現代評論文の学習を通して思考力・記述力を高める 高等学校 ... ·...

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1 博士課程前期2セメスター ターム・ペーパー 2012.2.13. 現代評論文の学習を通して思考力・記述力を高める 高等学校国語科授業の研究 ~今年度を終えて~ 広島大学大学院教育学研究科 博士課程前期 言語文化教育学専修 国語文化教育学専攻 M116188 小野 奈央 【資料構成】 0.はじめに 1.アクションリサーチ実習の概要 2.授業づくりについての考察 ~後期を中心に~ 3.成果 4.おわりに ~今後の課題 5.参考文献 ※14頁以降は資料編(ワークシート、指導案) 0.はじめに 研究テーマは「現代評論文の学習を通して思考力・記述力を高める高等学校国語科授業について」 である。これまで,毎日の授業において,大学入試にも対応できる学力を育成しつつ,且つ,生徒が 現代社会を生きていくうえで,問題解決に必要な思考力や文章表現力を身につけさせる授業をするに はどうしたらよいか,ということについて悩むことが多かった。基礎・基本を徹底させるのみならず, 生徒をより高い次元に導く指導を,日々の授業にいかに織り込むかについてはまだ不十分であると思 っていたので,「生徒の思考力・記述力を高い次元にまで伸長させる」方法について研究し,実践方法 を確立させたいと考えている。 教職高度化プログラムでは,自らの問題意識の中から課題を解決するべく仮説を立て,授業プラン を作成し,「アクションリサーチ実習」で検証するという機会を与えられている。前・後期の「アクシ ョンリサーチ実習」を,広島大学附属福山中・高等学校で行わせていただいた。この実習をふまえて 考察した事柄と,今後の展望を以下に述べていく。 1.アクションリサーチ実習について (1)課題設定 前・後期の今回のアクションリサーチでは,生徒の思考力・記述力を高めるための方策として,一 つの単元で複数の評論文教材を読解させる「重ね読み」を用いた。一つの教材のみを読解し,考えさ せる授業を行うと,学習者はその教材で述べられている内容の範囲内でテーマの価値を判断するとい う事態に陥りやすい。そのような一面的な思考に止まらないようにするためには,複数の教材を与え ることが有効である。一つのテーマに関して複数のアプローチの仕方があることを示したり,異なる 立場のものを紹介したりすることで,学習者がテーマについて多角的に思考できるようになると期待 したためである。

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博士課程前期2セメスター ターム・ペーパー 2012.2.13.

現代評論文の学習を通して思考力・記述力を高める

高等学校国語科授業の研究

~今年度を終えて~

広島大学大学院教育学研究科 博士課程前期

言語文化教育学専修 国語文化教育学専攻

M116188 小野 奈央

【資料構成】

0.はじめに

1.アクションリサーチ実習の概要

2.授業づくりについての考察 ~後期を中心に~

3.成果

4.おわりに ~今後の課題

5.参考文献

※14頁以降は資料編(ワークシート、指導案)

0.はじめに

研究テーマは「現代評論文の学習を通して思考力・記述力を高める高等学校国語科授業について」

である。これまで,毎日の授業において,大学入試にも対応できる学力を育成しつつ,且つ,生徒が

現代社会を生きていくうえで,問題解決に必要な思考力や文章表現力を身につけさせる授業をするに

はどうしたらよいか,ということについて悩むことが多かった。基礎・基本を徹底させるのみならず,

生徒をより高い次元に導く指導を,日々の授業にいかに織り込むかについてはまだ不十分であると思

っていたので,「生徒の思考力・記述力を高い次元にまで伸長させる」方法について研究し,実践方法

を確立させたいと考えている。

教職高度化プログラムでは,自らの問題意識の中から課題を解決するべく仮説を立て,授業プラン

を作成し,「アクションリサーチ実習」で検証するという機会を与えられている。前・後期の「アクシ

ョンリサーチ実習」を,広島大学附属福山中・高等学校で行わせていただいた。この実習をふまえて

考察した事柄と,今後の展望を以下に述べていく。

1.アクションリサーチ実習について

(1)課題設定

前・後期の今回のアクションリサーチでは,生徒の思考力・記述力を高めるための方策として,一

つの単元で複数の評論文教材を読解させる「重ね読み」を用いた。一つの教材のみを読解し,考えさ

せる授業を行うと,学習者はその教材で述べられている内容の範囲内でテーマの価値を判断するとい

う事態に陥りやすい。そのような一面的な思考に止まらないようにするためには,複数の教材を与え

ることが有効である。一つのテーマに関して複数のアプローチの仕方があることを示したり,異なる

立場のものを紹介したりすることで,学習者がテーマについて多角的に思考できるようになると期待

したためである。

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このように考えて,リサーチクエスチョンおよび仮説を以下のように設定し,実践研究を行った。

【リサーチクエスチョン】

評論文教材を通して,「読むこと」の活動をどのように発展させてゆけば,現代の課題を解決し未

来を切り拓くことのできる思考力および記述力を生徒たちに育成することができるか。

【仮説1】

評論文教材の論理展開を構造図にさせたり,キーワードについて説明させたりする活動を系統的に

設定することで,生徒たちが問題意識を持ち,主体的に読解をすることができるようになる。

【仮説2】

同様のテーマが論じられている評論文を比較して読むことで,多様な視点を学ぶことができ,生徒

たちの思考が深まる。

【仮説3】

扱った教材それぞれの視点を理解させた上で,自分の意見を文章化させることで,生徒たちが論理

構造を意識しながら考えを表現することができるようになる。

以上のように,問題意識の喚起→読解→思考→記述という活動を授業の大枠にすることで,学習者

は,吸収した知識を覚え込んで終了するのではなく,新知識・新知見について思考する中で考えを磨

き,思考内容の文章化という形で思いを表出するように展開させることができる。さらに,読解を基

に思考した事柄を他者が理解できるように表現することで,他者と交流することができ,そのことが

自分の思考をさらに発展させる契機にもなる。よって,学習者それぞれが自己の思考を文章化するこ

とまでを単元目標として求めた。

(2)アクションリサーチ実習Ⅰ・Ⅱの概要(詳細は別紙指導案を参照)

①日時 〈前期〉平成23年 6月13日(月)~ 6月24日(金)

〈後期〉平成23年11月14日(月)~11月28日(月)

②学年・科目・授業実施クラス

広島大学附属福山中・高等学校 4学年 国語総合

C 組 40名(男子20名 女子20名)

D 組 40名(男子20名 女子20名)

③指導事項

(ⅰ)本文の内容を叙述に即して的確に読み取る。(C読むことア)

(ⅱ)本文だけでなく,同様のテーマで書かれた他の筆者の文章も比較して読み,もの

の見方,感じ方,考え方を広げ,深める。(C読むことエ)

④単元名・教材

〔単元〕「評論文を読み比べ,筆者のものの見方について検討しよう」

〔教材〕

前期:(ⅰ)山崎正和「演じられた風景」(『精選 国語総合 現代文編 改訂版』筑摩書房)

(ⅱ)山崎正和「水の東西」(『国語総合 改訂版』教育出版)

後期:(ⅰ)鷲田清一「身体、この遠きもの」(『精選国語総合 現代文編 改訂版』筑摩書房)

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(ⅱ)鷲田清一「爆弾のような問い」(『新編 国語総合』東京書籍)

※補助教材

(ⅲ)佐藤雅彦「29 中身当てクイズ」(『プチ哲学』中公文庫)

(ⅳ)ニーチェ「序言」(『道徳の系譜』岩波文庫)

※前・後期ともに,2クラスを4時間ずつ担当させていただいた。用いる教材は変わったが,指導事

項や単元目標の大枠は同じである。幸いなことに担当クラスも変わらなかったので,後期は授業イメ

ージを作りやすかった。

⑥単元の目標(前・後期とも同じ)

(1)二つの教材本文の内容を叙述に即して的確に読み取る。(C 読むことイ)

(2)二つの教材を関連づけて考えることで,筆者の考え方をとらえる。筆者の論じ方についても

思考することで,ものの見方,感じ方,考え方を広げ,深める。(C 読むことエおよびオ)

⑦単元の評価規準

読むこと 知識・理解

本文を文脈に即して的確にとらえることができる。本文中の語彙を理解し,本文の読解に役立て

ることができる。

文章を比較して読むことで思考を深め,内容や表

現の仕方について評価できる。

2.アクションリサーチ実習の授業の実際(後期)

前述のような単元計画に基づいて学習計画をおこなった。各時間の詳細も次にまとめる。

○学習計画

〈第1次〉

〔第1時〕・「プチ哲学」の問題について思考し,単元全体のテーマを把握する。

・「身体、この遠きもの」本文の内容をタイトル,書き出し,結びの文章から予測して読み,

概要を把握する。

〔第2時〕・「身体、この遠きもの」の本文にある筆者の定義と考察を読み取る。

〔第3時〕・「身体、この遠きもの」の文章全体を把握する。

・「爆弾のような問い」本文を通読する。

〈第2次〉

〔第1時〕・「身体、この遠きもの」・「爆弾のような問い」を併せて読み,二つの文章の共通点と,「爆

弾のような問い」の教材にしか無い点を読み取る。

・抽出した内容を検討し,二つの文章の関連を把握する。

・二つの文章に関連があり,「爆弾のような問い」が「身体、この遠きもの」の文章を包含

する内容であることを確認する。

・「身体、この遠きもの」・「爆弾のような問い」の関連を再確認した後,筆者鷲田清一の

考え方または論じ方について思考し,自分の考えを文章に表す。

・相互に文章を読み合い,交流する。

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○授業の実際

・第1次

〔第1時〕『プチ哲学』の問題の思考,「身体、この遠きもの」の読解①

第1時は,単元全体のテーマを把握させることと,「身体、この遠きもの」の本文内容をおおまかに

とらえさせることを主眼とした。

最初に,「導入編」として『プチ哲学』の問題ワークシートを配布し,問題に取り組ませた。この教

材によって,「自己を認識することは自分自身だけでは難しいが,他者の存在や周辺の情報によって認

識することができる」という単元全体につながるテーマがシンプルに確認できた。

テーマを確認した後,「身体、この遠きもの」本文を全体で通読し,ワークシート①を用いて,タイ

トルと書き出しおよび結びの文章から「身体、この遠きもの」本文の内容を予測して読むという活動

を行った。本文の結びに引用されているニーチェの著作からの格言「各人はそれぞれおのれ自身にと

って最も遠い者である」に焦点を当て,この格言をふまえて暗示的に付けられたタイトルの意味を考

えさせた。その際,格言が引用された原典の文章を使用し,原典の意味をきちんとふまえることで筆

者の意図がわかりやすくなることを示した。

〔第2時〕「身体、この遠きもの」の読解②

第2時は,前時のワークシート①を引き続き用いて,格言をふまえて付けられたタイトルの意味を

考えさせた。数名の生徒の解答例に解説を加え,タイトルには「身体を自分自身で正確に認識するこ

とが難しい」という意味が込められていることを全体で確認した。その際,「キーワードの意味を本文

に当てはめて確認することで,筆者の主張を大まかに把握できる」*1という評論の読み方も併せて示

した。その後,このタイトルに込められた意味と重なる箇所を本文中で探させ,まとめの段落にあた

る3段落にあることをおさえた。ここで,本文の構成に着目させ,1・2段落には筆者の主張を裏付

けるための定義と考察が具体例とともに書かれていることを示唆し,生徒に該当部分を読み込むよう

に指示した。数名を指名し,筆者の定義や考察の部分を挙げさせ,全体で共有した。

〔第3時〕「身体、この遠きもの」の読解③ ・「爆弾のような問い」通読

前時で生徒に挙げさせた事柄を想起させながら,本文全体像が把握できるよう板書を用いて説明を

した。必要に応じて本文に立ち返り,本文の表現をふまえながら生徒に考えさせ,発言のやりとりを

しながら文章についてまとめた。授業の板書については後述する。

板書によって本文全体を把握した後,筆者は「身体を不完全にしか知覚できない」と定義付けては

いるが,「じぶんの存在を確固としたものにするために身体を確認する」とも本文で述べていることを

おさえさせ,ここに葛藤が生まれることを確認させる。(授業時は,板書に注目させ,「『身体、この遠

きもの』の要点をまとめましたが,ここから気づくことはありませんか?」と投げかけて考えさせ,

生徒に発見させた。)ここから,「じぶんの存在を身体によってしっかり確認したいが,不完全にしか

知覚できない」という葛藤が生まれることを全体で確認した。

「身体、この遠きもの」の文章内では,問題が堂々巡りになるだけで明確に答えを出せないことを

確認した上で,「では,『自分だけで自分を認識することができない』時は,どうしたら良いのでしょ

うか?」と発問をした。ここで,授業者のねらい通りに,生徒達は単元の導入時に取り組んだ「プチ

哲学」を想起して,「他者や周辺の情報の存在が必要」という発言をした。(ここで再度,単元全体の

テーマを確認することができた。)

そこで,「『身体、この遠きもの』の筆者鷲田清一が,別の文章において,このテーマについてどの

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ように述べているかを読解しよう」と告げ,「爆弾のような問い」本文プリントを配布した。その際,

「『他者』という言葉そのものでは述べられていないので,『他者』にあたる表現を探しながら読みま

しょう。」と再度注意を喚起して,各自に読ませた。

・第2次

〔第1時〕「身体、この遠きもの」・「爆弾のような問い」の関連づけ,まとめ(考えの記述)

前時に配布した「爆弾のような問い」を想起させつつ,ワークシート②を配布する。本文を再度読

ませながら,「身体、この遠きもの」と「爆弾のような問い」の文章に共通して述べられている事柄と,

「爆弾のような問い」にしか述べられていない事柄をワークシートに整理させた。数名指名し,黒板

に整理した事柄を書かせ,ポイントを全体で共有した後,「爆弾のような問い」が「身体、この遠きも

の」を包含するものであることを図示した。また,二つの文章を重ね読みすることで,「身体、この遠

きもの」の論を補完して考察することができ,理解が深まることを板書を用いて確認した。この時の

板書についても後述する。

二つの文章の関連を全体で共有した後,まとめワークシートを配布した。「これら二つの文章を読み,

筆者鷲田清一の考え方または論じ方について,あなたはどう考えるか。」と投げかけ,まとめワークシ

ートに記入させた。その際,「考え方」「論じ方」についてはいずれか好きな方を選ばせ,論点も各自

で設定させた。(まとめワークシートには補助的に論点の例を載せて,考えるヒントを与えた。)文章

を書かせた後に,近くの席の生徒同士で書いたものを見せ合って交流させることを考えていたが,両

クラスとも時間が十分に取れず,交流はできなかった。

3.授業づくりについての考察 ~後期を中心に~

① 鷲田清一「身体、この遠きもの」について

後期の実習では,鷲田清一「身体、この遠きもの」を扱った。「身体、この遠きもの」は,「人間に

とって身体とはどういう存在なのか」という問いを出発点として,「身体」という,我々にとって最も

身近なものについての不完全性や不随意性について論じ,「じぶん」というものの存在について考えさ

せる評論文である。

教科書に採られている数多くの鷲田清一の文章の中でも,「身体、この遠きもの」は特に難解である。

生徒達は「身体とは何か」という,普段考えることのない問題を突きつけられることにまず戸惑う。

そして,日常的な視点を具体例に挙げながらも抽象的な用語を多用し,思考に揺さぶりをかける筆者

の述べ方についても,混乱を覚える傾向がある。しかし,日頃無意識に扱っている(または触れてい

る)「身体」というものの存在および「じぶん」というものの捉え方について思考することは,「他者」

と「自己」の存在や関係性を強く意識する年代の学習者にとって,新たな視野を得る契機になる。こ

の教材の読解を契機として,難解な本文を読み解き抽象的なテーマについて思考を深めていく過程の

面白さを味わわせることができることが,本教材の価値の一つである。

② 教材研究から単元構成を考える

前期の実習から得た大きな学びは,「教材の新たな可能性を発見できたこと」である。*1

高等学校の評論教材の“定番”である「水の東西」の新たな可能性を発見することができたのは,「重

ね読み」の授業を計画するうえで,原典にあたり,教材の位置づけを検討するという教材研究を行っ

*1 このことについては,田中宏幸・小野奈央「現代評論文の学習を通して思考力・記述力を高める高等学校国語科授業の

研究-山崎正和の評論『水の東西』を用いた『比べ読み』『重ね読み』の実践-」(『広島大学大学院教育学研究科紀要』第2

部第60号(2011)において述べた。

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たからこそである。「教材研究の段階で原書にあたり,詳細に検討すべし」ということはこれまでにも

多くの先人方がおっしゃっていたことであるが,広く深い教材研究の重要性を改めて痛感したのであ

る。このことを教訓として,後期の単元を構成するにあたっては,まず「身体、この遠きもの」の原

典は勿論,鷲田清一の他の著作も併せて読み,「身体、この遠きもの」の位置づけを確認した。

その過程で,「身体、この遠きもの」本文で用いられている具体例や,ニーチェの著作からの格言「各

人はそれぞれおのれ自身にもっとも遠いものである」が,鷲田の他の著作の中にも同様に用いられて

いる文章が数例見つかったので,これを糸口として,「身体、この遠きもの」と組み合わせる教材を吟

味した。その結果,「爆弾のような問い」を組み合わせ教材として用いることにした。この「爆弾のよ

うな問い」は,『じぶん・この不思議な存在』に掲載されている文章で,「身体、この遠きもの」の論を

補完して考察することができる,わかりやすい文章であったことが決め手となった。

単元全体のテーマが「身体と自己との関係」「自己認識」であったので,このテーマをシンプルな形

でイメージさせるために,『プチ哲学』の「29 中身当てクイズ」を単元の導入に用いて,授業の要所

で想起させることができるようにした。

③ 教材研究を授業の活動に活かす

「身体、この遠きもの」と「爆弾のような問い」に共通して用いられている,ニーチェの著作から

の格言は,本文において全く解説が無く,注も付されていない。(教師用の指導書にも詳細な説明は載

っていない。)しかし,この格言が二つの文章に共通して用いられている以上,この格言についても原

典で意味づけを確認しなければならないと考え,この格言の原典であるニーチェの著書『道徳の系譜』

を参照した。以下に本文を引用する。

序言

われわれはわれわれに知られていない。われわれ認識者が,すなわち,われわれ自身がわれわ

れ自身に知られていない。それはそのはずである。われわれは決してわれわれを探し求めたこと

がないのだ。(中略:発表者)われわれはいつまでもわれわれ自身にとって必然に赤の他人なのだ。

われわれはわれわれ自身を理解しない。われわれはわれわれを取り違えざるをえない。われわれ、、、、、、

に対しては「各人は各自に最も遠い者である」という格言が永遠に当てはまる。―われわれに対

しては,われわれは決して「認識者」ではないのだ……

(ニーチェ『道徳の系譜』木場深定訳 岩波文庫,昭和十五年)

原典を参照して「各人は各自に最も遠い者である」という格言を読み取ってみると,「人間は自分だ

けで自分自身を認識(理解)することは難しい」という意味であることがわかる。そうすると,「遠い」

という表現は「自分で認識(理解)することが難しい」ことの比喩的表現であると解釈することがで

きる。この解釈を「身体、この遠きもの」という教材タイトルに当てはめて考えると,「身体というも

のは自分で認識(理解)することが難しい」という意味でとらえることができ,このことは「身体、

この遠きもの」の本文内容(「我々は身体を不完全にしか知覚できない」という内容の箇所)と重なっ

ているので,妥当な解釈であると考えた。

このようにして発見した「読み」を,授業の活動に反映させた。前述の第1次の第1時後半から第

2時前半までの展開である。教材研究によって発見した前述の「読み」を活かして,「先にタイトルと

本文の書き出し・結びの表現をおさえて筆者の主張をおおまかに把握する」という読みの手法を用い

て授業を行うことにした。

この「読みの手法」を用いることにしたのは、「身体、この遠きもの」の本文が難解さを、シンプル

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に提示した方が、この教材のテーマが把握しやすくなるのではないかと考えたためである。

そもそも「身体、この遠きもの」本文の書き出しは、「わたしたちにとって身体とはどういう存在な

のか」という身体の存在を問う問いかけで始まっている。前述のように、タイトル「身体、この遠き

もの」は本文の末尾の格言を当てはめて考えると、「身体というものは自分で認識(理解)することが

難しい」という意味でとらえることができる。この書き出しの問いかけの答えは、タイトル「身体、

この遠きもの」に込められているのである。一方、タイトルを解釈するのに用いた末尾のニーチェの

格言によって、本文が締めくくられている。この格言「各人は各自に最も遠い者である」は、「人間は

自分だけで自分自身を認識(理解)することは難しい」という「自己理解」の問題である。「身体とは

どういう存在か」という問いかけの直接的な答えにはなっていない。本文の読み手からすると、「身体

とはどういう存在か」という問いかけから始まり、「我々は身体を完全には認識することができない」

という展開になった後、いきなり「自己を認識することができない」という結びで閉じられる。「身体」

の存在を問う話題から、自己理解(認識)の問題に発展させることが、鷲田の論の斬新さなのだとし

ても、話題がかなり飛躍している感は否めない。ここに、読み手となる生徒の混乱の原因があると考

えたので、通読した後すぐに、このタイトル・書き出し・結びの構造をとりあげ、ここにある「ずれ

(飛躍)」を先に文章の大枠としてとらえさせることにした。【図1参照】

このように、書き出しと末尾の文章が対応しておらず飛躍があること、書き出しの問の答はタイトル

に込められているが、末尾の格言無しにはタイトルに込められた意味を理解することができないとい

う関係になっている。このような複雑な文章構造を先に確認させ、細部の読解に移る方が、理解が深

まると考えた。授業では次のように活動させた。

この部分を把握させる活動をしたのは、第1次の第1時後半から第2時前半の時間である。この時

間では,ニーチェの原典と鷲田の著作の文章を参考として挙げたワークシート①を用いた。ニーチェ

の著作において格言の意味を確認させ、鷲田の格言の用い方をヒントとして,「身体、この遠きもの」

本文における格言を意味づけた。さらにそこからタイトルの意味を読み取らせ,記述させた。ここで

確認した意味から,「タイトル・書き出し・結び」の対応関係をふまえて筆者の主張を大まかに把握さ

せた。このように、複雑な構造になっている文章の大枠を先に把握して,筆者の論の終着点を示した

ことにより,その後に本文の細部を確認する活動を,スムースに進めることができた。これは,文章

の結びに用いられている格言を,原典および鷲田の他の著作で重ねて読んで確認するという教材研究

があったからこそ可能になった展開であり,「身体、この遠きもの」を単独で見ているだけでは気がつ

」〈

」(

8

かない事柄である。

④ 教材研究を板書に活かす

本文の構成や二つの文章の関連づけを確認するうえで,効果的だったのが板書である。板書を用い

ての本文の想起や確認によって,生徒達は,新たな視点を発見でき,考察の深まりを教室全体で共有

することができた。例として,第3時および第2次第1時の板書を挙げる。

(※次ページの【図1】)

第3時では,第2時において確認した「身体、この遠きもの」本文の構造をシンプルに示すことを

主眼としていた。本文末尾の格言とタイトルの関連,それをふまえた意味付け,そしてその意味と関

連する本文表現など,複雑な本文構成を確認することができるように意図して板書案を作成した。実

際の授業では,生徒と発言のやりとりをしながら,必要に応じて本文の表現に立ち返って確認させつ

つ生徒に考えさせ,まとめていった。このやりとりは,前時までの学習の想起と,共有した読みをい

ま一度確認させるために丁寧に行った。「身体、この遠きもの」が難解な教材であるからこそ,全体で

読みを確認する時間を持ち,基盤作りをすることが必要と考えた。「身体、この遠きもの」の確実な読

解が,組み合わせ教材の「爆弾のような問い」の的確な読解にもつながってくるからである。

【図2】の板書全体が「身体、この遠きもの」の内容を表している。

【図2】

板書によって「身体、この遠きもの」本文全体を把握した後,筆者は「身体を不完全にしか知覚で

きない」と定義付けてはいるが,「じぶんの存在を確固としたものにするために身体を確認する」とも

本文で述べていることをおさえさせ,ここに葛藤が生まれることを確認させた。(授業時は,板書に注

目させ,「『身体、この遠きもの』の要点をまとめましたが,ここから気づくことはありませんか?」

と投げかけて考えさせ,生徒に発見させた。)ここから,「じぶんの存在を身体によってしっかり確認

したいが,不完全にしか知覚できない」という葛藤が生まれることを全体で確認した。

この「葛藤」を解決する方法が本文では述べられていないので,「身体、この遠きもの」の文章内で

〈例〉自分の身体の内部・顔

(身体を)不完全にしか知覚できない

P182L13

身体を自分自身で認識(理解)することはできない

〈タイトル〉

「身体、この遠きもの」

①正常なときは意識しない

「透明なもの」

②所有という行為の媒体

(随意に使用しうる器官)

③つねに「だれかの身体」

※可塑的

④時間的な現象で,常に変化するもの

な的

⑤身体空間は物質的な身体が占める

空間と同一ではない

具〈書き出し〉

「わたしたちにとって身体とは

どういう存在なのか。」

(身体とは何か)

〈結び〉

じぶんの存在を確固

としたものとして感

じられるように

である(

ニーチェ)

身体を確認する

人間は自分自身を

自分を確認するために

認識(

理解)

すること

身体は不可欠

ができない

9

は,問題が堂々巡りになるだけで明確に答えを出すことができないということを,板書を用いて確認

した上で,「では,『自分だけで自分を認識することができない』時は,どうしたら良いのでしょうか?」

と発問をした。ここで,授業者のねらい通りに,生徒達は単元の導入時に取り組んだ「プチ哲学」を

想起して,「他者や周辺の情報の存在が必要」という発言をした。(ここで再度,単元全体のテーマを

確認することができた。)

そこで,「『身体、この遠きもの』の筆者鷲田清一が,別の文章において,このテーマについてどの

ように述べているかを読解しよう」と告げ,組み合わせ教材の「爆弾のような問い」を提示した。

次に,第2次第1時の板書(【図3】)について述べる。この時間では,前時に配布した「爆弾のよ

うな問い」を再度読ませながら,「身体、この遠きもの」と「爆弾のような問い」の文章に共通して述

べられている事柄と,「爆弾のような問い」にしか述べられていない事柄をワークシート②に整理させ

た。生徒に整理させたポイントを全体で共有した後,「爆弾のような問い」が「身体、この遠きもの」

を包含するものであることを板書で図示した。また,二つの文章を重ね読みすることで,「身体、この

遠きもの」の論を補完して考察することができ,理解が深まることを板書を用いて確認した。下図が

その授業の板書である。

【図3】

【図2】の板書によって,二つの文章の関連を全体で共有した後,まとめワークシートを配布した。

シンプルな図によって二つの文章の関連を視覚的に確認させることができたので,筆者鷲田清一の考

え方または論じ方について,自分で論点を定め,考えをまとめさせる活動にスムースに移行すること

ができた。「書く」活動は,2クラスとも十分な時間が確保できなかった(7~8分しか確保できなか

った)にも関わらず,生徒はしっかり記述していた。まとめワークシートにも,補助的に論点の例を

載せて考えるヒントを与えるなどの工夫はしていたが,板書による「読み」の共有が,生徒の思考の

「身体、この遠きもの」

〈書き出し〉

身体とは何か

ズレ

〈結び〉

じぶんの存在を確固

各人はそれぞれお

としたものとして感

のれ自身にとって

じられるように

最も遠い者である

(

ニーチェ)

身体を確認する

人間は自分自身を認識

A1

(理解)することができない

書き出し

じぶんとは何か

A2

社会の中で

形成されるもの

「爆弾のような問い」

10

深まりに寄与していたと考えられる。

3.成果

今年度のアクションリサーチ実習の成果として,以下の2点を挙げる。

(A)授業モデルの作成

前・後期とも,「重ね読み」を用いた4時間の単元を作り,授業を行った。扱う教材こそ異なってい

たが,授業の大枠としていた「問題意識の喚起→読解→思考→記述」という活動が共通しており,こ

れが「基本の型」としてはたらいたため,迷い無く授業を計画し,実践に移すことができた。今年度

「重ね読み」を実践した教材の組み合わせは以下の通りである。

〔前期〕 「演じられた風景」(山崎正和)―「水の東西」(山崎正和)

〔後期〕 「身体、この遠きもの」(鷲田清一)―「爆弾のような問い」(鷲田清一)

また,アクションリサーチ実習の準備段階に行ったマイクロティーチングの授業で試みた組み合わ

せ〔「水の東西」(山崎正和)―「日本人の自然観」(寺田寅彦)〕も有効であった。

主軸となった「水の東西」(山崎正和)と「身体、この遠きもの」(鷲田清一)はいずれも高等学校

の定番教材である。それだけに,新鮮味が薄れ,指導法が固定化していく傾向にあるが,このような

定番教材について,新しい読み方が可能となる授業モデルを作成できたということが意義深いと考え

ている。

(B)学習者の思考の深化の分析

前・後期とも,単元の4時間目では,学習者にワークシートを配布し,二つの文章を関連づける活

動に取り組ませた。二つの文章の位置づけを確認したうえで,筆者の文章の特徴を示した。それをふ

まえて,次のように問いかけ,記述させた。

二つの文章を読みました。これらの文章に書かれている筆者の考え方について,あるいは筆者の

論じ方について,あなたはどう考えますか。どちらかを選び,自分の考えたことを書きなさい。

これは,本文読解を通しての思考内容を文章化して表出させる活動である。学習者は,吸収した内

容を既知の事柄や価値観と照らし合わせ,自己の中で反芻し,自己の考え方をつくり,その思考内容

を文章化して表出させた。よって,学習者の文章から,思考の傾向を分析することができる。後期の

実習において学習者の書いたもののうち,代表的なものを以下に紹介する。(波線は発表者が付した。)

(Ⅰ)筆者の考え方について思考をめぐらせたもの

(ア)「自分は自分で認識できない」という考え方について,確かにその通りだと思った。自分が他

者から認めてもらうときの自分を自分では見ることができないという部分はすごくよく分かる部分

であった。自分という存在は他者を認識するために存在しているのかもしれない。「人のふり見て我

がふり直せ」という言葉があるが,やはり自分は自分の行動をよく理解していないのだろう。認識

するためには客観視をすることが必要だが,自分は主観的にしか見ることができない。よく考えれ

ばそうだけどやはり,このような考えを持てるのがすごいと思った。(S)

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(イ)自分のことは自分で何とかする,とはとても当たり前のことのように言われているが,鷲田

さんの好んだニーチェの格言を聞くと,それは結構難しいことなのかなと思います。また,自分が

自分をどのように思っていても,その人の特徴やイメージは周りの評価で決まると言われたことが

あります。これは,自分が自分を意外と理解できていないということと,自分は社会の中で形成さ

れているということと重なると思う。私は鷲田さんの意見は,少数派のように思われて,意外とみ

んなの中にあると思います。(T)

(Ⅱ)筆者が扱ったテーマについて問い直したり定義付けたりしたもの

(ウ)「自己は社会の中で形成される」について,確かに筆者が述べているように,社会の秩序によ

って我々の仕草や習慣は形作られている。しかし,その「社会の秩序」というのをつくるのもまた,

我々なのであるから,その秩序に対し,何を「思う」のか,それが「自分」の証明だと思う。(K)

(エ)自分とは何なのかが,不完全にしか分からないのは「自分」が絶えず変化するからだと思う。

人は絶えず変化するから,一時,認識したと思っても,変化しているから,その一時の認識は変化

した後には不完全なものでしかないと思う。自己は社会の中で形成される。社会は変化するもので

あるから,自己も,社会の中で変化するから前論が成立するのである。不完全にしか認知できない

からこそ人は絶えず,認識する。その中で自分の変化に気づくとぼくは思う。(T)

(Ⅲ)筆者の述べ方について分析・思考したもの

(オ)文章の中で面白かったのは,文章の中に探した答えと,タイトルが一緒だったということだ

った。問いかけをタイトルにしている文章はよく見るけど,タイトルが答え,というのはめずらし

いと思った。しかも,文章を読み終わった後でじゃないと,タイトルの意味はしっかりとつかめな

い。すごいタイトルの付け方だと思った。(I)

(カ)筆者の論じ方は,「身体、この遠きもの」と「爆弾のような問い」でほぼ同じであった。その

中で筆者は抽象的な表現や具体例を多く使用していたが,これらがあることにより,読者に筆者が

考えている意見や考えがよく分かり,読者を納得させるような効果があると思う。また,具体例は

わかりやすかったし,適切であったと思う。さらにニーチェの格言を引用したことにより,筆者は

一番伝えたいことを強調し,読者にその言葉を深く印象づけさせるような効果があると思った。(M)

(Ⅳ)本文のテーマが生じた背景・社会状況について思考したもの

(キ)「じぶん」というものを考えるようになった,特に一般の人,つまりは哲学者など学問分野に

携わっていない人が思考するようになったのは,近代になったからだと思う。おそらく「ゆとり」

というものを多くの人が感じるようになったのではないだろうか。しかしそれだけでなく,「切迫感」

も関係しているのでは,と私は思う。追い詰められたからこそ「『自分』とは?」と考えるのではな

いだろうか。まあつまりは心が暗いのである。現代には心を暗くするものが多く存在している。(―

例えばそれはいじめやら,受験戦争。)(K)

前期と同じく,学習者は,それぞれ一生懸命に課題に取り組んでいた。主な傾向を(Ⅰ)~(Ⅳ)

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の例によって示した。(Ⅰ)は,この単元で扱った文章をふまえて筆者の考え方について思考をめぐら

せたことがうかがえるものであり,(Ⅱ)は,筆者が扱ったテーマについて,新たに問い直したり定義

付けたりする形で,思考を発展させたことがわかるものである。(Ⅲ)は,筆者の述べ方について分析

・思考したものである。(Ⅳ)は,このテーマが生まれるに至った背景について思考を広げているもの

である。前期は時代性について若干説明を加えたが,後期は,全くそのことについては言及しなかっ

た。それにもかかわらず,生徒達の中に「身体論」「自己探求」のテーマが生まれる時代背景について

も考え合わせ,思考を広げていた者がいたことは,前期の学習が活きていたのではないかと考えられ

る。

学習者の内なる「思考の深まり」について規定することは難しいものの,学習者の記述から傾向を

見てとることができた。ここで,山元悦子(2012)の論を援用して,学習活動の過程でどのような思考

が促されていたのかについて,さらに検討を試みる。

山元悦子(2012)は,思考様式を次のようにまとめている。

① 主張・理由・根拠の枠で考えたり表現したりする。

② 比較・分類して共通点や相違点やそれぞれの本質をつかむ思考。

③ 具体と一般の往復をするような縦思考。

④ いくつかのことを手がかりに推論する。

⑤ 多面的思考。

⑥ 物事を小分けにしてつかみ,それぞれを順序立てたり構造化してみる分析的思考。

この山元の思考様式を手がかりにすると,(Ⅰ)~(Ⅳ)は以下のように分類できる。

(Ⅰ)筆者の考え方について思考をめぐらせたもの →①

(Ⅱ)筆者が扱ったテーマについて問い直したり定義付けたりしたもの→③・⑤

(Ⅲ)筆者の述べ方について分析・思考したもの →②

(Ⅳ)本文のテーマが生じた背景・社会状況について思考したもの →②・⑤

また,単元全体について考えてみると,二つの文章の共通点と,片方だけにある点(内容)を読み

取らせる活動は,①・②の思考様式を用いたものであり,二つの文章の関連を構造化した板書を用い

て考えさせたことは,⑥の思考様式につながる。また,「身体、この遠きもの」・「爆弾のような問い」

の本文自体が,具体的な例から抽象的な概念へ導く内容であるので,読解に際して①・②に加え③の

思考様式も用いているはずである。そして,「身体、この遠きもの」のみではとらえきれなかった鷲田

の主張を,「爆弾のような問い」とニーチェの「道徳の系譜」とを重ね読みすることで明確にとらえる

活動は,④の思考様式があてはまる。このように,授業においても多様な思考が促されていたことが

わかる。

山元悦子(2012)は,「これらの思考(発表者注:①~⑥の思考様式)は,読んで得た情報を主体的に

自分のものとして再構成するときに働く思考活動であり,読み取る力を具体的に捉えたもの」(『実践

国語研究 №310』20頁)としている。私がこの単元において大きな目標にしていたのは,山元の述べた

「読んで得た情報を主体的に自分のものとして再構成する」ことおよび「再構成」した結果を文章化

させることであった。「読んで得た情報を主体的に自分のものとして再構成する」こととは,「学習者

が,授業を通して知識を吸収するだけでなく,自己の知識や価値観と照らし合わせて思考し,学習前

よりも新たな視点を得ること」であるととらえている。そこからさらに,自分の中で「わかった」と

理解したこと,思考内容として定着したことを「再構成」して,他者に向かって表出できてはじめて,

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「自分のものとして活用することができる」ようになると考える。まとめの活動における学習者の文

章から,「読解→知識の定着→再構成→表出(文章記述)」という形での思考の深まりがうかがえたの

で,後期の実習の授業の目標はほぼ達成されたといえるのではないかと判断している。

4.今後の課題と展望

(1)課題

①記述力をどう評価するか

前期,後期を通じて,広大附属福山中・高等学校で,4年生の国語総合の授業を担当させていただ

いた。どちらも同じ筆者の評論文の「重ね読み」を行い,学習者の思考の深化を見ることができたが、

実習期間に限りがあるため,記述力が高まったかどうかの検証はできなかった。授業において与えた

テーマについて,生徒達はしっかり自身の考えを文章に表していたが,それはあくまでも附属の先生

方が普段から行っておられる指導に基づいているからである。来年度,自分の勤務校において研究を

進めていく際,担当する学年でどのように単元を構成し,「書く」力を高めていくかについて検討して

いく必要がある。年度当初に年間学習計画を綿密に作成しなければならない。

②「重ね読み」「比べ読み」の教材を選定するための観点

前・後期のアクションリサーチ実習において「重ね読み」をおこなった。「重ね読み」は、教材の筆

者の立場(主張)を確認するうえでは有効である。後期の鷲田清一を例に取ると、「身体、この遠きも

の」の教材では明確に述べられていなかった点を、「爆弾のような問い」を重ねることによって補完す

ることができた。このように、「論の補完」(筆者の立場の明確な確認)をするうえでは「重ね読み」

は有効であるが、視点を広げるためには、筆者の立場(主張)を確認した後に、別の立場を取る筆者

の教材を併せて読解する活動を設定する必要がある。例えば、後期の例では、第3次として異なる立

場の「身体論」を扱うことが考えられる。

③単元の構成の仕方

アクションリサーチ実習のメンターである重永和馬先生から、「概念語彙や知識の枠組みを吸収でき

るような要素を単元に組み込むことも必要ではないか」というアドバイスをいただいた。実際に、重

永先生は「身体、この遠きもの」の読解の後に「間身体性」の概念を学ばせる活動を設定しておられ

た。読解のために、事象についてある程度の知識が必要な場合もあるので、そのような活動をいかに

設定するかを今後検討したい。

(2)今後の展望

現時点でも、検討し言語化しなければならない点が多くあるが、できるだけ3月末までに文章化で

きるようにしたい。以下のような継続課題を、3月末までに言語化したい。

・一般化(理論化)していく

複数の教材と比較読み(重ね読み)したことの効果はどこにあったのか

①どの教材と組み合わせるのが適切か(有効か)

②比べさせていくことの観点をどう設定するか。

③どういう手順を踏むか。

④生徒の発見・気づきをどうまとめさせていくか。

→今回のワークシートの論点例

まとめさせていくための手引きを作ったことの有効性

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⑤文章を図解させていくポイントはどこに?

まだ勤務校での担当学年は未定だが、使用予定の教科書を分析することから始めたい。

5.参考文献

・鷲田清一『新編 普通を誰も教えてくれない』ちくま学芸文庫,2010

・鷲田清一『モードの迷宮』ちくま学芸文庫,1996

・鷲田清一『じぶん・この不思議な存在』講談社現代新書,1996

・佐藤雅彦『プチ哲学』中公文庫,2004

・ニーチェ 木場深定訳『道徳の系譜』岩波文庫,1940

・山元悦子他『新訂国語科教育学の基礎』溪水社,2010

・山元悦子「思考様式の学習を扇の要に,読む・書く活動を学ぶ」『実践国語研究』No.310 明治図

書,2012.12/1

・『高等学校学習指導要領解説 国語編』文部科学省,教育出版,2010年6月

【追記】

今回の実習の準備段階から実習中のすべての過程も含めて,私にとって大変良い経験になった。自

分の勤務校以外の学校現場に身を置いて,自らの仮説に基づいて構築した授業を実践するという貴重

な機会をいただいたおかげで,大変多くのことを学ぶことができた。今回行った授業実践は,私にと

って多くの挑戦が含まれたものであったので,実習前は不安も多くあった。しかし,多くの方々のご

指導と生徒達の努力のおかげで,前期・後期を通じて単元(授業)モデルを創ることができ,手応え

が得られたことは,自信になった。来年以降,勤務校ですべて同じように実践をすることは難しい状

況があると思うが,単元計画や教材の扱い方について,まだまだ創意工夫することができるという示

唆をたくさんいただいたので,これからも様々な実践に挑戦していきたい。今回の実習を通して自己

の成長をいくらか実感できた。

この度のアクションリサーチ実習でメンターとしてお世話になった広大附属福山中・高等学校の重

永和馬先生,井上泰先生と,御指導いただいた広島大学大学院の田中宏幸先生に,心から感謝の意を

表します。ありがとうございました。

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【資料】ワークシート

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