金融政策が銀行行動に与えた影響 · ― ― 1 2013年4 月4 日...

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Meiji University Title ��� -�- Author(s) �,Citation �, 48: 21-21 URL http://hdl.handle.net/10291/19331 Rights Issue Date 2018-02-28 Text version publisher Type Departmental Bulletin Paper DOI https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/

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Page 1: 金融政策が銀行行動に与えた影響 · ― ― 1 2013年4 月4 日 日本銀行「量的・質的金融緩和」の導入について 2 2016年1 月29日 日本銀行「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の導入

Meiji University

 

Title金融政策が銀行行動に与えた影響 -財務データに基づ

く分析-

Author(s) 蟹澤,啓輔

Citation 商学研究論集, 48: 21-21

URL http://hdl.handle.net/10291/19331

Rights

Issue Date 2018-02-28

Text version publisher

Type Departmental Bulletin Paper

DOI

                           https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/

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研究論集委員会 受付日 2017年 9 月22日 承認日 2017年10月30日

― ―

商学研究論集

第48号 2018. 2

金融政策が銀行行動に与えた影響

―財務データに基づく分析―

The eŠects of monetary policy on Bank Portfolio Choice:

Analysis based on Financial data

博士後期課程 商学専攻 2012年度入学

蟹 澤 啓 輔

KANISAWA Keisuke

【論文要旨】

本稿では銀行の財務データを用いて,金融政策が銀行の資産選択行動に対してどのような影響を

与えているかについて実証分析を行うことによって,金融政策によって金融機関の貸出を通じた金

融仲介機能がどのような影響を受けるのかを検証した。公債(国債及び地方債)・貸出金比率を従

属変数とし,銀行の貸出行動に重要な影響を与えると想定される公債利子率,貸出金利,自己資本

比率,不良債権比率などの変数および金融政策の指標を説明変数として,固定効果モデル及び

GMM(Generalized Method of Moments)による推計を行った。

分析の結果,金融緩和の政策指標としての日銀当座預金の増加は銀行の資産選択の結果である公

債・貸出金比率を低下させる影響を与えていることが確認された。また,貸出金利の低下は銀行の

資産選択において公債・貸出金比率を低下させることが確認されたが,銀行がリスクテイクできる

水準が下がったことによってリスクを取って金利の高い貸出を制限してしまっている可能性や,金

融緩和政策によって銀行に資金が過剰に供給された結果,銀行間の競争激化による収益率の低下に

伴う貸出金利の低下や,適切なリスク評価を伴わない貸出増加が生じている可能性がある。

【キーワード】 金融政策,量的緩和政策,銀行の資産選択,GMM,固定効果モデル

. 背景と目的

日本の金融政策については,時々の日本経済に対して大きな影響を与え,日本銀行の動向は常に

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1 2013年 4 月 4 日 日本銀行「量的・質的金融緩和」の導入について

2 2016年 1 月29日 日本銀行「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の導入

3 2016年10月 8 日 日本銀行「長短金利操作付き量的・質的金融緩和―低インフレを克服するための新たな金

融政策の枠組み―」

4 2016年 9 月21日 本銀行「金融緩和強化のための新しい枠組み「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」」

5 宮尾(2016)の伝統的金融政策の効果波及経路参照

6 鵜飼(2006)を参照

7 星(1996)では企業金融と金融政策の波及経路に関する研究を展望し,金融機関の預金のチャンネル,貸出

のチャンネルに加え,デリバティブ取引が影響を与えることを示している。

― ―

注目され,日々のニュースにおいても取り上げられてきた。近年の日本銀行はデフレの進行などを

受けて様々な政策を行っているが,1999年 2 月に金融政策の政策指標であるコールレート(無担

保コール翌日物金利)をゼロ近傍に誘導するいわゆるゼロ金利政策を導入したことや,2000年 3

月に政策の目標を日銀当座預金に設定する量的緩和政策を導入したことは大きな政策転換として世

界的にも注目を集めた。安倍晋三氏が2012年12月に内閣総理大臣に再就任後,アベノミクスと呼

ばれる一連の政策の中で金融政策を重要な政策として位置付け,日本銀行は2013年 1 月の政府と

の共同声明で,デフレからの早期脱却と物価安定のもとでの持続的な経済成長の実現を目指してい

ることを示し,金融政策による物価安定の目標(物価上昇率が,景気変動などを考慮して,平均的

に 2程度上昇する)を掲げ,いわゆるインフレターゲット政策を導入した。2013年 3 月に日本銀

行総裁に就任した黒田東彦氏の下では,俗に「異次元の金融緩和」と呼ばれるマネタリーベースの

拡大を目的とした長期国債の買い入れなどの大規模な量的・質的金融緩和が決定,実行されてき

た1。2016年 1 月にはインフレ率について所定の目標(2)を実現することを目標としてマイナ

ス金利政策を導入した2 が,短期金利がマイナスとなり,長期金利がきわめて低い水準まで低下す

ることによって,金融仲介機能ひいては金融緩和効果を低下させる副作用あるいはコストが生じう

ることを認識し3,経済・物価に対して 大限の金融緩和効果を引き出すため 適と考えられる

イールドカーブの水準や形状を考慮したうえで,2016年 9 月には短期金利のみならず長期金利に

ついても10年物国債金利が概ねゼロ程度で推移するようにコミットする「長短金利操作付き量

的・質的金融緩和」を導入するに至った4。

金融政策の実体経済への波及経路は多様である。政策のコミットメントによって市場参加者の将

来の金利やインフレ率などの予測に影響を与えるシグナリング効果や,コールレートが長短金利,

銀行信用,株価や為替レートに影響を与える効果5,マネタリーベースの供給が様々な金融資産の

需給を変化させ,その価格を上昇させる(プレミアムを低下させる)メカニズムを通じて働くポー

トフォリオ・リバランス効果6 など,さまざまな波及経路を経て実態経済に影響を与えるが,金融

機関を通じた経路がもっとも一般的と考えられる7。日本銀行が買いオペなどで銀行に資金を供給

し,銀行が増えた資金を基に貸出供給を増やし,企業に資金を供給することによって,企業は設備

投資や経済活動の活性化を図るという経路である。しかし,図 1 に示されたマネタリーベース

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図 マネタリーベース,日銀当座預金と企業の設備投資の推移

(単位億円)

データ出所日本銀行時系列統計データ(日本銀行),法人企業統計(財務省)

8 早川(2016)参照

― ―

(月次平均残高の年度平均値),日銀当座預金(月次平均残高の年度平均値),企業の設備投資(金

融業,保険業を除く全業種のソフトウェアを除く設備投資)の推移をみると,金融緩和政策によっ

て日銀当座預金ないしはマネタリーベースが大きく増加しているのに対し,企業の設備投資はマネ

タリーベース等の増加ほどは伸びていないことがわかる。蟹澤(2017)では,金融政策が企業の

設備投資及び資金調達に与える影響を日本企業の財務データを用いて検証し,金融政策,特に量的

緩和政策が企業の設備投資を増加させる影響が確認できなかったことを明らかにしているが,量的

緩和によってマネーの供給を受けた金融機関が企業への貸付金を増加させるかどうかは,企業サイ

ドの投資機会,資金に係る受給バランスの他に,銀行サイドからみた企業融資のリスクとリター

ン,銀行の財務状況,BIS 規制などの複合的な影響を受けると想定される。

図 2 は全国銀行協会の公表している銀行別財務データの集計値を基に作成した銀行の預金預け

金総資産率(=預金預け金/総資産),公債保有率(=(国債+地方債)/総資産),貸出金総資産比率

(=貸出金/総資産),預け金残高(日銀当座預金及び他の金融機関預け金)の推移を示しているが,

銀行の預金預け金残高は年々増加傾向にあり,特に異次元の金融緩和が導入された2013年度以

降,急激に預金預け金総資産比率が上昇している状況は,銀行が金融緩和によって増加した資金を

貸出等の投資に回さずに預金預け金として保有してしまっている状況が想定され,実際に預け金残

高は大きく増加している。この要因として2008年10月から導入された補完当座預金制度(日本銀

行当座預金のうち所要準備額を超える「超過準備」に対して利息を付す制度)の導入によってマネ

タリーベースが変質してしまったという議論も行われている8。

他方,銀行の資金調達サイドとしては預金が重要な位置を占める。図 3 は預金総資産比率と預

I I I D 竺 識 湛 澤 ( 計 墓 )

. . . . 4 や 5 1 ' ) | ン | ¥ 廿 汰 5 渾 蛍 ー E 一 踪 叱 函 斎 瓜 柑 汰 油 坤 覗

5、 0 0 0 、 0 0 0

4、 0 0 0 、0 0 0

3、 0 0 0 、 0 0 0

2、 0 0 0 、0 0 0

1、 0 0 0 , 0 0 0

2000年

2001年

2002年

2003年

2004年

2005年

2006年

2007年

2008年

2009年

2010年

2011年

2012年

2013年

2014年

2015年

2016年

. . o I .... ヽヽ

‘,≫ ヽ~ ‘ヽ、‘ , ' ’ ’

I I . ..

. L . . . . . 一••

. . . . . .ヽ

゜5 0 0 、 0 0 0

4 0 0 、 0 0 0

3 0 0 、 0 0 0

2 0 0 、 0 0 0

1 0 0 、 0 0 0

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図 全銀行の主な資産構成率と預け金残高の推移

(単位億円)

データ出所銀行別財務データ(全国銀行協会)

図 全銀行の預金・総資産比率と預金残高の推移

(単位億円)

データ出所銀行別財務データ(全国銀行協会)

9 2017年 9 月11日現在のみずほ銀行の普通預金金利は0.001であり,大口(1 千万円以上)の10年定期預金

金利は0.010である。

― ―

金残高の推移であるが,預金の金利は超低金利9 と言われて久しい中で個人や企業が安全資産とし

て預金を選好する傾向を受けて一貫して増加しているのに対し,総資産に対する比率は70前後

で比較的安定していることが伺える。

金融緩和によって銀行にマネーが供給された上,ゼロ金利政策によって銀行の調達コストが下が

ったとしても,公社債などの無リスク(ないしは低リスク)資産の利回りも相応に低下しているた

め,銀行が収益性を向上させるためには貸出などのリスクテイクを行う必要がある。しかし,安全

70.0%

60.0%

50.0% 40.0%

30.0%

20.0%

10.0%

0.0%

討ふ心~<-,~~衣~~~~~ふ虐~~ふ令討点,終拌涛'i>"'1><:)1>'¥,,§>ゃ%%%%%ヽ 忍忍忍令‘

---------------~·······

一 預金預け金総資産比率 ......公債総資産比率

ーー一 貸出金総資産比率 一 預け金残高(右軸)

2,000,000

1,500,000

1,000,000

500,000

85.0%

80.0%

75.0%

70.0%

65.0%

60.0%

55.0%

50.0%

45.0%

40.0%

ヽ~

一 ~ ------_/

8,500,000

8,000,000

7,500,000

7,000,000

6,500,000

6,000,000

5,500,000

5,000,000

4,500,000

4,000,000

憾叶

S10Z

梱母VION

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梱母tooz

_ 預金総資産比率 _ 預金残高(右軸)

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10 2016年 1 月のマイナス金利付き量的・質的金融緩和の導入によって,日本銀行当座預金は「超過準備」部分

を含め,3 階層に分割され,それぞれの階層ごとにプラス金利,ゼロ金利,マイナス金利が適用されている。

― ―

資産の利回りは下がっているものの,ゼロ金利によって銀行の調達コストが相当程度下がっている

ため,一定の利ザヤ自体は確保できると考えられる。また,金融政策による買いオペでも国債の売

却益が生じるため,銀行の公債保有のインセンティブは減っていないと思われる上に,日銀当座預

金の超過預金に対する付利があること10,BIS 規制の影響や投資機会の減少によって,貸出を積極

的に増やすことのインセンティブが銀行にない場合,金融緩和によってマネーが企業に供給される

波及効果が銀行で途切れてしまっている可能性が考えられる。そこで本稿では銀行の財務データを

利用して,金融政策が銀行の資産選択行動に対してどのような影響を与えているかについて,個別

銀行の財務データを用いて実証分析を行うことによって,金融政策によって金融機関の貸出を通じ

た金融仲介機能がどのような影響を受けるのかを検証した。

本稿の構成は以下の通りである。第 2 節では,先行研究を紹介する。第 3 節で分析方法及び

データを示し,第 4 節で分析結果及び考察を記載する。第 5 節で本稿の結論を示す。

. 先行研究

金融政策の影響を分析した先行研究は多くあるが,ここでは本稿が参考にした論文を中心に記載

する。青木・須藤(2012)では,DSGE モデルを用いて,銀行の保有資産に対する規制の強化,

企業融資の下方リスクの高まりなどの経済環境の変化が銀行のリスクテイキング能力を押し下げ,

銀行の資産構成を企業融資から公債の購入にシフトさせる効果があることを導出するとともに,ベ

イズ推計を実施して銀行の資産選択行動が1990年代後半以降のデフレや公債の累積に影響を与え

ていたことを検証している。DSGE モデルでは資本ストックと公債の収益率について 大損失率

が実現した場合でも銀行は預金債務を全額払い戻さなければならないとする VaR(Value at Risk)

制約を置いたうえで,銀行の資産選択を明示的に取り入れ,銀行による公債投資とデフレを整合的

に説明している。また,定量分析の結果から,1990年代後半以降に生産性の成長率が低下し,不

良債権処理によって銀行の自己資本が毀損したこと,バーゼル規制などの外部環境の変化によって

銀行のリスクテイキング能力が制限された結果,資産選択における公債の保有増加が進み,日本経

済における総需要と生産量を押し下げた結果,公債残高の増大とデフレが同時に発生した原因であ

ると報告している。

また,小川(2003)では,銀行の 適化問題から銀行の貸出供給関数を導出したうえで,1981

年から1990年の銀行の財務データをパネルデータとして用いて,1980年代における大手行と中小

行における地価と銀行貸出行動の関係を分析している。また,上記の貸出供給関数に自己資本比率

規制と不良債権の存在という制約を課したモデルを導出したうえで,1992年から1999年の銀行の

財務パネルデータを基に GMM によって,不良債権の発生メカニズムと不良債権が銀行の貸出行

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動に与えた影響を実証分析している。このような実証分析の結果,1980年代に銀行貸出が金融の

自由化や国際化の潮流の下で,特に大手銀行において大企業から中小企業などの新規顧客に貸出が

シフトしたが,そのエージェンシーコストを軽減するために土地に関連した貸出体制が構築された

こと,1990年代において自己資本比率規制と不良債権の影響が大手銀行ほど影響を受けたことな

どを確認している。なお,小川(2011)では,サブプライムローン問題を受けてアメリカの銀行

の貸出金の証券化問題について,2001年から2010年のアメリカの銀行のパネルデータを用いた変

量プロビットモデルで分析し,証券化が自己資本比率規制への対応や流動性確保のためではなく,

信用リスクの高い銀行がリスクの軽減を目的として証券化を行うことを確認するとともに,固定効

果モデル及び操作変数法を用いて貸出関数を推定し銀行の貸出に対する証券化の影響を分析し,証

券化の度合いが大きいほど審査機能が低下し不良債権比率が高くなることを明らかにしている。

蟹澤(2016)では,金利政策及び量的緩和政策の政策指標であるコールレート及び日銀当座預

金が実体経済及び企業の設備投資に与えている影響について,コールレート及び日銀当座預金と,

マネーサプライ,マクロの生産指標,名目実効為替レート,銀行貸出金(または企業の金融機関借

入),企業の設備投資の 7 変数について,VECM(Vector Error Correction Model)による実証分

析を行っている。1999年第 2 四半期から2015年第 4 四半期において日銀当座預金のショックによ

って,企業の設備投資は正の影響を受けているものの,企業の金融機関借入は正の影響を受けてお

らず金融政策によって企業の借入(銀行の貸出)が増加し,企業が設備投資を増加させるサイクル

がマクロレベルで確認できないことを明らかにしている。

また,Aysun and Hepp(2013)ではマネーの波及経路として,貸出チャンネルと貸借対照表を

通じたチャンネルを比較するために,1995年第 1Q から2009年第 4Q までの銀行の個別の借入レベ

ルのデータによって GMM を用いた実証分析を行い,借り手の財務状況(貸借対照表)と銀行の

流動性が銀行の貸出意思決定にどのように影響を与え,金融政策がどのように影響を与えるかを検

証している。分析の結果,金融政策のショックが経済に波及する経路としては財務状況(貸借対照

表)のチャンネルがメインのメカニズムであり,貸出のチャンネルは重要な役割を果たしていない

ことが示されている。

先行研究において,金融政策の銀行の貸出チャンネルを通じた機能不全ないしは機能低下が示さ

れている。小川(2003)や他の先行研究においてはフローの貸出供給関数を基に実証分析を行っ

ている例も多いが,本稿においては一時点の資産選択行動により重きをおくこととし,青木・須藤

(2012)の一時点の資産選択モデルを基に,小川(2003)の貸出供給関数などを参考に銀行の貸出

行動に重要な影響を与えると想定される変数を組み込んだモデルを推計し,銀行の資産選択におい

て金融政策がどのような影響を与えているのかについて分析を行う。

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11 T 及び c は青木・須藤(2012)のモデルにおいて下式で仮定されている財政政策ルール関数のパラメーター

である。g は政府が家計から徴収する税,b は公債残高,x は 終財生産者の生産する消費財であり,公債残

高・GDP 比率が上昇すると増税を行うルールとなっている。

gt=Tbt-1(bt

xt)

f

― ―

. 分析方法及びデータ

青木・須藤(2012)のモデルでは,経済は家計部門,銀行部門,企業部門,政府及び中央銀行

から構成され,銀行部門は VaR 制約の下で貯蓄(預金)と自己資本を原資として,資本ストック

(企業への貸出を通じた間接的な設備投資)と公債に投資を行うと仮定され,定常状態における銀

行の資産選択について,公債・貸出残高比率は以下の式で与えられる。

B

K=[rb-1

T ]( 1

c)[rk-(1-d)u ]

ここで B は公債保有量,K は資本ストック(貸出量),rb は公債利子率,rk は貸出利子率,T は

財政政策ルールにおける定数,c は同じく財政政策ルールにおける公債残高 GDP 比率に関するパ

ラメーター11,d は資本減耗率,u はコブ=ダグラス型生産関数における資本に関するパラメー

ターである。この式から,公債・貸出残高比率は公債利子率に影響を与える要因,貸出利子率に影

響を与える要因,銀行の自己資本における外生的な変動などの要因によって決定されることを示し

ている。また,公債利子率に影響を与える要因として,無リスク利子率の上昇,公債利子率の上

昇,インフレ率の上昇など,貸出利子率に負の影響を与える要因として,貸出による 大損失率の

上昇(利益率の下落)など,銀行の自己資本における外生的な変動として,自己資本の毀損などが

想定される。

本稿においては上記のモデルを参考にして,公債・貸出残高比率を公債利子率と貸出利子率で説

明する。さらに,外生的な変動要因としての銀行の自己資本比率,不良債権比率,貸出に対する担

保となる地価の変動率,すべての金融機関に共通する金融政策の指標として日銀当座預金を追加し

た下記の推定式によって分析を実施する。

(モデル 1)

Bit

Kit

=a1+a2rbt+a3rkit+a4dt+a5NAit+a6KHt+a7Nt+a8chikat+Dummy+ei+mit

Bit は公債保有量,K は貸出量,rbt は t 期の公債利子率,rkit は i 銀行における t 期の貸出利子率,

dt は固定資本減耗,NA は自己資本比率,KH は不良債権の代理変数としての貸倒引当金の総資産

に対する比率,N は日銀当座預金の対数値,chika は地価,Dummy は銀行の規模に関するダミー

変数,eit は観察できない異質性である。

さらに,企業との金銭消費貸借契約は通常複数年契約となり,保有する社債の満期までの平均期

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12 期中においては当年度の決算数値が集計されていないという意思決定時の情報のタイムラグを仮定した。

13 公債利子率について銀行間で共通の国債利回りを採用しているのに対し,貸出金利率は銀行固有の実績値を

採用しているため不整合が生じている。ただし,利用したデータベースにおいて個別銀行別の公社債受取利

息のデータの収集ができなかったこと,また,ゼロ金利政策の時期を対象としていることから公社債利子率

については銀行別の大きな変動がないことが想定されることから当該不整合については許容しうると判断し

た。

― ―

間は通常 1 年以上となる他,実務上の予算統制は過年度の実績に影響を受けることが通常である

ため銀行の資産選択は過去の実績に影響を受けると考えられることから,動学的なモデルとして,

従属変数の 1 期ラグをモデルに組み込み,モデルについて追加的な検討を行う。

(モデル 2)

Bit

Kit

=a0+a1

Bi,t-1

Ki,t-1

+a2rbt+a3rkit+a4dt+a5NAit+a6KHt+a7Nt+a8chikat+Dummy+ei+mit

なお,自己資本比率の分子の銀行の純資産には株価上昇によるキャピタルゲインの増収分やその

有価証券評価差額が含まれることから,銀行の自己資本における外生的な変動として株価について

も追加的にモデルに組み込んで推計することとした。株価は期末の資産選択に影響を与えると想定

される年度末月の平均値を採用したモデルをモデル 1-2 及びモデル 2-2 とし,株価は期中を通

して資産選択及び純資産に影響を与えると考えた場合の年間平均値を採用したモデルをモデル 1-

3 及びモデル 2-3 とした。

公債利子率については財務省の(5 年物)国債利回りの年間平均値(1 期ラグ)を,貸出金利率

は各銀行の 1 期前12 の実績値(=貸出金利息/期末貸出金残高)を採用13 し,総務省統計局の消費

者物価指数の年間平均値を用いて実質化した。公債保有量は全国銀行協会の銀行別財務データか

ら,有価証券における公債残高(国債及び地方債の合計金額)とし,貸出量は,同財務データの貸

出金の金額を採用する。貸倒引当金・総資産比率における貸倒引当金は,貸倒引当金勘定残高から

一般債権に係る貸倒引当金を除いた値を採用した。その他自己資本比率等の財務データについても

同上の財務データから取得した。日銀当座預金については日本銀行のデータから年度末月における

平残値の対数値を用いた他,地価については国土交通省の都道府県地価調査のデータを利用し,貸

出の担保として大多数を占めると想定される 3 大都市圏の全用途の平均値を用いた。固定資本減

耗については,内閣府の2015年度国民経済計算から,フロー編の民間部門の法人企業の固定資本

減耗をストック篇の民間部門の生産施設の固定資産で除して算定した。株価は YAHOO! ファイナ

ンスの日経平均株価の月次平均値データ(年度末月平均値)と当該データを年度平均した値の対数

値を用いた。また,Dummy については銀行の区分(都市銀行=01,地銀=02,第 2 地銀=03)

に対応している。

推定期間としては,量的緩和政策が2001年 3 月より開始されたことから,2001年度から2015年

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14 2006年 3 月に証券会社によって構成される国債引受シンジケート団が廃止され,国債全額が市中消化に移行

していることを鑑み2006年度から2015年度の期間を対象に各モデルについて推定を追加して実施した。実施

した結果は表 3 参照。係数等は概ね2001年度から2015年度の期間における結果と同様となったが,GMM 推

計においてサーガン検定における過剰識別制約の妥当性が棄却されているため参考情報と考える。

15 2017年 9 月 9 日 全国銀行協会ホームページ「平成元年以降の提携・合併リスト」(https://www.zen-

ginkyo.or.jp/article/tag-h/7454/)

表 記述統計量

公債・貸出金比率 貸出金利率 公債利子率 固定資本減耗 自己資本比率

平均 0.218 0.020 0.549 0.071 0.007

標準偏差 0.130 0.013 0.357 0.001 0.006

大 1.400 0.071 1.282 0.073 0.076

少 0.000 -0.023 -0.002 0.068 0.000

不良債権・総資産比率

日銀当座預金(対数値)

地 価株価(対数値)

(年度末月平均)株価(対数値)(年度平均)

平均 0.050 12.678 -2.113 9.420 9.407

標準偏差 0.015 0.999 3.628 0.263 0.234

大 0.166 14.782 5.100 9.863 9.841

少 0.004 11.280 -7.300 8.984 9.135

― ―

度を対象とする14。バランスドパネルデータとして分析を行うため,期間中に新設された銀行につ

いては,サンプルから除外するとともに,期間中に合併した銀行については,全国銀行協会のホー

ムページで平成元年以降の提携・合併リスト15 を参照し,2015年度末(2016年 3 月末)時点まで

に合併している銀行については,合併対象銀行の財務データを合算してデータを作成した結果,銀

行数は113行となった。サンプルの記述統計量は表 1 の通りである。

推定方法は,モデル 1 及びモデル 1-2,モデル 1-3 については固定効果モデルを採用した。F

検定を行い固定特有効果がないことを確認するとともに,Hausman 検定を行い変量効果モデルに

対する固定効果モデルの妥当性を確認する。モデル 2 及びモデル 2-2,モデル 2-3 については,

従属変数のラグ項が含まれており,通常の OLS では従属変数のラグが観測できない企業の異質性

と相関し,一致推定量が得られないことから,本稿では,Arellano and Bover(1995)の GMM を

基礎とした Blundell and Bond(1998)のシステム GMM を使用する。システム GMM では,1 階

階差の推定式の操作変数として説明変数のレベルのラグ値を使用したモーメント条件と,レベルの

推定式の操作変数として説明変数の階差のラグ値を使用したモーメント条件を同時に用いて,1 階

差モデルとレベルモデルを 1 つのシステムとして GMM 推定量を求める。システム GMM を使用

するための前提条件として,誤差項が系列相関を持たないこと,使用するモーメント条件すなわち

操作変数が妥当であることが求められるため,Arellano-Bond 検定を行って誤差項に自己相関がな

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― ―

16 システム GMM の推定に当たってはロバスト制約を課すが,Sargan 検定についてはロバスト制約を外して

検定を行う。

― ―

いことを確認するとともに,Sargan 検定によって過剰識別制約が有効であり操作変数が妥当であ

ることを確認する16。本稿の推定では,モデルの操作変数として,レベルについては従属変数の階

差のラグ項,階差については従属変数の 2 期以降のラグ項とした。なお,ラグ数が大きくなるこ

とによってモーメント条件の数が多すぎることになった場合,有限標本ではバイアスが大きくなる

ことが知られているが,本稿ではサンプル数が1582あることから, 大ラグ数の仮定は置かない

こととした。

. 分析結果及び考察

モデルの推定結果は表 2 の通りである。モデル 1 及びモデル 1-2,モデル 1-3 においては F

検定の結果から固定特有効果がないことを確認するとともに,Hausman 検定の結果が固定効果モ

デルを支持していることを確認した。また,モデル 2 及びモデル 2-2,モデル 2-3において

Arellano-Bond 検定の結果から誤差項に自己相関がないこと,Sargan 検定の結果から過剰識別制

約が妥当であることを確認した。以下それぞれの係数ごとに推定結果を概括する。

モデル 2 及びモデル 2-2,モデル 2-3 の従属変数である公債・貸出金比率のラグ項はすべて正

符号で有意となった。これは銀行と,企業の金銭消費貸借契約は通常複数年契約となること,保有

する社債の満期までの平均期間は通常 1 年以上あること,実務上の予算統制は過年度の実績に影

響を受けることが通常であることから,銀行の資産選択は過去の実績に影響を受けているため妥当

な結果であると想定される。

国債利子率のラグ項については国債利子率が上昇した場合銀行は公債保有を増加させると考えら

れるため,符号は正となることを想定していたが,すべてのモデルで負となった。また,モデル 1

~1-3 は 1有意,モデル 2 は10有意,モデル 2-2~3 は有意ではないという結果となった。

ゼロ金利政策以降,国債利子率についても低い水準で推移していることから,銀行が金利水準以外

の要因で公債の保有比率を決定している結果,国債利子率に基づいて公債保有比率を決定する銀行

行動が行われていない実情を反映していると考えられる。

貸出金利のラグ項についてもモデル 2-3 を除き有意(モデル 1,1-2,1-3 は 1有意,モデ

ル 2 は 5有意,モデル 2-2 は10有意)であり,すべてのモデルで符号は正となったことから,

貸出金利に反映される現物資産のリスクを反映し,貸出金利が上昇した場合,公債・貸出残高比率

が上昇するという青木・須藤(2012)のモデルと整合的な結果となった。ただし,図 4 の全銀行

の名目貸出金利率と貸出金残高の推移をみると,年を追って貸出金利率が下がっている一方で貸出

金は増加していることが確認できるが,この低下の要因がすべて現物資産のリスク低下であるとは

考えにくい。金融政策によってコールレートがゼロ近傍まで低減している中で銀行の資金調達コス

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― ―

表 モデルの推定結果

モデル 1 モデル 12 モデル 13

固定効果モデル 固定効果モデル 固定効果モデル

期間2001年度2015年度 期間2001年度2015年度 期間2001年度2015年度

銀行行数=113 銀行行数=113 銀行行数=113

サンプル数=1582 サンプル数=1582 サンプル数=1582

― ― ―

― 株価年度末月平均値 株価年度平均値

変数名 係数 標準誤差 係数 標準誤差 係数 標準誤差

公債・貸出金比率(1 期ラグ) ― ― ―

公債利子率(1 期ラグ) -0.0586 0.010 -0.0624 0.010 -0.0647 0.011

貸出金利率(1 期ラグ) 1.8891 0.285 1.8172 0.277 0.9010 0.349

固定資本減耗 43.2892 4.377 42.5827 4.195 31.5177 3.837

自己資本比率 -0.5755 0.430 -0.4621 0.495 -0.2524 0.458

不良債権・総資産比率 -1.7143 0.712 -1.7433 0.707 -1.5478 0.653

日銀当座預金(対数値) -0.0131 0.003 -0.0129 0.003 -0.0089 0.003

地価 -0.0105 0.001 -0.0099 0.001 -0.0042 0.001

株価 ― -0.0128 0.010 -0.0743 0.015

Dummy_01 ― ― ―

Dummy_02 ― ― ―

Dummy_03 ― ― ―

定数項 -2.6861 0.326 -2.5187 0.292 -1.1812 0.318

F test

F 値 42.99 42.65 42.29

Hausman test

chi2 値 2325.37 195.55 28.78

モデル 2 モデル 22 モデル 23

システム GMM システム GMM システム GMM

期間2001年度2015年度 期間2001年度2015年度 期間2001年度2015年度

銀行行数=113 銀行行数=113 銀行行数=113

サンプル数=1582 サンプル数=1582 サンプル数=1582

操作変数=112 操作変数=113 操作変数=113

― 株価年度末月平均値 株価年度平均値

変数名 係数 標準誤差 係数 標準誤差 係数 標準誤差

公債・貸出金比率(1 期ラグ) 0.7823 0.118 0.7789 0.120 0.7527 0.112

公債利子率(1 期ラグ) -0.0171 0.020 -0.0178 0.018 -0.0218 0.019

貸出金利率(1 期ラグ) 0.6122 0.306 0.6250 0.348 0.0278 0.262

固定資本減耗 20.9874 7.027 20.9943 7.120 14.4695 5.516

自己資本比率 -1.2116 0.620 -1.2383 0.799 -0.8212 0.604

不良債権・総資産比率 -1.1402 1.206 -1.1939 1.151 -1.0946 1.005

日銀当座預金(対数値) -0.0135 0.005 -0.0135 0.005 -0.0109 0.004

地価 -0.0078 0.001 -0.0078 0.001 -0.0040 0.001

株価 ― -0.0011 0.011 -0.0476 0.014

Dummy_01 -0.0233 0.069 -0.0284 0.080 -0.0200 0.068

Dummy_02 -0.0500 0.087 -0.0534 0.085 -0.0751 0.097

Dummy_03 -0.1322 0.102 -0.1358 0.117 -0.1210 0.100

定数項 -1.1488 0.360 -1.1331 0.403 -0.2492 0.221

Arellano-Bond test

AR(2) z 値 -0.97 -0.97 -0.83

Sargan test

chi2 値 109.29 111.81 108.32

(注) 有意水準1, 5, 10

― ―

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図 全銀行の貸出金利と貸出金残高の推移

(単位億円)

データ出所銀行別財務データ(全国銀行協会)

17 平成28年10月21日 金融庁「平成28事務年度 金融行政方針について」

― ―

トが全体的に低減し,その分リスクテイクできる余地が増えている効果があったとしても,BIS 規

制等によって銀行の取れるリスクの水準が下がってしまっている結果,新規事業や新規取引先など

高リスクゆえに高い貸出金利率を取れる融資を制限してしまっている現象が生じている可能性など

も考えられる。さらに金融緩和政策によって銀行に資金が過剰に供給され,銀行に資金余剰が生じ

た結果,銀行間の競争が激化したことに伴う収益率の低下によって貸出金利が下がっている可能性

や,銀行間の過当競争が生じた結果,銀行の余剰マネーは適切なリスク評価を行わないまま比較的

リスクの高い分野へ比較的低い貸出金利で貸出を増加させている可能性なども考えられる。金融庁

が2016年10月に公表した金融行政方針17 の中で,「長短金利の低下が継続する中で,金融機関には

海外向け貸出や外貨建て資産運用,長期債への投資,不動産向け与信(アパートローンを含む)を

増加させる等の動きが見られる。こうした動きが,経済・市場環境が変化した際に,金融機関の健

全性に悪影響を及ぼさないか検証する」と記載しており,監督官庁として懸念していことが示され

ている。

金融緩和の政策指標としての日銀当座預金はすべてのモデルで負符号で有意となった。たとえ

ば,買オペで日銀当座預金を増やした場合銀行の公社債保有が減ると考えられるため符号は想定通

りであるが,図 2 の通り実際には貸出ではなく預け金が増加していることから,金融政策の銀行

へのマネー供給によって貸出金を増加させる効果が低減していることを示唆していると考えられ

る。蟹澤(2017)では,量的緩和政策によって日銀当座預金を増加させ,金融機関にマネーを供

給したとしても,企業の借入が有意に増加していないことを示していて,企業へのマネー供給とい

う意味での量的緩和政策効果が限定的となっていることを明らかにしているが,本稿の推定でも同

000`ooo`OOI

000`ooo`ooz

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― ―

図 地価と日経平均株価の推移

(単位円)

データ出所都道府県地価調査(国土交通省),日経平均株価(YAHOO! ファイナンス)

― ―

様の結果が得られた。

自己資本比率の係数はすべてのモデルで負であるものの,モデル 2 を除き有意ではなかった。

自己資本比率は,銀行の当期純利益(損失)や増資,配当などで増減するとともに,有価証券の評

価損益(その他有価証券評価差額金)や保有しているデリバティブの時価評価損益(繰延ヘッジ損

益)などでも増減することから,銀行の収益性向上や株価が上がることによって自己資本比率が上

昇するとリスクの高い貸出に資産選択がシフトすることを示唆している。なお,株価が上昇した場

合,キャピタルゲインの増加やその他有価証券評価差額金の増加を通じて自己資本比率に影響を与

えるが,株価を導入したモデル 1-3 及びモデル 2-3 の株価の係数は負符号で有意となっている

(モデル 1-2,モデル 2-2 は負符号で有意ではなかった)。株価が上がった場合,銀行の収益率が

上昇し,経済環境の変化が銀行のリスクテイキング能力が向上した結果,貸出が増加する効果があ

ると想定される。また,地価の係数はすべてのモデルにおいて負符号で有意となっている。貸出金

の担保となる地価が上がれば貸出金(分母)が増えると考えられるため想定通りの結果となった。

ただ,地価や株価は,不動産物件や企業の将来の収益に基づくファンダメンタルズの増減だけでは

なく,景気動向やインフレ率などの様々な要因に影響を受けることから,銀行の資産選択行動も間

接的にそれらの影響を受けていることになる。近年の異次元の金融緩和によって日本銀行が ETF

や社債を買入していることで株価が影響を受けていることや,REIT(不動産投資法人)株式の買

入等で地価が影響を受けている可能性も想定される。図 5 は地価と日経平均株価の推移であり,

2013年以降,地価や日経平均株価が上昇傾向にある。この地価や株価の上昇は銀行の貸出金増加

に対しても影響を与えていると考えられるが,この資産価格の上昇が適切なファンダメンタルズに

基づいていない場合,なんらかのきっかけで地価や株価が低迷すると企業への貸出が大きく縮小し

てしまう可能性も考えられる。

6.0% 4.0% 2.0% 0.0% -2.0% -4.0% -6.0% -8.0%

吏ゲ足ゲ足ゲ急吏ゲ災ゲ灸ゲ災ゲ足ゲ足ゲ吏ゲ吏ゲ吏ゲ足ゲ災ゲ効~~~~~~~~~~~~~~~~

愈怠亙息意怠怠翌忍亙忍忍忍亙忍亙…… 地価三大都市圏前年比

ーーー 地価全国平均前年比

_ 日経平均年度末終値(右軸)

25,000

20,000

15,000

10,000

5,000

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― ―

18 たとえば,森田(2016)では超過準備の利付の引き上げ,保有長期国債の償還(再投資の停止),売りオペ,

法定準備率の大幅な引き上げなどの出口戦略の選択肢と各選択肢の課題を比較している他,岩村(2016)で

は準備預金の階層型付利と組み合わせた日銀保有国債の変動利付永久債の導入を提案している。

― ―

その他,不良債権・総資産比率の係数はすべてのモデルで負符号である。不良債権の増加によっ

て貸出が抑制される効果よりも,不良債権の処理によって不良債権が減少したことによって貸出金

を増加させる効果が上回ったものと想定されるが,モデル 2 及びモデル 2-2,モデル 2-3 におい

ては有意ではない。固定資本減耗はすべてのモデルで正符号で有意であり,モデルから想定される

結果と整合している。

. 結 論

本稿の推計結果から,金融緩和の政策指標としての日銀当座預金の増加は銀行の資産選択の結果

である公債・貸出金比率を低下させる影響を与えていることが確認された。しかし,図 2 の金融

緩和が行われている時期でも個別行の貸出金総資産比率は増えずに預け金が増えているという観察

からは,日銀当座預金の増加は従属変数の分子(公債)を減らしているのみで,分母(貸出)を増

やしているわけはないと推察できる。また,貸出金利の低下は銀行の資産選択において公債・貸出

金比率を低下させることが確認され,貸出金利のリスク低下に対して貸出金を増加させることを示

しているものの,BIS 規制などの他の要因で銀行がリスクテイクできる水準が下がったことによっ

てリスクを取って金利の高い貸出を制限してしまっている可能性や,金融緩和政策によって銀行に

資金が過剰に供給された結果,銀行間の競争激化による収益率の低下に伴う貸出金利の低下や,適

切なリスク評価を伴わない貸出増加が生じている可能性がある。銀行に過剰な資金供給が行われて

いる可能性は,2008年から始まった補完当座預金制度によって,マイナス金利政策で一部コスト

も生じているものの日銀当座預金の超過準備の一部に付利(プラスの利息付与)が行われているこ

とも影響し,銀行の預金預け金が増加している状況と整合している。銀行にマネーを潤沢に供給し

たとしても,過剰なマネーは銀行内部で預金預け金として積み上げられるだけであり,追加的な金

融緩和を行ったとしても経済全体へのマネー供給には貢献せず,政策の有効性が限定的になってい

ると考えられる。また,近年の地価や日経平均株価の上昇も,銀行の貸出金増加に対して影響を与

えている結果を得たが,仮に地価や株価などの資産価格の上昇が,金融政策の影響等で適切なファ

ンダメンタルズに基づかない過大な水準に上ってしまっている場合,地価や株価が逆に低迷した時

に企業への貸出の縮小幅が過剰に大きくなってしまう可能性があり,日本経済として潜在的なリス

クを抱えている可能性がある。以上のように現状の金融政策は,健全な経済の資金循環をゆがめて

しまっている可能性がある上,副作用として中長期的な将来の日本経済に対して大きなリスクをも

たらしてしまっている可能性すら考えられる。近年では金融緩和政策の出口戦略についても議論さ

れている18 が,日本経済が健全に発展するためには,日本銀行には適切な水準でのマネー供給が求

められるのではないかと考える。

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― ―― ―

本稿の推計の基礎となったモデルにおいては超過準備がモデルに導入されていないため,金融緩

和が銀行別の超過準備の蓄積に与える影響に関する実証分析を行っていない。今後の課題として,

モデルの精緻化及び改善を行うとともに,マネーの供給過剰がかえってマネーの円滑な循環を阻害

していないかどうかに関して実証的に研究を行い,日本銀行が社会の血液たるマネーを円滑に循環

させるための施策に関する政策提言を行えるような研究を行っていきたいと考えている。

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― ―

表 (参考)モデルの推定結果(期間年度から年度)

モデル 1 モデル 12 モデル 13

固定効果モデル 固定効果モデル 固定効果モデル

期間2006年度2015年度 期間2006年度2015年度 期間2006年度2015年度

銀行行数=113 銀行行数=113 銀行行数=113

サンプル数=1017 サンプル数=1017 サンプル数=1017

― ― ―

― 株価年度末月平均値 株価年度平均値

変数名 係数 標準誤差 係数 標準誤差 係数 標準誤差公債・貸出金比率(1 期ラグ) ― ― ―公債利子率(1 期ラグ) -0.1536 0.019 -0.1738 0.020 -0.1482 0.020貸出金利率(1 期ラグ) 0.6143 0.197 0.3670 0.197 0.5896 0.211固定資本減耗 12.7035 2.602 15.4138 2.529 11.9830 2.585自己資本比率 -0.4493 0.632 -0.7225 0.689 -0.4187 0.670不良債権・総資産比率 -0.5546 0.970 -0.6178 0.975 -0.5474 0.972日銀当座預金(対数値) -0.0424 0.007 -0.0561 0.007 -0.0396 0.007地価 -0.0047 0.001 -0.0053 0.001 -0.0043 0.001株価 ― 0.0354 0.012 -0.0080 0.013Dummy_01 ― ― ―Dummy_02 ― ― ―Dummy_03 ― ― ―定数項 -0.0271 0.178 -0.3490 0.180 0.0606 0.205

F testF 値 39.59 39.63 39.47

Hausman testchi2 値 176.50 50.51 114.15

モデル 2 モデル 22 モデル 23

システム GMM システム GMM システム GMM

期間2006年度2015年度 期間2006年度2015年度 期間2006年度2015年度

銀行行数=113 銀行行数=113 銀行行数=113

サンプル数=1017 サンプル数=1017 サンプル数=1017

操作変数=52 操作変数=53 操作変数=53

― 株価年度末月平均値 株価年度平均値

変数名 係数 標準誤差 係数 標準誤差 係数 標準誤差公債・貸出金比率(1 期ラグ) 0.8882 0.067 0.8830 0.068 0.8973 0.064公債利子率(1 期ラグ) -0.0252 0.022 -0.0280 0.024 -0.0184 0.024貸出金利率(1 期ラグ) 0.0882 0.202 0.0941 0.230 0.0780 0.209固定資本減耗 0.4457 3.048 0.6746 3.197 -0.1774 3.426自己資本比率 -0.8741 0.440 -0.8686 0.592 -0.8323 0.466不良債権・総資産比率 -0.5952 0.524 -0.6054 0.597 -0.5906 0.553日銀当座預金(対数値) -0.0154 0.008 -0.0163 0.009 -0.0126 0.009地価 -0.0048 0.001 -0.0047 0.001 -0.0045 0.001株価 ― 0.0023 0.014 -0.0036 0.013Dummy_01 0.0090 0.066 0.0129 0.065 0.0123 0.065Dummy_02 -0.0130 0.076 -0.0130 0.078 -0.0141 0.074Dummy_03 -0.0531 0.068 -0.0537 0.066 -0.0508 0.063定数項 0.2811 0.200 0.2574 0.232 0.3159 0.250

F testF 値 ― ― ―

Hausman testchi2 値 ― ― ―

Arellano-Bond testAR(2) z 値 0.49 0.51 0.46

Sargan testchi2 値 62.69 63.35 62.68

(注) 有意水準1, 5, 10

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