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EU加盟後の中欧ヴィシェグラード協力 ―「狭間のヨーロッパ」の課題― 防衛大学校紀要(社会科学分冊) 116輯(30.3)別刷 広瀬 佳一

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EU加盟後の中欧ヴィシェグラード協力

―「狭間のヨーロッパ」の課題―

防衛大学校紀要(社会科学分冊) 第116輯(30.3)別刷

広瀬 佳一

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EU加盟後の中欧ヴィシェグラード協力―「狭間のヨーロッパ」の課題―

広瀬佳一

はじめに

 ヴィシェグラード協力(Visegrad Cooperation、以下V4と略)とは、ポー

ランド、チェコ、スロバキア、ハンガリー4カ国の地域協力枠組みである。そ

の目的は1989 年の「ベルリンの壁」崩壊後に生まれた安全保障上の空白を埋め、

V4諸国の議会制民主主義や市場主義経済への転換を支援し、「自由な統一ヨー

ロッパ(Europe whole and free)」への参加を促進することにあった。1991

年2 月に、ハンガリーの古都ヴィシェグラードでポーランド、チェコスロバ

キア、ハンガリーの中欧3 国の首脳会議が行われ、欧州統合にむけた協力の

ための宣言が出された 1。その後、1993年1月にチェコスロバキアがチェコと

スロバキアに分離したため、この地域協力は4カ国による枠組みとなった。

 冷戦後に「東欧」が解体する中ではじまった地域協力としてのV4をめぐっ

ては、当初、大きく二つの見方がなされてきた。一つは、V4が歴史的・文化

的な中欧アイデンティティ復活の表れであり、たとえこれら諸国が将来EUに

加盟したとしても、中欧の自立的な協力として拡大する可能性のあることを指

摘するものである。こうした見方がなされたのは、90年代前半のEU拡大がま

だ現実的射程に入ってこない時期であり、いわば「多様性への回帰」(J.

Rothschild)としての中欧を重視する視点であった 2。もう一つは、V4があく

まで、より上位の地域統合への参加のための手段であり、EUへの加盟促進と

いう補助的役割を担っているに過ぎないというものである 3。こうした議論は

2004年にポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリーの4カ国がEUに同時

加盟して以降、V4の活動自体が低迷したことにより、後者、すなわち、より

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大きな地域統合への補助的な役割であったという見方を裏付けたものとして収

斂したように思われた。

 しかし、V4の主たる協議の場である首脳会議や閣僚会議の開催頻度を調べ

てみると、2004年以降の停滞を挟みながらも、V4は2011年頃から、むしろそ

の活動を再活性化させているのがわかる(図1.参照)。このことは、V4が単な

る西側統合のためのツールではなく、中欧アイデンティティに基づく協力とし

て拡大する可能性を示しているのだろうか。あるいは別の新たな視座を与える

ものなのだろうか。V4の2011以降の再活性化を指摘し、その意味について検

討した先行研究はほとんどない。本稿では、V4に対するこれまでの議論を踏

まえつつ、この再活性化とその意味の分析を通して、V4のヨーロッパ国際政

治における位置づけを再検討したい。

 そこでまず次節では、V4のこれまでの活動を概観し、再活性化の鍵となっ

た協力領域としてエネルギー、近隣諸国支援、難民・移民問題、防衛の四つを

抽出する。ついで第2節ではそれら4領域におけるV4協力の現状と課題を検討

する。さらに第3節では域内協力として文化・学術協力の展開を紹介し、第4

節ではV4各国の外交コミュニティや一般社会におけるV4への認識と期待を概

観する。そのうえで、V4の再活性化にはいかなる意味があるのか、欧州統合

のなかでどのような役割を果たしているのかを明らかにしたい。

1.会議の頻度からみるV4の特徴

 V4は、常設事務局を設置せず、年数回の首脳級会議と、適宜、開催される

協力領域に応じた閣僚級会議を主たる活動の場とする地域協力である。1993

年から2015年までの年毎の首脳級会議と閣僚級会議の頻度を、V4公式ホームペー

ジで公表されているデータに基づいてグラフ化したのが図1である4。これらの

会議開催頻度の変化を軸にV4の活動状況をみると、おおまかに、Ⅰ.1993年か

ら1999年までの低迷期、Ⅱ .2004年EU加盟までの活性化の時期、Ⅲ .EU加盟

以降の低迷期、Ⅳ.2011年前後からの再活性化の時期の4局面に分けることがで

きる。

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 第Ⅰの局面においては、V4は発足当初こそ注目を集めたものの、その後

1995年から1999年の間、ほとんど会合が行われなくなった。この最大の要因は、

1993年のチェコスロバキアの「ビロード離婚」とよばれる分裂である。チェ

コは経済的に立ち遅れたスロバキアと分離し、地理的にも旧ソ連圏と接しなく

なったことにより、V4での協調ではなく単独主義により迅速にNATOやEUに

加盟できると判断した。他方、スロバキアにおいては親ロ的で、しばしば欧米

諸国から批判された権威主義的性格の強い政権成立が、V4協力の阻害要因となっ

た。

 第Ⅱの局面の活性化の背景としては、こうしたチェコおよびスロバキアの政

権交代があげられる。とくに1999年のNATO加盟で漏れたスロバキアを支援

することがV4の優先事項となった。また、EU加盟のための交渉のなかでも、

相互に意見交換や協議が必要であると認識されるにつれ、V4は活性化した。

 2004年以降の第Ⅲの局面では、首脳級会議、閣僚級会議とも頻度は減少傾

向に転ずる。V4各国がEU加盟を果たしたため、事実上、その役割を終えたと

されるゆえんである。ところが2011年以降、V4の会議は再び増加傾向となる。

(V4ホームページ(http://www.visegradgroup.eu/calendar)より作成。)

図1.V4首脳・閣僚会議の頻度

02468

1012141618

1993

1994

1995

1996

1997

1998

1999

2000

2001

2002

2003

2004

2005

2006

2007

2008

2009

2010

2011

2012

2013

2014

2015

首脳 閣僚

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これが第Ⅳの局面である。なにがこの再活性化をもたらしているのだろうか。

 V4の閣僚級会議には外相会議のほかに文化・教育、インフラ整備、環境、

内務(テロ、不法移民、国境管理)、災害管理、社会・労働政策、開発援助政策、

防衛、エネルギーなどの閣僚級会議が開催されている。しかし2011年以降、

外相会議以外で開催頻度が顕著に増加したという特定の領域の閣僚級会議はな

い。一方、首脳級会議は微増だが、外相会議については従来年2回程度であっ

たのが2011年4回、2012年5回、2013年4回、2014年6回、2015年7回と増加し

ている。これらの首脳級会議、外相会議では、どのような議題がとりあげられ

たのであろうか。その内容を調べてみると、V4の再活性化をもたらしたと思

われるいくつかの重点領域が浮かび上がる5。

 2010年から2013年までの間に開催された首脳級会議のうち共同声明が出さ

れたのは8回であった。その半数の4回において主要議題としてとりあげられ

たのが、近隣諸国支援、とくに「東方パートナーシップ」(Eastern

Partnership、以下EaP、詳細は次節)諸国への支援の問題であった。そのほ

かにはエネルギー問題が3回、防衛協力の問題が2回とりあげられていた。一方、

同時期の外相会議は計15回開催されており、共同声明が出された13回のうち

EaP諸国支援が5回、エネルギーが2回、防衛協力が1回、それぞれ主要議題と

してとりあげられていた。

 2014年はロシアによるクリミア併合に端を発したウクライナ危機を反映し、

首脳級会議5回のうち3回はウクライナへの支援が主な議題であった。同様に

外相会議でも6回のうち4回はウクライナへの支援が主要議題であったが、そ

の関連で3回にわたりウクライナを含めたEaP諸国への支援も議題となっていた。

 2015年になると新たに中東やアフリカからの難民・移民流入問題が浮上し、

主要議題としてとりあげられるようになった。2015年から2016年にかけての3

回の首脳会議すべてにおいて難民・移民問題は中心的議題となり、外相会議で

も1回とりあげられた。そのほかに外相会議では声明が出された5回の外相会

合のうち2回でEaP諸国支援がとりあげられ、エネルギー、防衛協力もそれぞ

れ1回ずつ主要議題となっていた。

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 またV4は4国で毎年議長国を交替しており、その都度、議長国方針を発表し

ているが、2012年から2015年までのV4議長国方針では、常にエネルギー問題

が取り組むべき優先課題のトップにあげられ、ついでEaP諸国支援、防衛協力

があげられていた。さらに2016年のV4議長国方針では、難民・移民問題が最

優先課題として浮上していた6。

 このようにV4においては2011年以降、エネルギー問題、EaP諸国支援問題、

難民・移民問題、防衛問題の4領域が重視されていることがわかる。そこで次

節ではこれらの問題をめぐるV4の協力の現状と課題を検討したい。

2.再活性化するV4

1)エネルギー

 V4各国の一次エネルギー構成比は多様であり、その意味では協力関係展開

の余地が大きいわけではない。たとえばポーランドとチェコは石炭の割合がそ

れぞれ52%、37%と大きいが、ハンガリーは10%、スロバキア21%と比較的

小さい。他方、ハンガリー(31%)とスロバキア(23%)は天然ガスの割合

が多いが、ポーランドとチェコは14%と多くない。またポーランド以外はス

ロバキアが25%、チェコとハンガリーが18%と原発も一定の割合を占めてい

るが、ポーランドには原発はない(以上の数値は2014年) 7。このためV4は

2002年にエネルギーに関する専門家部会を創設したものの、その主な機能は

各国のエネルギー政策についての情報交換に限られており、2006年まで実質

的な協力はほとんどなかった8。

 しかしV4共通の課題として、ロシアへの天然ガス、石油の輸入依存度が高

いという問題があった。天然ガスについては、チェコ、スロバキア、ハンガリー

が約9割を、ポーランドも5割以上をロシアに依存しており、石油については

V4各国ともほぼロシアからの輸入に頼っていた 9。さらにこれら天然ガスや石

油の輸入の大部分がロシアからのパイプラインによっており、この多くが政治

的不安定性を有するウクライナ経由という問題もあった。

 対ロ依存問題は、2005年から2006年にかけてのロシアとウクライナの天然

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ガスをめぐる紛争を契機に表面化した。ロシア最大のエネルギー企業ガスプロ

ムは、2005年に対ウクライナ向けガスの価格を大幅に引き上げると発表した。

2004年の「オレンジ革命」後に成立し西側寄りの姿勢を強めていたウクライ

ナ政府は、ロシアによるエネルギーの政治的利用だとして反発し、料金改定交

渉が決裂したため、ガスプロムは制裁措置としてウクライナ向けのガス供給を

一時停止した。その影響で、同じパイプラインで結ばれているEU諸国、とり

わけハンガリー、スロバキアは深刻なエネルギー危機に見舞われた(ハンガリー

は天然ガス40%減少、スロバキアも30%減少)10。

 エネルギーの対ロ依存から生ずるこうした危機感は、V4のみならずEU全体

として共有されている。EUはそもそも加盟28カ国を合計すると世界最大のエ

ネルギー輸入国であり、天然ガス、石油の約三分の一はロシアから輸入してい

る。このためEUは2007年に「欧州エネルギー政策」を発表し、エネルギー戦

略の柱として、エネルギーの統合市場による欧州経済の競争力の確保、持続可

能な環境発展・気候変動問題への対処とならんでエネルギー供給の安全保障を

掲げた11。さらに2014年5月に欧州委員会は、EUの輸入依存に対応すべく、新

たな「欧州エネルギー安全保障戦略」を発表した。同戦略の長期的な目標には、

域内エネルギー市場の完成と相互連携の基盤構築、エネルギー供給国およびパ

イプライン・ルートの多角化、供給途絶や緊急時に対応する基盤強化といった

内容が含まれていた12。この戦略のもとでEUは、天然ガスや石油のEU内での

融通性を高めるためのパイプライン建設、電力の融通性を高めるための送電網

の建設、備蓄施設の建設を推進した。

 EUレベルでエネルギー供給の安全保障強化が打ち出されたことは、V4の協

力を促すことになった。すでに2006年4月、V4エネルギー専門家会議はエネ

ルギーの対ロ依存に対処するため、ポーランドでの新たなLNG(液化天然ガス)

ターミナル建設および中欧を南北に通るガス・パイプライン建設、緊急用天然

ガス備蓄設備建設および相互接続可能な電力送電網整備を求める勧告を発表し

ていた13。こうしたV4エネルギー専門家会合の方針を承認し、エネルギー協力

推進をうたったのが、2010年2月のV4首脳会議による「ブダペストV4エネル

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ギー・サミット宣言」であった14。ここでV4はエネルギー関連インフラ整備の

ための資金援助をEUから受けるために協力していくことで合意した。

 V4が最も重視するエネルギー関連プロジェクトの例として、南北パイプラ

インの建設がある。この南北パイプラインは、2015年にバルト海に面したポー

ランドのシフィノウイシチェに完成したLNGターミナルから、アドリア海に

面したクロアチアのクルクのFLNG (洋上におけるLNGの液化設備および再

ガス化設備)までをつなぐもので、V4国内およびいくつかの相互接続からな

る15。この南北パイプラインは、EUの「2020年およびそれ以降のエネルギー・

インフラ整備優先課題」においても、短期的優先課題の三つのガス・パイプラ

インの一つとしてとりあげられており16、V4の枠組みでもこれらの建設の調整

を促し、2020年までに完成させることを目指している(図2参照)。

出典  Joshua Posaner, Croatia’s LNG terminal is ‘for the region’ ?, Interfax Energy, 20 April 2015 , http://interfaxenergy.com/gasdaily/article/15878 /croatias-lng-terminal-is-for-the-region-plinacro

図2. 南北パイプライン構想

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 南北パイプラインが完成すれば、V4にとってロシア以外の国際的天然ガス

市場にアクセス可能となるほか、危機の際の相互支援も可能となる。これによ

り、V4の年間天然ガス消費量の約半分をまかなう能力を持つことが見込まれ

ている17。また、エネルギー供給源の多角化、通過ルートの多角化によってV4

にとって供給の安全保障確保の見通しがたつことは、対ロ・ガス価格交渉にお

いても有利に働く可能性がある。欧州においてV4全体の対ロ・エネルギー取

引シェアはドイツに次ぐ規模となっているが、V4各国の天然ガス調達価格は、

ドイツ、オーストリアに比して高額になっている。したがってエネルギー協力

を通してV4がまとまることで、価格交渉力が強化されるという側面もある18。

 このようにエネルギーをめぐるV4協力は、EUのエネルギー戦略の枠内で、

エネルギー供給の安全保障を高めるために政策調整を行い、EUに対して利害

表出するという利益集団的な性格を帯びていることがわかる。また近年、EUは、

域内エネルギー市場統合のための方策として、地域的アプローチを推奨してい

る19。具体的にV4のほか、北欧協力パートナーシップ、地中海エネルギー・フォー

ラムなどを通しての協力が、EUのエネルギー戦略、とりわけ競争力のある市

場創出、供給の安全保障、持続可能な社会実現にむけて効果的なアプローチと

なるとの見方20は、エネルギーをめぐるV4協力の展開にとって、追い風となる

だろう。

2) 近隣諸国の安定

 V4にとって2004年のEU加盟以降、新たな課題になったのが、EU未加盟の

近隣諸国との関係である。これら諸国は、冷戦時代に東欧圏やソ連邦内で社会

主義体制にあった国々であり、冷戦後は民族紛争やロシアとの対立で不安定性

を抱える地域でもある。これらのうちEUが潜在的な加盟候補国と位置づけて

いるのが西バルカン諸国(アルバニア、ボスニア、マケドニア、モンテネグロ、

セルビア、コソボ)であり、当面加盟はないものEUの安定にとって重要な国々

がEUの「欧州近隣諸国政策」対象国である。このなかでV4が重視しているの

は「東方パートナーシップ(EaP)」諸国(アルメニア、アゼルバイジャン、

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ベラルーシ、ジョージア、モルドバ、ウクライナ)である。

 EaPとは、2009年5月、ポーランドなどの提案に基づき、チェコがEU理事

会議長国の際に承認されたEUの政策である。その目的は、政治・経済・貿易

協力の分野で、EaP諸国との間に戦略的パートナーシップの枠組みを創設する

というものである。この政策による支援をとおして、EUとの連合協定締結へ

の環境を整備するという目的も有していた(2014年6月にウクライナ、モルドバ、

ジョージアが連合協定締結)。

 V4の立場は、体制移行をすすめながらNATOやEUに加盟した自らの経験と

教訓に基づき、これら諸国に対して適切な助言をあたえつつ、V4首脳級会議

や外相会議においてこの地域への支援の必要性をEU側にアピールするという

ものである。とくにウクライナについては、ポーランド、スロバキア、ハンガ

リーが隣接しているという地理的な条件や、政治的に不安定な状況が続いてい

るという条件などから、V4として重視している。このため、V4はその首脳級

会談、閣僚級会議において、EaP諸国代表を招いた「V4+」フォーマットで

対話を繰り返しており、2007年から2015年の間、ウクライナとは14回、モル

ドバとも10回、会合を持っている21。

 さらにV4は、EaP政策における独自の役割を強化するために、2011年6月の

首脳会議で、国際ヴィシェグラード基金(International Visegrad Fund、以

下 IVF、詳細は次節)内に、EaP諸国に焦点をあてた「V4 EaP」という新し

い特別プログラムの設置を決めた(年間予算100万ユーロ) 22。このプログラ

ムにおいては、冷戦後のV4の経験や知識を、地方自治体、大学、個人への支

援を通して提供していくことが強調されており、それに従って、民主化・変革

プロセス、地域協力、市民社会支援の三つの分野でプロジェクトが開始された。

 ここでのV4の役割は、欧州安定のために近隣のEaP諸国への支援が重要で

あることにEUの注意を喚起しつつ、同時に独自資金によりEaPに対する民主

化支援を実施するという、いわばEUとEaP諸国との橋渡し的役割を帯びてい

るといえよう。

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3)難民・移民問題23

 欧州への難民・移民流入は2015年に急増した。シリア、アフガニスタン、

イラクなどでの紛争の長期化のため、庇護を求める人々が豊かな欧州に向かっ

たのである。

 EUでは難民申請はダブリン規則(Regulation No. 604/2013)に基づいて処

理される。この規則は、難民はEU域内に最初に入国した国が、難民申請の扱

いに責任を負うことを規定したもので、難民が最初に入国した国から離れて別

のEU加盟国に入国しても、その国は難民が最初に入った加盟国に難民を送還

することができる。このため地理的条件からギリシャ、イタリア、ハンガリー

に難民・移民が集中していた。

 このような難民・移民危機の高まりを受け、欧州委員会は2015年5月13日「欧

州難民・移民アジェンダ」を発表した。これは緊急行動と今後の方針を規定し

た包括的な移民・難民政策であった。このなかで、国境管理能力の強化、「ホッ

トスポット」(欧州委員会、欧州庇護支援事務所[EASO]、欧州対外国境管理協

力機関 [Frontex]、欧州警察機関 [EUROPOL]の調整で迅速な難民申請手続や

不法移民帰還を実施する拠点)設置、紛争解決のための開発支援などとともに

打ち出されたのが、難民申請者のEU各加盟国受入割り当て計画であった 24。

これはダブリン規則を見直し、人道的で公正な共通難民・移民政策を目指して、

加盟国の人口、経済規模をもとに国別に一定のシェアで難民申請者を割り振る

計画であった。

 これに対してV4は、2015年9月4日に難民・移民問題についての臨時首脳会

議を開催し、共同声明を発表した。そのなかでV4は、強制的かつ恒久的な移民・

難民割り当ての提案に反対を表明し、EUの対外国境の管理強化、機能的な「ホッ

トスポット」の早期設置、中東・アフリカ諸国の紛争の根本的原因除去のため

の積極的関与や支援を提言した25。そのうえでV4は、2015年9月22日にEU司法・

内務理事会の場で難民申請者の加盟国への割り当て計画に反対を表明した。

V4の主張は、不法移民の摘発や通過ルートの遮断を含めたEU国境管理の厳格

かつ適切な管理を実施すると同時に、難民・移民問題の根本原因解決のための

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支援を域外の第三国で行うことにあった26。

 西欧と異なり戦後に難民・移民受け入れの経験がなく、民族的に均質性の高

いV4各国においては、難民・移民受け入れを拒否する国民感情が非常に強い。

2015年に行われた難民・移民に関する世論調査でも、「欧州への難民・移民を

国内に受け入れることに賛成しますか」との問いに対して、チェコは賛成

26%・反対68%、スロバキアは賛成23%・反対74%、ハンガリーは賛成

21%・反対71%で、わずかにポーランドが賛成反対とも47%という状態であっ

た27。またハンガリーでは2016年10月に難民・移民受け入れをめぐる国民投票

が実施され、投票した人の98%が反対を表明した。この投票結果は投票率が

43%余りで、法的に有効とされるに必要な投票率(50%)をクリアしなかっ

たが、V4各国社会の難民・移民問題に対する態度を反映していると思われる。

 このようなV4の要求に押される形で、EUは難民・移民対策として国境管理

の強化に軸足を移しつつある。2015年9月23日に開催された欧州理事会非公式

会合では、「ホットスポット」設置、国境管理能力の増強、中東・アフリカに

とどまる難民・移民に対する支援、多くの難民・移民を受け入れているトルコ

などへの支援などが決定された28。さらに同年10月15日の欧州理事会でも、欧

州対外国境管理協力機関(Frontex)の権限強化やEU域外で難民・移民の入

り口となっているトルコとの「共同行動計画」の合意などの追加策が決められ

た29。

 このようにEUの政策の重点は、難民申請者の国別割り当て方式より、流入

防止策に移っている。これはV4の主張とおおむね一致している。V4が、難民・

移民問題について、EUの政策に影響を及ぼす役割を果たしていると評価され

るゆえんである30。

(4)防衛協力

 V4はもともと冷戦終焉直後の地域的安全保障の確保を主要な目的の一つと

してスタートした。1991年にソ連邦が崩壊したもののロシアの財政難から中

欧に駐留するソ連軍撤収が難航し、また1991年から92年にかけて旧ユーゴス

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ラビアのスロベニア、クロアチア、ボスニアが分離独立を宣言するなかで、民

族紛争が発生していたのである。こうした不安定な国際環境のなかで国内政治

経済体制の急激な転換をすすめていた中欧諸国には、軍の民主化と近代化、

NATOとの相互運用性確保など、防衛面で共通の課題があった。そのため防衛

協力の進展が期待されたのである。しかし実際にはNATOとの関係構築、とく

に「平和のためのパートナーシップ(PfP)」を通しての協力は、地域として

のアプローチではなくあくまで個別的アプローチに基づいていた31。

 1999年にポーランド、チェコ、ハンガリーがNATO加盟を果たした後も、

90年代のボスニア紛争、コソボ紛争で表面化した米欧の軍事能力格差を是正

する必要に迫られていたため、緊縮財政下のV4各国は、ほぼ同じ時期に更新

をむかえた輸送ヘリコプター、歩兵戦闘車(IFV)、対空レーダーシステムな

どの防衛装備品の共同調達に関心を示していた。しかしV4の枠内での軍需産

業の協力は、各国の雇用と直結することから利害が錯綜し、実現にいたらなかっ

た。

 ところが2006年と2009年の2回のロシア=ウクライナ間の天然ガス紛争、

2008年のジョージア紛争などによりV4周辺地域の不安定性があらわになると、

あらためてV4での防衛協力の気運が高まった。そうしたなか、2012年5月、

V4国防相会議は、EUのバトルグループ(Battlegroup、以下BG)を合同で結

成することに合意した32。

 EUBGとは、EUの共通安全保障防衛政策(CSDP)に基づく部隊で、大隊

規模(1,500人)の戦闘部隊と、戦闘支援(工兵、通信等)・戦務支援(輸送、

医療等)部隊を束ねた合同部隊である。この部隊は、欧州理事会による決定か

ら10日以内に展開可能で、30日間から最長で120日間の作戦が可能な、即応能

力と展開能力が高いコンパクトな戦力パッケージとされている。2007年より

運用が開始され、半年毎のローテーションにより加盟国(および若干の非加盟

国)からの兵力提供を受けて、常時2個部隊が即応待機態勢をとっている。こ

れまでにドイツ、フランス、イタリア、英国などの主要国が個別にあるいは数

カ国合同でBGを結成したほか、北欧BG(スウェーデン、フィンランド、ノル

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ウェー、エストニア、ラトビア、リトアニア、アイスランド)、バルカンBG(ギ

リシャ、ブルガリア、ルーマニア、キプロス、ウクライナ)のような地域的な

合同BGも結成されている。V4BGとは、こうした地域的な合同部隊をV4諸国

が設立するというものである。

 2014年3月、V4国防相は戦略目標の共有と合同防衛計画の政策枠組みを目

指した「防衛協力深化のための長期ビジョン」を発表し、防衛協力のために、1)

能力開発、調達、防衛産業、2)常設多国籍部隊の創設、3)軍事教育、訓練、

演習の三つの領域に重点を置くことを明らかにした。V4BGについては、2)の

目的の基盤として位置づけられていた 33。さらに2014年12月、V4は首脳級会

議で防衛協力の深化についてのブラチスラバ宣言を発表し、「ロシアによるク

リミアの違法な併合、ウクライナへの攻撃的行動、NATO加盟国東部国境沿い

での挑発的行動が、V4諸国地域の安全保障にとって重大な問題となっている」

としたうえで、2016年上半期のV4BG展開に加えて、2019年下半期にもう一

個のV4BGを設立することにも合意した34。

 2016年上半期に待機態勢に入ったV4BGは、全体で約3,700人(ポーランド

軍1,800人、チェコ軍700人、ハンガリー軍640人、スロバキア軍560人)からなっ

ていた。ポーランドが枠組み国として司令部機構を担当し、チェコは主に衛生

部隊と輸送部隊、スロバキアが主にCBRN(化学・生物・放射線・核)防護部

隊、ハンガリーは主に工兵部隊をそれぞれ提供した35。

 V4は今後、防衛協力の良き先例として、V4BGをローテーション時のみに

結成するのではなく常設の枠組み部隊として維持することを検討している。

V4BGが常設となれば、将来の防衛計画、訓練・演習、調達や維持管理などの

防衛協力の中核となる可能性もある。しかし2014年のウクライナ危機は、一

方ではV4の防衛協力の気運を高めたものの、皮肉なことに次第に明らかとなっ

たロシアに対する認識の差から、V4BG以外の協力拡大に対する阻害要因となっ

ている。ポーランドはロシアを差し迫った脅威とみているのに対してハンガリー

は対ロ協調を重視している。チェコやスロバキアも、ロシアを必ずしも脅威と

は認識していない。ハンガリーやスロバキアは、EUの対ロ制裁継続にも批判

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的である36。

 ウクライナ危機は、V4諸国において戦略的な思考や脅威認識が多様である

ことを示した。このため、V4が防衛面での協力を拡大し、中欧としての防衛・

安全保障上の利害を集約・調整していくという環境にはない。

3.域内協力の展開−IVFの役割

 V4の再活性化において、もう一つ忘れてはならないのが、域内協力の進展

である。トップダウンによりスタートしたV4であるが、NATO加盟、EU加盟

を果たして以降、徐々に市民レベルでの協力もはじまっている。こうした協力

を大きく後押ししたのがV4初の常設機関として設けられた国際ヴィシェグラー

ド基金(IVF)であった。2000年6月に設立されたIVFは、V4外相会議を最高

意思決定機関とし本部をブラチスラバに置いている。年間総予算は800万ユー

ロでV4各国から200万ユーロずつの拠出にもとづいている37。

 IVFは、V4地域のみならずEaP諸国や西バルカン諸国の市民や団体(特に非

営利のNGOや財団、あるいは学校、大学、研究所などの公共団体)の密接な

協力の展開を促すとともに、V4の活動をPRすることを目的としている。その

内容は、文化、学術研究、留学、国境をこえた協力や観光促進などの分野の独

創性の高いプロジェクトに対して行われるプログラム助成のほか、個々の学術

研究者への研究助成、あるいは美術、音楽、演劇、映画、文学など幅広い文化・

芸術の専門家への支援・助成を行っている。たとえばヴィシェグラード奨学プ

ログラム(Visegrad Scholarship Program)は、V4諸国の大学院修士課程ま

たは博士課程で学ぶ学生のためにIVFが実施しているもので、V4以外にEaP諸

国や西バルカン諸国の学生に受給資格がある。

 IVFの「戦略プログラム」とよばれる比較的大規模なプロジェクトを2011年

から2016年まで概観してみると、すでにみたようなエネルギー協力、EaP諸

国の民主化支援、防衛協力に関連したプロジェクトがほぼ毎年のようにみられ

る。そのほかに注目すべき傾向として、「中欧の都市の歴史的変遷」、「V4と中

欧の将来」(いずれも2011年)、「中欧の歴史遺産と記憶」、「中欧の演劇」(い

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ずれも2012年)、「V4によるEU加盟後の諸問題-中欧の視点」(2013)のような、

「中欧」としての地域的アイデンティティを強く打ち出したプロジェクトや、「V4

各国の歴史:相互の認識と視点」(2012)、「民主主義、人権、市民社会をめぐ

るV4の対話」(2013)、「ボトムアップによる変化:冷戦後25年目の市民社会

構築におけるコミュニティの基盤」(2014)など、市民社会の交流や協力に重

点を置いたプロジェクトがほぼ毎年のように助成を受けている38。

 このようにV4の文化・学術面での域内協力は、2011年の再活性化以前より

IVFを中心に行われてきた。これらは、市民レベルの協力を促すとともに、「中

欧」という地域的・歴史的なアイデンティティを意識した取り組みであること

が特徴としてあげられる。

4.V4外交コミュニティにおける認識と世論

 2011年以降に再活性化のみられるV4協力について、V4各国社会はどのよう

にみているのであろうか。ここに興味深い調査がある。V4各国の外交コミュ

ニティを形成する政府関係者、研究者・専門家、ジャーナリスト、実業家、政

治家らに対して2014年に実施された意識調査である39。

 この調査によると、大多数の回答者がヴィシェグラード協力を重要と見なし

ており(91%)[国別にはチェコ91.7%、ハンガリー95.9%、ポーランド78%、

スロバキア98.4% ]、EUにおいても建設的役割を果たしていると答えている

(71.6%)[国別にはチェコ74.4%、ハンガリー80.2%、ポーランド48%、スロ

バキア83.6]40 。こうした評価は、ポーランドがやや低いほかは他の3カ国にほ

とんど差はない。

 また、V4がとりくむべき3つの重要な政策をたずねる質問に対しては、エネ

ルギー政策が40.1%でポーランド以外は第1位(国別にはチェコ34.6%、ハン

ガリー53.2%、ポーランド42.2%、スロバキア34.9%)、ついでEaP諸国支援

が22.1%、難民・移民問題22.1%、エネルギー安全保障19.8%、安全保障

19.3%、EU内調整14.3%、外交14.3%、防衛協力12.5%、文化・教育10.2%

などとなっている41。いくつかの項目には内容的重複もみられるが、エネルギー

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政策はエネルギー安全保障を加えると約6割の人々が優先課題としていること

がわかる。

 そのうえで、V4の今後の展開のあり方については、共同アプローチを模索

すべき(95%)、対外政策のうえで最初に提携するパートナーであるべき

(76.7%)、協力分野を増やすべき(77.5%)との声が強い一方、事務局設置な

どの形での制度化推進(賛成43.5%・反対52.4%)、加盟国の拡大(賛成

28.6%・反対68.2%)には反対が強かった42。

 このようにV4各国の外交コミュニティの間では、V4の政策協調や利害調整

への期待が高く、協力すべき分野としてはエネルギー問題、EaP諸国支援、難

民・移民問題への関心の高さがうかがえる。これらはまさしく前節で検討した

2011年以降のV4の再活性化要因と重なる結果になっている。

 一方、一般市民レベルでの認識はどうであろうか。すでにみたようにIVFに

より市民レベルでの協力がはじまっているが、そうしたなかで、V4協力は各

国社会にどのように受け止められているのか。これについては、V4各国の市

場調査機関により2015年に実施されたV4をめぐる世論調査がある43。

 まずV4の認知度を計るものとして、「あなたはV4とよばれる協力を聞いた

ことがありますか」との問いに対しては、「聞いたことがある」はスロバキア

54%、チェコ37%、ハンガリー26%、ポーランド17%という結果となっている。

また、「V4協力は1990年代初めにはじまりました。あなたはV4が引き続き重

要であり、果たすべき役割があると思いますか」との問いに対しては、「はい」

がスロバキア70%、チェコ50%、ハンガリー43%、ポーランド41%となって

おり、さらに「V4の協力のなかで、なにが一番重要な分野ですか(3つ選ぶ)」

という質問に対しては、いずれの国でも第1位に経済・貿易協力があげられ、

ついでハンガリー以外では防衛協力(ハンガリーは第3位)、第3位がEUにお

けるV4共通利害の促進(ハンガリーは第2位)となっていた44。

 外交コミュニティへの調査とは対照的に、V4各国の一般世論においては、

V4協力への認知度は決して高いとは言えない。また経済協力、防衛協力への

漠然とした期待はあるものの、IVFの助成によってはじまった市民レベルの

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V4協力は、未だに定着しているとは言い難い状況であることがわかる。

おわりに

 V4の2011年以降の再活性化は、エネルギー、EaP諸国への支援、難民・移

民問題をめぐる協力が主たる牽引役となっていた。その背景としては、2006

年および2009年のエネルギー危機、2014年以降のウクライナ危機、さらには

2015年以降、急速に悪化したシリア情勢といった国際環境の変化があげられる。

 こうしたV4の再活性化は、EU枠内での協力の進展によるものである。V4は、

EUの戦略に沿って4カ国の政策調整を実施したうえでEUから資金を引き出し

たり(エネルギー、EaP諸国支援)、EUの政策に結束して異議を申し立てる(難

民問題)など、EUに対する強力な利益集団として機能している。これらに対

して防衛面での協力は、V4各国の戦略的な思惑の違いから低迷している。と

りわけロシアに対する認識の差は大きく、V4において軍事的な安全保障をめ

ぐる協力が拡大する余地はほとんどない。こうした傾向は2014年のクリミア

危機によってNATOがロシアに反発するなかで、むしろ強まっている。また、

IVFを介して文化・学術面で行われている域内協力では、V4は独自資金によ

り協力プロジェクトを支援するスポンサーの役割を果たしており、「中欧」ア

イデンティティを意識した取り組みが重視されているが、市民レベルで定着し

ているとは言い難い。

 このように、冷戦後のソ連ブロック解体のなかで力の真空を埋めるべく登場

したV4の再活性化は、本稿の問題意識に即してみるならば、中欧の歴史的・文

化的アイデンティティに基づく自立的な枠組みとして再浮上したというよりは、

上位の地域統合であるEUの枠内で、利害を共有する問題に影響を及ぼす有力

な地域コーカスとして生起したものだといえよう。

 国際政治学者アンドリュー・ミチタ(Andrew A. Michta)は、ウクライナ

危機以降のヨーロッパ国際関係について、ロシアの修正主義の台頭により中欧

が再び「狭間のヨーロッパ」に陥る危機にあると断じている45。「狭間のヨーロッ

パ」とは、戦間期において、隣接する諸大国に対して中欧諸国が個別に国益を

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追求した結果、地域的に分裂し安全保障が失われた歴史的経験を指す。しかし、

本稿が明らかにしたように、V4がEUの有力な地域コーカスとして機能してい

るという観点からすれば、中欧が歴史的宿痾というべき「狭間のヨーロッパ」

に陥る可能性は現実的ではない。ただし、この結論には二点ほど留意すべきこ

とがある。

 第一は、V4の再活性化はあくまでEU依存であって、中欧の相互協力が重層

的に展開するという状況にはないということである。このことはV4が、EU統

合の動向に影響を受けやすくなっていることを意味する。そのため、EU加盟

国内での排外主義的ナショナリズムやポピュリズムの高揚による反EU的風潮

の蔓延でEU自体が弱体化すれば、V4の結束も弱まるだろう。

 第二は、V4各国の対ロ認識の違いである。ソ連ブロック解体からほぼ四半

世紀が過ぎ、中欧各国の対ロ認識は多様化した。地理的にもポーランド以外の

中欧3カ国はもはやロシアとは国境を接していない。そうしたなか、ポーラン

ドは引き続きロシアを脅威と認識しているが、ハンガリーはエネルギーを中心

としたロシアとの経済協力を重視しており、チェコやスロバキアも良好な対ロ

関係を望んでいる。こうした対ロ認識の違いが、すでにみたように安全保障面

でのV4の協力を阻害している。そのため、ロシアがポーランドを含めた周辺

国への修正主義的な姿勢を強めれば、V4各国の対応は分裂し、地域的結束は

弱まる可能性がある。

 以上の点を踏まえると、地域的利害を追求しつつもEU統合のさらなる進展

を促す形でV4が機能すること、V4の安全保障協力を推進しつつ結束してロシ

アとの関係を調整していくことが、「狭間のヨーロッパ」に陥る可能性を完全

に排除するための中欧にとっての課題となるだろう。

1 Declaration on Cooperation between the Czech and Slovak Federal Republic, the Republic of Poland and the Republic of Hungary in Striving for European

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Integration, 15 Feb. 1991 .http://www.visegradgroup.eu/documents/visegrad-declarations/visegrad-declaration-110412-2(以下、アクセス日は2017年7月2日。)

2 Stephen Borsody, The New Central Europe: Triumphs and Tragedies, East European Monographs, New York, 1993 : 280-295 ; Adrian Hyde-Price, The International Politics of East Central Europe, Manchester Univ Pr, 1996 ; John Fitzmaurice, “Regional co‐operation in Central Europe,” Journal of West European Politics, Volume 16, 3(1993), pp.380-400.

3 Andrew Cottey(ed.), Subregional Cooperation in the New Europe, Macmillan Press, 1999, pp.69-89.広瀬佳一「中欧における『地域おこし』の試み」、百瀬宏編

『下位地域協力と転換期国際関係』有信堂、1996年、76-91頁。羽場久美子『ヨーロッ

パの分断と統合:拡大EUのナショナリズムと境界線』中央公論新社、2016年、

264頁。

4 データはVisegrad Group, Calendar of selected events, http://www.visegradgroup.eu/calendarによる。なお図1.作成にあたっては武田太佑氏(陸上自衛隊)の協力

を得た。謝意を表したい。

5 以下の会議の声明はVisegrad Group, Official Statements and Communiques. http://www.visegradgroup.eu/documents/official-statements参照。

6 議長国方針については、Visegrad Group, Presidency Programs. http://www.visegradgroup.eu/documents/presidency-programs参照。

7 Eurostat, Energy trends 2016 , http://ec.europa.eu/eurostat/statistics-explained/index.php/Energy_trends

8 András Rácz, “Models of Energy co-operation between V-4 Member States and Russia”, Visegrad Group States and Russia: Dimensions of Cooperation, Chances and Challenges, Conference papers, 2013, p.61.

9 Chi-Kong Chyong & Vessela Tcherneva, Europe's vulnerability on Russian gas, European Council on Foreign Relations, 17th March 2015 , http://www.ecfr.eu/article/commentary_europes_vulnerability_on_russian_gas

10 Manuela Pilloni, Visegrad Four Group - Energy Cooperation A regional approach to energy policy as a response to integration and

diversification, http://www.academia.edu/26900198/Visegrad_Four_Group_and_Energy_Cooperation

11 Council of the European Union, Brussels European Council 8 /9 March 2007 Presidency Conclusions Brussels, 2 May 2007 (7224 /1 /07 REV 1), para.28 , http://www.consilium.europa.eu/ueDocs/cms_Data/docs/pressData/en/ec/93135 .pdf

12 Commision of the European Communities, European Energy Security Strategy Brussels, 28.5.2014 COM(2014) 330, http://www.eesc.europa.eu/resources/docs/european-energy-security-strategy.pdf

13 Stary Miroslav, Co-operation of Visegrad Four Member Countries (V-4) in energy, http://www.mpo.cz/dokument16509.html

14 Declaration of the Budapest V4+ Energy Security Summit, Feb.24 2010 , http://www.visegradgroup.eu/2010/declaration-of-the

15 The North-South gas corridor as a priority issue for the Visegrad Group, Analyses, 2 Feb 2011, http://www.osw.waw.pl/en/publikacje/analyses/2011-02-02/north-south-gas-corridor-a-priority-issue-visegrad-group.

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16 Communication from the Commission to the European Parliament, the Council, the European Economic and Social Committee and the Committee of the Regions, Energy infrastructure priorities for 2020 and beyond, COM(2010) 677 final, European Commission (Brussels, 17 .11 .2010) , http://eurlex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=SPLIT_COM:2010:0677(01):FIN:EN:PDF

17 Nataliia Slobodian, Energy security in V4 : A direct access of a new source of gas would be a game-changer on the V4 markets, 2 November 2016 , http://visegradinsight.eu/energy-security-in-v4/

18 Andrej Nosko, Regional energy security: Visegrad finally at work? In: Majer, M.; Ondrejcsak, R.; Tarasovic, V.; Valasek, T. (eds.): Panorama of global security environment 2010 . Bratislava: CENAA, pp. 84-85 . http://cenaa.org/analysis/regional-energy-security-visegrad-finally-at-work/, Rácz, op.cit., p.63.

19 Manuela Pilloni, Visegrad Four Group and Energy Cooperation, 2016 , http://www.academia.edu/26900198/Visegrad_Four_Group_and_Energy_Cooperation

20 Jacques de Jong, and Christian Egenhofer, “Exploring a Regional Approach to EU Energy Policies”, CEPS Special Report, No.84, April 2014: 1-11.

21 Vit Dostal, New 'Intermarium': What Poland wants from Visegrad?, Jun 2016 , http://www.cepolicy.org/publications/new-intermarium-what-poland-wants-visegrad

22 Joint Statement on the Enhanced Visegrad Group Activities in the Eastern Partnership V4 Prime Ministers' Summit, Bratislava, 16 June 2011.

23 EU (およびV4)の公文書でしばしば使われている” migration”は、庇護を求め

てEU加盟国領域内に流入する人々を指しており、厳密な意味での「難民」を含め

た用語法となっているため、本稿では「難民・移民」と表記する。

24 Communication from the Commission to the European Parliament, the Council, the European Economic and Social Committee and the Committee of the Regions, A European Agenda on Migration, European Commission, Brussels, 13 .5 .2015 COM(2015) 240 final, https://ec.europa.eu/home-affairs/sites/homeaffairs/files/what-we-do/policies/european-agenda-migration/background-information/docs/communication_on_the_european_agenda_on_migration_en.pdf

25 Joint Statement of the Heads of Governments of the Visegrad Group Countries, Prague, 4 September 2015,

http://www.visegradgroup.eu/calendar/2015/joint-statement-of-the-15090426 Joint Declaration of the Visegrad Group Prime Ministers, Prague 8 June 2016, http://www.visegradgroup.eu/documents/official-statements/joint-declaration-of-

the-16060927 Stosunek do uchodźców w krajach Grupy Wyszehradzkiej, Kommunikat z

Badan, nr 151, CBOS, 2015, Rys.2, s.3.28 European Council, Informal meeting of heads of state or government, 23/09/2015,

http://www.consilium.europa.eu/en/meetings/european-council/2015/09/23/29 European Council, 15 /10 /2015 , http://www.consilium.europa.eu/en/meetings/

european-council/2015/10/15-16/30 Eszter Zalan, The rise and shine of Visegrad, EUobserver Magazine, Brussels,

30 . Dec 2016 , https://euobserver.com/europe-in-review/136044 , Milan Nič and

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Alena Kudzko, Flexible solidarity on migration: what can we expect from Visegrad? , 27 . Oct 2016 http://www.cepolicy.org/publications/flexible-solidarity-migration-what-can-we-expect-visegrad

31 広瀬佳一「冷戦の終焉とNATOの模索」、広瀬佳一・吉崎知典編『冷戦後のNATO』

ミネルヴァ書房、2012年、20~22頁。

32 Joint Communiqué of the Ministers of Defence of the Visegrad Group, 4th May 2012, http://www.visegradgroup.eu/calendar/2012/joint-communique-of-the

33 Long Term Vision of the Visegrad Countries on Deepening Their Defence Cooperation, Visegrad, 14 March 2014.

34 "Bratislava Declaration of the Visegrad Group Heads of Government on the Deepening V4 Defence Cooperation". Visegradgroup.eu. Visegrád Group. 9 December 2014.

35 Tomas A.Nagy, V4 Defence Cooperation: A History of great ambitions paired with limited achievements, 30 .Nov 2016 , http://www.cepolicy.org/publications/v4-defence-cooperation-history-great-ambitions-paired-limited-achievements

36 Paul Belkin, Derek E. Mix, Steven Woehrel, “NATO: Response to the Crisis in Ukraine and Security Concerns in Central and Eastern Europe,” Congressional Research Service, R43478 ,July 31, 2014.

37 Joint Statement On Enhancing the Activities Covered by the International Visegrad Fund Budapest on 14 October 2013 , http://www.visegradgroup.eu/calendar/2013/joint-statement-on

38 以上のIVFの活動内容は公式ホームページhttp://visegradfund.org/about/参照。

39 Vit Dostal, Trend of Visegrad Foreign Policy, Association for International Affairs (AMO), 2015.この調査はV4各国のシンクタンクにより共同で実施され

429人の回答を得た。

40 Ibid., pp.40-41.41 Ibid., pp.44-45.42 Ibid., p.42.43 Oľga Gyárfášová, Grigorij Mesežnikov, 25 Years of the V4 as Seen by the Public,

Institute for Public Affairs, Bratislava 2016. 調査対象はV4各国の18歳以上の成

人(チェコ1065、ハンガリー1001、ポーランド1000、スロバキア1067)で、2015年5月から7月にかけて実施された。

44 Ibid., pp.10-13.45 Andrew A. Michta, “The Return of ‘In-Between’ Europe,” The American Interest,

April 18, 2016. http://www.the-american-interest.com/2016/04/18/the-return-of-in-between-europe/