ミカファンギンを中心とする抗真菌療法が奏効した 慢性壊死 …7)i.v.,...

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●症 要旨:症例は 42 歳,男性.平成 15 年 3 月下旬頃より 39℃ 台の発熱があり,肺化膿症の診断で約 1 カ月間 近医にて抗生物質の点滴投与をうけるも改善せず,5 月 1 日に当科に紹介入院となった.入院時の胸部 CT 写真では,右上葉に空洞陰影とその周囲や左上葉には浸潤陰影を認めた.入院後に施行した気管支洗浄液の 培養検査にて Aspergillus sp. が検出され,血清アスペルギルス沈降抗体の陽性所見と臨床経過から慢性壊 死性肺アスペルギルス症と診断した.micafungin(MCFG)の点滴投与を中心に,経皮空洞ドレナージ,am- photericin B 吸入,itraconazole 内服を併用し治療を行ったところ,症状,胸部レントゲン所見,血液炎症 反応の改善を認め,MCFG 投与 40 日終了時点で軽快退院となった.慢性壊死性肺アスペルギルス症の治療 において,キャンディン系抗真菌薬 MCFG は新しい治療選択肢になり得るものと考えられた. キーワード:慢性壊死性肺アスペルギルス症,アスペルギルス沈降抗体,気管支洗浄液,ミカファンギン Chronic necrotizing pulmonary aspergillosis,Aspergillus precipitating antibody, Bronchial lavage,Micafungin 慢性壊死性肺アスペルギルス症(Chronic Necrotizing Pulmonary Aspergillosis(CNPA))は1982年にBinder らによって提唱された疾患概念 で,近年その報告例 )~が散見されるようになってきたが,発症機序や病態に関 しては不明な点が多く,その標準的治療法についてもい まだ確立されていない. 今回我々は,キャンディン系抗真菌薬であるmica- fungin(MCFG)を中心とした抗真菌療法が奏功した CNPA と考えられた 1 例を経験したので,文献的考察 を加えて報告する. 症例:42 歳,男性. 主訴:発熱. 既往歴:H13 年に内視鏡下大腸ポリープ切除. 家族歴:特記すべきことなし. 職業:自動車整備. 喫煙歴:20~60 本! 日,25 年間. 飲酒歴:ビール大瓶 2 本+ウイスキー 2 杯! 日. 現病歴:平成 15 年 3 月下旬頃より 39℃ 台の発熱があ り,4 月 9 日近医を受診.胸部レントゲンにて肺化膿症 と診断され同日より入院.cefozopran,pazufloxacin な どの抗菌薬投与をうけるも改善せず,5 月 1 日に当科紹 介受診.精査・加療目的にて同日より当科入院となった. 入 院 時 現 症:身 長 175.8cm ,体 重 58.8kg (入 院 前 1 カ月で 5kg 減 少),体 温 38.4℃,脈 拍 90 回! 分(整), 血圧 109! 63mmHg ,心雑音聴取せず,胸部聴診上ラ音 聴取せず,呼吸音が右肺でやや減弱,腹部平坦,肝脾触 知せず,浮腫なし,表在リンパ節触知せず. 入院時検査所見(Table 1):白血球数が17,700! mm 3 と著明に増加しており,軽度肝機能障害と CRP 上昇お よび血沈の亢進を認めた.喀痰検査では有意菌は検出さ れず,血清のアスペルギルス抗原は陰性で,β-D グルカ ンも正常範囲であった. 胸部 X 線所見(Fig. 1):入院時の胸部レントゲン写 真では,右上肺野に鏡面像を伴う空洞陰影と左中下肺野 に浸潤影を認めた. 胸部 CT 所見(Fig. 2):当科入院時の胸部 CT 写真で は,右上葉に鏡面像を伴う空洞陰影とその周囲に浸潤影 を認め,左上葉にも浸潤影が出現していた.既存の肺構 造としては両上葉を中心とした多数の肺囊胞と小葉中心 性の気腫状変化を認めた. 経過(Fig.3):当科入院当初は,一般細菌による肺化 ミカファンギンを中心とする抗真菌療法が奏効した 慢性壊死性肺アスペルギルス症の 1 例 杉野 安輝 藤井美智子 加藤 誠章 八木 文子 川端 〒4718513 愛知県豊田市平和町 1―1 1) トヨタ記念病院呼吸器科 2) トヨタ記念病院感染症科 (受付日平成 17 年 8 月 25 日) 日呼吸会誌 44(6),2006. 458

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  • ●症 例

    要旨:症例は 42歳,男性.平成 15年 3月下旬頃より 39℃台の発熱があり,肺化膿症の診断で約 1カ月間近医にて抗生物質の点滴投与をうけるも改善せず,5月 1日に当科に紹介入院となった.入院時の胸部CT写真では,右上葉に空洞陰影とその周囲や左上葉には浸潤陰影を認めた.入院後に施行した気管支洗浄液の培養検査にて Aspergillus sp. が検出され,血清アスペルギルス沈降抗体の陽性所見と臨床経過から慢性壊死性肺アスペルギルス症と診断した.micafungin(MCFG)の点滴投与を中心に,経皮空洞ドレナージ,am-photericin B 吸入,itraconazole 内服を併用し治療を行ったところ,症状,胸部レントゲン所見,血液炎症反応の改善を認め,MCFG投与 40日終了時点で軽快退院となった.慢性壊死性肺アスペルギルス症の治療において,キャンディン系抗真菌薬MCFGは新しい治療選択肢になり得るものと考えられた.キーワード:慢性壊死性肺アスペルギルス症,アスペルギルス沈降抗体,気管支洗浄液,ミカファンギン

    Chronic necrotizing pulmonary aspergillosis,Aspergillus precipitating antibody,Bronchial lavage,Micafungin

    緒 言

    慢性壊死性肺アスペルギルス症(Chronic NecrotizingPulmonary Aspergillosis(CNPA))は 1982 年に Binderらによって提唱された疾患概念1)で,近年その報告例2)~4)

    が散見されるようになってきたが,発症機序や病態に関しては不明な点が多く,その標準的治療法についてもいまだ確立されていない.今回我々は,キャンディン系抗真菌薬であるmica-

    fungin(MCFG)を中心とした抗真菌療法が奏功したCNPAと考えられた 1例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.

    症 例

    症例:42 歳,男性.主訴:発熱.既往歴:H13 年に内視鏡下大腸ポリープ切除.家族歴:特記すべきことなし.職業:自動車整備.喫煙歴:20~60 本�日,25 年間.

    飲酒歴:ビール大瓶 2本+ウイスキー 2杯�日.現病歴:平成 15 年 3 月下旬頃より 39℃台の発熱があ

    り,4月 9日近医を受診.胸部レントゲンにて肺化膿症と診断され同日より入院.cefozopran,pazufloxacin などの抗菌薬投与をうけるも改善せず,5月 1日に当科紹介受診.精査・加療目的にて同日より当科入院となった.入院時現症:身長 175.8cm,体重 58.8kg (入院前 1

    カ月で 5kg 減少),体温 38.4℃,脈拍 90 回�分(整),血圧 109�63mmHg,心雑音聴取せず,胸部聴診上ラ音聴取せず,呼吸音が右肺でやや減弱,腹部平坦,肝脾触知せず,浮腫なし,表在リンパ節触知せず.入院時検査所見(Table 1):白血球数が 17,700�mm3

    と著明に増加しており,軽度肝機能障害とCRP上昇および血沈の亢進を認めた.喀痰検査では有意菌は検出されず,血清のアスペルギルス抗原は陰性で,β-D グルカンも正常範囲であった.胸部X線所見(Fig. 1):入院時の胸部レントゲン写

    真では,右上肺野に鏡面像を伴う空洞陰影と左中下肺野に浸潤影を認めた.胸部CT所見(Fig. 2):当科入院時の胸部CT写真で

    は,右上葉に鏡面像を伴う空洞陰影とその周囲に浸潤影を認め,左上葉にも浸潤影が出現していた.既存の肺構造としては両上葉を中心とした多数の肺囊胞と小葉中心性の気腫状変化を認めた.経過(Fig. 3):当科入院当初は,一般細菌による肺化

    ミカファンギンを中心とする抗真菌療法が奏効した

    慢性壊死性肺アスペルギルス症の 1例

    杉野 安輝1) 藤井美智子1) 加藤 誠章1) 八木 文子1) 川端 厚2)

    〒471―8513 愛知県豊田市平和町 1―11)トヨタ記念病院呼吸器科2)トヨタ記念病院感染症科

    (受付日平成 17 年 8月 25 日)

    日呼吸会誌 44(6),2006.458

  • Fig. 1 Chest X-ray on admission showing a cavity for-

    mation with an air-fluid level and infiltration in the

    right upper lung field, and an infiltrative shadow in

    the left lung field.

    Fig. 2 Chest CT scan on admission showing a large

    cavity formation with an air-fluid level and infiltration

    in the right upper lobe, and an infiltrative shadow in

    the left upper lobe.

    Table 1 Laboratory findings on admission

    SerologyHematology

    mg/dl17.3CRPg/dl6.6TP/mm317,700WBC

    mm/hr>110ESRg/dl3.0Alb%70.0Seg

    IU/ml170IgE (RIST) g/dl10BUN%7.0Band

    (-)IgE (RAST) Aspergillusmg/dl0.6Cr%17.0Lymph

    (-)Aspergillus Ag 0.1mg/dl136T-cho%2.0Eos

    (+)Aspergillus Abmg/dl61TG%1.0Baso

    ×2Candida Agmg/dl126Glu/mm3337×104RBC

    pg/ml

  • Fig. 3 Clinical course

    Fig. 4 Transbronchial lung biopsy specimens from

    right S2 and S5 showing thickened alveolar septa with

    infiltration of neutrophils and eosinophils, and organiz-

    ing pneumonia with Masson bodies. No Aspergillus

    hyphae were seen in this biopsy specimen. (H.E.)

    Fig. 5a, b Chest CT scan after treatment showing di-

    minished cavity size and disappearance of infiltrative

    shadows in both upper lobes.

    aa

    b

    a

    b

    CNPAに対する治療として,まず 16 ゲージの中心静脈用アーガイルカテーテルにて経皮的に空洞ドレナージを施行し,MCFG 150mg�day の点滴静注を開始したところ,速やかに解熱し,次第に胸部レントゲン所見およびCRPの改善が認められた.抗真菌治療としては,am-photericin B(AMPH-B)吸入(50mg×3�day),itracona-zole(ITCZ)200mg�day の内服を併用し,AMPH-B の空洞内注入も 4回施行した.その後の経過は順調であったが,6月中旬頃,空洞内鏡面像の悪化とCRPの再上昇を認めたため,MCFGを 300mg�day にまで増量したところ,CRPはほぼ陰性化し,入院から 2カ月後に軽

    快退院となった.MCFGの投与期間は 40 日間であり,投与期間中の副作用は認められなかった.退院後は

    460 日呼吸会誌 44(6),2006.

  • Table 2a,b Case reports of CNPA (ncluding semi-invasive Aspergillosis) in Japan since 1992

    a

    Chest X-ray findings3)

    Symptoms2)Underlying conditions1)Age・SexReferencesNo.

    RUL infCDM70・F1992(10) 1

    RUL cav+infC・FOTb84・F1993(11) 2

    RUL cav+infC・FNone63・M1994(4) 3

    LUL cav+infCP-Ope49・M1995(12) 4

    RUL cav+infCOTb52・M1995(3) 5

    LUL cav+infCOTb46・M1998(2) 6

    LUL/LLL cav+infC・FNone52・M1999(13) 7

    RUL cavMNone19・M1999(13) 8

    LLL infMDM69・M1999(13) 9

    RUL cav+infC・FPF76・M1999(14)10

    LUL cav+infC・FLC45・M2001(9)11

    RLL cav+infDPC+PE65・M2003(15)12

    RUL cav+infC・FPE42・MOur case13

    1)DM,diabetes mellitus; OTb,old tuberculosis; P-Ope,post-operative aspergilloma; PF,pulmonary fibrosis; LC,lung cancer; PC,

    pneumoconiosis; PE,pulmonary emphysema2)C,cough; F,fever; M,medical check-up; D,dyspnea3)RUL,right upper lobe; RLL,right lower lobe; LUL, left upper lobe; LLL,left lower lobe; cav,cavity; inf,infiltration

    b

    OutcomeOperationAntifungal agents7)Aspergillus Detection

    No.Culture6)Pathology5)Asp. Ab/Ag4)

    Improved(-)MCZ (i.v.),5-FC (p.o)Ti (+)PNB (+)(+)/ND 1

    Improved(-)FLCZ (i.v.),ITCZ (p.o.)Sp (+)ND(+)/(+) 2

    Improved(-)MCZ (i.v.+p.o.)Sp (-)ND(+)/ND 3

    Improved(-)MCZ (i.v.+i.c.),AMPH (i.v.)Sp・Ti (+)ND(+)/(-) 4

    Improved(-)MCZ (i.v.),ITCZ (p.o.),AMPH (i.h.)Sp (+)(-)(+)/ND 5

    Improved(+)AMPH (i.v.+i.c.),MCZ (i.v),FLCZ (p.o.+i.c.),ITCZ (p.o.)

    Ti (+)PNB (+)(+)/ND 6

    Improved(-)FLCZ (i.v.)BL (+)NDND/ND 7

    No change(-)ITCZ (p.o.)BL (+)NDND/ND 8

    Improved(-)ITCZ (p.o.)BL (+)NDND/ND 9

    No change(-)AMPH (i.v.),FLCZ (i.v.), ITCZ(p.o.)BL (+)NDND/(+)10

    Improved(+)AMPH (i.v.+i.c.),ITCZ(p.o.)BL (+)TBLB (+) (-)/(-)11

    Improved(-)AMPH (i.v.+i.c.),ITCZ(p.o.)Flu (+)PNB (+)ND/ND12

    Improved(-)MCFG (i.v.),AMPH (i.c.+i.h.),ITCZ (p.o.)

    BL (+)TBLB (-)(+)/(-)13

    4)Asp. Ab, Aspergillus antibody; Ag, Aspergillus antigen, ND, not done5)PNB, percutaneous needle biopsy; TBLB, transbronchial lung biopsy; ND,not done6)Ti, tissue; Sp, sputum; BL, bronchial lavage; Flu, intracavitary fluid7)i.v., intravenous; p.o.,per oral; i.c., intracavitary; i.h., inhaled

    ITCZ の内服を約半年間継続し,現在は無治療にて経過観察中である.外来通院中の平成 15 年 11 月 17 日の胸部 CTでは,右上葉の空洞性陰影は縮小し,空洞周囲や左上葉の浸潤影も消失した(Fig. 5a,b).また,全経過を通じて,血清アスペルギルス抗原や β-D グルカンの上昇は認められず,血清抗アスペルギルス抗体は平成 16年 7 月には陰性化した.

    考 察

    肺アスペルギルス症の発症形態は,宿主の免疫状態や

    肺の形態学的異常により異なり,組織侵入型,菌球型,アレルギー型の 3つに分類される.組織侵入型はさらに宿主の全身免疫機能低下が強く関与する侵襲型肺アスペルギルス症と肺局所の構造破壊に関連して発症するCNPAに分類される.CNPAは 1982 年に Binder らによって提唱された疾患概念1)で,アスペルギルスの肺組織に対する侵襲により持続性に空洞が形成される病態をCNPAと定義した.その診断基準としては,�胸部レントゲン上,持続性・進行性に空洞病変が認められ,時にmycetoma を伴う,�肺組織内にアスペルギルスの

    461慢性壊死性肺アスペルギルス症のミカファンギン治療例

  • 菌体が認められ,さらに肺組織検体の培養からアスペルギルスが検出されることが望ましい,�胸部レントゲン所見あるいは臨床症状の出現から治療開始までの期間が30 日以上,�血液悪性疾患,腎移植患者,近々に強力な化学療法治療をうけた患者などの重症免疫不全患者は除外,という項目が掲げられているが,実際には病理組織学的な菌体の証明は困難なことが多く,以下の臨床的診断基準みたす場合もCNPAに含められている.�組織学的なアスペルギルスの侵襲が証明されない場合でも,肺生検や気管支鏡あるいは経皮吸引検体,喀痰の培養検査でアスペルギルスが検出され,抗真菌薬による治療で臨床効果が認められること,�培養や病理学的検査によって他の真菌や細菌,抗酸菌による感染症が除外できること,�診断時点で播種性のアスペルギルス症が除外できること.本症例においても,病理組織学的にはアスペルギルス

    を証明できなかったが,上記臨床的診断基準を全て満たしており,さらに血清抗アスペルギルス抗体が陽性であったことよりCNPAと診断した.CNPAの多くは中年以降の発症であり,先行肺病変

    としてCOPDや陳旧性肺結核,囊胞性肺疾患,肺線維症,サルコイドーシス,肺手術後など,局所の構造破壊を伴う呼吸器疾患を有することが多い1).また,糖尿病,膠原病,低栄養や少量のステロイド治療等による軽度から中等度の全身免疫抑制状態5)6)が本症の発症に関係しているようである.CNPAにおいて,菌定着後周囲に壊死反応が起こる

    機序として,アスペルギルスの産生するマイコトキシンやプロテアーゼの関与が報告されている7).また,菌側の病原性因子に加え生体側の好中球エラスターゼなども関与し8),アスペルギルスの存在部位と離れた部位にも組織障害が起こることが推測されており9),今回のTBLB病理組織で空洞陰影と離れた右中葉の生検検体において炎症細胞の浸潤と肺胞隔壁の肥厚,さらには器質化肺炎像が認められたことは,これらを示唆する大変興味深い所見であった.左上葉の浸潤影に関しても,治療とともに陰影が改善・消失したこと,全経過を通じて血清学的に侵襲型アスペルギルス症を示唆する所見が認められなかったことより,右空洞周囲の浸潤影と同様,免疫学的機序にて生じた陰影と推察された.1992 年以降,日本呼吸器学会雑誌にCNPAまたは

    CNPAと同様の病態と考えられる semi-invasive asper-gillosis として報告された 12 例に自験例を加え,その臨床的特徴をまとめた(Table 2a,b).年齢は中高年に多く,症状は熱や咳,基礎疾患として陳旧性肺結核や肺気腫などの呼吸器疾患や糖尿病を有していた.胸部レントゲン所見としては,上肺野に浸潤陰影を伴う空洞影が特

    徴的である.病理組織診断は 13 例中 4例でしかなされていないが,

    培養検査では 12 例でアスペルギルスが同定されており,また血清抗アスペルギルス抗体も 7例で陽性であった.治療に関しては,アスペルギルスに対して抗菌作用の期待できるAMPH-B と ITCZが主に用いられており,AMPH-B については空洞内注入や吸入による投与も試みられている.手術は 2例で施行され,また予後については 13 例中 11 例が論文報告時点では軽快しているが,長期予後に関しては不明である.本症例ではMCFGの点滴静注を中心に,経皮空洞ドレナージ処置に加えITCZの内服およびAMPH-B の吸入にて治療を行い,良好な治療効果を認めた.MCFGは,真菌細胞壁の合成阻害作用(1, 3-βD-glucan

    synthase 阻害)をもつキャンディン系抗真菌薬であり,アスペルギルス属に対して既存の抗真菌薬よりも強い抗真菌活性を有していること,また安全性も優れていることが特徴である.こうした点からは,アスペルギルス症の中等症と考えられるCNPAやアスペルギローマの増悪期に対しては,MCFGによる治療を推奨する意見16)もあり,最近ではCNPAにおけるMCFGの奏効例も報告されている17).またさらに重症難治性の侵襲型肺アスペルギルス症や播種性アスペルギルス症に対しては,その作用機序の違いから,MCFGとAMPH-B あるいは ICTZとの併用効果が期待される18).本症例では,CNPAとしては比較的急速に進行し,重症化の恐れもあったため,CNPAの診断後の早期から,MCFGに加えAMPH-B 吸入や ITCZ内服,経皮空洞ドレナージを併用した.治療経過途中に一時的に再燃が疑われたが,濃度依存型薬剤特性を有するとされるMCFGの増量にて軽快したことからは,本症例におけるキードラッグはMCFGであったと推察される.今回の知見からは,CNPAの治療においてMCFGは治療選択肢の 1つになり得るものと考えられた.CNPAに対するMCFGの有効性に関しては,大規模な臨床成績はいまだ報告されていない.今後は,CNPAをはじめとする肺アスペルギルス症における臨床効果の判定基準や用量設定,薬剤投与期間の問題,さらには適正使用を念頭に置いた医療経済的な課題なども検討していく必要があろう.

    文 献

    1)Binder RE, Faling LJ, Pugatch RD, et al. Chronic ne-crotizing pulmonary aspergillosis : A descrete clini-cal entity. Medicin 1982 ; 61 : 109―124.

    2)高川順也,丸山宗治,吉田良昌,他.肺部分切除にて治癒しえた薬物療法抵抗性の慢性壊死性肺アスペルギルス症の 1例.日胸疾会誌 1998 ; 36 : 519―523.

    462 日呼吸会誌 44(6),2006.

  • 3)佐藤敦夫,中谷光一,松下葉子,他.アンホテリシン吸入とイトラコナゾールで軽快した慢性壊死性肺アスペルギルス症の一例.日胸疾会誌 1995 ; 33 :1141―1145.

    4)前田晃男.ミコナゾール吸入が奏効した慢性壊死性肺アスペルギルス症の一例.日胸疾会誌 1995 ; 33 :168―173.

    5)Gefter WB, Weingarad TR, Miller T, et al. “Semi-in-vasive”Pulmonary aspergillosis. Radiology 1987 ;162 : 657―659.

    6)Sider L, Davis T. Pulmonary aspergillosis : Usual ra-diographic appearance. Radiology 1987 ; 162 : 657―659.

    7)網谷良一,田中栄作,村山尚子,他.アスペルギルスから産生されるマイコトキシン,プロテアーゼ病原性との関連.呼吸 1995 ; 14 : 923―931.

    8)小川賢二,滝 文男,高木健三,他.アスペルギルス属のエラスターゼ産生能と薬剤による活性阻害の検討.呼吸 1992 ; 11 : 880―886.

    9)池上達義,西山秀樹,横見瀬裕保,他.急速な空洞形成及び空洞外への浸潤影拡大を示した非侵襲性肺アスペルギルス症の一例.日胸疾会誌 2001 ; 39 :582―586.

    10)幸村克喜,江部達夫.慢性壊死性肺アスペルギルス症の一例.日胸疾会誌 1992 ; 30 : 1303―1307.

    11)寺嶋 毅,仲村秀俊,猶木克彦,他.イトラコナゾールが奏効した慢性壊死性肺アスペルギルス症の一例.日胸疾会誌 1993 ; 31 : 1180―1183.

    12)多部田弘士,森谷哲郎.アンホテリシンBが奏効した慢性壊死性肺アスペルギルス症の一例.日胸疾会誌 1995 ; 33 : 342―347.

    13)中村博幸,柏原光介,渡辺 治,他.健常人および糖尿病患者に発症した semi-invasive type の肺アスペルギルス症と考えられた 3症例.日胸疾会誌1999 ; 37 : 526―530.

    14)加藤 研,南条邦夫,川上 誠.肺線維症に合併した Aspergillus flavipesによる慢性壊死性肺アスペルギルス症の一例.日胸疾会誌 1999 ; 37 : 938―942.

    15)丹羽俊明,中村 敦,加藤高志,他.経皮的な内視鏡検査が診断に有用であった慢性壊死性肺アスペルギルス症の 1例.日胸疾会誌 2003 ; 41 : 469―473.

    16)河野 茂.抗真菌薬ミカファンギンの臨床的位置づけ.感染症 2003 ; 33 : 39―46.

    17)野崎裕広,高納 崇,鈴木裕太郎,他.Micafunginが奏効した肝機能障害合併慢性壊死性肺アスペルギルス症の一例.化学療法の領域 2004 ; 20 : 99―103.

    18)二木芳人,吉田耕一郎,松島敏春,他.Micafunginと amphotericin B,itraconazole および fluconazoleとの併用効果.日本化療学会誌 2002 ; 50(S1): 58―67.

    Abstract

    Micafungin therapy for a case of chronic necrotizing pulmonary aspergillosis

    Yasuteru Sugino1), Michiko Fujii1), Motoaki Kato1), Ayako Yagi1)and Atsushi Kawabata2)1)Department of Respiratory Medicine, Toyota Memorial Hospital2)Department of Infectious Diseases, Toyota Memorial Hospital

    The patient was a 42-year-old man who visited a physician with fever, and was diagnosed with pulmonary ab-scess. Antibiotic therapy was ineffective, and he was referred to our hospital. Chest CT scanning revealed a lesionwith cavity formation with an infiltrative shadow in the right upper lobe, and another infiltrative shadow in theleft upper lobe. Chronic necrotizing pulmonary aspergillosis (CNPA) was diagnosed on the basis of positive cultureof bronchial lavage specimens and positive serological test results for Aspergillus, in addition to the clinical and ra-diographic features. Intravenous administration of micafungin (MCFG) was initiated with combination therapy ofpercutaneous cavity drainage, inhaled amphotericin B and oral itraconazole. Clinical symptoms and findingsgradually improved, and he was discharged after 40 days of MCFG therapy. MCFG was safe and effective ther-apy in this case, and may be considered a new therapeutic option for CNPA.

    463慢性壊死性肺アスペルギルス症のミカファンギン治療例