酒によって仕事や家庭で問題を起こうつ的な気分の …5 4 news & reports...

2 NEWS & REPORTS 9 1 7 20 30 3 1 2 3 調20 2 15 3 60 1 4 1 5 4 1009 16 大量飲酒による 健康障害と指導のあり方 国立病院機構久里浜医療センター 教育情報部長 真 さと これまで、本誌では適正飲酒の啓発に向けてさまざまな切り口で情報発信してきました。Vol.20 発行を節目に、その総括を行いたいと思います。大量飲酒がもたらす弊害や、保健や医療に従事す る者の指導のあり方、そして今後の展望について、国立病院機構久里浜医療センター教育情報部長 の真栄里仁先生にお話を伺いました。 編集部 3 血中アルコール濃度(mg / ㎗) 20-49 50-79 80-99 100-149 150- 382 倍 572 倍 15,560 倍 15,600 15,500 700 600 500 400 300 200 100 0 (倍) 16 ー 20 歳 21 ー 34 歳 35 歳以上 注 : リスク値は非飲酒 運転者に対するもの 図表 1 血中アルコール濃度・年齢別の死亡事故リスク : 男性 出典:Zador PL et al, 2000 図表 2 AUDIT 出典:厚生労働科学研究「正しいお酒との付き合い方」

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2

NEWS & REPORTS

問題を起こしてしまいます。鬱々と

した気分を紛らわすために、飲んで

酔っ払うのです。しかし、酔いから

覚めるときはむしろ抑うつや自責感

が強まりますので、かえってうつが

悪化してしまいます。また、うつ病

の薬も効きにくくなるので、それも

悪化の促進要因になっていると考え

られます。

 

逆に、飲酒問題からうつになる人

もいます。酔いから覚めたときの抑

うつ的な気分の増強に加え、大量飲

酒によって仕事や家庭で問題を起こ

し、滅入ってしまうようです。ただ

し、これは少数派で、重複障害を持

つ人ではうつ病が先行するケースが

多く、全体の9割を占めています。

事故への影響

 

車の運転に関していえば、飲酒運

転による交通事故は、血中濃度に比

例して右肩上がりで増えていきます

(図表1)。気を付けていただきたい

のですが、飲酒運転で捕まらない程

度のわずかな飲酒でも、実は運転へ

の影響が出ているのです。

 

この影響の度合いは、特に若い人

に強く出るといわれています。まだ

体がお酒に十分慣れていないので、

耐性が弱いのです。暴力に関しても、

若い人により影響が強く出やすいそ

うです。飲酒による暴力の約7割を

20~30代が占めています。

●● 

指導のあり方 

●●

 

お酒は適量であれば健康に害はな

いというのは、世界の常識です。一

方で、飲み過ぎてしまうと、前述の

ような健康障害や事故のリスクが高

まります。大量飲酒が引き起こす病

気は、ほとんどが生活習慣病ですか

ら、公衆衛生的にも節酒指導が重要

になってきています。

 

ところが、お酒というのは飲み続

けるとどうしても量が増えがちで

す。お酒には耐性という特徴があり、

長期間飲み続けているうちに、お酒

に酔いにくくなります。その結果、

飲酒量が増えてしまい、さまざまな

問題を引き起こしてしまうのです。

そのため、適切な減酒・断酒の指導

●● 

大量飲酒による

健康障害 

●●

 

大量飲酒が健康障害をもたらすメ

カニズムには、3つの要素がありま

す。1つ目は、アルコールの直接的

な作用です。脳萎縮など、ほとんど

の臓器障害に関係しています。2つ

目は、アルコールが分解されてでき

る、発がん物質のアセトアルデヒド

です。3つ目は、栄養失調です。大

量飲酒者は食事を正しく取らない傾

向にあるので、栄養が偏ってしまう

のです。

年齢や性別による違い

 

女性や高齢者は、男性や若年者と

比べて大量飲酒による健康障害が起

こりやすいといえます。

 

その理由には、女性は脂肪量が多

く、高齢者は筋肉量が少ないため、

どちらも体の水分量が少なく、アル

コール血中濃度が高くなりやすいこ

とが挙げられます。また、女性は男

性と比べてアルコールの分解速度が

遅いことも理由の一つです。特に、

妊娠中の女性が飲酒すると、胎児の

障害を引き起こすことがあるので大

変危険です。

 

未成年者の場合は、体の問題と社

会的問題に分けられます。体の問題

についてですが、若くしてお酒を飲

み始めると、将来的にアルコール依

存症になるリスクが高まるのです。

20歳未満から飲み始めると、それ以

降から飲み始めた場合と比べて2

倍、15歳からだと3倍に上がるとい

われています。

 

もう一つは、社会的な問題です。

未成年者がお酒を飲むと、その後の

人生において、さまざまな事故や暴

力にあい死亡するリスクが急激に高

まるのです。

病気やがんへの影響

 

大量飲酒は60種類以上の病気のリ

スクを高め、さまざまな臓器障害を

引き起こします。中でも、最も影響

を受けやすいのは肝臓です。大量飲

酒は肝炎や脂肪肝、肝硬変など、肝

疾患に決定的な影響を及ぼします。

 

また、大量飲酒はがんのリスクも

高めます。アルコール依存症で久里

浜医療センターに入院した患者に

は、口腔咽頭がんが1%、食道がん

が4%、胃がんが1・5%、大腸が

んが4%と、非常に高確率でがんが

見られます。特に食道がんは一般人

の100倍近い割合で見られ、大き

な問題になっています。

精神への影響

 

アルコールなどへの依存症と、他

の精神疾患の併発を重複障害といい

ます。一番多いのはうつや躁うつ病

など、気分障害です。アルコール依

存症者の約9%が、気分障害の重複

障害を持っているとされています。

 

うつ病などの精神疾患があると、

お酒の量が増え、16%もの人が飲酒

大量飲酒による健康障害と指導のあり方

国立病院機構久里浜医療センター教育情報部長 真

栄え

里さと

 これまで、本誌では適正飲酒の啓発に向けてさまざまな切り口で情報発信してきました。Vol.20

発行を節目に、その総括を行いたいと思います。大量飲酒がもたらす弊害や、保健や医療に従事す

る者の指導のあり方、そして今後の展望について、国立病院機構久里浜医療センター教育情報部長

の真栄里仁先生にお話を伺いました。� 編集部

3

血中アルコール濃度(mg / ㎗)20-49 50-79 80-99 100-149 150-

382 倍

572倍

15,560 倍15,600

15,500

700

600

500

400

300

200

100

0

(倍)

16ー 20歳21ー 34歳35歳以上

注 : リスク値は非飲酒  運転者に対するもの

図表 1 血中アルコール濃度・年齢別の死亡事故リスク : 男性

出典:Zador PL et al, 2000

図表 2 AUDIT

出典:厚生労働科学研究「正しいお酒との付き合い方」

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NEWS & REPORTS

が必要になります。

 

指導には、大きく「二次予防」「三

次予防」の2つがあります。なお、

一次予防は飲酒問題がない人に対し

て、問題の発生を予防することをい

いますが、本稿のテーマから外れる

のでここでは詳述しません。

二次予防

 

二次予防とは、飲酒による問題が

起こり始めた人の重症化を防ぐこと

です。他の病気も同様ですが、重症

になると治りづらくなります。逆に

いえば、軽症のうちは少しの処置で

も、アルコール医療の専門家が行う

指導でなくても、大きな効果が得ら

れます。

 

今まで、飲酒問題に対しては依存

症になって初めて取り組むという側

面がありました。しかし、それでは

手間がかかる割に効果が少ないので

す。それに、依存症者というのは、

大量飲酒者の一部でしかありませ

ん。依存症でない大量飲酒者の方が

圧倒的に多いですし、彼らを対象に

した方が効率も良い。その意味で、

二次予防は非常に重要だと思ってい

ます。

 

具体的には、お酒の問題の程度を

AUDITというスクリーニングテ

ストでチェックします(図表2)。

その上で、酒量を減らすためのブ

リーフ・インターベンション(簡易

介入)を行います。ブリーフ・イン

ターベンションとは、生活習慣の行

動変容を目指す短時間の行動カウン

セリングのことです。飲酒日記など

を併用しながら、飲酒量の低減を図

ります(図表3)。

 

最近は、特定保健指導で飲酒問題

の二次予防が行われています。特定

保健指導では、普段からお酒に慣れ

親しんでいる人、具体的には毎日あ

るいはときどき、日本酒換算で1合

以上のお酒を飲む人に対して

AUDITを行います。10項目もあ

るAUDITを全員に行うのは大変

ですから、まずは最初の3項目だけ

を行うことになっています。そこで

引っかかった人に対しては、残りの

項目にも答えてもらい、点数によっ

て医療機関の紹介や減酒指導を行っ

ています。

 

二次予防で大切なのは、治療目標

を押し付けないことです。従来の飲

酒指導はどうしても上から目線にな

りがちでしたが、そうではなくて、

介入される側の立場に寄り添い、介

入する側はそれをサポートしてい

く。それが結果的に、改善につなが

りやすいのです。求められる態度に

ついては、簡易介入の6要素として

まとめられています(図表4)。

 

二次予防は、精神科医ではなく、

内科の先生や保健師さん、看護師さ

んなどが行った方がいいと思って

います。そもそも、問題飲酒者は

なかなか精神科に来ないのです。

2003年に行われた厚生労働科学

研究によると、アルコール依存症者

は80万人いると推計されています。

しかし、厚生労働省が2008年に

行った患者調査では、治療を受けて

いる依存症者は4万4千人に過ぎな

いと報告されています。9割以上の

依存症者は、全く専門医療を受けて

いないのです。ですから、一般の病

院でもぜひ何らかの飲酒指導を行っ

てほしいと思います。

三次予防

 

三次予防とは、依存症になった人

たちの再発予防です。なぜ治療では

なく再発予防なのかというと、いっ

たん依存症になると、お酒をやめて

いても、少しの飲酒でまた強い飲酒

欲求が出て、結局数カ月すると元の

大量飲酒に戻ってしまうからです。

「またお酒が飲めるようになる」と

いう誤解を与えかねないため、治療

という言葉は厳密には正しくありま

せん。

 

ですから、アルコール医療の世界

ではリハビリテーションという言葉

をよく使います。お酒なしの元の生

活に戻り、本来の自分を取り戻すと

いう意味ですね。

 

依存症の再発予防で、最近トレン

ドになっているのが認知行動療法で

す。アルコール依存症者がお酒を飲

むのは、その人なりの理由があるわ

けです。はたから見れば、問題を引

き起こしているのは大量飲酒なの

で、酒をやめたほうがいいと思いま

すが、本人はそう考えていません。

 「眠れないときはお酒が必要だ」

「仕事を続けるためにお酒でストレ

ス解消しなければ」など、お酒を飲

むための言い訳をたくさん抱えてい

ます。その人にとってお酒が必要だ

と本人が認識している、そのことを

認知といいます。同じ状況に置かれ

たとしても、飲むか飲まないかを左

右するのは、その人が持っている認

知です。その認知に焦点を当てて、

飲まないための理由付けに変えてい

こうというものです(図表5)。

 

つまり、本人が抱えている問題に

対処するためにお酒を飲んでいたの

ですが、実際はお酒のために問題が

起きていることに気付かせてあげ

る。例えば、仕事をする上でお酒は

欠かせないと言う人には「なぜ、あ

なたは今仕事をやめて入院してる

の?」と、ストレス解消のためにお

酒が必要だと言う人には「今あなた

のストレスは何ですか? 

それは何

から来てますか?」と、問いかけま

す。こちらから問題を指摘するので

はなく、質問することによって、相

手自身の言葉で考えてもらう。そう

いう工夫をしています。

新しい治療方針

 

アルコール依存症は、否認の強い

病気です。依存症であることを、問

題が自分にあることをなかなか認め

られません。かつては、問題に直面

化させてどん底まで突き落とし、否

認を打破することが依存症の再発防

止で最も重要だとされていました。

 

しかし、最近のアルコール医療で

は、自己責任の意識を持たせて、ご

本人の意向を尊重し、モチベーショ

ンを高めていく方が有効だといわれ

ています。あまりやる気のない人で

も、なだめすかしながら治療に結び

付けて、最終的に依存症であれば断

酒の方に、大量飲酒者だと節酒の方

に持っていく。こうしたアプローチ

の方が効果が高いことがわかってき

ました。

 

結局、今までのやり方だと、ごく

一部のやる気のある人だけを治療し

て、それ以外の人たちを見捨ててき

たのではという反省があるわけで

す。そうではなくて、まだ迷ってい

る人たちも治療に結びつけること

が、プロのプロたるゆえんかなと個

人的に思っています。

 

私が初診で最も重視しているの

は、その方にまた病院に来ていただ

くことです。どう話せば納得してま

た来てくれるのか、慎重に探るよう

にしています。そうやって治療関係

を築いていく中で、依存症者だった

ら断酒に向かうことも多いのです。

初対面の人にいきなりお酒をやめろ

と言われるのは、普通は嫌ですよね。

 

最初のハードルを上げない、とい

うことは非常に重要です。特に最近

増えている高齢者の患者に依存症だ

と認めさせようとしても、相手のプ

ライドを傷つけるだけです。

 

むしろ依存症という側面よりは、

体の問題からアプローチすることが

多いですね。「飲み過ぎで脳が萎縮

しているみたいだから、お酒をやめ

た方がいいですよ」と言えば受け止

め方が違います。いまは依存症だと

認めてくれなくても、お酒をやめて

健康になれば、最終的に依存症だっ

たと認めてくださいます。私はそれ

でいいと思っています。

家族へのケア

 

アルコール依存症というのは、周

りをも巻き込む病気です。依存症だ

5 4

図表 3 飲酒日記

出典:久里浜医療センター

図表 4 ブリーフインターベンションの6要素(FRAMES)

要素 説明

Feedback アルコール関連問題の正確な現実を、本人にフィードバックする。

Responsibility アルコール関連問題の改善に関する責任が本人にあることを強調する。

Advice 明確な助言をあたえる。

Menu 複数の飲酒行動改善方法を紹介する。

Empathy 介入者が対象者に対して共感的態度をとる。

Self-efficacy 飲酒行動の改善に関して、自己達成が可能であることを理解させ、支援する。

出来事状況

認知行動療法

酒に対する偏った認知 飲 酒

出来事状況

酒に対する適応的な認知 断 酒

図表 5 アルコール依存症の認知行動療法

出典:久里浜医療センター

67

NEWS & REPORTS

ていくアプローチであれば、通院で

もできそうですよね。そういった意

味でも、これからのアルコール医療

においては、入院ではなく外来治療

の方がより適しているのではないか

と考えています。

アルコール健康障害対策基本法

 

2013年12月、アルコール健康

障害対策基本法が成立しました。や

はり、私たちアルコール医療の現場

にいる者にとって一番大きいのは、

国や地方公共団体はアルコール医療

に対して責任があると明文化された

ことです(図表8)。

 

例えば、久里浜にアルコール医療

の専門病棟が設立されたのは、「酒

に酔つて公衆に迷惑をかける行為の

防止等に関する法律」が昭和36年に

成立したからです。この法律によっ

て、保健所が問題飲酒者を紹介でき

る病院が必要になったのです。逆に

言えば、今までは国の責任はその範

囲でしかありませんでした。

 

その責任範囲が基本法によって広

がり、飲酒問題に対して国としても

広く取り組みなさいということにな

りました。依存症者に限らず、幅広

く関与できるようになるので、特に

二次予防の面で大きいと思っていま

す。各都道府県に依存症治療の中核

病院をつくる流れもあるそうです。

 

加えて、基本法の成立によって飲

酒問題への関心が高まると、アル

コール依存症という病気への正しい

認識が広まり、受診への敷居がもう

少し低くなることを期待していま

す。一般的に、依存症というと人格

的な問題として捉えられがちです

が、そうではなくて、独立した疾患

概念であり、治療法もあるというこ

とが、世間の人たちに伝わるといい

ですね。80万人患者さんがいて、

4万4千人しか受診していないとい

うのはやはり異常です。

 

究極的には、1~2次予防が徹底

されることによって、当院のような

病院の役割が縮小していくのが理想

です。アルコール依存症は生活習慣

病なのですから、正しい知識を元に

生活を変えられる人が増えれば、病

気になる人も減るはずです。

 

若い人には想像できないと思いま

すが、私が精神科医になったばかり

のころ、診断書に「うつ病」と書く

ことができませんでした。患者さん

から「こんなもの会社に出せるか」

と突き返されたものです。

 

でも、今は当たり前のように「う

つ病と書いてください」と患者さん

から言ってくる時代です。それと同

じように、依存症も世の中に受け入

れられる病気であってほしいと思っ

ています。この法律がその助けに

なってくれたらうれしいです。

■まえさと・ひとし

独立行政法人久里浜医療センター教育情報部部長。

1972年生まれ。平成8年群馬大学医学部卒業。

平成8年5月沖縄県立中部病院卒後臨床研修、平

成10年4月琉球大学医学部精神科入局、平成12年

4月沖縄県立宮古病院精神科赴任、平成15年4月

国立久里浜病院(現、久里浜医療センター)赴任、

平成21年9月精神科医長、平成24年7月より現職。

専門はアルコール依存症、プレアルコホリック、

アルコール関連社会問題。

けに限りませんが、アルコールハラ

スメントの被害者は全国で

3000万人、その中でも生き方に

影響が出るくらい大きな影響を受け

た人は1400万人いるといわれて

います。本人だけでなく、家族もつ

らい思いをしています。ですから、

そういう人たちへのアプローチはと

ても重要です。

 

よく、ご家族から「お酒をやめさ

せるにはどうしたらいいですか?

どのように振舞えばいいですか?」

と聞かれることがあります。それに

対して、私は「そうではなくて、依

存症者の飲酒に振り回されない環境

をつくってください。本人が酒を飲

んでも飲まなくても、あなた自身が

安心して生活を送れるためにどうし

たらいいか考えてください」とお願

いしています。ご家族が安心できる

環境にあることが、結果的にはご本

人の安心にもつながるのです。

 

もちろん、別居や入院など、物理

的な距離をとることも選択肢の一つ

です。家族と距離を置くことができ

るのは、入院治療の一つのメリット

ですよね。特に暴力がある場合は、

別居を強く勧めています。

 

そして、一度冷静になっていただ

いた上で、家族として何ならできる

か、してもよいかを、義務感ではな

く本音で考えて、明確化していただ

きます。「通院の送迎をする」「入院

費は支払う」、けれども「自宅には

しばらく顔を出さないでほしい」な

ど、家族によってできる範囲は違い

ます。それを明確化して、ぜひ本人

に伝えてほしいのです。

 

その線引きをすることで、本人が

治療に対して自分自身で責任を持て

るようになります。そして、家族か

ら見捨てられたという感覚がなくな

るのです。

 

以前は、ご家族には「何もしない

でください」と指導していました。

しかし、最近は「本人の治療の責任

を、ご家族が背負える範囲で少しだ

け負担してください」と促すように

しています。

 

そこから先は、ご本人が回復して

いく中で、家族のありようも変わっ

てきます。断酒が定着し、家族が元

に戻るケースはたくさんあります

が、残念ながらそうならないケース

もあります。特にDVがあるとなか

なか難しいですね。お互いに依存し

ながら傷つけ合うより、むしろ自立

していったほうが幸せなケースとい

うのは、残念ながらあるわけです。

 

アルコール依存症者は、酒のこと

を考えている時間が長いですよね。

家族は家族で、この人がどうしたら

お酒をやめられるかを、朝から晩ま

でずっと考えています。それはあま

り楽しくないですよね。ご家族だっ

て、本人にお酒をやめさせるために

生まれてきたわけではありません。

ご家族には、「本人が飲もうが飲む

まいが、あなた自身が楽しく過ごせ

るような生き方を自分自身で考えて

ください」と言うようにしています。

●● 

今後の展望 

●●

臨床の今とこれから

 

大きく、2つの流れがあると思い

ます。

 

1つ目は、個別化です。昔のアル

コール依存症者は、中年男性のサラ

リーマンしかいませんでした。しか

し、最近では女性や高齢者も増えて、

バックグラウンドがどんどん多様化

してきています(図表6、7)。そ

れに伴い、治療のコースもどんどん

細分化してきているので、昔のよう

に皆いっせいに画一的なプログラム

をこなすだけでは、十分な治療効果

が出ない時代に入りつつあります。

 

コースは、大きく「中年男性向け」

「高齢者向け」「女性向け」に加え、「再

入院の方向け」の4つに分かれてい

ます。その中でも患者さんの能力は

ばらばらですので、例えば女性の

コースでは、全てのプログラムを行

う「レギュラーコース」に、軽減コー

スの「シニアコース」、そしてプロ

グラムがほとんどない断酒を中心と

した「解毒コース」の3種類にさら

に細分化が進んでいます。

 

最近では、男女共に高齢化が進み、

認知症のアルコール依存症者が増え

てきています。認知症の方とミー

ティングや勉強会をやっても、いま

いち頭に入ってこないようですの

で、頭を抱えているところです。

 

ちなみに、意外に思われるかもし

れませんが、高齢者の方は断酒率が

高いです。依存症者全体での断酒率

は約3割ですが、高齢者の病棟に

限っていうと約5割にもなります。

個人的には、高齢になるとさまざま

な欲求が減少するからだと思ってい

ます。加えて、高齢で依存症になる

方というのは、社会経験が豊富で、

人格的にもある程度確立された方が

多いので、断酒の必要性についても

理解しやすいのでしょう。

 

逆に、35歳未満の若年者の断酒率

はとても低く、約1割です。なぜ低

いのかというと、若年で依存症にな

るだけのさまざまな問題を抱えてい

ることが多いので、お酒をやめるの

が困難なのです。若いのでエネル

ギーを持て余していますし、お酒を

やめても苦しそうにしていますね。

 

2つ目は、入院治療から外来治療

へのシフトです。社会状況が変わり、

だんだん長期間の入院が求められな

くなっています。2~3か月もの間

入院していたら、会社をクビにされ

てしまう人もいますよね。入院費用

も、3割負担で3か月60万円くらい

かかります。実際に、患者調査では

入院患者数が減っていますが、外来

の患者数は増えています。

 

また、かつてのような画一的な指

導を行うためには、入院させて集団

を管理する方法が適していました。

しかし、現在主流の認知行動療法に

よってお酒への考え方や対応を変え

図表 8 アルコール健康障害対策基本法(一部抜粋)(国の責務)第四条 国は、前条の基本理念にのっとり、アルコール健康障害対策を総合的に策定し、及び実施する責務を有する。

(地方公共団体の責務)第五条 地方公共団体は、第三条の基本理念にのっとり、アルコール健康障害対策に関し、国との連携を図りつつ、その地域の状況に応じた施策を策定し、及び実施する責務を有する。

1989 年 2012年

1,200

1,000

800

600

400

200

0

(人数)

■女性■男性

155 人50人

445人

695人

図表 6 久里浜医療センターの新規受診者に占める女性患者数

出典:久里浜医療センター

20101989 1994 1999 2004

250

200

150

100

50

0

25

20

15

10

5

0

(人数) (%)

■ 65 歳以上総数  65 歳以上割合

(年)

図表 7  久里浜医療センターにおけるアルコール問題を主訴とした 65 歳以上初診者数 ・ 割合

出典:久里浜医療センター