事例報告 KIT Progress №25
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ピア・インストラクションを導入した物理学講義の実践
-学生同士のディスカッションによる深い学び- Implementation of Peer Instruction in Physics Lecture
- Deep Learning based on Peer Discussion -
工藤 知草,西 誠,三嶋 昭臣 Tomoshige KUDO, Makoto NISHI, Akiomi MISHIMA
学生主体のピア・インストラクションを導入した物理学講義を実践した.学生がク
リッカーで回答しながら能動的に講義に参加して,学生同士のディスカッションによ
り,深い学びを実現した.また,ICT 教材で物理の現象の理解を深めた.アンケート
では,講義の満足度が高くなり,ピア・インストラクション型講義はプロジェクトデ
ザインやデザインシンキングに活きると考えた学生の割合が高くなった. キーワード:アクティブ・ラーニング,深い学び,ピア・インストラクション,ICT,クリッカー
We implemented student-centric physics lecture based on Peer
Instruction. Students actively took a class using clickers, and peer discussion realized deep learning. Students understood physics phenomena by using ICT teaching-material tools. In questionnaire, students had a high satisfaction level in the lecture, and found the lecture based on Peer Instruction to be a very useful means of project-based learning or design thinking. Keywords: Active Learning, Deep Learning, Peer Instruction, ICT, Clicker
1. はじめに 学生が主体的に,深い学び(Deep learning)をするアクティブ・ラーニング
の一つとして,ハーバード大学で実践され発展してきたピア・インストラクシ
ョン(Peer Instruction)という講義形態がある 1), 2).ここで,Peer は「学生同
士」,Instruction は「教え合い」を意味する.ラーニングピラミッド(平均学
習定着率)によれば,他者に教えること(Teaching others)で,90 %の記憶
の定着率を得られ,教え合いの効果は,半年後でも高いことが知られている.
通常の板書型講義の中で,深く考える概念問題(Concept Test)を出題し,学
生は, ARS(Audience Response Systems)のクリッカー(図 1)を用いて回
答する.クリッカーで押した番号は,瞬時に集約され,リアルタイムにクラス
全体の回答分布がヒストグラムでスクリーンに表示される.学生はディスカッ
ションを行うことで,論理的思考力を養う.このピア・インストラクション型
講義は,受講者が 100 名を超える規模でも実現できる利点がある.
図1 クリッカー
119ピア・インストラクションを導入した物理学講義の実践-学生同士のディスカッションによる深い学び-
KIT Progress №25
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ピア・インストラクションを導入した背景には,中央教育審議会の答申「新たな未来を築くための大
学教育の質的転換に向けて」(平成 24 年 8 月 28 日)がある.この中で「従来のような知識の伝達・注
入を中心とした授業から,教員と学生が意思疎通を図りつつ,一緒になって切磋琢磨し,相互に刺激を
与えながら知的に成長する場を創り,学生が主体的に問題を発見し解を見いだしていく能動的学修(ア
クティブ・ラーニング)への転換が必要である.」と提言されている.ピア・インストラクション型講
義は,この提言にも適合し,極めて有効なアクティブ・ラーニング型講義の一つといえる 3).
2. クリッカーを活用したピア・インストラクションの実践 2.1 ピア・インストラクションの流れ
2015 年度の後学期の「基礎物理」の講義で,クリッカーを活用したピ
ア・インストラクションを導入した講義を実践した.受講者は合計 45 名
で,月曜 4 限に 90 分の 1 セメスター授業として行われた.表 1 は受講者
の履修状況を示す.準備として,クリッカーに 1~60 のラベルを張った.
学生は,講義を通して同じクリッカーを使用することでどの選択肢を選ん
だかを知ることができる.はじめ,クリッカーの使い方を練習した.その
後,合計 4 回の講義で概念問題(合計 14 問)を講義の中で出題した.ピ
ア・インストラクションの流れは,次の 1~9 のようになる. 1. 通常の板書型講義を実施する. 2. 講義に関連した概念問題(選択肢問題)(図 2)を出題する. 3. 学生は自分で考え,クリッカーの番号を押して回答する(表 2 の議論前). 4. クラス全体の回答をヒストグラムでスクリーンに示す. 5. 学生同士,クリッカーで回答した番号とその理由を説明し合い,ディスカッションを行う. 6. 再度,クリッカーで回答する(表 2 の議論後). 7. クラス全体の回答を再度ヒストグラムでスクリーンに示す. 8. 学生を当て理由を答えてもらう. 9. 先生が正解を示し,解説する. 2.2 概念問題と ICT 教材の活用 図 2 は概念問題の例を示す.この問題は,同じ質量の弾丸を 3 つ打ち出して,どの軌道が一番はや
く落下するかというもので,一番近くに落ちる弾丸が一番はやく落下するという直観に反して,軌道の
高さが一番低い軌道が一番はやく落下する(正解は C).表 2 は,議論前後の正答率を示し,正解は太
字で示した.2 回目のクリッカーの回答の後,学生に回答理由を聞いたところ,「高さのみが,落下時
間に関係しているので,横の長さは関係ないので,一番はやく C に当るので 5 番を選択した」と適切
な考え方をしていた.正解を示した後に,Excel VBA(Visual Basic for Applications)で作成した
ICT(Information and Communication Technology)教材で答えを示した.シミュレーション動画
は,教室内で演示が困難な現象を見ることで理解を深めることができる補助教材になる.Excel シート
上の「Start」ボタンを押すと,弾丸が 3 つ打ち出される.弾丸は,はじめ C に当り(図 3),次に Aに当る(図 4).
表 1 履修状況
学科 2 年生 3 年生
EP 29 名 EE 1 名 1 名
FP 1 名 VA 4 名 1 名
EM 1 名
ER 6 名
IC 1 名
120 ピア・インストラクションを導入した物理学講義の実践-学生同士のディスカッションによる深い学び-
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ピア・インストラクションを導入した背景には,中央教育審議会の答申「新たな未来を築くための大
学教育の質的転換に向けて」(平成 24 年 8 月 28 日)がある.この中で「従来のような知識の伝達・注
入を中心とした授業から,教員と学生が意思疎通を図りつつ,一緒になって切磋琢磨し,相互に刺激を
与えながら知的に成長する場を創り,学生が主体的に問題を発見し解を見いだしていく能動的学修(ア
クティブ・ラーニング)への転換が必要である.」と提言されている.ピア・インストラクション型講
義は,この提言にも適合し,極めて有効なアクティブ・ラーニング型講義の一つといえる 3).
2. クリッカーを活用したピア・インストラクションの実践 2.1 ピア・インストラクションの流れ
2015 年度の後学期の「基礎物理」の講義で,クリッカーを活用したピ
ア・インストラクションを導入した講義を実践した.受講者は合計 45 名
で,月曜 4 限に 90 分の 1 セメスター授業として行われた.表 1 は受講者
の履修状況を示す.準備として,クリッカーに 1~60 のラベルを張った.
学生は,講義を通して同じクリッカーを使用することでどの選択肢を選ん
だかを知ることができる.はじめ,クリッカーの使い方を練習した.その
後,合計 4 回の講義で概念問題(合計 14 問)を講義の中で出題した.ピ
ア・インストラクションの流れは,次の 1~9 のようになる. 1. 通常の板書型講義を実施する. 2. 講義に関連した概念問題(選択肢問題)(図 2)を出題する. 3. 学生は自分で考え,クリッカーの番号を押して回答する(表 2 の議論前). 4. クラス全体の回答をヒストグラムでスクリーンに示す. 5. 学生同士,クリッカーで回答した番号とその理由を説明し合い,ディスカッションを行う. 6. 再度,クリッカーで回答する(表 2 の議論後). 7. クラス全体の回答を再度ヒストグラムでスクリーンに示す. 8. 学生を当て理由を答えてもらう. 9. 先生が正解を示し,解説する. 2.2 概念問題と ICT 教材の活用 図 2 は概念問題の例を示す.この問題は,同じ質量の弾丸を 3 つ打ち出して,どの軌道が一番はや
く落下するかというもので,一番近くに落ちる弾丸が一番はやく落下するという直観に反して,軌道の
高さが一番低い軌道が一番はやく落下する(正解は C).表 2 は,議論前後の正答率を示し,正解は太
字で示した.2 回目のクリッカーの回答の後,学生に回答理由を聞いたところ,「高さのみが,落下時
間に関係しているので,横の長さは関係ないので,一番はやく C に当るので 5 番を選択した」と適切
な考え方をしていた.正解を示した後に,Excel VBA(Visual Basic for Applications)で作成した
ICT(Information and Communication Technology)教材で答えを示した.シミュレーション動画
は,教室内で演示が困難な現象を見ることで理解を深めることができる補助教材になる.Excel シート
上の「Start」ボタンを押すと,弾丸が 3 つ打ち出される.弾丸は,はじめ C に当り(図 3),次に Aに当る(図 4).
表 1 履修状況
学科 2 年生 3 年生
EP 29 名 EE 1 名 1 名
FP 1 名 VA 4 名 1 名
EM 1 名
ER 6 名
IC 1 名
3
図 2 放物運動の概念問題
図 3 はじめ Cに衝突 図 4 次に Aに衝突
クリッカーでディスカッションし,Excel VBA のような ICT を活用することで,時間を有効に活用
でき,これまでの伝統的なスタイルの板書型講義にも,アクティブ・ラーニングをスムーズに取り入れ
ることが可能となる. 2.3 議論前正答率と議論後正答率の推移 図 5 は,概念問題(14 問)の議論前正答率と議論後
正答率の推移を示す.実線は,議論前後で正答率が変
化しない場合を示す.この図で学生が苦手な因子と得
意な因子を知ることができ,効果的に授業改善するこ
とが可能となる.図 5 で,特に議論後の正答率が低く
なった概念問題は(a)で,その問題を図 6 で,クリッ
カーの回答を表 3 で示した.一定の速さで上昇するエ
レベーターの中にいる人にはたらく力に着目すると,
「重力」と「垂直抗力」がある.それらの力の合力が 0 N になるため,人は一定の速さで進み続ける.この問
題を解くためには,人にはたらく力をすべて見抜くこ
と,力の合力を求めること,ニュートンの運動の第 1法則(慣性の法則)で,一定の速さで運動する場合,
力の合力が 0 N でなければならないことを理解してい
る必要がある.
表 2 クリッカーの回答
選択肢 議論前 議論後 1 2.9 % 2.9 % 2 2.9 % 0 % 3 5.9 % 2.9 % 4 14.7 % 5.9 % 5 73.5 % 88.2 %
図 5 議論前後の正答率の推移
(a)
(b)
(c)
121ピア・インストラクションを導入した物理学講義の実践-学生同士のディスカッションによる深い学び-
4
図 6 ニュートンの運動の第 1法則(慣性の法則)の概念問題
図 7 ニュートンの運動の第 2法則(運動の法則)の概念問題
図 5 の(b)で,議論前後で,正答率が 20 %程度と,かなり低い概念問題がある(図 7, 表 4).加
速しながら上昇するエレベーターの中にいる人にはたらく力は「重力」と「垂直抗力」で,「垂直抗
力」が「重力」より大きいとき,人にはたらく力の合力は鉛直上向きになる.ニュートンの第 2 法則
(運動の法則)より,人は鉛直上向きに加速する.議論前の正答率が 20.5 %,議論後の正答率が
23.1 %であり,今後,授業を工夫する必要がある. 図 5 の(c)で,議論後の正答率が 100 %になった.その概念問題を図 8 で,クリッカーの回答を表
5 で示した.この問題は,一定の速さで運動する物体に撃力を加えたときに,物体の運動を x-t グラフ
を答えるものになる.力がはたらかない場合,ニュートンの運動の第 1 法則(慣性の法則)より速さ
が一定なので直線になり,力がはたらく場合,速さが増加するため運動の第 2 法則(運動の法則)よ
り曲線になる.力を加えるのをやめると,物体は一定の速さで運動するため,直線になり,答えは選択
肢 2 になる.表 5 において,議論前には,選択肢 1 が 20 %,選択肢 3 が 14.3 %であったが,議論後
には選択肢 2 の正答率が 100 %になった.このように,学生同士のディスカッションと教え合いによ
り,正しい物理概念が形成されていく.もし間違えても,間違えた理由を考え,深い学びを実現する.
表 3 クリッカーの回答
選択肢 議論前 議論後 1 10.5 % 15.8 % 2 81.6 % 71.1 % 3 7.9 % 13.2 %
表 4 クリッカーの回答
選択肢 議論前 議論後 1 20.5 % 23.1 % 2 59 % 56.4 % 3 20.5 % 20.5 %
122 ピア・インストラクションを導入した物理学講義の実践-学生同士のディスカッションによる深い学び-
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図 6 ニュートンの運動の第 1法則(慣性の法則)の概念問題
図 7 ニュートンの運動の第 2法則(運動の法則)の概念問題
図 5 の(b)で,議論前後で,正答率が 20 %程度と,かなり低い概念問題がある(図 7, 表 4).加
速しながら上昇するエレベーターの中にいる人にはたらく力は「重力」と「垂直抗力」で,「垂直抗
力」が「重力」より大きいとき,人にはたらく力の合力は鉛直上向きになる.ニュートンの第 2 法則
(運動の法則)より,人は鉛直上向きに加速する.議論前の正答率が 20.5 %,議論後の正答率が
23.1 %であり,今後,授業を工夫する必要がある. 図 5 の(c)で,議論後の正答率が 100 %になった.その概念問題を図 8 で,クリッカーの回答を表
5 で示した.この問題は,一定の速さで運動する物体に撃力を加えたときに,物体の運動を x-t グラフ
を答えるものになる.力がはたらかない場合,ニュートンの運動の第 1 法則(慣性の法則)より速さ
が一定なので直線になり,力がはたらく場合,速さが増加するため運動の第 2 法則(運動の法則)よ
り曲線になる.力を加えるのをやめると,物体は一定の速さで運動するため,直線になり,答えは選択
肢 2 になる.表 5 において,議論前には,選択肢 1 が 20 %,選択肢 3 が 14.3 %であったが,議論後
には選択肢 2 の正答率が 100 %になった.このように,学生同士のディスカッションと教え合いによ
り,正しい物理概念が形成されていく.もし間違えても,間違えた理由を考え,深い学びを実現する.
表 3 クリッカーの回答
選択肢 議論前 議論後 1 10.5 % 15.8 % 2 81.6 % 71.1 % 3 7.9 % 13.2 %
表 4 クリッカーの回答
選択肢 議論前 議論後 1 20.5 % 23.1 % 2 59 % 56.4 % 3 20.5 % 20.5 %
5
図 8 運動の第 1法則と運動の第 2法則の概念問題(撃力)
2.4 ピア・インストラクションのアンケート結果 授業後にピア・インストラクションに関する 4 つのアンケートを実施した.5 点中,平均 4 点以上と
高くなり,ピア・インストラクションで,理解を深めることができたことが確認された. 【質問 1】「友達と議論して,クリッカーで 2 度回答することで,概念問題に対する理解は深まりまし
たか.」平均 4.2 点(深まった場合 5 点,深まらなかった場合 1 点) 【質問 2】「クリッカーを用いて能動的に学修することに興味をもてましたか?」平均 4 点(興味をも
った場合 5 点,興味をもたなかった場合 1 点) 【質問 3】「クリッカーを用いた学習は授業の理解に役立ちましたか?」平均 4.1 点(役立った場合 5点,役立たなかった場合 1 点) 【質問 4】「ピア・インストラクション型講義と通常の板書型講義のどちらの授業を受けたいですか.」
平均 4.1 点(ピア・インストラクション型講義 5 点,通常の板書型講義 1 点) 3.グループ学習 3.1 グループ学習・発表会 基礎物理では,2 回のグループ学習(90 分×2)と 1 回の発表会(90 分×1)を実施する.本講義で
のグループ学習の課題は「意外だと思った現象の問題を設定し,問題文を作成する.物理法則を用いて
問題文を解き,解を求める.また,図を用いてその現象を説明する」とした.この課題の目的は,問題
設定能力を養うことにある.この課題は,本論文の著者の一人の西誠教授が実践してきたグループ学習
の課題であり,2015 年度後学期の基礎物理の講義でその課題を実践した. このグループ学習を実践した背景には,文部科学省の「大学における実践的な技術者教育のあり方に
関する協力者会議」の報告書(平成 22 年 6 月 3 日)がある.その中で「日本経済団体連合会は,技術
系人材に対して,『基礎学力の不足』,『問題設定能力の不足』,『目的意識の欠如』,『狭い専門領域』等
の問題点があると指摘している.」と述べられている.金沢工業大学の教育目標は「自ら考え行動する
技術者の育成」であり,技術者に必要な汎用的能力を培うような講義を実践することを目標にした. はじめは個人でレポートを作成し,その後,4 名のグループをつくりディスカッションして,その課
題を発展させる.発表会では,パワーポイントを活用して 4 名が協力して発表した.また,他の班の
発表をお互いにクリッカーで評価し,客観的に見る目を培うことを目標にした.
表 5 クリッカーの回答
選択肢 議論前 議論後 1 20 % 0 % 2 65.7 % 100 % 3 14.3 % 0 %
123ピア・インストラクションを導入した物理学講義の実践-学生同士のディスカッションによる深い学び-
6
3.2 グループ学習のアンケート結果 授業後にグループ学習に関する 4 つのアンケートを実施した.以下に結果を示す.5 点中 3.8~4 点
の間にあり,自分の班の発表に満足できましたかという設問が一番低くなった. 【質問 5】「自分の班の発表の内容を満足できましたか.」平均 3.8 点(満足した場合 5 点,満足しなか
った場合 1 点) 【質問 6】「他の班の発表の内容を理解できましたか.」平均 4 点(理解できた場合 5 点,理解できなか
った場合 1 点) 【質問 7】「自ら考えたテーマに対し物理を活用できましたか.」平均 3.9 点(活用できた場合 5 点,活
用できなかった場合 1 点) 【質問 8】「自ら設定した問題を論理的に説明する上で物理の知識が重要であることを理解できました
か.」平均 4 点(理解できた場合 5 点,理解できなかった場合 1 点) 4.FCI(Force Concept Inventory) 講義による学生の概念理解の向上を定量的に調査するテストとして FCI(Force Concept
Inventory)4)がある.2015 年度後学期の基礎物理において FCI を講義の前後に実施した.FCI は 5択の選択肢問題で構成され合計 30 問ある.講義の事前(pre),事後(post)の FCI の正解率を,それ
ぞれpre post
,S S 〔%〕とすると,規格化ゲインは
𝑔𝑔𝑔𝑔 post pre
pre100
S S
S
-=
-
で表される.ゲインは 𝑔𝑔𝑔𝑔 = 0.13 であった.図 9 に FCI の事前テストと事後テストの正答率を示した.
今後,講義の前後の FCI の正答率を検証して,授業改善に活かす.
図 9 FCIの事前・事後テストの正答率
124 ピア・インストラクションを導入した物理学講義の実践-学生同士のディスカッションによる深い学び-
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3.2 グループ学習のアンケート結果 授業後にグループ学習に関する 4 つのアンケートを実施した.以下に結果を示す.5 点中 3.8~4 点
の間にあり,自分の班の発表に満足できましたかという設問が一番低くなった. 【質問 5】「自分の班の発表の内容を満足できましたか.」平均 3.8 点(満足した場合 5 点,満足しなか
った場合 1 点) 【質問 6】「他の班の発表の内容を理解できましたか.」平均 4 点(理解できた場合 5 点,理解できなか
った場合 1 点) 【質問 7】「自ら考えたテーマに対し物理を活用できましたか.」平均 3.9 点(活用できた場合 5 点,活
用できなかった場合 1 点) 【質問 8】「自ら設定した問題を論理的に説明する上で物理の知識が重要であることを理解できました
か.」平均 4 点(理解できた場合 5 点,理解できなかった場合 1 点) 4.FCI(Force Concept Inventory) 講義による学生の概念理解の向上を定量的に調査するテストとして FCI(Force Concept
Inventory)4)がある.2015 年度後学期の基礎物理において FCI を講義の前後に実施した.FCI は 5択の選択肢問題で構成され合計 30 問ある.講義の事前(pre),事後(post)の FCI の正解率を,それ
ぞれpre post
,S S 〔%〕とすると,規格化ゲインは
𝑔𝑔𝑔𝑔 post pre
pre100
S S
S
-=
-
で表される.ゲインは 𝑔𝑔𝑔𝑔 = 0.13 であった.図 9 に FCI の事前テストと事後テストの正答率を示した.
今後,講義の前後の FCI の正答率を検証して,授業改善に活かす.
図 9 FCIの事前・事後テストの正答率
7
5.講義後のアンケートと物理の好感度調査 5.1 アンケート結果 最後に,ピア・インストラクション型講義がプロジェ
クトデザインに活きるかの質問をした. 【質問 9】「ピア・インストラクション型講義で培う汎
用的能力は,金沢工業大学の教育の中心であるプロジェ
クトデザインやデザインシンキングに活きると思います
か.」平均 4.1 点(活きると思う場合 5 点,活きないと
思う場合 1 点) 学生による 5 段階評価の結果を図 10 で示した.ピ
ア・インストラクション型講義は,金沢工業大学の教育
目標,プロジェクトデザイン,デザインシンキングにも
活きるアクティブ・ラーニングの一つで,学生同士の教
え合いにより,深い学びを促進する講義形態である. 5.2 好感度調査 最後に,講義の前後に物理の好感度調査を実施した
ので報告する.講義のはじめに,物理の好感度を 5 段
階で調査した(表 6).ピア・インストラクション型講
義を受ける前に,物理を嫌いと回答した学生の割合は
31.4 %いたが,講義後には 8.6 %まで減少した.講義
の前後で,物理を嫌いと回答した学生の割合が 22.8 %も減少した.また,物理を好きと答えた学生の割合は
講義の前後で 20 %も増加した.講義前後の物理に対す
る好感度の変化を示したものが図 11 になる.プラスは好感度が上昇したことを示す.例えば,嫌い 4から普通 3 に変化したときには-(3-4) = +1 となる.アンケートは講義の前後に実施したが,その
両方を回答した学生数は 35 名であった.1 名だけ,好感度の推移が-4 になった学生がいた.その学
生は,過年度生(3 年生)であり,今後,過年度生の状況も考えて授業を工夫する必要がある.全体と
しては,講義の前後で物理に対する意識が好きな方向へ変化したのは 18 名で,嫌いな方向へ変化した
のは 2 名であった.技術者の基礎科目である物理に対する意識が改善されたことはとても意義がある.
表 6 クリッカーの回答
選択肢 講義前 講義後 好きです 14.3 % 28.6 %
どちらかといえば好き 28.6 % 34.3 % 普通 25.7 % 28.6 %
どちらかといえば嫌い 17.1 % 0 % はっきりいって嫌い 14.3 % 8.6 %
図 11 好感度の推移のヒストグラム
図 10 アンケート結果のヒストグラム
125ピア・インストラクションを導入した物理学講義の実践-学生同士のディスカッションによる深い学び-
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6.まとめ ピア・インストラクション型講義は,学生同士の教え合いで深い学びをする,学生主体の講義形態で
ある.学生はクリッカーで回答して,楽しみながらディスカッションし,能動的に講義に参加した.教
員は,学生が苦手な因子と得意な因子を知ることで,講義の改善をすることができる.アンケート結果
では,ピア・インストラクション型講義をまた受講したいと思う学生が多く,深い理解を得て,満足度
が高く,プロジェクトデザインやデザインシンキングに活きると考えた学生が多かった.講義後,物理
を好きと答えた学生が多くなり,技術者の基礎となる物理学の好感度が上昇した. 参考文献 1)E. Mazur, Peer Instruction: A User’s Manual, Englewood Cliffs NJ: Prentice Hall(1997). 2)C.H. Crouch and E. Mazur, Peer Instruction: Ten Years of Experience and Results, Am. J. Phys.
69 (9), pp.970-977 (2001). 3)新田英雄, 松浦執, 工藤知草,ピア・インストラクションを導入した物理入門講義の実践と分析, 科
学教育研究,38(1),pp.12-19(2014). 4)R. Hake, Interactive-engagement versus traditional methods: A six-thousand-student survey of
mechanics test data for introductory physics courses, Am. J. Phys. 66 (1), pp.64-74 (1998).
[原稿受付日 平成 28年 8月 4日、採択決定日 平成 28年 12月 16日]
工藤 知草
講師・博士(理学)
基礎教育部
数理基礎教育課程
数理工教育研究センター
物理教育,量子力学,光学
西 誠
教授・博士(工学)
基礎教育部
数理基礎教育課程
数理基礎教育課程主任
数理工教育研究センター
工学教育,機械加工
三嶋 昭臣
教授・工学博士
シニア教育士(工学・技術)
教育支援機構 専任教員
物理学,物性理論,物理教育
126 ピア・インストラクションを導入した物理学講義の実践-学生同士のディスカッションによる深い学び-