超新星ニュートリノ過程と - naoi 063...

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I Scientific Highlights 063 重力崩壊型超新星では莫大な数のニュートリノが放出さ れる。ニュートリノは弱い相互作用しかしないため、ほと んどは星間空間に出てゆくが、わずかな量のニュートリノ は外層で原子核と衝突し、エネルギーを物質に与えるとと もに原子核を壊変させ、元素量が極めて少ない様々な質量 数を持つ希元素の起源として重要である。 138 La 180 Ta は主にニュートリノ元素合成過程に起源を 持つと考えられる [2]。これらの同位体元素は同じ質量数 を持ち原子番号が ±1 異なる陽子過剰ないし中性子過剰原 子核のベータ β ± 崩壊と電子捕獲では作られないという共 通性を持っているため、その起源は超新星 r プロセス、超 新星や X 線バーストでの rp プロセスではあり得ない。 原理的には、すべての同位体元素が、超新星爆発の際に ニュートリノ元素合成過程で作られ得る。しかし、弱い相 互作用であるため、ほとんどの場合は強い相互作用による 核子移行反応や電磁気相互作用による光核反応で作られ る元素量に比べて、無視できるほど少ない。したがって、 ニュートリノ元素合成過程は、元素量が極めて少ない希元 素の起源として重要な役割を演じることになる。 我々は、新たに 92 Nb 98 Tc の二つの同位体元素が 138 La 180 Ta と極めて似た性質を持っていることに注目し、そ れらの起源が超新星ニュートリノ元素合成過程にあるとす る提案を行った [?]。両同位体とも放射性原子核であるが、 崩壊寿命はそれぞれ 3.47×10 7 年、4.2×10 6 年と長く、恒星 大気や隕石中に検出される可能性がある。 隕石中に検出されたニオビウムの同位体比は 92 Nb/ 93 Nb ~ 10 −3 –10 −5 であることが知られており、この比の値は 138 La/ 139 La ないし 180 Ta/ 181 Ta と同程度である。4.2×10 6 年で 消滅する同位体 98 Tc は、おそらく存在量が検出限界を下 回っているためにまだ検出されていないと推定される。こ れらの事実は、 92 Nb 98 Tc がニュートリノ元素合成過程に 起源を持つ証拠であると考えられる。 我々の提案 [3] を実証するための一つの鍵は、 92 Nb 98 Tc の原子核構造とニュートリノ原子核反応断面積が握っ ている。そこで、我々は準粒子乱雑位相近似モデルを用 いて両方の原子核の構造を記述し、反応断面積の理論計 算を行った。弱い相互作用の中性カレント反応に関しては、 BCS 基底状態である偶偶核 92 Zr 98 Ru に準粒子演算子を 作用させて、奇偶核 93 Nb 99 Ru の基底状態と励起状態を 構築した。 超新星元素合成計算で必要となるニュートリノ原子核反 応断面積を、典型的なニュートリノ温度(あるいは平均エ ネルギー)を持つフェルミ・ディラック分布を仮定して計 算し、表 1 に示した。詳細な議論は論文 [1] に譲る。これら を用いて計算した重力崩壊型超新星でのニュートリノ元素 合成は、論文 [3] で議論されている。 超新星ニュートリノ過程と 92 Nb および 98 Tc の起源 [1] CHEOUN, Myung-Ki, HA, Eunja 早川岳人 千葉 敏 Soongsil University(日本原子力研究機構/国立天文台) (東京工業大学/国立天文台) MATHEWS, Grant J. 中村 航、梶野敏貴 University of Notre Dame(国立天文台/東京大学) Reactions < E k > [MeV] T [MeV] < σ > 98 Mo(ν e , e ) 98 Tc 10.08 3.2 7.77 98 Mo(ν e , e p) 97 Mo 10.08 3.2 1.90 98 Mo(ν e , e n) 97 Tc 10.08 3.2 0.09 99 Ru( ¯ ν µ , ¯ νµ ) 99 Ru 18.90 6.0 78.5 99 Ru( ¯ ν µ , ¯ νµ n) 98 Ru 18.90 6.0 14.6 99 Ru( ¯ ν µ , ¯ νµ p) 98 Tc 18.90 6.0 1.70 99 Ru( ¯ ν e , ¯ νe ) 99 Ru 15.75 5.0 52.1 99 Ru( ¯ ν e , ¯ νe n) 98 Ru 15.75 5.0 10.5 99 Ru( ¯ ν e , ¯ νe p) 98 Tc 15.75 5.0 0.92 92 Zr(ν e , e ) 92 Nb 10.08 3.2 8.92 92 Zr(ν e , e p) 91 Zr 10.08 3.2 2.32 92 Zr(ν e , e n) 91 Nb 10.08 3.2 0.42 93 Nb( ¯ ν µ , ¯ νµ ) 93 Nb 18.90 6.0 46.8 93 Nb( ¯ ν µ , ¯ νµ n) 92 Zr 18.90 6.0 1.04 93 Nb( ¯ ν µ , ¯ νµ p) 92 Nb 18.90 6.0 4.90 93 Nb( ¯ ν e , ¯ νe ) 93 Nb 15.75 5.0 30.0 93 Nb( ¯ ν e , ¯ νe n) 92 Zr 15.75 5.0 0.60 93 Nb( ¯ ν e , ¯ νe p) 92 Nb 15.75 5.0 3.92 10 −42 cm 2 を単位とする平均ニュートリノ原子核反応断面積の計算 結果. 98 Mo(荷電カレント), 99 Ru(中性カレント), 92 Zr(荷電カ レント), 93 Nb(中性カレント). 1参考文献 [1] Cheoun, M.-K., et al.: 2012, Phys. Rev. C, 85, 065807. [2] Hayakawa, T. et al.: 2010, Phys. Rev. C, 81, 052801(R). [3] Hayakawa, T., et al.: 2013, submitted.

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Page 1: 超新星ニュートリノ過程と - NAOI 063 重力崩壊型超新星では莫大な数のニュートリノが放出さ れる。ニュートリノは弱い相互作用しかしないため、ほと

I Scientific Highlights 063

 重力崩壊型超新星では莫大な数のニュートリノが放出される。ニュートリノは弱い相互作用しかしないため、ほとんどは星間空間に出てゆくが、わずかな量のニュートリノは外層で原子核と衝突し、エネルギーを物質に与えるとともに原子核を壊変させ、元素量が極めて少ない様々な質量数を持つ希元素の起源として重要である。 138Laと 180Taは主にニュートリノ元素合成過程に起源を持つと考えられる [2]。これらの同位体元素は同じ質量数を持ち原子番号が±1異なる陽子過剰ないし中性子過剰原子核のベータβ±崩壊と電子捕獲では作られないという共通性を持っているため、その起源は超新星 rプロセス、超新星やX 線バーストでの rpプロセスではあり得ない。 原理的には、すべての同位体元素が、超新星爆発の際にニュートリノ元素合成過程で作られ得る。しかし、弱い相互作用であるため、ほとんどの場合は強い相互作用による核子移行反応や電磁気相互作用による光核反応で作られる元素量に比べて、無視できるほど少ない。したがって、ニュートリノ元素合成過程は、元素量が極めて少ない希元素の起源として重要な役割を演じることになる。 我々は、新たに 92Nbと 98Tcの二つの同位体元素が 138Laや 180Taと極めて似た性質を持っていることに注目し、それらの起源が超新星ニュートリノ元素合成過程にあるとする提案を行った [?]。両同位体とも放射性原子核であるが、崩壊寿命はそれぞれ3.47×107 年、4.2×106 年と長く、恒星大気や隕石中に検出される可能性がある。 隕石中に検出されたニオビウムの同位体比は 92Nb/93Nb ~ 10−3–10−5 であることが知られており、この比の値は138La/139Laないし 180Ta/181Taと同程度である。4.2×106 年で消滅する同位体 98Tcは、おそらく存在量が検出限界を下回っているためにまだ検出されていないと推定される。これらの事実は、92Nbと 98Tcがニュートリノ元素合成過程に起源を持つ証拠であると考えられる。 我々の提案 [3] を実証するための一つの鍵は、92Nb と98Tcの原子核構造とニュートリノ原子核反応断面積が握っている。そこで、我々は準粒子乱雑位相近似モデルを用いて両方の原子核の構造を記述し、反応断面積の理論計算を行った。弱い相互作用の中性カレント反応に関しては、BCS基底状態である偶偶核 92Zrと 98Ruに準粒子演算子を作用させて、奇偶核 93Nbと 99Ruの基底状態と励起状態を構築した。 超新星元素合成計算で必要となるニュートリノ原子核反

応断面積を、典型的なニュートリノ温度(あるいは平均エネルギー)を持つフェルミ・ディラック分布を仮定して計算し、表1に示した。詳細な議論は論文 [1]に譲る。これらを用いて計算した重力崩壊型超新星でのニュートリノ元素合成は、論文 [3]で議論されている。

超新星ニュートリノ過程と 92Nbおよび 98Tcの起源 [1]

CHEOUN, Myung-Ki, HA, Eunja 早川岳人 千葉 敏 (Soongsil University) (日本原子力研究機構/国立天文台) (東京工業大学/国立天文台)

MATHEWS, Grant J. 中村 航、梶野敏貴 (University of Notre Dame) (国立天文台/東京大学)

Reactions < Ek > [MeV] T [MeV] < σ >98Mo(νe, e−)98Tc 10.08 3.2 7.7798Mo(νe, e−p)97Mo 10.08 3.2 1.9098Mo(νe, e−n)97Tc 10.08 3.2 0.0999Ru(ν̄µ, ν̄′µ)99Ru 18.90 6.0 78.599Ru(ν̄µ, ν̄′µn)98Ru 18.90 6.0 14.699Ru(ν̄µ, ν̄′µp)98Tc 18.90 6.0 1.7099Ru(ν̄e, ν̄′e)99Ru 15.75 5.0 52.199Ru(ν̄e, ν̄′en)98Ru 15.75 5.0 10.599Ru(ν̄e, ν̄′ep)98Tc 15.75 5.0 0.9292Zr(νe, e−)92Nb 10.08 3.2 8.9292Zr(νe, e−p)91Zr 10.08 3.2 2.3292Zr(νe, e−n)91Nb 10.08 3.2 0.4293Nb(ν̄µ, ν̄′µ)93Nb 18.90 6.0 46.893Nb(ν̄µ, ν̄′µn)92Zr 18.90 6.0 1.0493Nb(ν̄µ, ν̄′µp)92Nb 18.90 6.0 4.9093Nb(ν̄e, ν̄′e)93Nb 15.75 5.0 30.093Nb(ν̄e, ν̄′en)92Zr 15.75 5.0 0.6093Nb(ν̄e, ν̄′ep)92Nb 15.75 5.0 3.92

10−42 cm2 を単位とする平均ニュートリノ原子核反応断面積の計算結果.98Mo(荷電カレント),99Ru(中性カレント),92Zr(荷電カレント),93Nb(中性カレント).

表 1.

参考文献[1] Cheoun, M.-K., et al.: 2012, Phys. Rev. C, 85, 065807.[2] Hayakawa, T. et al.: 2010, Phys. Rev. C, 81, 052801(R).[3] Hayakawa, T., et al.: 2013, submitted.