空港向けapm車両“クリスタルムーバー”シリーズ...apm車両も仁川国際空港向け車両も共通である。しかし、...

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空港向け APM 車両“クリスタルムーバー”シリーズ 102 空港向け APM 車両“クリスタルムーバー”シリーズ ※持 もち どめ ひろ ゆき ※※兼 かね もり とおる ※※川 がわ もと さと ※※光 みつ よし のり 写真1 外観(シンガポール・チャンギ空港向け APM 車両) 要旨 近年、世界各国におけるハブ空港の新設及び拡充に際し、空港内輸送システムとしてAPMシステム(Automated People Mover System)が導入されることが多くなっている。三菱重工業株式会社(三菱重工業)は、これまで 北米、アジア、中東地域の 8 案件の空港向け APM システムを受注し、既に 3 案件について引き渡しを済ませて いる。 三菱重工業では、独自に開発した“クリスタルムーバー”をシリーズ化して、各々の空港向け APM の要求仕 様に対応している。シリーズ化にあたっては、基本的な性能・機能及びそれに関わる機器・装置の仕様は、固定、 共通化し、案件ごとに異なる仕様項目だけ変更対応を行う方法としている。 このクリスタルムーバー・シリーズは、シンガポール・チャンギ空港向け APM システムに 16 両、韓国・仁 イン チョン 国際空港向け APM システムに 9 両納入され、供用を開始している。本稿では、これらの車両について概要 を紹介する。 (編集部注:香港新空港向け APM は本誌 210 号-1996 年 6 月、シンガポール LTA 向け APM“クリスタルム ーバー”は 225 号- 2003 年 3 月参照) 1 はじめに 近年、世界的な航空輸送量の増加に伴い、各国でハブ空 港の新設及び拡充が盛んである。空港規模の拡大に伴い、 空港内及びその周辺での移動旅客量は増加し、同時に旅客 の移動距離も長くなる傾向にある。そのため、これらの大 規模空港においては、軌道系の空港内輸送システムの整備 が不可欠となっている。 当社は、香港新空港向け APM システム(Automated People Mover System)を納入して以来、空港向け APM システムを手がけているが、車両は独自に開発したクリス タルムーバーをシリーズ化して、各々の空港の要求仕様に 対応している。 2 空港向け APM システムの概要 空港向けAPMシステム(以下、APMシステムという。) は、メインターミナルとサテライト間を結ぶなど空港内の 旅客輸送を担うものである。最近では、空港とショッピン グセンタやレンタカー基地といった周辺施設を結ぶ輸送シ ステムとしても導入されつつある。 輸送システムの規模は、路線長が数百 m から 2 ㎞程度、 ※  三菱重工業㈱ 機械・鉄構事業本部 交通・先端機器事業部 車両部 ※※ 三菱重工業㈱ 機械・鉄構事業本部 交通・先端機器事業部 車両部 設計課

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空港向けAPM車両“クリスタルムーバー”シリーズ102

空港向けAPM車両“クリスタルムーバー”シリーズ※持

もち

 留どめ

 裕ひろ

 之ゆき

  ※※兼かね

 森もり

 亨とおる

   ※※川

がわ

 本もと

 知さと

 史し

  ※※光みつ

 井い

 滋よし

 教のり

 

写真1 外観(シンガポール・チャンギ空港向けAPM車両)

要旨近年、世界各国におけるハブ空港の新設及び拡充に際し、空港内輸送システムとしてAPMシステム(Automated People Mover System)が導入されることが多くなっている。三菱重工業株式会社(三菱重工業)は、これまで北米、アジア、中東地域の 8案件の空港向けAPMシステムを受注し、既に 3案件について引き渡しを済ませている。三菱重工業では、独自に開発した“クリスタルムーバー”をシリーズ化して、各々の空港向けAPMの要求仕様に対応している。シリーズ化にあたっては、基本的な性能・機能及びそれに関わる機器・装置の仕様は、固定、共通化し、案件ごとに異なる仕様項目だけ変更対応を行う方法としている。このクリスタルムーバー・シリーズは、シンガポール・チャンギ空港向けAPMシステムに 16 両、韓国・仁

イン

川チョン

国際空港向けAPMシステムに 9両納入され、供用を開始している。本稿では、これらの車両について概要を紹介する。(編集部注:香港新空港向けAPMは本誌 210 号-1996 年 6 月、シンガポール LTA向けAPM“クリスタルムーバー”は 225 号- 2003 年 3 月参照)

1 はじめに近年、世界的な航空輸送量の増加に伴い、各国でハブ空

港の新設及び拡充が盛んである。空港規模の拡大に伴い、空港内及びその周辺での移動旅客量は増加し、同時に旅客の移動距離も長くなる傾向にある。そのため、これらの大規模空港においては、軌道系の空港内輸送システムの整備が不可欠となっている。当社は、香港新空港向けAPMシステム(Automated

People Mover System)を納入して以来、空港向けAPMシステムを手がけているが、車両は独自に開発したクリス

タルムーバーをシリーズ化して、各々の空港の要求仕様に対応している。

2 空港向けAPMシステムの概要空港向けAPMシステム(以下、APMシステムという。)は、メインターミナルとサテライト間を結ぶなど空港内の旅客輸送を担うものである。最近では、空港とショッピングセンタやレンタカー基地といった周辺施設を結ぶ輸送システムとしても導入されつつある。輸送システムの規模は、路線長が数百mから 2㎞程度、

※  三菱重工業㈱ 機械・鉄構事業本部 交通・先端機器事業部 車両部※※ 三菱重工業㈱ 機械・鉄構事業本部 交通・先端機器事業部 車両部 設計課

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輸送能力が 1 000 ~ 15 000 pphpd(passenger per hour per direction:単位時間あたりの片方向輸送量)である。また、空港の運用に合わせ、24 時間運行される場合も少なくなく、繁忙時間帯の最短運転間隔が 90 秒の高密度運行から閑散時間帯のオンデマンド運行まで、柔軟な運行が求められる。APMシステムは、国内の新交通システムをベースとし

ており、ゴムタイヤ方式の車両を中心に、運行管理装置、信号保安装置、通信装置、自動運転装置、電力設備、軌道、駅設備、検修設備などのサブシステムから構成されている。車両は、自動列車運転装置によって全自動無人運転される。

3 車両の概要3.1 シリーズ化APMシステムに導入される車両数は、1案件当たり数

両から多くても 30 両程度と少数である。そのため、案件ごとに仕様変更して対応していたのでは、経済性の観点で不利である。そこで、APM車両のシリーズ化を行った。APMシステムは、北米を起源として今日まで発展して

きており、基本仕様は、専門のコンサルタントによって、ほぼ標準化され、さらに一部の仕様は、ASCE(American Society of Civil Engineers)で規格化されている。この、ほぼ標準化された仕様に基づく単車で運行可能な車両を、基本モデルに設定した。この基本モデルでは、案件に関わらず固定する仕様、案

件ごとに変更対応する仕様を分類した。基本的な性能・機能は固定し、それに関わる台車、構体・台枠、主回路システム、ブレーキシステム、信号及び自動運転システムなども固定仕様とし、共通化した。案件ごとに要求内容が異なることが多いお客様の意向に左右されやすい先頭形状(前妻構体)、内装、カラースキーム(配色)などのデザイン関係やユーティリティに関わる仕様は、非固定仕様とした。さらに、空調装置(容量及び暖房の有無)、併結運転関係の機器、前面非常扉など、あらかじめ、ニーズを区分できるものについては、オプションとして設定した。本稿で紹介するチャンギ空港向けAPM車両は、基本モ

デルに対して、先頭形状デザインを変更、最小運行単位を単車としながらも最大 3両での併結運転も可能な仕様としている。仁川国際空港向けAPM車両は、基本モデルを 3両固定編成化し、さらに将来の輸送需要の増加に対して 3

両+ 3両の併結運転も可能としている。同時に、空調装置や蓄電池などは、寒冷地仕様を選択している。3.2 主要諸元車両の主要諸元を表 1に示す。上述のとおり、基本性能、機能、主要なサブシステム及び装置は、チャンギ空港向けAPM車両も仁川国際空港向け車両も共通である。しかし、定員は、両空港の車両で定員算定式が異なるため有効床面積がほぼ同一にも関わらず差が生じている。写真 1及び写真 2に車両外観、図 1に編成図、図 2に車体断面図を示す。3.3 車両デザイン車両のデザインコンセプトを表すキーワードは“CRYSTAL”である。この“CRYSTAL”には、Universal(世界共通の、普 遍 的 な )、Distinctive( ほ か に は な い 特 有 の )、Futuristic(未来の)、Diamond-like(ダイヤモンドのような)という意味を持たせている。このコンセプトを具現化したのが、シンガポール向LRTに採用した基本モデルである。シリーズ化に当たっては、デザインコンセプトを踏襲しつつ、基本モデルをベースに案件固有の要件を考慮し、新たなデザインに展開した。チャンギ空港向けAPMシステムは、ターミナル増設を機に導入されたものである。車両は、最新鋭のターミナルビルを背景に走行するため、そのデザインが先進的な空港イメージを作り上げるのに重要な役割を求められた。これに対して、全自動無人運転される車両を“自律した生きもの”としてとらえ、人と車両が相互に気持ちを伝えることをテーマに、先進的であると同時に個性的で表情のある“顔”(先頭形状)を新たに造形した。この新たな車両デザインに対して、我が国のグッドデザイン賞を受賞している(写真 1)。仁川国際空港向けAPMシステムは、既設のターミナル間を新たに地下軌道で結ぶものである。先頭形状は、基本モデルを踏襲した。外装のカラースキーム及びグラフィックは、原則としては、空港として統一的なデザインマニュアルに準拠しつつも細部に修正を加え、デザインコンセプトとの両立を図っている(写真 2)。

4 車体4.1 車体構造車体構造は、アルミニウム合金大形押出形材を用いた溶

写真 2 外観(韓国・仁インチョン

川国際空港向けAPM車両) 写真 3 室内 (チャンギ空港向けAPM車両)

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表 1 空港向けAPM車両“クリスタルムーバー”シリーズ 車両諸元

会社・車両形式 CAAS(Civil Aviation Authority of Singapore)、IIAC(Incheon International Airport Corporation)使用線区 チャンギ空港、仁川国際空港 軌間(㎜) 1 850(輪距)基本編成 (C);Mc(単車)、(I);Mc-M-Mc(3 両固定編成) 許容軸重(kN)用途 空港内旅客輸送 電気方式 DC 750 V車体製作会社 三菱重工業㈱ 製造初年 2006 年台車製作会社 三菱重工業㈱ 1次製作両数 (C);16 両、(I);9両主回路装置製作会社 三菱電機㈱ 車両技術の掲載号 239

凡例  ●;駆動軸 VVVF;主制御装置 SIV;補助電源装置 CP;空気圧縮機BT;蓄電池 連結器 ▽;密着 +;半永久 *;電気連結器チャンギ空港向け 仁川国際空港向け

個別の車種形式 - - - -車種記号(略号) Mc Mc M Mc空車質量(t) 17.5 17.5 17.5 17.5定員(人) 45 68 68 68うち座席定員(人) 8 8 8 8特記事項 車両諸元表中の(C);は、チャンギ空港向けを (I);は、仁川国際空港向けを表す

車両性能

最高運転速度(㎞/h) 80加速度(m/s2) 1.0(3.6 ㎞/h/s)減速度(m/s2)

常用 1.0(3.6 ㎞/h/s)非常 1.3(4.7 ㎞/h/s)

ユニット当りの定格(ユニットの構成)

出力(kW) 190速度(㎞/h)引張力(kN)

動力伝達方式 直角駆動式(差動装置付き)

ブレーキ制御方式回生ブレーキ併用電気指令式、空気ブレーキ(保安ブレーキ、駐車ブレーキ付き)

制御回路電圧(V) DC 100使用線区の最急こう配 60 ‰抑速制御 ATOによる運転保安装置 ATC/TD/ATO列車無線 LCX方式非常時運転条件その他

電気駆動系主要設備

集電装置

形式/質量(㎏)方式 側面接触ばね押付け式

制御装置

形式/質量(㎏)制御方式 VVVFインバータベクトル制御仕様 2レベル PWM方式

主電動機

形式/質量(㎏)方式 三相かご形誘導電動機1時間定格(kW)回転数(min -1) 2 015連続定格(kW) 95

主回路標準限流値

力行(A)ブレーキ(A)

電気ブレーキの方式 回生ブレーキブレーキ抵抗器

形式/質量(㎏) -

補助電源設備

補助電源装置

形式/質量(㎏)方式 IGBT静止形インバータ出力 45 kVA

蓄電池種類/質量(㎏)

ニッケル・カドミウムアルカリ蓄電池

容量(Ah) (C);40、(I);70主な用途 制御用

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車体の構造・主要寸法

構体材料/構造 アルミニウム合金

車両の前面形状(C);非常時貫通(I);非貫通

運転室なし(簡易運転台を先頭部に収納)

長さ(㎜)Tc車 (C);11 900、 (I);11 200中間車 (C);- (I);11 200

連結面間距離(㎜)

Tc車 (C);12 550、 (I);11 750中間車 (C);-  (I);11 750

軸距(㎜) 6 700車体幅(㎜) 2 690

高さ(㎜)屋根高さ (C);3 765、 (I);3 725屋根取付品上面

床面高さ(㎜) 1 250

車体特性・構造及び主要設備

相当曲げ剛性(MNm2)相当ねじり剛性(MNm2/rad)曲げ固有振動数(㎐)ねじり固有振動数(㎐)内装材 メラミン化粧板、FRP側窓構造 固定窓妻引戸 -

側出入口構造 両開き外つり引戸片側数 2

戸閉め装置形式方式 電気式スクリュー軸駆動方式

腰掛方式 ロングシート車体連結装置

先頭車 密着連結器中間車 棒連結器

空調換気システム

冷房方式 屋根埋込式 2台分散式暖房方式 (C);-、(I);ヒータ式換気方式 空調取込・強制換気方式配風方式 天井ダクト方式

車内主要設備

照明方式 蛍光灯・直接照明(カバーあり)移動制約者設備 車いすスペース便所 -汚物処理 -

その他

その他の主要設備

主幹制御器形式/質量(㎏)方式

速度計装置 指針式車両情報制御システム

モニタ装置 -モニタ表示器 -

非常通報装置 あり

行先表示器前面 -側面 -

車内案内表示 LCD、 LED

放送車内向け あり車外向け -

車両間連結電気系 あり空気管系 あり

その他の主要設備

空調装置形式/質量(㎏)方式 屋根埋込式 2台分散式容量(kW)(C);37.2、 (I);28

暖房装置容量(kW)(C);-、 (I);20形式/質量(㎏)

標識灯前灯 ハロゲン電球尾灯 LEDその他

その他空気ブレーキ設備

電動空気圧縮機

形式/質量(㎏)圧縮機容量 400 ㍑ /min 圧縮機方式 スクロール式

空気タンク元空気タンク 70 ㍑供給空気タンク 20 ㍑

ブレーキ装置 形式/質量(㎏)

台   

形式M台車T台車

支持装置車体軸箱

けん引装置ばね方式 空気ばね軸距(㎜) 6 700

ばね定数

(N/㎜)

まくらばね

軸ばね

コイルばね総合防振ゴム

リンクばね台車最大長さ(㎜)車輪径(㎜) タイヤ外径 1 154基礎ブレーキ

M台車 ディスクブレーキT台車 -

ブレーキ倍率

制輪子M台車 -T台車 -

ブレーキシリンダ・個数

M台車 4T台車 -

駆動方式 直角駆動式(差動装置付き)歯数比(減速比)継手軸受

質量(㎏)M台車T台車

その他

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a)チャンギ空港向けAPM車両

b)仁川国際空港向けAPM車両

図1 編成図

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接構造である。床構造及び屋根構体は、機器用のつり溝を設けた中空形材を使用し、強度及び剛性の向上と同時にぎ装における部品点数と工数の低減を図っている。台枠及び床構造は、車体長手方向に配した 2本の中はり

の上に中空形材による床構造を構成し、さらに荷重の伝達と分担を考慮して台車部に横はりを加えた構造としている。側構体は、車体長に対して引戸及び窓の開口が多く、か

つ広いという本車両の特徴を考慮して、中空形材による溶接構造ではなく、戸柱を上下方向に配置し、窓部の腰板と幕板を車体長手方向に配置した構造としている。前妻構体は、3次元曲面で構成された先頭形状を具現化

するために FRP で成形し、アルミニウム合金押出形材の骨組と一体化した上でアルミニウム合金溶接構造の構体にボルトで取り付けた。4.2 客室及び客室設備写真 3にチャンギ空港向けAPM車両の室内を示す。空

港内輸送システムの特徴として乗車時間が短く、かつ乗客の手荷物なども多いといった使い方をするため、立席を主体とした客室レイアウトとし、座席は 8席としている。腰掛は、チャンギ空港向けAPM車両では、基本モデル

の FRP 製の 2人掛けのロングシートとしているが、仁川国際空港向けAPM車両では、韓国の耐火基準に適合する

ため、ステンレス製の2人掛けのロングシートとしている。客室内には、立席乗客のためにスタンションポール(立ち席握り棒)及び握り棒を機能的に配置した。出入口部には、四方から複数の乗客がアクセスしやすい三又構造のスタンションポールを、中央部にはスタンションポールと水平の握り棒を組み合わせて配置した。各腰掛のそでからは、側面上部へ“D”の字状の握り棒を立上げ、また出入口部にも握り棒を配置した。天井は、空調装置を配置している両車端部が低天井、中央部は高天井としている。いずれの天井部にも空調吹出口を設けて客室内の風量、温度分布の均一化を図っている。天井高さは、全長にわたって 2 000 ㎜以上を確保し、小さい車両ながらも居住空間を極力拡大するように努めている。照明は、常用灯及び非常灯ともに蛍光灯とし、非常灯は通常時も点灯して常用灯と共用している。非常灯は、インバータ付きとし、通常時は SIV から、非常時はバッテリから給電し点灯する。灯具は、客室全長に配置し、客室内の十分な照度を確保している。内装材は、平面及び比較的単純な曲面部には、メラミン化粧板又は塗装したアルミニウム板を、窓きせなど複雑な形状部分には、FRP 成形品を使用した。内装材は、各案件ごとに要求される耐火規格に適合した材料を採用している。

図 2 車体断面

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図3 床下機器配置

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図4 主回路つなぎ

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図5 カ行性能曲線

図6 ブレーキ性能曲線

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4.3 ドアシステム車体には、片側 2箇所のドアを設けて乗降の利便性の向

上と乗降時間の短縮を図っている。ドアは、開口幅 1 830㎜の外つり両開き式とした。戸閉め装置は、電気式スクリュー軸駆動方式としている。

ドア閉状態では、機械式ロック機構で閉状態が保持される。障害物検知は、戸先スイッチ及びDCモータのホールセンサによって検出する方式とし、障害物検知時には、ドアを再開閉操作する。これらの障害物検知及び再開閉機能は、ドアごとの戸閉め装置の制御装置によって、独立して制御する。4.4 運転台システム仕様として全自動・無人運転としているため、

営業運転用運転台は設けていない。救援及び保守時の手動運転用に先頭妻部に簡易運転台を収納している。

5 ぎ装5.1 床下機器配置床下機器配置図を図 3に示す。電気車として必要な機器

を質量バランスに考慮し、主回路装置、補助電源装置、ブレーキ装置などのサブシステムごとに機器を集約して配線・配管長を極力短縮するように機能的に配置した。VVVFインバータ装置、SIV 補助電源装置、空気圧縮機、除湿装置などは、本車両用に小形・軽量化仕様のものを開発した。床下機器の取付は、床構造用アルミニウム押出形材のつ

り溝に固定する方法とし、必要に応じて取付枠及び防振ゴムを用いている。低圧の制御線は、台枠内の中空部に引通し配線を行い、

床下の各機器へは、転線箱から取り出して配線している。高圧の動力線は、専用ダクトを設けて配線している。空気配管は、高湿度と塩害による腐食対策として SUS

管を使用した。5.2 客室機器配置車両制御機器、自動運転装置、信号保安装置及び通信・

情報関連機器などの制御関連機器を客室内に配置した。これらは、客室四隅の機器収納箱及び腰掛下に配置している。また、乗客へのサービス機器として、案件ごとに、お客様のニーズに合わせた LCD情報表示装置及び LED案内表示器を装備している。

6 台車台車は、側方案内方式の非拘束誘導方式ステアリング式

軸台車を 1両に 2台車装備し、駆動・制動性能の冗長性の見地から2台とも駆動台車とした。台車は、走行装置、懸架装置及び案内操向装置から構成

している。走行装置は、減速機と差動歯車装置を内蔵したステアリング式の車軸とした。懸架装置は、空気ばねを用いた平行リンク方式とした。案内操向装置は、車両と軌道の相対変位を案内輪、案内横はり、前後進切換装置を介し、走行輪のステアリング角として伝達する方式とした。走行輪は、ラジアルタイヤを使用し、パンク時にも走行できるように内部に中子式補助輪を設けている。タイヤの充てん気体は、不燃性を考慮して窒素としている。

7 主回路システム7.1 集電装置集電装置は、軌道の側方に設置されたAL-SUS 製の剛体電車線に対応する側面接触式としている。単車仕様の場合は、離線防止を考慮し、前後台車の案内装置の左右に計4台の集電装置を取り付けている。集電くつの方式は、ばね張り出し式で、手動で解放・収納される。すり板は、カーボン製としている。7.2 主電動機主電動機は、1台当たり 95 kWの出力の三相交流誘導電動機を台車当り 1台(車両当たりで合計 2台)を車体側に取り付けて、推進軸を介して車軸へ動力を伝達している。また、主電動機には、速度検出器、後退検知装置、駐車ブレーキを取り付けている。7.3 主制御装置制御方式は、VVVF インバータベクトル制御を採用した。各軸を個別に制御する 2C2Mの群構成とし、冗長性を向上させている。また、各軸の回転数を常時監視し、前後軸の回転数の差から空転、滑走を検知して、それらを最小限に抑える制御機能を持っている。主制御装置は、IGBT素子を用いた 2レベル PWM制御のVVVFインバータ装置である。主回路接続図を図 4に、力行とブレーキの特性曲線を図5及び図 6に示す。

8 ブレーキシステムブレーキ方式は、回生ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキとしている。車両のブレーキシステムは、常用、非常、保安、駐車のブレーキモードを持っており、冗長性を高めたシステムとしている。常用ブレーキは、電空ブレンディングで動作し、非常及び保安は、空気ブレーキだけで動作し、駐車ブレーキは、ばね式機械ブレーキで動作する。基礎ブレーキは、空油変換器を介する油圧式ディスクブレーキ方式であるが、基本モデルが単車構成であるため、各軸に 2台の空油変換器を搭載することによって多重化を図っている。常用ブレーキは、応答性と制御精度向上のため、供給と排気の二つの電磁弁をON/OFF 制御して、BC圧を制御する方式とした。非常ブレーキは、従来のAPM車両と同様に常時励磁の非常電磁弁を消磁して動作する方式である。保安ブレーキは、非常ブレーキ時においてBC圧が規定値に達しなかった場合に動作する。常用及び非常ブレーキとは空気回路を別系統とし、動作遅れの間の空走距離を補償するためにBC圧を増圧設定している。空気圧縮機は、小形・軽量化かつオイルフリー化した吐出量 400 ㍑ /min の三相誘導電動機駆動スクロール式を搭載している。また、除湿装置には小形・軽量の中空糸膜除湿装置を採用している。駐車ブレーキは、ばね式機械ブレーキを主電動機軸端に取り付けており、空気圧の低下時には、自動的にばね力によって作動する方式となっている。

9 信号保安装置及び自動運転装置信号保安及び自動運転システムは、国内新交通システム

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空港向けAPM車両“クリスタルムーバー”シリーズ112

の方式に準じている。しかし、従来の国内新交通システムでは、機能ごとに機器が独立し、かつメーカも別々であった為に、APM車両に搭載したシステムでは、機器構成を見直して、機能のインテグレーション(統合)ともに車上制御装置の統合と機器の小形・軽量化を図っている。その結果、車上の信号保安及び自動運転システムは、

ATP/ATO 制御車上装置、駅ATO送受信車上装置及びTD車上装置から構成されている(詳細は本誌 225 号で報告)。

10 そのほかの主要搭載機器10.1 補助電源装置補助電源装置は、小形軽量化した IGBT静止形インバー

タ(SIV)を採用した。入力は DC 750 V、出力は次の 3種類とし、容量は 45 kVAとしている。①三相AC 400 V、50 ㎐又は 60 ㎐②単相AC 100 V、50 ㎐又は 60 ㎐③ DC 100 V蓄電池は、ニッケル・カドミウムアルカリ蓄電池でDC

100 V、暖地仕様のチャンギ空港向け APM 車両では40 Ah、寒冷地仕様の仁川国際空港向けAPM車両では70 Ah としている。

10.2 空調装置車両の両端に各 1台の空調ユニットを搭載している。仁川国際空港向けAPM車両などの寒冷地向け車両では、空調ユニットにヒータを内蔵している。空調ユニットは、車両外観と車両限界の拡大を防ぐことを考慮して屋根に埋め込むタイプを採用した。空調電源がない非常時においては、空調ユニット内に内蔵したDCモータ駆動の非常換気ファンによって新鮮外気の取入れを行うシステムとしている。

11 おわりにチャンギ空港向けAPMシステムは 2006 年 3 月、仁川国際空港向けAPMシステムは 2008 年 5 月に供用を開始した。今後、北米地区空港向け 4案件、中東地区空港向け1案件の合計 5案件、89 両を、順次納入し、供用を開始する予定である。これらの空港向けAPMシステムが、空港内の輸送システムとして多くのお客様に利用されることを願ってやまない。最後に、本車両の設計及び製作にあたり、ご指導、ご協力いただいた関係各位に、誌上を借りて厚く御礼申し上げます。

日本

フィリピン

大韓民国北朝鮮

中国

香港新空港向けAPM

台湾

ベトナム

カンボジア

タイ

ラオスミャンマー

ブルネイ

マレーシアシンガポール

インドネシア

東ティモール

オーストラリア

パプアニューギニア

パラオ

仁川国際空港向けAPM

チャンギ空港向けAPMシンガポールLTA向けAPM

付図 1 本誌掲載のAPM車両が運行されている場所