最近の発達心理学の動向と課題 : 発達観について - …...二つの発達観...

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Instructions for use Title 最近の発達心理学の動向と課題 : 発達観について Author(s) 仲, 真紀子 Citation 月刊地域保健, 28(6), 5-12 Issue Date 1997-07 Doc URL http://hdl.handle.net/2115/44795 Type article Note Part 1. 発達心理学の基礎を学ぶ. 総論. File Information GCH28-6_5-12.pdf Hokkaido University Collection of Scholarly and Academic Papers : HUSCAP

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Page 1: 最近の発達心理学の動向と課題 : 発達観について - …...二つの発達観 今から半世紀ほど前、小児科医のグ の発達と指導」出会)。に一一一一口いました(の虫色:∞・〉・「乳幼児ゼルは乳幼児の発達について次のよう

Instructions for use

Title 最近の発達心理学の動向と課題 : 発達観について

Author(s) 仲, 真紀子

Citation 月刊地域保健, 28(6), 5-12

Issue Date 1997-07

Doc URL http://hdl.handle.net/2115/44795

Type article

Note Part 1. 発達心理学の基礎を学ぶ. 総論.

File Information GCH28-6_5-12.pdf

Hokkaido University Collection of Scholarly and Academic Papers : HUSCAP

Page 2: 最近の発達心理学の動向と課題 : 発達観について - …...二つの発達観 今から半世紀ほど前、小児科医のグ の発達と指導」出会)。に一一一一口いました(の虫色:∞・〉・「乳幼児ゼルは乳幼児の発達について次のよう

二つの発達観

今から半世紀ほど前、小児科医のグ

ゼルは乳幼児の発達について次のよう

に一一一一口いました(の虫色:∞・〉・「乳幼児

の発達と指導」出会)。

「子どもの人格(パーソナリティ)

はゆっくりと徐々に、成長してゆくこ

とによってつくられていくものであ

る。神経系統は一段一段と自然の顕序

を追って成熟してゆく。立つ前にえん

こ、話しことばの前には輔語、本当の

一ゲゼルとワトソン

ことを話す前にはつくり話をし、四角

が描けるようになる前に円が描ける。

他人を思いやる前には利己的であり、

まず他人に頼った後、自分に頼ること

ができるようになるのである。どんな

能力でもみな、道徳でさえも発達の法

則に従っている」

子どもの発達が、生得的に決定され

た青写真に従って徐々に展開してゆく

という考え方を成熟説と言います。成

熟説に立つゲゼルは、「育児という仕

事は前々からきめておいた型に子ども

を無理にはめこむことではなくて、子

どもの成長をみちびくことである」と

言いました。

一方、人の学習を「刺激と反応の連

合」で説明しようとしたワトソンは次

のように書いています(者

Egp]

出・「行動主義」出立)。

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「私は、さらに一歩を進めてこう言

いたい。「私に健康でいい身体をした

一ダ

1スの赤ん坊と、彼らを育てるた

めの私自身の特別な世界を与えて下さ

い。そうすれば私は、そのうちのどれ

か一人をランダムに取り上げて、その

子を訓練し、私が選んだある型の専門

家に!医者、法律家、芸術家、大商

人、そして乞食や泥棒さえもiきっと

してみせましょう。彼の才能、好み、

性向、能力、適性や祖先の人種にはか

かわりなしに』」。

こうい)った、環境からの働きか砂こ

そが重要なのだという考え方を経験主

義と言います。ワトソンは、どのよう

な子どもでも、適切な環境を与えるこ

とによって、思うような職業につかせ

てみせると一一一一日いました。

ゲゼルとワトソンのどちらが正し

く、どちらが誤りということはありま

せん。働きかけによって伸びる側面も

あれば、内的な準備が重要な発達的側

面もあるでしょう。ただ言えるのは、

どのような発達観をもつかによって、

現代の発達観

=

6

乳幼児に対する働きかけは大きく異な

る、だろうということです。

る一一般的な知能の構造である

ωそしてその変化は、生物学的な発

達に裏打ちされた普遍的なものである

ということです。

このような見方によれば、乳幼児の

発達は普遍的で、定まったものだとい

うことになるでしょう。また観察され

る中心的な特徴は、他の関連する知的

技能の発達にも強く関わってくるもの

だと理解されます。

たとえば一言語の獲得に関しては、生

後一八ヶ月頃になると複数の感覚運動

的な行動様式(シェマ)が協調的に用

いられるようになり、やがて内化し、

シンボルの使用が可能になる。そうな

ると遅延模倣(観察したことがらを一

定の時聞がたつた後、再現できる)や

現代の育児観はどのようなものでし

ょうか。大方の育児童聞は、成熟説にも

とづいて何歳になると何ができる、と

いうような記述をしているのではない

かと思います。このような発達観に

は、発達心理学者ピアジェの影響が強

く働いていることは否めません。

ピアジェは、乳幼児の発達を表ーの

ように、四つの段階および六つの下位

段階で記述しました。ピアジェの理論

の特徴は、

ω乳幼児の思考の形態は、知識や語

棄の増加などの量的な変化にとどまら

ず、質的に変化する

ω変化するのは、例えば菱形が醤凶り

るようになるというような局所的な行

動特徴ではなく、それらすべてに関わ

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見立て遊びゃイメージの形成が可能と

なるが、そういうことと共に意味や文

ピアジエによる認知発遠の段階 (Crain,1981による)表 i

赤ん坊はこの時期を通じて身l 期:感覚一運動期(誕生~2 歳)

近な環境に関わり、吸う、把

む、叩く等、身体的な活動を

体制化していく。

生得的なシェマの同化と調節第 1 段階 (O~l ヶ月)

法の獲得も可能になるーーそのように

ピアジェは考えていました

第 l次循環反応

応協

の反J

的2

2

第 2 段階(l ~4 ヶ月)

第 3段 階 (4~10ヶ月)

第 4 段階 (10~12ヶ月)

第 3次循環反応第 5段階 (12~18ヶ月)

洞察の始まり第 6 設階 (18ヶ月~2 歳)

子どもは考えることーシンボ11 期:前操作期 (2 歳~7 歳)

ルと内的イメージを使うこ

(同mwウ

とーを学ぶ。思考は非組織的

であり、おとなの思考とは異

自己O民l印日目け

yES)。

なる。

子どもは組織的に考えるよう111期:具体的操作期(7歳~11歳)

になるが、具体的な対象や活

動に照らすことができる場合

に限ってである。

純粋に抽象的で仮言的なことIV期:形式的操作期 (11歳~成人)

でも組織的に考えることがで

きるようになる。

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ピアジ

ェ理論へ

ピアジェの理論は難解だと言われま

すが、一方で、発達段階や一般知能と

いう考えはシンプルであり、分かりゃ

すくもあります。ピアジェの洞察力が

卓越していたというのはもちろんのこ

とですが、そういったシンプルさも、

ピアジェの理論が世界で広く受けいれ

られてきた理由のひとつだと考えられ

ます(盟諸}号

wHus-

しかし、それだけ影響力をもつもの

であるからこそ、チャレンジの対象に

もなるのでしょう。ここ一

0年間の聞

に、ピアジェの説に対抗する様々な知

見が蓄積してきました。

そのようなチャレンジの多くは、乳

幼児はピアジェが考えていたよりも、

ずっと以前から様々な能力を発揮して

いるようだということ、そしてそうい

った能力は一殻知能に支えられている

のチャレンジ

というよりも、むしろ言語や空間認識

など、限られた領域における局所的な

知識であることが多いらしいというこ

とです。

-たとえばスペルキは、注視法を用い

て、生後数カ月の乳児であっても事物

の因果性に関する感受性を有している

ことを示しています(印七色片0・呂志)。

図l在函のような装置を赤ちゃんの

前に提示します。この装置では、ま、ず

黒い事物がついたての中に入ってい

き、その後白い事物が出てきます。

成人の場合、これは黒い事物がつい

たての後ろで白い事物をっき動かした

のだと推論するでしょう。乳児の場合

も、同様の推論をしているらしいとい

うことをスペルキは示しました。

図l左函の事物の動きに馴化させた

後(つまり何度も提示して馴れさせた

8

後)、中または右のテスト図を提示す

ると、赤ちゃんは中国よりも右図をよ

り長く注視するのです。

この結果を、乳児にとって中国は特

に新しく興味をそそるものではなかっ

た、赤ちゃんは右函の方が「めずらし

い」と感じたのでたくさん見たのだと

解釈するならば、赤ちゃんは左図の事

物の動きを中図のように解釈していた

と考えることができるでしょう。

ピアジェによれば、事物の永続性の

達成は、シンボルの獲得につながる一

歳すぎのこととなっていまずから、ス

ペルキの示したことが解釈通りだとす

れば、ピアジェは乳児の能力をかなり

低く見積もっていたことになるでレよ

〉フ。の さい連スれる乳続ぺ て こ 幼性ルいと児

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:tr:.図:層,}II化させる状況(ついたての

後ろに黒い事物が入り白い事物が

出てくる。)

中図テスト1(黒い事物が白い事

物に接触し、白い事物が動きだす。)

右図テスト2 (黒い事物が白い事物

の近くで停止し、自い事物が動きだ

す。)

図 l スペルキの実験(Spelke,1995より)

十一一一一一一一一一一一一一一一一一千二一同

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く)や、接触の法則(ふたつの事物は

接触した時にだけ互いに影響を及ぽ

す)などへの感受性が存在すること、

しかし乳幼児は必ずしも慣性や重力に

関する感受性はもっていないこと、ま

た、接触の法則を心理的な事柄(接触

がなくてもある個人は別の個人を動か

せる)には適用しないことなどを明ら

かにしています。

またケアリは、乳幼児が個物に関す

る概念(自動車のおもちゃとそれに接

触しているアヒルの人形とを区別す

る)や、おはじきなど数えられる事物

と流体など数えられない事物との区別

を有しているらしいこと、しかして

二、三といった数列に対する感受性は

もっていないらしいことなどを示して

います行員

aL330

このような知見は、乳児が限られた

領域において、かなり洗練された知識

をもっていることを示唆しています。

このような知識の存在は、より大き

い子どもたちにも見いだされていま

す。たとえばマ

1クマンは、一言語獲得

期にある幼児が、事物の命名に関して

いくつか国有の知識をもっていると考

察しています。

例えばお父さんと動物園に行った幼

児が、お父さんから「あれがトラだ

よ」と教えられたとします。お父さん

が「あれ」と指した先には樟があっ

て、その際聞から後ろむきのトラl縞

もょうの毛皮としっぽiが見えて、そ

の向こうは灰色の壁になっていたとし

ても、幼児は樟や毛皮や縞模様やしつ

10

ぽを「トラ」だとは解釈せず、濫の中

にいる動物全体を「トラ」だと理解す

る、そしてお父さんが指した特定の虎

だけでなく、樟の中にいる他の虎もま

た「トラ」だと解釈するというので

す。あいまいな指さしと命名、だけでも、

幼児が指示対象を的確に把握すること

ができるのは、語業獲得にとって重要

な情報だけを選んで処理するための知

識を、幼児がもっているからだろうと

マークマンは考察しています(富山門付'

BgwES)。

発達観の変化と含意

こういった知見は様々な対象につい

て見出されており、その集積から、ピ

アジェの理論に代表される一般知能や

段階説にも、見直しが求められていま

す。では、ピアジェの理論に代わる発達

観とはどのようなものでしょうか。多

くの研究者が、一般知能の発達段階は

否定しつつも、やはり「

OO歳でムム

が可能になる」というような発達段階

説をとっています。

けれどもスペルキのように、

事物の

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永続性や因果性など、中核となる知識

がすでに乳幼児期から備わっており、

それがより豊かになることで発達が進

3u己wp

zs)、またシ

1、グラーのように、時

に応じて優位な方略が波のように変化

するという見方をする人もいます

(印目指

ZF呂田)(図2参照)。

子どもと継時的に関わったことのあ

る人ならば、変化は|速い遅いはあっ

ても|刻々と進むものであり、観察や

調査は、その流れの一瞬をポラロイド

で撮影するようなものだということを

知っているでしょう。

特定の行動や課題ができるかできな

感党運動期

。制2 12+ 7・12

年齢

方略4

2・7

使

%

年齢

ピアジエの発達段階モデル(上)とシーグラーの

波状モデル(下) (Siegler(1995)より)

国 2

11

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