グローバル化の下での地域農業・農政の変容と展望 ·...

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グローバル化の下での地域農業・農政の変容と展望 誌名 誌名 農林業問題研究 ISSN ISSN 03888525 著者 著者 大隅, 満 巻/号 巻/号 46巻4号 掲載ページ 掲載ページ p. 382-393 発行年月 発行年月 2011年3月 農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センター Tsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research Council Secretariat

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グローバル化の下での地域農業・農政の変容と展望

誌名誌名 農林業問題研究

ISSNISSN 03888525

著者著者 大隅, 満

巻/号巻/号 46巻4号

掲載ページ掲載ページ p. 382-393

発行年月発行年月 2011年3月

農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センターTsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research CouncilSecretariat

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(382)

第!報告

グローバル化の下での地域農業@農政の変容と展望

The Transition and the Prospect of Regional Agricu1ture and

Agricu1tural Policies under the Influence of Globalization

Michiru Okuma (Ehime University)

It is said that the influence of globalization upon Japanese regional agricultur巴 andagricultural policies has been弓uiteconspicuous and grave. This paper tries to achieve the following objectives: (i) to identify important occurrences which could be related to globalization in the past 20 years, (ii) to describe the transition of Japanese agriculture and policies in the same period, (iii) to survey the academic discussion conceming globalization from various points of view, (iv) to consider the above-

1.はじめに

本報告の課題は,グローパルイとがもたらしたとさ

れる農業・農村・農政の変化を,主に 1990年代から

現在までの期間について確認するとともに,関係学

界での議論を振り返り,今後の展望について考祭す

ることである

ここで¥「グローパル化の下でのJということにつ

いて,二つの問題点を指摘しておし

第一は.rグローパル化Jが何そ指ずかである.小

池憶男氏は,ニュートラルな意味でのグローパル化

と新自由主義等の窓閣をもったクゃローパルイととを区

日IJした 本報告では,前者の意味で、使いたい1)

第二は, 90年代から現在に至IJる農業・農村・農政の

変化が fグローバルイヒJによってもたらされたかどう

かを判断することは,必ずしも容易ではないというこ

ネ愛媛大学農学部

(26 )

mentionεd discussion and to present its implications. It was found out that the Japanese agricultural policies

has been under thεstrong influence of globalization. However, all of the transition of Japanese agriculture cannot be attributed to globalization alone. There are intemal factors and r巴asonsbehind th巴 deterioratingsituation ofJapanese agriculture. Therefore, it is important to c1arify thos巴factors,and take measur巴sappropriat巴 tothe corresponding causes.

とである.学術的な方法論や価値判断の主主で,議論の

展開の仕方は大きく異なると考えられるからである.

したがって, ここでは,最低限シンポジウムの参

加者が共通して認識するのが適当と思われる事柄

を,なるべく立場の差を超えた形で、整理し,若干の

考察を付したうえで,第 2,第 3報告につなぐこと

としたい

2. 90年代以韓の世界情勢と日本の農業・農村・

農政の変容

(1) 90年代初頭のバブル崩壊期の状況

1985年のプラザ合意により,米匿の貿易赤字と財

政赤字を是正するため, EI本は円高対策を行った.

しかしこのために景気が悪化することへの懸念か

ら景気刺激策が取られ,金融緩和が進められた析

から不動産投資が過熱し株価の日経平均は 1989年

にピークをつけ,政府は, 1990年,景気過熱への懸

念から土地関連融資の総量規制に走り,これを端緒

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大限;グローバル化の下での地域農業・ j民政の変容と展望 [383J

に信用収縮が起きた.信用危機は世界的にも拡大し

1992年にはイギリスでポンド危機が発生,地価は

1992年にピークなつけるものの,同年にバブル景気

は崩壊し白木は以後「失われた 10年Jに践活する

ことになる.

(2) 90年代における国際環境の変動とその影響

1986年, URが開始され, 1993年 12flには UR農

業交渉調停案が成立し 1991年4月には日本政府は

正式調印を行った.開年 8}ヲ,農政審議会は f新た

な悶際環境に対応した農政の展開方向Jを発表し

この中で基本法の見箆しに言及した, 10月,政府は

UR 農業合意関連対策大綱を制定し 1998年度予算で

じR事業関連対策費 6兆円を用意するとした.同特

に, 日本農業を支える担い手の育成が政策の基殺に

据えられた.既に 1992年に農業の担い手として「効

率的安定的経営体Jの概念が提示されていたが, こ

れを受けて1993年に農業経営基盤強化促進法にもと

づく認定農業者制度がスタートする

米側の低落傾向の中で¥UR合意のもとでのコメ

の特例措置を実施するため1994年に食糧法が制定さ

れ, 1995年から MA米の総入が開始され,食管制度

は廃止された, MA米の重圧を回避するため,特例

措置を続けるよりも関税化に踏み切る方が得である

として 1999年にはコメの関税化が行われた.間年に

食料・農業・農村基本法が制定されるが,同法は条

文の上では地域の役割を重視しており,同年の地方

分権一括法の制定とあいまって,地域が主体となる

農政への部心が高まった.また,多面的機能や農村

の振興が条文化される中で,地域政策的色彩の強い

中山間地域等直接支払制度がスタートし,地域政策

的支援が強化される傾向が見られた.なお,この期

間に 1997年のタイ・パーツの下落を始めとするアジ

アの経済危機,単一通貨ユーロの導入等があり,世

界経済の動きが不安定化していく

(3) 21世紀における金融危機前後の盟際環境の変

動とその影響

1993年に URが決着し WTO体制が動き始めた.

しかし, WTO出発の年となるはずであった 1999年

は, WTOシアトル会議が反グローパリズムを掲げる

間体等による流れる等多国間協議の多難が予想、きれ

る事態が起きた.それでも 20例年にはドーハ・ラウ

ンドが開始したが,多国間交渉には行き詰まり感が

強くなり,むしろ二罰間 FTA EPAの推進に各国は

( 27)

動き始めた.

2002年に日本はシンガポールと始めてのFTAを締

結し,以後圏内では農業が FTA EPAの推進の足か

せになるという批判と, FTA EPAが日本農業に壊

滅的打撃を与えるのではないかと懸念する意見とが

対立する.

2003年からは「いざなみ景気Jが始まるが,好況

感が乏しく,地域の経済もかつてのようなi百気は見

られない.そのような中で, t努寒感の打破を期待す

る盟民は,小泉内閣に期待を寄せ,経済対策として

は構造改革路線を支持する.

農業政策においても, より担い一手に政策を集中す

るとともに,計躍流通制度を廃止する号事食糧流通を

一熔8由化し,生産調整も生産者1遺体の安任とする

方向が取られた.このため,戦後最大の農政改革と

して 2005年には「品g横断的経営安定対策Jr米政

策改革Jr農地.7]( .環境保全向上対策」の 3政策が

提示され, 2007年からの本格実施が企霞された

しかしその後の構造改革に対する疲弊感,陪塞

感, 2005年以降の急速な交易条件の悪化という状態

のもとで:', 20昨年7月の参議院選で自民党は大敗し,

生産調整の廃11::"所得補償,棚上備蓄等を掲げる民

主党の農村部への浸透が明かになる.

自民党大敗の背景には,経済条件の悪化のほか,

国際的な競争配力にさらされつつある農家が,これ

に対抗する方法として線られた担い手へ施策を集中

するという従来の農政の方向性に対して大きな不安

を持ったことがあるのではないかと考えられるが,

それがどこまで自覚的なものであったのかについて

は検証が必要であろうーしかし政治的にはこれを

従来の担い手政策に対する否定的なメッセージとし

て受け止めた自民党は, 2007年に本格実施するはず

であった農政改革を実質的に変更,緊急、の米の買い

入れ,生産調整への行政の介入を進める

2007年にすでにサププライム問題として浮上して

いた米国の経済不安は, 2008年9月のリーマンショッ

ク等によって世界的な金融危機につながった.わが

国は, 56兆8千億円の緊急経済対策を打ったが,持

を同じくして,エタノールに対する需要増等から世

界の穀物価格が高騰し,エネルギーf問題,資源問題

の視点から農業に対する鴎心が高まった 農産物供

給に対する世界的な不安があるにもかかわらず,大

規模な生産調整が行われ,なおかつ耕作放棄地の発

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(384J 農林業問題研究(第 181サ・ 2011年 3万)

生が止まらないという事態に,新しい農業の担い手 ランjからの流れを受けた戸別所得補償制度を, 2010

としての企業の参入を期待するという視点からの幾 年度にはモデル的に, 2011年度からは本絡的に実施

地法改正が行われた に移すこととした.この政策は,従来担い手育成を

しかし肝心の担い手政策,構造政策,生産調整, 百指した農政とは異なる平等主義的な性格を持って

所得補償のあり方等装本的な問題について十分な議 いるが,食料・農業・農村義本法の目指すところと

論が行われないまま,構造政策の推進に対する農家 の整合性が暖昧であり,補助績を一律に決めること

サイドの疲弊感と所得補償への期待が高まり, 2009 から,中央集権的な性格もあると言われ,地域との

年, 自民党は民主党に敗北する. 関係も含めて全体的な政策体系の検討が必要になっ

政権交代後,民主党は 20例年の「農林漁業再生プ ているのではないかと思われる.

表1.グローパル化関係主要事項年表

間f飴 回際関係 i万内i主H系 国内農政

1985 プラザ、合怠

1986 uRIJ自ftfl 前川レポート

1990 !t!凶ドイツ統一 土地IM!J連融資総:ii規制

1991 ソ連邦消滅

1992 ボンドfit後 バブル崩壊 新政策 (1効率的安定的経営体J)1官官3 UR決者 !民業経営;;J.主毅強化促進法制定

EU誕生 (認定淡染者制度約設)

1994 UR iE ;í--\w~ r:IJ URll二式1JI~fすj 農政審 f事?たな図際環境に対応した

後政の展開方向J

食糧法制定

1995 WTO設了L MA 米輸入1)例会

1996 i止界食料サミット

1997 タイ・パーツド務 111--証券破綻 食料・農業・農村基本問題調査会

1998 ヘッジファンド損失肱大 金総hビッグパン 向調資会i反終答申(米 LTCM)

1999 I手一通災ユーロ導入 米関税化

WTOシアトル会議 食料・農業・ j長村基本法制定

(反対運動激化)

2000 食料.J長楽・ 12Iot,nま本計阪策定

4'111問地j或主事政談支払制度導入

2001 iごーハ・ラウンド開始

2002 日・シンガポール FTA締結

2003 いざなみ対気開始 食品安全基本法昔話定

2004 民主党:農林漁業好生ブ九ランJ

2005 農政改革枠組み決定

(品目検続的政策米改革 f災地・

7Jc・環境保全向色対策)

2007 サブプライム問題 自民党ぅ参院選で敗北 農地法改正

リーマンショック 緊急経済対策

|止界的念的h危機

幾度物価格高騰

2009 政権交代

2010 戸別所得繍償1/i1]度導入

資料:筆者作成

(28 )

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大限,グローバルイヒの下での地域農業・ J~政の変答と展望 (385J

3. 1990年代から現在に至る臼本の農業・農村の

変容

以上の流れな経て,現在, 日本の農業,農村はど

のような状態に置かれているか,それを以下に述べ

る.ただし, ここでは,現在の状態が,グローパル

化によってもたらされたのかどうかは判断をなるべ

く控え,客観的なデータの整理に止めたいー

(1)生産額及び交易条件

農業総産出額は. 1990年の 11.5兆円から 2008年

の8.5兆円へ減少している その内訳は,平成 22年

版農業白書(以下「王子 22自書J) の分析によれば,

生産婆因が 52%.価格要因が 48%である.品毘別で

は米の価格要因による減少が最大要悶である(価格

要悶 70%. 生産婆悶 30%). 地域別で見ても,米に

依存する東北,北陸,近畿,中国の減少率が大きいー

農産物価格指数と農業生産資材価格指数との比な

示す交易条件指数は 2005年を 100とした場合.1980

年代には向上しており. 1993年にピークの l胞を付

けた.以後交易条件指数は徐々に翠化した 2007年

以降は,農業生産資材filli格指数が急速に上昇し,加

えて農産物価格指数も低下を続けたため,交易条件

指数は 2009年には 86となった

(2)農業経営主体

1)農家

農業生産を支える販売農家は. 1990年の 2,971千

戸から 2009年の 1,699千戸に減少.そのう

家は 82万戸から 35万戸へ,準:i業農家は 95万戸か

ら39万戸へと,双方とも約 60%減少している.一

方土地持ち非農家が 78万戸から 122万戸 (2008年

慨数)へと 56%よ曽大している. 1990年から 2005年

における減少の原践としては,ヨ三業農家の場合,離

農7万戸手主主義への移動 32万戸惨主業農家の場

合,離j長9万戸,副業的農家への移動 42万戸であ

り,離農よりは経営を縮ノトしての対応が多い.品目

511]に見ると, 2008年に,米では, =1三業農家が 38%,

i径三ヒ業農家が 24%,副業的農家が 38%となってお

り,他の品自では主業農家が最低でも 67% (果樹)

表 2. 各種iilli格指数と交易条件の推移

J];lAif物11m終指数 J~業生産資料 11m絡線数

あφ&しb、l日〉、 コメ 総合 !肥料

1990 118.4 143.8 95.6 90.5

91 123‘5 147.1 96.9 93.7

92 116 151 97 94.6

93 124.1 163.3 96.7 93.8

94 118.3 149.6 96.1 92.9

95 114.7 137.9 95.5 92.3

96 114.1 136.1 97.7 92.4

97 107.2 124.3 99.7 95.9

98 114.8 127 99.4 97.5

99 106.6 117.7 97.6 98.1

2000 100.3 108.8 97.4 96.9

1 100.1 108.3 97.8 96.7

2 97.3 106.9 96.9 97.3

3 104.5 126.1 97.6 97.3

4 106 111.4 98.9 97.7

5 100 100 100 100

6 102.9 97.8 102.2 102.4

7 97.6 95 105.6 106.6

8 97.7 94司7 113.6 132.1

9 95.7 NA 111.3 148.4

資料 農林水iiifjおrJ良薬物{目i統計JI農業物悩統計調資ω

法 1 交易条例二ニ農産物価格指数~従業lJ=.iiif資料価格指数

(29 )

ftiiJ料

98.4

96.7

95.4

92.3

89.5

87.6

99

101.4

100.5

91.4

88.9

91.8

94.5

96.5

102.4

100

103

118町5

137.5

120.7

交易条件

光熱動力 LE 予言

92.8 123.8 108.7

93.1 127.5 108.4

92.2 119.6 102.8

91.5 128.3 100.2

90.5 123.1 101.9

87.9 120.1 105.6

86.3 116.8 96.8

88 107.5 94

83.1 115.5 91

82.2 109.2 99.5

86.3 103 102.9

87.2 102.4 99.8

84.3 100.4 95.4

86.3 107.1 94町5

89‘2 107.2 94.1

100 100 100

112.8 100.7 96.1

116.5 92.4 84

139.2 86 NA

105 86 NA

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(386J 農林業問題研究(第 181号・ 2011年3月)

となっていること比べて,米部門の生産構造に依然、

として大きな歪みがある.

2)集落営農

集溶営農の数は,政策的な後押しがあって, 2000

年の 9,961から 2010年の 13,577へと増大しており,

集落営農を進める目的としては地域維持が86%と最

も多いが,地域農業の担い手となるためとするもの

も63.8%ある (2009年農水雀アンケート複数回答)•

2009年 6月の農水省アンケートでは,黒字又は差し

引きゼロの組織が 85%となっているが,その実態は

補助金に支えられた経営である.小規模農も経営体

に組み入れることで担い子育成を進めようとした政

策の反映であるが, 自力で余剰を生み出すにはいた

らず,地域維持の綴点からの集務営・農が大半を占め

ている

3)農業生産法人

1990年に 3,816であった農業生産法人は, 2009年

には 11,064に達した そのうち,株式会社は 1,200,

特例有限会社は 6,878,農事組合法人は 2,855である.

株式会社は,特に 2007年以降急速に増えている.担

い手育成と企業参入を奨励した政策の反映である.

(3)生産構造

経営耕地面積規模別の農家数の分布を党ると,都

府県では5ha以上層が1990年で26千戸であったが,

その後右肩上がりに上昇し, 2005年は 50千戸, 2009

年の 58千戸へと増加したこれに対し, 5 ha未満の

層では,ほぼすべての階層が減少している.他方,

北海道では, lOha 以上層の数が 2000年以降減少し

ており, 2009年には 26千戸となっているしたがっ

て,全体として規模拡大による構造改替のテンポは

遅く,特に北海道では近年停滞ないし逆行するよう

な動きが見られるが,平 22白書は,純集積率 2)で

見ると, 2007年に 20ha以上層で 51.6%と,大規模

隠への集積が進んでいると評価ーしている.

(4)農地

耕地面積は, 1961年以来一貫して減少し 1990年

の5,243千haが2009年には 4,609千haとなった.耕

作放棄地は 1990年には 217千 haであったが, 2005

年に 386千 haとなり,耕地利用率も 1990年の 99

(北海道 103)から 2008年の 90(北海道 100)へと

悪化している これ在地域別に見ると, 1985年から

2005年の聞において耕作放棄地の面積が大きいのは

福島県,茨城県,北海道,千葉県,長野県等であり,

( 30)

増加率では福島県,茨城県,千葉県が高い 2008年

に耕地利用不が 100%を超えるのは佐賀県,福岡県,

宮崎県のみであり,中間地方や奈良県は 80%米満と

なっている

(5)農業集落

2005年現在の農業集落数は,約 13万 9千である

が,そのうち集落機能があると確認されたものが 11

万 900ある.約 2万8千の集落が袋、落機能を持たな

いことになる期間別に見ると, 1990年から 2000年

の間て申機能を失った農業集落が 4,959で, その 5割

が中山積地域である.また, 2001年以降無住化が心

配される集落が 1,403ある.

(6)市町村合併及びJA合併による地域の変容

1990年には,市町村数は 3,274であったが, 2007

年には 1,829となり, このため l市町村当たり面積

は115.37km2から 206.63km2へと広域化した他方

JAの数は1990年の7,785から2009年の3ρ10と約4害IJに

減少している.この結果,地域としては,従来のア

イデンティティが薄められ,財政的にも経済的にも

圧迫を受ける等不利な立場に置かれる旧市町村も現

れてくる.それを避けるために,高知!尽馬路村や徳

島県上勝町のように特産品による地域おこしが成功

した地域では,あえて市町村合併を行なっていな

い.しかし成功事例といえども,将来には火きな

不安を抱えており,また今回合併しても,なお財政

的には苦しい市IsJ村も多数ある.

(7)食料自給率

食料自給率を,この 20年間のグローバル化のもと

での日本の農業・農林の変容を表す指数として示す

ことが妥当かどうか,筆者は疑問在感じる.しかし,

食料・農業・農村基本計闘に指標として示され,多

くの関民が農業の強さを表す代表的な物差しとして

使っていることから,ここに一応提示する.

カロリーベースの食料自絵本は, 1990年度の 47%

から 2008年度は 41%,2009年度は 40%へと低下し

ている.近時自給率の低下にやや歯止めがかかった

のは,国内生産力の治力11ではなく不況の影響による

治資の減少が原因である.

FAOの「フード・バランスシート jをもとに農水

省が試算した数値では,豪州,米民カナダ等が輸

出国として 1960年代以降自給率を上げているが,グ

ローパルイヒを言われるようになった最近20年需で、特

に自給率が上がっているわけではない.また輸入国

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大限,グローパル化の下で、の地減農業・Ji;!政の変容と展望 [387)

では,よく知られているようにイギリスが 40%台

だ、った自給ネを 1980年代に 70%まで上げている.最

近20年で自給率が低下しているのはドイツとイタリ

アであるが,その他の留には大きな変化は見られな

い.こうしてみると,日本の自給率の低下は,グロー

パル化だけでなく日本の特殊事情による説明が必要

ではなかろうか

4. 主要関係学界における最近の議論

グローパル化をめぐって,関係学界はどのような

議論を積み上げてきたのであろうか.経済学界に限

定せずに見るならば,グローバル化する世界を広い

視野から展望して設近話題になった著作として,地

理学・歴史学の関係ではエマニュエル・トッドの『新

ヨーロッパ大金』等一連の実証的大恕論がある トッ

ドの著作は,マルクス経済学や近代経済学が単線的

な経済発股論を前提としていたのに対し,悶よりも

小さな単位としての「地減Jにおいて複数の経済発

展の類型があることを示した.その点で. I地域jを

冠するわれわれ地域農林経済学会にとっては重要

な示唆に富む労作と言える.また,アントニオ・ネ

グリ等のく帝国〉は,グローパル的な権力構造を分

析しこれに対抗するものとして「マルチチュード」

(multitude 直訳すると大衆,群衆等となるが.ネグ

リ独特の含意があり,筆者はt伎界市民的なものを感

じる)の概念を提起したが, Iマルチチュードjの特

性が「多様性Jと fネットワークjにあることを考

えると,今回の第 2,第 3報告とく帝国〉との院に

は,文脈はまったく異なるものの,現代社会を対象

としたが故に,何らか共通するものが含まれている

表 3. 1990年代以降の日本の農業・農村の変容

IMi~f三 フロー号ffif出額 販売!民家 5 ha 以上限 耕地節約t'JげF放楽地食料自給率l/ilIlJ村数 JA数(兆円) (千戸) (千戸) (千 ha) (千 ha) (%) (T↑THI]村) (JA)

1990 日02 11.5 2,971 26 (32) 5,243 217 47 3,246 7,785

1991 H03 11.4 5,204 46 NA 7,597

1992 H04 11.2 5,165 46 NA 7,350

1993 H05 10.4 5,124 37 NA 6,994

1994 H06 10.3 5,083 46 NA 6,665

1995 日07 10.14 2,651 36 (32) 5,038 244 43 3,233 6,373

1996 H08 10.3 4,994 42 NA 5,985

1997 日09 9.9 4,949 41 NA 5,696

1998 H10 9.9 4,905 40 3,232 5,369

1999 1-111 9.4 4,866 40 3,229 5,141

2000 1-112 9.1 2,337 43 (31) 4,830 342 40 3,229 4,865

2001 日13 8.9 2,291 46 (30) 4,794 40 3,223 4,525

2002 1-114 8.9 2,249 47 (30) 4,762 40 3,217 4,293

2003 日15 8.9 2,205 48 (30) 4,736 40 3,176 3,949

2004 H16 8.7 2,161 50 (30) 4,714 40 2,927 3,666

2005 1-117 8.5 1,963 50 (27) 4,692 386 40 2,143 3,434

2006 1-118 8町3 1,881 53 (27) 4,671 39 1,817 3,346

2007 1-119 8.2 1,813 54 (25) 4,650 40 1,798 3,239

2008 1-120 8.5 1,750 56 (27) 4,628 41 1,782 3,137

2009 H21 NA 1,699 58 (26) 4,609 40 1,775 3,010

まを料農業総度出額 生産農業所得統計販売農家 j良林業センサス及び段業構造動態調査5 ha以上層222ま 向上 ただしカッコ内は北海道の 10ha以げ手で外数耕地問総 %Milil立び作付顕在を統計緋{乍放棄地農林業センサス食料自給率食料需給表市町村数 総務省 市町村数に!渇するお査各産若年のj絞終総選王臼の数守'JA数 段主主協河組合等現:{:E数統計 専門農協を含むlii協の数

( 31 )

Page 8: グローバル化の下での地域農業・農政の変容と展望 · 大限;グローバル化の下での地域農業・j民政の変容と展望 [383J に信用収縮が起きた.信用危機は世界的にも拡大し

[388J 農林業問題研究(第 181-¥ザ・ 2011年3月)

のかもしれない.ただし. <帝国〉論においては,

トッドと違って,ローカルなものに対する評郷は否

定的であるおー

ここでは,まずグローパル化全般をめぐっての経

済学界での議論の一部伝マルクス経済学的祝点及び

近代経済学的視点に分けて整理するそのうえで,農

業経済の視点からどのような議論が行われているか,

さらに地域農業という視点ではどうかを整理する.

(1)経済学界における議論

1) マルクス経済学的視点

グローパル化を正統派マルクス経済学の祝点から

見たとする最近の著作として,農業問題研究会編

『クゃローパル資本主義と農業』を取り上げたい

その第 l章において,力11瀬良明氏は歴史的認識

を踏まえたグローパル資本主義の分析を行ってい

る.加瀬氏によれば,グローパル資本主義は「地球

的焼模での拡大・深化を追求する市場経済の全面化

過程Jであり,実体としては,戦後いったんは確立

したIMF体制を米田中心に再編し複した菌際政治絞

済体制である.そこでは.米国が従来から備えてき

た「軍産複合体j としての性格 (1A 系列J) に,新

しく付け加わった「国際金融複合体j としての性格

(IB系列)が粉互補完的に結合され. B系列主導の

もとでグローパルな資本蓄積の維持,促進が陸られ

るという 4)

加瀬氏の分析は大島雄一氏 F現代資本主義の構

造分析Jや鶴田満彦氏『現代経済システム論Jの歴

史認識を踏まえている 大島氏等の認識は,大安次

のように要約できょう すなわち,グローパル資本

主義は19世紀に確立した産業資本主義以降の歴史の

流れの巣てに成立したものであること,

義は 19t世紀末大不況そ経て'帝国定義ヘ第 l次世界

大戦及び1930年代大恐慌を経て罷家独占資本主義へ

と変化したこと,第 2次世界大戦後.国家独占資本

冷戦体制,民族運動等の動きに影響されつ

つ,統一的かっ開放的な国際経済体制を毘指して,米

国主導のもとに.IMF体制,世界銀行.GATTという

三つの制度として再出発したこと,しかし品1Fを

中心としたブレトン・ウッズ体制は. 1971年の金・

ドル交換停止をもって崩壊し役界は国定レート制

からドルを基軸通貨とした変動相場制へ移行し,こ

こにグローパル資本主義が出現したことである

このような歴史認識を背景に,方11瀬氏は,世界農

(32 )

業がグローパル資本友義への転換z推進体制の一環

として位置づけられていると説くこの流れの中で,

わが留農業は 185年のプラザ合意以降にそれまでと

は次元を異にする絶対的な後退z 縮小の傾向なこと

のほかよぎなくされてきているJ5) 喜きするに,背

後にいるのは米関であり,多国籍余業である, とい

う構国が提示され, この枠組みに沿って,議論が展

開しているのである.こういった智景認識からすれ

ば,問題は,究極的にはグローパル資本主義という

形をとった国家独占資本主義の危機が行き着くとこ

ろまで行き着かなくては収まらないことになろう.

向じマルクス経済学の視点に立ちながら, これを

「危機jではなく,資本主義の発展段階のひとつと捉

えるのが,河村哲二氏の「戦後パックス・アメリカー

ナの転換と“グローパル資本主義..J (SGCIME編『世

界経済の構造と動態』所収)である.

氏は,資本主義の現状を長期構造的な発展とみる

見解の代表として「ニューエコノミー論jを挙げる

「ニューエコノミー論Jそのものは下火になったもの

の,技術革新の進展が消滅したわけではない, とし

て. 11全般的危機j論に立つ体制移行的過渡期論で‘

はなく,むしろ. 1段階移行過程j としての「過渡

期Jとして捉えることが,進行しつつある現代資本

主義の世界的変容を,より的確に把握できるのでは

ないかJ6)とする そしていかなる意味で過渡期

なのか…最大の焦点となる掲額は,戦後パックス・

アメリカーナの世界的政治経済体制合資本主義の発

展段階として捉えることは可能かという点であるJ7)

とし「戦後パックス・アメリカーナの資本蓄積体制

の衰退と転換によって生じたアメリカの戦後企業体

制の再編と転換が,大筋でみれば, fクやローパリゼ

ションJ. 1メガコンペティションJ. 1市場主義jの

拡大といった.1クやローパル資本主義jの特徴的現象

を生み出す,最も重要なインパクトの源泉となって

きたJ8)と結論づける.

加瀬氏と河村氏の議論は. IMF 体制によって確立

したと見えたパックス・アメリカーナが大きな転換

を迎えており,それがグローパル資本主義の特徴で

あるとする点では差異がない.それでは両氏の議論

は基本的にはどこが違うのか.それは,ここに掲げ

た両氏の論考だけからでは明らかにはならない 河

村氏自身「ここで注目すべき点は,…「危機jと「発

展Jという両極端で捉える見解が混在していること

Page 9: グローバル化の下での地域農業・農政の変容と展望 · 大限;グローバル化の下での地域農業・j民政の変容と展望 [383J に信用収縮が起きた.信用危機は世界的にも拡大し

大|綬,グローバル化の下での地域農業 .J:!E政の変容と展望 [389)

であるJ9)としており,いずれに軍配が揚がるとい

うことよりも,今の段階では,両議論の「混在Jに

意味があるとしているのである.

社会主義の到来を問題の解決の出口とすることが

悶難になったことから,マルクス経済学的には,当

面米国主導の IMF体制及び WTO体制の問題点を指

摘するという作業そ進めることで¥グローパル化に

おける農業,農村問題の解決を図っているように見

えるが, これは,グローパルイヒに伴う問題を指摘す

る近代経済学者の姿勢と実態的には近いものがあ

ると言えよう.そこで.次に近代経済学の視点から

のグローパルイヒに対する議論について述べる

2)近代経済学的視点

1)で述べたグローバル化批判jの構図は,問題の背

後に米国主導の体制があるという点では,近代経済

学者としての立場からグローパル化を批判している

ジョセフ・スティグリッツにも共通する. しかし

スティグリッツは,グローパル化そのものを否定す

るのではなく,その進め方に大きな問題があると指

J筒する(“theproblem is not with globalization itselfbut

in the way globalization has been managed") 10). そして,

もしもグローパル化が多くの留の生活水準を低め,

基本的な文化{国III砲を傷つけるならば,グローパル化

そのものを停止命すべしという政治的要請さえ生まれ

るかもしれないと警告する ll) 彼は,慎重に準備さ

れた経済体制づくり,特に途上国の条件に記r(ff.、した体制づくりの重要性と先進国のフェアな貿易体制

づくりの必要性を説く 近代経済学が想定した自由

貿易のメリットが発現しない理由を,途上国のイン

フラや教育水準の低さといった視点から探り, これ

らの障害を取り除くためのシステムづくりを提言し

ているのである ただ,スティグリッツは,問題の

大きさ.資本主義に及ぼす根本的な影響を指摘して

いる点では,グローパル化を一種の「危機」的なも

のとして捉えているのかもしれない 12)

これに対して, 自由貿易推進派とぎわれるジャグ

ディシュ・ノTグワティは.wクゃローパリゼーションを

擁護する~ (日本経済評論社 2005)の中で:グロー

パル化は経済を良くするという立場を維持すると同

時に. IMFが投資に際して途上国につける条件はス

ティグリッツが言うほど厳しいものではないという

擁護論を展開している.市場がすべてを無条件に解

決するという立場を取っているわけではなく,世界

(33 )

経済のガパナンスの問題を重視していることから,

資本主義という枠組みは肯定しつつ,その修正を

閤っていくという点で,スティグリッツと共通の姿

勢を見ることができる.

(2) 臼本農業経済学会

経済学界一般での議論から,さらに農業経済学の

位界に的を絞るとき.2006年度臼木農業経済学会大

会で行われた回代洋一氏と本間正義氏の対論は,両

者が現在の日本の農業経済を代表する論客だけに,

注目に値する 13)

間代氏の論点は広範多岐にわたる.

まず品目横断的政策が WTO体市IJによるグローパ

ル化に適応できる政策になっていないことを批判す

る その内容は,第一に,品目横断的政策は政策対

象を担い手に限定しているため環境支払いに対する

直接支払いという位置づけがとれず.r緑の政策J化

ができないという不利な立場に置かれていること,

第二に,品目横断的政策は,農地・7l<.環境保全向

上対策のような地域振興策とi峻別されているため多

面的機能を理由として政策を正当化することができ

ないこと.第三に,品目横断的政策は自給率向上や

担い手育成を目的とするものであるが, 自給率向上

ということ自体が生産刺激的であり. WTO流のデ

カップリング政策に馴染まないことを指摘する.

問代氏は.農業の担い手は,農業経営の担い手だ

けではなく,多様な農作業・農業生産の担い手も含

めるべきだとし,株式会社の農業参入は農地法の転

用規制を掘り崩す契機になるものとして強い懸念を

示す

このような問題に対抗するための方策として,国

代氏は.WTO協定自体に無理があるのだから,これ

を是正すべしと説くーまた地域での対応として,農

協による農業振興,産地ブランドの確立,消費者と

の連携,福祉等生活事業分野の充実等を通じた減収

減益スパイラルからの脱却,滋水稲作農業を共通1賓

とする東アジア共同体の中での日本農業の生きる道

の模索を提言する.

対する本間氏は,農業には経済的・非経済的価値

の双方があることを認めつつ,農業は産業として自

立すべきであること,農業政策は国民全体の利益に

資するものでなくてはならないことを指摘する. こ

こから,田代氏とは基本的に異なるスタンスが提起

される.

Page 10: グローバル化の下での地域農業・農政の変容と展望 · 大限;グローバル化の下での地域農業・j民政の変容と展望 [383J に信用収縮が起きた.信用危機は世界的にも拡大し

(390J 農林業問題研究(第 181号・ 2011年3月)

すなわち,国際関係について言えば.WTO体制下

の幾度物貿易交渉の目的は市場指向型の農産物貿易

体制を確立するための助成・保護削減にあるという

事実を踏まえ,多面的機能を国境保護措置の正当性

の理論付けとして主張するのであれば多面的機能の

効果を評価しなくてはならないが,それが日本側に

は出来ていないこと,農業保護の理由に多面的機能

を持ち出すことは WTOに新たな原理を持ち込むこ

とになること,それは他の加盟留が容易に賛同でき

る提案ではないことを指摘する.

また,農業政策は,市場の失敗が見られるような

ところに介入すべきであるとしその例として,農

地のような経営資源の移動が資産総値や非農業忍的

の転周期待で歪められていることは問題であり.mい手政策はこのような資源の流動化を後押しする政

策として位置づけられるべきであるとする

さらに,品自横断的政策のおける固定支払いは「非

効率的な農家を温存する効果Jを持ち.r減産を阻害

しているという意味で貿易に影響を与えるj もので

あるから,むしろその効果を直視して「黄の政策」

と位置づけ,構造改革を促す方向へ持って行くべき

だとする.

そして,産業としての自立した農業を確立するた

めに需要が減少しつつある米にこだわる農政からの

脱却,その方向への農業者の意識改革,安全保障論

と自給率論との切り離しを進めることを提案する

東アジア共持体については農業をどう扱うかが検討

課題としている,

両氏の議論は.グローパル化を郊にしたわが国の

農業関係者の意見の援をある程度代表するものであ

る しかし今後の日本農業の展望を切り開くため

には,このままでは日本としての整合的なスタンス

は磯立できない.

この難点、をカバーして,ある程度笑現性そもたせ

た議論を展開した報告が. 2007年度大会で提出され

た鈴木笈弘氏の rWTO・FTAの潮流と農業一新たな

構図を展望 jである.鈴木氏は.WTOに参加する

メリット,デメリットを整理しデメリットとして

の「隠れ輸出補助金jの存在と新規加入国に対する

不公平な扱いを検証し.さらに多国間交渉の困難化

から現在急増しつつある FTAのメリット・デメリッ

トを分析した後,関係盟問において妥結可能な国境

措置の枠組みに到るためのモデルを提示した 鈴木

( 34)

氏は fWTO整合的な政策転換の必要性ということ

が, しばしば絶対的な要議であるかのように言われ

ているが,この発想、は再検討すべきであろう」とし

同時に.fWTOにおける日本提案の 1つの弱みは,農

業の「多面的機能jが一般論としては主張されるが,

具体的に数値イとされた指標として閤際ルールに組み

込もうという提案がなされてこなかったことJだと

も指摘している.なお,この論考では,氏が前年の

地域農林経済学会で報告した日韓中FTAそ締結した

場合の妥協点に隠する試算が再度提示されている.

(3)地域農林経済学会

地域農林経済学会では, 日本農業経済学会での議

論とも一部連携関係を保ちつつ,やはりグローバル

化をめぐる議論が行われてきたはただ,当然、のこ

とながら, 日本農業経済学会とは異なり,問題を地

域に引きつけ,グローパル化に対する対応策を考察

するという姿勢が強い

その最近時点での大きな特集は. w農林業問題研

究J第 161珍 (2006年3月号)に掲載された第55白

地域農林経済学会大会「グローパリゼーションと地

域農業・農村の展望jである.この大会では. 4つ

の報告が行われた そのうち,特に本報告に関係の

深い第一及び第四報告を取り上げよう.

第一報告では,加古敏之氏が, 日韓の水悶農業を

比較しつつ,急速な経済成長により土地賦存条件に

恵まれない東アジア諮問が農産物輸入を増大させ,

食料供給の商で不安定牲を抱えることになるため,

東アジア共通農業政策の構築が必要であるとしグ

ローパル化が引き起こすパラドックスとしてネイス

ピッツの説くローカリゼーション,すなわち世界経

済が豆大イとするほど援米端の組織、活動が活発化する

というパラドックスを紹介し,地産地消の動きはそ

のひとつだ、と指摘している.氏は,グローパル化に

対応する手段として,地産地消. i玄売所への支援,

学校給食における地産地消の推進,地産地消を支援

する認証制度等を紹介している.

第四報告では,鈴木宣弘氏が.東アジア共通農業

政策構築の可能性伝具体的なパイロットモデルを

使って検証している.ここでは,日韓中 FTAが締結

された場合の 3国が受ける影響を. 7つのシナリオ

のもとに分析し結論的には,白木としは,生産謁

整を解除し. 1俵当たり 12,000門程度の補填基準米

価を設定し関税率は 200%程度にすることが東ア

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大限;グローパル化の下で、の地域農業・農政の変容と展望 (391]

ジア共通農業政策を実現可能なものとするための条

件であるとしている. この試算結果は,翌年の日本

農業経済学会大会でも報告されている

2006年大会での議論の共通点は,土地日依存条件の

不利性を前提に,どのようにしてグローパル化した

世界の中で日本の農業を活性化させるか, という問

題意識であり,その対応策として,国際的には同じ

ような条件のもとにある策アジアの共通農業政策の

可能性を探り,また輸出振興の可能性を探ること,

陣内的には地産地消等による圏内農産物消費の構造

改善をB指すことが説かれている.

このような 2006年度大会の議論の背景には,グ

ローパル化が引き起こす問題に対応するうえでの地

域の役割は何であるかを追求しようという問題意識

があったが,その意識をさらに発展させたものが,

2007年度及び 2008年度の 2年度にわたり行われた

は也域の豊かさとは何かjをテーマとするこつの大会

であった.そこでは,地域を研究することの意義と

して,地域農林経済学会がかねてから提唱している

メゾ・エコノミクスの必要性が再度強調され,グロー

パル化が進むほど.r悶家に代わるシェルターとして

の f地域Jへの期待Jが高まっているという指摘が

なされている.このような役割を果たす地域を「グ

ローパリゼーションへの対抗軌jとして設定し.r地域は自然・生態と文化に適合した躍有の経済発展を

示すものだjという認識のもとに,その発展は.r地域がストックとして抱えている地域キャピタルの量

と質j によって左右されるとして,よ主体的には自然、

キャピタル,生活文化キャピタルを活かした地域づ

くりの事例が報告されている. しかしこれらの報

告は,地域というものの可能性を示唆するものでは

あるが,事例検証と理論的なフレームとの結合がま

だ確立しているとは蓄えない状況にあり,さらに今

後の展需が期待される

5 考察と展望

グローパル化と謂連が深いと忠、われる農業・農村・

農政の変化を,ごく基本的な事項と統計に限って整

理したうえで, グローパルイとをめぐる経済学界及び

関連学界,農業経済及び地域農林経済関係学会の最

近の議論を紹介した

ここで,報告者として,若干の考察を加えたい.

第一に,現在の日本の農政がグローパル化の大き

( 35 )

な影響を受けてきたことは間違いがない ことに過

去 20年の農政の流れは,基本的に国際農産物貿易交

渉に対する日本的対応であったと言える. r日本的J

とは,戦略的にE窓際交渉を利用するのではなく,後

追い的に問題をカバーすることを言う 15)

しかしながら,その農政が対象としている日本の

農業・農村の状況は,すべてグローパル化が生み出

したものだとすることはできない グローパル化の

影響を受けつつ.各閣はその主体的な条件の制約の

中で.それぞれの農業・農村の姿を作り上げてきた

のであって, 日本もその例外ではない.

グローパル化によって日本の農業は衰退した, と

「枕詞Jのような使われ方がされることがあるが,そ

の衰退の典型的な徴表を米価と自給率の低下に求め

るとすれば,米{聞な引き下げる要因となっている需

要の減退は,過去 20年のグローパル化の時代のみ

ならず;それよりす、っと以前から起きていた.また

自給率については,同じ「ク守口ーパルイヒ」のもとに

あるヨーロッパ諮問においては必ず、しも低下してい

ない さらに,為替レートの変動がグローパル化の

問題として取りよげられることがあるが,過去に為

替レートがもっとも大きく変動したのは悶定相場制

からフロート制に移った時期であり,過去 20年の為

替レートの変動は,それに比べれば大きなものでは

ない

つまり,グローパル化が原悶であるという場合,

それなりにレベル分けをした分析が必要であり,す

べての時題をグローパル化という「枕詞Jでひとく

くりすることはできないはずである.グローパルな

問題にはグローパルなレベルでの解決,田家的な問

題には国家的なレベルでの解決,地域的な問題には

地域的なレベルでの解決, というのが基本のはずで

ある.

しかし現実の問題は,グローバルなレベル,国家

的なレベル,地域的なレベルが相互に影響しあって

いることも事実であり,ひとつの現象が複数のレベ

ルに関わることがあるのも事笑である. したがって,

その相互関係,影響の度合い等を分析したうえで,

f地域jが解決できる問題とは何かを確定していくこ

とが必要ではないかと考える.言い換えれば.r地域J

がグローパル化に対する万能薬ではない, という点

を確認しておく必要があるということである.

第二に,それではここで、言われる「地域Jとは何

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[392J 農林業問題研究(第 181号・ 2011年 3月)

か ということである

とりあえず「地域jの筆者なりの定義を示すとす

れば自然と社会の結合した一定の範域であって,

国家という基準で臨することのできない恩家より狭

い単位,あるいは国家を超えた単位Jを指す, とい

うことになる.良きにつけ悪しきにつけ,メルクマー

ルになっているのは留家である.国家という枠組み

で解決できないものを,われわれは地域という範域

に移し替え,その中で別様の解決ができないかを模

索している.

同時に,メルクマールが田家である以上,われわ

れは「地域Ji'議論するにあたって,患家の機能に

も着目しておく必要がある.前出のトッドも,地域、

に着目しつつ,国家については,それが社会政策等

で果たす重要性に言及している.

グローパル化が様々な問題を引き起こしているこ

とは間違いがない. しかしそれは同時に人類に大

きな幸せももたらしたのであって,その点まで否定

する論者はあまりいないと筆者は考える.たとえば,

第3節で見たような農業生産額の減退,農家の減少,

農業集落機能の減少等農業・農村の衰退が, ク守口一

パル化の影響下にあるすべての輸入国で起きている

わけではないであろう それどころか,東アジアで

は,格援の拡大の問題はあるものの,グローパル化

以前よりも農業の生産力,農村の生活の絶対的な水

準は急速に上がっているという箇もある 16) グロー

パル化の影響は,すべての輸入悶に等しく作用する

のではなく,その影響を受ける各国の主体的,歴史

的条件に応じて変わるのである.そのことそ認識し

ておかないとグローパル化の科点まで、も捨て去って

しまうことになりかねない.

ここで第二,第三報告へのつなぎとなる点を考え

てみたい.第二報告は,食と燥の連携ごと念頭に置い

て.1理論一朗念を共有する多様な主体のネットワー

ク化」を行うことがポイントであるとしている.第

三報告は,多様な主体のネットワーク化による地域

の農かさの創造がテーマである.両者に共通する

キーワードは. I多様性」と「ネットワークjであ

る. この二つの鍵概念、で,われわれはクゃローパル化

が引き起こす問題に対応できる地域を作り上げてい

くことができるかどうか,それが問題である.具体

的な内容の吟味は,それぞれの報告の場においてな

されるであろうが,筆者としては.I多様性Jと「ネッ

( 36)

トワークJが,グローパル化のどの問題を解決する

のかを明らかにしていく必婆があるのではないかと

考える.

最後に今後の展望である.農政の基本方針はErfのところ媛昧であり.現場の生産構造は先に見たよ

うに全般的には脆弱化しつつあり,行政の支援も市

町村合併等によって弱まるなか,広義の意味でのグ

ローパル化にi変節して地域はどのような対応を取る

べきであろうか ここから先は,展望というよりも

希望であることをお断りしつつ.2点あげておこう.

第ーに,グローパルレベルの問題と地域レベルの

出題とを混問するべきではないということである.

グローパル化が,財やサービスの移転のみならず;

情報の移転そ含み,相互のJ!lU~を高める可能性を増

やすものである以上,その利点は積極的に評価しつ

つ,今の日本の農業・農村の現状の何がグローパル

化に起因し何が悶内の主体的な条件に起因してい

るのかを分析し WTOその他の国際機関等の場にお

いて, 日本が出来ることと国際社会に聖書求すべきこ

とを学問的背景をもって主張していくことが必要で

ある その点で,鈴木氏のような具体性をもった提

案が,政権内部において,またジュネーブにおいて,

もっと議論されてしかるべきだと考える その積み

重ねの中から,意味のある政策と国際社会でも通

用する提案が生まれてくることを}t:Il待したい.

第二に,地域について考えてゆくべきことは.I延

命Jではなく創造Jだ、ということである.たとえ

ば,集落営農についてな現在の集落営農が先述の

とおり圧倒的に地域維持芯向であるからといって,

今後もそうでなければならない必然性はない.過去

の地域は,地域における与件(土地,水ムラ等)

に寄りかかつて存在することができた. しかし今

臼の地域は,それに対して働きかける多様な主体が

あって,はじめて保たれる.

俗人の主体性が強調される一方で,過去の共肉体

の力が弱まっていくなか,ネグリの議論と今回の報

告との意外な接点となるかもしれない fネットワー

クj は,このような主体的な意思なしでは形成も維

持もできないであろう.そもそも「多様性j とは,

独立した意思を持つ主体があって,はじめて成り立

つものではなかろうか.ネットワークの結節点にあ

る多様な主体は, その独自の存夜Jst義さと発揮してこ

そ,はじめて有効な活動を展開できる.この意味で,

Page 13: グローバル化の下での地域農業・農政の変容と展望 · 大限;グローバル化の下での地域農業・j民政の変容と展望 [383J に信用収縮が起きた.信用危機は世界的にも拡大し

大限,グローバル化の下での池域農業・ 1111政の変容と展望 [393J

地域は民主主義の学校であり,地域づくりは人づく

りなのである.

校1)小池 [3J 小i也氏は f新自由定義という ulZlをもった

グローパリズム,多国籍企業の経済活動のやりやすい

環境づくりという意図をもったグローパリズムー米国

文U}jの:jij1し付けという窓[羽をもったグローパワスム

等々のような意図されたグローパリズムJという言い

方で後者のグローバル化を表現している このため。

1走者の窓味でグローパル化という言蕊を使うと。慨に

一定の起Ii!ffi判断を下したうえでの議論になるため,こ

こではより中立的な2議論を目指してニュートラルな表

現をとるのである.ただし対象j哲1]11Jlはまiに過去 20年

rUlt二絞っている

2)純祭f資本とは.),災家をま王位;!え桜別に 5ha未満.5 ~ 7.5.

7.5 ~ 10. 10 ~ 15. 15 ~ 20. 20 ha以上の各階悶にiI

t;JJ玖磁Fjごとに譲受i在i綴から譲渡IIlIfi'lを控徐して

ネットで当該悩際に災駁したi百I駁を求め, これを全階

烈の移動而駁で除すことにより得られる指様である

この指僚がプラスになった階層は,農地がその層に集

t'iされていることを示すことになる(fL~t,j;水深省 [10,

p.157) この指擦はω その階砲のj災家数が培えたこと

を示すものではないから.これを見ただけでは機造改

革を支える隠として分厚いものになっているかどうか

は分からないことになるー

3)ネグリ [9Jp.68にローカルなアイデンティティと

して:v:ち現れるものは, 自律的なものでも自己決定的

なものでもなく,じっさいには資本主義的なく俗図〉

機以の発展を効炎し,支援するものであるj とある

ネグ 1)の六う f帝下型j とはアメリカ帝i対立三義のことで

はなく,会i止界的規般に広がったttUJII,j.iili(アメワカ

はその中のひとつの嬰系にすぎず1 自身その構造のc].,

Lこ絡めとられている)である以上。 これに対抗するマ

ルチチュードも,ローカルなレベルのものではなし

関:界的規絞に広がったネットワークでなければならな

いという認識があるのであろうただ、しマルチチュー

ドの概念の綬味さ,非実用1士はネグリ自身が認めてお

り,思想的なコンセブトとして挺示しているものであ

ると断っている

1)段業問題研究会[1OJp.26

5)農業問題研究会[JO]p.29

6)河村 [2Jp.29

7) jiij{寸 [2Jp.31.

8)河村く2Jp.72.

9) jiiJ干す [2J p.22

10) Stiglitz [5J p. ,1

11) Stiglitz [5J p. viii

( 37)

12) Stiglitz [5J pp.288-292

13)以下,日本農業経済学会での論争については農業経

済研究178(2)を参照

14)以下,土!!lJ約五林;経済学会での報告及び論考については,

TJ1;!株主主r:話題研究 4](4). 42(4). 43(4). 44(4)の各

写会を参照

15)篠原 ヰr: r)~ミ祭政策の形成プロセスー先進ê!ll:I七絞にみ

る日本の特徴Jfr~業経済研究 73(2). 2001. pp.54-62

16)中塗人民共和盟国家統計局 F中関統計年鐙 2009年(こ

よると.iil)市住民一人当たりの可処分所得は 2008年で

15,780.8えであり,農村住民一人当たりのそれに比べ

て3. 31倍となっている. 1980年のレベルで比較する

と 2. 49!fJ;であり,格差は聞いているものの路端に大

きなものではなく,この1:礼段付伎民の可処分r:rrl与の

絶対水彩は 25倍(都市伎民は:33(者)にJ二がっている

なお,この資料は.IiiJ柏教授のおかげで旋することが

できた. 感,lJ}IEj3しJニげる.

引用文献

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[2J河村哲二戸戦後パックス・アメリカーナの転換と“グ

口一ノ¥)ルレ2資空本j点ミJ義完

動f慾8よふ' 御J茶去ノ水戎蕩‘β説1一f.2初00凶3. pp.3-98

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(8)言諮問rr.時彦 T現代経済システム言語J;. 日本絞済評論社,

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[9)アントニオ・ネグリ&マイケル・ハート 水総一怒他

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[l1J )災林水際空i 食料・ 1足業・ fJl村自およ平成 22王子版

C12Jジャグディシュ・パグワティ Fグローパリゼーション

を擁護するよ日本経淡tl\F~告 jclニ. 2005.

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