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特集 1 刑事司法における諸課題 ~取調べの可視化実現から刑事少年司法 改革の飛躍的展開をめざす~

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特集1

刑事司法における諸課題~取調べの可視化実現から刑事少年司法

改革の飛躍的展開をめざす~

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はじめに刑事弁護人の職責は、被疑者・被告人の援助者として、その利益・権利の擁護に徹した活動をするこ

とである。個別の事件における被疑者・被告人への誠実な弁護活動を通じて、えん罪を防止し、違法・

不当な身体拘束や不当に重い量刑を防ぎ、また、国家による刑事手続上の違法を是正させる。それが弁

護人の職務上の役割である。そして、それにとどまらず、刑事司法に関する制度改革に関わり、改革を

実現して被疑者・被告人の権利・利益に資することも、弁護士には求められている。そのため、日弁連

では、様々な刑事司法改革課題に取り組んできた。被疑者段階での国選弁護制度と市民参加の裁判員裁

判が実現したのも、その成果の一つである。しかし、改革課題は山積している。

我が国では、これまで、密室での捜査官による違法・不当な取調べが繰り返され、自白調書の作成過

程が検証できない構造の中で、多数のえん罪が生み出されてきた。近年における志布志事件、氷見事件、

足利事件、布川事件、厚生労働省元局長事件などの経過が、これを明らかにした。とりわけ検察官によ

る証拠のねつ造まで明らかとなった厚生労働省元局長事件は、捜査・公判の在り方を抜本的に改革する

必要があることを、世間に対しても一層強く認識させるものとなった。

日弁連では、かねてから、違法・不当な取調べによる虚偽自白を防止し、真に公正な裁判を実現し、

えん罪を根絶するためには、取調べの可視化(取調べの全過程の録画)、人質司法の打破、国選弁護

(国選付添人)制度の充実等が不可欠であるとして、これを強く求めてきた。

本特集は、取調べの可視化、被疑者国選、少年司法、保釈保証、裁判員裁判など、刑事司法における

現状を見据え、今後の改革課題について、概観するものである。

〔注〕本編に出てくる一部官職名は当時のものである。

弁護士白書 2011年版2

特集1刑事司法における諸課題~取調べの可視化実現から刑事少年司法改革の飛躍的展開をめざす~

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特集1

刑事司法における諸課題~取調べの可視化実現から刑事少年司法改革の飛躍的展開をめざす~

第1章 取調べの可視化に向けて

今日における改革課題のうち、喫緊の最重要課題が、取調べの可視化(取調べの全過程の録画)であ

る。私たちが、取調べの可視化を求める理由は、密室での違法不当な取調べと自白の強要を防ぎ、かつ、

取調べに対する検証ができる制度を通じて、えん罪を根絶するためである。

1980年代、我が国では、死刑が確定した事件で再審無罪判決が相次いで出された。熊本県の免田事

件、香川県の財田川事件、宮城県の松山事件、静岡県の島田事件の4件である。これらの事件はいずれ

も、「密室の取調べ」によって、「虚偽の自白調書」が作成され、誤判の大きな原因となった。そして、

今日においてもなお、志布志事件、氷見事件、足利事件、布川事件の相次ぐ無罪判決に見られるように、

「密室の取調べ」で自白の強要が続いている事実が明らかになっている。

弁護士白書 2011年版 3

●志布志事件(鹿児島選挙違反事件)2003年4月に行われた鹿児島県議会議員選挙に

おいて、選挙違反に関与したとして、多数の関係者が、鹿児島県警志布志署等で、被疑者として取調べを受け、身に覚えがない自白を強要された。ある被疑者は、取調官から、取調べ中に「お前をそういう息子に育てた覚えはない □□」、「じいちゃん、早く正直なおじいちゃんになってください △△」、「娘をこんな男に嫁にやったつもりはない」と書いた紙を無理矢理踏まされるなど侮辱的な取調べを受けた(踏み字事件)。この踏み字事件に対し起こされた国賠訴訟で、2007年1月鹿児島地裁は、「常軌を逸しており、公権力をかさに着て原告を侮辱した」などとして、県に損害賠償を命じた。この選挙違反事件では、13人が起訴されたが、全員が無罪を主張した。2007年2月、鹿児島地裁は、証拠とされた自白調書について「脅迫的な取調べがあったことをうかがわせ、信用できない」とした上で、被告人12人(公判中に1名死亡)全員に無罪判決を言い渡した(確定)。

●氷見事件2002年1月及び3月に発生した事件で富山県氷見市内の男性が、強姦・強姦未遂容疑で逮捕され、取調べで虚偽の自白調書を作成された結果、有罪判決を言い渡され服役したが、その後に真犯人が発見されたことで、2007年4月に富山地裁で再審が開始され、同年10月に無罪が確定した。

●足利事件1990年に栃木県足利市で発生した幼女殺害事件で、菅家利和さんは、強引な取調べによって虚偽自白に追い込まれ、この虚偽自白とDNA鑑定などの証拠で無期懲役の判決を受け、2009年6月まで17年半もの間、勾留、受刑を強いられた。しかし、最新のDNA型鑑定による再鑑定の結果、真犯人ではないことが明らかとなり、2009年6月に、刑の執行が停止され、菅家さんは釈放され、再審開始が決定。2010年3月26日に宇都宮地裁で無罪判決が言い渡された(確定)。

●布川事件1967年に茨城県の利根町布川で発生した強盗殺

人事件で2名の男性が別件逮捕され、長時間に及ぶ警察(代用監獄)での強引な取調べによって虚偽の自白に追い込まれた結果、無期懲役の判決を受け、29年間もの間、勾留、受刑をさせられていた。しかし、2005年に無罪の可能性が極めて高いとして再審開始決定がなされ、2009年に最高裁で再審開始決定が確定し、2011年5月24日に水戸地裁土浦支部で無罪判決が言い渡された(同年6月7日確定)。

●厚生労働省元局長無罪事件厚生労働省の元局長が、課長時代に当時の部下らと共謀して、心身障害者団体として実体がない組織に対し虚偽の公的証明書を発行したとして、2009年6月、虚偽有印公文書作成・同行使の容疑で逮捕された。この事件で、検察官は、捜査段階で作成された元部下らの供述調書を拠り所に、元局長を起訴し、公判を維持したが、元部下らの公判廷における証言により、元局長が事件に関与していないことが明らかとなった。これに対し、検察官は、捜査段階で作成された関係者の供述調書を証拠請求したが、大阪地裁は、その大部分について、元部下が勾留中に記録していた被疑者ノートの内容等に基づき、「信用すべき特別の状況」がないとして、証拠請求を却下する決定をし、2010年9月10日、無罪判決を言い渡した(確定)。この決定及び判決により、検察官が、関係者らに対する強引な取調べにより、あらかじめ描いたストーリーに沿った内容の供述調書に署名・押印させるという、違法不当な捜査手法が採られていたことが明らかになった。なお、最高検は、同年9月21日、同事件の証拠

品として押収されたフロッピーディスクのデータを、捜査に有利な内容に改ざんしたとして、証拠隠滅の疑いで、大阪地検特捜部の主任検事を逮捕した(2011年4月、大阪地裁で懲役1年6か月の有罪判決。確定)。

第1章

取調べの可視化に向けて

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過去には、世界の多くの国でも、密室での取調べがなさ

れていた。しかし、えん罪事件や取調室の中での人権侵害

事件の発生により、密室での取調べの抱える本質的かつ致

命的な欠陥が明らかになるにつれて、多くの国が、密室で

の取調べをなくした。英国、オーストラリア、米国などの

欧米諸国において、また、韓国、台湾、香港などのアジア

において、取調べの録画・録音、弁護人の立会い等がなさ

れるに至っている。本質的かつ致命的欠陥とは、密室での

取調官の人権侵害があっても、その客観的検証が不能であ

るということである。

違法・不当な取調べをなくすために、取調べの内容を検

証可能なものとすること、すなわち取調べの全過程を録画

することが不可欠である。取調べの全過程の録画によって、

違法・不当な取調べ自体が減少することは、諸外国の例を

待つまでもなく明らかである。また、取調べの全過程の録画によって、自白の任意性・信用性をめぐる

争いがほぼなくなることは、諸外国の例が示している。

日本での取調べの可視化の実現に向けた動きとしては、民主党は、2008年に続いて2009年に可視化

法案を国会に提出し、その年の夏、政権党となった。そして、法務省でも、取調べの可視化についての

検討を進めるに至った。また、国家公安委員会委員長の下に設置された「捜査手法、取調べの高度化を

図るための研究会」においても、すでに中間報告を発表し、さらに検討を進めている。

厚生労働省元局長無罪事件を受けて法務大臣が設置した「検察の在り方検討会議」では、「可視化に

関する法整備の検討が遅延することがないよう、特に速やかに議論・検討が進められることを期待する」

と、2011年3月31日に発表した提言の中で指摘した。このような報告・提言を受けて、法制審議会に

おいても、「新時代の刑事司法制度特別部会」を設置し、議論・検討が進められている。2011年8月8

日には、取調べの可視化に関する法務省内の勉強会の検討結果とともに、法務大臣から「被疑者取調べ

の可視化の実現に向けて」との文書が発表され、「取調べの可視化を制度化することは是非とも必要で

あり、法務省として責任をもって、制度としての可視化を実現していかなければならない。」「法務省と

しては、可視化の趣旨・目的の重要性に鑑み、法制審議会からできる限り速やかに答申を受け、制度と

しての取調べの可視化を実現していく所存である。」との決意が述べられた。

このように、取調べの可視化に関する検証や議論はすでに相当に熟している。あとは、実行に移すの

みである。既に、検察・警察においては取調べの一部の録画の試行が始められた。特捜事件においては、

取調べ全過程の録画を含めた試行が開始され、この試行は、さらに知的障がいによりコミュニケーショ

ン能力に問題のある人が被疑者等となった事件まで拡げられている。一方、捜査官による密室での違法・

不当な取調べが繰り返され、自白調書の作成過程が検証できない構造の中で、この数年だけでも、前記

のようなえん罪が発覚している。このような状況を一刻も早く解消するために、取調べの可視化(取調

べの全過程の録画)の早急な実現が図られねばならない。

弁護士白書 2011年版4

■諸外国の可視化の状況■

全過程の録画・録音

弁護人の立会い

イギリス ○ ○

アメリカ ○ ※1 ○

フランス ○ ○

イタリア ○ ○

オーストラリア ○ ○

台 湾 ○ ○

韓 国 △ ※2 ○

香 港 ○ ○

日 本 × ×

※1 イリノイ州ほか。※2 取調べの「全過程」(その日の取調べの全過

程)の録画を義務付けている。

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特集1

刑事司法における諸課題~取調べの可視化実現から刑事少年司法改革の飛躍的展開をめざす~

以下は、2011年9月1日現在、日弁連がとりまとめた取調べの可視化に関する宣言、決議、意見書、

会長声明等である。これらの全文は、日弁連ホームページ(http://www.nichibenren.or.jp/activity/

criminal/recordings.html)に掲載されている。

弁護士白書 2011年版

第1章 取調べの可視化に向けて

5

■取調べの可視化に関する宣言、決議、意見書、会長声明等(2011年9月1日現在)■

2003年7月14日 取調べ過程の透明化を(会長談話)

2003年7月14日 「取調べの可視化」についての意見書

2003年10月17日 第46回人権擁護大会・被疑者取調べ全過程の録画・録音による取調べ可視化を求める決議

2003年12月4日 取調べ可視化のための立法案

2006年1月20日 取調べの可視化の試験的実施の提案

2006年5月9日 取調べの録画・録音試行についての法務大臣発言についての日弁連コメント

2006年5月26日第57回定期総会・引き続き未決拘禁制度の抜本的改革と代用監獄の廃止を求め、刑事司法の総合的改革に取り組む決議

2006年6月13日 取調べの録画・録音試行についての申入れ

2007年2月23日 鹿児島選挙違反事件判決についての会長声明

2007年5月25日 第58回定期総会・取調べの可視化(録画・録音)を求める決議

2007年10月10日 富山県氷見市における強姦・同未遂事件再審無罪判決についての日弁連コメント

2008年3月14日 自民党及び公明党の提言に対する日弁連コメント

2008年5月30日第59回定期総会・国際人権基準の国内における完全実施の確保を求める決議 個人通報制度及び差別禁止法制定を始めとする人権保障体制の早期構築を求めて

2008年6月3日 取調べの可視化(取調べの全過程の録画)を主な内容とする刑事訴訟法改正案に関する会長談話

2009年3月18日 「取調べの録音・録画の試行についての検証結果」に対する意見書

2009年7月17日 「警察における取調べの録音・録画の試行についての検証結果」に対する意見書

2009年10月22日 足利事件の再審公判にあたり改めて取調べの可視化を求める会長声明

2009年11月6日第52回人権擁護大会・「人権のための行動宣言2009」のもと人権擁護活動を一層推し進める宣言第52回人権擁護大会・取調べの可視化を求める宣言 刑事訴訟法60年と裁判員制度の実施をふまえて

2010年1月28日 「捜査手法、取調べの高度化を図るための研究会」への参加に関する会長談話

2010年5月28日 第61回定期総会・わが国における人権保障システムの構築及び国際人権基準の国内実施を求める決議

2010年6月18日 法務省の取調べの可視化に関する今後の検討方針に関する会長声明

2010年7月15日 法務省の取調べの可視化に関する今後の検討方針に対する意見書

2010年9月10日 厚生労働省元局長事件無罪判決に関する会長談話

2010年11月4日 「検察の在り方検討会議」発足にあたっての会長声明

2011年3月31日 検察の在り方検討会議の提言に対する会長声明

2011年4月7日 捜査手法、取調べの高度化を図るための研究会中間報告に関する会長談話

2011年5月24日 布川事件再審無罪判決に関する会長声明

2011年5月27日 第62回定期総会・取調べの可視化を実現し刑事司法の抜本的改革を求める決議

2011年6月8日 司法制度改革審議会意見書10周年に当たっての会長談話

2011年6月17日 知的障がいのある被疑者等に対する取調べの可視化についての意見書

2011年6月30日 「警察における取調べの録音・録画の試行の検証について」に関する会長声明

2011年8月8日 法務省「被疑者取調べの録音・録画に関する法務省勉強会取りまとめ」に関する会長声明

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第2章 被疑者国選弁護拡大の成果と課題

1 被疑者国選弁護拡大の成果と弁護実践

1.被疑者国選弁護制度の拡大と弁護活動

被疑者・被告人の権利を適切に保護するためには、弁護人の援助を受ける権利を実質的に保障するこ

とが重要である。2006年10月からは、被疑者国選弁護制度が実施されたが、それ以前には、資力が十

分でないなどの理由で自ら弁護人を依頼することができない者について、国選弁護人を付すことができ

るのは、起訴後に限定されていた。

日弁連は、1989年9月に松江市で開催された第32回人権擁護大会における、刑事訴訟法40周年宣

言において、「現在の刑事手続を抜本的に見直し、制度の改正と運用の改善をはかるとともに…あるべ

き刑事手続の実現に向けて全力をあげてとりくむ」ことを宣言した。それを契機に、被疑者国選弁護制

度の実現に向けて、被疑者段階における弁護人依頼権の実質的な保障を目的として、当番弁護士制度及

び刑事被疑者弁護援助制度が実施された。

当番弁護士制度は、要請を受けた事件に当番の弁護士が接見に出動し、その費用は被疑者に負担させ

ないこととして、1990年から各地で発足し、1992年中には全国の弁護士会で実施された。刑事被疑者

弁護援助制度は、受任した私選弁護事件のうち、被疑者が弁護費用を支払うことが困難な事件に対して

弁護費用を援助するものとして、1990年に法律扶助協会により実施された(現在は、日弁連の事業と

して日本司法支援センターに委託されている)。さらに、日弁連は、1995年に当番弁護士等緊急財政基

金を設置し、これらの制度を支える経済的基盤も整備した。

これらの取組みが結実し、被疑者国選弁護制度が実現されるに至った。日弁連は、身体を拘束された

全ての被疑者を対象とすることを求めたが、実施は段階的実施となった。

2006年10月から、死刑又は無期若しくは短期1年以上の懲役若しくは禁錮に当たる事件を対象とす

る被疑者国選弁護制度が実施され(被疑者国選第一段階)、2009年5月からは、死刑又は無期若しくは

長期3年を超える懲役若しくは禁錮に当たる事件にまで対象が拡大された(被疑者国選第二段階)。こ

れにより、多くの被疑者に被疑者段階から弁護人が選任されるようになり、より充実した弁護活動が行

われている。

被疑者段階において行われる弁護活動は多岐にわたる。例えば、被疑者の権利の告知、捜査の在り方

についての警察及び検察との交渉、証拠保全、被害者との示談交渉、身体拘束からの解放に向けた活動

などである。これらの活動を行うためには、頻回の接見を行い、被疑者との信頼関係の構築に努めなけ

ればならない。

また、起訴された時点で既に弁護人が選任されている事案も増大した。2010年の実績(地方裁判所)

によれば、事件総数のうち、被疑者段階から弁護人の付いた被告人の割合は、64.2%(第2編第1章第

1節「国選弁護活動」122頁参照)となっており、増加傾向が見られる。従来、特に国選弁護活動とい

えば、起訴後の公判弁護活動が中心に捉えられていたが、多くの事件において被疑者段階から弁護活動

が行われるようになっている。

不起訴の割合は、次頁の表のとおりとなっており、2004年の22.3%、2005年の22.9%と比較して増

加しているといえる。また、国選弁護人が選任された被告人の保釈率についても、近年増加している。

その他、勾留理由開示請求、勾留取消請求件数及び準抗告の件数が増加している。これらの件数の増加

は、被疑者段階から積極的な弁護活動が行われるようになった影響によるものと思われる。

弁護士白書 2011年版6

第2章

被疑者国選弁護拡大の成果と課題

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特集1

刑事司法における諸課題~取調べの可視化実現から刑事少年司法改革の飛躍的展開をめざす~

弁護士白書 2011年版

第2章 被疑者国選弁護拡大の成果と課題

7

■被疑事件の処理状況■

年起訴(件)

不起訴(件)

不起訴の割合(※注2)

2006 92,427 31,598 25.5%

2007 86,643 29,292 25.3%

2008 81,455 29,348 26.5%

2009 80,325 30,225 27.3%

【注】1.数値は、『検察統計年報』「被疑事件の受理及び処理状況 被疑事件の受理、既済及び未済の人員」によるもの。2.不起訴の割合は、起訴件数と不起訴件数を合計した数を不起訴件数で除したもの。

【注】数値は、最高裁判所事務総局から提供を受けた資料によるもの。

■国選弁護人が選任された人員のうち、保釈された人員数■

年国選弁護人が選任された人員(A)(人)

うち、勾留された人員(B)(人)

うち、保釈された人員(C)(人)

保釈率(C/B)

2006 56,490 45,910 2,048 4.5%

2007 53,471 43,728 2,196 5.0%

2008 52,301 42,023 2,409 5.7%

2009 52,758 42,357 3,823 9.0%

■勾留理由開示請求件数■

年勾留理由開示請求(人)

被疑者 被告人

2006 418 60

2007 505 78

2008 597 72

2009 481 87

【注】数値は、『司法統計年報(刑事編)』「刑事雑事件の種類別新受人員 全裁判所及び最高、全高等・地方・簡易裁判所」によるもの。

【注】数値は、『司法統計年報(刑事編)』「勾留・保釈関係の手続及び終局前後別人員 全裁判所及び最高、全高等・地方・簡易裁判所」によるもの。

■勾留取消請求件数及び勾留取消件数■

年勾留取消請求件数

(人)

当年中の勾留取消件数(人)

被疑者 被告人

2006 409 4 95

2007 483 10 79

2008 567 13 112

2009 704 28 106

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2.接見活動の実態

2010年12月に行われた第11回国選弁護シンポジウムの報告によれば、被疑者国選弁護事件(2009

年5月21日~2010年4月30日)の86%の事件で、指名通知当日ないし翌々日には初回接見が行われ

ている。さらに、少なくとも多くの弁護人は3~5日に1回は接見している。

また、上記シンポジウムでは、起訴前弁護活動の結果、略式起訴になった事案の接見状況が報告され

ている。その全体の接見回数は平均3.00回であり、初回接見までの期間は平均0.91日である。

この略式起訴の事案をさらに、裁判員対象事件でありながら、認定落ちによって略式起訴になった事

案について事件類型別に見たものが下表である。

このように、上記事案については、平均的には、指名通知を受けたその日のうちに接見が行われ、弁

護活動が始まっている。その素早い活動が、その後の略式起訴という結果につながっている事案も多い

と考えられる。

可能な限り直ちに接見に赴くことが、その後の弁護活動、そして、成果を生み出す原動力になってい

ることが実証されている。

弁護士白書 2011年版8

【注】1.弁護活動期間が20日を超えるデータは除いている。

2.数値は、日弁連調べによるもの。

■接見活動の状況(2009年5月21日~2010年4月30日)■

事件種別平均接見回数(回)

初回接見までの平均期間(日)

強盗・事後強盗・強盗未遂 3.58 0.72

強盗致傷 3.85 0.69

殺人未遂 5.03 1.17

強姦致傷・強制わいせつ致傷 3.50 0.25

【注】数値は、『司法統計年報(刑事編)』「刑事雑事件の種類別新受人員-全裁判所及び最高、地方・簡易裁判所」によるもの。

■裁判官又は捜査機関による処分に対する準抗告件数及び取消・変更件数■

年裁判官の処分に対する準抗告(人) 捜査機関の処分に対する準抗告(人)

うち、取消・変更件数 うち、取消・変更件数

2006 3,625 740 119 19

2007 4,213 945 189 7

2008 4,706 1,005 91 11

2009 6,461 1,355 127 14

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特集1

刑事司法における諸課題~取調べの可視化実現から刑事少年司法改革の飛躍的展開をめざす~

2 被疑者弁護の身体拘束全事件への拡大に向けて

1.国選弁護人契約弁護士数

日弁連及び弁護士会は、被疑者国選第二段階への対応のため、国選弁護人契約弁護士の確保や対応態

勢の確立に取り組んできた。その結果、国選弁護人契約弁護士数は、法テラス発足当初の 8427人

(2006年10月2日現在)から大幅に増加し、2011年4月1日現在で1万9566人となっている。

また、日本司法支援センターの設置する法テラス法律事務所に配置されている常勤弁護士(スタッフ

弁護士)の数は、2011年9月1日現在で182人(新スキームで養成中のスタッフ弁護士は除く)となっ

ている。

2.被疑者国選弁護事件数

被疑者国選弁護事件数は、第二段階実施により大きく伸び、2009年度は6万1857件(2010年6月

11日集計時点)、2010年度は7万0917件(2011年5月13日集計時点)となっており、2008年度の

7415件(2009年3月末日集計時点)と比較して、それぞれ約8.3倍、約9.6倍になっている。

弁護士白書 2011年版

第2章 被疑者国選弁護拡大の成果と課題

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【注】1.2006年度は、10月2日現在の契約者数。2007年度以降は、各年4月1日現在の契約者数。2.数値は、日本司法支援センター調べによるもの。

■国選弁護人契約弁護士数の推移■

【注】1.2006年度は10月~翌3月までの合計件数。2007年度以降は、各年4月~翌3月までの合計件数。2.数値は、日本司法支援センター調べによる。

■被疑者国選弁護事件受理件数の推移■

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3.第二段階実施後の対応態勢

2010年度に各弁護士会に対して実施した、第二段階における対応態勢に関する調査によれば、一部

に支部会員1人あたりの負担が多いなど問題が生じている地域はあるものの、それら地域においては他

の地域の弁護士によって対応するなどの対応策がとられており、各弁護士会の努力により、概ね対応態

勢に問題のない状況となっている。

4.逮捕段階からの全ての身体拘束事件を対象とする公的弁護制度の実現に向けて

日弁連は、被疑者国選弁護制度の創設にあたって、逮捕段階からの全ての身体拘束事件を対象とする

公的弁護制度の実現を求めてきた。

被疑者国選弁護制度が概ね順調に運営されている現状を踏まえ、まずは、勾留段階における全ての身

体拘束事件への拡大(被疑者国選第三段階)を実現するため、件数をシミュレーションし、各弁護士会

に対してその対応に関して調査を実施した。

その結果、一部の地域を除いて、現状でも対応可能であり、今後、個別に困難地域における検討を進

めれば、対応態勢の確立は可能であることが示された。

また、逮捕段階からの公的弁護制度の創設に関しては、即日接見できる態勢の整備、夜間の逮捕案件

に対する対応及び勾留を阻止する弁護活動を短期間のうちに行える態勢の整備などの課題があり、今後、

その制度設計を含めた検討が必要である。

3 韓国における被疑者段階の弁護活動

1.日本と韓国における刑事司法にかかる制度の相違と身体拘束率

日本と韓国における刑事法の体系や刑事訴訟手続規定は、極めて類似している。しかし、被疑者及び

被告人の身体拘束に関する規定並びにその運用においては、両国において相違が見られる。

近年、韓国では身体拘束率が低下しているが、これは、拘束前被疑者審問(日本でいえば勾留質問)

において弁護人の立会いが認められていること及び弁護人の立会いが必須とされている拘束適否審査の

制度があることが影響しているものと思われる。これらの制度を機能させるため、2004年から国選弁

護を専門に担う国選専担弁護士制度が導入され、積極的な被疑者段階での弁護活動が、身体拘束からの

早期解放に大きく寄与している。

2.拘束前被疑者審問

韓国では、拘束前被疑者審問への弁護人の立会いが認められている。拘束前被疑者審問とは、逮捕さ

れた被疑者について、引き続き拘束令状(勾留状)の請求がなされた場合、法官(裁判官)がその令状

発付について審査を行う制度である。令状発付請求に対する司法審査は、法官が捜査関連書類を検討し

ながら被疑者と直接対面して行う、いわゆる「実質審査」の方式で行われる。

法院(裁判所)は、弁護人の有無を確認し、被疑者に弁護人が付いていないことが確認された場合は、

法院にあらかじめ用意されている国選弁護人予定者名簿に登載の弁護人が選任される。選任された弁護

人は、審問時、法官の直接審問が終わった後に、弁論形式で陳述を行う。ただし、弁護人には、意見陳

述とは別に直接被疑者に質問する権利はない。

韓国の拘束令状請求の棄却率は、日本の勾留請求却下率と比較して著しく高くなっている。

弁護士白書 2011年版10

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特集1

刑事司法における諸課題~取調べの可視化実現から刑事少年司法改革の飛躍的展開をめざす~

弁護士白書 2011年版

第2章 被疑者国選弁護拡大の成果と課題

11

■韓国の弁護活動(被疑者段階)■

1 拘束適否審査手続

韓国においては、逮捕又は拘束された被疑者、その弁護人、法定代理人らは、法院に逮捕又は拘束の適否の審査を請求することができる。この際、被疑者に弁護人がいないときは、国選弁護人が選定される。法院は、遅滞なく被疑者を審問し、捜査関係書類と証拠物を調べて、釈放を求める請求を棄却するか、被疑者の釈放を命じなければならない。検事、弁護人及び請求人は、審問で意見を陳述することができる。被疑者を釈放する際には、保証金の納入その他の条件を付すこともできる。弁護人は、検事から提出された拘束令状請求書及びそれに添付された告訴・告発状、被疑者の陳述を記載した書類並びに被疑者が提出した書類を閲覧することができる。

【拘束適否審査における釈放率】

合 計 弁護人 非弁護人

請求(人) 釈放(人) 釈放率 請求(人) 釈放(人) 釈放率 請求(人) 釈放(人) 釈放率

2006年度 4,536 2,015 44.4% 3,294 1,495 45.4% 1,242 520 41.9%

2007年度 3,921 1,737 44.3% 3,011 1,307 43.4% 910 430 47.3%

2008年度 3,797 1,426 37.6% 2,535 1,018 40.2% 1,262 408 32.3%

2009年度 3,580 1,253 35.0% 2,223 830 37.3% 1,357 423 31.2%

2 国選専担弁護士

韓国では、法院が、直接、専ら刑事事件の国選弁護事件を担当する弁護士(国選専担弁護士)を採用している。国選専担弁護士は、ごく例外的な事例(身内に関する事件等)を除き、刑事事件の国選弁護事件だけを取り扱う。報酬として月額800万ウォン、運営費として月額50万ウォンが支給され、弁護士事務所を無償で利用することができる。近年、国選専担弁護士の負担を軽減するため、月25件までという受任制限が設けられるようになった。2009年度の刑事公判事件における被告人数36万7728人のうち、国選弁護人が選任された被告人数は、11万0557人で約30%となっており、刑事事件における国選専担弁護士の稼働率は極めて高いといえる。任期は2年であり、再任可能である。

【国選専担弁護士の推移】(単位:人)

2004年度 11

2005年度 20

2006年度 41

2007年度 58

2008年度 77

2009年度 123

2010年度 135

【弁護人選任被告人数(国選・私選別)】

処理人員数(人)

弁護人選任被告人数(人)

うち国選弁護人 うち私選弁護人

割合 割合

2006年度 276,117 130,920 70,523 25.5% 60,397 21.9%

2007年度 316,045 149,828 86,704 27.4% 63,124 20.0%

2008年度 350,134 168,692 100,209 28.6% 68,483 19.6%

2009年度 367,728 179,921 110,557 30.1% 69,364 18.9%

【注】1.治療監護事件及び逮捕拘束適否審査請求事件についての弁護人選任人数は除く。2.数値は、いずれも大韓弁護士協会及びソウル中央地方法院から提供を受けた資料によるもの。

■被疑者段階の弁護活動(韓国と日本の比較)■

韓 国

拘束令状請求件数(件)

うち棄却(件)

棄却比率

2006年度 63,455 10,345 16.3%

2007年度 59,768 13,018 21.8%

2008年度 56,846 13,863 24.4%

2009年度 57,019 14,295 25.1%

日 本

勾留請求件数(件)

うち勾留却下(件)

勾留却下比率

2006年 136,685 572 0.4%

2007年 127,412 868 0.7%

2008年 121,811 941 0.8%

2009年 121,398 1,124 0.9%

【注】1.韓国の各件数は、年度ごとの統計であり、日本の各件数は、各年の統計である。2.勾留請求件数は、『検察統計年報』「最高検、高検及び地検管内別 既済となった事件の被疑者の逮捕及び逮捕後の措置別人員」の「勾留許可」と「勾留却下」を合算した値。自動車等による過失致死傷及び道路交通法等違反被疑事件は含まない。

3.韓国の拘束令状請求の「棄却」は、検察官からの被疑者の身体を拘束することについて請求したにもかかわらず、裁判所がそれを認めなかったという意味で、日本の勾留請求の「却下」と同じ意味合いと捉えてよい。

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第3章 国選弁護・国選付添報酬基準の改善

1 国選弁護報酬基準2006年10月、改正刑訴法が施行され、被告人国選に加えて被疑者国選が始まり、被疑者及び被告人

の国選弁護人の報酬・費用は、日本司法支援センターが算定し、支払うこととなった。

日本司法支援センターによる国選弁護人の報酬・費用の算定は、「国選弁護人の事務に関する契約約

款」及びその別紙「報酬及び費用の算定基準」に基づいて行われる。日本司法支援センターの算定基準

は、被疑者国選は接見回数を基礎とし、被告人国選は公判回数及び公判時間を基礎としており、画一的

な基準で算定される。日弁連は、日本司法支援センターが発足した以降も、より適正に弁護活動の労力

を反映した基準に改正するよう要求を続け、その結果これまで6回にわたる改正が行われた。ここでは、

日本司法支援センター発足後に行われた改正の経過と、以下のモデルケースについて最新の報酬基準に

基づき算定される報酬額を掲載することとした。なお、ここでは、判決宣告期日等加算報酬や特別加算

報酬については扱わないものとする。

弁護士白書 2011年版12

第3章

国選弁護・国選付添報酬基準の改善

■日本司法支援センター通常報酬額■(単位:円)

年度 被疑者 簡易(3開廷) 地方(3開廷) 裁判員裁判事件 控訴審(3開廷)上告審(2開廷)

2006 64,000 72,000 84,000 126,900 116,400

2007 64,000 72,000 84,000 126,900 116,400

2008 64,000 87,000 99,200 126,900 116,400

2009以降 66,400 87,000 99,200 404,000 152,400 141,900

【注】1.2008年度は2008年9月1日施行の報酬基準により算出している。2.2009年度以降は2009年5月21日施行の報酬基準により算出している。3.裁判員裁判事件は2009年に報酬基準が整備された。

〈通常報酬算定のモデルケース〉

①被疑者国選:弁護期間10日(基準接見回数3回)、接見3回。

②簡裁・地裁・高裁・最高裁とも、実質公判期日1回あたりの審理時間は60分。

③簡裁事件:公判前整理手続なし。実質公判期日3回。

④地裁事件:単独・公判前整理手続なし。実質公判期日3回。

⑤裁判員裁判事件:複数選任、整理手続3回、選任手続2時間、第1回公判3時間半、第2回公

判5時間半、第3回公判1時間、評議。

⑥控訴審事件:原審が地裁。記録は1000丁を超え5000丁以下。実質公判期日3回。

⑦上告審事件:第一審が地裁。記録は1000丁を超え5000丁以下。実質公判期日2回。

⑧通常報酬は基礎報酬・公判加算から成り、実際にはこの他に特別加算や費用が支払われるが、

このモデルケースにおいては、公判加算のうちの判決宣告公判加算、特別加算等は計上しない。

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刑事司法における諸課題~取調べの可視化実現から刑事少年司法改革の飛躍的展開をめざす~

2 国選弁護報酬基準改正の経過以下の表は、2006年10月に日本司法支援センターに移管された後の国選弁護報酬基準の経過をまと

めたものである。

弁護士白書 2011年版

第3章 国選弁護・国選付添報酬基準の改善

13

■日本司法支援センター移管後の経過■

2007年4月 11月

■接見回数・公判期日の計算方法の変更

■示談加算を示談の成果に応じた加算方法に整備

■遠距離接見等交通費の距離基準の変更

■遠距離接見等加算の対象の拡大

■デジカメによる謄写費用の支給

■電話による外部交通の報酬を支給等

■記録謄写費用の支給方法の変更

■無罪・一部無罪・縮小認定に対する加算の整備

■遠距離接見等加算の対象の拡大

■一定の項目の訴訟準備費用の実費支給等

2008年9月

■被告人国選事件のうち、簡裁・地裁事件の基礎報酬について3段階の定額基礎報酬方式から、第1回期日

から立会時間に応じて公判加算を支給する方式に変更(全事件平均で10,000円程度増額)

2009年5月

<被疑者国選>

■初回接見報酬額の増額

■要通訳加算報酬の新設

■多数回接見加算報酬の加算上限を弁護期間と同

数回に整備

<被疑者国選・被告人国選共通>

■示談加算を被害者数に応じた加算方法に整備

■減刑嘆願書を取得した場合の加算の新設

■遠距離接見等加算を距離に応じた段階制に整備

■自家用車による移動の燃料代を一定限度で支給

■遠距離接見等宿泊費の支給

<被告人国選>

■裁判員裁判の報酬基準の策定(別表p.14参照)

■追起訴加算報酬の新設

■保釈加算報酬の新設

■継続減算の控除額の減額

■整理手続期日加算報酬の増額

■控訴審・上告審の基礎報酬の増額

(原審から引き続き担当しない事件)

2010年4月

■記録謄写費用の上限を40円に増額

■国選付添人報酬の改正(示談・遠距離接見等加算・燃料代を国選弁護報酬と同水準に)

2011年4月

■第1回公判期日前の証人尋問の期日、証拠保全の期日及び勾留理由開示の期日についての加算の整備

■被告人の勾留取消などによる特別成果加算報酬の新設

■被疑者の処分後の示談等についても報酬を加算

■複数の被害者について異なる示談等の成果をあげた場合の加算報酬の見直し

■行政機関が発行する証明書の発行手数料の支給

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弁護士白書 2011年版14

■国選弁護報酬基準の概要■(2011年4月1日現在)

被 疑 者 第 一 審

即決基礎報酬 26,400円(定額)

即決 報酬 5万円(定額)

公判前整理手続なし 公判前整理手続あり

公判加算 公判1回目から時間に応じて加算

① 基礎報酬26,400円+20,000円×(基準接見回数-1)

◆基準回数超の接見報酬1回超過 10,000円2回超過 16,000円3回超過 20,000円4回目以降 1回につき

4,000円

(但し、弁護期間と同数回が上限)

② 特別成果加算等

簡裁

① 基礎報酬(66,000円)② 公判加算(0円~42,900円)③ 特別加算等

① 基礎報酬(7万円)② 公判加算(0円~56,500円)③ 特別加算等

地方

裁判

単独

① 基礎報酬(77,000円)② 公判加算(0円~47,400円)③ 特別加算等

① 基礎報酬(8万円)② 公判加算(0円~61,100円)③ 特別加算等

合議

通常

① 基礎報酬(88,000円)② 公判加算(0円~52,000円)③ 特別加算等

① 基礎報酬(9万円)② 公判加算(0円~88,300円)③ 特別加算等重大合議

(除く裁判員

裁判事件)

① 基礎報酬(99,000円)② 公判加算(0円~56,500円)③ 特別加算等

① 基礎報酬(10万円)② 公判加算(0円~97,400円)③ 特別加算等

控 訴 審 上 告 審

①基礎報酬(40,000円~77,000円)記録の分量に応じ231,000円までの加算あり②公判加算(7,500円~88,300円)③特別加算等

①基礎報酬(40,000円~77,000円)記録の分量に応じ231,000円までの加算あり②公判加算(7,900円~97,400円)③特別加算等

裁判員裁判事件

基礎

報酬

公判

加算

その

①公判立会時間・複雑困難度に応じた加算(0円~146,100円)②公判前整理手続加算、進行協議加算・・・21,000円③判決公判加算・・・3,000円④評議対応加算・・・3,000円(90分以上の在廷につき)

主任加算・・・30,000円(段階2~4)※その他、重大案件加算、特別成果加算、継続減算等及び費用は非裁判員事件の基準に準ずる(但し裁判員裁判に限り、一定程度の加算減算率の変更あり)。

段階 公判前整理手続 公判※ 複数選任 単独選任

1 1~4回1:4型 170,000 170,000

3:6型 190,000 240,000

2 5~7回 3日以上 240,000 300,000

3 8~10回 3日以上 300,000 380,000

4 11回以上 4日以上 400,000 500,000

※公判日数は判決期日を含む

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特集1

刑事司法における諸課題~取調べの可視化実現から刑事少年司法改革の飛躍的展開をめざす~

3 現行基準の基本的考え方と課題日本司法支援センター報酬基準は、弁護人の労力を反映させた客観的基準、手続の類型に応じた基準

設定、費用の明確性といった3点を軸に構築されている。前述したとおり過去6回の改正がなされてき

ているが、日弁連の考える適正な報酬(弁護士が自己の法律事務所を維持しながら、適正な弁護活動を

行うために必要とされる報酬)を実現するためには多くの課題が残っている。日弁連は、2007年8月

に国選報酬改善の基本方針を策定し、実費、基礎報酬、労力、成果といった諸点から改善を求めている。

現在の主要な課題についての概要は以下のとおりである。

弁護士白書 2011年版

第3章 国選弁護・国選付添報酬基準の改善

15

1 実費について

事件記録の謄写費用は、その副本交付が実現されるまで、全事件について1枚目から200枚目までの分も

支給されるべきである。当事者鑑定費用の支給及びその他の訴訟準備費用の支給対象の拡大の実現は喫緊の

課題である。

2 基礎報酬関係

被疑者国選から担当した場合の被告人国選報酬の継続減算は不合理であり、その撤廃を求めている。もち

ろん国選弁護・国選付添の基礎報酬自体の増額は重要目標である。双方控訴、抗告審・再抗告審における基

礎報酬の増額も緊急課題である。

3 労力加算関係

鑑定留置期間中になされた全接見に対する加算、2件目以降の追起訴加算、起訴後・家裁送致後の接見加

算等の実現は、労力に対する当然の報酬というべきで、その改正も目指している。国選付添の試験観察加算

や環境調整加算の改善も重要である。

4 成果加算関係

勾留延長決定の取消しなどの身体解放加算、実質一部無罪加算、控訴審・上告審での減刑等に対する加算、

死刑判決回避加算、再度の執行猶予加算などの成果に対する加算も必要である。

5 特別案件・重大案件等

最高裁時代には被告人の応訴態度やマスコミ注目度等々から特別な困難が予想される場合、特別案件とし

て報酬増額がなされていた。現行ではこの点の加算基準が不足しており、特別案件の報酬増額は緊急性を要

する。

6 今後の課題

現行基準は、客観性、手続の類型性、費用の明確性といった3点を軸に構築されているが、これらの形式

的アプローチで全てに対応することには限界もある。例えば、当事者鑑定、示談、特別案件などについては

一定の審査制や裁量的判断の導入も検討されるべきである。裁判員裁判は2009年5月に実施されたが、報

酬体系について今後詳しく検証をする必要がある。

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第4章 少年司法制度の改善に向けた取組み

1 少年司法制度少年司法制度の理念・目的は、少年の健全育成であり(少年法第1条)、非行に陥った少年に対して、

応報的な観点から厳罰を下すというのではなく、教育・福祉・医療などを含めた総合的な見地からの対

応がなされなければならない。なお、「健全育成」という言葉は、少年を権利の主体として見るのでは

なく、保護の客体と見るニュアンスがあるため、最近では、少年司法制度の理念を、少年の成長発達権

保障という観点から捉え直すべきであるという考えがもはや常識である。

ところが、現実には、少年法は相次いで「改正」され、刑罰化・厳罰化の方向に進むとともに、少年

審判のあり方は変容し、少年の成長発達権保障がないがしろにされる事態が生じている。そのため、日

弁連は、少年法の理念を守るべく、さまざまな取り組みを行っている。

1.2000年「改正」少年法をめぐる問題

2000年11月に「改正」された少年法は、2001年4月1日から施行されてすでに10年が経過した。

この「改正」は、少年審判手続における事実認定の困難さ、被害者への配慮不足など、改正前少年法の

不都合な点を正すという要請もあった。しかし、同時に、たまたま世間の耳目を集めた神戸須磨事件、

「17歳の少年」による犯行などに対する社会のヒステリックな感情を背景に、あたかも、少年非行が急

増・凶悪化しているという誤った情報が流布し、「少年非行が急増・凶悪化しているのは少年法が甘い

せいだ」という、実証的な研究を欠く議論が展開されて、少年法は「改正」された。

改正論議の中で危惧されていたことであるが、家庭裁判所の運用が、保護主義の理念を捨て、刑事裁

判化していくのではないかという点については、付添人活動の中での実感として、裁判官や調査官の変

質・変容を指摘する声が多い。事実認定の適正という改正法の趣旨に反する安易な検察官関与がなされ

たという事例や、少年法の理念に反する逆送事例なども報告されているところである。

なお、改正法施行後5年間の運用状況は、裁定合議事件が170人、検察官関与事件が97人(うち国

選付添人が選任されたのは25人)、原則逆送対象事件が349人(そのうち、原則どおり逆送されたのは

195人)となっている(数字は、2001年4月1日から2006年3月末日までに全国の家庭裁判所におい

て終局決定のあった人員の合計)。

このような状況を踏まえて、日弁連は、2006年3月に、「『改正』少年法・5年後見直しに関する意見

書」を公表し、逆送可能年齢を16歳に戻すべきとする意見などを述べた。しかし、いったん「改正」

された法律を元に戻すことは容易ではなく、逆に、さらなる「改正」の動きが進むこととなった。

弁護士白書 2011年版16

第4章

少年司法制度の改善に向けた取組み

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特集1

刑事司法における諸課題~取調べの可視化実現から刑事少年司法改革の飛躍的展開をめざす~

2.2007年少年法「改正」

政府は、2005年3月1日、「少年法等の一部を改正する法律案」(以下「『改正』法案」という。)を

閣議決定し、同日付けで国会に提出した。「改正」法案は、①触法少年及びぐ犯少年に対する警察の調

査権限の拡大強化、②少年院送致年齢の下限撤廃、③保護観察中の遵守事項を守らない少年に対する施

設収容処分などを内容とするものであった。この背景には、たまたま発生した小中学生による殺人事件

を受けて、少年事件が低年齢化し、凶悪な触法事件が相次いでいるという世論があおられたことがある。

少年法の対象となる少年の中でも、とりわけ刑事責任能力年齢に達しない触法少年の成長発達・更生

を図るためには、司法的処遇より福祉的処遇がふさわしいのであって、法案は、触法少年の実態と処遇

のあり方について児童福祉の現場の声を踏まえていないものであった。そもそも、触法少年による凶悪

事件は決して「相次いで」はおらず、また、現行法上対応できないような不都合も生じていないにもか

かわらず、法改正をすることは、立法事実を欠いていた。

にもかかわらず、この「改正」がなされれば、児童相談所の調査機能や児童自立支援施設の「育て直

し」機能を大きく後退させ、保護観察制度の根底を揺るがすことになるため、日弁連をはじめ全国のす

べての弁護士会が、これに反対する会長声明を発表し、弁護士会・日弁連挙げて反対運動に取り組んだ。

その甲斐あって、「改正」法案も実質的な審議が始まらないまま、廃案・継続審議を繰り返したが、

2007年の通常国会において、ついに実質審議入りした。そして、同年5月に、衆議院で、日弁連の意

見を取り入れていくつかの修正が施された上で可決され、参議院法務委員会では、調査の可視化の検討

など8項目の附帯決議をつけて全会一致で可決成立した。

附帯決議の中に、「当委員会における平成18年6月1日付『刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法

律の一部を改正する法律案に対する附帯決議』において、『裁判員制度の実施を控え、刑事司法制度の

在り方を検討する際には、取調べ状況の可視化、新たな捜査方法の導入を含め、捜査又は公判の手続に

関し更に講ずべき措置の有無及びその内容について検討を進める』としていることにかんがみ、この検

討の中で、触法少年に対する警察による質問状況の録音・録画の要否についても、刑事司法手続及び少

年審判手続全体との関連の中で検討すること」という一項目がある。ところが、被疑者取り調べの可視

化を検討する法務省のワーキンググループや勉強会においても、また、国家公安委員長の下の研究会に

おいても、触法少年調査の可視化について議論をしていない。このままでは、前記附帯決議に悖る事態

になりかねない。

そこで、日弁連は、2011年2月10日、少年法第 6条の2に規定された触法少年調査の全過程をビデ

オ録画・テープ録音することを求めることを内容とする「触法少年に対する警察調査の可視化を求める

要望書」を公表した。

欧米など先進諸国では、主として子どもが被害者になっている事件での聴き取りについて、誤導・誘

導質問等をしないように、訓練を受けた専門家が、短時間、原則として1回限り、事実確認のための面

接を実施し、その様子を全てビデオに録画するという司法面接(forensicinterview)の手法が取り入れ

られているが、この手法は加害少年からの聴き取りの際にも有効であると言われている。したがって、

調査の過程を単に可視化するのみならず、警察調査における聴き取り手法も見直し、司法面接的な面接

手法を導入することなどが検討されるべきである。

弁護士白書 2011年版

第4章 少年司法制度の改善に向けた取組み

17

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3.2008年「改正」 被害者等の審判傍聴制度の導入

2008年6月、少年審判への被害者傍聴制度の導入を柱とする少年法改正がなされた。法務大臣が、

2007年11月に、被害者等や遺族の審判傍聴を認めることなどを盛り込んだ少年法の改正案要綱を法制

審議会に諮問したのを受け、日弁連は同月、審判傍聴規定の新設に反対する「犯罪被害者等の少年審判

への関与に関する意見書」を発表し、その後、一貫して政府提出の法案に反対の姿勢を貫いてきた。ま

た、全国49の弁護士会が、法案に反対ないし問題点を指摘する会長声明を発表した。

このような日弁連・弁護士会の運動の成果があって、国会では、民主党の修正案を与党がすべて受け

容れる形で、①被害者等による審判傍聴を許す要件として、「少年の健全な育成を妨げるおそれがなく

相当と認めるとき」を加える、②12歳未満の少年の事件は、傍聴対象から除外する、③家庭裁判所は、

審判の傍聴を許すには、あらかじめ、弁護士付添人の意見を聴かなければならず、弁護士付添人がつい

ていないときは弁護士付添人を付さなければならない、などの修正が加えられた。とはいえ、少年審判

のあり方の抜本的な変更である以上、保護・教育を優先する少年審判手続の理念が変容するおそれは払

拭できないという危惧があった。そして、現実に、審判傍聴は被害者不許可とすることが立法者意思に

合致するはずの事案において、裁判所は付添人の反対にもかかわらず遺族の傍聴を許可し、糾弾的な審

判運営がされたという事例の報告がされている。その他にも、裁判官が被害者等を意識した質問に偏す

るために、少年の成育歴を振り返り、受容的な働きかけをしたうえで更生につなげるという審判の教育

的な役割が発揮されなくなっているという報告が多数ある。

日弁連としては、事例集積を踏まえ、運用面で最高裁との協議をする必要があるのはもちろんのこと、

裁判官の裁量による審判運営に期待できないようであれば、制度見直しへ向けた提言も必要となってく

るであろう。

4.裁判員裁判の開始と家庭裁判所の社会調査のあり方

裁判員法は、少年被告人の事件も対象としている。ところが、その場合に生じうる現実的な問題点に

ついて、裁判員制度導入を検討した政府の司法制度改革推進本部裁判員制度・刑事検討会では、議論が

されなかった。しかし、裁判員制度の運用次第では少年法改正手続を経ずして少年法が「改正」される

おそれがある。すなわち、少年の刑事裁判に関しては少年法上、審理のあり方・処分の内容に関して、

科学主義が定められ(少年法第50条、同第9条)、これを受けて、証拠調べに関し「家庭裁判所の取り

調べた証拠は、つとめてこれを取り調べるようにしなければならない」(刑事訴訟規則第277条)とい

う規定が置かれている。これらの規定は刑事訴訟法の特則としての位置を占めているが、裁判員制度の

運用次第では、これらの規定が死文化しかねないのである。

そこで、日弁連は、2008年12月19日に「裁判員制度の下での少年逆送事件の審理のあり方に関す

る意見書」を発表するとともに、論点整理を行い、最高裁に対して、制度開始前の一定の合意に向けた

協議の申し入れを行ったが、最高裁は、正式な「協議」の実施は拒否し、単なる意見交換を実施するこ

とができただけであった。そして、その意見交換の中で、最高裁は、日弁連が提示したさまざまな問題

点について、あくまでも個別の裁判体の判断であるとの姿勢を崩さず、何らの合意をすることはできな

いまま、裁判員制度が開始した。

裁判員制度が始まってしまった以上、その中で、完璧とは言えないまでも可及的に少年の権利擁護を

図ることができるか否かは、個々の弁護人の訴訟活動にかかっているということになる。そのため、日

弁連では「付添人・弁護人を担当するにあたって Q&A」を作成して全国に配布した。

しかし、懸念されたとおり、弁護人は、少年法の理念の貫徹に苦労している。これまでに全国から寄

せられた情報からは、当初懸念されたとおり、社会記録の取扱いが大きく変わり、科学主義の理念を表

す少年法第50条、同第9条、刑事訴訟規則第277条がないがしろにされた運用が散見される。また、

少年のプライバシー保護にも意を払われていない訴訟指揮も見受けられるところである。やはり、個々

の弁護人の努力だけでは、少年法の理念を守ることが難しくなっていることが明らかである。したがっ

弁護士白書 2011年版18

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特集1

刑事司法における諸課題~取調べの可視化実現から刑事少年司法改革の飛躍的展開をめざす~

て、日弁連としては、早急に事例の検証を行い、改正案の提言を行うことが必要である。

また、裁判員制度が、逆送されなかった大多数の少年保護事件の審判を変容させるおそれがあること

も懸念された。すなわち、家裁での調査結果(社会記録)が、刑事公判において提出され、直接主義・

口頭主義にしたがって証拠調べが行われた場合には、調査対象者のプライバシーが公になるおそれがあ

り、そのおそれがあるとなると、今後他の事件の調査において、学校・児童相談所を含め、関係者が調

査に非協力的になることなどが懸念される。そして、それらの懸念を未然に防止するために、家裁が調

査のやり方を変え、幅広い調査をしなくなる、あるいは調査はしても調査票への記載をしない(あくま

でも調査官の手控えとして事実上裁判官が情報を入手する)など、社会記録のあり方が変容することが

危倶される。それは、ひいては少年審判のあり方を変容させることになってしまうのである。

この危惧が現実のものとなることを懸念せざるを得ないようないくつかの動きが裁判所側にあったの

で、日弁連は、2009年5月7日に「少年審判における社会調査のあり方に関する意見書」を発表して

警鐘を鳴らした。

5.少年矯正制度の改革

広島少年院で、複数の法務教官による在院少年に対する暴行事件(「広島少年院事件」)があったこと

が、2009年5月22日に広島矯正管区が発表したことで明らかになった。

これを受け、日弁連は同日に会長談話を発表し、さらに同年9月に、「子どもの人権を尊重する暴力

のない少年院・少年鑑別所への改革を求める日弁連提言」と題する意見書を公表し、「視察委員会(仮

称)」等の設置を提言した。併せて、法務省内に設置された少年矯正を考える有識者会議(以下「有識

者会議」という。)に、日弁連子どもの権利委員会委員長を推薦して、有識者会議における議論の推移

を見守ってきた。

有識者会議が法務大臣に対して最終報告書を提出することが見込まれた2010年10月には、日弁連と

して改めて「少年矯正の在り方に関する意見書」を公表し、「随時の視察や被収容者との面談等を行う

ことで処遇の実情を適切に把握し、処遇や運営について把握し、これに対して必要に応じて意見や勧告

を行う機関として少年院監督委員会、少年鑑別所監督委員会(仮称)を矯正施設ごとに創設すべき」こ

となどを提言した。

今後は、少年院・少年鑑別所改革を具体的に実施する段階になるので、日弁連として、少年院等監督

委員会(仮称)にふさわしい人材を供給してくことなど、少年矯正制度の改革のために積極的に関与し

ていく予定である。

弁護士白書 2011年版

第4章 少年司法制度の改善に向けた取組み

19

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2 少年事件における付添人活動

1.全面的国選付添人制度の実現をめざす取組み

(1)国選付添人制度

家庭裁判所の少年審判を受ける少年には、刑事裁判のような弁護人という制度はなく、少年の権利を

擁護する役割の付添人を選任することができる。少年法では、付添人は弁護士に限定されていないが、

その多くは弁護士である。付添人の選任数は、この間増加してきているが、その割合は少年事件全体の

約14%に過ぎない(2010年)。

弁護士付添人を国費で選任する国選付添人制度は、2000年の少年法改正で初めて導入され、2007年

改正で拡充されたが、①少年鑑別所に収容された少年のうち、②重大事件(故意の犯罪行為により被害

者を死亡させた罪、死刑・無期・短期2年以上の懲役・禁錮に当たる罪)について、③家庭裁判所が必

要と認めた場合に付するという極めて限定的な制度になっている。その選任数は、2010年でわずか342

人であり、少年鑑別所に収容された少年(1万0639人)の3.2%に過ぎない。

以下のグラフは、家庭裁判所における少年保護事件の事件数の推移と付添人の有無について見たもの

である。近年、付添人が選任された件数は増加し、2010年には大きく増加しているが、全体から見る

と、まだ低い割合にとどまっている。

弁護士白書 2011年版20

少年保護事件(家庭裁判所)事件数と付添人の有無の推移

【注】1.数値は、『司法統計年報(少年編)』「一般保護事件の終局総人員 付添人の種類別終局決定別 全家庭裁判所」によるもの。

2.1999年からの事件総数は、簡易送致事件・車両運転による業務上(重)過失致死傷事件・移送・回付事件・併合審理され既済事件として集計しないもの(従たる事件)(2002年からは、危険運転致死傷事件も含む)を除いたものである。

3.付添人は、弁護士以外でもなることが可能である。上記の「付添人有り」「付添人無し」は、弁護士以外の付添人を含めた数値である。

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刑事司法における諸課題~取調べの可視化実現から刑事少年司法改革の飛躍的展開をめざす~

弁護士白書 2011年版

第4章 少年司法制度の改善に向けた取組み

21

少年保護事件(家庭裁判所)の付添人選任件数の推移

少年保護事件における付添人の種類別件数(内訳)

事件総数

(人)

付添人有(人)付添人無

(人)付添人有総数

弁護士うち私選 うち国選

保護者 その他件数 割合 件数 割合

2006 63,630 4,489 4,233 4,230 99.9% 3 0.1% 60 196 59,141

2007 59,697 4,423 4,149 4,102 98.9% 47 1.1% 67 207 55,274

2008 54,054 4,876 4,651 4,200 90.3% 451 9.7% 43 182 49,178

2009 54,253 6,344 6,137 5,625 91.7% 512 8.3% 45 162 47,909

2010 53,632 7,474 7,248 6,906 95.3% 342 4.7% 61 165 46,158

【注】1.数値は、『司法統計年報(少年編)』「一般保護事件の終局総人員 付添人の種類別終局決定別 全家庭裁判所」によるもの。

2.私選付添人が選任されたため国選付添人が解任された場合など、私選付添人と国選付添人の双方が選任されたが選任された場合は国選付添人として計上してある。

3.付添人有の弁護士における私選及び国選の割合は、弁護士付添人数に対する割合である。

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(2)全面的国選付添人制度に関する立法提言

弁護士付添人は、少年をえん罪の危険から守るとともに、非行を犯した少年については少年の環境を

整備し立ち直りを援助して再非行を防ぐための活動を行っている。このような活動の必要性は、重大事

件だけに限らない。たとえば、窃盗や傷害は、現行国選付添人制度の対象になっていないが、少年院送

致決定や刑事処分相当を理由とする検察官送致決定を受ける少年に占めるこれらの罪状の割合は高く、

2010年では、少年院送致決定を受けた少年のうち、窃盗が約40%、傷害が約20%を占めている。この

ように重大な処分を受ける可能性がある事件については、弁護士付添人の援助が必要である。

さらに、2009年5月から被疑者国選弁護制度の対象事件が拡大されたことにより、大きな矛盾が生

じている。つまり、被疑者国選弁護制度が、死刑・無期又は長期3年以上の懲役・禁錮の罪の事件にま

で拡大されたことから、少年についても捜査段階では、窃盗や傷害などの事件で国選弁護人を選任でき

るようになった。しかし、これらの事件が家庭裁判所に送致されると、国選付添人制度の対象事件では

ないため、引き続き国選付添人としては活動できないのである。

弁護士白書 2011年版22

観護措置決定を受けた少年の罪名別割合(2010年)

観護措置決定を受けた少年のうち少年院送致決定となった少年の罪名別の割合

(2010年)

【注】1.『平成22年司法統計年報(少年編)』「一般保護事件の終局総人員 観護措置の有無及び終局決定別非行別 全家庭裁判所」をもとに、日弁連が作成したもの。

2.国選付添対象事件とは、死刑・無期若しくは短期2年以上の懲役・禁錮の罪(少年法22条の2第1項)。

被疑者国選弁護人 国選付添人

2009年

窃盗・傷害など

対象範囲が拡大

被 疑 者 段 階

家庭裁判所送致

少年

審判

家庭裁判所段階

窃盗や傷害事件などは

国選付添人対象外

一定の重大事件のみ国選付添人対象

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刑事司法における諸課題~取調べの可視化実現から刑事少年司法改革の飛躍的展開をめざす~

これらの問題点は早急に解消すべきであるとして、日弁連は、2009年12月、「全面的国選付添人制

度に関する当面の立法提言」を行った。その内容は、①対象事件を、少年鑑別所に収容された少年の事

件全件に拡大し、②家庭裁判所が必要と認めた場合だけでなく、少年又は保護者の請求があった場合に

も付する制度への拡大を求めたものである。日弁連は、その実現へ向けて、下記のとおり弁護士の対応

態勢を拡充するとともに、市民向けのシンポジウムや国会議員への要請を行っている。

(3)弁護士付添人活動拡充のための取組み

神戸の児童連続殺傷事件や佐賀バスジャック事件などを契機として、2000年以降、少年法は厳罰化

を進める改正が行われている。日弁連と全国の弁護士会は、少年の立ち直りを援助するという少年法の

理念を維持するためには、できる限り多くの少年が弁護士付添人の援助を受けられるようにする必要が

あると考え、そのための態勢を整備してきた。

① 当番付添人制度

当番付添人制度とは、少年鑑別所に収容された少年が希望する場合に、弁護士会が弁護士を派遣し、

無料で面会する制度である。面会した弁護士が付添人制度を説明することで、付添人選任につながって

いる。2001年に福岡県で始まり、2009年11月までに全国の弁護士会で実施されるようになっている。

② 少年保護事件付添援助制度

少年は弁護士に依頼するお金がない。少年の保

護者も、経済的に裕福な家庭は少なく、仮に資力

があっても、少年のために弁護士費用を支出する

ことには消極的な場合が少なくない。そのような

少年も弁護士付添人が選任できるよう、日弁連は、

少年保護事件付添援助制度を運営している。これ

は、すべての事件について、少年が希望する場合

には、弁護士費用の全額を援助するという制度で

ある。

その財源は、全国の弁護士から特別会費を徴収

した少年・刑事財政基金であり、援助総額は、

2010年度で、約7億6000万円となっている

弁護士白書 2011年版

第4章 少年司法制度の改善に向けた取組み

23

当番付添人制度の流れ

家庭裁判所が制度を説明

少年鑑別所に収容する決定をする場合、裁判官から制度についての説明がなされる。

家庭裁判所から弁護士会へ連絡

少年が弁護士との面会を希望する場合、家庭裁判所から弁護士会へ連絡。

弁護士が無料面会

弁護士会から弁護士が派遣され、無料で面会する。

■少年保護事件付添援助制度の財政状況■

少年保護事件付添援助事業

2010年度 7億5967万円(支出)

※少年・刑事財政基金は、上記の他、刑事被疑者弁護援助事業、当番弁護士制度に使われる。

少年・刑事財政基金

2010年度 13億8574万円(収入計)

全国の弁護士の特別会費(少年・刑事財政基金)

2011年度から 4200円/月

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以下のグラフは、少年保護事件付添援助制度を利用して、少年保護事件の付添人を受任した件数の推

移である。被疑者段階で少年事件を受任した弁護士が、少年の家裁送致後に少年保護事件付添援助制度

を利用して改めて付添人に選任されるケース、家裁送致後に当番付添人として出動し、援助制度を利用

して付添人に選任されるケース、家裁送致後に家裁が弁護士会に対し援助制度の利用による付添人のあっ

せんを要請し、選任されるケースがある。最近の付添人選任数の増加は援助制度の充実によるところが

大きく、私選付添人の大半が援助制度を利用している。

③ 被疑者国選弁護人が家裁送致後も付添人として活動する体制

先に述べたとおり、2009年5月以降、被疑者国選弁護制度の対象事件が拡大され、少年についても

被疑者国選弁護人が選任される件数が急増した。日弁連と全国の弁護士会は、これらの国選弁護人が選

任された事件については、家庭裁判所送致後にも引き続き付添人として活動する体制を確立してきた。

国選付添人制度の対象外の事件については、上記の少年保護事件付添援助制度を利用して、付添人とし

て活動している。

以上のような取組みの結果として、弁護士付添人の選任数は急増しており(21頁のグラフ参照)、こ

の増加は、少年保護事件付添援助制度によって支えられている。

しかしながら、弁護士付添人の役割の重要性、刑事裁判を受ける被告人は全ての事件について国選弁

護人を請求できることとの対比からも、少なくとも、少年鑑別所に収容された少年の事件全件について、

国選付添人制度の対象とすべきであり、日弁連は、全面的国選付添人制度の実現に向けて取り組んでい

る。

弁護士白書 2011年版24

少年保護事件付添援助件数の推移

【注】1.1994年~2006年の数値は、財団法人法律扶助協会の実績件数による。2.2007年の数値は、2007年4月~9月の日弁連における援助実績件数(2008年3月末日時点調べ)と同年10月~翌年3月の日本司法支援センターにおける終結件数の合計数。2008年以降は、当該年4月~翌年3月の日本司法支援センターにおける終結件数の合計数。

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特集1

刑事司法における諸課題~取調べの可視化実現から刑事少年司法改革の飛躍的展開をめざす~

第5章 保釈保証制度の実現

1 保釈の運用実態と課題国選弁護人選任率は、年々上昇し、2010年には84.0%に達している(地裁通常第一審。下表参照)。

保釈率について見ると、私選事件における保釈率は55.2%であるのに対し、国選弁護事件における保

釈率は13.1%にとどまっている。

その原因はもっぱら被告人らにおいて保釈保証金を用意できないことにあると推測される。その結果、

被告人の多くは執行猶予の判決が望めるにもかかわらず、身体拘束を受け続け、判決によって、ようや

く身体の自由を回復している。

この現状を改革し、権利としての保釈について、ひいては被告人としての防御権の行使について、貧

富の差による差別を解消する必要がある。

2 韓国における身体不拘束原則と保釈保証保険制度の現状韓国では、「被疑者に対する捜査は不拘束状態で行うことを原則とする」と刑事訴訟法で定めており、

いわゆる起訴前保釈制度も整備され、身体不拘束の原則を実務においても貫いている。韓国の第一審に

おける起訴時の身体拘束率は、下表のとおりである。

弁護士白書 2011年版

第5章 保釈保証制度の実現

25

■国選弁護人選任率・国選・私選別保釈率の推移(地方裁判所)■

年 国選弁護人選任率(%) 国選事件保釈率(%) 私選事件保釈率(%)

1984 60.5 6.4 58.6

1990 59.6 5.8 57.1

1996 68.4 3.6 48.6

2002 74.2 3.2 44.1

2006 75.0 4.5 47.5

2007 75.4 5.0 49.8

2008 77.3 5.7 51.7

2009 80.1 9.0 52.9

2010 84.0 13.1 55.2

【注】1.国選弁護士人選任率は、『司法統計年報(刑事編)』「通常第一審事件の終局総人員 弁護関係別 地方裁判所管内全地方裁判所別」をもとに、算出したもの。

2.保釈率は、最高裁判所事務総局から提供を受けた資料によるもの。

■第一審刑事公判事件における拘束人員比率の推移■

年 新受人員数(人) 拘束人員数(人) 拘束人員比率(%)

1994 149,984 104,083 69.4

1996 172,996 109,969 63.6

2002 208,506 86,266 41.4

2005 216,460 56,657 26.2

2006 227,696 46,275 20.3

2007 250,172 42,159 16.9

2008 274,955 39,693 14.4

2009 287,465 40,214 14.0

【注】大韓弁護士協会から提供を受けた資料によるもの。

第5章

保釈保証制度の実現

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前頁の表を見ると、身体拘束したままでの起訴の割合が激減していることがわかる。それでも保釈許

可率はさほど変わっておらず、40%~50%台を推移している。

この保釈率の高さを支えているひとつの制度が、保釈保証保険制度である。

韓国の保釈保証保険制度とは、裁判所が、保険会社が発行する保証書による保釈を認める制度である。

現金を用意できない被告人が、活用することになる。被告人の親族等が申請者となり、保釈保証金額の

0.48%の手数料を支払うと、保険会社が保証書を発行してくれる。韓国における保釈保証金の金額は、

その多くが2000万ウォン以下(日本円に換算すると180万円程度)であるので、手数料の金額は9万

6000ウォン(日本円に換算すると8640円程度)を下回る金額ということになる。

全ての被告人について裁判所が保証書による保釈を認めるわけではないが(保証書による代用を全く

認めない事案や、保釈保証金の一部のみ保証書による代用を認める事案もある)、保釈に一役買ってい

ることは間違いない。

3 保釈保証制度の提案韓国にならって、わが国にも保釈保証制度を導入することを、日弁連として提案している。そのスキー

ムは以下のとおりであり、これに沿って、現在、全国弁護士協同組合連合会において制度創設に向け急

ピッチで作業が進められている。

弁護士白書 2011年版26

1.全国弁護士協同組合連合会は、裁判所が刑事訴訟法第94条3項に基づき「被告人以外の者の差し出した

保証書をもって保証金に代えること」を許した場合に、保証書を発行するものとする。

2.前項の保証書は、被告人の弁護人、親族その他の関係者(被告人は除くものとする。以下「保証委託者」

という。)の申込みに基づき、保証機関において相当な審査をなしたうえ、保証委託契約が成立した場合

に、交付するものとする。

3.保証金額は、裁判所が定めた保釈保証金の額とするが、上限を概ね金300万円程度とし、保証委託者は、

保証機関に対し、保釈保証金の概ね10%相当額を預託するものとする。

4.保証料率は、概ね保証金額の2%程度とする。

5.保証機関は、裁判所が保釈保証金の没取決定をなした場合に、没取決定額を国に納付するものとする。

6.保証機関は、保証金額の一定割合につき、損害保険会社との間で、損害保険契約を締結し、事業の継続性・

安定性を維持するものとする。

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特集1

刑事司法における諸課題~取調べの可視化実現から刑事少年司法改革の飛躍的展開をめざす~

以下の図は、保釈保証制度の概略図である。

弁護士白書 2011年版

第5章 保釈保証制度の実現

27

新たな保釈保証制度の概略図

保証契約~保釈申請に至る手続

保釈保証金の没取決定があったとき

※番号の順番に手続がなされる。

⑧保証金支払い

審査

保証機関(保証人)

全 弁 協④ 保証料支払

⑨ 求償(事前求償を含む)

② 申込み

⑤ 保証書発行

③ 保証委託契約

◆想定している保釈保証委託契約◆

1 保証金額…………………………………… 300万円上限2 保証委託者の自己負担金(注1)……… 保証金額の10%程度3 保証料(注2)…………………………… 保証金額の2%程度【注】1.自己負担金は没取となった場合を除き保証期間終了後に返還。

2.保証料は収支予想に基づき変動する可能性がある。

保証委託者

担当弁護人(全弁協所属員)

裁判所

⑦保釈許可

⑥保証書の提出

①保釈請求

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第6章 裁判員裁判の課題と展望

1 裁判員裁判対象事件2009年5月21日に「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」が施行され、裁判員制度がスタート

した。1943年に陪審法が施行を停止されてから約65年を経て、再び市民が裁判に参加することとなっ

た。裁判員制度は、様々な経験を持つ市民が刑事裁判に直接参加することで、無罪推定などの刑事裁判

の原則に忠実な「よりよい刑事裁判」を実現する制度である。また、司法に健全な社会常識を反映させ

るとともに、我が国の民主主義をより実質化し、司法の国民的基盤をより強固なものにする制度である。

具体的には、あらかじめ裁判員候補者名簿に登録された市民の中から選ばれた裁判員6人が裁判官3

人とともに刑事裁判(第一審)に参加し、公判審理と評議を経て、判決を宣告する。対象となる事件は、

①死刑又は無期の懲役若しくは禁錮に当たる罪に関する事件と、②①を除いた法定合議事件(裁判所法

第26条第2項第2号に掲げる事件)であって、故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪に関する

事件である。裁判員の参加する裁判は全国の地方裁判所(50か所)と一部の支部(10か所)で行われ

ている。

下表は、2010年における各地方検察庁別の裁判員裁判対象事件の起訴件数を罪名別にまとめたもの

である。

弁護士白書 2011年版28

■地方検察庁別裁判員裁判対象事件罪名別起訴件数■(2010年1月~2010年12月末日まで) (単位:件)

罪 名

地検・支部名

強盗致傷(強盗傷人)

殺人

現住建造物等放火

強姦致死傷

傷害致死

強制わいせつ致死傷

強盗強姦

強盗致死(強盗殺人)

偽造通貨行使

通貨偽造

集団強姦致死傷

危険運転致死

保護責任者遺棄致死

その他刑法犯

覚せい剤取締法違反

麻薬特例法(略称)違反

爆発物取締罰則違反

銃砲刀剣類所持等取締法違反

その他特別法犯

地検別合計

東京高検管内

東京地検本庁 69 28 9 8 17 7 6 2 12 1 13 1 1 174

東京地検立川支部 19 7 3 5 3 6 1 13 3 60

横浜地検本庁 20 24 10 4 5 7 2 1 2 2 4 2 83

横浜地検小田原支部 5 2 1 1 1 10

さいたま地検本庁 32 20 6 5 6 2 3 1 1 2 3 4 85

千葉地検本庁 40 22 11 6 7 5 7 4 2 2 88 5 1 200

水戸地検本庁 23 7 2 2 8 1 3 2 1 49

宇都宮地検本庁 5 4 5 2 8 1 1 1 27

前橋地検本庁 10 11 2 3 26

静岡地検本庁 3 2 1 1 1 8

静岡地検沼津支部 8 2 1 7 3 1 1 23

静岡地検浜松支部 4 9 13

甲府地検本庁 6 1 2 1 1 11

長野地検本庁 1 3 1 1 5 1 12

長野地検松本支部 4 2 1 1 1 9

新潟地検本庁 1 6 2 4 9 3 1 26

大阪高検管内

大阪地検本庁 26 30 16 3 13 10 1 1 1 3 24 5 133

大阪地検堺支部 17 5 8 3 4 2 8 3 1 1 1 2 55

京都地検本庁 11 5 5 2 3 6 5 1 2 1 4 45

神戸地検本庁 21 14 5 7 7 5 2 1 2 1 1 66

神戸地検姫路支部 4 1 2 2 1 1 11

奈良地検本庁 1 2 1 1 1 1 2 1 1 11

大津地検本庁 3 1 4 3 3 1 15

和歌山地検本庁 2 4 2 1 1 10 4 24

第6章

裁判員裁判の課題と展望

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特集1

刑事司法における諸課題~取調べの可視化実現から刑事少年司法改革の飛躍的展開をめざす~

弁護士白書 2011年版

第6章 裁判員裁判の課題と展望

29

罪 名

地検・支部名

強盗致傷(強盗傷人)

殺人

現住建造物等放火

強姦致死傷

傷害致死

強制わいせつ致死傷

強盗強姦

強盗致死(強盗殺人)

偽造通貨行使

通貨偽造

集団強姦致死傷

危険運転致死

保護責任者遺棄致死

その他刑法犯

覚せい剤取締法違反

麻薬特例法(略称)違反

爆発物取締罰則違反

銃砲刀剣類所持等取締法違反

その他特別法犯

地検別合計

名古屋高検管内

名古屋地検本庁 15 13 7 4 10 2 7 2 1 1 1 9 9 81

名古屋地検岡崎支部 5 1 7 1 1 2 5 1 1 24

津地検本庁 4 4 1 4 2 1 16

岐阜地検本庁 8 6 3 1 3 1 2 1 1 26

福井地検本庁 1 1 3 2 1 8

金沢地検本庁 1 2 2 1 1 3 2 12

富山地検本庁 3 2 3 1 1 10

広島高検管内

広島地検本庁 3 11 5 2 7 1 4 1 2 1 37

山口地検本庁 1 2 2 1 2 8

岡山地検本庁 11 6 3 4 1 5 1 9 1 1 42

鳥取地検本庁 2 2 4

松江地検本庁 1 1

福岡高検管内

福岡地検本庁 13 16 4 7 7 2 13 2 2 1 2 69

福岡地検小倉支部 3 5 1 1 2 1 2 1 1 17

佐賀地検本庁 1 1 1 1 1 5

長崎地検本庁 2 1 1 1 1 2 8

大分地検本庁 4 4 2 1 2 1 14

熊本地検本庁 2 2 1 4 1 1 1 1 13

鹿児島地検本庁 4 3 2 3 1 1 1 2 17

宮崎地検本庁 1 4 1 2 2 1 11

那覇地検本庁 1 6 2 3 2 1 3 18

仙台高検管内

仙台地検本庁 2 16 6 2 3 1 1 31

福島地検本庁 2 4 1 7

福島地検郡山支部 6 5 4 8 1 24

山形地検本庁 5 3 2 10

盛岡地検本庁 1 2 1 2 6

秋田地検本庁 3 2 5

青森地検本庁 8 2 7 2 1 9 29札幌高検管内

札幌地検本庁 15 7 1 4 1 3 3 1 3 3 1 42

函館地検本庁 2 1 1 1 1 6

旭川地検本庁 1 2 3 4 10

釧路地検本庁 1 3 1 1 6

高松高検管内

高松地検本庁 9 4 2 1 1 6 23

徳島地検本庁 1 2 1 1 5

高知地検本庁 2 1 3

松山地検本庁 9 1 1 11

罪名別総数 460353180111148105 98 42 58 20 2 18 9 23149 48 0 3 8 1,835

【注】1.最高検察庁提供の資料をもとに、日弁連が集計、作成したものである。なお、数値は、集計後異同を生じる場合がある。

2.上記件数は、被告人1人に対する起訴ごとに1件として計上している。3.1通の起訴状で複数の罪名の異なる裁判員裁判対象事件を起訴した場合は、法定刑の最も重い罪名の罪にて1件と計上し、法定刑が同じ場合は、刑法と特別法違反の罪については刑法の罪について1件、複数の刑法の罪については刑法の条文の順番で先に規定されている罪について1件として計上している。

4.未遂処罰規定のある罪名については、未遂のものを含む。5.特別法犯(刑法以外の犯罪)については、裁判員裁判対象事件に限定した件数である。6.奈良地検のその他刑法犯欄の1件は、付審判決定による特別公務員暴行陸虐致死罪であり、殺人欄のうち1件は、付審判決定による殺人罪である。

(単位:件)

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2 3年後見直しに向けて裁判員の参加する刑事裁判に関する法律附則第9条は、「政府は、この法律の施行後3年を経過した

場合において、この法律の施行状況について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づ

いて、裁判員の参加する刑事裁判の制度が我が国の司法制度の基盤としての役割を十全に果たすことが

できるよう、所要の措置を講ずるものとする」と規定する。

この規定を受け、政府は、法務省の中に、「裁判員制度に関する検討会」(2011年9月9日に第1回

会議を開催)を置き、政府の行う3年経過後の見直し作業の内容を検討する場を設定し、議論を重ねて

いる。「裁判員制度に関する検討会」のメンバーは、最高検検事1人、東京地裁判事1人、弁護士1人、

警察官僚1人、刑事法学者3人(うち1人は弁護士)、法律家以外から4人、合計11人である。

そこで、日弁連では、裁判員本部の中に「3年後検証小委員会」を設置し、検証に向けた課題と論点

を整理して、議論している。

そこでの議論の対象項目は、以下のとおりである。

以上は、2011年3月1日に開かれた「裁判員制度に関する検討会」で、日弁連推薦の委員が公表し

た内容であり、さらに、裁判員裁判での実施状況を踏まえた上での改革提言がなされるべきであること

はいうまでもない。

なお、同法第103条は、「最高裁判所は、毎年、対象事件の取扱状況、裁判員及び補充裁判員の選任

状況その他法律の実施状況に関する資料を公表するものとする」と規定している。これを受けて最高裁

では、「裁判員裁判に関する有識者懇談会」を発足させ、裁判員裁判を運用する立場にある裁判所とし

て、運用状況の検証及び実施状況の公表を行っている。

弁護士白書 2011年版30

①対象事件の範囲除外する事件(例えば、性犯罪、覚せい剤取締法、通貨偽造、少年逆送等)追加する事件(例えば、否認で被告人が求める事件等)

②裁判員の権限 裁判員の関与は事実認定に限定し量刑への関与を除外する必要性

③裁判員の選任手続 当事者の直接の質問、グループ質問の採用、質問票の記載方法の工夫等の必要性

④裁判員への刑事裁判ルール(無罪推定原則など)の説明方法

説明内容及び説明方法を法律・規則等で規定する必要性

⑤裁判員の守秘義務 現行の規定が厳格すぎ、緩和することの必要性

⑥裁判員の心理的負担を軽減する方法

運用面での改善(臨床心理士等によるケア)のほか、立法的手当の必要性

⑦評決の要件 有罪の要件の特別多数決制、死刑判決の全員一致等の評決要件の変更の必要性

⑧証拠開示制度の改革 弁護人への証拠リスト交付及び全面証拠開示の必要性

⑨立証制限規定の見直し 立証制限規定についての見直しの必要性

⑩全体としての構造の見直し 公判前整理手続が余りに重い手続となっていないか再検討の必要性

⑪裁判員裁判の公判における手続二分論

事実が争われる事件における情状立証との明確な分離の必要性

⑫裁判員裁判での控訴審の在り方 事実誤認を理由とする検察官控訴の制限の必要性

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特集1

刑事司法における諸課題~取調べの可視化実現から刑事少年司法改革の飛躍的展開をめざす~

3 裁判員裁判の実施状況

1.裁判員裁判対象事件の庁別終局人員

下表は、2010年1月~12月末日までの裁判員裁判対象事件の庁別の終局人員数と、弁護士数をもと

に、庁別の登録弁護士1人あたりの担当人員数を示したものである。

弁護士白書 2011年版

第6章 裁判員裁判の課題と展望

31

■裁判員裁判対象事件の地裁本庁及び実施支部の終局人員数と■弁護士1人あたりの担当人員数

庁 名

2010年1月~12月末日まで 弁護士数(2010.12.1)

(人)

弁護士1人あたりの担当人員数(人)

終局人員(人)

有 罪有罪・一部無罪

無 罪その他(注3)

東京高裁管内

東京地裁本庁 138 137 - - 1 13,364 0.01

東京地裁立川支部 54 48 1 - 5 467 0.12

横浜地裁本庁 65 63 - - 2 830 0.08

横浜地裁小田原支部 12 11 - - 1 88 0.14

さいたま地裁本庁 68 68 - - - 329 0.21

千葉地裁本庁 143 139 - 1 3 360 0.40

水戸地裁本庁 48 48 - - - 90 0.53

宇都宮地裁本庁 26 25 - - 1 105 0.25

前橋地裁本庁 33 33 - - - 98 0.34

静岡地裁本庁 9 9 - - - 132 0.07

静岡地裁沼津支部 14 12 - - 2 83 0.17

静岡地裁浜松支部 6 6 - - - 80 0.08

甲府地裁本庁 9 9 - - - 84 0.11

長野地裁本庁 14 13 - - 1 64 0.22

長野地裁松本支部 7 7 - - - 40 0.18

新潟地裁本庁 17 17 - - - 149 0.11

大阪高裁管内

大阪地裁本庁 126 126 - - - 3,475 0.04

大阪地裁堺支部 38 37 - - 1 71 0.54

京都地裁本庁 22 22 - - - 485 0.05

神戸地裁本庁 48 48 - - - 419 0.11

神戸地裁姫路支部 19 19 - - - 68 0.28

奈良地裁本庁 7 7 - - - 94 0.07

大津地裁本庁 12 12 - - - 74 0.16

和歌山地裁本庁 18 17 - - 1 95 0.19

名古屋高裁管内

名古屋地裁本庁 74 74 - - - 1,162 0.06

名古屋地裁岡崎支部 18 18 - - - 79 0.23

津地裁本庁 12 12 - - - 62 0.19

岐阜地裁本庁 21 20 - - 1 95 0.22

福井地裁本庁 4 4 - - - 68 0.06

金沢地裁本庁 8 8 - - - 108 0.07

富山地裁本庁 7 7 - - - 61 0.11

広島高裁管内

広島地裁本庁 24 24 - - - 355 0.07

山口地裁本庁 11 11 - - - 44 0.25

岡山地裁本庁 16 16 - - - 246 0.07

鳥取地裁本庁 3 3 - - - 26 0.12

松江地裁本庁 2 2 - - - 34 0.06

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2.開廷回数別の判決人員・審理期間別の判決人員等

次頁の表は、2010年の1月から12月末日までの裁判員裁判対象事件について、開廷回数別の判決人

員及び審理期間別の判決人員等についてまとめたものである。

開廷回数別の総数における平均開廷回数は3.8回であった。また、受理から終局までの審理期間の平

均期間は、8.3月(総数における平均)となっている。

弁護士白書 2011年版32

庁 名

2010年1月~12月末日まで 弁護士数(2010.12.1)

(人)

弁護士1人あたりの担当人員数(人)

終局人員(人)

有 罪有罪・一部無罪

無 罪その他(注3)

福岡高裁管内

福岡地裁本庁 64 63 - - 1 642 0.10

福岡地裁小倉支部 22 22 - - - 135 0.16

佐賀地裁本庁 9 9 - - - 54 0.17

長崎地裁本庁 15 14 - - 1 79 0.19

大分地裁本庁 11 10 - - 1 96 0.11

熊本地裁本庁 17 17 - - - 177 0.10

鹿児島地裁本庁 20 19 - 1 - 118 0.17

宮崎地裁本庁 9 9 - - - 71 0.13

那覇地裁本庁 24 24 - - - 176 0.14

仙台高裁管内

仙台地裁本庁 29 29 - - - 310 0.09

福島地裁本庁 4 4 - - - 42 0.10

福島地裁郡山支部 21 20 - - 1 50 0.42

山形地裁本庁 8 8 - - - 48 0.17

盛岡地裁本庁 4 4 - - - 52 0.08

秋田地裁本庁 3 3 - - - 44 0.07

青森地裁本庁 17 17 - - - 36 0.47

札幌高裁管内

札幌地裁本庁 35 34 - - 1 514 0.07

函館地裁本庁 5 5 - - - 34 0.15

旭川地裁本庁 6 6 - - - 41 0.15

釧路地裁本庁 3 3 - - - 23 0.13

高松高裁管内

高松地裁本庁 18 18 - - - 109 0.17

徳島地裁本庁 7 7 - - - 66 0.11

高知地裁本庁 14 14 - - - 67 0.21

松山地裁本庁 12 12 - - - 93 0.13

合 計 1,530 1,503 1 2 24 26,561 0.06

【注】1.終局人員数は、最高裁判所「平成22年における裁判員裁判の実施状況等に関する資料」によるもので、刑事通常第一審事件票による実人員数である。

2.「終局人員」とは、当該年度に終局裁判等(判決、終局決定、正式裁判請求の取下げ等)により終了した事件の実人員数である。

3.終局区分の「その他」は、公訴棄却、移送等である。4.弁護士数は、2010年12月1日現在のもので、地裁本庁については支部弁護士数を控除したものである。5.弁護士1人あたりの担当人員数の合計値は、終局人員の合計を弁護士数の合計で除したものである。

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特集1

刑事司法における諸課題~取調べの可視化実現から刑事少年司法改革の飛躍的展開をめざす~

弁護士白書 2011年版

第6章 裁判員裁判の課題と展望

33

■開廷回数別の判決人員の分布及び平均開廷回数(自白否認別)(2010年)■

判決人員(人)

2回以下 3回 4回 5回 6回 7回 8回以上平均開廷回数(回)

総 数 1,506 29 712 491 165 60 30 19 3.8

自 白 971 27 587 280 57 11 6 3 3.5

否 認 535 2 125 211 108 49 24 16 4.4

■審理期間(受理から終局まで)の分布及び平均審理期間(自白否認別)(2010年)■

判決人員(人)

3月以内

4月以内

5月以内

6月以内

9月以内

1年以内

1年を超える

平均審理期間(月)

総 数 1,506 5 64 175 268 599 259 136 8.3

自 白 971 5 56 147 203 394 130 36 7.4

否 認 535 - 8 28 65 205 129 100 9.8

■実審理期間(第1回公判から終局まで)別の判決人員の分布(2010年)■

判決人員(人)

2日以内 3日 4日 5日10日以内

20日以内

20日を超える

総 数 1,506 23 526 400 145 326 48 38

【注】1.数値はいずれも、最高裁判所「平成22年における裁判員裁判の実施状況等に関する資料」によるもので、刑事通常第一審事件票による実人員数である。

2.裁判員裁判対象事件以外の事件について公判を開いた後、裁判員裁判対象事件が併合されたものを含む。3.開廷回数には、公判準備期日(刑事訴訟法第281条に基づく証人尋問等が行われた期日)の回数が含まれるほか、1日の中で複数の期日が指定されることも考えられることから、開廷回数と実日数は、必ずしも一致しないが、概ね近似する。

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◆刑事弁護のこころと技

1.刑事弁護のこころ

質の高い刑事弁護を行うためには、弁護人と被疑者・被告

人との信頼関係の確立が必要である。弁護人は、被疑者・被

告人の人間性を信じなければならない。

被疑者・被告人との信頼関係の確立のためには、弁護人は、

被疑者・被告人の弁解に真摯に耳を傾けなければならない。

疑ってかかるような人間に対して、人が心を開くことはない。

ときに刑事弁護人は被疑者・被告人に嘘をつかれるであろう。

しかし、被疑者・被告人を責めてはならない。責めたい気持

ちは理解できるが、被疑者・被告人の置かれた立場に思いを

馳せ、嘘をついていたことを許すこころが必要である。疑っ

てかかる弁護士は自らえん罪を作り上げる危険がある。

刑事弁護人が被疑者・被告人の人間性を信じることは、単

に否認事件のためだけではない。自白事件において、刑事弁

護人が、被疑者・被告人に対して強く反省を促すこともある。

刑事弁護人が被疑者・被告人に対して強く反省を促すことが

できるのは、弁護人と被疑者・被告人との間に信頼関係があ

るからである。

死刑事件を担当したとき、自らが真の刑事弁護人であるか

否かがわかる。死刑事件は、刑事弁護人の全人格が試される。

人に対する深い洞察と自らの人間性の涵養が刑事弁護に必要

なこころを作る。

2.刑事弁護の技

刑事弁護の技術は、接見技法に始まり、ケース・セオリー

の捉え方、反対尋問の技法等刑事弁護に必要不可欠なもので

ある。しかし、技術の獲得は、決して困難なものではない。

努力さえすれば、誰でも身につけることが可能である。

地道な努力こそが、刑事弁護人を作り上げる。公判弁護の

技術については、現在、裁判員本部が担っているところであ

るが、それ以外の刑事弁護の技術については、取調べの可視

化実現本部、接見交通権確立実行委員会と連携して、日弁連

刑事弁護センターにおいて、会員に対し、研修を行うなどし

ている。

3.刑事弁護のこころと技

こころだけでは被疑者・被告人は救われない。技だけでは

技を発揮する前に解任の憂き目に遭うであろう。また、技の

発揮に重要な情報は、被疑者・被告人から得られることが多

い。刑事弁護のこころと技は、車の両輪である。

日弁連刑事弁護センターは、各弁護士会や弁護士会連合会

に委員を派遣して、刑事弁護のこころと技を伝えるべく、努

力しているところである。

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4 死刑求刑のおそれのある事件の弁護死刑という刑罰が、生命という究極の利益を奪う以上、死刑を言い渡すかどうかという判断には、他

の事件とは全く異なる慎重さが求められる。それゆえ、死刑求刑があり得る事件の弁護活動も、人の命

やそれを奪う死刑という刑罰の意義を問いかけ、当該事件におけるあらゆる角度からの最大限の弁護活

動を行うことが必要である。

さらに、裁判員裁判は、市民の生命を奪うかどうかの判断を市民に問うことになり、改めて、人の生

命そして死刑制度が考え直されるべき時代となっている。裁判員裁判時代における死刑求刑のあり得る

事件の弁護では、個別事件の弁護人を越えて、弁護士全体そして弁護士会が、どのように取り組み、死

刑を究極まで回避し得る弁護をどのように行うことができるかが問われている。

このような視点を基本として、日弁連は、2010年7月、日弁連刑事弁護センター、裁判員本部及び

日弁連死刑執行停止法制定等提言・決議実現委員会から委員を集め、日弁連刑事弁護センター内に、

「死刑弁護プロジェクトチ ム(以下「同PT」という。)」を組織した。

同PTでは、死刑求刑のあり得る事件(以下「死刑事件」という。)の弁護について、人的協力態勢

の整備、情報やノウハウ等の提供、研修の企画を検討している。

また、同PTは、全国各地の死刑求刑のあり得る裁判員裁判の情報収集を手始めに、過去の死刑事件

情報の収集、永山基準の研究、死刑事件弁護に関する文献の収集、責任能力が問題となる事案への対応

の検討(文献や鑑定人・鑑定例の収集)、情状鑑定の利用やABA準則等における死刑事件への取組方

法の研究及び公判前整理手続での死刑の争点化を含む弁護マニュアルの検討等に取り組んでいる。

2010年10月30日には、仙台、鳥取、大阪及び千葉等からの事例報告を含めた経験交流会を開催し、

同PTの発足を宣言した。また、2011年6月18日にも、死刑事件の事例研究のための勉強会を開催し、

これまでの同PTにおける活動内容の報告と今後の活動方針等を議論した。

同PTの調査によれば、2011年7月末現在で、裁判員裁判での死刑求刑事件は、既に11件に上り、

うち8件に死刑判決がなされている。今後は、同PTでの活動の具体的成果を会員に発信していくこと

が必要であると考えている。

なお、2011年10月の人権擁護大会(於:高松)では、「私たちは『犯罪』とどう向き合うべきか?

裁判員裁判を経験して死刑のない社会を構想する 」と題するシンポジウムが開催され、また、裁判

員本部でも死刑事件の情報収集や弁護活動の研究が行われている。

今後も関連委員会と連携しつつ、死刑事件に十分に取り組むことが可能な弁護士・弁護士会を目指す

ところである。

弁護士白書 2011年版34

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特集1

刑事司法における諸課題~取調べの可視化実現から刑事少年司法改革の飛躍的展開をめざす~

5 被害者参加制度公判手続に犯罪被害者及びその遺族等が出席し、情状に関する証人尋問や被告人質問、意見陳述を行

いうる、いわゆる「被害者参加制度」は、裁判員制度導入に先立ち、2009年12月から施行されている。

日弁連は、2007年5月1日付け「犯罪被害者等が刑事裁判に直接関与することのできる被害者参加

制度に対する意見書」及び同年6月20日付け「被害者の参加制度新設に関する会長声明」をもって、

概要、「被害者参加制度は、①真実の発見に支障を来すこと、②無罪推定という刑事訴訟の大原則に反

し、刑事訴訟の構造を根底から覆すこと、③被告人の防御に困難を来すおそれがあること、④裁判員制

度における裁判員への影響等々から導入には反対である。そして、今回の新制度が刑事弁護に消極的な

影響を及ぼすとの基本認識に変わりはなく、3年後の見直しをも踏まえつつ、本制度の運用のなかで、

被告人に対して憲法上保障された権利が十全に保障されるよう最善の努力を継続していく」との意見を

表明したが、2007年国会において関連法案が可決・成立した。

日弁連としては反対したものの、法案が成立し施行期日も定められたことから、日弁連刑事弁護セン

ター刑事弁護実務研究小委員会を中心に対応することとし、具体的には①事件担当弁護士へのアンケー

ト調査とその集計・分析・検討、②出張講義(「被害者の参加する刑事事件における弁護人の活動」等)

及びサテライト研修を行った。②のうち、前者は全国の20を超える弁護士会において実施し、後者は

被害者参加制度の施行に先立つ2008年10月24日に「弁護人ならどうする? 犯罪被害者等の刑事手

続参加制度・損害賠償命令制度への対応 」と題して研修を実施した。

裁判員裁判対象事件の多くは、被害者参加対象事件でもある。日弁連刑事弁護センターが実施したア

ンケートの結果によれば、法廷の雰囲気の悪化や、不当に重い宣告刑などが報告されているところ、裁

判員裁判においても不当な影響が懸念されていないか、慎重な検討が求められる。

ことに、現行制度によれば、被害者自身が証人として出廷する場合に加えて、心情意見陳述・被害者

論告の双方が許され、また検察官が別途論告を行うこと、さらには証人尋問及び被告人質問を行えるこ

とからすれば、「被害感情」が数次にもわたり法廷に顕出することが起き得る。これに近い状況も報告

されている。

日弁連は、施行の3年後にあたり、上記を含むいくつかの問題点が解消されるよう、見直しを求めて

いく所存である。

6 量刑データベースの始動愛知県弁護士会では、2006年4月から刑事弁護委員会内に量刑問題検討部会を設置し、裁判員裁判

対象罪名について判決書の参照まで可能な量刑検索システム(量刑データベース)を構築する取組みを

続けてきた。取組み当初の動きは『季刊刑事弁護』52号に掲載されているが、その後、中部弁護士会

連合会管内に取組みは広がり、そこで更に全国的な取組みとすることでデータベースの精度を高めるこ

とを目指してきた。

データベースは、一般的な判例検索システムの仕様を踏襲し、一定の属性(実刑か執行猶予かの別と

いった刑種・主刑の年数、少年逆送事件等の被告人の属性等)での検索のほか、任意語句検索を行い、

該当する判決要旨をウェブ上(現在は愛知県弁護士会の会員専用HP内にある)で閲覧することができ

る。次頁の表は、実際の量刑データベースに掲載される判決要旨と同様の形式により架空の事件に基づ

いて作成したもので、参考までに紹介する。

弁護士白書 2011年版

第6章 裁判員裁判の課題と展望

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判決要旨には、事案の概要が量刑要素を網羅しつつ要約された上、争点及び争点に対する判断、被害

者参加の有無、弁護人の量刑意見、悪情状及び善情状別の量刑理由、その他の特筆すべき事項等が記載

されており、一覧性を確保しつつ必要十分な情報が登載されている。これを見た上で更に判決書にあた

る必要がある場合には、愛知県弁護士会会長の許可を得て閲覧・謄写をすることが可能な仕組みである。

データベースを構築することの意義は、直接的には裁判の量刑資料として判決書を証拠として提出す

ることができるところに見いだせる。最高裁判所のデータベースが量刑枠の指標であるのに対し、判決

書に基づく具体的な対比・検討ができるからである。裁判所が歓迎するか否かに関わらず、量刑の均衡

を保つ上で弁護側の武器となろう。

また、量刑研究を行うため、更に実務的に有意な裁判例を確保するためにも、このような情報がある

ことはいうまでもなく望ましいと考える。『季刊刑事弁護』64号「裁判員裁判における量刑理由の検討

主として公平性の観点から」の中で、裁判員裁判の量刑理由のバラツキ、裁判体間の量刑理由の不均

衡等について取り上げているが、このような分析・研究も充実したデータベースがあってこそであり、

弁護士会が判決書を集積する取組みは不可欠である。

現在、日弁連として愛知県弁護士会の取組みを全国に展開する決定がなされ、日弁連刑事弁護センター

内で、全国展開のための具体的な在り方を詰めているところである。各地の弁護士会が判決書を集積し、

丁寧に判決要旨を作成し、これを全国の弁護士会と共同してデータベースとすることにより、充実した

データベースとなることが期待される。

弁護士白書 2011年版36

【量刑データベース】

管理番号 ××-××

事件名の表示 現住建造物等放火被告事件

判決情報 ××地方裁判所××支部 平成××年×月××日

裁判体の表示 ××地方裁判所××支部 (××××裁判長)

弁護人の表示 ××××

被告人の情報 36歳、男性、無職

判決主文

被告人を懲役3年に処する。未決拘留日数中70日をその刑に参入する。押収してあるライター1個を没収する。(求刑:懲役5年、ライター1個の没収)

争点

事案の概要

アパートに放火しようと決意し、8月某日の午前5時30分ころ、3名が住居としているアパート(鉄骨2階建て、床面積200平方メートル)の元被告人居室において、灯油をまいた上で新聞紙に着火したものを投げつけて火を放ち、その火を室内の床、柱などに燃え移らせ、うち2室を焼損したが(焼損面積:略)、自首した現住建造物等放火の事案。

被害者参加の有無及び方法

弁護側の量刑意見 懲役3年、保護観察付き執行猶予

主な量刑要素

加重減軽事由 自首

悪情状

・本件犯行は、季節、時間(気温の上がる夏季で晴天続きとの指摘)に照らして、他の部屋に燃え広がったり、隣家に延焼する危険性が高い。・焼損範囲は上下2階にまたがる。・被害が限られたのは消防職員の懸命な消火活動による面も考えなければならない。・アパートの居住者には就寝していた者もおり、多大な恐怖感を与えた。・被告人が追いつめられた状況になったのは、それまでの自らの生活等を十分に顧みていなかったことも原因である。

善情状

・燃料などは使用しておらず、犯行場所も空き室であった。・焼損面積自体は僅かに止まり、死傷者もなく隣家への延焼もなかった。・就職活動が上手くいかず、周囲から責められて心身共に追いつめられた状況であったことは理解できる面もある。・犯行を素直に認め、反省の態度を示している。・犯行後、犯行の重大さに気付いて自分がしたことが怖くなり、警察に捕まると考えた上、自首した。・賠償済みである。

その他の特徴的な判示事項

・実刑を選択した理由として、矯正施設において、自らの犯行の責任を果たすべきことが指摘された。

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特集1

刑事司法における諸課題~取調べの可視化実現から刑事少年司法改革の飛躍的展開をめざす~

第7章 刑事事件における抗うつ薬の影響

1 抗うつ薬の影響と調査の経緯刑事事件において責任能力が争点になる事例は数多くあるが、近時、SSRI・SNRIと呼ばれる一群の

抗うつ薬による副作用を理由に、責任能力・量刑が争われる事例が散見されるようになってきた。

SSRI・SNRIとは、近時、精神科領域を中心に広く処方されている一群の医薬品である。SSRI・SNRI

は、従来の抗うつ薬と比べ、口渇や排尿障害等の目立つ副作用が少ないとされ、精神科の専門医だけで

なく他科の臨床医による処方も急速に拡大している。

しかし、SSRI・SNRIには副作用として「衝動性亢進」があり、攻撃性を伴った衝動性の亢進は、自

己に向かえば自傷あるいは自殺を、他者に向かえば暴力・殺人等の他害行為を誘発することがあるとさ

れる。そして、被疑者・被告人・少年の普段の行動からは説明しにくい、唐突さや異常さが際立ってい

るといった暴行・傷害・殺人事件等の中には、SSRI・SNRIの副作用が影響している場合があるのでは

ないかとの指摘があり、実際に国内外の重大刑事事件・少年事件でこれらが影響したと判断されたケー

スもある(国内の事件では、いわゆる「全日空ハイジャック事件」〔東京地裁平成17年3月23日判決〕)。

◆SSRIとSNRI

「SSRI」:選択的セロトニン再取り込み阻害薬

「SNRI」:セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬

いずれも、向精神薬で、抗うつ作用、抗不安障害作用を有するとされている一群の医薬品。精神科の

みならず、内科、心療内科、整形外科、産婦人科等でも処方されることがある。現在、国内で販売され

ている商品は以下のとおり。

なお、日本では承認されていないが、プロザック(適応症:うつ病、強迫性障害、神経性拒食症)が

個人輸入により使用されることがある。

SSRI・SNRIの問題については、厚生労働省も一定の調査を行い、2009年6月、他害行為のあった報

告例39件のうち、少なくとも4件についてSSRI・SNRIと他害行為の因果関係が否定できなかったと

の調査結果を発表した(なお、残りの35件は「因果関係不明」とされており、因果関係が否定された

わけではない)。

さらに、同調査結果を受け、同省は、製薬会社に対し、各薬品の添付文書を改訂するよう指示した。

その結果、各薬品の添付文書には、服用により衝動性・攻撃性等があらわれることがある旨の記載がな

されるに至った。

このように、SSRI・SNRIには、服用者に衝動的な行動や攻撃的な行動をとらせる薬理作用のあるこ

とが、次第に明らかになってきた。その原因はいまだ不明であるが、SSRI・SNRIの服用により神経伝

達物質の濃度に変化がもたらされた結果、脳内の情動調節機能が低下すると考える見解もある。

そこで、日弁連は、SSRI・SNRIの副作用が刑事事件等に影響を与えた可能性につき、2009年4月か

ら同年6月にかけ、全会員に対しアンケート調査(第一次調査)を実施した。

弁護士白書 2011年版

第7章 刑事事件における抗うつ薬の影響

37

①ルボックス 適応症:うつ病・うつ状態、強迫性障害、社会不安障害

②デプロメール 適応症:うつ病・うつ状態、強迫性障害、社会不安障害

③パキシル 適応症:うつ病・うつ状態、パニック障害、強迫性障害

④ジェイゾロフト 適応症:うつ病・うつ状態、パニック障害

⑤トレドミン 適応症:うつ病・うつ状態

第7章

刑事事件における抗うつ薬の影響

Page 38: 刑事司法における諸課題 - 日本弁護士連合会刑事司法における諸課題 ~取調べの可視化実現から刑事少年司法 改革の飛躍的展開をめざす~

2 抗うつ薬問題の調査結果日弁連が実施したアンケート調査(第一次調査)に対し234件の回答があり、その概要は下表のとお

りであった(同アンケート結果の詳細については、『自由と正義』2010年1月号129頁を参照されたい)。

このように、上記アンケートに多数の回答があり、なおかつ具体的事件の中でSSRI・SNRIの副作用

の影響を指摘した例が30件あったことなどから、実態解明の必要性等を改めて認識させる結果となっ

た。

その後、上記アンケートの回答者の中から、弁護活動等の中でSSRI・SNRIの副作用の影響を指摘し

た案件を中心に40件を抽出して、聞き取り調査(第二次調査)を実施した。この聞き取り調査につい

てはほぼ完了し、2011年9月現在、その結果を集計・分析しているところである。

弁護士白書 2011年版38

1一部の抗うつ薬の副作用が、暴行その他の他害行為を誘発する場合があると指摘されていることを知っている

62人

2国内でSSRIの販売が開始された1999年以降に、殺人、傷害、暴行等の他害行為に関する刑事事件・少年事件を担当したことがある

142人

3上記2の回答者のうち、具体的事件の弁護活動等の中でSSRI・SNRIの副作用の影響を指摘したことがある

30人

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◆刑事弁護人の育成 -新人研修- ◆

1.刑事弁護人の資質

刑事弁護は、被疑者・被告人の権利を擁護し、国家権力と

鋭く対立する場である。

権利擁護の側面でも、権力との対峙の側面でも、刑事弁護

人には何よりも情熱が要求される。そして、身体拘束を受け

ている被疑者・被告人との接見や証拠の収集には体力も必要

である。体力と溢れる情熱をもった新規登録弁護士は、皆、

優れた刑事弁護人になる資質を備えている。

2.刑事弁護人の育成

刑事弁護人は、被疑者・被告人の弁解に真摯に耳を傾け、

被疑者・被告人の正当な利益の確保を目的に情熱を傾けて弁

護活動を行わなければならない。

そのため、刑事弁護人には刑事訴訟にかかる法的知識への

精通のみならず、税法その他の法律・法医学・心理学・刑事

政策・社会政策を含めた周辺学問についての知識も要求され

る。新規登録弁護士は、これらの幅広い知識を研修及び実務

の中で身につけていくのである。

3.法的知識についての研修

情熱と体力に加えて、刑事弁護に法的知識が必要不可欠で

あることは当然である。

裁判の場で重要な役割を果たす証拠(被告人供述を含む)

のほとんどは、捜査機関によって捜査段階で収集される。将

来、その証拠が裁判の場でどのような役割を果たすのか等公

判弁護の知識がなければ、捜査弁護の意味は半減する。被疑

者に有利な証拠としてどのようなものがあるかを見抜き、そ

れを捜査弁護の過程で確保することも必要である。捜査弁護

が力仕事であるといわれることの現れである。有利な証拠の

獲得は、検察官の起訴裁量権の行使や将来の公判弁護に大き

な影響を与える。また、身体を拘束され、突然に外界と遮断

された人間がどのような心理状態になるのかを知らなければ、

虚偽自白の危険、ひいてはえん罪発生の危険を防げない。こ

れらの意味において、捜査弁護は、刑事弁護の始めであり終

わりである。

捜査弁護は、証拠構造の理解、被疑者との接見技法(公判

における主尋問技法の応用である)、身体拘束に対する不服

申立て、被疑者にとって有利な証拠の獲得、公判弁護の知識

を前提とした防御活動(可視化申入れ、反対尋問に有利な証

拠の獲得等)等、その全てにおいて法的知識を基礎とする。

刑事弁護人は、法的知識について精通していなければならない。

刑事弁護人に必要な法的知識は、決してロースクールのみで

身につけることはできない。それは、法曹倫理を含め、まさ

に実際の弁護活動に即した対応の中で身につくものである。

日弁連刑事弁護センターでは、新規登録弁護士が刑事弁護

人となるため

に必要な法的

知識を、事例

に即した研修

を通して身に

つけてもらう

べく、毎年、

新規登録弁護

士向けに捜査

弁護研修を行っ

ている。

捜査弁護の研修風景。

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特集1

刑事司法における諸課題~取調べの可視化実現から刑事少年司法改革の飛躍的展開をめざす~

第8章 えん罪防止の取組みと検察改革

1 えん罪防止の取組みえん罪は、犯人とされた無実の者やその家族がそれまでに築き上げてきた人生を根底から破壊する。

たとえ後に無実が判明したとしても、それまでに失ったものを元どおりに回復することは不可能である。

誤った死刑判決の場合は、無実の者の生命までも奪ってしまう。1980年代に再審無罪判決が言い渡さ

れ、「死刑台からの生還」をみた死刑囚に係る再審四事件(免田事件、財田川事件、松山事件、島田事

件)を例に出すまでもなく、現に今も、志布志事件、氷見事件、足利事件、厚生労働省元局長無罪事件、

そして布川事件など多くのえん罪事件が発生している(第1章3頁参照)。こうしたえん罪の原因を究

明してその防止に向けた対策をとることは国家の責務であり、国民的な喫緊の課題である。

布川事件を除く最近の前記4事件については、警察庁や最高検察庁によって、各事件の捜査や起訴、

裁判における問題点を検証した結果が報告されている。しかしながら、それらの検証結果が明らかにし

たことは、捜査のシステムや捜査機関の体質に踏み込まないばかりか、「なぜ無実であるのに虚偽の自

白をしたのか」の原因解明が全くなされていないなどの点で甚だ不十分なもので、内部調査によるえん

罪の原因究明には極めて大きな限界があるということであった。

日弁連は、「誤判原因を究明する独立した第三者機関の設置に関するワーキンググループ」を設置し

て2010年6月9日から2011年1月7日まで11回の精力的な討議を行い、「えん罪原因調査究明委員会

の設置を求める意見書(案)」を策定し、2011年1月20日の理事会で同意見書を採択・公表した。同

意見書では、同委員会は、志布志事件、氷見事件、足利事件を直接の対象とし、国会ないし内閣に置く

こと、委員会は、無罪推定原則、「疑わしきは被告人の利益に」の原則に立つこと、調査対象者は、事

件に関係した捜査官、裁判官、弁護人、鑑定人、証人、被疑者・被告人に及ぶこと、関係者を召喚し、

資料の提出を命ずる権限を有すること、証人には法的免責が与えられ、組織上不利益な扱いを受けない

こと、委員会の調査及び審議は、原則として公開すること、委員会の構成は学識者、実務家、有識者と

することを提言している。

2 検察改革2010年11月4日、柳田法務大臣は、厚生労働省元局長無罪事件に関して、同事件の大阪地方検察庁

特捜部主任検察官による証拠隠滅事件、さらには、その上司であった元大阪地方検察庁特捜部長及び同

部副部長による犯人隠避事件という事態を受けて、国民に理解してもらえる検察改革案を講じ、検察の

再生を果たすために「検察の在り方検討会議」(座長・千葉景子前法務大臣)を立ち上げた。同会議の

委員は、座長を含め15名、日弁連からは宮﨑誠前日弁連会長と石田省三郎弁護士が委員として参加し

た。

同会議は、同年11月10日から2011年3月31日まで15回開催され、その結果、「検察の再生に向け

て 検察の在り方検討会議提言」が江田五月法務大臣に手渡された。提言の内容は、検察の使命・役割

と検察官倫理、検察官の人事・教育、検察の組織とチェック体制、検察における捜査・公判のあり方に

及んでいる。審議においては、日弁連委員からは、各テーマごとの意見が述べられたに留まらず、捜査・

公判の在り方については、速やかな取調べの全過程の録画の必要性が特に強調されたが、提言では運用

による拡大が求められたものの、その法制化等については、他の刑事司法の改革課題とともに、新たな

刑事司法制度の構築に向けた検討を別の場で行うという形で先送りされた。

提言を受けて、最高検察庁は、同年4月8日、倫理規程の制定、監査体制の構築、運用による取調べ

の録音・録画の拡大などの実施・推進に向けた検討を開始し、最高検察庁に検察改革推進室を設け、特

捜部の捜査・公判に対するチェック体制として、検事長指揮事件制度のほかにこれを実効あらしめるた

弁護士白書 2011年版

第8章 えん罪防止の取組みと検察改革

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第8章

えん罪防止の取組みと検察改革

Page 40: 刑事司法における諸課題 - 日本弁護士連合会刑事司法における諸課題 ~取調べの可視化実現から刑事少年司法 改革の飛躍的展開をめざす~

めの高検特別捜査係検事を創設する(縦からのチェック)とともに、公判担当検事による総括審査検察

官の制度も創設した(横からのチェック)。次いで、同年7月8日には、専門分野に関する知見を集積

し、これを活用することを目的として、最高検に、①金融証券、②特殊過失、③法科学、④知的障がい、

⑤国際、⑥組織マネジメントの6つの専門委員会を設けて活動を開始するとともに、違法・不適正行為

の監察を実施するために、最高検に、監察指導部を設置した。さらに、各専門委員会と監察指導部には、

外部の有識者(参与)に加わってもらい定期的に意見等を聴取する機会を設けるとともに、これらの参

与の一部で構成する検察運営全般に関する意見・助言を得られる仕組み(参与会)を設置した。

他方、江田法務大臣は、新たな刑事司法制度の構築に向けた検討について、法制審議会に、この問題

を諮問し、同年6月6日、同総会で専門家の知見に加えて、国民の声が反映されるような部会(新時代

の刑事司法制度特別部会)を設けることが決まり、同部会の第1回会議が2011年6月28日に開催され

審議が開始された。

この部会では、警察を含めた取調べの全過程の録音・録画の法整備はもとより、日弁連が長年にわた

り意見表明をしてきた人質司法の打破(被疑者・被告人の身柄拘束の在り方)、弁護人の取調べ立会い、

証拠の全面開示、2号書面制度の在り方なども、捜査機関が導入を求める新たな捜査手法とともに議論

される予定である。

我が国では、今もなお深刻なえん罪の発生が後を絶たない。

捜査官による違法・不当な取調べによる虚偽自白を防止するとともに、真に公正な裁判を実現し、もっ

てえん罪を根絶するためには、本特集で述べたような、取調べの可視化(取調べの全過程の録画)をは

じめとする様々な制度改革が不可欠である。

これらの制度改革の実現を期するべく、日弁連は全力を挙げて取組みを進めている。

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