卵巣チョコレート 胞を有する女性の疼痛症状と骨盤腹膜内膜...
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緒 言
子宮内膜症は生殖年齢の女性の6~10%に認
められるエストロゲン依存性の慢性炎症性疾患
である〔1〕.子宮内膜症は発生部位や組織学的
特徴から,腹膜病変,卵巣チョコレート�胞,
深部子宮内膜症の3つのタイプに分類される.
また,子宮内膜症は不妊やさまざまな程度の疼
痛を,きたす〔2―3〕.子宮内膜症が疼痛をきた
す原因として,組織の炎症反応,プロスタグラ
ンジン(PGs)の産生による子宮収縮,あるい
は病変に存在する神経組織への刺激などの関連
が議論されてきた〔4―7〕.深部子宮内膜症では,
深部病変の結節内に取り込まれた神経が疼痛の
原因として考えられている.一方,腹膜病変や
卵巣チョコレート�胞では,病変組織内の出血,
炎症反応,PGE2や PGF2αなどの PGsの産生,
そして骨盤内の癒着が疼痛と関連している可能
性がある〔6―8〕.骨盤腹膜内膜症での疼痛の程
度は,腹膜病変の発生部位や色素所見,病変の
浸潤の程度,骨盤内炎症の強度と癒着の部位や
程度と相関している〔3,6,9〕.一方,卵巣チョ
コレート�胞と疼痛との関連についての報告は
多くなく,一定の結論は得られていない〔3〕.
チョコレート�胞を有し疼痛を訴える女性で,
�胞自体が疼痛の原因となるのか,あるいは合
併する骨盤腹膜病変や骨盤内癒着が関連するの
かは必ずしも明らかではない.今回われわれは,
腹腔鏡手術記録の後方視的検討から,卵巣チョ
コレート�胞と疼痛の関連について検討した.
そして,腹膜病変や卵巣チョコレート�胞を有
する例やその他の良性疾患に対する手術時に得
られた正所性あるいは異所性子宮内膜組織を用
いて,子宮内膜症の疼痛の病態に関する基礎的
検討を行った.
対象および方法
1982年から2008年までに当科および関連施設
で施行した腹腔鏡手術症例を後方視的に検討し
た.卵巣チョコレート�胞例における疼痛の原
因として,�合併する腹膜病変の有無,�骨盤
内癒着の程度,�腹膜病変の有無と疼痛,�骨
盤内癒着の程度と疼痛の関連について検討し
た.なお深部子宮内膜症例は除外した.腹膜病
変の形態学的分類は rASRM分類を使用した
〔10〕.卵巣チョコレート�胞および腹膜病変は
すべて手術時の肉眼所見と組織学的検査で診断
した.
骨盤子宮内膜症15例,卵巣チョコレート�胞
22例(うち腹膜病変を合併した12例および腹膜
病変を合併しない10例)および成熟�胞性奇形
腫などのコントロール群10例において,インフ
ォームドコンセントを得て,正所性内膜および
異所性内膜組織(赤色病変10検体,黒色病変15
検体)を採取した.組織中のマクロファージの
マーカーとして CD68(KP1, mouse monoclo-
nal, Dako, Denmark)の免疫染色を行った.PGs
生成経路の律速段階酵素である cyclooxyge-
nase(COX)2(sc―1745, goat polyclonal, Santa
Cruz Biotechnology, CA)の正所性および異所
〔一般演題/不妊症・その他〕
卵巣チョコレート�胞を有する女性の疼痛症状と骨盤腹膜内膜症との関連
1)長崎大学大学院医歯薬学総合研究科産科婦人科
2)済生会長崎病院産婦人科
3)佐世保中央病院
松本亜由美1),カーン カレク1),北島 道夫1),平木 宏一1)
井上 統夫1),藤下 晃2),石丸 忠之3),増崎 英明1)
日エンドメトリオーシス会誌2012;33:216-220216
性内膜組織での発現を解析した.また,異所性
および正所性内膜組織を polytron homogenizer
(Kinematics, Luzern, Switzerland)でホモジナ
イズしたのち,上清中の PGF2αを ELAISA法
で測定し(Quantikine ; R&D System, MN),
蛋白濃度は Bradford法で表した〔12〕.結果は
平均値±標準偏差あるいは標準誤差で表記し,
統計学的解析は,Mann-Whitneyの U検定,Stu-
dent’s T検定および Kruskal-Wallins検定を用
い,p<0.05を有意差ありとした.
結 果
1982年から2008年までの25年間での全腹腔鏡
手術は2,988例で,そのうち卵巣チョコレート
�胞を有した例が350例(11.7%)であった.
それら350例中269例(76.9%)に腹膜病変の合
併が認められた.一方,卵巣チョコレート�胞
に併存した骨盤内癒着の有無および程度を検討
したところ,55例(15.7%)には癒着は認めら
れなかったが,216例(61.8%)に膜状癒着を,
79例(22.5%)で強固な骨盤内癒着が認められ
た.次に腹膜病変の合併と疼痛の関連について
検討した.ここでの疼痛とは月経痛ないし慢性
骨盤痛のことであり,いずれかを認めた場合を
疼痛ありと診断した.腹膜病変を伴わない卵巣
チョコレート�胞のみの81例では31例(38.3%)
に疼痛が認められたのに対して,腹膜病変を合
併した269例では230例(85.4%)に疼痛が認め
られた(P<0.01,表1).腹膜病変のタイプ
別に疼痛の有無を検討したところ,赤色病変を
有する29例のうち26例(88.2%)で疼痛を認め,
その他の病変に比して最も頻度が高かった.骨
盤内癒着と疼痛の関連を検討したところ,癒着
を認めなかった55例のうち26例(47%)で疼痛
を認め,疼痛を有したほとんどの例で腹膜病変
を合併していた.また,膜状癒着の81.4%,強
固な癒着例の86.9%に疼痛が認められた(表
2).
卵巣チョコレート�胞,腹膜病変,およびそ
れらから採取した正所性内膜組織における CD
68陽性マクロファージの浸潤を非内膜症コント
ロールの正所性子宮内膜と比較検討したとこ
ろ,赤色病変を有する例の正所性および異所性
内膜組織では,コントロール,黒色病変を有す
る例,あるいは卵巣チョコレート�胞のみの例
のそれらに比してマクロファージの浸潤が有意
に高いことが認められた.(図1B).黒色病変
や腹膜病変を合併した卵巣チョコレート�胞例
の正所性内膜においても,有意差はないものの,
コントロールあるいは卵巣チョコレート�胞の
みの例に比してマクロファージの浸潤が高い傾
向が認められた.
免疫染色で COX2は腺上皮細胞および間質
細胞のいずれにも局在が認められた.赤色病変
およびその正所性内膜で COX2の発現が最も
強く,黒色病変および腹膜病変を合併したチョ
コレート�胞壁とそれらの正所性子宮内膜にお
いて中等度の発現であり,腹膜病変を伴わない
卵巣チョコレート�胞壁およびその正所性子宮
内膜では最も弱かった(図3).非内膜症コン
トロールの正所性内膜における COX2の発現
表1 腹膜病変の合併の有無と疼痛の関連
卵巣チョコレート�胞のみ腹膜病変なし(n=81)
卵巣チョコレート�胞腹膜病変あり(n=269)
疼痛症状あり(%) 31(38.3%)* 230(85.4%)*
*P<0.01
表2 骨盤内癒着の有無および程度と疼痛の関連
癒着なし(n=55)
膜状癒着(n=216)
強固な癒着(n=79)
疼痛症状なし(%) 26(46.8%) 172(79.6%) 69(86.9%)
卵巣チョコレート�胞を有する女性の疼痛症状と骨盤腹膜内膜症との関連 217
Red Black
EutopicEutopic Eutopic
CC
CD68-positive Mφ
Mea
n Mφ n
umbe
r/fie
ld
endometriumpelvic lesion or CC
*p<0.05, red vs. control or black or CC lesion,**p<0.001, red vs. black or CC
*
**
red lesionscontrol n=10 n=10 n=10 n=15 n=15 n=12 n=12 n=10 n=10
CC+PL
CC=chocolate cyst PL=peritoneal lesions
80
70
60
50
40
30
20
10
0
CC onlyblack lesions
eutopic eutopic eutopic eutopic
red lesion chocolate cyst +peritoneal lesion
chocolate cyst onlyblack lesion
は卵巣チョコレート�胞のみの症例と同様であ
った.
PGF2αの組織内濃度は赤色病変を有する例の正所性内膜組織で最も高く,黒色病変および
腹膜病変合併したチョコレート�胞例の正所性
内膜においても腹膜病変を合併しないチョコレ
ート�胞のみの例に比べ,有意に高いことが認
められた(表4).また,非内膜症コントロー
ル群に比べ内膜症の正所性および異所性内膜で
は組織内の PGF2α濃度が有意に高かった.
図1 卵巣チョコレート�胞および腹膜病変における骨盤内マクロファージの浸潤
図2 正所性内膜および異所性内膜における COX2発現率
松本ほか218
Tis
sue
leve
ls o
f PG
F2α(
pg/μ
g pr
otei
n)
control(n=10)
red lesion(n=10)
black lesion(n=15)
CC+PL(n=12)
CC only(n=15)
CC=chocolate cyst PL=peritoneal lesions
eutopic endometriumectopic endometrium/cyst wall
140
120
100
80
60
40
20
0
*
**
*
*p<0.05 vs. CC only/control
*
考 察
私どもは,過去25年間の腹腔鏡手術記録を後
方視的に解析し,卵巣チョコレート�胞のみの
例では疼痛を有するものが少なく,合併した腹
膜病変が疼痛と相関することを示した.さらに
子宮内膜症における疼痛の発生機転に関して検
討したところ,腹膜病変,特に赤色病変では,
組織内の炎症反応,COX2の発現,PGF2αの産生がチョコレート�胞壁と比して有意に高い
ことが認められた.また正所性内膜では,腹膜
病変を有する例で卵巣チョコレート�胞のみの
例のそれらに比べ,COX2の発現や PGF2αの産生が高いことが認められた.卵巣チョコレー
ト�胞例では,腹膜病変の合併の有無により,
�胞壁や正所性内膜での組織内炎症,COX2の
発現,組織内 PGF2α濃度が異なることが認められた.
卵巣チョコレート�胞を有する女性での疼痛
の発生機序については不明な点が多い〔5〕.卵
巣チョコレート�胞を有する例での重度の骨盤
痛には深部子宮内膜症の存在が関連しているこ
とが報告されている〔13〕.今回の検討では,
過去の古い手術記録からは深部内膜症の有無に
関する情報が不十分であったため,深部内膜症
との関連性について検討を行うことができなか
った.これまで卵巣チョコレート�胞と疼痛と
の関連を検討したものでは単変量解析が多く
〔14,15〕,卵巣チョコレート�胞にしばしば合
併する腹膜病変と疼痛との交絡を検討している
ものが少なく〔16,17〕,多変量解析を用いた検
討では,卵巣チョコレート�胞自体の疼痛への
関与は必ずしも明らかではなかった〔18,19〕.
本研究では,私どもは初めて卵巣チョコレート
�胞を有する女性での疼痛が合併する腹膜病変
と最も関連する可能性を示した.臨床的には,
卵巣チョコレート�胞を有する多くの女性で
は,種々の程度の腹膜病変が存在し,それらが
惹起する炎症により種々の程度の骨盤内癒着が
存在する.骨盤内癒着は腹膜病変に加えて疼痛
と関連している可能性がある.本研究では,卵
巣チョコレート�胞を有する例で骨盤内癒着を
認めた例では,骨盤内癒着が無かった例に比べ
疼痛を認めることが多かった.一方で,癒着の
無い例でも疼痛は認められたが,そのほとんど
の症例において腹膜病変が認められた.これら
の結果は,卵巣チョコレート�胞を有する女性
においては,骨盤内癒着の有無にかかわらず,
腹膜病変の有無が疼痛と関連していることを示
唆している.
私どもはこれまでに,腹膜病変の活動性につ
いて,血液で含んだ非透明な赤色病変では他の
透明な腹膜病変や卵巣チョコレート�胞壁に比
して,組織内マクロファージの浸潤や,サイト
カインおよび成長因子の産生が高いことを報告
してきた〔6,20〕.マクロファージや正所性お
よび異所性子宮内膜細胞では COX2が発現し
ており,PGE2や PGF2αの産生源となる主要な細胞であると報告されている〔21,22〕.今回
の研究では,種々の腹膜病変やそれらを有する
例での正所性子宮内膜で,腹膜病変を伴わない
例のチョコレート�胞壁やそれらでの正所性子
宮内膜と比して,マクロファージの組織内浸潤
や COX2の組織内発現の増加,あるいは組織
内 PGF2α濃度の上昇が認められた.これらの結果は,上昇した PGF2αによって子宮収縮が誘導されることにより疼痛の原因となりうるこ
とを示唆しており,腹膜病変を合併した卵巣チ
ョコレート�胞を有する女性で腹膜病変を合併
しない例に比して疼痛が増加していることと合
致している.
図3 正所性内膜および異所性内膜における
PGF2αの組織内濃度(pg/µg)
卵巣チョコレート�胞を有する女性の疼痛症状と骨盤腹膜内膜症との関連 219
今回の卵巣チョコレート�胞症例における後
方視的研究と基礎的検討により,骨盤腹膜内膜
症を合併しない卵巣チョコレート�胞のみの女
性では疼痛を呈することは少なく,卵巣チョコ
レート�胞を有する女性では腹膜病変の有無が
最も疼痛と関連し,活動性の高い内膜症組織が
惹起する局所での炎症反応は PGsの産生の亢
進とともに女性の疼痛の原因に関与している可
能性が示された.
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松本ほか220