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第1部
第1章
第1節 食料自給率の向上と食料安全保障の確立に向けた取組
ア 2010/11 年度の食料需給
(穀物の生産は前年度をやや下回る一方、需要は堅調)2010/11 年度 1 における世界の穀物全体の生産量は、ロシアでの干ばつ、EU での熱波や洪水、カナダでの豪雨等の異常気象の発生により、小麦、大麦の生産が減少したことから、前年度を下回り 21 億 8 千万 t となる見込みです(図 1 − 1)。一方で、需要量は、食用、エタノール原料用需要の増加等により、生産量を上回り 22 億 4 千万 t の見込みとなっています。このため、期末在庫率は 19.5%となり、国際連合食糧農業機関(FAO)の安全在庫水準 2(穀
物全体で 17 〜 18%)を上回るものの、前年度の水準(22.2%)よりは下回る見込みです。
(小麦、とうもろこし、大豆等で期末在庫率が低下)品目別に需給の状況をみると、小麦については、平成 21(2009)年から平成 22(2010)
年にかけての市場価格低下等による影響で収穫面積が減少することや、生産量世界 5 位のロシア等での干ばつ等による減産により、世界全体の生産量が減少する見込みです(図1 − 2、表 1 − 1)。一方、需要量は、インドやロシア・中国等を中心に増加し、生産量を上回る見込みとなっています。この結果、期末在庫量は減少するとともに、期末在庫率も 27.6%に低下する見通しです。
(1) 世界全体と我が国の食料事情
資料:米国農務省「Production, Supply and Distribution Database」(PS&D)を基に農林水産省で作成 注:穀物全体は、小麦、粗粒穀物(とうもろこし、大麦、ソルガム等)、米 ( 精米 ) の計
図1-1 世界の穀物全体の生産量と需要量、期末在庫率の推移
0
10
14
20
24
12
16
18
22
0
20
40
60
80
100
10
30
50
70
90
億 t %
安全在庫水準(全穀物17~18%、右目盛)生産量
需要量
期末在庫率(右目盛)
19.5
21.8
22.4
1970/71年度
80/81 90/91 2000/01 10/11
1 おおむね各国で作物が収穫される時期を期首として国ごとに設定されている市場年度を指します。国、作物によって年度の開始・終了月は異なります。例えば、米国の小麦では2010/11年度は平成22(2010)年6月〜平成23(2011)年 5月を指します。
2 FAO が昭和 49(1974)年に定めた基準で、世界の食料安全保障について、安全な状態を確保するのに必要な最低水準のことです。作物別では、小麦 25〜 26%、粗粒穀物(とうもろこし等)15%、米 14〜 15%となっています。
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とうもろこしについては、生産量は、世界 2 位の中国、5 位のメキシコでの増産等により、世界全体で史上最高の水準となる見込みです。需要量は、米国のエタノール向け需要の増加、大麦の減産等の影響による飼料向け需要の増加が大きく、世界全体で生産量を上回って増加すると見込まれています。この結果、期末在庫量は減少し、期末在庫率も低下する見通しです。米については、生産量は、前年度干ばつだったインド等での収穫面積の増加や、インド
ネシア、バングラデシュ、ベトナム等での単収増により、世界全体で史上最高となる見込みです。需要量は、インド、バングラデシュ、インドネシア等で増加するものの、世界全体では生産量を下回る見込みとなっています。この結果、期末在庫量は増加し、期末在庫率も上昇する見通しです。大豆については、生産量は、世界 3 位のアルゼンチン等で減少するものの、世界 2 位
のブラジル等で増加することから、世界全体では史上最高の水準となる見込みです。需要量は、米国等で減少するものの、最大消費国の中国やアルゼンチン、インド等で増加することから、世界全体では増加の見込みです。この結果、期末在庫量は増加するものの、期末在庫率は低下する見通しです。
106以上
過去5年間の平均単収に対する2010/11年度の単収見込みの割合
102~105 99~101 95~98 91~94 90以下
資料:米国農務省「PS&D」を基に農林水産省で作成 注:過去5年間の平均生産量が世界全体の 95%に至るまでの上位国を対象とし、過去5年間の単収の平均に対する
2010/11 年度の単収(見込み)の比較により区分。それ以外は白地で表示
(小麦)
(米)
(とうもろこし)
(大豆)
図1-2 穀物等の主要生産国の作柄概要(2010/11 年度)
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なお、主要穀物等について期末在庫量の上位国(2010/11 年度)をみると、中国が、小麦、とうもろこし、米でそれぞれ世界全体の期末在庫量の 32%、48%、45%と最も多くを占めるとともに、大豆でも 27%を占めています(表 1 − 2)。また、米国も小麦 12%、とうもろこし 14%、大豆 6%、インドは小麦 8%、米 22%、大豆 1%を占めるなど、特定の国で穀物等の在庫が集中している状況にあります。
表1-2 穀物等の期末在庫量(2010/11年度、上位5か国・地域)
(単位:百万t、%)
期末在庫量 世界全体に占める割合 期末在庫量 世界全体に
占める割合中国米国インドEU(27)豪州
とうもろこし
中国米国ブラジルEU(27)南アフリカ
小麦
米
中国インドインドネシアタイ日本
大豆
アルゼンチンブラジル中国米国インド
資料:米国農務省「PS&D」
59.322.814.612.56.7
44.021.66.46.12.9
58.717.18.84.94.6
20.916.916.73.80.4
32.412.58.06.83.7
45.322.26.66.22.9
48.014.07.24.03.7
34.327.727.46.30.8
(単位:百万t、%)
生産量 世界全体に占める割合
世界全体に占める割合生産量
小麦
EU(27)中国インド米国ロシア
136.1114.580.860.141.5
21.017.712.59.36.4
とうもろこし
米国中国EU(27)ブラジルメキシコアルゼンチン
316.2168.055.255.022.0
38.820.66.86.72.7
22.0 2.7
米
中国インドインドネシアバングラデシュベトナム
139.394.536.932.325.0
30.921.08.27.25.5
大豆
米国ブラジルアルゼンチン中国インド
90.672.049.515.29.6
34.727.619.05.83.7
表1-1 穀物等の主要生産国と生産量(2010/11年度、上位5か国・地域)
資料:米国農務省「PS&D」 注: 1) EU(27)は、EUを構成する 27 か国の合計 2) 米は精米ベース
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(穀物等の国際価格は再び上昇基調)穀物、大豆の国際価格は、平成 20(2008)年春から夏頃にかけて過去最高水準となり
ましたが、近年においては、価格高騰前の平成 18(2006)年秋頃に比べると高水準ながら落ち着いた動きをみせていました(図 1 − 3)。しかし、平成 22(2010)年 7 月以降、ロシアでの干ばつによる小麦等の在庫減少の見通し等により、小麦の価格を中心に再び上昇しました。その後、8 月にはロシアが小麦等の禁輸措置に踏み切ったこと、小麦からとうもろこし等他の穀物へ需要がシフトしたこと、米国のとうもろこしの生産量見込みが大幅に下方修正されたこと、中国で大量の大豆輸入が行われたこと、アルゼンチンで降雨不足がみられたこと等により、小麦のほか、とうもろこしや大豆についても国際価格が上昇しました。また、米についても、パキスタンやタイの洪水による減産見込み等により、8月以降小幅ながら、国際価格が上昇しました。この傾向は平成 23(2011)年に入っても継続しており、穀物や大豆の国際価格は、過
去最高を記録した平成 20(2008)年の水準に近づいている状況にあります。
穀物、大豆以外の農産物の国際価格も高騰しています。砂糖の価格については、世界 2位の生産国であるインドでの減産や、主要輸出国であるブラジルでの降雨不足による減産懸念等により、平成 21(2009)年 4 月以降高騰しており、平成 22(2010)年 12 月には平成 20(2008)年平均価格の 2.6 倍まで上昇しています(図 1 − 4)。コーヒーの価格については、コロンビアにおける天候不順や BRICs1 等における旺盛な需要増が重なり、平成 22(2010)年 6 月以降高騰しています(図 1 − 5)。
図1-3 穀物等の国際価格の推移
資料:ロイター・ES=時事、タイ国貿易取引委員会資料を基に農林水産省で作成 注: 1) 小麦、とうもろこし、大豆は、シカゴ商品取引所(CBOT)の各月第1金曜日の期近価格 米は、タイ国貿易取引委員会公表による各月第1水曜日のタイうるち精米 100%2等のFOB価格 2) 1bu(ブッシェル)は、大豆、小麦では 27.2155kg、とうもろこしでは 25.4012kg
とうもろこし
大豆小麦
米(右目盛)
290
5.4
3.1
平成 17年(2005)
0
2
10
14
18
4
6
8
12
16
18(2006)
19(2007)
20(2008)
21(2009)
22(2010)
23(2011)
2.1
515
13.9
7.6
7.4
16.6941
10.9
7.5
0
200
400
600
800
1,000
100
300
500
700
900
ドル/bu ドル/ t
1[用語の解説]を参照
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穀物、食肉、砂糖、乳製品、油脂類(植物及び動物由来)の国際取引価格を基に FAOが毎月算出している食料価格指数(平成 14(2002)〜平成 16(2004)年= 100)をみても、平成 23(2011)年 2 月には、237.2 と過去最高の水準となりました(図 1 − 6)。また、世界銀行の食料価格指数 1についても、平成 22(2010)年 10 月から平成 23(2011)年 1 月までの 3 か月間で 15%上昇し、平成 20(2008)年のピーク時をわずかに 3%下回る水準に達しています。これら価格の動きは、天候不順による生産の伸び悩み等に加え、近年人口が増加している中国等の新興国での消費増が背景にあるといわれており、今後も十分注視していく必要があります。
このようななか、平成 23(2011)年 2 月 18 〜 19 日、フランスのパリにおいて、G20財務大臣・中央銀行総裁会議が開催され、一次産品価格の乱高下が食料安全保障に与える影響に留意しつつ、開発途上国の農業への長期的な投資の必要性が議論されたほか、商品市況の上昇の背景や影響を分析するスタディ・グループが立ち上げられました。また、6月にはパリにおいて G20 で初めてとなる農業大臣会合の開催が予定されており、議題については調整中であるものの、食料価格の乱高下を含む食料安全保障が話題になると考えられます。我が国においても、同年 2 月 22 日、農林水産省内に、農林水産大臣を本部長とする「食料情勢分析対応本部」を設置し、食料情勢等に関する情報の収集・分析を行い、適切に対応することとしています。
図1-4 砂糖価格の推移
資料:(独)農畜産業振興機構調べ 注:ニューヨーク粗糖相場、現物の月平均価格
0510152025303540セント/ポンド
平成 17年(2005)
18(2006)
19(2007)
20(2008)
21(2009)
22(2010)
23(2011)
10.3
28.9
36.1
図1-5 コーヒー価格の推移
資料:国際コーヒー機関調べ
セント/ポンド
平成 17年(2005)
18(2006)
19(2007)
20(2008)
21(2009)
22(2010)
23(2011)
231.2
79.4
138.8
0
80
120
160
200
240
40
資料:FAO「Food Price Index」
図1-6 FAO 食料価格指数の推移(平成 14(2002)~平成 16(2004)年=100)
平成 2年(1990)
7(1995)
12(2000)
17(2005)
22(2010)
224.1
106.9
237.2
50
100
150
200
250指数
1 穀物、油脂類、その他(砂糖、牛肉、鶏肉、オレンジ、バナナ等)の卸売価格等を基に世界銀行が算出している指数
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コラム 投機資金による穀物価格高騰への影響に関する国際機関等の見解
平成 20(2008)年頃に穀物価格が大きく上昇した際、その要因として、需給ひっ迫のほか、投機資金の流入の影響があるといわれました。これに関する国際機関等の見解をみると、世界銀行は「金融投資家による商品の利用(いわゆる商品の金融化)は部分的には、価格高騰の原因となったかもしれない」としている一方、経済開発協力機構(OECD)とFAO は「価格が高騰した時期、市場において投機が過剰であった様子はない」としているなど、様々となっています。平成 22(2010)年半ば以降、再び農産物価格の上昇がみられるなか、投機資金との関
係についての見解は示されていませんが、いずれにしても、国際価格の動きをみる際には、このような投機資金の動きも十分注視する必要があります。
投機資金による穀物価格高騰への影響に関する国際機関等の見解
資料:農林水産省調べ
は影響あり、 は影響なし、 は影響の有無が不明
見解(根拠等)
商品先物とリンクした金融市場への巨額資金の流入は、最近の価格上昇における重要な要素
金融投資家による商品の利用(いわゆる商品の金融化)は部分的には、2007/08 年の価格高騰の原因となったかもしれない。商品に関する金融活動は、価格サイクルの長さや振幅を悪化させるという意味で、価格の変動可能性を高め得る。
ハイテク株や不動産取引に代わる、次の投資対象を探している投機資金は、食料価格の突発的な高騰における最も一時的な要素。(ユーロ高・ドル安と石油価格の上昇に相関関係 → 石油価格の高騰 → バイオ燃料原料用とうもろこしの価格高騰 → 小麦、米、パーム油の価格の高騰)
価格が高騰した時期、市場において投機が過剰であった様子はない。(統計上、投機の過剰度を示す数値をみると、品目によっては、価格が高騰した 2006 ~2008 年の数値は 1998 ~ 2002 年の数値より低い。)
投機は、論理的には商品価格の高騰に寄与していない。(価格と投機の動きを表すグラフ(World Economic Outlook 2006.9)によれば、相関関係がみられない。)
投機が食料価格上昇や商品市場の機能不全の原因・徴候であるかどうかは不明。
出典等
世界銀行
カーネギー国際平和財団
Placing the 2006/08 Commodity Price Boom into Perspective(平成 22(2010)年7月)
アジア開発銀行
OECD-FAO
国際通貨基金(IMF)
国際食糧政策研究所(IFPRI)
Carnegie Policy Outlook(平成 20(2008)年5月)
ADB Economics Working Paper Series(平成 20(2008)年10月)
OECD-FAO Agricultural Outlook 2009-2018(平成 21(2009)年6月)
Finance & Development(平成 20(2008)年3月)
IFPRI Forum(平成 20(2008)年6月)
第1節 食料自給率の向上と食料安全保障の確立に向けた取組