磁性流体 サンプルページ ·...

31

Upload: others

Post on 04-Aug-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味
Page 2: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味

「磁性流体」

サンプルページ

この本の定価・判型などは,以下の URL からご覧いただけます.

http://www.morikita.co.jp/books/mid/067401

※このサンプルページの内容は,初版 1刷発行当時のものです.

Page 3: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味
Page 4: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味

i

はじめに

磁性流体の研究は専門性の高い領域で,これまでなかなか一般の方々に知っ

ていただく機会がなかった.しかし,いまでは,いろいろな性質の磁性流体が

開発され,当然,応用範囲も広がり,一般の人々にも目にする機会が出てきた.

ただし,いまだその流体のもつ魅力や不思議さ,さらに高度な応用については,

ほとんど知られていないのが現状である.本書では,科学や技術に興味をもっ

ておられる方々,また,何か将来,新しい科学や技術の芽を探されている方々,

少しおもしろい話のネタがないかを探されている方々,将来自分の専門とする

分野を模索されている学生諸君,これらの方々を念頭において著述した.科学

や技術に関する書物を読むとき,前提となるのは,数学や物理,化学などの基

礎知識であるが,本書では,おおよそ大学教養程度の知識で読んでいただける

ように努力した.なるべく難しい科学技術の用語は避けて著述したつもりであ

るが,もし,難しい用語にぶつかったときは,適当に飛ばし読んでいただきた

い.へぇ~という具合に,おもしろさや不思議さ,応用分野の広さと有益性が

おわかりになっていただけると,この本の目的は達成されたと考えている.

数学や物理,化学の匂いがきつすぎて拒否反応が出そうな章,とくに第 1章

「磁場に感応する流体」,第 3章「磁性流体の連続体力学」の章では,数式の形

式にこだわらずこれらの意味するところを理解していただけるように,解説を

加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た

いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味

がおありの読者は,第 1章や第 3章あたりは,大いに楽しんでいただけると思

う.第 2章「磁性流体の作成」では,磁性流体を作る方法を扱った.主として,

現在工学的に生産されている磁性流体の代表例について説明したが,とりあえ

ずということならば,この章のコラムに示したように磁性流体を身の周りにあ

るものを使って作ることもできる.ただし,それが,本当の磁性流体であるか

と問われれば疑わしい.第 4章「磁場下での流体現象」では,代表的な物理現

象を取り上げた.とくに,見ていても楽しい現象については詳しく説明を加え

Page 5: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味

ii はじめに

た.これらは,すべて磁性流体の磁場下でのユニークな現象であり,ほかでは

見られない.この章では,それぞれの現象を支配する原理について示した.ま

た,流体現象として比較的簡単に観測できるようなものに注目し,磁石と磁性

流体を少量でも入手できれば,すぐにでも実験できるものを多く紹介した.第

5章「工学的応用およびバイオ・医療への応用」では,磁性流体がはじめて作

られた 1960年代からの試作やユニークな考え,これまで実際には実現してい

ない例なども取り上げた.工学分野に限らず,これこそは,と思うものを紹介

した.また,最近の応用展開ともいわれている医療技術分野も積極的に取り上

げた.最後の第 6章「流動性磁性体—磁性流体の仲間たち—」では,解釈を広

義にすれば,何十テスラの高磁場では,水もこの仲間に入りそうであるという

ことをお断りした後,ここでは磁場とコロイド粒子に着目した磁性流体の仲間

を集めた.

Science(科学)の語源は,ラテン語で scioで,これは知る (to know)にあ

たる.知ることの楽しさを経験し,理解が高まると,またほかのことを知りた

くなる.この精神をきわめたのが孔子であろう.

「し

子いわ

曰く,けだ

蓋し知らずしてこれ

之を作るもの

者あ

有らん.われ

我はこ

是れ無きなり.

多く聞きてそ

其のよ

善き者をえら

択びて之に従う.多く見て之をしる

試すは,知る

の次なり.」

この場合の「知る」とは,もっと高い次元の道理を悟るということであろう

が,知ることは確かに人生をもっと明るく豊かにする.貧乏でも,豊かな人生

を送られる人は,このような人である.ただ,知るには出会いが必要となるこ

とは,いうまでもない.そのような意味でも,本書が,新しい科学や技術の知

見を一般の方々に知っていただく機縁となれば幸いである.

2011年 京都にて

著 者

Page 6: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味

iii

目 次

第 1章 磁場に感応する流体 1

1.1 磁性流体—磁性と流動性 ················································ 2

1.2 磁荷と電荷 ·································································· 5

1.2.1 磁石の N極と S極 5

1.2.2 クーロンの法則と磁荷・磁極 7

1.2.3 磁荷と磁極 8

1.3 磁力線と磁束 ······························································· 9

1.3.1 磁荷と磁場 9

1.3.2 電流による磁場 10

1.3.3 磁 束 14

1.4 磁化と磁性 ································································· 15

1.4.1 磁 化 16

1.4.2 磁 性 19

1.4.3 磁化の作用 21

1.5 磁 壁 ······································································· 22

1.5.1 磁気モーメントと磁壁 22

1.5.2 磁壁の移動 23

1.6 磁性流体 ···································································· 25

1.6.1 強磁性体微粒子 26

1.6.2 回転ブラウン運動の影響 27

1.6.3 スーパーパラマグネティズム 27

1.6.4 コロイド溶液としての磁性流体 29

Page 7: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味

iv 目 次

第 2章 磁性流体の作成 33

2.1 磁性材料の選択 ··························································· 33

2.2 磁性流体の代表的製法 ·················································· 34

2.2.1 粉砕法 35

2.2.2 共沈法 36

2.3 機能性の高い磁性流体 ·················································· 38

2.3.1 感温性磁性流体 38

2.3.2 金属ベース磁性流体 39

2.4 代表的な磁性流体の物性 ··············································· 40

2.4.1 諸物性 40

2.4.2 界面活性剤の効果と粒子径 41

第 3章 磁性流体の連続体力学 47

3.1 連続体 ······································································· 48

3.2 ナノ粒子の磁場下での挙動 ············································ 50

3.3 力と運動の方程式 ························································ 53

3.3.1 磁場の作用と運動方程式 53

3.3.2 一般化されたベルヌーイの式 60

3.4 磁場とのカップリング ·················································· 62

3.4.1 見かけ粘度の上昇 62

3.4.2 クラスター形成による粘度増加 67

3.5 磁性流体のエネルギー変換 ············································ 68

3.5.1 磁気熱量効果 68

3.5.2 エネルギー方程式 72

3.5.3 熱磁気対流 74

第 4章 磁場下での流体現象 78

4.1 界面現象 ···································································· 78

4.1.1 スパイク現象 79

Page 8: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味

目 次 v

4.1.2 さまざまなスパイク現象 83

4.1.3 ラビリンス不安定性 85

4.1.4 ミセルの形状変化 87

4.1.5 スロッシング現象 89

4.2 磁気体積力による磁性流体の保持 ·································· 90

4.3 液泡と気泡の挙動 ························································ 93

4.3.1 液泡パターン 93

4.3.2 気泡分裂 97

4.4 磁気浮揚効果 ······························································ 98

第 5章 工学的応用およびバイオ・医療への応用 102

5.1 工学的応用 ······························································· 103

5.1.1 各種センサー 103

5.1.2 モーター 106

5.1.3 磁気浮揚力の応用 107

5.1.4 磁性流体研磨 110

5.1.5 シール・軸受 112

5.1.6 オーディオスピーカー 115

5.1.7 エネルギー変換技術 117

5.2 磁気機能性材料 ························································· 118

5.2.1 磁性材料としての応用技術 118

5.2.2 計測技術 119

5.3 バイオ・医療への応用 ················································ 121

5.3.1 ドラッグデリバリー 121

5.3.2 温熱療法 122

第 6章 流動性磁性体—磁性流体の仲間たち 126

6.1 磁性イオン液体 ························································· 126

6.2 磁気粘性流体 ···························································· 127

6.3 磁性粒子をベースとした物質 ······································· 128

Page 9: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味

vi 目 次

6.3.1 磁性エラストマー 128

6.3.2 磁性ビーズ 130

6.3.3 微生物流体 131

付 録 ··············································································· 132

A.1 ∇(ナブラ)の操作 132

A.2 ストークスの定理 133

A.3 連続の式と運動方程式 134

A.4 シリオミスの方程式 135

A.5 実質微分 136

A.6 ガウスの発散定理 137

A.7 レイノルズの輸送定理 139

参考文献 ············································································ 141

おわりに ············································································ 147

索 引 ··············································································· 148

Page 10: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味

1

磁場に感応する流体第1章

液体の状態で,強い磁性を示す物質は自然界には存在しない.もし,このよ

うな物質が,人の手により作ることができれば大変すばらしいことであり,自

然科学の分野や工学,医学などの応用分野でも多大な恩恵を与えることに違い

ない.このような創生の精神が,磁性流体(英語では magnetic fluid または

ferrofluid)を生み出した.1960年代の出来事である.当時は,人類が宇宙へ

出るという夢を託した宇宙開発が盛んな時代であり,磁性流体は,その宇宙技

術への応用の中で生み出されたのである.

磁性流体は,視覚的にその特徴をよく表すことができる.子供の頃,小学校

の理科の授業で,棒磁石をもって砂場へ行き,そこで棒磁石を砂の中に突っ込

んで砂をかき回し,棒磁石につく砂鉄を集めたことがあるだろう.その砂鉄を

教室にもち帰って紙の上に敷き,紙の下から棒磁石を近づけて,図 1.1のよう

な紙の上に出る砂鉄の模様を観察する.棒磁石のNや Sを上にして紙に近づけ

るとき,また,棒磁石を横にして紙に近づけるとき,それぞれ違った模様が観

察できる.これと同じように,磁性流体に磁石をくっつけると,磁性流体は磁

石に向かって流動して,磁石にくっつこうとすることが観察できる.砂鉄の場

合は,砂鉄が小さな粒子で,それぞれが磁石による磁場に対して感応している

ものであるが,磁性流体は,流体の流動性を保ったまま磁場に対して感応して

運動したり,またいろいろな形を保持したりする.また実際,磁性流体を入れ

図 1.1 砂鉄の模様

Page 11: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味

2 第 1 章 磁場に感応する流体

た容器に磁石を近づけると,図 1.2のような現象が得られる.このように,後

ほど詳しく解説するが,磁場に感応する物体(磁性体)に磁石などで磁場を与

えてやると,比較的簡単に現象を再現できる.また,これらの現象は,視覚で

容易に捉えることができるためわかりやすい.本章では,磁性流体のもつ磁性

と流動性という点にスポットを当て,その特徴について紹介する.磁性流体の

磁場下での流動の特徴を知るためにも,はじめに磁場について,また,磁化と

磁性のかかわりについて調べる.

図 1.2 磁石にくっつく

1.1 磁性流体—磁性と流動性

これから,磁性流体についてこの章の後半でさらに詳しく述べるが,その前

に,この流体のもつイメージを少し紹介してみたい.図 1.2の写真は,容器の

外部より磁石をそっと近づけた様子を示したものである.容器内部の黒い(実

際は,黒褐色と表現した方がより近い色彩をもつ)部分が磁性流体で,磁石によ

る磁場を感知して,磁性流体自身が磁石の性質をもつことにより,磁石にくっ

つこうとしている様子がわかる.このとき,鉄やニッケルなど,ほかの固体の

磁性体のようにパチンと磁石にくっつくのではなく,磁性流体は液体として流

動性を保ったまま,流れるように磁石の方向に向かっていく.いわば,吸いつ

くような形で磁石にくっつくのである.この事からもわかるように,磁性流体

は,磁性と流動性をもつ液体である.以前,中国で磁性流体についていろいろ

と話をしていたとき,中国の研究雑誌に「磁性液体」という表紙を見た.英語

では,前にも記したように “magnetic fluid”という表記が一般的であり,日本

語はまさに直訳的に「磁性流体」と書く.厳密な「流体」の定義は別として,一

Page 12: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味

1.1 磁性流体—磁性と流動性 3

般的には液体は流体であるから,「磁性液体」としてもいっこうに差し支えがな

いように思うが,ともかく,本書では直訳的表現である「磁性流体」という字

を当て,進めることにする.

われわれの身の周りにあるような,鉄,ニッケル,コバルトなどの代表的な

金属が磁石によくくっつくことは,われわれの体感として知られている.この

ような物質は強磁性体とよばれるもので,磁石により作られる磁場の中に置か

れると,それ自身が全体として強い磁石になり,磁石の極(Nまたは S)の方

向に強く引き寄せられる.強磁性体は,英語では “ferro-magnet”と書かれる

が,この ferroは,もともと「鉄」を意味する.磁性流体は,このような強磁性

体の超微粒子を使って作られる.といっても鉄,ニッケル,コバルトをそのま

ま安定した超微粒子にすることは大変難しく,多くの場合はフェライトやマグ

ネタイトとよばれる酸化物や,ほかの物質との合金として,それらを微粒子化

することになる.それら微粒子化した粒子を,液体中に分散させたものが磁性

流体である.このとき,超微細化された強磁性体の粒子は,それぞれ微小な磁

石としての性質をもつようになる.ただし,外部から磁場が作用しない状態で

も,小さな磁石でもある超微粒子は,それぞれが互いに近づくと,くっつき合

い,やがて微粒子どうしが大きい塊を作り,沈殿してしまうことになる.これ

では,到底,分散媒に安定的に分散させることができない.そこで,それぞれの

粒子の表面に,粒子どうしが接近しても,互いの力でくっつかないように,う

まく処理をしてやれば,分散媒に粒子を安定分散させることができる.この表

面処理には,分子鎖の長い界面活性剤が使われることが多い.いわば,それぞ

れ小さい磁石である超微粒子の表面を,スッポリと界面活性剤の分子鎖で覆っ

てしまうようなものである.磁性流体の超微粒子的なサイズレベルでのイメー

ジを,図 1.3に示した.磁性流体は,分散媒いわゆる母液に,磁性をもつ超微

図 1.3 磁性流体のイメージ

Page 13: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味

4 第 1 章 磁場に感応する流体

粒子を分散させたコロイド溶液である.長期的に放置しても,粒子が沈殿した

りはせず,安定したコロイド溶液としての性質を保つことができる.液体であ

るからこぼれないように容器に入れておかなければならないが,常温での保存

も問題がない.

磁性流体は,流体としても強磁性体の性質をもち,磁石にくっつく.ただ,そ

のような磁石と引き合うという現象を示すだけではなく,磁場下で多様な流動

の特性や,特徴的な形態変化を示すことが知られている.たとえば,磁性流体

を代表する特徴的な形態変化として,流体と空気(気体)の接する界面の変化が

よく引き合いに出される.図 1.4のように,界面にトゲトゲのスパイクが出現

したり,迷路のようなパターンが作り出される現象が観察できる.また,磁性

流体中に沈んでいるガラスやアルミニウムなどの非磁性体でできた物体を,磁

場によって磁性流体の液面まで浮き上がらせることもできる.磁性流体の超微

粒子を使って,医薬を体内で輸送したり,さらに,強磁性体超微粒子を加熱し

たりすることもできる.このような磁性流体のもつ流動の特性や特徴的な形態

変化の要因は,その内部に分散されているコロイド粒子であるナノオーダーの

強磁性体超微粒子を,外部より磁場で制御していることによるものである.こ

のような,磁場により現れる流動の特性や流体としての形態変化は多様性に富

み,それゆえに,科学的にも大変興味深い物質である.さらに,工学的応用分

野から医学的な分野に至るまで,その応用技術は広大な範囲に及ぶ.このよう

な意味でも,人工の流体でこれほど物理的に,また応用という意味でもリッチ

な物質はいまだ磁性流体以外にない.次節以降では,磁性流体の流動と,その

挙動にかかわる磁場と磁性について話を進めることにする.

図 1.4 界面の変化

Page 14: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味

1.2 磁荷と電荷 5

1.2 磁荷と電荷

1.2.1 磁石の N極と S極

磁性流体の示すもっとも特徴的な性質は,図 1.2に示したように,磁石にくっ

つく現象である.この節では,磁石と磁場についての話から始めてみよう.

磁石には,永久磁石と電磁石がある.磁石はもともと鉱物として産出された

ものである.この鉱物から発する不思議な力が,古来の人々を随分と空想に駆

り立てたであろう.磁気(magnetism)という言葉は,磁鉄鉱(magnetite)が

産出された,ギリシャのマグネシア地方に由来する.中国でも同じような鉱物

が採られたようで,じしゃく

茲石という字が当てられていた.これらが現在の磁石の語

源である.いまでは,われわれが手にする磁石のほとんどすべてが工業製品で

あり,永久磁石については簡単に手に入れることができる.たとえば,デパー

トの玩具売り場には,さまざまな形の永久磁石が遊び道具として売られている.

子供たちが,これにいろいろな物(とくに,鉄や鉄に似た金属)をくっつけて

遊ぶことができる.しかし,いくらおもしろいからといって,磁石を電子式の

時計や電卓,コンピュータなどに近づけると,すぐにこれらの電子機器を壊し

てしまう.

磁石というと,地球も大きな磁石である.地球上どこの位置にいても,方位

磁石の磁針はつねに一方向,つまり北と南を向く.すなわち,この事実を基に

すると,地球の表面上で方位という考え方にたどり着く.図 1.5(a)は,磁針

を地表のある位置に置いたときの磁針の向きを示す.地球の北極(north pole)

図 1.5 地球と棒磁石

Page 15: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味

6 第 1 章 磁場に感応する流体

と南極(south pole)の方向に向かって磁針が向くのであるが,磁針が北極の

方向を向く極を N,また,南極の方向を向く極を Sとする.地球を大きい磁石

と見立てれば,北極にある磁石としての極は S極で,逆に南極では N極である

ことになる.実際の地球の磁極(S,N)は,北極点および南極点より少しずれ

た位置にあることがわかっている.このようにして,磁針のN極と S極が決ま

る.図 1.5(b)のように,棒磁石の付近に同じようにして磁針を置いてみると,

磁針のN極の指す方向には棒磁石の S極,逆に,磁針の S極の指す方向には棒

磁石の N極が存在することになる.

今度は,図 1.6(a)に示すように,磁針と平行に導線を張って,その導線に

直流の電流を流してみると,導線と直角の方向に磁針が振れることが観測でき

る.電流の向き(+,−)を逆にすると,磁針も逆に振れることに気がつく.すなわち,導線に電流を流すと,導線の周りには,やはり磁石の周辺のように磁

針の向きを与える作用があることがわかる.さらに,この導線を図 1.6(b)に

示すようにクルクルとコイル状に巻き,それに同じように直流の電流を流して

みる.このようにして巻いたコイルをソレノイドコイルとよぶ.このソレノイ

ドコイルに電流を流し,コイルの付近に磁針を置くと,やはり,磁針は振れて,

ある定まった方向を向くことが観察される.ソレノイドコイルでは,磁針の向

きから,電流の流れる方向のコイル端は N極のように,他端は S極のようにな

る.このように,電流を導線に流すと,導線の周りは永久磁石と同じ性質をも

つ,いわゆる電磁石ができる.

永久磁石であれ,また電磁石であれ,磁石からは,ある種の力の作用が,空

間を通していろいろな物に及んでいることが推察できる.磁気に関する定量的

図 1.6 電流によって生じる磁場

Page 16: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味

1.2 磁荷と電荷 7

な議論は,磁気におけるクーロンの法則,すなわち N極と S極にはたらく力よ

り始まった.

1.2.2 クーロンの法則と磁荷・磁極

クーロンの法則では,正(+)と負(−)の 2種類の電荷を扱う.乾燥した日に

シャツを脱ぐと,髪の毛にくっついたり,パチッと指先にショックを感じたり,

摩擦で電気にかかわる特有の現象を経験したことがあるだろう.これは,摩擦

により,衣類の一方が正に,他方が負に帯電することで起こるものである.この

とき,一般的には,正と負の電荷は別々の物体にそれぞれ等しく含まれている

ことがわかっている.帯電した物体間にはたらく力を考えるときは,図 1.7(a)

に示されるように,正または,負に帯電した,大きさの無視できる小さい帯電

体 q1 および q2 を考えると都合がよい.これを点電荷とよぶ.結局,点電荷の

力学的な特性を調べてみると,電荷は同じ極性をもつときには反発し,異なる

極性では引き合うという特性があることがわかる.この力がクーロン力 F とよ

ばれ,ニュートンの万有引力の式と同じように,二つの電荷 q1, q2 にはたらく

長距離の作用による力として,

F =1

4πε0

q1q2

r3r = k

q1q2

r3r (1.1)

となる.ここで,ε0は真空の誘電率(ε0 = 8.854× 10−12 F/m),また,kは比

例定数である.一方,電荷 q1 にはたらくクーロン力 F を,F = q1E と表し,

E = kq2

r3r (1.2)

とすることができる.各点で大きさEをもつこの空間Eを電場とよぶ.図 (b)

図 1.7 二つの電荷による力 F と電場 E

Page 17: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味
Page 18: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味

47

磁性流体の連続体力学第3章

われわれの体内を流れる血液には,酸素や体内の代謝に必要な物質を輸送す

る大変重要な機能がある.この血液のように,いろいろな状況下で流体自身に

何らかの構造変化が生じ,流体の物理的性質や運動の変化が起こり,目的とす

る機能が発揮される流体を,機能性流体(functional fluid)とよぶ.また,血

液に例を取ると,けがなどで血液が傷口から体外に出る.すると,血液は空気

に触れ,内部の液体構造に変化が生じて凝固し,やがて傷口をふさぐはたらき

をする.すなわち,血液には置かれた環境を認知する機能があることがわかる.

この認知機能により,それ自体が置かれた環境に対して,自律的に応答して生

体を保護する機能が見てとれる.ただ付与された機能のみを果たすだけでなく,

それ自体が置かれた環境を認知して,自律的に応答するような賢さをもつ.それ

らはインテリジェント流体 (intelligent fluid)とか,スマート流体 (smart fluid)

とよばれる.また,あまり厳密な意味をもたないが,これらの流体の総称とし

て知能性流体とよばれることもある.

ここで,流体の賢さのポイントになるのは,外部環境の認知機能であるリモー

トセンシングである.血液の凝固などは,「リモート(遠く離れた)」という意味

では適当でないかもしれないが,空気中の酸素分子などと,血液中の凝固を司

る分子との直接的な相互作用がその起因である.だが,磁性流体の賢さは,遠

く離れた場から作用するという意味で本当のリモートセンシングにあり,磁性

流体の磁場下での流動や挙動のメカニズムを理解することが重要である.この

章では,磁性流体が有する外場を認知する手法,すなわちリモートセンシング

のメカニズムについて述べる.

これまでの章からわかるように,磁性流体は確かにスマートな流体である.

すなわち,磁性流体の置かれた外部環境の変化は,磁場により非接触で変形と

流動を起こす.磁性流体からみれば,まさに磁場の変化に対して自律的な応答

をしているわけである.

Page 19: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味

48 第 3 章 磁性流体の連続体力学

3.1 連続体

磁性流体は,約 10 nmの粒径をもつ強磁性体超微粒子を,溶媒となる母液に

分散させたコロイド溶液である.小さいスケールで見ると,これら超微粒子や

母液も,さらに小さい原子や分子などの微小な粒子から構成されていることが

わかる.このようにして考えると,磁性流体をどのようにして,すなわちどの

ようなスケールにおいて,力学的に取り扱えばよいのか,という疑問に出くわ

す.一般的には,磁性流体などの流体の挙動や流動現象は,われわれの存在す

るスケールを基にしたマクロな視点で記述されることが多い.もう少し平たく

いえば,われわれが日常目にして直接手で触れるもの,実験室や工場でわれわ

れが直接手を加え,そのものを物質として体感しながら取り扱える物としての

スケールで記述することになる.このようなスケールでの取り扱いは,いずれ

も,原子や分子をあらわに見るものでも意識するわけでもない.すなわち,マク

ロなスケールにおいてその物質の固有な構成要素が連続的に広がった物として

認識し,取り扱えるようなものが連続体である.磁性流体の構成要素が 10 nm

の超微粒子,さらに小さいスケールの分子や原子のようなナノスケールの物で

なくとも,構成要素より大きい長さのスケール,すなわちマイクロスケールで

物理的な平均操作を行えば,もっと粗い意味での現実的な物理性質が求められ

るということが重要な視点である.このような考え方を粗視化といって,流体

力学,熱・統計力学,電磁気学などの連続体の力学の基礎をなしている.

磁性流体は,われわれが通常取り扱っている状態では,流体である.これを

連続体としてみなすための条件について,もう少し厳密に考えてみよう.まず,

図 3.1に示すように,Lm を分子のスケールとする.分子が近接する分子と衝

突してから次に衝突するまでに経過する時間の平均値,すなわち平均衝突時間

を t0とし,衝突と次の衝突の間に分子が直進する距離の平均値,すなわち平均

自由行程を l0 とする.次に,Lを観測する系のスケール,また,現象の観測時

間を T とする.ここで,Lはわれわれの実験室のように大きいマクロスケール

でなくとも,分子の運動の影響が残っているような,たとえば磁性流体の強磁

性体超微粒子のスケールにも適用できるとする.対象とする流体を連続体とみ

なすためのもっとも基本となる条件は,L � l0が満たされることである.すな

わち,

Page 20: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味

3.1 連続体 49

図 3.1 観測系とスケール

Γ =l0L

� 1 (3.1)

が満たされることであり,ここで,Γはクヌーセン数とよばれる無次元数であ

る.図 3.1は,連続体としてみなせるかどうかを表す代表的な物理量として,密

度 ρ(r, t)を指標に取った.ここで,r は系の位置ベクトル,また,tは現象の

経過時間である.密度 ρ(r, t)は,

ρ(r, t) = limεt→0

{1t1

∫ t+t1/2

t−t1/2

ρ′(r, t′)dt′}

(3.2)

となる.ここで,

ρ′(r, t′) = limεl→0

∑M ′

i(t′)

V (r)(3.3)

εl =l1L

, εt =t1T

(3.4)

とする.V (r)は,rで代表される位置での系Lの検査体積,∑

M ′i(t

′)は V (r)

で代表される体積中に存在する物質(粒子,対象物質を含む)の時刻 t′ におけ

る質量の総和である.l1,t1はそれぞれ,V (r)の検査体積で代表されるスケー

ルおよび観測時間とし,L � l1 � l0,T � t1 � t0 の関係が存在する.図 3.1

に示したように,密度 ρ(r, t)は観測されるスケールにより異なり,Lが小さい

場合では大きく変動するが,中間的なスケール Liを超えて,やがてマクロなス

Page 21: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味

50 第 3 章 磁性流体の連続体力学

ケール Ll に近づくにつれて一定値を保つようになることがわかる.すなわち,

Γ � 1において,系での物理量としての密度が正確に定義できるようになり,

このスケールにおいてはじめて,流体は連続体としての取り扱いが可能になる.

本書では,V (r)に十分な数の強磁性体超微粒子が含まれ,かつマクロなス

ケールでの系における連続体としての取り扱いが可能な領域を念頭に置いて,

流体中の検査体積が,流体粒子のスケールとして表現できる力学系について解

説を進める.

3.2 ナノ粒子の磁場下での挙動

磁性流体のもっとも特徴的な性質は,リモートセンシング機能の発現のメカ

ニズムとして,磁性流体中に分散された強磁性体超微粒子が磁場に感応するこ

とにある.このことについて,強磁性体超微粒子を含むコロイド系の磁場と流

れの関係から考えてみよう.磁性流体の原理的な運動のメカニズムを考えるに

は,対象とする力学系 Ll 中に十分な分子が含まれ,かつ,十分な強磁性体超

微粒子が含まれるものの,粒子どうしの相互作用がないような希薄な粒子濃度

のものを考えるのがよい.粒子径は均一で約 10 nm程度として,粒子の磁気緩

和は粒子の回転ブラウン運動が支配するものとする.また,強磁性体超微粒子

の磁気モーメントは,粒子の磁化容易軸の方向に固定されており,粒子ととも

に自由に回転すると考えるのが自然である.さらに,磁性流体など連続体とし

て流体の運動や力学を考えるときには,磁性流体の中に流体粒子という小さな

仮想の粒子を考えると便利である.流体粒子は仮想的な表面をもち,その内部

には対象となる流体の物理的な性質を示す十分な数の母液原子や分子が満たさ

れているものと考える.流体粒子は連続体中,すなわち,流動する流体中にお

いて,流動に従って並進(流体の局所的な速度 u)と回転(速度の勾配に起因

する回転 Ω = (∇ × u)/2)を行う.ここで,磁性流体を物理的に特徴づける

概念として,強磁性体超微粒子が 1個,この流体粒子の中に存在するものと仮

定する.ちょうど玉子の中に黄身と白身があるようなイメージで,いわば,磁

性流体を特徴づけるような黄身(強磁性体超微粒子)と白身(流体粒子)の物

理モデルである.図 3.2に,このモデルの概略を示した.本当の玉子のように

硬い殻はないが,玉子全体を流体粒子として,ベース液が白身,また強磁性体

超微粒子がちょうど黄身にあたる.もし,外部より磁場が作用していないとき

Page 22: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味

3.2 ナノ粒子の磁場下での挙動 51

図 3.2 玉子の白身と黄身のモデル

は,強磁性体超微粒子は流体粒子の並進と回転に従って運動するものと仮定す

る.この白身と黄身のモデルが,後の力学系方程式のもっとも基本的となる最

小スケールでの概念である.

この玉子の白身と黄身のモデルを用いて,磁場H を印加したときのナノ粒

子の磁場下での挙動について考えよう.磁場H を印加したとき,この玉子はど

のようになるのであろうか.流体粒子のベース液である白身の方は非極性の流

体であるため,磁場とは無関係に回転運動を行うことができる.ただし,強磁

性体超微粒子である黄身の方は,磁気モーメントが印加された磁場H の方向

に向こうとする性質があるものと考えることができる.そのため,黄身自体が

流体粒子の回転 Ωと異なる回転 ω を行うことになる.すなわち,磁場印加時

では,流体粒子の回転 Ωと強磁性体超微粒子の回転 ω は本質的に異なり,流

体粒子と強磁性体超微粒子の間に新たな力学的な作用が発生する.このような

回転する系での議論をするときは,系の角運動量 (angular momentum)という

空間のベクトル量を取り扱うと便利である.角運動量は,粒子の位置ベクトル

に粒子の運動量ベクトルをかけた量である.角運動量は,連続体の力学系では

保存量として取り扱うことができるのも大変便利である.

ここで,図 3.2を参考にして,流体粒子の角運動量,すなわち内部に強磁性

体超微粒子を含む玉子について調べてみよう.いま,この玉子全体の角運動量

Page 23: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味

52 第 3 章 磁性流体の連続体力学

を L(ベクトル)とすると,Lは保存量として次の方程式を満たす.

DL

Dt= N (3.5)

ここで,式 (3.5)の右辺N はトルクで,N = r × F で定義されるベクトル

量とする.F は玉子に作用する全力で r は玉子の位置ベクトルである.また,

式 (3.5)の微分記号D/Dtは,実質微分(付録 A.5参照)とよばれる微分演算

子で,次式に示すように,時間微分と空間での対流による微分を含む.

D

Dt=

∂t+ u·∇ (3.6)

式 (3.6)の uは,図 3.2に示したように玉子の速度ベクトル,すなわち(磁性)

流体の場の速度を表す.式 (3.5)を,流体粒子に対する単位体積あたりの角運

動量の式に書き直すと,

ρDΘ

Dt= ρb + c + A (3.7)

となる.式 (3.7) の左辺 Θ は,流体粒子(玉子)の内部に存在する強磁性体

超微粒子(黄身)の回転の影響による系固有の角運動量であり,内部角運動量

(intrinsic angular momentum)とよばれるベクトル量である.ここで,粒子の

慣性モーメントを I とすると,Θは,Θ = Iωで記述される.また,右辺の第

1項 ρbは磁場H に起因し,この流体粒子に加わる偶力である.cは内部角運

動量Θの拡散により増大する角運動量,最後のAは,流体粒子に内在する応

力の角運動量である.

さて,ここで玉子の黄身と白身との回転の差について再び考え,この差に起

因する作用量として,流体粒子に内在する応力の角運動量Aを作ってみると,

A = −4ζ(ω − Ω) (3.8)

となる.ここで,ζ は次元をもつ正の定数で,−4 は便宜的に与えたものであ

る.このように,外部より磁場H が作用すると,流体粒子内部に新たに角運

動量Aが付与される.すなわち,磁性流体の中の玉子には,外部磁場H より

Aという角運動量が与えられることになる.同時に,磁性流体自身は強磁性体

超微粒子の集合体という磁性をもつ連続体であるため,式 (1.22)から,この流

体粒子は磁化ベクトルM をもつ.一方,磁気モーメントは粒子の回転運動と

ともにはたらくものの,それぞれの磁性粒子のM の方向は,ωとΩの違いに

Page 24: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味
Page 25: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味

102

工学的応用およびバイオ・医療への応用第5章

この章では,磁性流体を使って何ができるのかについて考えてみる.磁性流

体は,もともと自然界に存在するものではなく,人の手により生み出されたも

のである.ただ,このようなものが生み出されたのは,偶然ではなく必ず何か

の動機がある.ここでは,磁性流体創生の経緯もたどりながら,磁性流体の応

用技術について紹介する.ただし,磁性流体の応用技術といっても,いままで

に産業界で広く用いられている技術から,まだ研究途上のもの,さらに実現可

能と思われるアイデアまで大変広範囲に渡る.ここでは,これらの技術をあま

り分野にこだわることなく,基本的なアイデアを中心として,幅広く紹介する.

現在,われわれが使用している磁性流体の創生は,宇宙技術を目指したもの

であった.1960年代の話である.それ以後,非常に多くの技術的な応用が提案

され,また,それらの内のいくつかは,すでに実用化されている.ただ,実用化

されなかったからといって,そのまま見捨てられるべきではない.その時代に

おいては,周辺の科学技術がそのアイデアに追い着かず,実用にまでは至らな

い,ということは多々ある.優れたアイデアは時を越えて記憶され,また伝承

されるべきであり,必ず次の時代で形を変えてよみがえる,ということをしっ

かりと気に留めておかねばならない.

話を戻し,磁性流体創生の起源となったアイデアから話を始めることにしよう.

1960年から 1970年にかけて,アメリカNASA(アメリカ国立航空宇宙局)の

宇宙開発が正に始まろうとしていた頃である.流体燃料を用いるロケットエン

ジンにおいて,無重力状態にある燃料タンク内には,低圧下で発生する蒸気が自

由に入り混じり,ポンプやエンジンの作動を狂わせ,十分な液体燃料がロケッ

トエンジン部へ供給できない,という事態が想定できた.そこで,図 5.1のよ

うに,液体燃料に磁性体の性質が付与されれば,磁力の作用により,燃料をロ

ケットエンジンへと連続的に供給できると考えた.このアイデアから,磁性流

体が生まれる.パペル (Papell)のアイデアである.現在このアイデアが実際に

使われたということは聞かないが,これが磁性流体創生の起源となる話である.

Page 26: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味

5.1 工学的応用 103

図 5.1 無重力状態でのロケット燃料補給†1

5.1 工学的応用

5.1.1 各種センサー

磁性流体の流動性と磁場に感応する性質を利用したものに,各種センサーが

ある.磁性流体のセンサーへの応用は古く,ほぼ磁性流体の創始期に始まった

といってよい.図 5.2に,それらの典型となるものを示した.図 (a)は,いろ

いろな移動体の加速度を計測するセンサーである.このセンサーは,とくに磁

性流体の流動性と磁場に感応する性質のほか,磁気浮揚効果を利用したもので,

非磁性体で作られたケーシングの中に永久磁石を浮遊させるような構造をもつ.

たとえば,図 (a)で示したような加速度センサーを車や列車に設置すると,加

速度運動により永久磁石に慣性力がはたらき,浮遊した永久磁石(ケーシング

に相対する)の位置に変化をもたらす.したがって,ケーシング内の磁性流体

と永久磁石の体積分率の偏りを計測することにより加速度を求めることができ

る.計測装置としての仕組みは,ケーシング外部に巻かれたコイルAとコイル

図 5.2 磁性流体センサー†2

†1 Papell (1965)†2たとえば,Raj et al. (1995)

Page 27: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味

104 第 5 章 工学的応用およびバイオ・医療への応用

B,またケーシング内部の永久磁石と磁性流体という至って簡単な構造をもっ

ている.計測方法であるが,まず,ケーシング側に巻かれたコイル Aに一定周

波数の弱い交流をかける.加速度運動に起因する慣性力により,永久磁石のず

れがケーシング内部の磁性流体の体積分布に偏りを生じさせることを考慮して,

このケーシング内部のインダクタンスの変化を,検出コイル(コイルB)の電圧

変化として記録するものである.すなわち,コイル Bで検出された交流電圧変

化と永久磁石の偏りとを関係づけることにより,加速度を求める仕組みである.

図 5.2(b)は,レベルセンサー(傾斜計)としての応用を考えたものである.

今度は,図 (a)のケーシング中の永久磁石を取り除き,磁性流体を非磁性体で

あるケーシング中に液面を作るように充填する.また,同様にして,コイル A

とコイル Bをケーシングの外側に巻き,コイルAを励磁コイルとして,一定周

波数の弱い交流を加える.そして,コイル Bを検出コイルとして誘導起電力を

計測する仕組みである.このレベルセンサーを台に取り付け,台を傾けてみる

と,ケーシング内部の磁性流体に偏りが生じる.このとき,検出コイル B側で

のインダクタンスに変化が生じ,誘導起電力に変化が生じる.これからインダ

クタンスの変化と誘導起電力とを関係づけることにより,傾斜角を求める仕組

みである.このような磁性流体のセンサーは,機構としては至って簡単で,可

動する機械要素をもたない構造のため,メンテナンスの必要が生じない.その

ため,一度設置すると,なかなか人が近づけないようなところで使用できるメ

リットがある.

図 5.3に圧力センサーへの応用例を示した.計測理論は,図 5.2と同様に,

圧力変化による磁性流体の量的変化をインダクタンスの変化による誘導起電力

の変化として検出するものである.図 5.2(a), (b)を組み合わせた構造をもち,

永久磁石による磁場下で磁性流体を保持し,圧力変化による液面(図 5.3(a))

または,液柱(図 5.3(b))の位置変化を,加えられた交流電圧の変化として検

出する仕組みである.

図 5.3(a)の圧力センサーでは,圧力変化によるダイヤフラム(膜)の変形が

コイル部における液面の変化を生じ,これが計測側では非磁性体パイプの外側

に巻かれたコイル(磁性流体のレベル検出器)の出力として,交流電圧自身の

変化を捉える.したがって,圧力センサーとして,これらの量を関係づけるこ

とで圧力計測が可能となる.同様に,図 5.3(b)の圧力センサーは,圧力変化に

よるガラス柱に保持された磁性流体の液柱の位置変化を利用して,検出コイル

Page 28: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味

5.1 工学的応用 105

図 5.3 磁性流体センサー†

の交流電圧変化との関係を用いて圧力を計測する機構である.一般に,図 5.3

などに見られるような機構で磁性流体の応用を考えると,磁性流体が計測対象

とする気体や外界の気体と直接接触することがある.これらの状況下では,磁

性流体の母液の蒸発や気体との相互作用による磁性流体自身の変質に配慮する

必要がある.

通常,工業的に使用される磁性流体中の強磁性体超微粒子は,磁場下では完

全な分散系ではなく,前にも述べたように局所的に見ればクラスターが形成さ

れている.とくに,均一な定常の磁場下では,磁力線に沿った方向に規則正し

い鎖状構造をもつクラスターが形成されることが知られている.これらのクラ

スターは,ちょうど液晶の分子が印加された電場や磁場の方向に規則正しく配

列し,光学的な効果を示す現象と類似する.当然,磁性流体中の強磁性体超微

粒子は液晶分子のオーダーと比べるとまだまだスケールが大変大きいものであ

るが,粒子濃度が大きく比較的強い一定磁場を印加すると,印加磁場に沿った

規則正しい鎖状クラスターの配列が形成され,非常に大きい磁気光学効果を示

す.たとえば,磁気光学効果について詳細を述べると,磁性流体の薄膜を一様

な磁場中に挿入した場合,磁場の方向に規則正しく並ぶような鎖状クラスター

が形成され,この鎖状クラスターの方向と垂直な偏光面をもつ偏光は薄膜を透

過されず,逆に平行な偏光は透過されることになる.すなわち,磁性流体の薄

膜にこれと平行な磁場をかけてやると,磁気複屈折が生じることになる.

一方,磁場を取り除くと,クラスターを形成している磁性粒子はブラウン運

動により即座に均一分散系へ戻り,光の透過性はなくなる.このように,磁性

†たとえば,(a) Berkovsky et al. (1993),(b) Bacri et al. (1993)

Page 29: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味

106 第 5 章 工学的応用およびバイオ・医療への応用

流体の薄膜を透過する偏光の透過率は印加する磁場の強さにも依存し,二色性

が発現する.磁性流体の磁気光学効果をうまく利用すれば,図 5.4のように,

光モジュレーターや光センサーなどのオプトエレクトロニックス装置への応用

が可能となる.図 5.4では,入射光側に偏光子を入れ,センサー部の中央に磁

性流体薄膜を設置して磁場による磁気光学効果を得ることにより,透過光を後

ろの受光子にて検出する構造である.図 5.4では,わかりやすくするために永

久磁石で磁場を印加するような機構で描いたが,実際には,電磁石により磁場

の強さをコントロールして,モジュレーターやセンサー機能を充実することが

できる.これから,この分野での大きい課題でもある高性能化や小型化への実

現性についても期待ができる.

図 5.4 光モジュール,磁気センサー†

5.1.2 モーター

DCモーターなどの回転電気機械では,回転子と固定子の間隙には気体の空

間があり,通常は空気の層が存在する.空気層の存在は,モーター内の磁気回

路を考えれば磁気抵抗の要因となり,往々にして,モーターの効率化の障害と

なる.そこで,この間隙に気体と比べ透磁率が大きい磁性流体を充填すること

で,磁気誘導率を上げるような試みがある.また,このほか間隙内への磁性流

体充填の効果は,磁力線の漏れも防ぐはたらきを期待できる.図 5.5は,DC

モーターの回転子と固定子の間隙に,磁性流体を充填したときの概略図である.

磁性流体を回転間隙にうまく充填できると,磁気回路の磁気誘導率のゲインを

上げることができ,モーターの高出力化や高効率化が図れる.同様にして,高

†たとえば,武富 (1983)

Page 30: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味

5.1 工学的応用 107

図 5.5 DC モーター†

能率リニアモーターの磁石間隙の充填液としての応用も期待できる.ただし,

これらの応用技術は磁場下での磁性流体の見かけ粘性増加による回転子への摩

擦抵抗の負荷,また,先に述べたように,気体(現実的には空気)との直接接

触による磁性流体自身の磁性流体の母液の蒸発や,相互作用による変質などに

注意を払う必要がある.

5.1.3 磁気浮揚力の応用

磁性流体中の非磁性体は,磁場の勾配と逆の方向(磁力線の強いところから弱

い方向)に力を受ける.非磁性体が入った磁性流体に,重力の作用と反対の方

向に磁場勾配をかけると,この非磁性流体が浮かび上がる.この現象は,前章

で述べた磁気浮揚効果とよばれる現象である.一般的に,液体中においては非

磁性体や磁性体に関係なく,アルキメデスの原理による浮力が作用するが,磁

性流体中の非磁性体に磁場を印加したとき,この非磁性体には,それに加えて

磁気浮揚効果による浮力も受けることになる.磁気浮揚効果による浮力は,磁

性流体自身の磁化M の強さと,印加する磁場H の勾配∇H の積,M∇H に

比例することから,H の強さ(M = M(H))とこの勾配を加減してやると,浮

力を自由にコントロールすることができる.

磁性流体を用いた応用技術として考案された比重差選別装置は,ルビーやダ

イヤモンドなどの非磁性体である鉱物質源を分離するのに用いられる工学的応

用の一つであり,磁気浮揚効果とアルキメデスの原理を上手に使った装置であ

る.たとえば,図 5.6に示す装置では,この装置は対極した磁極に勾配をつけ

ることで,重力の作用と反対方向に磁場勾配をかけ,磁性流体中に投入された非

磁性体に対して,浮力と同じ方向に磁気浮揚力をかけることができる.このよ

†たとえば,Nethe et al. (2009)

Page 31: 磁性流体 サンプルページ · 加えた.数式や記号にこだわりなく読んでいただいても,本書の目的には,た いして影響はない.逆に,磁性流体という不思議な流体の深いところにご興味

著 者 略 歴山口 博司(やまぐち・ひろし)

1982 年 マンチェスター工科大学大学院機械工学専攻博士課程修了1982 年 シャープ(株)技術本部 エネルギー変換研究所副主任1989 年 同志社大学工学部助教授1995 年 同志社大学工学部教授1999 年 同志社大学大学院工学研究科博士課程(後期課程)教授2007 年 同志社大学エネルギー変換研究センター長

現在に至るトロント大学 研究客員教授(1990 年),国際磁性流体会議運営委員会副議事長(2011 年)など

編集担当 富井 晃(森北出版)編集責任 石田昇司(森北出版)組 版 ウルス印 刷 ワコープラネット製 本 協栄製本

磁性流体 C© 山口博司 2011

2011 年 9月 13日 第 1版第 1刷発行 【本書の無断転載を禁ず】

著 者 山口博司発 行 者 森北博巳発 行 所 森北出版株式会社

東京都千代田区富士見 1–4–11(〒102–0071)電話 03–3265–8341/ FAX 03–3264–8709

http://www.morikita.co.jp/

日本書籍出版協会・自然科学書協会・工学書協会 会員<(社)出版者著作権管理機構 委託出版物>

落丁・乱丁本はお取替えいたします.

Printed in Japan/ISBN978–4–627–67401–1