人の温度と地球の温度 - 国立環境研究所 · 2020-06-04 ·...

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人の温度と地球の温度-私たちは地球温暖化の暑さに適応できるか?-

国立環境研究所 社会環境システム研究センター

高倉 潤也

1

地球温暖化による健康への影響

2

地球温暖化

動物の生息域への影響

マラリアデング熱

農作物への影響

栄養不足

熱中症熱関連死亡

気温の上昇

物体の温度が決まる仕組み

3

物体に入ってくる熱

物体から出ていく熱

物体の中で生じる熱

⇒ 温度上昇

⇒ 温度下降

コップの水だろうと、ヘビだろうと、ヒトだろうと、あるいは地球だろうと、この原則は変わらない。

入ってくる熱+生じる熱 出ていく熱>

入ってくる熱+生じる熱 出ていく熱<⇒ 温度一定入ってくる熱+生じる熱 出ていく熱=

ヒトの体温はほぼ一定

4

ヒトの体の中では、なにもしていなくても一定量の熱が生じている。体温を一定に保つには、これと同量の熱を体の外に逃す必要がある。

涼しい環境では 暑い環境では

皮膚表面の温度を下げ放熱を抑える

皮膚表面の温度を上げ放熱を促す+汗をかく

出ていく熱の量を調整して体温をほぼ一定に保っている

体温を保つにも限度がある

5

体温が上昇 熱中症

ある程度の暑さまでには、体温を一定の範囲に保つことができるが、いろいろな条件が重なると、体温は上昇してしまう。

高い気温:

高い湿度:

激しい運動:

汗をかいても、体の表面で蒸発しない(汗は蒸発するときに体の熱を奪う)

体の中で生じる熱の量が増える(より多くの熱を体から逃すことが必要)

体表面から空気へ出て行く熱の量が減る、もしくは、逆に空気から体に熱が入ってきてしまう

必要なのは気合いよりも具体的な対策

6

物体の温度は物理法則に従って決まる。人の温度も同様。物理的な条件が重なると、いくら気合いがあっても熱中症にかかる。

逆に言えば、物理的な条件から熱中症の危険性は予測可能

熱中症は適切な対策によって予防が可能な病気

環境省熱中症予防情報サイト (http://www.wbgt.env.go.jp/) より

地球温暖化は状況を悪化させる

7

色々な対策は進んでいるものの、都市部のヒートアイランド現象や高齢化など様々な要因から、熱中症の患者数は増加傾向。

そこに地球温暖化が加わると、状況は更に悪化する。

⇒ 更なる熱中症対策(地球温暖化への「適応」)が必要

2016-2018年の気温(1951-1980年からの比較)

4.0

2.0

1.0

0.5

0.2

-0.2

-0.5

-1.0

-2.0

-4.0 (℃)

GISS Surface Temperature Analysis (https://data.giss.nasa.gov/gistemp/) より一部改変

もうひとつの地球温暖化対策:適応

8

緩和策

適応策

• 地球温暖化を防ぐことを目的とした対策。

• 産業革命前からの気温上昇を2℃未満、できれば1.5℃未満に抑えることが、現在国際的に合意されている目標。

• 緩和策を頑張っても、ある程度の温暖化は避けられない。

• 緩和策を実現できないかもしれない(緩和策に取り組まなかった場合、21世紀末までに4℃以上上昇)。

• 起こってしまった地球温暖化の悪影響を最小限に抑えるための対策が適応策。

適応(進化)?

9

「適応」と言えば「ダーウィンの進化論」?(環境に合わせてうまく変化できた者が生き残る)

適応策も基本的な考え方は同じ。温暖化が起きた環境で生きていくには、その環境に合わせて変化する必要がある。

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Darwin%27s_finches_by_Gould.jpg

ヒトの遺伝的な適応

10

ただし、ここでは数千年単位の話を「最近」と呼んでいる。数十年以内に起きる地球温暖化に対して遺伝的に適応することは、ほぼ不可能。

大人になってもミルクから栄養を摂取できる遺伝的な性質を持っているヒトの割合https://en.wikipedia.org/wiki/Lacta

se_persistence#/media/File:Lactase_persistence_in_the_Old_World.svg

比較的 「最近」、「急速」 にヒトで遺伝的な適応が生じた例:

食料が豊富でなく酪農が普及した地域では、ヒトが家畜のミルクからも栄養を摂取できるように遺伝的に適応したことが分かっている。

非遺伝的な適応(生理的適応)

11

・・・暑さに馴(な)れること

暑さに体が慣れることによって、体温は上がりにくくなる。ただし、無限に暑さに強くなれるわけではなく当然限界がある。

暑熱馴化(じゅんか)

暑い環境での運動を何日も繰り返した時の発汗量と体温の推移

Eichna et al. (1950) The American Journal of Physiology を基に作図

温暖化がこのまま進むと、最大限生理的な暑熱馴化が進んでいても、世界の一部の地域では生存が不可能な暑さになると予測されている。

600

620

640

660

680

700

37.8

38.0

38.2

38.4

38.6

38.8

39.0

39.2

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11

深部

体温

(℃)

発汗

量(m

l/m

2/h

)

深部体温

発汗量

繰り返し日数

文化的な適応

12

遺伝的な適応、あるいは、生理的な馴化、は生物としてのヒトの適応手段。

生物としての「ヒト」が温暖化に適応できなかったとしても、文化(技術)を持った「人」は適応できるかもしれない。

たとえば、暑い日には屋内にとどまり、エアコンを適切に使うことは、立派な「適応策」のひとつ。

エアコンを使えない屋外での適応策

13

エアコンを使えない屋外で、暑くても働かなければいけない場合に、どうやって暑さに「適応」するか?

一方、生活のためにはそうも言っていられない人もいる。

暑い日に屋内に留まりエアコンを適切に使うことは、非常に有効な熱中症対策(適応策)。

Shutterstock.com

日本でも2018年の熱中症による労災死傷者は1,178名。

検討した適応策

14

• 休む(休憩をとる)

• 早起きする

• 機械にやらせる

検討した適応策

15

• 休む(休憩をとる)

• 早起きする

• 機械にやらせる

休む(休憩を取る)

16

熱を逃すことが難しいなら、休む(休憩を取る)ことで、体の中で生じる熱の量を減らすことは有効な熱中症対策。

基礎代謝

運動の熱

基礎代謝

暑さの程度に応じて、熱中症を予防するために推奨される休憩時間が、各国の研究機関などから示されている。

動いているとき じっとしているとき

体内で生じる熱

体内で

生じる熱

どのくらい休む必要があるか?

17休むことは大事だが、休んでばかりいるわけにもいかない。

100%(全く働けない)

0%(休憩不要)

現在(2000年代)

(RCP8.5:温室効果ガスの排出が増え続けた場合)

熱中症を避けるために必要となる休憩時間の割合

全世界の平均では、外で働く場合、勤務時間の半分近くの時間を休憩にあてることが必要になる(特に暑い国ではほとんど働けなくなる)。

Takakura et al. (2017) Environmental Research Letters を基に再作図

(日中に日陰のない屋外で、きつい身体作業に従事する場合、年間平均)

将来(2090年代)

50%(勤務時間のうち半分は休憩)

18% 46%

検討した適応策

18

• 休む(休憩をとる)

• 早起きする

• 機械にやらせる

早起きする

19

日中は暑くても、早朝や夜中は比較的涼しい。早起きして働けば暑さの影響を避けられるかもしれない。

25

28

31

0時 4時 8時 12時 16時 20時 24時

暑さ指数

(WB

GT

)

注意

警戒

厳重警戒

危険

2018年の東京で、日中の暑さ指数が「危険」レベルに達した日の暑さ指数の1日の中の推移

東京オリンピックのマラソン実施時間

http://www.wbgt.env.go.jp/wbgt_data.php を基に作図

どのくらい早起きすればよいか?

20

世界の平均では約6時間、始業時刻を早めることが必要。(現在朝9時始業なら深夜3時以前始業)

現在と比較して必要になる始業時間の前倒し量

Takakura et al. (2018) Earth’s Future を元に再作図

(2090年代に現在と同程度の作業可能時間を確保しようとする場合)

0 時間

2 時間

4 時間

6 時間

8 時間

(RCP8.5:温室効果ガスの排出が増え続けた場合)

早起きというよりは昼夜逆転の生活に。かなり非現実的。

検討した適応策

21

• 休む(休憩をとる)

• 早起きする

• 機械にやらせる

機械にやらせる

22

基礎代謝

運動の熱

基礎代謝

運動の熱

基礎代謝

運動の熱

体内で生じる熱

体内で生じる熱

体内で生じる熱

活動していたとしても、「楽な」仕事であれば、体内で生じる熱は少なくて済む。

機械化による効果

23

現在(きつい作業)

2090年代(きつい作業)

2090年代(ややきつい作業)

2090年代(軽い作業)

Takakura et al. (2017) The 17th International Conference on Environmental Ergonomics を基に再作図

熱中症を避けるために必要となる休憩時間の割合

(日中に日陰のない屋外で、作業に従事する場合、年間平均)

18%

46% 37% 23%

100%(全く働けない)

0%(休憩不要)

50%(勤務時間のうち半分は休憩)

機械化を実現するには

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国別の1人あたりGDP 国別の暑さによる影響

暑さの影響を強く受ける国は、経済的には貧しい国である場合が多く、機械化のための設備投資が難しいかもしれない。

仮に経済的に豊かな国であっても、設備投資に踏み切れない場合も多い(たとえば日本の跡継ぎのいない小規模農家)。

貧困・経済的格差の軽減、地域コミュニティによる互助など、社会全体のあり方を変えることも重要。

<$500

<$1000

<$5000

<$10000

<$50000

<$100000

≧$100000

No data

https://data.worldbank.org/ を基に作図 Takakura et al. (2018) Earth’s Futureを基に再作図

影響大

影響小

(2017年) (2090年代、RCP8.5)

緩和策も忘れてはいけない

25

大きな社会変革が実現できれば、温室効果ガスを大幅に削減し、気温の上昇幅を2℃未満に抑えることは、理論上は可能。

全世界の温室効果ガス排出量

( トン)

全世界の平均気温上昇量( )

Fujimori et al. (2016) Global Environmental Change ほかを基に作図

DIAS CMIP5データ解析ツール(https://diasjp.net/service/cmip5/) を基に作図

温室効果ガスを出し続ける場合

温室効果ガスを大幅削減する場合

温室効果ガスを出し続ける場合

温室効果ガスを大幅削減する場合

(RCP8.5) (RCP8.5)

(RCP2.6)

(RCP2.6)

温室効果ガス排出量 気温上昇

緩和策は適応策の困難度を下げる

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温室効果ガスを出し続ける場合

温室効果ガスを大幅削減し2℃目標を達成できた場合

0 時間

4 時間

8 時間

100%

0%

50%

必要

な休

憩時

間の

割合

必要

な始

業時

刻の

前倒

し量

(RCP8.5シナリオ、2090年代) (RCP2.6シナリオ、2090年代)

Takakura et al. (2017) Environmental Research Letters および Takakura et al. (2018) Earth’s Future を元に再作図

緩和策がなかった場合には非現実的な適応策も、緩和策が成功すれば、実現可能性が高まる。

46% 24%

~7.5h ~2.9h

2℃目標にはまだ遠いけれど

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温室効果ガス排出量( トン)

2℃目標

1.5℃目標

現時点での各国の削減目標

現在の傾向の延長

150

180~ 260

290~

世界の国々は気温上昇を ℃未満に抑えるという目標に合意したが、現状では各国の目標を合計しても、 ℃目標の水準には及ばない。

Climate Analytics, Ecofys and NewClimate Institute(https://climateactiontracker.org/global/cat-emissions-gaps/)に基づき作図

排出削減の不足分(CO2換算億トン)

ただし、全く不可能な目標ではない。

世界各国で、更なる排出削減実現のための様々な努力が続けられている。

さいごに

28

私たちは地球温暖化の暑さに適応できるか?

私たちの祖先は適応してきた

29

ただし、その「適応」は盲目的で運任せなものだった。

今日私たちが、体温をほぼ一定に保って生きていられるのは、私たちの祖先が地球の温度環境に対して適応(進化)してきたから。

体を冷やそうとして、皆が汗をかけるようになった。

たまたま、汗をかくことができた個体が生き残った。× ○

進化論における適応のように、なりゆき任せで運の良い者だけが生き残れれば良い、というのは「適応策」が目指すところではない。

私たちは適応できるか?

30

私たちには地球温暖化の暑さに適応する能力がある

実際に適応できるか否かは、私たちの世代の行動次第

今の私たちは、完璧にではないにしても、

人の温度がどうやって決まるかを知っている。

地球の温度がどうやって決まるかも知っている。

→ どうすれば暑さに適応できるかを考えて実行する能力がある

→ どうすれば暑さへの適応が不可能なほどの温暖化を避けられるかを考えて実行する能力がある

31

ご静聴ありがとうございました

本発表中で紹介した研究の一部は、(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(S-14気候変動の緩和策と適応策の統合的戦略研究)により実施された。

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