hybridcast を支える技術 -...

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Hybridcastは放送と通信を組み合わせたサービスを実現するための技術基盤である。 Hybridcastによって,放送と通信のそれぞれの利点をより効果的に組み合わせた多様な サービスを実現することができる。本稿では,Hybridcastのために開発した特徴的な技 術を紹介する。 1.まえがき Hybridcast *1 Hybridcastは(財)NHK-ESの 登録商標です。 *1 は高度な放送通信連携サービスを実現するための技術基盤である。 Hybridcastでは,これまでのデータ放送やVOD(Video On Demand)サービスとは異 なり,放送と通信のそれぞれの利点をより効果的に組み合わせたサービスを実現するこ とができる。例えば,放送中の番組をより魅力的にするコンテンツを通信経由で受信し, TV画面に同時に表示させるサービスや,TVを見ている個々の視聴者の好みに合わせて, その番組に関連する情報をそれぞれの視聴者の携帯端末に表示させたりすることができ る。本稿では,Hybridcastの機能を実現するために開発した新しい技術を紹介する。 2.Hybridcastにおける新技術 2.1 Hybridcastにおけるサービスの実現形態 Hybridcastで提供されるさまざまなサービスは,アプリケーションと呼ばれるソフト ウエアを受信機で実行することで実現される。現在はサービスを利用する度にアプリ ケーションを通信経由でダウンロードして実行することを想定している。以下,サービ スを実現する手順を説明する。まず,受信機は放送波または通信経由でアプリケーショ ン制御情報 *2 アプリケーションが有るか無い かを受信機に知らせたり,アプ リケーションの起動・終了など を制御したりするための情報。 *2 を受信する。このアプリケーション制御情報にはアプリケーションを起 動・終了するためのコマンドやアプリケーションを配信しているサーバーの情報などが 含まれている。これらの情報を基に,受信機はアプリケーション配信用サーバーからア プリケーションをダウンロードする。ダウンロードされたアプリケーションを起動する と,アプリケーションはネットワーク上のさまざまなサーバーと通信を行ってサービス を実現する。このようにアプリケーションはサーバーとの通信機能を持っているので, サービスの実現に必要なさまざまな処理を受信機のアプリケーションだけでなく,処理 能力の高いサーバーで行うことができる。Hybridcastでは,容易に受信機とサーバーに 処理を分担させることができるので,提供できるサービスの自由度は大きい。また, サーバーとの通信機能に放送番組と連携するための仕組みを用意しているので,放送番 組に同期して通信からの情報を利用することができる。これらの仕組みにより,放送と Hybridcast を支える技術 武智 馬場秋継 大亦寿之 解説 NHK技研 R&D/No.133/2012.5 20

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Page 1: Hybridcast を支える技術 - NHKHybridcastは放送と通信を組み合わせたサービスを実現するための技術基盤である。Hybridcastによって,放送と通信のそれぞれの利点をより効果的に

Hybridcastは放送と通信を組み合わせたサービスを実現するための技術基盤である。Hybridcastによって,放送と通信のそれぞれの利点をより効果的に組み合わせた多様なサービスを実現することができる。本稿では,Hybridcastのために開発した特徴的な技術を紹介する。

1.まえがきHybridcastⓇ*1

Hybridcastは(財)NHK-ESの登録商標です。

*1は高度な放送通信連携サービスを実現するための技術基盤である。Hybridcastでは,これまでのデータ放送やVOD(Video On Demand)サービスとは異なり,放送と通信のそれぞれの利点をより効果的に組み合わせたサービスを実現することができる。例えば,放送中の番組をより魅力的にするコンテンツを通信経由で受信し,TV画面に同時に表示させるサービスや,TVを見ている個々の視聴者の好みに合わせて,その番組に関連する情報をそれぞれの視聴者の携帯端末に表示させたりすることができる。本稿では,Hybridcastの機能を実現するために開発した新しい技術を紹介する。

2.Hybridcastにおける新技術2.1 Hybridcastにおけるサービスの実現形態Hybridcastで提供されるさまざまなサービスは,アプリケーションと呼ばれるソフトウエアを受信機で実行することで実現される。現在はサービスを利用する度にアプリケーションを通信経由でダウンロードして実行することを想定している。以下,サービスを実現する手順を説明する。まず,受信機は放送波または通信経由でアプリケーション制御情報*2

アプリケーションが有るか無いかを受信機に知らせたり,アプリケーションの起動・終了などを制御したりするための情報。

*2を受信する。このアプリケーション制御情報にはアプリケーションを起動・終了するためのコマンドやアプリケーションを配信しているサーバーの情報などが含まれている。これらの情報を基に,受信機はアプリケーション配信用サーバーからアプリケーションをダウンロードする。ダウンロードされたアプリケーションを起動すると,アプリケーションはネットワーク上のさまざまなサーバーと通信を行ってサービスを実現する。このようにアプリケーションはサーバーとの通信機能を持っているので,サービスの実現に必要なさまざまな処理を受信機のアプリケーションだけでなく,処理能力の高いサーバーで行うことができる。Hybridcastでは,容易に受信機とサーバーに処理を分担させることができるので,提供できるサービスの自由度は大きい。また,サーバーとの通信機能に放送番組と連携するための仕組みを用意しているので,放送番組に同期して通信からの情報を利用することができる。これらの仕組みにより,放送と

HybridcastⓇを支える技術

武智 秀 馬場秋継 大亦寿之■

解 説

NHK技研 R&D/No.133/2012.520

Page 2: Hybridcast を支える技術 - NHKHybridcastは放送と通信を組み合わせたサービスを実現するための技術基盤である。Hybridcastによって,放送と通信のそれぞれの利点をより効果的に

番組1開始

放送からアプリケーション1の起動信号

放送からアプリケーション1の停止信号

編成チャンネルとは連動しない非連動アプリケーション

ユーザーが任意のタイミングで起動

番組が終了しても実行継続

チャンネル変更しても実行継続

ユーザーが任意のタイミングで終了

放送からアプリケーション2の起動信号

編成チャンネルの変更によって,アプリケーション2が終了

チャンネル変更

編成チャンネル1番組1

アプリケーション1番組1の連動アプリケーション 番組2の

連動アプリケーション

アプリケーション3

アプリケーション2

編成チャンネル1番組2

編成チャンネル2番組1

番組1終了番組2開始

視聴しているチャンネル

連動アプリケーション

非連動アプリケーション

通信の機能をより深く組み合わせたサービスを実現することができる。2.2 Hybridcastの新技術とその役割Hybridcastを実現するために,アプリケーション制御技術,アプリケーション管理技術,同期提示技術,端末連携技術を新しく開発した。アプリケーション制御技術はアプリケーションの起動と終了を制御するための技術である。Hybridcastで実現しようとする多様なサービスに対応して,さまざまな方法で起動と終了をすることができる。アプリケーション管理技術は視聴者の利便性を損なうことなく,受信機上で放送番組とアプリケーションを共存できるようにするための技術である。放送事業者以外の事業者によるサービスが想定されるHybridcastでは,放送番組や視聴者を保護するために,アプリケーションの動作を管理する必要がある。同期提示技術は,放送と通信の複数の伝送路を利用して送られるストリーム間の同期をとるための技術である。この技術を用いることで,放送番組と通信コンテンツを密接に融合したサービスを実現することができる。端末連携技術は受信機とタブレット端末などとの間で通信を行うための技術である。この技術を利用することで,多様な情報の提示方法やインターフェースが実現される。この端末連携技術と同期提示技術はアプリケーションが受信機のAPI(ApplicationProgramming Interface)を呼び出して使う技術である。以下,4つの新しい技術の詳細を述べる。

3.アプリケーションの種類とその制御技術Hybridcastのアプリケーションは放送番組に関連する連動アプリケーションと,放送番組に関連しない非連動アプリケーションに分類できる。連動アプリケーションは編成チャンネル *3

3桁のチャンネル(ch)番号が割り当てられた論理的なチャンネル。例えば,NHK総合テレビの011ch,NHK教育テレビの021chなどが該当する。

*3に関連付けられたアプリケーションで,放送番組をより深く,より楽しく視聴するためのサービスを実現するために有効である。1図に,視聴している編成チャンネルと連動アプリケーションおよび非連動アプリケーションの起動タイミングと終了タイミングを示す。連動アプリケーションは連動する編成チャンネルを視聴中の間だけ起動され,視聴している編成チャンネルを変更した場合には動作を終了する。非連動アプリケーションは編成チャンネルに関連付けられていないアプリケーション

1図 編成チャンネル,番組の進行と連動・非連動アプリケーションの関係

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電源ON「アプリケーションメニュー」画面・起動可能な連動アプリケーション と非連動アプリケーションをリス トで表示・リモコンでアプリケーションを選 択・起動・受信機の機能として実装

チャンネル選択後自動起動か「連動サービス起動」操作→ 放送信号で通知されたアプリケーションを起動

「メニュー起動」操作

チャンネル変更操作などで連動アプリケーションは自動終了

メニューからアプリケーションを選択

非連動アプリケーションはユーザーの手動で終了

データ放送からの遷移

「トップメニュー アプリケーション」

各種連動アプリケーション

非連動アプリケーション

番組連動アプリケーション

アプリケーションメニュー

データ放送(現行サービス)

デジタル放送

アプリケーション間で起動 アプリケーション

間で起動

で,番組とは関係の無いさまざまなサービスを提供するための手段である。1図に示すように,視聴している編成チャンネルを変更してもそのアプリケーションは動作を継続する。非連動アプリケーションの起動・終了などの制御は原則としてユーザーが行う。2図にHybridcastのアプリケーションの起動シーケンスの例を示す。2図に示した例では,起動操作やデータ放送からの遷移などの複数の方法で「トップメニューアプリケーション」が起動される。「トップメニューアプリケーション」は連動アプリケーションの1つであり,このアプリケーションを通して他の連動アプリケーションが起動される。起動された連動アプリケーションはチャンネル変更操作などで自動的に終了する。一方,非連動アプリケーションはメニュー起動操作で表示されるアプリケーションメニューの中から視聴者が選択し,手動で起動して終了する。以下,2図の例に沿って各アプリケーションの制御方法を説明する。3.1 連動アプリケーションの制御方法連動アプリケーションは視聴中の編成チャンネルで放送されている番組に連動して,自動的に起動・終了する。このような制御を行うためには,アプリケーション名,アプリケーションID,自動起動および強制終了などを制御するための制御コマンド,アプリケーションの配信用サーバーのロケーション情報(URL等)などが必要である。これらの情報を含んでいるアプリケーション制御情報を放送局は編成チャンネルに関連付けて配信する。3.2 非連動アプリケーションの制御方法受信機は非連動アプリケーションを配信しているサーバーから非連動アプリケーションのリスト情報を取得する。このリスト情報にはアプリケーション制御情報そのものかそのロケーション情報(URL等)が含まれている。ユーザーは配信されたリスト情報をTV画面に表示させ,リストアップされた複数のアプリケーションの中から希望のアプリケーションを起動させる。非連動アプリケーションはユーザーが任意のタイミングで起動・終了することができる。3.3 アプリケーションのその他の起動方法Hybridcastのアプリケーションを起動するその他の方法として,データ放送からの起

2図 Hybridcastのアプリケーション起動シーケンスの例

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放送局

アプリケーション制作者

アプリケーション登録

アプリケーション取得ID=10011001

アプリケーション登録ID=0010101

アプリケーション配信サーバー

Hybridcast受信機

秘密鍵

公開鍵

ID=00101011

CRL取得(放送または通信)

署名・ID検査

署名生成

動や,起動中のアプリケーションが他のアプリケーションを起動する方法を想定している。アプリケーションを多様な方法で起動できるようにすることで,放送・通信の各種サービス間のシームレスな遷移を実現することができる。

4.アプリケーション管理技術Hybridcastでは放送事業者以外の事業者がサービスを提供することが可能である。この場合,提供されるアプリケーションの動作を放送事業者が確実に把握することが困難になることも想定される。そこで,放送コンテンツや視聴者を保護するために,アプリケーション認証方式,画面提示制御方式,受信機APIのアクセス制御方式を開発した。4.1 アプリケーション認証方式受信機で実行されるアプリケーションを正しく認証し,コンテンツや視聴者が保護された正当なアプリケーションであることを保証するために,Hybridcast用のアプリケーション認証方式を開発した。3図にアプリケーション認証方式の概要を示す。放送事業者はアプリケーションの正当性などを保証する署名の生成に必要な秘密鍵をアプリケーション制作者に配布する。署名の検証に必要な公開鍵はあらかじめHybridcast受信機内に格納しておく。アプリケーション制作者は個々のアプリケーションにアプリケーションIDを付加するとともに,秘密鍵を用いて署名を生成し,IDと署名が付加されたアプリケーションを配信用サーバーに登録する。同様に,放送事業者も自ら制作したアプリケーションを配信用サーバーに登録する。Hybridcast受信機は配信用サーバーからアプリケーションを取得した後,公開鍵と失効リスト(CRL:Certification RevocationList) *4

無効にしたアプリケーションのリスト。

*5複数個の異なる秘密鍵で生成された署名を1つの公開鍵で検証できる署名方式。

*4を用いて署名とIDの検証を行う。なお,放送局は放送波または通信でCRLをあらかじめ配信しておく。検証に成功したアプリケーションだけに実行許可を与える。アプリケーション認証方式としては,安全性が高く鍵管理も容易なKey-Insulated署名*5を用いた方式1)などを考えている。4.2 画面提示制御方式放送事業者以外の事業者が提供するサービスでは,放送画面にアプリケーションが重なり,放送で提供される緊急情報など,視聴者に確実に伝えなければならない情報が隠されてしまう恐れがある。視聴者のニーズに応えながら災害時の情報などを確実に伝え

3図 アプリケーション認証方式の概要

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緊急地震速報

Hybridcastの試作受信機

放送局

通常は放送番組と同時にアプリケーションを表示する

緊急地震速報等を受信したときはアプリケーションを非表示にする

アプリケーション

緊急地震速報(提示ポリシー)

るために,放送事業者の意向を受信機に伝送し,緊急地震速報などの重要な情報を優先的に表示するための画面提示制御方式を開発した2)。4図に画面提示制御方式の概念を示す。放送画面へのアプリケーションのオーバーレイ表示の許可や分割表示の許可など,提示方法のポリシーは放送事業者の意向に応じて決めることができる。放送局は編成チャンネルまたは個々の番組単位などで提示ポリシーを放送波に多重して送出し,それに基づいて受信機が放送画面とアプリケーションの提示方法を制御する。ただし,緊急警報放送や緊急地震速報などは,緊急警報信号そのものを特別な提示ポリシーとして扱い,それらを確実に表示できるようにする。開発した方式をHybridcast試作受信機に実装し動作検証を行った結果,緊急災害放送等の放送内容に応じてアプリケーションの提示方法を適切に制御できることが確認された。4.3 受信機APIのアクセス制御方式アプリケーションは受信機に内蔵されているAPIを用いて受信機の機能を制御したり,放送に多重した番組配列情報(PSI/SI:Program Specific Information / ServiceInformation)*6

例えば,EPG(電子番組表)などの情報。

*6や選局情報を参照したりして,放送と密接に連携したサービスを実現する。しかし,全てのアプリケーションが無条件にこれらのAPIを利用できるようにしたのでは,視聴履歴が漏洩するなどのセキュリティー上のリスクが懸念される。そこで,Hybridcast受信機における視聴者情報や放送コンテンツの保護を目的として,アプリケーションの種類や視聴者の意向に応じてAPIのアクセスを制限するための制御方式を開発した3)。この方式では,Hybridcast受信機で各アプリケーションの認証結果とアプリケーションIDを管理し,アプリケーションがAPIを呼び出したときにアクセス制御のためのリストと照合しAPI利用の可否を決定する。この照合結果に基づいて,正当性が確認されていないアプリケーションがAPIを利用することを制限する。また,APIへのアクセスが許可されているアプリケーションであっても,プライバシー保護などの観点からAPIによっては視聴者が個別に許可または拒否を選択することができるようになっている。

5.放送・通信コンテンツの同期提示技術Hybridcastでは,通信経由で取得した情報を放送番組と同期させて,画面上に合成したり各種の端末で視聴したりすることができる。この機能を利用したアプリケーションの例として,マルチビューサービスや多言語音声サービス,多言語字幕サービスなどがある。マルチビューサービスでは,スポーツ中継などで,放送映像とは別のアングルの映像を放送映像と同期させて画面上に合成して視聴することができる。

4図 画面提示制御方式の概念

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放送

画面描画VideoGraphicsTexts

音声

アプリケーション(制御コマンド)

提示合成処理

受信機

リクエスト生成放送局

チューナー・デコーダー

同期用バッファー(遅延)

IP受信・デコーダー

ユーザープロファイル

システムクロック共有

インターネット

各種コンテンツ

放送クロックに基づく提示時刻情報を付加

再同期

同期用バッファーネットワークサーバー

システムクロック値

このようなサービスを実現するためには,放送のコンテンツ(番組の映像および音声)と通信のコンテンツ(映像,音声,字幕,メタデータなど)の表示のタイミングを精度よく合わせる必要がある。一般的にデジタル放送の伝送遅延は通信回線と比較して小さく,遅延時間はほぼ一定である。一方,通信回線の伝送遅延は大きく,変動幅も大きい。特性の異なる2つの伝送路で送られてくる複数のコンテンツのタイミングを精度よく合わせるために,受信機で各コンテンツを同期させる仕組みを開発した。5図に開発した送受信システムの構成を示す。ネットワークサーバーは放送ストリームの基準クロック(PCR:Program Clock Reference)に基づく提示時刻情報(PTS:Presentation TimeStamp)を付加した追加コンテンツを放送の送信と同時にストリーミング配信する。受信機では通信コンテンツの遅延と変動分を吸収するために,十分な量のバッファーを用意して放送コンテンツを遅らせ,両者のタイムスタンプを比較して同期させる。試作装置による検証を行なった結果,放送の映像に通信経由で取得した字幕や映像を映像フレーム(33ms)の精度で同期して提示できることが分かった4)5)。更に,複数のデコーダーを搭載する既存の受信機のハードウエアに,同期を制御するソフトウエアを追加することで同期できることを示した6)。Hybridcastでは受信機のミドルウエア層 *7

受信機の機能を主に実現するための受信機内蔵ソフトウエア。

*7に同期提示のための機能を組み込み,アプリケーションからAPIを通じてこの機能を利用できるようにする。同期提示APIの主な機能は以下のとおりである。�複数のストリームのタイムスタンプを比較して同期再生するための機能�ストリームのタイムスタンプ値を取得する機能�放送ストリームの提示を一定時間遅延する機能

6.端末連携技術端末連携技術は受信機とタブレット端末やスマートフォンなどを連携させる技術である。この技術を利用することで多様な情報の提示方法や使いやすいユーザーインターフェースを実現することができる。この連携はタブレット端末などで実行されるアプリケーションがHybridcast受信機の機能または受信機上で実行されるアプリケーションと通信することで実現される。6図に示すように,家庭内ネットワーク(LAN)等を利用して機器間を接続し,受信機が備える端末連携用APIを通してさまざまな端末と受信機を連携させて,受信機やアプリケーションの各種の機能を利用できるようにする。Hybridcast受信機が備える端末連携用APIには,受信機で実行されるアプリケーションを対象とするものと端末を対象とするものがあり,以下のような機能が利用できる。

5図 放送・通信同期のための送信・受信システムの構成

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タブレット

受信機の機能端末連携用API

Hybridcast受信機

アプリケーションTV型

STB型

家庭内ネットワーク(LAN)

サーバー群

スマートフォン

連携 ・端末⇒受信機 -VOD再生制御,チャンネル切り替え -直観的なユーザー操作・受信機⇒端末 -放送信号中の情報(番組概要,シーン  連動情報) -視聴中の番組のタイミング情報

視聴タイミングに合わせてサーバーから各種情報を取得

端末連携機能

携帯端末上のアプリケーションと連携

③VODの取得・再生

キーワード検索

Hybridcast受信機

端末連携用API インターネット上のサーバー

①キーワードの取得

②検索①番組の

タイムスタンプ情報の取得

③関連VODの再生

②シーン連動Webページ

シーンに関連したVOD番組の再生

�Hybridcast受信機から端末への情報の提供放送信号中の番組配列情報(SI),番組に関連する情報,イベントメッセージ*8

データ放送の仕組みを利用して放送局が送るトリガー信号。

*8で送られる情報,再生位置(タイムスタンプ)の情報を提供する。�端末によるHybridcast受信機の制御ユーザーの操作に応じて端末から受信機を制御するための制御情報(チャンネル切り替え,VOD再生制御など)を伝送する。�Hybridcast受信機上のアプリケーションと端末上のアプリケーションの双方向通信アプリケーション間の認証連携,ユーザー入力(キー入力等)の送受信を行う。端末連携用APIを利用することによってHybridcast受信機や端末が得た情報を応用するさまざまなサービスを実現することができる。例えば,7図に示すように,テレビで視聴中の番組のタイムスタンプや視聴中のシーンに関連したキーワードをタブレット端末で取得し,それを基に番組の内容に合ったWebページや関連情報をサーバーから取得して提示するサービスなどが実現できる。

7.まとめHybridcastを支える特徴的な技術を紹介した。Hybridcastでは,放送と通信で得られるコンテンツを単純に並べて提示するだけではなく,より深く組み合わせて利用するこ

6図 端末連携技術

7図 端末連携技術を利用したサービスの例

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参考文献

とや,放送事業者以外の事業者によるサービスの提供といったこれまでの放送にはない新しいサービス形態を実現することができる。そのため,Hybridcastには従来の放送の考え方とは異なるアプローチの技術が必要である。また,それらの技術は市販されている受信機に容易に実装できるものでなければならない。開発した技術を利用して,Hybridcastによる放送通信連携サービスの近い将来の実用化を目指し,技術の最適化と標準化を進めていく予定である。

1)G. Ohtake and K. Ogawa:“Application Authentication for Hybrid Services of Broadcastingand Communications Networks,”Proc. of WISA2011, LNCS 7115, pp.171-186(2011)

2)大槻,大亦,藤井,真島,井上:“放送通信連携サービスにおけるアプリケーション提示制御方式,”映情学年大,11-11(2011)

3)大亦,大槻,真島,松村,武智:“Hybridcastアプリケーションに対するアクセス制御手法の一検討,”信学総大,B-7-34(2012)

4)K. Matsumura, M.J. Evans, Y. Shishikui, A. McParland:“Personalization of BroadcastPrograms using Synchronized Internet Content,”International Conference on ConsumerElectronics 2010(ICCE),4-1.5(2010)

5)松村,金次,浜田:“放送と同期したIPストリーミングによる番組拡張サービスの試作,”映情学年次大,10-5(2010)

6)馬場,松村,三矢,武智,金次,浜田:“放送とIPコンテンツの同期提示機能の組み込み受信機への実装,”映情学冬季大,10-1(2010)

たけ ち まさる

武智 秀1990年入局。同年より放送技術研究所において衛星放送システム,デジタル伝送方式,次世代データ放送システム,放送通信連携サービスなどの研究開発に従事。現在,放送技術研究所次世代プラットフォーム研究部主任研究員。

ば ば あきつぐ

馬場秋継1996年入局。広島放送局技術部を経て,2000年より放送技術研究所に勤務。蓄積型放送システムや放送通信連携サービスの研究開発に従事。現在,放送技術研究所次世代プラットフォーム研究部専任研究員。

おおまたひさゆき

大亦寿之2003年入局。甲府放送局を経て,2007年より放送技術研究所において,コンテンツ流通技術,放送通信連携システムの研究開発に従事。現在,放送技術研究所次世代プラットフォーム研究部に所属。

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