ライフイノベーション分野におけるtrcの取組み | 東レリサーチ ... ·...

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1 ライフイノベーション分野における TRC の取組み 関西営業部 飯田 TRC 1978 年の設立当初から、ライフイノベーションに関係する分野における分析技術開発に取 組んできた。本稿では、ライフイノベーション分野における TRC の分析技術開発への取組について、その 歴史、その中で開発した分析技術、TRC で実施している分析評価事例について簡単に紹介する。 1. はじめに 日本発の革新的な医薬品・医療機器の創出により、健 康長寿社会を実現するとともに、国際競争力強化によ る経済成長に貢献することを目指す「ライフイノベー ション」の推進は、近年国策として益々発展する兆し を見せている。実際に、分析による問題解決でお客様 に貢献することを業としている弊社から見ても、様々 な業種のお客様がライフイノベーション分野に注目 され、それぞれのコア技術を活かして事業展開を図っ ていらっしゃる様子が伺われる。一方で、ライフイノ ベーション分野は多岐に渡っており、多くのお客様か ら、ライフイノベーション分野における様々な分析技 術について広く知りたいという声を聞くようになっ てきた。そこで、 TRC はこのようなお客様のご要望に お応えして、 2016 8 3 日・品川にて第 1 回ライフ イノベーション分析技術セミナーを開催したところ、 74 名ものお客様に出席いただいた。本稿では TRC ライフイノベーション分野への取組について簡単に ご紹介する。 2. TRC の分析技術開発状況 今でこそライフイノベーションという言葉が定着して いるが、TRC は設立直後の 1980 年頃から、世の中の ニーズを先取りして、ダイアライザー、コンタクト レンズ、カテーテル、 CMC、バイオアナリシスといっ たライフイノベーションの様々な製品・分野における 分析技術開発に取り組んできた。図 1 には TRC の医療 材料関係分野における分析技術開発の取組みをまとめ た。例えば、コンタクトレンズに関係した分析では、 80 年代初期の DSC 法による重合率の評価に始まり、 90 年代には溶出試験、分子量分布測定、そして世の中 に先駆けてAFM液中観察による表面の数nmの凹凸の 評価といった分析技術を開発、 2000 年以降は表面コー ト層の解析やカラーコンタクトレンズの色素分布解析 などに取り組んできた。ダイアライザーに関係した分 析では、80 年代初期に DSC NMR による水和構造 解析、DSC 法による細孔径測定技術を開発した。当 時は SEM の前処理が難しく、細孔を SEM で直接観察 することができなかったために、 DSC 法を先行して開 The TRC News, 201608-01 (August 2016) 1 TRC の医療材料関係分野における 分析技術開発の取組み

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ライフイノベーション分野における TRC の取組み

関西営業部 飯田 豊

要 旨 TRC は 1978 年の設立当初から、ライフイノベーションに関係する分野における分析技術開発に取

組んできた。本稿では、ライフイノベーション分野における TRC の分析技術開発への取組について、その

歴史、その中で開発した分析技術、TRC で実施している分析評価事例について簡単に紹介する。

1. はじめに

日本発の革新的な医薬品・医療機器の創出により、健

康長寿社会を実現するとともに、国際競争力強化によ

る経済成長に貢献することを目指す「ライフイノベー

ション」の推進は、近年国策として益々発展する兆し

を見せている。実際に、分析による問題解決でお客様

に貢献することを業としている弊社から見ても、様々

な業種のお客様がライフイノベーション分野に注目

され、それぞれのコア技術を活かして事業展開を図っ

ていらっしゃる様子が伺われる。一方で、ライフイノ

ベーション分野は多岐に渡っており、多くのお客様か

ら、ライフイノベーション分野における様々な分析技

術について広く知りたいという声を聞くようになっ

てきた。そこで、TRC はこのようなお客様のご要望に

お応えして、2016年 8月 3日・品川にて第 1回ライフ

イノベーション分析技術セミナーを開催したところ、

74名ものお客様に出席いただいた。本稿では TRC の

ライフイノベーション分野への取組について簡単に

ご紹介する。

2. TRC の分析技術開発状況

今でこそライフイノベーションという言葉が定着して

いるが、TRC は設立直後の 1980 年頃から、世の中の

ニーズを先取りして、ダイアライザー、コンタクト

レンズ、カテーテル、CMC、バイオアナリシスといっ

たライフイノベーションの様々な製品・分野における

分析技術開発に取り組んできた。図 1には TRC の医療

材料関係分野における分析技術開発の取組みをまとめ

た。例えば、コンタクトレンズに関係した分析では、

80 年代初期の DSC 法による重合率の評価に始まり、

90 年代には溶出試験、分子量分布測定、そして世の中

に先駆けてAFM液中観察による表面の数nmの凹凸の

評価といった分析技術を開発、2000 年以降は表面コー

ト層の解析やカラーコンタクトレンズの色素分布解析

などに取り組んできた。ダイアライザーに関係した分

析では、80 年代初期に DSC や NMR による水和構造

解析、DSC 法による細孔径測定技術を開発した。当

時は SEM の前処理が難しく、細孔を SEM で直接観察

することができなかったために、DSC 法を先行して開

The TRC News, 201608-01 (August 2016)

図 1 TRC の医療材料関係分野における

分析技術開発の取組み

The TRC News, 201608-01 (August 2016)

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発したと聞いている。90 年代になると前処理技術開発

が進み、SEM や TEM による細孔の観察、N2吸着法に

よる細孔径の測定が可能となった。これらの技術は現

在湿潤状態で用いる電解質膜の評価にも応用され、重

要な要素技術となっている。2000 年以降は、3D-TEM

による3次元構造の解析やTOF-SIMSによる表面構造

の解析技術開発に取組んでいる。カテーテルに関係し

た分析では、EPMA によるヘパリンの表面分布測定に

始まり、樹脂の構造解析、SIMS による表面成分の分

布測定、コート層の解析など時代とともに新しい分析

技術開発に取組み、お客様のご要望にお応えしてきた。

大まかな括りで言うと、80 年代は基本物性の評価、90

年代は微細構造の解析、2000 年以降は表面のイメージ

ングというようなキーワードで表すことができる。一

方、図 2 に示すように、医薬品開発支援の分野でも、

TRC は設立当初から様々な分析評価技術開発に取組

んできた。例えば、CMC:Chemistry Manufacturing

Control の分野では、80 年代初期から HPLC, NMR, 質

量分析による化合物の定量、構造解析技術の開発、90

年代は LC-NMR による不純物解析に取組むとともに

安定性試験センターを設立してこの分野の事業拡大を

図った。また 2000 年以降は抗体医薬品の安定性試験、

出荷試験への取組、最近では Q3D への対応といった時

代のニーズに合わせた取組みを行っている。バイオア

ナリシスに関係した分析では、80年代はLC/MS、HPLC

による薬物濃度測定、90 年代には LC/MS/MS の高感

度化によって TK, PK 測定での微量成分測定技術の追

求、そして GLP 適合性評価 A の取得により本格的な

事業展開、2000 年以降は高分子試験、ELISA, ECL, 細

胞試験によるバイオマーカー分析に取組んで来た。バ

イオに関係した分析では、80 年代には電気泳動、RI

試験による蛋白質分析、遺伝子解析、細胞試験、90 年

代にはHPLC, シーケンサーによるバイオ医薬品分析、

糖・アミノ酸分析、ペプチド合成への取組み、2000 年

以降は STD-NMR、ITC による抗体医薬品分析、再生

医療関連分析、相互作用解析などに取組んで来た。こ

の分野を大まかな括りで言うと、80 年代は基礎分析技

術の開発、90 年代は承認申請支援の強化、2000 年以降

は革新医薬品分析というようなキーワードで表すこと

ができる。

3. 分析技術開発の事例(3D-TEM)

2 章で紹介した分析技術開発の中で、3D-TEM による

中空糸の 3 次元構造解析は、当社が早くから 3D-TEM

の技術開発に取組み実用化した事例であるので、ここ

で少し紹介させていただく。

図 3 に、ダイアライザーの模式図と中空糸の内側付

近の SEM 観察像、さらに内側表面付近の TEM 観察像

を示す。図に示したように、ダイアライザーは多孔質

中空糸内に血液を通して、老廃物を濾過するように設

計されている。SEM 像では、中空糸の内側ほど細孔径

が小さい構造になっていることが分かる。また、TEM

像では、中空糸内側表面付近では、細孔径がナノメー

トルスケールの微細構造を有していることが分かる。

ここで、この中空糸の場合は、骨格のポリマーがポリ

スルフォン(PSf)であり、血液適合性改善のために、

その網目の表面のみに、親水性のポリビニルピロリド

ン(PVP)を修飾した設計となっていることに留意い

ただきたい。ここでは PVP のみを染色する技術を用い

て、TEM 像にコントラストをつけているが、これも

TRC が古くから独自に開発してきた技術である。さて、

図 3 の TEM 像から、中空糸の微細な網目構造が確認

できるが、この像では、網目が 3 次元的にどのように

繋がっているか、そして設計の要である、PVP が PSf

の表面だけについているということは残念ながら確認

図 2 TRC の医薬品開発支援関係分野における

分析技術開発の取組み

図 3 ダイアライザーの模式図と中空糸内面の拡大図

The TRC News, 201608-01 (August 2016)

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できない。そこで、登場するのが 3D-TEM の技術であ

る。図 4 左は、電子染色後の中空糸内面の拡大図であ

るが、これを少しずつ傾斜させて多数の TEM 像を取

得し、それを再構築すると、右図のように 3 次元の像

がの表面だけについているということは残念ながら確

認できない。そこで、登場するのが 3D-TEM の技術で

ある。得られる。この紙面では 2 次元の描写になって

いるが、骨格の PSf の表面に PVP が存在していること

が分かっていただけるだろうか。実際にはこの画像は

3 次元情報を持っており、PC 画面で回転させて像の裏

側まで見ることができるため、そのような観察によっ

て PSf の表面に PVP が存在していること、網目が 3 次

元的にどのように繋がっているかを確認することがで

きる。このような分析技術は、中空糸の設計に無くて

はならないものになっている。

4. TRC での実際の分析事例

ライフイノベーションは非常に多岐に渡る分野である。

その中には例えば、医療用途材料開発、.再生医療の研

究、創薬関係の研究、医療機器開発、革新治療法開発、

診断ツール開発、介護用品の開発、バイオ・生命科学

の研究といったようなカテゴリがあり、それぞれに分

析ニーズがある。TRC でも様々な分野の分析を行って

いるが、図 5 にその中でも医療用途材料開発に関係し

た分析評価事例を示した。その範囲は、1)先の 3D-TEM

の事例のような材料の微細構造の形態観察、樹脂の配

向性の評価、2)ポリマーの構造、添加剤といった成分

分析、またそれらの成分の溶出試験、3)材料の表面の

化学構造やγ線、電子線照射時のラジカル、発生ガス、

着色原因解明、さらに水和構造の解析といった構造評

価、4)たんぱく質、低分子化合物の吸着量評価や生体

毒性評価といった、生化学的試験などである。なお、

生化学的試験については、鎌倉テクノサイエンス社や

東レテクノ社との業務提携を行っている。

図 6 に再生医療分野での TRC の分析事例を示す。そ

の範囲は、1)細胞の増殖速度、幹細胞マーカー、遺伝

子発現解析、細胞生存率といった細胞そのものに関す

る評価、2)培地の成分解析、3)足場材の表面物性、

図 4 左:電子染色後の中空糸内面の拡大図

右:3D-TEM 画像

緑:骨格ポリマー(PSf) 赤:PVP

図 5 TRC での医療用途材料関係の分析評価事例

The TRC News, 201608-01 (August 2016)

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成分・組成分析、コンフォメーション、水和性といっ

た物性評価、4)培養容器の形態観察、表面解析、材料

の成分分析、溶出試験、基本物性などの評価などであ

る。ここでは、医療用途材料関係の評価と、再生医療

分野関係の評価のみご紹介したが、TRC はそれ以外に

も様々な分析評価に対応しており、詳細は

http://www.toray-research.co.jp/にも掲載しているのでご

確認いただきたい。

5. まとめ

本稿では、TRC のライフイノベーション分野への取組

について、その歴史、開発した技術の一例として

3D-TEM による中空糸の 3 次元観察事例、医療材料や

再生医療分野における TRC の分析評価実施事例を紹

介した。紙面の都合上、詳細な部分までご紹介できな

かったので、ご興味がある部分については是非問い合

わせていただきたい。

なお、本号では、本記事以降以下 6 つのテーマにつ

いてご紹介させていただいているので、興味がある部

分については是非ご覧いただき、ご質問やコメントを

お寄せいただければ幸いである。

<本号の記事概略>

1)培地のトータル分析

2)バイオセンサーセンサー部の構造解析・検出対象

物質との相互作用分析

3)AFM による液中観察

4)生体適合性ポリマーの吸着水解析

5)γ線滅菌処理、射出成形品におけるトラブル解析

6)Extractables & Leachables Testing(溶出物評価)

飯田 豊(いいだ ゆたか)

関西営業部 部長

趣味:バイク、ミニ盆栽、家庭菜園、釣りなど

図 6 TRC での再生医療分野での分析事例