第 2 章 線形作用素線形写像fは線形汎関数であるという. 一般に,...
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第 2 章 線形作用素
本章においてはヒルベルト空間の線形作用素の基本性質について考察する.
2.1 線形作用素の定義
本節においてはヒルベルト空間の線形作用素の基本性質について考察する.
本節の内容の詳細に関しては, 吉田 [6], 第 1章を参照してもらいたい.
定義 2.1.1 HとH1は二つのヒルベルト空間であるとする. Hの各元 x に H1 の元 y を対応させる写像を T と表す. このとき,
y = Txと表す. 写像 T が線形写像であるとは, 任意の x, y ∈ Hと任意の α, β ∈ C に対して, 条件
T (αx+ βy) = αTx+ βTy
が成り立つことであると定義する.
定義 2.1.2 HとH1は二つのヒルベルト空間であるとする. Hの部分空間DはHの内積を制限して得られる内積に関して内積空
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間であるとする. 一般に, 線形写像 T : H → H1はDからH1への線形写像であるとき,
D(T ) = D, R(T ) = y ∈ H1 : y = Tx, x ∈ D
をそれぞれ T の定義域, 値域であるという.
HとH1は二つのヒルベルト空間であるとする. T と T1はHからH1の中への二つの線形作用素であるとする. このとき, T と T1
が等しいということは, 次の条件 (i), (ii)が成り立つことであると定義する:
(i) D(T ) = D(T1).
(ii) Tx = T1x, (x ∈ D(T ) = D(T1)).
このとき, T = T1と表す.
定義 2.1.3 HとH1 はヒルベルト空間であるとする. T はHからH1への線形写像であるとする. このとき, 線形写像 T が連続であるとは, D = Hであって, xn, x ∈ H, (n ≥ 1)に対し, 条件
xn → xならば, Txn → Tx
が成り立つことであると定義する.
定義 2.1.4 定義 2.1.2の記号を用いる. HからH1への二つの線形写像 S, T と α ∈ C に対し, 和 S + T とスカラー倍 αT を次の条件 (i), (ii)によって定義する.
(i) (S + T )x = Sx+ Tx, (x ∈ D(S) ∩ D(T )).
(ii) (αT )x = αTx, (x ∈ D(T )).
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定義 2.1.5 H, H1, H2は三つのヒルベルト空間であるとする.
このとき, 二つの線形写像 T : H → H1と S : H1 → H2に対し,
条件R(T ) ⊂ D(S)
が成り立っているとき, Sと T の積 ST : H → H2を, 関係式
(ST )x = S(Tx), (x ∈ D(T ))
によって定義する.
定理 2.1.1 定義 2.1.2の記号を用いる. 線形写像 T : D → H1
が連続であるための必要条件は, ある正の定数 C > 0が存在して,
条件∥Tx∥ ≤ C∥x∥, (x ∈ D(T ))
が成り立つことである.
定理 2.1.1の条件が成り立つとき, D = D(T ) = Hとなるように線形写像 T の定義を修正できるから, このときには条件D = D(T ) =
Hである場合を考えればよい.
今後, ヒルベルト空間の連続線形写像 T について考えるときには,
特にことわりない限りD(T ) = Hであると仮定しておく.
定義 2.1.6 T がヒルベルト空間Hからヒルベルト空間H1への連続線形写像であるとする. このとき, ∥T∥を関係式
∥T∥ = infC; ∥Tx∥ ≤ C∥x∥, (x ∈ H)
によって定義し, これを T のノルムという.
系 2.1.1 T は定義 2.1.5と同じとする.このとき, 等式
∥T∥ = sup∥x∥≤1
∥Tx∥
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が成り立つ.
定理 2.1.2 H と H1 は二つのヒルベルト空間であるとし, T
は Hから H1 への線形作用素であるとする. このとき, T が HからH1の上への 1対 1写像であるための必要十分条件は, 線形写像S : H1 → Hが存在して, 関係式
STx = x, (x ∈ H), TSy = y, (y ∈ H1)
を満たすことである. このとき, 線形写像 S; H1 → Hは T の逆写像であるといい, S = T−1と表す.
定理 2.1.3 線形作用素 T : H → H1 が連続な逆写像 T−1をもつための必要十分条件は, ある定数 C > 0 が存在して, 条件
∥Tx∥ ≥ C∥x∥
が成り立つことである.
H1 = Hのとき, 線形写像 T : H → Hを線形変換という. 線形写像あるいは線形変換を線形作用素ということがある.
定義 2.1.7 HとH1は二つのヒルベルト空間であるとする. このとき, HとH1がヒルベルト空間として同型であるということは,
HからH1 への1対1上への線形写像Tが存在して,任意のx, y ∈ Hに対し, 条件
(Tx, Ty) = (x, y)
が成り立つことであると定義する. このとき, H ∼= H1と表す.
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2.2 線形汎関数
本節においてはヒルベルト空間上の線形汎関数の基本性質について考察する.
Hをヒルベルト空間であるとする. このとき, HからCの中への線形写像 f は線形汎関数であるという. 一般に, f の定義域D(f)はHの部分空間である.
HからCの中への線形汎関数fが連続であるということは, xn, x ∈D(f), (n ≥ 1) に対し,
xn → xならば, f(xn) → f(x)
が成り立つことであると定義する.
今後, HからCの中へ連続線形汎関数 f を考えるときには, 条件D(f) = Hが成り立っていると仮定する. このとき, これをH上の連続線形汎関数であるという.
定義 2.2.1 Hはヒルベルト空間であるとする. f, gはHからCの中への線形汎関数であるとし, αはCの元であるとする. このとき, f と gの和 f + gを関係式
(f + g)(x) = f(x) + g(x), (x ∈ D(f) ∩ D(g)).
によって定義し, f と αの積 αf を関係式
(αf)(x) = αf(x), (x ∈ D(f))
によって定義する.
定理 2.2.1 Hはヒルベルト空間であるとする. H上の線形汎関数 f が連続であるための必要十分条件は, ある正の定数Cが存在して, 条件
|f(x)| ≤ C∥x∥, (x ∈ H)
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が成り立つことである.
定義 2.2.2 Hはヒルベルト空間であるとする. f はH上の連続線形汎関数であるとする. このとき, f のノルム ∥f∥を関係式
∥f∥ = infC; |f(x)| ≤ C∥x∥, (x ∈ H)
によって定義する.
系 2.2.1 Hはヒルベルト空間であるとする. H上の連続線形汎関数 f のノルムに対し, 等式
∥f∥ = sup∥x∥≤1
|f(x)|
が成り立つ.
定理 2.2.2(リースの定理) H はヒルベルト空間であるとし,
f(x)はH上の連続線形汎関数であるとする. このとき, Hの元 yがただ一つ存在して, 等式
f(x) = (x, y), (x ∈ H)
が成り立つ. 逆に, 任意の y ∈ Hに対し, H上の線形汎関数 f(x)を関係式
f(x) = (x, y), (x ∈ H)
によって定義すると, f(x)はH上の連続線形汎関数である.
このとき, 等式∥f∥ = ∥y∥
が成り立つ.
系 2.2.2 Hはヒルベルト空間であるとし, H′はH上の連続線形汎関数全体のつくるHの双対空間であるとすると, HとH′ は反同型
H′ ∼=a H
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である. すなわち, 定理 2.2.2によってH′の元 f にH の元 yを対応させる写像 φを φ(f) = yによって定義すると, φはH′からHへの1対 1上への写像で, f, g ∈ Hと α ∈ C に対し, 次の条件 (1), (2)
を満たす:
(1) φ(f + g) = φ(f) + φ(g).
(2) φ(αf) = αφ(f).
ここで, αは αの複素共役を表す.
2.3 線形作用素の収束
本節においては線形作用素の収束に関して, 強収束と弱収束の概念について考察する.
定理 2.3.1(ゲルファントの定理) Hはヒルベルト空間であるとする. H上定義された実数値関数 p(x)は, 次の (i)∼(iii) を満たすとする:
(i) x ∈ Hに対し, 0 ≤ p(x) <∞が成り立つ.
(ii) x, y ∈ Hに対し, 関係式
p(x+ y) ≤ p(x) + p(y)
が成り立つ. (劣加法性)
(iii) x ∈ Hと α ∈ C に対し, 関係式
p(αx) = |α|p(x)
が成り立つ.
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このとき, 定数 C > 0が存在して, 不等式
p(x) ≤ C∥x∥, (x ∈ H)
が成り立つための必要十分条件は, p(x)が下に連続であることである.
定理 2.3.1において, p(x)が下に半連続であるということは, 各x0 ∈ Hにおいて, 任意の ε > 0に対して, ある正の数 δ > 0が存在して,
∥x− x0∥ < δならば, p(x) > p(x0)− ε
が成り立つことであると定義する.
定理 2.3.2 HとH1は二つのヒルベルト空間であるとする. HからH1の上への連続線形作用素の列を Tn; n ≥ 1とする. このとき, 各 x ∈ Hにおいて,
limn→∞
Tnx = Tx
が存在するならば, 次の (1), (2)が成り立つ:
(1) 実数列 ∥Tn∥; n ≥ 1は有界である.
(2) T はHからH1の上への連続線形作用素で, 不等式
∥T∥ ≤ limn→∞
∥Tn∥
が成り立つ.
定義 2.3.1 HとH1は二つのヒルベルト空間であるとする. HからH1の中への線形作用素の列 Tn; n ≥ 1と線形作用素 T を考える. このとき, Tnが T に強収束するということは, 各 x ∈ Hに対し,
limn→∞
Tnx = Tx
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が成り立つことであると定義する. このとき, これを
s- limn→∞
Tn = T,
あるいはTn → T (強)
と表す.
これに対し, Tnが T に一様収束するということは, 条件
limn→∞
∥Tn − T∥ = 0
が成り立つことであると定義する. これを
Tn → T (一様収束)
と表す.
このとき, Tn → T (一様収束)であることは, ∥x∥ ≤ 1なる xに関して一様に
limn→∞
Tnx = Tx
が成り立つことと同値である.
定義 2.3.2 Hはヒルベルト空間であるとし, H′はHの双対空間であるとする. H′の点列 fn; n ≥ 1がH′の点 f に弱収束するということは, 各 x ∈ Hに対し, 条件
limn→∞
fn(x) = f(x)
が成り立つことであると定義する.
このとき, これをw- lim
n→∞fn = f
あるいはfn → f(弱)
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と表す.
また, fnが f に強収束するということは, ∥x∥ ≤ 1となるHの元 xに関して一様に
limn→∞
fn(x) = f(x)
が成り立つことであると定義する. これを
s- limn→∞
fn = f
あるいはfn → f(強)
と表す.
系 2.3.1 Hはヒルベルト空間であるとし, H′はHの双対空間であるとする. このとき, H′の点列 fn; n ≥ 1がH′の点 f に強収束するための必要十分条件は,
limn→∞
∥fn − f∥ = 0
が成り立つことである.
Hはヒルベルト空間であるとし, H′はHの双対空間であるとすると, リースの定理によって, H′の元 f とHの元 yが一意に対応しているから, このことを用いて, Hの点列の弱収束等の概念を定義できる.
定義 2.3.3 Hはヒルベルト空間であるとする. このとき, Hの点列 ynがHの点 yに弱収束するということは, 各 x ∈ Hに対し,
条件limn→∞
(x, yn)
が成り立つことであると定義する.
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このとき, これをw- lim
n→∞yn = y
あるいはyn → y(弱)
と表す.
また, Hの点列ynがHの点yに強収束するということは, ∥x∥ ≤1となるHの点 x に関して一様に
limn→∞
(x, yn) = (x, y)
が成り立つことであると定義する. これを
s- limn→∞
yn = y
あるいはyn → y(強)
と表す.
系 2.3.2 Hの点列 yn; n ≥ 1がHの点 yに強収束するための必要十分条件は
limn→∞
∥yn − y∥ = 0
が成り立つことである.
定理 2.3.3 Hはヒルベルト空間であるとする. yn; n ≥ 1はHの点列で, y ∈ H であるとする. このとき, 次の (1)∼(3)が成り立つ:
(1) yn → y(強)であることと, yn → yであることは同値である.
(2) yn → yならば, yn → y(弱)となる. しかし, 逆は一般には成り立たない.
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(3) yn → y(弱)ならば, 数列 ∥yn∥; n ≥ 1は有界であって,
limn→∞
∥yn∥ ≥ ∥y∥
が成り立つ.
定理 2.3.4 Hはヒルベルト空間であるとし, yn; n ≥ 1はHの点列であるとする. このとき, ∥yn∥; n ≥ 1が有界数列であれば, yn; n ≥ 1の適当な部分列 ynk
: k ≥ 1 が弱収束する.
H はヒルベルト空間であるとする. T は H の連続線形変換で,
D(T ) = H であるとする. このとき, T の n乗 Tnを次の関係式によって定義する:
T 1 = T, Tn = TTn−1, (n ≥ 2).
定理 2.3.5(平均エルゴード定理) Hはヒルベルト空間であるとし, Hの連続線形作用素 T に対し, 条件
∥Tn∥ ≤ α <∞, (n ≥ 1)
が成り立っているとする. このとき, 任意の x ∈ Hに対し,
Tnx =1
n
n∑m=1
Tmx, (n ≥ 1)
とおくと, n→ ∞のとき, Tnxは収束する. したがって,
Tnx→ x∞
であるとすると, 等式Tx∞ = x∞
が成り立つ.
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注意 2.3.1 定理 2.3.5 の記号を用いるとき, x ∈ Hに x∞ ∈ Hを対応させる作用素を T∞と表すと, T∞はHの連続作用素である.
さらに, 等式TT∞ = T∞
が成り立つ. したがって, x = T∞yであるとすると,
Tx = TT∞y = T∞y = x
が成り立つ. 逆に, Tx = xであるとすると, Tnx = xであるから,
T∞x = xが成り立つ.
したがって, 次の (1)が成り立つ:
(1) Tx = xが成り立つことと, x ∈ R(T∞) であることは同値である.
このことは, Hの連続線形作用素 T の固有値 1に属する固有空間がR(T∞)と一致することを意味している. また, このことは T の不動点の集合がR(T∞)であることを意味している.
2.4 積空間, グラフと共役作用素
本節においては, ヒルベルト空間の線形作用素の共役作用素について考察する. 今後, ヒルベルト空間 H の線形作用素で, 条件D(T ) ⊂ HとR(T ) ⊂ H を満たすものを考えるので, このことに関してはいちいち注意しない.
定義 2.4.1 Hはヒルベルト空間であるとし, (·, ·)はHの内積を表す. このとき, 直積H×Hを関係式
H×H = [x, y]; x, y ∈ H
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によって定義する. ここで, [x, y]はHの二つの元 xと yの順序付けられた対を表す. H×Hにおいてベクトルの和, スカラー倍と内積を次の (i)∼(iii)によって定義する:
(i) [x1, y1] + [x2, y2] = [x1 + x2, y1 + y2].
(ii) α[x, y] = [αx, αy].
(iii) ([x1, y1], [x2, y2]) = (x1, x2) + (y1, y2).
このとき, H×Hはヒルベルト空間になる. H×Hを積空間ということがある.
定義 2.4.2 T はヒルベルト空間Hの線形作用素であるとする.
このとき, H×Hの部分集合
G(T ) = [x, Tx]; x ∈ D(T )
を T のグラフという.
系 2.4.1 定義 2.4.2の記号を用いる. このとき, G(T )はH×Hの部分空間である.
定義 2.4.3 T と T ′はヒルベルト空間Hの二つ線形作用素であるとする. このとき, T ′が T の拡張であるとは, 次の条件 (i), (ii)が成り立つことであると定義する:
(i) D(T ) ⊂ D(T ′).
(ii) Tx = T ′x, (x ∈ D(T )).
このとき, T ⊂ T ′と表す.
系 2.4.2 定義 2.4.3の記号を用いる. このとき, T ⊂ T ′であることとG(T ) ⊂ G(T ′)が成り立つことは同値である.
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定理 2.4.1 Hはヒルベルト空間であるとする. H ×Hの部分空間GがHのある線形作用素のグラフであるための必要十分条件は, [0, y] ∈ Gならば y = 0となることである.
定義 2.4.4 Hはヒルベルト空間であるとする. このとき, H×H上定義された線形作用素
V [x, y] = [−y, x]
をH×Hの歪交換子という.
定理 2.4.2 Hはヒルベルト空間であるとする. T をHの線形作用素であるとするとき, (V G(T ))⊥ がHのある線形作用素のグラフであるための必要十分条件は, D(T )がHにおいて稠密であることである. すなわち, 条件D(T )a = Hが成り立つことである. ここで, D(T )aはD(T )の閉包を表す.
系 2.4.3 定理 2.4.2の記号を用いる. D(T )a = Hであるならば,
Hの線形作用素 T ∗が存在して,
G(T ∗) = (V G(T ))⊥
が成り立つ.
定義 2.4.5 定理 2.4.2と系 2.4.3の記号を用いる. このとき, Hの線形作用素 T ∗は T の共役作用素であると定義する.
系 2.4.4 定義 2.4.5の記号を用いる. [y, y∗] ∈ H × Hに対し,
y∗ = T ∗y, (y ∈ D(T ∗))であることと, 等式
(Tx, y) = (x, y∗), (x ∈ D(T ))
が成り立つことは同値である.
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系 2.4.4 より, T ∗ が T の共役作用素であるという条件は, y ∈D(T ∗)に対し, 等式
(Tx, y) = (x, T ∗y), (x ∈ D(T ))
が成り立つことと同値である.
定理 2.4.3 D(T )a = Hならば,
R(T )a = N (T ∗)⊥
が成り立つ. ただし, 一般に,
N (S) = x; Sx = 0, x ∈ D(S)
はHの線形作用素 Sの零集合を表す.
2.5 閉作用素
本節においては, ヒルベルト空間の閉作用素について考察する.
定義 2.5.1 ヒルベルト空間Hの線形作用素 T が閉作用素であるとは, G(T )がH×Hの閉部分空間であることと定義する.
系 2.5.1 ヒルベルト空間Hの線形作用素 T が閉作用素であるための必要十分条件は, xn ⊂ D(T ) に対し, 条件
xn → x, Txn → yならば, x ∈ D(T )かつ Tx = y
が成り立つことである.
定理 2.5.1 ヒルベルト空間Hの連続線形作用素Tで, D(T ) = Hならば, T は閉作用素である.
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定理 2.5.2 ヒルベルト空間Hの線形作用素 T で, D(T )a = Hが成り立つならば, T ∗は閉作用素である.
定理 2.5.3 ヒルベルト空間Hの線形作用素 T で, D(T )a = Hが成り立つとき, T が閉作用素となる拡張をもつための必要十分条件は
T ∗∗ = (T ∗)∗
が存在することである. このことはD(T ∗)a = Hが成り立つことを意味する.
定理 2.5.4 ヒルベルト空間Hの線形作用素 T で, D(T )a = Hであるとき, T が閉作用素であるための必要十分条件は T = T ∗∗が成り立つことである.
定理 2.5.5 ヒルベルト空間Hの連続線形作用素 T に対し, T ∗
もHの連続線形作用素で, 等式
∥T∥ = ∥T ∗∥
が成り立つ.
系 2.5.2 Hはヒルベルト空間であるとし, T はHの作用素で,
D(T )a = H であるとする. T ∗は T の共役作用素であるとする. このとき, Hの直交分解
H = N (T ∗)⊕R(T )a, N (T ∗) ⊥ R(T )a
が成り立つ.
例 2.5.1 d ≥ 2であるとし, ΩはRdの有界領域であるとする.
このとき, L2 = L2(Ω)とする. ∆はラプラス作用素
∆u =∂2u
∂x21+∂2u
∂x22+ · · ·+ ∂2u
∂x2d, (u ∈ L2)
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であるとする. ここで, ∆uは L2偏導関数を表す.
このとき, ∆は L2の閉作用素で, D(∆)a = L2が成り立つ. さらに, ∆∗ = ∆が成り立つから, 次の直交分解が成り立つ:
L2 = N (∆)⊕R(∆)a, N (∆) ⊥ R(∆)a.
このとき, N (∆)の元は Ω上の調和関数である.
2.6 自己共役作用素
本節においては, ヒルベルト空間の対称作用素と自己共役作用素について考察する. 本節の内容の詳細に関しては, 吉田 [6], 第 2章を参照してもらいたい.
定義 2.6.1 ヒルベルト空間Hの線形作用素 T が対称であるとは, 共役作用素 T ∗が存在し, T ⊂ T ∗が成り立つことであると定義する.
したがって, ヒルベルト空間Hの対称線形作用素 T は条件
D(T )a = H
を満たす.
定理 2.6.1 ヒルベルト空間Hの線形作用素 T が対称であれば,
T ∗∗もまた対称である.
定義 2.6.2 ヒルベルト空間Hの線形作用素 T が自己共役であるとは, 条件 T = T ∗が成り立つことであると定義する.
ヒルベルト空間Hの自己共役作用素は閉作用素である。
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例 2.6.1 L2 = L2(R)であるとする. このとき, L2の線形作用素H = t·を関係式
(Hx)(t) = tx(t)
によって定義する. H の定義域は
D(H) = x ∈ L2; tx(t) ∈ L2
である. したがって,
D(H)a = L2
が成り立つ. このとき, x, y ∈ D(H)に対し, 等式
(Hx, y) = (x, Hy)
が成り立つ. したがって, H∗ = H となりH = t·は自己共役作用素である.
例 2.6.2 L2 = L2(R)であるとする. このとき, L2の線形作用素H を, 関係式
(Hx)(t) =ℏi
dx(t)
dt
によって定義する. ここで, ℏは定数であるとし, x(t) ∈ L2の導関数は L2 導関数であるとする. このとき, H の定義域は,
D(H) = x ∈ L2;dx
dt∈ L2
である. したがって,
D(H)a = L2
が成り立つ. このとき, x, y ∈ D(H)に対し,
(Hx, y) = (x, Hy)
が成り立つ. したがって, H∗ = H となり, H =ℏi
d
dtは自己共役作
用素である.
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定理 2.6.2 ヒルベルト空間Hの対称作用素Tが,条件D(T ) = Hを満たすならば, T は連続線形作用素である. また, 連続線形対称作用素は自己共役である.
定理 2.6.3 ヒルベルト空間Hの連続線形作用素 T に対し, 等式
∥T∥ = sup∥x∥≤1
|(Tx, x)|
が成り立つ.
定理 2.6.4 ヒルベルト空間Hの自己共役作用素 T が逆作用素T−1をもてば, T−1もまた自己共役である.
定義 2.6.3 Hをヒルベルト空間であるとする. H上の対称作用素H が上半有界であるということは, 実定数 αが存在して, 任意の x ∈ D(H)に対して, 条件
(Hx, x) ≤ α∥x∥2
が成り立つことであると定義する. また, H上の対称作用素Hが下半有界であるということは, 実定数 αが存在して, 任意の x ∈ D(H)
に対して条件(Hx, x) ≥ α∥x∥2
が成り立つことであると定義する.
定義 2.6.4 Hはヒルベルト空間であるとする. H上の対称作用素Hが正値作用素であるということは, 任意の x ∈ D(H)に対して, 条件
(Hx, x) ≥ 0
が成り立つことであると定義する. 特に, Hの対称線形作用素Hが真に正値であるということは, 正の定数 α > 0が存在して, すべての x ∈ H に対し, 条件
(Hx, x) ≥ α∥x∥2
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が成り立つことであると定義する.
特に, ヒルベルトヒルベルト空間H上の正値作用素は下半有界である.
定理 2.6.5(フリードリックス・フロイデンタールの定理) Hはヒルベルト空間であるとする. H上の対称作用素H が上半有界あるいは下半有界であるならば, Hは自己共役な拡張 Hをもつ. Hもそれぞれ上半有界あるいは下半有界である.
例 2.6.3 L2 = L2(R)であるとする. q(t)はR上定義された連続関数で, q(t) ≥ 0であるとする. このとき, L2の線形作用素H を
(Hx)(t) = −d2x(t)
dt2+ q(t)x(t)
によって定義する. ここで, xの導関数は L2導関数を表す. このとき, H の定義域は,
D(H) = x ∈ L2, Hx ∈ L2
である. したがって,
D(H)a = L2
が成り立つ. このとき, x, y ∈ D(H)に対し, 等式
(Hx, y) = (x, Hy)
が成り立つ. また, x ∈ D(H)に対し, 不等式
(Hx, x) ≥ 0
が成り立つ. ゆえに, H は下半有界である. 特に, H は正値対称閉作用素である. ゆえに, H は自己共役な拡張をもつ.
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例 2.6.4(調和振動子) L2 = L2(R)であるとする. このとき,
L2の線形作用素H を
Hψ = − ℏ2
2m
d2ψ
dx2+
1
2mωx2ψ
によって定義する. ここで, ψの導関数はL2導関数を表し, m, ω, ℏは定数を表す. このとき, H の定義域は
D(H) = φ ∈ L2; Hψ ∈ L2
であるとすると, D(H)a = L2 が成り立つ. φ, ψ ∈ D(H)に対し,
等式(Hφ, ψ) = (φ, Hψ)
が成り立つ. さらに, ψ ∈ D(H)に対し, 条件
(Hψ, ψ) ≥ 0
を満たす. ゆえに, Hは正値対称閉作用素である. したがって, Hは自己共役な拡張をもつ.
例 2.6.5 L2 = L2(R)であるとする. V > 0, a > 0とするとき, ポテンシャルは
V (x) =
V, (−a ≤ x < a),
0, (x < −a, x ≥ a)
であるとする. このとき, L2の線形作用素H を
Hψ = − ℏ2
2m
d2ψ
dx2+ V ψ
によって定義する. ここで, ψの導関数は L2導関数であるとし, m
と ℏは定数を表す. このとき, H の定義域は,
D(H) = ψ ∈ L2; Hψ ∈ L2
22
である. したがって, D(H)a = L2 が成り立つ. このとき, φ, ψ ∈D(H)に対し, 等式
(Hφ, ψ) = (φ, Hψ)
が成り立つ. また, これは ψ ∈ D(H)に対し, 条件
(Hψ, ψ) ≥ 0
を満たす. ゆえに, H は正値対称閉作用素である. ゆえに, H は自己共役な拡張をもつ.
例 2.6.6 L2 = L2(R)であるとする. V > 0, a > 0とするとき, ポテンシャルは
V (x) =
−V, (−a ≤ x < a),
0, (x < −a, x ≥ a)
であるとする. このとき, L2の線形作用素H を
Hψ = − ℏ2
2m
d2ψ
dx2+ V ψ
によって定義する. ここで, ψの導関数は L2導関数であるとし, m
と ℏは定数を表す. このとき, H の定義域は,
D(H) = ψ ∈ L2; Hψ ∈ L2
である. したがって, D(H)a = L2 が成り立つ. このとき, φ,ψ ∈D(H)に対し, 等式
(Hφ, ψ) = (φ, Hψ)
が成り立つ.
23
さらに, ψ ∈ D(H)に対し, 条件
(Hψ, ψ) ≥ −V ∥ψ∥
を満たす. ゆえにH は, 下半連続な対称閉作用素である. したがって, H は自己共役な拡張をもつ.
例 2.6.7(水素原子) L2 = L2(R3)であるとする. このとき, L2
の線形作用素H を
Hψ = − ℏ2
2m∆ψ − e2
rψ
によって定義する. ここで, r = ∥r∥であるとし, ∆はラプラス作用素を表し, m, e, ℏは定数を表す. また ψの偏導関数は L2偏導関数を表す. このとき, H の定義域は,
D(H) = φ ∈ L2; Hψ ∈ L2
であるとすると, D(H)a = L2 が成り立つ. φ, ψ ∈ D(H)に対し,
等式(Hφ, ψ) = (φ, Hψ)
が成り立つ. このとき, H は自己共役作用素である.
定理 2.6.6(逐次近似解法) Hはヒルベルト空間であるとする.
H はHの対称線形作用素であって, かつ真に正値であるとする.
このとき, 与えられた y ∈ Hに対し, 線形方程式
Hx = y
の解 xは次のようにして求められる:
任意に x0 = 0を選んで, 逐次近似法によって
xn+1 = xn + zn(Hzn, zn)/∥Hxn∥2,
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zn = y −Hxn, (n ≥ 0)
と定義すると, xn → xとなる xが存在して, Hx = yを満たす. このようにして与えられた x ∈ Hは考える線形方程式のただ一つの解である.
定理 2.6.7 Hはヒルベルト空間であるとし, AはH上の閉線形作用素で, D(A)a = Hを満たすとする. このとき, A∗AとAA∗は共に自己共役作用素で, 正値である.
2.7 射影作用素
本節においては, ヒルベルト空間Hから閉部分空間M への射影作用素について考察する.
定義 2.7.1 Hをヒルベルト空間であるとし, M はHの閉部分空間であるとする. このとき, Hの任意の元 xは
x = y + z, y ∈M, z ∈M⊥
と一意に表される. ここで, HからM への線形変換 P を関係式
Px = y
によって定義する. M の元 yを xのM への射影といい,
y = PMx
と表す. 線形変換 P をM 上の射影作用素という.
系 2.7.1 定義 2.7.1の記号を用いる. このとき, z = PM⊥xが成り立つ. さらに, 次の (1)∼(3)が成り立つ:
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(1) PMx = xが成り立つことと, x ∈ M であることは同値である.
(2) PMx = 0が成り立つことと, x ∈ M⊥であることは同値である.
(3) x ∈ Hに対し, 等式
x = PMx+ PM⊥x
が成り立つ.
定理 2.7.1 定義 2.7.1の記号を用いる. このとき, 射影作用素 P
は線形作用素であって, 次の (1)∼(3) を満たす:
(1) PM + PM⊥ = I. ここで, I はH の恒等変換を表す.
(2) (冪等性). P 2 = P . ここで, x ∈ Hに対し, P 2は関係式
P 2x = P (Px)
によって定義される線形作用素であると定義する.
(3) (対称性). (Px, y) = (x, Py), (x, y ∈ H).
2.8 ユニタリ作用素
本節においては, ヒルベルト空間のユニタリ作用素について考察する.
定義 2.8.1 ヒルベルト空間Hの線形作用素 T が等距離作用素であるとは, D(T )において等距離条件
∥Tx∥ = ∥x∥
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が成り立つことであると定義する.
特に, Hの線形作用素 T がユニタリ作用素であるとは, T が等距離作用素であって, 条件
D(T ) = R(T ) = H
が成り立つことであると定義する.
特に, Hの線形作用素 U が準等距離作用素であるとは, Hの閉部分空間M と N に対し, 次の (i), (ii)が成り立つことであると定義する.
(i) U はM からN の上への 1対 1写像であって, 等距離条件
∥Ux∥ = ∥x∥, (x ∈M)
を満たす.
(ii) M⊥においては U = 0となる.
定理 2.8.1 ヒルベルト空間Hの線形作用素 T がユニタリ作用素であるための必要十分条件は
T ∗ = T−1
が成り立つことである.
定理 2.8.2 Hはヒルベルト空間であるとし, M, N はHの閉部分空間であるとする. H上の線形作用素U がM からN の上への準等距離作用素であるとすると, U∗はN からM の上への準等距離作用素で, U∗はN からM の上への写像として U の逆写像になる.
定理 2.8.3 Hはヒルベルト空間であるとし, H上の線形作用素U が準等距離的であるための必要十分条件は, UU∗または U∗U が射影作用素であることである.
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定理 2.8.4 Hはヒルベルト空間であるとし, A, BはH上の閉線形作用素で, 条件
D(A)a = H, D(B)a = H
を満たしているとする. このとき, A∗A = B∗B ならば, 次の (1),
(2)が成り立つ:
(1) D(A) = D(B).
(2) R(Aa)からR(B)aの上への準等距離作用素W が存在して,
B =WAが成り立つ.
定理 2.8.5 Hはヒルベルト空間であるとし, AはH上の閉線形作用素で, 条件D(A)a = Hを満たすとする. このとき, 次の (1),
(2)が成り立つ:
(1) N (A) = x ∈ D(A); Ax = 0 = R(A∗)⊥ = (R(A∗)a)⊥.
(2) N (A∗) = x ∈ D(A∗); A∗x = 0 = R(A)⊥ = (R(A)a)⊥.
例 2.8.1 d ≥ 1であるとし, L2 = L2(Rd)であるとする. このとき, f, g ∈ L2のフーリエ変換 F とフーリエ逆変換 F−1を, 関係式
Ff(x) = 1
(√2π)d
∫f(y)e−ixydy
= l.i.m.R→∞
1
(√2π)d
∫|y|≤R
f(y)e−ixydy,
F−1g(x) =1
(√2π)d
∫g(y)eixydy
= l.i.m.R→∞
1
(√2π)d
∫|y|≤R
g(y)eixydy
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によって定義する. ここで, l.i.m.は平均収束を意味し, x = t(x1, x2,
· · · , xd)と y = t(y1, y2, · · · , yd)に対し
xy = x1y1 + x2y2 + · · ·+ xdyd
と表す. このとき, FとF−1はL2のユニタリ変換で, f, g ∈ L2(Rd)
に対して, 等式F−1Ff = f, FF−1g = g,
∥Ff∥ = ∥f∥, ∥F−1g∥ = ∥g∥
が成り立つ.
例 2.8.2 d ≥ 1であるとし, L2 = L2(Rd)であるとする. このとき, 各 y ∈ Rdに対し,
Tyf(x) = f(x+ y), (x ∈ Rd)
によって定義したL2の線形作用素 TyはL2のユニタリ変換である.
このとき, f ∈ L2(Rd)に対し, 等式
∥Tyf∥ = ∥f∥
が成り立つ.
2.9 正規作用素
本節においては, 正規作用素の定義とその基本性質について考察する.
定義 2.9.1 Hはヒルベルト空間であるとする. H上の線形作用素 Aは条件 D(A)a = Hを満たすとする. このとき, Aが正規作用素であるということは, 次の条件 (i), (ii)が成り立つことであると定義する:
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(i) Aは閉作用素である.
(ii) AA∗ = A∗Aが成り立つ.
定理 2.9.1 Hはヒルベルト空間であるとする. Hの閉線形作用素 Aは条件 D(A)a = Hを満たすとする. このとき, Aが正規作用素であるための必要十分条件は, 次の (1), (2) が成り立つことである:
(1) D(A) = D(A∗).
(2) 任意の x ∈ D(A)に対し, 等式
∥Ax∥ = ∥A∗x∥
が成り立つ.
定理 2.9.2 Hはヒルベルト空間であるとし, A はHの正規作用素であるとする. このとき,
H1 =1
2(A+A∗), H2 =
1
2i(A−A∗)
と表すと, H1, H2は自己共役作用素であって, 等式
A = H1 + iH2, A∗ = H1 − iH2, H1H2 = H2H1
が成り立つ.
定理 2.9.3 Hはヒルベルト空間であるとし, H1とH2はHの自己共役作用素で, 次の条件 (i), (ii) を満たすとする:
(i) D(H1) = D(H2),
(ii) H1H2 = H2H1,
このとき, A = H1 + iH2は正規作用素である.
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2.10 完全連続作用素
本節においては, ヒルベルト空間の完全連続作用素について考察する.
定義 2.10.1 Hはヒルベルト空間であるとする. このとき, Hの線形作用素 T が完全連続であるということは, 弱収束列 xnに対し, Txnが強収束となることであると定義する.
Hが無限次元ヒルベルト空間であるとき, H の恒等作用素 T は完全連続ではない.
定理 2.10.1 Hはヒルベルト空間であるとする. このとき, H上の完全連続な線形作用素の列 TnがH上の線形作用素 T に一様収束するならば, T もまた完全連続である.
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