コーヒーおよびカフェインのインスリン感受性改善 …26 目 的...

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26 ■ 目 的 現在までに我々は、2 型糖尿病自然発症モデルである KKy マウスを用いて、コーヒーおよびカ フェインの摂取はインスリン感受性を上昇させることにより高血糖発症抑制効果を発揮することを見 出している。そこで本研究では、2 型糖尿病自然発症モデルである KKy マウスを用いて、コーヒーお よびカフェインがどの臓器でインスリン感受性を上昇させるのかを明らかにし、インスリンのシグナ ル伝達機構のどの段階で作用しているのかについて探ることを目的とした。インスリンシグナル伝達 系のタンパク質の中でも、インスリン受容体β鎖とその下流に位置する Akt を対象として、それらの リン酸化レベルをインスリンシグナルの活性化レベルとして測定した。 ■ 方 法 (1)コーヒーおよびカフェインの骨格筋、肝臓、脂肪組織でのインスリン情報伝達の活性化作用の検 討−非絶食時でのインスリン投与がない場合の解析−(実験1) 4 週齢の KKy マウスに、飲水として純水を与える群(対照群)、2.5 倍希釈ブラックコーヒーを与え る群(コーヒー群)、200ppm カフェイン水溶液を与える群(カフェイン群)の 3 群をもうけて 4 週間飼 育した。そして、1 時間の飼料除去後、午前 10 時にマウスを屠殺して肝臓、腓腹筋、精巣上体脂肪組 織を採取し、ウェスタンブロット解析によりインスリン受容体β鎖、Akt のインスリン投与によるリ ン酸化レベルを測定した。 (2)コーヒーの骨格筋、肝臓、脂肪組織でのインスリン情報伝達の活性化作用の検討−絶食時でのイ ンスリン投与をした場合の解析−(実験2) 4 週齢の KKy マウスに、飲水として純水を与える群(対照群)と 2.5 倍希釈ブラックコーヒーを与え る群(コーヒー群)の 2 群をもうけて 3 週間飼育した後に、各群をさらにインスリン投与群と生理食塩 水投与群とに分けた(合計 4 群)。すべてのマウスを午後 7 時から 14 時間絶食後、インスリン投与群 にはインスリン(2IU/kg 体重)を腹腔内注射して 15 分後にマウスの肝臓、腓腹筋、精巣上体脂肪組織 をすばやく採取した。生理食塩水投与群には、生理食塩水を腹腔内注射して 15 分後に屠殺した。 ■ 結果および考察 (実験 1) 骨格筋のインスリン受容体β鎖と Akt の活性化(リン酸化)レベルは、3 群間で差がなかっ た。また、肝臓においてもインスリン受容体β鎖と Akt のリン酸化レベルは 3 群間で差がなく同等で あった。 (実験 2) 骨格筋でのインスリン投与時のインスリン受容体β鎖のリン酸化レベルはインスリン投与に より上昇したが、コーヒー摂取による上昇は観察されなかった。しかし、Akt のリン酸化レベルはイ ンスリン投与により上昇し、コーヒー摂取でさらに上昇が観察された。 さらに肝臓の両タンパク質のリン酸化レベルについても、インスリン受容体β鎖のリン酸化には コーヒー摂取は影響しないが、インスリン投与群の Akt のリン酸化レベルはコーヒー摂取により有意 に上昇した。白色脂肪組織の両タンパク質のリン酸化は、インスリン投与により上昇したが、コー ヒー摂取の効果は観察されなかった。 本研究により、インスリン抵抗性を示す KKy マウスにおいて、絶食をして内因性のインスリンの 影響を最小限にした状態下で、インスリン投与によるそのシグナル伝達の活性化が骨格筋と肝臓にお いてコーヒー摂取により促進されることが初めて示された。そして、この効果はインスリンシグナ ル伝達経路の鍵タンパク質である Akt のリン酸化促進という段階で検出された。この結果から、コー ヒーの摂取は骨格筋での Akt リン酸化促進を介して血中から骨格筋へのグルコースの取り込みを促進 していることが推定される。また、コーヒー摂取は肝臓での Akt のリン酸化促進を介して糖新生を抑 制し、肝臓から血中へのグルコースの放出を抑制することが推定された。 ■ 結 語 2 型糖尿病自然発症モデルである KKy マウスにおいて、コーヒー摂取は骨格筋と肝臓でのインス リン感受性を上昇させることが示唆され、コーヒー摂取はインスリンのシグナル伝達経路中の鍵タン パク質である Akt のリン酸化を両臓器において促進することが示された。本結果により、コーヒーの 抗糖尿病作用の機構の一面が明らかとなった。 名古屋大学大学院生命農学研究科・教授 堀尾 文彦 コーヒーおよびカフェインのインスリン感受性改善作用の機構解明

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Page 1: コーヒーおよびカフェインのインスリン感受性改善 …26 目 的 現在までに我々は、2型糖尿病自然発症モデルであるKK yマウスを用いて、コーヒーおよびカ

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■ 目 的現在までに我々は、2 型糖尿病自然発症モデルである KKⒶy マウスを用いて、コーヒーおよびカ

フェインの摂取はインスリン感受性を上昇させることにより高血糖発症抑制効果を発揮することを見出している。そこで本研究では、2 型糖尿病自然発症モデルである KKⒶy マウスを用いて、コーヒーおよびカフェインがどの臓器でインスリン感受性を上昇させるのかを明らかにし、インスリンのシグナル伝達機構のどの段階で作用しているのかについて探ることを目的とした。インスリンシグナル伝達系のタンパク質の中でも、インスリン受容体β鎖とその下流に位置する Akt を対象として、それらのリン酸化レベルをインスリンシグナルの活性化レベルとして測定した。

■ 方 法(1)コーヒーおよびカフェインの骨格筋、肝臓、脂肪組織でのインスリン情報伝達の活性化作用の検

討−非絶食時でのインスリン投与がない場合の解析−(実験 1)4 週齢の KKⒶy マウスに、飲水として純水を与える群(対照群)、2.5 倍希釈ブラックコーヒーを与え

る群(コーヒー群)、200ppm カフェイン水溶液を与える群(カフェイン群)の 3 群をもうけて 4 週間飼育した。そして、1 時間の飼料除去後、午前 10 時にマウスを屠殺して肝臓、腓腹筋、精巣上体脂肪組織を採取し、ウェスタンブロット解析によりインスリン受容体β鎖、Akt のインスリン投与によるリン酸化レベルを測定した。

(2)コーヒーの骨格筋、肝臓、脂肪組織でのインスリン情報伝達の活性化作用の検討−絶食時でのインスリン投与をした場合の解析−(実験 2)

4 週齢の KKⒶy マウスに、飲水として純水を与える群(対照群)と 2.5 倍希釈ブラックコーヒーを与える群(コーヒー群)の 2 群をもうけて 3 週間飼育した後に、各群をさらにインスリン投与群と生理食塩水投与群とに分けた(合計 4 群)。すべてのマウスを午後 7 時から 14 時間絶食後、インスリン投与群にはインスリン(2IU/kg 体重)を腹腔内注射して 15 分後にマウスの肝臓、腓腹筋、精巣上体脂肪組織をすばやく採取した。生理食塩水投与群には、生理食塩水を腹腔内注射して 15 分後に屠殺した。

■ 結果および考察(実験 1)骨格筋のインスリン受容体β鎖と Akt の活性化(リン酸化)レベルは、3 群間で差がなかった。また、肝臓においてもインスリン受容体β鎖と Akt のリン酸化レベルは 3 群間で差がなく同等であった。

(実験 2)骨格筋でのインスリン投与時のインスリン受容体β鎖のリン酸化レベルはインスリン投与により上昇したが、コーヒー摂取による上昇は観察されなかった。しかし、Akt のリン酸化レベルはインスリン投与により上昇し、コーヒー摂取でさらに上昇が観察された。さらに肝臓の両タンパク質のリン酸化レベルについても、インスリン受容体β鎖のリン酸化にはコーヒー摂取は影響しないが、インスリン投与群の Akt のリン酸化レベルはコーヒー摂取により有意に上昇した。白色脂肪組織の両タンパク質のリン酸化は、インスリン投与により上昇したが、コーヒー摂取の効果は観察されなかった。

本研究により、インスリン抵抗性を示す KKⒶy マウスにおいて、絶食をして内因性のインスリンの影響を最小限にした状態下で、インスリン投与によるそのシグナル伝達の活性化が骨格筋と肝臓においてコーヒー摂取により促進されることが初めて示された。そして、この効果はインスリンシグナル伝達経路の鍵タンパク質である Akt のリン酸化促進という段階で検出された。この結果から、コーヒーの摂取は骨格筋での Akt リン酸化促進を介して血中から骨格筋へのグルコースの取り込みを促進していることが推定される。また、コーヒー摂取は肝臓での Akt のリン酸化促進を介して糖新生を抑制し、肝臓から血中へのグルコースの放出を抑制することが推定された。

■ 結 語2 型糖尿病自然発症モデルである KKⒶy マウスにおいて、コーヒー摂取は骨格筋と肝臓でのインス

リン感受性を上昇させることが示唆され、コーヒー摂取はインスリンのシグナル伝達経路中の鍵タンパク質である Akt のリン酸化を両臓器において促進することが示された。本結果により、コーヒーの抗糖尿病作用の機構の一面が明らかとなった。

名古屋大学大学院生命農学研究科・教授 堀尾 文彦

コーヒーおよびカフェインのインスリン感受性改善作用の機構解明