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3-2 3.測る化技術と認知科学・脳科学との融合 購買意思決定過程の測る化 ──ニューロエコノミクスからニューロマーケティングへ── Measuring the Decision Making Process of Purchase : From Neuroeconomics to Neuromarketing 柴田智広 情報コミュニケーション技術の飛躍的な発展にもかかわらずマーケティングの世界では従来のアンケートやグルー プインタビューなどの手法による調査が主流であるしかし主観的言語的な内観調査では人の内面を知ることは困難 であることが知られており脳科学や心理物理学の知見を生かして人の意思決定過程を探るニューロマーケティングが注 目を浴びている本稿ではニューロマーケティング業界の動向やその基礎となるニューロエコノミクスの知見を概説 最後に筆者の研究グループでfNIRS 装置などを用いて挑戦している実店舗での脳活動計測を紹介するキーワード意志決定行動経済学神経経済学機能的 NIRS ø1990 年に BOLD 効果を利用した核磁気共鳴映像法 (MRI)による非侵襲神経画像撮像(ニューロイメージ ング)技術が発見されて以来 (1) 神経科学心理学統計学制御理論ロボティクスなどの多様な学問 が動員され20 年強をかけて人の脳活動の機能的理解 が急速に進んできた最近では脳の基礎科学はいわゆる ビッグデータの潮流に乗り米国 NIH は 2009 年から1 万人程度について機能と解剖の脳画像データから脳領 野間の結合パターンを決定しそれを遺伝情報個性や 疾患と関係付けるヒト大域的コネクトームというビッグ プロジェクト (2) を推進しておりEU はビッグデータに 基づいて大脳皮質の神経回路の大規模シミュレーション を行う Human Brain Project (3) をこれから 10 年間推進す るという一方これまでの豊富な脳科学の知見に基づ いた応用研究も多方面で盛んに行われおり枚挙にいと まがない本稿ではそのビジネス応用の際たるもので あるマーケティング応用の観点に絞って脳の測る化につ いての解説を行う情報コミュニケーション技術の飛躍的な発展にもかか わらずマーケティングの世界では従来のアンケート やグループインタビューなどの手法による調査が主流で あるしかし脳科学や心理学の分野で choice blind- ness という人の選好が後付けで行われる性質が知ら れている (4) 購買の例で言えば人は好きなことの理由 電子情報通信学会誌 Vol. 96, No. 8, 2013 632 柴田智広 正員 奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科 E-mail tom@is.naist.jp Tomohiro SHIBATA, Member (Graduate School of Information Science, Nara Institute of Science and Technology, Ikoma-shi, 630-0136 Japan). 電子情報通信学会誌 Vol.96 No.8 pp.632-637 2013 年 8 月 ©電子情報通信学会 2013 図ø ニューロマーケティングの役割(文献()の図を改変)

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電通会誌8月_08_小特集3-2.mcd Page 2 13/07/08 18:02 v5.50

3-2 3.測る化技術と認知科学・脳科学との融合

購買意思決定過程の測る化──ニューロエコノミクスからニューロマーケティングへ──

Measuring the Decision Making Process of Purchase : From Neuroeconomics to Neuromarketing

柴田智広

情報コミュニケーション技術の飛躍的な発展にもかかわらず,マーケティングの世界では,従来のアンケートやグルー

プインタビューなどの手法による調査が主流である.しかし主観的,言語的な内観調査では,人の内面を知ることは困難

であることが知られており,脳科学や心理物理学の知見を生かして人の意思決定過程を探るニューロマーケティングが注

目を浴びている.本稿ではニューロマーケティング業界の動向や,その基礎となるニューロエコノミクスの知見を概説

し,最後に筆者の研究グループで,fNIRS 装置などを用いて挑戦している実店舗での脳活動計測を紹介する.

キーワード:意志決定,行動経済学,神経経済学,機能的NIRS

�.は じ め に

1990 年に BOLD 効果を利用した核磁気共鳴映像法

(MRI)による非侵襲神経画像撮像(ニューロイメージ

ング)技術が発見されて以来(1),神経科学,心理学,数

学,統計学,制御理論,ロボティクスなどの多様な学問

が動員され,20 年強をかけて人の脳活動の機能的理解

が急速に進んできた.最近では脳の基礎科学はいわゆる

ビッグデータの潮流に乗り,米国 NIH は 2009 年から,

1 万人程度について機能と解剖の脳画像データから脳領

野間の結合パターンを決定し,それを遺伝情報,個性や

疾患と関係付けるヒト大域的コネクトームというビッグ

プロジェクト(2)を推進しており,EU はビッグデータに

基づいて大脳皮質の神経回路の大規模シミュレーション

を行うHuman Brain Project(3)をこれから 10 年間推進す

るという.一方,これまでの豊富な脳科学の知見に基づ

いた応用研究も多方面で盛んに行われおり,枚挙にいと

まがない.本稿では,そのビジネス応用の際たるもので

あるマーケティング応用の観点に絞って脳の測る化につ

いての解説を行う.

情報コミュニケーション技術の飛躍的な発展にもかか

わらず,マーケティングの世界では,従来のアンケート

やグループインタビューなどの手法による調査が主流で

ある.しかし,脳科学や心理学の分野で choice blind-

nessという,人の選好が後付けで行われる性質が知ら

れている(4).購買の例で言えば,人は好きなことの理由

電子情報通信学会誌 Vol. 96, No. 8, 2013632

柴田智広 正員 奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科E-mail [email protected] SHIBATA, Member (Graduate School of Information Science, NaraInstitute of Science and Technology, Ikoma-shi, 630-0136 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.96 No.8 pp.632-637 2013 年 8 月©電子情報通信学会 2013 図 � ニューロマーケティングの役割(文献(�)の図を改変)

電通会誌8月_08_小特集3-2.mcd Page 3 13/07/08 18:02 v5.50

を後付けで考える傾向にあり,アンケートによって購買

意思決定時の理由を知ることは困難であることが知られ

ている.そこで近年は,行動観察(エスノグラフィー)

という評価方法も注目されているが,結果の解析はあく

までも解析者の主観であるため,主観評価の問題は残っ

ている.このように,主観的,言語的な内観調査では,

人の内面を知るということに関して閉塞感が高くなって

いるため,脳の反応を何らかの客観的な方法で計測し,

また脳科学や心理物理学の知見を生かして人の意思決定

過程を探るニューロマーケティングが注目を浴びている

と考えられる(5)〜(7).

ここで改めて,ニューロマーケティングの役割を確認

しておくと,それは 2 種類に大別される(図 1).第 1

に,fMRI を代表とするニューロイメージング技術がよ

り効果的な費用対効果を生み出す役割が期待されてい

る.すなわち,販売している製品に対するマーケティン

グリサーチにおいて,従来の評価手法よりも低コストで

客観的評価を行う可能性に期待が寄せられている.第 2

に,コンセプト形成と商品試験との間の製品の開発段

階,特にデザイン面での客観的評価の可能性に期待が寄

せられている.すなわち,販売する前に売れるデザイン

が分かれば,企業にとって極めて大きな費用対効果が得

られることになる.

ニューロマーケティングに関する世界の動向は neu-

rorelay.com というサイトから得ることができる.Neu-

romarketing science and business association(nmsba)

という団体もあり,既に 27か国から加盟があり,もち

ろん我が国も加盟している.Neurorealy.com のうち,

Neuromarketing Companies World Wide という項目を

見ると,機能的MRI(fMRI)や神経活動により生じる

電気活動を頭表上で計測する脳波計(EEG)による脳

活動を用いた研究事例を見つけることができるが,まだ

実験室的,静的な手法が多く,また,商品に対する脳活

動が分かった上で,どうセールス増に結び付けるかは,

まだこれからというところのようである.

日本でも,30社以上の民間企業が参加する応用脳科

学コンソーシアムにおいて,このようなマーケティング

に活用できる脳研究が行われている(7), (8).このコン

ソーシアムを母体に,「ニューロデザイン研究会」が発

足しており,人が様々なデザインを見たときの脳反応を

データベース化し解析する研究プロジェクトが 2011 年

度からスタートしている.この研究では,人がデザイン

を見たときに脳に入ってくる視覚情報に対する脳反応を

fMRI で計測し,その結果をデータベース化する.様々

なデザインを見せ,そのデータをデータベースに蓄積

し,解析を行うことで,様々なデザインに共通する脳の

反応を見つけることにより,デザインに対する人の快情

動を探ることに取り組んでいる.神経科学では,Kami-

tani らの研究(9)〜(11)に代表されるように,多様な視覚入

力に対する応答を fMRI 情報が運んでいることが分かっ

てきているので,大いに実現が期待される.

�.ニューロエコノミクス概説

ニューロマーケティングは歴史的に見て,意思決定科

学にニューロイメージング技術を用いるニューロエコノ

ミクスがマーケティングに波及したものと言える.

ニューロエコノミクスは人の意思決定や選択行動を説明

する融合領域研究であり,経済行動を脳の働きで理解す

ること,経済学のモデルを神経科学的知見によりガイド

することが大きな研究目標である.ニューロマーケティ

ングにおいて,ニューロエコノミクスは基礎的に知って

おく必要があるため,ここでは,ニューロエコノミクス

で明らかになってきた知見を概説する.

ほとんどの意思決定は,何らかのリスク条件の下で行

われる.心理学や経済学では,リスクとは,出現確率は

分かっているが,不確実なリスクを伴う場合を扱う.人

は合理的であるとの仮定の下,期待効用最大化理論が

1738年に Bernoulli によって提案された(12), (13)が,その

後実際の人の振舞いに合わない事例が多数示されたた

め,人の意思決定は非合理的であるという認識の下,行

動経済学という学問が生まれ,ニューロイメージング技

サービス産業活性化のための測る化の新展開小特集 3-2 購買意思決定過程の測る化──ニューロエコノミクスからニューロマーケティングへ── 633

図 � ニューロエコノミクスで知られる主要な脳活動部位(文献(ÑÒ)の図を改変)

電通会誌8月_08_小特集3-2.mcd Page 4 13/07/08 18:02 v5.50

術の発達に伴い,神経経済学,すなわちニューロエコノ

ミクスの勃興に至った.

現在では,複数の脳部位が不確実性のある状況で関わ

り合っていることが知られている(図 2)(14).まず,前

頭前皮質は,状況に不確実性があったり部分観測であっ

たりする場合には,大抵活動をする(15)〜(17).リスクを取

る意思決定を行う場合は島皮質が高い活動を示すことが

知られている(18).また,右半球の島皮質は所有効果,

すなわち同じ商品であっても,自身が所有するときには

所有しない場合に比べて高い値段を付けることに関連す

る活動が見られる(19).

損失回避バイアスは,「プロスペクト理論」(20)の確立

などの研究業績が評価され 2002 年にノーベル経済学賞

を受賞した Daniel Kahneman らによって示された典型

的な認知バイアスの一つで,人は,得をするかもしれな

いときにはリスクを回避して堅実に稼ぎ,損をするかも

しれない場合はリスクを取ってでも損をしないようにし

ようと行動することが知られている.腹内側前頭前皮質

と線条体が,ギャンブル課題における選択行動から求め

られた損失回避の指標と相関することが知られてい

る(21).また,扁桃体が障害されると,損失回避をしな

くなることが報告されている(22).この腹内側前頭前皮

質は広く経験によって得られた価値を表現していると考

えられているが,それがブランドや価格などの情報に左

右されること(23), (24)や,自制心をもって意思決定を行う

際に背外側前頭前皮質によって活動が修飾されることが

示されている(25).

選択したものの価値が実際に判明するのが別の時点で

あるという問題を,異時点間選択問題と言う.人の行動

を説明するため,新たなモデルとして主観的割引率など

の概念が登場した.ニューロエコノミクスでは,辺縁系

は即時報酬を選択する際に高く活動し,そうでない選択

をする際には報酬が得られる時間に応じて活動が低下す

る一方,外側前頭前皮質や後部頭頂皮質は報酬が即時に

得られない場合でも一定の活動をすることが分かってき

た(26), (27).

脳の意思決定機構において,ドーパミンやセロトニン

などの神経修飾子の役割も大変重要だが本稿では割愛し

た.それも含めて,更に深く知りたい方は文献(例えば

(28))を参照して頂きたい.

..実店舗における購買意思決定過程の測る化

ラボ内で行われてきたニューロエコノミクス研究の成

果は,はるかに多様な刺激入力があり,手持ちのお金や

カードなどを使って決済を行うという,実際の店舗での

購買意思決定過程をも説明できるのだろうか? また,

ディジタルサイネージやロボットなどによる新しい介入

手段により,脳はどう応答するだろうか? 従来の方法

よりも販売促進が可能だろうか? このような,素朴な

疑問に取り組むため,筆者の研究グループでは実店舗に

おける人の購買意思決定過程の測る化に挑戦してい

る(29).

近年,行動観察や,行動介入のための情報コミュニ

ケーション技術(ICT)は目覚ましく進歩してきた.例

えば観察技術として,レーザレンジファインダを複数

使って,商業施設内で数名から数十名もの人の歩行速度

や方向を実時間で推定できる(30)し,Microsoft社の Kin-

ect を筆頭に,人の実時間姿勢推定をマーカレスで行う

ことができる安価な深度センサも利用可能である.ま

た,介入技術としてディジタルサイネージは既に普及

し,近年ではロボットを使ったサイネージの高い効用を

示す研究も出てきている(31).筆者の研究グループでは,

これらの ICTに加えて,実店舗で脳活動を計測するた

めに近赤外線分光法(NIRS)を測定原理とする装置を

用いている.

非侵襲性高く脳活動を計測する手段としては,fMRI,

脳磁図(MEG),EEGが知られているが,fNIRS には,

装置が小形で移動可能であり,特別なシールドも不要の

ため,ラボ外で計測を行うことができる,また立位や座

位で,脳活動を計測することができため,乳幼児等に対

しても利用可能である(例えば文献(32)),などの利点

から,近年注目されており,頭部位置姿勢が安定した状

態でのリハビリテーション中の脳活動も計測される(33)

など,様々な応用が期待される.

fNIRS では大脳皮質の神経活動に伴う血中ヘモグロビ

ンの局所濃度変化を,ヘモグロビンの各波長における吸

光特性に基づいて計測することで,脳血流の変化を推定

する.頭部表面に設置された送光プローブから照射され

た近赤外光は,頭内部の組織を透過したのち数 cmの間

隔をおいて設置された受光プローブで検出される(図

3)(34).大脳皮質の脳回部分は,脳の表面 2 mm くらい

の領域であるため,反射測定を用いている fNIRS で計

測できる.時間分解能は fMRI と同様ヘモダイナミクス

に支配されるため,EEGに遠く及ばないが,その空間

分解能は 1〜3 cm と高い.fMRI(1〜3 mm)と比較す

電子情報通信学会誌 Vol. 96, No. 8, 2013634

図 . 光の経路(島津評論([Ò)から抜粋)

電通会誌8月_08_小特集3-2.mcd Page 5 13/07/08 18:02 v5.50

ると低いが,EEG計測で用いられる国際 10-20電極配

置法を用いてプローブを配置することで,脳回との大ま

かな対応をとることができる(35).

一方,NIRS の欠点としては頭皮血流など大脳皮質の

ヘモグロビン濃度変化以外の信号も計測してしまうこと

が挙げられる(例えば文献(36)).頭皮血流除去の手法

としては,主成分分析を用いる手法(37)とプローブ間の

距離が短いチャネルを用いて得られた信号を利用する手

法(38)が提案されている.

図 4に,筆者の研究グループで行った実店舗でのパイ

ロット実験時の計測風景及び装着中の様子を示す.ここ

では,fNIRS 装置((株)島津製作所 FOIRE-3000)と眼

球運動計測装置((株)ナックイメージテクノロジ

EMR-9)を同時に装着したこの眼球運動計測装置では,

精度良く眼球運動を計測するため,近赤外光を眼球部に

照射して,近赤外光選択透過性フィルタを装着したカメ

ラで撮像を行うため,fNIRS 装置に対する外乱となるこ

とが予想された.実店舗での実験の結果,店舗外からの

自然光だけでなく,店内の電灯も fNIRS 装置に外乱を

与えることが分かった.そこで,島津製作所の協力を得

て,プローブに力学的影響をできるだけかけないよう,

遮光を行う(図 4(a))ことにより,その影響を十分に

低減させることができた.更に,眼窩前頭野・前頭極に

対応するプローブ付近の遮光シートの厚みを増すことで

眼球運動計測装置から発せられる近赤外光の影響を十分

サービス産業活性化のための測る化の新展開小特集 3-2 購買意思決定過程の測る化──ニューロエコノミクスからニューロマーケティングへ── 635

図 A fNIRS 装置と眼球運動計測装置の同時装着

図 Q 商品選択検討時の視線及び脳活動の例

電通会誌8月_08_小特集3-2.mcd Page 6 13/07/08 18:02 v5.50

に低減することができた.

実店舗で行った商品選択検討時の視線及び前頭葉の脳

活動計測の例を図 5に示す.このパイロット実験では,

目線ほどの高さにある商品棚にレトルト食品が水平方向

に配置されており,実験参加者はその選択検討を行うよ

う指示された.図中左側に fNIRS 装置付属のソフト

ウェアで表示したヘモグロビン濃度増加(特に酸素化ヘ

モグロビン)の様子を示す.実験に用いた島津製作所の

ホルダーは自在調整局面型(33)であるため,この図では

平面展開された形で脳活動が表示されている.青い領域

に比べて赤い領域がより大きな濃度増加を起こしている

ことを示している.右側に眼球運動計測装置で取得した

画像を示す.この画像中央部に四角とプラスの印がある

のが,左右の視線推定位置である.手に取った商品上で

は位置が分離しているのは,キャリブレーションは商品

棚に対して行ったためである.この例では,商品の入念

な検討時に,右の前頭前野背外側部から下前頭前野にか

けての活動が見られることが分かる.また,同じ商品で

も特にブランドマークを一べつした際に,前頭極に活動

が見られたことは興味深い.前頭極の機能的側面はまだ

解明されていない部分が多いが,将来の予測や来週の計

画を立てることなど「未来について考えること」と関わ

るとする報告(39),サルを用いた実験から,「過去に自分

が行った決断(意思決定)を評価すること」と関わると

する報告(40),また期待報酬の低い行動を選択する探索

行動を試みるときに活動が高まるという報告(41)がある.

A.お わ り に

これまでのニューロエコノミクス/マーケティング研

究により,意思決定に関する神経回路や,広告に応答す

る神経回路が次々と明らかにされてきたが,実際のセー

ルス増に結び付けることができるのか,�.で述べたよ

うに,ニューロイメージング技術がアンケートよりも費

用対効果がある手法となるのか,更なる研究が必要であ

る.実際的には,生理計測は脳計測に比べて手軽にで

き,コストも安く,心拍数,脈波,発汗,血圧,呼吸,

筋電位(筋肉が動くときに発生する電位)などの生理的

な反応を計測することによって,外的環境変化に対応し

た人の反応をある程度客観的に評価することができるた

め,うまく併用することも検討すべきであろう.

購買意思決定過程への介入については,ICT やロ

ボットを用いた様々な方法が考えられる.これとニュー

ロイメージングや生理計測など客観評価手法を併用する

ことで,より効果のある介入方法を発見してゆくことが

できると期待される.新しい手法で購買欲を刺激するこ

とについては,常に倫理的な議論が必要であることも言

を待たない.

謝辞 本稿を執筆するにあたり,様々な形で御支援を

頂いた ATR 脳情報研究所の神谷之康博士,島津製作所

の井上正雄氏,山口由衣博士,奈良先端大の船谷浩之博

士に,心から御礼申し上げます...で紹介した筆者ら

の研究は,新学術領域研究「予測と意思決定の脳内計算

機構の解明による人間理解と応用」(文部科学省科学研

究費研究課題番号 23120005)の支援を受けて推進して

います.

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(平成 25年 4 月 19日受付 平成 25年 5 月 2日最終受付)

柴しば

田た

智とも

広ひろ

(正員)

1996東大大学院工学系研究科情報工学専攻了.工博.学振,科技振を経て平 12 から現職.

IEEE CIS Japan Chapter 運営委員.ヒトの計算論的理解や支援に関する研究を推進.ATR脳総研非常勤.インド工科大ラジャスタン校客員.日本神経回路学会理事.本会 NC研究会専門委員.日本神経科学学会論文賞をはじめ受賞多数.

サービス産業活性化のための測る化の新展開小特集 3-2 購買意思決定過程の測る化──ニューロエコノミクスからニューロマーケティングへ── 637

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