初級発音授業における実践報告 - nanzan...

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49 初級発音授業における実践報告 土居美有紀 要  旨 初級の日本語の発音の授業で行った、イントネーション、モーラ、アクセントの 指導手順とその反省点について報告する。イントネーションの指導では、疑問の終 助詞「か」、疑問詞を含む文、形容詞の否定形の文を中心に行った。モーラの指導では、 短い音を「タ」、長い音を「タン」のリズムで表し、ジェスチャーを使って指導した。 アクセントの指導では、名詞と動詞の活用形別に行った。各項目の講義後に学習者 は自分の声を録音し、モデル音声と自分の発音を比べて自己評価した。教師も学習 者一人一人の録音を聞いて個別にフィードバックを行った。なお、学習者の録音は 本人と教師が学習者本人に発音のフィードバックを与えるのに聞くためだけに使用 された。 キーワード:初級日本語、発音指導、イントネーション、モーラ、アクセント 1.背景 2012 年の秋学期から留学生別科のカリキュラムが改正され、LL として設けられていた 授業時間が実質姿を消す。LL のクラスとして毎週指導を行うことができる最後の機会に 発音に特化した授業を行ったので、ここに報告する。 これまで発音の授業で、モーラ(拍)やアクセントの指導、シャドーイングを行ってき たが、単発的な指導に留まりそれぞれの活動につながりがなかった。授業直後は学習者も モーラやアクセントなど意識できていても、数日経つと授業で学んだことを忘れてしまい その後に活かされず、学期を通して発音の改善があまりみられなかった。単発的な指導で はなくそれぞれの学習項目につながりを持たせること、学習者が自分の発音に意識を向け、 自己修正できるようになることを目標に授業を行った。 2.方法 2.1 実践期間 2011 9 月から 12 月までの間の 9 週間であった。

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    初級発音授業における実践報告

    土居美有紀

    要  旨

     初級の日本語の発音の授業で行った、イントネーション、モーラ、アクセントの指導手順とその反省点について報告する。イントネーションの指導では、疑問の終助詞「か」、疑問詞を含む文、形容詞の否定形の文を中心に行った。モーラの指導では、短い音を「タ」、長い音を「タン」のリズムで表し、ジェスチャーを使って指導した。アクセントの指導では、名詞と動詞の活用形別に行った。各項目の講義後に学習者は自分の声を録音し、モデル音声と自分の発音を比べて自己評価した。教師も学習者一人一人の録音を聞いて個別にフィードバックを行った。なお、学習者の録音は本人と教師が学習者本人に発音のフィードバックを与えるのに聞くためだけに使用された。

    キーワード: 初級日本語、発音指導、イントネーション、モーラ、アクセント

    1.背景

     2012年の秋学期から留学生別科のカリキュラムが改正され、LLとして設けられていた

    授業時間が実質姿を消す。LLのクラスとして毎週指導を行うことができる最後の機会に

    発音に特化した授業を行ったので、ここに報告する。

     これまで発音の授業で、モーラ(拍)やアクセントの指導、シャドーイングを行ってき

    たが、単発的な指導に留まりそれぞれの活動につながりがなかった。授業直後は学習者も

    モーラやアクセントなど意識できていても、数日経つと授業で学んだことを忘れてしまい

    その後に活かされず、学期を通して発音の改善があまりみられなかった。単発的な指導で

    はなくそれぞれの学習項目につながりを持たせること、学習者が自分の発音に意識を向け、

    自己修正できるようになることを目標に授業を行った。

    2.方法

    2.1 実践期間

     2011年9月から12月までの間の9週間であった。

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    国際教育センター紀要 第13号

    2.2 学習者

     初級日本語のクラスに在籍する20名で、平仮名を勉強したばかりの学習者もいた。

    2.3 指導内容

     『1日10分の発音練習(河野・他2004)』で扱われているトピックを参考に初級の発音指

    導で重要と思われる項目を選び、授業で毎回1つずつ取り上げ、発音の基本的なルールや

    ポイントを解説し、講義後学習者に個別にモデル音声を聞いて発音を練習させて、録音さ

    せ、それを聞いて自己評価させた。モデル文はsoftware recorder(以下,SF)を使ってLL

    教室の学習者一人一人のパソコン上に配布され、学習者はそれを個別に聞いて、同じく

    SFを使って自分の声を録音したり録音したものを聞いたりした。発音を聞いて自己評価

    する際、授業の初めに説明した発音のポイントができているか「○」か「×」で自己評価

    表「発音チェックシート」(Appendix A参照)でチェックさせた。学習者ができていない

    と思った文は、もう一度練習して録音し、再び聞いて自己評価するという作業を、残りの

    授業時間を使って学習者が納得いくまで繰り返すように指導した。説明だけ聞いてもそれ

    をもとに学習者自身が何度も発話して確認しないと何も変わらない(小河原・他2009)。

    学習者がモデル音声と自分の発音を聞き比べ、じっくり時間をかけて自分の発音と向き合

    い、自分の発音では何が問題か自ら気付くことを目標に指導を行った。

     そして授業の最後に録音ファイルを提出させ、自己評価表も回収した。教師は提出され

    た録音を聞いて、自己評価表にコメントを書き加えて一人一人にフィードバックをした。

    発音はセンシティブな問題なので、クラスメイトの前で直されたくない学習者もいる。学

    習者に声を録音させ、教師がそれに一人一人フィードバックすれば、学習者は他の学習者

    に聞かれて恥ずかしいと思うことなく発音練習ができる。学習者の録音は、担当教師が聞

    いて発音指導のフィードバックを本人に行うためだけに一時的に教師に提出され、フィー

    ドバックコメント作成後は直ちに学習者に返却され、第三者が聞いたり研究目的のために

    使用されたりすることは一切なかった。教師のフィードバックは次のクラスで学習者に返

    却され、教師がOKを出さなかった文は再び学習者に練習して録音させ、自己評価表と共

    に提出させた。

     上記の一連の発音練習は主に文単位で行ったが、録音提出が終わった者は、同様の作業

    を今度は教科書の会話をシャドーイングすることで行うよう促した。この時、その日授業

    で習って短文で練習したポイントに気をつけて会話文をシャドーイングするように指導し

    た。シャドーイングとは聞こえてくる音声を遅れないように、できるだけ即座に声に出し

    て繰り返しながらついていく訓練法で(門田・玉井2004)、音声を正確にまねるだけで自

    然な発音やイントネーションが身に付くということが様々な研究者により発表されている

    (斉藤・他2006)。シャドーイングも録音させ、聞いて自己評価させた。自己評価表には、

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    初級発音授業における実践報告

    その日短文の発音練習で行ったのと同様のチェック項目と前回の授業までに習った項目の

    両方が記されていた。チェック項目でうまくできなかったところがあれば、もう一度練習

    して録音するように促した。そして授業の最後にシャドーイングの録音と共に自己評価表

    を提出させ、次回までに教師がフィードバックをするようにした。シャドーイングがうま

    くできず苦手意識を持っている学習者でも、ただなんとなく全体をシャドーイングするよ

    り、例えば、モーラを授業で扱った日はモーラに気をつけてシャドーイングをするなど、

    毎回何かチェックポイントを決め、目標を持ってシャドーイングすればやりやすくなるの

    ではないかと考えた。またその日の授業までに学習した項目もシャドーイングのチェック

    ポイントに入れることで、学習項目の反復練習になり定着につながると考えた。

    3.実践例

     以下に授業で扱った学習項目を記す。

      1.イントネーション

      2.形容詞の否定形のアクセント(文末が形容詞の否定形の文のイントネーション)

      3.モーラ(拍)

     4.名詞のアクセント

     5.動詞のアクセント

      6.シャドーイング

    3.1 イントネーション

     イントネーションが違うと意味が変わってしまうこともあるので、イントネーションは

    コミュニケーションにおいて話し手の気持ちを伝えるために大切だ(戸田2004)。例えば

    「これ何ですか?」と言ったとき、語尾を上げるか上げないかで日本人の反応は全く違う。

    語尾が下がると、日本人は責められているように受け取ってしまうので、語尾の「か?」

    でイントネーションを上げることが指導されていなかったり、自分では上げているつもり

    でも上がっていなかったりすると、誤解が生じてしまう(鮎澤2008)。また、単語の発音(ア

    クセント)をきちんと学習すればある程度は日本語らしく聞こえるが、単語を並べただけ

    では文にはならず文法というルールに従うことが必要であるように、文レベルの音声には

    文全体としてのまとまりや発話者の意図が関係しているので(窪薗・他1999)、日本語母

    語話者の発音に近づくためには単音レベルより韻律レベルの発音指導のほうがより重要に

    なってくる。またアクセントは新しい単語が出てくる度覚えなければいけないし、1つの

    単語のアクセントが完璧にできてもその単語を使う機会がなければ成果を披露する場面は

    なくなってしまうが、イントネーションの学習はもう少し応用が利くので、イントネーショ

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    国際教育センター紀要 第13号

    ンの指導を初めに行うことにした。対象者はゼロスタートの学習者を含んでいたので、学

    習済みの単語や文型が限られていたことから、あまり細かなところには触れず、基本的な

    ルールだけに絞って教えることにした。

     初級のクラスでは、まず「XはYです」の文型を習いしばらく動詞は登場しないが、疑

    問文や疑問詞は早い段階で学習するので、疑問の終助詞「か」の上昇イントネーションと、

    疑問詞を含む疑問文とその肯定・否定の応答文のイントネーションの指導から行った。疑

    問詞文のイントネーションの指導では、疑問詞の部分が高くなること、またその文の応答

    文では疑問詞の答えになる所が高くなることを指導した(河野・他2004)。

     指導手順はまず、河野(他2004)で使用している高さを表すピッチ曲線を音節ごとに

    区切って表した「プロソディーグラフ」付きの例文を用いて(Appendix B参照)、教師の

    後を学習者にリピートさせて目と耳と口でイントネーションを体感させた。クラス全体の

    活動の後は、学習者に個別に例文のモデル音声を聞いて発音練習させ、自分の声をコン

    ピューターで録音させた。それから録音した自分の声とモデルを比べさせて自己評価表で

    チェックさせ、自分がうまく発音できていないと思った文をもう一度練習させて再び録音

    させた。授業の最後に1回目の録音と2回目(最後)の録音と自己評価表を教師に提出させ、

    教師は学習者一人一人の録音を聞いて、自己評価表にフィードバックを付け加えて次の授

    業で返却した。次の授業では、教師がOKを出さなかった文はもう一度練習して録音を提

    出するように指導した。

    3.2 形容詞の否定形のアクセント(形容詞の否定形の文のイントネーション)

     発音の授業と並行で行っている文法の授業では、動詞よりも形容詞が先に導入されるの

    で、イントネーションの指導の2回目として形容詞の疑問文とその応答文(特に否定の答

    え)を扱った。河野(他2004)の方法に倣い、ここでは否定の「~ない」の部分(「高くない」

    の「~ない」)がヤマになる(高くなる)ことを指導した。

    3.3 モーラ

     河野(他2004)に倣い、平仮名1文字や拗音など1モーラと数えるものを「短い音」と

    し、促音、長音、撥音(●+ん)など2モーラと数えるものを「長い音」とし、それに戸

    田(2004)がモーラ指導で使っているリズム「タ」、「タン」を組み合わせて、短い音を「タ」、

    長い音を「タン」のリズムで表して指導した。またそれと同時に「タ」の時は拍手(両手

    をたたく)を一回する、「タン」の時は拍手をしてから両手をグーにするというジェスチャー

    をするように指導した。まず単語をジェスチャーしながら「タ」と「タン」だけを使って

    教師の後について発音させ、次に「タ」、「タン」で言った時のリズムを守りながら同じリ

    ズムで単語を言わせた。例えば「じしょ(辞書)」は「1モーラ+1モーラ」で「タタ」の

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    初級発音授業における実践報告

    リズムで表せるので、まず教師が「タタ」と手を2回たたきながら言った後に学習者にも

    同じことをさせ、それから同じリズムで手をたたきながら「じしょ(辞書)」と言って学

    習者にリピートさせた。慣れてきたら教師より先に学習者に単語をジェスチャーしながら

    「タ」、「タン」だけを使って言わせ、その後同じリズムで単語を言わせる練習をした。同

    じ型のリズムの単語、例えば「でんしゃ(電車)」と「しょうゆ」(どちらも「タンタ」)、

    を複数提示してリズムに慣れる練習をした。クラス全体で練習をした後は学習者同士のペ

    アでも同様に練習させ、体でリズムが覚えられるように個人個人が声を出して練習する時

    間を多く取った。

     ペアで練習した後は、他の学習項目の時と同じように録音作業に移らせた。今回は、モ

    デル音声を聞く前にまず配布リストの単語を自分で発音して録音させ、後でモデルを聞い

    て自分の録音と比べて自己評価させた。自己評価表にはリストされた単語の横にリズムが

    「タ」、「タン」で表記されており、表記されたリズム通りに発音できたか学習者に録音を

    聞いて自己評価させた。授業の最後に1回目の録音(モデルを聞く前)と2回目の録音(モ

    デルを聞いて練習後)を教師に提出させ、教師はフィードバックをした。

    3.4 名詞のアクセント

     モーラに気を付けて単語を発音する指導をしていると、アクセントも発音で重要な学習

    項目であることに再認識させられる。正しいモーラで発音できていてもアクセントが正し

    くなければ日本語らしく聞こえない。文脈から判断できるとはいえ、日本語にはアクセン

    トが違えば意味が異なる語が多いことや、アクセントを間違えれば一人で話すスピーチや

    面接などでは言いたいことが伝わりにくいことがある(戸田2004)ことからも、アクセ

    ント指導は重要である。

     名詞のアクセントの指導では、「頭高型」などの用語は教えず、4つのパターンがある

    と紹介した。今までは「日本語は高低アクセントで音が高くなったり低くなったりする」

    とだけ指導していたが、今回はより具体的に高い音は「ドレミ」音階の「ミ」、低い音は「ド」

    の音として紹介した。以前同僚の教師から、発音指導中に学習者に低い音をもっと低く発

    音するように言ったところ、自分は低く発音していたつもりだったのでこれほど低く言わ

    なければいけないとは思わなかったと学習者に驚かれたというエピソードを聞いたことが

    ある。「高い音・低い音」というニュアンスがつかみにくくても、音階の「ミ」と「ド」

    を使えば、音の高さが具体的に想像できる。この指導法は凡人社の日本語サロン研修会 1)

    に参加した時の体験が基になっている。研修会では、参加者全員が順番に「 ド ミミミミミ

    ミミミミミ」「ミ ドドドドドドドドドド 」「 ド ミミミ ドドドドドド 」など「ド」と「ミ」だ

    けで表された10パターンの文字列を「ド」と「ミ」で音の高さを変えて発音させられた後、

    「あかさたなはまやらわX」、「いきしちにひみいりい」、「おこそとのほもよろを」などの

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    国際教育センター紀要 第13号

    平仮名の連続を全く同じ音の高低パターンで発音させられた。単語として意味を成さない

    平仮名の連続「おこそとのほもよろを」をルール通りに「 ド ミミミ ドドドドドドド 」と音

    を保って言うことは難しく、脱落者が多く出た。私たち日本語母語話者は日本語の単語を

    標準アクセントで意識せずとも正しく言える。方言で違いはあるが、日本語が母語の日本

    語教師はあまり苦労せずに様々な日本語の言葉を標準アクセントで正しく言えてしまうの

    で、学習者にとってアクセントの勉強がいかに難しいかということが理解しにくい。しか

    しこの研修会に参加したことで学習者の気持ちを疑似体験でき、どれだけアクセントの習

    得が大変かが分かった。またそれと同時に、高い音を「ミ」低い音を「ド」の音で発音す

    ることでイメージしやすくなるということも分かった。

     日本語のクラスでの授業の進め方としては、まず「頭高型」などのアクセントのパター

    ンを「ミ」と「ド」だけで表して教師の後について学習者にリピートさせ、「ミ」と「ド」

    で音の高さを変えてうまく発音できるようになったら同じアクセントパターンの単語を実

    際に発音した。例えば「1つ目が低く2つ目が高い(Low-High)」のパターンは「ドミ」

    と教え、音楽の授業のように「ドミ」と教師の後をリピートさせ、学習者を指名して個別

    にも言わせ、言えるようになったら今度は「ドミ」と同じ音で「さけ(酒)・あめ(飴)・

    くち(口)」などの単語をリピートさせた。同じアクセントパターンの単語を複数提示して、

    学習者がパターンに慣れて覚えられるようにした。

    3.5 動詞のアクセント

     名詞のアクセントは新しい単語が出てくる度一つ一つ覚えるしかないが、動詞のアクセ

    ントはもう少しグループ化して覚えることができる。例えば動詞の「ます形」では「ま」

    で下がるなど、「ます形」や「ない形」などの活用別にアクセントパターンのルールがあ

    るので、文法学習の時のように役に立つルールを教えれば、学習者にあまり負担をかけず

    に済む(小河原・他2009)。

     指導手順としては、まず動詞の辞書形のアクセントには「a:一つ目が低く二つ目から

    後は全部高いパターン」と「b:最後の音が再び低くなるパターン」があることを教え、

    次に活用するとアクセントが変わることを教え、パターンaとパターンb別にそれぞれ「て

    形・た形(過去形)・ない形(否定形)」のアクセントパターンを教えた。また「ます形」

    にはパターンa、パターンbの区別がないと教え、「ます形」のルール一式(「~ません(否

    定形)・~ました(過去形)・~ませんでした(否定形過去)」)のアクセントパターンを示

    した。この時も名詞のアクセント指導時と同様に、音階の「ド・ミ」を使い音の高低を表

    した。

     教師の後をリピートさせたりペアで発音練習させたりした後、更に理解を深めるために

    聞き取り練習を行った。教師が「来てください・聞いてください・着てください・切って

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    初級発音授業における実践報告

    ください」など平仮名だけで書けば似ているがアクセンが違う動詞を読み、学習者に教師

    がどの単語を言ったか選ばせたり、アクセントが上がる位置や下がる位置(「 」 」・「¬」を

    単語に書き入れさせたりした。動詞の「て形」は文法の授業で学習済みであったが、文脈

    なしにどの動詞と「~てください」のペアか音だけ聞いて選ぶのは学習者にとって難しい

    ようであった。またアクセントの高低を自分で描くのは学習者にとってさらに難しいよう

    で、授業の初めに説明した「一つ目の音と二つ目の音は高さが違う」や「一度下がったら

    もう上がらない」といったアクセントのルールは定着していないようであった。また、後

    半の学習者の録音は聞き取り練習で使った単語や短い文を使って行った。

    3.6 シャドーイング

     早く録音の提出が終わった者には、文法のクラスで使用している教科書『初級日本語げ

    んきⅠ第2版』の会話をシャドーイングするように促した。録音するシャドーイングのテ

    キストは録音実施回の前の回で導入済みで、導入後1週間同じテキストをシャドーイング

    練習した後の録音になる。

     シャドーイングの導入は斉藤(他2006)の方法を参考に、時間短縮のため初めからテ

    キストを与えて行った。導入の手順は、まず英訳つきのテキストを配布し、1文ずつ教師

    の後をリピートさせた。この時文法説明は行わないので、英訳を見てテキストの意味を確

    認するように促し、会話の内容が大体分かればよいとした。シャドーイングの音声は『初

    級日本語げんきⅠ第2版』の付属ディスクを用いた。音声データを ICレコーダー(SONY

    ICR-S280RM)に移して再生スピードを変えられるようにし、ICレコーダーとスピーカー

    を繋いで再生した。配布テキストは「げんきオンライン」 2) のリソースライブラリにある「目

    で見る調音ガイド(ウィリアムズ)」を用いた(Appendix C参照)。

     テキストの内容が分かったところで、CDを聞いてサイレントシャドーイング(音声を

    聞きながら目でテキストを追う)を行った(門田2007)。次にテキストを見て目で文字を

    追いながら声に出してシャドーイングし、それからテキストを見ないでシャドーイングし

    た。初めは再生スピードの「遅い」でシャドーイングし、次にスピードを「標準」に変え

    て行った。また難しいようであれば、はっきり言えなくてもいいのでマンブリング(はっ

    きり発音しないでつぶやく(mumble)ように発音する)をしてリズムを真似するように

    伝えた(門田2007)。

     ここで導入したテキストを毎朝授業の最初の5分を使い、1週間かけてシャドーイング

    した。シャドーイングは簡単だと言う学習者がいる一方、シャドーイングをする間あまり

    口が動いていない学習者もいた。シャドーイングを簡単だと言う学習者はどこまで正確に

    シャドーイングできているのか、口があまり動いていない学習者はどのくらいできている

    のかを教師が把握したり、学習者本人が自覚するためにもシャドーイングの録音は有益だ

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    国際教育センター紀要 第13号

    と考えた。また、ただなんとなくシャドーイングをするのではなく、その日の授業で勉強

    した発音のポイントに気を付けてするという目標を持ち、録音後にその目標が達成できて

    いたか自己評価表でチェックするように促した。更に時間があれば、同じテキストをチェッ

    クポイントに気を付けて今度は音読して録音し、同様に自己評価するように指示した。

    4. まとめ・今後の課題

     1回の授業の流れを以下にまとめる。

     1.新しいシャドーイングテキストの導入

      2.その日の学習項目についての講義(ルールやポイントの説明)

      3.その日の学習項目の課題を個人で録音提出

     4.前回の学習項目の課題の再提出

     5.前回導入したシャドーイングテキストのシャドーイングを録音提出

     6.前回導入したシャドーイングテキストの音読を録音提出

     今回は学習者が20名で教師一人が全員の録音を聞きフィードバックをするには少し多

    かったので、もう少し人数が少ない方がもっと細かな指導ができたのではないかと思った。

    複数の教師で指導するか、クラスを選択制にして学習者の数を制限するなどの対応が望ま

    しい。また提出する録音の課題を初めは10問にしていたが、録音時間がかかりすぎるこ

    とやフィードバックの大変さから、途中から3問~5問に変更した。3問は少し少ないので

    5問くらいが丁度良いのではないかと感じた。

     学習者が個別に自分のペースでモデル音声を聞いて練習し、録音し、モデルと聞き比べ

    て自己評価するという一連の作業により、学習者が自分の発音と向き合い、モーラができ

    ていない、アクセントが正しくないなど、自分の発音を客観的に評価できるようになった

    と感じられた。また発音のクラス以外でも教師に新しく習った単語のアクセントを聞くな

    ど、以前より発音に対する関心が高くなったように感じられた。学習者が自分の発音の問

    題点を意識できるようになった一方、1回目と2回目の録音で学習者の中でどのような変

    化があったのかは定かではない。2回目の録音で発音が良くなったのであれば「具体的に

    どこを改善したのか、どのようなことに気を付けたのか」といった気づきを書いて記録を

    残す作業があればよかった。今回は教師側がその課の発音で気を付ける点を提示し、それ

    ができているか学習者は「はい・いいえ」で録音を聞いて答えるという形式であったが、

    学習者が気づいた点をメモしたり、自らが考えた発音のコツを書く欄があればよかったと

    思う。小河原他(2009)は、もし偶然発音できたのではなく授業中の試行錯誤の結果、発

    音の基準が生み出されて変化したのなら、その発音の基準をその場限りのものとして忘れ

    てしまっては、発音はもとに戻ってしまうと述べている。そのようなことがないようにす

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    初級発音授業における実践報告

    るためにも学習者自身が自分の発音の問題点を挙げたり、気づいた点を書き留めたりする

    ことが必要である。そして学習項目が増えるにつれて自分オリジナルの発音のメモが増え

    れば、学習者は勉強したことを振り返ったり次につなげたりすることができ、学習効果を

    実感できるのではないかと思う。

     また別の問題点は、個人作業の時間が長かったため学習者によって作業時間のばらつき

    が出て、授業がまとめにくかった点が挙げられる。早く録音し終わった者もいれば、なか

    なか自分の発音に納得がいかず何度も録音し直していた者もいたので学習者により進度差

    があり、どこで活動時間を区切るべきかわからなかった。早く1つ目の録音の課題が終わっ

    た者にはシャドーイングや音読など別の課題が用意されており、教師側はシャドーイング

    の録音までは全員が進んでほしいと思っていたが、それらの課題までたどり着けた学習者

    はほとんどいなかった。聞いたり録音したりするのは個別作業で、学習者一人一人の作業

    進行状況を教師が把握することは困難だったため、課題が多すぎるのか、少なすぎるのか、

    または何か問題があって学習者が困っているのかということを教師が学習者一人一人につ

    いて把握することは困難であった。教師が机間巡視をしていても学習者一人一人が今どの

    課題に取り組んでいて何につまずいているのかを把握しづらかったので、どの作業にどれ

    くらいの時間が必要かといった時間配分がしにくかった。授業時間内に終わらなければあ

    とは宿題にするという手もあるが、録音機器へのアクセスの問題もあり、学習者が課題を

    授業時間内に出すことだけにとらわれて作業をしてしまっては意味がなくなってしまう。

    学習者の負担にならない程度の課題量の見極めや、学習者がどんどん課題を進めていきた

    くなるような動機づけが何か必要だと感じた。また早く録音を提出した者が必ずしもうま

    く発音できているとは限らないので、提出された録音をその場で教師が聞いてすぐフィー

    ドバックし、うまくできていなければ再提出させるなどの対応ができればよかった。

     フィードバックも改善の余地がある。学習者へのフィードバックは、教師が提出された

    録音を聞いて自己評価表にコメントを書くというかたちで行われたが、トピックによって

    は学習者数名に同じようなフィードバックをしたので、個別のフィードバック後にまたク

    ラス全体で練習する活動に戻って理解を深めることが時には必要だと感じた。小河原他

    (2009)は、クラスにはほかの学習者への指導を聞いて参考になる学習者もいるだろうし、

    できる学習者に直接聞いてみるほうが参考になる者もいるだろうし、初めはできなかった

    けれどもできるようになった学習者に聞けば、初めからできる学習者よりも意識的にその

    プロセスについて具体的な説明が聞けるかもしれないと述べ、学習者同士の力、クラス全

    体のダイナミズムを踏まえて発音指導、音声教育を考えることの必要性を述べている。学

    習者が録音してみて気づいた点や難しかった点、疑問に思った点などを発表しクラスメイ

    トと共有する時間があればよかった。今後は、個人で自分の発音に向き合う時間とクラス

    の仲間で助け合う時間の両方を組み合わせて授業を構成する必要がある。

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    国際教育センター紀要 第13号

    (注)

    1) 泉原省二(2009)『現場で役立つ実践的!!音声矯正法』凡人社日本語サロン研修会 2) げんきオンライン Genki-online http://genki.japantimes.co.jp/

    参考文献

    鮎澤孝子(2008)「夢ナビ」夢ナビ編集部 http://yumenavi.info/lecture.aspx? GNKCD=g002140&OraSeq=0&ProId=WNA002&SerKbn=

    2&SearchMod=2&Page=1&KeyWord=%E5%A4%96%E5%9B%BD%E8%AA%9E 泉原省二(2009)『日本語教師のためのQ&A』研究社 小河原義朗・河野俊之(2009)『日本語教師のための音声教育を考える本』アルク 門田修平(2007)『シャドーイングと音読の科学』コスモピア 門田修平・高田哲郎・溝畑保之(2007)『シャドーイングと音読―英語トレーニング』 コスモピア

    門田修平・玉井健(2004)『決定版 英語シャドーイング』コスモピア 河野俊之・串田真知子・築地信美・松崎寛(2004)『1日10分の発音練習』くろしお出版 窪薗晴夫・田中真一(1999)『日本語の発音教室 理論と練習』くろしお出版 斉藤仁志・吉本惠子・深澤道子・小野田知子・酒井理恵子(2006)『シャドーイング―日本語を話そう・初~中級編』くろしお出版

    坂野永理・池田庸子・大野裕・品川恭子・渡嘉敷恭子(2011)『初級日本語げんき1第2版』The Japan Times

    戸田貴子(2004)『コミュニケーションのための日本語発音レッスン』スリーエーネットワーク 鳥飼玖美子[監修・著書]・玉井健・染谷泰正・田中深雪・鶴田知佳子・西村友美(2003)『はじ

    めてのシャドーイング』学習研究社

  • 59

    初級発音授業における実践報告

    付録 Appendix A 「自己評価表『発音チェックシート』」

    河野・他(2004)『1日10分の発音練習』くろしお出版

  • 60

    国際教育センター紀要 第13号

    付録 Appendix B 「配布プリント『イントネーション』」

    河野・他(2004)『1日10分の発音練習』くろしお出版

  • 61

    初級発音授業における実践報告

    付録 Appendix C 「目で見る調音ガイド(ウィリアムズ)」

  • 62

    国際教育センター紀要 第13号

    Instructions on pronunciation in the elementary Japanese class

    Miyuki DOI

    Abstract

      It is a report on how a Japanese instructor taught pronunciation in an elementary Japanese class and her reflection. The class dealt with intonation, mora, and accent.

    The instruction on intonation features question marker “ ka ”, question words, and

    sentences with the negative form of adjectives. Rhythms and gestures were used when

    teaching mora. Accent was taught by categories such as nouns and verbs’ conjugations.

    After each lecture, learners recorded their voice and made a self-assessment on their

    pronunciation. The instructor also listened to their recordings and gave comments back

    to each student.

    KeyWords: elementary Japanese class, instructions on pronunciation, intonation, mora,

    accent