ii-1 レーザー駆動単色量子ビームの物理と応用 ーはじめにー ·...

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II-1 レーザー駆動単色量子ビームの物理と応用 ーはじめにー Physics and applications of laser-driven monochromatic quantum beam -introduction- 大阪大学レーザーエネルギー学研究センター 西村博明 Institute of Laser Engineering, Osaka University H. NIshimura 超高強度レーザーを集光照射することにより発生した高温プラズマからは、テラヘルツから X線、γ線にわたる広範囲の電磁波や、百億電子ボルトを超える高エネルギー粒子(電子、陽電 子、イオン)ビームが放出される。特にプラズマ航跡場や原子内殻励起放射、X線レーザー等を 用いれば量子ビームを極めて狭いエネルギー範囲に高効率に集中させることができ、医療診断、 放射線治療、薬物検出、非破壊検査等への幅広い応用が期待されるため、安全・安心社会の実現 へ向けた国際競争力のある科学技術の発展に貢献できる。 近年、小型高繰り返し、極短パルス高強度レーザー技術の進歩は著しく、これを用いた単色高 エネルギー量子放射源は、このような利用技術の革新をもたらす高いポテンシャルを有している。 例えば、高強度レーザー生成プラズマによりコンパクトな単色量子ビーム源が実現すれば、重イ オン加速器など巨大な装置を用いること無しに、病院単位で設置できるため、上記のような治療 法の飛躍的な普及に繋がる可能性が高い。また、レーザープラズマ放X線源は、従来のX線管と 放射光の中間的な立場に位置するコンパクト光源として、X線光学、物性、医学物理、材料加工 などの研究現場でも広がりを見せはじめている。欧米におけるこうした研究は、レーザー発生、 ターゲット製作、プラズマ発生と計測、理論・シミュレーションなど総合的に、多数の研究機関 が連携していち早く精力的に実施されているが、このようなレーザープラズマ放射単色量子ビー ムの開発研究は世界的にみても緒についたばかりであり、レーザーと物質との相互作用研究から レーザー技術の革新まで幅広い研究を強力に推進する必要がある。 本シンポジウムは、このような高出力レーザーにより生成されたプラズマ放射光エネルギー粒 子やテラヘルツ波、X線などに焦点をあて、その発生物理モデル、シミュレーション、実験デー タ、さらには応用の現状について、それぞれの分野を代表する研究者に最新に研究成果をご講演 いただき、これらをベースに参加者らが今後の研究の方向性やアプローチを議論する。

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  • II-1 レーザー駆動単色量子ビームの物理と応用 ーはじめにー

    Physics and applications of laser-driven monochromatic quantum beam -introduction-

    大阪大学レーザーエネルギー学研究センター

    西村博明

    Institute of Laser Engineering, Osaka University H. NIshimura

    超高強度レーザーを集光照射することにより発生した高温プラズマからは、テラヘルツから

    X線、γ線にわたる広範囲の電磁波や、百億電子ボルトを超える高エネルギー粒子(電子、陽電

    子、イオン)ビームが放出される。特にプラズマ航跡場や原子内殻励起放射、X線レーザー等を

    用いれば量子ビームを極めて狭いエネルギー範囲に高効率に集中させることができ、医療診断、

    放射線治療、薬物検出、非破壊検査等への幅広い応用が期待されるため、安全・安心社会の実現

    へ向けた国際競争力のある科学技術の発展に貢献できる。

    近年、小型高繰り返し、極短パルス高強度レーザー技術の進歩は著しく、これを用いた単色高

    エネルギー量子放射源は、このような利用技術の革新をもたらす高いポテンシャルを有している。

    例えば、高強度レーザー生成プラズマによりコンパクトな単色量子ビーム源が実現すれば、重イ

    オン加速器など巨大な装置を用いること無しに、病院単位で設置できるため、上記のような治療

    法の飛躍的な普及に繋がる可能性が高い。また、レーザープラズマ放X線源は、従来のX線管と

    放射光の中間的な立場に位置するコンパクト光源として、X線光学、物性、医学物理、材料加工

    などの研究現場でも広がりを見せはじめている。欧米におけるこうした研究は、レーザー発生、

    ターゲット製作、プラズマ発生と計測、理論・シミュレーションなど総合的に、多数の研究機関

    が連携していち早く精力的に実施されているが、このようなレーザープラズマ放射単色量子ビー

    ムの開発研究は世界的にみても緒についたばかりであり、レーザーと物質との相互作用研究から

    レーザー技術の革新まで幅広い研究を強力に推進する必要がある。

    本シンポジウムは、このような高出力レーザーにより生成されたプラズマ放射光エネルギー粒

    子やテラヘルツ波、X線などに焦点をあて、その発生物理モデル、シミュレーション、実験デー

    タ、さらには応用の現状について、それぞれの分野を代表する研究者に最新に研究成果をご講演

    いただき、これらをベースに参加者らが今後の研究の方向性やアプローチを議論する。

  • Prospectsandlimitsoflaserparticleandphotonacceleration

    SergeiV.BULANOV

    APRC,JapanAtomicEnergyAgency,8-1Umemidai,Kizugawa,Kyoto619-0215

    Theprogressintheultra-intenselasertechnologiescontinuestoopenupnewfieldsofphysics.

    Thelaseracceleratordevelopmententersanewmaturedstageatwhichitbecomespossibleto

    manipulate inacontrollablewaytheparametersofacceleratedchargedparticlebeams.Inthe

    electronacceleration theparticle injectionbybreakingwakewaves leftby the laserpulse in

    underdenseplasmasorbyinteractingtwolaserpulsesresultsinthequasi-mono-energeticbeam

    production.Whentheionsareacceleratedduringthelaser-matterinteractionthetailoredmulti-

    layerfoiltargetsprovideconditionsforthehighqualityprotonbeamgeneration.Whenthelaser

    pulseradiationpressureisdominant,thelaserenergyistransformedefficientlyintotheenergy

    of fast ions.Ultrahigh intenseelectromagnetic fieldscanbegenerateddue to the laserpulse

    compression, carrier frequency upshifting, and focusing by a counterpropagating breaking

    plasmawave,relativisticflyingmirrors.

    [1]S.V.Bulanov,T.Zh.Esirkepov,andT.Tajima,Phys.Rev.Lett.91,085001(2003).

    [2]G.Mourou, et al., Rev.Mod. Phys. 78, 309

    (2006).

    [3] M. Borghesi, et al., Plasma Phys. Control.

    Fusion48,B29(2006).

    [4]M.Kando,etal.,Phys.Rev.Lett.99,135001

    (2007).

    II - 2

  • * 現所属: 高エネルギー加速器研究機構

    位相回転によるレーザー生成イオンビームの

    単色化・高品位化とその応用

    Quality Improvement and Monochromatization of Laser-Produced Ions

    with Phase Rotation and its Possible Application 野田章1,池上将弘1,白井敏之1,岩下芳久1,中村衆1,*

    大道博行2西内満美子2織茂聡2余語覚文2セルゲイ ブラノフ2長島章2木村豊秋22田島俊樹2

    京大化研1、日本原子力研究開発機構・関西光科学研究所2

    Akira NODA1, Masahiro IKEGAMI1, Hiroyuki DAIDO2 ,Satoshi ORIMO2, Mamiko NISHIUCHI2,

    Akifumi YOGO2 et al.

    ICR, Kyoto University1, KPSI・JAEA2

    固体薄膜に高強度短パルスレ−ザーを照射して生成されるプラズマからのイオンビーム生成は、従来の加速

    器に比して数桁大きな加速勾配の実現が可能となるため近年注目を集めているが、このプラズマからのイオ

    ンビーム生成は熱的過程であり、生成イオンのエネルギー分布は Maxwell 分布に従っており、エネルギース

    ペクトルは高エネルギーになるに従い指数関数的に強度が減少しており、実用化の観点から大きな障害とな

    っていた。

    こうした状況を改善するため、我々は高強度パルスレーザーと位相同期した高周波電場を用いて、レーザ

    ー生成イオンを加・減速することによりそのエネルギー幅を縮減し、準単色イオンビームの実現を図ることを提

    唱し、原研・関西研の高強度短パルスレーザーJLITE-X 及び JKAREN を用いてその実証を行った。図1に

    JLITE-X を用いて位相回転により実現したエネルギーピーク生成を示した[1]。

    レーザーと高周波電場に位相差を持ち込まない場合(図の△印の場合)、レーザー光照射ターゲットから位相

    回転空胴のギャップまでの生成陽子の飛行時間が高周波電場の周期(周波数80.7MHzの逆数の12.4 ns。レー

    ザーの周期と一致させている)の整数倍(図の左のピークからそ

    れぞれ10, 9, 8倍に相当)になるエネルギーにピークが生成され

    ている事が判明し、このピーク位置はレーザーと高周波電場の

    相対位相を制御することにより制御可能であることが判明した。こ

    れにより、レーザー生成陽子のエネルギー幅を再現性良く縮減

    し、そのピーク位置も自由に制御できることが判明し、イオン照射

    等への応用に関しての適用が可能と考えられている。

    がん治療等の医学利用に向けては、レーザー生成イオンの更

    なる高エネルギー化が不可欠であるが、上記の位相回転をより

    高エネルギーの陽子ビームに対して適用可能とするためのマル

    チギャップ位相回転空胴のアイデアに関しても計算機シミュレー

    ションをベースにそのフィージビリティーの検討を進めており、そ

    の現状に関しても紹介したい。

    [1] Jpn. J. Appl. Phys. Express Letter, Vol.46, No.29 (2007) , L717-L720.

    図1。位相回転によるレーザー生成陽子の

    エネルギーピーク生成([1]より転載)。

    II-3

  • レーザー・テラヘルツ波放射とその物理

    Terahertz radiation from laser plasmas and its physics

    ○長島 健 1,萩行正憲 1,阪部周二 2,橋田昌樹 2,菜嶋茂喜 3,細田 誠 3、織茂 聡 4,大道博行 4 1阪大レーザー研,2京大化研,3阪市大工,4原研関西

    ○T. Nagashima1, M. Hangyo1, S. Sakabe2, M. Hashida2, S. Nashima3, M. Hosoda3, S. Orimo4, H. Daido4 1ILE, Osaka Univ., 2ICR, Kyoto Univ., 3Faculty of Engineering, Osaka City Univ., 4JAERI APRC

    高出力レーザーによって生成されたプラズマからはテラヘルツ波からガンマ線に及ぶ種々の波長を持った電磁波

    が放射される.1980年代後半に半導体素子にフェムト秒レーザーを照射してテラヘルツ波パルスを放射及び検出す

    る手法が開発され,テラヘルツ波を用いた応用技術が格段に加速した.測定(特にイメージング測定)の高速化及

    び高精度化のためには高強度テラヘルツ光源が必要となる.従来用いられている半導体素子では励起レーザー光強

    度が大きくなると破壊されてしまうためテラヘルツ波の強度には限界があるが,レーザープラズマではそのような

    制約はない.そこでレーザープラズマの高強度あるいは高効率テラヘルツ波光源としての可能性及び放射機構に興

    味が持たれている.本講演で紹介する研究は連携融合研究「ペタワットレーザー駆動単色量子ビームの科学」の研

    究課題「高輝度テラヘルツ波の発生とその機構の解明」で実施されているものである.

    高強度及び高効率テラヘルツ波発生のためにはターゲットの選択が重要と考えられる.気体は固体と違ってレー

    ザー照射時のデブリは発生せず,かつターゲットの供給が容易などの利点があるが,レーザー光吸収率ならびにプ

    ラズマ密度が小さいので放射テラヘルツ波強度は小さい.そこでターゲットとして原子クラスタを用いる.原子ク

    ラスタの光吸収率は同程度の原子密度の気体と比べ数 10 倍大きい.高真空チャンバーに高圧アルゴンガスを噴射

    しアルゴンクラスタ(注入圧力 7 MPaでは直径 1 µm程度)を生成する.そこに中心波長 800 nm,パルス幅 130 fs,

    エネルギー50 mJ程度の 10 TW級フェムト秒レーザーの光パルスを集光する.放射されたテラヘルツ波強度を液

    体ヘリウム冷却 InSbボロメータで計測したところ,同程度の原子密度の気体ターゲットに比べ数 10倍の増強され

    たテラヘルツ波放射が観測された.これは主としてクラスタの光吸収率が気体に比べ大きいためと考えられる.放

    射機構を調べるためテラヘルツ波の放射強度分布を測定した結果を図 1に示す.これまでに 10 TW級フェムト秒

    レーザーで生成したレーザープラズマからのテラヘルツ放射機構としてポンデロモーティブ力あるいはレーザー航

    跡場によって加速された電子の運動による放射,加速電子による遷移放射などが提案されているが,現時点ではい

    ずれも測定結果を十分に説明できない.測定データの精度向上と合わせて適切なモデル構築が必要とされている.

    固体ターゲットを用いた場合にはさらに高強度なテラヘルツ波が観測されている.チタン箔にパルス幅 120 fs,

    エネルギー110 mJ 程度の光パルスを集光し,光パルスの反射方向に放射されるテラヘルツ波強度を測定した.テ

    ラヘルツ波は焦点距離 50 mm,直径 1.5インチの樹脂レン

    ズでコリメートした後,検出器に導いている.放射されたテ

    ラヘルツ波は低感度な室温動作の焦電検出器で十分に検出

    できた.テラヘルツ波強度は広い範囲でレーザー強度の 2

    乗以上に比例して増大している.今後レーザー強度を増すこ

    とでさらなるテラヘルツ波強度増大が期待できる.

    固体ターゲットからはプロトンの放出も観測されている.

    (例えば生体物質に関して)プロトン照射-テラヘルツ波プ

    ローブ測定のようなマルチ量子ビーム計測の実現も期待さ

    れる. 図 1 アルゴンクラスタターゲットからのテラヘルツ波放射パターン.

    0.0

    0.5

    1.0

    1.5

    2.0

    2.5

    0

    20

    0.0THz

    powe

    r(ar

    b.un

    its)

    3.2×1016 W/cm2, 7 MPa

    0

    20

    40

    6080100

    120

    140

    160

    180

    Horizontal pol.Vertical pol.

    Laser pulses

    II-4

  • レーザー励起単色X線放射とその物性応用

    X-ray radiation from laser-produced plasmas for time-resolved

    spectroscopy 中野秀俊、西川正、小栗克弥

    NTT物性科学基礎研究所 日本電信電話株式会社 Hidetoshi NAKANO, Tadashi NISHIKAWA, and Katsuya OGURI

    NTT Basic Research Laboratories, Nippon Telegraph and Telephone Corp.

    高強度レーザーによって生成される高温高密度プラズマは、高輝度X線源として種々の分野での応用が期待されている。励起光源として高強度フェムト秒レーザーを利用すると、広帯域をカバーする短パルスX線源が実現され、得られるX線パルスとレーザーパルスとが同期しているために、高時間分解能を有するX線回折、吸収分光等を可能とし、光励起物質の構造・状態に関するフェムト~ピコ秒領域の動的過程を原子スケールで解明するための有力な道具となる。本稿では、フェムト秒レーザープラズマからの(軟)X線パルス発生効率向上に関する我々の実験結果を紹介する。 波長790 nm、パルス幅100 fsのレーザーパルスにて生成された Al プラズマからのX線発光スペクトルを図1 に示す。実験で使用した集光強度程度では、比較的価数の低いイオンからの輝線発光が連続的な発光スペクトルに重畳して現れる。波長 14 nm における発光量は109 ph/sr/Å 程度と見積もられた。また、パルス幅をストリークカメラで計測すると、装置の分解能にほぼ等しく~ 3 psであった。 入射レーザー光をP偏光とし、共鳴吸収量から平均電子温度を求め、Maxwell分布を仮定して高速電子生成量を見積もった。高速電子により厚さ dμ μmの薄膜における原子から輻射される Kα発光を近似計算することにより、Kα線発光への変換効率ηを励起光強度 I、原子番号Z、光吸収係数αの関数として表す近似式として

    ( )

    !!"

    #

    $$%

    &''(

    )**+

    ,---'

    '(

    )**+

    ,

    +.

    -

    -

    2

    67.1

    46

    22 50exp1exp

    101

    10

    Z

    d

    Z

    Z µ//01

    ,

    ( )3/2

    216

    25.1

    W/cm10/

    97.0

    13 I

    Z

    !" #

    $

    %&'

    ()

    を得た。Al(Z=13)をターゲットとし、パルス幅 100 fsの Ti:Al2O3レーザパルス(入射角 30˚)によって生成されるプラズマからのKα発光を励起光強度(図2)、Al膜厚の関数として計測したところ、上記の近似式で予測される値と良い一致を見た。膜厚の増加に伴い発光量も増大

    図 1 AlプラズマからのX線発光スペクトル

    図 2 Al-Kα発光の励起光強度依存性

    II-5

  • するが、ターッゲト中での電子走行時間を考慮すると、Kα発光時間をレーザーパルス幅の 2 倍以下に留めるためには、膜厚に上限が存在し、近似計算の結果、Alの場合には5 μmと求められた。 こうした短パルスX線を応用に供するためには、十分な光子数が必要であり、そのために我々はレーザー光からX線への変換効率向上を目指し、いくつかの手法を試みた。手法は2通りのアプローチに大別される。第一には、プラズマ生成用のレーザーパルスの操作である。その典型が、プリパルスの導入である。この手法によればパルス幅は広がるが、発光量増強効果が高く、プリパルス条件によって高強度主パルス光と相互作用するプリプラズマ条件を制御することが可能であり、得られるX線パルスの発光量、パルス幅、スペクトル分布を目的に応じて制御し得る点に特徴がある。第二には、プラズマ生成用ターゲットの工夫である。必要となる波長域に強い発光遷移を有する材料を選択することが重要である。また、ターゲット表面に微細構造を設けると、レーザー光との相互作用体積が拡大され、X線発生効率の向上が期待される。以下では、微細構造ターゲットによるX線発生効率向上について述べる。 X線発生効率向上のためには、レーザー光とターゲットとの相互作用領域の拡大が必要である。平板な金属ターゲットでは、原子密度が高いためにレーザー光との相互作用領域が表皮深さ(~ 10 nm)以下に制限される。ターゲット表面の平均的な原子密度を低くすることにより、レーザー光との相互作用領域拡大が期待される。しかし、生成されたプラズマの冷却速度を高く保ち、X線パルス幅拡大を抑制するためには、局所的な密度を高く保つことが要請される。こうした条件を同時に満たすものとして、ポーラス、ナノホール、ナノチューブなどのナノ構造配列を有するターゲットが着目されている。 図3に示すように、垂直配向カーボンナノチューブを利用すれば、生体観測などで重要な水の窓領域における軟X線パルスの発生効率を一桁近く向上させることができる。ここで得られた軟X線光量は、密着型X線顕微鏡への応用を考えた際に、1パルス照射で100 nm以下の分解能を実現可能な水準である。また、パルス幅は26 psであった。 単色X線発生の観点から、さらに興味深いことは、基板(シリコン)からのKα線発光(1.7 keV)が、やはり一桁近く増強されたことである(図4)のkeV領域のX線に関しては、カーボンナノチューブで増強されたX線パルスのパルス幅も、ストリークカメラの測定分解能(~ 3 ps)以下であった。レーザー光と直接相互作用するカーボンナノチューブにおいて効率良く高速電子が生成され、この高速電子が基板であるシリコンを励起することによって、Si Kα発光が強調されたものと解釈される。従って、カーボンナノチューブを成長させる基板を別の材料に変えることにより、基板材料を構成する元素の特性X線を強力に発生させることが可能になるものと期待される。こうした特性X線短パルス発生の増強手法は、大出力レーザーを用いないと発生させにくい硬X線パルスの発生を比較的小型のレーザーでも可能とするものであり、例えば時間分解X線回折などへの応用を考える際に有効な手段であると考えられる。 カーボンナノチューブターゲットを作製、提供頂いたノースカロライナ大O. Zhou 教授、JASRI 渡辺義夫氏、NTT物性研鈴木哲氏に感謝します。

    図 4 カーボンナノチューブ塗布ターゲットからの

    keVX線発光スペクトル

    図 3 カーボンナノチューブターゲットからの水の

    窓領域軟X線発光スペクトル