no. 108 資生堂...一橋ビジネスレビュー 2013 win. 143はじめに...

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一橋ビジネスレビュー 2013 WIN. 142 資生堂は、中国において世界有数の化粧品メーカーと首位争いを繰り広げているが、自らの武器として「おもて なし」サービスを活用している。国営企業の比率が高かった中国では、消費者をお客さまとして扱うサービスの 概念があまり発達していなかった。そのようななか、どのようにして「おもてなし」精神を現地のスタッフや顧 客に伝え、それを海外戦略の武器としているのであろうか。本ケースでは、資生堂のグローバル事業の成長の象 徴である中国事業の事例を通して、同社のグローバル展開と、それに伴う「おもてなし」サービス活用のあり方 を分析する。 本ケースの記述は企業経営の巧拙を示すことを目的としたものではなく、分析ならびに討議上の視点と資料を提供するために作成されたものである。 鈴木智子 Suzuki Satoko 京都大学大学院経営管理研究部特定講師 資生堂 グローバル展開 中国における「おもてなし」サービスの活用 中国の「AUPRES(オプレ)」カウンターにおける、 (提供:資生堂) 美容部員のおもてなしアクション 会社概要名  称:株式会社資生堂 設  立:1927年 資本金:645億600万円 代表者:代表取締役会長兼執行役員社長 前田新造 本社所在地:東京都中央区 従業員数:3万3356人(2013年3月末) 売上高:6777億2800万円(連結、2013年3月期) 原田 緑 Harada Midori 京都大学大学院経営管理教育部経営管理専攻 専門職学位課程 ビジネス・ケースBUSINESS CASE No. 108

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Page 1: No. 108 資生堂...一橋ビジネスレビュー 2013 WIN. 143はじめに 資生堂は、化粧品、化粧用具、トイレタリー製品など の製造・販売を行う国内第1位、世界第5位1)(2011年

一橋ビジネスレビュー 2013 WIN.142

資生堂は、中国において世界有数の化粧品メーカーと首位争いを繰り広げているが、自らの武器として「おもてなし」サービスを活用している。国営企業の比率が高かった中国では、消費者をお客さまとして扱うサービスの概念があまり発達していなかった。そのようななか、どのようにして「おもてなし」精神を現地のスタッフや顧客に伝え、それを海外戦略の武器としているのであろうか。本ケースでは、資生堂のグローバル事業の成長の象徴である中国事業の事例を通して、同社のグローバル展開と、それに伴う「おもてなし」サービス活用のあり方を分析する。

本ケースの記述は企業経営の巧拙を示すことを目的としたものではなく、分析ならびに討議上の視点と資料を提供するために作成されたものである。

鈴木智子Suzuki Satoko

京都大学大学院経営管理研究部特定講師

資生堂グローバル展開中国における「おもてなし」サービスの活用

中国の「AUPRES(オプレ)」カウンターにおける、� (提供:資生堂)美容部員のおもてなしアクション

[会社概要]名  称:株式会社資生堂設  立:1927年資��本��金:645億600万円代��表��者:代表取締役会長兼執行役員社長 前田新造本社所在地:東京都中央区従業員数:3万3356人(2013年3月末)売��上��高:6777億2800万円(連結、2013年3月期)

原田 緑Harada Midori

京都大学大学院経営管理教育部経営管理専攻専門職学位課程

[ビジネス・ケース]

BUSINESSCASE No. 108

Page 2: No. 108 資生堂...一橋ビジネスレビュー 2013 WIN. 143はじめに 資生堂は、化粧品、化粧用具、トイレタリー製品など の製造・販売を行う国内第1位、世界第5位1)(2011年

一橋ビジネスレビュー 2013 WIN. 143

はじめに

 資生堂は、化粧品、化粧用具、トイレタリー製品などの製造・販売を行う国内第1位、世界第5位1)(2011年時点)の化粧品メーカーである。2012年3月期の連結売上高は6824億円であり、連結営業利益は391億円である。その売上高は、国内化粧品、グローバル、その他の3つのセグメントに分類されている。それぞれの割合は、国内化粧品事業が51.8%、グローバル事業が46.9%、その他に含まれるフロンティアサイエンス事業や飲食業等が1.3%である(図1)。2)近年、特に中国市場においては、フランスのロレアル、アメリカのP&Gなど世界有数の化粧品メーカーと首位争いを繰り広げている。

 直近3年間のグローバル事業の売上高が全体に占める割合は堅調に増加している。この資生堂のグローバル展開の背景には、先進的な取り組みと技術の追求から生まれる高品質な製品の存在が大きいが、それとともに顧客への高いサービス、すなわち「おもてなし」サービスの活用による部分も大きい。本ケースでは、資生堂の中国進出を題材として、資生堂のグローバル展開における

「おもてなし」サービスの活用について見ていく。

資生堂の歴史

 資生堂は、海軍病院で薬局長を務めた福原有信が、漢方薬が主流の時代であった1872年に、日本初の洋風調剤薬局として東京・銀座に創業した。社名は、中国の古典、四書五経の1つ『易経』の一節「至哉坤元 万物資生(いたれるかなこんげんばんぶつとりてしょうず)」に由来す

る。西洋の科学と東洋の英知を融合するという気質が社名に表れている。シンボルマークは「花椿」と呼ばれ、1915年に初代社長福原信三が自らデザインし誕生して以来、資生堂の揺るぎないアイデンティティーとして現在も用いられている。 資生堂は、美しい生活文化の創造を使命として、化粧品のみならずさまざまな領域において、世界各地で事業を展開している。資生堂の海外事業が本格的にスタートしたのは、今から約60年前、台湾に現地法人を設立した1957年であった。その後、欧米各地への進出を加速し、1981年には他社に先駆けて中国事業を開始し、グローバル市場での存在感を高めている。2012年12月末時点のグローバルブランド「SHISEIDO」の展開国・地域数は89

(日本を含む)まで拡大している。3)

1

2

図1 連結売上高と各セグメント割合の推移

(億円) (%)

0

25

50

75

100

0

2,500

5,000

7,500

10,000

2010/3 11/3 12/3 (年/月)決算期

■■■

その他(右目盛)グローバル(右目盛)国内化粧品(右目盛)売上高(左目盛)

59.6

38.9

1.6

6,442

53.4

45.1

1.4

6,707

51.8

46.9

1.3

6,824

BUSINESS CASE

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資生堂

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 国内化粧品事業は主に、化粧品事業、ヘルスケア事業、その他の3つから構成される(図2左)。化粧品事業はカウンセリング化粧品、セルフ化粧品、トイレタリーの3つのセグメントに分けることができる(図2右)。カウンセリング化粧品は、「クレ・ド・ポー ボーテ」や「リバイタル グラナス」などを指す。デパートや化粧品専門店において、美容部員であるビューティーコンサルタント(Beauty Consultant、以下、BC)によるカウンセリングやワンポイントアドバイス等、美しさの提案を通じて、高・中価格帯の化粧品を提供している。セルフ化粧品は、「アクアレーベル」や「インテグレート」などを指す。コンビニエンスストアやドラッグストア等のセルフ売り場において、顧客が自由に選ぶ形の低価格帯化粧品を取り扱っている。トイレタリーには、「シーブリーズ」や「スーパーマイルド」などのヘアケア商品やボディケア商品がある。ヘルスケア事業では、「ザ・コラーゲン」などの美容食品ブランドや一般医薬品を展開している。そして、その他には、資生堂グループにありながらも、「資生堂」の名前を冠さない化粧品ブラン

ドである「イプサ」や「エテュセ」などが含まれる。4)

 グローバル事業には、化粧品事業とプロフェッショナル事業の2つがある(図3)。化粧品事業は、プレステージ領域とマステージ領域の2つに分けることができる。プレステージ領域とは、「ハイクオリティ(high quality:高品質)、ハイイメージ(high image:高イメージ)、ハイサービス(high service:高サービス)」をテーマに、デパートなどで展開する高価格帯商品領域である。海外市場の主力ブランドであるグローバルブランド「SHISEIDO」をはじめとする化粧品ブランドや、ヨーロッパ発のフレグランスブランドなどを展開している。マステージ領域は、「マス」と「プレステージ」をもとにした造語で、通常のマス商品よりも高級感はあるが、プレステージ商品に比べると値頃感がある商品領域である。中国をはじめ、将来の市場拡大が見込めるアジアにおいて積極的に展開している。この化粧品事業は、2012年3月期のグローバル事業売上高のうち、87%を占めている。残り13%を占めるプロフェッショナル事業で

図2 国内化粧品事業の売り上げ構成(2012年3月期)

その他10%

化粧品事業86%

ヘルスケア事業4%

トイレタリー15%

セルフ化粧品26%

カウンセリング化粧品59%

国内化粧品事業売上高3538億円

化粧品事業売上高3045億円

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は、スパ・サロン市場に向けて「ジョイコ」「デクレオール」「カリタ」などのブランドを展開している。5)

◉資生堂の企業理念と提供価値

 2012年は、資生堂にとって創業140周年の節目の年である。資生堂は、「大地のあらゆるものを融合することで新たな価値を創造し、お客さまのお役に立ち、美しさを通じて世のなかに貢献する」を存在意義としてきた。創業から現在に至る140周年という長い歴史のなかで、社会に貢献する経済活動の軸となっている企業理念はどのようなものだろうか。 資生堂のホームページによると、資生堂グループの企業理念は、「Our Mission, Values and Way(以下、MVW)」である。資生堂の全従業員が常に心に留めるべき存在意義や価値観、行動基準を明文化したものであり、これは

「国・組織・ブランドを問わず、資生堂グループで働く全員で共有」しているという。Our Missionは、「『資生堂グループは何をもって世の中のお役に立っていくのか』という企業使命と事業領域を定めたもの」であり、

「資生堂グループの根幹をなす普遍の存在意義」である。Our Valuesは、「Our Missionを実現するために、資生堂グループで働く1人1人が共有すべき心構えを定めたもの」であり、「仕事を進める上で常に忘れずに携えるべき価値観」である。Our Wayは、「Our Missionを実現するために、資生堂グループで働く1人1人が取るべき行動を定めたもの」であり、「国および地域の法令や社内規則の順守はもちろんのこと、より高い倫理観を持って業務に取り組むための行動基準」である。6)

 MVWは、従業員が常日頃、心に留め置くべきものであるが、それらを通してどのような企業となるかを表しているのが、「一瞬も 一生も 美しく」というコーポレートメッセージである。「美しく生きたい」という世界中の人々の願いに応えるために、資生堂が広く社会に宣言するメッセージとして作られた。これは資生堂の企業理

念に沿って、さらに徹底したお客さま志向の企業をめざすことを表している。 資生堂は、この「一瞬も 一生も 美しく」を実現するために、自社製品や独自の美容法を、BCを通して提供している。BCの使命は、お客さま1人1人の願いを叶えるために、「化粧品を通じてお客さまに美しくなっていただく提案を行う」ことである。BCによるその提案は「おもてなし」の心を持って行うサービスであり、資生堂の提供価値の根幹でもある。「おもてなし」とは、日本文化を基盤とする総合的芸術といわれる茶の湯の世界に代表される、日本独特の接客の形である。主と客が対等な立場で向き合い、本物の技と心をやり取りすることがその神髄であるとされている。7)

◉資生堂の「おもてなし」サービス

 資生堂は、海外展開当初からマーケティングポリシーとして、「三高マーケティング」を掲げている。三高マ

図3 グローバル事業の売り上げ構成(2012年3月期)

プロフェッショナル事業13%

化粧品事業87%

グローバル事業売上高3197億円

BUSINESS CASE

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資生堂

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ーケティングとは、ハイクオリティ(高品質)、ハイイメージ(高イメージ)、ハイサービス(高サービス)を指し、前述したように、同社のグローバル事業のプレステージ領域のテーマでもある。具体的には、ハイクオリティは、「商品をしてすべてを語らしめよ」という高品質を象徴するものである。ハイイメージは、カウンター、商品、ブランドの高イメージを象徴し、ハイサービスは、お客さまに対する丁寧な応対、挨拶、笑顔を象徴している。8)つまり、「高品質の商品をプレステージの高いイメージで心地よいサービスをもって、お客さまに応対すること」9)の3点をポリシーに、資生堂は魅せ方を形づくっている。 資生堂は、「ハイサービス」の実現を、「おもてなし」サービスを通じて行っている。「おもてなし」サービスは、「1人1人の肌や好みにあわせた美容法を紹介し、お客さまとの絆を紡ぐという店頭活動」であり、この際に心がける「『おもてなし』とは一方向的に施すものではなく、お客さま(受け取り側)に『快さ』を感じていただかないと成立しない」という。 資生堂中国事業部マーケティング開発部大亀雅彦

(2011年当時)は、「おもてなし」サービスを次のように説明している。

  「たとえば、毎朝庭で掃除をするように、資生堂の顔となる店頭のカウンターは常に清潔で美しく整えましょう。あるいは、客間に花を生けるように、カウンターの美容ツール、あるいは販促ツール等を常に整えておきましょう。あるいは茶室でお客さまをおもてなしするように、今日来ていただいたことに感謝し、心からありがとうという気持ちでお迎えしましょう。一期一会の出会いを大切にしましょうなどという日本の文化、習慣を例にして理解させることを徹底してきたわけです。また、たとえば、BCがお客さまに商品をお渡しする折には、きめ細かい注意を払って手早くやさしく丁寧に接すること、その精神性のある気持ちが入

ってこそ、おのずから優雅で美しい動作として表れる、というエスプリを(決して日本式を押しつけるものではなく)長い間研修してきたわけです」10)

 日本には古くから「おもてなし」の概念が存在し、それは日常生活に根づいている。しかし、海外ではそうではない。中国では国営企業の比率が以前は高く、常に商流に国が介在していたため、需要と供給のバランスが一定程度コントロールされていた。モノを売る供給者が

「商品を与える」形態となっていたため、購買力を持つはずの消費者をお客さまとして扱うサービスの概念があまり発達していなかった。そのようななかで「おもてなし」サービスを実践することは困難を極めた。中国における「おもてなし」サービスの展開は、資生堂の海外展開のなかでも特に注目すべき事例の1つとなっている。

資生堂の中国進出

 資生堂のグローバル事業成長の象徴となる中国事業は、年率2桁の成長率を維持し、2012年3月期の売上高は891億円(連結売上高に占める割合は13%)である。11)

中国との関係は、1981年の北京への化粧品輸出にまでさかのぼる。1983年には、北京市と生産技術協力協定を結び、同市とは中国事業の礎となる強固な信頼関係を築いてきた。1990年代には、北京市政府企業との合弁会社

(資生堂麗源化粧品有限公司)を設立し、高級デパートで事業を展開した。 そしてさらに1994年には、中国人女性を研究して開発した中国専用ブランド「オプレ」を導入し、中国における高級化粧品ブランドのイメージを確固たるものとした。30年にわたり、中国人女性の肌・毛髪、気候風土や原材料等を詳細に研究してきたことは、資生堂の大きな強みとなっている。

3

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めには、BC自身の経験のなかから「おもてなし」がどういったものか想像できるように、丁寧に説明する必要があった。資生堂中国事業部の美容研修を担当する竹山さとみ(2011年当時)は、資生堂が提供する「おもてなし」サービスを中国で現地のBCに伝えることについて、以下のように述べている。

  「おもてなしがどういったことかというと、親しい友人を家に招くときを例に挙げて説明します。招く前に掃除したり、おいしい料理を作ったり、お花を飾ったり、お友達が来たときに喜んでもらうようなことを自分が心がけますよね。それが、おもてなしだと。そうする動作とか気持ちが、おもてなし。お店でも同じようにしましょうと伝えます。『こんなことしてくれてありがとう』『私のためにありがとう』と、友達が思ってくれるような、それをお客さまに置き換えてやりましょう、そういう気持ちでやりましょう(と伝える)。(中略)ただ、『笑顔を作りましょう』とか、『ありがとうって言いましょう』だけだと、言葉だけになってしまうので、そのときにどう表現するか、動作に気持ちがついているかを考えてもらうことが重要です。これを理解するには、想像してもらうほうが早いため、先ほどのような例を挙げて説明します」14)

 さらに資生堂は、「おもてなし」サービスによる心地よさについて、感性工学の研究をベースに明確にしている。そしてそれらは、BC共通の行動指標「SHISEIDO BEAUTY CONSULTANT OMOTENASHI CREDO(以下、クレド)」に明記されている。クレドは、4つのキーワードと8つのアクションでまとめられている。4つのキーワードは「清潔感」「親しみやすさ」「BCとしてのプロフェッショナル」「きめ細やかな配慮」であり、それらに基づいて、整容、お客さまへの心地よい向き方・肌の触れ方、美しく見える商品の指し方、提示の仕方等のアクションポイントが記載されている。クレドは

◉�中国市場の課題�─「サービス」という概念の浸透

 30年間を振り返ると、売り上げも順調に推移し、ビジネスパートナーに恵まれたようであるが、中国市場には課題があった。改革開放以前は、資本主義のビジネスにおいて重要である「顧客ありき」の考え方が存在していなかった。中央集権の官僚制組織が商業にも波及し、自由な商業活動は許可されず、存在していたのは国営の商業者による商業活動のみであった。またモノ不足経済でもあった中国では、モノを売る側(供給側)が長い間、神様であった。そのため、サービス意識が中国のビジネスに根づくには時間を必要とした。12)

 これらは、「顧客に声をかけることも、微笑みかけることもせず、そして顧客の相談にももちろん応じない国営百貨店の販売員の振る舞い」に表れた。また、「来店した顧客が商品を見せてくれと言っても、(販売員は)黙ってモノを取り出して、投げつけるように置くだけ、そして、昼時にはカウンターの上で弁当を食べていることは、改革開放前の当時の国営百貨店ではよく見かける光景であった」13)という。

 こうした課題を解決するために、資生堂が特に注力している点が、BCの教育である。中国では、現地BCが

「おもてなし」サービスを理解し、そして実践できるよう、さまざまな工夫を行ってきた。

◉中国におけるBCの教育

 日本では、「おもてなし」は特別に意識することなく提供されるサービスである。したがって、日本におけるBCの教育では商品説明から始めるという。しかし中国では、商品説明に入る前に、まずは「おもてなし」サービスのマインドを教えることから始める。「おもてなし」が根づいていない中国で「おもてなしの心」を伝えるた

BUSINESS CASE

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資生堂

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26言語に翻訳され、中国を含む世界中のBCに提供されている。

◉「おもてなし」サービスのローカライズ

 「おもてなし」サービスを中国の現地BCに伝える一方で、国によるお客さまの違いをくみ取って、中国にローカライズした接客方法も取り入れている。竹山は、中国でお客さまを見送る際のサービスを次のように説明している。

  「最後に『ありがとうございました』とおじぎをするのは日本の常識で、中国にはそれがないため、『ありがとう』という言葉と、笑顔と、親しみやすくバイバイとやったりします。そのほうが逆にお客さまは、親しくなってくれたと思ってくださるようです」15)

 竹山は、お客さまの「おもてなし」サービスに対する受け止め方にも各国で違いがあることを語っている。

  「たとえば、お店に入ったときに、日本のお客さまはすぐに声を掛けられるとプレッシャーになるので、少し待って声をかけられると安心して(中略)中国ですと、なんで声かけてくれないのだろうって、すぐに声をかけてもらったほうが安心感を得られたりするのですね。そういったところ、意識の違いというのが応対のなかにも出てきます」16)

 資生堂では、BCの行動を規制するマニュアルのようなものはない。相手をもてなすときにはどのようにするかなど、自分で考えることを重視した「おもてなし」サービスのマインドと、中国の慣習にあわせた「おもてなし」サービスのローカライズの両輪によって、資生堂の中国事業が展開されているのである。

◉資生堂とBCの絆づくり

 企業の強みというものは、その模倣困難性にもよる。資生堂の強みである「おもてなし」サービスの優位性は、資生堂が30年以上にわたって取り組んできた中国人BCとの絆づくりに、その源泉があるのではないだろうか。資生堂とBCの絆こそが、他社との差別化要因になっていると考える。 資生堂には、自ら考えるBCを育成・評価するためのさまざまな仕組みがある。その1つが、グローバルBCコンテスト世界大会である。これは、2004年から4年に1度開催されている、BCの技術を競う世界大会である。2012年7月に開催された第3回大会の参加総数は約2万300人であった。このようなBCコンテストは、日々蓄積した、自ら考えて動く「おもてなし」サービスの力を試す場であると同時に、会社がBCをしっかり育て、その成果もしっかり見ているというBCに対する合図でもある。このような、会社がBCのことを見ているということがわかる明示的な仕組みは、BCのモチベーション向上と、提供する「おもてなし」サービスの品質向上、ひいては資生堂という会社に対する絆、つまり、ロイヤルティーの育成にも非常に重要であると考えられる(表1)。 また、資生堂はBCとコミュニケーションを取ることにも力を入れている。特に中国では転職が日常茶飯事であり、従業員の流動性が高いため、日頃からコミュニケーションを取って、チームとしての意識が生まれるための努力を行っているという。大亀は、中国での社内コミュニケーションに関して次のように述べている。

  「中国の場合、高い頻度で中国全土に広がっている関係者全員が一堂に集まって、全体会議や課題に対する打ち合わせ等をやったりしている。BC教育や営業会議の後のオフサイトの場でも、中国人と日本人が一緒になって、密にコミュニケーションを取るように心が

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けている。(中略)泥臭く思えるかもしれないけど、1人1人の顔を見ながら部下と上司がダイレクトコミュニケーションを取ることで、チームの団結力を向上させる努力をしているのですよね」17)

 こういったBCを対象としたさまざまな活動は、資生堂自身が「おもてなし」サービスをBCに対して実践し、BCという社内の存在をも、お客さまとして「おもてなし」しているようにも見える。その結果、転職のために辞めた後、また資生堂に戻ってくる人がいるという。こ

れは資生堂とBCの間に絆が生まれている結果の1つと考えられる。BCのための仕組みの構築や交流の持ち方など、30年以上にわたって継続している資生堂の人への投資と、人と人との絆が、今日に至る資生堂の中国での成功を導いていると考えられる。 とはいえ、転職することが一般的である中国市場では、資生堂で働くことが転職に向けたワンステップとしてしか捉えられていない可能性もある。そのようななか、資生堂が「おもてなし」サービスを提供する「人」に重点投資をしているリスクにも触れておく。

表1 資生堂のグローバル展開 「おもてなし」サービスの活用 サービス・プロフィット・チェーン

ターゲットとなる市場:中国市場セグメント◦中国人のカウンセリング化粧品購買層

潜在的ニーズ◦大都市では消費が成熟し、モノの充足だけではなく、「快さ」のある接客サービスが求められている

外部環境◦消費行動の変化:「大都市で女性のおしゃれに対する意識が高まり、よりランクの高い商品を求めるようになった※」◦販路の拡大:「資生堂の商品を扱う化粧品専門店は昨年末で5900店と、1年で700店増えた※」

◦「大都市は(北京、上海、成都)消費が成熟※」� ※『日本経済新聞』2012年7月2日

顧客満足◦�高品質な化粧品と、自分を丁重に扱ってくれる「おもてなし」サービスに対する高い満足度

顧客ロイヤルティー◦BCとの絆◦ブランドとの絆

海外売上高(連結売上高に占める割合)◦2008年3月期:2788億円(38.5%)◦2009年3月期:2757億円(39.9%)◦2010年3月期:2504億円(38.9%)◦2011年3月期:3026億円(45.1%)◦2012年3月期:3197億円(46.9%)

サービス・コンセプト◦「おもてなし」サービス 「おもてなし」とは一方向的に施すものではなく、お客さま(受け取り側)に「快さ」を感じていただかないと成立しない

◦4つのキーワード清潔感親しみやすさBCとしてのプロフェッショナルきめ細やかな配慮

◦アクションポイント 整容、お客さまへの心地よい向き方・肌の触れ方、美しく見える商品の指し方、提示の仕方など

オペレーション戦略とサービス・デリバリー・システム従業員満足◦目の前のお客さまに「快さ」を感じてもらうことから生まれる満足感

◦会社が見てくれているということから生まれる満足感

従業員ロイヤルティー◦お客さまとの絆◦資生堂との絆

能力◦�ただ商品を勧めるだけではなく、知識と技術に基づいたカウンセリングを通じた、顧客の課題解決のためのアドバイス 

生産性◦特定のBCが有する多くの固定客

サービス品質◦目先の売り上げではなく、顧客の立場に立ったカウンセリングの実施◦お客さまに「快さ」を感じていただくための細やかな心遣い

サポート・メカニズム(設備・仕組み)◦コミュニケーションを取るためのイベント◦グローバルBCコンテスト世界大会◦お客さまからのハガキによるダイレクトなフィードバック

BUSINESS CASE

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資生堂

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資生堂の今後のリスク

◉他社比較の視点から見る資生堂のリスク

 資生堂は、中国市場で10%前後のシェアを有しており、ロレアル、P&Gと首位争いを繰り広げている。しかし、資生堂グループ全体の財務面では、前述2社と比して、企業体力が弱いとされている。18)実際に、2011年度の売上高を見てみると、連結売上高は資生堂が6824億円であるが、ロレアルは2兆1767億円19)(201億4300万ユーロ、1ユーロ=108円換算)、P&Gは6兆8618億円20)

(836億8000万ドル、1ドル=82円換算)である(図4)。セグメント別ではなく、売上高全体での比較ではあるが、資生堂の連結売上高は、ロレアルの3分の1以下、P&Gの10分の1以下の規模となる。また、2011年度の売上高対営業利益率に関しても、資生堂が5.7%21)に対し、ロレアルは16.2%、P&Gは17.8%と、10ポイント以上の差が見られる。売上総利益率では、資生堂が76.1%

(2011年度)に対して、ロレアルは70.1%(2008年度)、22)

P&Gは49.3%(2011年度)であるので、販売費および一般管理費(以下、販売管理費)に低営業利益率の原因があることがわかる。

 では、販売管理費のうち、どの費目が営業利益率を押し下げているのだろうか。資生堂の販売管理費を見てみると、主要な費目のうち、販売管理費対人件費が最も高く、27.3%を占めていることがわかる。「おもてなし」サービスを提供するBCの人件費と思われる、この費用が継続的に必要であるとすれば、短期的に削減可能な広告宣伝費に販売管理費の3〜5割を割いている前述の2社と比べて、危機管理の柔軟性が低いといえるだろう。

◉経年比較の視点から見る資生堂のリスク

 次に、資生堂の直近3年間の経年比較をしてみよう。売上高は、3年間の実績年平均成長率は2.9%と堅調に推移している。その売上高をセグメント別の割合で見ると、2012年3月期の国内化粧品事業は2010年3月期と比較して約8ポイントのマイナスであるが、グローバル事業では8ポイントのプラスになっている(図1)。資生堂の売上高に占める国内化粧品事業の割合の減少から、国内市場縮小を前提とすれば、海外市場拡大とともに、BCの雇用人数や給与水準も増大していくと考えられる。長期的な投資が必要である資生堂のBCによる「おもてなし」サービスが、今後の展開において企業価値を保つためには、そのリスクマネジメントとともに展開を進め

4

図4 資生堂と競合2社の売上高と営業利益率(2011年度)

(十億円) (%)

■売上高(左目盛) 営業利益率(右目盛)

682

6,862

2,177

5.7

17.8

16.2

0

5

10

15

20

0

2,000

4,000

6,000

8,000

資生堂 P&G ロレアル

(注)営業利益率は営業利益を売上高で割って算出。

Page 10: No. 108 資生堂...一橋ビジネスレビュー 2013 WIN. 143はじめに 資生堂は、化粧品、化粧用具、トイレタリー製品など の製造・販売を行う国内第1位、世界第5位1)(2011年

一橋ビジネスレビュー 2013 WIN. 151

る必要がある。

さらなる「おもてなし」サービスの展開

 資生堂は89カ国目の展開国として、2012年5月より、日本の化粧品ブランドとしては初めてアルゼンチン共和国で化粧品販売を開始した。

「資生堂は、『日本をオリジンとし、アジアを代表するグローバルプレイヤー』をめざし、『成長軌道に乗る』ことをテーマとした3カ年計画(2011〜2013年)に取り組んでいます。成長のけん引となる海外事業においては、中国に続く、次の成長エンジンづくりとして、新興国への対応強化を進めています。なかでも、高い経済成長を続ける中南米市場については、2010年11月よりコロンビア、2011年1月よりパナマにて販売を開始し、資生堂ブランドの売り上げ、プレゼンスの拡大を進めています。一方、アメリカ、日本に続き世

界3位の化粧品市場であるブラジルについては、今年(2012年)5月より、100%子会社の『資生堂ブラジル』を通じて、北米の子会社ブランド『ベアミネラル』を投入し、資生堂グループとしての取り組みを強化していきます」23)

 台湾(1957年)、シンガポール(1970年)、タイ(1972年)、中国(1981年)等のアジア諸国への進出のみならず、今回は中南米市場への進出となる(カッコ内は進出年)。中国人は一度受けた恩義は忘れず、信頼を得ると深く付き合うことができる気質だという。「おもてなし」サービスはそうした気質に合ったサービスであったとも考えられる。日本文化のエスプリを起源とする「おもてなし」サービスを、アジア以外の地域へどのように伝えるか、またどのように現地に即してローカライズするか、中国とはまた異なったケースになるだろう。そして、新たな市場への進出であるため、人材育成に関しても前述のような顕在リスクを踏まえ、資源投資を行っていく必要があるだろう。

(文中敬称略)

5

1 WWD.com (http://www.wwd.com/beauty-industry-news/financial/wwd-beauty-incs-top-100-the-top-10-6142686)における化粧品部門の売り上げデータでの比較(2012年8月10日確認)。

2 資生堂「アニュアルレポート2012」pp.16-17。3 資生堂「アニュアルレポート2012」pp.42-43。4 資生堂「アニュアルレポート2012」pp.36-37。5 資生堂「アニュアルレポート2012」pp.14-15。6 資生堂ホームページ(http://www.shiseido.co.jp/〈2012年11月5日

確認〉)。7 NHK「クローズアップ現代」2010年7月26日放送。8 独立行政法人経済産業研究所ホームページ(http://www.rieti.go.jp/

jp/events/bbl/03121701.html〈2012年10月13日確認〉)。 9 「第4回 サービス・イノベーション国際シンポジウム」(2011)、京

都大学経営管理大学院にて。10 筆者が2011年12月26日に行った資生堂中国事業部マーケティング開

発部大亀雅彦氏へのインタビューより。11 資生堂「アニュアルレポート2012」pp.46-47。

12 張智利(2010)『メガブランド─グローバル市場の価値創造戦略』碩学舎、p.167にくわしい。

13 注12と同じ。14 筆者が2011年12月26日に行った資生堂中国事業部竹山さとみ氏への

インタビューより。15 注14と同じ。16 注14と同じ。17 注10と同じ。18 「極意は『組織』に組み込む─一発屋で終わらせない先進企業の

試み」『日経ビジネス』2008年4月21日号、pp.38-39。19 ロレアル「アニュアルレポート2011」。20 P&G「アニュアルリポート2012」。21 資生堂 「第112期(自平成23年4月1日 至平成24年3月31日)有価

証券報告書」。22 OneSource.入手可能なロレアルの売上総利益率は2008年度が直近。23 資生堂、ニュースリリース(http://group.shiseido.co.jp/releimg/

2013-j.pdf〈2012年11月5日確認〉)。

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