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杏林医学会 第 34 回例会 開催報告 「O-GlcNAc Modification of Protein: Roles in Neurodegenerative Diseases and Diabetes」 (演者 Prof. Gerald W. Hart: Department of Biological Chemistry, Johns Hopkins University School of Medicine) 平成30年11月27日(火)にジョンズ・ホプキンズ大学医 学部生物化学教室のGerald W. Hart教授をお招きして, 杏林医学会例会を開催した。Hart教授は核および細胞質 でのタンパク質のO-GlcNAc修飾を発見し,新しい糖鎖生 物学の研究分野を創出した著名な研究者で,現在,米国生 化学・分子生物学会(ASBMB)の 会長を努めている。糖 鎖科学の発展に大きく貢献した国内外の糖鎖科学研究者と して 2018 年の第 2 回山川民夫賞が Hart 教授に授与された。 11 月 26 日, 授 賞 式 お よ び Hart 教 授 に よ る「Nutrient Regulation of Signaling and Gene Expression by O-GlcNAc」と題した受賞講演が第16回糖鎖科学コンソー シアムシンポジウム(東京大学伊藤謝恩ホール)で行われ, 翌11月27日,本学においてO-GlcNAc修飾と糖尿病や神 経変性症との関係についてご教授いただいた。 O- 結合型β-N- アセチルグルコサミン(O-GlcNAc)は, タンパク質のセリンあるいはスレオニンの水酸基に,アセ チルグルコサミン(GlcNAc)が1分子結合した糖修飾で ある。O-GlcNAcは核や細胞質に存在する種々のタンパク 質において起こる唯一の糖修飾で,1984年にTorres と Hart 教授によって発見された。O-GlcNAc は,O-GlcNAc 転移酵素 (O-GlcNAc transferase, OGT) と O-GlcNAc 分解 酵素 (O-GlcNAcase, OGA) の 2 種類の酵素によって転移と 分解が行われる。O-GlcNAc 修飾はリン酸化されるセリン / スレオニン残基,またはリン酸化部位の近傍で行われる ため,O-GlcNAc 修飾とリン酸化修飾は競合関係にある。 機能はリン酸化抑制,シグナル伝達調節,タンパク質分解 の調節,タンパク質の細胞内局在の制御,転写活性の制御, タンパク質-タンパク質間相互作用の制御,エピジェネ ティックな制御など多彩である。 2型糖尿病では,高血糖により,グルコースのヘキソサ ミン生合成経路への流入が増し,最終産物であるUDP- GlcNAcが多量に産生される。その結果,増加したUDP- GI-NAcを基質としてOGTによるタンパク質の O-GlcNAc 化が増加し,インスリン抵抗性や合併症が引き起こされる。 血管内皮に存在する内皮型一酸化窒素合成酵素(eNOS) もO-GlcNAc化されている。O-GlcNAc化を介するeNOS の活性化の阻害は糖尿病患者にみられる血管合併症や勃起 不全と関連している。OGTを心臓特異的に過剰発現させ たトランスジェニックマウスでは,心臓の大きさが約 2 倍 に増大し,糖尿病性心筋症と似た症状が起こる。この心筋 細胞のミトコンドリアにおいてOGTは内膜から基質の方 に局在が変化する。さらに糖尿病性腎症では,O-GlcNAc 化の増加に伴い糸球体上皮細胞のタイトジャンクションが 変化する電顕像が観察される。 脳は体の中でOGTを最も多量に発現している臓器であ る。OGTは特にシナプス小胞の周りに局在する。糖尿病 では軸索輸送に関与する milton の O-GlcNAc 修飾が増加す る。正常なヒトの脳とアルツハイマー病患者の脳における O-GlcNAcの量を比較すると,正常に比べてアルツハイ マー病の脳の方が全体のO-GlcNAc量が減少し,さらにア ルツハイマー病に関連するタンパク質(タウ,β-アミロ イド前駆体タンパク質など)への O-GlcNAc 化の量が減少 する。OGA阻害剤をアルツハイマー病のモデルマウスの 脳内に投与すると脳内のタウタンパク質への O-GlcNAc 修 飾が増加すると同時に異常なリン酸化が減少し,オート ファジーが亢進して神経変性が抑制される。 報 告 杏林大学医学部解剖学教室顕微解剖学部門 秋 元 義 弘  川 上 速 人 第 34 回例会報告(主催:解剖学教室,2018 年 11 月 27 日開催)

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  • 杏林医学会 第34回例会 開催報告「O-GlcNAc Modification of Protein: Roles in Neurodegenerative Diseases

    and Diabetes」(演者 Prof. Gerald W. Hart: Department of Biological Chemistry, Johns

    Hopkins University School of Medicine)

     平成30年11月27日(火)にジョンズ・ホプキンズ大学医学部生物化学教室のGerald W. Hart教授をお招きして,杏林医学会例会を開催した。Hart教授は核および細胞質でのタンパク質のO-GlcNAc修飾を発見し,新しい糖鎖生物学の研究分野を創出した著名な研究者で,現在,米国生化学・分子生物学会(ASBMB)の 会長を努めている。糖鎖科学の発展に大きく貢献した国内外の糖鎖科学研究者として2018年の第2回山川民夫賞がHart教授に授与された。11月26日, 授 賞 式 お よ びHart教 授 に よ る「Nutrient Regulation of Signaling and Gene Expression by O-GlcNAc」と題した受賞講演が第16回糖鎖科学コンソーシアムシンポジウム(東京大学伊藤謝恩ホール)で行われ,翌11月27日,本学においてO-GlcNAc修飾と糖尿病や神経変性症との関係についてご教授いただいた。 O-結合型β-N-アセチルグルコサミン(O-GlcNAc)は,タンパク質のセリンあるいはスレオニンの水酸基に,アセチルグルコサミン(GlcNAc)が1分子結合した糖修飾である。O-GlcNAcは核や細胞質に存在する種々のタンパク質において起こる唯一の糖修飾で,1984年にTorres とHart 教授によって発見された。O-GlcNAc は,O-GlcNAc 転移酵素(O-GlcNAc transferase, OGT)とO-GlcNAc 分解酵素(O-GlcNAcase, OGA)の 2 種類の酵素によって転移と分解が行われる。O-GlcNAc 修飾はリン酸化されるセリン/スレオニン残基,またはリン酸化部位の近傍で行われるため,O-GlcNAc 修飾とリン酸化修飾は競合関係にある。機能はリン酸化抑制,シグナル伝達調節,タンパク質分解の調節,タンパク質の細胞内局在の制御,転写活性の制御,タンパク質-タンパク質間相互作用の制御,エピジェネ

    ティックな制御など多彩である。 2型糖尿病では,高血糖により,グルコースのヘキソサミン生合成経路への流入が増し,最終産物であるUDP-GlcNAcが多量に産生される。その結果,増加したUDP-GI-NAcを基質としてOGTによるタンパク質のO-GlcNAc化が増加し,インスリン抵抗性や合併症が引き起こされる。血管内皮に存在する内皮型一酸化窒素合成酵素(eNOS)もO-GlcNAc化されている。O-GlcNAc化を介するeNOSの活性化の阻害は糖尿病患者にみられる血管合併症や勃起不全と関連している。OGTを心臓特異的に過剰発現させたトランスジェニックマウスでは,心臓の大きさが約2倍に増大し,糖尿病性心筋症と似た症状が起こる。この心筋細胞のミトコンドリアにおいてOGTは内膜から基質の方に局在が変化する。さらに糖尿病性腎症では,O-GlcNAc化の増加に伴い糸球体上皮細胞のタイトジャンクションが変化する電顕像が観察される。 脳は体の中でOGTを最も多量に発現している臓器である。OGTは特にシナプス小胞の周りに局在する。糖尿病では軸索輸送に関与するmiltonのO-GlcNAc修飾が増加する。正常なヒトの脳とアルツハイマー病患者の脳におけるO-GlcNAcの量を比較すると,正常に比べてアルツハイマー病の脳の方が全体のO-GlcNAc量が減少し,さらにアルツハイマー病に関連するタンパク質(タウ,β-アミロイド前駆体タンパク質など)へのO-GlcNAc化の量が減少する。OGA阻害剤をアルツハイマー病のモデルマウスの脳内に投与すると脳内のタウタンパク質へのO-GlcNAc修飾が増加すると同時に異常なリン酸化が減少し,オートファジーが亢進して神経変性が抑制される。

    報 告

    杏林大学医学部解剖学教室顕微解剖学部門

    秋 元 義 弘  川 上 速 人

    第34回例会報告(主催:解剖学教室,2018年11月27日開催)

  • 62 秋 元 義 弘 ほか 杏林医会誌 50巻1号

     今回,タンパク質のO-GlcNAc修飾が糖尿病や神経変性症といかに密接に関連しているかを最新の知見を交えてお話いただいた。糖鎖はDNA,RNA,タンパク質に次ぐ情報分子としての研究が進んでおり,疾患の病因を理解する

    には糖鎖の変化を調べることが益々重要になってきている。講演は臨床医と基礎医学研究者に新たな視点を与え,今後の臨床・基礎研究に役立つ内容であった。

    (写真右)例会における講演 (2018年11月27日,医学部基礎研究棟 3 階会議室)(写真左)第16回糖鎖科学コンソーシアムシンポジウム 第 2 回山川民夫賞受賞講演(2018年11月26日,東大伊藤謝恩ホール)