「宇宙用リチウムイオンバッテリの標準化」報告2013/08/03  · 工業会活動 6...

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工業会活動 6 1.はじめに 宇宙用リチウムイオンバッテリ(Lithium Ion Battery 以下「LIB」)の国際標準化事業は、 平成22年度の日本提案に対する国際投票の結 果、賛成多数により新規プロジェクト化され た(活動概要については「航空と宇宙」 2010.9月号(No.681)を参照)。プロジェクト リーダは日本(筆者)が務めており、共同プ ロジェクトリーダには仏国、米国の2 名を従 7ヵ国からエキスパートの参画を得て、ISO/ TC20/SC14 WG1において国際審議を進めてい る。日本航空宇宙工業会に設置した国内検討 委員会での審議を経た日本提案に対しては、 これまで受領した仏国、米国、中国からの合 140 件を超えるコメントに対し、国際会議 等で調整をはかり、平成24年度末時点でISO CD17546 Lithium Ion Battery for Space Vehicle- Design and Verification Requirements-してCommittee Draft for comment(以下CDの段階にある。 本稿では国際標準化活動の中間点として、 これまでの技術的検討経緯を踏まえた宇宙用 LIB標準案(以下標準案)の意義について概 説する。 2.宇宙用LIB国際標準化の意義 1標準案の特質 三年間にわたって国内における検討委員会 及び、国際ワークショップやISO国際会議に おける数々の議論を通じて醸成されてきた本 標準案の特質を下記に示す。 A目的は、宇宙用機器産業の活性化に寄 与することである。 B材料レベルから始まり、軌道上のミッ ション終了までのライフサイクル全般 を考慮する。 C宇宙機器が国際ビジネスとして発展し ていくためのバランス感覚を重視する ため、安全・性能・ロジスティクス(取 扱い)を三位一体で扱い、一つの評価 基準により、各電池間の相対比較が可 能となることで日本のバッテリメーカ の優位性を明確化し、貿易促進につな げることを目指す(図1参照)。 D設計・検証に対する標準であり、製品 認証規格ではない。 E宇宙機システム(機器のユーザ)視点 で規定する。 F他産業や宇宙関連機関で制定されてい る既存規格と極力整合を図る。 「宇宙用リチウムイオンバッテリの標準化」報告 三菱電機株式会社 鎌倉製作所 宇宙技術第一部 清川 丈 ISO CD17546プロジェクトリーダ)

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Page 1: 「宇宙用リチウムイオンバッテリの標準化」報告2013/08/03  · 工業会活動 6 1.はじめに 宇宙用リチウムイオンバッテリ(Lithium Ion Battery

工業会活動

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1.はじめに宇宙用リチウムイオンバッテリ(Lithium

Ion Battery 以下「LIB」)の国際標準化事業は、平成22年度の日本提案に対する国際投票の結果、賛成多数により新規プロジェクト化された(活動概要については「航空と宇宙」2010.9月号(No.681)を参照)。プロジェクトリーダは日本(筆者)が務めており、共同プロジェクトリーダには仏国、米国の2名を従え7ヵ国からエキスパートの参画を得て、ISO/TC20/SC14 WG1において国際審議を進めている。日本航空宇宙工業会に設置した国内検討委員会での審議を経た日本提案に対しては、これまで受領した仏国、米国、中国からの合計140件を超えるコメントに対し、国際会議等で調整をはかり、平成24年度末時点でISO CD17546;Lithium Ion Battery for Space Vehicle- Design and Verification Requirements-としてCommittee Draft for comment(以下CD)の段階にある。本稿では国際標準化活動の中間点として、これまでの技術的検討経緯を踏まえた宇宙用LIB標準案(以下標準案)の意義について概説する。

2.宇宙用LIB国際標準化の意義(1) 標準案の特質三年間にわたって国内における検討委員会

及び、国際ワークショップやISO国際会議における数々の議論を通じて醸成されてきた本標準案の特質を下記に示す。

A) 目的は、宇宙用機器産業の活性化に寄与することである。

B) 材料レベルから始まり、軌道上のミッション終了までのライフサイクル全般を考慮する。

C) 宇宙機器が国際ビジネスとして発展していくためのバランス感覚を重視するため、安全・性能・ロジスティクス(取扱い)を三位一体で扱い、一つの評価基準により、各電池間の相対比較が可能となることで日本のバッテリメーカの優位性を明確化し、貿易促進につなげることを目指す(図1参照)。

D) 設計・検証に対する標準であり、製品認証規格ではない。

E) 宇宙機システム(機器のユーザ)視点で規定する。

F) 他産業や宇宙関連機関で制定されている既存規格と極力整合を図る。

「宇宙用リチウムイオンバッテリの標準化」報告

三菱電機株式会社 鎌倉製作所宇宙技術第一部 清川 丈

(ISO CD17546プロジェクトリーダ)

Page 2: 「宇宙用リチウムイオンバッテリの標準化」報告2013/08/03  · 工業会活動 6 1.はじめに 宇宙用リチウムイオンバッテリ(Lithium Ion Battery

平成25年8月  第716号

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(2) 標準案の考え方よく知られるように、リチウムイオン電池は高性能であるが、制御方法や取扱いを誤ると爆発・発火の危険性があるなど、そのメリットを活用するには一定の専門的な知識や経験が必要なデバイスである。また、安全性だけでなく、環境問題、材料入手性の観点から、各国でも廃棄やリサイクルに関する法律が制定されるなど、国際的に流通させる時の関門がいくつも存在する。これらは宇宙用といえども社会の中で持続的に事業を行う上ではいずれも不可避な項目であり、これらに加えて使いやすさや安全性などの個別の付加価値を向上させていく必要がある。リチウムイオン電池は工業製品化されてか

らの歴史が比較的浅い製品であり、電気化学的な技術も日進月歩であるため、民生品や自動車などの用途向けを中心に様々な種類のリチウムイオン電池が研究・開発されている。標準化活動を開始した当初、宇宙用もこれらの電気化学特性の多様性から、一義的な標準は制定不可能であるという意見が多かった。一方で、他産業における発火事故などの影

響により、宇宙用のLIBに対しても顧客への説明責任が問われる場面が増えてきていることから、性能や安全に関して設計・開発担当者が国際間で共有できる知識や設計方法論を持ちたいという意見も多く聞かれた。また、大学衛星や比較的小規模な宇宙開発プロジェクトにおいてリチウムイオン電池を導入したいと考えている新規参入者も、リチウムイオン電池の何をどのように気をつけたらよいのか、あるいは宇宙用として必要な検証項目は何なのか、それはどの程度のものか、といった点でまとまった文書を作って欲しいという要望も多かった。既存の規格は、宇宙機関の制定した設計ガイドラインも含めて、そのほとんどが性能なら性能、安全なら安全に特化した規格である。これに対して本標準案は宇宙用機器として最低限保有すべき設計・検証事項を全体像として把握しやすいように一つの文書の中に性能・安全・ロジスティクス(取扱い)を三位一体で規定している。また、既存の規格は電池特性を基点としたものが多く、例えば性能測定に関わる試験方法なども、電池メーカの規定を重視した規定がほとんどであり、実際に宇宙環境で宇宙機システムに使用する場合には必ずしも参考とならないカタログデータしか入手できない状況も多い中、本標準案では宇宙機システムの視点から、電池の使用方法(環境温度、真空度、振動・衝撃環境、充放電サイクルのパターンなど)を規定し、自動車の燃費測定モードのような統一評価基準を設定することを試みている(現状案は参考規定)。一部の定義や規定条項ではCD案に対して

未だ国際コンセンサスがとれていない項目もあるが、それらは標準としてのメリットを損なわないように注意しながら各国との調整を図っていく。

図1 宇宙用LIB標準化のスコープ

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工業会活動

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(3) 標準案の活用本標準案の目指すところは、特性の異なる電気化学特性を持った電池セルを排他にしないこと、安全・取扱いに関する価値観を開発者間で共有できるものにすること、ひいては様々なリチウムイオン電池システムが宇宙用途に開発され、機器産業が活性化することである。我が国におけるリチウムイオン電池事業の

優位性は、国をあげた材料研究開発にあることは言うまでもない。しかしながら、それぞれ特徴の異なる電池を最終製品に組み込むことを想定して使いこなすための技術はどの産業も模索中であると思われる。次々に開発される新型セルを評価し、サプライチェーンを構築し、適切な寿命をもって安全性・経済性を損なうことなく性能を最大限に活用するためには、衛星システムを理解したうえで一つの自立した機器として設計する専門家が必要である。本標準案は、その専門家を目指す人のために世界中の知的財産が集約されたものとなる事を目指している。電池産業は明らかに、大量生産によるマスプロダクション産業である。一方、宇宙機器は典型的な手作り産業であり、開発費や検証コストは製品の製造価格で回収できるビジネスではない。では、宇宙機器の付加価値はどこにあるか。

それは、宇宙機システムインフラにより社会的問題を解決しようとする人達に、システム構築に最適なバランスで機器(コンポーネント)や評価等のサービスを供給できる広義でのエンジニアリングプロセスにあると考えられる。そのため、本標準案は商用宇宙機器ビジネスの主戦場における各国の代表者が牽制しあう中で国際合意に至った最低限の競争アイテムで構築されているとも言える。欧米における機器標準の考え方は古典的で

あり、今でも一度認定したものを繰り返し製造することでコストダウンを図る思想ではあるが、近年の宇宙用部品・機器のサプライチェーン問題(「航空と宇宙」2012.5月号(No.701)参照)の顕在化から、事業の維持・継続のため、様々な施策が国レベルで実施されている。我が国製造メーカにおいては、他国に比べて豊富な先進材料を用い、市場ニーズやシーズに適合させる機器を、安全に、迅速に、経済的に開発すること、そしてこのサイクルを迅速かつ継続的に回す事で、世界的な競争力を強化・維持することができるものと考えている。

3.おわりに本活動を進めるにあたり、関係機関、企業

等各位のご協力を頂いており、この場を借りて感謝申し上げます。