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1解説 表面・界面を利用してスピン流を作る

©2017 日本物理学会

角運動量の流れであるスピン流は,スピントルクによる磁化の効率的制御に利用できるため,不揮発性磁気メモリやマグノンを用いた演算回路など超低消費電力スピントロニクス素子の駆動源として期待されている.現在までにスピン流の生成手法として,強磁性体を用いる手法(面内スピンバルブ構造による非局所スピン注入法・スピンポンピング法)と強磁性体を用いず非磁性体のスピン軌道相互作用を利用した手法(スピンホール効果)が知られている.2010年代に入ってからは,後者のスピンホール効果を用いたスピントロニクス素子の動作実証がなされ注目を集めている.これらの素子では,磁化の良好な制御性を得るために,一般に膜厚数 nmの強磁性体と非磁性体の積層構造が用いられている.このため,スピンホール効果本来の効果以外にも,ラシュバスピン分裂やジャロシンスキー・守谷相互作用などの表面や界面由来の効果が重畳し,薄い強磁性層に少なからず影響を与えることが最近になってわかってきた.例えば上述の界面効果により,スキルミオンなどの新しいスピン構造が誘起されることが見いだされ,スピントロニクスの研究分野にさらに活気を与えている.以上のような背景から,界面の磁気および電子物性の理解は,スピントロニクス素子の設計や新たな機能性の発現には必要不可欠である.表面・界面における電子物性は,物質のバンド構造を決定することができる角度分解光電子分光(Angle-Resolved PhotoEmis-

sion Spectroscopy: ARPES)を用いて,勢力

的に研究されている.1996年にはAu表面におけるラシュバ効果由来の表面電子バンドの分裂,2008年にはBi2Se3を用いたトポロジカル絶縁体の表面状態の観測結果が報告された.その後も装置の検出感度を上げることで,より詳細な表面準位の観測がなされている.さらに,これらの界面や表面において,スピン分解光電子分光測定を行うことで,分裂した表面バンドのスピン偏極方向の同定がなされ,ラシュバ界面やトポロジカル絶縁体表面では,運動量に依存してスピンの偏極方向が決定するスピン運動量ロッキングの存在が明確に示されている.近年,このような特殊な界面物性をスピン流生成やスピン流検出に用いる研究が注目を集めている.特にトポロジカル絶縁体の表面状態を用いることで,従来の遷移金属のスピンホール効果よりも効率的にスピン流生成が可能であることや,ラシュバ効果の発現する界面において,スピン流を効率よく電気信号に変換できることが実験的に示されている.このような研究成果が契機となり,これまで光電子分光を中心に研究されてきた表面・界面の電子スピン物性がスピン流の生成や検出に積極的に利用されはじめている.今後,既存のスピントロニクス素子の多機能化へ向けた,より一層の発展が期待される.また,界面における電荷・スピン変換現象は,界面スピン物性の特性に強く依存することから,電気伝導測定が界面スピン物性を調べる有力な測定手段となることも期待される.

―Keywords―

スピン流:スピンとは,電子の磁石としての性質で,電子の電荷の流れである電流に対して,スピンの流れをスピン流と呼ぶ.

スピン軌道相互作用,スピンホール効果:スピン軌道相互作用は,物質中で,電子の運動と電子のスピンの運動を結びつける相互作用で,スピンの情報を緩和させる原因になる.一方,スピン軌道相互作用の強い遷移金属中では,電荷‒スピンの相互変換を引き起こすことができる.この変換現象は,加えた電流と直交方向にスピン流が生成されることから,スピンホール効果と呼ばれる.

トポロジカル絶縁体:近年発見された物質で,物質内部が絶縁体である一方,物質表面だけは金属であるという性質を持つ.

ラシュバ効果:半導体接合界面などの 2次元電子系で発現する効果で,運動量依存のスピン分裂した特徴的なバンド構造をとる.

スピン運動量ロッキング:トポロジカル絶縁体の表面やラシュバ効果が発現する界面では,電子の運動方向に依存して,電子スピンの方向が決まる(電流とスピンが直交する).この現象をスピン運動量ロッキングと呼ぶ.

表面・界面を利用してスピン流を作る

近 藤 浩 太理化学研究所創発物性科学 研究センターkkondou@

riken.jp

軽部修太郎東京大学物性研究所shu-karube@

issp.u-tokyo.ac.jp

大 谷 義 近東京大学物性研究所yotani@

issp.u-tokyo.ac.jp

解説

2 日本物理学会誌 Vol. 72, No. 5, 2017

©2017 日本物理学会

1. はじめに電流(Charge current: IC)とスピン流(Spin current: IS)は

スピンホール効果を使うことで相互変換が可能である.1‒3)

この効果は,1971年にM. I. DyakonovとV. I. Perelによって理論的に予測 1)されたが,28年後の 1999年に改めてHirschによりスピンホール効果と名付けられた.2)この間の金属や半導体の薄膜作製および微細加工技術の発展も相まって,2000年から関連実験研究が活発になり,2004年に検証実験 4)が行われた.その後の約10年間でスピンホール効果を利用した磁化反転 5)やマイクロ波発振 6)などの新しい磁化制御手法が次々と実現され,今ではスピントロニクス素子の設計において,必要不可欠な物理現象のひとつである.このスピンホール効果の最大の特徴は,スピン流が電流に対して垂直方向に生成されることである.そのため電流とスピン流の分離が容易となり,素子構造の簡略化に直結している.さらに,最近ではスピン流を媒介させることで,熱や光から電流を取り出す手法が開発され環境発電の観点からも注目されている.7, 8)これらスピンホール効果を利用したスピントロニクス素子では,スピン流の生成効率もしくはスピン流の検出効率(電荷‒スピン間の相互変換効率)が素子性能を決定付ける.これまでに Pt,Ta,Wなどスピン軌道相互作用の強い遷移金属やその合金を用いることで,スピンホール効果の高変換効率化が実現されてきたが,5, 9‒13)さらなる低消費電力スピントロニクス素子を実現し,かつデバイスの超薄膜化を目指すためには,これまで以上に高効率な電流‒スピン流変換現象の発見と技術確立が求められている.ここ数年,スピンホール効果に代わる新たなスピン流生成の原理として,スピン分裂を伴う界面 2次元電子系におけるエデルシュタイン(Edelstein)効果が注目を集めている.14)この効果は,スピンホール効果と同様に電流と垂直方向に偏極したスピン蓄積が生じる現象である.しかし,その生成原理は全く異なる.トポロジカル絶縁体表面や,AgとBi接合などのラシュバ効果が存在する界面では,空間反転対称性が破れているためスピン軌道相互作用によって,図 1(a),(b)のようにスピン縮退が解けたバンド構造が存在する.特に,トポロジカル絶縁体表面では,“スピン運動量ロッキング”という特殊な電子状態が形成されているため,電子スピンはその進行方向に対して直交に偏極される.すなわち一方向に流れる電流はすべて同じ方向にスピンを向けた電子(スピン偏極電子)を運ぶことになり,原理的にはスピン流の生成効率が 100%に近くなることが期待される.図 1(a)に示すようなスピン分裂した表面の-x方向に電

界印加をすると,フェルミ円が+x方向へシフトする(図 1

(c)).その結果,表面には全て同じスピン偏極した電子が溜まり,非平衡なスピン蓄積が形成される.このような界面でのスピン蓄積効果をエデルシュタイン効果と呼ぶ.14)

図 1(c)に示すようにトポロジカル絶縁体の直上に金属が

成膜されていると,蓄積されたスピンは,スピン流として隣接する金属層へと拡散する.このプロセスを経ることでトポロジカル絶縁体表面からスピン流を取り出すことができる.逆に,図 1(d)に示すようにスピン流をスピン分裂した表面に注入すると,電子はスピンの方向に依存して運動量を獲得する.その結果,運動量空間での電子分布は一方向に偏り,面内方向に電界が誘起される.このようにしてスピン流注入から生じる起電力を検出することができる.この界面におけるスピン蓄積効果は,1990年にEdelstein

によって理論的に予言 14)されたが,スピンホール効果に比べて試料作製が難しく,かつ当時観測されていたバンド分裂も微小であったため,スピン流の生成源として大きな注目を集めてこなかった.しかし,最近になって,Ag / Bi

界面などの界面合金系においてBi表面よりも遥かに大きなスピン分裂(ラシュバ分裂)が観測され,15)さらに分子線エピタキシー法を用いた良質なトポロジカル絶縁体薄膜の作成技術が確立 16, 17)されたことにより,表面・界面を用いたスピン流の生成やスピン流の検出が実験的に観測可能な現象となり,脚光を浴びている.

2014年にはC. H. Liらにより,最もよく研究されているトポロジカル絶縁体Bi2Se3を用いて,電流印加による界面スピン蓄積の観測がなされた.18)この研究報告を皮切りに同年,Bi2Se3を用いて電荷‒スピン変換効率の導出,19)より界面伝導が支配的なトポロジカル絶縁体Bi1.5 Se0.5 Te1.7 Se1.3

図 1 エデルシュタイン効果の概念図.a, トポロジカル絶縁体の表面バンドとフェルミ円.b, ラシュバ界面におけるバンド構造とフェルミ円.c, エデルシュタイン効果(スピン流生成:電荷‒スピン変換),上図:運動量空間と実空間イメージ.d, 逆エデルシュタイン効果(スピン流の電気検出:スピン‒電荷変換),上図:運動量空間と実空間イメージ.

3解説 表面・界面を利用してスピン流を作る

©2017 日本物理学会

を用いてスピン流‒電流変換,20, 21)さらに(Bi0.5 Sb0.5)2Te3 /

Cr-doped(Bi0.5 Sb0.5)2Te3二層膜を用いて,スピントルクによる磁化反転の実証実験が報告された.そして,ラシュバ界面においても同時期にスピン流 ‒電流変換現象が実験的に観測され,22)こちらも従来のスピンホール効果よりも効率的にスピン流検出が可能であることが示された.このようにトポロジカル絶縁体表面やラシュバ界面を用いたスピン流生成と検出の研究は,ここ 2‒3年ではじまったばかりにも関わらず,劇的に実験研究が進み,これまでスピンホール効果を用いて行われてきた研究を置き換える勢いを見せている.そこで,本稿ではこれまでの研究でわかってきた界面を利用したスピン流生成と検出の物理機構の詳細について紹介する.

2. トポロジカル絶縁体表面におけるスピン流生成トポロジカル絶縁体の伝導特性は,そのフェルミ準位の位置に強く依存する.図 2(a)に示すように,表面準位が交差するディラック点(Dirac Point: DP)よりも高いエネルギーにフェルミ準位があればキャリアが電子のN型トポロジカル絶縁体になり,低いエネルギー準位にあればキャリアが正孔の P型トポロジカル絶縁体になる.そして,ディラック点からさらに離れた高いエネルギー準位では,伝導帯のバルクバンド,逆に低いエネルギー準位では,価電子帯のバルクバンドの影響を受ける.このように伝導特性がフェルミ準位の位置によって大きく変化する場合に,スピン流生成の効率がどのように変化するかについて議論する.トポロジカル絶縁体(Bi1-x Sbx)2Te3(BST)では,Sb濃度

( x)を調整することでフェルミ準位EFを系統的に変化させることができる.図 2(b)にBST薄膜のホール抵抗のSb濃度( x)依存性を示す.測定は全て 10 Kである.Sb濃度( x)が 0<x<0.82のBST薄膜では,ホール係数RHは負の値を

取り,その後,符合反転し 0.88<x<1では正の値になった.この結果から,Sb濃度( x)によってN型から P型まで系統的に変化しており,さらに x=0.84付近でフェルミ準位EFがディラック点近傍に位置していることがわかる.トポロジカル絶縁体から生成したスピン流の計測には,スピントルク強磁性共鳴法を用いた.試料構造と測定回路を図 3(a)に示す.試料はトポロジカル絶縁体(BST)/非磁性金属(Cu)/強磁性金属(NiFe)の三層構造である.測定試料の面内に電流印加すると,エデルシュタイン効果によりBST表面にスピン蓄積〈δS0〉が形成され,蓄積されたスピンは金属層(Cu / NiFe)へと拡散する.強磁性層に注入されたスピン流は磁化にトルク(スピントルク)を与え,このトルクによる磁化の傾きを電気的に検出することで,注入されたスピン流の大きさ(密度)を見積もることができる.今回用いた試料構造(BST/Cu / NiFe三層構造)では,NiFe層とBST層の間にCu層が挿入してある.これまでの研究から,面直磁場や磁性不純物,さらには隣接する強磁性層との交換相互作用の影響で,トポロジカル絶縁体表面の特徴的な電子状態(ディラックコーン)が壊れ,バルクバンドとの混成や表面バンドにギャップが現れることが知られている.23‒25)そこでNiFe層による交換相互作用の影響を抑制し,トポロジカル絶縁体の表面状態を保護するためにCu層を中間層として挿入した.図 3(b)にスピントルク強磁性共鳴法により測定した共鳴スペクトルを示す.赤プロットが実験値である.このスペクトルは対称成分V Sym(緑線)と非対称成分V Anti(青線)に分離することができ,それぞれ磁場とスピン流による強磁性共鳴に対応している.10)そのため,強磁性層に注入されたスピン流の偏極方向とその大きさは,V Symの電圧符合と大きさに反映されて検出される.10)

図 2(a)に示すように,BST薄膜の Sb濃度を 0から 1まで増加させていくと,フェルミ準位のエネルギーは徐々に

図 2 トポロジカル絶縁体(Bi1-x Sbx)2Te3(BST)薄膜の伝導特性.a, トポロジカル絶縁体(Bi1-x Sbx)2Te3の表面バンドとバルクバンド構造.Sb濃度が上昇するほどフェルミ準位は下がる.b, ホール係数の Sb濃度依存性.c, BST薄膜のキャリア密度(左軸)と移動度(右軸).灰色部分の組成比でフェルミ準位がディラック点近傍にある.

4 日本物理学会誌 Vol. 72, No. 5, 2017

©2017 日本物理学会

下がっていく.このようにフェルミ準位を変化させたときのV Symを図 3(c)に示す.ここで注目すべきは,検出された電圧符合が常に正であることである.これはBST薄膜の表面で生成されたスピン流の偏極方向が,キャリアの種類(電子か正孔)によらず,常に同じであることを示している.26)この振る舞いは,半導体中のスピンホール効果とは異なる振る舞い 27)であり,トポロジカル絶縁体特有の性質である.この特性はフェルミ円のシフトで説明できる(図 4).N

型のトポロジカル絶縁体(図 4(b))では,フェルミ準位はディラック点よりも高いエネルギー準位にある.その場合,フェルミ円上のスピンは時計回りで配置されている.そのため電界Exを-x方向に印加すると,下向きスピン(赤色の領域)が増加し,BST表面には下向きスピンが蓄積される.次に P型のトポロジカル絶縁体(図 4(c))ではフェルミ準位がディラック点よりもエネルギー準位が低いところにあるので,フェルミ円上のスピン方向が反転して,反時計回りの配置になる.このトポロジカル絶縁体に,同じ方向(-x)の電界Exを印加すると,フェルミ円はN型の場合と同方向にシフトし青色の領域が増加する.しかし,P

型トポロジカル絶縁体ではキャリアが正孔なので,上向きスピンが減少することになり,下向きスピンが増加しているN型と同じ状況がP型でも出来上がる.このようにして,トポロジカル絶縁体ではN型から P型へとキャリアタイプが変化しても,表面に蓄積するスピンの偏極方向は同じになることが説明できる.26)

次に,トポロジカル絶縁体表面から生成されるスピン流の大きさ(生成効率)に焦点をあてる.界面における電荷‒スピン変換係数は,印加した 2次元の電流密度 jC(A /m)と,界面から生成した 3次元のスピン流密度 JS(A /m2)を用いて qICS≡JS /jCと定義される.そのため qICSの単位は長さスケール(m-1)を有する.仮に有限の界面膜厚を tintを仮定

すると,無次元数である変換効率は qICS×tintで求めることができる.図 5(a)にスピントルク強磁性共鳴法で求めた qICSの Sb

濃度依存性を示す.この結果をフェルミ準位の位置ごとに1)バルクバンドギャップ内(ただしディラック点近傍は除く),2)ディラック点近傍,3)バルクバンドを含む領域の3つに分類して実験結果を説明する.まず,1)バルクバンドギャップ内のBST薄膜( x=0.5,

0.7, 0.9)では,伝導は表面のキャリアだけが担っている.

図 3 スピントルク強磁性共鳴測定.a, スピントルク強磁性共鳴測定に用いた試料 構造(BST(8 nm)/Cu(8 nm)/ NiFe(10 nm))と測定回路.b, スピントルク強磁性共鳴スペクトル.c, V Symの Sb濃度依存性.灰色部分の組成比でフェルミ準位がディラック点近傍にある.

図 4 トポロジカル絶縁体の表面におけるスピン蓄積.a, BST薄膜の表面バンド構造と Sb濃度の関係.b, N型トポロジカル絶縁体におけるスピン蓄積.c, P型トポロジカル絶縁体におけるスピン蓄積,上図:電流印加によるフェルミ円のシフト,下図:フェルミ円のシフトにより生成したスピン密度関数.

5解説 表面・界面を利用してスピン流を作る

©2017 日本物理学会

そのため以後,バルク絶縁BST薄膜と呼ぶ.このBST薄膜における qICSを導出すると,0.45~0.57とほぼ一定の値になることがわかった.一方,2)ディラック点近傍のBST薄膜( x=0.82, 0.88)

では,qICSの大きな減少が観測された.この原因については,ディラック点近傍ではフェルミ面のスピン偏極度が減少しているために,界面でのスピン蓄積量が減少していると考えられる.実際,ディラック点近傍におけるスピン偏極度の減少は,光電子分光法 28)や走査型トンネル電子分光法 29)による測定でも観測されている.最後に,3)バルクバンドを含むBST薄膜(Sb2Te3( x=0)

とBi2Te3( x=1))では,バルクバンドと表面バンドの両方のキャリアが伝導に寄与する.しかし,バルクと表面の電気伝導度を,電気伝導測定からそれぞれ見積もることができないため,仮に表面伝導層の膜厚を 1 nm,バルクと表面の伝導率が同じと仮定して qICSを算出すると,図 5(a)に示

すようにバルク絶縁BST薄膜( x=0.5, 0.7, 0.9)と同程度から 2倍程度の値が見積もられた.しかし,実際にはバルクの伝導度は,表面に比べて非常に低いことが予想されるため,この値は過大評価された値と考えられる.さらに,トポロジカル絶縁体Bi2Se3の光電子分光測定に

よると,バルクバンドもスピン分裂(ラシュバ分裂)していることが知られているため,バルクバンド由来のスピン流生成の可能性も考えられる.30)もし,バルクバンドのスピン偏極が図 6(b)に示すように表面のスピン偏極と逆方向の場合,電流印加によって生成するスピン蓄積は打ち消し合うことになり,変換係数は減少する.しかし,逆に表面とバルクのスピン偏極方向が同じ場合には,バルク伝導があるにも関わらずスピン蓄積量は減少しないため,変換効率の減少は起こらないことが考えられる.次に,トポロジカル絶縁体表面における有効界面膜厚について述べる.これまでに光電子分光を用いた先行研究により,トポロジカル絶縁体(Bi2Se3)の表面状態の膜厚依存性が調べられている.この研究によると,膜厚が 6 QL

(~6 nm)で上下の表面状態の混成がはじまり,ディラックコーンのギャップが開きはじめる.そして2 QL(~2 nm)付近で表面状態が消失することが報告されている.31)このことから,上下の表面状態は 1 nm程度の深さを持っていることが予測される.そこで,界面有効膜厚 tintを 1 nmと仮定した場合の変換効率を見積もると,バルク絶縁BST

薄膜( x=0.5, 0.7, 0.9)において 45~57%となった.この値は,これまで報告されている遷移金属におけるスピンホール効果よりも大きな変換効率である.最後に,超低消費電力スピントロクスデバイスへの応

用という観点から,スピン流伝導度について述べる.ス

ピン流伝導度は(電気伝導度)×(変換効率)で定義され,この値が大きいほど,小さな電流でスピン流生成ができる(=低消費電力)ことを示している.今回測定したバル

ク絶縁BST薄膜( x=0.5, 0.7)では,スピン流伝導度は 18

( μΩm)-1であった.この値はこれまでに遷移金属で報

告されているスピン流伝導度(Pt 34( μΩm)-1,β-Ta 0.8

( μΩm)-1,β-W 13( μΩm)-1)11)と近い値になることがわ

図 5 トポロジカル絶縁体の表面におけるスピン流生成係数とスピン流伝導度.a, 変換係数 qICSの Sb濃度依存性,青色の領域はキャリアが詰まっている準位.b, スピン流伝導度の Sb濃度依存性.

図 6 トポロジカル絶縁体のバルクバンドの寄与.フェルミ準位が価電子帯のバルクバンドにあるときの a, 表面バンドとバルクバンド構造,b, フェルミ円とそのスピン偏極,c, 電流印加によるフェルミ円のシフトとスピン密度関数.

6 日本物理学会誌 Vol. 72, No. 5, 2017

©2017 日本物理学会

かった.さらに,遷移金属(Pt, β-Ta, β-W)では,上記のスピン流伝導度を得るためには,スピン拡散長(1‒2 nm)よりも十分に厚い必要があるため,遷移金属をBST薄膜の界面膜厚(~1 nm)と同程度の膜厚にすると,スピン流伝導度は 1/ 3程度に減少する.これらのことから,トポロジカル絶縁体の表面を用いた電荷‒スピン変換現象をスピンホール効果の代わりに用いることで,スピントロニクス素子の超薄膜化と低消費電力化を同時に実現する可能性を提供してくれる.

3. トポロジカル絶縁体表面におけるスピン蓄積とスピン緩和エデルシュタイン効果を用いたスピン流生成には,スピン蓄積とその緩和機構が重要となる.電流印加によりトポロジカル絶縁体表面に形成されるスピン蓄積〈δS0〉は,フェルミ円のシフト量 δkxを用いて以下のように表すことができる.

2F C

0 FF F

,2 2 2

xx

μk E jδS k δke

〈 〉= = =

v v (1)

Ex ,μ,v Fはそれぞれ外部電界,移動度,そしてフェルミ

速度である.この〈δS0〉がスピン緩和時間 τ*で金属層(Cu / NiFe層)へ拡散すると仮定すると,トポロジカル絶縁体表面から生成するスピン流 JSは JS≡2e〈δS0〉/ħτ*と書き表すことができる.そのため変換係数 qICSは,qICS=JS /jC=(vF τ*)-1となる.この式からわかるように,電流からスピン流への変換は

vFと τ*によって決まる.今回用いたBST薄膜の vFは,Sb濃度が 0.5から 0.9まで変化しても,ほぼ一定(3.6~3.9×105

(m /s))であるため,32)変換係数 qICSは Sb濃度に依存しないことが予想される.この結果は,バルク絶縁のBST薄膜( x=0.5, 0.7, 0.9)における実験結果と良く一致している.また vFと同時に τ*も qICSを決める重要なパラメータで

ある.今回のBST薄膜の場合,vFと実験から求めた変換係数 qICSから τ*は 5.1‒5.5 fsと算出された.しかし,このスピン緩和時間はトポロジカル絶縁体単層のスピン緩和時間(~ps)33)に比べて,かなり短く金属の運動量緩和時間に近い値になっている.この界面におけるスピン緩和時間については,トポロ

ジカル絶縁体表面を用いたスピン‒電荷変換の実験でも

検討されている.34, 38)スピン ‒電荷変換の変換係数 λ ISCはλ ISC=jC /JS=(vF τ*)(単位はm)と表すことができる.J.-C.

Rojas-Sánchezらによるトポロジカル絶縁体(α-Sn)/非磁性金属(Ag)/強磁性金属(Fe)三層膜構造におけるスピン‒電荷変換現象 35)では,変換係数 λ ISCが 2.1 nmになることが報告されている.トポロジカル絶縁体(α-Sn)の vF(5.6×105

(m /s))を用いて,τ*を求めると 3.7 fsと見積もられた.このようにトポロジカル絶縁体の表面状態を用いた電荷‒スピンの相互変換の実験から,界面におけるスピン緩和時間は,fsオーダーになることがわかってきた.これは

今回の試料構造がトポロジカル絶縁体と金属層が直接接合しているために,トポロジカル絶縁体表面でのスピン緩和が近接する金属層を媒介して生じている可能性が考えられる.そして,この実験結果は,界面でのスピン緩和時間を制御できれば,変換係数を劇的に変化させられることを示唆している.最近の研究では,この特性をうまく利用して,スピン緩和時間が金属よりも格段に長いLAO/STO界面を用いることで,トポロジカル絶縁体よりも大きなスピン‒電荷変換係数が観測され注目を集めている.36, 37)

4. ラシュバ界面におけるスピン流の電気的検出続いて,ラシュバ界面におけるスピン‒電荷変換現象について見ていく.ラシュバ界面では図 1(b)に示すように,界面でスピン分裂が存在し,トポロジカル絶縁体同様にエデルシュタイン効果によるスピン流生成やスピン流検出が可能である.これまでに 2013年に J.-C. Rojas-SánchezらによってAg / Biを用いて,スピン‒電荷変換現象の観測がなされた.38)その後も,いくつかの研究グループから非磁性金属/Biのラシュバ界面を用いたスピン流生成および検出に関する実験結果が報告され,トポロジカル絶縁体と同様に注目を集めている.39‒42)このラシュバ界面では,これまでスピントロニクス分野で用いられてきた材料(Ag,Cu,Biなど)を用いて界面を作製できるため,既存のスピントロニクス素子との相性がよいことが利点と言える.ラシュバ界面における電荷‒スピンの変換係数は,スピン分裂の大きさ(ラシュバパラメータ:αR)に比例する.この αRは上向きスピンと下向きスピンのフェルミ波数の差を用いて,αR=-ħ/ 2m*(kF

↑-kF↓)と定義される.43)そ

のため,光電子分光測定によって αRが大きいことが明らかにされているAg / BiやAg / Sbなどのラシュバ界面を用いて変換現象の実証実験がなされてきた.しかし,Biや Sb自体が大きなスピン軌道相互作用を有する金属であるため,スピンホール効果由来の変換信号 44)も測定結果に重畳し,界面による効果と定量的に分離するのは非常に困難である.そこで,より界面での変換現象を定量的に調べるため,非磁性金属/Bi酸化物(Bi2O3)界面におけるスピン流の検出実験を行った.Bi酸化物(Bi2O3)は,絶縁体であるためスピン流の流入が抑制され,より界面での変換現象だけを取り出して議論しやすくなる.

5. Cu / Bi2O3界面におけるスピン流検出図 7(a)に試料構造とスピン‒電荷変換現象の測定用回路を示す.試料構造は強磁性金属(NiFe)/非磁性金属(Cu)/Bi酸化物(Bi2O3)である.Cu / Bi2O3界面がラシュバ界面である.参照試料に強磁性金属(NiFe)/非磁性金属(Cu)二層膜を用意した.界面へのスピン流注入には,強磁性体の歳差運動によってスピン流を生成するスピンポンピング法を用いた.NiFe層から生成されたスピン流は,Cu層を伝搬しCu / Bi2O3界面へと到達する.今回用いたCu層の膜厚

7解説 表面・界面を利用してスピン流を作る

©2017 日本物理学会

はスピン拡散長(>300 nm)よりも十分薄いためCu層中でのスピン流の減衰は無視できる.図 7(b)にスピンポンピング測定の結果を示す.NiFe /Cu/Bi2O3三層構造では,NiFe

の強磁性共鳴磁場において,明確なスピン‒電荷変換由来の電圧信号が観測された.一方,参照試料の NiFe /Cu 二層構造では電圧信号は観測されなかった.検出された電圧信号強度からスピン‒電荷変換係数 λ ISCを見積もると 0.2‒0.6 nm

となり,Ag / Bi界面で報告されている値と同程度の効率であることがわかった.45)

さらに,Cu層の膜厚を変えることで変換係数を変化させることもできる.図 7(c),(d)にCuの抵抗率とそこから求めた電子緩和時間のCu膜厚依存性を示す.Cu層は膜厚が減少するにつれ抵抗率が上昇し,電子緩和時間も変化する.このような場合におけるスピン‒電荷変換係数 λ ISCのCu膜厚依存性を図 7(d)に示す.スピン‒電荷変換はCu / Bi2O3

界面における現象であるにも関わらず,見積もられたスピン‒電荷変換係数 λ ISCは,界面に接合するCu層の膜厚に強く依存して変化することがわかった.そして,その傾向はCu層の電子緩和時間の振る舞いと非常に似ていることがわかった.この実験結果は,トポロジカル絶縁体でも見られた,2次元界面におけるスピン緩和時間が接合する金属層によって大きく変調を受けるという考察と一致する結果である.さらに最近,我々のグループでは,非磁性体の種類を変えることでスピン‒電荷変換現象の符合反転現象の観測にも成功している.この結果は,界面を用いたスピン流生成

および検出における機能拡大だけでなく,非磁性金属/Bi

酸化物界面におけるラシュバ分裂の起源を知るきっかけになると考えている.

6. まとめ以上,本稿ではトポロジカル絶縁体表面状態やラシュバ界面状態を用いたスピン流の生成およびスピン流検出に関する実験研究について概観した.これらの研究において,表面あるいは界面状態を用いることで,従来のスピンホール効果と同等以上の効率でスピン流生成やスピン流の電気的検出が実現できることが示された.前述したように,それらの変換効率は,フェルミ速度,スピン緩和時間,さらにラシュバ界面ではラシュバパラメータが重要な物理因子となって決定される.特にスピン緩和時間は,スピン分裂した界面に緩和時間の短い金属などを接合した場合には,変換効率が大きく変化することが実験的に示された.これらの物理因子は,従来のスピンホール効果の大きさを決定する物理要因とは異なるものであり,これまでスピントロニクス分野で注目されてこなかった物質群へ目を向ける良いきっかけになる.さらに,ここでは触れなかったが,界面を用いる大きな利点の一つは,外部電場により界面の電子状態を制御できることである.そのため,今後電場による界面スピン流・電流変換機能の制御に関する研究が一層盛んになることが予想される.また,界面における電流・スピン流変換現象は,界面スピン分裂を示す物質を探索するためのプローブにもなりう

図 7 非磁性金属/Bi酸化物界面におけるスピン‒電荷変換.a, スピンポンピング法によるスピン‒電荷変換測定の試料構造(NiFe(5 nm)/Cu(10 nm)/Bi2O3(20 nm)三層構造)と測定回路.b, NiFe/Cu / Bi2O3三層構造とNiFe/Cu二層構造を用いた場合の測定スペクトル,印加周波数は 9 GHz.c, d, Cu層の抵抗率(c)とスピン緩和時間(d)のCu膜厚依存性.e, スピン‒電荷変換係数 λ ISCのCu膜厚依存性.

8 日本物理学会誌 Vol. 72, No. 5, 2017

©2017 日本物理学会

る.例えばラシュバ界面におけるスピン流・電流変換現象の観測から,スピン分裂強度を表すラシュバパラメータの大小を評価することができるため,これまで光電子分光測定では観測が困難であった異種物質間界面や,測定試料の膜厚依存性などを調べる有効な手法になる可能性がある.本稿で紹介した研究結果は,国内外の多くの実験研究者との共同研究や有益な議論に寄っている.特に十倉好紀,川﨑雅司,吉見龍太郎,塚﨑敦,福間康裕,松野丈夫,高橋圭,Albert Fert,Juan-Carlos Rojas-Sánchez,Junyeon Kim,Hanshen Tsai,一色弘成各氏との有益な議論に深く感謝する.

参考文献

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著者紹介近藤浩太氏: 専門は物性実験.スピントロニクスを主な研究テーマとしている.スピン流の生成機能の開拓と磁壁,磁気渦,スピン波などの磁化ダイナミクスの解明およびその制御に興味がある.軽部修太郎氏: 金属や酸化物を用いたスピントロニクス研究に携わっている.2次元電子系を用いたスピン流生成・検出に興味がある.大谷義近氏: 専門は,磁気物理とスピントロニクス.ナノスケール磁性体および半導体・超伝導体との複合構造の電子・磁気物性やスピン流を媒介として生じる電子・スピン・フォトン・フォノン間の相互変換現象に焦点を当てて研究を進めている.

(2017年 1月 22日原稿受付)

Spin Current Generation by Using Surfaces and InterfacesKouta Kondou, Shutaro Karube and Yoshichika Otani

abstract: Spin Hall effects are commonly used as a means for inter-

conversion between charge- and spin-currents. As an alternative mecha-

nism for this interconversion, the Rashba-type spin splitting at the in-

terface or the spin-momentum locking at the Dirac surface state of a

topological insulator have recently been used for highly efficient spin

to charge conversion. In this article, we review recent progress of the

research on the above-mentioned topics and give future prospects.

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