支援

ページの提供がいっそう求められる。

4.授業用Webページの提案

 山口県の高校で地理を担当する教員の任意団体

である、山口県高等学校社会科教育研究会地理部

会(以下、地理部会)が編集発行している授業用

副教材に『山口県地理資料集』(図2)(以下、地

理資料集)がある。地理資料集は、山口県下のす

べての高校の所在地周辺の地形図とその解説書か

らなる、いたってシンプルな資料集である。地形

図には読図のポイントや作業・研究課題が示され

ており、これにそって生徒が学習に取り組めるよ

うに編集されている。

 地形図の作業学習は、新学習指導要領で「地理

的な見方・考え方」と並んで重視されている「地

理的技能」を習得するうえで、きわめて重要な学

Page 10: 地誌的なアプローチで「学び方を学ぶ」...マジュヌーン、同60億バレルのビン・ウムル、同 25億バレルのハルファヤ等、未開発巨大油田が目

10

図3 「山口県地理資料館」よりトップページ

図4 「山口県地理資料館」より「若竹山」山頂三角点を見る

図5 「山口県地理資料館」よりウバーレを見る

習方法のひとつであるが、作業は長時間の集中力

を必要とする反面、単調な作業になりがちで、得

てして地理を得意としない生徒にとっては苦痛な

作業となることも多い。多くの地理教員は、等高

線や地図記号から土地の表情を読みとり、景観を

イメージするといった読図の楽しさを多くの生徒

に感じてほしいと願い、これまでも学校周辺の身

近な地域を取り上げたり、自作ビデオやスライド

を用いたりと様々な工夫を重ねてきた。しかし、

こうした教室内では実施することが難しい、景観

観察などの体験を補うことこそ情報機器の得意と

することである。

 こうして筆者の一人は、この地理資料集の内容

に準拠した「山口県地理資料館」(図3)(3)(以下、

地理資料館)という私的Webページを開設した。

もともとは地理資料集を授業で効果的かつ印象的

に使うために、担当クラスの生徒を対象として作

成した学習支援ページで、おもに地理資料集の読

図のポイントや作業・研究課題で取り上げられて

いる地理的事象のオリジナル写真を中心とした画

像によって構成している。ページの作成にあたっ

ては、個人のプライバシーや著作権などに配慮し、

画像の掲載はできるだけ慎重に行い、案内看板な

どの写真を掲載する場合には、その設置者の承諾

を得た。また、生徒の自由な思考を促すために文

字による説明は最小限にとどめ、プロジェクタで

ホワイトスクリーンに投影した場合でも見やすく

なるようになるべく画像を大きくし、これらをと

おして地理的な考察を深められるよう配慮した。

 従来の地形図学習では机上での等高線や地図記

号の読み取りが中心で、授業時間内に現地の景観

と地形図とを照らし合わせながら読図をする機会

Page 11: 地誌的なアプローチで「学び方を学ぶ」...マジュヌーン、同60億バレルのビン・ウムル、同 25億バレルのハルファヤ等、未開発巨大油田が目

11

図6 「若竹山」周辺の地形図

を設定することはなかなかできなかった。図4と

図5には地理資料館の展示品のひとつ「カルスト

地形-秋吉台-」(4)のページの一部を示した。こ

れを見れば図6の地形図に示される「若竹山」山

頂の標高253.4mの三角点(図4)からの南西方

向の景観が、図5のようであることがわかる。生

徒1人にコンピュータ1台の環境が整う教室であ

れば、生徒各自が画面を選択し、自分の理解の速

度に合わせて、景観観察を擬似体験しながら、読

図作業学習を進めることができる。

 また、Web教材のメリットは、これらをすべて

インターネット上に公開することで、自宅に環境

があれば、時間内に終わらなかった生徒の家庭学

習に利用できる点にもある。さらに将来は、各地

の地理教員が地元の景観写真を集めた同様のサイ

トを開いて相互にリンクで結んでいく形態に発展

すれば、情報量が飛躍的に増大するだけでなく、

生徒が景観写真の読み取りから生まれた疑問点

を直接地元の地理教員にEメールで質問すること

で探究的な学習が可能

になるなどの可能性を

もっている。

5.おわりに

 近年の地理部会では、

地理教員の情報の共有

化やネットワーク化な

どが話題にのぼるよう

になってきた。なにぶ

ん、われわれにとって

は未知の領域だけにま

だまだ発展途上でもあ

り、その実現にはしば

らく時間がかかりそう

である。しかし、教員間の情報交換はもとより、

各地域の教材のデータベース化など、充実した学

習支援体制が整うことが期待できる。

また、コンピュータなどの情報機器が革命的な

メディアとしてしばしば取り上げられるのは、

ネットワーク化したからこそである。ITはフィ

ールドと教室を、生徒と教員を、そして教員相互

を距離や時間を超えて結びつける役割を果たして

くれるだろう。今後も地理学習の有効な道具とし

てのIT活用を試行錯誤してゆきたい。

(1)河村 圭(2001):地理教育界のネットワーク事情.

地理46-11,pp.29-34

(2)「帝国書院ホームページ」

http://www.teikokushoin.co.jp/

(3)「山口県地理資料館」

http://www8.ocn.ne.jp/siraisik/index.htm

(4)『世界の諸地域NOW』(帝国書院)のp.187にも秋

吉台の地形図が掲載されている。

Page 12: 地誌的なアプローチで「学び方を学ぶ」...マジュヌーン、同60億バレルのビン・ウムル、同 25億バレルのハルファヤ等、未開発巨大油田が目

12

「現代社会」で地図を活用する

人口問題を「現社」的視点で考える

福岡県立福島高等学校

中村保夫

人口問題を「現社」的視点で考える

福岡県立福島高等学校

中村保夫

が激しく、しかも地域・国によってアンバランス

が生じているという事実に直面する。p.15の地図

で、右上にある平均人口増減率の色分けを見ると、

3.0%以上の国・地域がアジア、アフリカに集中し

ている。とくに、アフリカでは増加率2.0~3.0%の

国まで含めるとほとんどがそれに該当するし、ア

ジアでもそれに該当する国が多い。

 一方、ヨーロッパでは、増加率1.0%未満の国が

集中していて、アジアでは日本もその一つである。

人口の多さでは世界で1番と2番の中国、インド

はアメリカ、インドネシア、ブラジルなどと一緒

の増加率を示しているが、人口数が巨大であれば、

同じ増加率でも人口の絶対数での増加はやはり驚

異的といわざるをえない。

3 人口増加の背景、要因

 人口の現状、人口増加の背景、要因にはどのよ

うなことが考えられるのだろうか。先に見たよう

に、人口増加の国・地域はアフリカ、アジアの地

域にある程度限定され、逆に、人口増加が1.0%未

満の国、地域はヨーロッパと日本にほぼ限定され

る。いわゆる発展途上国と先進国との対比という

構造が見て取れる。

 p.14のナビゲーションにもあるように、発展途

上国の人口爆発には実に様々な要因が絡みあって

いる。人口爆発を1次と2次に分けて見てみると、

18世紀半ばに始まる産業革命期までは、実に緩や

かな人口増加を示しているが、産業革命を境に、

経済の発展による人口支持力の高まりで、死亡率

が低下し、ヨーロッパ、北米を中心に人口が急増

していった(第1次人口爆発)。そして、第二次世

界大戦後、アジア、ラテンアメリカ、アフリカの

発展途上国で、労働力確保のための出生率の上昇、

医療技術の向上、さらに環境衛生の改善等による

死亡率の低下等が相まって、人口の急増が見られ

た(第2次人口爆発)。地図帳に載っている「地域

1 はじめに

 新課程になり現代社会が2単位になった。週2

時間の授業では従来に比べると半減したことにな

り、公民科の現代社会2単位の授業を担当する1

人として、生徒たちに教える内容をそれに合わせ

て減らさざるをえない。この状況のなかでは、今

まで以上に授業内容を厳選し、現代社会のかかえ

ている諸問題に関心をもち、理解を深めるように

生徒たちを導くには、視覚に訴える授業を取り入

れるのも一つの方法ではなかろうか。グローバル

化、高度情報化が進み、世界各地の状況や出来事

を同時刻に共有できる時代に生きている生徒たち

には、その場所あるいはその国・地域がどこなの

かも知っておく必要性は極めて高いといえる。現

代社会の授業では地図に親しむ機会に乏しい生徒

たちが多いと思われるが、生徒の地理的感覚の育

成と地図への関心の向上の一助になればと思い、

現代社会における地図帳の活用を考えてみた。

2 国・地域の場所の確認

 社会環境の地球的課題の一つに人口問題があり、

食料問題との関係もあって、地歴・公民を問わず

生徒たちと一緒に考えていかなければならない課

題となっている。この 100年とまでいかずともこ

の50年間だけをみても、20世紀の後半に人口増加

Page 13: 地誌的なアプローチで「学び方を学ぶ」...マジュヌーン、同60億バレルのビン・ウムル、同 25億バレルのハルファヤ等、未開発巨大油田が目

13

別人口の変化」のグラフを見ると、その間の変化

がよく分かる。第1次の人口爆発のときは、経済

成長、移住により人口過剰は回避されたが、第2

次は、食料危機 (食料不足の人口の図を参照させ

よう)、教育・雇用の面での対応の遅れ、難民の発

生・流入が生じ、大きなしかも世界的規模での問

題をもたらした。

発展途上国にはどうしても貧困のイメージが付

いてくるが、その背景にはそれが再生産される構

造的なものが存在している事実を指摘できる。発

展途上国の経済発展を妨げている要因にはいくつ

かあるが、まず政治的な不安定さがある。植民地

から独立をし主権国家に生まれ変わるとき、宗主

国の都合で国境線が引かれ、民族分布が無視され

たケースが多い(例 クルド人)。その結果、独

立後も民族対立、内戦が続き、経済発展が妨げら

れてきた。また、冷戦終結後は、それまで比較的

安定していた国・地域での民族対立、内戦が表面

化しそれが長期化するケースも見られるようにな

った(民族・宗教紛争の図を見せよう)。

 次に、出生率の高さの原因も考えなければなら

ない。最大の理由は老後の生活保障と労働力の確

保といえる。人口の多い国・地域と社会保障制度

が遅れ、GDPに占める社会保障支出の割合が低

い国・地域を比べると、見事にほとんど一致する。

子どもは家庭内の立派な働き手であり、家計を支

える一人に組み込まれているのである。低就学率

蚋低識字率蚋多産という人口増加の図式ができあ

がっている。

 ここで出てくる課題がODAである。北の先進

 国は南の発展途上国が持っている資源、エネル

ギー源の恩恵を受けて今の経済、生活が成り立っ

ているといえるわけであるから、南に対する経済

援助は避けて通れない。

これらの分野では、現代社会の教科書と地図帳

を併用すれば生徒の理解は数段高まるであろう。

4 おもな国々の状況

おもな国の人口 (2001年)

順位 国名 総人口(千人)

1 中 国 1,305,835

2 インド 1,025,096

3 アメリカ 285,926

4 インドネシア 214,840

5 ブラジル 172,559

6 パキスタン 144,971

7 ロシア 144,664

8 日 本 127,291

先進国の合計特殊出生率の推移

スウェーデン フランス ドイツ 米国 日本

1980

1985

1.68

1.74

1.99

1.83

1.46

1.30

1.84

1.84

1.75

1.76

1990

1991

1992

1993

1994

1995

2.13

2.11

2.09

1.99

1.88

1.73

1.78

1.80

1.73

1.65

1.65

1.70

1.45

1.42

1.29

1.28

1.24

1.25

2.08

2.07

2.07

2.05

2.04

2.02

1.54

1.53

1.50

1.46

1.50

1.42

1996

1997

1998

1999

2000

1.61

1.54

1.50

1.50

1.55

1.72

1.71

1.75

1.77

1.89

1.31

1.37

1.36

1.36

1.36

2.03

2.04

2.06

2.08

2.13

1.43

1.39

1.38

1.34

1.36

(2002年9月11日 朝日新聞より)

 上の表は2001年現在の人口である。下はおもな

先進国の合計特殊出生率の推移である。人口の多

い国をp.14~15の地図で見てみると、人口増加率

は1.0~2.0%に5か国が該当し、パキスタンは3.0%

以上に当たるが、日本は1.0~2.0%で、ロシアは

減少国になることが分かる。中国は1970年以降

「一人っ子政策」を導入し、1979年からはこの政

策が強化され、これまでで2億人以上の出生が回

避されたといわれている。ただ、人口増加率は一

定の歯止めが掛かったが、罰金逃れのため戸籍に

登録されない子どもが増え、義務教育や医療を受

けられない子どもがいるともいわれている。

Page 14: 地誌的なアプローチで「学び方を学ぶ」...マジュヌーン、同60億バレルのビン・ウムル、同 25億バレルのハルファヤ等、未開発巨大油田が目

14

 一方インドでは、カースト制が残る複雑な社会

構成に加え、低い教育水準、経済発展の遅れ等も

あって、なかなか人口抑制が進んでいない。イン

ド政府は、1994年のカイロ会議の勧告に従って、

半強制的な家族計画の実施をやめて、女性の健康

と事前の了解を重視する方向に政策転換した。し

かし、国連は、2050年には16億の人口を擁して、

インドが世界一になるとの予測をたてている。

 わが国の合計特殊出生率は低く、2001年には過

去最低の1.33%まで下がった。育児休業法の制定

や、育児休業利用者に雇用保険から休業前の賃金

の30%支給が定められるなどが支援策として出て

きたが、職場の雰囲気、経営者の考えが変わらな

いかぎり、政策だけで出生率を上げるには限界が

あるようだ。労働力人口の確保や社会保障制度の

維持など、わが

国の根幹にかか

かわる問題であ

る。わが国では、

第2次ベビーブ

ーム世代の母親

が20代後半を迎

えているにもか

かわらず、逆に

この世代の出生

数が減少傾向に

あることが、 少

子化の大きな要

因になっている。

晩婚化、晩産化

の傾向も現れて

おり、いずれに

せよ、少子化の

傾向はこれから

も続きそうであ

る。

5 人口増加を巡る議論

 人口問題を国際的な場で議論するために、国連

は1974年を「世界人口年」と定めて、第1回目の

会議をルーマニアのブカレストで開き、第2回目

を1984年にメキシコ市で開いた。ブカレストの会

議では、人口増加の抑制、人口の過度集中と偏在

の防止などを掲げて、「世界人口行動計画」が採

 択された。しかし、現在でも環境問題でよく見

られる意見の対立と同じ構造が生じて、「人口抑

制 か開発優先か」で意見が分かれ、具体的目標

や時期の設定での合意には至らなかった。

 メキシコの会議では、その間の石油危機等によ

る経済悪化の影響もあって、「人口抑制も開発も」

と目標の転換をはかり、発展途上国の自助努力と

 現代の世界では、発展途上国における人口爆

発が深刻な問題となっている。現在、先進国の

人口増加率は低下の傾向にあるが、1950年以

降世界の全人口は急速に増え続け、2050年に

は100億人近くに達すると予測されている。

 発展途上国の急激な人口増加は、食料不足な

どさまざまな問題を発生させると考えられている

が、複雑な社会的背景や生活習慣などがあるため、

効果的な抑制策を行うことがむずかしい。

発展途上国

貧 困

多 産

人口爆発

食料・エネルギー不足

早い結婚 低識字率 労働力となる子ども

宗教・生活習慣など に基づく考え方

乳幼児の死亡率低下

産業の近代化 省力化の遅れ

低就学率

社会の状況 女性の状況 

*情報を得る 機会がない

*女性の望まない 出産もある

人口爆発と社会・女性の状況(モデル図)

コンゴ民主共和国

1人の女性が生涯に生む子どもの数 6.4人     (日本 1.3人)

0

アメリカ合衆国

人口市へで生ドレン

定期的な移民の受け入れ他の先進国にくらべ人口を維持。

ブラジル 1.7億人

アメリカ合衆国 2.7億人

1人の女性が生涯に生む子どもの数

(単位:人)

日本

ロシア

中国

アメリカ合衆国 

ブラジル

インド

パキスタン

コンゴ民主共和国

1.31.31.82.0

2.3

3.1

5.0

6.4

〔世界の女性 2000〕

-1995~2000年-

歳 8070605040302010

0 0 1 2 3 4 512345 (%)

男 女

よくせいさく

世界の人口増減

Page 15: 地誌的なアプローチで「学び方を学ぶ」...マジュヌーン、同60億バレルのビン・ウムル、同 25億バレルのハルファヤ等、未開発巨大油田が目

15

6 おわりに

 人口問題を現社の視点で見てきたが、人口の多

少、増減の要因・背景など、文字だけで説明をし、

文字だけで理解させることの限界を改めて感じた。

地図を開いてどの国、地域が人口が多いのか見て

みると一目瞭然である。社会保障に関しても、人

口問題とGDPに占める社会保障支出の割合がこ

こまで見事に一致するとは予想していなかった。

改めて、地図を活用した現社の授業の模索の必要

性を感じたしだいである。考えてみると、今の社

会の様々な課題、問題をテーマごとに学び、それ

らを総合的に理解するのが現社とすれば、現社の

学習に、地理的理解を加える必要性、重要性の模

索は当然のことかも知れない。

先進国からの経済援助の増強を要請した「人口と

開発に関する宣言」を採択した。ここでも、人間

の位置づけが、経済の場における労働力という発

展途上国のとらえ方なのか、購買力を持った消費

者という先進国のとらえ方なのかの違いが出てい

ることがうかがえる。

 ODAの問題は先にも触れたが、総額の大きさ

もさることながら、国民1人当たりの実績額と目

標額との差にも注目したい。確かにデンマーク、

ノルウェーは人口が少なく、1人当たりのODA

実績額は計算上上位にくるのかもしれないが、日

本、とりわけアメリカが実績額と目標額との差が

大きく、1人当たりの額も主要先進国中最も低い。

DAC加盟22か国(先進21か国とEU委員会)中

でも平均の約半分である。

▲ ダッカの雑踏(バングラデシュ 1992年)

3000km

アフリカ

鈍化傾向にあるが、出生率・人口増加率ともに高い。

ブラジル

口増加にともなう大都への集中により、街頭生活するストリートチルンが問題化。

から、 口増加

インド

1952年以降、家族計画実施。

中国

1970年以降、「一人っ子政策」実施。

シンガポール

1960 年末より人口抑制政策。その後奨励策に転換。

日本

世界最長の平均寿命の一方で少子化が進んでいる。

ロシア・東ヨーロッパ諸国

経済の混乱、社会不安による出生率低下により人口減少。

日本 1.3億人

ナイジェリア 1.1億人

パキスタン 1.3億人

インド 9.9億人

バングラデシュ 1.2億人

インドネシア 2.1億人

中国 12.6億人

ロシア連邦 1.5億人

コンゴ 民主共和国

リビア

ニジェール チャド

リベリア ウガンダ

タンザニア

イエメン

モルディブ

オマーン

カンボジア

ソロモン諸島

ヨルダン

イスラエル

3.0% 以上

2.0 ~3.0

1.0 ~2.0

1.0% 未満

減少 資料なし

1億人

各地の状況

平均人口増減率(1990-2000年)

おもな国の人口 (1億人以上)-1999年-

〔世界国勢図会 2002/2003, ほか〕

モザンビーク

歳 8070605040302010

0 0 1 2 3 4 512345 (%)

男 女

歳 8070605040302010

0 0 1 2 3 4 5 6 71234567 (%)

男 女

赤 道

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20

�早稲田大学社会科学部教授 岡 沢 憲 芙

福祉社会・スウェーデンの市民生活

スウェーデンとはスウェーデンとは

 スウェーデンは北欧5か国の中で最も大きな面

積と、最も多くの人口を持つ国である。面積は約

45万km2で日本の約1.2倍。人口は約890万人。広

大な国土にわずかな人口、しかも国土の多くは過

酷な自然環境の中にある。大胆な冒険精神を背景

に独特で先駆的な制度改革の実行によって、豊か

な福祉社会を建設してきたのである。

スウェーデン・モデルスウェーデン・モデル

 スウェーデンを代表する政治学者であるO.ルイ

ン教授はスウェーデン・モデルを次のように定義

している。

 ①包括的な福祉システムの構築:全市民を対象

にしたシステムで必要度証明を原則として求めな

い。すべての市民が基本的な安心感・安全を保証

されている(全市民対象の安全ネットワークの構

築)。その財政運用はおもに税金。ここから高負担・

高福祉型と称されることになる。経済生活に関す

る限り、失業はそれほど深刻ではない。病気になっ

ても、負担を気にする必要はほとんどない。それ

は高齢者生活でも同じで、高齢者センターがどん

なに年金からの自己負担を求めても最低限度額は

本人の手元に残ることになっている。全市民対象

の安全ネットワークが構築されているため、イザ

というときに備える貯金への意欲が低く、消費指

向が強い。また、提供される福祉サービスがあま

りにも濃密であるため、福祉病という視点から、

勤労意欲が低い、やる気がないとか、青年が刺激

を求めて国外に脱出しようとしているとの批判も

受けている。

 ②労働市場が平和的・協調的であること:完全

雇用が政府の最優先政策目標。経営側の景気浮揚

策を労働側は雇用創出策と読み替えて労使が協調。

 ③合意形成を優先させる政治課題解決技法:こ

こからコンセンサス・ポリティクスの国と称され

る。合意形成促進装置として《見える政治》・《開

かれた政治》が追求される。政党制は穏健な多党

制で、第一党(社民党)も一般的には相対多数議

席しか持たないため、大胆な政治的実験を敢行し

てコンセンサス領域を拡大し、合意枠拡大に努め

てきた。

高負担・高福祉社会高負担・高福祉社会

 恵まれた福祉システムを支えている主たる財源

は税金である。中途半端な税制ではない。所得税

は一定水準の所得層以下(2000年度の税制では年

間所得23万2600クローナ以下。1クローナは約13

円)は地方所得税だけで平均31.58%。それ以上の

所得層は地方所得税のほかに20~25%の国所得税

を支払う。課税対象所得額の低さが大きな特徴で

ある。可処分所得はかなり小さいことがわかろう。

 そして、小さい可処分所得からモノを買うたび

にかかる間接税についても生半可ではない。1960

年に4.2%で導入され、1966年には10%になり、

1990年に25%になって今日に至っている。

 これだけの負担をしているだけに市民の納税者

意識は強く、政治家の不正や汚職に対しては厳罰

主義で臨むし、意思決定過程への参加意欲も強い。

92,140(54.2)

工業労働者の平均年収と税金(単位 クローナ、%)

合計労働コスト2000年度

299,1001993年度

222,700

法に規定された経営者負担金

一般年金など自己負担分

所得税(地方税)

間接税

可処分所得年収 170,000

年収 225,000

74,100

15,700(7.0)

52,700

60,600(26.9)48,130(28.3)

30,800(13.7)

117,900(52.4)

28,010(16.5)

1,720(1.0)

Page 17: 地誌的なアプローチで「学び方を学ぶ」...マジュヌーン、同60億バレルのビン・ウムル、同 25億バレルのハルファヤ等、未開発巨大油田が目

21

選挙での投票率は通常で80%を超える。4年ごと

の議会選挙によって、高負担を拒否する機会は

定期的にある。だが、一般的に増税・福祉水準の

維持を主張する政党が継続的に政権を担当してい

る。市民が、《支払う代価》と《受け取るサービ

ス》を比較考量して、提供される《安心感》《安全》

の濃密度の高さに納得しているからであろう。

の技術革新によりスウェーデンがテクノロジー特

権を維持できなくなり、平和な時代が長く続いて

いるため、中立国としてのメリットが活かせなく

なったのである。低成長時代には高福祉システム

が重荷となった。

 そして、1995年スウェーデンは国家運営の方向

を大きく切り替えた。EU加盟を国民投票で決め

たのである。非同盟・武装・中立・国連中心主義を基

本路線としていたスウェーデンは、EU加盟国と

NATO加盟国に重複が大きいこともありEU加盟

には常に慎重であった。だが、ベルリンの壁が崩

壊し東西冷戦構造が終焉すると事態は変わる。中

立の概念に新しい解釈が可能な時代が来た。加盟

派と非加盟派が激しく争った国民投票で僅差なが

ら加盟が決定された。輸出入ともEU諸国に大き

く依存している産業体質から判断して、それ以外

の選択はなかったかもしれない。

 EUへの加盟は、社会全体の構造改革を求めて

いる。競争をベースにした市場で優位に立つため

にはそれまで企業から批判の対象となっていた社

会福祉企業負担額の大幅減額を実行しなければな

らない。さもなければ企業は企業環境の恵まれて

いる国や負担額の少ない国に脱出してしまうかも

しれない。そうなれば福祉財源が縮小するだけで

なく、失業者は増大し、福祉サービスの受給者が

膨張してしまうかもしれない。

 スウェーデンは成長と福祉を同時に追及する社

会として有名であったが、ますますそのための知

恵と工夫が必要になり、次のような方策を取り始

めている。

 一つは、伝統的な公助中心主義から公助・自助・

共助のバランスを取りながら、時代と経済状況に

応じて軸足を微妙に変えていく技法への移行であ

る。

 第二は、これは北欧型対応の特徴であるが、男

女共同参画型社会を建設して生産人口・消費人口・

納税人口を増やし、それを基本に時代と状況に応

じて柔軟に微調整するという技法である。

 後発の工業国家として比較的短期間に有数の工

業国家に成長したスウェーデンは平和の伝統を政

治財(政治的信頼の確保)・経済財(社会資本の投

資完了)として活用し、1960年代には1人当たり

GNPでアメリカに肉迫する最初の国になった。し

かし、70年代後半から80年代に入ると、経済は新

たなる苦悩を経験することになった。地球規模で

 現代でこそ豊かな福祉国家として世界的な評価

を受けているが、ほんの少し前までは貧しい農業

国家であった。19世紀中葉から20世紀初頭にかけ

て食と職を求めて海外に移民したスウェーデン人

は約100万人(当時の人口約450万人)といわれて

いる。その北欧の貧しい農業国家が豊かな福祉・

工業国家へと変身することができた理由は何であ

ろうか。

 高い科学技術水準と先端技術開発力や教育環境

の整備、全国に鉄道網を完備して生産・流通・消

費市場を相互接近させたことなどがその要因であ

る。とりわけ190年間平和を維持したことが大き

な要素で、参戦国への物資補給と戦後復興資源の

輸出で潤い、破壊を免れたので、高い水準で社会

資本の整備が終了し、産業構造の転換も長期的視

野で遂行することができた。 

 平和国家は戦時における中立を確保するために

平時には高い代価を払っている。積極的な開発援

助や難民受入政策は有名である。1人当たりODA

拠出はノルウェーとともに非常に多い。

ヨーロッパでも最も貧しい農業国家から

世界でも最も豊かな福祉・工業国家へ

新たなる挑戦:

ヨーロッパのごく当たり前の国への変身

ヨーロッパでも最も貧しい農業国家から

世界でも最も豊かな福祉・工業国家へ

新たなる挑戦:

ヨーロッパのごく当たり前の国への変身

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22

資料で学ぼう

ムハンマドの新宗教に帰依する

ことになったのである。やがて、

教団が成長していくにつれて啓

示はより説明的になり、神の恩

寵や宗教の実践の方法を説くよ

うになる。さらに後期にいたる

と、啓示を通じてイスラム教徒

としての暮らし方、結婚の仕方、

相続のあり方、売買や契約の方

法などが示された。

コーランの編纂 アラビア半島

では、かねてより詩を暗誦し朗

コーラン

れるもの」を意味する。「誦まれるもの」とは、すなわ

ち、神によりムハンマドに下され、ムハンマドによっ

て誦まれたもの、そして信者たちによって繰り返し読

まれるコーランそのものをさしている。イスラムの教

えによれば、コーランの章句の一つひとつは唯一の神

アッラーの言葉であり、それは美しい詩的アラビア語

で語られた。最初の啓示は、「誦め!」という神のム

ハンマドへの命令であったとされる。

コーランの誕生 ところで、イスラム教の信仰によれ

ば、唯一神アッラーによる啓示はこれが最初のもので

はない。モーセに十戒が、ダビデに詩篇が、イエスに

福音書が下されたように、唯一神はこれまでも繰り返

し人々に啓示を授けてきた。ムハンマドはこうした預

言者の最後の一人であるとされ、「預言者の封印」と呼

ばれる。

 ムハンマドは、570年頃にメッカで生まれた実在の

人物である。40歳頃に瞑想にふけるようになり、やが

て、自分の力をこえた言葉を発するようになる。自分

の口からほとばしった言葉の一つひとつが神によって

自分に下されたものであると信じた彼は、その確信を

よりどころにイスラム教を創始することになった。

 ムハンマドの宗教運動は当初の迫害の時期をへてや

がて大きな勢力に成長し、反対する人々との戦いに勝

利、アラビア半島全体を支配するひとつの国をうちた

てるにいたった。神の啓示は、こうした彼の生涯のさ

まざまな時期に下されたものとされるがゆえに、その

内容も時期により大きく異なっている。

 「誦め、創造主なる主の御名において。いとも小さ

い凝血から人間をば創りなし給う」で始まったとされ

る初期の啓示は、短く力強く、最後の審判の日の近い

ことを告げ、信じぬものをのろい、地獄の恐ろしさを

警告する。そのアラビア語の詩的な美しさは尋常では

ないという。当時の人々は、そこに「神の業」を感じ、

 イスラム教徒の聖典コーラ

ンは、正しくはアラビア語で

クルアーンという。「読む、誦よ

む」というアラビア語の動詞

カラアの派生語とされ、「誦ま

読する文化が根づいていた。ムハンマドによる「神の言

葉」も、当初は、そうした文化の担い手たちにより、記

憶され暗誦されていたものと思われる。しかし異同が

生まれることを防ぐため全体を記録し書物としてまと

める必要がうまれた。こうして650年頃にコーランの

定版が定められたという。全114の啓示は、おおむね、

長いものから短いものへとまとめられ、各章にでてく

る印象的な言葉が各章のタイトルにつけられた。今日

われわれが手にするコーランはほぼこのときに定まっ

たテキストである。コーランは、長い啓示から短い啓

示へと長さ順で章が並んでいるため、コーランをひら

くとはじめにでてくるのはムハンマドの晩年に属す長

く説明的な啓示である。読み進んでいくと徐々にに歴

史をさかのぼり古くて詩的な初期の啓示にいたる。

暮らしの中のコーラン コーランはアラビア語である

ことが必須条件となっている。神の言葉に変更を加え

ることは神への冒涜と考えられたからである。このた

め、近代にいたるまでコーランの翻訳は禁止されてい

た。ムスリムは、コーランには来世にいたる「神の予

定」から、日常生活の作法にいたる全てがそこにこめ

られていると考える。そのため、単に書物として読む

のではなく、暗記し暗誦することが推奨された。コー

ランを単なる「本」として粗末に扱うことは許されな

い。イスラム教の人々と接する際には、そうした彼ら

のコーランへの態度に配慮したいものである。

(東京外国語大学助教授 林佳世子)

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台湾のサイエンスパークとハブ港湾の現状-台湾巡検の見聞から-

愛知県立春日井高等学校 原 眞 一

 昨年(2002年)の夏に実施された野外歴史地理

学研究会主催の海外巡検(団長・山田誠京大教授)

で台湾を一周する機会を得た。人口2,228万人

(2000年12月末)で面積がほぼ九州と同程度の台

湾を西回りルートで8日間をかけてバスで移動。

途中、北回帰線が通る嘉義の町から阿里山へは登

山鉄道で上った。台北、新竹サイエンスパーク、

「九・二一集集地震」被災地、台中、鹿港、台南、

高雄、恒春、墾丁国家公園、台東、花蓮、タロコ

渓谷国家公園、基隆、淡水などに立ち寄り、多様

でダイナミックな台湾の人文環境と自然環境を垣

間見ることができた。

 国際政治的に微妙な立場の台湾について、現状

と同時に地誌の事例として認識を深めるため、巡

検を通して次のような視点で台湾認識を試みた。

①シリコン・アイランドを支えるサイエンスパー

クの経緯。

②東アジアのハブ港化をめざす高雄港の現状。

③台湾の大都市・台北と高雄の変容。

④都市の変遷と歴史的景観(台北、鹿港、台南、

高雄、恒春、基隆、淡水など)。

⑤多様な農業景観(サトウキビと稲作のモノカル

チャーの今、多様化する農業)。

⑥阿里山の自然と人文(中央山岳地帯の森林植生

の垂直分布、山岳鉄道、観光、暮らし)。

⑦台湾先住民の暮らしの今(多民族アイランドの

側面)。

⑧台湾の地域格差の実態(地形、産業、歴史的背

景など)。

⑨台湾経済の対中国・日本関係(微妙な国際的立

台湾巡検の概要 場と経済の進展・空洞化など)。

⑩特色ある自然環境(海洋、海流、大陸、季節風、

地形に影響される気候と地形)。

 これらは一つ一つたいへん興味ある事項である

が、ここでは変貌激しい産業経済とくにハイテク

工業団地と港湾動向に絞って若干リポートする。

 2000年には、台湾はノートパソコン生産の世界

での占有率は52.5%で日本を上まわるなど、近年、

世界的な情報生産基地として経済発展を続けてい

る。電脳大国・台湾の経済的地位をより高めつつ

ある。IT関連産業の急成長は、台湾の貿易拡大

の主要因になっている。1990年代後半以降、IT

関連企業の対中国大陸投資への本格的な進出によ

り、台湾海峡は「敵対の海」から同時に「通商の

海」へと変化。新竹科学工業園区は、台湾ハイテ

ク産業のメッカの先導的かつ中心的役割を担って

きた。

シリコン・アイランドの要・新竹科学工業園区

 台北中心部か

ら南西78kmに位

置するこのサイ

エンスパークは、

1980年に保税工

業団地として設

立された。 「産

業の高度化」「高度先端技術の開発」を促進するた

め、大学や研究所との連携や質の高い居住環境を

もった新しいタイプの科学工業団地の建設が主眼

であった。海外華人や海外でキャリアを積んだ台

湾人の頭脳を呼び戻す受け皿としての役割を担っ

た。労働集約型工業から新たな技術集約型工業へ

新竹科学工業園区

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高雄港

の転換の要として位置づけられ、台湾政府により

強力に推進されてきたのである。

 現在(2000年)、289社が操業しており、企業従

業者は102,840人である。東南アジアからの出稼ぎ

者が約1割を占めるときく。企業従業者は、操業

当初(1980年)の22,356人から4.6倍と急増して、

台湾随一のハイテク工業地区として成長。1997年

末の企業の業種別では、集積回路の96社を筆頭に、

コンピュータ44社、電信37社などが続き、ハイテ

ク・IT関連企業が中心を占めている。近隣には

2つの国立大学、工業技術研究院が設置され、産

学協同体を形成。3000人以上の海外経験がある技

術者の活躍は大きい。

現在、第三期拡張工事が実施されて、入居希望

の企業が多いことから、台南に新しい科学工業区

の建設が1997年7月から着工された。

新竹科学工業園区の成功は、台湾を大きく変革

し進展させ、「台湾の奇跡」をもたらした。約6km2

の巨大な敷地に多くの企業が集中する威容な工業

景観は、躍進する台湾経済の今を象徴している。

 台湾の国際海運・貿易の中心を担っているのが

高雄港である。台湾島南西部に位置する台湾第2

の大都市・高雄市は、149万人(2000年12月末)

の人口を有し、台北市(265万人)とともに台湾

行政院の直轄都市である。高雄市は「台湾の大

阪」ともいわれる経済・工業の中核都市であり、

大国際港湾都市として著しく躍進を続けている。

 2000年の世界コンテナ取扱量上位10港には、香

港(1位)、シンガポール(2位)、釜山(3位)、

高雄(4位)、上海(6位)と東南・東アジアの

港湾の主要港湾が多数を占め、とくに5位以内に

高雄港を含め4港が入っているのが注目される。

台湾の西海岸は海流と地形の関係で海岸部はラ

グーンがよく発達している。高雄港は、ラグーン

を港域に利用して形成されてきた。1980年代後半

世界のハブ港化をめざす高雄港

以降、台湾経済の伸長と高雄市の著しい工業化と、

台湾を取り巻くアジアNIESやASEAN諸国

のめざましい経済発展にも牽引され、港湾機能が

より拡充し貿易・物流が膨張していく。高雄港の

発展は優れた地理的位置の要因も大きい。

 一方、台北の外港として長年隆盛してきた基隆

港は、港域と後背地域の狭隘化による地形的制約

などにより停滞気味であるの対し、高雄港は急成

長していった。その結果、台湾の国際港湾におけ

る一極集中の度合いをより高め、今日、世界のハ

ブ港としての地位を不動のものとしている。

1995年、台湾政府閣議はアジア太平洋地域オペ

レーションセンター計画を提案した。同計画は、

台湾をアジア太平洋地域における海運、航空、通

信のハブとすることにより、工業、貿易を促進し、

21世紀に台湾が一段と発展することを目標に掲げ

た。このように台湾行政府の強力な港湾対策によ

り、高規格のコンテナバースの建設、港湾サービ

スの強化対策が着々と図られている。

 高雄、釜山、上海など、近年、東アジアの有力

港湾の機能がさらに強化されるなか、日本の有力

港湾の相対的な地盤沈下が問題視されている。国

際港湾間の競争が激化するなか、日本の港湾行政

の指針とくにスーパー中枢港湾政策による港湾整

備のあり方が緊急課題として問われている。

新竹科学工業園区や台湾経済部の高雄輸出出口

区(輸出加工専門工業区)の訪問や高雄港を目前

にして、改めて台湾のハイテク産業・貿易・物流

の躍動を肌で感じることができた。

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[写真解説]写真のようなファベーラと呼ばれる都市低所得者層居住区は、

ブラジルの多くの都市に点在しており、規模もそれぞれに違う。ブラジル

でも北東部はとくに貧しく、ファベーラ住民の月平均所得は政府が定める

最低賃金(180レアル=約60~70USドル)と同程度である。訪れた家のな

かには、ここ数日粥状のものしか口にいれていない者もいた。当然子ども

たちの就学状況はまちまちで、学校に行かずに働いている子もいる。水道

などのインフラも不十分で、共同使用していることがよくある。下水やト

イレは地面の吸収に任せていることが多く、衛生状態が良いとはいえない。

保健所の話では蛔虫など寄生虫感染率は5割に上り、出会った住民の何人

かは外科処置の必要な皮膚膿瘍を持つ者がいた。写真はセアラ州フォルタ

レーザのファベーラ。 (写真/文 其田益成)

 ブラジル連邦共和国(以下、ブラジル)は日本とは

地球のほぼ反対側に位置しており、国土面積は日本の

約23倍でオーストラリア大陸よりも広く、世界第5位

である。この広大な国土は南北両半球にまたがり、ア

マゾン川流域やパンタナルと呼ばれる中西部の大湿原

を除き、ほぼ台地状の地形となっている。人口は2000

年で約1億7000万人弱であり、そのうちの8割以上の

人々が都市部で生活をしている。このような人口の都

市への集中により、ブラジル最大の都市サンパウロや

首都であるブラジリアをはじめ、2000年の時点におい

て人口100万人以上の都市(行政単位)が12都市ある。

 このような広大な国土を持つブラジルに住む人々は、

白人系、黒人系、黄色系、そしてこれらの混血と、人

種的に多様であるだけでなく、多くの異なる民族から

構成されている。そして、彼らの生活と文化は、この

多様な人種や民族によって特徴づけられるとともに、

それぞれの地域における発展の歴史に大きな影響を受

け、地域性の強いものとなっている。

 ブラジルの北部や北東部は黒人系ブラジル人の人口

比率が高く、彼らの起源である「アフリカ」的文化が、

音楽や踊り、宗教をはじめとした生活の中に色濃く

残っている地域である。この地域の特殊性は、1500年

のポルトガルによるブラジル「発見」の後、植民地当

時の主要産業であった砂糖の生産のため、おもに北東

部のサトウキビ農園での労働を目的に、アフリカから

多くの黒人が奴隷として連れてこられたことに由来す

る。これらの地域では政治、社会、経済的な植民地遺

制が長い間存続したことなどから、ブラジルの他の地

域と比べ、社会経済的により貧困な地域となっている。

 一方、ブラジルの南部は「ガウーショ」と呼ばれる

白人系ブラジル人の人口比率が高い地域である。彼ら

の多くは、イタリアやドイツをはじめとしたヨーロッ

パからの農業移民の子孫であり、今でも「ヨーロッパ」

ブラジルの生活と文化

的な文化や習慣を生活の中に残している。ブラジルへ

の初期の外国移民労働者は1850年の奴隷貿易禁止の

頃に遡り、その後、1888年の奴隷制廃止後、黒人奴隷

の代替労働力として多くの外国人が渡ってきた。

 そして、19世紀後半からのコーヒー産業の発展とと

もに、彼ら外国移民労働者や、北部および北東部から

の国内移住者が大量に流入したのが南東部である。同

地域にはサンパウロやリオデジャネイロといった大都

市が複数あり、ブラジルで人口が最も集中し、社会経

済的により発展している地域である。サンパウロ州を

中心に日系および東洋系ブラジル人も多く、人種、民

族、文化の坩堝となっている。

 また、ブラジルのフロンティアとして近年において

も開発が続けられているのが、中西部を中心とした内

陸部である。1960年に首都がリオデジャネイロから内

陸部のブラジリアに遷都されるなど、政府主導の開発

政策のもと、同地域には多くの人口が流入し、開発の

フロンティアで生活を送っている。

 このように、ブラジルの生活と文化には、それぞれ

の地域における発展の歴史と人種や民族に根ざした多

様性が存在する。しかし、この多様性は、ブラジル社

会全体および各地域間における社会経済的な格差の問

題と深く結びついている。2002年に世界銀行が発表

したジニ係数と呼ばれる所得格差を示す指標によれば、

ブラジルは統計データのある諸国の中で4番目に国民

間の所得格差が大きい国となっている。そして、この

ブラジル社会全体の経済格差が要因となり、都市にお

いては、様々な貧困問題の悪化と社会階層別の居住空

間の分断化が相互に連関し合いながら進行している。

このような現状の下、2003年1月に左派の新たな政権

が成立したブラジルにとって、これらの貧困問題の改

善が21世紀はじめの大きな課題となっている。

(アジア経済研究所 近田亮平)