特発性上腰ヘルニアの2例 - panasonic...prolene hernia system(phs)による修復が...

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松仁会医学誌46 2):1121162007 はじめに 腰部には上腰三角(Grynfelt-Lesshaft's triangle), 下腰三角(Petit's triangle)の2つの解剖学的抵抗 脆弱部位が存在するが,この部位にヘルニアを認 めることは極めて稀である.今回,2例を経験し, その修復にmeshを使用したところ良好な結果を 得られたので,若干の文献的考察を加えて報告 する. 症例 症例1:61歳女性 主 訴:左腰背部腫瘤 既往歴:特になし 現病歴:20021月頃より上記症状を認め,次第 に増大してきたため,200212月に当科外来受 診. 入院時現症:身長149 cm,体重56.1 kg.立位で左 腰背部に約8×6 cmの表面平滑,弾性軟の腫瘤を 認めた(図1)が,臥位では消失した. 入院時血液検査:血液,生化学検査に異常を認め なかった. 腹部単純X線:特に異常を認めなかった. 腹部CT所見:左腰背部腹壁の腱膜欠損部に下行結 腸の脱出するヘルニアと考えられる低吸収性の腫 瘤を認めた(図2). 特発性上腰ヘルニアの2例 中島慎吾,野口明則,伊藤忠雄,谷 直樹 中西正芳,菅沼 泰,山口正秀,岡野晋治,山根哲郎 松下記念病院 外科 要旨:腰部には解剖学的脆弱部位である腰三角が存在するが,この部位に稀にヘル ニアが発症することがある.ここ数年,われわれは特発性に発生した上腰ヘルニア 2例経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.症例1は61歳女性.立位 時,左腰背部に約8×6 cmの膨隆する腫瘤を認めた.腹部CTMRIにて左上腰ヘル ニアと診断し,Composix TM meshを腹横筋腱膜下に固定し修復した.症例291歳男 性.左腰部に約10 cmの膨隆する腫瘤を認めた.同様に腹部CTにて左上腰ヘルニア と診断した.腹横筋腱膜が直径3cmほど脆弱化しており,直接縫合し,さらに腱膜 上にSurgipro TM meshを固定し修復した. いずれの場合もmeshを使用し,術後順調に経過し,現在まで再発を認めていない. キーワード:腰ヘルニア,mesh 200793日受付 連絡先:〒570-8540 大阪府守口市外島町5-55 松下記念病院 外科(中島慎吾) 図1 術前肉眼所見 左腰背部に約8×6 cmの表面平滑,弾性軟の腫瘤を認める.

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Page 1: 特発性上腰ヘルニアの2例 - Panasonic...Prolene Hernia System(PHS)による修復が 有効であった腰ヘルニアの2例.日臨外会誌 2003;64:1003-1006.

松仁会医学誌46(2):112~116,2007

はじめに

腰部には上腰三角(Grynfelt-Lesshaft's triangle),

下腰三角(Petit's triangle)の2つの解剖学的抵抗

脆弱部位が存在するが,この部位にヘルニアを認

めることは極めて稀である.今回,2例を経験し,

その修復にmeshを使用したところ良好な結果を

得られたので,若干の文献的考察を加えて報告

する.

症例

症例1:61歳女性

主 訴:左腰背部腫瘤

既往歴:特になし

現病歴:2002年1月頃より上記症状を認め,次第

に増大してきたため,2002年12月に当科外来受

診.

入院時現症:身長149 cm,体重56.1 kg.立位で左

腰背部に約8×6 cmの表面平滑,弾性軟の腫瘤を

認めた(図1)が,臥位では消失した.

入院時血液検査:血液,生化学検査に異常を認め

なかった.

腹部単純X線:特に異常を認めなかった.

腹部CT所見:左腰背部腹壁の腱膜欠損部に下行結

腸の脱出するヘルニアと考えられる低吸収性の腫

瘤を認めた(図2).

特発性上腰ヘルニアの2例

中島慎吾,野口明則,伊藤忠雄,谷直樹

中西正芳,菅沼泰,山口正秀,岡野晋治,山根哲郎

松下記念病院 外科

要旨:腰部には解剖学的脆弱部位である腰三角が存在するが,この部位に稀にヘルニアが発症することがある.ここ数年,われわれは特発性に発生した上腰ヘルニアを2例経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.症例1は61歳女性.立位時,左腰背部に約8×6 cmの膨隆する腫瘤を認めた.腹部CT,MRIにて左上腰ヘルニアと診断し,ComposixTM meshを腹横筋腱膜下に固定し修復した.症例2は91歳男性.左腰部に約10 cmの膨隆する腫瘤を認めた.同様に腹部CTにて左上腰ヘルニアと診断した.腹横筋腱膜が直径3cmほど脆弱化しており,直接縫合し,さらに腱膜上にSurgiproTM meshを固定し修復した.いずれの場合もmeshを使用し,術後順調に経過し,現在まで再発を認めていない.

キーワード:腰ヘルニア,mesh

2007年9月3日受付連絡先:〒570-8540 大阪府守口市外島町5-55

松下記念病院 外科(中島慎吾)図1 術前肉眼所見

左腰背部に約8×6 cmの表面平滑,弾性軟の腫瘤を認める.

Page 2: 特発性上腰ヘルニアの2例 - Panasonic...Prolene Hernia System(PHS)による修復が 有効であった腰ヘルニアの2例.日臨外会誌 2003;64:1003-1006.

特発性上腰ヘルニアの2例 113

腹部MRI所見:CT同様,左腰背部の腱膜欠損部よ

り脱出する腫瘤陰影を認めた(図3).

以上より,上腰ヘルニアの診断で2003年1月手

術を施行した.

手術所見:全身麻酔下,右側臥位にて左腰背部腫

瘤の中央を通る横切開をおいて施行した.腹横筋

腱膜の欠損は約4×3 cmにおよび,ヘルニア嚢を

切除した上で筋膜を直接縫合するのは困難である

と考えた.そこでComposixTM meshを用いてヘル

ニア門の修復を行った.このmeshを腹横筋腱膜

下に挿入,固定した(図4).創部にミニウノドレ

ーンを留置した.術後は経過良好にて術後2日目

にドレーン抜去し,7日目に退院となり,その後

も再発は認めていない.

症例2:91歳男性

主 訴:左腰背部腫瘤

既往歴:50歳頃左鼠径ヘルニア,60歳頃声帯ポ

リープ

現病歴:2003年頃より上記症状を認めていた.

2007年3月当科外来受診.

入院時現症:身長169 cm,体重65 kg.立位で左腰

背部に約10 cmの表面平滑で軟らかな腫瘤を認め

たが,臥位では消失した.圧痛は認めなかった.

図2 腹部CT左腰背部の腱膜欠損部より突出するヘルニア嚢とヘルニア内容として下行結腸を認める.

図3 腹部MRICT同様,下行結腸の脱出を認める.

図4 手術所見A)腹横筋腱膜の欠損部から突出するヘルニア嚢を認める.B)腹横筋腱膜下にメッシュを留置.

BA

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114 中 島 慎 吾 ほか

入院時血液検査:血液,生化学検査に異常を認め

なかった.

腹部単純X線:特に異常を認めなかった.

腹部CT:左腎外側に筋欠損部が存在し,そこから

筋層外に腎周囲の脂肪織と思われるlow density

massの脱出を認めた(図5).

以上より,上腰ヘルニアの診断で2007年4月手

術を施行した.

手術所見:全身麻酔下,腹臥位にて,腫瘤直上を

通る約5 cmの横切開をおいた.皮下切開し,広背

筋を開排すると,腹横筋腱膜が径約3 cmの範囲で

欠損しており,ここから脂肪織の脱出を認めた.

周囲腹横筋腱膜が健常であり,緊張もほとんどか

からないと判断し,直接縫合し,腱膜上,内腹斜

筋,脊柱起立筋の裏にSurgiproTM meshを固定した

(図6).

術後は経過良好にて術後4日目に退院となり,

その後も再発を認めていない.

考察

腰ヘルニアは発生部位により上腰ヘルニアと下

腰ヘルニアとに分類されている.前者は第12肋骨

下縁,内腹斜筋後縁,下後鋸筋下縁及び脊柱起立

筋前縁で囲まれた上腰三角部を,後者は広背筋,

外腹斜筋,腸骨稜で囲まれた下腰三角部をヘルニ

ア門としている.非常に稀な疾患であり,本邦で

は1980年代までの報告は16例と非常に少なかっ

た.以後,報告が散見されるようになったが,

2005年久留宮らの集計1)によると62例67病変の

報告がある.その中で上腰ヘルニア42例,下腰ヘ

ルニア18例,両方に生じる広範囲ヘルニア2例で

あった.その後,医学中央雑誌により検索し得た

範囲では3例3病変の報告があり,自験例で66例

目であった.その中で上腰ヘルニア42例,下腰ヘ

ルニア18例,両方に生じる広範囲ヘルニア2例で

あった.上腰ヘルニアは女性に多く,一方下腰ヘ

ルニアは男性に多かった.また,左右差としては

左側に多く認められるが,これは右上腹部に肝臓

があり,特発性に右上腰ヘルニアは生じにくいた

めと思われる.

成因としては先天的要因と後天的要因の2つに

分別される.約90%は後天的な要因によるもので

ある.先天的要因としては筋肉,腎,横隔膜,脊

椎などの他の先天異常を合併する乳幼児に多い.

後天的要因は特発性と外傷性にわけられる.特発

性は老年者に多く,肥満,るいそう,神経筋疾患,

重労働による腹圧上昇が原因とされている.外傷

性は転落,事故,整形外科手術,腎臓摘出術など

に合併するとされている2).今回の自験例は老年

図5 腹部CT左腰背部の腱膜欠損部から突出する低吸収性腫瘤を認める.

図6 手術所見A)腹横筋腱膜の欠損部から突出するヘルニア嚢を認める.B)腹横筋腱膜の欠損部位.C)腹横筋腱膜直接縫合部上にメッシュを留置.

CBA

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特発性上腰ヘルニアの2例 115

者であり,特発性に分類される.

症状は腹圧によって増大する腫瘤の存在がほと

んどであり,時に疼痛を伴い,ヘルニア嵌頓によ

り症状が出現する3)という報告もある.

診断はヘルニア門を触知することで容易である

と思われるが,確定診断にはCTやMRIが有用であ

るとされている.

腰ヘルニアは嵌頓を起こすことがあり,放置す

ると拡大し修復が困難となることから,治療法と

しては手術治療が一般的である.ヘルニア門が小

さければ腹斜筋群と背側筋群とを直接縫合する

Petit手術が最も多い4,5).ヘルニア門が大きい時

は人工材料を用いて修復する症例が近年増加して

いる1-3,6-13).腹壁の脆弱化が本症の発症原因であ

ることを考慮するとmeshによる補強が必要と考

えられ,今回自験例にても,Inlay meshを使用し

た.Inlay meshはヘルニア門の体表側に置く

Onlay meshと比較して,ヘルニア門の体腔側へ

挿入展開することで,腹腔内圧に対して全体で均

等に圧を受けるために周辺組織への過度の緊張が

かからず,再発,術後の疼痛,突っ張り感が少な

いと考えられる6).

結語

非常に稀な疾患である左上腰ヘルニアに対し,

meshを用い修復し,良好な結果を得た2例を経験

したのでここに報告した.腰背部の膨隆を認めた

際には腰ヘルニアの存在を念頭において手術的治

療を選択する必要があると考える.

文献

1)久留宮康浩,亀岡伸樹,小川明男,他.上腰

ヘルニアの1例-腰ヘルニア本邦62例の検討と

ともに.外科 2005;67:1761-1765.

2)菊池慎二,坂佳奈子,志田晴彦,他.

Prolene Hernia System(PHS)による修復が

有効であった腰ヘルニアの2例 .日臨外会誌

2003;64:1003 -1006.

3)若月俊郎,村上雅一,豊田暢彦,他.小腸およ

び大腸が嵌頓壊死した上腰ヘルニアの1例. 臨

外 2006;61:531- 533.

4)寺岡 均,竹内一浩,櫻井克宣,他.上腰ヘル

ニアの1例.臨外 2004;59:1057-1060.

5)松尾 篤,日下部光彦.上腰ヘルニアの1例.外科

2003;65:979 - 981.

6)森川孝則,和田 靖,坂田直昭,他.Kugel

pacthにて修復を行った左上腰ヘルニアの1例.

日臨外会誌 2005;66:2043 - 2048.

7)佐藤正幸,菅野明弘,宮澤正紹,他.

Tension-freeヘルニア修復術を行った上腰ヘ

ルニアの1例. 日臨外会誌 2002;63:3072 -

3075.

8)三浦 勝,金村栄秀,小尾芳郎,他.特発性上

腰ヘルニアの1例 .日臨外会誌 2002;63:

3076 - 3080.

9)小野田恵一郎,山田恭二,花井 彰,他.特発

性上腰ヘルニアの1例.日外科連会誌 2003;

28:1070 -1074.

10)坂本義之,大石 晋,舘岡 博,他.上腰ヘル

ニアの1治験例.手術 2002;56:133 -136.

11)岸本弘之,村上大樹,岡 伸一,他.Prolene

hernia systemで修復した上腰ヘルニアの1例.

手術 2003;57:1041-1043.

12)尾崎 岳,田中宏典,祝迫恵子,他.左側腹部

痛にて発見された高齢者上腰ヘルニアの1例.

手術 2004;66:1101-1103.

13)小野 拓,三木誓雄.Prolene hernia systemを用

いて修復を行った左上腰ヘルニアの1例.外科

2004;66:1326 -1329.

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116 中 島 慎 吾 ほか

Two Cases of Idiopathic Superior Lamber Hernia

Shingo Nakashima, Akinori Noguchi, Tadao Itoh, Naoki Tani, Masayoshi Nakanishi,Yasushi Suganuma, Masahide Yamaguchi, Shinji Okano and Tetsuro Yamane

Department of Surgery, Matsushita Memorial Hospital

It is rare, but lumbar hernia may occur at two anatomically weakened spaces, the superior and inferior lumbartriangle. In this paper, we reported two cases of idiopathic superior lumbar hernia. In case 1, a 61-year-old womanwas admitted to hospital because of a bulge at the left lumbar area. On computed tomography and magneticresonance imaging, a diagnosis of superior lumbar hernia was established. Hernia was repaired by insertingComposix mesh under the transversalis fascia In case 2, a 91-year-old man was admitted to hospital because of abulge at the left lumbar area. Similarly, computed tomography facilitated a diagnosis of superior lumber hernia. A3cm defect of the transversalis fascia was found. Surgical repair was achieved by suturing the trasversalis fasciadirectly and inserting surgical mesh on the trasversalis fascia. There have been no signs of recurrence postoperatively.

Key words: Lumber hernia, Mesh