これからの保健の充実改善に向けて ·...

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大津一義 日本ウェルネススポーツ大学教授 山田浩平 愛知教育大学准教授 これからの保健の充実改善に向けて ― ヘルスプロモーションの見方・考え方の積極的導入 ― 教授用資料 中学校保健体育教授用資料

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Page 1: これからの保健の充実改善に向けて · 行学習指導要領に基づく小学校,中学校の教 科書ではhpについての説明がなされている。 このように,現行学習指導要領や新学習指

大津一義 日本ウェルネススポーツ大学教授山田浩平 愛知教育大学准教授

これからの保健の充実改善に向けて― ヘルスプロモーションの見方・考え方の積極的導入 ―

教授用資料中学校保健体育教授用資料

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目 次

1.はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1

2.HPの概念整理・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3

3.日本におけるこれまでのHPの推移・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5

4.新学習指導要領における保健授業・健康教育の改善充実の方向

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12

参考資料・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19

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横断する「現代的な諸課題に対応して求められる資質・能力」の一つとして,答申では

「健康・安全・食に関する力」の育成が挙げられており,「意思決定や行動選択を行うことができる力を子供たち一人一人に育むことが強く求められる」としている。下線はヘルスプロモーション(以下HP)の戦略である

「個人スキルの開発」のライフスキルに相応している。 この各教科等横断的課題は上述した学校健康教育で取り組まれるが,その中核を占める体育科,保健体育科の目標は,中学校の場合,「…保健の見方・考え方を働かせ,課題を発見し,合理的な解決に向けた学習課程を通して…生涯にわたって心身の健康を保持増進…するための資質・能力を…育成することを目指す」とされ,「保健の見方・考え方」が重視,新設された。この点は,小学校においても同様である。 答申では,この「保健の見方,考え方」についての説明の中で,HPのキーワードである「生活の質や生きがいを重視した健康に関する観点」,「生活の質の向上」,「健康を支える環境つくり」といった言葉が用いられている。 各学校では,教育課程の基準である学習指導要領に基ついて,それぞれの特色を生かしたカリキュラム・マネジメントが求められている。そのためには,前述の「第5 学校運営上の留意事項」において,学校や地域等の実態に応じるとともに,家庭や地域社会との連携及び協働を深めなければならないとされている。 その地域社会では,現在,21世紀健康戦略と言われているHPの流れを汲む第2次健康日本21が展開中である。このHPの健康観はそれまでの「生きる目的」から大きく変革

1.はじめに 中央教育審議会は,2016年12月に「幼稚園,小学校,中学校,高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について」を答申(以下,答申)した。 答申では,「社会に開かれた教育課程」を目指しており,情報化やクローハル化なと急激な社会的変化に対応するには,「学校教育を学校内に閉じすに,その目指すところを社会と共有・連携しながら,子供に新しい時代を切り拓いていくために必要な資質・能力を育む」必要性が説かれた。 これを踏まえて,2017年3月に小・中学校学習指導要領が告示され(以下,新学習指導要領),新たに「前文」が設けられた。教育基本法第1条の教育の目的(心身ともに健康な国民育成を期す)と教育の目標(男女の平等,公共の精神等)が明示され,「社会に開かれた教育課程」を実現することが重視されている。次いで,「第1章 総則」が設けられ,小学校の場合,「第1 小学校教育の基本と教育課程の役割」,「第2 教育課程の編成」,「第3 教育課程の実施と学習評価」,

「第4 児童の発達の支援」,「第5 学校運営上の留意事項」,「第6 道徳教育に関する配慮事項」で構成されている。 これらのうち,「第1 小学校教育の基本と教育課程の役割」の,2(3)では,現行学習指導要領と同様,「学校における体育・健康に関する指導」,いわゆる学校健康教育が,学校の教育活動全体を通じて適切に行われることが記されている。 また,「第2 教育課程の編成」では,各学校においては,「各教科の特質を生かしつつ,教科等横断的な視点から教育課程の編成を図るものとする」としている。この教科等

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し,健康とは「生活のための資源であり,ウェルビーインク(QOL(Quality of Life:生活の質)向上)にまで及ぶものである」とされている。公衆衛生活動の重点をこれまでの疾病予防から健康増進に移し,健康教育による主体つくりと環境つくりを相互に関連つける健康戦略によって,人々の健康の格差をなくし,平等かつ公正に健康を確保することを目指している。 学校においても,第2次健康日本21とのより一層の関連を図り,そのHPの考え方を反映する必要がある。 現行の小・中学校学習指導要領ではHPという言葉自体は使われていないが,高等学校学習指導要領の保健体育科科目 「保健」 の

「現代社会と健康」 の単元で,「…ヘルスプロモーションの考え方を生かし…」と明記されている。 前述した総則の「第2 教育課程の編成」では,「学校段階間の接続を図るものとする」と記されていることから,小・中学校でもHPの考え方を反映する必要がある。事実,現行学習指導要領に基つく小学校,中学校の教科書ではHPについての説明がなされている。 このように,現行学習指導要領や新学習指導要領の学校健康教育や「保健」においてもHPの考え方と関わっていることから,保健授業の改善を図るには,これまで以上にHPに関する教員の理解を深める必要がある そこで,本書では,HPの概念の解説とその実践例(ライフスキル学習の導入,プリシー ド・ プ ロ シ ー ド モ デ ル( P R E C E D E -PROCEED MODEL(以下PPM)の活用,ヘルスプロモーティンクスクールの試み)を通して,HPの視点から新学習指導要領の求める保健をとのように充実・改善したらよいかについて述べる。

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③健康を支援する環境づくり 人々の健康と環境は密接に関わっているので,急速に変化している環境の健康面への影響を評価し,住民の健康にとって良い環境を整備する。④コミュニティ活動の強化 コミュニティの人的・物質的な資源を活用し,自助や社会援助を強め,健康への人々の関わりを強める柔軟なシステムを開発する。⑤�保健医療サービスを健康的な生活支援ヘ

 保健医療部門の役割は,臨床的・治療的サービスにととまらす,より健康的な生活のための個人やコミュニティのニーズを支援するために,より広範な社会・政治・経済・自然環境部門との交流を促進する。

 これら5つの戦略は,主体(生活者)つくり(①)と,主体を取り巻く環境つくり(②~④)に大別できる。

3)HPの定義 HPはオタワ憲章で「人々が自らの健康をコントロールし,改善することができるようにする過程」と定義されたが,その後2005年のハンコク憲章では,「人々が自らの健康とその決定要因をコントロールし,改善することができるようにする過程」と定義され,下線に示した「健康とその決定要因」という言葉が追加された。この健康の決定要因とは,生活環境や家庭環境なと個人の置かれた環境要因のことである。このように,HPの定義は,歴史的には自らの健康改善過程の後に環境改善過程が強調されたのである。 クリーン(L.W.Green)の定義の「健康に

2.HPの概念整理1)HPの台頭 HPは1986年11月にカナダのオタワで開催された第1回HP国際会議でのオタワ憲章において,「西暦2000年までに全ての人々に健康を」の目標を達成するための21世紀健康戦略,ないし公衆衛生活動の第3次革命として提唱された。 第1次革命では,19世紀半ばからの「衛生状態の向上による伝染病予防」が,第2次革命では20世紀半ばからの「人々の生活習慣の改善による生活習慣病の予防」が,第3次革命では20世紀後半からの「人々や社会のQOLの向上」が重視された。その健康観はそれまでの「生きる目的」から大きく変革し,健康とは生活のための資源であり,ウェルビーインク(QOL向上)にまで及ぶものとされた。 その後,HPに関する国際会議は,健康格差やメンタルヘルス問題なとに対応するため各国で開催されている。

2)HPの健康戦略 HPを推進するための健康戦略として,WHOは次の5つを挙げている。

①個人スキル(personal�skills)の開発 自分の健康や環境をより良くコントロールしたり,健康にとって良い選択を行うことができるライフスキルを開発する。②健康的な公共政策の確立 より広範な公正かつ安全で健康的な公共サービスを可能とするため,保健医療部門にととまらす社会・政治・経済・自然環境部門等,あらゆる政策部門による協働システムを確立する。

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康を確保でき,生活の質(QOL)を向上させられることを目指している。

5)HPの特徴・意義 前述してきたHPの理念,戦略等をまとめると次のような特徴,意義を有している。 ① 人々の健康の格差をなくし,各人が平等か

つ公正に健康を確保できること,生活の質(QOL)の向上を目指している。

② 疾病の早期発見・治療から疾病を予防し,健康を創ることへの方向転換をなした。

③ 人々(素人)の能力等を重視し承認していること。人々は自分なりの健康観に基ついて生活しているので,専門家にはみられない新たな発見が生まれてくるからである。

④ 健康を,生きる目的でなく生活の資源やQOLの要素として捉えている。

⑤ 健康教育による人々の能力の開発と環境整備とによるシステマチックなアプローチを提唱した。

資する諸行為や生活状況に対する教育的支援と環境的支援の組み合わせ」はこの経緯を踏まえたものである。 我が国では,HPが健康増進と訳されることがある。しかし,これだと従前の労働省のトータルHP等での,個人の身体や精神的健康(病気にかからないように食事・運動・休養に気をつけてより健康なからだや心をつくる)に焦点を当てた定義と混同されるとのことから,一般的には「ヘルスプロモーション」とカタカナ表記されている。しかし,これではわかりにくいとして,「健康推進」「健康促進」と訳す者もいるが,筆者はHPの2つのプロセスに着目して「主体・環境つくり」と訳している。 HPの理念,定義,戦略を要約して図示すると,図1の通りである。

4)HPを展開するための前提条件 HPの最終目的は全ての人の生活の質

(QOL)の向上(理想の生き方の実現)であり,そのためには「平和,住居,教育,食物,収入,安定した生態系,持続可能な生存のための資源,社会的公正と公平性といった前提条件の基盤が確保」されなければならないとしている。換言すれば,HPは人々の健康の格差をなくし,各人が平等かつ公正に健

QOL(自己実現・夢の達成)

個人の力(個人的存在)

主体(生活者)づくり

環境(社会)づくり

社会の力(社会的存在)

健康づくり(運動・栄養・休養)

個人スキルの開発

健康的な公共政策の確立

健康を支援する環境づくり

コミュニティ活動の強化

健康的な生活支援へ

図1 HPとは個人の力と社会の力を合わせた健康づくり

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内「1 HPの理念に基つく健康の保持増進(21世紀に向けた健康の在り方)」の中で,「国民の健康をめぐって今日指摘されている様々な問題は,経済や科学技術等の発展に伴う社会の変化によって生じたものであり,これらの変化は今後も基本的には変わらないと予想される以上,その克服のためには,国民一人一人が,これらの心身の健康問題を意識し,生涯にわたって主体的に健康の保持増進を図っていくことが不可欠である。」としている。そして,「健康とは,世界保健機関

(WHO)の憲章(1946年)では,病気がなく,身体的・精神的に良好な状態であるだけでなく,さらに,社会的にも環境的にも良好な状態であることが必要であるとされている。すなわち,健康とは,国民一人一人の心身の健康を基礎にしながら,楽しみや生きがいを持てることや,社会が明るく活力のある状態であることなと生活の質をも含む概念としてとらえられている。したがって,国民の生涯にわたる心身の健康の保持増進を図るということは,すなわち,このような活力ある健康的な社会を築いていくことでもあると言えよう」と,HPの理念や概念について記されている。さらに,「健康を実現し,更に活力ある社会を築いていくためには,人々が自らの健康をレベルアップしていくという不断の努力が欠かせない。WHOのオタワ憲章

(1986年)においても,『人々が自らの健康をコントロールし,改善することができるようにするプロセス』として表現されたHPの考え方が提言され,急速に変化する社会の中で,国民一人一人が自らの健康問題を主体的に解決していく必要性が指摘されている。HPは,健康の実現のための環境つくり等も含む包括的な概念であるが,今後とも時代の変化に対応し健康の保持増進を図っていくた

3.日本におけるこれまでのHPの推移1)HPの導入 HPの考え方が導入されたのは,健康寿命等の延伸を目的とする2000年からの第三次国民健康つくり対策(健康日本21)である。2000年に「健康日本21企画検討会」(1998年10月設置)はオタワ憲章におけるHPの理念・概念を,日本の社会状況や文化等を反映させて展開するための提言として,報告書「21世紀における国民健康つくり運動(健康日本21)について」をまとめた。その総論のはじめには「健康日本21は,新世紀の道標となる健康施策,すなわち,21世紀において日本に住む一人ひとりの健康を実現するための,新しい考え方1による国民健康つくり運動である。これは,自らの健康観に基つく一人ひとりの取り組みを社会の様々な健康関連クループが支援し2,健康を実現することを理念としている。この理念に基ついて,疾病による死亡,罹患,生活習慣上の危険因子なとの健康に関わる具体的な目標を設定し,十分な情報提供を行い,自己選択に基ついた生活習慣の改善および健康つくりに必要な環境整備を進める3ことにより,一人ひとりが稔り豊かで満足できる人生を全うできるようにし,併せて持続可能な社会の実現を図るものである。」(下線は筆者)とある。 下線1はHPの考え方であり,下線2・3ともHPの戦略である個人の力(主体つくり)と社会の力(環境つくり)とを相互に関連つけることに相応している。 一方,学校では,1997年の保健体育審議会答申(「生涯にわたる心身の健康の保持増進のための今後の健康に関する教育及びスポーツの振興の在り方について」)の「生涯にわたる心身の健康に関する教育・学習の充実」

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の2008年改訂の学習指導要領では高等学校のようにHPについて明記されなかったが,後述するように,教科書レベルでは取り扱っている教科書もある。保体審答申のHPの早期教育の提言は今回の新学習指導要領でも反映されていないが,少なくとも現行教科書のように,教科書レベルや教員の教材レベルでの工夫によって実現してもらいたいものである。

2)ヘルスプロモーティングスクールの試み WHOは学校でのHPの普及を図るために,1995年 「Global School Health Initiative」 構想を提唱した。「多くの学校はあまりにも健康増進の能力を欠きすぎており,子ともや教職員の健康を危機にさらしている。この改善にあたっては,教育だけでなく健康増進にも努める学校,すなわちヘルスプロモーティンクスクールへの移行能力を高めることが必要である」 とし,従前以上に子ともや教職員の健康に注力した学校つくりの必要性が指摘された。 ヘルスプロモーティンクスクールとは 「全ての学校社会の構成員が力を合わせ,児童生徒等に,集約された積極的かつ,ためになる経験や,健康を守り推進させる機構を供給する場所のこと」 と定義されている。, これは,HPの取り組みを推進するには,健康な人々,健康な生活習慣,健康的な生活環境の3つがあるが,ヘルスプロモーティンクスクールはこれらの中でも学校の場を健康的な生活環境という視点から捉えた取り組みだからである。 我が国で,ヘルスプロモーティンクスクールが明確に取り上げられたのは,2008年中央教育審議会答申 「子ともの心身の健康を守り,安全・安心を確保するために学校全体としての取組を進めるための方策について」 に

め,このHPの理念に基つき,適切な行動をとる実践力を身に付けることがますます重要になっている」とHPの定義,戦略や,今後もHPの理念に基つく実践力の育成が重要であることが説かれている。 また,同答申の「2 健康に関する教育・学習」内「(2)生涯にわたる心身の健康に関する教育・学習」の項「乳幼児期における健康教育」においては,「国民一人一人の生涯にわたる健康を実現するためには,HPの理念に基つく適切な生活行動の基礎を子とものころから身に付けさせることが重要である」とし,「特に,ハランスのとれた食生活,適度な運動,十分な休養や睡眠という健康のために最も重要な柱から成る基本的な生活習慣については,子とものころに適切に身に付けることが大切である。これらの健康で安全な生活のために必要な生活習慣の育成は,乳幼児期の親子のきすなの形成に始まる家族との触れ合いを通じて実現することが基本であり,乳幼児期における健康教育には,子ともの発育・発達の基盤となる家庭の役割が極めて大きい。」として,HPの理念の早期教育と家庭健康教育の重要性が指摘されている。 これを踏まえて,1999年の改訂高等学校学習指導要領においては,その保健体育科科目「保健」 の 「現代社会と健康」 の単元で,「我が国の疾病構造や社会の変化に対応して,健康を保持増進するためには,HPの考え方を生かし,人々が適切な生活行動を選択し実践すること及び環境を改善していく努力が重要であることを理解できるようにする」と明記された。 これは,2009年3月改訂の現行高等学校学習指導要領の「保健」科「現代社会と健康」においても踏襲されている。 しかし,小学校,中学校の1998年及び現行

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って,図3に示したクリーンらによるHPの保健計画の理論モデルであるPPMが多用されている。PPMの活用頻度が高いのは,Plan-Do-Seeのマネジメントサイクルを経て,主体つくりと環境つくりの両方面からの健康つくりが可能であり,科学的根拠に基つく行動変容理論が取り入れられているからである。 PPMは,プリシードモデル(主体つくりとしての健康教育)とプロシードモデル(環境つくりとしての立法・行政・組織の整備)とから構成されている。歴史的にはプリシードモデルの方が先で,健康行動の診断アプローチによって健康教育を計画するためのフレームワークモデルとして1974年に開発された。1991年に,健康教育の介入による全ての人々の健康的なライフスタイルつくりを実現するために必要な環境つくりのためのプロシードモデルが追加され,図3に示したPPMの提唱に至ったのである。 プリシード(PRECEDE)はPredisposing

(前提),Reinforcing(強化) and Enabling(実現可能) Constructs(構成要因) in Edu-cational/Environmental Diagnosis and Eval-uation(教育・生態診断と評価)の略である。プロシード(PROCEED)はPolicy(政策),Regulatory(法規) and Organizational(組織) Constructs in Educational and Environ-mental Development(教育と環境開発)の略である。 PPMは対象となる人々や地域のニーズを診断して保健活動を計画(第1~5段階)し,その計画を実行(第6段階)し評価(第7~9段階)する9段階から成るマネジメントサイクルを経て,最終目標であるQOLの向上を目指している。 QOLを向上するには,これを規定してい

おいてである。 ヘルスプロモーティンクスクールは 「ヘルシースクール」,「健康的な学校つくり」,「いきいきスクール」 なととも称されている。 ヘルスプロモーティンクスクールは,学校経営の目的をHPの理念であるQOLの向上と関連付け,児童,生徒,教職員,学校三師,保健師,栄養士なとの健康関連専門職,保護者,地域構成員が相互交流を通して,連携,協力のもとに取り組む総合的健康つくりである。 学校の機能,即ち教育活動と学校保健活動に着目すると,これまでは教育活動の改善に力点が置かれてきたが,ヘルスプロモーティンクスクールではむしろ学校保健活動に力点を置き,その相互関連を図ることに特徴がある。 この関係をモデル化したのが図2である。学校保健活動を土台,教育活動をその上の建物とし,床を両者の媒介役としての学校健康教育(中でも心の健康つくり)とみなして,ヘルスプロモーティンクスクールの構築を図ることを意図している。

3)�プリシード・プロシードモデル(PPM)の活用

 健康日本21では,健康つくりの企画に当た

教育の目的学校教育の目的(QOLの向上)

教育課程の編成各教科・道徳・特別活動総合的な学習の時間

学校経営

学校健康教育(総則1の3)心の健康づくり

心身の管理 行動の管理 環境の管理 健康診断 食事 睡眠 衛生管理 健康相談等 運動等 安全管理 感染処置・予防等 登下校等 学校給食 環境の美化等

図2 ヘルスプロモーティングスクールの構造

学校保健・安全活動

健康・安全

教育活動

学校教育

活動

保健管理

活動

建物・支柱づくり

床づくり

土台づくり

家庭・地域 家庭・地域

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因」としては,“う歯や歯周疾患についての知識なと”,“歯を大切に思う気持ちなと”や,

「強化要因」としては,“痛みが無くなって嬉しい”(行動後の爽快感),“歯科検診を受けることに対する家族や職場の人々の理解と協力”(重要な人からのサポート),「実現可能要因」としては,“歯磨きチェック表を目の見えるところに貼ってチェックする”(目標設定スキル),“歯科医院が近くにある,検診の費用が安い”(資源の近接性,経済性等)が選定され,短期目標として設定される。 これら3要因に働きかけることで中期目標である望ましい行動変容(定期的歯科受診行動)が期待できる。しかし,その実施にあたっては,第5段階において,それまでの1か4段階で設定した目標及び目標値を達成する上での,また,従前に実施していた同じ課題

る健康状態要因と環境要因の両方に働きかける必要がある。健康状態要因はライフスタイル要因と環境要因によって規定されている。ライフスタイル要因は「前提要因」,「強化要因」,「実現可能要因」の3つによって規定されている。 これら3要因は健康教育の特有の目標である行動変容(第3段階のライフスタイル要因の改善)と深く関わっている。中でも,とのような知識及び態度(前提要因)や自己効力感(強化要因),ライフスキル(実現可能要因)を形成し取得させたらよいかについての短期目標設定と関わっている。 例えば,ライフスタイル要因のニーズアセスメントとして,「定期的歯科受診行動」が第1位に選択され,中期目標として設定されたとすると,これに影響を及ぼす「前提要

第5段階運営・政策診断

ヘルスプロモーション

前提要因: 知識,態度,価値観

健康教育個人の力を高める主体:生活者

〈問題点・改善点〉5W1HWhen(いつ)Where(どこで)Who(誰が)Whom(誰に)What(何の情報を)How(どのように)

環境整備環境づくり社会の力を高める主体:社会(政策・法規・組織)

〈問題点・改善点〉組織・運営面法律面政策面

第4段階教育・組織診断

第3段階行動・環境診断

第2段階疫学的診断

第1段階社会診断

図3 PRECEDE-PROCEED Model 概説シート

本人がその行為を実践する上で既に習得している要件例:健康についての情報や知識,信念や態度,価値観等 生活習慣・ライフスタイル

行動変容(ライフスタイル要因の改善)例:健康増進・生活習慣改善・奉仕活動・受診行動・禁煙・暴力防止等

生活環境行動や健康や QOL に影響を及ぼす外的な因子例:人的・物的・社会的・文化的・化学的・自然的環境

健康状態入手可能なデータ,疫学的・医学的知見等から健康問題の発生要因となっている行動要因や環境要因を決定

Quality of Life達成感・満足感・活力感

プリシード

プロシード

達成感・満足感・活力感生活の質の向上:自己現実・生きがい幸福感・安定感・満足感

社会ネットワークの構築度,生産性等

強化要因: 重要な人のサポート 行動後の爽快感実践や継続を促す要件例:・大切な人などからの

励ましや専門職から褒められて「やってみよう」「続けよう」と思わせるきっかけ等・行動後の満足感,自己効力感

実現可能要因実践に必要な技術(ライフスキル),社会資源(人,もの,金,情報)の利用のしやすさ,専門家のサポートの受けやすさ第6段階 実施

短期目標第7段階 経過評価

中期目標第8段階 影響評価

長期目標第9段階 結果評価

ローレンス・W.グリーン,マーシャル・W.クロイター著,神馬征峰ら訳「ヘルスプロモーション PRECEDE-PROCEEDモデルによる活動の展開」(医学書院)より作成

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生活行動を規定している心理的要因(好奇心等)や社会的要因(友人に誘われる等)に適切かつ積極的に対処するためのスキルである。 WHO精神健康部は5組10種類,即ち,①意思(意志)決定スキル(目標設定スキル含む)と問題解決スキル,②創造的思考スキルと批判的スキル,③コミュニケーションスキルと対人関係スキル,④自己認識スキルと共感スキル,⑤情動抑制スキルとストレス対処スキルを提唱している。 我が国においては,ライフスキルに匹敵する能力は,言わば生活の知恵やコツとして,親から子ともへ躾というかたちを通して,また,年上の者から年下の者へ,友達同士の交わりの中で無意図的・体験的に伝承されてきた。しかし,少子化,テレビ視聴,塾通いなとの傾向が強まる中で,両親,年長・年少児等との接触が減少し,人間関係が希薄化するに伴って伝承の機会が極めて少なくなってきている。家庭や地域の教育力が低下してきている状況下では,その教育力を高める一環として,学校や家庭や地域が一体となってライフスキル形成への本格的な取り組みをしていかなければならない。 「思いやりのある人になりなさい」「人にわかるように言いなさい」「生き物を大切にしなさい」なとと言われても,とうしたらよいかが身に付いていないしイメージしにくいので理解できないし,だからといって偶然に身に付くのを待っているわけにもいかない。これまで思いつきであったり,偶然に身に付いていたりしていた生活の知恵を「よりよく生きるために必要な心理的社会的技能」として整理し,体系化し,理論化して,目に見える意図的なやり方で確かな形成を図ろうとするのがライフスキル教育である。その意義は大きく,学校は無論のこと,あらゆる場(家

の健康教育計画について,運営上,とのような問題点があるかを5W1Hの面から検討し,その問題点が明確になったら,その問題点を改善するための組織,政策,法規面等における人・もの・金・情報に関わる環境を改善する(社会の力を高める)目標を設定する必要がある。 このようにして,プリシードプロセスでは,QOL→健康状態→ライフスタイル・環境要因→前提・強化・実現可能要因→運営・政策面等のニーズを診断し,長期→中期→短期目標が設定される。引き続き,左から右へのプロシードプロセスにおいて,実施(6段階)し,第7段階の評価(短期目標に対する経過評価),第8段階の短・中期目標に対する影響評価,9段階の中・長期目標に対する結果評価を行うことになる。 健康日本21ではPPMの有効性が多く報告されているし,学校でのPPM活用例も数は少ないが報告されている。

4)ライフスキル教育の導入 HPの戦略である「個人スキルの開発」としてライフスキルが取り上げられている。その理由は,特に先進諸国においては,酒・タハコ・薬物の乱用,不安・抑鬱,無防備な性行為,若者の妊娠,虐待,自殺,学校中退なとといった子ともたちの危機的状況への対応策が緊急の国家的重要課題であり,これらの問題が起因するところに,心理的・社会的要因が関わっていることから,この心理的・社会的要因に対処するスキルを個々人が身に付ける必要性に迫られたからである。 ライフスキルとは「個々人が日常生活から生じる要求や難題(挑戦)にうまく対処できるように,適切かつ積極的に行動するための能力」と定義されている。換言すれば,日常の

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ライフスキル教育に対するアンケート調査を行った。5組10種類について,それぞれの説明を読んでもらった上で,子ともたちにとって必要なライフスキルを選択してもらったところ,対人関係スキルとコミュニケ-ションスキルが1,2位を占め,次いで自己認識スキル,意思決定スキルの順で60%以上であった。コミュニケ-ションスキルが高率を占めたのは,教師が,普段の子とも同士の会話で,「うるさい」なと相手を攻撃したり傷つけたりする者や逆に「あの…」なとと口ごもってしまい,自分の考えを言えない者なとが増えてきているのを見聞きして,自分らしさを表現できたらよいと痛感しているからだと思われた。 また,ライフスキル教育を実施する上での問題点についても選択してもらったところ,

「方法がわからない」が最も多く,次いで,「内容がわからない」「評価が困難」であり,89%以上と高率であった。 2000年前後頃から,学校の教育現場を中心にライフスキル教育の実践が漸増するようになっていった。 ライフスキルの形成は全ての健康課題に万能でなく,心理的・社会的理由によって引き起こされる健康課題に有効であり,健康教育の目標領域である認識形成,情意(態度)形成,行動形成のうちの情意形成に効果的である。 健康教育の独自の目標は健康行動への変容

(改善)を引き起こすことにあり,そのためには,行動変容の代表的モデルであるKAPモ デ ル か ら 明 ら か な よ う に,「 わ か る

(Know l edge/知識理解)」と「できる(Practice/行動)」の媒介変数である「情意・態度(Attitude/やる気)」を高める必要があるからである。

庭,地域,企業等)や分野(体育・スポーツ等)においても人材育成等の新しい有効な手法として有望視されるようになった。 1997年9月に保健体育審議会答申が出され,「健康の保持増進のために必要な能力・態度の習得」の項で,「ストレスの増大を背景に心の健康問題が社会全体で増加する傾向にある中,ストレスが生じた場合の対処法なとの生活技術の習得も重要である」(下線は筆者)との指摘がなされた。ライフスキルという言葉は使われていないが,「ストレスが生じた場合の対処法」とはストレスマネジメントスキルを,「生活技術」はライフスキルに相応していると言える。 21世紀はストレスないし心の時代と言われる中で,その解決に向けての有力なツールとして,公的機関としては初めて,ライフスキル教育を重視する提言がなされた。 翌年の1998年6月には中教審の「幼児期からの心の教育の在り方について」の答申がなされ,「豊かな人間性」の育成が強調された。これを受けて,1998年に小・中,1999年に高等学校の学習指導要領が改訂され,長期にわたる知識重視に代わって,初めて,その総則第1において,「生きる力」の育成が学校教育の方針として明記された。「生きる力」の基盤を成す「豊かな人間性」は学校教育全体を通して行われるが,その中核を占める保健の授業では,「心の健康」の単元において,小・中・高等学校とも,不安・悩みやストレスの対処法(ストレスマネジメントスキル)を身に付けることが強調された。 この「豊かな人間性」を培うツールとして,ライフスキル教育を学校の教育現場で実践しようという気運が高まりつつある2002年と2003年に,筆者らは,現職研修の機会を利用して,保健体育教師と養護教諭を対象に,

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 しかし,その為の教材の開発が立ち遅れており,筆者らは,言語化して自己を意識化することは視覚化の有効な方法であると考え,ワ-クシートを開発してきた。ワ-クシートはライフスキルが明確に記述されるので,自分のスキルの強さ,弱さを評定できるし,上達すべきスキルが何か確認できれば,これを発達させるために練習したりすることができるからである。

 これまで,筆者らは,上述した現場教師のニーズの高かったライフスキル,即ち,「心の健康」の単元の「自他の心身の発育・発達の違いに気つき肯定的に受けとめる」ためのセルフエスティーム(自他肯定感)を高める自己認識スキル形成,「不安・悩みへの対処」のストレスマネジメントスキル,「人とのかかわり方」の人間関係スキルやコミュニケーションスキル,「薬物乱用防止」での意思決定スキルや誘いを断るための自己表現スキル,問題解決スキルの各ワークシートの開発を試みてきている。 このワ-クシートを実際に活用したところ,終始言語活動であることから,特に低学年では,興味を欠き持続しないことが明らかになった。今後は身体活動等の何らかの動きを取り入れた教材を開発したいと考えている。

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践できるかは,教科書がとう改善されているかにも懸かっている」と記されているように,教科書ないし教材の工夫に期するところが大である。この点,現行学習指導要領

(2008年改訂)に基つく,次の教科書の記述は参考に値する。 小学校保健の5・6年生の教科書(大日本図書)の「病気の予防」の「たばこの害と健康」において,「友達が『たばこをすってみようよ。』とさそってきました。あなたは,とのように断りますか」との問いかけに対して,「よきてり:ようす,きもち,ていあん,りゆう」で断るといった学習活動が他社に先駆けて導入されている。これは,HPの戦略の「個人形成のスキル(ライフスキル)」のアサーティブコミュニケーションスキルに相応している。 また,同社中学校保健体育の教科書の「健康な生活と病気の予防」の単元の「健康の成り立ち」において,「わたしたちの人生には,それぞれ理想の生き方があります。その実現には7,生き方に応じた体力や気持ちなとを保ち,健康を保持増進する能力を高めることが必要です。また,保健・医療制度のしくみなと,社会の環境条件が整備されることも大切です。健康を保持増進するための個人の取り組みと,それを支える社会の環境整備をともに進めていく8考え方を,HPといいます。」と記されている。下線7はHPの理念(QOLの向上),下線8はHPの戦略に相応している。また,その教科書の口絵では,見開きでHPのQOL実現へのプロセスを,「生涯にわたって運動に親しむ」と「健康を保持増進する」の2本の柱を水平軸にして,それらが相互に関わり合いながら→「明るく豊かな生活」を送り→「夢の実現・自己実現」に向かう図で示しており,理解しやすいように工夫がなさ

4.�新学習指導要領における保健授業・健康教育の改善充実の方向

 上述した我が国におけるHPの試みを,特に,学校健康教育及びその中核を占める保健授業の視点から,答申及び新学習指導要領と照らし合わせて,その対策を講じる上で参考になる実践例を紹介する。

1)保健の「見方・考え方」の重視 答申では全教科にわたって,その教科を学ぶ本質的な意義の中核をなす「見方・考え方」を明らかにすることが重視された。新学習指導要領での体育科,保健体育科の目標の記述は,「体育や保健の見方・考え方1を働かせ,課題を発見し,合理的な解決に向けた学習過程を通して2…」と,下線1のように保健の「見方・考え方」が明示された。 この保健の「見方・考え方」について,答申では,「疾病や傷害を防止するとともに,生活の質や生きがいを重視した健康に関する観点3を踏まえ,『個人及び社会生活における課題や情報を,健康や安全に関する原則や概念4に着目して捉え,疾病等のリスクの軽減や生活の質の向上5,健康を支える環境つくりと関連付けること』6」としている。 HPという言葉は用いられていないが,下線3はHPの観点,下線5はHPの理念・目的,下線6はHPの戦略と相応している。下線4は健康成立の3要件(主体・環境・相互作用)を示唆しているが,図1に示したようにHPの概念にも相応している。 ます,このHPの考え方を子ともたちにとう伝えるかであるが,答申で「特に主たる教材である教科書は子ともたちが『とのように学ぶか』に大きく影響するものであり,学習指導要領等が目指す理念を各学校において実

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身に付けることが望まれる。

2)ライフスキル形成の充実強化 答申では,現代的な諸課題に対応して子ともたちに求められる資質・能力の一つとして,「健康・安全・食に関する力」を挙げ,その具体的内容の1つとして,「生涯にわたって健康で安全な生活や健全な食生活を送ることができるよう,必要な情報を自ら収集し,適切な意思決定や行動選択を行うことができる力を子供たち一人一人に育むことが強く求められている」としている。下線はライフスキルの意思決定スキルに相応しており,HPの戦略である「個人スキルの開発」を示唆している。 ここでは,食育に関し,小学生に身近なおやつの取り方に視点をあて,適切な意思決定ができるようになるための保健授業の学習指導過程とワークシート(図4)を紹介する。

【意思決定スキルを高める保健授業の展開】⑴意思(意志)決定とは 意思決定とは,幾つかの選択肢の中から最良と考えられるものを自分で選択できる能力のことである。 人が物事を決定する時のタイプは,逃避型

(意思決定の場面に立ってもそれを否認したり,単純に成り行き任せにしたりしてしまうタイプ),短慮型(他の代替選択の可能性を考えることなく,せっかちに物事を決定してしまうあっさりタイプ),熟慮型(考えられる幾つかの可能性を考慮して物事を決定するじっくりタイプ)の3つに大別される。 このうちの熟慮型の意思決定能力を高めるには,次の5ステップを踏まなければならない。① 問題は何か発見する。

れている。 次に,こうした各教科の特質に応じた「見方・考え方」をとう育成するかについてであるが,答申では各教科の学びの過程(とのような視点で物事を捉え,とのような考え方で思考していくのか)を経て物事を捉える視点や考え方も鍛えられていくとしている。 答申では学習の内容と方法の両方を重視し,子ともの学びの過程を質的に高めていくことを目指している。単元や題材のまとまりの中で,子ともたちが「何ができるようになるのか」を明確にしながら,「何を学ぶか」という学習内容と,「とのように学ぶか」という学びの過程を組み立てていくことが重要になる。「見方・考え方」を軸としながら,幅広い授業改善の工夫が展開される必要があるというのである。学びの過程として,「主体的・対話的で深い学び」を提唱している。中でも,「見方・考え方」を活用し,知識を相互に関連つけてより深く理解したり,情報を精査して考えを形成したり,問題を見出して解決策を考えたり,思いや考えを基に構想して意味や価値を創造したりすることに向かう「深い学び」が実現できるよう工夫することが求められている。前述した体育科,保健体育科の目標の記述の下線2(p.12)はこの深い学びの過程を示唆している。その工夫としては,次に述べるライフスキルの学習過程

(中でも問題解決スキル)を経るようにすることで可能である。 保健の見方・考え方は,大人になって生活していくに当たっても重要な働きをするものであるから,子ともたちが人生においてこの

「見方・考え方」を自由に働かせられるようにすることに,教員の専門性が求められており,HPの考え方をわかりやすく伝える教材の工夫や,ライフスキル学習の理解と技能を

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図4 意思決定ワークシート

場面設定

じっくり型の5ステップ1)この場面で考えなくてはいけないことは何ですか?(問題を明らかにする)

2)次の①,②の質問に答えてください。(知識やこれまでの経験などの情報を集める)

4)それぞれの食べ方をしたとき,どんな結果になると思いますか?(結果の予測)

5)最終的に自分が実行する行動は何ですか?(望ましい行動を選ぶ)

学校から家に帰ると,テーブルにチョコレートとポテトチップ,ドーナツ,りんご,バナナが置いてありました。時計を見ると16時30分です。ちょっとお腹が空いていますが,19時の夕食までは時間があるので,おやつを食べようか迷っています。

おやつを食べてもよい時間なのでおやつを食べようと思うが,どんなおやつをどのくらい食べたらよいか考えなくてはいけない

①おやつを食べることについて,どんなことを知っていますか? (知識) ○おやつは,夕食の2~3時間前に食べないと,夕食が食べられない

②これまでにおやつを食べるときの3条件を守らなかったとき,どうでしたか?(経験) ○夕食の前におかしを食べたら夕食が食べられなくて,夜中におなかがすいた ○おやつの3つの条件のうち果物などを食べなかったが,好きなおかしが食べられた

3)2)を参考にして,おやつをどのように食べたらよいのか考えられること(行動)をいくつでも挙げて,下の□の中に記入してください。(いろいろな選択肢を考える)

夕食の前まで250Kcal以上のおかしを食べる

4時30分~5時の間に250Kcal以上のおかしを食べる

好きなお菓子を食べられて満足するが,3条件を守ってない

時間を決めているが,250Kcal以 上のおかしを食べている

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定ができたか聞く。②  意思決定には3つのタイプがあり,熟慮

型が最も望ましいことを理解させる。③  熟慮型の意思決定をするには,とのよう

なステップを辿ることが望ましいのか考えさせ,最終的にワークシートに示した5ステップが必要であることを理解する。

④  「学校から家に帰るとおやつがテーブルの上においてある」という場面を設定して,そのような場面における熟慮型の意思決定を,各人でワークシートを使いながら記入させる。

⑤  ワークを実際に行った後は,ワークを振り返って感想を書かせ,日常生活で熟慮型の意思決定が意識してできるように「決意の文」を書かせる。

⑷指導上の留意点ア. ライフスキルの基本的な形成過程は,教

示-模倣・手本-練習-フィードハック-定着といった5つの過程から成っている。各過程の内容を理解して,授業を進める必要がある。

・教示過程(学習者が問題意識を持つ)  必要とされるスキルについての情報を伝達

する。とのような行動が必要で,とのように実行すればよいかについて理解させる。

・模倣(モデリンク)・手本過程(気つく)  教示されたスキルを実際に教師なとが演じ

たり,ワークシートに例示を示す。・練習過程(リハーサルの体験) スキルを繰り返し練習させる。・フィードハック過程(振り返る)  練習しているスキルがとの程度うまく実行

できているかを自己評価,他者評価させる。

・日常生活での実践・定着化過程

②  事実前提(決定する時に前提となる客観的な知識,情報,技術),価値前提(個人的主観や価値)を把握する。

③  問題解決のために実行可能な案及びその代替案を探し設計する。即ち,問題解決の方法を複数考える。

④  それぞれの案を実施した時に得られる結果を予測する。

⑤  選択活動:案同士を比較し,ある特定の行動を選択する。

⑵�授業の目的・目標�*( )は新学習指導要領の評価の観点 目的: おやつを適切に摂るための意思決定

スキルを身に付ける。 目標:ア. 適切なおやつの摂取の仕方について説明

することができる。(知識及び技能)①おやつは食事の2~3時間前に摂取する②おやつの量は200~250Kcal以内にする③ 体に良い果物・乳製品・豆類を摂る

イ. 意思決定の3つのタイプについてとのタイプが望ましいのか説明できる。(知識及び技能)

ウ. 意思決定のワークシートを使い,熟慮型の意思決定能力を身に付けることができる。(知識・技能)

エ. 適切な意思決定をするにはとのようなことが必要かまとめることができる。(思考・判断・表現)

オ. 適切な意思決定の方法を自ら進んで探そうとすることができる。(主体的に学習に取り組む態度)

 ⑶授業の流れ①  これまでの人生において決定を迫られた

ことを列挙させ,そのとき,上手に意思決

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 この学校健康教育では,教科横断的な課題が取り扱われる。答申では,その課題として,前述したように「健康・安全・食に関する力」の育成を挙げられている。この育成に当たっては,「教科横断的な視点で育むことができるよう,教科等間相互の連携を図っていくことが重要である。学校保健計画や学校安全計画,…作成・評価・改善し,地域や家庭とも連携・協働した実施体制を確保して行くことが重要である」(下線筆者)としている。 下線の学校保健計画や学校安全計画の企画に当たっては,これまで,科学的根拠に基つく計画つくりがなされてこなかったとの誹りを免れない。健康日本21でも多用されている

  活動・実行計画を立てるなと,実行のための工夫をする。

イ. 授業の評価については,授業のねらいに応じて,授業中に形成評価として行う。また,授業が終わった後は,結果評価として知識テストなとを行う。

3)�PPMに基づく学校健康教育の計画作り─肥満予防教育─

 新学習指導要領の第1章 総則「第1 小学校教育の基本と教育課程の役割」の中の

(3)では,「学校における体育・健康に関する指導」,いわゆる学校健康教育が,学校の教育活動全体を通じて適切に行われることが記されている。

第5段階運営・政策診断

ヘルスプロモーション 前提要因: 知識,態度,価値観

第4段階教育・組織診断

第3段階行動・環境診断

第2段階疫学的診断

第1段階社会診断

図5 PPMを用いた中学生の肥満予防教育

1. 危機感がある2. 生活習慣病について知っている

3. 家族の健康状態を知っている

4. 肥満は病気になりやすいことを知っている

5. 太っていてもかまわないと思っている(-)

生活習慣・ライフスタイル1. ゆっくりよくかんで食べる

2. 早寝早起き3. 体を動かす4. 体重・体脂肪を測る5. 毎日鏡を見る6. 夜食をとらない7. 習い事が多い(-)8. TVゲームをすることが多い(-)

生活環境1. 自然環境が良い(海・山)2. 土曜が休みになり趣味を生かす時間ができた

3. 自動販売機が多い(-)

健康状態1. 肥満度を少しでも減らす

2. 体力・筋力がない3. 血中脂質を正常値にする

Quality of Life達成感・満足感・活力感1. 自信を持って行動したい

2. かっこよくなりたい3. スポーツができるようになりたい

4. 自分を好きになる5. 病気になりたくない

1. 友人が「やせた」と褒める

2. 保護者が頑張っている姿を認めてあげる

3. 保護者に知識を持ってもらう

実現可能要因1. 目標をイメージのわくように設定する(水着,洋服等)

2. 体重計,体脂肪計を置く3. 鏡を置く

教育健康計画シートづくり[問題点]①運営・組織面・保護者との連携が希薄だった・保護者が協力的でなかった・子どもの危機感がわからなかった・運営が一方的になっていた・早期から家族ぐるみの健康教育が必要であった②政策面・土日が活用されていなかった・自然環境を活用していなかった(通学路や遊歩道など)・人的ボランティアが不足していた

[改善策]When:乳幼児期からWhere:町行政,学校,医

療機関Who:保健師,栄養士,教

師,養護教諭,保母,保育士

Whom:家族みんな,子ども,保護者

What:自分のからだ,生活習慣病,健康について

How(どのように): 危機感をもたせ,目標をかかげ(体重計を設置),努力を認めながら支援する

強化要因:重要な人のサポート行動後の爽快感

第6段階 実施短期目標

第7段階 経過評価中期目標

第8段階 影響評価長期目標

第9段階 結果評価

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 この「次世代の学校・地域」の創生の具体例として,前述したヘルスプロモーティンクスクールモデル図に基ついて,2005年から2009年にかけて千葉県某小学校で試みられたヘルスプロモーティンクスクールの取り組みを紹介する。これはヘルスシティーつくりをさらに推し進めるために,学校にその役割を託した例である。 ます,ヘルスプロモーティンクスクールの目的を学校経営の目的と同一にして,「楽しい健康な学校つくり」 と設定した。児童のQOLを調べたところ,「学校が楽しい」なと,心の健康が上位を占めたからである。 次に,この目的を実現するために,ヘルスプロモーティンクスクールの活動を,現行学習指導要領(2008年改訂)の教育方針である

「生きる力」の構成要素(確かな学力,豊かな心,健やかな体)に基ついて,学ぶ力を育てるための「かしこさ委員会」と生体つくりを推進するための「すこやか委員会」を設置し,この委員会にHPの5つの戦略を関連つけ応用して推進した。即ち, ①  「個人スキルの開発」に関しては,「かし

こさ委員会」 を中心に,授業を通して,ライフスキルの形成,健康に関する科学的知識の習得,課題解決能力の形成の機会を多く設けた。

②  「健康的な公共政策の確立」に関しては,「すこやか委員会」 を中心に,児童の生活習慣改善には家族の応援が必要なので 「すこやかカード」 を作成し,家族間の相互交流を促した。

③  「健康を支援する環境つくり」に関しては,「すこやか委員会」 を中心に,歯科保健を通して地域の保健センターと児童との交流を図った。

PPMに基つくことが有効である。 図5は筆者らが中学校の養護教諭と保健体育教師と共同して,肥満予防教育計画にPPMを活用した例である。5段階ごとに,肥満児のニーズ(1~4段階)と既存の肥満予防健康教育の問題点(5段階)について討議し,抽出事項に優先順位をつけるなとをしてニーズアセスメントした結果のうち,上位を占めた事項を示したものである。5段階の手順を踏むのが困難であれば,各段階を構成している7つの要因についてランダムにニーズアセスメントしても良い。 次に,各要因の上位を占めた項目に基ついて各段階ごとに短,中,長期の目標を設定し,最終的にQOLの向上を目指す過程を踏むのである。その結果,PPMは適正体重への変容に効果的であり,肥満予防健康教育計画つくりに有効であった。 この他,PPMを用いた喫煙防止教育,虫歯予防教育なとの例も散見され,PPMは健康教育計画つくりに効果的であるということがわかる。

4)ヘルスプロモーティングスクールの充実強化 答申では「社会に開かれた教育課程」の実現を目指して,学校と家庭・地域との連携・協働の重要性が指摘されている。そのあり方として,「学校については,その実現に必要な学校の指導体制の質・量両面での充実(チームとしての学校)や,『地域とともにある学校(コミュニティ・スクール)』への転換を,地域については,次代の郷土をつくる人材の育成や,学校を核としたまちつくり等を一体的に進め,学校を核として地域社会が活性化していく『次世代の学校・地域』を創生していこうとするもの」である(括弧は筆者)としている。

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 現行学習指導要領(2008年改訂)では,総則第1で生きる力の育成を目指すことが明記されている。この生きる力を育てるには,各教科(保健授業)及び総則第1の3に明記されている学校教育活動全体を通して実施される学校健康教育の取り組みだけでなく,これらの教育活動の基盤を成している学校保健活動にも注目し,学校経営をHPの視点から見直した学校つくり,即ちヘルスプロモーティンクスクールへの取り組みが効果的である。

④  「コミュニティ活動の強化」に関しては,「すこやか委員会」 を中心に,「遊ぼう大好きハッピータイム」 を設け,異なる学年の児童同士,参観日には保護者も参加して異年齢交流に取り組み,コミュニケーション力向上を図った。

⑤  「保健医療サービスを健康的な生活支援へ」に関しては,両委員会において,ヘルスプロモーティンクスクールの取り組みを授業研究日や保護者参観日等と関連させるよう努めた。

 これらの取り組みの結果,朝食,睡眠時間,テレビ視聴時間なとの生活習慣の改善やむし歯罹患率の低下,一日平均欠席人数の減少,学校生活の中での達成感や自信の高まりといった自他肯定感や自己効力感なと心の健康の向上,学力テスト(国語,算数,社会)の成績向上,新体力テストでは全国平均を大幅に上回った。また,ヘルスプロモーティンクスクールへの取り組み前は一日平均欠席が2名前後みられたが,取り組み最終年度は平均0.4人に減少した。 この例にみられるように,ヘルスプロモーティンクスクールの取り組みは効果をあげている。 

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参考文献

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大津一義:実践からはじめるライフスキル学習,東洋館出版,1999

大津一義:HPを指向した学校保健の展開,小児心療,61(7),1225~1230,1998

大津一義:学校保健とHP,学校保健のひろば,NO.2,26~29,1996

金子勇,松本洸:クオリティ・オブ・ライフ,福村出版,1990

L.W.Green, M.W.Kreuter:Health promotion Planning, Mayfield Publishing Company, 1994

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大津一義 編著:HP論,日本ウェルネススポーツ大学,2012

日本健康教育士養成機構 編著:新しい健康教育-理論と事例から学ぶ健康増進への道,保健同人社,2011

衛藤 隆・他:Health Promoting Schoolの概念と実践,東京大学大学院教育学研究科紀要,第44巻,2004

徳山美智子,中桐佐智子,岡田加奈子編著:改訂 学校保健-HPの視点と教職員の役割の明確化,東山書房,2010

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