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第7章 ESRの超微細構造と遷移確率
7.1 ESRの超微細構造 6章では、スピン-軌道相互作用やスピン-スピン相互作用の解説を行った。本
章では、それらがESRスペクトルにどのような影響を与えるかを解説する。なお、
本章より、演算子の表記において、Sなどの代わりに、単純に などと記載するこ
ととする。 ˆ S
4.4 節では、均一磁場(B)存在下で、1種類の電子スピンが多数存在し、お互い
に相互作用がない場合を考えた。このような電子スピン1個のゼーマン・ハミルト
ニアン( )は、 (4.4.4)式より、次式で与えられる。 SH
g=SH μB (S / ħ) • B (7.1.1)
磁場の方向をZ-軸とすると、(7.1.1)式は、次のように書き換えられる。
g=SH μB ( / ħ) B (7.1.2) ZS
ここで、電子スピンの g - 値は、電子の存在する化学的環境で決定される。 ラジカルの g - 値は、スピン-軌道相互作用と軌道角運動量のゼーマン項の、励起
状態を介しての交差項から決定される。市販のESRの教科書([12],[14],[15])
で、g - 値の求め方が詳細に解説されているので、自習して下さい。また、一般には、
g - 値には異方性がある。しかし、溶液中ではラジカルの早い回転運動により、g - 値の異方性は平均化されて消失する[12]。スピン化学では、溶液中のラジカルを対
象とするので、その g - 値は方向によらずラジカルに特有な一定値を取るとする。
4.4 節では、1電子のスピン関数( 2/1,2/1 ± )に対して、α-スピン
( )とβ-スピン(2/1+=Sm 2/1−=Sm )のエネルギー( )2/1(±SE )を求め、その
ESRスペクトルを解説した。本節では、ラジカル中に核スピンが存在する場合に、
ESRスペクトルがどのように変化するかを解説する。本書では、簡単のために、
対象とするラジカル中に核スピンが一種類のみ存在する場合を考える。核スピンが
多数存在する場合は、ESRの教科書([12],[14],[15])で詳細に解説されている
ので、自習して下さい。 1個のラジカルの中の不対電子が、1種類の核スピンとのみ相互作用し、核スピ
ンの状態が ImI , で表現される場合を考える。4.4 節と同様に、そのような核スピ
ン1個のゼーマン・ハミルトニアン( )は、磁場の方向を z-軸とすると、
(4.4.12)式より次のように与えられる。 NH
- g=NH N μN ( / ħ) B (7.1.3) ZI
次に、ラジカル中の電子スピン(S)と核スピン(I)の相互作用の項( )
を考える。6章の説明より、 は一般にはSとIの内積に比例することが分かる。
そこで、 を次式のように書くことにする。
SIH
SIH
SIH
(7.1.4) )/()/( hh SI ⋅= AH SI
1
ここで、Aを超微細結合定数(HF結合定数)と呼ぶ。なお、HFは hyperfine の略
語である。Aの内容は次節(7.2 節)で解説するので、本節ではある定数と仮に考
えておいて欲しい。従って、ラジカル中に核スピンが一種類のみ存在する場合の全
ハミルトニアンをH とすると、それは次式で表される。 SINS HHHH ++= (7.1.5)
次に、小出先生の本[9]の p.196 に従って、定常状態に対する摂動計算(縮退のな
い場合)を行う。全ハミルトニアンH が、 '0 HHH λ+= (7.1.6)
のように2つの部分に分けられ、主な部分 に対する固有関数 とその固有値
は既知であるとする。すなはち、次式が成立しているとする。 0H )0(
nϕ)0(
nε
(7.1.7) ),3,2,1()0()0()0(0 L== nH nnn ϕεϕ
(7.1.6)式の右辺の第2項は摂動による補正項である。(7.1.7)式に縮退がない場合、
に対する固有関数 は完全直交関数系をつくるので、0H ),3,2,1()0( L=nnϕ H の固有関
数もこれで展開できる。 'Hλ は小さいと考えられるので、H の n 番目の固有関数 nϕとその固有値 nε は、それぞれ と とに近いと考えられる。そこで、)0(
nϕ)0(
nε nϕ と nε は
λのべき級数に展開できる。
(7.1.8a) L+++= )2(2)1()0(nnnn ϕλλϕϕϕ
(7.1.8b) L+++= )2(2)1()0(nnnn ελλεεε
これを、 nnnn HHH ϕεϕλϕ =+= )'( 0 に代入して、λのべきによって整理すると
LL ++++ ][]'[ 2)1(0
)0()0(0 λϕϕλϕ nnn HHH
LL ++++= ][][ 2)1()0()0()1()0()0( λϕεϕελϕε nnnnnn
となる。これが成立するためには、λの各べきごとに左右両辺が等しいことが必要
である。ゆえに、次式が得られる。
λの0次の項: (7.1.9a)
λの1次の項: (7.1.9b)
)0()0()0(0 nnnH ϕεϕ =
)1()0()0()1()1(0
)0(' nnnnnn HH ϕεϕεϕϕ +=+
(7.1.9a)式は、(7.1.7)式より自動的に満たされている。
(7.1.9b)式から、 と とを決めるには、 を で展開する。 )1(nϕ
)1(nε
)1(nϕ
)0(nϕ
)(, )0()0()1(j
jjj
jjn jjcc ϕϕϕ ≡≡= ∑∑ (7.1.10)
(7.1.10)式を(7.1.9b)式に代入すると、次式が得られる。
∑∑ +=+j
jnnj
j jcnjcHnH )0()1(0' εε (7.1.11)
(7.1.11)式に左から n を掛けて積分すると、 jnno jHn δε )0(= であるので、 は次
式で与えられる。
)1(nε
nHnn ')1( =ε (7.1.12)
2
なお、(7.1.11)式に左から j を掛けて積分すると、 が求められる。 )1(nϕ
(7.1.5)式を(7.1.6)式に適用して、 NS HHH +=0 とし、 SIHH ='λ とする。 に対す
る固有関数 とその固有値 は、(3.4.4)式と(3.4.12)式より、 0H
)0(nϕ
)0(nε
IISn mImIms ,2/1,2/1,,)0( ±≡=ϕ (7.1.13a)
ISNSSIn mImsHHmsmI ,,)(,,)0( +=ε
ISNSIISSSI mImsHmsmImImsHmsmI ,,,,,,,, +=
SSIZNNIIISZBS msmsmIBIgmImImImsBSgms ,,,/,,,,/, hh μμ −=
Bmgmg INNSB )( μμ −= (7.1.13b)
となる。(7.1.5)式を(7.1.12)式に適用して、1次の摂動エネルギー は )1(nλε
nAnnHn SIn )/()/()1( hh SI ⋅==λε
ISSI mImsAmsmI ,,)/()/(,, hh SI ⋅=
SSII msmsmImIA ,)/(,,)/(, hh SI ⋅=
SZSIZI msSmsmIImIA ,)/(,,)/(, hh ⋅= SI mAm= (7.1.14)
となる。(7.1.13b)式と (7.1.14)式より、ラジカルの全ハミルトニアンH を1次の摂動
エネルギーで補正した全エネルギー は、次式で与えられる。 ),(1 IS mmE
)2/1(,)(),(1 ±=+−= SSIINNSBIS mmAmBmgmgmmE μμ (7.1.15)
7.3 節で解説する予定であるが、ESRスペクトルにおける遷移の選択則は、 (7.1.16) 0,1 =Δ±=Δ IS mm
である。従って、ラジカルのESRスペクトルにおいては、 ImI ,2/1,2/1 − 状態と
ImI ,2/1,2/1 + 状態との間が、許容遷移となる。これらの状態間のエネルギー差
EΔ は、次式で与えられる。
IBII AmBgmEmEE +=−−+=Δ μ),2/1(),2/1( 11 (7.1.17)
ESR測定では、振動数ν のマイクロ波を吸収して、 ImI ,2/1,2/1 − 状態から
ImI ,2/1,2/1 + 状態への許容遷移が起こるので、次の関係式が成立する。
IB AmBghE +==Δ μν (7.1.18)
市販のESR装置では、マイクロ波の周波数を一定( 0ν )にして、磁場を変化させ
て共鳴磁場を測定する。従って、ESR遷移が起こる磁場は、次の式で与えられる。
)~,(,~ 000
0
BBI
B
I
B gAA
gh
BmΑBgAm
gh
Bμμ
νμμ
ν≡≡−=−= (7.1.19)
ラジカル中の不対電子が1個の陽子( 2/1,2/1,, ±== II mImI )と相互作用して
いる場合のESRスペクトルを図 7.1.1 に示す。
3
B
B
B
0BB =
2/~0 ΑBB −= 2/~
0 ΑBB +=
mI= +1/2
mI= +1/2
mI= -1/2
mI= -1/2 (a)
図 7.1.1 ラジカル中の不対電子が1個の陽子と相互作用している場合のESRスペ
クトル 図 7.1.1(a)は、ラジカル中の不対電子が核スピンと相互作用していない場合
( TA 0~= )のESRスペクトルを示す。この場合は、ESR遷移は の磁場で
のみ起こる。これは、例題 4.4.1 の結果と同じである。
0BB =
なお、 A~の単位はTであることは、以下の考察より容易に導かれる。(7.1.4)式の
はエネルギーを表すので、単位はJである。 中のSとIは ħと同じ次元で
ある。従って、(7.1.4)式中のHF結合定数(A)の次元はJである。
SIH SIH
Bμ の次元は
なので、(7.1.19)式より1−JT A~の単位はTとなる。 ラジカル中の不対電子が1個の陽子と相互作用している場合は、図 7.1.1(b)と 図7.1.1(c)に示すように、ESRスペクトルは2本に分裂する。このように核スピン
により分裂した構造を、超微細構造(HF構造)と呼ぶ。図 7.1.1(b)と 図
7.1.1(c)とにおいて、赤線で示した遷移は核スピンが 2/1+=Im 状態にある場合の
遷移に対応し、青線で示した遷移は核スピンが 2/1−=Im 状態にある場合の遷移に対
応している。
7.2 節で解説するように、HF結合定数( Aまたは A~)は相互作用の種類によっ
て、正または負の符号を持つ場合がある。図 7.1.1(b)は A~が正の場合に対応し、
の核スピンの遷移が低磁場側に、2/1+=Im 2/1−=Im の核スピンの遷移が高磁場側
に現れている。図 7.1.1(c)は A~が負の場合に対応し、 2/1+=Im の核スピンの遷移
が高磁場側に、 2/1−=Im の核スピンの遷移が低磁場側に現れている。いずれの場合
も、分裂の間隔は A~の絶対値( |~| A )に対応している。
Α~ = 0T
(b) Α~ > 0T
(c) Α~ < 0T
Α~| |
| Α~ |
4
HF結合定数の符号を決定する方法は、7.2 節で解説するように、理論的には確
立されている。しかし、それを実験的に証明することは非常に困難であった。スピ
ン化学の研究により、Chemically Induced Dynamic Nuclear Polarization (CIDNP)と呼
ばれる現象が発見された。CIDNP の信号を解析することにより、HF結合定数の符
号を実験的に求めることが可能になった。その詳細は、私の本[1]の4章をご覧下さ
い。 7.2 HF結合定数の理論 前節では、1個のラジカルの中の不対電子が、1種類の核スピンとのみ相互作用
する場合を考えた。その場合は、ラジカル中の電子スピン(S)と核スピン(I)
との相互作用の項( )は、次式のように書くことができることを示した。 SIH
(7.2.1) )/()/( hh SI ⋅= AH SI
ここで、Aを超微細結合定数(HF結合定数)と呼んだ。
同様にして、ラジカルの中の不対電子が、N個の核スピン( )と
相互作用する場合のハミルトニアン( )は次式のように書くことができる。 Njj ,,1,0, L=I
SIH
(7.2.2) ∑=
⋅=N
j
JjSI AH
1)/()/( hh SI
ここで、 はSと とのHF結合定数である。 jA jI
本節では、様々なHF結合定数( )がどのような式で表されるかを解説し、具
体的な計算の例を紹介する。
jA
(1)ラジカルの中の不対電子が、ある核の ns-軌道に存在し、その核スピンと相
互作用する場合。 この場合は、フェルミ接触相互作用が働き、そのハミルトニアン( )は
(6.3.13)式を用いて、次式のように表すことができる。 FH
)/()/()0(3
2 0 hh SISI ⋅≡⋅= FeNNF AggH γγρμ
(7.2.3)
ここで、 )0(ρ は ns-電子の r = 0 における電子密度2)0( =rnsφ である。
2)0( =rnsφ の値を含めて、HF結合定数の計算に必要な値を、本 [12] を参考に
して、表 7.2.1 に収録した。2)0( =rnsφ の値に関しては、 H1 の値は解析的に厳密に
求めることができるが、その他の値は近似計算でしか求めることができない。 フェルミ項に関しては、(7.2.3)式の関数形より、異方性がなく外部磁場の方向に
無関係に一定値を取ることが分かる。従って、固体中でも溶液中でも、フェルミ項
によるHF構造が観測される。表 7.2.1 に、(7.2.3)式を用いた FA~ の計算値を示す。
なお、 は(7.1.19)式より、次式で定義されている。 FA~
B
FF g
AAμ
≡~
(7.2.4)
5
図 7.1.1 より、 FA~ の値が、実際のESRスペクトルから測定される。
表 7.2.1 核スピンによるHF結合定数の計算値 ( [12]の p.30 より収録。 は[12]の p.304 の付表2より計算した。なお、付表2
の「核磁気能率」欄に記載されている
Ng
nβ は誤植で、 nn βμ / が正しい。)
核 H1 B11 C13 N14 O17 F19 P31 存在度/% 99.9844 81.17 1.108 99.635 0.027 100 100
I 1/2 3/2 1/2 1 5/2 1/2 1/2
n 1 2 2 2 2 2 3
../)0( 2 uansφ 0.3183 1.408 2.785 4.814 7.646 11.387 5.673
../3 uarnp
− - 0.775 1.6618 3.0205 4.9490 7.5451 3.266
Ng 5.5857 1.792 1.4046 0.40356 -0.75720 5.2567 2.2634
mTAF /~ 50.8 72.3 111.9 55.7 -165.9 1716.0 367.6
mTAnp /~ - 1.91 3.19 1.78 -5.1 54.3 10,1
例題 7.2.1 H1 の FA~ が表 7.2.1 に示す値になることを確認せよ。
の値は、(7.2.3)式と(7.2.4)式を用いて、次式で与えられる。 FA~
NNF gA μμ3
2~ 0= 21 )0( =rsφ (7.2.5)
まず、水素原子における )(1 rsφ の式は、水素原子のシュレーデインガー方程式を厳
密に解くことにより、次式のように得られる。([9]の p.94 と p.101 を参照)
)exp(241)()(
0
2/3
01
001 a
ZraZrRYr ss −⎟⎟⎠
⎞⎜⎜⎝
⎛==
πφ (7.2.6)
水素原子の場合は、Z=1 であり、 はボーア半径と呼ばれる定数で、 0a
mme
a 112
20
0 1029177.54 −×==
hπε (7.2.7)
である。 原子物理学では、原子単位(a.u.)を用いることが便利である。長さの原子単位は
であるので、水素原子における10 =a 21 )0( =rsφ の値は、次式で与えられる。
.).(3183.0.).(1)0exp(11)0(
22/3
0
21 uaua
ars ≈=⎟⎟
⎠
⎞⎜⎜⎝
⎛==
ππφ (7.2.8)
この値は、表 7.2.1 の値と一致している。
6
(7.2.8)式の値を SI 単位に変換すると、次式の値が得られる。
31130
22/3
0
21 )1029177.5(
111111)0(maa
rs −×==⎟⎟
⎠
⎞⎜⎜⎝
⎛==
πππφ (7.2.9)
(7.2.9)式を(7.2.5)式に代入すると、次式がえられる。
311
12727
)1029177.5(3100508.55857.51042~
mJTNAAF −
−−−−
××××××××
=π
π (7.2.10)
ここで、 0μ の値と単位は、(5.4.1)式と(5.4.3)式から得られる。(2.3.4b)式より、[T] = [kg s-2 A-1]が得られている。従って、(7.2.10)式の右辺の単位は、次式で与えられる。
][][][]~[ 214142432121312 skgmAskgmAmsJkgAJmmJTNAAF−−−−−−−−−−− ==⋅⋅=
(7.2.11) ][][ 12 TAskg =−−
(7.2.10)式の右辺の数値を計算すると、 となるので、 である
ことが確認できた。
210078.5 −× mTAF 78.50~=
問題 7.2.1 と との の値が、表 7.2.1 に示す値になることを確認せよ。
(ヒント: と との 値が、各々1.4046 と 0.40356 であることに注意せよ。) C13 N14
FA~
C13 N14Ng
不対電子がpz -軌道(またはπ-軌道)に入ったラジカルをπ-ラジカルと呼ぶ [3]。一方、不対電子がσ-軌道に入ったラジカルをσ-ラジカルと呼ぶ [3]。
の
C13
FA~ 値は、不対電子における炭素原子の 2s-軌道の寄与を直接的に示している。不
対電子がs-軌道にすべて入ると、表 7.2.1 より、 の 値は 111.9mTになる。不
対電子がspC13
FA~
3-混成軌道にすべて入ると、 のC13FA~ 値は上の値の 25%(22.4mT)にな
る。CH3ラジカルでは、 の 値は 3.85mTと観測されている。従って、CHC13FA~ 3の
構造は殆ど平面で、不対電子は殆ど 2pz-軌道に入っているπ-ラジカルと考えられ
る。一方、CF3ラジカルでは、 のC13FA~ 値は 27.1mTと観測されているので、CF3
はピラミッド構造をしたσ-ラジカルであると考えられる。 (2)ラジカルの中の不対電子が、ある核の np-軌道に存在し、その核スピンと相
互作用する場合。 この場合は、スピン-スピン双極子相互作用が働き、そのハミルトニアン
( )は(6.2.23)式を用いて、次式のように表すことができる。 npH
ZZnpNNe
np SIrgg
H )1cos3(45
2 230 −Θ⎟⎟⎠
⎞⎜⎜⎝
⎛= −
πγγμ
(7.2.12) )/)(/)(1cos3( 2 hh ZZnp SIA −Θ≡
7
ここで、 として に比例する項のみを選んだのは、 が の
項に対して、摂動項として作用するためである。
npH ZZ SI npH )(0 NS HHH +=
Θは、外部磁場の方向(Z-軸)と
不対電子の np-軌道の方向との角度である。 (7.1.14)式と同様にして、 の一次の摂動エネルギーは次式で与えられる。npH
nSIAnnHn ZZnpnpn )/()/)(1cos3( 2)1( hh ⋅−Θ==λε
ISZZSInp mImsSImsmIA ,,)/()/(,,)1cos3( 2 hh ⋅−Θ=
SInp mmA )1cos3( 2 −Θ= (7.2.13)
従って、(7.1.19)式と図 7.1.1 と同様にして、ESRスペクトルのHF構造の間隔は
)~(|,)1cos3(~| 2
B
npnpnp g
AAA
μ≡−Θ (7.2.14)
で表される。なお、(7.2.12)式より、 npA~ の符号は正である。
このラジカルが単結晶中に捕捉されている場合は、HF構造に異方性がある。そ
の角度変化を測定すると、(7.2.14)式より npA~ の値が求められる。例えば、磁場を np
-軌道の方向に印加すると( )、HF構造の間隔(0=Θ |~| //A )は次式で表される。
npnp AAA ~2|~2||~| // == (7.2.15)
次に、磁場を np-軌道と垂直に印加すると( 2/π=Θ )、HF構造の間隔( |~| ⊥A )
は次式で表される。
npnp AAA ~|~||~| =−=⊥ (7.2.16)
一方、このラジカルが溶液中に存在している場合には、例題 6.2.1 で示したよう
に、ESRスペクトルのHF構造はラジカルの回転運動により平均化されて消失す
る。この点が、フェルミ項によるHF構造との相違点である。
例題 7.2.2 のC13pA2
~が表 7.2.1 に示す値になることを確認せよ。
npA~ の値は、(7.2.12)式と(7.2.14)式を用いて、次式で与えられる。
np
NNnp rgA 30
452~ −
⎟⎟⎠
⎞⎜⎜⎝
⎛=
πμμ
(7.2.17)
表 7.2.1 より、 のC13
pr
2
3− の値は 1.6618a.u.であるので、これを(7.2.9)式と同様に
して SI 単位に変換すると、次の値が得られる。
3112
3
)1029177.5(6618.1
mr
p −−
×= (7.2.18)
従って、 のC13pA2
~の値は、次式で与えられる。なお、(7.2.10)式と同様にして、
pA2~
の単位はTとなるので数値のみを計算すればよい。
8
TA p 311
277
2 )1029177.5(6618.1
4100508.54046.1104
52~
−
−−
×⎟⎟⎠
⎞⎜⎜⎝
⎛ ××××=
ππ
(7.2.19) mTT 18.31018.3 3 =×= −
(a) ラジカルの生成
γ線照射
・
(c) ラジカルの電子構造
C
N O
(b) HF構造
図 7.2.1 ジメチルグリオキシムラジカル(R・)の生成とESRスペクトル ジメチルグリオキシムの単結晶を、77Kでγ線照射すると、図 7.2.1(a) 示す反
応が起こり、水素が解離してジメチルグリオキシムラジカル(R・)が生成する。
γ線照射直後に、77KでESR測定を行うと、図 7.2.1(b) 示すHF構造が現れる。
これは、 の核スピン(I = 1)による分裂である。(7.1.19)式で、 、N14 1=Im 0=Im 、
および に対応するESR信号が次の3磁場で観測される。 1−=Im
ΑBBBBΑBB ~,,~000 +==−= (7.2.20)
(7.2.20)式より、3本の信号の間隔は等しく、その値は A~となる。
は核スピンを持つので、窒素原子の軌道にある不対電子は、HF構造に寄与
する。しかし、 は核スピンを持たないので、炭素原子の軌道にある不対電子は、
HF構造に寄与しない。[12]の p.33 に記載されているように、磁場方向がC=N-
Oの分子面内で、 の2等分線の方向にある場合に、
N14
C12
ONC −=∠ A~の値( //~~ AA = )は
最大(4.5mT)になった。また、 //~A と直角方向で、 A~ の値( ⊥= AA ~~
)は最小に
(2.5mT)なった。
B
A~ A~
2p-軌道 2p-軌道
2s-軌道 0BB =2s-軌道
9
//~A と ⊥A~ の方向より、R・はπ-ラジカルではなくσ-ラジカルで、その不対電
子は図 7.2.1(c) に示すように、窒素原子と炭素原子の 2s-軌道( と )と 2p-軌道( と )に存在していることが分かる。その不対電子軌道(
Ns2φ
Cs2φ
Np2φ
Cp2φ Rφ )は
(7.2.21) Cp
Cp
Cs
Cs
Np
Np
Ns
NsR CCCC 22222222 φφφφφ +++=
で表すことができる。ここで、Cは各々の軌道の係数である。
R・のHF構造には、 FA~ と pA2~
との寄与があるので、 //~A と ⊥A~ の値は
mTAAA pF 5.4~2~~2// =+= (7.2.22a)
mTAAA pF 5.2~~~2 =−=⊥ (7.2.22b)
となる。従って、 FA~ と pA2~
との値は、次式で与えられる。
mTAAAF 2.33/)2~(~// =+= ⊥ (7.2.23a)
mTAAA p 67.03/)~(~//2 =−= ⊥ (7.2.23b)
(7.2.23) 式の値と表 7.2.1 の数値より、(7.2.21)式の係数が
(7.2.24a) 057.07.55/2.3|| 22 == mTmTC N
s
(7.2.24b) 38.078.1/67.0|| 22 == mTmTC N
p
のように決定される。従って、R・の不対電子は、N原子の上に 6%+38%=44%あり、
残りの 56%はO原子上にあることが分かった。 (3)α水素のHF結合定数 いま、>Ċ-Hという構造を持つ水素を考えよう。Cの三つのσ結合はsp2 – 混成
軌道で、不対電子はそれに垂直なpπ-軌道に入っているものとする。そのような水
素をα水素と呼ぶ。溶液中でも、α水素による等方的HF構造が一般的に観測され
る。例として、次のページの図 7.2.2(a)にベンゼンアニオンの溶液中でのESRス
ペクトルを示す。本図が示すように、ベンゼンアニオンでは等価の六個の陽子によ
るHF構造が観測され、各吸収線の間隔は である。(なお、 [12] のp.12 において、上から 12 行目の 13.5mTは誤植で、0.375mTが正しい。)
mTGAH 375.075.3|~| ==
現在まで観測された多数の芳香族炭化水素について、 |の値は炭素原子上の不
対電子密度(
~| HA
Cρ )に比例することが分かっている。
CH QA ρα |||~| = (7.2.25)
ベンゼンアニオンでは、 およびmTAH 375.0|~| = 6/1=Cρ であるので、
となる。この 値は、芳香族炭化水素のアニオンラジカルに共通である。ラジカル
の種類が違うと、 値は少し変化することが観測されている。
mTQ 25.2|| =α
αQ
αQ
10
(a) ベンゼンアニオンのESR スペクトル(一次微分形)
C H
C H
(b) スピン分極の概念図
交換力
|~| HA
π軌道
σ電子
図 7.2.2 ベンゼンアニオンのESRスペクトルとα水素のスピン分極 (7.2.25)式はどのような理由で成立するのであろうか。符号まで含めて考えると、
(7.2.25)式は次式で表される。
CH QA ρα=~
(7.2.26)
米沢先生の本 [3]の p.736 によれば、この等方的HF結合定数の機構は次のように
概念的に説明できる。(図 7.2.2(b)を参照) 第一近似のもとでは、不対電子はπ軌道内にありC-H結合のσ電子は対をなし
ている。(図 7.2.2(b)の上図を参照)従って、水素原子核の位置のスピン密度はゼ
ロとなるので、フェルミ項による等方的HF結合定数はゼロとなる。所が、同じス
ピンを持つ電子間にはパウリの原理により交換引力が働く。従って、π軌道の不対
電子は、それと同じスピンを持つσ電子を炭素原子の方に引き付ける。(図 7.2.2(b)の下図を参照)従って、水素原子の方には逆のスピンを持ったσ電子が過剰に残り、
Hの 1s -軌道上には負のスピン密度が現れる。このようにして、C-Hσ結合内に
スピンの偏り(これを、スピン分極と呼ぶ)が起こり、その結果、フェルミ項によ
る等方的HF定数が負の値を持つようになる。 以上の理由で、(7.2.26)式における の符号は負になることが証明された。従って、
α水素の等方的HF結合定数の符号は負になる。米沢先生の本 [3]の p.738 によれ
ば、 値は近似的に-3.0mT となっている。計算精度を上げると、 の実験値は
符号を含めて、計算からよく再現されている。例えば、芳香族炭化水素のアニオン
ラジカルの場合には、(7.2.26)式は、次のようになる。
αQ
αQ αQ
CH mTA ρ×−= )25.2(~ (7.2.27)
11
同様にして、 においても同様な式が得られており、そのフェルミ項による等方
的HF結合定数(
F19
FA~ )は次式がよい近似とされている。([12] の p.12 を参照)
CF mTA ρ×−= )93.3(~ (7.2.28)
これまでは、溶液中のα水素による等方的HF構造を解説した。固体中では、こ
の他に、炭素原子のpπ-軌道に入っている不対電子とα水素の核スピンとのスピン
-スピン双極子相互作用による異方的HF構造も観測される。その典型例として、
本書ではマロン酸から生じるπ-ラジカルを取り上げる。 マロン酸単結晶をγ線で照射すると下式の反応により、不対電子がCの上に局在
したπ-ラジカル( )ができる([12]の p.36 を参照)。 2)(COOHCH•
γ+22 )(COOHCH 線 (7.2.29) 2)(COOHCH•
→
このラジカルについて実測されたα水素のHF結合定数の絶対値は( |~| A )下図
に示す通り、1.04mT(B//z-軸方向)、2.18mT(B//x-軸方向)、および 3.25mT(B//y-軸方向)である。なお、 がゼロになる方向がないので、全ての方向で|~| A A~
の符号は同一であることが分る。
x(2.18mT)
図 7.2.3 マロン酸からできるラジカルとその分子内座標系(x,y,z)。 なお、青色の軌道は不対電子分布を、RはCOOH基を表す。
H C
R
R
P● pπ-軌道
B//Z θ
z(1.04mT)
y(3.25mT)
rr’
Θ
図 7.2.3 では、x-軸は炭素原子のpπ-軌道に平行な方向、z-軸はC-H結合の方
向、y-軸はそれらと垂直な方向である。図 7.2.3 の状況は図 6.2.2(b)と似ている。
しかし、図 6.2.2(b)では不対電子を持つ核が分子座標(x,y,z)の原点にあったが、
図 7.2.3 では核スピンを持つ水素核が原点にあり、不対電子を持つ炭素核は原点か
ら離れていることに注意してほしい。このことが、計算をより複雑にする。
図 7.2.3 では、炭素原子のpπ-軌道に入っている不対電子の分布を青色の軌道で
表している。pπ-軌道内の一点をPとし、ベクトルHPをr で、ベクトルCPをr’ で表している。(ここで、Hは水素核の位置を、Cは炭素核の位置を示す。)Bと
のrとの角度をθとしているのは、図 6.2.2(b)と同じである。
12
不対電子が点Pの微小体積(dv’)にあるときに、α水素の核スピンとのスピン-
スピン双極子相互作用の大きさ( )は、(6.2.8)を用いて次式で表される。 ddH
)(')1cos3(4
23
0 r'dvSIrgg
dH ZZNNe
d −⎟⎟⎠
⎞⎜⎜⎝
⎛= θ
πγγμ
(7.2.30)
(7.2.30)式の において、不対電子の分布(ddH )(r'ρ )を考慮して積分すると、磁場
Bが分子座標系に対して任意の方向を向いているときのスピン-スピン双極子相互
作用によるHF結合定数( dA~ )が次式で計算できる。
∫∫∫ −⎟⎟⎠
⎞⎜⎜⎝
⎛= )(')()1cos3(
4)(~ 2
30 r'r'B dvmm
rg
mmA SINN
SId ρθπμμ
(7.2.31)
実際の計算は大変複雑になるので、詳細は[12]の p.37 を参照して下さい。ここで
は、 dA~ の計算結果のみを示す。線形代数学の言葉で表現すると、 dA~ は3行3列の
テンソルとなるので、3個の主値と主軸を持つ。計算結果は、 dA~ テンソルの主軸は
分子軸(x,y,z)に一致し、各々の主値は次式のようになる。
mTAmTAmTA zzdyydxxd 54.1)~(,37.1)~(,17.0)~( +=−=−= (7.2.32)
また、磁場Bが z-軸付近に存在する場合は dA~ の符号は正になるが、z-軸から離れる
と負になる。これは、(7.2.31)式の右辺にある 項の影響である。 )1cos3( 2 −θ
非共役系ラジカルでは、メチルラジカル( )のフェルミ項による等方的HF
結合定数( =-2.30mT)を用いる。この場合、(7.2.26)式の 値は-2.30mT とな
る。マロン酸からできるラジカルでも、
3HC•
FA~ αQ
1=Cρ となるので、 =-2.30mT となる。
従って、フェルミ項と異方性項を合わせて、マロン酸からできるラジカルにおける
FA~
A~テンソルの主値の計算値は、次式で与えられる。(括弧内は実験値)
)18.2|~(|,47.217.030.2~ mTAmTmTmTA xxxx =−=−−= (7.2.33a)
)25.3|~(|,67.337.130.2~ mTAmTmTmTA yyyy =−=−−= (7.2.33b)
)04.1|~(|,76.054.130.2~ mTAmTmTmTA zzzz =−=+−= (7.2.33c)
(7.2.33)式の計算結果は、計算の精度を考えると実験値とよく一致していると考え
られる。一般的に、π-ラジカルにおけるα水素の A~テンソルの主値は、絶対値の
最小な方向がC-H結合の方向、中間の方向がpπ-軌道に平行な方向(分子面に垂
直)、最大の方向がそれらに垂直で符号はいずれも負ということになる。このよう
に、pπ-軌道の分布を考えると、よく実験値を説明することができる。 (4)β水素のHF結合定数
エチルラジカル( )のESRスペクトルの解析によれば、β水素(
基のH)の等方的HF結合定数の値は、2.687mTもある([12]のp.40 を参照)。β
水素のこのような比較的大きい等方的HF結合定数は、 上のp
32CHHC•
3CH
αC π-軌道にある不対
電子が、 の 1s-軌道上まで、超共役により非局在化してきていることによる。βH
13
なお、図 7.2.4 には、エチルラジカルのα水素とβ水素(および、 炭素と 炭
素)を表す。図 7.2.4(a)はエチルラジカルの全体像を示し、図 7.2.4(b)は -
軸方向からエチルラジカルを見た投影図である。θは 上のp
αC βC
αC βC
αC π-軌道の軸と、ひと
つの - 結合の投影とのなす角である。 βC βH
α水素のHF結合は、C-Hσ結合のスピン分極とスピン-スピン双極子相互作
用が原因であった。β水素においては、 とβ水素との間にはσ結合が2個あるの
でスピン分極の寄与は殆どなくなる。また、スピン-スピン双極子相互作用の大き
さは、スピン間の距離の3乗に反比例するので、β水素では非常に小さくなる。従
って、β水素のHF結合は、超共役の寄与が殆どである。
αC
米沢先生らの本[3]の p.732 から、β水素における超共役によるHF結合定数
( βA~ )を計算する方法が解説されている。その結果、 βA~ は次式で与えられる。
θρθβ2cos)(~
CBA = (7.2.34)
ここで、Bの符号は正である。単結晶中で測定温度が低い場合は、3個のβ水素は
止まっているので、(7.2.34)式に従った各々異なった3個のHF結合定数がESRス
ペクトルから観測される。([12]の p.42 を参照。) ところが、溶液中や測定温度が高い単結晶中では、メチル基は自由回転をする。
従って、各々異なった3個のHF結合定数は、次式のように平均化される。
CCC QBd
BdAA ρρϑθ
πρ
ϑθπ β
ππ
ββ ≡=== ∫∫ 21cos
2)(~
21~ 2
0
22
0 (7.2.35)
ここで、 である。 2/BQ =β
図 7.2.4 エチルラジカルのα水素とβ水素。 なお、青色の軌道は不対電子の分布を表す。
Hβ
Hβ
pπ-軌道
H
Hα
Cβ
Hβ
Hβ
Hβ
Hβθ
(a) (b)
α
Cα HαHα
14
β水素における の値としては、アルキルラジカルのβQ βA~ 値から実験的に決めら
れた値がよく使用される。表 7.2.2 は、放射線分解によって液相中に生成したエチ
ルラジカルと、そのα水素をメチル基で置換した構造を持つラジカルの βA~ 値を示す。
メチル基の数 nが増えるにつれて、 βA~ が減少していることが分る。
これは、 上のpαC π-軌道のスピン密度 Cρ の一部が超共役によりメチル基に流れ
ていくためである。そこで、メチル基一つに流れる割合をfとし、
nC f )1( −=ρ
と仮定すると、f = 0.081 に対して はほぼ一定になった。表 7.2.2 にそのときのβQ
Cρ と の値を示す。 βQ
表 7.2.2 エチルラジカルおよびそのメチル置換体の βA~ 、 Cρ 、および の値 βQ
([12]の p.40 に掲載された、表 2.6 より引用。)
ラジカル βA~ (mT) Cρ βQ (mT)
23 HCCH•
2.687 0.919 2.925
HCCH•
23 )( 2.468 0.844 2.925
•
CCH 33 )( 2.272 0.776 2.930
これまでは、α水素とβ水素のHF結合定数について解説してきたが、γ水素に
ついてはどうだろうか。結晶中のラジカルについては、γ水素によるHF構造はE
SRスペクトルの線幅より小さくなって、観測されなくなる。溶液中のラジカルに
ついては、γ水素によるHF構造が観測された例がいくつかある。2,5-ジ-tert-ブ
チルセミキノンでは 0.06mT、ケチルラジカル では 0.012mT であった。
このように、γ水素によるHF結合定数は、α水素とβ水素のHF結合定数に比べ
て著しく小さくなる。
−•
])[( 23 OCCCH
7.3 ESRスペクトルにおける遷移確率と選択則
7.1 節の(7.1.16)式において、ESRスペクトルにおける遷移の選択則は、 (7.3.1) 0,1 =Δ±=Δ IS mm
であることを示したが、証明は後回しになっていた。本節で、その証明を行う。
[12]の本の p.138 に記載されているように、ESRの遷移は、外部磁場Bの方向
(Z-方向とする)に垂直な X-方向を向いたマイクロ波の振動磁場 tB ωcos2 1 により起
こる。この振動磁場と不対電子のスピンSおよび核スピンIとの相互作用を、各々
および とすると、それらは次式で表される。 'SH 'IH
tBSgtH XBS ωμ cos2)/()(' 1⋅−= h (7.3.2a)
15
tBIgtH XNNI ωμ cos2)/()(' 1⋅= h (7.3.2b)
ESRの遷移は によるので、当分は、時間に依存する摂動として のみを考え
る。 の影響は、本節の最後の例題 7.3.1 で解説する。 'SH 'SH
'IH
[8]の本の p.188 に記載されているように、量子論によれば時間に依存する摂動を
tVtH ωcos2)(' = (7.3.3)
と一般的に書くと、対象とする系の全ハミルトニアン H は次式で表される。
(7.3.4) )(')0( tHHH +=
ここで、 )0(H は摂動のないときのハミルトニアンで、その固有値と固有関数は各々
およびnE )()0( nn ≡ϕ であることが分っているとする。
量子論によれば、摂動のないときの波動関数 )(tnΨ は、次式を満足する。
(7.3.5a) )/exp()( )0( htiEt nnn −=Ψ ϕ
t
titH n
n ∂Ψ∂
=Ψ)(
)()0( h (7.3.5b)
これに(7.3.3)式で表される摂動が加えられると、摂動を受けた系の波動関数 は、
摂動のないときの波動関数 の線形結合で、次式のように表される。
)(tΨ)(tnΨ
(7.3.6a) )/exp()()()()( )0( htiEtattat nnn nn nn −=Ψ=Ψ ∑∑ ϕ
ttitH
∂Ψ∂
=Ψ)()( h (7.3.6b)
(7.3.6b)式の左辺に、(7.3.4)式と(7.3.6a)式を代入すると、次式が得られる。
(7.3.7) ∑∑ Ψ+Ψ=Ψn nnn nn ttHattHatH )()(')()()( )0(
一方、(7.3.6b)式の右辺は、(7.3.6a)式を用いて、次式のように変形される。
t
taitai
tti n
n nn nn∂Ψ∂
+Ψ=∂Ψ∂ ∑∑
• )()()(
hhh (7.3.8)
(7.3.6b) 式より、(7.3.7)式の右辺と (7.3.8) の右辺は等しいので、次式が得られる。
t
taitaittHattHa n
n nn nnn nnn nn ∂Ψ∂
+Ψ=Ψ+Ψ ∑∑∑∑• )(
)()()(')()()0( hh (7.3.9)
(7.3.5b)式より、(7.3.9)式の左辺の第1項と右辺の第2項は等しいので、
(7.3.10) ∑∑ Ψ=Ψ•
n nnn nn taittHa )()()(' h
となる。(7.3.10)式に(7.3.5a)式を代入し、 nn ≡)0(ϕ の表記を用いると、
)/exp()/exp()(' hhh tiEnaitiEntHa nn nnn n −=− ∑∑•
(7.3.11)
となる。
次に、(7.3.11)式の左から k をかけると、次式が得られる。
(7.3.11)式の左辺 )/exp()(' htiEntHka nn n −= ∑ (7.3.12a)
16
(7.3.11)式の右辺 )/exp()/exp( hhhh tiEaitiEnkai kknn n −=−=••
∑ (7.3.12b)
ここで、 ntHktH kn )(')(' = および nkkn EE −=ωh とおくと、上式は
(7.3.13) )exp()(')( titHtaai knn knnk ω∑=•
h
となる。(7.3.13)式を解くと、次式のような一般解が得られる。
dttitHtai
ata knn kn
t
nkk )exp()(')(1)0()(0
ω∑ ∫=−h
(7.3.14)
(7.3.3)式で示される摂動のないとき、対象にしている系は一つの状態 i (これを
初期状態と呼ぶ)のみにあるとする。t = 0 において、摂動を加えると、別の状態
f (これを終状態と呼ぶ)への遷移が起こるとする。この場合の初期条件は、
および である。摂動の影響が小さい場合を考えると、 およ
び となる。 1)0( =ia 0)0( =fa 1)( ≈tai
1)( <<ta f
この場合を(7.3.14)式に適用すると、次式が得られる。
∫=t
fifif dttitHi
ta0
)exp()('1)( ωh
(7.3.15)
ここで、(7.3.3)式とよく知られた公式 titti ωωω sincos)exp( ±=± を用いると
)]exp()[exp(cos2)(' titiVtVtH ωωω −+== (7.3.16)
となる。(7.3.16)式を(7.3.15)式に代入し、 'ωω =fi と書くと、次式が得られる。
∫ −+=tfi
f dttititiiV
ta0
)'exp()]exp()[exp()( ωωωh
(7.3.17)
(7.3.17)式で右辺の積分を行うと、次式が得られる。
])'(
1)'(exp)'(
1)'(exp[)(ωωωω
ωωωω
−−−
++
−+=
iti
iti
iV
ta fif
h (7.3.18)
初期状態 i から終状態 f への遷移確率 は、次式で定義される。 )(tPf
(7.3.19) 2||)( ff atP =
共鳴とは、摂動の角振動数ωが 'ω に接近して、 (7.3.18)式の右辺の第2項の分母がゼ
ロに近ずき、 が大きくなる現象を云う。そのような共鳴条件では、 は第
2項のみで表すことができる。 )(tPf )(tPf
tV
itiV
atP fififf )'(
21sin
)'(||4
|)'(
1)'(exp|||
||)( 222
22
2
22 ωω
ωωωωωω
−−
=−
−−==
hh (7.3.20)
問題 7.3.1 (7.3.20)式では、2
sin4|1| 22 xeix =− を用いた。これを証明せよ。
)cos1(2sin)1(cos|sin)1(cos||1| 2222 xxxxixeix −=+−=+−=−
2
sin4)]2
sin2
(cos)2
sin2
[(cos2)]2
sin2
(cos1[2 2222222 xxxxxxx=−−+=−−=
17
(7.3.20)式の右辺において ty )'(21 ωω −= とおけば、共鳴条件では
16/limsinlim3
00=
+−=
→→ yyy
yy
yy
L (7.3.21)
となるので、
(7.3.22) 22
'|/|)(lim tVtP fif h=
→ωω
となる。(7.3.22)式より、「初期状態 i から終状態 f への遷移は )(' fiωωω ≡= の共
鳴条件で起こり、その確率 は に比例する。」ということが分った。 )(tPf22|| tV fi
(7.3.22)式の結果を、ESRスペクトルに適用すると、次のようになる。不対電
子が1個の核スピンとHF相互作用している場合、(7.1.13a)式と(7.1.15)式より、
(7.3.2)式で表されるマイクロ波による摂動がないときには、その固有関数と固有値
( )は、次式で与えられる。 )0(nnE ε≡
IISn mImIms ,2/1,2/1,,)0( ±≡=ϕ (7.3.23a)
SIINNSBISn mAmBmgmgmmE +−= )(),( μμ (7.3.23b)
ここで、 ImIi ,2/1,2/1 −= 状態から、 ',2/1,2/1 ImIf += 状態への遷移を考
える。マイクロ波の振動磁場 tB ωcos2 1 により起こる摂動項は
tBSgtH XBS ωμ cos2)/()(' 1⋅−= h (7.3.2a)
で表されているので、(7.3.22)式の は次式で与えられる。 fiV
IXBIfi mIBSgmIV ,2/1,2/1)/(',2/1,2/1 1 −⋅+−= hμ
IIXB mImISBg ,',2/1,2/1)/(2/1,2/11 −+−= hμ (7.3.24)
(7.3.24)式で がゼロにならない条件として、(7.3.1)式で既に示した選択則 fiV
0,1 =Δ±=Δ IS mm (7.3.1)
を満たすことが必要であることが分った。(7.3.24)式は、 1±=Δ Sm の選択則は満たし
ている。 の選択則を満たすためには、0=Δ Im II mm =' が必要である。
上記の選択則を満たす遷移においては、マイクロ波の共鳴条件は )(' fiωωω ≡= で
あるので、(7.3.23b)式より IBiffi AmBgEE +=−≡= μωω hh (7.3.25)
となる。(7.3.2)式において、 tωcos の項は )2cos( πω +t で最初に戻る。従って、振動
の周期 T は、次式で定義される。
ωπ2
=T (7.3.26)
一方、マイクロ波の振動数νは 1/T と定義されているので、νとωとの関係式は
πων2
1==
T (7.3.27)
18
となる。従って、(7.3.25)式で表される共鳴条件は、次式でも表現される。 IBif AmBgEEh +=−= μν (7.3.28)
同様にして、 ImIi ,2/1,2/1 += 状態から、 ',2/1,2/1 ImIf −= 状態への遷移
を考える場合も、 がゼロにならない条件として、やはり(7.3.1)式の選択則が必要
であることが分る。 fiV
例題 7.3.1 本節の最後に、 の影響を解説する。 'IH
ここでは、 IS mImSi ,,= 状態から、 ',', IS mImSf = 状態への遷移を考える。
マイクロ波の振動磁場 tB ωcos2 1 により起こる摂動項は
tBIgtH XNNI ωμ cos2)/()(' 1⋅= h (7.3.2b)
で表されているので、(7.3.22)式の は次式で与えられる。 fiV
ISXNNISfi mImSBIgmImSV ,,)/(',', 1⋅= hμ
IXISSNN mIImImSmSBg ,)/(',,',1 hμ= (7.3.29)
(7.3.29)式で がゼロにならない条件として、次の選択則 fiV
1,0 ±=Δ=Δ IS mm (7.3.30)
を満たすことが必要である。この場合には、 ifIfi EEm −=±=Δ )1(ωh の値は(7.3.25)式より、次式で与えられる。 SNNifIfi AmBgEEm +=−=±=Δ μω )1(h (7.3.31)
一方、ESR共鳴における角振動数を )1( ±=Δ Sfi mω と書くと、(7.3.25)式より、次
式が得られる。 IBSfi AmBgm +=±=Δ μω )1(h (7.3.32)
ESR共鳴の付近では、マイクロ波の角振動数ωは、 )1( ±=Δ≈ Sfi mωω となってい
る。(7.3.31)式と(7.3.32)式を比較すると、 )1()1( ±=Δ>>±=Δ≈ IfiSfi mm ωωω (7.3.33)
の関係式が得られることが分る。 従って、マイクロ波の角振動数ωは )1( ±=Δ≈ Ifi mωω となりえないことが分る。
そのため、(7.3.30)式の選択則に従う による遷移に関しては共鳴が実現せず、そ
の遷移確率は(7.3.18)式より事実上ゼロになることが分る。 'IH
7章の文献 [15] 山内淳(著):磁気共鳴-ESR、サイエンス社(2006).
19
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