立ち読み専用翡翠の封印 sui natsume 夏目翠 立ち読み専用...

翡翠の封印 Sui Natsume 夏目 翠 立ち読み専用 立ち読み版は製品版の1〜20頁までを収録したものです。 ページ操作について 頁をめくるには、画面上の□ (次ページ)をクリックするか、キー ボード上の□ キーを押して下さい。 もし、誤操作などで表示画面が頁途中で止まって見にくいときは、上 記の操作をすることで正常な表示に戻ることができます。 画面は開いたときに最適となるように設定してありますが、設定を 変える場合にはズームイン・ズームアウトを使用するか、左下の拡大 率で調整してみて下さい。 本書籍の画面解像度には1024×768pixel(XGA)以上を推奨します。

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翡翠の封印

Sui Natsume夏目 翠

立 ち 読 み 専 用立ち読み版は製品版の1〜20頁までを収録したものです。

ページ操作について◦頁をめくるには、画面上の□▶(次ページ)をクリックするか、キーボード上の□→キーを押して下さい。もし、誤操作などで表示画面が頁途中で止まって見にくいときは、上記の操作をすることで正常な表示に戻ることができます。◦画面は開いたときに最適となるように設定してありますが、設定を変える場合にはズームイン・ズームアウトを使用するか、左下の拡大率で調整してみて下さい。◦本書籍の画面解像度には1024×768pixel(XGA)以上を推奨します。

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口 

挿 

画 

萩谷 

DTP 

ハンズ・ミケ

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序 

9

第一章

15

第二章

32

第三章

56

第四章

59

第五章

76

第六章

99

第七章

120

第八章

148

第九章 174

第十章

198

終 

219

 

あとがき

226

目 次

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セラ(セシアラ)

テオ(テオドリアス)

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シグ ミリィダラス

登場人物紹介

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イオーネ ケンダル

ナーダ コーグ

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翡翠の封印

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9 翡翠の封印

序 

 

高い天窓から光が射しこんでくる。

 

しかし、堅け

牢ろう

な石造りの建物の中にあってはかす

かな光に過ぎず、天井から吊された大型の燭

しょく

台だい

蝋ろう

燭そく

の淡い灯りをなげかけても、すべてをあまねく

照らすにはほど遠い。

 

ここヴェルマの王城にある聖堂では、国王の婚礼

の儀式が執と

り行われている。

 

祭さい

壇だん

の前に立つ司祭が厳お

ごそかに婚礼の誓約を唱える。

一組の男女が膝ひ

を折り頭を垂れる上から、その声が

降りかかる。

「……ヴェルマ国王テオドリアス=

マルク=

マク

リーン=

ヴェルマン」

 

まっすぐ前を見つめる面差しにはまだあどけなさ

が残る。青年と呼ぶには早いだろう十四、五歳の少

年だ。白い婚礼衣装が蝋燭の灯りで鈍く輝く。髪を

後ろで一つに束ねており、厚みのある衣装にもかか

わらず、体が薄いことが見て取れた。

 

司祭の声が朗々と響く。

「汝な

んじはレガータ国王バリアーリの第五王女セシアラ

レイン=

ド・デール=

レガータニスを、ヴェル

マの王妃として、迎え入れることに異議はないか」

 

司祭の声は尖塔に吸いこまれていく。

「是ぜ

」と一語のみ発し、堂々とした態度で、妻とな

るべき人物に手を差し伸べた。

 

その先には、精せ

緻ち

な刺し

繍しゅうが刺された真っ白な婚

礼衣装をまとう、レガータの王女がいた。

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10

 

長く伸びる裾は腰のあたりで絞られていて、体の

細さが強調されている。結い上げられた髪は面め

紗しゃ

包まれており、表情までも隠していた。

 

手て

袋ぶくろをはめた華き

奢しゃ

な手が、差し出された手に重

ねられる。

 

王女が立ちあがった。少年王と向かい合う。

 

並んだ二人の背丈はほとんど変わらない。王女が

そっと膝を折った。

 

少年の手が、王女の顔を隠している面紗をゆっく

りとめくる。

 

その瞬間、テオドリアスは息をのんだ。

 

目の前に緑色の宝玉が二つ煌き

めいている。祭壇に

置かれた蝋燭の光が、王女の白い顔と両の瞳ひ

とみをくっ

きりと浮かびあがらせたのだ。

 

テオドリアスの目は王女の瞳を見つめたまま動か

ない。

 

司祭が小さな声で「陛下」と促う

ながすと、はっと気づ

いたように、テオドリアスは頷いた。

 

王女がわずかに頭を垂れると、テオドリアスはゆ

っくりと王女の頭頂部に口づけた。

「今ここに新たなるご夫妻が誕生された。神の祝福

があらんことを―

 

それまで静まりかえっていた聖堂が、歓声に包ま

れた。

 

テオドリアスは花嫁となったセシアラを薄暗い聖

堂から王城の中庭に引っ張り出した。群衆からひき

離し、通路に沿ってどんどん歩いていく。明るい日

の光のもとで、緑の瞳がいっそう煌めくことを知り、

わけもなく嬉う

しくなる。

(……こんな色、見たことがない―

 

自分の腕に遠慮がちにかけられた小さな手を意識

すると、自然と口元が緩ゆ

んだ。

 

テオドリアスは最後まで、この七カ月年上のレガ

ータの王女との婚儀に抵抗していた。

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11 翡翠の封印

 

ヴェルマは建国から五十年余り、北方から南下し

てきた騎馬民族が母体となって造られた国だ。一方

レガータは、三百年の歴史を誇る南方の大国で文化

の中心と目されている。過ぎたる相手とはほどほど

の距離を保つほうがよいだろうとの判断だ。

 

しかし、両国の西に位置するガトゥールという国

は、鉄を産するヴェルマも豊かな農地を有するレガ

ータも欲しくて仕方ないらしい。

 

迫りくる脅威の前に、お互いの利害をこんこんと

諭さと

されてようやく臨の

んだ婚儀だったが、テオドリア

スはセシアラの目もくらむような美び

貌ぼう

に、まんざら

でもないような気になっていた。ヴェルマでは珍し

い黒髪は結い上げられ白い頬を強調している。きれ

いに整った顔。

「こっちだ。オレの一番大事な家族に会わせてや

る」

 

逸はや

る心に足取りも軽くなり、テオドリアスはいつ

のまにか小さな手をにぎりしめていた。

(柔らかいな……)

 

咲き乱れるスズリの花の影に、目当ての人物はひ

っそりと立っていた。

「イオーネ!

大丈夫なのか、起きたりして……」

 

細い肩。はかなげなその顔色は白く、今にも消え

てしまいそうだった。木もれびで女性が金色に輝い

た。年の頃はテオドリアスやセシアラよりも上なの

は間違いない。

「部屋を訪れるつもりだったのに……」

 

テオドリアスは心配そうな声をあげて駆けよろう

としたが、自分が手をにぎっているもう一人の存在

を思い出した。女性も首を振って制した。

「姉のイオーネだ」

 

テオドリアスは誇らしげに紹介した。色の薄い金

髪も淡い水色の瞳もすべて、ヴェルマよりもさらに

北方に住まう人間の特徴を示している。明るめの褐か

色しょくの髪と目をもつテオドリアスとはあまり共通し

た要素を見つけられない。

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「少し体が弱くてな。人混みの中は遠慮させたん

だ」

 

そしてイオーネに向き合うと隣に視線を送りなが

ら「レガータからやって来た例の……」と語尾を濁に

らし頬ほ

を赤く染める。

「テオ様……」

 

肝心な所で説明を口ごもる弟を、イオーネは優し

く窘た

しなめる。衣服の裾をとって、優美に一礼し、セシ

アラに向かって微笑んだ。

「はじめまして、妃殿下。イオーネと申します」

「……こちらこそ。セシアラ―」

 

セシアラも礼を返そうとしたが、それはできなか

った。セシアラの手は、いまだテオににぎられたま

まだったからだ。気づいたイオーネの目が、楽しげ

にテオを見る。

 

テオは慌ててイオーネの手もとって、初対面の二

人の手を結び合わせた。

「ほら、その、まあ……。とにかく、よろしくな」

 

そのとき、セシアラがわずかに身じろぎしたが、

舞いあがるテオに気づけるはずもなく、イオーネも

テオに気を取られていた。

 

テオは二人の握手をほどき、冷たいイオーネの手

をにぎりしめた。自分の顔が赤いことを自覚してお

り、セシアラの顔をまともに見られなかったのだ。

少し背の高いイオーネの顔を下から覗きこむ。

「休んでなくていいのか?

あまり動き回ると、ま

た熱を出すぞ」

 

気まずさ半分、心配半分という気持ちで発した問

いだったが、弟の心がわかるイオーネは素直に頷い

た。

「またお会いできますように」とセシアラに向かっ

て笑いかけ、部屋に戻っていった。

 

テオはその後ろ姿が完全に見えなくなるまで、じ

っと見送っていた。

「さあ」

 

気が済んだテオが振り返ろうとしたそのとき、つ

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13 翡翠の封印

ぶやきが聞こえた。

「……あの方は、もう長くはありませんね」

「は……?」

 

今、この少女はいったい何と言ったのだろう。

 

テオは信じられない思いで、隣の人物を見つめた。

ようやく聞けた挨あ

拶さつ

以外の第一声に、テオは耳を疑

った。

 

しかし、それは聞き間違いではなかった。

 

セシアラはイオーネが消えた方向を見つめながら、

なおもたんたんと言葉を紡つ

いだ。冷たい予言、いや

テオにとっては呪じ

詛そ

というべきものは確かに、セシ

アラの口から出ていた。

「もって、あと三年……。早ければ……。今のうち

に、思い残すことがないように……」

「黙れ!」

 

テオの声がすべてを止めた。

 

風の音もそよぐ葉擦れも今は聞こえない。

 

隣にたたずむ華奢な少女が、急に自分とは違う異

質な生き物のように感じられた。

(これはいったい何だ

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?)

 

先ほどまで輝いていた緑の瞳が、忌い

まわしい、ま

るで底なし沼を見ているかのようだった。

「何を言ってるのか、わかっているのか!

イオー

ネが死ぬだと?」

 

胸に黒いものがこみあげ、怒い

りに目がくらんだ。

「それが……、レガータ王族の物言いか!

そなた

には人の心というものがないのか!」

 

テオは感情のままに怒鳴ったが、セシアラは微動

だにしなかった。表情は変わらず、動じている様子

もない。まるで白い婚礼衣装を身につけた人形のよ

うに。

 

それがますますテオの気に障さ

った。

 

国王として覚悟を決めてこの婚礼を受け入れ、不

本意であろうとも、迎えた王妃には気を遣うと決め

ていた。それなのに、この女は何と言った?

 

一瞬とはいえ、この少女に惹かれた自分が許せな

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かった。

「だからオレは、レガータとの同盟なんぞに反対だ

ったんだ!

おまえのような女を、王妃などと決し

て認めるものか!

おまえなんか……」

 

太陽が雲に隠れる。セシアラの顔にも影が落ちる。

 

拳こぶしを

ぎゅっとにぎりしめて、真正面にある顔をに

らみつけた。

「おまえなんか、大っ嫌いだっ!」

 

思いっきり叫ぶと、テオは中庭から走り去った。

 

あとには、王妃ただ一人が残された。

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15 翡翠の封印

第一章

 

昨ゆうべ夜はよかったのよ。夢を膨ふ

らませて、「これで

安らぎの日々が……」と心を弾ませていればよかっ

たのだもの。

 

でも、一夜明けた今となっては……。両手に抱え

た盆を見下ろしてため息ばかりついていた。

(国王に無視された王妃に、いったい、どんな顔を

すればいいの?)

 

どう考えても、侍女の身には荷が重すぎる。

 

灯りが落とされた通路で、ミリィは盛大なため息

をついた。二つに縛られた髪はくせが強く、毛先が

その頬をくすぐっている。

 

ああ、いきたくない。

 

ミリィは静かな通路をそっと歩いた。目的の部屋

の前で耳をそばだてる。中の様子をうかがうが、物

音一つしなかった。

(まだお休みかしら……)

 

胸に一瞬安あ

堵ど

が広がり、すぐにしぼんだ。

 

常識から考えれば、これほど無礼な扱いを受けた

誇り高い王女が、まだ暢の

気き

に寝こけていることはあ

りえない。おそらく怒りと屈く

辱じょくで一睡もせず、ヴ

ェルマの出方を待っているだろう。

 

だとすれば、一刻も早く自分が目通りをして、ヴ

ェルマの誠意とやらを見せなくてはならないのか。

 

そもそもこの南の棟の奥まった一画は、国王夫妻

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のために用意されたものだった。それなのにあの国

王ときたら、昨日婚儀をあげたばかりの王妃にすべ

てを譲ゆ

り渡して、自分は北の棟の執務室から出てこ

なかったという。

 

王妃付きの侍女であるミリィは、朝になってこの

事実を侍女頭のマーサから聞かされ、目の前が真っ

暗になった。

(……いったい、誰が、その王妃サマの相手をする

というわけぇ?)

「これをおもちしなさい」

 

頭をかかえるミリィに、ふくよかな体格のマーサ

から渡されたのは、茶器一式だった。

「一晩中、泣いてらしたかもしれないでしょう?

喉のど

が渇か

いてるんじゃないかしら」

 

マーサの言いたいことはわかる。でも―

「ちゃんと冷ましてあるからね」

「……はい?」

 

何の話だと一拍おいて、ミリィはすぐにその意味

に思いあたる。目の前がさらに真っ暗になっていく。

「そんなぁ……」

 

マーサが重々しく頷いた。

「投げつけられても、我が

慢まん

しなさい」

(ひどい。あんまりだ……)

 

同情はされつつも逃げることは許されずマーサに

背中を押され、なんとかここまで足を運んできた。

 

抑えられない震えが盆の上にある陶器をわずかに

踊らせる。かすかなはずの物音が大きく聞こえるの

は、緊き

張ちょうしているからに他ならない。

 

しかし、いつまでもここで突っ立っているわけに

はいかない。

 

ミリィは口元をひき締めた。大きく息を吸いこみ、

盆を左手にもち扉をたたく。

「失礼します」頭を下げたまま、右手でゆっくりと

開ける。

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17 翡翠の封印

(明るい……。なぜ?)

 

足元がはっきり見える。窓も窓掛も開けられて日

が差しこんでいるのだ。そよぐ風さえ感じられる。

昨夜ちゃんと閉めたはずなのに。

 

訝いぶかしく思いながらも、顔を上げると、驚いたこと

に、部屋の中央に王妃その人がいる。静かにたたず

むその姿は、実際に目にしていないと気配が感じら

れないほどに淡い。

「も、も、もうっ、お目覚めで……」

 

飛びあがるほど驚いたが、かろうじて堪こ

えた。動ど

揺よう

で震える盆を慌てて両手で支える。

「あ、あの……あたしはっ」

 

盆を体の前に押し出して、がばりと頭を下げる。

「ほ、本日より、王妃さまづきの侍女になりました

ミリィ=

ルナ=

ズーレイでっ……」

 

よろしくお願いします、と続けることはできなか

った。顔を上げれば、王妃がミリィのすぐ目の前に

来ていたからだ。

「……っ」

 

王妃は既に身み

支じ

度たく

を終えていた。長い髪だけは結

い上げずに、簡単に束ねられているだけだったが。

 

窓から差しこむ朝日に、王妃の姿が浮かびあがる。

 

腰まで長くのばされた黒髪が日の光で艶つ

やかに輝

く。レガータからもちこまれたであろう細やかな透

かし模様の入った衣装。華美に走らず上品に仕あが

ったそれは王妃にとてもよく似合っていた。細い顎あ

華奢な首筋。薄い肩。すべての造作が完か

璧ぺき

に整いす

ぎて、まるで人形のような顔。その中央のとりわけ

鮮やかな緑の瞳。見たものすべてを魅了するがごと

き緑はとても印象深いが、どことなく生気がなく、

無機質に感じられた。

(森の緑……ではないわ。もっと、硬か

くて冷たいよ

うな……)

 

以前、城に出入りしていた商人が見せてくれた緑

の宝玉が思い出される。

(そうか、翡ひ

翠すい

……。しかも極上の緑―

!)

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ミリィは思わず見惚れて黙りこんだ。

 

すると、王妃の口から小さな声が聞こえた。

「……はようございます」

 

ミリィは呆然と王妃を見つめたまま無意識に「は

い……。おはよう、ございますぅ」と返す。

(何て綺麗な方……)

 

ミリィは口を半開きにしてぼおっと突っ立ち、王

妃の美貌に心を奪われていた。差し出したままの盆

のことも忘れて。

 

それはゆっくりと傾いていき―

「あ……」

 

王妃が小首を傾げて、危ないです、と続けたであ

ろう言葉は間に合わなかった。

 

激しい音と共に破片が飛び散る。茶の飛ひ

沫まつ

が、王

妃の白い衣装の裾をまだらに染めた。

 

とたんに、ミリィの意識が戻った。見とれるあま

り、盆の存在をすっかり忘れていたことも。

 

一気に血の気が引く思いがした。

「す、すみま……。い、いえっ。も、ももも、申し

訳なく、ございませっ―

 

思いっきり動転した頭は、何を言っているのかわ

からない。口もうまく回ってはくれない。とりあえ

ず欠か

けら片を拾うために、慌てて跪

ひざまずいた。

 

茶器は真っ二つに割れており、中身はほとんどこ

ぼれ落ちていた。

 

そのとき白い手が、壊れた茶器の半分を取りあげ、

わずかに残っていた茶を片方の手に注ぐ。手はその

ままゆっくりと口元へ運ばれていく。

 

ミリィはまたも呆然と見つめており、王妃が何を

したのか理解するまで時間がかかった。

「あのっ……!」

 

理解した時は悲鳴を上げていた。「王妃さまっ」

 

しかし、王妃は落ち着いている。

「……おいしい、お茶。ありがとう」

「だめですっ‼」

 

その手から奪うようにして残ざ

骸がい

を取りあげた。

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19 翡翠の封印

「こんな、こんな……」

 

肩で息をし、言葉が続かない。どうしていいかわ

からないから、ふたたび床にぶちまけられた破片を

拾い集めはじめた。

 

頭の中には疑問がぐるぐる回っている。

(飲んだの? 床に落としたものを?

「ありがと

う」って……)

 

混乱で頭がはち切れそうだ。さらに散らばった欠

片に手を伸したとき、汚れた裾が視界に入った。

 

顔からさあっと血が引いた。欠片をにぎる手に力

が入る。

(裾……。お似合いだったのに。あたしなんてこと

を……!)

 

額ひたいにも背中にも冷たい汗がにじんでいる。

(どうしたら……。お詫わ

びして。いえ、まず……)

 

すべては王妃の美貌に目を奪われたせいなのだが、

そんなことが言い訳になるはずもない。

 

這いつくばるようなミリィの動きを止めたのは、

王妃の手だった。王妃はミリィの腕をそっとつかん

で立たせると、そのまま部屋の隅へと連れていった。

「あ、あの……」

「けがを」

 

部屋に用意されていた水差しの水で手を洗うよう

に示され、ミリィはようやく痛みに気がついた。

「痛っ……」

 

先ほど力んだときに切ったのだろう。指から血が

にじみ出ている。

 

王妃は乾いた布で手を拭ふ

き、傷口を押さえた。そ

のまま、ミリィを近くの椅子に導いていく。

「王妃、さま……?」

 

ミリィの困惑に答えることなく、王妃は傷口にそ

っと練ね

り薬を塗り、さらにその上から包帯を巻いて

いく。

 

慣れている。一度も止まることのない滑な

らかな手

つきは見事としかいいようがない。

 

窓から風が入り、ミリィのくせのある髪をゆらし

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20

頬をくすぐる。言葉は一つもない。

 

ミリィが恐る恐る顔を上げれば、すぐ間近に王妃

の顔があった。ミリィは息をのむ。

 

その顔に、叱し

責せき

はない。一見無表情だが、穏やか

な緑の瞳が、心配するようにミリィを見つめていた。

「……ミリィ?」

 

躊ためら躇いがちな声にも、気遣いが溢あ

れている。まる

で、「大丈夫ですか」とでも聞こえてきそうな、優

しい響きだった。

「あ……。はい。……平気です」

 

ミリィは頷いた。半ば呆然としながらも、体の中

を渦巻いていた興奮と緊張が徐々に解けていく。体

に力が戻ってくる。ゆっくりと呼吸をした。一度目

を閉じて息を大きく吐き、ぱっと見開いた。

 

さっと立ちあがると、王妃から離れて深々と頭を

下げる。

「ありがとうございました」

 

ミリィの声にはもう怯お

えも戸惑いも感じられない。

「すぐに片づけを。いえ、先にお召し替えのお手伝

いを……」

 

王妃は首を振る。「かまいません」

 

そしてミリィに静かに尋た

ねた。「ご用は、何だっ

たのでしょう?」

「へっ?」

 

ミリィはふたたび焦あ

りだした。「あ、あ、あ、あ

あのですね―

」ようやく自分がこの部屋を訪れた

目的を思い出したのだ。

 

とりあえず立っている王妃に椅子を勧める。

「お、王妃さまは、どうぞお掛けになって……。い、

今あらためて新しいお茶を用意して―

 

今度は王妃も頷いた。ミリィは即座に踵き

びすを返そう

としたが、王妃の口の端がほんの少し上がり、目尻

がわずかに細められるのが目に入って、足を止めた。

(あ、笑った……)

 

よくよく注意して見なければわからないほどの、

ごくささやかな変化だった。しかし、ミリィにはそ

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